NOVEL Darkness 4-4(Second)

ソクトア黒の章4巻の4(後半)


 チックショウ・・・。
 俺の実力を、見せるチャンスだってのに・・・。
 選りにも選って、処理班の監督かよ。
 俺に相応しいのは、『荒神』の名に、相応しい仕事だ!
 ボスの懐刀として、名を馳せた俺に、相応しいのは、輝かしい実績の筈だ。
 それが、こんな地味な役だとはな。
 入札の時に、しくじったのが痛いぜ。
 サン農場は、大口だったからな。
 まぁ、皆、群がるように入札しやがった。
 アリアスは、満足そうに見てやがったが、結局、別の班に掻っ攫われた。
 俺の90万ゴードで、誰もいねぇと思った。
 なのに、キャピタル中央支部の奴ら、待ってたかのように100万ゴードだ。
 アイツら、性格悪いに違いない。
 次点の俺は、処理班の監督って訳だ・・・ついてねぇぜ。
 ま、中央支部の馬鹿共の仕事でも、見させてもらうか。
 とは言え、素人の爺さん婆さんの始末だ。
 人数も、そんな要らねぇ筈なのに、馬鹿共は、いつもの人数を掛けてやがる。
 仲の良いこった。
 『オプティカル』や『スピリット』に気付かれない為だとか、抜かしてたな。
 『スピリット』は、早々には、手を出してこねぇ筈だ。
 『オプティカル』に至っては、最近、またボスが変わったって話だ。
 統制の取れてねぇ連中に、やられる程、甘くネーだろうに、うちは・・・。
「『荒神』様。処理班、スタンバイしました。」
 いつもと違う部下が、挨拶してくる。
「おう。ご苦労だな。ま、すぐ終わるだろうが、手抜かり無くな。」
 俺は、適当な事を言う。形だけでも、監督しなきゃならんからな。
 布陣は・・・なる程。裏門に3人、正門に5人か。山から直接乗り込むのが、左
が15人に、右が10人、後は、指揮が2人と。遊撃が20人も居るか。万全と言
えば、万全だな。余程、成功させたいらしいな。
「しかしまぁ・・・中央支部の、ほぼ全員使うとはな・・・。」
 結構な人数が居る、キャピタル中央支部の、ほぼ全員が出ている。ご苦労な事だ。
奴らは、少しずつ進んでいた。農場の人数は、従業員を合わせて、15人程だった
筈だ。楽勝じゃねぇか。それでも、慎重に進んで行く。
 ボゥン!!
 ぬお!・・・罠?罠か!?爆破の罠だ。タイミングも、バッチリだったぞ。南の
山の部隊の左は5人、右は、3人程やられたようだ。誰だか知らんが、不意打ちの
ようだな。面白くなってきたじゃないか。
「・・・散!」
 おうおう。指揮系統が、焦ってるな。周りを警戒しだしたな。
 ドーーーン!!!
 いきなり爆発した!?夜の闇に紛れて、とんでもない爆弾使いが居るようだ。爆
弾を、どこからか、投げているようだが、モノが見えない。やるな。
「うわああぁぁぁ!!」
 こうなったら、パニックだな。誰だか知らんが、見事じゃねぇか。
 こうなると、裏門や正門の連中が、肝になってくるな。
『き、貴様、何者・・・ぐわぁ!!』
 裏門の連中のトランシーバーは、途中で切れた。どうやら奇襲を食らったようだ。
正門の連中は、一気に突っ込むつもりだったようだが、何かに、邪魔されてるよう
だな。こりゃ、敵さんの方が、よっぽど上手く立ち回ってやがるな。
「どうします?『荒神』様?」
 処理班の1人が尋ねてくる。確かに、パニックになっているようだ。
「お前ならどうする?金にならん仕事を、するか?」
 俺の答えは、決まっている。いくら仲間とは言え、金にならん仕事は、しない。
「しません。手伝いを請われて、奴らが金を払うなら、します。」
 処理班は、俺の答えに同調する。ま、俺と同意見だった。
「お。何人かは、潜りこんだようだな。」
 俺は、持ってきた双眼鏡で確認する。パニックになりながらも、頑張ってるじゃ
ねーか。と・・・誰かが、それとなく、誘導してやがるな。サン農場の連中、潜り
込んだ奴らと、反対の方向に歩いて行くぞ。あの帽子を深く被った奴・・・。あれ
は、このパニックを起こさせてる連中の仲間だな。顔は見えんが、見事だ。
『こちら、実行部隊A班・・・。む!?』
 実行部隊の連絡が突然途絶える。中で手早く仕留めてる奴が居るな。しかも容赦
が無い。・・・アイツ・・・手が青く光ってやがる。何者だ?
 で、目立ってないが、気絶した奴や、死体を処理してる奴が居る。こっちの仕事
の代わりになって、楽だが・・・。手際の見事さは、見習うべきだ。となると、全
部で6手か?それぞれ連携が、上手く行ってる様だな。
 !!・・・誰か、こっちに気が付いた!
 馬鹿な!?500メートルは、離れてるんだぞ。双眼鏡でも、見えるか見えない
かの位置だぞ!?ソイツは、俺の双眼鏡の視線を、真っ直ぐ見据えている。
 ・・・やばい!
 俺は、咄嗟に双眼鏡を離すと、首を引っ込めた。すると、双眼鏡が、いつの間に
か、何か細い物で、撃ち抜かれていた。何て腕だ。これは・・・針?
 おっそろしい腕だ。サン農場の奴ら、すげぇ奴等を雇った物だ。『オプティカル』
か?いや、アイツらに、そんな腕の立つ奴が居たか?幹部クラスなら、有り得るか?
