5、因果  2月も、もう終わりだ。28日までしかないが、もう27日だ。いつもなら、学 園祭の準備に入り、楽しみな時期だ。気分も浮かれ気味になる。  だが僕達は、そうは行かない。現状を考えたら、浮かれる気分になど、とてもい られない。幸い、28日は土曜なので、今日が終われば、ジュダさんの病魔の事に 付いて、対応出来るようになる。万年病を治さないと、前に進めない。  昼休みに、とうとう瞬君にも話を通す事にした。期限が迫っているからだ。瞬君 を呼び出して、協力してもらわないと、今回の作戦は上手く行かない。最終的に、 病魔を砕くのは、『破拳』のルールを持っている瞬君なのだ。  体育館の裏と言う、ベタな場所に、瞬君を呼び出す。勿論、僕だけじゃ無く、恵 さんとファリアさんも居る。瞬君は、何事かと構えていたが、この時期に呼び出す としたら、やはりジュダさん関連だと気付いているんだろう。すぐに、大人しく話 を聞いてくれる態勢になった。  そこで、僕が今までの事を説明する。そして、作戦内容も話しておいた。  ジュダさんを出した方が良いかな? (俺なら、いつでも代われるようにしておくぜ。)  そうして貰えると助かります。 「俊男・・・。お前には、苦労を掛けてるな・・・。」  瞬君は、そう言うと、僕の肩を掴む。 「お前、皆の最期の瞬間を見たんだろ?・・・本当に済まん・・・。お前だけ、そ んな残酷な物を見せて・・・。」  瞬君は、そう言うと、涙を見せる。ああ・・・。やっぱり瞬君は、僕の一番の親 友だ。何で、分かってくれるんだろう・・・。 「俺は、お前に、そんな想いをさせたくない。だから、全力でサポートする事を誓 う。何でも言ってくれ。」  瞬君は、本当に心強い・・・。証拠など見せなくても、無条件で信じてくれる。 (良い親友を持ったな。羨ましいぜ。)  ええ。僕には勿体無いくらいの親友です。 「頼みますわ。最後は、兄様の『破拳』のルールがキモです。」  恵さんは、しっかり引き締める。浮かれ気味な気分が抜けた。 「ああ。もう、この前みたいな想いは十分だ。」  瞬君は、気合が入っている。ジュダさんを助ける気で満々だ。 (あれは、瞬のせいなんかじゃないんだがな。)  瞬君は、それでも気にしちゃう人なんですよ。 「期限もあるみたいだし、決行は今夜よね。」  ファリアさんが、日にちを確認する。 「ええ。ジュダさんを助けなくてはね。」  恵さんは、心強く返してくる。本当に頼りになるね。  今度こそは、失敗しない。あんな未来は、回避してみせる・・・。  金曜日の夜と言うのは、ワクワクする。何かを決起するのに、十分な日だ。土日 にイベントをするのにも向いている。幸いにも爽天学園は、土曜日は休みだし、今 週も休みだから、丁度良い。  とは言っても僕達は、やるべき事がある。その為の休みと言っても良いくらいだ。 集まったのは5人。ジュダさんの居る医務室に集まった。未だに胸を押さえて苦し んでいる。医務室に着くと、赤毘車さんが突っ伏していた。 「・・・珍しい組み合わせだな。」  赤毘車さんは、僕達の組み合わせを見て、驚いていた。恵さんに、瞬君、ファリ アさんにゼハーンさん、そして僕だ。 (赤毘車・・・。アイツ・・・。あんなにやつれて・・・。)  ジュダさん・・・。赤毘車さんは、本当にジュダさんと一心同体なんですね。 (ああ・・・。俺の後を追うとか、無茶しやがって・・・。)  強い絆です。だからこそですね・・・。 「お見舞いに来ましたわ・・・と言いたいけど、貴女には通じないわね。」  恵さんは、適当に誤魔化すのは、不可能だと判断した。 「・・・何をするつもりだ?」  赤毘車さんは、只ならぬ雰囲気を感じ取っているみたいだ。 「今からお話しますわ。ファリアさん。頼みますわ。」  恵さんが合図をすると、ファリアさんは、いつにも増して強い『結界』を張る。 「これはまた、強い『結界』だな。ますます興味が湧いてきた。」  赤毘車さんは鋭い目付きに戻る。やつれていても赤毘車さんは、警戒を怠らない。 「俊男さん。説明を・・・。今度は、特に慎重にね・・・。」  恵さんに心配される。分かっている。この説得こそ重要なのだ。 「俊男君。落ち着いて、誠意ある説明をすれば、大丈夫よ。」  ファリアさんは、落ち着かせてくれた。そうだ。怖がる事は無い。 「分かりました。・・・赤毘車さん。『同化』は知っていますね。」  僕は、『同化』の話をする。まずは落ち着いて聞いて貰う為だ。 「そこの瞬のように、ゼーダが取り憑いた状態の事だな。実際の目で見るまでは、 中々信じられなかったがな。」  赤毘車さんは、落ち着いて話を返す。 「僕も、少し前に経験しました。レイモスの事では無いです。奴は、『同化』では 無く、『憑依』しようとしました。その違いは分かりますね。」  僕は、慎重に言葉を選ぶ。ここで失敗は出来ない。 「そうだな。レイモスと君の状態は、『同化』とは言い難かったな。」  赤毘車さんは、あくまで冷静だ。 「では、違う神が君に憑いたのか。きつかっただろう?」  赤毘車さんは、『同化』した時の精神の消耗を知っているようだ。 「神の精神は、波長が合ったとしても、人間にはきつい。・・・で、誰が君に憑い たのだ?差支えが無ければ、教えてくれるか?」  赤毘車さんは、神と言う立場から、優しく尋ねている。 (真面目だな・・・。アイツらしいぜ。やつれていても、毅然としてやがる。)  赤毘車さんですからね。さて・・・ここからが、重要だ。 「はい。時を越える力を持つ神です。・・・僕とその神は、半年後から来ました。 正確には、その神が、僕の未来の精神を持って、僕の所に現れました。」  核心を話す。赤毘車さんは、少し考えると、目付きが鋭くなる。 「まさか、ミシェーダか?時を越えるとは・・・。しかし、奴はまだ死んでいない。 これから、奴が死んで、君に憑いたのか?」  赤毘車さんは、剣に手を掛けようとする。 「ち、違います。ミシェーダが憑いたなら、僕は、こんな話を赤毘車さんに伝えた りしませんし、出来ませんよ・・・。」  まさか、ミシェーダと間違われるとは・・・。 (あの導き方じゃ、俺だってそう思う。)  うぐ・・・。すみません・・・。 「ミシェーダでは無い?他にそんな神・・・え・・・。」  赤毘車さんは、考え込むと、何かを思い付いたらしく、ビックリしていた。 「嘘・・・嘘だろ?」  赤毘車さんは、目の前で苦しんでいるジュダさんを見る。そして僕を見た。 (やっと気が付いたようだな。) 「お気付きの通り、ジュダさんです。」  僕は、絞り出すような声で言う。 「そ、それは、本当なのか!?・・・ジュダは・・・ま、負けて!?」  赤毘車さんの余裕が無くなる。ここまで取り乱しちゃうとは・・・。 (おい。代われ。俺が出ないと、説得出来ないだろ。)  そうですね・・・。これ以上は、僕じゃない方が良いです。  ・・・。  よし。大分スムーズになったな。 「こ、この神気!ジュダ・・・!お前なのか!?」  赤毘車は、まだ信じられずにいるようだな。 「目ぇ覚ましな。・・・全く、こんなに、やつれやがって・・・。」  俺は、赤毘車の頭を撫でてやる。世話が焼けるな・・・。 「お前、死んでしまうのか!?私を置いて、死んでしまったのか!?」  赤毘車・・・。済まない・・・。俺が知ってる未来でも、同じ事を言っていたな。 「このままじゃ、そうだ。それを、俺は変えに来たんだ。」  俺は、力強く宣言してやる。 「でもジュダ、お前は、琥珀の力は危険だから、使わないって言ってたじゃないか!」  そういや、赤毘車には言ってあったな。時空の力は危険だから、琥珀の力は、使 う事は無いなってな。 「そのつもりだったさ。・・・でもお前、俺の後を追うつもりだろ?」  俺は、悲しげな目で、赤毘車を見る。赤毘車は、ギクッとしたみたいだ。 「やっぱりな・・・。いや実際、誰が止める間も無く、お前は切腹した。・・・そ んな結末、俺は認めん。」  俺は、自分が死んでも、赤毘車には生きて欲しかった。 「馬鹿!お前が居なかったら、私が耐えられるとでも思ったのか!今だって、今だ って、不安で押し潰されそうなのだぞ!」  赤毘車は、子供のように、涙を溜めていた。 「全く・・・。強情だからな。お前は・・・。」  俺は、赤毘車をあやす様に、頭を撫でる。 「ジュダ、死ぬな!死なないでくれ!」  赤毘車は、懇願するように顔を向ける。こんな顔をさせちまうとはな・・・。 「その為に、コイツ等に頼んだんだ。赤毘車も、協力してくれ。」  俺は、そう言うと、赤毘車に真摯に頼み込んだ。 「分かった・・・。お前が死ぬ未来なんて、私も嫌だ!」  赤毘車は、嬉しそうに俺の胸の中に顔を埋める。 (赤毘車さんは、ずっと、耐えてきたんですね・・・。)  まぁな・・・。俺が居ないと、こんなに脆い奴だったんだな・・・。 (絶対、治しましょう!・・・で、恵さんが怖いので、離れてくれます?)  ん?あ。そうか。これ、俊男の体だったよな。 「あ・・・。す、済まぬ。つい、ジュダだと思って・・・。」  赤毘車も、それに気が付いたらしく、体を離した。 「い、良いですのよ?感動の再会です物ねぇ・・・。」  やばい、マジで怖い・・・。よし。戻るわ。もう十分だろ? (え?こ、このタイミングでですか?こ、困ります!)  ・・・。  はうあ。代わっちゃった・・・。酷いですよ・・・。ジュダさん。 「お帰りなさい?俊男さん?」  恵さんマジで怖いです。勘弁して下さい。 (あれは、神より怖いぞ・・・。凄い迫力だぜ。)  褒め言葉になってないです・・・。 「まぁ良いですわ。わざとじゃ無いです物ね。」  恵さんは、コメカミに手を掛けながらも、許してくれた。 「妬くなって!」  瞬君が、笑いながら言うと、物凄い音が鳴った。肘打ちの音だ。 「あ・・・ぐ・・・が!!」  瞬君は悶絶している。 「兄様は、言動に気を付けて下さい。」  ・・・僕も気を付けよう・・・。 「それにしても、俊男。ジュダ殿と入れ替わっても、違和感無くなってきてるな。」  ゼハーンさんは、そこが、気になるようだ。確かに、疲れは減っている。 (正直、波長が合い過ぎる位だ。相性が良いんだな。)  成程。体の負担が少ないのは、嬉しいですね。 「それだけ、波長が合うとの事です。」  そんな実感は無いんだが、かなり相性が良いのかも知れない。 「俺とゼーダだって、結構掛かったんだがな・・・。」  瞬君は、考え込んでいる。ゼーダさんに文句を言われてそうだった。 「さて、では、これからの事の要点を伝えますわ。」  恵さんは、これからやる事を、説明する事にした。 「キモは、ゼハーンさんと、兄様です。お二人には『ルール』を存分に振るっても らいますわ。」  恵さんは、ゼハーンさんと瞬君を指差す。 「ゼハーンさんは、『魂流』のルールで、ジュダさんの魂を引き上げて下さいませ。」  恵さんは、そう言うと、ジュダさんのベッドを指差す。 「承知した。慎重に行おう。・・・清芽殿も、覚悟を決めたようだ。」  ゼハーンさんは、力強く頷く。清芽さんも、大事な役目だ。 「兄様は、恐らく仕上げの時に、万年病を砕く役目よ。覚えて置いて下さいね。」 「ああ。今度こそ、弾かれないようにしないとな!」  瞬君は、気合タップリだった。 「ファリアさんは、『結界』でここを封じる役目をお願いします。」  恵さんは、ファリアさんには、引き続き『結界』を張る事を頼む。 「分かった。誰にも気付かせないわよ。」  ファリアさんは、医務室には、誰も入れないつもりらしい。 「私と赤毘車さんと俊男さんは、不測の事態が来た時の対応よ。」  恵さんは、『制御』のルールで押さえる役目。僕と赤毘車さんは、単純に戦力と してだね。不測の事態って何だろう?恵さんは、確信しているみたいだが・・・。 「恵さん。不測の事態っての、起こる確率は?」  僕は恵さんに、それとなく聞いてくる。 「8割起こると思って良いわ。この病気の大筋は、睦月が解明したんでね。」  え?凄いな。睦月さんは、どんな病気か、もう解明したのか。 「昨日、死ぬ気で解明したそうよ。今日は、そのせいで、休んでますわ。」  そう言えば、今日は睦月さんの姿を見ていない。頑張ったんだなぁ・・・。 「この病気は、『神気』と『瘴気』が交互に爆発的に増える病気よ。神の体で、そ んな事が起これば、拒否反応が起こるのよ。互いが互いを攻め続けるの。それぞれ が爆発的に増えるのは、『制御』のルールで分かっていた事よ。」  そうか。恵さんは、『制御』のルールで、ジュダさんの体の中で起こっている変 化が、把握出来るんだな。 「その上で、万年病は、その急激な変化に対応するための抗体を殺すって言う病気 なのよ。普段は、どちらにも対応出来るように抗体が居る筈なの。それを消す悪玉 が居る・・・ってのが睦月の見解よ。」  恵さんは、睦月さんの見解を教えてくれた。 (確かに、いつもなら、何でも無い事が、苦しかった覚えはある。) 「魂を可視化した時、その悪玉が表面化する可能性が高いわ。前に兄様がティアラ さんを治した時も、何かが息絶えているのを感じましたからね。」  恵さんは、ちょっとした事も見逃していなかった。さすがだ・・・。 「その悪玉をジュダさんの中に行かせない為に『制御』するのが、私の仕事。そし て、悪玉を叩くのが、お二人の仕事よ。」  恵さんは、僕と赤毘車さんを見る。成程。悪玉を退治するのが、僕達の仕事って 訳だ。その方が分かり易くて良いね。 「了解だ。そう言う事なら、気合も入る。」  赤毘車さんは、嬉しそうだった。自分の手がジュダさんの助けになるのが、嬉し くてしょうがないみたいだ。 「じゃ、始めるけど、その前にこれ・・・。」  恵さんは僕に、凄く深くて、吸い込まれそうな色をしている宝石を渡す。 (琥珀だ・・・。しかも相当上等な奴だ。凄い力を感じる・・・。)  琥珀?って事は、時空の力を引き出す為の石ですか? (そうなるな。俺が持っている奴に近い。前に飛んだ時は、お前も覚えている通り、 赤毘車が死んだ後に、俺の宝石を、恵からもらったよな?)  そう言えば、そうでしたね。