NOVEL Darkness 5-4(First)

ソクトア黒の章5巻の4(前半)


 4、病魔
 『人道』は、希望満ちた考え方である。・・・誰がそう言ったのだろうな。私達
は、ひたすら駆け抜けた。若かったと言うのもある。
 私達は、その道を信じだな・・・。とても、居心地が良かった。私の夫も、その
道を信じる事にしていたし、私も、それが良いと思った。
 立ちはだかったのは、神側の者だった。『法道』の指導者は、神のリーダーだっ
た者だった。ミシェーダ=タリム。彼は、この天界をソクトアに降臨させようとし
ていた。それを『理想郷』と呼び、それを実現させる為に、『救世主』を用意した。
シナリオ的には、完璧だったのだろうが、私達の目は、誤魔化せない。ソクトアを
『理想郷』と言う言葉で釣り、支配しようとしたのだろう。
 私達は、奴の企みを潰す事にした。企みに乗ったネイガとも対立する事になった。
だが、奴は肝心な所で自滅した。
 元々は、不穏な噂を聞いていた。前リーダーである天上神ゼーダは、ミシェーダ
に追放されたのではないか?と言う噂だった。さすがにそれは行き過ぎだろうと、
思ったが、その後のミシェーダの行動を見るに、可能性が高いのではないか?と思
えるようになった。それに、後で聞いたのだが、父上と母上が、私達に、その事を
伝えたように、ネイガにも伝えてくれていたのだ。
 そのせいか、ミシェーダの真実を見極めようとしたネイガは、最終的には、私達
の仲間になった。これも、ミシェーダの人徳の無さが招いた結果か・・・。
 その結果、『人道』は、大いなる繁栄を見せる。『共存』の精神を見せた彼等は、
500年もの間、『共存』の精神を守り続けたのだ。・・・しかし、その転機とな
った500年後に、ある怪物が出現した。
 ゼロマインド・・・。『神魔戦争』の最中に、偶然発見された『無』の力から生
まれた化け物だ。私も姿を見た訳では無いが、『無』の力に意思が宿ったのが、ゼ
ロマインドだと言われている。本当なら、究極の化け物だ。
 しかも、そのゼロマインドに、最終的に協力したのが、私達の娘だったゼリンだ
と言うのだから、報われぬ話だ。
 ゼリンは、生真面目な娘だった。息子である毘沙丸もそうだが、二人揃って生真
面目な性格をしている。ジュダ曰く、私に似過ぎと言う話だが、思い込みが激しい
所は、ジュダにそっくりだと、反論したい所だ。だが、その生真面目さも知ってい
たので、私達は、ソクトアの監視をゼリンに任せていた。
 そのゼリンは、あろう事か、毘沙丸に憧れた。憧れで済んだのなら良いのだが、
ゼリンは、毘沙丸に恋焦がれてしまったようだ。その想いは、消す事が出来ず、ネ
イガに養子にしてもらうように頼み込む程だった。だが毘沙丸は、そんな想いに応
える事は出来ない。だから、幼馴染と結婚してしまったのだ。
 ゼリンは、それがショックで、落ち込んでいた所を、ゼロマインドと出会ったの
だ。そして傷心を利用して、ゼリンに従わせるためのネックレスとサークレットを
掛けさせたのだ。それからと言う物、ゼリンは監視をする立場から、ゼロマインド
のための支配をする立場へ、変わってしまったのだ・・・。
 私達が気付いたのは、つい最近になってからだ。他の星での仕事が忙しくて、ソ
クトアに構ってられなかったのが大きい。私達が見たソクトアは、酷い状態になっ
ていた・・・。人間しか優遇されて居ない状態で、更に、ソクトア大陸の中心にあ
ったセントキャピタル・・・今はセントメトロポリスか。セントが他の国を支配し
ているような状態だった。セントは、ソーラードームなどと呼ばれるバリアに囲ま
れていて、侵入すら不可能な状態だった。私達のして来た事は、無残に打ち砕かれ
たのだ。これでは、『法道』と、まるで変わらない。
 私達は、会議を開いて、ゼリンの処遇を決めた。そして、私は自分の娘だからこ
そ、厳罰を求めた。特に最近になって行った『ルール』を解放した罪は、許される
物では無い。どう解析したかは知らぬが、人間に『ルール』を持たせると言う事態
は、危険極まりない行為だった。周りは、ゼリンを殺すべきと言う意見が相次いだ
が、私は、それでは足りないと主張した。・・・ゼリンを生かしたいと言う想いは
あった・・・。しかし、ただ死ぬだけでは、何も解決しないと思ったから主張した
のだ。考えうる限りの厳罰を求めたら、周りは折衷案を出してきた。そして、ゼリ
ンは、結局生かされる事になった。・・・ジュダの面子もこれで保たれた・・・。
 ジュダは、ナイスフォローなどと言っていたが、私は本気だった事を伝えた。だ
が、ネイガの事も考えろと言われて、私は折れたのだ。ゼリンは、私達の子供と言
うだけでは無い。ネイガにとっても子供なのだ。
 それに・・・改めて、神の子としての細胞を剥奪されるのを見た瞬間、胸が締め
付けられる想いがした・・・。やはり、私も母だったと言う事か・・・。
 現在は、またソクトアに来ている。ジュダも一緒だが、ジュダの方は、どうにも
表情が冴えない。この間も、頭痛がすると言ってたが、ただの心労だけでは無さそ
うだ。最近、やたらと休憩を挟むようになっている。
「おい・・・。本当に大丈夫なのか?」
 私は、声を掛けてみる。長い付き合いだが、こんなジュダは見た事が無い。
「だ、大丈夫だ・・・。俺は・・・このソクトアを・・・!!」
 息も荒い。明らかにおかしい・・・。病気など神には無縁の筈だが・・・。
「これは・・・なんだ・・・?何故、俺の体は・・・。」
 ジュダは、自分の体調がおかしい事に気付いてないのか?
「・・・これは、何事なのだ・・・。ジュダ・・・。天神家に行くぞ。」
 私は、この状態が分からない事には、どうしようも無かったので、天神家に向か
う事にした。ゼーダの意見を聞きたいと思ったからだ。
 私は、『転移』を使って、天神家を訪ねると、すぐに通してもらえた。緊急を要
する事態だと、分かってもらえたみたいだ。すぐに医務室に運ばれて、ジュダは寝
かせられた。睦月が、人間に使っている薬を飲ませたが、多少しか効いてないよう
だ。元人間とは言え、神は細胞レベルで違うからな。
 そして葉月が、学園に電話をして、恵に報せると、次の休み時間を使って、周り
に報せたらしく、いつものメンバーが、続々と集まってくれた。校長に許可を取っ
て、早退したらしい。有難い事だ。
 士達も、店を臨時休業にして、来てくれた。
「信じられねぇ・・・。あのジュダさんが、こんな・・・。」
 レイクは、ショックを受けていた。私も信じられぬ・・・。
「何かに操られている感じもしないわね・・・。分からないわ・・・。」
 ファリアは、魔力の奔流などを調べている。
「『治癒』のルールですら、跳ね返されている・・・。何なの?これは・・・。」
 江里香は、『治癒』のルールを使ってくれたが、それでも駄目みたいだ。
「これは、兄様の出番のようね・・・。ゼーダさんに聞くしか無いわ。」
 恵は、議論してる暇は無さそうだと判断したみたいだ。
「ああ。ゼーダは、いつでもスタンバイ出来てるみたいだ。」
 瞬は、薄々私達が、何を必要としていたのか、理解していたようだ。
「済まない・・・。ゼーダの意見をくれ・・・。」
 私は、深く礼をする。ジュダは、ここで倒れては、駄目だ・・・。
 ジュダは、私の全てなのだ・・・。
「じゃ、変わる・・・。・・・ふぅ!!」
 瞬の気配が変わる。かなり慣れてきたようだな。
「相変わらず、その姿の瞬君は、慣れないね。」
 俊男は、間近で瞬を見ているだけに、複雑なのだろうな。
「すっげぇ変化だよなぁ・・・。」
 勇樹も、このときばかりは恐縮する。
「ゼーダ・・・。ジュダに、何が起こったのだ?」
 私は、ゼーダに尋ねてみる。するとゼーダは、とても言い難そうにしていた。
「赤毘車よ。覚悟は出来ているか?」
 ゼーダは、とても冴えない表情をしていた。余り言いたくなさそうだ。しかし、
私は、このまま放っておくよりは、聞き入れる方を選ぶ。
「聞かせて欲しい・・・。私は、何も知らずに、このままなど嫌だ。」
 私は、ジュダと一緒になった時から、過酷な運命の覚悟などしている。
「・・・万年病だ・・・。聞いた事はあるだろう?」
 ま、万年病だと・・・!?あれは、ただの噂話では・・・!?
