NOVEL Darkness 5-2(Second)

ソクトア黒の章5巻の2(後半)


 俺は、今でも夢を見る。
 殺してきた人の数は、5000人を超えている。
 正確には、5011人だ。
 その全てを、俺は記憶している。
 それが、俺に課せられた報いだと思っている。
 俺は、とても幸せではある。
 だが、それは、夥しい犠牲からなっているのだと、知っている。
 それでも尚、センリンは幸せにしなければならない。
 それは、義務で幸せにするのではない。
 俺が、幸せにしたいから、するのだ。
 それを、犠牲になった奴等は、許してくれるだろうか?
 許さないだろうな・・・。
 だが、それでも俺は、センリンを幸せにする。
 許せとは言わない。
 ただ、お前達の事を忘れたりはしない。
 それだけは、覚えていてくれ。
 レストラン『聖』がオープンして、1ヶ月ほど経った。最初は、我慢の連続だっ
た。トラブルも絶えなかった。慣れるまで、1週間は掛かったな。
 だが、皆が一生懸命やってくれたので、やっと軌道に乗ってきた。今では、ちょ
っとした口コミで、有名になっているらしい。有難い事だ。
 俺とセンリンが、メインになって料理を作る。簡単な軽食や、偶に実力を測る為
にジャンとアスカにも作らせたりしている。客から不満が無い所を見ると、奴等も
レベルアップしたみたいだな。
 意外に役立つのが勇樹だった。彼女は、家でも毎日食事を作っていたと言うだけ
あって、勘が良かった。貪欲に学ぶ姿勢も悪くなかったので、今や、主力メンバー
の一人に、なりつつある。この前なんかは、家で食事会をやると言うので、仕込み
の手伝いをしてやった。そしたら、丁寧にお礼を言われた。口調は男っぽいが、家
庭的で、良い奴だと思う。
 エイディとグリードは、ゼハーンとショアンの下につけている。まずは、食材の
見極めからだ。ガリウロルも、思ったより良い食材が揃っているので、見極めは重
要だ。ゼハーンとショアンが、先輩風を吹かせていたので、笑っちまった。
 牧畜業や、農業は、広い土地を持つテンマからで、漁業はサキョウが盛んだ。仕
入先一覧を睦月や葉月に見せたら、天神家の仕入先と似通っていたようで、驚かれ
た。まぁ正解に等しいって事かな。
 今日も、レストラン『聖』は、順調に客足を伸ばしている。
「士さん!ヒラメの煮付け定食2つと、チャーハンセットと、キムチ鍋定食を一つ
だ!デザートに、ゴマ蜂蜜プリン4つだ!」
 エイディが注文を取ってきている。アイツは、注文を覚えるのが早い。要領が良
いから間違えも無い。
「グリードさン!2番テーブルの刺身定食と、ラーメンセットと、あんかけチャー
ハン出来たヨ!今、揚げパンを作ってるから、持って行ってネ!」
 センリンが、出来た料理を運ぶように指示する。
「任せて下さい!よっと!」
 グリードは、持ち運びが正確だ。動体視力が良いせいか、滑るように運んでも、
一滴も零したりしない。なかなかやるな。
「5番テーブル、片づけが終わったで御座る。」
 ショアンは、細かい後片付けが得意だ。仕事にも慣れてきたな。
「デザートの盛り付け、終わったぜい!」
 ジャンは、器用に盛り付けを終わらせて行く。最近腕を上げたな。
「水のお替りが、切れてるな。行って来る。」
 ゼハーンは、客を良く見ている。こう言うサービスが、客の満足度を上げて行く。
「あ。あの子供、オムライスを零したか。対応してくる。」
 勇樹は、目ざとく見つけて、ヘルプに行く。結構気が付くんだよな。
「士さん!食器の用意が終わったから、ウチ、食材を持ってくるよ。」
 アスカは、雑用兼料理人だ。ジャンもそうだが、助かっている。
「よし。煮付け定食上がりだ!頼むぞ。」
 俺は、自分の分の料理を終わらせると、次の注文に移る。
 客も、落ち着いてきた頃、新しいお客さんが入った。っと、あれは。
「いらっしゃいませー。・・・ってお前達か。」
 グリードが案内に行くと、知った顔を見て、小さく呟く。さすがに他の客の前で
大声で話したりはしない。そこら辺は徹底させている。
「15番テーブルに、4名入ります!」
 グリードは、15番テーブルに案内する。その4人とは、俊男達の一家だった。
確か、母親と莉奈は、来た事があったな。父親は初めてだった筈だ。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ。」
 エイディが卒無く聞きに行く。知り合いだからと言って、変に動揺したりはしな
い。そう言う所が、この男の良い所でもある。
「お父さん、何にする?」
 莉奈が、メニューを父親に見させている。やっぱり父親か。
「メニューが、いっぱいあるな。」
 父親は、物珍しいみたいで、困っていた。
「ここの人達は、どんな料理でも手を抜かないから、どれも美味しいよ。」
 俊男は、俺達が出す試食メニューの内容を知っているからな。
「私も何回か来ましたが、非常にレベル高かったですよ?」
 母親は、微笑ましいらしく、ニコニコ笑っていた。確かに顔は覚えている。あの
兄妹の母親か。言われてみれば、莉奈に似ているな。
「ほう。そうか。じゃぁ、このお勧めメニューにするかな。」
 父親は、季節のお勧めメニューを選んだようだ。最初だし、無難な所だな。
「僕は、うなぎのひつまぶしを下さい。」
 俊男は、案外趣味が良いな。
「私は、ウニと魚介のパスタを、お願いします。」
 母親はパスタか。これは、センリンの領域だな。
「私、6色御膳にしようっと!」
 莉奈は、あの地獄メニューか。まぁ、アレは結構きつい分、仕込みは、かなり多
めにしてある。6色御膳と言うだけあって、6種類のオカズを少しずつ楽しめるメ
ニューだ。ジャンとアスカの頑張り所だな。
「15番テーブル、お勧め、ひつまぶし、ウニ魚介パスタ、6色だ。後、デザート
に杏仁豆腐4つだそうだ。」
 エイディは、注文を取ってくる。メニューまでは聞こえていたが、デザートは聞
こえて無かったが、杏仁豆腐か。そう言えば俊男と莉奈は、好きだったな。
「了解だ。ジャン!アスカ!お勧めと6色の用意だ。」
 俺は、ジャンとアスカに、良く注文の来るお勧めメニューと6色御膳の仕込みを
任せてある。なので、軽く調理して、丁寧に盛り付けるように言う。
「士。確カ・・・。」
 センリンは耳打ちしてくる。言われて俺は、母親のアンケート結果を見る。
「さすがだな。ビンゴだ。」
 俺は、センリンの記憶力に感謝する。成程な。それでアイツ等、今日来たのか。
「んじゃ、用意しなきゃな。おい!勇樹。」