恵さんが、遺品として持っていたジュダさんの宝石 を、僕が譲り受けたんでしたね。でも、今はジュダさんから取り上げるなんて、出 来ない・・・。それを見越しての話かな? 「恵さん・・・。これを僕に・・・いや、ジュダさんに使わせるつもり?」  僕は、逡巡する。これを使うと言う事は、また時を遡れと言っているのと、同じ だ。それは、この作戦の失敗を意味している。 「勘違いしないでね。これは、あくまで保険よ。成功するに決まってますわ。」  恵さんは、もしかの為に、用意してくれていたのだ。そう言う手回しの良さは、 見習わないと、いけないかもね。 「ゴメン。本当は、僕が用意しないと駄目だよね。」  そうだ。恵さんが気が付いてどうするんだ・・・。 「俊男さんは、そんな余裕無かったでしょ?それに、これは、貴方が買える様な宝 石じゃないわよ。幾らしたと思ってますの?」  恵さんは、軽く渡してくれたが、確かに上等な宝石だ。 「・・・これだけ・・・。掛かってますわ。」  恵さんは、僕にだけ聞こえるように耳打ちする。 「うっそ!?これ200万ゴード!?」  信じられない数字だった。200万って事は、豪邸だって建てられる金額だ。 「叫ばないで欲しいですわ・・・。」  恵さんは、頭を抱える。いや、だって驚くって。 「手回しが良いな・・・。感謝する。」  赤毘車さんは、恵さんの気遣いに、本気で感謝していた。 「成功させれば、無駄になってしまいますけどね。そうなって欲しいですわ。」  恵さんは、本気でそう思っているのだろう。敵わないな。 「じゃ、始めるわよ。」  恵さんの合図で、皆が緊張する。  とうとう、ジュダさんを助ける作戦が始まる・・・。  絶対、成功させて見せる・・・。必ず未来を変えてみせる!!  ジュダさんの救出作戦の開始だ。これが成功すれば、未来を変えられるんだ。僕 も、皆も悲しい思いをせずに済むんだ!  ゼハーンさんも、そう思っているらしく、珍しく緊張している。自分の手で何か を守る事が出来るのが嬉しいのかも知れない。レイクさんを助けられなかったと、 何かと自分を責めていたゼハーンさんだしね。  瞬君も、気合十分だ。この前、ジュダさんの病気に弾かれたのを、今でも気にし ている。今度こそ助ける為に、毎日、僕と特訓していたんだ。その成果が試される 時なのだから、緊張するなと言う方が、無理かもね。  ファリアさんは、ずっと見守っている。『結界』を維持するのと、いざと言う時 の戦力の為に、居座っている。ファリアさんは、凄く義理堅くて、こちらとしては、 助かる限りだ。  赤毘車さんは、ジュダさんを助ける為に必死だ。ジュダさんは、自分の全てだと 言っていた。そう言い切れるほどの仲だ。しかし、この作戦に失敗したら、赤毘車 さんは、自害する可能性が高い。それだけは避けなくては・・・。  そして恵さんだ。恵さんは、最後まで諦めなかった。失敗した未来の時空でも、 僕と言う希望の為に尽力していた。その期待に、応えなければならない。自分に出 来る事を把握し、これからの未来に必要な事を導き出す事が出来る人だ。だけど、 僕は知っている。激しい感情を剥き出しにして、闘う事が出来る人なんだって事も。 時には、感情を抑えられずに、爆発してしまう事もだ。  そして、僕だ。僕は緊張している。今回は、赤毘車さんと一緒に、フォローに回 る形だが、ジュダさんを助ける為に、僕は時空を越えてきたのだ。ジュダさんが言 うには、現在を変える事が出来れば、未来は、無かった事になるらしい。  僕が経験してきた酷い未来を、消し去る事が可能だと言う。過去に戻った時点で、 未来が再構築されるので、行動如何で、酷い未来を変えられるらしい。ただし、越 えてきた未来を覚えているのは、越えてきた本人だけで、他の人は、再構築された 時点で忘れるみたいだ。ジュダさんの琥珀時力は、その越えてきた記憶を持ち越す 能力が主らしい。時空を越える事自体は、1000年前のミシェーダとの闘いの時に、 コツを掴んでいたらしい。  琥珀は、元々木の樹脂などが、固まって出来た宝石で、古来の力を有しているみ たいで、現在生存しているどの神よりも、古い歴史を携えて居る石らしい。そのお かげで、時の力をどの石よりも豊富に持っていて、その力を引き出せば、時を越え るのは容易いみたいだ。実際に、その力を使って、ミシェーダの時を越える力に対 抗して勝利したらしい。 (伝記では、『無』の力で対抗したと書かれているが、実際は、琥珀の力だな。)  成程。『無』の力も万能では無いのですね。  そんな琥珀の力も、時を越えると、記憶が曖昧になってしまう弱点があったみた いで、時を越えてきた事すらも忘れてしまう事態になったようだ。そこで、ジュダ さんは改良に改良を重ねて、琥珀の力を最大限に引き出す事で、記憶を形にする事 に成功した。それが無かったら、完全な形で時を越える事は、不可能だったらしい。  皆の願いと執念が、ここまで僕を導いてきた。救わなければ・・・。  今、ゼハーンさんが用意している。清芽さんも、近くに待機しているらしく、い つでも魂を導けるようにしているみたいだ。 「・・・始めるぞ。私は、これを使ったら、恐らく戦力にならない。後は頼んだぞ。」  ゼハーンさんは、僕と赤毘車さんに注意を促す。元より承知だ。 「やってくれ。ジュダを死なせる訳には、いかない。」  赤毘車さんは、頭を下げる。僕も、無言で頷いて、不測の事態に備える。 「分かった・・・。では・・・『魂流』のルール!!」  ゼハーンさんが、『ルール』を発動させると、腕が不気味に青く光る。初めて見 たが、物凄い特殊な力を感じる。これは、凄いな・・・。 「清芽殿!・・・頼むぞ!」  ゼハーンさんが、何かを引っ張るような仕草をすると、ジュダさんからドス黒い 何かが、見え始める。そうかと思えば、光る何かも見え始めた。どちらも、巨大な 力を持っていた。これが、ジュダさんの『瘴気』と『神気』か!! 「うぐおおおおぉぉぉぉ!!!」  ジュダさんが獣のような声を発すると、『瘴気』と『神気』が、動こうとする。 「させませんわ!!『制御』のルール!!」  恵さんが、『制御』のルールを発動させる。すると、物凄い抵抗しながら、動き が止まる。しかし、それでも尚、動こうとしていた。 「なんてパワー!!『制御』だけに集中しててこれなの!?」  恵さんが顔を顰める。相当な強さなのだろう。さすがはジュダさんだ。 「俊男!行くぞ!」  赤毘車さんは、危険だと察知したのか、僕と一緒にジュダさんを止めに掛かる。 「私は『神気』を何とかする!『瘴気』は、お前が押さえてくれ!」  赤毘車さんは、『神気』の塊に対して、御神刀『鋭気』を構える。 「ぐるあああああぁぁ!!!」  ジュダさんの叫びと共に、『瘴気』が暴れ出す。僕は、それを押さえに掛かる。 凄い圧力だ!恵さんの『制御』のルールで押さえられてるのに、この強さか! 「凄い!『結界』が壊れそう!!」  ファリアさんは、『結界』に更なる魔力を込める。 「これが、本気になったジュダの圧力か!さすがだな。しかし!」  赤毘車さんは、ジュダさんの『神気』を刀で食い止める。 「目を覚ましてやる!!破砕一刀流!斬気『波界(はかい)』!!」  赤毘車さんは、自分の必殺技である破砕一刀流の技を繰り出す。 「ぬぅおおぉぉぉ・・・。」  ジュダさんは、叫びが小さくなると共に、『神気』が縮こまっていく。 「こっちも負けない!!パーズ拳法の『発頸(はっけい)』で!!」  僕は、ジュダさんの『瘴気』にあらん限りの力を込めて、『発頸』を放つ! 「うぐぅぅぅぅ・・・。」  ジュダさんの苦しむ声と共に、『瘴気』も、形を潜めたようだ。 「やったわ!『瘴気』も『神気』も、劇的に減っていますわ!」  恵さんは、我が事のように喜ぶ。僕も手応えがあった。 「・・・よし。魂も安定している。少し衰弱しているようだが・・・む!?」  ゼハーンさんは、驚きの声を上げた。 「気をつけろ!何かが出るぞ!!」  ゼハーンさんは、脂汗を流している。 「おおおおおおぉぉぉぉ!!!」  ジュダさんが、自分の胸を押さえつけると、何かが飛び出てくる。 「・・・な、何だこれは!?」  ゼハーンさんは、ビックリする。 「ファリア!清芽殿を避難させるのだ!」  ゼハーンさんが、危機を感じたのか、ファリアさんに指示する。すると、ファリ アさんは、いつでも動けるようにしていたのか、近くにあった銅像に清芽さんの魂 を退避させた。すると、ジュダさんが立ち上がる。 「ふぅおおおおぉぉぉ。」  ジュダさんは、怨念に取り憑かれたように、虚ろな目で、こちらを眺める。 「後ろの怨念のような物は何だ!?」  赤毘車さんが驚く。 「それが、恐らく万年病の正体だ・・・。」  後ろから声がした。どうやら瞬君が、ゼーダさんを呼び出したようだ。 「ゼーダか・・・。万年病とは、神に宿る怨念の塊だと言うのか?」  赤毘車さんは、質問する。 「神は、元々『神気』を強く出す事が出来る。だが、稀に『瘴気』も上手く使いこ なせる神が出てくるのだ。ジュダは確か、『無』の力を習得するのに、『瘴気』も 使いこなす事が出来た様だな。そこに、この怨念が、目を付けたのだろう。」  ゼーダさんは、分析していた。と言うのは、ゼーダさんも、ここまでの事例を見 るのが、初めてなのだろう。 「全ての力がバランス良く使えるジュダは、格好の的だったのかもな。」  ゼーダさんは、舌打ちする。力を上手く使いこなせるが故の悲劇だったのか。 「今から、この拳にお前達の想いの力を集める。集め終わったら、瞬に手渡すから、 有りっ丈の想いを、この拳に宿してくれ!」  ゼーダさんは、瞬君の体で、右の拳に光を宿す。 「あの時と・・・。俊男さんを救った時と・・・似てる。」  恵さんは呟く。そうか・・・。僕が夢の中で見た、僕を助ける為にやった行動は、 これに近かったのか。 「妹君。『制御』のルールで、後何秒、止められる?」  ゼーダさんは、恵さんに『制御』のルールの状況を聞く。 「1分なら行けます。私は最後に、想いを託しますわ。」  恵さんは、『制御』のルールに集中し始めた。 「よし!込めてくれ!」  ゼーダさんは、右の拳を皆の前に持ってくる。 「ジュダさん!私は、目の前で死なれるのは、もう嫌なの!だから、受け取って!」  ファリアさんは、想いを込めて、瞬君の拳を包む。 「ジュダ殿!貴方は、これからのソクトアに無くてはならぬ神だ!死んではならぬ!」  ゼハーンさんが、拳に力強く手を重ねる。 「私も、目の前で死なれるのは、好きじゃありません。起きて下さい!」  銅像が手を重ねてきた。これは、清芽さんの分だ! 「僕は、これ以上、悲惨な未来は見たくない!だから、僕の中に居るジュダさんの 分まで、想いを込めます!」 (そうだ。ここまでされて、寝てんじゃねぇ!俺なら、目を覚ませ!!)  僕とジュダさんは、瞬君の拳に、想いを託した。 「ジュダ・・・。お前は、私の全てだ。置いていくな!頼む!!」  赤毘車さんは、祈りも込めて、瞬君の拳に手を置いた。 「私は、後悔しない為に、前進する・・・。ジュダさん。貴方が生きてないと、後 退するの。そんなの、私は許しませんわ。戻ってきなさい!!」  恵さんらしい言葉だった。恵さんも瞬君の拳に想いを込めた。 「ふうぅぅぅぅ!!」  『制御』のルールが緩んだのか、ジュダさんは、瞬君に襲い掛かろうとしていた。  その瞬間、瞬君に戻る。そして、即座に『破拳』のルールを発動させていた。 「・・・ふぅ・・・。こんな強い想いを受けて、負ける訳には行かない!!」  瞬君の拳は、より一層強い光を放つ! 「・・・天神流空手・・・。正拳突き!!『貫』!!」  瞬君は、そう言い放つと、ジュダさんの体を貫いた。しかし、それは物理的な力 では無く、ジュダさんに救う病魔に・・・万年病に対してだ! 「うおおああああああぁぁぁ・・・!!」  ジュダさんの断末魔と共に、万年病の気配が消えて行く。 「ジュダ!!」  赤毘車さんは、その凄まじい様子から、心配して駆け寄る。  そして、全てが抜け去って、ジュダさんは、またベッドに戻る。 「・・・生きている・・・。生きているぞ!!」  赤毘車さんは、喜びの声を上げる。そして、ジュダさんの手を取った。 「これで、一安心ね。」  恵さんは、一仕事したので、安心したのか、安堵の声を上げる。 「・・・。」  だが僕は、何故か嫌な予感がしていた。何でだろう?  ジュダさんを救う事は出来た・・・筈だ。その証拠に、優しい寝息を立てている。 (・・・何でだ・・・。)  え?ジュダさん?どうしたんですか? (おかしいんだよ。有り得ないんだよ・・・。)  何がですか?もしかして、何か助ける手順に失敗しました? (・・・違うんだ・・・。確かに俺は、まだ寝ている・・・。だから、俺がまだ、 ここに居るのは、不自然じゃない・・・か?)  どうしたんです?万年病の脅威は去ったと思いますよ。 (ま、まさか!おい!!他の皆は、どうしてる!)  他の皆?って、レイクさんとかですか?もしかして、嫌な予感がします? (ああ・・・。まだ詳しくは言えないが、駄目な感じだぜ・・・。)  そ、そうですか・・・。分かりました。まずは、確認します。 「他の皆に、報告しに行きましょう。」  僕は、努めて明るい声で、皆に言う。 「そうだな。脅威は去った。良い報告が出来るな。」  赤毘車さんは、スッキリしている。 「寝静まってないかしら?・・・と思ったら、もう朝ですのね。」  恵さんは、欠伸をしながら、周りを確認していた。いつの間にか、夜を明かして いたらしい。色々集中していたからなぁ。 「ま、後で昼寝でもしようぜ。」  瞬君も、すっかりお気楽モードだ。 「・・・あれ?道場に、誰か居ない?」  ファリアさんは、道場に誰かを見つける。 「あれは・・・センリンか?」  ゼハーンさんは、仲間だけあって、気が付くのが早かった。ゼハーンさんは、ミ サンガの止め具を少し触った。 「センリン?どうしたのだ?」  どうやら、トランシーバーのようになっているらしい。そう言えば、そんな機能 をつけたと言っていたなぁ。 