「万年病って、何なんです?」
 魁が、万年病について、尋ねて来る。
「名前が示すとおり、1万年に1回、稀有な確率で掛かる神の病気の事だ。神だか
らと言って、必ず掛かる訳では無い。むしろ、掛かった者など、過去に4回しか事
例が無い。私とて、若い頃に1回見たきりだ。」
 ゼーダが説明する。そう。1万年に1回と言う非常に稀有な確率で、しかも天界
の中で、誰か一人に掛かるか掛からないかと言う確率で、最早、噂話の域だとされ
ていた病気の事だ。過去に掛かったのは4人だけだ。天界の発足が、約3万年前な
ので、その症状を知ってる者も、ほとんど居ないとされている。
「症状は、『神気』と『瘴気』が交互に体を駆け巡る兆候が出る。その反動に、体
が耐え切れなくなるのだ。そうなった時、神と言えど・・・死に至る・・・。」
 確かにさっきから、ジュダの力は、制御出来ていない。
「治療法は、無いんですか?」
 莉奈が心配していた。私とて、治療法があるのなら、そうしたい所だ。
「万年病に掛かった者は、例外無く死亡している・・・。」
 ゼーダは、言い難そうに言った。しかし、事実だ。
「そんな!・・・何とか、ならないんですか?」
 葵も、心配してくれている。知り合って間も無いと言うのに、有難い事だ。
「このまま苦しむなど・・・。見てられないで御座る。」
 ショアン・・・。私もそうなんだ・・・。
「グロバスが、何か言いたげらしい。代わるか?」
 士が、グロバスに代わるかどうか、聞いてきた。
「今は、どんな情報でも欲しい。頼む・・・。」
 私は、藁にも縋る思いだった。すると、士は、スムーズにグロバスに代わった。
瞬以上に慣れている。余程、波長が合っているのだろう。
「むぅ・・・。船上以来か。まさかジュダが、万年病とはな・・・。」
 グロバスが挨拶してきた。こう見えて、心配しているようだな。
「思えば、あの時、我と士の合算した力とは言え、こ奴が、そう簡単に負けるとは
思って無かったので、妙だと思ったのだ。」
 船上では、士がジュダに勝った。しかしジュダとて、そう簡単に負ける器では無
いと、グロバスは思っていたのだ。
「それと、その症状は、神魔の試練を受ける時に似ている。」
 神魔の試練・・・。魔王クラスの魔族に『神液』を与える事で、『神気』を克服
させて強くさせる儀式の事か。
「魔族に『神液』を与えて、パワーアップさせる滅茶苦茶な儀式の事か。」
 ゼーダが、私の代わりに説明してくれた。
「滅茶苦茶とは失礼な。『神気』を克服する事で、『瘴気』も数倍に膨れ上がる。
その克服した姿こそ、神魔と呼ぶに相応しいのだぞ。」
 グロバスは、抗議する。まぁ、行き過ぎた儀式だとは思うが・・・。
「では、克服すれば、治ると言うのか?」
 私は、淡い期待を込めて言った。
「そこまで保証は出来ぬ。正直、ジュダの中で暴れ回ってる『神気』と『瘴気』の
量は、クラーデスが試練を受けた時よりも激しく感じる。」
 グロバスは、クラーデスの事例を見てるだけに、保証までは出来ないのだろう。
「私は、黙ってみているしか無いのか・・・。歯痒い・・・。」
 私は、焦りを見せてしまう。ジュダが、このような状態では、私とて、いつもの
気遣いなど出来ぬ。ジュダは・・・私の全てなのだ・・・。
「月並みな事しか言えないが、ジュダを信じるしか無い。」
 ゼーダは、ジュダを信じろと言う。頭では分かっている・・・。
「ああ!そうだ!瞬君の『破拳』のルールで、何とか出来ません?」
 俊男は、思い付いたのか、叫んでみる。
「そう言えば、過去で不治の病を破壊して、治したわね。」
 江里香も、同調してきた。そんな事があったのか。概念まで破壊出来るとは、凄
い『ルール』だな。
「やってみると言っているな・・・。私も見てみたい。戻るぞ・・・。」
 ゼーダは、瞬に意識を渡した。すると、大して疲労もせずに、瞬に切り替わる。
「ふぅ・・・。これくらいの疲労なら、『破拳』も使えそうだ。」
 瞬は、拳に力が入っていた。
「瞬、お前、最近なんでも有じゃのう・・・。」
 巌慈が呆れていた。確かに『破拳』のルールは、恐ろしい力を秘めている。
「期待してるよ。頑張りな!」
 亜理栖も応援している。瞬の頑張りに、掛かっている訳だな。
「滅多に無い機会だ。私も見させてもらおう。」
 ゼハーンも、注目していた。
「いよっし・・・。行くぞぉ!!『ルール』発動!!」
 瞬は、拳に『ルール』を込める。すると、不気味な感じの力が、瞬の拳に宿って
いた。あれが、『破拳』のルールか・・・。
「何だ・・・。あれ?・・・すっげぇ・・・。」
 ジャンは、自分が『ルール』使いだから分かるのだろう。瞬に宿っている力は、
とてつもない力だ。
「これで、治ると良いんだけどね・・・。」
 アスカは、祈るように腕を組む。
「俺の中に眠る『破拳』のルールよ!!恩義あるジュダさんの為に、再び力を貸し
てくれ!!病気を破壊するんだ!!」
 瞬が叫ぶと、その拳を、ジュダの方へと向ける。
「『破拳』のルール!!」
 瞬は、ジュダの胸に拳を突き入れる。すると、弾けるように光っていた。そして、
その瞬間、ジュダから、瞬が弾き飛ばされた。
「・・・成功・・・なのか?」
 私は、目を凝らす。確かに何かが変わりそうな予感がした。
「・・・う、嘘だろ・・・。」
 瞬は、信じられないと言った目付きに変わる。
「・・・す、済みません・・・。途中まで、上手く行ってたのに・・・。」
 瞬は、自分の拳を見て、ワナワナ震えていた。
「やっぱり・・・。」
 恵は、溜め息を吐いた。
「ジュダさんの中で、激しい抵抗を感じました・・・。病気の力が、余りにも強い
んでしょう・・・。一筋縄じゃ行かないわね・・・。」
 恵は、『制御』のルールで、ジュダの中の力の推移を見ていたのだろう。
「冗談じゃねぇ・・・。こんなのありかよ!」
 グリードは、納得行かないのだろう・・・。
「グリード・・・。止めとけ。一番納得が行かないのは、赤毘車さんなんだぜ?」
 エイディは、グリードを止める。この男、分かっているな・・・。
「父さん・・・。私が、代わってあげたい・・・。」
 ゼリンは、ジュダの手を握り締める。
「母さん・・・。何故、罪人の私じゃなく・・・父さんに・・・。」
 ゼリンは、涙を流していた。
「ゼリン・・・。お前が悪いんじゃない。ジュダは、万年病を背負ったのだ。私と
て、何とかしたい・・・。だけど、今は、信じるしかないのだ!!」
 私は、悔しかった。ジュダの手をゼリンと共に握りつつ、耐えるしかなかった。
「俺の力が・・・足りなかったと言うのか!!こんなに修行したのに!!ここで助
けられなくて、どこでこの力を振るえって言うんだ!!」
 瞬は、ジュダを助けられない事に、腹を立てていた。自分の力不足を嘆いている
ようだ。しかし、それは見当違いだ。
 バシィ!!
