7、門出  『ダークネス』は、その姿を変えた。  『創』が死亡したとの報せは、『ダークネス』に激震を与えた。  それは、人斬り組織にも激震を与えた事と同義であった。  『ダークネス』は、人斬り組織最大の一派だった。  その『ダークネス』のボスが死んだと言うのは、一大事だった。  しかも、大幹部である『鏡』も死んだとの話だ。  『創』の懐刀である『荒神』まで、やられたと言う。  しかも、倒した相手が、伝説の人斬り『司馬』だと言う。  人斬り業界は、その話題で、沸騰していた。  対抗組織である『オプティカル』も、そのニュースを喜んでいた。  しかし、目立った動きを見せていない。  慎重になってると、言う事だろうか?  実は違う。  倒した相手が問題なのだ。  『司馬』は、『オプティカル』にも関わりがあった。  元『オプティカル』のボスは、『司馬』の仲間になった。  そして、幹部連中は、悉く『司馬』に『誓約の紋章』を打ち込まれた。  よって、『司馬』に近付くだけで、心臓がキリキリ痛み出すのだ。  なので、手放しには喜べない。  それに、『ダークネス』は、その姿を変えただけで、滅んだ訳では無い。  絶対なる掟で支配していた『ダークネス』だが、ボスが変わった事で、様変わり を果たしたのだ。その新しい支配者は、通称『神魔』と名乗っている。『創』が死 んだ後、僅か3日で、『ダークネス』が従わざるを得なかった経緯がある。  何故か?それは、圧倒的な実力であったと言う。突如、現れた新星で、幹部だっ た者も、従わなければ殺されると思ったと言う話だ。  『ダークネス』の衰退を予想した『スピリット』が、『ダークネス』の組織に突 撃を掛けたらしいが、その襲撃を『神魔』は、一人で迎え撃って、撃退したと言う のだ。その様子を見て、『ダークネス』は、『神魔』に従う事にしたのだ。  こうして、『ダークネス』は、恐怖の掟に縛られる組織では無く、『神魔』と言 う強力なカリスマが指示を出す、統制組織へと変わっていったのだ。  掟は撤廃され、各自、自由に依頼を受ける形に変わった。その代わり、切磋琢磨 する事を忘れぬように、意志を統一されたらしい。  急な改革に、付いて行けぬ者も居た。しかし、『神魔』は、出て行く者を追おう とは、しなかった。その代わり、敵対するのなら容赦はしないと、強烈な殺気を出 す事で、抜ける者を極力減らそうとしていた。  掟から混沌へ。『ダークネス』の変革は、始まったばかりだった。  私達は、無事に帰ってきた。  誰もが、死を覚悟していた。  でも、誰も失わずに行けたらと思った。  だから、最良の結果だったと言える。  無傷での勝利では無かった。  しかし、命に別状は無い・・・贅沢は、言えない。  だが、祝う事など出来ない。  何故ならば、仲間に入る予定だった人が、帰ってこないからだ。  あの人は、紛れも無く、仲間だった。  仲間になる予定だった!  だけど、勝ち目の無い闘いを挑んで、ついには、消息不明になった。  闘った相手は、『ダークネス』の新たなボスになった。  倒された可能性は高い。  だが、私達は、死んだと思いたくなかった。  信じる事が、必要だと思ったからだ。  私達が、何とかハイム=カイザード家に着いたのは、夜中だった。  それから、私達は、全員医務室に運ばれる形になった。帰ったと言っても、傷だ らけだったからだ。特に、ジャンさんと士は、重症だった。ジャンさんは、腹を貫 かれていたし、士は、『ルール』を使用し過ぎて、意識不明の重体だったのだ。  私達も、細かく傷付いていた。私は、吹き飛ばされた時に、壁に頭をぶつけたの で、後頭部から、血が流れ出ていたし、アスカは、『舞踊』のルールを無理に使っ たので、筋肉を酷使し過ぎて、その反動が来ていたし、ゼハーンさんも、『神聖薬』 を使ったとは言え、急激な回復の反動が体に負担を与えていたらしく、休暇が必要 だと、アランさんは判断したのだ。  なので、私達は全員、医務室で過ごす事になった。アランさんが、一生懸命に看 病してくれている。本当に助かった。 「・・・大変でしたな。私も、手伝いたかったな。」  ショアンさんは、私達から、どんな経緯だったのか、詳しく聞いていた。私達は、 『ダークネス』の支部での話を、詳しく教えてやった。 「駄目だよ。ショアンさんは、ウチが怪我させたような物だもん。その怪我で『創』 と相対するなんて、無謀だよ。」  アスカは嗜める。まぁアスカの言う通りだ。 「全くです。3回程、出て行こうと、いかれましたね。そのような真似は、怪我を 進行させるだけです。ご勘弁戴きたい。」  アランさんが、呆れていた。いつも丁寧な、アランさんだが、無茶をすると、結 構しっかり怒ってくる。思い遣りのある人だ。 「アランの言う事は、聞く物だ。こう見えて、怒ると怖いぞ?」  ゼハーンさんが、冗談交じりに言う。 「して、士とジャンは、大丈夫か?」  ゼハーンさんが、アランさんに問う。 「ジャン様は、止血も早かったし、内蔵が傷付いては居なかったので、大丈夫でし ょう。士様は・・・昏睡状態ですが、精神が安定しておられます。目覚めるのは、 時間の問題だと思います。」  アランさんは、二人の状態を正確に把握している。凄い腕だなぁ。この人が居て くれなかったら、私達は、オロオロするだけだったかも知れない。 「フム。看病は頼むぞ。」  ゼハーンさんは、アランさんに頼んでいた。 「お任せ下さい。旦那様。」  アランさんは、それが自分の仕事とばかりに、胸を張る。 「全員、無事に帰って来れたか・・・。いや、そう言い切れは、しないか。」  ゼハーンさんは、目を瞑る。そうだ。健蔵さんが、帰って来ないので、全員とは 言い難い。私達は、最後には、健蔵さんを仲間だと思っていた。 「健蔵殿。でしたか・・・。伝記の御仁。見てみたいのですが・・・。」  ショアンさんは、本当に残念そうだった。 「いつか、会えるヨ。私達が、それを信じなきゃ駄目だヨ。」  私は、皆に言ってやる。そうだ。諦めちゃ駄目だ。 「そう言って貰えると、励みになる。」  いきなり隣から声がした。この声は・・・。 「グロバスか?」  ゼハーンさんは、士の方を見て尋ねた。 「・・・今は、体を借りている。士は、深い眠りについている。」  この声は、やはりグロバスさんだった。 「士は無事なノ?」  私は、尋ねずには、いられなかった。 「我が、最初に入った時のような疲れだ。士ならば、克服するに違いない。」  なる程。確かにあの時は、かなり昏睡状態だった。 「その状態のまま、乗っ取ると言う考えは無いだろうな?」  ゼハーンさんは、一応のため尋ねてみる。 「見縊るな。我は誇り高き神魔王ぞ。士と共存すると決めた以上、士を第一に考え る。その誓いを違えるつもりは無いわ。」  グロバスさんは、肩を震わせて怒っていた。 「済まぬ。性質の悪い冗談であったな。もう私も、そんな事をするとは、思ってな い。士が心配だっただけだ。」  ゼハーンさんは、素直に謝る。確かに、グロバスさんは、そんな事をするような 魔族じゃない。誰よりも誇りを大事にしている。 「だが、相当深い眠りであるから、目覚めるのは、明日になるかも知れん。」  グロバスさんですら、心配しているようだ。 「やはり、『ルール』の使い過ぎによる反動か?」  そう。士は、『索敵』のルールを、凄い頻度で使っていた。 「そうだ。しかも、最後に限界を超えて『索敵』のルールでのワープを使った。あ れが、疲労を促進する結果となった。」  限界を超えての『ルール』の使用。それは、危険な賭けでもあった。しかし、士 は、あそこでキッチリ止めを刺すため、無理をしたのだ。 「無茶し過ぎだヨ・・・。」  私は、溜め息を吐く。皆を生かすために、無茶をしたのだろう。 「・・・結局、私達の、親の仇を討ったのは、士と言う事か。」  ゼハーンさんは、最期の止めを、士に譲っていた。 「でも、ウチは、士さんなら納得だよ。」  アスカは、士が『創』を倒した事に、異論は無いようだ。 「士は、優しいからネ・・・。私達の手を、汚したく無かったんだヨ。」  私は、気付いていた。あそこで無理をしてまで自分で『創』を討った理由は、私 達の手を汚させたくないからだ。そうやって、自分だけ汚れようとする。 「士は、馬鹿だヨ。・・・大馬鹿だヨ!」  私は、自然と涙が溢れる。士は、優し過ぎる。優しいから、自分の手を、どんど ん汚していく。それが、私には、堪らなく悲しい。 「士は優しいか・・・。我も、その意見に賛成だ。・・・この男はな。今まで斬っ た奴の顔を、全て覚えている。5000人近く居るのにな。」  え・・・。ほ、本当に!?・・・士は、今まで依頼で斬った者も、全て覚えてい ると言うのか・・・。何て律儀な・・・。 「士らしい・・・。なら、私達は、その負担を軽くせねばならんな。」  ゼハーンさんは、それが、自分のやるべき事だと思っている。 「ウチ達は、仲間としてやれる事を、やらなきゃね。」  アスカも、異論は無いみたいだ。 「士殿には、何度救われたか分からぬ。今度は私達が、恩を返さねば。」  ショアンさんは、ミサンガを握り締めながら言う。 「士・・・。皆、待ってるんだヨ。だから、起きてヨ。」  私は、士の無事な顔が見たい。 「う・・・うぐ・・・。」  皆の声が聞こえてなのか、ジャンさんが呻き声を上げながら、目を覚ます。 「ジャン!!」  アスカが、真っ先に声を上げる。 「・・・姐さん・・・。ここは?・・・ああ。ゼハーンさんの所か。」  ジャンさんは、アスカの声を聞いて、安心する。 「結構、長い間、寝てた気がするぜ。」  ジャンさんは、身を起こす。 「お早う御座います。ジャン様。」  アランさんが、いつの間にか入ってきた。隙が無いなぁ。 「アランさん。いやぁ、助かったぜ。オレの怪我、結構酷かったっしょ?」  こんな時でも、ジャンさんは、明るく話す。めげない人だ。 「幸いにも、内蔵に傷が入っていませんでしたので、そこまででは御座いません。 ただ、無茶を為さらない様にして貰うと、助かります。」  アランさんは、丁寧に答えた。だが、キチンと注意する事は忘れなかった。 「まぁ、オレも、あんな無茶するのは、もう2度とゴメンだし、気をつけるよ。」  ジャンさんは、頭を掻きながら答える。 「絶対だよ!ウチ、ウチ・・・。」  アスカは、言葉にならない。心配してたからなぁ。 「姐さんを残して、死んだり出来るかよ。これから・・・だろ?」  ジャンさんは、嬉しい事を言ってくる。これじゃ、アスカも惚れる訳だ。 「うん・・・。うん!」  アスカは、涙を流しながら、嬉しそうにしていた。  後は、士が、元気になってくれればね・・・。  私も・・・心配してるんだから、早く目を覚ましてよ?  俺は・・・この手を汚し続けてきた。  センリンの為、そして仲間の為だ。  本当に?本当にそうだろうか?  俺は単に人殺しが、合理的に出来る職業に就いていただけなんじゃないのか?  それを、センリンの為、仲間の為と言うのは、エゴなんじゃないか?  俺は、疲れてしまったのかも知れない。  このまま眠れれば、楽だろうな。  俺の意識は、沈んでいく・・・。  俺は、このまま生きてても、人を殺し続けるだけだ。  こんな人間は、生きていたら、駄目なんだ・・・。  だから、このまま眠っていたい・・・。  俺は・・・。 (馬鹿者が!!)  誰だ?俺を呼ぶ声・・・。これは、グロバス? (お前は、お前一人の体では無いだろうが!)  グロバス・・・。そうか。お前も必死だよな。俺が眠れば、お前も自分を出す事 が、出来ないもんな。そりゃ必死にもなるよな。 (見縊るな!愚か者が!!その状態でも、お前の身体を使う事は出来る。だが、そ のような下種な事を、この我が、するとでも思うのか!!)  何だ。俺の身体は動かせるのか。なら、お前が使えば良いんじゃないのか? (ふざけるな!!我は、お前と共に生きると決めたのだ!お前の心が死んだのなら、 ここに居る意味など無い!)  随分と、俺を買ってるみたいだが、俺は、もう疲れたんだよ。 (その手を汚した事にか?お前は、必要な者以外は、殺して無いのだろう?)  本当にそうか?俺は只の殺人鬼で、それを、仲間のせいにしているだけかも知れ ない。そんな男は、生きていても、しょうがないだろう? (皆は、お前が目覚めるのを待っているのだぞ!!)  どうだか。俺は、便利な男だからな。 (これを見ても、そんな事が、言えるのか!!!)  グロバスは、俺に、映像を見せる。いや、これは、今の俺の周りの映像か? 「士・・・。まだ目覚めないヨ・・・。」  センリンは、目に涙を溜めていた。俺なんかの為に、泣く必要は無いんだぞ。既 に、俺以外のメンバーは、目覚めているようだな。 (昨日までは、皆もベッドで寝ていた。しかし、今日は、もう起き上がって良いそ うだ。後は、お前だけなんだぞ。士。)  そう言われてもな・・・。俺はもう・・・。 「士は・・・苦しんでたのかも知れぬな。」  ゼハーンが、俺の気持ちを代弁する。苦しむ・・・か。 「士殿・・・。私達は、重荷になっていたのか?」  ショアンは、見当違いな事を、言っている。重荷だと?俺は、お前達を重荷に感 じた事なんて無い!お前達を言い訳にしたくないだけだ! 「ウチ、士さんに、迷惑を掛けてばっかりだった・・・。」  迷惑なんかじゃ・・・迷惑なんかじゃない!!俺は、お前達と過ごせて、楽しか った!寧ろ、お前達が居なかったら、とっくに心が擦り切れてた!! 「士さんはさ。オレ達が、重荷になってるんじゃないよ。多分、それを理由にして、 人斬りを続けて行く事が、嫌になったんじゃないかな?」  ジャン・・・。お前は、最近、俺の思考に似てきたな。 「士は、私達の代わりに手を汚している。なのに、それを理由に人斬りを続けて行 く事が嫌に?馬鹿者が!!そんな男が、只の人殺しな訳が、あるか!!」  ゼハーンは、本気で怒っていた。俺は・・・。 「士・・・。私は、士が苦しんでたのを知ってル・・・。毎日のように魘されてい るのを知ってル・・・。疲れたんだよネ。・・・もう休みたいんだよネ・・・。」  センリン・・・。お前には、全部知られているな・・・。 「士が、目を覚まさなかったラ・・・。私は、一生ここに居るヨ。」  センリン!お前は、お前だけは幸せに・・・。こんな俺では無く・・・。 「私にとって、士は全てだヨ。士無しで、幸せには、なれないヨ!」  センリンに・・・そこまで言わせるとは・・・。俺は馬鹿だ・・・。 (そうだ。もうお前だけの身体じゃ無いのだ。我とて、お前が居なかったら、こん な心変わりは無かった!)  ああ・・・。そうだな・・・。俺は、こんな所で終われるよな奴じゃ無かったな。  俺は・・・まだ生き抜いて・・・。今まで殺した奴の分まで、生きなきゃならん。 この呪いの連鎖から逃げようなんて、甘かったんだな。それを乗り越えてでも、セ ンリンを幸せにしなきゃならないんだったな!! 「う・・・うぐ!!!」  俺は、起きなきゃならない。そうだ。俺は、終わる訳には行かない!! 「ぅぅぅおおおおお!!」  俺は、何かを振り払うかのように叫ぶ。 「ふぅ・・・。ふぅ・・・。」  俺は、目を覚ました。 「士・・・士!!」  センリンは、俺が起き上がったのを見ると、抱き付いて来た。 「センリン!・・・心配を掛けたな!」  俺は、センリンの頭を撫でてやる。 「全くだヨ!もう、目を覚まさないと、思ったんだかラ!」  そうだ。俺は、生きていくしかないんだ。 「余り心配させるな。全く。」  ゼハーンも照れ隠しをしていた。 