NOVEL Darkness 5-5(Second)

ソクトア黒の章5巻の5(後半)


 僕は何度、3月1日を経験しただろうか?
 数え切れない程だ。
 2月27日に戻って、2月28日に準備して、3月1日を迎える。
 そして、失敗してきた。
 自分でも、笑っちゃうくらい失敗したなぁ。
 時を越える、事情を話す、解決策を出す、失敗する・・・。
 これの繰り返しだった。
 そのおかげで分かった事がある。
 時間と言う物の力だ。
 ミシェーダ辺りも分かっているのだろうが、僕も、体験して分かった。
 時間には、『因果』と言う力が存在する。
 つまり、起こった事象を捻じ曲げないように調整しようとする『結果』だ。
 その結果の力が、物事に干渉しようとする。
 だから、3月1日が越えられない。
 つまり、3月1日に誰かが死ぬと言う『因果』があるのだ。
 だが、それが誰かまでは、決まっていない。
 だから、色んな人の死を、僕は体験した。
 もっと早く気が付くべきだったんだ。
 この『因果』を変えずに、『結果』を変えるには?
 『因果』が何処から出ているのか、突き止めれば良い。
 なら、何処から出ているのか?
 それは、ずっと体験してきたじゃないか・・・。
 ジュダさんを助けようとし、万年病を治す。
 その隙を突いて、ミシェーダが襲来する。
 ミシェーダは、『因果』の力を知っていて、操作出来るから、当然勝てる。
 しかし、それを上回る『結果』を用意すると、それを超える『因果』が発生する。
 それがケイオスの襲来。
 ケイオスは、気紛れで来る存在なのだ。
 ミシェーダが、『因果』を果たせない時に現れる存在なのだ。
 全く・・・時間の力は、恐ろしいな。
 これによって、悲劇が生まれる。
 それを回避しようと、時を越える。
 しかし、『因果』の力で、絶望を思い知らされる。
 よく出来ている・・・運命とは、良く言った物だ。
 恵さんは、誰かが死ぬと言う『因果』に気が付いてしまった。
 だから、誰かを犠牲にするよりは、自分が・・・と思った。
 それでミシェーダに戦いを挑んだのだ。
 あわよくば、倒そうとしたのだが、『因果』に負けたのだ。
 本当に僕は馬鹿だ・・・。
 恵さんは、とっくに気が付いていて、更に上の方法を取ろうとしたんだ。
 そして、どうすれば良いのか、気が付いていたんだろうな。
 誰かが死ぬと言うのなら、『因果』の枠を超えた者が、死ねば良い。
 それで、『因果』は元通りと言う訳だ。
 そうだ・・・僕が死ねば良いのだ。
 僕は、『因果』を越えようとして、『因果』に戦いを挑んでいた。
 『因果』の枠を超えた僕とジュダさんは、この枠には、居てはいけないのだ。
 だから、それを修正しようと、『因果』が誰かを殺すのだ。
 記憶を持ち越す事に成功した?
 改変する為に、奔走した?
 未来を変えてみせる!?
 そんなの誤魔化しに過ぎない。
 僕に覚悟があれば、皆の死など、見ずに済んだのだ。
 それに、恵さんは気が付いたんだ・・・。
 そんな事を、僕に告げるなんて、恵さんには出来ない。
 だから、自分の命を張ったんだ・・・。
 何て健気なんだ・・・何て孤高なんだ!!
 僕に比べて、何と気高い事か!!
 何が未来を変えてみせるだ!!
 一番大事な女の子一人を犠牲にしてしまったじゃないか!!
 『因果』から外れた時点で、僕には、未来を見る資格は無かったんだ。
 なのに、違う『結果』を求めて、足掻いて、一番大事な人を傷付けた!
 そんな未来、絶対に認めない!!!
