NOVEL Darkness 5-3(First)

ソクトア黒の章5巻の3(前半)


 3、告白
 夢に出てきたのは、何度目であろうか?
 私は、貴方に近づいていますか?
 遠ざかっているのなら、私は近づきたい。
 貴方は、夢を持っていた。
 儚く、脆く、切ない夢を・・・。
 貴方は、最期まで、私を愛しているとは言わなかった。
 貴方は知っていたのだ・・・私に愛していると言えば、私が受け入れる事を。
 そして、そこから生まれる隙で、約束が破れてしまう事をだ。
 最初は、私は、それでも構わないと思った。
 だが、貴方は約束にこだわった。
 他人から見れば、滑稽な話。
 愛すれば愛する程、離れて行く主人と使用人。
 私の方を愛して貰っている自信はあった。
 あの人の妻は、娘を産んだ後、すぐに親権を放棄したからだ。
 その娘の実質の親は、私だった。
 私は、当時13だったが、その娘を最初に抱き上げた感触は、今でも覚えている。
 母親にさえ恐れられていた、その子は、暖かかった。
 私が指を出すと、その指を握ってくれた。
 私は、主人に言ったのだ・・・。
『この子と、ずっと此処で、暮らしたいです。』
 それが、私の願いだった。
 主人は、『考えておく。』とだけ言った。
 しかし主人は、魔族としての強さは、ある程度持っていたが、商才は無かった。
 元々、主人は、その強さを見込まれて、義理の父親の養子になった。
 伝統ある空手の後継者として、将来有望だと思われていたのだ。
 義理の父親は、主人が魔族だとしても、訳隔てなく接していた。
 主人が、真っ直ぐ生きてきたからだ。
 義理の父親は、不思議な人で、どんな種族だろうと、色眼鏡を使わなかった。
 真っ直ぐ生きていれば、どんな人とも優しく接し、そうでない人には厳しかった。
 主人が、ガリウロルに、財閥を作りたいと、夢を語った時も、怒らなかった。
 セント式を、アレだけ嫌っていたのに、『頑張れ』とも言ってくれた。
 主人は、時代の波に乗っかったので、見事に天神財閥を作る事に成功した。
 運は良かったのだ。
 丁度、セント式の波が、着始めた頃の出来事だったからだ。
 だが、それは、永続きする物でも無かった・・・。
 夢は夢・・・天神家は、底が見えていたのだ。
 絶望しかけた時、励ましてあげたのが、主人の妻だった。
 その人は、清廉潔白だったが、愛に満ちた人だった。
 だが、生まれてきた子供が、半魔族の片鱗を宿していたのを見て、絶望した。
 そして、親権を放棄したのだ・・・。
 私は、その頃は、天神家に良く遊びに来ていたお姉さんだった。
 だが、娘を抱き上げた時に、情が移った。
 主人が、一人で頑張ってるのを見て、手伝いたいと思った。
 だから、徹底的に鍛え上げようと思って、夏休みを利用した。
 セントに、ソクトア1と言われる執事が居ると。
 その人の弟子になれば、メイドとして、最高の力を手に入れられると。
 死に物狂いで覚えた・・・。
 私が、優秀であれば、主人の負担が減ると思ったからだ。
 見事に執事から合格を貰った時は、嬉しかったな・・・。
 それから、天神家に戻って、待っていたのは、覇権争いだった。
 天神家では、古参と新参者の使用人の間で派閥が出来ていたのだ。
 それを纏める力が、主人には無かった。
 いや、実際には違う。
 主人は、そんな事に構っている暇が無かったのだ。
 天神家を存続させるのに必死だったのだ・・・。
 その頃は、正当な手で、存続させようとしていたからだ。
 そこで、私の最初の仕事は決まった。
 この使用人達のトップになる。
 主人の負担になるような事は、極力減らす。
 それが、私の務めだと思った。
 最初は、新参グループに入った。
 私は、出来は優秀だったが、新参グループからは、虐めを受けていた。
 新参グループとは言え、優秀で目立つ私が気に入らなかったのだ。
 出来が良いだけでは、トップに立てないのだ。
 私は、毎日泣きながら、次は、どうすれば良いのかを考えた・・・。
 そして、出した結論は、古参グループに入る事だった。
 古参グループは、新参と違って、仕事で勝負してくる。
 そこで認められれば、それなりの地位になれると思ったからだ・・・。
 しかし、古参グループは、さすがだった。
 私は、出来は優秀だったが、最初は要領が悪く、スピードが遅かったのだ。
 こんな事では、認められない。
 私は、持ち前の努力で、死に物狂いで、古参グループの手際を学んだ。
 師匠が、最後に教えてくれた言葉が身に染みた・・・。
『その家のやり方に合わせなければ、真の使用人には、なれませんよ?』
 その言葉が全てだったのだ。
 天神家に合わせたやり方を知れば、自然とスピードが上がる。
 結局は、努力して、知る事が一番の近道だったのだ。
 1年が経った頃、私は、古参グループの中でも一番になっていた。
 簡単では無かった・・・だが、主人の役に立ちたい一心だった。
 その頃になると、新参グループでさえ、私に逆らえなくなっていた。
 私は、1年で天神家を掌握したのだ。
 平坦な道じゃ無かったが、主人の役に立てると思えば、何とも無かった。
 メイド長として、主人の前に立った時、主人は褒めてくれた。
 それだけで、幸せになれた・・・。
 しかし、主人の方に限界が来た・・・。
 主人は、正当な手段での天神家の存続は、難しい状況になった。
 私は、メイド長としての仕事をこなしつつも、アドバイスを送った。
 それでも、主人の商才は、限界を迎えつつあった。
『一旦、家を捨てて、再興しましょう・・・。』
 私は、その言葉を口にした・・・。
 だが、主人は、頑なにそれを拒んだのだ。
 何故?と聞いたら、困ったような顔をするだけで、答えてくれなかった。
 だが、私は気付いてしまったのだ・・・。
 主人は、約束を果たそうとしているだけなんだと・・・。
 私が発した、『ずっと、ここで暮らしたい』と言う言葉を・・・。
 あんな口約束を、真面目に守り通そうとするなんて、馬鹿だ・・・。
 主人は、天神家が全てだった。
 だから、天神家存続の為に、裏で経理に不正をするように指示していた。
 そして、取引で知った情報を活かして、株の売買をした。
 それは・・・全て違法だった・・・。
 それを上手く誤魔化すのが、私の役目になった。
 私は、決して外に漏らさなかった。
 天神家に黒い噂が立ったが、全て封じ込めた。
 全ては、天神家の為だった・・・。
 だが、その事を、義理の父親が知ったのだ。
 私や、使用人は、そんな事を知らせる訳が無い。
 恐らくは、主人が、その事に気付かれる様な事をしたのだろう。
 義理の父親は、烈火の如く怒った。
『お前は、今の自分が、情けなくないのか!』
 義理の父親は、涙を堪えながら訴えていた。
 最後まで、義理の息子を信じたかったのだろう。
『私は天神家が全てです。存続させる事が、私の正義です。どんな事をしても。』
 主人は、言い切った・・・その瞳に迷いは無かった。