 俺は、勇樹を呼び寄せる。そして、センリンに言われた指摘の内容を話す。
「了解。是非、やらせてくれ。」
 勇樹は迷わなかった。良い子だ。器用だから、仕込みもバッチリだろう。
 こうしている内に、15番テーブル分の食事の用意が整う。それを、グリードが
素早く持って行く。
「ショアン。さりげなく、これを持って行け。」
 俺は、ショアンを呼んで、例の物を渡す。さすがは勇樹だ。俺の想像通りの仕事
をしてくれた。後は、雰囲気でも出すか。
「おい。ゼハーン。例の用意だ。」
 俺は、ゼハーンにしか出来ない事を頼む。意外な特技を持っているからな。ゼハ
ーンは、勇樹の用意してくれた例の物と、15番テーブルの様子を見て、悟ってく
れた。一応の為に設置したピアノ台だ。本当は恵辺り呼べば、やってくれるだろう
が、この店のスタッフで何とかしたかった。そしたら、ゼハーンが弾けたのだ。俺
も多少は弾けるが、本格的に弾けるのは、ゼハーンとセンリンくらいだ。俺やセン
リンは、料理で忙しいので、ゼハーンに頼む事が多いのだ。
「ご来客の皆さん、今日は、レストラン『聖』にお越し戴き、有難う御座います。」
 グリードが、マイクを持つ。アイツは、ああ見えて、演説とか得意なのだ。
「今日は、ご来客の皆さんの中に、誕生日を迎えた方が、いらっしゃいます。」
 グリードは、そう言うと、エイディが15番テーブルにだけ、蝋燭台を用意する。
こう言う手早い用意は、さすがだ。
 すると、ゼハーンが、伴奏を弾き始める。ソクトアで、最も慕われている聖誕祭
の伴奏だ。客も皆、分かっているようで、顔を綻ばせる。
 さっき用意した例の物は、勿論ケーキだった。シフォンケーキに特製の生クリー
ムでデコレーションしてある。そして、『誕生日、おめでとう!』のプレートを、
あしらえてある。その辺の盛り付けは、勇樹にやらせた。
 そう。今日は、俊男と莉奈の母親の誕生日だったのだ。
「ハッピーバースデー!」
 皆は、歌い終えた後、拍手をしながら祝ってくれた。客も俺達も拍手をする。
「あ、ありがとうございます!」
 母親は、感動しながら、蝋燭の火を消す。すると、より一層の拍手が聞こえた。
この一体感が、俺は欲しかったのだ。
 ガリウロルは、俺が思った以上に良い所だと、思い始めていた。


 私は、ずっと何かを犠牲にしてきた。
 ある時は、相手の組に殴りこみに行って、相手を容赦無く薙ぎ倒した。
 ある時は、自分の組の誰かを犠牲にしてまで勢力を強くしていった。
 ある時は、止めに来た警察と揉めて、警官を病院送りにした。
 そして・・・私の悪行のせいで、弟は私の組に入らざるを得なかった。
 私は、自分のせいで、弟の人生を犠牲にしたのだ。
 弟は、私が馬鹿やって捕まった後、人斬りに身を落とした。
 『絶望の島』での毎日は、贖罪の毎日だった。
 まずレイクに出会った。
 そして、生意気だったので、私の力を知らしめようと思った。
 レイクは、当時10歳だったが、私より強かった。
 最初こそ私の方が優勢だったが、木刀を持った瞬間、私は翻弄された。
 そして、この男こそ、未来を担う光だと思ったのだ。
 それからは、年長者として、レイクを見守る事にした。
 レイクは最初、冷たい眼をしていた。
 何でも、全てを受け入れると、狂ってしまいそうだからだと言っていた。
 聞くと、物心が付く頃から、入れられていたのだと言う。
 労働を覚えさせられるだけの毎日だったのだと言う。
 教育も、満足に受けさせて貰えなかったそうだ。
 しかし、成長する毎に上がっていく剣の腕を見込まれた。
 5歳の頃から、ひたすら剣の腕を磨かされる毎日だったそうだ。
 毎日、大人相手に、転がされては、起き上がっていく毎日。
 しかし、その悔しさのおかげで、10歳にして、恐ろしい強さを持っていた。
 そんな中、監視員の手に負えなくなったので、暴れ者の私が入れられたのだ。
 多分、私がボコボコにして、大人しくなる事でも望んだのだろう。
 しかし、負けたのは私だったし、その時に感銘を受けてしまった。
 監視員も、予想外の展開だったのだろうが、今更、引き離す訳にも行かなかった。
 なので、そのままにしたのだろう。
 私は、レイクを教育しなければならないと思っていた。
 この禄でも無い私が、教育とは笑わせるが、レイクは、何も知らなかったからだ。
 私が、セントの生活を教えると、レイクは、興味津々になった。
 そして、全てが説明し終えると、復唱していた。
 今まで興味が無かったテレビも、積極的に見るようになった。
 少しでも多くの情報を入れろと、忠告したからだ。
 そして、私の目標は、レイクをここから出す事だと、思ったのだ。
 その内にエイディが、入れられてきた。
 エイディは、何者も信用しないと言う眼をしていた。
 何があったのかも言ってくれない。
 レイクは、班長となったのだが、困り果てていた。
 私に班長になって欲しいと言っていたが、私が許さなかった。
 レイクは、人の上に立つ器だと思ったから、責任感を持たせたかったのだ。
 そして、何度も何度も諭して、私も、レイクのおかげで変われた事を強調した。
 案の定、信じなかったし、挙句の果てに、自分の事を要らない存在だと言った。
 その言葉にレイクが切れたのだ。
 要らない存在だから、何もしないのか?と。
 ここにずっと入れられてきたレイクは、そんな葛藤さえ許されなかった。
 それに比べれば、エイディは恵まれているのだと・・・。
 エイディは、何度も何度も諭したのが効いたのか、歩み寄ってきた。
 そして、気の許せる存在へと変わっていったのだ。
 グリードも苦労した・・・。
 彼も裏切られて、ここへ入れられた一人だった。
 そのせいで、外の班に喧嘩を吹っかけるのが、日常茶飯事だった。
 いつも生傷を作って、帰ってくる。
 エイディ辺りは、放って置こうとも言っていた。
 しかしレイクは、放ってしまったら後悔すると言った。
 もうレイクは、私が何も言わなくても、班長として成長していたのだ。
 心配だった半面、私はレイクの成長を喜んでいた。
 だが、グリードは事件を起こした。
 毎日喧嘩を吹っかけた分、凄い数の班に囲まれていたのだ。
 私達は、即飛び出していた。
 そして、グリードがリンチに遭っているのを見て、レイクは切れた。
 50人近い敵を、棒切れ一つ持つ事で、まるで舞うように敵を翻弄したのだ。
 そして、全てを薙ぎ倒した後、グリードに向き合って、話をした。
 グリードは、責任は負うが、放っておけと言ったのだ。