 だから、僕のやるべき事は一つ。
 ミシェーダに闘いを挑むのは、僕なんだ。
 その覚悟さえあれば、他は何も要らなかったんだ・・・。
 覚悟しよう・・・未来の為に。


 僕は、何度目になるか忘れたが、皆を招集する。
 そして、万年病への説明をした。僕が、未来から来た事も、色々証明して見せた。
 さすがに繰り返しているだけあって、その説明も、スムーズになっていた。
 皆は、ショックを隠せないようだったが、その様子が一人一人違うのにも、気が
付けた。これが、今までとは違う、余裕なんだろうな。今までは、これから誰が死
ぬのか気にするので精一杯だった。
 瞬君は、拳を固めて、自分を見つめていた。自分がジュダさんの万年病を治す最
後の砦だと、分かっているのだろう。覚悟の眼をしていた。
 レイクさんは、皆を心配そうに見ていた。誰かが死ぬと言うのを聞いて、本気で
心配しているのだ。これ以上死なせたく無いと言う、心の現われなんだろうね。
 士さんは、舌打ちをしていた。運命なんて物を信じたくないからだろう。自分で
切り開いてきた士さんにとっては、『因果』は敵なんだろうね。
 赤毘車さんは、緊張した面持ちになっていた。自分の生死が、これからの未来に
関わってくるのが、信じられないのだろう。それにジュダさんの心配だろうね。
 ゼリンさんは、自分の親の生死が気になっているようだ。それと、ミシェーダの
事で、関わった事がある身として、罪悪感を感じているようだった。
 ファリアさんは、気を引き締めていた。何が来ても良いように、覚悟を決めてい
るのだろう。だからこそ、いつも僕の相談に乗ってくれてたんだ。
 エイディさんは、バツが悪い顔をしていた。自分が何も出来ないのを、気にして
いるのだろう。だから、せめて自分が死なないように気を付ける感じだった。
 グリードさんは、仲間を気にしていた。誰かが死ぬと聞いて、気が気じゃないみ
たいだ。そして、レイクさんは絶対守ると思っているんだろうね。
 ジェイルさんは、気を落としていた。僕の言葉が信用を帯びるにつれ、認めたく
ない気持ちが強まったみたいだ。
 ティーエさんは、僕の言葉が気に入らないみたいだ。どうせなら、逆らって欲し
いと思っているのかな?気持ちは分かる。
 ショアンさんは、睦月さんと士さんを気にしているようだ。自分の愛する者を、
守る覚悟なのだろう。
 ジャンさんは、アスカさんを、見守るように見ていた。士さんやアスカさんは、
何よりも優先したいんだろう。
 アスカさんは、ジャンさんの眼差しを見て、震えていた。怖いんだろう。だけど、
それでも逆らうと言う意志を見せていた。
 センリンさんは、士さんを見ていた。自分の愛する人が死なないようにだろう。
死んだ時に見せた表情を見ても、絆が深い事が分かる。
 ゼハーンさんは、自分がジュダさんを救う事が出来ると、意気揚々としていた。
清芽さんとも連携を確認している様子だった。
 エリ姉さんは、僕を心配そうに見ていた。僕が、無茶してないかどうか、見極め
る為だろう。いつも心配してくれたっけな。
 亜理栖先輩は、心配そうだったが、すぐに戦闘態勢に入っていた。自分に出来る
事をやろうとしているんだろう。
 伊能先輩は、怒っていた。そんな運命は、クソ食らえと叫んでいる。この人は、
誰もが死なない未来を、誰よりも思い描いている人だ。
 修羅先輩は、吐き捨てるような顔をしていた。信じたくないんだろう。この人は、
自分の事は、自分で切り開いてきた人だ。
 勇樹は、皆が心配のようだった。口調は荒いが、仲間の事を、人一倍心配する奴
だ。誰よりも優しい一面を持っている奴だ。
 魁は、人一倍落ち込んでいた。今まで、莉奈を傷付けていた報いを、魁は十分に
受けた。そして、許してくれた仲間を、誰よりも大切にしていた。
 葵さんは、不安そうだった。これから起きると、僕が予言しているだけに、誰も
傷付かないように、祈っているのかも知れない。
 莉奈は、僕の言葉を、否定したいようだった。兄である僕の言葉だからこそ、嘘
じゃない事を知っている。だから、否定したかったんだろう。