 瞬の頬を、引っ叩く音が聞こえた。
「冷静になるんだ。力が無ければ、どうすれば良いんだ?」
 いつの間にか、グロバスから士に戻っていた。その士が、瞬を叩いたようだ。
「力が無ければ・・・付ければ良い・・・?」
 瞬は、自問自答するように答える。
「そうだ。分かってるだろ?俺達がする事は嘆く事じゃない。助けになる為に、全
力を尽くす事だ・・・。それまでは、ジュダの力を信じろ。」
 士は、心を鬼にして言ったのだろう。拳を握りすぎて、血を流していた。
「延命処置は、私がやります。最善を尽くす事を誓いましょう。」
 睦月が、誓ってくれた。
「私も、出来る事をします。身の回りの世話は、お任せ下さい。」
 葉月も、自分に出来る事を、思いっきりやるつもりだった。
「僕達は、瞬君の相手になって、瞬君を強くすれば良いんですね。」
 俊男も、やる気満々だ。皆、自分に出来る事を、最大限にしようと思っている。
非常に有難い事だ。
「私は、神の立場を忘れてでも、頼みたい・・・。ジュダは、私の全てなのだ。皆、
助けてくれ・・・。頼む・・・。」
 私は、頭を下げた。神の立場など、関係無かった。ただ、ジュダを救いたい。そ
の一心だった。ジュダの為なら、どんな事でもしたかったのだ。
「私も、頼めた立場じゃない事は分かっている・・・。でも頼む!父さんを、助け
て下さい・・・。お願いします!」
 ゼリンは、涙を流しつつ、皆に頼み込んだ。誇り高かったあの娘が、ジュダの為
に、私の為に、土下座をしてまで頼み込んでいた。
「ゼリン。頭を上げな。俺達に出来る事は、何処までか分からないけど、やらない
訳無いだろ?だって、ジュダさんだぜ?なぁ?兄貴。」
 グリードは、ゼリンの肩に手を置く。
「そうだ。ジュダさんは、俺達と手合わせした大事な仲間だ。絶対助けたい。その
為に出来る事を、やるまでだ!」
 レイクは、それに同調してくれた。そして、皆を見渡すと、同じ眼をしていた。
 ・・・これだから、人間を信じる事は、止められないのだ・・・。
 私は、信じる事にする。突然訪れたジュダの死相だが、きっと、何とかなる。い
や、何とかしてみせると、誓ったのだった。


 セントメトロポリスの中心であるメトロタワー。その頂点に位置する元老院が、
セントを支配している。元老院は、国事総代表や、裁断長、不正監視委員長など、
素晴らしい実績を持つ者が、10年以上貢献したらなれる役職だった。ただし、現
在では、役職を作った事で満足したのか、金融街のトップや、財閥の息子など、金
を納めた者がなれる役職へと変わっていった。理念もへったくれも合った物では無
い。しかし、実質国を動かす機関を見張っていると言う名目なので、権力を握って
いる訳では無い。表向きは・・・だ。
 しかし、監視をすると言う事は、最終決定権が元老院にあるのに等しい。なので、
政治家などは、一生懸命に媚を売る。そして、次期元老院に押して貰う為に努力す
る。そして、元老院に金が集まり、実権が強化される・・・。
 最早、セントは元老院無しには、動かなくなってしまっていた。これでは、昔に
ソクトアを支配しようとした体制と、なんら変わりは無い。
 元老院の集まりの事を、『院会(いんかい)』と呼ぶようになった。監視体制の
チェックと、今後のセントの未来について、話し合う場だと言う事になっている。
つまり、色々な事を決める場となっているのだ。国事代表達が話し合う国会の審議
なども、ここの話し合いには敵わないのだ。
「これより、院会を始める。今後に向けて、有意義な意見をお願いする。」
 院会の発言を取り仕切る元老院長が、院会の開始を宣言する。院長は、裁断長と
して、華々しい実績を残し、国民からの人気も高かった事から、国政に携わる事を
決意し、国事代表になり、国事総代表を勤め上げた輝かしい実績を持つ人物だ。
「一同、礼!・・・着席。」
 院長の一言で、皆が着席する。
「では、これより、各自の報告を聞く事にする。」
 院長が、周りを見渡す。元老院は、今の所、欠員が出たら補う形にしており、院
長を含め9人で行うようにしている。偶数にしないのは、意見が割れた時の多数決
で、問題が起きない様にする為だ。院長が、少数派だったとしても、多数派の意見
が通る仕組みになっている。その辺は、平等にやると言うのが、ここでの掟だ。
「院長、宜しいか?」
「ケイリー君か。聞きましょう。」
 院長は、元老院の一人、ケイリー=オリバーの発言を許可する。ケイリーは、シ
ティの金融街の元締めをしている。強い影響力を持っていたので、元老院入りを果
たしたのだった。
「人斬りの情勢について、報告したい事がある。現在、変わっていないのは、『ス
ピリット』だけで、『オプティカル』は、勢力減少の傾向にあり、『ダークネス』
に至っては、一度壊滅し、新生『ダークネス』として発足したとの情報です。」
 ケイリーは、報告書を読み上げる。すると、周りから、どよめきの声が聞こえる。
「『ダークネス』が壊滅したと言う噂は聞いたが、新しく立ち上げなおしたのは、
初耳ですな。」
 初老の男が、感想を漏らす。しかし、身に覚えはあった。
「厄介な組織だと聞いています。ゲラルドさん。」
 ケイリーは、ゲラルドと呼ばれた初老の男に、答えを返す。ゲラルド=フォンと
言う名前の男は、2期ほど、国事総代表を務めた事がある。
「厄介で済むような組織では無い!手を焼かせる組織だ!」
 気に食わないのか、声を荒げているのは、軍隊研究所の長官を務めた加藤(かと
う) 篤則(あつのり)と言う男だ。
「静粛にしたまエ。血圧が上がってるのでは無いカ?」
 すかした感じに注意するのは、不正監視委員長に、若くして就任し、3期勤め上
げたリー=ダオロンと言う男だ。ダオロンは、先祖がストリウス人だ。
「実際に対処しに行った私だからこそ言える事だ!」
 篤則は、怒りが収まらないようだ。つい最近までは、『ダークネス』も、ある男
によって、元老院に逆らうような組織では無かった。しかし、ここ最近の『ダーク
ネス』は、好き勝手に暴れているのだ。新生した事は知らなかったようだ。
「冷静にならないと、世間様は、うるさいわよ?」
 美しく通る声で言うのは、マイニィ=ファーンと言う女性だ。マイニィは、テレ
ビ局の局長上がりの女性だ。
「実際、手を焼く奴等だと言うのは同意だな。好ましい組織では無い。」
 この院会には、ミシェーダも出席していた。ミシェーダは、メトロタワーの管理
責任者と言う立場で通っている。
「ボクの財閥も、人斬りは使っている。なぁに、扱い方さえ間違えなければ、使え
る奴等だよ?彼等とは、対立より、同盟の方が、無難だと思うけどな。」
 こう言っているのは、最近になって、父親から財閥を譲り受けたアルヴァ=ツィ
ーアと言う青年だった。
「彼等は、罪を背負っています。しかし、セントの為の罪ならば、いずれ赦されま
しょう。新たな組織も、セントの為に働いてくれる事を望みます。」
 静かな口調で話す女性が居る。この女性は、如月(きさらぎ) 由梨(ゆり)と
言う女性だった。若くして裁断長に就いた女性だ。つい最近になって、元老院入り
したと言う。つまり、前任の元老院だった『創』が、死亡した代わりに、由梨が元
老院入りを果たしたのだった。
「新生『ダークネス』からのアクションは、あるのかね?」
 院長が、報告をしているケイリーに尋ねてみた。