まさか、『スピリット』?だが、6手の連携の良さは、奴らが出せるような物では
無い。誰だ・・・?まさか・・・『司馬』・・・か?いや、『司馬』は、ソロじゃ
無かったか?6手も用意出来るような組織じゃ、無かった筈だが。しかし、奴らは、
謎に包まれている。凄腕の奴等を雇った?それも、分からんな。
 気が付くと、作戦は失敗だった。指揮してる奴は、いつの間にか、縛られていた。
実行部隊も、死んでる奴が、何人か居たが、殆ど伸されていた。しかも、ご丁寧に、
縛られて、俺達の近くに、積み重ねられている。
「・・・こりゃ失敗だな。仕方無い。伸されてる奴等をトラックに詰めろ。帰還だ。」
 俺は指示を出す。しかし、見事じゃねぇか。
「『荒神』様は、どちらへ?」
 俺が、付いて来ない事に、不思議に思ったみたいだ。
「ちょいと、挨拶してくる。」
 俺は、自然と笑みが出た。中々面白そうな奴らだ。
 俺は、息を潜めて近付く。しかし、真っ先に、こっちに気が付いた奴が居るみた
いだ。本当かよ・・・。気配を、完璧に遮断してたってのに・・・。
「・・・待て。降参だ。まさか、気付かれるとは、思ってなかった。」
 俺は、両手を上げる。すると、いつの間にか、手を後ろにされて、縛り上げられ
た。気が付くと、6手の奴らが集まってきた。・・・まさか・・・。6手じゃなく
て、6人!?コイツら、6人で、この仕事をこなしたってのか!?
「マジかよ・・・。6人に負けたのか?ウチは・・・。」
 俺は、信じられなかった。呆気に取られていた。
『誰だか知らんが、深入りするなら殺す。』
 変声機から声がした。正体を知られて困るのは、当たり前だな。
「あー。分かった。ただ、サン農場から手を引くって事だけを、伝えようと思って
な。報告で、凄腕の奴等にやられたって、知らせなきゃならん。」
 報告を、しなければならないのは、本当だ。
『良いだろう。帰れ。』
 奴等は、それだけ言った。変な事は言わない主義なのだろう。徹底している。
 俺は、言われた通りに、ここから離れて行く。下手な事をすれば、普通に殺され
るだろう。あの眼は、本物だ。久しぶりに、血が滾る様な奴に出会えたぜ。俺達の
チームと当たったら、本気で相手するか。
 あんな奴等が、居たとはな・・・。コレは楽しみになってきたぜ。


 サン農場を守り切るぞ!!
 『ダークネス』の奴らなどに、負けてなる物か!
 そんな言葉を掛けながら、私達は、やりきった。
 皆との連携を交えて、10倍近い戦力を、一掃するに至った。
 全員を気絶と言う訳にも行かず、何人かの、息の根は止めた。
 士も、刺客になりそうな敵には、容赦無く止めを刺していた。
 しかし、私は違う。
 ・・・正直、私は実験をしていた。
 怖かったからだ・・・。
 私の「能力」なのは、分かる。
 しかし、この「能力」が、何物で、どう言う風に役立ってくれるのか・・・。
 それで、私は解禁したのだ。
 初めてなので、力の加減も、出来なかった。
 『ルール』を発動し、青く光る手で、相手に触ってみた。
 すると相手は、声も無く白目を剥くと、音も無く倒れた。
 そして、自分の中に、何かが入って行くのが分かった。
 ・・・コレが、私の『ルール』・・・。
 私は、やっと気が付いた・・・。
 まさか、私の『ルール』が、あの恐ろしい技だったとは・・・。
 私は、伝記の事を思い出した。
 私の予想が正しければ、あの技の筈だ。
 伝記では、生物学者フジーヤが、使えた秘儀だ。
 そう。私のルールは、『魂流(こんりゅう)』のルールだった。
 かつて、フジーヤが使えた大技、『魂流操心術』の再現だった。
 青く光る手で、相手に触れると、魂の力を吸い取り、自分の物とする。
 そして、それを溜め込んで、違う生物に分け与える。
 その魂の力を吸い過ぎると、相手を、死に至らしめる事が出来る。
 私は、最初の一人には、加減が出来なかったので、殺してしまった。
 だが、加減が出来る事を知り、気絶させる程度に、吸い取る事にしたのだ。
 そして、使ってみた所、相手は、恐怖に怯えながら逃げた物だ。
 恐ろしい力だった。
 まさか、私にこんな『ルール』が、備わろうとはな。
 だが、使える以上、有効に使わなくては、ならん。
 ・・・それはそうと、今は、祝勝会の最中だ。
 ささやかながら、祝勝会をしようと、センリンが提案したのだ。
 センリンと士が、料理を用意して、ちょっとした宴会になった。
「オレっちの活躍を見た?相手を、バッサバッサと追い詰めてなぁ!」
 ジャンなどは、もう出来上がっている。現金な奴だ。
「バーカ!80点だ!目立ち過ぎて、中に何人か、入れられただろうが!」
 士も、駄目出ししながら、笑っている。酔ってるのか?
「げぇー!士さん、きっびしーの!」
 ジャンは、不満を漏らす。
「ジャンは、派手に活躍出来たから良いじゃない。ウチ、誘導だったんだよ?」
 アスカが口を尖らす。しかし、アスカの話術は、見事だった。それと無く、訪問
理由を言って、極自然に、サン農場の人達を誘導していた。
「姐さんは、見事だったじゃないのさー。」
 ジャンも分かっていたみたいだな。中々出来る事では無かった。
「ジャンが、褒めてくれるなら、ウチ納得ー。」
 アスカも浮かれているな。全く、お調子の良い事だ。
「私の所には、10人程来たが、正体が、バレなくて良かったで御座る。」
 ショアンは、元『ダークネス』で死んだ事になっている。余り派手な事をして、
バレるのが、嫌だったのだろう。
「阿呆!バレそうになった奴が居たけど、俺が、何とかしたんだよ。」
 士が、また駄目出しをする。ショアンの事を、マジマジと見ていた奴の止めを刺
していた気がする。抜け目が無い奴だ。
「そうで御座ったか・・・。感謝が尽きぬで御座るな。」
 ショアンは、士のフォローの力に、感心する。
「私は、爆破した後、3人程、倒したヨ。」
 センリンは、上手い動きだった。爆破の合図で敵を撹乱した後、裏門を狙ってい
た3人を、手早く仕留めていたのだ。
「女性陣は、強いなー?おい。」
 士が冷やかす。中々、手際が良い女性陣だった。
「ちっくしょうー。今度は、抜かり無く行くぜー!」
 ジャンは、士の発破が、効いたようだな。次の戦いが、楽しみな事だ。
「ま、俺が驚いたのは、ゼハーンだ。」
 む?私か?士は、何か感じたのだろうか?・・・気付いているのか?