 睦月さんは、自分に出来る事をしようとしていた。その姿勢は、どの『時界』で
も、一緒だった。凄い事だと思う。
 葉月さんは、残念そうな眼をしていた。誰かが犠牲になるのを見たくないのだろ
う。だから、せめて瞬君じゃない事を、祈っている様子だった。
 そして・・・恵さんは、色々考え込んでいた。いつでも、僕に力をくれた。そし
て、僕の為に死ぬ覚悟まで見せてくれた・・・。僕の愛しい恵さんだった。恵さん
だけは、絶対に死なせない・・・。
 僕は、皆の顔を見忘れないように焼き付けるように見ていた。
 皆、大事な仲間だ。見忘れない・・・。こんなに多くの人が、僕の仲間なんだ。
誰よりも誇れる仲間達だ!皆、誰一人として、欠けて欲しくない。
 だけど僕は、もうその輪の中に、入れない存在なんだ・・・。
(済まない・・・。俊男・・・。俺は・・・。)
 分かってます。ジュダさんが最初に謝っていた理由も、もう分かりました。
(俺は、自分が万年病から・・・治った時に、自分が消える物だと思っていた。だ
けど、何も起こらなかった・・・。その時に、分かったのさ・・・。『因果』が消
えていないと・・・。その『因果』の原因を辿ったら・・・。)
 そう。僕と今のジュダさんが消えない限り、『因果』が変わらないんですよね。
(俺は悔しい!!お前と代わってやりたい!!俺のせいでお前が死ぬなんて、あん
まりだ!!冗談じゃないんだよ!!)
 有難う御座います。でも、他に道が無いんですよね。
(まだ、何かある筈だ・・・。ある筈なんだ!!)
 隠し事は、出来ませんよ?心の中では、もう無いって、思ってますよね?
(こんな時に、隠し事が出来ないのは、辛いな・・・。)
 良いんです。僕は、回り道をしましたから。もうこれ以上、誰かが死んでいるの
なんて、見たくないですから。
 ただ・・・寂しいですね・・・。
(俊男・・・!!くそ!!冗談じゃないのに!!!俺が選んだばっかりに!!)
 ジュダさん。本来なら、僕もとっくに死んでいるんですよ。それが、皆を助けら
れる結果になるんでしょう?なら、良い結果じゃないですか。
 僕は、天神家の道場裏の離れに立っていた。さすがに、これから死ぬと分かると、
落ち着かない。僕も人間だ・・・。本当は死にたくない。
 体が震えてくる。・・・やっぱり、怖いな・・・。
 ガサッ!!
 ・・・誰かが見ていた・・・。
「・・・恵さんだね?」
 僕は、もう分かっていた。恵さんは、僕が心配だったんだろう。
「色々見てきたのね・・・。無茶し過ぎよ。」
 恵さんは、溜め息を吐く。この仕草も、僕を心配しての事だ。
「色んな『時界』で、僕は恵さんに助けられた。感謝してるよ。」
 僕は、体の震えを即座に止めて、感謝の言葉を言う。今言わないと、言いそびれ
てしまうからだ。後悔はしたくない。
「さっきの話、本当なんでしょうけど、私は諦めませんわ。」
 恵さんは、強い眼をしていた。ああ。本当に強い人だ。僕が何度も救われた眼だ。
「さすがだね。僕も諦めないよ。・・・今度こそ、大丈夫な筈だから。」
 そうだ。僕も諦めずにここまで来た。そして、覚悟出来た。
「どう切り抜けるのかしら?方法を知っているような眼ね。」
 鋭いなぁ。さすが恵さんだ。僕の微妙な言葉のニュアンスまで、見抜いてくる。
「それは、内緒だよ。やっと見つけた方法だからね。皆には、ビックリしてもらい
たいんだ。・・・もう、終わりにしなきゃね。」
 そう。言える訳が無い。僕が命を投げ出すなんて事は。そんな事を言えば、恵さ
んは止めるに決まってる。自分の命を投げ出すに決まってる。
「何回『時界』を越えてきたの?・・・その様子じゃ、10回じゃ効かないわね?」
 さすが恵さんは、即効で見抜いてくる。鋭い人だ。
「あんな慣れた説明に、皆の顔を見る余裕まであるなんて、普通じゃないわ。」
 そんな所まで見ていたのか・・・。本当に凄い人だな。
「何を隠してるのよ?・・・言って頂戴・・・。私、もう気が付いてるから。」
 え?気が付いてる?本当に?いや、カマを掛けてるだけかな?
