5、潜入  セントメトロポリス。通称セント。ソクトア大陸の中央に位置する、中央大陸に、 人が移住して来て、往来と共に発展して来た国。かつて、激しい戦いが、この地で ばかり起こるため、呪われた土地と言われてきた。  しかし、それも今は昔の話。現在は、他の国を一手に支配する、ソクトアの覇者 とも言うべき国。他の国は、この国の圧倒的な武力の前に、従う他無く、この国の 決定こそが、時代を左右する。それが、現在のソクトアの情勢だ。  そのセントの人口は、ソクトア全体が、1億人とも言われているのに、2000万人 に達すると言われている。ソクトアの約5分の1がセント人である。加えて、強力 な兵器を開発し、他の国を寄せ付けないバリア、ソーラードームを備えている。  完璧なまでの強さ、隙の無い壁を用い、ソクトアを、その手に支配する。それは、 時代の中の必然でもあったのだろう。セントに居る限り、その特権は失われる事は 無い。・・・だが、裏切るとなれば、話は別だ。セントは、内部からの崩壊を、一 番恐れている。故に、セント反逆罪と言う罪は、最も恐れ多い罪として裁かれる。  裁かれた人数は、5000人以上は、居ると言う。囚人の島である監獄島、『絶望の 島』レイドの収容面積が足りなくなって来た事からも、想像が付く。  セントの最大の謎、それは、何と言ってもソーラードームだろう。名前こそ、す ぐ破れそうな名前だが、『無』の力すら跳ね返す、恐ろしい壁である。ソーラード ームが、解明されると、セントは、一気にピンチになるかも知れない。  そのためには、セントの中でも、一際目立つ、150階と言う恐ろしい建造物、 メトロタワーを昇らなければ行けない。  セント最大の秘密を解く為に、士達は、始動したのだ。  ゼハーンは、セント軍の軍曹のカード、つまり、軍事施設がある130階まで入 る事が出来る。とは言え、飽くまで軍の階が使えるだけだと言う事が、後で分かっ た。代わりに派遣した者から聞いたのだ。入ろうとすると、またパスカードの提示 を求められ、違うカードだと入れないと、警告されるのだ。つまり、ゼハーンは、 軍事施設に潜り込むしかない。考えてみれば当たり前の事だ。軍の者が、テレビの 仕事や、ソーラードームの仕事を見に来ると言うのも、おかしな話である。  メトロタワー内部は、10階毎に区切られているが、更に細かく、1階毎に、階 級によっての、個人研究室が設けられている。1階違う毎に、上の階級に行けると 言うシステムだ。この階級を決める制度は、クワドゥラートが設立された時に、 考案され、メトロタワーでも採用に至ったと言う訳だ。  センリンには、ソーラードーム発生装置の研究員のカードが渡された。研究員の カードが女性の物だったからだ。センリンは、かなり器用なので、上手く立ち回っ てくれる事だろう。アスカも器用なので、出来なくは無い。しかし、士との連携を 考えれば、今回は、センリンに任せるべきだろう。  ソーラードームは、セント最大の謎だ。『無』の力を持つ壁。発現するには、力 を知り尽くしてなければならない。どうやって、原理を見付けたのであろうか?そ の謎は、恐らく状況を把握している者にある。セントを裏で操ってる者として、名 前を挙げられたゼロマインド。奴が、原理を知っているのだろう。何せ、『無』の 塊が、意識を持っていると言うのだ。原理を知っていても、おかしくない。その謎 が、どのような物であるのかを、見極めるのが、センリンの仕事だ。  士は、全体のフォローだ。軍隊研究所のゼハーン、ソーラードーム研究所のセン リンは、かなり離れている。丁度中間にあるテレビ局のカードを持っていれば、有 事に駆けつける事が可能だからだ。いざとなった時は、『ルール』が使えるように なる外に飛び出すように言ってある。そうすれば、士の『索的』のルールで拾う事 が出来るからだ。その丁度良い位置が、テレビ局のある位置なのだ。  それぞれが、上手く立ち回れば、必ず成功する筈だ。  メトロタワーへの侵入が、今、開始されたのである。  私は、士の役に立つ事が第一だ。  『司馬』として行動している以上、依頼を、こなさなければならない。  でも、メトロタワーの侵入・・・。  正に命懸けの依頼である。  だが、私達も無関係じゃない。  『ルール』をバラ撒いた連中が、ここに居るのだ。  私達は、受け取って強くなったけど・・・それを利用しようとする連中が居る。  いずれ、士や私の力も利用しようとするのだろう。  冗談じゃない・・・私達は、モルモットじゃない。  そして、このソーラードーム研究所のカードを渡された。  この階層に入った瞬間に、『ルール』が使えなくなるのを感じた。  士の話だと、『ルール』がバラ撒かれたのは、この階層の辺りからだと言う。  ならば、探ってみるしかない。  自分達の違和感の正体である『ルール』。  その全容を解明する為にだ。  私は、極めて自然を装いながら、登庁する。パスカードをカード読み取り機に通 して、本人確認をする。すると、自然に自分の研究所へエレベーターが勝手に止ま ってくれる事になっている。このカードの持ち主は、78階だ。ラッキーな事だ。 上の階層なら、いざとなった時、士も拾い易い。  しかし、すぐに、その意味が分かった。ほとんどの研究員は、75階以上の階に 配備されている。61階から、74階までは、研究員の為の階では無い様だ。出勤 時間になると、77階に集まるように言われた。75階から、79階までは、研究 員が忙しく動き回っているようだ。何かの管理なのだろうか?モニターを細かく監 視している人が多かった。  78階では、事務の仕事、79階では、実際の監視の仕事をするのが、研究員の 常らしい。私は、ボロを出さないように、日誌を見ながら、その事を頭に叩き込ん だ。おかしな動きをすれば、バレてしまうからだ。  それにしても・・・この監視・・・。何を監視すると言うのか?私は、目を凝ら す。何やら、カプセルが並んでいるみたいなのだが・・・。良く見ると、人が入っ ている。どうやら、寝ているようだ。それを監視する仕事なんて、随分暇な仕事だ。 「ナンバー207。状況はどうか?」  誰かから、声を掛けられた。どうやら、上司のようだ。ナンバー207と言うの は、このカードの持ち主の番号だ。 「異常はありません。引き続き、監視を強化します。」  私は、抑揚の無い声で言う。いつもなら、ストリウスの訛りのある声なのだが、 この時ばかりは、それが出ないように努める。 「うむ。ご苦労である。私は、『魔人(まびと)』棟に行く。何かあったら連絡す るように。」 「了解しました。」  上司が、気になる言葉を言ったが、私は、努めて平静に答えた。  ・・・『魔人』棟?・・・何の言葉だろう。  私は、モニターの横に、計器があるのを確認する。すると、そこには、『神気量』 と書かれていた。・・・嫌な予感がした。一体、何の計器なんだ?これは?  数値が、安定しているようだが、何の数値なのだろう?後の計器は、脈拍、血圧、 呼吸回数など、極普通なのだが、『神気量』と、『精製量』と書かれている計器は、 異様であった。それが、カプセルの人数分ある。私が受け持つのは、10人だ。 「・・・ここは、『聖人(せいじん)』棟・・・?」  私は、ドアのプレートを見た。『聖人』棟と書かれている。カプセルは、どこか 光っているような感じだった。一体、何が行われているのだろう。  私は、電子マニュアルに目を通す。電子マニュアルには、色々書かれていた。  研究員は、カプセルの動向に細心の注意を払う事。その心得が、ズラズラと書か れていた。研究員と言うより、監視員の方が近い気がした。  『魔人』棟は、『瘴気量』に注意を払う事とある。魔人の瘴気を出し易くするた め、培養液の中に、『闇の骨』のエキスを少量混ぜるとある。そうする事で、『魔 性液(ましょうえき)』を精製出来る。更に出し易くするために、カプセルの外で、 魔族の激闘の映像を、常に流す。これにより、魔人達は、闘いを思い出させ、瘴気 の出がより良くなる。ただし、一日の瘴気量の限度を超えてはならない。過度の瘴 気を放って、疲労させるのは、本末転倒である・・・と書いてあった。  ・・・魔人って・・・確か・・・伝記で聞いた事がある。  人間でありながら、『覇道』に手を貸すために、『魔性液』を飲んで、瘴気を出 し易くなる体を手に入れた人の事だ。レイリー=ローンが、魔人の筆頭格だった筈 だ。それ以外の魔人は、確か・・・。  ・・・ま、まさか・・・。  私は、『聖人』棟のマニュアルにも目を通す。  『聖人』棟は、『神気量』に細心の注意を払う事。聖人は、神気を出し易くする ために、『神液(しんえき)』を混ぜた培養液が必要となる。『神液』の入手は、 手続きを踏み、ゼリン警視を通して、手に入れる事とある。ゼリンって・・・。確 か、ゼハーンさんの恨みの相手じゃ?・・・更に、神気を出し易くするため、人々 に奇跡を起こした神の映像を流すとある。・・・確かに、真ん中のパネルに、神の 奇跡の映像が、常に流れている。後は、瘴気と同じく、疲労させないように、一日 の神気量の限度が、記されていた。  ・・・これって・・・。  『無』の精製量についての、項目を見る。  『神気量』と『瘴気量』が、等しく精製されれば、70階にある装置に合成装置 に送られる。2つの力が、激しくぶつかり合えば、合成される際に、限りなく純粋 な『無』の力が生まれる・・・。  ま、まさか、『無』の力って・・・。神気と瘴気を掛け合わせて、激しく衝突さ せる事で生まれる力なの!?  ・・・思い返してみれば・・・。破壊神エブリクラーデスが、『無』の力に目覚 めたのは、『神液』を飲んだ時だった。そして、熾天使ラジェルドが目覚めた時は、 『魔性液』を飲んだ時だった。神魔剣士の砕魔(さいま) 健臓(けんぞう)が目 覚めたのは、パワーアップした時に、神気を身に付けた時だった。  だが、例外もあるのだろう。勇士ジーク=ユード=ルクトリアは、全ての感情を 閉じる事で、手に入れたと言う。闘士サイジン=ルーンは、一瞬だけ発現した時は、 愛する者を守る事だけを考えた時だった。意識を、全て埋没させる事で手に入れら れる事もあるのだろう。しかし、分かっていても、それは才能が無ければ出来ない。  だが、この方法ならば、神気を使える者と、瘴気を使える者を見付ければ、『無』 の力を発現させる事が可能だ。良くぞ見付けた物だ。正に、『無』を知り尽くした ゼロマインドだからこそ、見付けられたのだろう。  しかし・・・そうなると、このカプセルに入れられてる人々は、一体誰なんだろ う。『魔人』と『聖人』なのは、分かっている。しかし、これだけ大量の『魔人』 と『聖人』など、そう簡単に集められる訳が無い。  私は、マニュアル補足のページを捲る。  映像出典・・・クワドゥラート記録係?  ・・・そう言えば、クワドゥラートは、今でこそ人々が、従事する街になってい るが、元々、伝記の時代では、魔人と聖人が手を取り合って、エブリクラーデスを 尊敬しながら、『人道』の方針に従っていた筈だ。ひっそりと暮らしていたとあっ た筈だが・・・。あれが、本当の事を書いているなら、その人々が、まさかここに? 「ナンバー207、応答せよ。」  横のスピーカーから声が聞こえた。 「ナンバー207です。」  私は、再び、抑揚の無い声で返事する。 「『聖人』棟と『魔人』棟の入れ替わりの時間だ。忘れたのか?」  そう言えば、1時間で交代すると言ってたな。 「申し訳ありません。直ぐに入れ替わります。」  オチオチ資料も読めないとは・・・。 「しっかりしたまえ。余り多いと、ペナルティを課すぞ。」  叱責される。これで済んだなら良い方だ。気を付けないと・・・。  私は、直ちに『魔人』棟と呼ばれる79階に向かう。すると、今度は、さっきと は、全く雰囲気が違っていた。魔人が入れられてるカプセルだろうか?薄暗い暗闇 が覆っていた。 「只今、参りました。」  私は、手早く決められた部屋に行った。 「1分30秒遅れか。次は、遅れないように。」 「了解致しました。」  上司がチェックする。細かいんだな。  私は、再び監視室に入った。今度は、魔人のカプセルの部屋のチェックだ。  次の1時間も終わると、今度は、78階の自分の研究室で休むように言われた。 2時間やって交代って所か。しかし、監視をする仕事とは、単純作業で疲れる事だ。 「あ。そうダ。」  私は、ミサンガの右端を引っ張る。すると、ボタンが出てきた。