「見えてないとでも思ったか?アンタの『ルール』は、とんでもなかったな。」
 士は、やはり見ていた。私の『ルール』をだ。
「使って見て分かった。士も気付いているだろうが、私のルールは『魂流』のルー
ルだ。・・・かつて、生物学者のフジーヤが使っていた『魂流操心術』に通ずる。」
 私は説明した。フジーヤは、数多くの生物を作ったが、私には、そう言う趣味は
無い。魂を蓄えて、いざと言う時に、人を助けられるようにするくらいしか、出来
ない。しかし、それには、色々な条件があった気がする。
「魂を吸い取る力か。恐ろしいな。だが、アンタさえ気を付けてりゃ、大丈夫だ。」
 士は、全幅の信頼を置いていた。恐ろしい力だからこそ、私の裁量に掛かってい
ると言う訳だ。
「むしろ、心配なのは、吸い取る方じゃない方だヨ。」
 センリンは、吸い取る方じゃない方の心配をしていた。・・・『魂流』のルール
の、もう一つの能力は、蘇生だ。魂の注入である。
「ゼハーンさん、無理する人だからねぇ。心配さね。」
 アスカまで心配していた。やはり、無理すると、見抜かれてたか。
「心配せずとも、蘇生の方は、御付の天使が居なければ、出来ないと、伝記にも書
いてあった。まだ出来ぬさ。」
 そう。私は、天使と契約している訳では無い。なので、蘇生したくても、魂の呼
び掛けが出来ない。そんな状態では、成功しないだろう。
「その言い方ですと、見付けたら、使う御積りですな。」
 ショアンは、溜め息を吐く。天使さえ見付かれば、私は、使うつもりで居た。
「ゼハーンさんは、肩の力を抜きゃ良いと、思うんだけどねぇ。」
 ジャンまで、心配するとは・・・。私は、無理する方だと思われてるな。
「俺としても、そっちが心配ではあるな。特にアンタは、息子の為なら、何に於い
ても優先するだろうからな。」
 士は、私の息子のレイクの事を話す。まぁ否定は、出来ぬな。
「レイクは私の希望だ。当然・・・だが、私とて、死にたくは無い。軽はずみな事
は、せぬよ。特に、お前達のような、仲間が居るなら尚更な。」
 私の希望であるレイクの事は、当然、優先事項だ。だが、この仲間達を、蔑ろに
する程、私は薄情では無い。
「フッ。おだてても、何も出んぞ。」
 士は、満更でもない顔をしていた。
「さァ!どんどん食べるネ!今日は、お疲れさんだヨ!」
 センリンは、料理を持ってきていた。太らぬ程度に、食わせて戴かなくてはな。
今日は、豪勢に造ってあるみたいだからな。
 こうして、祝勝会は終わった。中々に、楽しい時間だった。しかし、皆は、心配
し過ぎだ。私とて、軽はずみに死んだりしたくは無い。それに『魂流』のルールを
使いこなすには、時間が要る。凄いルールだからこそ、慎重に扱わなくては。
 ・・・大天才だったフジーヤは、この力を使って、新しい動物の開発をしていた。
そして、英雄の手助けをしたと言う。その子孫は、ひっそりと何処かで暮らしてい
ると言う話も聞く。彼の大傑作とも言える、スーパーモンキーのスラートは、フジ
ーヤ亡き後、子孫を繁栄させた。しかし、スラート程のスーパーモンキーは、中々
生まれなかったと言う。それだけスラートの存在は特異だったのだ。しかし、その
中でも1匹だけ、その能力を継いだ者が、居ると言う話だ。それからと言う物、継
いだ者も、子孫の中に1匹だけ、能力を引き継ぐ猿が、現れたと言う。噂によると、
スラートが最終手段として、自分の能力の移植を行ったと言う話だ。それが、代々
受け継がれていると言う。それだけの労力を冒してでも、引き継ぐべき能力だと思
ったのだろう。もし本当に、まだ引き継がれているのなら、どれだけの労力なのだ
ろう。それでも、やり遂げる辺り、スラートも、英雄の器なのだろうな。
 そして、天使と言えば、天界は大天使長イジェルンを失った後に、人間の経験が
あり、英雄を産んだ、慈母天使ルイシーが、大天使長に座った。補佐すると言う点
では、これ程に優れた天使は居なかった為、ジュダ殿も、助かっていると言う話だ。
私も、このような家系に生まれなければ、今の話も、眉唾物だと思うのだが、全て
知っている身なので、全て、本当の事だと知っている。
 ・・・む?誰か居るな・・・。仲間では無い。だが・・・。敵でも無さそうだ。
「どなたかな?」
 私は、中空を見詰めて、尋ねて見る。
『・・・驚きました。私を見詰める事の出来る人間が、居たのですか。』
 この口調・・・。人間では無い。しかも、私は『ルール』を使って、初めて見え
ると言う事は・・・まさか・・・。
「天使・・・ですかな?」
 私は予想する。天使が来なければ、使えないと、さっきは言ったが・・・こんな
に早く、来るとは、思いも寄らなかった。
『まだ記憶が、混乱しているのです。・・・私は、天使なのでしょうか?』
 何やら、様子がおかしい。私は目を凝らして見ると、翼を携えた、物静かそうな
女性の姿が見えた。・・・天使にしか見えぬな。
「私には、伝記に出て来る、天使にしか見えぬ。」
 私は、知らせておく。この天使の様子は、何処かおかしい。
『そうですか・・・。私は、天使となったのですね。』
 どうやら、天使になった事すら、気が付いてないようだ。
『私は、つい最近まで、人間だったみたいです。』
 どうやら、人間から天使に転生したみたいだな。珍しい事例がある物だ。
「それは稀有な体験だな。私の名は、ゼハーンと言う。名を教えてくれぬか?」
 私は名乗って、相手の名前を聞く。
『私は・・・清芽(きよめ)と申します。人間の時とは、少し呼び名が違いますけ
どね。覚えて戴けると、助かります。』
 清芽とは、また珍しい名前だな。ガリウロルの者か?