『・・・ひぐっ・・・。すっ・・・。』  こ、これは・・・泣いてる!?センリンさん、泣いてるのか!? 「おい。どうした?何があったのだ?」  ゼハーンさんは、声を掛ける。しかし、返事は返ってこない。 「行きましょう!」  ファリアさんは、異変に気が付いたのか、道場の方へと向かう。  一体・・・何が・・・起こったんだ!  センリンさんは、道場の真ん中で、虚ろな目をしていた。 「センリン!どうしたのだ!」  ゼハーンさんは、真っ先に駆け寄る。 「ゼハーンさン・・・。士が・・・士が、行っちゃったヨ・・・。」  センリンさんは、涙を流して、道場の一点を指差す。 「な!『結界』!!しかも何と強烈な!!」  赤毘車さんは、すぐに気が付く。一見すると、黒い点が浮いてるようにしか見え ない。しかし、強烈な『結界』が張ってあった。 (これは・・・まさか!!)  僕も、同じ事を思いました・・・。そんな・・・。士さんは、ミシェーダと闘い に行ったんじゃ・・・。僕の記憶の中にある時空で、ミシェーダに挑んだように。 「こちらから、行く事は出来ないの?」  ファリアさんは、『結界』を押し広げようとする。しかし、相当強烈な『結界』 を張ったのか、まるで歯が立たない。 「なら、俺の『破拳』のルールで、こじ開ける!」  瞬君は、『破拳』のルールを拳に宿す。そして、『結界』に対して、正拳突きを 食らわす。すると、穴が広がったように次元の壁が広がった。 「入るぞ!!」  赤毘車さんが叫ぶ・・・。ああ・・・この光景。僕は知っている・・・。  あの日も、こんな感じだった。士さんが居ないと気が付いて、瞬君が駆けつけて、 『破拳』のルールでこじ開けて・・・。何で、一緒なんだ・・・。  そして、『結界』の中に飛び込む。そこに写った光景・・・。それは、横たわる 士さんと、肩を押さえて辛うじて息をしているミシェーダだ。 「つ、士ァ!!!!士ぁぁぁぁァ!!!」  センリンさんが、狂ったように泣き叫ぶ。 「私の『時空』のルールを、5度も使わせるとは・・・。恐ろしき奴・・・。」  ミシェーダは、5度も使ったのか・・・。禁忌とも言われる『時空』のルールを。 それでも苦戦して、ここまでの怪我を負ったのだ。それだけ士さんが強かったって のもある。しかし・・・。士さんは、ピクリとも動かない。 「駄目だ・・・。帰る体力も無いとは・・・。これを使う羽目になろうとは。」  ミシェーダが、倒れる。余程体力を使ったのだろう。何かを取り出して、起動さ せると、ミシェーダの姿が消えた。 「今のは?もしかして、移動装置?」  恵さんが、気が付いたようだ。 「転送装置のようにも見えた・・・。あんな物まで持っているとは・・・。」  赤毘車さんが、舌打ちする。 「士・・・。おのれ・・・!!こうなったら!清芽殿!!」  ゼハーンさんは、士さんの遺体を見て、清芽さんを呼ぶ。 「何をする気?まさか、『魂流』のルールを?」  ファリアさんは、ゼハーンさんの気持ちを汲み取る。 「そうだ!士は、こんな所で死んで良い人物では無い!!私の手で助けられるなら、 助けてやらねば!!こんな結末は・・・私は認めぬ!!」  ゼハーンさんは、『魂流』のルールで、蘇生を試みるようだ。 「ゼハーンさン・・・。私の魂を使っテ!!士の為ニ!!」  センリンさんは、士さんの為なら、その身を犠牲にする事も厭わないのだ。 「やるなら、確実に成功させなきゃ駄目よ!!」  ファリアさんは、やるなら、確実に成功させなければ・・・と主張する。 「私は、良いノ!士の為なら、命なんて、惜しくないヨ!」  センリンさんは、そう言って、命を投げ出そうとする。 「分かった・・・。士を、この手で救ってみせる!!」  ゼハーンさんは、『魂流』のルールを、再び発動させる。  このまま、やらせても良いのだろうか?しかし、士さんが死んでしまった今、助 けられるのは、ゼハーンさんの『魂流』のルールだけだ。  『魂流』のルールだけ?・・・違うだろう?本当はもう一つあるだろう? 「士・・・。私は、お前を見捨てはしない!!戻って来い!!」  ゼハーンさんは、士さんの遺体に手を置いて、センリンさんの手を取る。 「士!私は、絶対に、諦めないんだかラ!!」  センリンさんは、意を決して、ゼハーンさんの手を握り締める。 「・・・うゥ・・・。つか・・・サ・・・。」  センリンさんは、ゼハーンさんの『魂流』のルールによって、光り輝く存在にな った。そして、まるで抜け殻のように倒れてしまった。 「・・・センリン・・・。大丈夫だ・・・。成功させる!!」  ゼハーンさんは、その光り輝く物を、士さんの体に押し付ける。 「これだけ、想いが強いのだ・・・。失敗して堪るか!!」  ゼハーンさんは、士さんの体に魂を注入して行く。それは、まるで作業だった。 「うおおおおお!!『魂流』のルール!!」  ゼハーンさんは、魂を振り絞って、『魂流』のルールを発動させていた。すると、 士さんの体が、ピクッと動く。凄い・・・。 「そうだ!返って来るのだ!!これからの時代に、お前は必要なのだ!!」  ゼハーンさんは、全てを振り絞っていた。士さんの体に魂を注入し続ける。 「返って来るのだ!!・・・かえっ・・・て・・・こい!!」  ゼハーンさんの額から、脂汗が流れ出る。 「ふぅおおおおおおおお!!」  ゼハーンさんが叫ぶと、そのショックからか、ゼハーンさんまで倒れこむ。 「ゼハーンさん・・・。ゼハーンさん?」  瞬君が、真っ先に駆け寄る。そして、脈を取った。 「え?・・・う・・・そ・・・だろ?」  瞬君は、唇が、ワナワナと震えていた。まさか・・・。 「・・・こっちも・・・駄目よ・・・。」  恵さんは、センリンさんの脈を取っていた。この光景は・・・見た事が・・・。 「士も・・・無理だった・・・。」  赤毘車さんは、士さんを揺さぶるが、反応する気配は無かった。  ・・・僕の記憶の中の光景と、一致してしまった・・・。そんな・・・。 「うぅわああああ!!」  瞬君は、涙でくしゃくしゃになる。目の前の人達が、死んでしまった事に対する、 罪悪感だろう。自分の手が役に立たなかった事の罪悪感だろう。  打ちひしがれていると、外の様子が騒がしくなってきた。 「おい・・・。これは、どうした?」  レイクさんだった・・・。レイクさんは、ゼハーンさんに駆け寄る。 「親父?どうしたんだ?親父!」  レイクさんは、頬を叩く。しかし、ゼハーンさんからは、全く反応が無い。 「おい!おやっさん!・・・何だコレ?何なんだよ!!これはぁ!!」  グリードさんも、ようやく事態を飲み込めてか、唇を震わせていた。 「何がどうなってやがる!!これは、何なんだ!!」  エイディさんは、状況を把握したがっていた。 「何が起きたのです?・・・私達が居ない間に・・・。」  ジェイルさんは、皆を落ち着かせながらも、僕達を見ていた。 「センリン・・・?どうしたんだい?・・・センリン?」  ティーエさんは、センリンさんも同じような様子だったので、肩を揺さぶる。 「返事をして?・・・どうしたんだよ!?センリン?」  脈が無いのを確認して、ティーエさんは、涙を流す。 「センリンさん・・・。それに、士さんも・・・何コレ?」  アスカさんは、顔が青ざめていた。 「信じられねぇ・・・。どういう状況だよコレ・・・。」  ジャンさんも、目の前の現実を、受け入れられない様子だった。 「何故、こんな事に!こんな事になったのダァ!!!!」  ショアンさんは、血の涙を流して、士さんに駆け寄った。 「そんな・・・何故、こんな事に・・・。」  さすがの睦月さんも、言葉を失っていた。 「こんなのあんまりです!あんまりですー!!」  葉月さんは、優しいからか、この現実を受け入れたくないようだ。 「士のこの傷・・・。ミシェーダが来たのか?」  ゼリンさんは、気が付いているようだ。 「・・・おい・・・。説明してくれ・・・。」  レイクさんは、ゼハーンさんの遺体を抱きながら、僕達の顔を見る。  それから、僕達は、今まで起こった事を説明した・・・。  まず、僕にジュダさんの魂が宿っている事。その証明の為に、ジュダさんに変身 して見せた。そして、僕に宿っているジュダさんは、未来から来たと言う事。この ままでは、万年病で死んでしまう事も報告する。  だが、万年病を見事に治して見せた事を報告した。・・・しかし、その間に、ミ シェーダが襲来し、士さんを襲った事を報告した。そして、ギリギリの所で、士さ んが負けて、その光景を見たゼハーンさんが、『魂流』のルールで蘇生を試みた事 も報告する。その為に必要な魂を、センリンさんが提供したのも、報告した。 「・・・何だよ・・・馬鹿だよ・・・親父・・・。」  レイクさんは、余程悔しかったのか、ゼハーンさんを抱きしめながら、涙を流す。 「センリン・・・アンタまで死んだら、駄目じゃないか!!」  ティーエさんは、センリンさんに縋りついて泣いていた。 「おのれ、ミシェーダ!!私は許さぬ!!セントに逃げ帰ったのだろうが、許さぬ!」  ショアンさんは、拳を固めて、怒っていた。 「ああ。許せねぇ!!士さん、センリンちゃん、ゼハーンさんの仇、俺が取る!!」  ジャンさんも、それに同調する。 「ウチ、こんなに悲しいの初めてだよ!もう、訳が分からないよ!!」  アスカさんも、敵討ちに出掛けるつもりなのだろう。  この光景も・・・見たな・・・。 「駄目だ・・・行っちゃ駄目です・・・。」  僕は、口に出していた。こんな事、もう充分だ・・・。 「俊男殿・・・。止めるな!私は、この絆の友を失って、黙っては、いられぬ!」  ショアンさんは、聞く耳を持ちそうにも無い・・・が。 「これじゃ・・・!これじゃ駄目だぁ!!これじゃ何も変わらない!!!」  僕は、叫んでしまう。もうたくさんなんだ!!! 「僕は・・・僕は、何の為に!!何の為に・・・ジュダさんと一緒に、時空を超え たんだぁ!!これじゃ、変わらない!!駄目なんだぁ!!!」  そうだ。これでは僕が見てきた光景と変わらない。 「俊男・・・。お前は、この光景を、見た事があるのか?」  瞬君は、心配そうに聞いてくる。 「そうだよ!!僕は、この光景を変える為に時空を越えてきた!なのに!!」  僕は床を叩く。壊れてしまうんじゃないかと思うくらいにだ。だが、我慢出来な かった。僕はこの光景を止めたかったのに!! 「俊男さん・・・。ごめんね・・・。私は、貴方の力になりたかったのに・・・。 また、そんな想いをさせてしまったのね。」  恵さんは、僕を包み込むように抱いてくれた。 「恵さんのせいじゃない・・・。僕が、甘かったんだ・・・。」  そう。士さんへの襲撃だって、予測出来た事だ。 「・・・こんな時空の世界・・・『時界(じかい)』は、認めない・・・。」  僕は、『時界』と言う言葉を口にする。この時間軸での世界の事だ。 「俊男・・・。お前、また過去に飛ぶつもりか?」  瞬君は見抜いてきた。僕は、また過去に飛ぶ。それしか無い。 「認められない現実を、変える力があるなら・・・僕はそれを選ぶ・・・。」  本当なら、こんなやり直しなど、してはいけない事だ。 「ジュダの万年病が治ったと言うのに・・・。」  赤毘車さんは、残念そうだ。 「・・・そうですね。ジュダさんの意見も聞きましょう。今、代わりますね。」  僕は、ジュダさんに意識を集中させる。  ・・・。  俊男、お前、俺の意見なんて、聞かなくても分かっているだろうに。 「ジュダさん・・・。俺は、俊男に戻って欲しい。」  レイクは、時を越える禁忌を知っている。それでも、戻って欲しいと願っている。 「馬鹿。そこで泣いてる奴等も、安心しな。俺も俊男と同じだよ。こんな結末、認 める訳ねーだろ。あそこで寝てる馬鹿の為に未来を犠牲にする必要なんか無い。」  俺は、医務室を指差して、もう一度過去に戻る事を決意する。 「お願いするよ・・・。こんなのあんまりだよ・・・。」  ティーエは、いつもの気丈さが無い。こんな状態にして堪るかよ。 「ジュダ・・・。せっかく治ったのに・・・。」  赤毘車は、病気が病気だけに、素直に納得してないようだ。 「阿呆。こんな顔をした奴等を放って置いて、何が神だ!俺は、自分が助かる為に コイツ等を犠牲にするような、最低の神になるつもりはねぇ!!」  そうだ。俺が生きていたって、コイツ等が泣いていたら、駄目だろうが! 「・・・フッ。そう言うと思っていたよ・・・。変わらないな。」  赤毘車は、俺が言うであろう事を予測していた。 「そう言う事だ。・・・だから安心しな。」  俺は、遺体に縋り付いてる奴等に、宣言する。 「俺からは、以上だ。・・・俊男・・・。お前にだけは、迷惑を掛ける・・・。」  俺は、唯一気になっていたのは、俊男だった。人間でありながら、俺と共に時を 越えるのは、凄い負担の筈だ・・・。体を返すぞ。  ・・・。  僕は、構いません。僕だって、こんな結末、認めませんから。 「僕は、迷わない・・・。泣いてる皆を変える力があるなら!!諦めない!!」  そうだ。それが、今の僕に出来る事だ。 「俊男殿・・・。頼む・・・。」  ショアンさんは、さっきの非礼も兼ねて、頭を下げる。 「俊男、士さんを、頼むぜ・・・。」  ジャンさんとアスカさんも、頭を下げた。 「頭を上げて下さい。これは、僕自身の意志でもありますから。」  そうだ。僕が変えたいんだ。こんな未来を認めたくないんだ! 「・・・じゃ、やるよ・・・。次は、笑って暮らさないとね。」  僕は、琥珀を握り締める。そして、ジュダさんの意識を呼び出して、『同化』を 行う。ジュダさんによれば、この状態で琥珀時力を使う事で、完全な形で成功する そうだ。記憶の持ち越しの為には、僕の力も必要らしい。 「俊男さん・・・。私に真っ先に言って頂戴!絶対・・・絶対に協力するから!」  恵さんは、僕の事を心配してか、約束してくる。 「うん。・・・頼むよ。恵さん。」  僕は、笑ってあげる。でも、分かっていた。時を越えれば、全てが再構成される。 だから、この約束も恵さんは、覚えていない筈なのだ。  それでも、僕は恵さんを信じたかった・・・。 