 そしたら、レイクは、胸倉を掴んでグリードを殴った。
 そして、『仲間のピンチに黙ってろってのか!ふざけんな!』と言った。
 グリードは、その言葉に感動したのだろう。
 アレだけ迷惑を掛けていたのに、仲間だと言われた事にだ。
 その日、グリードは、レイクの義弟になる事を誓った。
 レイクは、私が何も言わなくても、班長だった。
 そして、ファリアがやってきた。
 私は、一目見て、この女性しか居ないと思った。
 私達は、悪友になれるし、仲間になれる。
 だが、真に幸せを齎す事は出来ない。
 だがファリアは、違っていた。
 真の意味で輝いていた。
 レイクを幸せにし、そしてレイクが幸せを与える相手は、ファリアしか居ない。
 彼女も、セントの犠牲者の一人だった。
 自分のせいで両親が自殺し、ここに送られた。
 こんな純粋な子が、『絶望の島』に送られる現実を、私は嘆いた。
 ファリアは、こんな所に居てはいけない。
 レイクも、こんな所で一生を過ごしてはいけない。
 グリードやエイディも、ここで終わるような器じゃない。
 私は、脱出計画を立てていた。
 エイディと一緒に、かなり無茶な計画だが、行けると思っていた。
 だが・・・計画は狂いそうになった。
 ティーエさんまで巻き込んでの計画なのに、終わって堪るか!と思った。
 私は、気が付くと、身を犠牲にしてまでレイク達を逃がしていた。
 銃弾をこの体に受けて、これで私も楽になれると思った。
 だが皮肉にも、頑丈な体が、死を許さなかった。
 それからの毎日は、ほとんど覚えていない。
 生死を彷徨った後、私は、人体実験される事になった。
 これは、今までの報いだと思った。
 だから、このまま朽ちても、馬鹿が一人死ぬだけだと思っていた。
 だが、一緒に罰を受けたティーエさんが、私を救った。
 毎日毎日、私の世話をしてくれた。
 意識の無い私の世話を、やってくれた・・・。
 自身もボロボロにされてたと、言うのにだ。
 私は、意識が無かったが、ティーエさんが世話をしてくれたのは覚えている。
 ティーエさんは、日を負う毎に、元気が無くなって行った・・・。
 それでも毎日世話に来る・・・。
 3階に行かなきゃ・・・3階に戻らなきゃ・・・。
 そう話す時は、苦笑いをしながらだった。
 後で聞いたのだが、島主は、私を生かす条件に、3階勤務をしろと言ったのだ。
 ティーエさんは、意識の無い私の前では、泣いていた・・・と思う。
 でも、3階に行く時は、涙一つ見せなかった。
 その内、私の世話をやりきった後に、体の震えを訴えていた。
 毎日、私の世話をやりきった後にだ・・・。
 それが麻薬だと気が付いたのは、救出されてからだ。
 そんな地獄のような毎日が続いた・・・。
 ティーエさんは、私の世話をしても、話さなくなった。
 夢遊病者のように、私の世話をしては、3階に行っていた。
 私は・・・何も出来なかった・・・。
 私は、その現状を嘆いて、涙を流す事すら、出来なかったのだ。
 諦めかけた頃、レイク達が『絶望の島』にやってきた。
 私は、レイクを襲うように命令された・・・。
 必死に抗おうとしたが、体は言う事を聞かなかった。
 しかしレイクは、私の想像を、遥かに上回る成長を遂げていた。
 私は・・・救出された・・・。
 そして、横には、ずっと助けたいと思った女性も救出されていた。
 私は、贖罪どころか、助けられる立場だった・・・。
 このままでは、罪を償う事が出来そうに無い。
 4人との再会は、非常に嬉しかった。
 4人は、涙を流して、私に許せと言ってきた。
 馬鹿だ・・・感謝し足りないのは、私の方だと言うのに・・・。
 私は、素直な気持ちを語った。
 そして、これからの贖罪の方法を考えて、自然と口が動いた。
「私に、ティーエさんを一任出来ませんか?」
 ・・・偽善かも知れない。
 だが、どうしても救いたかった。
 再び笑える日が来るまで、世話をしなきゃ気が済まなかった。
 私が世話をする日々は続いた。
 禁断症状を抑える役目・・・簡単では無かった。
 だが、私は、喜びに溢れていた。
 やっと、贖罪らしい事が出来る・・・と。
 だが、ティーエさんを戻したのは、私では無かった。
 ティーエさんの従姉妹、センリンさんだ。
 私の弟の仲間だと言う。
 ・・・弟には、許してもらうつもりは無かった。
 私は、何をされても構わないと思った。
 断罪をするなら、してもらっても構わない。
 だが、弟はしなかった・・・。
 私に、レイク達と生きろと言った・・・。
 弟は、私の知っている弟では無かった・・・。
 とても眩しい光を携えていた。
 意識を取り戻したティーエさんは、私に感謝の言葉を述べた。
 感謝するのは、私の方だと言うのに・・・。
 そして、ティーエさんは、そんな私と付き合いたいと言った。
 私にそんな資格は無いと思ったが、ティーエさんがそれを望んだ。
 ・・・私は、恵まれ過ぎていると思う。
「ジェイル。シケた面してるね。まーた、考え事かい?」
 ティーエさんは・・・いや、ティーエは、呆れたような顔になる。呼び方は、変
えるように言われたのだ。付き合うのに、遠慮は無用だと。
「今までの事を、考えていました・・・。」
 私は、どうしても過去を考える事が多い。
「相変わらず生真面目だねぇ。ま、そんなアンタに惚れたんだけどさ。」
 ティーエは、気持ちを誤魔化したりしない。本当に、素敵な女性だ。私とは、全
く釣り合ってない。
「自分と釣り合ってないとか思ってない?」
 ・・・鋭い・・・。読心術でも持っているのだろうか?
「ジェイルは、顔に出る方じゃないけど、何となく分かるのよ。」
 ティーエは、また溜め息を吐く。私の考え癖のせいだ。
「アンタさ。確かに色々無茶やってきてさ。許されない事も、したかも知れない。
でもさ・・・。資格とか考えずに、笑おうよ。」
 ティーエは、本当に優しい。
「貴女の前だと、私は年上には見えませんね。」
 私は、この女性には敵わないなって思う。
「こんな・・・汚れた私でも、笑えるんだよ?」
 ティーエも、あの過去を拭い去れないでいる。
「ティーエ。貴女は汚れてなどいません。輝いています。本当です。」
 私は、取り繕う気は無かった。本心からそう思っている。
「人の事言えないなぁ・・・私も、結局気にする癖があるんだ。」
 ティーエは、過酷な人生を歩んできたのだ。
「互いに遠慮してるようじゃ、まだまだですね。」
 私は、冗談っぽく言う。自虐的だが、笑えてるのなら、前に進めるかな?