「ふむ。清芽殿は、記憶の混乱が、あるようですな。」
 天使には、違いないのだろうが、思い描いていた天使とは、また違うようだ。
『何故でしょう。貴方の手の青い光を見たら、無性に、飛び込みたくなりました。』
 清芽殿は、私の『魂流』のルールを見て、たまらず、駆けつけたのだろうか。
「私のこの手は『ルール』に拠る物。魂の力をコントロールし、相手の魂を蓄積し、
他の生物に移し変える事が、出来る能力らしい。」
 私は、『魂流』のルールの説明をしてやる。
『凄いんですね。では、生を吹き込む事が、出来るのですか?』
 清芽殿は、必死に理解しようとしている。結構、勤勉なのかも知れない。
「そう言う事も、可能なようだ。伝記に記されているフジーヤが、使った秘術だ。」
 まさか、私に宿ろうとはな。予想もつかなかった。
『貴方の手には、奇跡が宿っているのですね。でも、何故私は?』
 自分が導かれた理由が、分からないようだった。
「この能力には、続きがある。魂の蓄積が多ければ、死出の旅に出た者を、戻す事
が出来ると言う物だ。だが、生を吹き込むより、何倍も難しいみたいだがな。」
 その能力は、神でさえ禁忌だと、伝記には記されていた。
『蘇る・・・。って事ですか?それは、夢のようなお話ですね。』
 清芽殿は、手を顎に掛けて、考えていた。・・・本当に変わった天使だ。
「しかし、その者の精神を呼び戻すには、天使からの呼び掛けが、必要だと文献に
は書いてあった。死者の魂と、呼びかける者の魂を引き合わせるのに、天使の力が
不可欠だと、記されていた。貴女が呼ばれたのも、そのせいではないか?」
 私は、文献に書いてあった事を思い出しながら、説明する。確か、勇士ジークが
死んだ時は、妹であるレルファが、呼び掛けに行った。その際に、フジーヤの妻で
あり、人間に転生していたルイシーが、鍵の役目を果たした筈だ。二度と、人間に
は戻れないと、分かっていながらだ。
『そうなのでしょうね。私は、その光が、不思議と思ってきただけなのですが、そ
んな事情があるのなら、私は、協力した方が、良いのでしょうね。』
 清芽殿は、頷きながら納得していた。しかし、不思議な天使だ。
「貴女は、本当に、天使なのだろうか?」
 私は、さすがに疑問に思えてきた。
『どうなんでしょう?でも何故か、その青い光を見たら、こんな物が出てきました。』
 ・・・何であろう?これは・・・契約書?
『いきなり私の目の前に現れました。これも、何かの導きでしょうかね?』
 清芽殿は、理解しようとするが、天使になったばっかりと言うのが、本当なのか、
思い出せずに居た。
「おそらく、コレに私の名を書けば、貴女と、契約する事になるだろう。」
 私は、天使との契約をするつもりでは居た。しかし、相手が、この調子ではな。
『うーん。なら、しちゃいましょうか。』
 清芽殿は、軽い口調で言う。余り深く、考えておらぬのかな?
「そんなに簡単に、決めて良い物なのですかな?」
 さすがに私も、戸惑ってしまう。こんなんで、良いのだろうか?
『良いんじゃないですか?貴方、悪人には見えませんし。』
 そんな理由でか?・・・少し複雑な気分だ。
「まぁ、私も深くは知らぬが・・・では、サインをしよう・・・。」
 私は、契約書を受け取ると、サラッとサインをする。
『ゼハーンさんかぁ。宜しくお願いしますーっと。』
 清芽殿は、もう一つの名前の欄に、自分の名前を書く。おや?フルネームか?
 ブォン!!
 突然、妙な音が鳴った。何事だ・・・。
『ありゃー。契約って、こう言う事だったんですね。』
 清芽殿が、素っ頓狂な声を上げると、清芽殿は、私の後ろに、背後霊のように取
り憑く。こう言う事とは、どう言う事だ?
『貴方が移動すると、自然と、私も周りに憑くようです。』
 何とも不便な事だ。自由が利かないのでは、ないのか?
「清芽殿の自由を奪ってまで、契約するつもりは無いのだが・・・。」
 私は、誰かの自由を奪うと言うのは、信義に反する。
『自分の心配より、私の心配ですか。お人好しなんですねー。』
 む・・・。そう言う物だろうか?いつも人から、そう言われるな。
『ま、何時もは、こうしてますよ。』
 清芽殿は、そう言うと姿を消す。そうしてくれると、有難いかも知れぬ。
(姿を消すと言うより、同化ですねー。)
 むむ!?頭の中に声が響く。どう言う事だ。
(意識が、繋げられるみたいですー。私も、初めて知りました。)
 ・・・まぁ、清芽殿なら構わぬが・・・。余り良い気分では無いな。
(そう言いながら、結構不満な感情ですね。控えましょうか?)