「今度こそ・・・未来を変えてみせる・・・。行け。行くんだ!行けえぇぇぇ!!」  僕は、琥珀時力を、発動させた。その瞬間、目の前が引き伸ばされるように歪ん でいった・・・。今度こそ、未来を変える!!!  原因と因果。  運命が決められているとは、よく言った物だ。  3月1日は、どんなに残酷な日なんだろう・・・。  僕は、戻る事に成功した。  今度は、素晴らしい未来になると信じていた。  万年病対策には、ゼハーンさん、恵さん、瞬君、士さん、赤毘車さんに頼んだ。  これなら、完璧だと思った。  万年病は、撃退に成功したそうだ。  やっとの想いで、完遂出来たと思った。  だが、因果は残酷だった。  ミシェーダが、レイクさんを狙ってきたのだ。  結果、ファリアさんも付いて行ったらしいが、二人とも、還らぬ人となった。  その時のゼハーンさんは、士さんが死んだ時と一緒の反応をした。  そして、『魂流』のルールを使うが、失敗した。  これでは、駄目だと、恵さんから貰った琥珀で、また過去へ・・・。  今度は、万年病の対策に、全員を連れてきた。  これなら、誰も死なずに済む・・・筈だった。  まさか・・・だった・・・。  今度は、エリ姉さんが狙われたのだ。  エリ姉さんは、変わり果てた姿で発見された。  エリ姉さんの無残な姿は、見てられなかった・・・。  瞬君は発狂寸前になり、見ていられなかった。  そして、『魂流』のルールが失敗した・・・。  こんな現実は、認めない・・・また過去へ・・・。  今度は、視点を変えてみた。  ミシェーダが、こちらを狙うのは、必然のようだ。  だから、士さんとレイクさんと、赤毘車さんに、言い聞かせておいた。  ミシェーダの襲来は、3人の力で何とかしたようだ。  こっちは、ゼリンに手伝ってもらって、万年病も何とかした。  今度こそ、なんとかなったと、思った・・・思っていた!!  なのに・・・なのに!!!  ケイオスが、襲撃してきたのだ。  それに対抗したのは、睦月さんと、エイディさんと、グリードさんだった。  3人は、『ルール』を駆使して善戦した。  だが、圧倒的な力の前に敗れた。  3人は、看取られるように死んでしまった・・・。  恵さんが、あんな悲しい顔をしたのは、初めてだった・・・。  亜理栖先輩は、泣き叫んでいた・・・。  レイクさんは、虚ろな目をしていた・・・。  そして、『魂流』のルールは・・・失敗した・・・。  それからも、何回も、やり直した・・・。  もう、何回目だっただろうか?  3月1日が越えられなかった。  誰かが死ぬ・・・。  どんなに手を尽くしても、誰かが死んだ。  そして、虚ろな目をした人が出て、皆の心がバラバラになっていく。  何で・・・何でだ!!  僕の何が足りないんだ!!  もう・・・これ以上誰かが死ぬのなんか、見たくない。  でも、死んでしまう・・・。  この琥珀がある限り、見てしまう。  でも、この琥珀を手放してしまったら・・・。  未来が消えてしまう・・・。  だから、恵さんから、毎回貰う。  それももう慣れてきた。  3月1日になる・・・誰かが死ぬ・・・。  『魂流』のルールが失敗する・・・琥珀を貰う・・・。  何回、繰り返せば良いんだ・・・。  一体・・・何回・・・。 「・・・しおさん・・・。」  誰かから、声を掛けられている。今度は、誰が死ぬんだろう? 「・・・俊男さん?」  この声は恵さん?ああ。そうか。琥珀を貰う時間かな? 「ちょっと・・・俊男さん?どうしましたの?」  恵さんの心配する声が聞こえる。・・・今は、いつなんだ。  いや、この『時界』では、誰が死ぬんだ・・・。 「どうしたの?」  僕は、努めて平静に話そうとする。 「それは、こっちの台詞よ。如何したの?」  恵さんは、虚ろな顔をしている僕を、心配していた。 「何でも無いよ・・・。」  僕は、もう疲れてしまったんだろうか?  でも、もうちょっとすれば、誰かが死ぬ・・・。琥珀を貰わなきゃ。 「恵さん。琥珀はある?」  僕は、尋ねてみた。すると、恵さんは驚きの声を上げる。 「この前、オークションで落としたばかりですわ。何故知ってますの?」  ああ。そうか。そうだったんだ。当然の如く貰っていたが、本当に気に入って、 恵さんが買い求めた物だったのか。 「今は、3月1日だっけ?」  僕は、日付を聞いてみる。 「・・・貴方、何者です?」  恵さんは、僕の様子が、余りにも違うので、怪しみ始めた。 「僕は、誰なんだろうね?・・・次は、誰が死ぬのかな?」  もう、どうでも良くなってきた・・・。何をやっても、誰かが死ぬんだ・・・。  パシィ!!!!  いきなり頬を張られた。恵さんがやったのか? 「貴方、何があったのか知らないけど、しっかりしなさいな!」  恵さんは、僕の目を見て言った。 「私の知っている俊男さんは、どんな時でも、皆の事を思っていて、優しい人です わ!そんな変な事を言う人じゃありません!」  恵さんは、凛とした目をしていた。強い人だな。 「ありがとう・・・。恵さんは、いつも僕に力をくれるね・・・。」  僕は、力の無い笑みを浮かべる。 「ねぇ。言って下さらない?何がありましたの?」  恵さんは、本気で心配していた。そこで、僕は、これまでの事を話す事にした。 僕は、何度も『時界』を越えてきている事。そして、その度に誰かが死んでいる事 をだ。何度も見てきた・・・。 「・・・そんなに、何度も戻って・・・。大丈夫なの?」  恵さんは、まず心配してくれた。優しいね。 「ジュダさんと僕が『同化』している状態で、琥珀を持っていれば、失敗した事は 無いよ。恵さんから、いつも貰っているような状態だよ。」  いくつか失敗するかと思っていたが、必ず成功した。記憶の齟齬も起きなかった。 「違うわよ。俊男さんの精神状態が心配なのよ!」  ああ。そうか。恵さんは、そう言う人だったね。 「ありがとう。恵さんのおかげで、もう大丈夫。」  僕は、恵さんを抱きしめた。こんなに心配してくれる人が居る。僕は幸せだ。 「んもう・・・。無理しちゃって・・・。」  恵さんは、優しく受け止めてくれていた。 「・・・でも、実際問題、どうするかよね・・・。」  恵さんは、体を離すと、指を顎に掛けて考えてくれた。いつもこうだったな。 「皆をジュダさんの所に集めるのは、やりましたの?」  恵さんは、多少強引だが、ジュダさんの医務室に、皆を集める事を提案する。 「やったよ・・・。でも、ミシェーダとケイオスが同時に攻めて来て、爽天学園を 含めて、レストラン『聖』も全部焼け野原に変えられた・・・。そして、呆然とし ていた所をミシェーダに突かれて、センリンさんが死んだ・・・。」  今度こそ!と思ったが、サキョウが焦土と化す程、激しい攻撃だった。その様子 は、地獄絵図だった・・・。 「そう・・・。きついわね・・・。」  恵さんは、溜め息を吐く。気持ちは分かる。 「それにしても・・・ミシェーダだけが来るパターンもあるのね?」  恵さんは、尋ねてきた。そうだ。そう言えば、ミシェーダだけの時と、ケイオス と同時に攻めて来る時があった。 「そう言えば、そうだね。でも、組んでいる様子は無かったけど?」  寧ろ、ミシェーダとケイオスは、互いに邪魔だと思っていた節があった。 「そう。恐らく、組んでいたなら、毎回ケイオスが来た筈よ。」  恵さんは、考察を開始する。頼もしいね。 「そう言えば・・・ミシェーダに対して、強く対抗した時に限って、ケイオスが来 たね。ケイオスに対しても、強く対抗しようとしたけど、彼等が来る時は、魔族が 軍団を率いて来るから、とても対処出来なかったんだ。」  そう。ミシェーダは一人で来る。しかし、ケイオスの時は、魔族が軍を連れてや ってきた。しかも、その中には、人斬りと思われる人も、多分に含まれていた。 「となると・・・ミシェーダを何とかしようとすると、ケイオスがより強力な軍を 連れてくるのね?・・・なら・・・。」  恵さんは、考え込んでいた。しかし、答えは出ないようだ。 「・・・これは・・・駄目ね。」  恵さんは、何かを思いついたが、即却下した。何だろう? 「・・・とりあえず、全員を集めましょう。やはり、そこから、何かを見付けるし かないですわ。誰も死なないように・・・ね。」  恵さんは、皆を集める事を提案する。確かに集めないと、確実に誰かがやられる のは、間違いない。  それから、急いで全員を集めた。説明の仕方は、もう慣れた物だった。  もう何度目だろうか・・・。いや、考えるな・・・!今度こそ、上手くやるんだ。  そして、ゼハーンさんの『魂流』のルールで、ジュダさんの万年病を治しに掛か る。何度も見た光景だ。そして、出て来た『瘴気』と『神気』を、士さんや赤毘車 さんが、押さえに掛かる。・・・何度も見た・・・あれ?  何かが足りないような・・・。そう言えば・・・居ない・・・? 「恵さん・・・は?恵さんは何処だ!?」  僕は、恵さんの姿が無い事に気が付いた。いつもの光景だと思っていたので、気 が付くのが遅れてしまった・・・。 「恵なら、皆をここに連れてきた後、従業員を去らせると言って、出て行ったまま だぞ?どうした?」  瞬君は、最後の仕上げに『破拳』のルールを用意しながら、教えてくれた。  まさか・・・まさかまさか!!  僕は耐え切れず、医務室を飛び出した。そして、真っ先に道場に向かう。 「!!!」  僕は、言葉を失った。そこに見えたのは、いつもの光景・・・。強烈な『結界』 がそこにあった。中は・・・恵さんが・・・!? 「冗談じゃない!!何で恵さんが!!開けろ!!開けるんだ!!!」  僕は、狂ったように『結界』をぶん殴る。しかし、ビクともしない。  このままでは・・・恵さんが!!馬鹿!!僕は何故、恵さんを一人になんかした んだ!!一番大事な人を一人にするなんて!!  しばらくすると、慌てて瞬君がやってきた。万年病の事は、終わったようだ。 「俊男!下がってろ!俺の『破拳』のルールで、こじ開ける!!」  瞬君は、聞いたことがある台詞で、『破拳』のルールを用意する。  そして、『結界』を殴ると、ボロボロと崩れ落ちていった。  僕は、真っ先に飛び込む。すると、恵さんが倒れていた。 「恵さん!!!!」  僕は、恵さんに駆け寄る。前を見ると、ミシェーダがボロボロになっていた。 「私の『時空』のルールを、5度も使わせるとは・・・。恐ろしき女だ・・・。」  ミシェーダは、聞いた事がある台詞を吐く。 「ふざけるな!!許さないぞ!!!」  僕は、弾かれたようにミシェーダに襲い掛かるが、ミシェーダは転送装置のよう な物で去っていった・・・。ちくしょう!!! 「参り・・・ました・・・わね。」  恵さんは、まだ息があった。ファリアさんが、一生懸命『治癒』の魔法を掛けて いる。しかし、全く効かないようだ。 「俊男・・・さん。」  恵さんが呼んでいたので、僕は駆けつける。 「恵さん!何で、こんな事をしたんだ!!」  僕は恵さんが、わざわざこんな事をしたのを悟っていた。 「誰か・・・を、犠牲・・・にする・・・なんて・・・私に・・・は、出来ない。」  恵さんは、誰かを犠牲にするしかないと、結論付けていたのか。 「上手く・・・ミシェー・・・ダを・・・倒せれば・・・と、思っ・・・たのよ。」  恵さんは、強がりを言う。しかし、勝負を挑めば、ほとんどの確率で負けると、 分かっていた筈だ。それなのに・・・。 「俊男・・・さん・・・。これ以上・・・無茶・・・しな・・・いで・・・ね。」  恵さんは、こんな状態でも、僕の事を心配する。 「貴方・・・強く・・・生きて・・・ね・・・。」  恵さんは、そう言うと、首の力が無くなる。 「うぅ・・・うあああああぁぁぁぁ!!!!」  僕は、目の前が真っ赤になった。  こんな、こんな結末!認められるかぁ!!!駄目に決まってるだろ!! 「恵・・・。お前、無茶してるのは、お前だろぉ!!」  瞬君は、恵さんを抱えて泣き始めた。何だこれは?こんな結末、あんまりじゃな いか!こんな事を体験する為に、僕は時を越えたんじゃない!! 「俊男様。・・・これを、貴方に・・・。」  睦月さんは、涙を堪えながら、僕に何かを手渡す。それは、いつも貰っていた琥 珀だった。 「恵様から、これを俊男様に渡すなと、言いつけられております。・・・でも、こ れが無いと、恵様は、このままなんですよね?・・・それだけは!!」  睦月さんは恵さんが、どう言う心境でこれを託したのか、分かったようだ。 「・・・有難う・・・。」  僕は、受け取った。これが無かったら、恵さんは助からない。 「今なら、私の『魂流』のルールで・・・!」  ゼハーンさんが前に出る。恵さんの為に、『魂流』のルールを使おうとしていた。 「駄目です。ゼハーンさん。」  僕は、もうこれ以上、目の前で悲劇を見たくない。 「俊男・・・。ここは、ゼハーンさんに託そうぜ?」  瞬君は、この現実を受け入れられないらしい。 「瞬君。悪い・・・。僕はね。結果を知っているんだ・・・。さっき話したよね?」  僕は、何度も『時界』を越えているのを皆に話してある。 「私が・・・失敗すると?」  ゼハーンさんも、気が付いたようだ。 「はい・・・。申し訳ありませんが、成功するのを見た事がありません。」  僕は、伏せ目がちに言う。 「私は・・・無力だな・・・。」  ゼハーンさんは、拳を握って悔しがっていた。 「じゃぁ、もう諦めるって言うのか!?」  瞬君は、僕の胸倉を掴みかかってきた。 「諦める訳無い・・・。諦める訳無いだろう!!!!」  僕は、強い口調で言い返す。僕が恵さんを諦める?そんな訳ありえない!! 「恵さんを諦めるくらいなら!!僕は死を選ぶ!!!!」  そうだ。恵さんは、僕の一番大事な人だ!!諦める訳無い!!  ・・・あ・・・。そうか・・・。最後の手が・・・残っていたか・・・。  だから・・・恵さんは、口を噤んだのか・・・。だから恵さんは、自分を犠牲に したのか・・・。馬鹿だ・・・。恵さんは、馬鹿だ!! 「・・・時を越える・・・よ・・・。やらなきゃ駄目なんだ・・・。」  