 義理の父親に、初めて歯向かったのだ。
 義理の父親は、どうしても納得出来なかったのだろう。
 とうとう、親子の縁を切ってしまった・・・。
 主人は、平然としていたが、心は、ズタズタだった。
 義理の父親とは、色々な面で衝突したが、勘当されたのは、初めてだったからだ。
 それからは、義理の息子と実の娘を、ひたすら鍛え上げる日々が続いた。
 義理の息子は、義理の母親が、高齢出産した奇跡の子だった。
 まるで、吸い込まれるように、義理の息子は、義理の父親の元へと行った。
 それは、仕方の無い事だった・・・。
 義理の息子は、義理の父親の実子だったのだから・・・。
 それからは、娘を鍛え上げる毎日が続いた。
 娘は、覚えが良いなんて物じゃなかった。
 凄すぎる・・・1教えたら10を理解するような神童だった。
 半魔族の血のせいだけでは無い。
 真の意味で天才だった。
 主人は、この娘になら、天神家を託しても大丈夫だと、悟ったのだ。
 それから、私に天神家の事は、任せっ切りになり、娘に全てを注いだ。
 私は、天神家の現状を維持するのがやっとだった。
 そして・・・忙しかったある日、主人に部屋に来るように言われた。
 私は、何度も体を重ねていたので、今日も夜伽か・・・と思っていた。
 その時は、主人も天神家の枠を越え、私も使用人の枠を越えて、愛し合えた。
 だが・・・主人の部屋に入った時、私は、衝撃が走ったのだ。
 主人の眼を見た時の事だ。
『まるで、全てを悟った顔をしています。ご冗談は、お止め下さい。』
 私は、言葉に出して言ってみた。
『睦月。とうとう、時が来たのだ・・・。分かっていた事だろう?』
 その言葉に、私は全身に、電流が走るような感覚に襲われた。
 娘に託す時が来た・・・そう言う意味だった・・・。
 主人は、娘の育ての最後の仕上げに、自分を討たせようとしていたのだ。
 既に、理由付けはしてある。
 娘が懐いていた兄を、自分の手で遠ざけた事を話したと言う。
 娘は、自分の兄が全てだったのを、私は知っていた。
 そして今晩、『お前は、最高の作品だ』と言うつもりだ。
 しかし、その言葉は、嘘では無い。
 本当に、そう思っていたのだ。
 そうで無ければ真実味が無いし、主人は、それが最高の褒め言葉だと思っていた。
 だが私は、その言葉を言えば、主人が、娘に殺されますと、忠告していた。
 私は、娘と14年間も共にしていたのだ。
 その言葉が、彼女にとって、どれだけ屈辱かを知っていた。
 主人は、それでも言う・・・。
『私は、自分に嘘は吐けない。その言葉を伝えて、次代に繋ぐつもりだ。』
 主人の決意は固かった・・・。
 作品と言ったが、主人にとって、その作品は、自分の全ての結晶だと言っていた。
 言葉は悪いが、愛情は本物だった・・・。
 だが、娘は怒り狂うだろう・・・。
『私は馬鹿だからな。もう決めた事を変えるつもりは無い。』
 本当に馬鹿だ・・・この主人は、馬鹿その物だ。
『睦月。この家を守ってくれ。私の最高の作品と共に・・・。』
 主人は、全てを娘に託していた。
『そこまでして・・・私の約束を守るつもりですか!!』
 私は、初めて主人に反論した・・・。
『約束は・・・時に命より重い。お前との約束なら、尚更だ。』
 主人は、最期を悟ってか、隠そうともしなかった。
『こんな約束の守り方、私は嫌です!!』
『睦月・・・。私の事は、笑いなさい。』
 私の言葉に、主人は、穏やかな言葉で返す。
『約束一つ守るのに、己が命を懸けなくてはいけない男だと笑いなさい。』
 主人は、淀み無く言った・・・。
 全ては約束の為だった・・・。
 私のせいで、主人は命を懸けなくてはならなかった。
 ・・・そして、約束された最期がやってきた・・・。
 主人の読みどおり、娘に言葉を伝えると、主人は娘に胸を貫かれていた。
 私は、娘が落ち着くのを待って、別室に控えさせると、主人の下に駆け寄る。
 そして、外傷だけでも処理して、見た目では、病気に掛かった様に見せかける。
 そして、義理の息子を呼びつける・・・。
 最期に、主人は、娘に継がせる様に託すと、息を引き取った・・・。
 それが、私と主人の・・・厳導様との思い出だ。
 恵様は悪くない・・・。寧ろ、あの展開は、厳導様が望んだ物だ。恵様に、当主
としての責任と、非情さを与える為だったのだ。全ては天神家の為だ。
 恵様は、自分が継ぐと、当主としての才能を遺憾なく発揮し、厳導様とは、一線
を画す程、強い存在だと言うのをアピールした。周りからの心配の声を一掃した。
そして、天神家は、見事に復活・・・いや、ガリウロル1の最高の家柄へと成長し
ていった。恵様と言う存在が入るだけで、全てが輝いて見えた。
 この光景こそが、厳導様が死を選んででも望んだ光景だった。
 貴方の最高の作品である恵様は、蝶へと成長し、羽ばたいています・・・。
 私が、見守っていきます・・・。
 そして、厳導様との思い出を胸に、恵様に、仕える事を、喜びとしていた。
 ・・・師匠から手紙が届いた。その内容は、私を驚愕させた。
『そちらに向かうショアン様は、厳導様に良く似ている。』
 そう手紙に書いてあって、士様達一行の写真を見せて貰ったのだ。
 その中に、厳導様としか思えない人が映っていた。いや、これ・・・他人の空似
で済ませるレベルなのだろうか?それくらい似ていた。
 ジェイル様の弟らしいが、生き写しと言っても差し支えないレベルだった。
 会ってみると、物腰が柔らかい人で、礼儀も正しかった。なので恵様は、厳導様
とは、雰囲気も、空気も違うと、言ってらっしゃった。所詮他人だと。
 でも、私は知っていた。厳導様は、父になってから厳しくなったのであって、真
様の下に居た頃の厳導様は、物腰柔らかく、礼儀正しかったのだ。あの頃の厳導様
と、纏っている雰囲気まで、そっくりだった。
 それは、当然だった・・・。
 兄であるジェイル様を恨んでいて、自らが望まない道を歩まされて、それでも耐
えに耐えて生きてきた。そして、付いた渾名は『剛壁』。仲間になってからは、ミ
サンガで仲間の誓いを立て、その誓いを守る為に、身を犠牲にしてまで、仲間を守
る。自分の居場所を守る為なら、命を懸けるような人・・・。
 私は、胸がときめいた。そして、それと同時に、イライラしていた。
 何故、こんなに厳導様に似ているのか・・・。
 私は、とうとう耐え切れなくなって、厳導様を初めて受け入れた時の状況と、同
じ事をした。間違っていると思ったが、止められなかった・・・。
 だが、あの人・・・ショアン様・・・。いや、ショアンは見抜いていた。
 私が、完全に厳導様の影を追っている事に。それは、ショアンで無くたって分か
る。恵様からも、散々指摘された事だった。でも、似てたのだ・・・。
 しかし、こんな事をすれば、厳導様が遠くに感じてしまう。だが、似てるのだ。
恵様からも呆れられる・・・。でも似てるんだ・・・。皆からも、私が、まだ厳導
様を忘れられないのかと、揶揄されてしまう。でも!!似てるんだ!!!