「あー。もう・・・。私は、幸せになりたいんだ・・・。」
 ティーエは、本心を言う。ファリアやセンリンさんの前では、いつでも、頼れる
お姉さんで居なくてはならない。だが、弱音を吐きたい時もあるのだ。
「なりましょう、二人で。じゃなきゃ、弟に怒られます。」
 私は、悪戯っぽく笑うと、ティーエの頭を撫でてやる。
「うん・・・。この幸せだけは、逃がしたくない・・・。」
 ティーエは、目を潤ませると、私の胸の中に、顔を埋める。
「考え方を変えましょう。あの島の出来事は、私にとっても、ティーエにとっても
悪夢でした・・・。だけど、あの島があったから、私はここに居る。そして、素晴
らしい仲間たちが居る。・・・そして、ティーエも居ます。」
 私は、ティーエの背中に手を回す。抱き締めてやった。
「うん・・・。そうだね・・・。そう考えると、悪くない・・・。」
 ティーエは、自然と私の唇を奪う。
「これからも、幸せになって、仲間と共に生きたい。その気持ちに、偽りはありま
せん。でもそれはね。今の私は、貴女無しでは達成出来ない事になりました。」
 私は、ティーエを必要としたし、必要とされている実感もある。
「・・・それって・・・。」
 ティーエは、顔を紅くしていた。その仕草は、何とも可愛かった。
「付き合って間も無いので、節操無しに思われるかも知れませんが・・・結婚しま
しょう。ティーエ。私は、貴女以外で、そう思える女性が居ません。」
 私は、恥ずかしがれずに言えた。それが、自然な事だと思えたからだ。
「・・・ホント、節操無いよ!そんなスピード婚、誰が、認めるって言うんだい?」
 ティーエは、口を尖らせながら言う。まぁそうですよねぇ。
「誰も認めてくれないだろ?そんなの可哀想だから、私が付き合ってやるよ。」
 ・・・え?今、何て?
「何、ぼけーっとしてるんだい?私の返事が聞きたかったんだろ?」
 ティーエは、顔を真っ赤にしながら答える。何て可愛い。
「い、良いんでしょうか?」
「自分で言った事じゃないか!んもう・・・。」
 私も間抜けな事を言っているな。ティーエだって恥ずかしいのだ。
「・・・幸せにします。」
「・・・うん。不束者ですが、宜しくお願いします。」
 私の言葉に、ティーエは、答えてくれた。ああ。私は本当に恵まれている。
 その後は、想いを確かめるように抱き合った。やっぱり、節操が無いんでしょう
かねぇ・・・。ショアン辺りに呆れられそうだ・・・。


 最近は、色々充実している。何せ、この俺が、レストランの給仕だぜ?信じられ
ないと思われがちだが、遣り甲斐はある。何せ、士は料理が上手いし、サービス精
神もバッチリだ。さすがにセントで、経営していただけある。
 このレストランが、どんどん大きくなっていくのを見るのは、本当に楽しい。俺
の力だけじゃないが、俺の力も加わって繁盛して行くのが分かるからだ。
 最初こそ慣れねぇ事ばかりで、毎日疲れていたが、最近では、レストランの開店
が待ち遠しくなる程だった。何せ、おやっさん・・・まぁゼハーンさんが一緒だし、
ジャンやアスカも、ホントに良い奴だ。それにドンドン腕を上げて行きやがる。シ
ョアンさんも、ジェイルの弟だけあって、真面目に取り組んでいる。だが、やっぱ
り、料理人の腕がすげぇよな。士もセンリンも、最近では結構手伝っている勇樹も、
何であんなすげぇんだと思う程、美味しい物を作りやがる。ジャンとアスカも、そ
れを見て、メキメキ腕を上げていってる。あれは、勇樹が入ったから、余計に頑張
ってる感じだよな。年下に負けっぱなしは嫌なんだろうな。
 俺とエイディは、雑用が多い。それは仕方が無い。今更、料理の腕を上げようた
って、中々難しい。まずは雑用を完璧に、こなす事が大事だ。地道に努力すれば、
兄貴だって褒めてくれるだろう。最近は、ファリアとの学園生活で、忙しいんだろ
うけど、兄貴が幸せそうなら、俺は構わない。・・・俺も、丸くなった物だ。
 俺の上司は、おやっさんとショアンさんだ。仕入先の目利きや、上手い運搬方法、
それに店内の雑用での仕込みなど、様々な事を教えてくれた。正直、目が回る程、
忙しい。士の方針で、手を抜いたりはしない。だから、責任ある仕事な訳だ。俺は、
レストランの仕事なんて、楽勝だと思ってただけに、この忙しさは、意外だった。
 今日も、ヘトヘトになって、閉店となった。夜食は、天神家が用意してくれる。
瞬とか、兄貴とかの学生組は、全員食べ終わってるだろうが、俺達用に作り直して
くれているのだ。マジで有難い限りだ。睦月も葉月も、本当にすげぇ使用人なんだ
って思う。この仕事に就いてからは、特にそう思う。
 俺達、仕事組が、食事を摂っていると、学生組も混じって、談笑を始める。これ
が、また楽しいんだ。兄貴の学園生活を聞く度に、『絶望の島』を出られて、本当
に良かったと思える。最近では、ティーエが正気を取り戻したので、ジェイルも混
じっての談笑が多い。良くなる一方だ。
 ちなみにゼリンは、一人の時の時間を、ほとんど修練に使っている。何でも、神
気を取り戻すために、猛特訓をしているのだとか。確かに、神の子としての細胞を
失ったゼリンは、神気の具合がとても弱い。だが、これからの闘いに於いては、そ
んなハンデを背負ったままでは駄目だと、自分に言い聞かせているらしい。こうや
って見ると、本当に、あのゼリンなのか?と疑いたくなる。兄貴を陥れた奴で、フ
ァリアの両親を殺す手伝いをした奴で、エイディを『絶望の島』に入れた奴で、俺
の時も、ゼリンが関わっていたんだろう事は予想が付く。そして、おやっさんも、
兄貴を目の前で奪われた恨みがある。聞いたら、士もセントのメトロタワーに侵入
した時に、センリンを攫われたとか言っていた。ゼリンは、まだ気にしてるのか、
俺達や士達と挨拶する時は、未だに丁寧に挨拶している。そして、未だに罪悪感に
満ちた眼をしていた。
 食事を終えた頃、頃合を見計らって、恵が手を叩く。
「今日は、一つ報告があります。」
 恵が、皆の注目を集める。こう言う事をやらせると、本当に上手いよな。
「報告?何だろ?」
 瞬も、心当たりが無いようだ。どうやら、皆も一緒だ。
「さ、どうぞ。」
 恵は、そう言うと、ジェイルの方を見る。ジェイルが?
「皆、私から報告したい事があります。」
 何だか改まってるな。それに緊張しているようだな。珍しい・・・。
「ほーら。そんなガチガチで、どうすんのさ。」
 ティーエがフォローしている。そういや、付き合ってるんだよな。
「私は、皆のおかげで、こうして元気になりました。ティーエも、元気を取り戻し
つつあります。感謝の念は堪えません。」
 いきなり感謝された。何だろう?
「私は、未だに皆に借りを返せないでいます・・・。」
「馬鹿・・・。そんな話するんじゃないだろ?」
 ジェイルが、畏まっていると、ティーエが注意してフォローしていた。
「そ、そうでした。では、単刀直入に言います。」
 ジェイルは、よっぽど緊張しているんだな。何だろうねぇ・・・。
「私は、ティーエと婚約します。それを、皆さんにお伝えします!」
 へぇ。ジェイルが、ティーエと婚約かぁ。・・・え?
「ま、そう言う事だから、一つ、宜しくね。」
 ティーエは、軽く答えている。いや、それ・・・マジ?