僕は、琥珀を握り締める。それが、僕の出来る事だ。 「・・・済まないな・・・。お前に頼っちまって・・・。それに、酷い事言って、 本当に済まない・・・。一番辛いのは、お前だよな・・・。」  瞬君は、僕の気持ちを分かってくれたようだ。 「良いんだよ・・・。僕は、色んな人を見殺しにしてきた・・・。その報いだよ。」  そうだ。僕は、どうやったら助けるか考えてきたが、結局叶わなかった。その結 果、色んな人の死を見てきた。 「・・・でも、大丈夫・・・。次は、きっと上手く行くよ!」  僕は、晴々とした表情になった。やっと、解決策が見つかったからだ。  いや、最初から、この選択肢しか無かったのだ。 「俊男君・・・。無茶しないでね?」  ファリアさんは、心配してくれた。多分、気が付いてるのかも知れない。  恵さん以外では、ファリアさんにも、良く世話をしてもらったからね。 「・・・大丈夫・・・。じゃ、行って来ます!」  僕は、皆に、優しい笑顔を贈る。・・・これが最後だ。  次こそが、最後の『時界』越えだ。 「・・・ふぅぅぅううう!!」  僕は、ジュダさんと『同化』すると、琥珀に力を込める。 (お前の覚悟、俺にも伝わった。・・・良いんだな?)  はい。それが、僕のやるべき道です。  そう思った瞬間、目の前が引き伸ばされる。何回も見た『時界』越えの瞬間だっ た。僕は、今度こそ、勝負を掛ける・・・!!  僕は何度、3月1日を経験しただろうか?  数え切れない程だ。  2月27日に戻って、2月28日に準備して、3月1日を迎える。  そして、失敗してきた。  自分でも、笑っちゃうくらい失敗したなぁ。  時を越える、事情を話す、解決策を出す、失敗する・・・。  これの繰り返しだった。  そのおかげで分かった事がある。  時間と言う物の力だ。  ミシェーダ辺りも分かっているのだろうが、僕も、体験して分かった。  時間には、『因果』と言う力が存在する。  つまり、起こった事象を捻じ曲げないように調整しようとする『結果』だ。  その結果の力が、物事に干渉しようとする。  だから、3月1日が越えられない。  つまり、3月1日に誰かが死ぬと言う『因果』があるのだ。  だが、それが誰かまでは、決まっていない。  だから、色んな人の死を、僕は体験した。  もっと早く気が付くべきだったんだ。  この『因果』を変えずに、『結果』を変えるには?  『因果』が何処から出ているのか、突き止めれば良い。  なら、何処から出ているのか?  それは、ずっと体験してきたじゃないか・・・。  ジュダさんを助けようとし、万年病を治す。  その隙を突いて、ミシェーダが襲来する。  ミシェーダは、『因果』の力を知っていて、操作出来るから、当然勝てる。  しかし、それを上回る『結果』を用意すると、それを超える『因果』が発生する。  それがケイオスの襲来。  ケイオスは、気紛れで来る存在なのだ。  ミシェーダが、『因果』を果たせない時に現れる存在なのだ。  全く・・・時間の力は、恐ろしいな。  これによって、悲劇が生まれる。  それを回避しようと、時を越える。  しかし、『因果』の力で、絶望を思い知らされる。  よく出来ている・・・運命とは、良く言った物だ。  恵さんは、誰かが死ぬと言う『因果』に気が付いてしまった。  だから、誰かを犠牲にするよりは、自分が・・・と思った。  それでミシェーダに戦いを挑んだのだ。  あわよくば、倒そうとしたのだが、『因果』に負けたのだ。  本当に僕は馬鹿だ・・・。  恵さんは、とっくに気が付いていて、更に上の方法を取ろうとしたんだ。  そして、どうすれば良いのか、気が付いていたんだろうな。  誰かが死ぬと言うのなら、『因果』の枠を超えた者が、死ねば良い。  それで、『因果』は元通りと言う訳だ。  そうだ・・・僕が死ねば良いのだ。  僕は、『因果』を越えようとして、『因果』に戦いを挑んでいた。  『因果』の枠を超えた僕とジュダさんは、この枠には、居てはいけないのだ。  だから、それを修正しようと、『因果』が誰かを殺すのだ。  記憶を持ち越す事に成功した?  改変する為に、奔走した?  未来を変えてみせる!?  そんなの誤魔化しに過ぎない。  僕に覚悟があれば、皆の死など、見ずに済んだのだ。  それに、恵さんは気が付いたんだ・・・。  そんな事を、僕に告げるなんて、恵さんには出来ない。  だから、自分の命を張ったんだ・・・。  何て健気なんだ・・・何て孤高なんだ!!  僕に比べて、何と気高い事か!!  何が未来を変えてみせるだ!!  一番大事な女の子一人を犠牲にしてしまったじゃないか!!  『因果』から外れた時点で、僕には、未来を見る資格は無かったんだ。  なのに、違う『結果』を求めて、足掻いて、一番大事な人を傷付けた!  そんな未来、絶対に認めない!!!  だから、僕のやるべき事は一つ。  ミシェーダに闘いを挑むのは、僕なんだ。  その覚悟さえあれば、他は何も要らなかったんだ・・・。  覚悟しよう・・・未来の為に。  僕は、何度目になるか忘れたが、皆を招集する。  そして、万年病への説明をした。僕が、未来から来た事も、色々証明して見せた。  さすがに繰り返しているだけあって、その説明も、スムーズになっていた。  皆は、ショックを隠せないようだったが、その様子が一人一人違うのにも、気が 付けた。これが、今までとは違う、余裕なんだろうな。今までは、これから誰が死 ぬのか気にするので精一杯だった。  瞬君は、拳を固めて、自分を見つめていた。自分がジュダさんの万年病を治す最 後の砦だと、分かっているのだろう。覚悟の眼をしていた。  レイクさんは、皆を心配そうに見ていた。誰かが死ぬと言うのを聞いて、本気で 心配しているのだ。これ以上死なせたく無いと言う、心の現われなんだろうね。  士さんは、舌打ちをしていた。運命なんて物を信じたくないからだろう。自分で 切り開いてきた士さんにとっては、『因果』は敵なんだろうね。  赤毘車さんは、緊張した面持ちになっていた。自分の生死が、これからの未来に 関わってくるのが、信じられないのだろう。それにジュダさんの心配だろうね。  ゼリンさんは、自分の親の生死が気になっているようだ。それと、ミシェーダの 事で、関わった事がある身として、罪悪感を感じているようだった。  ファリアさんは、気を引き締めていた。何が来ても良いように、覚悟を決めてい るのだろう。だからこそ、いつも僕の相談に乗ってくれてたんだ。  エイディさんは、バツが悪い顔をしていた。自分が何も出来ないのを、気にして いるのだろう。だから、せめて自分が死なないように気を付ける感じだった。  グリードさんは、仲間を気にしていた。誰かが死ぬと聞いて、気が気じゃないみ たいだ。そして、レイクさんは絶対守ると思っているんだろうね。  ジェイルさんは、気を落としていた。僕の言葉が信用を帯びるにつれ、認めたく ない気持ちが強まったみたいだ。  ティーエさんは、僕の言葉が気に入らないみたいだ。どうせなら、逆らって欲し いと思っているのかな?気持ちは分かる。  ショアンさんは、睦月さんと士さんを気にしているようだ。自分の愛する者を、 守る覚悟なのだろう。  ジャンさんは、アスカさんを、見守るように見ていた。士さんやアスカさんは、 何よりも優先したいんだろう。  アスカさんは、ジャンさんの眼差しを見て、震えていた。怖いんだろう。だけど、 それでも逆らうと言う意志を見せていた。  センリンさんは、士さんを見ていた。自分の愛する人が死なないようにだろう。 死んだ時に見せた表情を見ても、絆が深い事が分かる。  ゼハーンさんは、自分がジュダさんを救う事が出来ると、意気揚々としていた。 清芽さんとも連携を確認している様子だった。  エリ姉さんは、僕を心配そうに見ていた。僕が、無茶してないかどうか、見極め る為だろう。いつも心配してくれたっけな。  亜理栖先輩は、心配そうだったが、すぐに戦闘態勢に入っていた。自分に出来る 事をやろうとしているんだろう。  伊能先輩は、怒っていた。そんな運命は、クソ食らえと叫んでいる。この人は、 誰もが死なない未来を、誰よりも思い描いている人だ。  修羅先輩は、吐き捨てるような顔をしていた。信じたくないんだろう。この人は、 自分の事は、自分で切り開いてきた人だ。  勇樹は、皆が心配のようだった。口調は荒いが、仲間の事を、人一倍心配する奴 だ。誰よりも優しい一面を持っている奴だ。  魁は、人一倍落ち込んでいた。今まで、莉奈を傷付けていた報いを、魁は十分に 受けた。そして、許してくれた仲間を、誰よりも大切にしていた。  葵さんは、不安そうだった。これから起きると、僕が予言しているだけに、誰も 傷付かないように、祈っているのかも知れない。  莉奈は、僕の言葉を、否定したいようだった。兄である僕の言葉だからこそ、嘘 じゃない事を知っている。だから、否定したかったんだろう。  睦月さんは、自分に出来る事をしようとしていた。その姿勢は、どの『時界』で も、一緒だった。凄い事だと思う。  葉月さんは、残念そうな眼をしていた。誰かが犠牲になるのを見たくないのだろ う。だから、せめて瞬君じゃない事を、祈っている様子だった。  そして・・・恵さんは、色々考え込んでいた。いつでも、僕に力をくれた。そし て、僕の為に死ぬ覚悟まで見せてくれた・・・。僕の愛しい恵さんだった。恵さん だけは、絶対に死なせない・・・。  僕は、皆の顔を見忘れないように焼き付けるように見ていた。  皆、大事な仲間だ。見忘れない・・・。こんなに多くの人が、僕の仲間なんだ。 誰よりも誇れる仲間達だ!皆、誰一人として、欠けて欲しくない。  だけど僕は、もうその輪の中に、入れない存在なんだ・・・。 (済まない・・・。俊男・・・。俺は・・・。)  分かってます。ジュダさんが最初に謝っていた理由も、もう分かりました。 (俺は、自分が万年病から・・・治った時に、自分が消える物だと思っていた。だ けど、何も起こらなかった・・・。その時に、分かったのさ・・・。『因果』が消 えていないと・・・。その『因果』の原因を辿ったら・・・。)  そう。僕と今のジュダさんが消えない限り、『因果』が変わらないんですよね。 (俺は悔しい!!お前と代わってやりたい!!俺のせいでお前が死ぬなんて、あん まりだ!!冗談じゃないんだよ!!)  有難う御座います。でも、他に道が無いんですよね。 (まだ、何かある筈だ・・・。ある筈なんだ!!)  隠し事は、出来ませんよ?心の中では、もう無いって、思ってますよね? (こんな時に、隠し事が出来ないのは、辛いな・・・。)  良いんです。僕は、回り道をしましたから。もうこれ以上、誰かが死んでいるの なんて、見たくないですから。  ただ・・・寂しいですね・・・。 (俊男・・・!!くそ!!冗談じゃないのに!!!俺が選んだばっかりに!!)  ジュダさん。本来なら、僕もとっくに死んでいるんですよ。それが、皆を助けら れる結果になるんでしょう?なら、良い結果じゃないですか。  僕は、天神家の道場裏の離れに立っていた。さすがに、これから死ぬと分かると、 落ち着かない。僕も人間だ・・・。本当は死にたくない。  体が震えてくる。・・・やっぱり、怖いな・・・。  ガサッ!!  ・・・誰かが見ていた・・・。 「・・・恵さんだね?」  僕は、もう分かっていた。恵さんは、僕が心配だったんだろう。 「色々見てきたのね・・・。無茶し過ぎよ。」  恵さんは、溜め息を吐く。この仕草も、僕を心配しての事だ。 「色んな『時界』で、僕は恵さんに助けられた。感謝してるよ。」  僕は、体の震えを即座に止めて、感謝の言葉を言う。今言わないと、言いそびれ てしまうからだ。後悔はしたくない。 「さっきの話、本当なんでしょうけど、私は諦めませんわ。」  恵さんは、強い眼をしていた。ああ。本当に強い人だ。僕が何度も救われた眼だ。 「さすがだね。僕も諦めないよ。・・・今度こそ、大丈夫な筈だから。」  そうだ。僕も諦めずにここまで来た。そして、覚悟出来た。 「どう切り抜けるのかしら?方法を知っているような眼ね。」  鋭いなぁ。さすが恵さんだ。僕の微妙な言葉のニュアンスまで、見抜いてくる。 「それは、内緒だよ。やっと見つけた方法だからね。皆には、ビックリしてもらい たいんだ。・・・もう、終わりにしなきゃね。」  そう。言える訳が無い。僕が命を投げ出すなんて事は。そんな事を言えば、恵さ んは止めるに決まってる。自分の命を投げ出すに決まってる。 「何回『時界』を越えてきたの?・・・その様子じゃ、10回じゃ効かないわね?」  さすが恵さんは、即効で見抜いてくる。鋭い人だ。 「あんな慣れた説明に、皆の顔を見る余裕まであるなんて、普通じゃないわ。」  そんな所まで見ていたのか・・・。本当に凄い人だな。 「何を隠してるのよ?・・・言って頂戴・・・。私、もう気が付いてるから。」  え?気が付いてる?本当に?いや、カマを掛けてるだけかな? 「何も、隠してないよ。」  僕は、努めて平静に答える。今のは、自然だったと思う。 「怖くないの?」  ・・・恵さんは、本当に気が付いているのか? 「何の話?解決方法は、確かに困難かも知れないけど・・・。」  僕は、自然に話そうとする。 「嫌よ!!!何で、俊男さんが、死ななくちゃいけないの!!?」  恵さんは、我慢出来なかったのか、目に涙を溜めて僕を見た。 「・・・本当に・・・何で、君は・・・。」  恵さんは、何て鋭いんだ・・・。何で気が付いちゃうんだ・・・。 「だって!!必ず死ぬって事は!!誰かが犠牲にならなきゃ、ケイオスが来るって 事でしょう!!?その犠牲に、自分がなろうなんて!!何考えているの!?」  本当に鋭い・・・。あの話だけで、本質にまで気が付いている。 「恵さん、僕は・・・『因果』から外れた存在なんだよ・・・。僕の存在が、皆を 苦しめてきたんだよ・・・。」  僕は、僕がミシェーダと闘わなきゃ、『因果』が違う人を必ず殺してしまう事を 話した。僕と言う存在が、皆を死に追いやっているのだ。 