左のボタンは、 通話用で、右のボタンは、モールス信号を送るためのスイッチだ。ここで通話した ら、傍受され兼ねないので、控える。モールス信号だけ送る事にした。とりあえず、 無事である事を報せておく。  研究室を見て回ると、色々な資料があった。・・・これは?  本棚に、日誌の他に、基本資料が置いてあった。読んでみよう。  それと、これは・・・歴史書か?極秘と書いてある。  ・・・  500年前、クワドゥラートの者達から、取引を持ち掛けられる。その内容は、 セントへの従属。勢いがあったセントに移住する事を条件に、クワドゥラートの無 血解放を約束する。それが内容であった。  メトロタワーの建設が進んだのも、この頃で、最新鋭の施設になる予定だったの で、クワドゥラートの者達の居住を作る事で合意する。  150階に達する事を伝えたら、80階辺りの、中心部を使いたいとの要請あり。 完成は、約400年後になると伝える。それまで、シティの上流階層地区で、住ん でもらう事で合意。人々には、人間中心の世になったと伝えてあるため、極秘に、 事を進める。しかし、放って置いたら、子孫を増やした模様。注意を喚起しながら も、隔離する事で、人々に気付かれずに事を進めた。  そして、それから200年後、ソーラードーム計画発動。絶対的な壁を作成する ため、仕組みの解明が必要。研究の結果、純粋なる『無』を作り出すのは、困難な ため、限り無く近い『無』の精製を作成する研究に切り替え。  研究の結果、神気と瘴気の合成による衝突エネルギーが、極めて『無』に近いエ ネルギーを得られる事が分かった。上からの助言があって、解明した事だが、これ は快挙である。問題は、現在は、魔力ですら禁忌とされる世の風潮である。  ついに、メトロタワーが完成する。この頃になると、魔族、妖精、神などは、伝 記の上での存在だと、思い込ませる事に成功する。人々は、知的生命体が自分達だ けであると、信じて疑わないようだ。  そこに、クワドゥラートの連中を迎え入れる。連中にフードを被ってもらい、極 秘にメトロタワーの中へ、入ってもらう。計画は、順調である。メトロタワーの威 風堂々とした佇まいに、連中は、満足の様子。  連中の数は、理想的な数であった。60階から計画的に移住してもらう。奴等は、 思った以上に増えていた。70階までの予定だったが、75階まで、移住させなけ ればならない程だった。しかし、量としては十分である。念のため、80階まで、 合成装置を用意しておいて正解だった。  ここで、移住を記念して、パーティーを行う。仕上げである。このセントのため に、彼らには、役立ってもらう。長い寿命になった彼らは、セントのために、必ず 役に立つ事だろう。  パーティーの間に、各フロアの各部屋に、麻酔ガス噴射の用意をする。そして、 それの実行。連中は、不意を突かれたらしく、大成功に終わる。平和ボケしてたか らな。これで、準備は整った。  連中の部屋に隠しておいた、カプセルを用意。神気と瘴気を吸い取って、合成す る装置へと力が向かっていく。実験は、大いに成功だった。セント全土を覆う、ソ ーラードームの完成である。  専用の培養液で、半永久的に生き続ける彼らは、ソーラードームの維持に大いに 役立ってくれた。『無』の壁、ソーラードームは、セントの繁栄の象徴となる。彼 らは、その功績に名を記す事になる。名誉な事だ。  ・・・  ・・・何て事・・・。こんな・・・こんな電池みたいな扱いなんて・・・。  人間のする事じゃない!!実験動物なんかじゃ無いんだ!・・・それを・・・。 生きているのに、動けない。こんな・・・悲しい事は無い。 「ナンバー207よ。」  !!・・・後ろから声がした! 「様子がおかしいと思ったんだが、その資料は、極秘なのだがな?」  上司だ。読むのに必死で、気付かなかった。 「その目、やはり、ナンバー207では無いな?」  上司は、気が付いていた。私が曲者であると言う事にだ。 「ここで暴れられても困るのでな。フン!」  上司が、気合を入れると、周りの雰囲気が変わった。何だこれ・・・? 「『結界』だ。周りとの次元を変えてやった。」  『結界』!?確か・・・士から聞いた事がある。古代魔法と言う種類で、周りと の接触を、遮断する事が出来る魔法だった筈だ。 「貴方、何者ヨ!」  簡単に、こんな魔法を使う事が出来るなんて、只者では無い。 「貴様に名乗る名など無い。」  やはり、簡単に答えてはくれないか。それに、この雰囲気は拙い。しょうがない。 私は、ミサンガの緊急ボタンに手を掛ける。 「変な事をされては、困るな。」  上司は、一瞬で私の腕を捻りあげた。ど、どう言う事!? 「クッ!」  私は、意識的に『念力』のルールを使おうとする。しかし発動しない。 「驚いたな。貴様、『ルール』使いか。」  やばい。気付かれた! 「仲間も、『ルール』使いの可能性が高いな。ならば、来て貰うしかないな。」  上司は、私を餌にするつもりだろうか? 「それまで、大人しくして貰おう。」  上司が、私の延髄に手刀を入れる。  ・・・意識が・・・遠のく・・・。  ゴメン・・・士・・・。  メトロタワーの中は、こんなだったのか・・・。  もう120階だと言うのに、何と言う広さか。  人知を超えた製造工程で作っている。  私が貰ったのは、軍曹のカード。  軍隊研究所で、挨拶を済ませて、武器精錬所で、仕事をこなした。  と言っても、作られる武器の点検が主な仕事だ。  銃器が多いので、私向きでは無い。  グリードが居れば、色々喜んだだろうにな。  私は、努めて平静に、内部を見て回る。 「それにしても・・・。」  私は呆れる他無かった。セントは、武器精錬所で、日々、性能をアップさせてい た。しかし、使い手が居ないから、犯罪発生率が、変わらないのだと言う。  警察に配られる銃なども、ここで作られているのだが、警官は、警棒で闘う事が 多いらしく、銃器は使いこなせない人が多い。これでは、何のために日々、性能を アップさせているのか、分からない。 『これより、召集があります。直ちに、125階に集合するように。以上。』  急に招集が掛かった。何でだろう?もしかして、誰か捕まったのか?センリンが、 無茶したのか?どうする・・・?まずは、行くか・・・。  途中で、ミサンガから、無事を報せるサインが出た。なら違うと言う事か。まだ、 入って2時間程であるし、そう簡単には捕まらないか。  私は、手早く招集に応じた。結構集まっているな。この辺は、訓練されているの だろう。さすがだ。 「これより、警視より、訓示がある!心して聞くように!!」  ・・・警視?ま、まさか・・・! 「諸君。召集ご苦労。警視のゼリンだ。」  やはりゼリン!・・・いかん。ここは抑えろ。ここで襲い掛かって、勝てる相手 では無い。冷静になるのだ! 「諸君は、非常に優秀だと私は思っている。この男と違ってな!」  ゼリンは、怒っているようだった。そして、暴行を加えられたような跡が残った 男を突き出す。誰だ?あれは。 「この男を覚えているだろうか?・・・そう。『絶望の島』の島主だった男だ!」  何と・・・。あの男が、レイクが話していた、ファリアの純潔を奪おうとした許 せぬ男か!確かに、嫌らしい顔をしている。だが・・・何故あんなボロボロなのだ? やはり、レイクの脱走の件であろうか? 「この男は、脱走者を出した!しかも、あろう事か、それをヒタ隠しにしようとし た!それは、許されざる事だ!」  ゼリンは、レイクの事は、ハッキリとは言わない。まぁ言える訳が無いか。 「諸君らは、このような失態は犯さないと信じている!君らの能力を信じよう。」  なる程、発破を掛けるのと同時に、見せしめか。 「私は、その対策に移る!諸君らは、その間、ここを守ってもらいたい!」  ゼリン自らが、レイクに対する対策を、施すと言う事か。拙いな。 「以上だ!宜しく頼んだぞ!」  ゼリンは、そう言うと退場する。これは、チャンスかも知れぬな。そのまま解散 になったので、私は、ゼリンの後を追う。 「そこの軍曹。ちょっとこっちへ来い。」  誰かに呼び止められた。どうやら、少尉のようだ。 「少尉殿。何用でありますか?」  私は、仕方無いので、少尉の所へ行った。  少尉は、私を個室へと案内する。・・・バレたか? 「おい。アンタ、何処の所属だ?」  ん?随分馴れ馴れしいな。誰かと間違っているのか? 「何の事だ?」  私は心当たりが無かったので、尋ねてみる事にした。 「誤魔化すなよ。只の軍曹が、そんな血の臭いするかよ。何処の所属なんだ?」  ・・・どうやら、『ダークネス』の奴だな。私を、仲間と勘違いしているらしい。 と言う事は、『ダークネス』の連中も、メトロタワーに侵入しているようだな。確 かに、入りたがっていたと、士は言ってたな。 「そう言う貴方は、何処の所属なのだ?」  私は、探りを入れてみた。 「てめぇ、ボスの懐刀と言われた、この『荒神』を知らないってのか?」  『荒神』?ああ。もしかして、この前のサン農場で、最後に会った、あの威勢の 良い男か。ショアンの話じゃ、かなりの腕だったみたいだが。 「これは失礼した。貴方も潜入に来ていたのか?」  私は、話の調子を合わせる。色々聞き出した方が、良いかも知れんからな。 「いや、今回は、依頼で来たんだ。俺等の助けが必要なんて、よっぽど慌ててるん だろうぜ。俺等としては、滅多に無いメトロタワーへの潜入のチャンスだからな。 お前の情報と合わせて、『ダークネス』に報告しなくちゃならねぇ。」  なる程。『ダークネス』に護衛を頼んだのか。ここの内情も知りたかった『ダー クネス』にとって見れば、一石二鳥だったのかも知れんな。 「いつもなら、『オプティカル』に仕事が回って来る所だったんだがよ。今回は、 アイツ等、ゴタゴタしてたからな。ラッキーだぜ。」  そうか。アスカが抜けて、『オプティカル』は、纏めるのに必死だと言う話だっ たな。それで、『ダークネス』の方に、仕事が回ってきたのか。 「私も、自分の所へ、報告しなければならん。情報提供を頼む。」  私は、『自分の所』と言った。嘘では無い。仲間達に、この状況を、報告しなけ ればならない。 「おう。ま、お互い解雇にならんよう、気を付けようぜ。」  『荒神』は、気さくに挨拶して去る。仲間に対しては、気の良い男なのかも知れ んな。ま、悪いが、せいぜい利用させてもらおう。  さて、気を取り直して、ゼリンの所へ・・・。  ん?今度は・・・緊急のサイン!これはセンリンか!  これは、参ったな・・・。今、センリンを失う訳には行かない。  直ぐに駆けつけなくては・・・!  恐れていた事が起こった・・・。  センリンが・・・俺の愛する女が、捕まった・・・。  俺は、命に代えても、守らなきゃならないと、誓ったのに!  このメトロタワーで、緊急ボタン・・・。  しかも、聞こえてくるのは、敵の声・・・。  待ってろ!俺が・・・俺が助けてやる!! (センリンは、我にとっても、信じてくれた一人だ!士!助けるぞ!)  グロバス・・・。そうだな。例え、どんな手を使ってでも!! 「貴様!止まれ!!」  ・・・邪魔する馬鹿が居るようだな。消えろ!! 「ウアアアアアア!!」  俺は、テレビ局の警備員を容赦無く斬り伏せる。邪魔なんだよ!! 「クッ!こ、コイツ!おい!救援を呼べ!!」  警備員は、警告の笛を吹いて、救援を呼ぶ。・・・小賢しい!!今の俺に、その 程度の人数が、壁になるかってんだ!! 「ヌアアアアア!!」  警備員の数を減らしていく。・・・センリンを、捕まえた奴は・・・どこだ!!  俺は、とうとうエレベーターまで行く。確か、78階だった筈だ!  操作すると、さすがは、メトロタワーの緊急エレベーターだ。あっと言う間に、 78階に着く。こう言う所は助かるな。  そして、周りを見渡す。不気味な程、静かだ。だが、俺は、冷静では、居られな い。早く・・・早くセンリンを・・・。 「止まりたまえ。」  ・・・また、邪魔かぁ!!誰だ!!・・・エレベーターから出て来たという事は、 追っ手か!!小賢しい!! 「・・・そこの男・・・。何と言う瘴気を放つのだ・・・。」  ソイツは、驚いていた。俺が、とてつもない瘴気を放っていたからだ。 「おい。貴様、ここで、捕まった女は、何処に居る?」  俺は、駄目元で、ソイツに聞いてみる。 「あの女か。99階だろうな。」  ・・・知っていたか!!これは幸運だ。 「本当だろうな。本当なら見逃してやっても良い。」  俺は、センリンを助けるためなら、どんな情報でも感謝する! 