『おおおお!』
 皆、ビックリしたようで、感嘆の溜息を漏らす。
「お、お姉ちゃン!!!おめでとウ!!本当ニ!!おめでトーーー!!」
 センリンが、真っ先にティーエの胸に飛び込んで、泣き出した。
「ティーエ!やったじゃない!私、嬉しくて・・・。」
 ファリアまで涙ぐんでいる。
「ジェイル・・・。俺、実感沸かないけど、やったな!頑張れよ!!」
 俺は、ジェイルを励ます。本当にめでたい。
「アンタは、幸せになるべきだ。誰よりも苦労してきたアンタは・・・。」
 士は、ティーエに借りがあるだけに、感無量だったのかも知れない。
「あーもう!とうとう先を越されちまったな!ったく!上手くやれよ!!」
 エイディは、軽口を叩きながら、ジェイルの背中をバンバン叩く。
「人の幸せの瞬間に同席出来るとは、光栄だ。おめでとう。」
 ゼリンは、静かにだが、ちゃんと祝いの言葉が言えていた。
「いやー、スピード婚だねぇ!おめでとう!お二人さん。次はオレ達だな?」
 ジャンは、アスカの方を見る。
「う、うん。ウチは、いつでも待ってるよ。でもホント、めでたいね!」
 アスカは、ジャンの言葉に恥ずかしながらも、二人に祝辞を述べる。
「本当に、おめでとうございますー!応援してた甲斐がありました!」
 葉月は、本当に嬉しそうに言う。
「めでたいな。必ず、幸せになるのだぞ。」
 おやっさんは、感慨深く見守る。奥さんの事を思い出してるのかもな。
「貴方達の世話をした者として、こんな嬉しい事はありません。おめでとう御座い
ます。どうか幸せになって下さい。」
 睦月は、二人の世話をずっとしてきた。その二人の結婚は、心から嬉しいのかな。
「最初は、驚きましたが、とてもお似合いですわ。お幸せに。」
 恵は、こう言う時の言い回しは間違えないな。さすがだ。
「俺、こう言う時、どんな事を言えば分かりません。けど、本当に嬉しいんです。
・・・おめでとう御座います!!」
 瞬は、慣れてないが、喜びを体で表現する。素直な奴だ。
「・・・ティーエさん。兄は、愚かでした。ですが、貴方や、レイクさん達のおか
げで、真人間に戻りました。・・・兄を頼みます。」
 ショアンさんは、俺達や、ティーエに深々と頭を下げる。それに、ティーエは、
微笑みながら礼で答えた。ジェイルは、泣きそうになっていた。
「ほら、兄貴も!」
 俺は、兄貴の背中を押した。すると、兄貴は泣いていた。
「ハハッ。何でだ?俺、すげぇ嬉しい・・・。今まで、俺を育ててくれたジェイル
が幸せになるの見て、すげぇ嬉しい。なのにさ・・・。何で涙が止まらないんだ?」
 兄貴は、止め処無く出る涙を、抑える事が出来なかった。こんな兄貴、初めて見
た。ジェイルを見殺しにしたと、後悔していた兄貴。その兄貴の育ての親代わりだ
ったジェイル。そのジェイルが、結婚すると言うのは、兄貴にとっては特別なんだ。
「ジェイルさん。私の代わりに、レイクを育ててくれて、感謝する。レイクは、貴
方の幸せを見て、心に体が付いていって無いのだ。」
 ゼハーンさんは、兄貴の状態を分かっている。さすがだな。
「レイク・・・。私は、貴方に感謝し切れません。貴方の、その気持ちは、私の宝
です。貴方と知り合えて本当に良かった。そして、ショアン。貴方に誓う。私は、
ティーエを幸せにしてみせる。それが、今の貴方の気持ちに応える事なんだな?」
 ジェイルは、本当に嬉しいんだろう。兄貴とショアンさんに、幸せになる事を誓
う。そうだ。ジェイルは幸せにならなきゃいけない。
「センリン。ここまで来るのに、時間掛けたね。アンタの重荷を取る為にも、私は、
この人と幸せになる事を誓うよ。そして、ファリア。アンタのおかげで私はここに
居る。アンタとの出会いは、私の糧だよ。」
 ティーエも、センリンとファリアの頭を撫でながら、幸せになる事を誓った。
 こうして、仲間内の婚約が決まった。この光景も、俺の大事な記憶として、覚え
て行くことだろう。俺は、この光景を忘れない。


 ガリウロルは、良い所だ。正直、セントを離れたら、どうなるかと心配していた
自分が馬鹿らしくなる。あの時は不安であった。だが、それは、これからの生活が
不安と言う訳では無かった。寧ろ楽しみであった。仲間と一緒だったから、何処へ
行っても、やっていけると思った。
 私が不安に思っていたのは、自分の事だ。抑えられるか心配だったのだ。自分の
気持ちをだ。兄と会うと思うだけで、脳髄が沸騰しそうになる自分が居た。
 兄は、私の汚点だった。兄のせいで私は、人斬りに堕ちて、隠れ住むような毎日
を送ってきたのだ。兄の顔をまともに見れるかさえ心配だった。見れば、この手で
斬りたくなってしまうとさえ、思った。
 そして、兄との邂逅。私は、自分で思ったよりも冷静に兄を見つめていた。しか
し、目の前の光景が信じられなかった。兄は、まるで別人のように目が澄んでいた。
昔から、義理堅い奴ではあったが、やる事は非道の極みだった。そんな兄が、看病
をしている。しかも甲斐甲斐しくだ。・・・これは、本当に兄なのか?と思う。
 話してみると、確かに兄だった。しかし、兄は変わったようだ。ゼハーン殿の息
子が、兄を変えたのだと言う。今では、大事な仲間だと、ゼハーン殿の息子、いや、
レイク殿が言う。私が少し見ただけでも分かる。ゼハーン殿が、レイク殿は器が違
うと、常々話していた意味が分かった。彼は、人を惹き付ける何かを持っていた。
 私は糾弾しようとした。だが、出来なかった・・・。兄は、レイク殿の大切な仲
間になっていたからだ。互いが互いを尊重しあう。その姿は、士殿と私の関係に似
ていた。そんな姿を見たら、糾弾する気など、失せていった。
 その兄が、看病していた女性と、婚約するのだと言う。これには非常に驚いた。
兄は、独身を貫くと思っていたからだ。それ程、過去の兄は、婚約とは無縁の生活
だった。人は変わる物だ・・・。
 レストラン『聖』も、軌道に乗ってきた。偶に、迷惑な客も来るが、良いお客ば
かりだった。ガリウロルの風土も幸いしてか、迷惑な客は少なかった。
 そんな訳で、私の生活は、充実している。士殿と働くのは、心地良い疲れであっ
たし、新しくレストラン『聖』加わった3人も、とても良い者達だった。
 それに、天神家が、また暖かい。瞬殿も恵殿も、英雄に値する器だと思うし、と
ても良くしてくれる。ただ、恵殿に最初睨まれた時は、困惑したが・・・。事情を
聞いていたので、仕方が無いと思った。私に似ていたと言う天神 厳導。彼は、私
とそっくりな姿で、恵殿を実験動物のように扱ったのだと言う。悪いが、私には信
じられない。私にそんな趣味は無いし、やってはならぬ事だ。
 今日も私は、天神家で食事を摂る。毎日思うのだが、藤堂姉妹は、何者なのだろ
うか?毎日の献立が全然違うのに、どれもレベルが高く、士殿やセンリン殿よりも
腕が上なんじゃなかろうか?と思わせるような料理を出してくる。士殿曰く、あれ
が、プロ中のプロなんだそうだ。
 今日の出来事などを談笑した後、大浴場に入る。恵殿専用の浴場があるらしい。
後は、男用と女用の浴場で分かれていて、時間帯毎に違う人が入る感じが多い。今
日は、私が一番最後だ。