「そんなの違う!!俊男さんは、誰も死なないように、奔走したんでしょう!?歯 痒い想いをしながら、必死になって!!なのに、何で俊男さんが!!」  恵さんは、僕の事を想ってくれている。しかし、これはしょうがないんだ。 「冗談じゃないのよ!!貴方、自分が死んで、誰が悲しむか、分かっているの!? 私だけじゃないのよ!?莉奈だって!兄様だって!皆が悲しむのよ!!」  ああ。恵さんは、僕に逃げを許さないつもりなんだろうね。皆を悲しませる結果 から逃げるなと・・・。 「ごめん・・・。その気持ちは、僕もいっぱい味わってきた・・・。それを皆に強 要するなんて、僕も酷いよね・・・。」  そう。散々味わってきた事だ。 「何で、俊男さんなのよぉ!!私、嫌だ!!嫌よぉ!!」  恵さんは、僕の胸の中で泣き始めた。ああ。泣かせちゃったなぁ・・・。 「・・・本当の事を言うとね。僕も怖いんだ・・・。」  僕は、正直な事を言う。打ち明けると、体の震えが止まらなくなった。 「死ぬのって、どうなるのかも分からない。・・・だけど、皆に会えなくなるのが、 一番怖いんだよ・・・。本当に怖い。」  僕だって人間だ。死ぬのは怖い。特に、皆に会えなくなると思うのが、恐ろしく て堪らない。だけど、それ以上に、皆が犠牲になるのは嫌なんだ。 「なら、止めましょうよ!貴方を失うなんて、私は嫌なの!!」  恵さんは、泣いて縋りつく。 「・・・恵さん。確かに死ぬのは怖い。だけど、これは賭けなんだよ。」  そう。実は僕も、ただでやられるつもりは無かった。 「さっき、『因果』によって、誰かが死ぬと言ったけど、これは別に僕じゃなくて も良いんだ。・・・そう。ミシェーダを殺せばね・・・。」  これは、僕が密かに思っていた事だった。 「でもミシェーダは、現時点での士さんに勝つ程の実力なのよ!?」  恵さんも、その事は分かっている。士さんが殺されたと言う事は、僕達の誰が挑 んでも、勝てる可能性は、ほとんど無いのだ。 「そうだね。士さんは僕よりも強い。・・・だけど、僕はミシェーダに勝てる要素 がある。士さんでは勝てない相手にでも勝てる要素がね。」  そう。そして、今回のミシェーダ戦に限り、その要素こそが重要なのだ。 「『時空』のルールに、対抗するのね?」  恵さんも気が付いたようだ。ミシェーダが最終的に勝利をもぎ取っているのは、 『時空』のルールを使いまくっているからだ。士さんや恵さんの本気の時も、5回 も使っていた。『時空』のルールで、時を戻しながら闘えば、相手のスタミナ切れ を狙える。そこを突いたのだろう。 「そう。『時空』のルールに、琥珀の力を使って、対抗する。」  僕はジュダさんと『同化』している。そして『時空』のルールでは無く、『付帯』 のルールの一部として、ミシェーダに対抗出来るのだ。そんな真似が出来るのは、 仲間内では、僕とジュダさんの『同化』した強さ以外不可能だ。 「でもそれは・・・。」  恵さんは気が付いていた。この闘いで琥珀の力や、『付帯』のルールを使いまく ると言う事は、失敗は出来ないのだ。そんな事は、重々承知だ。 「それで、皆を助けられるなら、もうやり直しは要らない。」  僕は、これが最後の時空越えだと、決めていた。それくらいの覚悟じゃないと、 成功しないのだと、気が付いたのだ。 「危険よ・・・。失敗する可能性の方が高いわ。」  恵さんは冷静だ。これまでの結果を踏まえて、判断している。 「ああ。そうだね。でも、僕はやるよ。どうしてもやりたいんだ。」  僕は、自分を犠牲にすると言うよりも、もっと大事な用事がある。 「僕はね。ミシェーダと純粋に闘いたいんだ。・・・一発殴ってやら無いと、気が 済まないんだよ。アイツだけは、許せない・・・。」  僕は、本当の気持ちを言った。ミシェーダに、何人殺された事か。この『時界』 では、誰も殺して無いかも知れない。でも、僕は見てきたし、覚えている。ミシェ ーダのせいで、どれだけ悲しむ顔を見てきた事か・・・。 「そう・・・。じゃぁ、絶対勝たなくては駄目。いや、絶対に止めを刺さなきゃ駄 目よ。じゃないと、死ぬのは貴方よ。」  恵さんは、僕の眼を見てきた。そう。僕に決意させる気だ。ミシェーダに対して、 甘い事を考えては駄目だと言う決意をだ。 「分かってるよ。僕は甘い男だと自分でも分かってる。でも、ミシェーダだけは、 許すつもりは無いよ。・・・絶対にね。」  そう。特に恵さんを殺された時は、目の前が真っ赤になった。あの想いは忘れな い。ミシェーダを殺さなければ、あの光景が現実の物になるんだ。 「なら、貴方の勝利を信じてる・・・。絶対に帰ってきなさい。」  恵さんは、そう言うと、僕の首に手を回して、唇を重ねてきた。僕は拒まない。 この温もりを忘れない為だ。いや、忘れさせない為だ。  例え、僕が居なくなっても、恵さんにだけは、覚えていて欲しい。  悲しませたくないけど、僕のこの我侭だけは、聞いてほしい・・・。  今から僕は、とんでもない敵と闘う事になる。  前の神のリーダーであるミシェーダ=タリム。『時空』のルールで時を操り、ど んなにダメージを与えても、振り出しに戻す能力を有している。強敵も良い所だ。 実際に、僕達の中で最強の士さんでさえ、その能力をフルに使われて、殺されてし まった。ただ、あの能力はとても強力無比なので、連発出来るような能力じゃない 筈だ。なのに僕が聞いた限りでは、5回も使った形跡があった。  しかもアイツは、僕達を過去に送った事もある。あんな能力を連発すれば、反動 が間違いなく起こると言う事で、今は休眠の為の期間じゃないと、おかしいのだと 言う。それなのに、士さんを殺せる程の元気があるのは、明らかに矛盾している。  そこで、ジュダさんが予想したのは、ジュダさんが、琥珀を見付けた様に、ミシ ェーダも何らかの補給媒体を手に入れたんじゃないか?と言う案だ。確かに有り得 ない話じゃない。それを解明するのも、僕の仕事だ。  道場に奴が来るのは、分かっている。だから、ここには僕以外、近付かないよう に言ってある。恵さんですらも、来ては駄目だと言った。何かの間違いで、死なせ るような事があったら、僕は後悔し切れないからだ。  それでいて、万年病対策もしなくてはいけない。だから、そっちは、ゼハーンさ ん、瞬君、赤毘車さん、ファリアさん、恵さん、士さんに行って貰った。これで、 あっちは成功する事だろう。その他の皆には、ケイオスが、いつも来る所に待機し てもらう事にした。ケイオスが来る時は、必ず正面玄関からだった。  そして僕は、秘策があると言い残して、道場には僕一人が残る事になった。一応 の為、気配を探るが、誰も来る気配は無い。そうで無くては困る。 (俊男。・・・もう謝罪はしない。ミシェーダに勝ってやろうぜ。それで解決だ。)  ジュダさん。僕は元よりそのつもりです。それくらいの覚悟じゃないと、『因果』 を覆す事など出来ない。その為の対策はバッチリだ。恵さんから、琥珀と幾つかの 宝石を貰っている。ジュダさんの『付帯』のルールを活かす為の策だ。  そして、ついにその時は、やってきた・・・。  何者かの気配が近付いてくる。いや、これはサキョウの街へ『転移』して来たの か。だから、士さんの『索敵』のルールに引っ掛かったんだな。だが、かなり微か な気配だ。注意してなきゃ読み取れない。だから、僕達は気付けなかったのか。  ミシェーダは塀を飛び越えて、この道場を見付ける。どうやら、人の気配を探っ ているらしい。そして、僕が一人なのを確認すると、こちらにやってきた。 「・・・来たか。」  僕は、ミシェーダを視認する。このスカした顔が、ミシェーダか・・・。 「ほう。気配は消したのだがな。気付く奴が居るとは・・・。」  ミシェーダは感心している。 「僕に何か用か?」  僕は、ミシェーダを睨む。 「その顔は、過去に飛ばした奴の一人か。・・・どうやって戻ってきた?」  どうやら、ミシェーダは僕が、過去から帰って来た事を知らないみたいだ。 「答える義理は無い。それより、僕を殺しに来たのか?」  僕は、余計な情報を与えるつもりは無かった。 「随分直情的だな。ま、話し合いに来たと言っても、信じないだろう?」  コイツ・・・。よくもこんな事が言える物だ。 「この家は、磁場が強過ぎる。危険だから、排除しに来た。・・・だが、固まって 来られると厄介だからな。貴様のように一人で居る奴を狙ったまでだ。」  成程な。だから、士さんとセンリンさんが居た時は、士さんだけ引き込んだりし たのか。コイツは知っているんだ。僕達の誰かでも欠ければ、絆が弱まる事を。 「では、早速死んでもらおうか。」  ミシェーダは冷たく言い放つと、道場を包むように『結界』を張り始める。しか も、別次元に無理矢理変えたようだ。 「フッ。これで貴様は、助けを呼ぶ事も叶わぬ。」  ミシェーダは、『結界』を強化する為に、チャクラムを用意していた。成程。こ れくらい強固な『結界』じゃ、瞬君くらいしか破れないね。 「お前は、我が功績の一つになる。・・・この私に殺される事を光栄に思うのだな。」  功績だと?そんな物の為に、皆は殺されていったってのか!? 「この天神家さえ何とかしてしまえば、元老院も私をトップにせざるを得なくなる。 そこで我が理想の世が始まるのだ!!」  ミシェーダは、その為に元老院に入ったってのか・・・。 「厄介なのは、まだゼロマインドが、誰に化けてるか分からぬ事だ。・・・だが、 いずれ判明するだろうし、奴が力を付ける前に磐石にする準備はしてある。」  どうやら、ゼロマインドが元老院の誰かに扮しているのは、間違いないようだ。 「我が理想の為に、お前は第一号となって死ね!!」  ミシェーダは、邪悪な笑みを浮かべると、僕に襲い掛かってきた。 「・・・の為に・・・。」  僕は、ミシェーダの一撃を片手で受け止める。 「何ぃ!?貴様、人間の分際で我が一撃を止めただと!?」  ミシェーダは驚いていた。だが、そんな事はどうでも良い。 「・・・んな、事の為に・・・。」  僕は、拳を握る。そして、ミシェーダの腕を捻ってやった。 「ぬああああぁ!!貴様!!その力は一体!!?」  もうミシェーダの囀りも、僕の耳には入らない。 「そんな事の為に!!お前は、皆を殺したのか!!許さない!!許さないぞ!!」  僕は、大声で叫ぶ。我慢出来なかった。コイツの私利私欲の為に、殺された皆を 思うだけで、目の前が真っ赤になる。 「何を言っている。貴様が最初の標的だ・・・。」  ミシェーダは、要領を得ない。 「僕は、お前に殺された仲間を見てきた・・・。あの無念を・・・僕が引き継ぐ!! そして、晴らしてみせる!!」  僕は、ジュダさんと『同化』を行う。 「んな!?貴様、その姿はジュダ!?何故だ!!?」  ミシェーダは驚きで声が出なかった。ジュダさんは、万年病で苦しんでいる筈な のに、目の前で僕に乗り移っているのだから、当然だ。 「いや、ジュダでは無い・・・。しかし、ジュダと『同化』している?何故だ?」  ミシェーダは、物事を整理している。 「お前は、この3月1日に、必ず誰かを殺しに来た!!必ずだ!!」  僕は、何度も見てきた・・・。何度もだ!! 「・・・貴様、まさか・・・時空を越えてきたのか・・・?」  ミシェーダは、ようやく気が付く。 「許さないぞ・・・。お前だけは!!」  僕は、ミシェーダの懐に飛び込んで、ミシェーダの鳩尾に肘を叩き込む。 「うぐあぁ!!おのれ!!妙に手馴れているのも、そのせいか!!」  ミシェーダは、腹を押さえながら、悪態を吐く。 「・・・大方、未来のジュダが、貴様に乗り移って、能力を開放したと言う所か。 ジュダは、1000年前、私を倒した時に、既に時を操る術を手に入れている節があっ たからな・・・。しかし、実際にこの目で見る事になるとはな・・・。」  ミシェーダは、ジュダさんが、1000年前から時を操る能力に目覚めたと言う。 (当たりだ。と言うか、そうじゃ無かったらミシェーダには、勝てん。)  ミシェーダの『時空』のルールは、反則技に近いから、そうでしょうね。 「貴様は、私にとって、一番生かしておけない敵らしいな。時を操る敵は、必ず排 除せねばならん・・・。」  ミシェーダは、僕を警戒する。やはり、自分と同じ能力を有すると言うのは、看 過出来ないのだろう。 「僕にとっても、お前は絶対に生かしておけない!僕は、何度も何度も見てきた! お前が、仲間を殺すのを何度もだ!!」  ミシェーダへの恨みは、奴の物とは、比べ物にならない。絶対に許せない。 「フン・・・。抜かすわ・・・。時を越える能力を持っている事で、対等になれた とでも思っているのか?甘い奴め。『ルール』で操れる私と同等だと思うなよ?」  ミシェーダは、容赦なく『時空』のルールを開放する。 「他の奴相手なら、様子見をして、タイミング良く『時空』のルールを使う所だ。 だが貴様は、私の能力を完全に把握し、自らも時を操れる。・・・そんな奴に、手 加減など無用。確実に仕留める・・・。」  ミシェーダは、余裕のある態度を取るのを止めた。そして『神気』を開放し始め る。かなりの量だ。さすが、前の神のリーダーだけある。 「うおおおおお!!」  ミシェーダは、『神気』を帯びた拳で、殴り掛かってきた。顔面、鳩尾、テンプ ルを狙ってくる。だが僕は、全てを見切り、最後の拳を弾くと同時に膝蹴りを脇腹 にぶち込む。 「ぬぅぐあああ!!貴様、先読み能力でもあると言うのか?」  ミシェーダは、先読みされてるかのような僕の動きに戸惑う。 「お前は、パーズ拳法を知らないようだな。パーズ拳法、特に八極拳は、防御と同 時に攻め、攻めと同時に守る。この芸当は、当たり前の動きだ。」  僕は、普段と同じ動きだ。ミシェーダにとっては、初めての動きだったのかもな。 「これが、1500年の技だ・・・。進化し続けてるんだ!人間の技は!!」  僕は、力で圧倒してくるミシェーダに、技を叩き込みたかった。神にだって、通 用するんだ!パーズ拳法は! 「貴様、パーズ拳法の使い手だったか・・・。それにジュダの力が加わってるとは、 手に負えぬな・・・。