「特にありません。と言うより、新たに首領になった者が、元老院の存在を、知ら
ないとの情報があります。」
 ケイリーは、新生『ダークネス』の現状を話す。
「ボク達を知らないとは、とんだ世間知らずだね。」
 アルヴァは、財閥と言う立場からなのか、知られてないとなると、少しカチンと
来るようだった。
「何でも、新たにボスの座に就いた者は、魔族だと言う報告があります。」
 ケイリーは、報告書を隅々まで見て、報告をしている。
「な・・・魔族か・・・。それは、世間を知らぬ訳だな。」
 ゲラルドは、溜め息を吐く。ちなみに、元老院では、情報が逐一、集まっている
ので、魔族の存在は、世間とは違って知られている。
「セントの為に働いてくれそうなのですか?」
 由梨の興味は、あくまでそこだ。裁断長時代も、セントの為になるかどうかで、
裁きを下していた。
「さぁな。しかし、対立するとなると、また軍隊を出動させなきゃならんのか?俺
の部下達は、捨て駒では無い。何とかならんのか?」
 篤則は、こう見えて、部下には優しい上官として通っていた。最近の『ダークネ
ス』とのいざこざで、何人か部下を失っているのだ。
「軍隊を動かすのは、感心しませんわね。世間の評価が、下がりますわ。」
 マイニィは、前の職業柄か、世間の評判が気になっているようだ。
「誰かが、交渉しに行けば済む事ダ。私は、御免被るがネ。」
 ダオロンは、好い加減な事を言う。間違った意見は出さないのだが、責任までは
取らない。元不正監視委員長らしい意見だった。
「フン・・・。また私に振るのか?好い加減、違う仕事も欲しい所だがな。」
 ミシェーダが、文句を言う。こう言う荒事になりそうな交渉は、ミシェーダが受
け持つ事が多い。この前の『司馬』侵入事件を解決したのもミシェーダだった。最
も、その後に逃げられてしまったが、『司馬』自体が、セントから去って行ったの
で、その後の是非は問わないと言う結論に至ったのだ。
「では皆の結論は、新生『ダークネス』に交渉しに行くと言う事で宜しいか?」
 院長は、皆の意見を纏める。すると、皆はボタンを押す。是か非かのボタンが置
いてあって、是が多ければ採用になる。電光掲示板に、その結果が記される。
「フム。是が8、非が1だな。では、この案を採用する。」
 院長は、結果を読み上げる。誰が是に入れて、誰が非に入れたなどは、表示され
ない。あくまで結果が表示されるのだ。
「では、誰が交渉に行くかだが・・・。」
 院長が言い掛けた所で、ミシェーダが挙手をする。
「ミシェーダ君か。どうぞ。」
 院長は、発言として許可をする。議論をするのは、発言としてでは無い。あくま
で提案や発表がある場合だけ、発言として、認められるのだ。
「他の者に任せては置けない。私が行こう。」
 ミシェーダは、自分が行く事を強調する。ミシェーダは、メトロタワーの管理者
として、強い事でも知られている。元軍隊研究所の長官である篤則からすれば、気
に入らない事ではあったが、ミシェーダの強さは際立っていた。
「自ら立候補か。この意見の是非を問おう。」
 院長は、再び是非のボタンを押すように言う。すると、是が9個の満場一致で了
承された。結局、汚れ役のほとんどは、ミシェーダがこなしているのだ。
「決まりだ。では、ミシェーダ君。君に、交渉役を任せる。」
 院長は、指示を与える。ちなみにミシェーダは、自分が元神だった事を隠してい
る。そして実際の年齢は、3500歳にもなるのだが、体面上、40歳くらいだと
言う事で通している。
「さて、では次の議題を募集しよう。」
 院長は、交渉役がミシェーダに決まった事に満足して、次の議題を振る。
「院長。私から報告がありますわ。」
 マイニィが、挙手する。
「マイニィ君か。発言を許可しよう。」
 院長は、マイニィの意見を聞く事にした。
「感謝します。これを見てくれるかしら?」
 マイニィは、院長に感謝の意を表すると、元テレビ局局長らしく、画面を使って
説明を始める。巨大モニタに、棒グラフと人々が歩いている絵が映し出される。
「このグラフは・・・人口の推移かね?」
 ゲラルドが、真っ先に気が付く。棒グラフの人数の所に、『万人』と書かれてい
たので、分かり易かったのだろう。
「さすがオジサマ。すぐお分かりのようね。これは、去年までの人口の推移です。」
 マイニィは、モニタにレーザーポインタを中てて説明する。
「で、これが、今年ですわ。」
 マイニィが機械を操作すると、今年のグラフが現れる。
「へー。増えてるんだね。ま、ボクが協力してるんだし、当然かな。」
 アルヴァは、当然の事のように言う。
「これは・・・3000万人を超えたのですか。」
 ケイリーは、感慨深い感じで言う。3000万人と言えば、全ソクトアの人口の約半
分はセントと言う事になる。ソクトアの全体の人口は、6000万人と言われているか
らだ。それだけ、セントは住み易く、離れ難いのだ。
「その通りよ?これは、歴史的な快挙とも言えるわね。」
 マイニィの説明は、熱を帯びて行く。
「そこで、セントの名前を、変えたいと思っています。」
 マイニィは、大胆の事を言う。中々出来ない提案だった。
「国民への景気付けも兼ねてだネ。面白いじゃないカ。」
 ダオロンは、真っ先に賛成する。
「伝統あるセントの名前を変えるなど、簡単に決めて良い物か・・・。」
 ゲラルドは、反対のようだ。
「経済効果を見込むのであれば、良い提案だと思います。」
 ケイリーは、金融街の意見として言う。
「どういう名前にするつもりだい?」
 アルヴァは、興味津々だった。乗り気らしい。
「大幅な変化はしませんわ。やはり成長したと言う意味を込めないと、いけません
しね。私が考えているのは、セントメガロポリスですわ。」
 マイニィは、提案する。セントメトロポリスから、セントメガロポリスへ。確か
に成長したと言う意味では、良いのかも知れない。
「愛称は『セント』のままで、より美しく・・・どうかしら?」
 マイニィは、自信満々だった。気に入ってるようだ。
「セントの発展を象徴する・・・。素晴らしい提案ですね。」
 由梨は、反対どころか、ウットリとしている。
「インパクトは欠けるけど、良いんじゃない?メガって響きは好きだね。」
 アルヴァも、特に反対では無いようだ。
「一文字だけなら、特に混乱も起こらぬだろうな。それならば、納得だ。」
 ゲラルドも、納得してくれたようだ。
「名前など、どうでも良いが・・・。まぁ、変えると言うのならば、反対はしない。」
 篤則は、部下の士気が上がるのならば、反対しないのだろう。
「では、採決をする!是か非か、選ばれよ。」
 院長が、纏めに入った。すると是が8、非が1だった。
「宜しい。では、この提案を、国会に提出し、決まり次第施行する物とする。」
 院長は、満足そうにしていた。非の1は、ミシェーダだった。
(こんな、下らぬ事に採決させるな。)
 ミシェーダは、そう言う思いで、非を入れたのだった。
 こうしてセントは、更に成長した事を示す為に、名前を変えたのだった。
 無論、この法案は国会でも、すんなり可決したのであった。


 万物は、力を追い求める傾向にある。だからこそ、切磋琢磨し、磨いた果てにあ
るのは、達成感と更なる欲求・・・。それが進化と言う物。先に進む為に進化を追
い求めるのは、生物として当然の事だ。