「士さんが、居ないとさ。調子出ねーよ。」  ジャンは、嬉しい事を言ってくれる。 「良かったよ。士さんが居ないと締まらないもんね!」  アスカも、もうスッカリ俺達の仲間だな。 「士殿。無理は為さるなよ?」  ショアンめ。余計な世話を・・・。だが、その心遣いが嬉しかった。 「士様。お目覚めになられて、何よりです。」  アランは、俺が目覚めるのを見て、部屋に入ってきた。  俺は、誰よりも恵まれていたと、実感した。  こんな仲間達を置いて、逃げるなど、俺には出来ない事だった。  伝記の血筋を引いているだけで、狙われる。  その理由は、何か?  それは、単純明快な答えだった。  『無』により生まれたゼロマインドが、自らの存在の為に、狙ったのだ。  確かに、伝記では、クラーデスが『無道』を提唱していた。  『無道』が繁栄すれば、自ずと、『無』の力が、信仰の対象になる。  そうすれば、ゼロマインドは、もっと早く生まれてきた事だろう。  それを遅らせた我が祖先を、ゼロマインドは恨んでいたのだ。  その為に、レイクは15年も奪われたのか・・・。  その為に、シーリスが、死に追いやられたのか・・・。  冗談では無い!!  セントに逆らう事が罪?  ゼロマインドに逆らう事が、大罪?  そんなソクトアに、誰がしたと言うのだ・・・。  私は、認めぬ。  しかし今は、何も出来ぬ。  メトロタワーと言う壁が、余りにも高過ぎる。  今は、逆らう事も出来ぬ。  だから、どこかに移動しなければならない。  セントに居ては、狙われ続けてしまう。  何処に行けば、良いのか?  ガリウロルだろうな。  あの国だけは、セント以外で、唯一、独立性を守っている。  そんな事を思っていると、電話が来た。携帯電話からだ。 「ゼハーンドだ。」  私は、偽名を使う。まぁ、偽名と言う程では、無いのだが・・・。もう一つの名 を使う。ここでは、それで通している。 『シャッドだ。元気か?』  シャドゥか。と言うより、この電話からは、シャドゥ以外から掛かってきた事が 無いな。まぁ、私が隠匿生活を送っていたからであろうな。 「今は、何とか元気だ。どうした?」  私は、今まで起きた事を、伝えるのは止めた。 『いや、お前の所に送った手紙が、届いたかと思ってな。』  手紙?そんな物は、届いていないが・・・。 「あ。そうか・・・。住居を変えたのだった。」  バー『聖』には、もう帰らないのだったな・・・。 『そうだったのか・・・。しかし、念の為、お前の実家に、もう一通送っておいた が。それは、届いているか?』  シャドゥは、本当に気が利くなぁ。 「忝い。今は、そこに居る。それなら、直に届くだろう。助かる。」  本当に助かる。念の為に、ここの住所を教えて置いて良かったな。 『息子殿の近況を書いておいた。色々ビックリするだろうさ。』  レイクの近況か。そう言えば気になる所であるな。 「有難い。・・・今度は、私から、手紙を書くさ。」  そうだ。と言うより私は、手紙で伝えなきゃならない事がある。 『早めに書くようにな。着いたら、即送り届けてやる。』  シャドゥには、本当に良く気が付く奴だ。頭が下がるな。 「分かった。心より感謝する。では、またな。」  私は、そう言うと、携帯電話を切る。果てさて、手紙か・・・。  私は、思い立つと、アランの所に行く。 「アラン。私宛の手紙は無いか?」  私は、尋ねてみた。手紙とあれば、アランが処理をしている事だろう。 「お怪我を為さっている間に、一通来ましたが、その事を言っておられますか?」  お。脈有りか。既に着いていたとはな。有難い限りだな。 「多分それだ。・・・どれ。」  私は、アランが手早く用意した手紙を受け取ると、中身を読んだ。 「ほう・・・。な、なに!?」  手紙の内容は、驚くべき事が書かれていた。 「これはまた・・・信じ難い内容だな。」  私は、中身を吟味する。そして、この内容は、皆に知らせる必要があると思った。 士にも、関係のある事・・・。いや、ショアンにも、関係のある事だな。 (・・・その手紙。本当の事ですか?)  清芽殿が、興味を示すとは、珍しいな。 (知っている名前が、ある気がするんです。)  知っている名前?それは、また珍しいな。 (凄く懐かしい・・・いや、そんな物じゃ済まされない気が・・・。)  清芽殿?どうやら、大事な人の名前が、あるみたいですな。 (・・・!ま、まさか!)  どう為された?思い出したのか? (私の・・・息子の名前が・・・。まさか・・・。こんな事が!)  息子・・・か。それは、驚きですな。ならば、会いに行かねば、なりませんな。 (会わせてくれるのですか?)  当然であろう?清芽殿と、同化している以上、尽力したい。それに、息子に会え ずに居る苦しみは、私が誰よりも知っている。放って置けませんよ。 (ありがとう。助かります。)  ま、感謝は、会えてから、受け取りましょう。  私は、大広間に皆を集める。士の容態も安定してきたので、もう起きても大丈夫 だったから、心置きなく集められた。 「話とは?今日、電話してたみたいだが、それに関連がありそうだな。」  士は抜け目が無いな。どこで、それを知ったんだ。 「アランさんから、手紙を受け取ってたよな。それじゃね?」  ジャンも、最近、士に似てきたな。妙に鋭いな。 「大事な話なら、関係がありそうだネ。」  センリンも、何かあると、気が付いているようだ。 「ウチ達全員に関係があるのかな?」  アスカは、腕を組みながら考えていた。 「ゼハーン殿が大事な話と言うからには、間違いないと思いますぞ。」  ショアンは、私を信じているようだな。ま、ショアンにも関係のある話だ。 「では、旦那様。」  アランが、手紙を改めて私に渡す。 「ま、前に話したシャドゥが、私に手紙を送ったのだ。レイクの近況についてだ。」  私は、手紙を広げてみた。 「坊ちゃまが!!坊ちゃまは、ご無事だったのですか!!」  アランは、真っ先に驚いた。そう言えば、アランには、報せていなかったな。 「ああ。レイクは、今、ガリウロルの天神家に、逗留している。」  私は、アランに、ガリウロルに渡った事までは伝えていたが、それ以上の事は、 伝えていなかった。悪い事をしたな。 「坊ちゃまが、ご無事だったとは・・・。このアラン。嬉しく思いますぞ。」  アランは、一々嬉しい事を言ってくれる。 「大げさだ。まぁ、その後、色々巻き込まれていたみたいだから、無事とは言い難 いがな。何とか元気にやっているそうだ。」  レイクも、『ルール』に目覚めたり、その力を狙われたりしている。 「でだ。今から、近況を伝える。どうやら、私達にも、関係があるみたいだ。」  私は、皆を見渡す。これからの有り様を、決定するのに必要な事を言うつもりだ った。本当に、色々あったみたいだからな。 『ゼハーン殿へ  君は、筆不精も良い所だ。私が、色々伝えていると言うのに、返事一つ寄越さな い。それでは、また、レイク殿に叱られてしまうぞ。  まぁ良い。近況であるが、1000年前に連れ去られた4人が、帰ってきたらしい。 覚えているか?天神(あまがみ) 瞬(しゅん)、天神 恵(けい)、島山(しま やま) 俊男(としお)、一条(いちじょう) 江里香(えりか)の4人だ。主要 メンバーだったからな。帰ってきて、活気付いている所だ。  その方法が凄い。仲間の中に『探知』のルールに目覚めた者が居て、場所を特定 したのだ。そして、『召喚』のルールに目覚めているファリア殿が、『転移』と、 『時空』の魔法を同時使用して、4人を『召喚』する事で、この時代に戻したと言 うのだ。私には、とても信じられんよ。ファリア殿も、ご研鑽を積まれて、凄まじ い腕の魔法使いに、なられたと言う事だな。  ただ、過去で、運命神ミシェーダに邪魔をされたらしい。奴の直属である副天使 長イジェルンには、子飼いの四大天使が居る。槍天使ニケエル、魔天使ベルゼール、 聖天使セラフィエル、裁天使サタラエルの4天使だ。ニケエルとベルゼールは、俊 男殿と恵殿が撃破し、セラフィエルとサタラエルは、瞬殿と江里香殿が、撃破して、 見事に生き残ったと言うのだから驚きだ。さすがであるよ。  だが、どうやら、4人を濃い霧を使って、覆い隠していたのは、四大天使では無 かったようだ。霧天使レイシーと言う女天使でな。何でも、江里香殿が世話になっ た修道院の修道長をしていたらしい。その修道長を説得して、霧を晴らしたらしい が、修道長は、ミシェーダから『誓約の紋章』を埋め込まれていてな。逆らった為 に、絶命したようだ。その事を、江里香殿は、悔やんでいたと言う話だ。  それにしても、興味深い話だったぞ。やはり、4人は、只者では無かった。  天神 瞬。彼は、プサグル四天王の一人、ハイム=ジルドラン=カイザードの元 に身を寄せていたらしい。忠誠心で、彼を超える者は居なかったと言う話だ。  天神 恵は、『聖亭』に居たらしい。そこで出会った人物が、ファン=レイホウ と、榊 繊一郎だと言うのだから、驚きだ。  島山 俊男は、パーズに居たらしい。彼は、パーズ拳法使いだが、その祖先であ るショウ=ウィバーン=トリサイルの元に居たらしいぞ。  そして一条 江里香は、修道院に居た。そこで、マレル=ムーン。つまり、伝記 のジークの母親に出会ったらしい。凄い話だ。  と、ここまでは、4人の近況であったな。では、レイク殿の近況だ。  レイク殿だが、前に仲間であるジェイル=ガイアを犠牲にして、助かったと言っ ていたな。その事なのだが、どうやら、ジェイル殿は生きていたらしい。何でも、 強靭な体力に、『絶望の島』の研究員達が目を付けて、肉体改造実験の実験台に、 されていたと言う話だ。酷い話だ・・・。それと、ファリア殿が、親切にしてもら っていたファン=ティーエと言う女性も、『絶望の島』の島主の、お気に入りの部 屋で、酷い目に遭っていたと言う話だ・・・。  だが、それを聞いたレイク殿は、救出作戦を展開した。島主が、全ソクトアご奉 仕メイド大会に行っている隙を突いて、見事に救出したらしい。ジェイル殿とティ ーエ殿は、見事に救出され、天神家に逗留しているとの話だ。・・・だが、ジェイ ル殿は、精神を弄られた反動で、そしてティーエ殿は、クスリを使わされて強引に 奉仕させられたので、その反動もあって、現在は、療養中との事だ。  そして、驚いたのが、次だ。  君の話にも、何度か出てきていたゼリン=ゼムハードだが、どうやら、彼女は、 操られていたらしい。私には信じ難いが、ゼロマインドに服従のサークレットと、 信望のネックレスを付けられて以降、ゼロマインドに忠誠を誓うよう、強要されて いたと言う話だ。それをレイク殿に壊されて、改心したそうだ。その証に、彼女の 神の子としての細胞を、取り上げられ、人間にされたみたいだ。そして、その状態 で、レイク殿に協力して、ゼロマインドを打ち倒すように命じられたのだとか。私 は、余り信用して無いんだがな。  だが、レイク殿に誓いの証明として、かの宝剣ゼロ・ブレイドを捧げたと言うの だから、信憑性は上がったと言う事かな。彼の剣は、『絶望の島』の地下深くに続 くエレベーターを伝っていくらしいのだが、そこへ辿り着く扉は、魔力で3重にカ モフラージュされていて、更に、ゼロマインドが結界を張って、守っていたらしい。 その結界を、手が焼けるのすら我慢して、レイク殿にゼロ・ブレイドを手渡したの だから、多少は、信用出来るのかもな。  後これは、私が聞いた話だが、この島に久し振りにミカルド様が来られてな。例 のクラーデスの息子で、『樹海士』として活動をしているミカルド様だ。そのミカ ルド様が、『親父が復活するかも知れない』と言っていた。これは、警戒するべき 事項かも知れぬ。クラーデスが復活となれば、ゼロマインドは、何をするか分から ぬ。セントの様子は、不気味ながら動いているようだし、警戒に越した事は無い。  ま、近況としては、以上だ。  かなり色々な出来事が起こったので、私も混乱中だが、君には報せなくてはなら ない事が、山ほどあったのでな。こうして手紙にした次第だ。  君も、近い内に、返事を寄越したまえ。で無いと、レイク殿に呆れられるぞ。  では、これにて失礼する。   シャドゥ』  かなり長い手紙だ。だが、重要な事だらけだった。 「兄が・・・生きていた・・・か。」  ショアンは、複雑な表情をしていた。ショアンにとって、ジェイル殿は、枷であ り、肉親でもあった。胸中は複雑だろうな。 「わ、わた、私・・・あああああア!!」  センリン殿が、唇を震わせている。どうしたのだ? 「センリンちゃんは、どうしたんだい?」  ジャンも心配しているようだ。 「・・・その手紙にあるファン=ティーエってのは、センリンの従姉妹だ。そして、 俺が、最初の依頼で殺したセンリンの伯父の娘だ・・・。」  士が代わりに答える。そうか・・・。そう言えば、センリンが士と知り合う切っ 掛けになったのが、この最初の殺しの依頼だった。当時14歳だったセンリンを、 士は救ったのだ。その全てに関わる事項を葬ってだ。 「俺のせいで、没落した。『絶望の島』に入れられたと、噂では聞いてた・・・。」  そうか。士が伯父を斬った事で、そのティーエは、人生を狂わされたのだ。 「お姉ちゃん・・・。こ、こんな酷い目に・・・。」  センリンは、泣き止まない。センリンは、自分を士が助けた為に、こうなったの だと、思っているのだろう。 「・・・センリンにとっては、仲の良い従姉妹だったんだ・・・。」  士は、溜め息を吐く。また、士の心労が増える事だな。 「そんなの、士さんと、センリンさんのせいじゃない!」  アスカは、強い口調で反論する。 「大体、最初にセンリンさんを殺そうとしたのは、伯父さんなんでしょ?しかも、 『絶望の島』に送られたのは・・・この前、アリアスが言っていた、伝記の子孫を 狙うって言う話の一環じゃないの?」  そうか。ティーエ殿も、ファン家の血筋の者だ。そこに、セントが目を付けたの だ。こんな所にも、ゼロマインドの手が回っているとはな。 「姐さんの言う通りだぜ。ここは、嘆く所じゃねぇ。怒る所だ!」  ジャンは、アスカに同調する。全く仲の良い事だ。 「ありがとよ。その言葉、俺は忘れん。」  士は、2人に感謝をしているようだ。 「旦那様。坊ちゃまは、ゼロ・ブレイドを手に入れたのですな。」  アランは、レイクの事が気になっているようだ。 「そうみたいだな。それにしても、ゼリンが仲間に・・・。信じ難い。」  私は、その事が、どうも信じられない。あのゼリンだぞ?私が、夢にまで見るゼ リンだ。あの悪夢を引き起こした張本人だぞ? 「服従のサークレットと信望のネックレスなら、俺も聞いた事がある。確かに恐ろ しい程の拘束力を持つアクセサリーだ。」  士は、そう言う所の知識は詳しい。 「とは言え、アイツが仲間となると、俺にも信じられん。」  そうだ。士もこの前、メトロタワーで、やられたばかりなのだ。 「だが、レイクの人を見る目は、確かだ。やはり、この目で確かめたい所だな。」  それに、レイクだけでは無く、ファリアやエイディまで納得している所が気にな る。もしや、また、魔力で何とかしているのか?しかし、今のファリアには、そん な芸当は効かない筈だ。 「私は、これに対し、返事を書くつもりだ。」  私は、まず宣言する。そして、士を見る。 「・・・フン・・・。俺に決めろと言うのか?」  士は、私の意図を読み取ったようだ。 「俺の答えは決まっている。ここまで気になる手紙を貰って、黙っていられるかよ。 ・・・行くぞ。ガリウロルへ!」  