さて、どうするか・・・。」  ミシェーダは、考え込む。思ったより冷静なようだ。 「・・・よし・・・。」  ミシェーダは、小細工をするのを止めたのか、両手にこれ以上無い程、でかい神 気弾を作る。成程。力技勝負と言う事か。 「これが、このミシェーダの真の実力だ・・・。食らえ!!」  確かに物凄い神気弾だ。これは、本気の迎撃態勢をしなければ・・・。神気弾は 更に大きくなっていく。そして、ミシェーダの姿が、天秤を持った狼の姿になって いく。これは、本気モードの『神化』した姿の筈だ。6枚の翼まで携えている。 (これは、やばいな!俺達も、本気モードになるぞ!!)  分かりました。・・・意識を集中させて・・・。  僕は、自分の体が、ドンドン変わっていくのを感じる。竜の翼が生えて、角も生 えてくる。腕も鱗に覆われている。 「フッ・・・。本気で来るか・・・。だが、これこそ、この運命神の本気の一撃。 例え貴様とて、防ぎ切れる物では無い!!」  ミシェーダは、神気弾をこちらに放ってきた。この大きさでは、避けられる物で は無い。防ぐしかない!!  ドンッ!!  僕は、両手に『神気』を携えて、物凄い圧力に耐える。きつい!けど、耐えられ ない程じゃない。この勢いなら、何とか止められる! 「グギギギギギ!!!」  僕は、歯を食いしばって止める。恐ろしい圧力だ。しかし、こんな物を放ったら、 ミシェーダだって只じゃ済まない筈だ。捨て身の攻撃とは、良く言った物だ。 「・・・このミシェーダの最大出力を受け止めるとは、大した物よ。」  ミシェーダは、そう言うと、『時空』のルールを使う。し、しまった!!  僕が危惧した通りに、ミシェーダは一瞬で回復してしまう。正確には、時を戻し たのだ。元気な状態に、時を戻したのだ。 「フハハハハ!!容赦はせぬぞ・・・。食らえ!!」  ミシェーダは、再び『神化』すると、僕に神気弾を投げ付けてきた。  一つでも、支えきれないくらい大きいのに、冗談じゃない!!  グググググ!!  僕は、踏ん張って支えるが、抑え切れなくなってくる。  ドォーーーーーン!!!  物凄い爆発と共に、僕は吹き飛ばされた。咄嗟に『神気』でガードしたが、それ すらも凌駕するダメージだった。 「・・・ックク・・・。フハハハハハ!!!」  ミシェーダは、再び『時空』のルールで回復すると、勝ち誇ったように馬鹿笑い をする。さすがに反則技と言われるだけの事はある。 「・・・ぐ・・・あぐぅ・・・。」  体中の骨が砕けたかと思うくらいの衝撃だった。 「フフフ。卑怯だと思うか?だが、ゼーダの時もそうだが、油断する方が悪いのだ。 グロバスもゼーダも甘いのだよ。そして、ジュダと貴様もな!使える力は、全てを 使って貴様を潰す。それが、真の闘いだ!」  ミシェーダは、反則技を使う事に何の抵抗も感じてないようだ。 「そうだね・・・。お前は、全てを使ってでも勝利を目指す・・・。当然だよね。 ・・・僕とお前がしているのは・・・手合わせなんかじゃない・・・。命のやり取 り何だからね!!」  僕はそう言うと、立ち上がる。やられた箇所は綺麗に治っていた。 「んな!?馬鹿な・・・。あの怪我をどうやって・・・って貴様!!」  ミシェーダは気が付いたようだ。簡単な事だ。やられた事をやり返したのだ。僕 も『付帯』のルールで、琥珀を使って、自分の体の状態の時を戻したのだ。これは、 確かに恐ろしく使い勝手が良い。 「おのれ・・・。時を操る物同士だと、何とやり辛い!!」  ミシェーダは、冷や汗を掻く。ミシェーダは、『時空』のルールに頼って闘って いる。だから、同じ能力を持つ者と、闘った事が無い故に、どう闘って良いのか、 分かっていないようだ。  それにしても、ミシェーダは『時空』のルールをどうやって乱発しているのだろ うか?あれは、何回でも使えると分かって、使っているような節がある。 (俊男。この空間をチェックするんだ・・・。)  ジュダさん?そうか。よく考えれば、この空間は、奴が用意した物だ・・・。  僕は集中して、この空間のおかしい所が無いかを見る。  見た目は、道場と同じ空間だが、果たして、違う所があるだろうか?  そう言えば、この道場に、あんな壷があっただろうか?それに、よく見ると、微 かに光っている。そんなオブジェ、無かった気がする。 「フン。まぁ良い。手強いが、私に負けは無い・・・。」  ミシェーダは、油断し切っている。『時空』のルールが何回も使えると言う事で、 油断しているのだろう。 「その余裕、いつまでも続くと思わないで下さい。」  僕は、あらゆる方向に闘気弾を放つ。すると、道場内で反射してミシェーダに襲 い掛かるように調整する。ミシェーダは、余裕綽々で、闘気弾を防御する。 「その程度で私を倒せると思うなよ?」  ミシェーダは、闘気弾を防ぎ切ると、僕を思いっ切り蹴り付ける。僕はガードし たが、それでも尚2メートル程、後退させられた。 「やはり、私の勝ちは動かぬ!フハハ・・・ハッ!?」  ミシェーダは、周りを見渡す。何かを探していた。 「・・・ハァァァ・・・。」  僕は、後退させられた時に、偶然拾った物を手に握る。 「フン!!!」  その手に握った物を、跡形も無く握り潰した。 「あ・・・き、貴様!!まさか!!」  ミシェーダは、呆然としていた。この反応、間違いない。 「・・・いつ、『時の涙』に気が付いた!」  ミシェーダの余裕の態度が無くなる。成程。『時の涙』と言う名前なのか。 「これが、お前の『時空』のルールの時の力の供給源だな?」  僕は、間違い無いと確信する。やはり、何らかの媒体を持っていたのだ。 「ぐっ!その『時の涙』は、ゼロマインドが生成した・・・。私が1000年前に持っ ていた物よりも、遥かに凌ぐ物だったと言うのに!!」  ゼロマインドは、『無』の力で、消え去った物を生成出来る力があると聞く。な ので、ミシェーダが持っていた『時の涙』の生成にも成功したのだろう。しかも、 原理を理解して、パワーアップさせたに違いない。 (奴が短期間で、時の力を乱発出来た理由は、これか・・・。)  そうでしょうね。この空間に隠しておいて、何回でも使ったんでしょう。 「これで、後が無くなったな!!」  僕は、追い詰める。ミシェーダは、舌打ちした。 「舐めるなよ!!『時の涙』が無くても、『時空』を使えぬ訳では無い!」  ミシェーダは、少し時を戻すくらいなら、何回かは自分だけでも使えるのだろう。  恐らく、恵さんや士さんの証言を見る限り、後5回程だろう。恵さんや士さんな ら、僕が今、看破した仕組みも、即効で気が付いたに違いない。その上で、5回使 わせたと言う証言も得ている。あの時のミシェーダが、ボロボロだった事も考えて、 もう使えない状態だったと考えて、良いだろう。 「後5回程なんじゃないか?」  僕は、ズバリ言い当てる。 「貴様、何故それを・・・そうか!時を越える前に、聞いたのか!!厄介な・・・。」  ミシェーダは、さすがに『時空』のルールが使える分、僕が考えている事に気が 付くのが早かった。 (後は、ミシェーダがいつも使っていた、『転移装置』を探すんだ。そうすれば、 奴の止めをさせる確率も上がる筈だ。)  そうだ。ミシェーダは、必ず『転移装置』を使って逃げていた。  ・・・そう言えばミシェーダは、初期位置から余り動いていない。 (動いているが、構えに戻る時、必ず所定の位置に戻る感じだな。)  そうですね。まさか、あの場所に何か? (確かめてみるか。やれ・・・俊男。)  はい。今度は、僕の『ルール』の出番ですね。 「先を知った所で、勝てる物では無い!!」  ミシェーダは、激しい攻撃を加えてくる。さすがに前のリーダーは伊達じゃない。 本気の攻撃は、まるで嵐のようだ。 「う・・・ぐぐ!!」  僕は、防ぎつつも攻撃に移行するが、ミシェーダもその動きに慣れてきたのか、 対応出来るようになっていた。さすがだ。 「技の力、中々面白かったが、それだけで私を殺す事は出来ぬ!!」  ミシェーダは、回し蹴りから、胴回転裏拳、そこから喧嘩キックを見舞ってくる。 技の組み立てが悪くない。コイツ、結構闘い慣れている。 「負けない!」  僕は、相手の拳に合わせて、防御しつつ肘打ちで対抗する。しかし、ミシェーダ は、それに腕を絡めて、投げてきた。 「グッハ!!」  強烈な投げを食らう。コイツ、体術でも相当な物を持っている。 (1000年前とは、比べ物にならない程強くなってるぜ。)  そう言えば、1000年前のミシェーダは、ジュダさんに敗れたんでしたっけ。 (そうだ。その時は、『時空』のルールに頼り切っていて、力も技も、俺の方が、 上だった・・・。だが、コイツも修行をしたようだな。)  きっと、ジュダさんにやられたのを切っ掛けに、強くなったんでしょうね。  ミシェーダも、ただ転生したのでは無く、強くなる為の何かをしていたのだろう。 ミシェーダは、僕の両腕を踏み付けて、身動き出来なくする。 「良くやったよ。貴様は・・・。さぁ死ね!!」  ミシェーダは、チャクラムを構えると、僕のお腹を狙ってきた。 「『跳壁』のルール!!」  僕は、『跳壁』のルールを解いた。前に恵さんに試した方法だ。分からない様に ミシェーダと僕の足元を、5メートルほど浮かせておいたのだ。それを解いたので、 足元が突然無くなる。そして、僕は『跳壁』のルールを駆使して、ミシェーダに迫 った。掌に神気と闘気を宿す。  そして、一気に捻りと共にミシェーダの鳩尾に開放した。 「うおああ!!」  ミシェーダは、悶絶する。捻りを加えた事で、相手を突き抜けるようにダメージ を与える。それと同時に、溜めた神気と闘気を打ち出す! 「パーズ拳法の極意!『発頸』!!」  そうだ。これこそ、『発頸』だった。ミシェーダは、腹を押さえながら、立ち上 がる。そこで僕は、追撃を掛ける。いや、正確には、追撃を掛ける様に見せかけた。 そして、足に思い切り力を入れると、勢い良く振り下ろす。  ドォン!!!  音が鳴ると共に、床が抉れる。そう。この空間は、ミシェーダが作り出した空間 なのに、ここだけ普通の床だと言うのが、既におかしいのだ。 「んな!!き、貴様!気が付いていたのか!?」  ミシェーダは、上手くカモフラージュしていたが、僕は気が付いていた。  そう。ここの床は、魔方陣になっていた。床の下に五芒星が描かれていたのだ。 それを僕は、壊してやった。 「これぞパーズ拳法の極意・・・『震脚(しんきゃく)』!!」  僕は、技名を叫ぶ。『震脚』は、床に攻撃して、相手の足止めをする為の技だが、 ここでは、地面の下にある何かを壊す為に使わせてもらった。しかし、五芒星が隠 されていたとはね。 「くっ!!『転移』の方陣が発動しないとは・・・。おのれ!!」  ミシェーダは、僕を恨めしそうな目で睨む。やはり、『転送装置』に中る物を用 意していたか。これで、逃げを封じる事が出来そうだな。  これまでの時を超える行動が今、役立っているんだ。無駄にはしない! 「本当に、時を越えた奴と闘っている実感がある・・・。貴様とは、本当に闘い難 い!私にとっての一番の危険人物と認識してやる・・・。」  ミシェーダは、僕の事を一番の敵として、認識したようだ。 「光栄だね。僕もお前の事は、一番の敵だと思っている。・・・決して、許しはし ない・・・。」  僕も、ミシェーダの事は、憎んでも憎みきれない程、敵だと思っている。 「仕方が無い・・・。島山 俊男・・・。貴様は、私の触れてはならない領域に入 ってきた・・・。貴様には、飛んでもらう・・・。」  ミシェーダは、右腕を高く上げると、そこから、異様な力が流れ込む。 「何だこれは?」  僕は異様な雰囲気を感じ取る。 (クッ!このプレッシャー・・・。まさか、アイツ!!)  ジュダさん、知っているんですか? (俊男!琥珀の用意だ!俺達も全力を出さないと、飛ばされるぞ!!)  飛ばされる?あの過去に飛ばす技か! (違う!もっとやばい奴だ!・・・打ち砕くぞ!!奴の技を!)  もっとやばい技・・・。ま、まさか!伝記に書いてあった、あの技!?  そうだ。伝記でチラッとだけ書かれていた事があった。確か、魂を転生させる奥 義、『輪廻転生(リーインカーネーション)』だ。  かつての天上神ゼーダを今の時代に魂を送った技。そして、神魔王グロバスをも 今の時代に魂を送った技。運命神の最大最強の奥義にして、『普通』の奴なら、抗 いようの無い技だ。 「なんてプレッシャーだ!!」  僕は、ミシェーダの右腕の力に引き込まれそうになる。 「だが、これなら!!」  僕は、琥珀を取り出して、ジュダさんの力も限界まで引き出す。 「この『時空』のルール、最強の奥義を、貴様如きが破れる筈が無い!!」  ミシェーダは、この技に、余程の自信を持っているようだ。 「見ろ・・・。この腕の中にある、この世の始まりと終わりの姿を・・・。ビッグ バンとビッグクランチを操り、時空を歪めるのが、我が奥義だ!」  ミシェーダは、自らの腕の中で、次々と星が衝突する姿を見せる。と言う事は、 奴の『時空』のルールは、小宇宙を作り出す事が出来る力だったのか! (そうだ。俺の琥珀時力も、古い記憶から宇宙の始まりを見つけ、ブラックホール を作り出す。そして、そこに俺達の魂だけを送る奥義だからな。)  成程。つまり、時の闘いと言うのは、どっちが強いブラックホールを作り出せる かと言う闘いなのか!! (魂を引き伸ばして、過去のポイントを見つけ出し、ブラックホールを通過し、ホ ワイトホールへ達する。それを繰り返し、過去へと遡るのが琥珀時力の力だ。)  過去のポイントを見つけ出して、正確にそこに達するのに、僕の力が必要だった んですね。僕の力も必要だと言うのは、そう言う事だったんですね。 (そうだ。俺は琥珀の力で過去のポイントを見つけ出し、ブラックホールを作る事 は出来る。しかし、正確にそこに飛ぶ事は出来ん・・・。お前と『同化』して、お 前の『跳壁』のルールで、不安定な磁場を安定する事で、初めて過去に飛ぶ事が出 来たんだ。それが、お前を選んだ理由だ。)  成程・・・。そんな使い方があったんですね。