「嘘では無い。通称、捕縛部屋だ。これから拷問でも行うんじゃないか?」  ご、拷問だと!?ふざけやがって!! (士!冷静になれ!挑発しているだけだ!!)  分かってる!だが、平静になど、なれるか!! 「・・・そこをどけ。俺は急がなくてはならん。」  俺は、エレベーターの入り口に近付く。 「私の役目は、君の捕縛なんでね。そうは行かない。」  俺の捕縛?舐めやがって!!コイツ如きでは、捕まえられないと、教えなきゃな。 「君の力は、予想以上だな。なら、コイツで・・・!!」  ヌア!!!何だこれは!!急に体が重く!! 「き・・・さま!!何をした!!」  この重さ・・・尋常じゃない。まさか・・・『ルール』!! 「『重力』のルールだ。今、君の体重は、3倍程に感じている筈だ。」  3倍?それに『重力』のルールだと!! 「・・・たった3倍で、この俺を止められると思うな!!」  俺は、歯を食いしばりながら、立ち上がる。3倍如きで!! 「驚いたな・・・。ならば・・・5倍だ!!」  ソイツは、5倍に増やしてきた・・・。さ、さすがにきつい!! 「うううぐうううう!!!」  俺は、這ってでもエレベーターに近付く。センリンを!!センリンを助けるんだ! 「何と言う執念・・・。君は、危険人物のようだ。」  ソイツは、神気を出し始める。・・・コイツ、只者じゃない! 「くそ!動け!動け!!!俺の体よ!!」  俺は、『索敵』のルールを発動させようとする。しかし、出来なかった。 「!!君も『ルール』使いだったのか・・・。驚いたな・・・。」  ソイツは、『ルール』の事に驚いていた。 (我の力を使え!士!!ここは、切り抜けるんだ!!)  ・・・しょうがねぇ・・・。ここは緊急事態だ!! 「フゥゥゥゥオオオオオオ!!!」  俺は、グロバスに意識を預ける。本意じゃねぇが、ここは、頼む!!  ・・・  中々の重力・・・。さすがの士も、これではきつかろう。 (体を預けたんだ。後は、貴様の番だ。)  分かっている!!この程度の重力!! 「・・・君は、何者だ!・・・その変化・・・。魔族なのか!?」  驚いているようだな。当然か。士の体でだが、翼と角が生えているのだからな。 「我は・・・神魔王グロバス!!この程度の重力で、我を繋ぎ止められると思うな!」  そうだ。我は、もっときつい環境でも生き延びたのだ。この程度で、やられはせ ぬわ!士のためにも、ここは、抜ける!! 「そうか・・・。魂の同化をしたのか!チィ!!」  どうやら、この者は、事情に詳しいようだな。 「残念であったな。並の相手ならば、この重力だけで、何とかなったろう。だが、 貴様の目の前に居るのは、この我だ!消え失せるが良い!」  我と士の力が加われば、誰にも、負けはせぬ!!  その時、エレベーターが開いた。誰か来たみたいだな。 「何を苦戦している。情けないぞ。ゼリン。」  ・・・この声・・・ま、まさか!!!! 「喧しい。想定外の出来事だ。貴方も手を貸すのだ。」  この者は、ゼリンだったのか・・・。いや、それよりも! (今の声は、センリンを連れ去った奴の声だ!!あの野郎!!)  そうか・・・。コイツだったのか!!なお許せぬ!! 「・・・なる程。魂の同化。しかも・・・これはまた、懐かしい顔だな。」  やはり、コイツは!!! 「貴様、復活してたのだな!!ミシェーダァァァァ!!!」  我を屈辱を与えた男・・・。そして、我を1000年後に飛ばした男!許せぬ!許せ ぬわぁ!!この男だけは!! (センリンを連れ去ったのも、コイツかぁぁ!!) 「やはりグロバスか。久しいな。この状況で吠えるとは、哀れだな。」  ミシェーダめぇ!!この我を愚弄するか!! 「おい。ゼリン。『重力』を切らすな。」  ミシェーダは、『重力』を途切れさせないように、指示する。 「指図を受ける謂れは無い。だが、ここは協力しよう。」  ゼリンは、『重力』のルールに集中する。 「如何に貴様と言えど、この重力下で、私に勝つ事など出来ぬ。」  うぐ!確かに、このままでは!!だが、許せぬ!! 「フッフッフ。ほら。どうした?何かやって見せろ?・・・と、その前に。」  ミシェーダは、この場に結界を張る。余裕を見せおって!! 「メトロタワーを、壊される訳には、行かんのでな。」  この期に及んで、そっちの心配とは、舐めおって!!! 「ウオオオオ!オオオオオ!」  我は、それでも拳を握って、ミシェーダに殴り掛かる。スピードが出ない!! 「この状況下で、そこまで暴れられるとは・・・。恐ろしいな。」  ミシェーダは躱していた。くそ!!ならば!! 「ヌアアアアアア!!」  我は、瘴気弾を、四方八方に撒き散らす。 「チィ!!止めろ!貴様!!」  ミシェーダは、我の腹に一撃を入れてくる。ウグ!! 「暴れおって・・・。結界を張ってなかったら、拙かったな。」  こうなったら、一撃だ・・・。一撃に賭ける・・・。奴は、油断している。一撃 に全てを賭けて、倒して、この場を乗り切る! 「その眼、変わらぬな。だが、今の時代に、貴様など要らぬのだ!」  ミシェーダは、不用意に近付く。今だ!カウンターの一撃を!  ガシィ!!  んな!つ、掴まれただと!? 「やはり、一撃に賭けていたか。お前は、私の『ルール』を忘れたのか?」  まさか、時を止めた!?お、おのれ!! 「油断ならぬな。存分に傷め付けて置かなくては、ならんな。」  ミシェーダの容赦の無い攻撃が、背中に、腹に、響く。  お、おのれ・・・!我が・・・我が!! (ち、ちくしょう・・・。センリン!!)  す、済まぬ・・・士・・・。我が居て、こんな・・・。  ・・・  グロバスまで、意識を失ったか・・・。  せ、センリン・・・。センリーーーーーン!!!!  私は・・・捕まったのかな?  独房のような所に入れられた。  しくじったなぁ・・・。  最後に緊急ボタンを、操作された記憶がある。  このままじゃ、士やゼハーンさんも捕まってしまうかも・・・。  それは、避けたいなぁ・・・。  手を後ろに縛られたかぁ・・・。  典型的な捕虜に、なってしまったようだ。  ・・・今更だけど、怖いな・・・。  何かされるんだろうか?  士が居ないと、不安になる。  でも、士が、私のせいで捕まったりするのは、もっと嫌だ。  ならいっそ・・・!  ・・・いや、駄目だ。  私が、真っ先に生きるのを諦めてどうする!  私の命は、私だけの物じゃない!  士や、皆が悲しむ!  なら、どんな目にあっても、生き延びなきゃ! 「もう一人、潜入者を捕らえたらしいな。」  誰かの声が聞こえてきた。私はじっとしていた。もう一人・・・? 「フン。私は、最初からパスカードに頼るなど、馬鹿げていると言ったのだ。」  この声は、さっきの上司だ。そして、部屋に入ってきた。 「この女か。・・・気の強い目をしているな。」  もう一人は、切れ長の眼をしていた。仲間だろうか? 「ゼリン。これは、一つ貸しだぞ。」  ・・・切れ長の眼をした人が、ゼリン・・・。もしかして、ゼハーンさんの話に 出てきた、ゼリン=ゼムハードって、この人! 「分かっている。直ぐに返すさ。用事が済んだらな。」  ゼリンは、上司を軽くあしらう。それを見て、上司は満足したのか、持ち場に戻 った。すると、ゼリンが私に近付く。 「さて、随分と、無謀な真似をしたね。」  ゼリンは、私を射抜くような眼で睨む。 「そのミサンガ、通信手段も備えた優れ物の様だが、まさか腕から外れないとはね。」  腕にピッタリ填まるように、士がデザインしたのだ。外れる訳が無い。 「そんな君に朗報だ。テレビ局の男を捕まえたよ。」  ・・・え?ま、まさか・・・! 「つ、士!!」  私は、ついに声を上げてしまう。 「やはり仲間か。残念だったね。恐ろしい暴れ方をしてたが、さっきの君の上司と、 私が二人掛かりで、やっと取り押さえた。危なかったよ。」  ・・・くそ!私のせいで!! 「しかも、君も、その仲間も、『ルール』に目覚めていたとはね。驚いたよ。」  ゼリンは、『ルール』をバラ撒いた側だ。当然知っているのだろう。 「ま、目的を話してくれると、助かるんだけど?」 「私が、そう簡単に、口を割ると思ってるのカ?」  私は、ゼリンを睨み付ける。私だって、覚悟は出来ている。 「お仲間が、痛めつけられても、同じ事が言えるかな?」  ゼリンは、これ以上無い程、残虐な笑みを浮かべる。 「や、止めてヨ!士に、酷い事なんてしないデ!」  私なら良い。でも、士にそんな事しないで欲しい! 「安心しなさい。私は鬼では無い。君が、目的を喋ってくれれば、無体な事は、し ない。そんな趣味は無い物でね。」  ゼリンは、余裕な口振りだ。くそ!私じゃ、どうする事も出来ないのか! 「・・・ほう。黙ってるって事は、嘘だと思っているのか?」  ゼリンは、私が黙っていると、気に食わなかったのか、部下に合図を送る。  すると、手を縛られた士が突き出された。 「つ、士!!大丈夫!?」  私は、つい、近寄る。しかし、部下に拘束されて、動けなかった。 「チィ・・・。参ったな。こうなると、予測出来なかった訳じゃあねぇが・・・。」  間違いなく士だ。でも、眼が紅くなっていた。グロバスさんを出した跡がある。 それでも勝てなかったって言うの? 「君には驚いたよ。私と、ミシェーダを2人相手に、あそこまで暴れられるなんて ね。君の中に居る、魔族にも驚かされたがね。」  士ったら、グロバスさんを発動させてまで、闘ったってのか。 「だが、私の『ルール』と、ミシェーダの『ルール』が加われば、さすがに勝ち目 は無かったな。君は良くやったよ。今は魔族も、大人しくしている様だがな。」  グロバスさんを発動しても、勝てなかったんだ・・・。さすがに『ルール』が使 えないのは、大きいみたいだ。 「さて、口を割らないとなると、割れるようにしなきゃならんな。」  ゼリンは、邪悪な笑みを浮かべた。これは、やばい・・・。 「・・・む?・・・これからって時だったのだが・・・。」  ゼリンは、残念そうにしていた。どうしたのだろう?何か水晶を取り出す。 「急用が出来た。君達の拷問は、違う者に任せるか。ま、この道のプロに任せるの が、一番か。私には、そのような趣味は無いしな。」  ゼリンは、本当に、そんな趣味は無いらしい。指をパチンと鳴らすと、軍服の兵 士が出てくる。しかし、この血の臭い・・・。人斬りだ。 「出番ですかい?」  ・・・この声!確か、この前のサン農場で、聞いたあの時の!! 「『荒神』君だったか?君は、拷問の経験があるのだろう?この者達から、ここに 潜入した、目的を聞き出して欲しい。」  やはり、『荒神』!『ダークネス』の奴等も居たのか! 「得意じゃあねぇ。ま、だが任せな。」  『荒神』は、こちらを見て、ニヤリと笑う。 「頼むぞ。私は、これからガリウロルに行かなければならん。」  ガリウロルに?また急だな。・・・何か用事があるのだろう。しかも、私達を放 って置いてでも、行かなければならない用事が。 「ま、3時間程で戻る。それまでに、聞き出す事を期待している。」  ゼリンは、そう言うと、いきなり空間を引き裂いて、扉を作る。どうなってるん だ?あれは・・・。 「古代魔法の・・・『転移』だと・・・?」  士は、知っているようだった。 「フン。人使いの荒い事だ。まぁ良い。」  『荒神』は、こっちを見る。 「ま、依頼人からのお達しだ。てめぇらの目的を聞こうか?」  『荒神』は、剣を抜いて、私の喉元に突きつける。 「止めろ!それ以上、手を出すんじゃない!!」  士が、燃え滾るような眼で、こちらを見る。 「立場が分かってないようだな。押さえ付けておけ。」  『荒神』が、命じると、私と士は、部下達によって、押さえ付けられる。『ダー クネス』の奴等も、結構潜入しているようだ。 「ま、ここは、女の体に聞くのが、一番手っ取り早いな。」  『荒神』は、部下達に合図を送る。・・・やっぱり私か・・・。 「止めろ!!貴様等!!!!」  士が、暴れまくるが、4、5人に押さえられてる上に、『ルール』も使えない。 その状況では、何とか出来る筈も無い。 「私は、良いのヨ・・・。でも、お願イ・・・。見ないデ・・・。」  私は、怖い。本当に怖い。でも、その姿を、士にだけは、見られたくない。 「俺は・・・俺は、こんな無力なのか!!!くそ!!くそ!!!」  士は、口から血が出る程、歯軋りをしていた。 「ヒャッハッハ!!久し振りだなぁ。この感覚!!」  部下達は、喜びの声を上げる。  私は、衣服を破り取られた。ああ・・・。もう駄目か・・・。 「センリン!!クソ!!貴様等、止めろぉぉ!!!」  