 重ねてしまうのは、当たり前だ!・・・でも、そんな事は、ショアンも厳導様も
望まないし、失礼だ。だから、私が我慢すれば良いだけの事だ。厳導様への想いは、
私の中に押し込めておけば、済む事。明日、何気なく挨拶すれば良い事だった。
 でも、ショアンは、それを許さなかった・・・。我慢出来なくなったことを指摘
し、私の本音を聞きだした。私は、恵様と居て幸せだったのに、厳導様が居ないの
を寂しいと思っていたのだ・・・。
 そして、あろう事か、ショアンは、厳導様と同じ声で、厳導様と同じ話し方で、
厳導様が見せてくれた、優しさで、我慢しなくて良いと言ってくれた。そして、自
分が代わりになれるなら、代わってでも吐き出せと言ってくれた。
 ・・・本当に馬鹿。厳導様の代わりなんてして、辛いのは、ショアンだと言うの
に・・・。それでも甘えさせてくれたので、冷静になれた。
 あそこまでされて、ただで黙っている私では無かった。心を覗かれたようで、気
分が悪いし、私の気が済まない。だから今度は、厳導様の代理としてでは無く、彼
自身を見てあげなければ、失礼に当たる。それに、彼はとても優しいし・・・。そ
れで自然と出た行動が、キスだった・・・。はしたないと思われたかな?と思った
が、ショアンは喜んでくれた。そして、告白したら、了承してくれた・・・。
 嬉しすぎて堪らない。私は、決して結ばれない相手と恋をしてきたので、正式に
付き合うのは、ショアンが初めてだ。色々周りから言われるかも知れないが、そん
な物関係無い。彼が信じてくれさえすれば良い。
「・・・月!・・・ちょっと、睦月!!」
 恵様の声が聞こえた。
「お呼びでしょうか?恵様。」
 私は、慌てて体裁を取り繕う。苦しかったかも知れない。
「いや、別に用事は無いけど・・・。随分ボーっとしてたので、心配しましたわ。」
 恵様は、ホッとした様に、胸を撫で下ろす。主人に心配されるなんて、良くない
事だ。気をしっかり持たなくては・・・。
「珍しいわね。睦月が放心するなんて。何かありました?」
 恵様は、本気で心配してくれている。私には、勿体無いくらいの主人だ。
「色々、昔を思い出していました。」
 私は、最近の事も考えていたが、隠すように言う。
「そう。睦月は、昔から苦労してるものね・・・。」
 恵様は、寂しそうに笑う。厳導様の事は、未だに吹っ切れない恵様だが、私を思
っての発言は、隠そうとしない。
「私は、今も昔も、幸せですので、お気に為さらずに。」
 それは、本当の事だ。寂しかったが、幸せだった。
「睦月が、そう言うのなら、本当なんでしょうね。」
 恵様は、私を信じて下さってる。本当に素晴らしい成長をなされた。
 それに加えて私には、愛す事が出来る相手が出来た・・・。幸せ過ぎて怖い。
「・・・睦月?・・・その顔は・・・。」
 恵様は、私の顔を見て、怪訝そうな顔をする。
「睦月。私に隠し事は良くないですよ?」
 恵様は、腕を組むポーズをし、私をジト目で睨み付ける。何て鋭いお方だ。
「隠し事など、ありません。」
 私は、どもる事無く、一礼する。
「睦月?私と貴女、何年の付き合いだと思っているの?隠し通せませんわよ。」
 う、うぐぐ・・・。さすが恵様。惑わされたりしない。
「言わなきゃ、駄目でしょうか?」
 私は、多少の抵抗を試みる。
「普段なら、無理に言いたくないのなら、と思うけど、今回は言いなさい。」
 恵様は、私が、何を報告しようとしているのか、分かっているようだ。
「実は・・・ショアンと付き合う事になりました・・・。」
 私は、顔を真っ赤にしながら報告する。
「・・・そう。一応の為、聞くけど、あの男の代わりでは、無いわね?」
 恵様は、鋭い目付きで、厳導様の事を言う。当然の質問だ。
「そのようなつもりは、全くありません。」
 私は、淀み無く答える。最初にショアンを見た頃は、厳導様の面影を見ていたが、
今は違う。厳導様の思い出を胸に、ショアンと歩いていける自信がある。
「そう・・・。良い人を見つけましたね。」
 恵様は、微笑んでくれた。・・・祝福してくれたのだろうか?
「私の言葉をお疑いにならないのですか?」
 私は、次の言葉が来るかも知れないと思っていた。
「だから!睦月とは、何年の付き合いだと思っているの?眼を見れば、本気かどう
かくらい分かるの。幻影を追い続けていたら、そんな幸せそうな眼は出来ませんわ。」
「恵様・・・。」
 ああ。恵様は、本当に凄いお方だ。私の心など、すぐに見抜いてくる。
「幸せになりなさい。睦月。貴女は、もう幸せを掴んで良い頃よ。」
 恵様・・・。私は、貴女のそのお心が、眩しい。
「って、良い話で終わらせようと思ったけどね・・・。」
 ・・・?恵様?何だか様子がおかしい。
「いやぁ、睦月・・・。あの迫り方は無いと思いますわ・・・。」
 ・・・え?迫り方?え?何で知って・・・?ま、まさか・・・。
「いやぁ、姉さんの様子がおかしかったから・・・。」
 後ろから、突然声がした。・・・は、葉月!?