僕は、無意識の内にジュダさんに 『跳壁』のルールを使わせていたんですね。それで飛ぶ事が出来たのか。 (だが、ミシェーダの『時空』のルールは、ブラックホールを生成した後に自分を 時の力から守る障壁を、作る事が出来る。その障壁を他人に対しても被せる事が出 来るんだ。その障壁の力は、絶対だからな。奴の場合、ブラックホールとホワイト ホールの狭間にある、時間が恐ろしい速度で回る場所に、放り込む事が出来る。)  時間が恐ろしい速度で回る場所・・・。そこに放り込む事で、転生させると言う のですか?・・・凄い能力だ。 (そうだ。凄い能力だ。だから、あんな悪用しては、いけないんだ。本来はな。)  だがミシェーダは、私利私欲の為に使い始めたんですね。 (そうだ。それが1000年前の過ちだ。アイツは、それを繰り返そうとしている。)  反省どころか、開き直ってますからね・・・。 (さて、狭間に放り込まれるなんて、冗談じゃないからな。破るぞ!あの奥義!そ うすれば、奴の『時空』のルールは、限界を迎えるだろう。乱発した反動が、必ず 来る筈だ。しかも奴は、今回こそ、時の力を回復する手段が無い。チャンスだ!)  そうですね・・・。これさえ防げば・・・ですね! 「うおおおおお!!!」  僕は琥珀を握り締めると、ジュダさんの力と呼応して、限界まで引き出すつもり でいた。すると、この琥珀もそれに応えてか、より一層輝き始める。 「フン・・・。私の力に対抗しようとは、愚かよな。この『時空』のルールの最大 の必殺技を受けて、飛ばなかった者など居ない!あのゼーダですらな!!」  ミシェーダは、完璧に飛ばせる自信があるのだろう。僕は、ひたすら琥珀に力を 溜めるしか無い。下手に抗っても、ミシェーダは今の状態なら、時を自在に操って 避ける事が出来る・・・ですよね? (そうだ。あんな全開の状態に、下手に逆らおうとするな。俺達は、『輪廻転生』 に対抗する事だけを考えるんだ。)  分かりました・・・。僕は、未来に飛ぶ訳には行きません。行ったら、この時代 に対する責任の放棄になります。ここで・・・勝つ!! (良く言った。俺も付き合うから、ぶっ飛ばしてやろうぜ!)  僕は負けない。そして、未来を勝ち取ってみせる。 「無駄な力溜めをする物では無い。そのまま、飛んで行くが良い!!」  ミシェーダは、とうとう用意が出来たのか、手に溜めた小宇宙を、こちらに向け る。吸い込まれる! 「食らうと良い!!『輪廻転生』!!」  ミシェーダは、『輪廻転生』を放った。今だ! 「大いなる悠久の時を越えし琥珀石よ・・・。時の始まりと終わりを、ここに体現 せよ!・・・『琥珀時力』!!」  僕は、ジュダさんの詠唱を真似て、『琥珀時力』を打ち放った。  小宇宙の力と、琥珀の持つブラックホールの力がぶつかり合う。しかし、向こう は、ブラックホールを含む小宇宙の力なので、こっちが明らかに押されていた。 (俊男!エメラルドを出せ!!力を解放するぞ!!)  ジュダさんは、幾つか貰った宝石の中で、エメラルドを出すように指示する。僕 は、言われた通りに、エメラルドを取り出した。 (良いか?心を落ち着かせろ。タイミングが命だ。琥珀の力を左手で上手くコント ロールして、右手でエメラルドを握れ・・・。)  分かりました。こうですね?左手で琥珀の力を・・・って、物凄い引力!引っ張 られそうだ。引っ張られたら終わりだ・・・。何とかしないと! (ある程度引っ張られるのは良い!右手に集中しろ!)  分かりましたぁ!!我慢だ!!・・・いや、待てよ・・・。やりようは、ある! 「ええええい!!」  僕は、目の前に『跳壁』のルールで壁を作る。そして、引っ張られるのを足の力 で踏ん張りながら右手に集中する。それでも引っ張られるが、さっきより全然マシ だった。これなら行ける!!  僕は、エメラルドに『神気』を込めようとした。 (待て。込めるのは、『神気』では無い。『無』だ!)  『無』ですって?僕、使った事無いですよ?それに大丈夫なんですか? (俺が今から出す力を、感覚で覚えろ!俺も最大限出力する!それと、エメラルド に、ただ『無』を込めるんじゃない。真ん中に封じ込めるように入れるんだ。)  む、難しいです・・・。けど、やらないと駄目なんですね。 (急で済まないが、堪えてくれ!勝負処なんだ!)  やります・・・。未来の為に!!  僕は、左手の力を制御しつつ、右手に湧き上がる不思議な力をエメラルドの奥の 封じ込めるように注入する。焦らずゆっくりだ・・・。 「無駄な抵抗をしているな!しつこい男だ!」  ミシェーダは、顔を顰める。そうか。ミシェーダだって、この力を出し続けるの は辛いんだ。僕が負ける訳には、いかないな! 「出来た・・・。」  僕は、右手の力を安定させた。 (良くやった・・・。今から言う言葉を、詠唱とするんだ。)  分かりました。お願いします! (・・・全ての起源の『無』の力よ・・・。) 「・・・全ての起源の『無』の力よ・・・。」 (我が正と負の力を吸い、力と為せ!エメラルドよ!!) 「我が正と具の力を吸い、力と為せ!エメラルドよ!!」  僕とジュダさんの詠唱の力で、エメラルドの光が、不気味に確実に増えていく! (『緑光消力』(エメラルドイレイザー)だ!) 「これぞ、僕とジュダさんの想いだ!!食らえ!『緑光消力』!!」  僕は、そう言い放つと、右手の力を左手の力に添えて打ち放った! 「『緑光消力』!?聞いた事無いぞ!まさか、新技!?」  ミシェーダは、僕の言った技が、聞いた事が無かったので、慌てていた。  そうしてる間に、『緑光消力』の力が、ミシェーダの小宇宙を『無』に還してい く。これは凄い!エメラルドに封じ込められた力が拡散する度に、『無』の力が広 がっていく。 「馬鹿な!!『時空』の力が消えていくだと!?この『無』の力は、小宇宙の質量 を超えているとでも言うのか!?馬鹿な!!」  ミシェーダは、信じられないのだろう。僕も信じられないくらいの力だ。ジュダ さんは、凄いね。さすがですよ。 (馬鹿言うな。俺だけの力じゃない。お前の力もあっての強さだ。自信を持てよ。)  そうですか。僕の力も・・・。しかし、まだ油断はしません。 (当然だ。ミシェーダは、まだ『時空』のルールを解いていない。)  押しつつあるが、まだ、完全に勝った訳では無い。  僕は、攻撃の手を緩めるつもりは無い。コイツを生かしておけば、悲劇が起こる。 それだけは、避けなくてはならない。ここで、絶対に倒す!! 「嘘だ!何故押されるのだ!!『輪廻転生』は、不敗の技の筈!」  ミシェーダは『輪廻転生』に絶対の自信を持っていたのだろう。 「この私の全力の『輪廻転生』が、負ける!?有り得ぬ!!」  ミシェーダは、気力を振り絞って、更に力を入れようとする。  ボッ!!!  凄い音がした。それは、エメラルドがミシェーダの腹を貫いた音だった。 「あ・・・が・・・!!」  ミシェーダは、腹を押さえる。しかし、その部分は、消し飛んでいた。  そして、それでも抵抗しようとするミシェーダに、僕は覚えたての『無』の力を 拳に宿して、突っ込んでいく。そして、ミシェーダが拳を振り下ろした所を見切っ て裏側に回りこみ、背中を使ってミシェーダを吹き飛ばす。 「グハァ!!」  ミシェーダは、腹を押さえたまま5メートル程吹き飛ぶ。だが僕は、追撃の手を 止めない。完全に息の根を止めるんだ! 「舐めるなぁ!!」  ミシェーダは、回し蹴りを放つ。僕は、その蹴りを正確に捌いて受け流すと、同 時に『無』を帯びた拳を回転させ、それをミシェーダに叩き込んだ。  すると、ミシェーダは、体がビクンと反応したまま、動かなくなった。 「・・・ハァ・・・ハァ・・・。『鉄山靠』からの『発頸』・・・上手くいった。」  流れるように組み合わせるのは初めてだったが、何とか出来た。 (ミシェーダの野郎・・・。強かったぜ・・・。)  そうですね。さすがですよ。何度も何度も、仲間を殺しただけある。  気が付くと、周りの『結界』が、解けて行く。 「ふぅ・・・。」  僕は、腰を下ろす。ミシェーダは、ピクリとも動かない。しかも貫かれた腹から どんどん消えていった。『無』にやられた者の最期は、ああなるのだ。  さすがに疲れた・・・。何もかもが空っぽの状態だ。  天神家の方を向くと、いつか見た光・・・。いや、いつも見てきた光が放たれて いた。これは、万年病を追い払った合図だ。良かった・・・。  そして、天神家の正門の前にも、ケイオスが来た形跡が無い。今度こそ、僕は、 守りきれたんだ・・・。長かったなぁ。 「ゆ・・・ゆる・・・さ・・・ん・・・。」  !!この声は、ミシェーダ!まだ生きていたのか!!  僕は、疲れた体に鞭を打って、ミシェーダの方を向く。 「この・・・まま・・・消え・・・て、朽ち・・・て・・・たま・・・るか。」  ミシェーダは、本当に最後の力なのだろう。既に消えている左手では無く、右手 に全ての力を集める。全ての生命力を、力に変えるつもりだ!  それをチャクラムに移すと、チャクラムは、不気味に光り始めた。 「クク・・・ク。この家・・・ごと・・・消え・・・ろ!・・・ぬあああ!!」  ミシェーダは、そう言うと、最期はチャクラムを残して消え去った。 (・・・このチャクラム。・・・あの野郎、とんでもない置き土産を・・・。)  ・・・僕は、覚悟は出来てます。止めましょう。・・・放って置いても力が拡散 して、爆発するように仕掛けてあるんですよね? (ああ・・・。こうなったら仕方が無い。皆が来てから、仕掛けを解くんだ。)  駄目です。それでは、巻き込まれる人も出てきます・・・。これは、生半可じゃ ない力を感じる。皆がまだ来てない今、ここで何とかします。 (まずは、『結界』を張れ。その中に封じ込めた上で、外に出てくる圧力を止める ぞ。恐らく『結界』だけじゃ、防ぎ切れん。)  でしょうね。この圧力は、奴の全てが詰まっています。恨みも、傲慢さも、執念 も・・・。それを、止めなきゃ駄目です。 (俺も力は、限界に近い。気張れよ。俊男。)  はい。今こそ、『因果』を吹き飛ばします。この悲しい『因果』の輪から!  僕は、更に暴れるチャクラムを『跳壁』のルールで封じ込める。  グググググ・・・。  チャクラムは、更に膨張しようとする。何て執念だ・・・。だが、執念なら、僕 だって負けない!何回繰り返したと思っているんだ!あんな想いは、たくさんだ! 「・・・俊男さん!!」  この声は、恵さんだ。真っ先に僕の所に駆けつけてくれたのか。  このままでは、恵さんも巻き込んでしまう。それだけは、避けなくては! 「うおおあああああ!!」  僕は、全力で封じ込めた!すると、段々チャクラムの圧力が弱まっていく。  ボゥン!  チャクラムは、僕の腹の所で、爆発を起こした。しかし、道場や、天神家にまで は、行っていない。良かった・・・。やっと、『因果』を越えた・・・。 「俊男さん!!ちょっと!!」  恵さんは、僕が腹を押さえて倒れたのを見て、駆け寄ってきた。  ああ・・・こう言う事だったのか・・・。今分かった。  『因果』を越えるってのは、こう言う事だったのか・・・。さっきから、ジュダ さんの声が聞こえない。それはそうだ。『因果』を越えたからだ。前にジュダさん が、おかしい・・・有り得ないと言っていた訳が分かった。  ジュダさんは、こうなる事を知っていたんだ。『因果』から外れた僕とジュダさ んは、『因果』を乗り越えた瞬間に、消えて無くなる事を・・・。世界が『因果』 を否定した瞬間、ジュダさんは、この時空のジュダさん以外の存在を許さなくなる。 だから、ジュダさんが、まだ僕に宿っていた時は、『因果』を超えて無かったと言 う事になる。しかし、声が聞こえないし、存在も確認出来ない。この現実が、僕に 充実感を与えていた。それは即ち、『因果』を乗り越えた証だからだ。  だから、僕も消え去るのか・・・。やはり、ミシェーダを殺しただけでは、駄目 だったか。でも、やっとこの『因果』を終わらせる事が出来る。  そう言えば、ジュダさんが謝っていたっけな。それは、この結末を知っていたか らだ。ジュダさんと一緒に、僕も消え去ると言う結末を・・・。 「・・・と言う事だったんだよ・・・。」  僕は、今の仮説を、恵さんに話す。恵さんは、唇を震わせている。 「駄目・・・。駄目よ!そんなの!私は、認めない!!」  恵さんは、涙を溜めていた。気持ちは分かる。僕がそうだった。 「ありがとう・・・。僕をそこまで想ってくれて・・・。」  僕は、恵さんの気持ちが嬉しかった。 「はぁ・・・はぁ・・・。死ぬのは、怖い・・・。でも・・・。恵さんの手が、こ んなに・・・近くに・・・ある・・・。」  僕は、段々意識朦朧としてきた。そうか。何かが閉じられていく。これが、死ぬ と言う事か。・・・怖いなぁ・・・。でも、恵さんの手を握っていると、それも和 らいでいく。 「私を、置いて行かないでよ!!」  恵さんは、いつもは、あんなに気丈なのに、僕の前では、感情を剥き出しにして いる。それが、嬉しかった・・・。 「恵さん・・・。君と、出会えて・・・良かった・・・。」  僕は、こんな言葉しか、返す事が出来ない。 「何を過去形になってるのよ!これからも一緒でしょ!!」  恵さんは、僕を抱き締めて離さなかった。僕が、離れてしまわないようにだろう。 「ああ・・・。後悔は・・・無いなんて・・・言え・・・ないや。・・・恵さんと、 ・・・会えない・・・のは、寂し・・・い。」  僕は、死んで恵さんと会えなくなるのが怖い。本当にそれだけだった。 「私もよ!!俊男さんが居ない生活なんて、嫌なの!!」  恵さんの涙で、僕の顔が濡れる。泣かせちゃったなぁ・・・。 「・・・ああ・・・。こんなに・・・近く・・・て、遠・・・い。」  僕は、もう目が見えなくなってきた。 「俊男さん!!」  恵さんが、僕の唇に、キスをしてきた。この感覚も、最後かな・・・。 「ま・・・た・・・修・・・練、し・・・よう・・・ね。」  僕は、そこで意識が沈んだ。 「俊男さん!!!俊男さーーーーーん!!!」  恵さんの叫びが聞こえた気がした・・・。