士が叫ぶ。士・・・。私の愛しい人・・・。嫌だ・・・。嫌だよう・・・。  バンッ!  誰かが出てきた。コイツ等の、仲間だろうか?軍服を着ている。 「なんだ。アンタか。混ざりにでも来たのか?」  『荒神』が声を掛ける。やっぱり仲間か・・・。 「貴様等・・・。・・・この非道共が!!!」  ・・・え?こ、この声は。 「グギャアアアアアア!!」  私を押さえ付けてた部下が、一瞬の内に斬られた。そして、間髪入れずに、士を 押さえ付けてた部下達の手を、一瞬の内に斬る。 「・・・て、てめぇ・・・!!」  『荒神』は、顔面蒼白になっていた。そして、私と士の腕の戒めを、一瞬の内に、 斬ってくれた。やっぱりゼハーンさんだ!! 「てめぇ、ソイツ等の仲間だったのか!!」  『荒神』は、ゼハーンさんを仲間だと思ってたらしい。 「非道に、話す言葉など無い!」  ゼハーンさんは、本気で怒っていた。あんな血走るような眼は、見た事が無い。 「センリン。これを着てろ。」  士が、軍服を渡してくれた。私は、手早く着替える。このままの格好じゃ恥ずか しいしね。有難い。 「ゼハーン。本気で感謝する。・・・だが、悪いが、俺にやらせろ・・・。」  士は、怒りで、前が見えなくなっているようだった。 「士!!我を見失っちゃ駄目ヨ!!」  私は、士の暴走だけは、止めないと、いけないと思った。このまま戦わせたら、 士は、止まらないかも知れない。 「・・・お前は、優し過ぎるな。センリン。」  士は、元の優しい目に戻る。良かった・・・。間に合った。 「・・・士。ここから出るぞ。今のままでは、追っ手が来る!」  ゼハーンさんは、士に押さえるように言う。 「てめぇら、逃げられると思ってるのか!?ここが何処だと思ってやがる!それに、 俺様を無視するんじゃねぇ!!」  『荒神』は、自分が無視されたのが、悔しいようだ。 「喧しい男だ。この状況じゃなきゃ、貴様を斬っていた物を・・・。しかし、覚え て置くが良い。俺は、貴様等を絶対に許さん。その内、行ってやるから、覚悟して おけ。その時に、存分に斬りあってやる。」  士は、私とゼハーンさんのために、怒りを抑えているだけだ。この場は、去らな ければ、ならないからだ。 「てめぇ、この期に及んで、何を!んな!!」  『荒神』は、驚いていた。私達が、窓を開けたからだ。 「ここを、何階だと思ってんだ!?嘘だろ!?」  『荒神』は、信じられないようだ。しかし、私は信じる。この状況で、士が失敗 する筈が無い。  私達は、士にしがみ付く。そして、士は迷い無く飛び降りた。 「・・・フゥゥゥゥ・・・。よし!使えそうだ!」  士は、『ルール』が、空中で使えるようになったのを確認する。 「『索敵』!!」  士の『索敵』のルールで、空中で制御しながら、地上50メートルの所を見極め て、一気に地面に着く。さすがにタイミングは完璧だ。そして、ミサンガで、合図 を送る。すると、周囲で爆発が起こった。 「士殿!!」  そこには、待ち構えたように、ショアンさんが居た。さすが、タイミングは完璧 だ。さっきの爆発は、眼を眩ます為の、ジャンさんの『ルール』だ。  そして、今度は、ショアンさんに捕まると、バー『聖』に向かって、『追跡』の ルールを発動させる。すると、一瞬の内に、私達は、バー『聖』に戻っていた。  そして、同時にタウンの検問所の辺りで、騒ぎがした。アスカが、騒ぎを起こし ているのだ。私達に、目を行かせない為の工作だ。  ああ。仲間が居る・・・。私達には、仲間が居るんだ!  こうして、私達は、何とか帰ってこれた・・・。疲れた・・・。  アイツ等、何者なんだ!!!  あんな高い所から、迷いも無く降りやがった・・・。  信じられねぇ・・・。  能力で、着地したんだろうが、それにしたって、信頼し過ぎだろ。  おかげ様で、俺の信用はパーだ。  ボスから、降格の通知を受けた。  アリアス辺りも、蔑んだ目で、俺を見てやがった。  許せねぇ・・・。  俺の輝かしい実績を、よくもぶち壊してくれたな・・・。  しかも、生意気にも、その内、行くとか言いやがったな。  その時に、存分に殺してやる!!  俺の恐ろしさを、その身に、刻み込んでやる!!  アイツ等の正体は、『司馬』だった。  やはり・・・そうだったのか!!  あれから、メトロタワーからの依頼がねぇ。  チャンスを不意にした事で、信用が無くなったのかも知れねぇ。  何でこうなった!!  俺の実力が足りなかったってのか?  そんな筈はねぇ!!!  ・・・良いさ。  その内、来ると言うなら、来てみやがれ・・・。  俺の手で、嬲って!!殺してやる!!  俺が、生き残る手は、それしかねぇ・・・。  その為なら、悪魔にだって、魂を売ってやる!!!  私達は、無事に帰ってきた。  無事に・・・か・・・。  果たして、本当に無事かどうかは、言い切り難い。  特に、センリンと士は、心に大きな傷が付いたようだ。  帰った後、2人は、倒れこむように、自分の部屋へと行った。  その時の覇気の無い眼は、見てられなかった。  翌日も、奴等は、出て来なかった。  センリンにだけは、多少は、話が出来た。  話によると、士は、罪の意識に苛まれている様だ。  センリンを守れなかった事でだろう。  グロバスまで、悔やんでいるようだ。  全く・・・何とかならぬ物か・・・。  私は、それを、皆に話した。何が起きたかも、一応言って置いた。 「そんな事が・・・。『ダークネス』め!!」  ショアンは、本気で怒っていた。仲間を傷付けた奴を、許せないのだろう。 「間に合ったのに、あの状態って事は・・・。自分を責めてるんだね・・・。士さ ん・・・。センリンさんを、あんなに、愛してたからね・・・。」  アスカは、溜め息を吐く。仲間を心配している。 「ゼハーンさん、間に合ったじゃねーか!」  ジャンは、納得出来ないような顔をしていた。 「自分の手で、守り切れなかった事を、後悔してるんだ。奴は、そう言う男だ。」  私は、説明してやる。その気持ちは分かる。私も、シーリスを守り切れなかった のだからな。それどころか、寿命を縮めたのは、私だ。 「バッカヤロウ!!仲間を頼って、何が悪いんだよ!!ここは安心する所だろ!!」  ジャンは、士に対して怒っていた。士は、自分を責めているのだと言う。それは、 私達の助けを借りた事による、後悔なのか? 「もう・・・駄目かも知れない・・・。」  アスカは、弱気になっていた。 「姐さん!!弱気になる所じゃねぇ!!ここは違うよ!」  ジャンは、否定する。ここで、私達が弱気になっては、いけないと。 「でも、ウチ、あんな士さんの姿、初めて見た・・・。」  アスカは、士の打ちひしがれた姿を見て、ショックを受けたのだろう。 「士殿は、いつも、安心を与えてくれたからな・・・。」  ショアンは、唇を噛んでいた。悔しいのだろう。 「何を言ってるんだ。奴は、これくらいで、参る男では無い!!」  そうだ。私は知っている。奴は、センリンを守る為に、どれだけの事をしてきた のか!それを無にするような男では無い! 「ゼハーンさんの言う通りだ!士さんだぜ?信じなきゃ駄目だろう!?」  ジャンは、私に同調する。そうだ。今は信じるのだ。  士・・・。私は、ここで駄目になるような奴を、助けた訳では無いぞ!!  ・・・俺は、この手で、センリンを守れなかった・・・。  ゼハーンには、本当に感謝している。  俺は、ミサンガに緊急のランプが点いた時、真っ先に向かった。  その動きが、おかしいってんで、センリンを捕らえたって言う上司に会った。  その時、グロバスが、ミシェーダだって気が付いたんだっけな。 (済まぬ。士・・・。我まで逆上してしまった・・・。)  お前だけのせいじゃねぇ。俺も、止まれなかったさ。冷静な判断なんて、してな かった。ミシェーダだけなら、まだ勝ってたかも知れない・・・。  だが、あの時は、ゼリンまで来やがった。こっちは、いくら、グロバスが居ると は言え、『ルール』を封じられていた。アイツ等は、何故だか知らないが、『ルー ル』を使ってきた。  そんな状態で、勝てる訳ねぇ・・・。なのに、俺は、がむしゃらに暴れる事を選 んじまった・・・。 (我も、恥ずかしい・・・。同じ相手に2度も負けるなど・・・。)  ああ。そのせいで、センリンに、あんな目に・・・。 「士・・・。」  ああ。センリンが、声を掛けてくれる。心配してるんだろうな・・・。 「センリン・・・。済まない・・・。俺のミスだ・・・。」  俺は、悔やみ切れない。あのままでは、センリンは、あの下種な奴等に、何をさ れたか・・・いや、何をされたか、なんて決まっていた・・・。 「士、悔しイ?」  センリンは、優しい目で、尋ねてきた。 「ああ。・・・そして、お前に、顔向け出来ん・・・。」  俺は、悔し涙を流していたのだろう。こんな事は初めてだった。  パンッ!  ・・・気が付くと、俺は、センリンに頬を叩かれていた。 「これで、チャラだヨ!だから、もう苦しまないデ!」  センリンは、涙を溜めていた。・・・こんな、こんな俺の為に、お前は・・・。 お前は、いつも元気をくれるんだな。 「・・・ありがとう。センリン。・・・目が覚めたよ。」  俺は、センリンを抱きしめていた。お前のような素晴らしい恋人を、守る為には、 逆上して切れてまで暴れて助けるのは、馬鹿のする事だって、気付いたよ。 「俺は・・・もう二度と、暴走したりしない。」  そうだ。俺が出来る誓いは、それだけだ。全ては、センリンを守る為、そして、 仲間達を、守る為に、尽力する事を誓おう! 「それで良イ。それで良いんだヨ。士!」  センリンは、満面の笑顔を向ける。ああ。俺は、この女を選んで良かった。本当 に、君じゃなきゃ、俺は、いつか潰れていた・・・。 「皆が、待ってるヨ。そろそろ、行こウ?」  センリンは、女神のような笑顔で、俺を促す。 「ああ。悔やむより、まずは、ゼハーンに感謝・・・だったな。」  俺が言ったんだ。俺が、仲間の証にミサンガを配ったんだ。なら、仲間に助けら れたのなら、こんな悩んでる姿を見せるなんて駄目だ。感謝して、俺が今度は、助 けてやる!それが、誓いだ!!  俺は、前を向きながら、店の中に入る。すると、皆、心配そうな顔で、集まって いた。こんな俺を、心配してくれるんだな。 「士、大丈夫か?」  ゼハーンが、駆け寄ってくる。 「らしくねぇ所、見せちまったな。ありがとよ。ゼハーン。」  俺は、ゼハーンの目を見て、感謝をする。そして、握手をした。 「良かった。ウチ、このまま、暗いままなんじゃないかって!」  アスカは、泣いてくれていた。こんな俺の為に。 「士さんだぜ?絶対復活するって、信じてたぜ!!」  ジャンも、私の肩を叩いて、励ましてくれた。 「士殿!いつかの言葉を返そう!我等は仲間だ!助けられた事に遠慮はしないで欲 しい!これは、貴方から教わった事だ!」  ショアンは、いつか、俺が言った事を返してくる。 「ほラ!士!皆、士が落ち込んでたら、元気が出ないんだヨ!」  センリン・・・。ああ。俺は、幸せ者だったんだな。 「お前達、俺は、馬鹿だった・・・。全部自分で何でも出来ると信じてた。でも、 それは、仲間を信用しないってのと、同じだったんだな。」  そうだ。俺がこれから出来る事は、コイツ等を守ると同時に、信じる事だ! 「じゃ、改めて・・・。ゼハーン。お前は、俺とセンリンの、恩人だ。依頼人なの に、逆に助けられちまった。この恩は、一生忘れん。」  俺は、ゼハーンに一礼する。それが礼儀だ。 「士。私の方こそ、感謝する。私は今、一番生きていると言う実感がする。お前の 為に、尽力出来た事は、私の誇りになりつつある。」  ゼハーンは、今まで、罪を背負って生きてきた。そして、息子の為にのみ、人生 を捧げてきた。だが、俺との絆で、生きている実感がするのだろう。 (これが・・・これが、人間の絆の力か・・・。)  グロバス・・・。そうだ。俺達の力の起源だ。 (我は、こんな力に勝とうとしていたのか・・・。無理な筈だな。)  ああ。何度でも俺を奮い立たせてくれる。この力は、誰にも負けないさ。 (理解した。我は、この感情を理解したぞ!士、我も目が覚めたぞ!!)  初めて、力に触れた子供みたいな事を言うな。アンタにとっては、新鮮かも知れ ないがな。ま、俺にとっても新鮮だがな。 「んじゃ、気を取り直して、報告ヨ!」  センリンは、努めて明るく答える。本当は、泣きたいのは、センリンだろうにな。  それから、報告しあった。俺は、まず、テレビ局で手に入れた情報を明らかにす る。