 もろに感情がバレてしまうのも、きつい物だ。だが、構わぬさ。しかし、出来る
事なら、出て行った方が良い。私の考えが読めるとなると、私の夢まで繋がるので
あろう?・・・貴女は、見ない方が良い。
(引っ掛かる言い方ですねー。・・・じゃぁ、覚悟してます。)
 口調は少し、間延びしてるが、しっかりしているな。ただ、ショックを受け兼ね
ん。忠告だけは、しておく。私の夢は、悪夢が多いからな。
(分かりました。こう見えても、人間の時は、結構、しっかりしてたんですよ。)
 まぁそうであろう。貴女からは、品の良さが伺える。
(ありがとう御座います。まぁ、支えられるように、頑張りますー。)
 宜しく頼む。ただ、貴女を呼び出すような場面には、なりたくないな。
(そうですねぇ。私も、そう祈っています。)
 清芽殿は、本当に、人が良いな。普通なら、文句の一つも来ても、良い発言だと
言うのに。私も、精進せねばならぬな。
 こうして、天使との契約を、済ませたのだった。


 正月の大仕事が終わった。
 依頼じゃあないが、只の依頼より遥かに難しい仕事だ。
 サン農場を、守り切る。
 口で言うのは簡単だが、何時、何処から来るか、分からない相手を一掃したのだ。
 コレが、奇跡で無くて、なんなのか。
 しかし、私達には、それぞれ適した能力があった。
 それを、フルに使えば造作も無い事・・・は、言い過ぎか。
 しかし、成功したのは、喜ばしい事だ。
 だが、喜んでばかりも居られない。
 士の話では、最後に逃がした男は、危険な感じがしたと言っていた。
 下手に深追いすると、犠牲が出そうだったから、素直に逃がしたと言う事らしい。
 ショアンさんから聞いたら、彼は、『ダークネス』のボスの懐刀と言う事だ。
 大人しく投降したのも、演技かも知れないと言う話だ。
 浮かれてばかりは、居られないな。
 それにしても、ゼハーンさんの『ルール』には、驚かされた。
 まさか、伝記の『魂流操心術』が、宿るとは思わなかった。
 ゼハーンさんなら、吸い取り過ぎて、悪用と言う事は、無いだろう。
 だが、もう一つの禁忌とも言われている、蘇生は試みるかも知れない。
 出来れば、そんな事態には、なりたく無いが・・・。
 だが、ゼハーンさんは、もう天使と、契約をしたと言う。
 士の中に居るグロバスさんに聞いたら、間延びした妙な天使が居ると言う話だ。
 天使っぽく無いとも、言っていた。
 ゼハーンさんにも聞いてみたが、天使になったばかりらしい。
 つい最近まで、人間だったので、記憶が混乱しているとの事だ。
 それは災難な事だが、ゼハーンさんのような人には、ピッタリかも知れない。
 そんなこんなで、正月も終わった事だし、仕事を再開しようかな。
 私は、いつもの通り、仕込みと朝御飯の用意を始める。
 士が当番の時は、ガリウロル風になるので、私の時は、パン食にするようにして
いる。ガーリックトーストに、アボガドとトマトとレタスのサラダ。それに、特製
のドレッシングを掛けて、オニオンスープを用意する。それに、ゆで卵を添える。
 これならバッチリだ。昼食は、ジャンさんと、アスカが頑張ってくれるから、朝
食は、私達がやらないとね。
 と、いつもの調子で、皆が席に着く。
「ガーリックトーストに、タイムとバジルを混ぜるとは、気が利くな。」
 士は、朝食のチェックをしていた。さすがに、私がアレンジした所は、見抜く。
抜け目が無いから、手が抜けない。でも、それが自然と挨拶になる。
「更に言うなら、サラダのドレッシングは、これだヨ。」
 私は、ドレッシングを見せる。市販の物では無い。昨日、手作りで作っておいた
マヨネーズに、少しワサビを加えた物だ。
「ほう。考えたな。トッピングのクルトンも、作って置くとはな。」
 士は、私がアクセントで加えたクルトンが、市販じゃないのも気付く。
「今日のメニューは、決めてあったからネ。」
 私は、昨日の内に仕込みをして置いたのだ。その辺の年季は、まだ負けないつも
りだ。だが士も、ドンドン腕を上げてるから油断出来ない。
「センリンさんの朝食は、パン食だってのに、手を抜かないもんねぇ。」
 アスカが、感心していた。少し照れるなぁ。
「ゆで卵が、綺麗に真ん中寄ってるぜ。マメだねぇ。」
 ジャンさんも、結構細かい所を見ている。
「美味しい食事が戴けるのは、有難い事。感謝で御座る。」
 ショアンさんも大袈裟だが、喜んでいるみたいだ。
「む?ゼハーンは、どうした?」
 士は、いつもは早い、ゼハーンさんが居ないのに、気が付く。
「何か、電話してたぜ?」
 ジャンさんが知らせてくれる。この時間に電話とは、珍しいな。
「遅くなった。済まぬな。」
 ゼハーンさんは、少し遅れて、店の中に入る。電話は終わったのだろうか?
 テーブルの上には、今日の朝食が並んでいる。
「じゃ、戴こうか。戴きます。」
『戴きます。』
 士の掛け声で、全員朝食の合図をする。すると、皆が食べ始めた。
「細かい所で、味付けが、すげーんだよなぁ。」
 ジャンさんは、食べながら、ウンウン頷いていた。
「このマヨネーズ、美味しいよ。どうやって、作ったんだい?」
 アスカが質問してきた。興味津々だなぁ。
「昨日の仕込みで、酢と卵の黄身を混ぜて、油を加えて行くのヨ。その後、少し、
ワサビを加えたヨ。塩加減も、忘れちゃ駄目だネ。」
 私は教えてやる。結構、自信作だったしね。
「そう言えば、ミキサー掛けていたね。まさか朝食の仕込みだったなんてなぁ。」
 アスカも、結構見ている。手が抜けないなぁ。
「センリンの料理は、有り触れてそうで、必ず、一手間加えてある。分量の世界だ
けじゃない楽しみ方が出来るのは、良い事だ。」
 士は、私の料理の特徴を良く知っている。どうしても、凝りたくなるのだ。
「楽しみか・・・。さすがだな。私は、悪戦苦闘だったな。」
 ゼハーンさんは、自分がやってた頃を、思い出したのだろう。
「我々も、少しは覚えたい物ですなぁ。」
 ショアンさんは、申し訳無さそうにしていた。
「オレも、もう少し、作れるようにならなきゃなー。」
 ジャンさんは、何だかんだで、覚えてきてるしなぁ。さすが器用だ。
「その域に達するには、もう少し修行しなきゃな。」
「さすが士さん、容赦無いぜー。」
 士とジャンさんは、いつものやり取りを始める。士にはジャンさんが、私には、
アスカが料理を教えている。どうしても、特徴が出てしまう。
「そういや、手紙でも、見てたのか?」
 士は、ゼハーンさんに聞いて見る。ゼハーンさんが、昨日来た手紙を、受け取っ
たのを、知っているからだ。
「うむ。シャドゥ殿に、レイク達の近況を、書いて貰った。」
 ゼハーンさんは、息子さんの近況を、知りたかったようだ。マメな事だ。
「どうやら不幸か幸いか、レイクと、その仲間達も、『ルール』に目覚めたようだ。」
 ゼハーンさんは、少し溜め息を吐く。余り歓迎は、して居ないようだ。
「ま、アンタの気苦労は、増えそうだな。」
 士も察しているようだ。息子さんが『ルール』に目覚めたと言う事は、マークさ
れ易いと言う事だ。余り、歓迎はしてないだろう。
「だが、それ以上に、危機が起こったみたいだ。」
 ゼハーンさんは、更に深い溜め息を吐いた。どうやら、芳しくないようだ。
「レイクが、世話になってる家が、天神と言う家なんだが、私の知り合いでもある
当主と、空手大会の優勝者である兄・・・その話は、したっけな。」
 ゼハーンさんから、その話は聞いている。息子さんの滞在先になるかもと、一回
だけ、訪ねた家が天神家だったか。快く受け入れてくれたとは、聞いていたが、何
かあったのだろうか?空手大会の優勝者は、テレビで、やってたな。
「『ルール』をバラ撒いた奴らの一味と、接触したらしい。その中で、時を操る恐
ろしい奴が居たみたいでな。過去に、飛ばされたと言う話だ。」
 ・・・へ?・・・何それ?