「ま、まさか・・・ぜ、ぜ、全部・・・。」
 私は、開いた口が塞がらなかった。そして、顔が急に熱くなる。
「だって・・・心配だったんですよ・・・。」
 葉月は、申し訳無さそうに私に謝る。
「ま、まさか、私も、あんな現場に出くわすとは思わなかったけどね。」
 恵様も、顔を真っ赤にしている。
「う、うぐううう・・・。」
 私は、声にならない叫び声をあげる。何て言ったら良いのか、分からない。
「どうやって・・・何の気配もしなかったんですけど・・・。」
 私は、あの場に誰も入ってこない事は確認していた筈だ。
「姉さん、ゴメンね・・・。」
 葉月が謝る・・・。葉月が?・・・ま、まさか・・・。
「貴女、『結界』のルールを使ったって言うの!?」
 それしか考えられなかった。確かに遠くで『ルール』を使った気配があったが、
すぐ消えたので、気にも留めなかった。
「私も、すぐに出ようと思ったんですけどね・・・。あんな話聞かされたら、出て
来れなかったのよ・・・。」
 恵様は、口を尖らせる。あんな話・・・?ああ。厳導様の話か・・・。
「私の中で、あの男は、忌むべき対象だったけど・・・睦月の話を聞いてたらさ。
思い当たる節があったから・・・。」
 恵様は、バツが悪そうな顔をする。
「姉さんが、いつも前を向いて頑張ってたの、私、知ってたから・・・。話に聞き
入っちゃってたの。本当に御免なさい。」
 葉月は、叱られる前の子供みたいな顔をする。
「・・・全くもう・・・。恥ずかしいじゃないですか・・・。」
 私は、呆れていたが、もう、隠さない事にした。恵様と葉月の頭を撫でる。私の
胸の中に抱き寄せた。
「こうしてもらうの・・・久し振りですわ。」
 恵様は、いつもなら、身を委ねたりしないが、今日は、黙って私の胸の中に頭を
埋めさせていた。昔は良くやったっけな。
「姉さん、いつも無理してた・・・。前を向いて頑張る事しかしなかった。私、そ
んな姉さんを見て、今の仕事に憧れたんだよ?」
 葉月は、思った事を言う。葉月にも、寂しい思いをさせたっけな。
「私が望んだ事です。それに、私はずっと幸せだったんですよ?」
 私は、二人が、本当に心配してたんだって知ると、愛おしくなる。
「これからは、もっと・・・だよね?」
 葉月は、ショアンの事を言ってるのだろう。
「見てたなら知ってるでしょう?あの人、過去の私を慰めつつ、今の私を好きだと
言ってくれた。あんな人、他に居ませんよ。」
 あんなお人好しは、他に居ない。厳導様に似てるって理由だけじゃなく、あの人
には、既に惚れてしまっていた。
「睦月・・・。私ね。・・・お父様の記憶は、辛い物しかないの。」
 恵様・・・。恵様は、あんな仕打ちを受けたのに、厳導様を父と呼んだ。
「何度憎んだか分からない。・・・だけど、睦月の事は大好きなの。その睦月が、
お父様を尊敬してるってのが、いつも不思議に思ってたの。」
 恵様は、私が告白した話を聞いて、混乱していたのだろう。
「お父様は、私に殺されたがってたの?私、その通りにしちゃうなんて、悔しくて
しょうがないの。」
 恵様は、自分が父親を殺した事に、何度も葛藤を抱いていた。私は、涙をボロボ
ロと流しながら、恵様を、より一層抱きしめてやる。
「厳導様は・・・。私との約束を守ろうとしただけなんです。恵様は、悪くないん
です。私が・・・私が悪いんです!」
 そうだ。私は、厳導様と約束した。その約束を、守る為に厳導様は命を懸けた!
「違うよ。姉さん。」
 葉月は、私の言う事に、首を横に振る。
「厳導様は、私に言ってくれたよ。『葉月・・・。今は分からないかも知れないが、
時が来たら、思い出して睦月に伝えてくれ。』『睦月と約束した事がある。睦月は、
その事で自分を責めるかも知れないが、それは間違いだと。』『その約束は、誰よ
りも、私自身が成し遂げたい約束なのだ。』って・・・。」
 そうか・・・。葉月は、厳導様に私への言伝を聞いていたのか。
「睦月。お父様は言っていたわ。『天神家は、私の全てなんだ。』ってね。」
 恵様が、何度と無く聞いた言葉だ。呪いの様に言われていた言葉だ。
「お父様は、頑固でしたのね。全く・・・。なら、背負っちゃうしか無いか。」
 恵様は、改めて、厳導様から背負わされた天神家の重みを確認する。
「恵様一人で背負うなんて、駄目ですよ?私だって背負いたいです。」
 葉月が、得意げに胸を叩く。頼りになる妹だ。
「勿論、私だって背負いますよ。厳導様の約束以前に、この家が好きですから!」
 そうだ。もう厳導様との約束だけじゃないのだ。私自身が、この家が大好きで、
守りたいと思っているのだ。
「なら、幸せになるしかないわね。睦月。ショアンさんにも背負ってもらわないと。」
 恵様は、からかうような口調で言う。
「ショアンさんには、伝えておくわ。私の乳母を、宜しくお願いしますってね。」
「け、恵様・・・。」
 私は、思わず感動してしまった。恵様の口から、乳母と言う言葉が出てくるとは
思わなかったのだ。しかもそれが、私だ何て・・・。
 恵様には、私は一生敵わないなと、思うような出来事だった。


 とうとう本番がやってきた。俺は、この日の為に、恐ろしい練習量をこなしてき
た。俺は、ガリウロルの代表なのだ・・・。不安もあるが、楽しみだった。俺が、
やってきた成果が、この場で試されるんだ。
 1ヶ月前から合宿に入って、海外遠征もした。奴等は、ガリウロルの連中とは、
攻め方が違う。勉強になる事ばかりだった。俺は、奴等に手の内を見せないように
努めてきた。時には、負ける演技をしてまで、手の内を隠した。特にセントの代表
は、気合が入ってるからな。こっちとて負けられん。
 ソクトア選手権・・・。スポーツの祭典だ。今回は、ストリウスで行われる。ソ
クトアの代表が一堂に会し、覇を争う。8カ国が全部揃うと言うのは、非常に面白
い。最近では、国だけで争うのは詰まらないと言う理由で、地域毎に分かれて覇を
争う祭典になった。
 セントは、5地域が参加している。キャピタル、シティ、タウン、スラム、ビレ
ッジの5地域で、人材は、かなり豊富だ。
 我がガリウロルは、3地域で参加だ。アズマ、サキョウ、テンマの3地域で、俺
は、サキョウ代表として、柔道でのメダルを目指す。やるからには、金メダルだ。
 他の国は2地域ずつだ。西と東と言う様な分け方が多い。それは、セントやガリ
ウロルのように豊富な特色が分かれている訳では無いからだ。
 正直、セントから出て来ている5地域以外の代表は、ほとんど俺の敵では無いだ
ろう。『重心』のルールを使うつもりは無い。あれは、反則技だ。
 俺は、無差別級で選ばれた。実績から言って、兄が選ばれると思っていた。道雄
は、天才だ。彼の繰り出す竜巻背負いは、凄まじい切れ味で、俺も何度食らったか
分からない。国内でもほとんど敵は居なかった。
 しかし、俺の可能性を伸ばしたいので、俺が無差別級に選ばれる事になった。そ
の代わり、道雄は100キロ超級だと言う事だ。道雄は背がでかいから、丁度良い
のでは無いか?