テレビ局では、噂話で持ち切りだった。 「俺が聞いた話では、『ダークネス』の情報ばかりだった。今回の護衛に『ダーク ネス』が付いた理由は、『オプティカル』がゴタゴタしてたからだ。」  それは、間違いないだろう。今回、本来なら、『オプティカル』に護衛を頼む所 だったらしい。だが、アスカが居ない『オプティカル』は、依頼を受けられるよう な状態じゃなかったらしい。 「でだ。『ダークネス』のボスが、元老院の一人だって話だ。」  とんでもない情報だった。『ダークネス』のボスは、今、セントを牛耳ってる元 老院の一人だったって話だった。 「そりゃ、おっかねぇ話だな。それじゃ、政府と人斬りが、手を組んでたってか?」  ジャンは、肩を竦める。まぁ、そうなるのかもな。 「じゃぁ、『オプティカル』に頼んだのは・・・。」  アスカは、体を震わす。 「ああ。罠だった可能性が高い。いつか、殺すためのな。」  アスカにとっては、人事じゃなかった。罠を張っていた可能性が高いのだ。 「恐ろしい話だな・・・。『ダークネス』め・・・。」  ショアンは、やり口が気に入らない様だった。 「・・・私は、『荒神』に声を掛けられた。さっき士が話してた内容と同じで、今 回から、『ダークネス』に仕事が回ってきたとか言ってたが、それも、パフォーマ ンスだったって事だな。」  少しずつ、『ダークネス』に慣れさせるための仕事だったのだろう。 「元老院の一人なら・・・私達を狙った事についても、知っているかも知れぬな。」  そうだ。ゼハーンさんの依頼は、伝記の末裔を、狙った目的を知る事だ。つまり、 メトロタワーへの侵入が、きついのなら、『ダークネス』に乗り込むのも手だ。 「なる程。で、センリンは、何か掴んだか?」  俺は、一応聞いてみる。 「私が真っ先に捕まったのは、色々情報を手に入れたからネ。ここに戻ってきたか らには、無駄には、しないヨ!」  センリンは、さっきの記憶を、振り払いながら、話す。辛いだろうにな・・・。 強い女だ。本当に、俺には勿体無いくらい良い女だ。  そして、話した内容は、衝撃的だった。それは、遠い計画の話。ソーラードーム の設計に関わった男の極秘資料だった。およそ400年掛けて、ソーラードームは、 完成に至ったのだ。しかし、その代償として、クワドゥラートの魔人と聖人は、姿 を消したのだった。人を電池のように扱い、莫大なエネルギーを使って、『無』の 壁を精製していたのだ。  そして、『無』の力の真実も知った。『無』は、純粋なるエネルギー。全ての感 情を空虚にする事で、『無』が発現できる。それは、感情を完璧にコントロールし なければならない。その境地に至ったのが、勇士ジークだった訳だ。  しかし、限り無く近いエネルギーを、精製する事が出来るのだと言う。それこそ が、『神気』と『瘴気』を掛け合わせる事だった。すると、相反するエネルギーが、 互いを打ち消そうとして、『無』の力に、目覚める事が出来るのだとか。  その方法で手に入れたのが、クラーデス、ラジェルド辺りらしい。 (思えば、奴等は、それぞれ『神液』、『魔性液』を飲んだ事で、『無』の力を手 に入れていた。そこで、気付いたのか。)  そう言う事だな。しかし、この原理を知っている敵ってのも、恐ろしい話だな。 (・・・我にも出来ると言う事か・・・。)  そういや、元破壊神で、瘴気まで手に入れたアンタなら、出来るのかも知れんな。 (情けない・・・。こんな身近な力だったとは・・・。)  そう言うな。普通は、掛け合わせるなんて思わないだろ。 (そうだがな・・・。だが、今からでも、磨いておこう。いざとなった時は、使え るようにしないとな。さっきのような無様な姿だけは、避けたい。)  気にしてるな。俺もリベンジする気満々だぜ。だが、それは、逆上しての事じゃ ない。冷静に、勝てるように努力するんだ。 (分かっている。あの失敗は、我にも原因がある。)  そうだ。絶対に負けない為に、やれる事は、やろうぜ! 「あの空間に、クワドゥラートの者達が居たとは・・・。」  ゼハーンも、ショックを受けているようだ。 「ちょっと許せないな。やり過ぎだぜ。メトロタワーの連中はよ!」  ジャンさんまで怒っていた。 「だが、メトロタワーに近付くのは、今は無しだ。」  俺は宣言する。 「らしくないですな。理由は?」  ショアンが理由を聞いてくる。当然だな。 「行ったから分かったのさ。あのメトロタワーでは、相手は『ルール』が使えるの に、俺達は使えない。そんな状態じゃ、次行っても同じさ。」  そうだ。冷静になれば、今あそこに行っても、勝ち目は無いのだ。  そして・・・後もう一つ、言わなきゃならない事がある。しかし・・・。 「なら、次は、『ダークネス』だな?手掛かりは、今は、あそこしかないしな。」  ゼハーンは、『ダークネス』に乗り込む気満々だった。 「そうだな。次の仕事は、かなり危険になるな。」  俺は、危険を伝えながら、別の事を考えていた。  俺には・・・まだ言えなかった・・・。  もう駄目かと思った・・・。  私は、自分の無力さを感じていた。  汚されていく姿を、せめて、士には見られたくないと思っていた。  でも、ゼハーンさんが助けてくれた。  本当に感謝し足りない。  私は怖かった・・・。  でも、皆が付いている。  だから、次の仕事だって、出来る。  そして、バー『聖』を通して、仲間が集まっていた。  掛け替えの無い仲間達が、勇気をくれるんだ!  でも、士の様子がおかしい。  さっき、自分を取り戻していたから、安心したのに・・・。  何だか苦しそうだ。  また、何か悩んでいるんだろうか? 「士・・・。どうしたノ?」  私は、我慢出来ずに聞いてみる。士が苦しんでいる姿は、見たくない。 「センリン。俺は、恵まれていたんだな。」  士は、本当に安心した笑顔を見せる。 「そうだネ。あんな良い人達が仲間だなんてネ!」  今は、誇りになりつつある。 「俺は、お前に居場所と愛を貰って、奴等に信頼を貰った。」  士は、本当に感謝をしている眼をしていた。 「バー『聖』・・・。良い所だよな。」  士は、しみじみと、この場所を見渡す。何処をとっても、私達の生活の跡がある。 バー『聖』は、私達の軌跡だった。 「遣り甲斐があるヨ。」  私は、お客さんを楽しませる事が出来、生活を得られた。 「・・・済まん・・・。」  士は、急に謝りだした。どうしたんだろう? 「どうしたノ?まだ・・・気にしてるノ?」  急に謝るだなんて、士らしくない。 「センリン・・・。俺も、ここが好きだ。お前が好きだ!!」  士は、私を抱きしめて、震えていた。どうしたんだろう? 「だけど・・・ここを・・・閉めなきゃならない・・・。」  士は、涙を流しながら、そう言う。・・・え? 「ここを・・・閉める・・・?」  私には、何の事か、理解出来なかった。ここを閉める?ここを・・・閉める?こ こ・・・閉店?閉店する・・・の? 「エ?・・・何で・・・なノ?」  私は、つい聞き返す。ここを閉めるだなんて、冗談だよね? 「メトロタワーの連中に・・・この場所がバレたんだ・・・。」  士は、そう言うと、紙切れを渡す。 『各自  これより、『司馬』迎撃作戦を開始する。  場所は、タウンとスラムの検問所の近くのバー『聖』。  敵の数は6名。各自、用心されたし。『創』 』  ・・・こう書かれてあった。 「う・・・そ?」  私は、愕然とする。これは、『ダークネス』の命令書だ。『創』のコードネーム がある。これは、『ダークネス』のボスの書類だ。 「色々考えた・・・。だけど、駄目なんだ・・・。」  士は、どうやって揉み消すか、考え抜いたのだろう。だが、思いつかなかったの だ。バー『聖』は、消えてしまうの? 「・・・俺は、何て役立たずなんだ・・・。」  士は、こんな事しか言えない、自分が悔しいのだろう。そうだ。私だって苦しい が、士だって、この店を愛していた。だから、死ぬ程、苦しい筈なのだ。 「士・・・。悔しいよネ。苦しいよネ。」  私は、士の頭を抱いてやる。 「でもサ。生きてれば、やり直せル。辛いけど・・・サ。」  私は、笑う。この店も大事だ。だけど、それ以上に、士が大事だからだ。 「そんな言葉を、お前に言わせる俺が悔しい・・・。」  士は、本当に苦しそうだった。私が、この店を愛しているのを、知っているから だ。士だって、同じだ。 「士。私は良いヨ。店を閉めよウ?」  私は、飛び切りの笑顔を見せる。しかし、自然と涙が伝う。 「センリン・・・。済まない・・・。」  士は、嗚咽していた。涙を見せない筈の士が、本気で涙を流していた。私と、こ の店の為に、涙を流していた。  しょうがないよね・・・。  予想は出来ていた。  メトロタワーへの潜入。  そして、見つかった時から、この結末は、予想出来ていた。  しかし、実際に言われると、辛い物だ。  士から皆へ、話があった。  その結末は・・・。 「済まん。どう考えても、この店を捨てるしかない。」  だった・・・。私のせいかも知れぬ。メトロタワーへの潜入など、頼まなければ、 この店を失う事も無かったのだ・・・。 「私は、辛いけど、しょうがないヨ。だって、幸せだったかラ。こんな幸せをくれ たからこそ、お別れもしなきゃサ。」  センリンは、笑顔だった。涙も見せたのだろう。しかし、笑顔だった。この店を 誰よりも愛していたからこそ、閉めなきゃならないのを、誰よりも感じていたのだ。 「本当に・・・手が、無いの?」  アスカは、悔しそうにしていた。アスカも、すっかりここの一員だな。 「姐さん。・・・客が居る時に、ここを襲われる時だってある。それを考えたら、 閉めるしか無いんだと思うよ。・・・オレだって辛いけどな。」  ジャンは、分かっていた。ここが襲撃されるのは、時間の問題だと。 「一番辛い士殿と、センリン殿が、その決断をされたのなら、従うで御座る。」  ショアンも辛いのだろう。だが、仕方が無い事だと分かっているのだ。 「私のせいか?・・・私の・・・。」  私は、申し訳が無かった。メトロタワーの潜入が・・・。 「阿呆。それを承知で、俺は、依頼を受けたんだ。お前一人のせいにするんじゃね ぇ。見損なうなよ?ゼハーン。」  士は、もう吹っ切れていた。私のせいでは無いと言い切った。 「そうだネ。それは、さすがに思い上がりだヨ。私達は、ゼハーンさんの話を聞い た時から、覚悟はしてたヨ。」  センリンも同調してくる。何て、奴等だ・・・。私の事を、責めないどころか、 励ましに来るなんて・・・。 「そうか・・・。よし。切り替えた。」  私は、クヨクヨする事を止めた。いつまでも私が気にする事こそ、士とセンリン を苦しめるのだ。ならば、切り替えるしかない。 (フフッ。それで良いんですよ。切り替えは、早い方が良いです。)  清芽殿。私は、頑固だが、仲間の為なら、その頑固さを捨てるぞ。 (安心しました。ゼハーンさんは、良い子ですね。)  ・・・子ども扱いは、さすがに照れるのだが・・・。 「よし。オレも覚悟した。・・・で、これから、何処に行くんだい?」  ジャンも切り替えたらしい。この男は、切り替えが早いな。 「そうだな。実は、予定が無いんだ。」  士は、ちょっと困った顔をしていた。そりゃそうか。そう簡単には、見付からぬ な。住む所だからな・・・。 「ウチの組織は、今更だしなぁ・・・。」  アスカも腕組をしている。さすがに『オプティカル』には、行けぬだろう。 「姐さん、それは、さすがに有り得ませんって。」  ジャンも困った顔をしていた。そりゃそうだろう。 「我等は、世捨て人も良い所だったで御座るな。」  ショアンも困り果ててた。世捨て人とは、良く言った物だ。  住む所の確保は、難しいな・・・。って待てよ・・・。 「士。住める所ならば、何処でも良いのか?」  私は、尋ねてみる。まだ一つだけあったな。 「まぁ、贅沢は言わん。」  士は、何処にでも住む覚悟があるようだ。 「私の実家があった。あそこは、手入れしかしてないが、6人くらいなら住めるぞ。」  そう。ハイム=カイザード家があった。シティのお屋敷だ。買い物とかが、かな り面倒臭いが、住むだけなら出来る筈だ。 「また、アンタの世話に・・・。依頼人だってのに、アンタに頼りっぱなしだ。」  士は、頭を掻く。確かに、私が世話してばっかりだな。 「人の厚意は、受ける物だ。それにな。私は嬉しいのだ。お前達のような仲間が出 来て、更に役立てる私がな。」  そうだ。私は、常に罪を背負う生活をしてた。それが、いつも間にやら、誰かに 頼られている。