 その道を提唱した神魔王グロバスは、先見の明があると言う他無い。それに従っ
た者達も孤高の闘いの内に死んでいった。魔族の掟をソクトアに持ち込むなと言う
意見も出たが、それならば、人間も強くなれば良いだけの事だ。矛盾点は何も無い。
強き者が、それを我慢して芽吹かない世など間違ってると言わざるを得ない。
 ただし、グロバスは敗れた。敗れてしまっては、せっかくの優秀な考え方も、通
す事は出来はしない。言伝によれば、ミシェーダに時間を操られて、敗れたと言う。
与えたダメージも、元に戻され、最後には、強引に転生させられたらしい。
 今は、魂だけの存在となり、恐らくは、あの時会った、士と言う男に取り憑いて
いるのだろう。いつかは、闘ってみたい物だ。
 グロバス亡き後の魔界は、再び騒乱の時代に突入した。グロバスと言う強力な指
導者が居たからこそ、魔界は統制が取れていたのだ。しかし、グロバスばかりか、
腹心であった神魔ワイスまで死んでしまい、他の実力者も、かなり呼び出されてい
たので、酷い物であった。
 余は、そんな時代に産まれたのだ。ただし産まれたのは、魔界では無く、ソクト
アだった。父は『魔人(まびと)』レイリー=ローンで、母は『黒炎』の異名を持
つ魔界三将軍の一人、ジェシーだった。
 父は、余が産まれる前に亡くなったと言う。人間でありながら、力を追い求め、
『魔人』に転身しながらも、最期は魔神との闘いで死んだと言う。誇り高い死に様
だったと聞いている。母は常々、父を超える男になれと言っていた。
 だが、余が青年になろうとする頃は、ソクトアは安寧の地になっていた。『人道』
が勝利し、『共存』の道を歩み始めていたからだ。
 余は、『覇道』の精神を母から聞いていたので、何故、今の魔族は、『覇道』を
提唱しないのか、聞いてみた。すると、『覇道』は間違ってはいないが、今のソク
トアに一番の道は、『人道』なのだと言う答えが返ってきた。
 確かに、生き生きしている世だったが、闘い無くして、このまま平和が続くと思
っているのだろうか?余は、ソクトアの先を案じたが、『覇道』を提唱するには、
余りにも卑小な存在だったので、黙っていた。
 しかし、このまま朽ち果てるのは御免被ると思った余は、母に宣言する。余は、
ソクトアを離れると。そして、魔界へ向かい、覇権を取ってくると、宣言した。
 母は、反対しなかった。余が、『覇道』を心酔しているのを知っていたし、母も
その気持ちが分かるからだ。だが、魔界に行くのは簡単だが、魔界から戻ってくる
のは、『闇の骨』で呼び出されなければ、帰って来れない。完全な片道切符だった。
なので、母には、もう一生会えない覚悟で行けと、言われた。母自体は、『闇の骨』
を持っていなかったし、『闇の骨』を捜すつもりは無いと言われた。
 余は、さすがに少し迷ったが、飛び込む事にした。つまり、戻ってくる為には、
魔界で名を馳せ、頂点になって、『闇の骨』で呼び出されるくらいしか無いのだ。
その自信はあったし、魔界で一生を過ごしても良いと思った。
 そして余は、知り合いの力も借りて、魔界への門を開いた。魔界へ行くのは簡単
なのだ。魔界へ行った事がある魔族に『転移』の魔法で開いて貰えば行ける。ただ
し、魔界から戻る為には、『闇の骨』を経由しないと『転移』が消されるのだと言
う。完全な一方通行なのだ。
 余は、こうして魔界へと踏み込んだ。
 ・・・そこで眼にしたのは、正にこの世の力の終焉とも言うべき世界だった。空
の色は赤銅色で、血を求めて彷徨う修羅の如き気分にさせられる。そして、常日頃
から闘いがあり、勝者の声と敗者の叫びが、木霊する。
 余は、血が踊った。この世界で覇権を取れば、間違い無く強さを体現出来ると、
確信したのだ。厳しい世界に身を置いてこそ、進化があるのだ。
 余は、『魔族』と言う地位だった。母が『魔界剣士』だったので、『妖魔』ほど
弱くないと判断されたが、まだ若かったので、『魔族』がせいぜいだと言われた。
それを見返すには、強くなるしかないと思った。
 それから、生き残る為の戦いが始まった。魔界は騒乱の時代だったので、どこか
の下に付くしかなかった。そして余が選んだのは、魔神レイモス子供であるエイハ
の下だった。兄であるデイビッドと覇権を争っていた。一進一退の争いをしていて、
どちらが勝ってもおかしくなかった。
 余は、一兵卒としてエイハの下に付き、血反吐を吐きながらも、上を目指した。
比喩などでは無く、何度か死線を彷徨った。
 そして、エイハ直属の部下になった時、余は、『魔界剣士』まで上り詰めていた。
エイハとデイビッドが、『魔王』となっていたので、ナンバー3の地位まで上り詰
めていたのだ。余は、『魔界剣士』の中でも、飛び抜けた力を持っていたからだ。
 そんな中、エイハに呼び出された。
「余に、何か用でありますか?」
 余は、呼び出される覚えは無かった。
「汝、此方に隠し事は無いかえ?」
 エイハは、余に隠し事が無いかを聞いてきた。
「身に覚えがありませぬな。」
 余は、特に隠してきた事など無かった。
「汝の父は、此方の父と対立してたと聞くぞ?」
 成程。そう言えば、父は、魔神レイモスとの闘いで、命を落としたと聞いたな。
そしてレイモスも、その闘いで、魂となって彷徨ったと聞く。
「それだけの事ですな。父同士が対立しただけの事。余には関係ありませぬ。」
 余は、素直にそう言った。実際にそう思っていた。
「恨みは無いと?」
 エイハは、そんな事を気にしていたのか。
「逆に聞きますが、貴殿は、余を恨んでおりますか?」
 余は、逆に聞いてみた。そうすれば、分かってもらえると思ったのだ。
「面白い事を言う。確かに此方も、余り気にしておらぬな。」
 エイハも、自分の事以外は、興味が無いのだった。
「疑って悪かったのう。これからも頼むぞ。」
 エイハは、こう言う事で、いざこざを起こすような女では無かった。
 そして、余と言うバックアップを得て、戦況は見る見る変わっていった。
 エイハの優勢は火を見るより明らかになり、ついには、デイビッドを追い詰めた。
「おのれエイハ!!我は、貴様に負けた訳では無いと言うのに!!」
 デイビッドは、エイハを罵っていた。デイビッドの敗因は、部下が無能だった事
だ。数的優位だったデイビッドだが、烏合の衆では、余に敵う筈が無い。結局、余
とエイハの攻勢に、デイビッドは耐え切れなくなったのだ。
「負け惜しみは、いつ聞いても心地良いな。ホッホッホ。」
 エイハは、デイビッドに勝った事で、有頂天になっていた。
「貴様には、そこのケイオスが付いていたから、勝てたのだ!!我には何故、ケイ
オスに匹敵する部下がおらなんだ!!」
 デイビッドは、余程悔しかったのか、地面を叩いて暴れていた。
「優秀な者を集めるのも、此方達の仕事であろう?怠った汝が悪いのじゃ。」
 エイハは、正論を言っていた。しかし、一つだけ誤りがあった。余は、エイハだ
から下に付いていたのでは無い。別にデイビッドでも良かったのだ。覇権を争って
いる者の下に付きたかっただけだ。
「勝ち誇っているな・・・。良かろう・・・。我は貴様に負けた。貴様の軍門に降
ろう。・・・だが、貴様の天下は長くない。我には分かる・・・。」
 デイビッドは、降伏の意を表する。しかしデイビッドは、余をちらりと見ていた。