 セントの時は、シャワーで洗い流す程度で、風呂に入ると言う感覚が無かったが、
ガリウロルでは、風呂に肩まで浸かって、体を温めるのが、普通なようだ。最初は、
かなり抵抗があったが、これがかなり気持ち良いと言うのを覚えたら、癖になって
しまった。次の日に疲れが物凄く取れるのだ。
「ふー・・・。」
 私は、つい溜め息を漏らす。しかし、これは呆れた時の仕草では無く、気持ち良
い時に自然に出る仕草だ。私も、歳をとったかな・・・。
「あの兄が・・・婚約・・・か。」
 私も適齢期など、とっくに過ぎているが、兄は、それ以上なのだ。良くあれで、
婚約まで取り付けた物だと思う。ティーエ殿は、美人だし、正直羨ましいと思う。
兄もそうだが、私も女っ気がある生活をして来た訳では無い。
 今の生活は充実しているが、これから相手を探すとなれば、大変なのだろうな。
「ま、じっくり探すのが一番か・・・。」
 私には、私なりの探し方もある事だろう。・・・まぁ全く見当が付かないのが、
悲しい事ではあるが・・・。
「失礼します。」
 ・・・え?だ、だ、誰だ!?声からして、女性だ。
「ど、どなたかな?」
 私は、ビックリしたので、タオルで前を隠しながら、尋ねる。
「睦月で御座います。お背中を流しに参りました。」
 む、睦月殿か・・・。って、安心している場合では無い。
「け、結構で御座るよ。」
 私は、つい声が上ずる。この状態は一体・・・?
「そう言わずに。私は、この家の使用人です。コレくらいの世話はさせて下さい。」
 睦月殿は、何も気にせず、入ってくる。私は、そう言われては、断る理由も無い
ので、椅子に腰掛ける。何だか照れる・・・。
「凄い傷ですね・・・。つい最近のも、ありますね。」
「分かるのですかな?さすがですな。」
 睦月殿の言葉に、私は素直に感心した。医学の知識があるとは聞いていたが、傷
の状態だけで、いつの物か分かるとは、中々凄いな。
「酷い傷です・・・。こんな怪我をするくらいの事を?」
「やせ我慢ですよ。仲間を庇って、付けた傷です。」
 私は、『オプティカル』の連中にやられた事を話した。アスカ殿を庇っての事だ。
仲間を庇っての傷なら、私にとっては誇らしい。
「『剛壁』などと呼ばれてましたからな。体だけは頑丈なんですよ。」
 私は、『ダークネス』の時の呼び名を教える。
「こんなに傷付けて・・・。体が悲鳴を上げても可笑しくありません。」
 睦月殿は、背中を流しながら、傷に触ってくる。嫌な感じはしない。愛おしそう
に触ってくる。何だか、妙な気分になってくるな・・・。
「こんなに逞しくなられて・・・。」
 睦月殿は、前の方の傷と、私の秘部に触れようとする。
「む、睦月殿!な、な、な、何を!?」
 私はビックリして、飛び退いてしまった。
「・・・私に言わせる気ですか?誘っているのですよ。」
 誘って?って、ええ?ど、ど、どう言う・・・。
「私の事は、聞いていますよね?・・・中古じゃ、お嫌ですか?」
 む、睦月殿?目を伏せている。泣きそうにもなっている。
「ま、待って下され。驚いただけで、べ、別に嫌な・・・訳では。」
 私は、ついドモってしまう。こんな経験は初めてだ。
「でも、どうして私なのだ?・・・そんなに、似てるのですか?」
 私は、訳を尋ねようとして、止めた。分かってはいる。聞いた話だ。私が、睦月
殿の最愛の主人だった天神 厳導に似ていると言うのは、何度も聞かされた話だ。
「引いているようで、ちゃんと興味は、お有りのようですね。」
 私が、厳導の事に付いて、尋ねるのを見て、睦月殿は、私を熱っぽく見る。
「恵様は、貴方は、厳導様に全く似ていないと言っています。そう思うのも、無理
はありません。厳導様は、恵様には、いつでも厳しく、耐えさせ、そして、完璧な
躾を行っていました。言動も泰然としてらっしゃった。貴方は違う。」
 睦月殿は、厳導の事を話す。なる程・・・。
「でも、私の知る厳導様は、貴方にそっくりです。」
 そうなのか?そっくりだから、こんな事を?
「でも、厳導様とは、決して結ばれない定めでした。体を重ねた事はあります。で
も、私は、妻よりも使用人を選んだのですから。」
 睦月殿の決意は固かった。そこまでさせる心が凄い。
「そこに、貴方が現れた・・・。厳導様に顔付きも、体付きも似ていて、仕草まで
似ている・・・。貴方の事を聞いたら、心の奥底まで、似ていた!!」
 睦月殿は、叫ぶように言う。外に響かない程度にだが。
「私は、厳導殿の代わりなどなれないし、なるつもりも無い・・・。」
 私は、悲しい目で言った。当たり前だ。別人なのだから。
「代わりになるつもりは無い?・・・笑わせますね。貴方の生き方は、厳導様そっ
くりなんですよ。私の目には、厳導様の生き写しにしか見えないんです。」
 睦月殿は、それでも諦め切れないらしい。
「そんなに、似ているのですか?私は・・・。」
 聞いた話と違うと思った。
「厳導様は、非道のように思われている。実際に恵様には、力を持たせる為に、実
験のような事もしました。だけど、それは、この家を守る為だったんです。・・・
厳導様は、自分の力では、天神家の存続が危ういと知っていたのですよ。」
 厳導の帝王学は、凄まじい物だったと聞く。特に恵殿には、期待が大きい分、凄
まじい特訓を課したのだとか。
「恵様は、本当の意味での天才です。何をやらせても、ズバ抜けた才能を発揮し、
吸収するように覚えていった・・・。その凄さに、厳導様は、喜んでいました。」
 睦月殿は、自分の事のように言う。いや、本当にそう言う気分なのだろう。
「あの人程、天神家を愛していらした方は居ない。そして、その存続の為には、何
でもやった。汚いと言われる手も、堂々とお使いになった。全ては、恵様の為、そ
して天神家の為なんです。」
 ・・・そうか・・・。私が生きて行く為に、人斬りを選んだように、厳導も、生
きて行く為に、どんなに非道と言われようとも、天神家を存続させたのだ。
「その厳導様が、最も許せなかったのが、真(しん)様でした。」
 許せぬ相手・・・か。私にも居たな。
「真様は、清貧なお方。王道を貫くようなお方でした。空手を継がない厳導様を、
咎めはしなかったのですが、天神家の黒い噂は、我慢出来なかったのでしょう。厳
導様を叱りに来ました。」
 天神 真。厳導の義理の父親であったな。瞬殿の言う事では、真っ直ぐで、強く
正しい空手を目指すように、瞬殿に教えを説いた人物であったか。
「真様は、天神家を大きくするのには、反対しませんでした。寧ろ、厳導様の成果
を見て、素直に喜んでいたくらいでした。しかし、その為に非道な手を打つ事に対
して、烈火の如く怒りました。」
 そうか・・・。強く正しいを目指す真殿にとっては、許せぬ事項だったのだな。
「ですが、厳導様は退きませんでした。この家を守る事が全てだと・・・。どんな
に蔑まれても、この家を守ると言ってました・・・。そして、真様に勘当されたの
です。・・・譲れなかったのです。」
 そんな事が・・・。厳導もまた、頑固な人物だったのだろうな。
「厳導は、何故、そこまでするのだ?」
 私は、疑問に思った。父に嫌われてまで、守ろうとする。そして、それが原因で、
私と兄のように確執を作ってまで、守ろうとする家とは?