「何も、隠してないよ。」
 僕は、努めて平静に答える。今のは、自然だったと思う。
「怖くないの?」
 ・・・恵さんは、本当に気が付いているのか?
「何の話?解決方法は、確かに困難かも知れないけど・・・。」
 僕は、自然に話そうとする。
「嫌よ!!!何で、俊男さんが、死ななくちゃいけないの!!?」
 恵さんは、我慢出来なかったのか、目に涙を溜めて僕を見た。
「・・・本当に・・・何で、君は・・・。」
 恵さんは、何て鋭いんだ・・・。何で気が付いちゃうんだ・・・。
「だって!!必ず死ぬって事は!!誰かが犠牲にならなきゃ、ケイオスが来るって
事でしょう!!?その犠牲に、自分がなろうなんて!!何考えているの!?」
 本当に鋭い・・・。あの話だけで、本質にまで気が付いている。
「恵さん、僕は・・・『因果』から外れた存在なんだよ・・・。僕の存在が、皆を
苦しめてきたんだよ・・・。」
 僕は、僕がミシェーダと闘わなきゃ、『因果』が違う人を必ず殺してしまう事を
話した。僕と言う存在が、皆を死に追いやっているのだ。
「そんなの違う!!俊男さんは、誰も死なないように、奔走したんでしょう!?歯
痒い想いをしながら、必死になって!!なのに、何で俊男さんが!!」
 恵さんは、僕の事を想ってくれている。しかし、これはしょうがないんだ。
「冗談じゃないのよ!!貴方、自分が死んで、誰が悲しむか、分かっているの!?
私だけじゃないのよ!?莉奈だって!兄様だって!皆が悲しむのよ!!」
 ああ。恵さんは、僕に逃げを許さないつもりなんだろうね。皆を悲しませる結果
から逃げるなと・・・。
「ごめん・・・。その気持ちは、僕もいっぱい味わってきた・・・。それを皆に強
要するなんて、僕も酷いよね・・・。」
 そう。散々味わってきた事だ。
「何で、俊男さんなのよぉ!!私、嫌だ!!嫌よぉ!!」
 恵さんは、僕の胸の中で泣き始めた。ああ。泣かせちゃったなぁ・・・。
「・・・本当の事を言うとね。僕も怖いんだ・・・。」
 僕は、正直な事を言う。打ち明けると、体の震えが止まらなくなった。
「死ぬのって、どうなるのかも分からない。・・・だけど、皆に会えなくなるのが、
一番怖いんだよ・・・。本当に怖い。」
 僕だって人間だ。死ぬのは怖い。特に、皆に会えなくなると思うのが、恐ろしく
て堪らない。だけど、それ以上に、皆が犠牲になるのは嫌なんだ。
「なら、止めましょうよ!貴方を失うなんて、私は嫌なの!!」
 恵さんは、泣いて縋りつく。
「・・・恵さん。確かに死ぬのは怖い。だけど、これは賭けなんだよ。」
 そう。実は僕も、ただでやられるつもりは無かった。
「さっき、『因果』によって、誰かが死ぬと言ったけど、これは別に僕じゃなくて
も良いんだ。・・・そう。ミシェーダを殺せばね・・・。」
 これは、僕が密かに思っていた事だった。
「でもミシェーダは、現時点での士さんに勝つ程の実力なのよ!?」
 恵さんも、その事は分かっている。士さんが殺されたと言う事は、僕達の誰が挑
んでも、勝てる可能性は、ほとんど無いのだ。
「そうだね。士さんは僕よりも強い。・・・だけど、僕はミシェーダに勝てる要素
がある。士さんでは勝てない相手にでも勝てる要素がね。」
 そう。そして、今回のミシェーダ戦に限り、その要素こそが重要なのだ。
「『時空』のルールに、対抗するのね?」