やはり、デイビッドは気付いていた。余が、エイハの下にずっと付いていく気が無
い事をだ。さすがは、烏合の衆を一人で支え続けてただけあって、優れた物を見る
眼は、本物だ。
 こうして、エイハの天下となって、余は、その天下を支える一人となった。
 エイハの信頼は絶大だったし、余は、それに応えてきた。
 だが余は、ついにエイハの力を抜いたと確信した瞬間があった。それは、エイハ
がいつも行っている、グロバスへの祈りの時に見せた力が、余より下だと思ったか
らだ。グロバスへの祈りは、自分が神魔になる為の縁起を担ぐ祈りなのだが、力量
を見せ付ける場でもあった。そうする事で、部下への示しにもなる。
 余が魔界に来て80年ほど経ったが、これなら行けると思った。
「・・・今、何と言うた?」
 エイハに、余の意を伝えると、エイハは、眼を見開いて驚いた。
「余は、強き者を目指しております。その総仕上げとして、貴殿と闘いたい。」
 余は、正々堂々と勝負をする事を伝えた。
「此方と汝が闘うと言うのか?何故じゃ?」
 エイハは、納得いってないようだ。
「余は、覇権には興味ありませぬ。しかし、強き者と争い、勝利する事が望みです。
そして、その相手が貴殿であるだけの事。」
 余は、『覇道』の精神を貫くため、この闘いは、避けて通れないと思った。
「此方は・・・汝と闘いとうない。」
 エイハは、珍しく弱気だった。これでは、こちらの調子も狂ってしまう。
「デイビッドと闘った時の覇気をお見せ下され。それが、余が望み。」
 余は、魔界の頂点に立ち、自らが最強に立つ為に、ここまで来たのだ。
「ならば、条件を付けたい。」
 エイハは、条件を突きつけてきた。そうで無くては、面白くない。
「此方が勝ったら、汝は、此方の言う事を何でも聞いてもらう。」
 成程。余を自由に扱おうと言うのか。面白い条件だ。
「構わぬ。余は、元より先を考えてなどいない。」
 余は、命を懸けたギリギリの闘いがしたいのだ。
「では、やってやろうぞ!!」
 エイハは、やる気になったらしく、余と闘う態勢に入った。
 そして、余とエイハは、闘技場にて三日三晩闘い続けた。正直、エイハを舐めて
いた。余が思っていたより、ずっとエイハは強かった。
 だが余は、最後の最後で、エイハを追い詰めた。
「ぐっ!!・・・降参じゃ・・・。」
 エイハの降参の言葉を聞いて、余の勝ちとなった。この瞬間、80年以上の苦節
が報われた瞬間となった。ひたすら駆け抜けた80年であった。
 そして余は、改めて『魔王』を名乗る事となり、魔界の主として、君臨する事と
なった。戴冠式には、エイハもデイビッドも参加し、臣下の礼を取らせた。
 その夜、余は、何かの気配を感じた。だが余は、敢えて寝ている振りをした。余
を狙う者が居たら、闘ってみたいと思ったからだ。
「・・・起きてるのじゃな?ケイオス・・・いやケイオス様。」
 成程。エイハであったか。さすがに狸寝入りは通じぬな。
「余に復讐しに来たのか?見上げた根性だな。」
 余は、ベッドから身を起こす。
「違う!此方は・・・もう御身と闘いとうない・・・。いや、元々闘いとうなど無
かったのじゃ・・・。」
 そう言えば、そのような事を申していたな。
「闘い無くして、進化は有り得ぬ。貴公も魔族ならば、進化に身を委ねよ。」
 余は、進化しようとしない者は、堕落が待つのみだと思っている。
「余を倒して、上に立つ気概無くして、進化足りえぬぞ。」
 余は、強くなる者を歓迎する。そうでない者には、叱咤するつもりだった。
「御身は、残酷じゃ!此方の気持ちを、分かろうともせぬ!」
 エイハは、いつもより強い口調で言う。どうしたのだろうか?
「気持ちだと?強くあろうとする気持ちか?」
 余には、それしか興味が無い。
「此方は、御身の事が、愛しいのじゃ!!何故・・・分かってくれぬのじゃ。」
 ほう・・・。エイハは、余の事が気に入ったか。
「余の事が気に入ったと申すか。余は、強さ以外に興味が無い身ぞ。どこが気に入
ったか、申すが良い。」
「此方の片腕として、伸し上がってきた時からじゃ!!野望にギラついた眼も、此
方を利用してでも、伸し上る目付きも、全てじゃ!」
 ほう・・・。エイハめ。気付いておったか・・・。気付いていながら、余を傍ら
に置くとは、中々度胸のある事だ。
「フハハハハ!気に入ったぞ。余は、度胸のある者を好む。その豪胆さ、余の元に
居るに相応しい品格よ。貴公が望むなら、余の傍らにいる事を許そう。」
 余は、血筋など気にせぬが、この女の度胸は、手放すには惜しい。余の元に仕え
てこそ、輝くと言う物だ。余を愛しているのならば、好都合だ。
「ケイオス様・・・。此方を、貰ってくれるのか?」
 殊勝な事を言う女だ。豪胆さの中に潜む繊細さか。悪くない。
「二度は言わぬ。余が認めた女は、貴公が初だ。」
 余は男女問わず、優秀な者は、手元に置いておきたいと、思っている。
「嬉しいのじゃ!此方は、御身のお子が欲しいのじゃ!」
 そうか。結婚とあれば、子供も生まれような。・・・余の子供ならば、英才教育
を施さなければならぬな。余をも追い越そうと言う気概を持たなければ、認めぬ。
 こうして余は、エイハとの結婚を発表した。周りからすれば当然の事で、エイハ
以外に、余と釣り合う者など居らぬと、考えていたらしい。だが、そんな物は間違
いだ。余は優秀ならば、どんな者でも、手元に置く事にしている。
 こうして、700年ほど経ったか・・・。余の子供も出来、エイハが英才教育を
施していた。余の息子、ハイネス=ローンと、余の娘、メイジェス=ローンは、余
の事を知り、日々追いつこうとしている。その向上心たるや由。余の部下達も、余
の家族を見て、日々追いつこうと必死だ。エイハも、余の喜びを知っているので、
常に強くあろうとしている。切磋琢磨してこそ、『覇道』を為すに相応しい。
 だが、肝心の余は、この状態のままでは不満だった。『魔王』になってから、か
なりの年月が経つ。これ以上を求めるには、『神魔』しかない。皆は、余の事を、
『魔王の中の魔王』の再臨だと言う。彼のクラーデスの異名であったな。
 だが余は、それに満足する器では無かった。魔族でありながら神の力を得た、力
を求める魔族の究極の存在である『神魔』。これに成らずして、魔界を統べたと言
えるだろうか?安寧を待つのは、余の趣味では無い。
 余は、監禁部屋を一つ用意させた。この部屋では、内側からは、どんな瘴気を使
おうとも、開ける事が出来ない仕組みにしておいた。この扉を一度閉めれば、神気
を手に入れた『神魔』で無ければ、開ける事が出来ないようにしたのだ。
 彼のグロバスが、クラーデスの為に用意した部屋と同じ仕組みだった。文献に残
っていたのと、当時を知る魔族が、製法を知っていたので、助かった。
 そして、『神液』を手に入れる事も欠かさなかった。魔族は、決して近づいては
ならない禁区に、それはあった。触るだけでも火傷をしそうな程、澄んだ『神気』
が溢れる液体が存在する場所だった。これもグロバスが用意した物だそうだ。
 何もかもが、グロバスが敷いたレールと言うのが、気に入らなかったが、魔界に
居る今、手に入れる手段は限られている。ならば、利用させて貰うしかない。グロ
バスは、禁区としながらも、誰でも『神魔』に挑戦出来るように用意したのだろう。
余と考え方が近い。共感を覚えるが、余は、グロバスをも超えるつもりで居る。