士は、皆に向けて、言い切る。そう。私の一存で、行くとは決められない。ガリ ウロルに行く為には、士の同意を得なければ、ならないと思っていた。 「ウチも、行きたい。ウチは、このセントの事しか知らない。ソクトアを、見てみ たいんだ。ガリウロルを見てみたいんだ!」  アスカは、これまで、セントのキャピタルでしか生きてきた事が無かった。私の 家に来たのも、初めてだ。 「姐さんを守るってのも、あるけどさ。オレも見てみたいんだ。セントの外の世界 をな。オレも、何だかんだ言って、ここから出た事が無いしな。」  ジャンも、セントの中だけで生活してきた。それは、庇護の下で生活してた事に なる。と言うより、私以外は、出た事が無いのではないか? 「私は、行かねばならない。・・・兄の幻影を追うのは、もう真っ平で御座る。」  そうだ。ショアンは、ジェイルの事もある。兄と再会して、何かを感じ取らねば ならない。それが何であるかは、ショアンにしか分からないだろう。 「お姉ちゃんに、会わないト・・・。私は、会って謝りたイ。」  センリンは、ティーエ殿に会って、謝りたいと言う。 「センリンの事もある。だが、俺も、ガリウロルに行かなきゃならん。・・・俺の 両親が居たガリウロルに、一度行かなきゃならんと思っていた所だ。」  そう。士も、行く理由がある。士は、名前の通り、元はガリウロル人だ。両親共 に、セントに移り住んだ経緯があるので、セント人ではあるが、ガリウロルの血が 流れている。しかし、ガリウロルに行った事が無い。一度は、行ってみたいのだろ う。両親の故郷である、ガリウロルへ・・・。 「決まりだな。では、ガリウロルに向かうと、手紙に書いておこう。」  私は、ガリウロルに行く事を決めた。 「旦那様。坊ちゃんに、宜しく言って置いて下さい。」  アランは、恭しく礼をする。アランは、いつもこうだ。黙ってここを守ろうとす る。付いて行く事は、しないんだろうな。 「アランさんは、行かないのかい?」  アスカが、残念そうに尋ねる。 「私には、ここを守る義務があります。大旦那様に拾ってもらった恩を、忘れる事 は、出来ません。ですが、再びセントに来た際には、ここに寄って貰えると、私の 励みになります。」  ・・・アランも寂しいんだろうな。今まで私には、こんな事は、言わなかった。 「俺達を、受け入れてくれた恩を、そして、俺達を救護してくれた恩を、俺は忘れ ん。アラン。アンタは、俺達の恩人だ。」  士は、そう言うと、アランと握手をする。 「勿体無いお言葉。・・・士様は、これからの時代に必要なお方。私程度で、役に 立てたのであれば、光栄で御座います。」  アランにしては、珍しい事を言う。確かに士は、私が見ても、凄い器だ。これか らの次代を担うに、十分な器だ。 「買い被り過ぎだ。まぁまずは、ガリウロルに無事に行かなきゃな。」  士は、照れ隠しをしていたが、嬉しそうだった。 (私も、ガリウロルに行くと言う事で、良いんですね?)  清芽殿か。当たり前だ。貴女も行きたいのだろう? (ええ。息子に会いに行きたいです。)  息子か。誰の事か、何となく見当は、ついているが・・・。 (意地っ張りな、夫との間に出来た息子ですからね。)  何だか、棘があるな・・・。大丈夫か? (大丈夫ですよ。良い子ですから。)  清芽殿は、息子殿を、信頼されているのですな。 (可愛がりましたからね。良い子に育っていると、信じてますよ。)  まぁ、恐らく、『彼』であろう?誰よりも真っ直ぐな『彼』なら、大丈夫でしょ う。私も会いましたが、強い眼をしていました。 (会うのが楽しみですよ。)  私も、レイクと会うのは、久し振りだからな。気を引き締めなきゃな。  拝啓 レイク  久し振りだな。元気にしているか?  私は、セントに居る。色々と、やるべき事があってな。  忙しい毎日を送っていたら、シャドゥ殿に怒られてしまった。筆不精が過ぎると な。私もお前も、手紙など中々送らないからな。怒られて当然だな。  ついでに、シャドゥ殿から、お前の近況を聞いておいた。中々稀有な体験をして いるみたいだな。人生の経験と言う意味に於いて、貴重な経験をしているのだろう。 その体験を大事にする事だ。特に学友と仲間は、大事にするのだぞ。  そうそう。私にも、仲間が出来た。掛け替えの無い仲間がな。  知っているかも知れぬが、伝説の人斬り『司馬』で有名な男だ。  私は、セントの首都であるキャピタルに侵入する時に、『司馬』に依頼を頼んだ のだ。名を黒小路(くろのこうじ) 士(つかさ)と言う。  彼は、バー『聖』と言う店を持っていてな。彼の店を手伝うのが、依頼の条件に 含まれていた。私は、二つ返事で了承したさ。  そのバー『聖』の女店主が居てな。その女性は、ファン=センリンと言う。彼女 は、士のパートナーにして恋人だ。彼女は、士と一心同体と言って良い。それ程、 離れられない存在だと、私は思う。  そして、私はキャピタルに侵入した。士には感謝し切れぬよ。しかし、士は伝説 の人斬りなのだ。だから、人斬り組織から狙われる存在だった。  一番因縁深いのは、『ダークネス』だ。人斬り組織の中でも、特に暗殺の度合い が強い組織でな。統制と掟によって、支配を広げている組織だ。士は、元『ダーク ネス』で、そこを抜けて、フリーとなって『司馬』となったのだ。ちなみに、私の 実の父を殺したのも、『ダークネス』だ。色々因縁を感じたよ。  そして、それに対抗する組織が『オプティカル』だ。セントの人斬り組織と言う より、自治体に近い役割をしている変わった組織だ。  最後に『スピリット』。ここは、腕試しをしたいと言う人きりが集まっている組 織だ。妙に因縁を付けて来る、危険な組織でもある。  そんな人斬り組織が闊歩するセントだが、私にも仲間が出来た。  『ダークネス』の『剛壁』の異名を持つショアン=ガイア。彼は、『ダークネス』 を抜けたがっていた。それを士に頼んで、私達の仲間になった。名前でピーンと来 ているかも知れんが、ジェイル殿の弟だ。  そして、『オプティカル』の『軟派師』のジャン=ホエール。彼は、『オプティ カル』で、自由にやっていたが、組織が自由を束縛したため、私達を頼ってきた。 組織の幹部が、彼の自由を束縛しようとしたと言う理由でな。恋人も居たと言うの に、抜けてきたのだ。  その恋人が、『オプティカル』のボスであるアスカ=コラットだ。ジャンに惚れ 抜いててな。彼女は、ジャンが行方不明になったと聞かされて、私達を頼ってきた のだ。ジャンは、幹部から追い出されて、行方不明になったと嘘を吐かれたのだ。 アスカは、それを信じられずに、私達に依頼をしたと言う経緯だ。  ジャンは、アスカを置いて抜けたのを後悔していた。しかし、私達の依頼で、再 会した後は、ジャンは、誠意を持ってアスカと接するようになった。自分の『軟派 師』と言う異名を返上する程だ。私達は、それを見て安心した物だ。  こうして、私達は6人で『司馬』となった。『司馬』は元々、士のコードネーム だったが、いつしかチーム名と変わっていったのだ。  そして、私の当初の予定である依頼を、果たしてもらう事にした。それは、『伝 記の子孫を付け狙う』理由を探る為だ。その為に、キャピタルの中でも、一際目立 つメトロタワーに侵入した。  だが・・・それは失敗に終わった。やはりセントの中枢であるメトロタワーは、 一筋縄いかなかった。何とか脱出に成功したが、バー『聖』が拠点だと、バレてし まってな。店を閉めざるを得なくなった・・・。  私は、仲間の為に、何とかしようと、私の実家であるハイム=カイザード家を提 供した。私の執事であるアラン=スフリトが、未だに家を綺麗にしていたので、ス ムーズに移住に成功した。  だが、このままで済ますつもりは無かった。噂で『ダークネス』のボスが、元老 院の一味だと知ったからだ。そこで、『ダークネス』のボスが滞在している場所を 突き止め、逆に襲撃したのだ。そこで、私達が付け狙われる理由を知った。  聞いてみれば、単純な理由さ。『無』の存在から生まれたゼロマインド。これは、 シャドゥ殿が、お前から聞いたんだったな。だから知ってると思う。奴は『無』の 存在だ。伝記で『無道』が勝っていたら、もっと早くに生まれている筈だったのだ。 それを阻止した伝記の英雄達が憎かったらしい。・・・そんな理由だ。そんな理由 で、私の妻を、死に追いやり、レイク。お前の15年間を奪ったのだ!!私は、断 じて許せぬ。だが、今は何も手出しが出来ぬ。メトロタワーは強大なのだ。  と、長々書いたが、これが、私達が辿った経緯だ。  ちなみに、6人共、『ルール』に目覚めている。どんな物かは、会ってから説明 しようと思う。  今書いたように、私達はガリウロルに向かおうと思っている。今、セントに留ま るのは、危険でしか無い。だから、そちらに出向こうと思っている。  なので、不躾で悪いが、恵殿に頼んでくれぬか?私達がそちらに滞在するツテが 欲しいと。全くもって、図々しい願いなのは分かっている。だが、仲間達は、全員 セントを出るのが初めてで、私しか頼れぬらしいのだ。だから、私が、何とかしな ければならないのだ。  こんな事しか言えない父を許せ。  だが、お前との再会は、非常に楽しみにしている。  ・・・変な手紙になってしまったな。やはり、書き慣れぬ。  お前の成長した姿を、この目で見に行くので、宜しく頼む。  ゼハーン  珍しく、長々と手紙を書いてしまった。  だが、私も、この2ヶ月程の間、色々な経験をした。  それを、詳しく伝えずして、ガリウロルに発つ訳には行かない。  士達は、私の仲間だ。  つい2ヶ月前までは、一人でもやり遂げると、息巻いてたな。  だが、それは間違いだな。  私は、士を助けたし、士に助けられた。  掛け替えの無い仲間と言うのが、このセントで出来るとはな・・・。  そして、ガリウロルに発たなければならない。  でも、この仲間達となら、不安に思う事も無い。  ・・・私は、呪われている過去を持つ男だ。  彼等の犠牲を無駄にしては、ならない。  ゼロマインドは、必ず、報いを受けさせなければならない。  その為の、準備期間としてのガリウロルへの滞在だ。  レイク達の近況が本当なら、実力者が集結している事になる。  私達が、後進に、何を伝えられるのか・・・。  それも考えなくてはならんな。 (真面目なんですねぇ。)  清芽殿か。そりゃ、真面目にもなる。私は、恐らく一番の年長者。レイク達の所 に行ったら、頼られる存在になろう。それに応えなければな。 (気負い過ぎるのも、問題ですよ?)  む・・・。やはり分かりますか?いや、分かるのでしたな。 (私を誰だと思っているのです?こう見えても、貴方より年上なんですよ?)  うぐぐ。そうであった。私などより、人生経験は豊富なのでしたな。 (その言い方は、デリカシーに欠けます。)  済まぬ。私は、余り気が付く方では無いのだ。 (良いですよー。分かっていますから。)  ひ、酷い言われようだ・・・。反論出来ないのが、悔しい所だ。 (私は、今、心が晴れやかですからね。だって、もうすぐ会えるんですよ?)  息子殿の事か?・・・いや、もう隠す必要も無いな。天神 瞬殿の事か。 (ありゃ、珍しくビンゴですね。どうして知っていたのですか?)  実は、シャドゥが、ファリアから瞬殿の出生の秘密を聞いたらしい。ファリアは、 天神家でも相当に信用されているので、知っていたようだ。 (そうですか・・・。しかし何故、私だと?)  まずは、名前だな。清芽と言う名は、天使にしては珍しい。となると、生前の名 前に近い名なのか?と推察した。貴女は、天神 喜代(きよ)殿だな? (私も、最近まで、生前の名前なんて忘れてたんですけどね。)  そう。シャドゥの手紙を見て、思い出したのだろう?天神と言う名前で。 (はい。直感で、ビビッと来ました。)  で、あの中で、最近死んだとされている母親とあれば、誰か?と考えるに、瞬殿 の母か、今は、まだ生死不明だと言われている天神 恵殿の母かと思った。 (恵ちゃんは、苦労したからねぇ・・・。厳導(げんどう)は、もうちょっと恵ち ゃんを親として、見てあげれば良かったのに・・・。)  天神 厳導、確か恵殿の父親であったか。親としてとは? (厳導は、恵ちゃんの優秀な能力を見て、後継者としてしか、見てなかった。だか ら、過度な期待をして、厳しく躾けたんでしょうね。)  過度な躾けか・・・。子供に対する期待と言う点では、同意出来るが・・・。 (行き過ぎたら、悲劇を生むの。それでは駄目なんですよ。)  行き過ぎか・・・。そうだな。期待を背負わされたら、子供が大変だからな。 (大体、愛(あい)も愛よ。恵ちゃんを産んでから、失踪しちゃうなんて。)  母親の事か。天神 愛であったな。しかし、失踪とは・・・。 (事情があったのよ。それでも、失踪しちゃうのは、許せませんけどね。)  厳導は、魔族であったな。魔族との間に生まれた子供だからと言って、失踪して しまうのは、宜しくない・・・。 (・・・その話は、誰から聞いたのですか?)  シャドゥからだ。天神家に出向いた時に、瘴気の残滓を捉えて、ファリアから聞 き出したらしい。ファリアは、その時に、瞬殿と恵殿の出生の秘密を話したらしい のだ。まぁファリアもシャドゥにしか漏らしてないし、シャドゥも私にしか漏らし ていない。私も、大っぴらに広めるつもりは無い。 (黙っていてくれると、助かります。恵ちゃんも、その事には、触れて欲しくない でしょうから。)  勿論だ。それに、こんな形で、天神家と繋がるとは、思わなかったしな。 (奇妙な縁ですよねぇ。・・・瞬ちゃんは、大きくなったかしら?)  瞬殿は、全ソクトア空手大会で、優勝するくらいの腕前だ。それに、私が訪ねた 時も、爽天学園の部活動対抗戦で、優勝していた。さすがだと思うぞ。 (瞬ちゃん、強くなったのねぇ・・・。)  清芽殿にとっては、いつまでも子供なのですな。 (そうよ。瞬ちゃんは、厳導の養子になったけど、実際に育てたのは、私なんです よ。さすがに、小学校に入る頃には、離されましたけどね。)  そうか。天神家で帝王学を教え始めたのは、小学校に入り始めた頃からか。 (最も、恵ちゃんには、生まれた時から期待してたみたいで、物心がつく前から、 教え込んでたみたいですけどね・・・。)  それは、過酷だな・・・。恵殿は、苦労してきたのだな・・・。 (恵ちゃんは、責任感の強い子だったからね。瘴気の事で、苦しんでたのも、持病 だから、いつか治るって、私に言うんですよ・・・。無理しちゃって。)  清芽殿に、心配を掛けたく無かったのだろうな。健気だな。 (私は分かっていたんですけどね。恵ちゃんが、苦しんでいる事も・・・。)  清芽殿は、後悔しているのか? (少し・・・ね。手を差し伸べた方が良かったのかもと・・・。)  なる程。でも、恵殿は、その手を取らなかったでしょう。 (・・・そうでしょうねぇ。恵ちゃん、本当に強い子だから・・・。)  清芽殿・・・。ま、今度、天神家に行った時は、恵殿の事も、存分に見ると良い。 (ええ。恵ちゃんは、可愛い孫ですから。)  孫か・・・。そう言えば、孫なのは、恵殿だけだったな。 (瞬ちゃんも、孫みたいな物ですけどね。)  歳は、恵殿と1歳しか違わないからな。しかも、あの二人は、兄妹として育って いるしな。 (行くのが本当に楽しみですよ。)  ああ。そうしてくれ。出来れば、話もさせたいのだがな。 (そこまでは望みません。瞬ちゃんと、恵ちゃんの姿を見れるだけで、満足ですよ。)  分かった。