 ガリウロルの国技である柔道なので、負けられないと言うプレッシャーがある。
柔道でのメダルは、当然期待されている。
 俺も緊張していたが、その緊張を紛らわせてくれるのが、仲間からの近況報告だ。
 何でも、レイクの父親であるゼハーンと言う人の仲間が、天神家に逗留する事に
なったらしい。6人も増えたとの事で、あの家は、また騒がしくなるのだと思った。
しかも、聞いた所によると、その中の黒小路 士と言う男は、瞬やレイクよりも強
いのだと言う。信じられない。そんな強さが存在するのか。
 しかも、その6人は、セントでバーを経営していたと言うので、恵の力を借りて、
今度はレストランを経営するのだとか。随分と買われているようだ。あの恵が、経
営を許すと言う事は、並の腕では無いのだろう。
 そのレストランも、ここ2週間程で、かなり有名になったらしく、客足が絶えな
いのだとか。俺も、その6人に会いたいし、そのレストランに赴きたい所だ。何で
も、勇樹や、エイディさん、グリードさん何かも、そのレストランで、バイトをし
ているらしく、きっと楽しくやっているのだろう。
 それと、ビックリしたのが、ティーエさんが意識を取り戻した事だな。俺が助け
に行った時は、生気の無い目をしていた。俺は、あのような非道な現場を見たのは、
初めてだった・・・。自分は、高々17年の人生だが、あんな場面に出くわすのは、
勘弁したかった。だが、元気になったと聞いて、嬉しかったな。しかも、一緒に助
け出したジェイルさんと婚約したのだと言う。会話の中で、支えあって生き延びた
と言っていたし、妥当な所だろう。
 それと巌慈が、とうとう親父さんとコンビを組む事になったとか言ってたな。ダ
ブルサウザンド伊能コンビだとか。奴も、スター街道を進む事になるんだろうな。
 その間、俺はずっと合宿に行っていた訳だし、その成果を見せなきゃな。
 開会式も終わり、柔道の第1回戦が始まった。
 俺は、最初と言う事もあって、手加減出来なかった。開始早々2秒で一本を取っ
た。相手は、俺より数段大きかったが、関係無かった。柔道はガタイだけの勝負じ
ゃない。技のキレと、相手の力を利用すれば、当然の結果だった。
 鮮烈なデビューになってしまったせいか、かなりマークが増えた気がするが、も
う遅い。始まっちまえば、そう簡単に特訓も積めないだろう。
 俺が、休憩室で休んでいると、道雄が近付いてきた。
「よっ。ガチガチだったぜお前。」
 道雄は、からかいに来る。チッ。バレていたか。
「さすがに、初めての選手権だからな。手加減出来なかった。」
 俺は素直に認める。相手より俺の方が、数段力が上だったのに、手加減出来なか
ったのは、俺の落ち度だ。
「俺が出る舞台を奪ったんだ。絶対金メダルを取れよ。お前。」
 道雄は、発破を掛けてくる。そうだ。この舞台は、当然道雄が出ると思っていた。
しかし、監督に目を付けられたのは、俺だった。
「お前こそ、俺の兄なんだ。金メダルを取らんと、格好がつかないぞ。」
 俺は、減らず口を叩く。兄は、優勝するだろう。金メダルを確約されたような人
物だ。その前の舞台でも、圧倒的な強さで、掻っ攫っていったしな。
「心配するな。無差別級程の化け物は出て居ないし、順調に行けば余裕だ。」
「無差別級程の化け物?何か居るのか?」
 俺は、道雄の言い方が気になっていた。
「お前、気付いてないのか?セントの奴等しかマークしてないのか?」
 道雄は、急に心配になりだした。誰か目ぼしい奴でも居るのか?