「私も俄かには、信じられぬ。だが、シャドゥは、嘘を吐くような男では無い。」
 どうやら、ゼハーンさんも、ビックリしたみたいだ。しかし、過去に飛ばす?
「『ルール』の一部かも知れんな。厄介だな・・・それは。」
 士は、考え込んでいた。しかし、時を操る『ルール』って、凄いな・・・。
「それに、『ルール』をバラ撒いた一味って・・・。」
 ショアンさんは、そっちの方が、気になったみたいだ。
「手紙に寄れば、恐るべき敵みたいだ。『無』の力と言うのは、知っているか?」
 ゼハーンさんは、『無』の力の事を聞く。確か、前にグロバスさんが説明してた
6つの力の内の一つで、全てを『無』に還そうとする力だっけ?
「伝記にも、書いてあらーな。」
 ジャンさんは、伝記を、結構読んでいる。
「その『無』の力の激突から、怪物が生まれたとの話だ。名前は、ゼロマインド。
それが、ゼリンと手を組んでいる。このソーラードームの作者でも、あるみたいだ。」
 ゼハーンさんは恐るべき事実を話す。ソーラードームは、私達セント人は、当た
り前のように見ているが、恐ろしく強い壁だと言うのは、聞かされている。
「意思を持った『無』の塊。それが、ゼロマインドらしい。ソイツが、突出した力
を持つ人間を集めたいと、思ったみたいでな。『ルール』を解析して、バラ撒いた
と言う話だ。最終的には、取り込みたいみたいだな。」
 ゼハーンさんは、淡々と話すが、私達の『ルール』の力を、奪いたいと言うのが、
バラ撒いた奴の、狙いなのかも知れない。
「冗談じゃないヨ。私達は、モルモットじゃ無いネ。」
 私は、憮然とする。良い気分じゃない。実験に、付き合わされた気分だ。
「舐めた奴らだな。ヤキ入れんと、いけんな。」
 士も、怒っているようだ。それはそうだ。まるで、実験だ。
「恵殿に瞬殿・・・彼らは、失う訳には、いかない人物だ・・・。」
 ゼハーンさんは考え込んでいる。ゼハーンさんに、コレだけ言わせる程の人物な
のだろう。会ってみたい気もする。
「ウチ、何だか怖いよ。知らない所で、何が起きてるんだい?」
 アスカは、こう見えて、心配性だ。
「分からねぇけど、このままじゃ、居られねーっしょ。」
 ジャンさんは、アスカを励ましながら、士を見る。
「私の能力は、セントのためにあるのでは、無いで御座る。」
 ショアンさんも、気に入らないみたいだ。
「こりゃー・・・依頼を果たす時が、来たようだな。」
 士は、決意したように言う。依頼?
「依頼とは何だ?」
 ゼハーンさんは、不思議に思ったようだ。
「アンタの依頼さ。『メトロタワーに侵入したい』だったよな?」
 士は、ゼハーンさんの最初に言った願望を、覚えていたらしい。ゼハーンさんは、
息子と、自分達が付け狙われた理由が知りたくて、メトロタワーに侵入したいと言
っていたのを、覚えていたようだ。
「士・・・。私は、単独でやるつもりだったと、言うのに・・・。」
 ゼハーンさんの事だ。隙を見て、メトロタワーへ侵入するつもりだったのだろう。
「阿呆。無謀過ぎるだろうが。何のための仲間だよ。ん?」
 士は、ミサンガを見せる。そうだ。このミサンガがある限り、私達は仲間の筈だ。
「士の言う通りだヨ。ゼハーンさんが単独で無理するなんて、見てられないヨ。」
 私は、付け加える。正直な気持ちだった。
「オレ等は、置物じゃねーんだぜ?ゼハーンさんよぉ。」
 ジャンさんは、軽口を叩きながらも、行く気満々だった。
「私を置いて行こうなんて、虫が良過ぎるで御座る。」
 ショアンさんも、もう蟠りが、無いみたいだ。
「ウチ、怖いけどさ。皆と一緒なら、信じられるよ。」
 アスカは、勇気を振り絞って、行く気みたいだ。健気だなぁ。
「無理させてくれぬな。分かった。ここは頼ろう。」
 ゼハーンさんは、私達を眩しそうにみる。仲間なら、当然の事を言ったまでだ。
 そして、食事が終わった後、作戦会議になった。当然、メトロタワーに行くため
の作戦だ。難攻不落と言ってもいい。
「一般が入れるのは、59階までだ。60階以降は、パスカードが要る。」
 士は、内部の構造を密かに調べていた。メトロタワーが一般開放しているのは、
59階までだ。一般エレベーターも、59階までしか無い。
「さすがにパスカードの偽造は出来ん。となれば・・・クスねるしか無いわな。」
 士は、そう言うと、カードを3枚取り出す。・・・って、パスカード!?