こんなに充実してる事は無い。 「なら、お世話になりまス!」  センリンは、迷う事無く受け入れる。それが、仲間だと思っているのだろう。 「今度は、ゼハーンさんの家かぁ。何だか、ワクワクするね。」  ジャンは、新しい生活を思い描いているようだ。 「ウチは、まだ、切り替えられないけど・・・。皆、一緒なんだよね。」  アスカは、この店に名残があるようだ。仕方の無い事だ。 「なら、ウチ、何処へ行っても、怖くない!」  アスカは、そう言うと、満面の笑みを見せる。何だか照れるな。 (アスカさんには、ジャンさんが居ますよー?)  わ、分かっている。茶化さないで欲しい。 「でも、別れの挨拶だけは、しなきゃいけませんな。」  ショアンは、仕入先を見ながら言っていた。そうだな。黙って去るのは、良くな い。特に、サン農場とは、結構深く関わったしな。 「ああ。それが寂しいな。」  士も、あの爺さん婆さんには、思う所があるようだ。 「それにしたって、キャンピングカーの購入時期、出来過ぎじゃね?」  ジャンさんは、キャンピングカーを指差す。確かにな。これと、搬入用のトラッ クがあれば、かなりの荷物を運べる。引越しするには十分だろう。 「色々便利だからな。それを考えての事だ。と、言いたいけど、偶然だな。」  士は、笑いながら答える。どうやら、冗談が言えるくらいまで、回復しているよ うだ。これなら、大丈夫だろう。 「よし。なら、善は急げだ。どうせ、ここは割れてるんだ。引越しの用意だ。んで、 用意が出来次第、移動するぞ!」  士は、前を見ていた。一からやり直すために、移動するのだ。だから、夜逃げで は無い。出発のための移動だ。  私達は、新たな一ページを刻むために、用意をするのだった。  いつものように起きて、朝飯を食べて・・・。  平和だった・・・。  店を開いて、お客さんと話す日々。  幸せだった・・・。  隣に士が居て、仲間が増えて・・・。  日常が堪らなく嬉しかった・・・。  でも、日常は変わった。  いつか、この日が来ると思っていた。  人斬りとして、仕事を請け負っている以上、いつかは来ると思っていた。  だけど、目の前にすると、きついなぁ・・・。  でも、愛する人が居る。  そして、仲間が居る。  だから、前に踏み出せる。  今までが、恵まれていたのだ。  だから、これからの事を考えよう。  ・・・ありがとうね。  ・・・バー『聖』・・・ありがとう・・・。  私達は、まず、消印『48』の事について、処理をした。  いつか、こういう日が来ると思っていたので、連携している郵便局員には、電報 一つで、こっちが辞めるって事を、報せるようになっている。  そして、偽造手形を作ってくれたオッチャンにも、電報を送る。あちらも了承し てくれた。こっちの仕事を分かっているから、話は早かった。  タウンの、喫茶『希望』のマスターにも挨拶しておいた。これは、直接出向いた。 マスターは開店前だったが、私達の風貌を見て、気が付いたのだろう。 「寂しくなるね。でも、楽しかったよ。」  と言ってくれた。こんな日が来るって分かってたんだろうね。  そして、タウンの卸売り場に行く。ここの、おやっさんとも、知り合いだからね。 いつものように仕入れかと思ったらしいが、仰々しい荷物を見て、寂しい顔になっ た。親しかったからね。 「せっかくの、大口だったんだがな。ショーもゼフも、やっと、一人前になったと、 思ってたんだがよ。まぁ、しゃあねぇわな!」  おやっさんは、残念そうだったが、肩を叩いて、励ましてくれた。 「おやっさんの、優しさは、忘れませぬ。」  ショアンさんは、感極まっていた。仕方ない事だ。 「泣くなよ!こっちまで泣けてくるだろ?」  おやっさんも、感涙しそうだった。 「貴方には、感謝している。」  ゼハーンさんは、落ち着いて挨拶する。さすがだな。 「あー。もう、こう言う湿っぽいのは、嫌いなんだ。・・・ああ。そうだ。」  おやっさんは、何かを思い立ったのだろう。店の奥から、何かを持ってくる。 「持って来な。餞別にくれてやるよ。」  おやっさんは、そう言うと、ショアンさんと、ゼハーンさんの、ネームプレート を持ってくる。卸売り場のネームプレートは、一人前に競りが出来る証だった。シ ョアンと、ゼハーンドと書かれていた。 「お、おやっさん!!」  ショアンさんは、涙ながらにネームプレートを貰う。 「全く・・・。おやっさんも、ニクイ心遣いをしてくれる・・・。」  ゼハーンさんも、本当に嬉しそうに貰っていた。 「行きな。お前さん達に、魂は渡したぜ?」  おやっさんは、そう言うと、振り返りもせずに、競りに向かった。  本当に気の良い人達だ・・・。私達も、参っちゃうなぁ。  そして、最後は、サン農場だった。ビレッジに入って、いつも使っている道に入 る。そして、農場が近付いてきた。ああ。元気そうにやってる・・・。  私達は、農場の入り口に着く。ああ・・・。良い農場だ。本当に良い農場なんだ。 「いらっしゃい!今日は、全員で来たの?」  お婆ちゃんが、挨拶に来た。 「お?これは、豪華に全員かの?」  お爺ちゃんも、優しい笑顔をしていた。  ああ。辛い・・・。この別れが一番辛いかも・・・。 「・・・どうしたの?何だか、辛そうよ?」  お婆ちゃんが心配してくれてる。 「お婆ちゃン!!」  私は、我慢出来ずに、お婆ちゃんの胸の中に飛び込む。だって・・・。10年間 も使っていたんだよ?我慢なんて出来ない! 「センちゃん。・・・そう。・・・寂しくなるわね。」  ・・・!!な、何も言ってないのに!お婆ちゃん、気付いたの? 「外の荷物の量を見れば、分かるぞな。止むを得ない事情なんじゃろ?」  お爺ちゃんも、優しい笑顔で返す。 「ウチ、まだ、知り合って間も無いのに・・・。グッ。」  アスカも、泣いていた。お婆ちゃんは、アスカの頭を撫でる。 「爺さんさ。オレ等は、本当に、ここ使って良かったと思ってたんだよ。」  ジャンさんも、知り合って間も無いが、思い入れがあるのだろう。 「いつでも来なさい。待ってるぞい。」  お爺ちゃんは、笑顔のままだった。 「悪いな・・・。こんな突然でさ。」  士も、肩を震わせていた。 「良いのよ。だって、皆、孫みたいな物だし・・・。巣立つのよね?」  お婆ちゃんは、私の眼を見て言う。お婆ちゃんは、深い眼をしていた。 「ああ。我等は、これからの生活の為に、店を閉めます。」  ゼハーンさんが、纏めてくれた。 「私は、寂しい・・・。でも、ここの事は、忘れませぬ!」  ショアンさんも、涙を流していた。 「うんうん。なら、何も言わないよ。頑張るんだよ。挫けないようにの?」  お爺ちゃんは、それだけ言ってくれた。何て優しい・・・。 「何も返せぬ俺達を、許してくれ。」  士は、深々と礼をする。 「何を言ってるんじゃ。ここを守ってくれたんじゃろ?」  ・・・え?な、何で・・・。  私だけじゃない。皆がビックリしていた。 「・・・やっぱり、士ちゃん達だったのね?」  お婆ちゃんは、深々と礼をする。・・・し、知ってたのか? 「おかしいと思ったんじゃよ。急にクルセイが、何も言ってこなくなったしの?」  お爺ちゃんは、クルセイから、嫌がらせのように毎日、農場の権利を迫られてい た。しかし、私達の仕事の後、ぱったり止んだのだろう。それはそうだ。後始末に、 士がクルセイを殺したのだから。 「だって、アスちゃんが夜に来た後、ずっとなんですよ?」  ああ。そうか・・・。あの時は、誤魔化せても、その後、何も無ければ、気付く か。そうだよね。 「クルセイは、ワシ等の、従業員にまで、手を出していた。もう、この農場を渡す しかないって、寸前だったんじゃよ。」  お爺ちゃんは、苦い顔をした。そうだったのか・・・。 「アスちゃんが、一人で、来る訳無いと思ったから・・・。あの夜、何かしたんで しょ?だって、それしか、考えられないじゃない。」  ・・・私達は馬鹿だ。気付かせないように、終わらせるなんて、綺麗事を言って。 気付かない訳無いんだ。 「気付かれたんじゃ、しょうがないな。」  士は、そう言うと、手を差し出す。ま、まさか! 「爺さん、婆さん。俺達は、その仕事から、足を洗うから、ここに来たんだよ。」  士は、そう言うと、二人と握手する。・・・握手だったのか。 「うんうん。それがええ。何の仕事だったかは、聞かん。でも、これからは、幸せ になるんじゃ。じゃなきゃ、ワシと婆さんが、許さんぞ。」  お爺ちゃんは、まだ笑顔だった。何て強い笑顔・・・。 「お爺ちゃン!ゴメンネ!!」  私は、涙でクシャクシャになりながらも、お爺ちゃんの胸で泣いた。 「センちゃん。頑張れよ!」  お爺ちゃん、ああ。何て優しい・・・。 「爺さん、婆さん、我等は、必ず幸せになってみせる。今までありがとう。」  ゼハーンさんは、深々と礼をすると、車に乗り込んだ。 「私は、忘れませぬ!お二人の事、忘れませぬぞ!!」  ショアンさんは、肩を震わせながらも、車に乗り込んだ。 「ウチ、ジャンと、幸せになる!だから、安心してよ!」  アスカは、飛び切りの笑顔を見せた。 「爺さん、婆さん。オレも忘れないよ。アンタ等の笑顔をさ!」  ジャンさんは、そう言うと、アスカの肩を抱きながら、車に乗り込んだ。 「今まで、ありがとウ!私、楽しかっタ!楽しかったヨ!」  私は、お爺ちゃんと、お婆ちゃんと、最後の握手を交わした。 「ここの野菜、美味かったぜ。ソクトア一の野菜を、ありがとうな!」  士は、そう言うと、私の手を握って、車に乗り込む。私も乗り込んだ。 「貴方達の、素敵な関係を、忘れませんからねー。」  お婆ちゃんは、そう言って、手を振ってくれた。 「これから、ガッツじゃ!頑張るんじゃぞ!!」  お爺ちゃんが、力拳を握って、応援してくれた。  後始末は終わった。皆との挨拶・・・。  寂しかった・・・けど、これで良かった・・・。  これから、あの人達の分まで、頑張るんだ!  まさか、ここに、戻ってくるとはな。  不動真剣術のユード家に行く時、もう戻ってこないと思ったのだがな。  人生、何が起こるか分からぬ物だ。  戻る前に、連絡をしたら、執事が、応対していた。  親父殿が死んで、もう20年以上経つのだが・・・。  未だに、この家を守っているとはな・・・。  忠義と言えば、それまでだが・・・。  何が、奴を支えているのだろうな。  ユード家に行くと伝えた時、少しだけ険しい顔をしたっけな。  しかし、行く時は、出迎えをしてたっけ・・・。  その家に・・・戻ってきた。  婿入りしたのが20年前だから、20年振りか。  いや、ここ最近でも、顔を見せに行った事はある。  キャピタルに潜入すると伝えたのが最後だったか。  その時、少しだけ、心配されたっけな。  その家に・・・戻ってきたのだな。 「ここだ。」  私は、皆と共に、我が家を案内する。ちょっとしたお屋敷だ。 「おい。ここ、6人どころじゃないだろ。広いじゃねーか。」  士は、驚いていた。まぁ、私としては、余り、好きな家じゃないんだがな。 「何か、生家を思い出すヨ。」  そう言えば、センリンも、元は、良い所の出だったな。 「まぁ、一応は、屋敷だからな。」  私は、改めて、お屋敷を見る。確かに大きいな。 「旦那様で、御座いますか?」  ・・・その声は・・・。我が家の執事か。 「アランか。また、世話になる。」  私は、会釈する。執事の名は、アラン=スフリト。初老の男性だ。執事としての 腕前は、かなりの物だ。女だったら、ナイアに匹敵するのでは、ないか?と思う程 の腕前だ。ご奉仕メイド大会は、女しか参加できないからな。 「お帰りなさいませ。旦那様。ご友人も一緒で御座いますね。」  アランは、仲間に挨拶をしてくる。 「あ。よ、宜しくお願いします。」  アスカは、畏まっている様だ。皆も、どことなくギコちない。 「どうした?遠慮せんで良いぞ?」  私は、不思議そうな顔をしながら、皆を見ていた。 「いや、こんなお屋敷に入るの、初めてでよ。」  ジャンも、ビックリしてるみたいだな。そう言われてもな。 「よ、宜しくお願いするで御座る。」  ショアンまで・・・。どうしたのだ。皆? 「アンタ、良い所の出だったんだな。」  士は、呆れ顔だ。良い所の出と言われても・・・。私は変わらぬぞ。 「アランさン。この度は、私達を受け入れて下さって、感謝しまス!」  センリンは、慣れた手付きで、挨拶をする。 「これは、ご丁寧に。ハイム=カイザード家は、歓迎致します。」  アランは、丁寧に挨拶をする。フム。慣れてくれると良いがな。 「アラン。この荷物、頼めるか?」  