「・・・次の試合を見る事だな。」
 道雄は、心配してか、モニターを指差す。すると、シティ代表の奴と、デルルツ
ィア南代表の試合が行われようとしていた。
「・・・デルルツィア南?」
 俺は、何か引っ掛かっていた。何だろう?そして、名前を見て驚愕した。
「あ、アイツ、出ていたのか!?」
 俺は、見覚えのある名前を発見した。
「お前、学校一緒だろうが。」
 道雄は呆れていた。そうだ。幾らマークして無かったとは言え、この名前をマー
クし忘れるとは、迂闊だった。
『デルルツィア南代表、レオナルド=ヒート!』
 そう。レオナルドだ。奴は、デルルツィアン柔術の本家本元のエリート。名のあ
るガリウロル人が、デルルツィアにも柔道を広めたいと言って、広める事に成功し
たデルルツィアン柔術だ。油断ならない相手だ。特に、ヒート家は、デルルツィア
ン柔術の中でも実力者揃いと言われていて、レオナルドも、恐ろしいほどの実力者
だ。俺も、奴と学内の部活動対抗戦の時は、巌慈と同じく、かなり苦戦を強いられ
た。技の組み立てが早い上に、迷いが無い。
 それに、この前、風見に負けた後、猛特訓を積んだって話だ。
『では、はじめ!!』
 審判の声が掛かる。それと同時に、レオナルドが腕を引き込む。そして、あっと
言う間に一本背負いを決めてしまった。
『・・・い、一本!』
「おい・・・。」
 道雄は、言葉を失う。俺もビックリした。
 凄まじい技の切れだった。そして、タイミングも計ったようにバッチリだった。
あの速さは、尋常じゃない。はじめの声が掛かったと同時に、相手の懐に居るよう
に見えたぞ。レオナルドの奴、どんな特訓してやがったんだ。
「お前、マジで気をつけろよ・・・。あれ、半端じゃないぞ。」
 道雄は、忠告をすると、去っていく。
 そして、入れ替わるように、休憩室にレオナルドが入ってきた。
「シュラ!」
 レオナルドは、陽気な声で、話し掛ける。
「レオナルド。お前、この選手権に出てたんだな。」
 俺は、驚いていたので、少し話し辛かった。
「キミを、ビックリさせようと思ってね。キミが出るのは、知っていたからね。」
 それはそうだ。爽天学園での休みの申請も、この選手権に出るからと言う理由だ
しな。確かに、レオナルドも休みを取ったとは聞いていたが・・・。
「シュラ、さっきの内股は、見事だったよ。」
 レオナルドは、俺の試合を見ていたようだな。
「レオナルド。その言葉、そっくり返す。あの一本背負いは見事だった。俺が本気
になるのに、十分なくらいな。」
 そうだ。俺は、当然この選手権で優勝する物だと思っていた。金メダルを持ち帰
るのは、俺なんだろうと、高を括っていた部分もあった。だが、目の前に居る男は、
この前の部活動対抗戦に破れて、本気で這い上がってきた男だ。
「キミと当たるのは、決勝戦だ。選手権を、盛り上げようじゃないか!」
 レオナルドは、陽気だったが、本気度が伝わってきた。
「感謝するぜ。俺を、ここまで燃えさせてくれるなんてな!」
 俺は、金メダルなど、どうでも良くなっていた。この目の前に居る男と、全力で
ぶつかる。それが、俺の目標になりつつあった。
 そうだ。勝負ってのは、こうじゃなきゃ嘘だ。楽しくなきゃ嘘だ。
 俺は、全力でぶつかれる相手が出来て、ワクワクするのだった。


 私は、強くならなければならない・・・。失われた力を取り戻し、更なる強さを
求めて、研鑽しなければならない。それくらいしないと、ゼロマインドに対抗する
事など出来ない。
 私は、今の仲間を、ずっと傷付けてきた。私は許されないし、罪人だ。罰の一部
は受けたが、あんな物では足りない。私は、この星の運命すら、奪おうとしていた
のだから、あんな物では、とても足りないのだ。
 今の場所は、凄く居心地が良い。ゼロマインドの下に居た時の、妙な高揚感とは
違う。真の意味で、安心出来る場所が、今の居場所だ。だから私は、ゼロマインド
を滅ぼす為に、あらゆる強さを手に入れなければ・・・。
 焦っても仕方が無い。だが、気持ちは焦ってしまう。
「よう。ちょっと良いか?」
 誰かがやってきた。私は、専用のスペースを借りて、神気を取り戻そうとしてい
るので、誰かがやってくるのは珍しい。夜中にやってくるとは・・・。
「・・・士か。私を斬りに来たのか?」
 私は、一瞬で士の用事を悟る。殺気が出ていた訳では無い。だが、士の雰囲気が
物静かだったので、そう思っただけだ。
「俺は、まだ、お前の事など、信用して居ない。」
 士は、そう言い渡す。当然の事だった。寧ろ、レイク達のように信用してくれる
事の方が、珍しいのだ。
「ミシェーダと共に、私は君の妨害をした。当然だろう。・・・斬りたまえ。」
 私は、斬られても一向に構わなかった。
「お前の覚悟を見せろ・・・。」
 士は、近寄ってきて、斬ろうとする。しかし、誰かが私と士の間に割ってきて、
それを止める。
「・・・アンタ・・・。確か・・・。」
 士は、止めた人物を、見据える。
「この子の養父だ。名は、ネイガ=ゼムハード。」
 間違いない・・・。私の父上だ。
「父上。私は、罪人です。士は、私を斬る資格がある。」
 私は、止めてくれなくても良いと、眼で訴える。
「馬鹿者!死ぬ事で清算出来る物では無いと、あの時、言ったではないか!」
 父上は、私を叱り付ける。何だか、懐かしい。父上は、私の事を余り叱らなかっ
たし、私に対して、優しかった。
「士と言ったな。この子は、罪を犯したが、清算する義務がある。君の一存で、こ
の子の人生を終わらせる訳にはいかない。」
 父上は、士の剣を前にしても、一歩も引かない。
「俺は、ゼリンの覚悟を知りたいんだが?」
 士は、私が、本気で仲間になったのか、確かめたいようだ。
「この子の覚悟は、私の覚悟だ。確かめるのなら、私の覚悟を確かめると良い。」
「ち、父上!何もそこまで!!」
 私は、もう縁を切った筈の父上が、ここまでやる理由が分からなかった。
「私がやらなければ、ジュダ様が、同じ事をする。しかし、ジュダ様は、今忙しい
のだ。だから、私の覚悟を見せる!」
 父上は、そう言うと、周りに分からないように、強い『結界』を張る。
「父上・・・。私は・・・。」
「ゼリン・・・。私は、お前の苦しみにも気付かない、愚かな親だった・・・。お
前が、兄を愛して、私の娘になりたいと言い出したのを、知っていた・・・。」
 父上は、目を伏せる。お見通しだったのか・・・。
「それでも、私を父と呼んでくれるお前を見て、私は、お前を守ると決めたのだ。
なのに・・・ゼロマインドなどにお前を渡してしまった・・・。」
 父上は、その事を、まだ悔やんでいるのか・・・。
「それは、私が悪いんです!ゼロマインドに魅入られたのは、私です!」
 そうだ。父上が悪い訳では無い!