「都合上、3枚しか、クスねられなかった。1枚は、ソーラードーム開発室の研究
員のカードだ。次は、テレビ局のサブディレクターのカードだ。そして、最後が、
軍隊研究所の、セント軍の軍曹の物だ。」
 恐ろしい事をする・・・。士は、用意が良いけど、たまに無理するなぁ・・・。
「その3人、最近『ダークネス』の奴らに、やられたんだ。『ダークネス』も入り
たがってたからな。そこを、俺が仕留めて奪い取った。」
 なる程。手際良く、士が奪い取ったみたいだ。
「ちなみに、怪しまれないように、別の奴を使って、そのカードを使って、出勤さ
せてる。どいつも、音を上げそうになってたぜ。」
 抜かりないなぁ。そう言えば、別口でバイトを雇ったとか言ってたけど、この仕
事だったのか。・・・ゼハーンさんの仕事を請けた時から、この展開を予想してた
んだろうなぁ。士は、用意が良いなぁ。
「行くのは、俺とゼハーンとセンリンだ。」
 お。私も行くのか。士とゼハーンさんは、当然行くと思っていたが、私か。
「ち。留守番かよぉ。つまんねーなぁ。」
 ジャンさんは、口を尖らす。まぁその気持ちは、分からなくも無い。
「そう言うな。ちゃんと理由がある。ゼハーンは、今回の依頼人として当然行く。
俺は、全体のフォローをする。テレビ局のカードは、俺が使う。そして、センリン
は、ソーラードーム開発室のカードだ。このカードを見れば、分かる。」
 研究員のカードを見せる。なる程。女だったのか。私か、アスカしか出来ないね。
「で、アスカには、やってもらいたい事がある。」
 アスカには、別の仕事があったのか。
「警備を薄くして置きたいからな。スラムとキャピタルの境界線で、騒ぎを起こし
て欲しい。ジャンと一緒にな。」
 なる程。ジャンさんと一緒にするための、アスカか。で、ジャンさんの『ルール』
で、騒ぎを起こした後のフォローを、アスカがする訳だ。
「ショアンは、ここだ。役割は分かるな?」
 士が指差す。メトロタワーとスラム検問所の間辺りだ。
「心得た。」
 ショアンさんは、すぐに答えた。さすがに察しが良い。
「センリンは、研究員に成りすまして、ソーラードームの構造の設計を調べてくれ。
ただし、無理はするなよ。」
 士は、心配してくれていた。ソーラードームの設計か。確かに分かれば大きいね。
「任せといてヨ。出来る範囲でやるヨ。」
 私は、胸を叩く仕草で答える。
「んで、ゼハーン。アンタは、軍曹のカードだ。このカードは、1300階まで入れる
らしい。軍隊研究所を、見回るんだな。」
 士は、ゼハーンさんに一番重要なカードを渡す。一番、入れる階が多いカードだ。
ゼハーンさんは、色々調べなきゃいけないから、当然かな。
「よし・・・。決行は、明日だ。成果は、各自期待してるぞ。」
 士は、皆を信頼していた。それと同時に、私達も士には、全幅の信頼をしていた。


 とうとう明日、決行か・・・。
 私が狙われた理由、今度こそ、明らかになる筈だ。
 伝記の末裔を狙い、闇に葬る事で、誰が得をするのか・・・。
 単純に力を削ぎたいのかと思えば、そうでも無い。
 事実、修行をしている分には、何も手出ししてこない。
 伝記の末裔が、手を取り合う事を、酷く警戒している感じだった。
 狙いは、何なのだろうか・・・。
 それを調べる時が来たのだ。
 私は全力をもって、調べる事にしよう。
(余り、無理して欲しくないのですが・・・。)
 この声は・・・清芽殿か。私の決意が、そんなに不安ですかな?
(そりゃ不安になります。セントの恐ろしさを知って、なお挑もうとしてるのです
から・・・。無茶だと、思いますよ。)
 無茶か。確かに無謀かも知れぬな。私が潜入した所で、帰って来れないのが関の
山であろうさ。
(そこまで分かってて、行くのですか?)
 私だけならば、失敗するだろう。だが、今は、信頼出来る友が居る。だから、心
配は、余りして居ない。
(それを含めて、無茶だと言ってるんですがね。全く・・・。)
 心配痛み入る。だが、私は、行かねばならないのですよ。
(息子さんのため・・・でしたっけ?)
 ・・・そうか。清芽殿も、私の記憶を見たのだな。
(見ました。息子さんが、連れ去られる所も・・・。)
 今でこそ、『絶望の島』を抜けてはいるが、あそこへ送った原因となった私は、
レイクのために、尽力しなくては、いけないのだ。
(頑固なんですね・・・。生前の、内の亭主そっくりです。貴方は・・・。)
 清芽殿の生前の亭主に、そっくり?それは、随分と頑固だったのでしょうな。
(それは、頑固者でしたよ。)
 ・・・そこは、否定してくれても良い所だと思うのだが・・・。
(本当の事ですからね。否定しません。)
 清芽殿は、時に、手厳しいですな。
(コレくらい言わないと、頑固者には、効かないんです。)
 頑固者の扱いに、慣れてますな。
(全く・・・酷いんですよ?義理の息子とは、喧嘩して、縁切り状態でしたし、本
当の息子には、最後まで、父と名乗らなかったって言うくらい、頑固です。)
 ・・・それは、私の頑固さを、超えている気がしますが・・・。
(苦労しました・・・。まぁ、主人より、私の方が、早く死んじゃったんですがね。)
 それは、ご愁傷様ですな。そのご主人も、嘆いたのでは、無いですかな?
(それが、そんな素振り、全然見せないんですよ。人前ではね。私の墓前の時だけ、
大泣きしてました。ちょっと、嬉しかったです。主人の、そう言う所は、生前は見
ませんでしたから。)
 私とて、シーリスが死んだ時は、悲しみを隠せなかった。そのご主人だって、同
じですよ。妻に死なれるのは、辛い事です。
(貴方は、その事が、罪だと思ってらっしゃるでしょうけど?私に言わせれば、と
んだ勘違いです。頑固者と結婚する女性は、その人に、惚れこんでる物ですよ?)
 ・・・貴女が言うと、本当に説得力があるな。シーリスも幸せだったと、信じて
良いのだろうか?私のような・・・。
(ストップです。自分を卑下するのは、頑固者の悪い癖です。)
 グウの音も出ぬ。手厳しいな。清芽殿は。
(こう見えても、貴方より、年上ですからね。年配の言う事は、聞く物ですよ?)
 姿は、若々しいですが、そうでしょうな。清芽殿の話は、聞いてて参考になる。
(素直で宜しい。ま、私も、楽しんでるんですけどね。)
 それは幸いですな。貴女と話していると、私もリラックス出来るので、丁度良い。
(でも、本当に、無理しないで下さいよ?)