 そして、決断の時は来た。余は、家族に宣言した。『神魔』の試練を受けると。
「父よ。どうしてもやるのか?」
 余が息子、ハイネスが、心配そうに声を掛けてきた。
「父上は、痛い思いをするのですか?」
 余の娘、メイジェスも、何を行うのか、分かっている様だ。
「くどい。二人共、余の性格は知っておろう。余は、今のままで満足出来るような
器ではな無い。更なる力があると知れば、追い求めるのが余の生き様よ。」
 余は、二人には言ってある。常々、力を追い求めよと。
「これ以上の力が必要なのですか?父に敵う者など、居るとは思えませぬ。」
「父上強いもんねー。」
 二人とも、余の強さを良く分かっている。
「余は、ただ魔界の統治者になりたいのでは無い。語り継がれる程の強さになりた
いのだ。その為には、今のままでは、足りぬ。」
 単に強いだけでは、魔界の統治者止まりだろう。語り継がれる程の偉業を達成し
たいのだ。その為には、統治者で甘んじてる事など出来ぬのだ。
「しかし、父が失敗したら、魔界は、混沌に戻ってしまいます。」
「父上は、負けないよね?」
 二人は、心配が尽きぬようだな。
「馬鹿者!!余の後継者たる二人が、そのように弱気でどうする!余の挑戦を見て、
参考にするくらいの気概を見せよ!・・・もしもの時は、貴公が陣頭指揮を執るの
だぞ?それを、忘れるなよ。ハイネス。」
 余は、一喝しながらも、もしもの時の事を、言い伝えておく。
「夫の言う通りじゃ。此方の子供なら、ケイオス様の居ない時は、自分が預かるく
らいの事が言えないで、どうするのじゃ!」
 エイハは、オタオタしない。こう言う気概を見せる女は、エイハくらいだ。
「さすがは余が妻。分かっておる。・・・二人共、余の血を受け継ぐのならば、強
くあらねばならぬ。表面的な強さだけでは無い。内面もだ。」
 余は、言い聞かせる。それが、余の生き方だった。
「・・・分かりました!このハイネス。父の居ない間、父以上の働きを見せてみせ
ます。ご安心して、試練をお受け下さい!」
「父上!負けないでね!私も兄上をお助けして待ってるから!」
 二人は、強く言ってくれた。コレで良い。余の強さを受け継ぐには、コレくらい
の度胸が無くてはならぬ。
「ケイオス様。此方は、御身が失敗する筈が無いと信じています。期待を裏切らぬ
ようにして下され。失敗したら、許しませぬ。」
 さすがは、余が妻に相応しい女だ。
 こうして、余の『神魔』への挑戦は始まった。
 監禁部屋に『神液』を置いて、閉めてもらう。すると、発注どおり、周りの空気
が遮断された。これで外からは、内の様子も分からぬ。元より、外から開けられぬ
ようにもしてある。苦しむ声も聞かせたくない。
 これで、助けも呼べない。出るには、『神魔』となって、扉を開けるしか無いの
だ。お膳立ては整った。・・・余は、意を決して、『神液』を飲み干した。
「ヌゥオオオオオオオアアアアアアア!!!」
 余は、甘く見ていたのかも知れぬ。まさか、これ程の苦しみだったとは!!
「ウググウググウウアアア!!」
 余は、のた打ち回りながら、扉に手を掛けるが、扉は全く動かなかった。『瘴気』
をありったけ打ち込んでも、全く動こうともしなかった。余が選んだ道だが、今と
なっては、後悔し始めていた。
 喉が焼ける・・・。胸の動悸が治まらぬ。腹が張り裂けそうになる。吐こうとし
ても、出て行きそうにも無い。コレは何だ!!こんな物に、余は殺されるのか?こ
れが試練だと言うのか?
 色んな思いが交錯しながら、余は、戦う道を選んだ。この力を撥ね退けるしか無
いのだ。恐ろしき試練よ・・・。やってみないと、この苦しみは分からぬ。
 こうして余は、3ヶ月も苦しんでいた。その頃になると、自分でも生きているの
が不思議だった。散々死線を彷徨って来た余だが、この時は、もう駄目だと思った。
だが、このまま終わりたくないと言う余の信念が、余を生かしていた。
 気が付くと余は、何も無い空間に居た。余は、とうとう終わりを迎えたのかと思
った。このような所で終わるような余だったのか・・・。
 しかし、余を見下ろしている人物が居た。・・・誰なのだ?こ奴は?
『お前、俺でさえ撥ね退けた試練に負けちまうってのか?』
 ・・・馴れ馴れしい・・・。貴公は、誰ぞ?
『睨む体力があるなら、試練を撥ね退けるのを、見せてくれよ。』
 抜かすわ。余を見下すとは、貴公、中々の命知らずのようだな。
『お前、このままで終わるようなタマじゃ無いだろ?俺を失望させてくれるなよ。』
 余は、貴公を楽しませる為に生きている訳では無い!舐めるなぁ!!
 ・・・そう思った瞬間だった。余は、何もかもがクリアになっていく感じがした。
力だ・・・。力が溢れてくる・・・。これが、『神気』か!
 さっきの声は、誰だったのか?・・・いや、間違いないであろうな。まさか余の
父が、余に挑発しに来るとは・・・。だが、礼は言わぬ。余は、独力でも乗り越え
られただろう。父は切っ掛けを与えたに過ぎぬ。
 そして、扉を開く。『神気』を使うと、これまで何をしても開かなかった扉が、
嘘のように簡単に開いた。多少驚いたが、驚きを見せないようにする。
「おお!!父!!乗り越えられたのですか!!」
 ハイネスが、余を迎える。無事に王座に就いていたと言う事は、余が不在の時の
不備は無いようだ。そうで無くてはな。
「父上!とうとうやったのですね!」
 メイジェスも、我が事のように喜ぶ。
「お疲れ様なのじゃ。良くぞ・・・戻ってきたのじゃ・・・。」
 エイハは、あれだけ毅然としていたのに、戻ってきた時は、涙を流していた。心
配が無かった訳では無いようだ。
「フッ。余を誰と心得る。少々時間が掛かったが、当然の事だ。」
 余は、何度も死線を彷徨ったが、それを表に出す事は無い。
「ハイネス!魔界全土に知らしめよ!余が戻ってきたと!この『神魔』ケイオスの
健在を祝福せよと!!」
 余は、高らかに宣言する。これが余が『神魔』となった瞬間であった。
 『神気』を手に入れた余は、程無くして、『無』の存在にも気が付いた。『無』
は、『神気』と『瘴気』を掛け合わせる事で、生成する事が出来た。しかし『無』
の凄い所は、その力で、余の摂理を知ってしまえる事だった。『無』の前では、隠
し事など出来ぬ。大まかだが、全体がどう言う状況なのか、把握する事が出来るの
だ。なので、魔界で不穏な事が起きると、即時に対応する事が出来た。
 そして、魔界の全部を掌握し、絶対の存在になった余は、ついに『闇の骨』に因
る召喚の誘いを感じた。
「・・・ソクトアからだ。行って来る。」
 余は、2人の子供と妻に、自分が呼ばれた事を伝えた。すると、余の悲願であっ
た事を知っている妻は、涙を流して喜んでいた。いつまでも気丈な女よな。引き止
めもせぬとは・・・。だが、それでこそ、余が妻に相応しい。
 こうして、余はソクトアに降り立ったのだ。まさか、いきなり『神魔剣士』と出
会うとは思わなかったがな。だが余は、負ける気がしなかった。真剣勝負を申し込
まれたが、隠している力の差は歴然であった。
「ぐぅ・・・。貴様どうやって魔界で、それ程までの力を手に入れた・・・。魔界
は、主だった強者は、あの戦いで、戦死した筈だ。この俺とてそうだ・・・。」
 健蔵は、余がここまでの力を持っている事に驚きだったようだ。