後は、私が無事に着く事を、願ってくれ。 (じゃぁ、無理しないでと、言っておきます。)  了解した。貴女の為にも、無事にガリウロルに着くように、尽力しよう。  私の為でもあるしな。  キャピタルを出て、シティへ。  そして、ついには、セントを出る事になったか。  俺には、余程、疫病神が憑いてると見える。  バー『聖』を追われて、ハイム=カイザード家に行き・・・。  セントに留まると、危険だから、ガリウロルに行く。  この仕事をしていると、危険は付き物だと分かっていたがな。  何だか、逃げてばかりだな。  俺の人生は、逃げてばかりだ。  追われたら撃退してきた。  その為に、何千人と斬ってきた。  守る為に、仕方の無い行動だと思っていたが・・・。  その言葉も・・・逃げ・・・だな。  結局俺は、この仕事を選んだ時から、この因果からは、逃げられないんだ。  なら、もがいてやるだけだ!  仲間達と生きていくと、決めた以上は、生き抜いてやる!  ・・・それにしても、ガリウロルか・・・。  俺の両親の生まれ故郷だ。まさか、自分が行く事になるとはな。バー『聖』を開 いた時点では、二度と行く事は無いと思っていた。・・・何が起こるか、分からん 物だ。だが、興味はある。 (ガリウロルか。我も初めて行く。確か、健蔵の生まれ故郷であったな。)  グロバスも初めてか。意外だな。 (特に行く必要が無かったからな。独特な文化が根付いていると聞く。)  俺も聞いた事くらいしかない。ご先祖の分まで、今のガリウロルを見に行かない とな。・・・ご先祖も見たかっただろうからな。 (健蔵か・・・。死んではいないと思うのだが・・・。)  俺も、そう信じている。ご先祖の強さは本物だ。例え相手が、アンタに成り代わ る程の相手でも、生き抜いていると信じている。 (ケイオス・・・だったか。まさか、ジェシーの息子がな・・・。)  1000年前じゃ、無名だったんだっけか? (無名も何も、我は、ジェシーに息子が居た事すら、初めて聞いたわ。)  そう言えば、『神魔戦争』が終わってから生まれたと言っていたな。 (我が去った後の魔界か・・・。それは混乱するであろうな。我が居た時から、覇 権争いはあった。だが、我に敵う者は居なかった故、治まっていたような物だ。)  実力で押さえ込んでたって事か。それが、アンタと言うトップが居なくなった事 で、覇権争いが激化したと・・・。 (そうなのだろうな。その激化した争いの中、勝ち残ったのが、レイモスの子供達 だったらしいが、それを打ち破ったのが、あのケイオスだと言う事だ。)  魔神レイモスの子供達か。デイビッドと、エイハだっけか。 (小僧と小娘だな。レイモスが我と共に、ソクトアに君臨した頃に出来た子供だそ うだ。1000年前では、既に魔界に渡っていて、切磋琢磨していた。確か、ジュダと 同じような歳だったと記憶している。)  んじゃ、アンタにとっては、若造な訳だ。 (我が、1000年前にソクトアに呼び出された頃は、中堅の魔貴族であったな。あの 頃は、神魔はワイス一人であったし、魔王も、クラーデス以外は、神魔まで行けそ うな器は居なかった。)  そして、アンタが敗れたと知った魔界は、混迷が渦巻いた訳だ。 (そう言う所だ。我とて敗れれば、その者に従うだけの事。実力が全てなのだ。)  その頃を知っている魔族にとっては、アンタは絶大な支持を受けている訳だな。 (ソクトアに残ったジェシーなどは、支持をしてくれていた様だな。)  魔界三将軍の一人、『黒炎』のジェシーだっけか? (ふむ。魔貴族だったジェシーだが、実力は魔王級であった。現在は、魔王と名乗 っているようだな。)  そのジェシーは、そんなに強かったのか? (女の魔族では、トップの実力だったな。エイハよりも実力は上だった。)  レイモスの娘より上だったのか。さすがだな。 (そのジェシーと、魔人(まびと)となったレイリー=ローンの息子が、あのケイ オス=ローンと言う訳だ。素質はあろうな。)  素質があって、更に想像を絶する修練を積んで、魔界の頂点に立ったって訳だな。 こりゃ、手強そうだな。アンタでも、キツいんじゃないか? (キツいどころでは無い。恐らく、私より実力は上だ。)  随分弱気だな。・・・そんなに強いのか? (感じた瘴気のスケールの大きさは、今の我より上であった。素直に認める。)  今の・・・って事は、磨く気満々だな。アンタ。 (当然だ。我とて、士との修練をする事で、実力は前より増してきている。負けっ 放しは、性に合わぬ。)  そう言う事なら、寝てる間、幾らでも付き合おう。俺も、実力はアップせねば、 ならんしな。前のような失敗は、真っ平だ。 (その意気だ。我とて、手加減せぬぞ。)  当たり前だ。されて堪るかよ。  俺とグロバスは、再び構えを取った。 (この空間は、飽くまで現実と同じ。後は、実力次第だと思え。)  起きるまでの間、アンタから一本取ってやるぜ。 (良い度胸だ。この神魔王相手に、そこまで言える度胸は買ってやろう。)  グロバスは、6枚の翼を広げる。こりゃ、本気の構えだ。  小細工無しだ!!喰らえ!!  キィン!!  俺の裂帛の気合が乗った剣を、グロバスは軽々と受け止める。 (ヌゥン!!)  グロバスの蹴りが来た。俺は、剣の背でガードするが、それでも衝撃が来る程の 蹴りだった。何て重たい蹴りを放ちやがる。 (昔取った杵柄とは言え、まだ負ける程では無いぞ?)  チィ。そうかよ・・・。頼もしい限りだな。 (そう言うお前こそ、我の攻撃をガード出来るだけマシだ。)  グロバスは、そう言うと、正拳突き、回し蹴りからサマーソルトキックに繋げて 来る。俺は、回し蹴りまでは、ガードしたが、サマーソルトキックを喰らって吹き 飛ぶ。なんて威力だ。  こうなったら、俺も仕掛けるしかねぇ!!俺は、剣と体術を駆使して襲い掛かる。 縦斬りから下段回し蹴り、そこから突き上げるように剣を振り、最後はミドルキッ クで締める。これ以上無いタイミングだったが、グロバスは、全て寸前で見切って いた。何て目だ。そして、何て反応だよ。 (さすがに鋭いではないか。)  グロバスは、感心すると、距離をとって、瘴気弾を作り出す。そして、それを、 俺に向かって次々と打ち出していった。  ぬぐあ!!弾くだけで精一杯だ!!何てプレッシャーだ!!  俺が弾くのが精一杯と見ると、グロバスは、一気に攻勢を強める。そして、俺が 弾き終わると、グロバスの姿が消えた。・・・上か!!  俺はグロバスが、上から襲い掛かって来たのを見切ると、そのまま反撃する。 (そうか。お前には、奇襲は効かないんだったな。)  『索敵』のルールがある限り、奇襲は成功しないぜ? (それは、中々良いアドバンテージだな。)  チッ。その割には余裕じゃねぇか。  俺は、手早く六芒星を描くと、そこに瘴気を込める。すると、瘴気が増幅されて いく。これぞ、霊王剣術、奥義『滅砕陣』!! (健蔵も得意だった技だな。)  ご先祖も、よく使ってた技だ。受けてもらうぞ!  俺は、『滅砕陣』をグロバスに打ち出す。 (フム・・・。ムン!!)  グロバスは、片手で『滅砕陣』を握り潰す。マジかよ・・・。 (精進が足りぬな!)  グロバスは、俺に突っ込んでくる。そして、右の回し蹴りをしてきた。俺は、そ れを受け止めようとするが、その瞬間に、左の回し蹴りを喰らってしまった。  馬鹿な・・・。全くの同時にしか見えなかったぞ・・・。  俺は、無様に吹き飛ばされる。これが、俺とグロバスの実力差だ。仕方が無い。 (フッ。これで終わりでは無かろう?掛かってくるが良い。)  グロバスは、まだまだ余裕だ。チッ!言ってくれる。  俺は、ボロボロになるまで、グロバスと修練するのだった。  グロバスとは、毎日のように修練してるが、本当に勝てないぜ・・・。  快晴であった。  出掛ける朝と言うのは、こんな天気が多いのだろうか?  と言いたいが、ここはセントだ。  セントは、全ての気象をコントロール出来る。  だから、農地以外で、雨が降る事が無い。  その光景は、他の国から見たら、異様に映るのだろうか?  だが、それがセントでの普通なのだ。  セントでの常識・・・それが通じるのは、セントだけだ。  私が、今から行くのは、そんな常識が通用しない所だ。  いや、セントの方こそ異常なのだ。  だが、私達は、セントの生活に慣れ切っている。  決して、楽だったとは言わない。  店をやりつつ、人斬りを続ける生活。  決して楽だった訳では無い。  だが、常識が違うのだ。  それが、どう影響するか、不安で仕方が無い。  だが、皆で、ガリウロルに行くと決めた。  だから、それに従おうと思う。  朝、起きると、士が辛そうな顔で起きてきた。これは、またグロバスさんと、激 しい修行をしたんだな。夢の中でも、グロバスさんと闘って、修行をしていると、 士は言っていた。そのせいか、士は、どんどん強くなる。だが、疲れている筈なの に、体だけは元気と言う、不思議な感覚があると、士は話していた。 「早いな。センリン。」  士は、辛そうにはしてたが、私に挨拶する。 「昨日も、大変だったみたいネ。」  私は、士を労う。こう言う表情をする時は、グロバスさんと一晩中、精神世界で 修練していた時だ。 「・・・表情に出てたか?」  士も、私が気付いている事が、分かったようで、ゲンナリしている。 「どこと無く、疲れているなーってネ。」  私は、士の表情を見て、いつもと違うのを見て取る。 「まぁな。グロバスの野郎と、一切の手加減無しで闘い続けてたからな。」  士は、溜め息を吐く。大変なんだなぁ・・・。 「それだけ、グロバスさんも、気合入れてるんだヨ。」  私は、グロバスさんのフォローをしてやる。何も士を苛めたい訳じゃないだろう。 「ま、気持ち分からんでも無い。グロバスも、ガリウロルは初めてらしいからな。」  へぇ。グロバスさんも、ガリウロルには、行った事が無いのか。 「ご先祖の生まれ故郷だからな。行くのは楽しみらしいぜ。」  ご先祖・・・健蔵さんの事か。生きてると良いけどなぁ。 「私も、楽しみにはしてるヨ。でも、ちょっと不安だネ。」  セントの常識が通用しない国。それが当たり前の筈だが、私達にとっては、異世 界に見えるかも知れない。 「まぁな。俺も、セントから出た事が無いからな。」  士も、ガリウロルを故郷に持つとは言え、セント生まれのセント育ちだ。不安じ ゃない訳が無い。 「お。早いな。二人共。」  ゼハーンさんが起きて来た。穏やかな笑みを浮かべている。 「士は、お疲れのようだな。グロバスは、容赦が無いようだな。」  ゼハーンさんも、士の様子に気が付く。 「なるべく、見せない様にしているんだが、分かっちまう物だな。」  士は、頭を掻く。どうにも、疲れを見せたくないらしい。 「それだけ激しかったと言う事だろう?まぁ、そのおかげで、お前は、誰よりも成 長が早いのだから、文句を言うな。」  ゼハーンさんは、核心を突く。確かに士は、グロバスさんとの修練のせいか、力 の使い方がやたらと上手い。剣術なども、どんどん鋭くなっていく。 「ああ。分かったよ。まぁグロバスには、感謝してるよ。少しはな。」  士は、素直じゃない。本当は、結構感謝している筈だ。 「ま、張り切るのは良い事だ。」  ゼハーンさんは、落ち着いている。まぁ、ゼハーンさんは、外の世界を知ってい る。だから、不安は少ないのだろう。 「グロバスも、ガリウロルは初めてだから、張り切ってるんだよ。」  士は、ゼハーンさんにも教える。 「ほう。グロバスも初めてだったか。そうか。それに、全員セント以外の国に行く のは、初めてだっけか。」  ゼハーンさんは、私達の不安を察する。良く気が付く人だ。 「お早うさんで御座る。」  ショアンさんも起きてきた。それに、後ろにジャンさんとアスカも居た。 「お早うさん。ゼハーンさんは余裕だねぇ。」 「皆、お早う!ウチも、不安じゃないと言えば、嘘になるかなぁ。」  3人共、早速話題に加わる。まぁ気になる所だよね。 「勘違いしていないか?ガリウロルは、現在は、セントの良い所だけを取り入れよ うとしてるから、そんなには変わらんぞ?」  ゼハーンさんが教えてくれる。変わらないって言われてもねぇ・・・。 「そうだな。ここで言うシティに近いな。学園があって、閑静な住宅街が多いぞ。」  シティかぁ。結構、しっかりした生活をしてるんだなぁ。 「シティかよ。結構良い生活してるんだな。」  士も、同じ感想を持ったみたいだ。 「ガリウロルは、伸びている国だからな。まぁ、正直他の国は・・・スラムに近い。 タウン程度で良いレベルだ。」  ゼハーンさんは、他の国は、タウンで良いレベル。スラムに近い国が、ほとんど だと言う。スラムに近いとなると、大変だ・・・。 「ガリウロルは、恵まれている方だと、言う事で御座るな。」  ショアンは、顎に手を掛けて、考えていた。 「セントが、手を出し難い島国で、セントの良い所をって、理想じゃねぇか。そり ゃ、発展するぜ。」  ジャンさんは、そんな国が、本当にあるのか?と言いたい位に、驚く。 「島国と言う、特殊な状況だからこそ、出来たのだろう。」  ゼハーンさんは分析している。実際に、他の陸続きの国は、全て、セントに屈服 している。私達は、その他の国の恩恵で生きているんだ・・・。 「ガリウロルかぁ・・・。ますます面白い国だね。」  アスカは、期待を膨らましているようだ。 「ガリウロルは、島国だが、3つの大きな都市がある。私達が行くのは、中央にあ るサキョウだ。例の天神家も、そこにある。」  ゼハーンさんは、地図を広げて説明する。ガリウロルの詳しい地図を見せてくれ た。なる程。ガリウロルは、「く」の字を倒したような形をしているみたいだ。  北が「テンマ」と書かれている。東は、私も聞いた事がある。確か「アズマ」だ。 で、折れ曲がっている中央の都市が、「サキョウ」か。 「サキョウって、ここかぁ。何だか、テンマって所、大きくない?」  アスカが、地図を見ながら、不思議に思った所を質問していた。 「テンマは、セントで言うビレッジに近い。ガリウロルの農業生産を支えているの は、この地域だと言う話だ。」  ゼハーンさんは、さすがに良く知っている。ビレッジに近いんだ。 「アズマは、俺も聞いた事があるな。ガリウロルの首都だっけ?」  ジャンさんも、アズマは知っているようだ。セントでも、歴史を習えば、出てく る単語だ。私は士から、その辺の勉強は教わった。 「アズマは、ガリウロルの首都で、栄えてるが、鎖国をしていた頃のイメージが強 くてな。ガリウロル人以外は、受け付けない風土らしいぞ。市民権の取得も、アズ マで取るのは、困難を極めるらしい。」  なる程。そう言えば、ガリウロルは、鎖国していたと聞いた事がある。 「サキョウとは、どう言う都市なのですか?」  ショアンさんが尋ねる。今から行く所だから、気になるよね。 「うむ。サキョウは、貿易が盛んな所でな。外国人が居ても、それなりに許容する 都市らしいぞ。ガリウロル人じゃない者だけが住む、外人街と言うのが、あるくら いだ。レイク達が、潜り込めたのも、そんな風土だからだ。」  ゼハーンさんは、息子さんの例を出す。なる程。そうなると、私達にとっても、 行き易い所だね。風土的にも、ここに行くのが、一番かな。 「天神家に行かれるのですか?」  後ろから声がした。アランさんだ。どうやら、朝食を作り終えたらしい。 「アランさん、お早う御座いまス。」  私は挨拶する。すると、アランさんは、丁寧にお辞儀をする。さすがだ。 「皆様のお話が、耳に入ってしまいました。」  