「親と言うのは、この責任を負わなければならぬ時がある・・・。」
 父上は、そう言うと、士と対峙する。
「士よ。私の本物の覚悟を見せる。君も本気で来い!」
 父上は、そう言うと、神気を出しながら、道場の方へと向かう。道場の中も、静
まり返っていた。どうやら、『結界』が張られているようだ。
「それは・・・グロバスを出せと言っているのか?」
 士は、挑発する。父上は、グロバスと同化しているのは、知っていたのか。
「そうだ。そして、君がジュダ様に勝った時の姿を出せ!」
 え?・・・士は、父さんに勝ったって言うの?あの凄い父さんに・・・。
「手の内を隠してやがったけどな・・・。」
 士は、瘴気を出し始める。
「ちょっと・・・人の家で、暴れられたら困るんですが?」
 この声は、恵!起きてきたのか。
「夜中に、騒ぎを起こすもんじゃないわよ。全く・・・。」
 ファリアまで居る。どうやら、気が付いたようだ。
「私が、呼んだんだヨ。士。」
 センリン・・・。そうか。士が居ないのに、真っ先に気が付いたのか。
「無茶は良くねぇぞ。士さん。」
 レイクも居たか・・・。
「まさか、ネイガさんまで居るとは思わなかったけどな。」
 グリードも、付いてきたようだ。
「士さん!ゼーダも、抑えろって言ってる!」
 瞬は、ゼーダの言う事を代弁していた。
「『ルール』発動します!」
 葉月が、『結界』のルールを発動させる。すると、強化されていた『結界』が、
絶対なる力を持つようになった。これで、外に漏れる心配は無い。
「あー。もう。何か、勘違いしてねーか?」
 士は、溜め息を吐く。どうやら、真意は違うようだ。
「俺は、ゼリンを殺そうとなんてしてねーぞ。ただ、覚悟を見せて欲しいと言った
だけだ。早とちりが過ぎるだろ。」
 士は、覚悟を見せろと言った。それは、どう言う事なのだろう。
「信用に足る行動を示せと言ったんだ。まさか、首を差し出すとは思わなかったけ
どな・・・。ゼリン。それじゃ、全然駄目だ。」
 士は、私に駄目出しをする。
「そこのオッサンも言ったが、死ぬ事が、清算になるなんて、俺だって思っちゃい
ない。・・・アンタは、覚悟の示し方すら知らないようだな。」
 士は、何を言っているのだろうか?
「そう言う事か・・・。私も、早合点をしてしまった・・・。済まない。士。」
 父上は、素直に謝る。私と言い、父上と言い、士の真意を読み取れないとは。
「私は・・・どうすれば良いのだ・・・。」
 私は、覚悟の示し方も分からないのか・・・。
「全く・・・。850年だか生きてるってのに、そんな事も分からんとは。」
 士は呆れてしまう。そうだ。こんな私なんかでは、呆れられて当然だ。
「おい。オッサン。コイツに分からせてやろうぜ。本当の覚悟って奴を。」
 士は、父上を挑発していた。何をする気だ?
「ジュダ様も、赤毘車様も、ゼリンには見せている筈ですがね。」
 父上は、父さんと母さんの名前を出す。
「そりゃその時に、覚悟の闘いだってのを、コイツが認識してなかったから駄目さ。」
 どう言う事だろうか?覚悟の示し方・・・とは?
「ゼリン。見ておくのだ。どう言う状況が、覚悟を示す事になるのか、私が教える!」
 父上は、そう言うと、四肢に力を入れる。すると、父上の背中から、炎を纏った
翼が生え始める。父上の『化神』だ!
「なる程。その鳳凰の姿こそ、お前の真の力を解放した姿か。」
 士は冷や汗を掻く。父上が、この状態になったら、手を付けられない程強い筈だ。
「あれほどの神気・・・。凄まじい強さですわ・・・。」
 恵でさえ警戒している。
「ジュダさんも凄いけど、いやぁ・・・さすが側近ってだけあるわー・・・。」
 ファリアも素直に驚いている。
「これは・・・。凄いネ・・・。」
 センリンも、最近、神気を覚えたせいか、その凄さを感じているようだ。
「すっげーな。なら、こちらも、アンタのリクエストに答えてやる!」
 士が、眼を血走らせる。すると、士の頭から角が生えてきた。そして、背中から
見事な翼が生えてくる。その姿は、グロバスの化身であった。しかし、グロバスの
気配は無い。変身には最小限しか力を使っていない。士の意識に、グロバスが力を
貸している状態なのか・・・。
「これは・・・私達では及ばない筈ですわ・・・。」
 恵は、恐ろしい物を見る眼で、士を見ていた。
「士さん、こんな強かったのかよ・・・。」
 瞬は、驚きを隠せないようだ。
「こりゃ、勝つのは一苦労だな・・・。」
 レイクは、それでも勝つ気で居る。凄い向上心だ。
「オッサン。ジュダに勝ったのは、この姿でだ。」
 士は、父さんの名前を出す。確かに、これほど圧倒的な瘴気の力ならば、父さん
に勝てるかも知れない。
「ご協力感謝する。・・・ゼリン。見ていなさい。」
 父上は、臨戦態勢になる。まさか・・・闘うと言うのか?
「こんな闘い!意味が無い!!止め・・・止めてくれ!!」
 そうだ。私の代わりに父上が闘う。しかも、互いに本気でだ。どちらかが死ぬか
も知れない。そう思わせるに十分な、二人の力の奔流だ。
「分かってねーな。この闘いが意味が無いだと?誰が、何の為に、この闘いをして
いるのか、考えてから言うんだな。」
 士は、私を叱責する。この闘いに・・・意味があると言うのか?
「ゼリン。見ていなさい。貴女の父として、闘う私の姿を!!」
 父上は、そう言うと、臨戦態勢が整ったのか、士に突っ込んでいく。士は、父上
を見て、素早く大剣を抜く。
「んな!!?」
 士は驚いていた。父上の得意の戦法が、炸裂した。父上は、神の中でも最速と言
われている程、スピードが速い。攻撃したと同時に相手の裏に回るくらいだ。
「ぐああ!!」
 士は、父上の動きに対抗しようとしたが、上手く行く筈が無く、蹴りで吹き飛ば
される。この時の父上は、父さんよりも速いのだから。
「マジかよ・・・。この速さ・・・。信じられん。」
 士は、態勢を整える。
「対抗するには、これしか無いようだな。・・・『ルール』発動!!」
 士は、迷わず『索敵』のルールを発動する。『ルール』まで発動して、この闘い
を続けると言うのか?ここまでする意味があるのか?
「ここまでする必要は無いだろう!?」
 私は、耐え切れなくなって叫ぶ。何故、ここまでするのだろうか。
「阿呆。黙って見てろ!!俺達は、お前に足りない物を見せてやるんだ!」
 ・・・私に足りない物だと?
 私が考え込んで居る間に、父上は、士に再度突っ込んでいく。しかし今度は、士
が父上の動きを正確に捉えていた。
「・・・攻撃の瞬間を見切っている・・・。凄いな。士さんは。」
 瞬は、感想を漏らす。攻撃の瞬間を見切って?そうか。『索敵』のルールで、父
上の動きは、把握したのだろう。しかし父上の速さは、そんな物じゃない。神で一
番速いとされる動きなのだ。その動きに付いていくには、予測するしかないのだ。
見てから反応しているようでは、遅いくらい父上の動きは速い。だから士は、予測
して、対応しているのだ。
「どこから、そんな自信が生まれるのだ・・・。」
 私には信じられなかった。余程の自信が無いと、あそこまで防ぎ切れる物では無
い。寸分違わず防御しているのだ・・・。
「分かっておらぬな。これが、覚悟だ!・・・士は、私の攻撃を見切ってみせると
覚悟を決めた。自分を追い込む事で、不可能を可能にする覚悟を決めたのだ!」
 父上は、教えてくれる。これが・・・覚悟だって言うのか?