「健蔵よ。余は、力に因る魔界の統治をし、常に競わせるのを忘れなかった。そし
て、『神魔』の試練も、何度も死線を彷徨いながら、潜り抜けてきたのだ。」
 それは、余が全力をもって生きてきた証だった。
「今のソクトアが、ぬるい状態だと言うのならば、力に因る世界を提唱すれば良い
だけの事。余は、ソクトアに正しい力の因る統治を実現させたいのだ。」
 今のソクトアが歪んでいるのならば、正せば良いのだ。
「理想を追うか・・・。貴様なら出来よう。俺を殺して、貫くが良い。」
 健蔵は、余との力の差を痛感したのか、大の字になる。
「貴公、余には届かなかったが、迫る物がある。ここまでの力だと、殺すのは惜し
い。・・・どうだ?余の片腕になるつもりは無いか?」
 余は、健蔵の事を買っていた。強さの欲求も、実際の強さも、申し分無い。
「俺は、グロバス様とワイス様の臣下だ。今更、別の奴に使えるつもりは無い。」
 健蔵は、この期に及んでも、余を拒んだ。この精神は、見上げた物だ。
「そうか。余が貴公の事をどれ程、買っているのか、分かっておらぬようだな。」
 余は、そう言うと、健蔵に背を向ける。
「何の真似だ。」
「去るが良い。余の下で仕えないのならば、今は、用は無い。」
 余は、健蔵の事を、信用していた。この男なら、後ろから襲う事はしないだろう。
「俺に情けでも掛けるつもりか?舐めるな!」
 健蔵は、自分の剣を自らの首に当てようとした。
「愚か者!貴公は、その程度の器だったのか?誇りの為に自殺だと?そんな事、余
が許さぬ!魔族として、本当に誇りを持っているのならば、生き延びて余を越える
程の覚悟を見せよ!・・・余は、情けを掛けたのでは無い!貴公との再戦を楽しみ
にしているから、止めを刺さぬのだ!・・・この場は、命を懸けるには、不足だと
言うだけだ。勘違いをしないで貰おうか。」
 余は、本気で怒る。健蔵は、死に場所を求めていたのかも知れぬが、ただ死ぬの
は、愚の骨頂である。全ての力を出し切って死ぬのならば、余も認める。しかし、
このような犬死で死ぬのは、余が許しはしない。
「貴様への考え方が変わった。若造の癖に、良く出来ている。・・・ならば、今は
去ろう。貴様のその生き様を、見てみたくなったわ。」
 健蔵は、そう言い残すと、去っていった。そうだ。余を狙うにしろ、余と共闘す
るにしろ、力を増して帰って来る事に、意義があるのだ。
 その後、余は『ダークネス』なる組織を乗っ取る事にした。何でも、暗殺を仕事
にして糧とする組織で、暗殺の成功率で伸し上がってきた組織だとか。
 人間にしては、面白い事をする組織だと思った。どうやら、『創』なる組織の長
が死んだらしく、混乱していた。そこに余が力を示し、混乱を収める事で、組織は、
瞬く間に余の言う事に従うようになった。
 聞けば、かなり大掛かりな組織なのだとか。『無』による情報把握をした所、メ
トロタワーなる所が、このソクトアの全てを牛耳っているらしい。そして、1000年
前には無かったセントメトロポリスと言う、この場所が、ソクトア大陸全土を支配
しているのだとか。しかも、まだ詳細は不明だが、ソーラードームなる恐ろしき壁
のせいで、他の国からの侵略を受けずに、栄華を誇っているのが、このセントだ。
セントから呼び出されたのは、僥倖だと言う事か。
 余は、まず改革から始めた。余の命令で従う組織では無く、余に力を示せと申し
渡した。力ある者が上に上がれぬ組織に、未来は無い。余への媚び諂いなど要らぬ。
余に認めてもらいたくば、力を付ける事が第一だと、言い渡した。
 今は、この改革によって、修練が激しさを増している。全ての部署を見て回った
が、力を付けて、余に認めてもらおうと、ギラギラしている。・・・これだ。この
姿こそ、魔界でも正しかった姿だ。進化するには、力を付けなければならぬのだ。
 そんな中、メトロタワーから『ダークネス』に使者を送るとの申し出があった。
余が、メトロタワーを無視し続けたから、あちらから来たのだろう。前の長であっ
た『創』は、メトロタワーの元老院なる支配者に成り上がったらしいし、それが突
然居なくなれば、当然、こう言う事態にもなろう。
 余は、メトロタワーの現状の把握の為にも、通す事にした。『無』の力では、大
まかな把握は出来ても、細かい事までは、把握出来ないのだ。
「ボス。使者が参りました。」
 新たな部下が、使者を連れてくる。そこで部下は去っていった。
「ご苦労である。入るが良い。」
 余は、使者を通した。そして、その顔を見て、一発で只の使者では無いと気が付
いた。この者は、凄まじい『神気』を隠している。
「お前が、『ダークネス』の新しいボスか。」
 その者は、挑発的だった。荒事には、慣れてそうだな。
「如何にも。余は、ケイオス=ローンである。貴公の名を聞いておこうか。」
 余は、最初に名乗りあげて、相手の名を問う。
「メトロタワーの管理責任者のミシェーダ=タリムだ。」
 ・・・こ奴、その名を隠す気が無いとは・・・。本物か?
「お前は、私が本物かどうか、見極めようとしている。」
 ミシェーダは、余の考えを見抜こうとしていた。
「成程・・・。本物のようだな。用件を聞こうか。」
 余は、ミシェーダが本物である事を知る。偽者が、ここまでのやり取りを出来る
訳が無い。それにしても、蘇っていたとはな。
「まずは、お前は、何者か答えて戴こうか。魔族よ。」
 ミシェーダは、余の事を知らないようだ。
「現在の魔界の支配者にして、『神魔』の名を持っておる。貴公等が死んだ後の、
100年後に余は、魔界の頂点に立った。そして今まで、魔界を統治し続けてきた。」
 余は、簡単に自分の紹介をする。
「ほう。奴等が抜けた後に『神魔』となる器か。面白い。」
 ミシェーダは、『覇道』の面々の事を言っているのだろう。確かに『神魔戦争』
は、数多くの英雄を輩出した。魔族の英雄もだ。だが、それだけに固執するのは、
間違いである。新たに強さを示さなければならぬ。
「まだ用件があろう?聞こうか。」
 余は、ミシェーダの用件を追加で聞く。
「では、単刀直入に言う。メトロタワーに従え。」
 ミシェーダは、隠す事無く言ってきた。
「かつての『法道』の指導者が、メトロタワーの使者か。しかも、余にその傘下に
入れと?それは、聞けぬ相談だな。」
 余は、落ちぶれるつもりは無い。今のメトロタワーなどに従うつもりは無い。
「では、メトロタワーと敵対するか?魔族よ。」
 ミシェーダの殺気が濃くなる。
「ふむ。それも良いが、今は戦力が整ってないのでな。対するつもりは無い。」
 余は、包み隠さず教える。
「貴様面白いな。そこまで喋るか?ならば、元老院には、服従の意思は無し、され
ど、敵対はせずとの報告をしよう。メトロタワーとしても、今は、無駄に戦力を消
耗したくないのでな。」
 ミシェーダは、あっさり引き下がった。
「成程・・・。互いに無関心が、一番だな。」
 余は、理解した。ミシェーダは、現状把握が出来ないほど愚かでは無い。ただ単
に喧嘩を売りに来たのでは無いのだ。そして、余が断っても戦いに発展せぬと言う
事は、余の他に、逆らってる勢力があると言う事だ。
 これは、面白くなってきたな。余も、戦力拡大の為、色々しなければならなくな
ってきたな。



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