アランさんは、穏やかに対応する。 「アランは、天神家を知っているのか?」  ゼハーンさんは、尋ねてみる。ゼハーンさんにも報せてない情報なのかな? 「はい。旦那様から名前を聞いた時は、まさかと思いましたが・・・。間違いない ようですな。・・・そこに、藤堂姉妹が居る筈です。」  藤堂姉妹?どこかで聞いた事があるような? 「シャドゥの話にも出てきたな。確か天神家のメイドで、家を取り仕切る姉妹だっ たか?恵殿から、絶大な信頼を受けているそうだ。」  ゼハーンさんは、思い出したかのように言う。会った事は、無いようだ。ああ。 思い出した。全ソクトアご奉仕大会の、常連さんだ。この前の大会では、姉が出ら れなくて、代わりに妹が出たんだっけ。そこで、10年連続の1位の人と引き分け たって事で、雑誌でも紹介されてたなぁ。 「その姉妹は、私の弟子です。」  へぇ。アランさんの弟子・・・。弟子!? 「そんな繋がりが、あったとは・・・。」  ゼハーンさんも驚いている。弟子って凄いな・・・。 「元々は、合気道の家の出でしたが、天神家のメイドになる為に、修行として、私 の所に来たのです。セントの国民章は、ゲスト扱いの国民章で、2週間だけの滞在 でしたけどね。どちらとも、私の所に来たのですよ。」  アランさんは、懐かしそうに言う。確かにセントは、短期滞在章を出す時がある。 その特例を、許された例だった訳か。天神家のメイド修行と言う事で、特別に金を 積んだのかもね。結構お金持ちの家らしいし。 「メイドとなる為の基礎を、お教え致しました。姉の睦月は、死に物狂いで覚えま したな。まるで、何かに追われているかのようでした。ですが、その分、目を見張 るような覚え方をしてましたぞ。」  それだけ、必死だったって事だ。凄いなぁ。その人。 「妹の葉月は、天才でしたね。綿を吸収するが如く、覚えていきました。姉に追い つきたいと、言ってましたが、才能は、葉月の方が上でしょう。」  アランさんが言うなら、間違いないようだ。しかし、そんな知り合いが居たなん てね。アランさんが認める程のメイドなんて、凄いなぁ。 「そうか。藤堂姉妹は、噂には聞いていたがな。」  ゼハーンさんは、感慨深いようだ。 「テレビでやってたけど、すげぇ美人だったぞ?」  ジャンさんは、大会を思い出しているようだ。 「ジャン?」  アスカが、睨むような目付きで見る。 「いや、見惚れてた訳じゃないって!姐さん、勘弁してくれよ。」  ジャンさんは、アスカの頭を撫でながら、弁解する。 「ううー。ま、ジャンらしいっちゃ、ジャンらしいか・・・。」  アスカは、分かっているようだった。色目を使わないと、ジャンさんじゃないか。 「しかし、そんなすげぇ家に、本当に行けるのか?」  士が尋ねる。そうだね。聞けば聞く程、凄い家だけど、紹介も無しに、行ける物 なのだろうか?入るだけでも、一苦労じゃないのか? 「いきなり、息子殿の名前を出しても、怪しまれたりしないか?」  ショアンさんも、心配になっているようだ。 「私は一応、恵殿と面識があるが、確かに難しいかも知れぬな。」  ゼハーンさんも、そこまで考えていなかったようで、考え込んでいた。 「ご心配には及びませんぞ。私が、一筆書きましょう。それと、旦那様の一筆が加 われば、信用される事でしょう。」  なる程。アランさんも書けば、それだけ信用度が上がるって訳だ。 「うむ。ならば頼む。」  ゼハーンさんは、素直に頼む。確実に逗留する為だ。 「分かりました。直ちにお書きします。・・・それと、ショアン様。」  アランさんは、ショアンさんに声を掛ける。 「私で御座るか?何か用ですかな?」  ショアンさんは、キョトンとしている。アランさんが、ショアンさんに、用があ るなんて珍しい。この前の傷の回復の事かな? 「藤堂姉妹と、天神 恵様は、貴方を見て、驚きの顔をする筈です。最初に言って おきます。いきなりだと、戸惑われると思いますので。」  アランさんは、忠告する。それにしても、ショアンさんと藤堂姉妹が? 「ショアンさん、あの美人姉妹と、知り合いなん?」  ジャンさんは、興味津々で尋ねる。私だってビックリだ。 「い、いや、全く知らないですぞ?」  ショアンさん自身もビックリしていた。どう言う事だろう? 「・・・天神 厳導に、似てるのか?」  ゼハーンさんは、何かに気が付いた様だ。 「はい。瓜二つです。睦月から、写真を拝見した事が、御座いますので。」  アランさんは、さすがに、細かい事を覚えている。 「そ、そうなのですか?」  ショアンさんは、身に覚えが無いのだろう。困惑するばかりだった。 「私の聞いた話ですと、天神 恵様は、厳導様に、実験体のような扱いを受けてい たようです。睦月は、厳導様に憧れを抱いていたようですが、恵様の心労を、少し でも減らす為に、メイドとして完璧でありたいと、話しておりました。」  アランさんは、天神 恵さんと、その父親の厳導、そして、藤堂 睦月さんの関 係を話してくれた。なる程。複雑な事情があるんだね。それにしても、娘を実験体 のように扱うなんて、酷い人だ。 「そらー、キレる。その厳導って奴は、どうしようも無いな。」  士も怒りを覚えている。士も、そう言う理不尽な事は、大嫌いなのだ。 「完璧な当主にしたいと言う、表れだったようです。愛の向け方が、下手だったの でしょうな。」  アランさんは、目を瞑る。それにしても、その厳導って人と、ショアンさんが、 似てるとはねぇ。性格は、似ても似つかなそうだけど・・・。 「そうで御座ったか・・・。しかし、それは、どう対処すれば良いのだろうか?」  ショアンさんは困っていた。まぁ、いきなり似てるって言われても困るよね。 「まぁ、ショアンらしく振舞うしか無かろう?代わりになれる訳でも無いしな。」  ゼハーンさんは正論を言う。だが、ショアンさんは気にするんだろうなぁ。 「代わりになる気など、御座らぬが・・・。私が居る事で、相手方が、不快な思い を、されたりせぬのかが、気になりましてな。」  ショアンさんは、優しいなぁ。自分より、相手の事を考えている。 「そう言ってもな。一度は天神家に挨拶せねば、ならぬだろう?その時に、気にな るのならば、聞いてみるしか、あるまいよ。」  そうだ。ゼハーンさんの言う通り、私達は、天神家に行かなくては、ならない。 特に、ショアンさんと、ゼハーンさんと私は、用事があるのだ。ショアンさんは、 実の兄との対面を。ゼハーンさんは、息子さんとの再会を。そして、私は、お姉ち ゃんと、会わなきゃならない。士もお姉ちゃんに、会いたいと言っていた。 「嫌な顔をされなければ、良いのですが・・・。」  ショアンさんは、結構気にするタイプだ。根が優しいんだよねぇ。 「気にしない事だな。お前が気にすると、向こうも気にしだすぞ。」  士は、アドバイスをしてやる。確かに、気にし過ぎると、態度にも出てしまう物 だ。そうすると、相手にも気を使わせてしまうかも知れない。 「その前に、まずは、どうやって、ガリウロルに行くかを考えろ。」  士は、気が早いと言わんばかりだ。確かにね。 「サキョウ行きのチケットなら、手配致しましたぞ。」  アランさんが、既に6人分のチケットを手に入れていたようで、見せてくれる。 「用意が良いネ。さすがだヨ。」  私は、アランさんの行動力に、驚いてしまう。 「私が言わなくても、用意してあるとはな。」  ゼハーンさんが指示した訳では無いらしい。 「私は、旦那様のサポートをするのが、仕事ですからね。」  アランさんは、やって当然と言う風な仕草をする。凄いんだけどなぁ・・・。 「有難く使わせて貰おう。・・・それと・・・。」  ゼハーンさんは、アランさんをチラリと見る。そうだ。ここで、ガリウロルに行 くと言う事は、またアランさんが、この屋敷に一人だけ残ると言う事だ。 「私の事だったら、気にせず、行って下さい。旦那様。」  アランさんは、迷わず言った。 「旦那様は、前に進まなければなりません。私は、この家を守るのが務め。旦那様 は、坊ちゃんと合流して下さい。」  アランさんは、ゼハーンさんと、息子さんとの再会を、心から望んでいる。 「・・・分かった。伝える事はあるか?」  ゼハーンさんは、アランさんの気持ちを無駄にするつもりは無い。 「この家は、坊ちゃんと、旦那様の家である事を、お伝えしてくれれば幸いです。」  アランさんは、それ以上の事は言わない。このセントに、息子さんが帰れる家が あると言う事を、伝えて欲しいのだろう。 「分かった。それまで、ここの守りを、頼むぞ。」  ゼハーンさんは、アランさんが一番欲しかった言葉を言う。 「ハッ!旦那様も、お気を付けて!」  アランさんは、発破を掛ける。良いコンビだ。  この朝に出された食事は、格別な美味しさだった。  それは、アランさんの心の全てが表れているようだった。  呆気無い物だ。  俺は、もっと苦戦する物だと思っていた。  セントを脱出して、ガリウロルに行くのは、過酷な旅になると思っていた。  しかしセントは、去る者は追わずと言うスタンスなのだろう。  出る時は、あっさりとした物だった。  簡単な手続きをして、書類にサインしたら、すぐに出られた。  それだけ、セントが特別なのであって、他の国は、重要視してないのだろう。  あれから、荷物を詰めて、すぐに出掛ける事になった。ゼハーン辺りが、誰かに 電話をしてた様な気がするが、放って置く。  シティは、セントの中でも北の地域で、今から向かうのは、ガリウロルだ。ガリ ウロルは、南半球の島なので、ワイス遺跡を通って、ストリウスを経由して、船で ガリウロルに渡る計画だ。  それにしてもアランは、さすがとしか言いようが無い。俺達がキャンピングカー を使っている事を察したのだろう。ガリウロル行きの船は、車が搭載可能の船だっ た。おかげ様で、スムーズにガリウロルに行く事が出来るだろう。  セントは、でかいな。セントの北であるシティから、ビレッジを通って、南にあ るスラムへ突っ切るだけで、2日程、掛かってしまった。  検問がウザかったのもあるが、単純にセントの大きさが、でかいからだろう。  しかし、検問自体は、とても早く終わった。セントに入る者への検問は、とても 厳しいらしいが、出る者への検問は、荷物検査しかないのだと言う。ゼハーンも、 入る時の方が、大変だったと言っていた。  そうして、ワイス遺跡の近くに居る。ワイス遺跡は、ストリウスの観光名所とし て、賑わっているが、中に入れるのは、表面部分だけだ。奥深くは、余りにも危険 なので、進入禁止となっている。 (あの遺跡は、観光名所となっておるのか・・・。)  ま、グロバスとしては、不本意だろうな。あの遺跡には、結構な間、居たんだろ? (我が、次元城を造るまでは、ワイス遺跡に逗留していたな。)  今じゃ、観光名所だ。時代を感じるって所か? (そうだな。どうやら、奥へは、進入してないみたいだがな。)  結構危険なんだろ? (当たり前だ。侵入者を撃退する為の、罠を張っている所もある。)  成る程な。まぁ、そこまでは、行ってない訳だな。 「長閑な所になった物だな。」  ゼハーンが、溜め息を吐く。まぁ、奴も歴史を知っている。それも、祖先が関わ ってる話だ。それが、こんな形に変わっているのは、思う所があるのだろう。 「まぁ、歴史の建造物なんて、そんな物なんだろ。」  俺だって複雑な気分だが、仕方の無い事だろう。 「ああ。そうだ。この辺に止めてくれ。」  ゼハーンは、ワイス遺跡を過ぎた辺りの、ストリウスの国境付近を指差す。確か、 魔東湖(まとうこ)と言う、でかい湖がある筈だ。  魔東湖に着いて、車から降りた。ゼハーンが、どうしても外せない用事が、ある と言うので、付いて行く。 「遊歩道で御座るか?いやはや、景色が良い所ですな。」  ショアンは、物見遊山の気分だ。 「ウチ、こう言う遊歩道は、見た事が無いかも。」  アスカも、少々はしゃいでいる。 「しかし何だか、寂しそうな所だなぁ。ここって余り人が寄り付かないんじゃね?」  ジャンは、周りを気にしているようだ。さすが、勘が良いな。俺も、わざとこう 言う所に来ているんだろうと睨んでいる。 「誰かと会うんでしョ?」  さすがセンリンだ。気付いているみたいだ。 「バレましたか。まぁ、ちょっと普通では無い、知り合いでしてな。」  ゼハーンは、隠そうとしない。まぁ俺達には、隠せないだろうけどな。  すると、遊歩道の向こう側から、二人程だろうか?誰かがやって来た。 (・・・魔族だな。)  魔族?そうか。只者じゃない雰囲気はしたが、魔族か。 「久し振りだな。」  ゼハーンは、その二人と握手をする。 「4ヶ月振りか?セントはどうだった?」  結構親しい仲みたいだ。 「中々面白い体験をしたようだね。」  もう一人は、女のようだな。それも、かなりの腕前だ。 (この二人か。・・・確か、ゼハーンの知り合いだったな。) 「ゼハーンさん。この二人、誰です?」  ジャンが尋ねてくる。まぁ、当然の疑問だな。 「ああ。私の友人、シャドゥと、ジェシー殿だ。」  やっぱりな。ゼハーンの友人で、魔族と言ったら、シャドゥと、ジェシーだと思 ったぜ。確か、グロバスの部下だったな? 「え?ええ!?」  アスカは、ビックリしていた。まぁ無理は無いな。 「ああ。この人等が、ゼハーンが話してた、お仲間さんかい?」  ジェシーは、フードを外して、俺達を見回す。中々の美人だな。 「ああ。黒小路 士だ。宜しくな。」  俺が、挨拶すると、ジェシーとシャドゥは、会釈して、握手を交わす。 「へぇ。アンタが・・・。」  ジェシーは、俺を見て興味深そうだった。 「士が、どうかしたノ?」  センリンは、少し気にしているようだ。 「私が教えたのだ。グロバスの事をな。」  ああ。ゼハーンの奴、話したのか。それで、俺がマークされてたんだな。 「本当に、グロバス様が?私には、俄かには信じられません。」  そりゃあ、そうだろうな。俺だって、そう簡単に信じられんよ。 (お前は、本当に失礼だな。我と一緒に居ながら、その言い草か?)  はいはい。悪かったよ。まぁでも、そんなに簡単には、信じないと思うぞ。 「私も、理解するのに、時間が掛かりましたからな。」  ショアンは、腕組みをする。まぁ、それが普通の反応だ。 「まぁ、見せてもらうしかないねぇ。私は、この目で見た事を、信じるタイプでね。」  ジェシーは、最もな事を言う。俺と同じだな。 「とは言え、大っぴらにする訳にも行かないね。」  ジェシーは、そう言うと手を広げて、空間のような物を作り出す。何だ?これは? (ほう。『結界』だな。ジェシーも、腕を上げたではないか。)  『結界』だと?何かの異次元空間か? 「これは、『結界』だな?」  ゼハーンは、知っているようだ。 「ご名答。この中なら、外に力が漏れる事は無いって寸法さね。」  ジェシーは、そう言うと、さっさと、空間の中に入ってしまう。 「大丈夫なのかしラ?」  センリンも、腰が引けている。 (見た所、かなりレベルの高い『結界』だ。入って問題無いと思うぞ。)  ま、アンタが、そう言うなら、信じる事にしようか。 「グロバスの、お墨付きだ。入ろうぜ。」  俺は、率先して、入る事にする。こうすれば、皆も入る事だろう。センリンは、 俺と一緒に、『結界』の中に入った。ゼハーンは、当たり前のように入る。 「士殿とグロバス殿が、そう申されるのなら・・・。」  ショアンも、俺に続く。ジャンやアスカも、それに続いた。  中は、地平線が続く空間だった。他に遮る物は無い。これは、ここに取り残され たら、大変だな。