「約束・・・です。私との誓いです・・・。」
 睦月殿との・・・誓い?
「厳導様は、恵様が産まれた後、私に対して、誓ってくれました。私を、ソクトア
で一番の家に仕える使用人にしてやると・・・。その約束を守る為なら、何でもし
てみせると、誓ったのです・・・。」
 睦月殿は、涙が止まらなかった。メイドとの誓い。恐らくは厳導が、一番愛した
睦月殿との誓いの為に、厳導は、あらゆる手を使ったのだ。
「私は、それに応える為、全ソクトアご奉仕メイド大会に出場しました。私が、ナ
イアに勝ちたかったのは、厳導様に私の晴れ姿を見せたかったからです。」
 そうだったのか・・・。そんな意味が込められていたのか・・・。私も、このミ
サンガに誓った。仲間の為に、どんな事でもやろうと。このミサンガがある限り、
仲間であり続けると・・・。
「睦月殿の言う通りだ・・・。私にも覚えのある事ばかりだ。」
 厳導は、ただこの家を守り、大きくさせる事を、睦月殿に誓ったのだ。
「厳導様は、その為なら、自分の体さえ惜しくなかった。恵様は、自分が殺したと
言っていますが、違います。・・・厳導様は、恵様が自分を殺しに来る日を待って
いたのです・・・。この家を継いで貰う為です・・・。恵様に継がせる頃は、天神
家の財政は、限界だったのです・・・。それを立て直したのは、恵様です。」
 厳導は、天神家の為に、自分を犠牲にしたと言うのか・・・。
「確かに、継いだ後は、物凄く忙しかったと聞いていた。無能な使用人を全てクビ
を切り、有能な使用人で固め、自らのアピールをしつつ、上がったイメージを利用
して、睦月殿に対応を任せたと聞いている。睦月殿が凄いと思っていたが・・・。」
 私は、瞬殿から、その辺の事情を聞いていた。その時は、有能な使用人なんだと
しか思わなかった。
「それが、どれだけ難しい事か分かってますか?有能と、無能を見分ける眼、自ら
をアピール・・・。それだけでイメージを上げるセンス。そして、対応をした私が、
どう動けば良いかの指示まで、恵様はこなしてらっしゃった。」
 そ、そうなのか・・・。恵殿は、凄いとは思っていたが、そこまでの・・・。
「天神家が、真の意味で輝いたのを見て、厳導様の眼に狂いは無かったと、確信し
ました。だから私は、恵様を信じているのです。」
 そうか。不思議に思っていたのだ。厳導が、恵殿に殺されたと言うのは、聞いて
いたが、何故、厳導を愛していた睦月殿が、仕えていたのかをだ。
「厳導様が見れなかった夢。天神家をソクトアで一番にしてみせる。その夢を、現
実にしてくれる人に、私は仕えているのです。これ以上無い幸せです。」
 睦月殿の強い想いを感じた。
「ここまで似てるんです。私は貴方を、厳導様の生き写しにしか見えません。」
 睦月殿は、話を戻す。
「そうか・・・。だが私は、やはり代わりになど、なれぬ。・・・余りにも、強い
生き方だ。厳導は・・・。」
 私も、仲間の為に、命を懸ける覚悟はある。だが、身を犠牲にして、次代に繋ご
うとするまでの意志を、私は持ち合わせていない。
「代わりになるだなんて、思わないで戴きたいです。」
 睦月殿は、私が厳導の代わりになる事を、真っ先に否定する。
「ただ、私が、我慢をすれば良いだけの事です。余りにも似てるので、混乱してし
まいました。申し訳ありません。」
 睦月殿は、そう言うと一礼をして、出て行こうとする。
 ガシッ!
 私は、睦月殿の手を取っていた。
「まだ私に用ですか?」
「・・・我慢出来なくなったのでしょう?」
 私は、睦月殿の手を取ったまま、言い返す。
「私が、そこまで似ているから・・・面影を追ったのでしょう?」
 私がそう言うと、睦月殿は、震えていた。
「そう・・・です・・・。そうですよ!そうよ!!」
 睦月殿の口調が激しくなる。
「私は、今も幸せ!だけど、隣に厳導様は居ない!!でも・・・でも、恵様が居る!
だから、厳導様を近くに感じるようで、嬉しかった!楽しかった!!」
 睦月殿は、手を震わせていた。
「忘れようとしたの!そして、厳導様を近くに感じたかったの!!それだけで、幸
せだった・・・。幸せだったの・・・。」
 睦月殿は、そこまで言うと、目に涙を溜める。
「でも!貴方が、やってきた!!どんな人か、聞くだけで、ゾッとしたの!!貴方、
何で厳導様にそんなに似てるのよ!!信じられないのよ!!そんな似てる人が存在
してるなんて!!だから、厳導様を初めて受け入れた時の状況まで再現した!!」
 ・・・そうか・・・。この状況は・・・。そうだったのか。
「でも、代わりなんてあんまりなの!!私は我慢出来なくなっていたけど、このま
まじゃ・・・。私は、厳導様にも貴方にも、嫌われる!!嫌われちゃうのよ!?呆
れられるの!!遠くなっちゃうのよ!!」
「睦月殿・・・。貴女は、そこまで・・・。」
 なんて深い愛だ。そして、なんて気遣いの出来る人なんだ。我慢出来なくなって、
私を誘惑する行為にまで、気遣いをしていたのだ。そして、そうまでしても、厳導
を近くに感じたかったのだ。だけど、この行為は、厳導を遠ざける行為だと気が付
いたのだろう・・・。
「私、どうすれば良いのよ!!どうすれば・・・。ううううぅぅぅぅ!!」
 睦月殿は、限界が来ていたのかも知れない。想いを抑えられなかったのだ。それ
を、誰が責めると言うのだ・・・。
「睦月殿・・・。私は、厳導では無い。・・・だけど、貴女のその行為を責めはし
ない。それに・・・私に出来る事は、無いだろうか?」
 私は、この直情的に訴える女性に、惹かれていた。この深い愛をまざまざと見せ
てくれた女性に、惚れてしまっていた。
「分からない・・・。分からないんです・・・。」
 睦月殿は、今にも壊れそうな声を出す。・・・私は覚悟を決めた。
「睦月殿・・・いや、睦月。私を見てくれ。」
 私は言い方を、わざと変える。
「私は、睦月の長年の想いを、無駄にして欲しくは無い。私で代わりが務まるのな
ら、努めさせてくれ。」
 そうだ。この人は、ずっと想いを抑えてきた。それを吐き出させなきゃ駄目だ。
「私なんかで良ければ、使ってくれ・・・。」
 厳導としてでも良い。睦月殿の想いが、砕けないようにしたいのだ!