私は、アランにトラックと、キャンピングカーの荷物運びを命じる。 「了解致しました。部屋番号は?」  アランは、運び入れる部屋番号を聞いてくる。 「そうだな。とりあえず、大広間に置いてくれれば良い。後の振り分けは、各自で やる。私の荷物は、書斎で良いぞ。」  私は、指示する。私は、書斎に、荷物を入れる事にした。 「40分程、戴ければ。」  アランは、荷物を計算する。40分か。アランなら、そんな物かな。 「じゃぁ頼む。私は、仲間達に紅茶を振舞いたい。セットは、いつもの所か?」  私は、家事は出来ないが、紅茶だけなら、かなり炒れた事がある。 「はい。旦那様の物は、寸分違わず保管してあります。」  アランは、そう言うと、嬉しそうにしていた。さすがだな。 「じゃぁ、行こうか。案内する。」  私は、玄関を開けて、仲間達を促す。 「って、ゼハーンさん。荷物、本当に、この人に任せて良いのか?」  ジャンは、ビックリする。アランの荷物運びの凄さを知らないからな。 「任せて置いた方が良い。アランは、荷物運びのコツを心得てるからな。」  私も、初めて見た時は、驚いた物だが。 「お褒め預かり、光栄に御座います。」  アランは、恭しく礼をする。相も変わらず、完璧だな。 「どうぞ。御寛ぎ下さい。」  アランは、そう言うと、私達が家に入るのを見送ってから、荷物運びに行く。  そして、私は、客間に案内する。・・・変わっておらぬな。しかも塵一つ、落ち ていない。アランには感謝し切れぬな。  私は、いつもの所に、紅茶セットがあるのを確認すると、士達を客間の椅子に座 らせて、紅茶を炒れる用意をする。 「いやぁ・・・何だか、何から何まで、ビックリだよ。」  アスカは、まだ、夢見心地のようだ。 「フッ。私には似合わぬか?」  私は、紅茶を炒れて、皆に振舞う。 「いや、そうじゃねぇけどさ。もっと、道場っぽい所かと思ったんだよ。」  ジャンは、私の家が、思っていたのと違うようで、戸惑っているようだ。 「お。これ、美味いな。何だよ。ゼハーン、美味く出来るじゃねぇか。」  士は、紅茶の味で驚いているようだ。まぁ、家事では不覚を取ったからな。 「紅茶だけは、自分で炒れてたからな。さすがに慣れたよ。」  私は、慣れた手付きを見せた。 「作法も完璧ヨ。凄いネ。」  さすが、センリンは、良く知っているな。 「ゼハーン殿が、気軽に言うので、お屋敷だとは思いませんでしたぞ。」  ショアンは、緊張してるようだな。 「実際に生活するのは、20年振りだ・・・。アランには、悪いと思っている。」  私は、目を閉じる。アランには、世話になりっぱなしだと言うのに、出て行った のは、私の方だ。なのに、帰ってきたら、あの忠義だ。 「なら、あの態度は何でだ?とても、悪いと思ってるような態度じゃ無かったぞ?」  士は、さっき、私が命じている姿を見て、そう思ったのだろう。 「アランが望んだのだ。私は、顔を出した時、紳士的にアランと話をしたら、悲し い顔をされてな。理由を聞いてみたのさ。」  私は、アランに、いつもの私と変わらぬ態度を見せた。しかし・・・。 「『私にとって、貴方は旦那様で御座います。そのような態度は、却って私に失礼 です。主人としての、態度を崩さないで下さい。』って言われてな。」  私は、アランの忠義に、感謝しているのは間違いない。 「それで、あの態度か・・・。納得だ。」  士は、納得してくれたようだ。 (貴方に似て、頑固者ですね。)  全くだ。アランは、私以上の頑固者だ。 「アランは、今回、お前達の事を話したら、嬉しそうな声を出していた。」  私は、あのように嬉しそうなアランの声を聞いた事が無かった。 「頭が上がらんな。あの執事さんには。」  士は、アランの忠義に、ただただ感心してるようだ。 「もしかして、今日の食事も、アランさんガ?」  センリンは、そっちの方が気になっているようだ。 「腕によりを掛けると、言っていた。楽しみにしてると良い。」  アランも、恐ろしい程の腕だからな。 「こりゃ、厨房に入るなんて出来ないか?」  士は、いつも料理をしているだけに、残念そうだ。 「別に良いんじゃないか?アランは、手伝うのを嫌がったりしないぞ。」  私が、厨房に行った時は、快く入れてくれた気がした。  そんな事を話していると、アランがノックしてくる。 「どうした?」  私は返事をした。まぁ、大概予想は、ついているが・・・。 「お荷物の整理が終わりました。失礼ながら、大広間に集めて御座います。」  どうやら、荷物の運び入れが、終わったようだ。 「ご苦労だったな。」  私は、労いの言葉を掛ける。アランの仕事は、速くて助かる。 「ア。アランさン。今日の夕食は、もう作ったのですカ?」  センリンが、尋ねてみる。 「今日は、今から作る予定ですが、子牛の内臓を使ったテリーヌと、季節の野菜を 使ったカルパッチョ、ルクトリア産チーズを使ったオレンジ和えと、赤葡萄のワイ ンとなっております。後は、お好みで、苺のタルトか、リンゴのすり潰したケーキ を、お選び戴こうと思っています。」  アランは、簡単に答えるが、相当手間が掛かっている料理なのは、分かる。私が、 ルクトリア風のフルコースが好きなのを知ってるから、それに合わせたのだろう。 「そんなニ・・・?見せて貰って良いですカ?」  センリンは、驚いているようだ。確かに、手間が掛かる事だな。 「私程度の料理で良ければ、是非、御覧になって下さい。」  アランは、笑顔で答える。 「ま、ここは、全員で見に行こうではないか。」  私は、全員で厨房に行く事を勧めた。アランの仕事振りも見たいしな。  全員で厨房を覗くと、アランは、材料を見せてくれた。 「・・・すげぇ・・・。」  士は、一発で凄い食材だと見抜いたようだ。 「今日は、旦那様が、お帰りになる日。業者に頼んで、厳選致しました。」  アランは、軽く厳選したと言っているが、どれくらい容赦が無かったのだろうか? 「食材が、光り輝いて見えるなんて、凄いネ。」  センリンは、毎日のように食材を見ている分、ここにある食材の凄さに、驚いて いるのだろう。アランは、そんな食材を、当たり前のように発注していたのか。 「む・・・。この魚、プサグル近海で取れる、本マグロではないか。」  私は、最近、目利きをしてたので気が付いた。凄い上品な脂が乗っている。 「旦那様、いつから、そのような目利きを?」  アランは、驚いているようだ。 「電話で話した、店を手伝いする時に、仕入れをやらせて貰ったからな。」  私は、あの時の記憶は、中々忘れない。そして、タウン卸売り場のネームプレー トを見せた。アランは、それを見て、震えていた。 「旦那様が、そのような大事なお仕事を・・・。このアラン、旦那様の成長を、心 より、お喜び申し上げます。」  アランは、感動しているようだ。いや、そこまで感動されてもな・・・。 「ゼハーンの仕事は、着実に進んでいる感じが良かったな。」  士は、褒めてくれた。まぁ、覚えるのは、結構必死だったがな。 「士様。旦那様に、素晴らしい仕事を回して頂いて、感謝します。」  アランは、士にまで、感謝の意を示す。 「俺は、てっきり怒られるかと思ったぜ。ここの主人に、仕事を頼むなんてな。」  士は、逆の事を言われると思ったのだろう。 「旦那様の成長は、私の喜び。嬉しく思います。」  アランは・・・本当に、私の事を、想ってくれてるんだな・・・。 「いや、それにしても、ここの調理場すげーな。」  ジャンは、調理場の見事さに見惚れていた。 「ウチ、こんな手入れが完璧な調理器具、初めて見たよ。」  アスカは、調理器具の手入れを任されていたので、凄さが分かるようだ。 「野菜も、サン農場と比べても、遜色無いで御座るな。」  ショアンは、サン農場の爺さんや婆さんを、思い出してるようだ。 「サン農場を御存知なのですか?」  アランは、意外そうな口調で言う。と言う事は・・・。 「ここの野菜は、サン農場から送られてます。皆様、ご存知だったとは。」  さすがアランだ。あそこの農場に目を付けるとは・・・。 「セントの中でも、抜群の鮮度を誇るサン農場は、素晴らしいの一言に尽きます。」  アランは、野菜をべた褒めする。やはり、あそこの野菜は、凄いのか。 「意外な所で、俺達と繋がってたんだな。」  士は、嬉しそうだった。私も嬉しい。やはり、知っている所を、褒められるのは、 気分が良い。あそこの野菜は、好きだったしな。 「皆様は、良い店をお持ちだったのですね。」  アランは、飾らない言葉で、褒めてくれる。気持ちの良い返答だ。 「私達の誇りだヨ。でも、これからだって、この仲間となら、何だってする事が出 来るって、私は、信じてるヨ。」  センリンは、店の事を思い出したが、もう切り替えは、済んでいた。 「そうだな。何だって、やってやるさ。生活は、変えなきゃならなかったが、替え 難い仲間が出来た。なら、ソイツを守るのが、俺の役目だ。」  士は、今度こそ、守ってみせると、意気込んでいる。メトロタワーの時は、失敗 した。だが、もう失敗はしないと、思っているのだろう。 「旦那様が、御友人と言わずに、『仲間』と仰ってるのが、私にも理解出来ました。 確かな絆が、この私にも見えます。」  アランは、私の言葉を覚えていたようだ。敢えて『友人』と言わずに、『仲間』 が来ると、言ったのだ。 (私にも見えますよ。確かな絆が・・・。)  清芽殿。貴女にも、見えますか。  それから、アランの仕事を見せてもらった。改めて見るが、恐ろしかった。何だ? あの速さは・・・。素材を扱う速さは、恐ろしく早く、火の掛け方、飾り付けなど、 完璧だった。待ち時間なども考慮に入れて、先に先に、行動している。 「何で、皮剥き、あんな早いんだ・・・。」  ジャンは驚いていた。ジャンも、それなりに出来るようには、なっていたが、ア ランの速さは、別格だった。 「火加減が、完璧に頭の中に入ってるとしか思えない・・・。凄いなぁ。」  アスカも、溜め息が出る程、素早い動きだった。 「しかも、何と楽しそうに・・・。凄いですな。」  ショアンも見惚れている。料理が出来ない私ですら、流れる動きに見える。 「芸術だな。あれは・・・。」  士が、最大級の賛辞を送る。私は、当たり前のように料理を食べていたが、いつ も、あんな感じだったのか・・・。恐ろしいな。  その後、夕食を食べたが、それはそれは、絶品のフルコースであった。  ウチは、結局、ジャンに付いて行って、ここまで来ちゃったなぁ。  ジャンと一緒に居れば良いやと思っていたが、居心地良くてね。  だって、本当に仲間と言える人達が出来たんだ。  ジャンは、仲間であると同時に、恋人だけどね。  組織に居た頃より、強い絆を感じる。  ウチは、夢なんじゃないかと思える程、嬉しい。  ジャンを愛せて、愛してくれて、仲間と一緒に居る。  バー『聖』の事に付いては、残念だけどさ。  こんなに恵まれてるんだし、我慢しなきゃならない。  ジャンは、組織に居た頃より、ウチを愛してくれてる。  組織に居た頃は、どこか、行っちゃうんじゃないか?と思った。  今は、離れる事すら考えられない。  いつしかジャンは、『自由』と言う言葉を、口にしなくなった。  あんなに、『自由』に拘っていたジャンが、口にしなくなった。  ウチの事を、本気で守ろうとしてくれてるのが分かる。  だから、『自由』と言う言葉で、逃げようとしない。  ・・・確かに、最初に、ジャンから意図を聞いた時はショックだった。  ウチが仲間に入った時に、正直に話してくれたんだ。  『オレは、あの幹部2人から、姐さんを守れる自信が無いから、逃げたんだ。』  『姐さんを、あの2人から引き離すのを諦めて逃げたんだ!』  『オレは、誰に対しても、本気で愛せた事が無かった・・・。』  『姐さんが想っている程、オレは、出来た人間じゃ無いんだ。』  『情けない人間だと思ってくれて良い。でも姐さんには、知って欲しかったんだ。』  何て言ってね・・・。  でも何故か、ウチは、嬉しかったんだ。  ジャンが、本気になれてないのは、何となく知ってたし・・・。  それを承知で、ウチに、こんな事を話してくれるって事は・・・。  誠意を見せたかったんだな・・・って思った。  だからウチは、ジャンに言ってやったんだ。  『全部知ってたさ。ウチは、それでも、ジャンが居てくれるだけで嬉しい。』  それが、ウチの本心だった。  そしたら、ジャンは、これまでに無い程、抱きしめてくれたっけね。  泣いてたけど、あんなに愛のある抱擁は、無かったなぁ。  