そうならん様にしなきゃな。 「いやー。何もねーなぁ。」  ジャンは、驚いている。 「でも、こんな空間を、作り出す事の方が凄いって。」  アスカも、驚きを隠せないようだ。 「あれ?『結界』は、初めてかい?」  ジェシーは、『結界』を、当たり前のように使っているのか・・・。 「多分、入った事があるのは、私だけだと思いますぞ。」  ゼハーンは、入った事があるのか。 「さすがに、人間が、ちょくちょく『結界』に入った事は無いと思いますぞ。」  シャドゥが、突っ込みを入れる。良い主従だな。 「さて、それじゃ、見せてくれるかい?」  ジェシーは、ワクワクしているようだ。何だか、期待されてるなぁ。やっぱり、 アンタは、この魔族達にとっては、特別なんだな。 (ジェシーが、小娘だった頃から知っているからな。)  この魔族が小娘ねぇ・・・。そりゃ、随分と昔なんだな。 (ま、私は構わぬ。と言うか、寧ろ話して置きたい。あの話もあるしな。)  ああ。そうだな。この魔族達には、話さなきゃならん事があったな。 「グロバスの許可も取った。変わるそうだ。俺も構わん。」  俺は、グロバスに変わる事を伝える。んじゃ、変わるぞ。  ・・・  む・・・。中々スムーズだな。最近、慣れてきてるな。喜ばしい事だ。 (最近、変わる事が多かったしな。おっと。驚かれているな。)  当然だ。我は、アイツ等にとって、色々特別なのだ。 (自分で言うなっての。) 「いやー・・・。話には聞いてたけど・・・。こりゃ驚いた・・・。」  ジェシーも、半信半疑のようだな。 「そのお姿・・・。正しくグロバス様の生き写し!」  そう言えば、姿も少し変わるんだったな。この角に翼は、我の証か。 「驚かせてしまったな。・・・久しいな。ジェシー。」  我は、ジェシーに声を掛ける。すると、ジェシーは更に驚く。 「グロバス様の声だ・・・。本当だったんですねぇ。」  ジェシーは、確信を持ったようだ。まぁ、すぐには信じられぬか。 「グロバス様。幼少の頃、一目だけお会いしました。シャドゥです!」  シャドゥは、畏まっていた。 「シャドゥか。覚えているぞ。ジェシーに付いていた小僧だったな。」  あの時は忙しかったが、随分と小さい子供が、召喚されたのだなと、気に掛けて いた。あの時の小僧が、ここまで、大きくなるとはな。 「有難き幸せ!グロバス様と、こうやって、再会出来るなど、夢のようです。」  ここまで、懐かれると、悪い気分では無いな。 「そう言えば、結婚したと聞いた。3ヵ月半くらい前に、祈りが届いたぞ。」  結構、強い祈りだったからな。覚えに新しい。 (妙な感じだって、言ってたよな。) 「おおお。届いていましたか!私は、幸せ者に御座います!」  シャドゥは、思わず涙を流す。いや、本当の事を言っただけなのだが・・・。 「ハハッ。良かったじゃないか。・・・それにしても・・・。驚きましたよ。」  ジェシーも、喜んでいるなら何よりだ。 「士とは、相性が良くてな。まぁ、少々強引だったが、住まわせてもらっている。」 (・・・少々強引?)  文句でもあるのか?・・・あの時は、悪かったと思っているのだぞ。 「しかし、何の為に?やっぱり・・・『覇道』を?」  ジェシーは、『覇道』に付いて来てくれた仲間だからな。気になる所だろう。 「最初は、そのつもりだった。・・・だが、今は違う。」  そうだ。これは伝えねばならぬ。 「我は、今でも『覇道』を提唱した事を、後悔はしていない。だが、今の世を見て、 人間も捨てた物では無いと思った。その人間達を、蔑ろにして、『覇道』を提唱す る事は無い。・・・そう考えを変わらせてくれたのは、ここに居る者達だ。この者 達は、士の仲間であるが、我も、その仲間の一人だと思っている。」  そうだ。我をここまで、思わせたのは、士と、ここに居る仲間達だ。 「・・・いやぁ・・・。ビックリしましたよ。グロバス様から、そんな言葉が聞け るなんてね・・・。」  ジェシーは、俄かには信じ難いみたいだ。 「何とでも言うが良い。我は、人間の絆を見せてもらった。それを否定するつもり は無い。我も、お前と同じだ。この目で見た物は信じる。」  我は、この目で絆の強さを見た。だから、お前達を信じるのだ。 「羨ましいですよ。そこまで言わせる、この人間達がね。」  ジェシーは、我と、仲間達を見る。 「フン。我らしくなかったか?だが、お前とて、そうであろう?ゼハーンから聞い ているぞ?あのジークの子孫と、邂逅したのであろう?」  我は、ゼハーンから聞いていた情報を言う。 「ああ。レイクの事ですかい?ありゃー、期待大ですよ。人間にしちゃ、骨がある。 何より、向上心が強いのが気に入ったね。」  ジェシーも、随分と気に入ったようだな。やはり、1回会ってみたいな。 「我は、駆け抜けた・・・。それは間違っていたとは思わぬ。だが人間達は、『共 存』の精神を500年も続けた。それは、評価に値する事だ。まだ人間全体を、信 じるには至らぬ。だが、ここに居る人間達は信じる。それだけだ。」  我は、評価が出来ないような者に成り下がったりはせぬ。 「何だか我々は、信頼されているようですな。」  ショアンは、照れていた。この男は、自分を過小評価する所があるな。 「オレは、光栄ですけどね。グロバスさん、有名だし。」  ジャンは、軽い口調だが、心が篭っているな。 「ウチ、驚く事ばかりだけど、何だか嬉しいな。」  アスカは、素直だな。このような者も貴重だな。 「フッ。買い被ってくれるな。私は、シャドゥや、ジェシー殿との事があるから、 信じただけだ。」  ゼハーンは、素直じゃないな。この者は、かなり頑固だ。 「私は、士を信じタ。だから、貴方も信じル。そして、貴方を見てきて、士が信じ られる魔族だって、言うのを、感じる事が出来タ。だから、信頼するヨ。」  センリンは、士一筋だな。だから、我も信じる・・・か。 (当然だ。センリンは、何があっても俺を信じてくれている。俺は、その信頼に、 応えるだけだ。それが、俺に出来る事だ。) 「私の心配は、杞憂だったようだね。」  ジェシーは、心配していたようだ。『覇道』の事か? 「我は、『覇道』を提唱しようとは思わぬ。だが、今のセントは、放って置けぬ。 力を一点に集中させて、支配を強要させている。このような世の中を許す為に、我 は戦い敗れたのでは無い!」  そうだ。我が許せぬのは、現在のような支配体制が続くセントだ。 「困った奴等さね。聞いた話に寄ると、クラーデスまで、復活したようですし。」  ジェシーは、驚いた事を言う。クラーデスだと?奴が復活しただと? 「クラーデスまで、居ると言うのか?その情報は、初耳だ。」  我は、耳を疑う。奴まで復活しているとは・・・。 「ええ。ミカルドからの情報さね。間違いないと思いますよ。」  なる程・・・。ミカルドか。奴はクラーデスの息子。何か感じ取っているのか。 「グロバス様。・・・クラーデスまで・・・。と言うのは?」  シャドゥは、見逃さずに聞いていた。 「ウム。まず、憎きミシェーダが、復活した。」  我は、奴に、借りを返さねば、ならぬ。 「ミシェーダか・・・。レイク達の話にも出てきたけど・・・厄介さね。」  ジェシーは、頭を抱える。奴は、我等にとっては、忘れられぬ敵だ。 「後、健蔵が復活していた。正直、驚いたぞ。」  我は、健蔵との邂逅を忘れられぬな。 「け、健蔵様も!それは、さぞや驚かれたでしょう。」  シャドゥは、健蔵の事も、尊敬しているのだろうな。 「うむ。そうだ。セントでの生活も話さねばならぬな。」  我は、ここ3ヵ月半で起きた出来事を、説明する事にした。  まず、士との出会い、そして、ゼハーンの依頼を受けた事、そして、ここに居る 仲間達との出会い、更には、バー『聖』での出来事。人斬り組織の構図、そして、 『ルール』がメトロタワーから放たれた事。そのメトロタワーに潜入し、驚愕の事 実を知った事。そして、『ダークネス』のスラム第2支部での出来事をだ。 「・・・ケイオス・・・。本当なんですかい?」  ジェシーは、ショックを受けていたようだ。ケイオスは、ジェシーの息子だ。何 やら、理想を述べて、出て行ったらしい。それから、音沙汰無かったので、魔界で 争いを続けて居る物だと思っていたらしい。 「本物かどうかは知らぬ。だが、我よりも強烈な瘴気、さらに神気まで身に付けて いた。奴は、『神魔』を名乗るに相応しい力を持ち合わせている。」  ま、本気で奴と手合わせするのなら、どうなるか分からぬがな。 「生きていたなんて・・・。嬉しいけど、グロバス様を蔑ろにするなんて・・・。」  ジェシーは、息子と我の間で、揺れ動いているようだ。 「ケイオス様が・・・そのような行動を・・・。複雑です。」  シャドゥも、ケイオスの事は、気に掛けていたみたいだな。 「我の事は気にせんで良い。ケイオスは、魔界を統べるに相応しい力を持っている。 そなた達が、ケイオスに付いても、我は責めはせぬ。」  我は、ジェシーとシャドゥを拘束するつもりは無い。 「・・・私は、母親として、息子を愛している。・・・だからこそ、今のセントに 付くんなら、教育してやらなきゃならないね。そんな息子に育てたつもりは無い!」  ジェシー・・・。そうか。ジェシーも、今のソクトアが気に入っているようだな。 「私は、ジェシー様に従います。ケイオス様を止めろと申されるのならば、この身 を張ってでも、止めてみせま・・・。」  ゴン!!  シャドゥが、そこまで言い掛けた所で、ジェシーに思いっきり殴られていた。 「馬鹿!!ケイオスは、グロバス様に近い実力を持っているんだよ?そんな奴に特 攻するなんて、許さないよ。アンタには・・・可愛い妻が居るんだろ?」  ジェシーは、シャドゥを諭すように言う。そうか・・・。シャドゥは新婚だった な。ジェシーは、それを思いやっての事か。 「ジェシー様・・・。分かりました。命を無駄にするような事は、控えます。」  シャドゥは、感動して、恭しく礼をしていた。良い主従だな。 「それに、健蔵さんに手を掛けたとあっちゃ、私も黙っちゃいないさ。」  ジェシーは、健蔵にも仕えた事がある。色々、思う所があるのだろう。 「健蔵様・・・。どうぞ。ご無事で!」  シャドゥは、願わずには、いられないのだろう。 「しっかし・・・。クワドゥラートの連中がねぇ・・・。確かにある日を境にパッ タリ居なくなったけど、迫害されたのかと思ったら・・・。そんな事に使われてる とはね・・・。酷い話だよ・・・。」  ジェシーは、人体実験のようなソーラードームの話に、怒りを示す。当然だな。 彼の所業は、非道その物だ。 (中々、話せる奴等じゃないか。)  ジェシーは、『人道』と道を、共にしたからだろうな。 「さて我は、そろそろ士に体を戻す。」  あまり負担を掛ける訳にも、いかんしな。 「会えて、嬉しかったですよ。当面の敵も分かったしね。」  ジェシーは、ゼロマインドと、ミシェーダ、ケイオスの事を言っているのだろう。 ケイオスの事は、敵と言うより、諭す感じの様だが・・・。 「私も、この出会いを、大事に致します。」  シャドゥも、色々な疑問があったようだが、スッキリしたようだ。 「我も、忘れぬよ。お前達のような主従が居る事をな。」  我は、そう言うと、意識を沈ませる。  ・・・  戻ったか。確かに、スムーズに変われるようになったな。それに、心無しか、疲 労も軽減されているようだ。 「ふう。ようやく戻れたか。」  俺は、背筋を伸ばす。慣れてはきたけど、疲れてない訳じゃない。 「ありがとよ。グロバス様と、久し振りに話せて、懐かしくなったよ。」  ジェシーは、握手を求めてきた。俺は、しっかりと握手をする。 「士殿。グロバス様と共に、ご自身の道を、邁進される事を、願っております。」  シャドゥは、そう言うと、頭を下げる。 「ま、大した約束は出来ん。でも出来る限りは、するさ。」  そうだ。俺は、自分に出来る事をする。その出来る事ってのを、どんどん増やし て行くのが、目標だ。 「それで良い。後は、ガリウロルに行って、何かを掴んでくるんだね。」  ジェシーは、そう言うと、『結界』を解いた。周りの空気が、魔東湖周辺に戻る。 「私も、応援しております。レイク殿達との邂逅を、楽しまれて下さい。」  シャドゥは、屈託の無い笑顔を浮かべる。魔族だってのに、本当に良い奴等だ。 「士、頑張ろうネ!」  センリンの一言で癒される。  俺は、魔族は、恐ろしい奴等の集まりだと思っていた。  だが、現実には違った。人間の方が、よっぽど意地汚い野郎が多い。  俺は、この魔族との出会いを、大切にしていこうと思う。  それが、奴等の過去の清算にもなるんだろうな・・・と、思わずには、いられな かった。  出会いを大事にする。  それは、人間として、当たり前の事だと思う。  だが、最近になって、その言葉の重みが分かる。  出会いとは、どう言う物なのか?  私達は、その本当の重みを知らない気がした。  だから、今まで出会った、人達に感謝を。  そして、これから出会う人達に、歓迎を。  それが出来て、初めて人と人との出会いになると、思っている。  私には、仲間が出来た。  大切な人も居る。  この関係を、守っていこう。  その為に、ガリウロルに行くのだ・・・。  未来を、掴み取るために・・・。  私達は、ついに、ストリウスからガリウロルへ出航する港に着いた。車を搭載す る客は、少ない訳じゃないので、特に怪しまれなかった。意外と、すんなり行く物 だ。士も、少し拍子抜けしたと言っていた。それは、セントに潜入するのは難しい が、出て行くのは簡単だと言う事だろう。  キャンピングカーを船に積んで、私達も船に乗る。呆気無い物だ。こんな物で、 ガリウロルに渡れてしまうのか。この時期は、ガリウロル特有の台風も無い、穏や かな季節なので、目立ったトラブルは無いだろう。  もう少しで、お姉ちゃんに会える。会って、謝らなきゃならない。お姉ちゃんは、 私の代わりに『絶望の島』に入れられたような物だ。  船は、ゆっくりと出港する。皆、これからの生活を思ってか、緊張と期待の目を している。私は、緊張の方が少し多いかな?  士が、私を思い遣って、近寄ってくる。士は優しいからねぇ。 「船酔いとかしていないか?」  士は、酔い止めの薬などを携帯している。そう言う気の使い方は、士は上手いよ ね。一番苦労してるから、一番優しい。 「大丈夫だヨ。士こそ、無理してなイ?」  私は、士の事を思い遣る。一緒に居る時は、なるべく思い遣りたい。 「大丈夫だ。それに『索敵』を使ってみたが、敵意のある奴は居ない。」  士は、密かに『索敵』のルールで探りを入れたみたいだ。さすがだなぁ。  潮風が気持ち良くなって来た。この船は、アズマを経由して、サキョウに着く船 だ。アズマで降りる客も居るようだが、ガリウロル人以外の人は、ほとんどサキョ ウに降りるらしい。噂には聞いていたが、アズマは、ガリウロル人以外の人は、珍 しがられるので、あまり近寄らないそうだ。  ふと、横を見る。色々な人が、思い思いに乗っているんだろうなぁ・・・。と、 そんな事を思っていたら、客人だろうか?栗色の髪をしたスーツ姿の男性と、赤い 髪の、長いコートを羽織った女性が居た。どっちも凛々しい人だ。  すると士が、いきなり警戒しだす。どうしたんだろう?その二人は、こちらに近 付いてきた。士の知り合いだろうか? 「おや?おお。貴方達は!」  後ろから、ゼハーンさんが、声を掛けようとしていた。すると、目の前の二人を 見て、懐かしむような目で見る。 「お。ゼハーンか。久し振りだな。」  栗色の髪の人が、ゼハーンさんに気さくに声を掛ける。