 分かっている。何せ、あのメトロタワーですからな。用心し過ぎると言う事は無
いでしょう。何せ、60階より上は、『ルール』すら使えぬ磁場が、広がっている
と士が申していた。何度か侵入を試みたらしいが、壁に阻まれたと、言ってたな。
(尚更、危険じゃないですか。本当に、大丈夫なんですか?)
 普通の条件よりは、危険だ。正直、捕まる確率もあると思っている。
(・・・でも、止める気は、無いんですね?)
 隠し事が出来ないのは、きつい事ですな。『ルール』が使えずとも、貴女が傍に
居れば、少しは平静になれる。居てくれると、有難い。
(私は、便利屋では無いんですよ?)
 それを言われると辛い・・・。無理強いはしませぬ。私の我侭ですからな。
(頑固な人は、見張ってないと、気苦労が増えます。だから、見ていてあげます。)
 手厳しい。だが、感謝する。
(そう思うなら、少しでも、無理しないように、努めて下さい。)
 ご忠告承った。私も、まだやらねばならない事がある。簡単には捕まらぬさ。


 依頼人の要求を満たす。
 口で言うのは、簡単だ。
 だが、実際に、こなすのは難しい。
 完璧にこなすには、年季って物が、必要だ。
 その点、俺は、細心の注意を払っている。
 下調べをして、あらゆる想定をしてみるのが、常だ。
 想定外の事が起きたら、すぐに対処出来る心構えも、必要だ。
 まぁ、そんな訳だが・・・明日の要求は、かなりハードだ。
 まさか、メトロタワーへの侵入を、俺が、やるとはな。
 ゼハーンの息子の話なんて、聞かなきゃ良かったか?
 でもな・・・あの眼を見たら、全てを、聞く気になっちまった。
 メトロタワーの下調べをしたが、まさか『ルール』まで封じているとは・・・。
 念の入った事だ・・・おかげで『索敵』のルールが使えん。
 あれは、かなり便利な『ルール』だったんだがな。
 多分、何か仕掛けがあるに違いない。
 それさえ見破れば、『ルール』封じも、何とかなる筈だ。
 心配なのは、センリンが、無茶をしない事だが・・・。
 アスカに、この仕事を、やってもらう訳には、いかない。
 今回の依頼は、かなり連係プレイが必要になる。
 ジャンとアスカが組んでるのなら、俺とセンリンが、組むしかない。
(あらゆる事を、考えての布陣か。それでも難しいな。)
 グロバス。アンタも、起きていたのか。
(彼の塔を登ると聞いては、血が騒ぐと言う物だ。)
 メトロタワーは、要塞も良い所だからな。
(あの塔は、強固レベルが高いからな。)
 アンタの目から見てもそうか。チッ。参ったぜ。
(それでも行くのだろう?貴公が、その程度で、止めるとは思えぬ。)
 分かってるじゃねぇか。当然行く。一応作戦じゃねぇが、非常手段は残してある。
それさえ守れば、脱出くらいは、出来る筈だ。
(自信有りと言った所か。足元を掬われないように、するが良い。)
 元より、油断なんかしねぇさ。
(なら良いがな。何せ、ミシェーダまで関わってきているのだ。奴を警戒しない訳
には、いかん。一度、煮え湯を飲まされているからな。)
 煮え湯か。確か、ほぼ勝っていた勝負を、時を戻されて、強引に転生させられた
んだっけか?時の力ってのは、凄まじいな。
(それも能力と言ってしまえば、それまでだ。だが、攻略のしようが無いのが悔し
い所だ。時の『ルール』は、運命神以外で、使える者が居ないからな。)
 そりゃ手厳しいな。攻略の糸口が見えないのは、厳しい話だ。
(対抗の糸口はある。天上神だったゼーダは、『予知』で対抗していた。あと、伝
記では、ぼかしてあるが、竜神ジュダも、何かに気付いた可能性が高い。)
 ほう。天上神が、運命神を躱してた話は知っているが、竜神が?
(伝記では『無』の力で何とかしたとあるが、次元の狭間を消した時の力は、そん
な生半可な物では無い。時の力の原理を知っているからこそ、対抗手段としての、
『無』の力が、発揮出来たと見ている。)
 つまりは、時の力の押さえ所に気付いて、そこに『無』の力を打ち込んで、消し
たって事か?器用な事を、するもんだな。
(余り認めたくは無いが、竜神は天才だ。奴の『ルール』の『付帯』は、あらゆる
宝石の力を利用する事が出来る。その一つに、時の力に繋がる宝石が、あったのだ
ろうよ。奴は、勘が良いからな。)
 便利な力を持っているようだな。その竜神とやらに、聞ければ良いって事か?
(そう言う事だ。どうやら、ゼハーンが、会っている様だから、彼のツテで話が出
来ればとは、思うのだがな。)
 そういや、そんな事を言ってたな。だが、難しい話だと思うぜ。
(それは、そうだろう。直接じゃなかったとは言え、竜神とは、対決した間柄だ。
我の事に気が付けば、口を噤む可能性が、高い。)
 アンタ、『覇道』の親玉だったからな。
(フン。何とでも言え。我は今でも、考え方自体、間違って居ないと胸を張って言
えるぞ。切磋琢磨して、生きる道なのだからな。)
 強気だな。ま、俺は、嫌いじゃない考え方だ。
(そう思って貰えるだけで有難い。とにかく、今は、あの塔に集中するのだな。目
立った動きをすれば、ミシェーダも、出てくるだろうしな。)
 警戒に、越した事は無いって事か。
(そう言う事だ。迂闊な動きは、抑えるのだ。)
 分かってる。今回は、飽くまで探りのつもりだ。
(だと良いがな。探りで、本番になっては、洒落にならんぞ。)
 その辺は、気を付けなきゃ、ならん所だ。いざとなったら、塔の外に飛び出せっ
て、指示してある。
(なるほど。外で拾う気か。)
 俺の『ルール』ならではだ。これ以上、安全な手は無い。
(過信は、禁物だぞ。)
 分かってる。あの塔に何が待ってるか知らんが、やるまでだ!



ソクトア黒の章4巻の5前半へ

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