「馬鹿です。貴方は・・・。そんな所までそっくりです。」
 睦月殿は、ボロボロと泣いた顔のまま、私の胸に抱きついてくる。私は、何も言
わずに受け止めてあげた。
「厳導様ぁ!厳導様ぁぁ!!」
 睦月殿は、本当に、子供のように泣き始めた。ずっと抑えてきたのだろう。皆の
前では、絶対見せなかったであろう涙が、そこにあった。
 そして、泣き止むまで待ってやった。
「・・・貴方は・・・。馬鹿です。」
 睦月殿は、そう言うと、泣き止んだのか、ニッコリ笑う。
「自分を犠牲にしてまで、私に厳導様への想いをブチ撒けさせるなんて。」
 ・・・そうだな・・・。私も馬鹿な男だな。
「私なんかでは、本来代わりにすら、ならんだろうよ。」
 そうだ。この人の想いは、私の想像以上に深い。
「当たり前です。厳導様は厳導様なんですから。」
 睦月殿は、さっきまで、アレだけ泣いていたのに、笑っていた。
「それに、代わりとか思っては、厳導様にも、貴方にも失礼です。私に、そんな失
礼な事をさせるなんて、非道なんですね。」
 睦月殿は、口を尖らせていた。
「あ、ああするのが良いと思ったのだが・・・。申し訳無い。」
 私も、感情だけで動いていたからな。
「謝らないで下さい。非道な人は、謝っても嘘っぽく聞こえます。」
 うぐぐ。完全に怒らせてしまっただろうか・・・。
「でも、そんな非道な人でも、お客様ですからね。肩が冷えてますから、お背中を
流しますよ。風邪を引かれて、私のせいにされたら堪りませんから。」
 酷い言われようだ・・・。失敗したかも知れぬな。私は、黙って背中を向ける事
にした。ここまで言われたら、やってもらうのが筋だ。背中を丁寧に洗ってもらっ
て、お湯で流して貰った。
「ありがとう御座いま・・・え?」
 私は、礼を言うのに、振り向こうとしたら、目の前に睦月殿の顔があった。そし
て、唇に、何かが押し当て・・・って唇?
「・・・。」
 私は、脳が付いて行かない。何が起こったのだ?
「ぼけーっとしないで下さい。」
 睦月殿は、そう言うと、頭からお湯を掛ける。
「おうわ!い、い、今のは、キ、キスで御座ろうか?」
 やっと頭が追いついてきた。私はキスされたのか?しかし何故?
「隙だらけでしたからね。修行が足りないんじゃないですか?」
 い、いやそういう問題じゃない気がするのだが・・・。
「む、睦月殿、私は、厳導殿の・・・。ブワ!!」
 私が言い掛けると、睦月殿は、お湯を顔に浴びせてきた。熱い・・・。
「勘違いしないで下さい。厳導様の代わりなんか、誰にも出来ないんです。」
 む・・・。それは分かっているのか・・・。
「貴方が、お人好しなので、ご褒美を上げたまでです。」
 ご褒美?と言うと、今のは、代わりとしてでは無く、私とする為に?
「これでも、軽い女じゃないんですよ?私は。・・・喜んで下さいよ?」
 睦月殿は、顔を真っ赤にしながら、口を尖らせる。なんて可愛い・・・。
「う、嬉しいです・・・。私を見てくれるとは・・・。」
 睦月殿は、厳導としてでは無く、私を気に入ってキスをしてくれたのだ。
「分かれば良いです。勘違いは厳禁ですよ?」
 睦月殿は、怖い眼で睨んできた。私は首を縦に振る。
「・・・私は、貴方の事が気に入りました。お付き合いしたいのですが?」
 睦月殿は、かなり可愛い仕草で、私に言う。
「私のような、中年で良いのか?」
 私は、中年と呼ばれる年齢だ。否定は出来ない。
「中年?それが何の障害に?貴方のようにお人好しで、貴方のように頑固で、貴方
のように自分を犠牲に出来る人なんて、中々居ませんよ。そんな貴方を気に入った
んですから、気にして貰う所が、違うとしか言いようが無いですね。」
 睦月殿は、私の事を、本当に気に入ってくれたようだ。
「返事を聞きたいんですけど?」
「ああ・・・。勿論、私は受けます。と言うより、嬉しすぎてヤバいのですが。」
 睦月殿の返事に答える。こんな綺麗な人が、私と付き合いたいと言っている。断
る理由が無い。
「私は、皮肉屋だし、お古ですよ?」
「止めて頂きたい。私と付き合うのなら、自分を卑下しないで戴きたい。私は、厳
導に、深い愛を持っていた貴方に惚れたんですから。」
 私は言いたい事を言ってやった。睦月殿は、気にし過ぎていたからな。
「互いに気を付けなくては、いけませんね。」
 睦月殿は、悪戯っぽく笑う。何て可愛いのだ・・・。
「私は、未だに至らぬ男だ。それでも良いなら付き合ってくれ。」
 私は、ちゃんと返事を返す。
「至らなくて良いんですよ。そこに惚れたんですから。」
 睦月殿は大胆だ。もう、隠す気も無いらしい。それでも、顔を真っ赤にする辺り
が、とても可愛らしいのだが。
「皆に説明するのが、大変そうだ・・・。」
 私と睦月殿、いや、睦月なら、厳導の事が話題に上がらない訳が無い。
「自信が無いのですか?私はありますよ。厳導様への想いは消えてないけど、私は、
頑固者のお人好しを好きになったんだって言えますから。」
 睦月は、もう覚悟を決めている。強い女性だ。
「私も覚悟を決めた。気遣いが出来て、想いが強い貴方に惚れたんだとね。」
 私は言い返す。
『プッ。ハッハッハ!』
 私達は、互いに笑う。こんな褒め合いに何の意味があるのか?
 互いに良い所に惚れたと宣言する。それだけの話だ。
 私は、誰よりも深く愛する姿を見て、惚れたのだから・・・。



ソクトア黒の章5巻の3前半へ

NOVEL Home Page TOPへ