やはり知り合いかな? 「腕を上げたようだな。感じる闘気が、前とは段違いだぞ?」  赤色の髪の女性が、嬉しそうに話し掛けていた。 「あノー?ゼハーンさんの知り合イ?」  私は、ゼハーンさんに聞いてみる。 「ああ。ここじゃ、目立つな。船室で話そうぜ。」  栗色の髪の人が、船室へと促す。また、特殊な知り合いなのだろうか?ゼハーン さんって、意外と、こう言う知り合い多いよね。  栗色の髪の人が先導して、随分とでかい船室に入った。ここって、ロイヤルスイ ートじゃ無かった?凄い大きいんだけど。来る途中に、アスカとジャンさんと、シ ョアンさんとも合流した。 「うっひょー。でけー。俺達の船室とは、まるで別じゃねぇか。」  ジャンさんは、はしゃいでいた。こんな船室見れば、はしゃぎたくもなるよね。 「ワインも、上等なのばっかり・・・。凄いなー。」  アスカは、ワインに注目する。確かに高い物ばかりだった。 「部屋が大きくて、助かり申す・・・。ウプ・・・。」  ショアンさんは、顔が蒼い。どうやら、船酔いしているようだ。 「なーにやってんだ。ほれ。」  士は、さっきの酔い止めの薬を、ショアンさんに渡していた。 「か、忝い・・・。」  ショアンさんは、薬を真っ先に飲む。ありゃ、辛そうだ。 「ああ。紹介しよう。こちらのお二方は、ジュダ=ロンド=ムクトー殿と、赤毘車 =ロンド殿だ。夫婦であらせられる。」  ゼハーンさんが、紹介する。・・・え?ジュダさんと赤毘車さん?どこかで聞い た事があるような・・・。って! 「まさか、竜神と、剣神と、相乗りになるとはな。ビックリだぜ。」  士は、さも当然のように言う。やっぱり、竜神と剣神の、お二人!? 「君は、驚かないんだな。それはそうか。君の中に宿る者が、お教えしたのかな?」  赤毘車神は、士を見て、判断する。 「スッカリ見抜かれてるな。」  士は、隠そうとしない。いや、隠そうとしても無駄だ。この二人には、隠せない ような雰囲気がある。誤魔化しは通用しない。 「で、こちらは、私の仲間の、黒小路 士、ファン=センリン、ショアン=ガイア、 ジャン=ホエール、アスカ=コラットだ。」  ゼハーンさんは、一人ずつ、名前を呼んで紹介した。 「ゼハーンの口から、仲間と来たか。良い時間を過ごした様だな。」  ジュダ神は、優しい目でゼハーンを見る。 「真実ですよ。掛け替えの無い仲間です。」  ゼハーンさんは隠そうとしない。確かに、ゼハーンさんは、変わったよなぁ。 「い、いやはや、こ、混乱中で御座る。魔族の次は、神様で御座るか?」  ショアンさんは、軽いパニック状態のようだ。無理も無い。 「士さんと居ると、本当に飽きないぜ・・・。いや、ホントにさ。」  ジャンさんも、軽い口調だが、驚きを隠せない。 「ウチ達、どんどん凄い人と出会うなぁ・・・。あ。いや、神様でした。」  アスカも恐縮しきりだ。 「私も、ビックリですヨ。」  私も、驚きは隠せない。神に出会うなど、経験した事が無いしなぁ。 「あー。わりぃわりぃ。いきなりで、何なんだけどさ。その『神様』っての止めて くんない?どうにもムズ痒くてさ。」  ジュダ神は、どうにも、慣れないようだ。 「時代背景からして、仕方が無いとは思うが、私も、出来れば『神様』扱いは、し て欲しくない。頼めないだろうか?」  赤毘車神も、恥ずかしそうにしていた。 「このお二方は、皆の目線で話したいと言ってるのだ。」  ゼハーンさんは、慣れているらしく、説明をしてくれた。 「・・・じゃぁ、ジュダさんと、赤毘車さんで、良いのかナ?」  私は、とりあえず、呼び捨てまでは出来ないので、『さん』付けする。 「んー。ま、それで良いぜ。助かる。」  ジュダさんは、気さくに笑う。何だか、話し易い神だ。 「その、ジュダと赤毘車は、俺達に何の用だ?」  士は、物怖じしないで呼び捨てにする。さすがだな。 「あー。済まぬ。私が呼んだのだ。報告する事が、たくさんあるのでな。」  ゼハーンさんが呼んだのか。報告する事って言うと、やはりセントでの事かな? 「おう。色々と聞かせてくれると助かる。俺も、各地で起こった事を、話すからよ。」  ジュダさんは、セントでの出来事に、興味津々のようだ。  それから、私達が体験した出来事を、逐一報告した。内容は、ジェシーさんとシ ャドゥさんに話した内容と、ほぼ同じだ。この3ヵ月半の間は、色々な事が起こっ たからね。話す事には、困らない。 「なーかなか、濃い3ヵ月半だったようだなぁ。・・・それにしても、ミシェーダ の野郎、やっぱりセントの中枢に居やがったか。」  ジュダさんは、不快感を示す。ミシェーダは、ジュダさんにとっても、忘れられ ないのだろう。歴史を考えれば、無理も無い事だ。 「クワドゥラートの集団失踪事件は、調べていたのだが・・・。まさか、ソーラー ドームに使われていたとは・・・。あの壁は『無』の壁であったか・・・。」  赤毘車さんは、警戒していた。ソーラードームの事については、分からない点が 多かったのだろう。私達にとっても、忘れられない出来事だった。 「それにしても、お前の中に入ってるのが、あのグロバスとはな・・・。」  ジュダさんも、グロバスさんの事は、覚えている。いや、忘れられないだろう。 「話をするか?」 「・・・そうだな。やはり、この目で見たい。・・・『結界』!」  赤毘車さんは、船室に瞬時に『結界』を張る。物凄く違和感が無かった。自然に この部屋が変わったように見えた。ジェシーさんと違って、この部屋ごと、いきな り空間を変えるなんて、凄い芸当だ。 「何だか、最近変わる事が多い気がするぜ。・・・。」  士は、文句を言いながら、グロバスさんに意識を渡す。すると、士の頭から角が、 そして背中から翼が生える。いつ見ても、凄い現象だ。 「・・・む・・・。変われたようだな。」  口調も、グロバスさんの物に変わる。士の意識は沈んだようだ。 「確かにグロバスだな。久し振りだな。」  ジュダさんは、驚いているようだが、うろたえたりは、していない。 「その人間の、意識を奪うつもりは無いのか?」  赤毘車さんは、ズバリと聞いてくる。容赦無いなぁ。 「・・・いきなりご挨拶だな。我は、士と共存している。それに、そのような無粋 な真似をする程、落ちぶれてはいない。我を舐めるな。」  グロバスさんは、怒っていた。 「それは済まなかったな。1000年前のお主の所業を見ると、どうしても気になるの だ。気を悪くさせたのなら、謝ろう。」  赤毘車さんは、素直に謝る。いきなり探りを入れるなんて、度胸あるなぁ。 「随分な言われようだ。まぁ、我も駆け抜けたからな。貴様等とは、色々対立もし たしな。今でも『覇道』を提唱した事は、間違っていないと思っている。」  グロバスさんは、この台詞は欠かさず言う。『覇道』は間違っていなかったと。 「だが、今の人間の世を、壊そうとは思わぬ。我は、この者達と触れ合う事で、人 間の絆と言う物を知った。・・・我は1000年前は、人間とは、神に操られる卑小な 存在だと思っていた。だが、その意識を変えてくれたのは、お前達だ。」  グロバスさんは、必ずこれも言う。人間の世を壊そうとは思わないと。そして、 その考えをくれたのは、私達だと。この言葉が嬉しい。 「まさか、天下の神魔王様から、そんな台詞が聞けるとはね。時代も変わった物だ。」  ジュダさんは、グロバスさんの過去を知っているだけに、驚きを隠せないようだ。 「茶化すな。お前とて、人間に入れ込んでるではないか。」  グロバスさんは、言い返す。 「ああ。レイクや瞬は、ありゃ、凄い器を持ってる。あのままにすんのは、勿体ね ぇ。お前が、その士って奴に入れ込んでるのと、一緒さ。」  ジュダさんは、本当に楽しみにしているようだ。 「レイク・・・。成長しているようだな。」  ゼハーンさんは、感慨深げだ。自慢の息子なんだろうなぁ。 「やっぱ、一回会ってみたいね。そんな凄い奴等ならさ。」  ジャンさんは、純粋に興味を持ったみたいだ。 「ゼハーン殿の息子さんは、期待されてるようですな。」  ショアンさんは、頷いていた。 「天神家かぁ。楽しみになってきたね。」  アスカも、期待が膨らんでいるようだ。 「その家って、凄い人達が、集まってるんですネ。」  そうだ。聞くだけでも、凄い実力の人達が集まっている。 「そうだな。一種の特異点になっている。居心地は悪くないぞ。」  赤毘車さんが、教えてくれた。特異点って言うのなら、相当なんだろうなぁ。 「それにしても、ゼロマインドって奴は、厄介だな。『無』の存在で、『無』でや られた奴を、復活させられるってのは、本当に厄介だぜ。」  ジュダさんは、頭を抱える。 「ミシェーダも、『無』で倒したのか?」  グロバスさんが聞いてみる。 「俺の『光聖石神力』(オリハルコンアーウィン)は、オリハルコンの力で、『無』 の力を増幅させて放つ技だ。」  なる程。最後に放った技は、『無』の技だったのか。 「ミシェーダに健蔵、そしてクラーデス。どいつも、『無』の技で、消滅した者ば かりだと言う事か。この調子だと、チラつかせていたワイスの復活も有り得るな。」  グロバスさんは、健蔵さんが、従う原因となったワイスの復活も有り得ると分析 していた。確か伝記では、『無』の力でやられている。 「ま、復活した所で、健蔵みたいに素直に従う奴等ばかりじゃないってのは、朗報 だ。そいつ等が、全てアイツ等についたら、骨が折れる事になりそうだからな。」  ジュダさんは、全部ゼロマインドに従った所で、闘うつもりなんだろうなぁ。 「あと、ケイオスだったか。ジェシーの息子が、こちらに来ているとは、本当なの か?それに、『神魔』と名乗っていると言うのも?」  赤毘車さんは、そちらの方が気になっているようだ。 「本当だ。しかも、あの若造、我を凌ぐ程の実力を持っていた。」  グロバスさんが、そう言うのだから、相当な物なのだろう。 「噂では聞いてたんだがな。最近、魔界は安定していて、争いが止まっているって な。その原因は、新たな指導者が出たって噂をな。」  ジュダさんは、ある程度、情報を仕入れていたようだ。有名なんだなぁ。 「あの若造、そんなに有名だったのか。確かに、その実力は、あるだろうがな。」  グロバスさんは、溜め息を吐く。 「でも、本当に、そんなに強いのか?お前の実力が、鈍っただけなんじゃないか?」  ジュダさんは、からかうような口調で、グロバスさんを見る。 「言ってくれる。挑発のつもりか?」  グロバスさんは、ジュダさんを細目で睨む。 「ジュダ!悪い癖が出てるぞ!」  赤毘車さんは、嗜める様に言う。挑発するのは、悪い癖みたいだ。 「そう怒るなって。要は、実力が見てーんだよ。」  ジュダさんは、指をクイクイっと動かして、掛かってくるように仕向ける。 「・・・それを悪い癖だと言っているのだ・・・。全く。」  赤毘車さんは、頭を抱える。 「ま、無理にとは言わねぇ。その兄ちゃんに相談して、許可が取れたらで良い。」  ジュダさんは、士の意思を尊重していた。まぁ当然かな。 「それは、まず、本人の口から聞くんだな。」  グロバスさんは、そう言うと、士に意識を戻す。角と翼は、引っ込んでいく。 「そりゃー道理だ。しかし、お前等、随分とスムーズに切り替えられるんだな。」  ジュダさんは、驚いている。確かに最近、驚くほど切り替えるのが早い。 「何度かやっているからな。もう慣れた。んで?グロバスと力比べだってか?」  士は、ジュダさんを挑発的な目で見ていた。・・・まさか。 「俺も了解だ。アンタが、本当に神なのか、確かめたい。」  士は、やはり、承諾してしまうのだった。 「士!!軽率だヨ!」  私は、口を尖らせる。士も、修練とか好きだからなぁ・・・。 「まぁまぁ。・・・グロバスは、本当に実力を出し切った事が無いんだよ。」  士は、グロバスさんの言葉を代弁するかのように言う。 「アイツ、この前のメトロタワーの時も、全開で力を出したように見えて、頭に血 が昇っててな。出し切れないまま、やられたんだ。それってさ。何か苦しいだろ? 一度は出させてやりたいんだ。それに俺も見てみたいんだよ。俺とグロバスが、本 当に協力して力を出した時、どれだけの力を出せるかをな。」  士は、本当に優しい。グロバスさんは、士に勝手に入り込んだってのに、ここま で考えてやってる。 「それをぶつけられる相手が、俺だと?分かってるじゃねぇか。」  ジュダさんは、楽しそうだ。ジュダさんは、強敵を見て楽しむタイプなのか。 「分かったヨ。でも、無茶は駄目だヨ!」  私は、士の胸に飛び込む。士は、いつだってこうだ。優しくて、向こう見ずな所 がある。不安にさせる。 「ああ。もうあの時みたいな失敗もしねぇ。見ててくれ。」  士は、そう言うと、私の頭を撫でてくれた。優しいなぁ。 「見届けてやる。後悔しない様にな!」  ゼハーンさんが、発破を掛ける。 「士さんは、俺のお師匠だ。やってくれるっての!」  ジャンさんは、士の勝利を信じて疑わない。 「こんなの見れるなんて、貴重な体験なんだろうなー。」  アスカは、興味津々になっていた。まぁ、気持ちは分かる。 「士殿!我等は、応援してますぞ!」  ショアンさんも、ミサンガを見せながら応援に回る。 「何だか、俺って悪役?」  ジュダさんは、膨れっ面をする。 「お前から、仕掛けたのだから、それくらい我慢しろ。私が応援してやるさ。」  赤毘車さんは、笑うのを堪えながら、ジュダさんの応援に回るようだ。 「では、まず用意だな。この船室を、強化と・・・。」  赤毘車さんは、慣れているのか、船室を強化する。何だろう?『結界』に加えて、 強度が増したような感じになった。 「これで、暴れても大丈夫だ。思う存分やるんだな。」  赤毘車さんは、船室の強度を恐ろしく硬くしたようだ。 「ヘッ。ありがてぇ。なら、最初から本気で行くぜ!」  ジュダさんは、赤毘車さんの船室の強化に感謝しつつ、神気を出し始める。 「今回は本気だからな。これだけじゃ済まさないぜ。うおああ!!」  ジュダさんは、眼の色が変わっていく。そして、ジュダさんの体も、変わってい く。頭から竜の角が、背中から竜の翼が生えてきた。 「フオオオオオ!!!見せてやるぜぇ!!」  ジュダさんは、正にその名の通り、竜神の姿になる。 「本当に、初めから本気だな・・・。『神化』するとは・・・。なら、私もそれに 応えておくか。」  赤毘車さんは、危険だと思ったのか、船室の強度を増すために、自らも最大の力 を出せる状態に変化して行く。その姿は、甲冑に包まれた武神だった。 「私の後ろに居ろ。巻き込まれたら、やばそうだからな。」  赤毘車さんは、私達を守るように前に立つ。 「いやはや、恐れ入ったぜ。本気って、ここまでとはな。なら俺達も、本気で行こ うぜ。グロバス!!」  士は、目を瞑る。すると、士の姿のまま、今度は気配が変わる事無く、翼が生え る。それに、目の色が紅に変わる。 「・・・まさか『同化(どうか)』!?お前達、そこまで、信頼できる仲なのか?」  ジュダさんは驚いていた。『同化』って何だろうか? 「赤毘車さン。『同化』って何でス?」  私は、赤毘車さんに聞いてみた。 「『同化』。私達の『神化』に近い。恐らく、意識は士のまま、グロバスが最大限 に力を貸した状態の事だ。あの状態は、士の意思が最大限に発揮される状態だ。だ から、一番力が出せる状態の筈だ。余程信頼してなきゃ、出来ない芸当だ。」  赤毘車さんは、説明してくれた。つまり、士とグロバスさんは、意識レベルで、 同調しているのだろう。それは、羨ましい事だ。 「ま、気難しい奴だけどな。