ウチ、それだけで幸せになっちゃってさ。  ショックなんて、吹き飛んじゃったんだよね。  それから、ウチは、幸せな日々を送っている。  『ルール』の事については、少し怖いけど、ジャンが居るしね。  今は、ゼハーンさんの実家のお屋敷に居る。まさか、こんな大きいお屋敷だとは、 思わなかった。ウチは、世間知らずって事になってたけど、それにしたって、この 家は大きいと思う。  執事のアランさんは、『オプティカル』の、あの馬鹿共2人を思い出すような忠 義だと最初は思ったけど、中身は全然違っていた。あんなに主人想いの人は居ない。 ゼハーンさんは、やっぱり恵まれている。  そのアランさんに、この近くに、『華』のワインを、扱っている店があるって聞 いたので、行ってみる事にした。あのワインは、舌触りが好きでね。アランさんが、 用意してくれた、赤葡萄のワインも美味しかったけどね。  運良く、2本程、残ってたので購入した。  不機嫌な時に、『華』のワインを飲む事が多かったから、ジャン辺りに、これを 見せたら、心配されそうだね。  それにしても、静かな良い所だ。シティは、高級住宅街が多いと聞いていたが、 本当みたいだ。これなら、キャピタルに2年で行けると言うのも、判る気がする。  店からハイム家まで、歩きで20分程だ。商店街でも、ハイム家の噂は聞いた。 この辺を治めている領主だったのだが、ユード家にゼハーンさんが行った所で、影 響力は無くなったのだとか。それでも、まだ慕っている人は多かった。最も、例の ユード家の反乱以降は、大っぴらに支持する人は少ないのだと言う。セント反逆罪 に、なりたくないのだろう。各言うウチだって、なりたくない。  アランさんは、ハイム家存続の為、泣く泣くゼハーンさんとは、縁を切ったと、 セントに報告しているらしい。セントは、その頑固な態度に、訴追は、してないの だとか。なので、ハイム=ゼハーンド=カイザードと言う、セントの国民章は、ア ランさんが、ハイム家存続の為に、使用していると言う扱いになっている。だから 未だに、この国民章は有効なのだと言う。  商店街からハイム家までは、静かで良い所だ。 「・・・?」  ウチは、気配を感じた。ウチの後を尾行している感じだ。  ウチは、適当な所で、路地裏に入る。高級住宅街の私道だが、人通りは少ない。 「・・・誰か?」  ウチは、気配に向かって、鋭い視線を投げ掛ける。  すると、気配の正体が分かった。と言うより、観念して出てきた。 「・・・ギル!!」  ウチは、ついその名を口にする。間違いない。ジラード兄弟のギルだった。士さ んの誓約の紋章で、『司馬』の事は、調べられなかった筈だ。 「お嬢。捜しましたよ。」  ギルは、まだ、恭しく礼をする。 「『司馬』が職を辞したと噂がありましてね。その瞬間、胸が軽くなったんですよ。」  そうか。バー『聖』を閉めた時に、『司馬』の事についても、清算したから、ギ ルへの誓約も無くなったのか。 「ウチに、今更、何の用だい?」  ウチは、問い質す。ウチは、もう『オプティカル』に戻る気は無い。 「『オプティカル』は、存亡の危機です。お嬢が居ないと駄目なんですよ。」  ギルは、泣き言を言ってきた。今更、何を言うのか。 「ウチは、戻る気は無いと、前にも言ったけど?」  そうだ。特に今は、士さん達の仲間だ。『司馬』と言う括りが無くたって、絆を 感じられる仲間なんだ。 「『司馬』が無くなったんなら、もう義理立てする必要も無いでしょう?もう、戻 って来て下さい。存分に自由を味わったでしょう?」  ギルは、ウチが、義理で仲間をやってたとでも、思っているのだろうか? 「黙りな。ウチは、もう皆を仲間だと思っている。組織に居た頃とは違うんだ。」  ウチは、ハッキリ告げてやる。 「今度は、仲間ごっこですか?」  ギルは、溜め息を吐いた。 「・・・アンタ、今の仲間を『ごっこ』だと言うのかい?」  ウチは、怒りを抑えながら尋ねる。 「お嬢の居る場所は、我等の傍です。」  ・・・ふざけやがって!ギルは、まだ、こんな事を言っているのか! 「アスカ殿を連れ戻しに来たのか?だが、残念ながら、アスカ殿は、我等の仲間で す。それ以上は、止めて戴きたい。」  この声は、ショアンさんだ。ウチの事を、憚らず仲間と言ってくれた。 「貴様は、『剛壁』か。お嬢。このような敵の讒言を信じるのか?」  ギルは、ショアンさんを睨み付けていた。 「讒言は、アンタの方だよ!ウチはね。もう今の仲間から離れるつもりは無いよ!」  ウチは、もう今の絆を失うつもりは無い! 「聞き分けの無い・・・。仕方が無い。」  ギルが、指を鳴らすと、周りから『オプティカル』の凄腕の連中を集めた集団が 現れる。何て用意が良い・・・。 「行け!!」  ギルは、ウチを捕まえてでも、戻すつもりだった。 「舐めるんじゃないよ!!」  ウチは、『舞踊』のルールを発動させる。 「狼藉者め!許さぬ!」  ショアンさんも、槍を持って、応戦する。  凄い数の凄腕を揃えていた。だが、ウチの『舞踊』のルールは、士さんとゼハー ンさんの激しい動きにさえ、付いて行けるレベルだ。 「・・・お嬢!腕を上げたか!!」  ギルは、次々と仲間が減っていくのを見て、驚いていた。組織に居た頃の、お飾 りのウチとは、違うんだ! 「さすがは、アスカ殿!」  ショアンさんも、『追跡』のルールで、石を投げつけている。正確にテンプルに 当てて、気絶させている。さすがだ。 「さぁ、もう諦めな!!」  ウチは、そう言うと、ギルに剣を突きつける。決まったかな? 「お嬢、成長しましたね。凄い強さです。でも・・・!」  ギルが、そう言った瞬間、後ろから誰かに羽交い絞めされた。だ、誰だ!? 「お嬢・・・組織・・・存続のため。」  この声は、イル!!そうか。今まで、居なかったのは、隙を狙ってたのか!ウチ の首にナイフが突きつけられる。 「縛れ!」  ギルの掛け声と共に、ウチは、あっと言う間に縛られる。ショアンさんは、ウチ に、ナイフを突きつけられていたので、動けないようだ。 「ほう・・・。仲間ごっこも、随分長かったようだな。」  ギルは、ショアンさんが、動けないのを良い事に、足を斬り付ける。 「ショアンさん!!ウチの事は気にせず、切り抜けて!!」  ウチのせいで、ショアンさんが傷付くなんて、嫌だ! 「そうは行かぬ。私は、やっと絆を信じれる仲間が、出来たのだ。ここで、見捨て るようでは、仲間に叱られるで御座る!」  ショアンさんは、腹に力を入れて、耐えている。 「『ダークネス』の『剛壁』が、仲間だぁ?笑わせるな!」  ギルは、『ダークネス』を毛嫌いしている。ウチだって嫌いだ。だけど・・・。 ショアンさんは、もう縁を切ったんだ!! 「ショアンさんは、もう『ダークネス』なんかじゃない!!」  ウチは、叫ぶ。ショアンさんは、色んな所を斬られて、全身が真っ赤だった。な のにも関わらず、一歩も動かなかった。その内に、気絶した凄腕達が、起き上がる。 そして、ショアンさんとウチの状態に気が付くと、恨みを込めて、ショアンさんに 殴る蹴るの暴行を加えた。 「止めて!!!止めてよぉ!!」  ウチは、強引に縄を解こうとする。もう見てられない。ウチは、舌を噛もうとす る。このままじゃ、ショアンさんが、死んじゃう! 「駄目・・・で御座・・・る。・・・ジャ・・・ン殿が・・・悲し・・・む。」  ショアンさんは、自分の心配より、ジャンの心配をする。 「駄目ぇぇぇ!!」  ウチが叫ぶと、縄が急に解かれた。これは・・・『念力』のルール!  そして、後ろの方で叫び声がした。凄腕達が、どんどん薙ぎ倒されていく。 「貴方達、許さないヨ・・・。」  眼に恨みを込めて、センリンさんが、立っていた。 「私の仲間に手を出すとは・・・。許せぬ!」  ゼハーンさんが、『魂流』のルールで一人ずつ仕留めていく。 「本当に、良い度胸だな、貴様等。死にたいらしいな。」  士さんは、冷静な眼で凄腕達を見る。そして、私達を『索敵』のルールで、手早 く回収した。怒っては居るが、冷静さを失っていない。この前のセンリンさんの件 が生きているみたいだ。 「てめぇら・・・ショアンさんに姐さんを・・・。許せねぇ!!」  ジャンだ!ジャンも来てくれた!『爆破』のルールで纏めて敵を倒していた。 「クッ!ズラかるぞ!!」  ギルとイルは、退却を命じる。確かに形勢は逆転している。しかし、逃がしたら、 また、手を出してくるかも知れない。 「いけませんな。御客人に手を出すとは・・・。」  この声は・・・アランさん!? 「邪魔だ!どけ!!」  ギルとイルは、アランさんに襲い掛かる。危ない! 「チッ!!」  士さんが、『索敵』のルールを発動させようとしたが、ゼハーンさんが止めた。 「大丈夫だ。・・・アラン。遠慮は要らんぞ。」  ゼハーンさんが言うと、アランさんは、警棒のような物を取り出す。 「旦那様のお仲間様に手を出す輩は、成敗が必要ですな。」  アランさんは、ギルとイルの攻撃を、警棒1本で弾いていた。ギルが、隠しナイ フを取り出す。イルは、殺しの時に使う矛を構える。  物凄い攻撃の嵐を、アランさんに浴びせる。他の凄腕達は、既にジャンが中心に なって、倒されていた。あんなに怒っているジャンを、ウチは初めて見た。  ギルは、回転する様にナイフを扱う。回転の力で敵の武器を弾いて、相手に止め を刺す、ギルの必殺技だ。しかし、アランさんは、回転の軸を見極めて、ナイフを 警棒の柄で受け止めた後、警棒の先で叩き壊す。  その間に、イルが、矛で連続する突きを繰り出す。それを、アランさんは、突き 全部に対して、警棒の先で受け止めて、最後は矛を壊してしまった。凄い動きだ。 あんなに攻めているのに、常に攻撃を受け流す事を忘れない。この動きは・・・。 「まさか、アランも、天武砕剣術を?」  士さんが、気付いていた。あの動きは、ゼハーンさんの動きに似ている。 「当然だ。アランは、私の師だぞ。」  ゼハーンさんの師?それは、凄い筈だ。アランさんは、それぞれの武器を叩き壊 した後、警棒の柄で、ギルとイルの延髄に打撃を加えて気絶させる。・・・ああ見 えても、『オプティカル』では幹部だったんだけどなぁ・・・。  全員を縛り上げると、ショアンさんと一緒に、ハイム家に向かう。ハイム家なら、 色々応急処置も出来るからだ。 「・・・ショアンさん・・・。」  ウチは、ショアンさんの怪我を見る。酷い怪我だ。容赦無くやりやがって・・・。 「ウチが、買出しに行ったから・・・。ゴメン・・・。」  ウチは、涙が出てきた。ウチの迂闊な行動が、ショアンさんに、こんな怪我を。 「姐さんは、悪くねぇ。悪いのは、アイツ等だ。」  ジャンは、『オプティカル』の面々を指差す。  そして、ハイム家に着くと、ショアンさんは、真っ先に医務室に向かわせる。ア ランさんが、処置を施しているようだ。凄いなぁ。何でも出来るんだ。あの人。 「後は、アランに任せれば良い。さて・・・。」  ゼハーンさんは、『オプティカル』の連中を睨み付ける。 「懲りない、この者達を、どうするかだな。」  ゼハーンさんは、手を青白く光らせる。『魂流』のルールだ。 「私は、このまま帰すなんて、反対だヨ。」  センリンさんまで怒っている。それだけ本気だって事だ。 「オレもだ。手を出してこなきゃ、黙ってようかと思ったが、もう限界だぜ。」  ジャンも、本気で怒っている。ウチも、許せない。 「ま、さすがに2度もやられたら、俺にだって考えがある。」  士さんは、誓約の紋章の用意をする。 「誓約が甘かったから、問題だったんだろ?なら、決まりだな。」  士さんは、ここに居る『オプティカル』の面々全員の心臓に、針を刺す。 「『俺達6人に近付いたら、容赦無く心臓が、内臓破裂します。』っと。」  士さんは、より強い誓約を埋め込ませた。そして、『索敵』のルールを使用して、 縛っている全員を移動させる。そして、一瞬で戻ってきた。どうやら、適当な所で、 解放したのだろう。 「良いのか?来るかも知れんぞ?」  ゼハーンさんは、士さんに尋ねる。 「今度のは、強力だからな。大丈夫だ。俺達に近付くだけで、心臓に激痛が走るよ うにしてある。前のは甘かったみたいだからな。」  士さんは、鬼のような顔を浮かべる。どうやら、相当強い誓約を掛けたらしい。 この表情を見る限り、大丈夫なんだろうな。 「後は、ショアンさんだな。・・・頼む。アランさん!」  ジャンは、ショアンさんの為に祈っていた。ウチも、それに併せて祈る。  こうして、『オプティカル』は撃退した。しかし、ウチ達は、大きな傷が出来た のであった。