「まーだ分かってないようだな。オッサン。続きだ!」
 士は、今度は自分から突っ込んでいく。父上は、当然避けるが、士の予測能力が
凄い。これは、士が長年培ってきた、剣術の冴えのおかげだろう。完全に避けられ
なくなってきた。段々父上の体に傷が出来て行く。
「ぬうああ!!」
 今度は、父上が吹き飛ばされる。しかも酷い傷だ。
 しかし、立ち上がると、傷は綺麗に消える。そうだ。父上は鳳凰の化身なので、
どんなに酷い傷でも、少し経てば治ってしまうのだ。
「それも、鳳凰神としての能力か?厄介だな。」
 士は、父上の能力を見て、呟く。
「だが、治るのは傷だけか。力まで戻る訳じゃ無さそうだな。」
 す、凄い。士は一瞬にして、父上の治癒能力を見切っていた。
「士さんに掛かっては、私の『制御』のルールでの見切りは、必要無いようね。」
 恵は、冷や汗を掻く。士の鋭さに驚いているようだ。
「このまま体力を削られても、埒が明かんな・・・。」
 父上は、傷が治っても体力まで戻る訳では無い。
「ならば!!」
 父上は、鳳凰神の象徴である腕輪を取り出す。
「遥か古代から伝わる鳳凰の腕輪よ。その力を我に与えよ!そして、炎の力となり
て敵を打ち砕かん!!」
 父上は、腕輪に自分の力を分け与える。
「神技!『鳳凰の突撃』(チャージングフレア)!!」
 父上の必殺技だ!父さんでさえ、防ぐのに全力を使わなければならない技だ。
「・・・『慧眼(けいがん)』のルール!!」
 士は、そう言うと、『ルール』を発動させる。『慧眼』だと?聞いた話では、士
の『ルール』は、『索敵』だった筈だ。
「・・・あそこか!!」
 士は、ある一点を狙って、高速の突きを繰り出す。すると、父上の『鳳凰の突撃』
は、霧散してしまった。
「ば、馬鹿な!!」
 父上は、信じられないような目付きで見る。父上は手加減した訳では無さそうだ。
「これぞ、霊王剣術、突き『冥光(めいこう)』!!」
 士は、迷いの無い突き技を繰り出していた。不動真剣術の『雷光(らいこう)』
に近い。その威力は、計り知れない。
「『慧眼』のルールは、物事の全てを知り尽くす『ルール』だ。この技の綻びと、
一番気合が入ってる所は、見切らせてもらった。」
 凄い『ルール』だ。全てを見切る『ルール』だと言う事か。
「これは・・・グロバスの『ルール』だ!」
 そう言う事か。士の『ルール』は、『索敵』なのだが、彼はグロバスと共に居る。
そのグロバスの『ルール』が、『慧眼』なのだろう。
「とは言え、無傷じゃあないがな・・・。」
 士は、肩の所に火傷を負っていた。完全に相殺出来た訳では、無いようだ。
「士!」
 センリンが、心配するが、士は、大丈夫だとアピールする。
「なんで、あんな真似が出来るんだ・・・。」
 私には、信じられない。今の『慧眼』のルールでの受けも、『鳳凰の突撃』が、
目の前に迫ってからの判断だ。一歩間違えば、死んでいたかも知れない。
「覚悟を見せるってのは、そう言う事だ。決してブレずに、自分の力を信じて、最
善を尽くす。それが、覚悟って奴なんだよ!」
 士は、そう言うと、剣に瘴気を宿らせる。しかも、尋常じゃない量の瘴気だ。
「霊王剣術!魔技!『魔弾』!!」
 士は、剣に溜めた瘴気を開放する。そして、父上の動きを見切ったように、父上
が避けた先に『魔弾』を炸裂させようとする。
「うぬぬぬぬ!!!」
 父上は、『魔弾』を受け止めた。違う・・・。そうか・・・。父上は、自分から
この『魔弾』を止めにきたのだ。私に覚悟を見せるためか・・・。
「これしき止められない様で、お前の父が務まるかぁ!!」
 父上は、渾身の力で握り潰す。さすがだ。しかし、動きが止まってしまった。
 そこに、士は飛び込んでいく。あれは、袈裟斬り!!
「・・・!!」
 そこで、士の動きは止まった。それは、私が父上と士の間に入ったからである。
私は、目を瞑ってでも父上を庇うように仁王立ちする。士は、寸での所で、剣を止
めてくれた。
「ゼリン・・・。そこをどくのだ!!」
 父上は、まだ闘えると、眼で訴えていた。
「嫌です!!これ以上、傷付くのを見るのは、もう嫌なんです!!」
 私は、もう見てられなかった。そう思ったら、体が動いていた。
「体を張ってでも、この闘いを止めたいか?」
 士は、凄みを利かせた眼で、こちらを見る。しかし私に迷いは無い。私は、目を
逸らさずに、睨み返す。
「・・・それが、お前の覚悟か・・・。・・・よし!合格だ!!」
 ・・・へ?合格?
「オッサンの覚悟を見ようと思ったが、その必要は無いようだ。」
 士は、そう言うと、優しい目に戻る。そして、グロバスを引っ込めた。
「そのようだな・・・。やっと、覚悟が何か、この子にも伝わったようだ。」
 父上も、納得したようで、『化神』を解く。
「ゼリン・・・。今の心を忘れるな。その心を持ち続ければ、仲間にも伝わる。」
 父上・・・。父上は、私がこう言う行動に出る事を待っていたのか?
「はー・・・。どうなる事かと思ったけど、一件落着かな?」
 瞬は、息を呑むのも忘れていたようだ。
「心配させたネ!全ク!!」
 センリンは、士の胸に飛び込む。
「わりぃ。どうしても付けなきゃいけないケジメだったんだ。」
 士は、そう言うと、センリンの頭を撫でる。
「ゼリン。忘れるんじゃねぇぞ。命を無駄にするのと、命を懸けて、覚悟を背負う
事は違う。お前がやらなければいけないのは、後者なんだぞ。」
 士は、力強く言ってくれた。そうだ。私は、いつの間にか、自分の命を捨てさえ
すれば良いと思っていた。だが、それでは駄目だ。
 私は、今日、大事な事を教わった。それは、父上と士が、真剣勝負をする事で、
気付かせてくれた事でもあった。
 それは、命の大事さと、覚悟背負う事だった。



ソクトア黒の章5巻の3後半へ

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