何故だかな・・・。こうやって、闘うって事になると、 嬉しくてなぁ!俺もアイツも!!」  士は、信じられない程の瘴気が噴出してくる。あれ、士なの!? 「うわぁ・・・。嬉しいぜぇ。俺とタメ張れる程の力を持ってるなんてよぉ。」  ジュダさんは、構えを取る。どうやら、素手で闘うようだ。 「そうかよ・・・。じゃ、この力、試させてもらうか!!」  士は、いつもの大剣を取り出すと、瘴気を伝わらせて、剣を振る。  それを、ジュダさんは、手甲を使って捌き始める。物凄い速さだ。士の剣術の冴 えも、増してきているし、それを捌いているジュダさんも凄い。 「速さが強化されている。グロバスの力が、もろに出ているな。」  赤毘車さんは、分析している。 「私達との修練の数倍鋭いな。いつの間に・・・。」  ゼハーンさんは、剣の鋭さが、いつもより凄いのを悟る。 「これが、士さんの本気って訳か・・・。」  ジャンさんは、魅入っている。そう言う私も、見逃せない。  ギィン!!キン!ガキィン!!  凄いなぁ・・・。まるで芸術のようだ。踊るように剣舞を続ける士と、それを綺 麗に捌くジュダさんだ。 「うらあああ!!!」  ジュダさんは、捌きながら思いっきり蹴りを放つ。これは、距離を取る為かな? 「コイツは、どうかな?」  ジュダさんは、懐からアメジストを取り出す。その瞬間、『ルール』を感じた。 「夢見る宝石アメジストよ。その烈火なる想いを、体現せよ!!」  ジュダさんは、アメジストに力を集中させる。 「なら、コイツだ!!」  士は、剣で六芒星を描き始める。これは、『滅砕陣』! 「いけ!!『赤石炎爆』(アメジストフレイム)!!」 「対抗するまでだ!!霊王剣術!奥義!『滅砕陣』!!」  ジュダさんと士は、同時に必殺技を繰り出す。すると、『結界』の中だと言うの に、物凄い揺れが起きた。 「ちぃ!無茶をする!」  赤毘車さんは、『結界』を更に強化する。  ジュダさんのアメジストから信じられないくらいの炎が噴き出る。それに対して、 士は、見た事無いくらいの、でかい六芒星の『滅砕陣』を放つ。  すると、均衡を保ちながら、二つとも掻き消える。 「・・・ハァ・・・。マジかよ・・・。『赤石炎爆』まで、無効化しちまうとは。」  ジュダさんは、自信のある必殺技だったらしく、ビックリしていた。 「それはこっちの台詞だ。アレを消すか?」  士も、今までに無い『滅砕陣』に自信を持っていたのだろう。 「このままじゃ、埒が明かないな。よし!」  士は、『索敵』のルールを張り巡らす。 「『ルール』か!面白いじゃねぇか!」  ジュダさんも、『ルール』をご存知のようだ。 「俺の『ルール』は、『付帯』だ。この宝石の数だけ、必殺技があると思え。」  ジュダさんは、自分の『ルール』の説明をしてくれた。 「ケッ。自信あるねぇ。自分から明かすだなんてな!」  士は、そう言うとワープする。正確には、ジュダさんの後ろにワープした。  キィン!!  ジュダさんは、辛うじて手甲でガードした。 「今のが、お前の『ルール』か。とんでもないな・・・。」  ジュダさんは、士が完全なるワープが出来る事に脅威を感じていた。 「・・・そうだ。俺の『ルール』だ。そして・・・これが・・・。グロバスのか!」  士は興奮していた。どうしたんだろう? 「どうしたノ?士?」  私は、士の様子が変だったので、尋ねてみた。 「グロバスの『ルール』を解放したんだ。・・・すげぇな・・・。」  士は、余りの凄さに、興奮しているのか? 「そう言えば、グロバスの『ルール』は、未だに謎だったな。」  赤毘車さんは、注目しているようだ。 「どんな『ルール』か・・・。暴き出してやる!」  ジュダさんは、トパーズを取り出す。 「大地が香るトパーズよ!その盟約を、ここに体現する!!」  ジュダさんは、トパーズに力を込める。すると、『結界』内が、揺れ始めた。 「食らうが良い!!『黄玉地裂』(トパーズウェーブ)!!」  ジュダさんの掛け声と共に、地面から衝撃波が起きて、抉り取られた破片が、士 に襲い掛かる。 「・・・ここか!!」  士は、いきなり衝撃波を、剣で突き始める。すると衝撃波は、まるで無かったよ うに霧散する。どう言う事なんだろう? 「無くなった?だと?」  ジュダさんも、何事か分からないようだ。  その隙を突いて、士が、ジュダさんを攻め立てる。  キィン!!バキィ!!ガラガラ・・・。  士の攻撃を弾いたと思ったら、急にジュダさんの手甲が壊れる。 「馬鹿な・・・!ま、まさか!」  ジュダさんは、何かに気が付く。士は、答えさせない内に、ジュダさんに、また しても襲い掛かる。ジュダさんは、しっかりガードしているが、士の攻撃の一つが、 ガードの上から弾かれる。いや、弾かれたように見えなかったが、ジュダさんは、 脇腹を押さえて悶絶していた。何故か効いている? 「・・・グロバスの能力は、それか!!」  ジュダさんは、気が付いたようだ。 「ジュダ!どうした?」  赤毘車さんは、心配なのか、声を掛ける。 「グロバスの『ルール』は・・・弱点を見抜く事だ!!そうだろ?」  ジュダさんは、脇腹を押さえている。弱点を見抜く? 「ああ。俺もビックリした。『慧眼(けいがん)』のルールだそうだ。」  士は説明する。『慧眼』のルール?弱点を見抜くって・・・。凄いなぁ。 「これを発動させると、物の弱点が見える。そこを突けば、どんな物も、綻びが出 来る。それで、全ての物を破壊する。それが、破壊神だったグロバスの『ルール』 だ。恐ろしいぜ。本当にな。」  それは凄い。物の綻びを発見して破壊するって・・・。 「参ったぜ。・・・なら、そんな弱点を突かせない闘いをしなきゃ駄目だって事だ な。見せてやる!!」  ジュダさんは、士に突っ込んでいくと、攻め一辺倒になる。守っても、『慧眼』 のルールで、見破られるのなら、攻めしかないと思ったのだろう。 「チィ!」  士は、対抗しているが、ジュダさんの激しい攻めに反撃が出来ない。 「オラァ!!」  ジュダさんは、士がガードしている上から、思いっきり蹴飛ばす。 「わが魂に眠る神の力、アーウィンよ。我の魔力と共にその力、限界まで引き出せ! エメラルドよ!!」  ジュダさんは、エメラルドを取り出して、その力を解放する。 「『緑光神力』(エメラルドアーウィン)!!」  ジュダさんは、必殺技である『緑光神力』を繰り出す。 「・・・!弱点が見当たらない!?」  士は、弱点を見極めようとするが、見当たらないようだ。 「ぬぬぬぬ!!!」  士は、何とか弾き返そうとする。しかし、押されていた。これは返せない!  ボゥン!!  爆発音と共に、士は吹き飛ばされる。 「うぐああああ!!」  士は、そのまま起き上がれない。相当な衝撃だったようだ。 「ふう・・・。俺に『緑光神力』まで出させるなんて・・・。」  ジュダさんは、肩で息をしていた。中々力を使う必殺技のようだ。 「・・・やるじゃねぇか。いやぁ、強かったぜ!」  ジュダさんは、さっぱりした顔をしていた。 「・・・何を、終わった気になっている?」  士は、鋭い眼光を放ちながら立ち上がる。 「お、お前、まだやる気か!?」  ジュダさんは、信じられないと言った顔をする。 「士!無茶しちゃ駄目だヨ!」  私は、士が無理をしていると思った。 「そうだ!これは手合わせだぞ!力尽きるまでやる必要は無いんだぞ!」  ゼハーンさんも心配していた。 「お前達・・・。何を勘違いしている。俺は、まだ出来るから立ち上がったんだぞ?」  士は、そう言うと、不安を振り払うように力を出し始める。 「な!?これ程の力を残しているだと!?」  ジュダさんは、余程、自信があったのだろう。しかし、士は立ち上がってきた。 「グロバスのおかげさ。あの爆発の瞬間、『慧眼』のルールを発動させてな。爆発 する瞬間を見切って、その瞬間に、全ての防御能力を解放したんだよ。」  士は、あの爆発の瞬間に合わせて、防御を一点に合わせたって言うの? 「まさか・・・『慧眼』のルールってのは!?」  ジュダさんは、また、何かに気が付いた様だ。 「そうだ。弱点を見抜くだけじゃない。強化するポイントを見抜く事も出来るんだ。 凄い『ルール』だぜ?ビックリしたぜ。俺も。」  弱点を見抜いて、強化も出来るなんて・・・。 「とは言え・・・。さすがに効いたけどな・・・。」  さすがに、あの爆発を完全には無効に出来なかったようだ。頭を抱えてクラッと している。しかし、ジュダさんと対峙する余力は、あるみたいだ。 「だが、俺の最後の攻撃を繰り出す事くらい、出来るぜ!」  士は、大剣に力を入れる。余力を残すつもりは無いみたいだ。 「おもしれぇ・・・。受けてやるよ!!」  ジュダさんは、四肢に力を入れる。 「俺の出来る事を、出し切ってやる!」  士は、大剣を怪しく光らせる。そして、瘴気弾を作る。 「霊王剣術、魔技!『魔弾』!!」  士は、弩級の大きさの瘴気弾を作り出す。そして、それをジュダさんは、手に神 気を集めて、防ごうとする。 「中々でかいな!!うおおおらああ!!」  ジュダさんは、手で抱えるように防ぐ。 「だが、これくらいじゃ、参ってやれんぞ!!」  ジュダさんは、何とこの場を包み込むくらい、でかい瘴気弾を掻き消す。凄い! 「どうだ!!」  ジュダさんは、肩で息をしながらも、士に向き合う。  ・・・って、士が居ない!これは、『索敵』のルール! 「うおおお!!!」  士は、その瞬間、ジュダさんの横に居た。 「・・・ぐ・・・うあああ!!」  ジュダさんは、脇腹を押さえる。どうやら、士は、超高速移動で、脇腹を叩いた ようだ。ジュダさんは、悶絶していた。弱点を見抜く『慧眼』のルールを使ったの か!本当に全てを駆使している。 「・・・ふう・・・。霊王剣術、袈裟斬り『一閃』!」  士は、技名を言いつつ、ジュダさんの首筋に剣を当てる。 「・・・うぐ・・・。・・・ちぃ!降参だ!!」  ジュダさんは、悔しそうにしていたが、降参を宣言する。 「・・・峰打ちまでされたら、降参するしかねぇよ。ちっくしょう!」  ジュダさんは、大の字になって倒れる。 「・・・まさか、殺す訳には行かないからな・・・。」  士は、最後、峰打ちをした。ジュダさんを斬らなかったのだ。 「ったく!次は負けねぇからな!!」  ジュダさんは、そう言うと、『化神』の状態を解く。 「俺だって負けん。それにアンタ、まだ余力を残していただろう?」  士も、そう言うと、『同化』を解いた。 「バレてるか。でも、久し振りに本気を出せたぜ。」  ジュダさんは、スッキリした顔になっていた。 「グロバスも感謝している。無論俺もな。」  士は、グロバスさんの気持ちを代弁してやる。 「お前が負けるなんてな。修行が足りないぞ?」  赤毘車さんは、ジュダさんに駆け寄って、声を掛けて、肩を貸してやった。気が 付くと、『結界』を解いていた。 「士!んもウ!無茶し過ぎだっテ!」  私は、士に抱きつく。士は、頭を撫でてくれた。 「いやー。俺もムキになっちまった・・・。」  士は、そう言うと、溜め息を吐く。  士って凄いよね。とうとう、神にまで勝っちゃった。  でも、それは、グロバスさんの力を限界まで借りてだ。  だけど、私達も、これから頑張って付いて行かないとね。  凄い物を見た・・・。  あれが、人ならざる者の闘いなんだろうな。  だが、士は納得行ってなかった。  何でも、この前の勝ちは、ほとんど、グロバスのおかげだと言う。  確かに、グロバスの『慧眼』のルールを使い、グロバスの力を借りていた。  だが、それを使用して圧倒したのは士の技だ。  誇っても良いと思うのだがな・・・。  かなり融通の利かない男だからな。  自分の中で、納得出来ない何かがあるのだろうな。  それにしても・・・強さとは、何だろうな・・・。  自分の中に眠る可能性?・・・いや、克己すべき条項?  分からん・・・が、磨く事は、悪くないと思う。  人が、人で生きている限り、人生とは向き合わねばならない。  その為に必要な強さなら、私は幾らでも、磨き上げるつもりだ。 (真面目に考え過ぎじゃないですか?)  清芽殿か。あれ程の強さを見ると、色々考えてしまう物なのだよ。 (確かに凄かったですねぇ。)  あの領域の強さは、手が届かないと思ってしまうとな・・・。 (届くんじゃありませんか?ゼハーンさんは、士さんとの手合わせでも、勝ってる じゃないですか。良い勝負だと思いますよ?)  あれは、技だけの勝負だからな。力比べに持ち込まれたら、私では絶対に勝てぬ。 (ま、深く考えなくて良いんじゃないですか?)  そうだな。あれは、士自体の力じゃないと言っていたしな。 (前向きに捉える人のが、素直で良いですよ。)  そう努めようか。  私は、甲板に出る。すると、ジャンとアスカが楽しそうに話していた。 「お?ゼハーンさん!ちーす。」  ジャンが、私に声を掛ける。 「ゼハーンさんも、暇になっちゃった?」  アスカも気さくに声を掛けてくる。心地良い空間だな。 「昨日の士の強さの事を考えていたのだが、深く考えても無駄だと言う結論が出た。」  私は、結論を言う。深く考えた所で、すぐに追いつく事など不可能だ。 「それで、良いんじゃね?士さんさ。すげぇけど、それが元で意識されるの、好き じゃないみたいだからさ。自然に接するのが一番じゃない?」  ジャンは、ちゃんと考えているな。士自体の事を、考えてやるとはな。 「ウチも、そうしようって思ってね。じゃないと、士さんに失礼だしね。」  アスカは素直だな。私も士も、良い仲間を持った物だ。 「結局は、成るようにしか成るまい。」  そう。私が出した結論は、身を任せるしかないと言う、単純な物だった。 「それにしても、船の上ってのは、暇なんだなー。」  ジャンは、暇そうにしていた。まぁ、もう3日は船の上だからな。ガリウロルは、 結構遠いからなぁ。 「ショアンさんみたいに、気持ち悪くならないだけマシだと思わなきゃ。」  アスカは、悪戯っぽく笑う。ショアンは、酔い止めを飲んでも、まだ魘されてい る。あそこまで弱いと、気の毒になってくる。 「ま、体質だからな。可哀想だが仕方があるまい。」  ショアンに、あんな弱点が、あるとはな。 「海風が気持ち良いと思えるだけ、俺達のが得してるって事ですね。」  ジャンは、純粋に楽しんでいた。こう言う所が、この男の美徳でもあるな。 「お。あれは?」  ジャンは、何かを見つけたようだ。 「とうとう着くんじゃない?」  アスカも見つけたようだ。確かに陸が見える。 「多分、アズマだな。やっとか。とは言え、ここを経由してサキョウまで行くから、 もうちょっと掛かるがな。」  間違い無いな。やっとガリウロルに着くか・・・。 「お。やっと着くみたいだな。」  士が、センリンと一緒に、ショアンに肩を貸しながら、出て来た。 「ウプ・・・。やっと解放されるので御座るか?」  ショアンは、未だに苦しそうだ。 「あそこは、アズマだから、もうちょっと我慢だヨ。」  センリンが、励ましてやっていた。ショアンは、肩を落とす。 「フッ。私たちの新しい生活の為だ。元気を出せ。ショアン。」  私は、ショアンの背中を撫でてやりながら、元気付ける。  セントの支配を免れているガリウロル。  そして、これからの生活の中心となるガリウロル。  私達は、ここでも、絆を作っていくのだろう。  その最初である今日を、私は忘れない。  私は、この仲間達と共に、生きていく事を誓った。  セントに着いて、2ヵ月半が経った、ソクトア暦2042年2月初旬、私は、仲間と 共に、ガリウロルへと赴くのであった・・・。