 恵さんも気が付いたようだ。ミシェーダが最終的に勝利をもぎ取っているのは、
『時空』のルールを使いまくっているからだ。士さんや恵さんの本気の時も、5回
も使っていた。『時空』のルールで、時を戻しながら闘えば、相手のスタミナ切れ
を狙える。そこを突いたのだろう。
「そう。『時空』のルールに、琥珀の力を使って、対抗する。」
 僕はジュダさんと『同化』している。そして『時空』のルールでは無く、『付帯』
のルールの一部として、ミシェーダに対抗出来るのだ。そんな真似が出来るのは、
仲間内では、僕とジュダさんの『同化』した強さ以外不可能だ。
「でもそれは・・・。」
 恵さんは気が付いていた。この闘いで琥珀の力や、『付帯』のルールを使いまく
ると言う事は、失敗は出来ないのだ。そんな事は、重々承知だ。
「それで、皆を助けられるなら、もうやり直しは要らない。」
 僕は、これが最後の時空越えだと、決めていた。それくらいの覚悟じゃないと、
成功しないのだと、気が付いたのだ。
「危険よ・・・。失敗する可能性の方が高いわ。」
 恵さんは冷静だ。これまでの結果を踏まえて、判断している。
「ああ。そうだね。でも、僕はやるよ。どうしてもやりたいんだ。」
 僕は、自分を犠牲にすると言うよりも、もっと大事な用事がある。
「僕はね。ミシェーダと純粋に闘いたいんだ。・・・一発殴ってやら無いと、気が
済まないんだよ。アイツだけは、許せない・・・。」
 僕は、本当の気持ちを言った。ミシェーダに、何人殺された事か。この『時界』
では、誰も殺して無いかも知れない。でも、僕は見てきたし、覚えている。ミシェ
ーダのせいで、どれだけ悲しむ顔を見てきた事か・・・。
「そう・・・。じゃぁ、絶対勝たなくては駄目。いや、絶対に止めを刺さなきゃ駄
目よ。じゃないと、死ぬのは貴方よ。」
 恵さんは、僕の眼を見てきた。そう。僕に決意させる気だ。ミシェーダに対して、
甘い事を考えては駄目だと言う決意をだ。
「分かってるよ。僕は甘い男だと自分でも分かってる。でも、ミシェーダだけは、
許すつもりは無いよ。・・・絶対にね。」
 そう。特に恵さんを殺された時は、目の前が真っ赤になった。あの想いは忘れな
い。ミシェーダを殺さなければ、あの光景が現実の物になるんだ。
「なら、貴方の勝利を信じてる・・・。絶対に帰ってきなさい。」
 恵さんは、そう言うと、僕の首に手を回して、唇を重ねてきた。僕は拒まない。
この温もりを忘れない為だ。いや、忘れさせない為だ。
 例え、僕が居なくなっても、恵さんにだけは、覚えていて欲しい。
 悲しませたくないけど、僕のこの我侭だけは、聞いてほしい・・・。


 今から僕は、とんでもない敵と闘う事になる。
 前の神のリーダーであるミシェーダ=タリム。『時空』のルールで時を操り、ど
んなにダメージを与えても、振り出しに戻す能力を有している。強敵も良い所だ。
実際に、僕達の中で最強の士さんでさえ、その能力をフルに使われて、殺されてし
まった。ただ、あの能力はとても強力無比なので、連発出来るような能力じゃない
筈だ。なのに僕が聞いた限りでは、5回も使った形跡があった。
 しかもアイツは、僕達を過去に送った事もある。あんな能力を連発すれば、反動
が間違いなく起こると言う事で、今は休眠の為の期間じゃないと、おかしいのだと
言う。それなのに、士さんを殺せる程の元気があるのは、明らかに矛盾している。
 そこで、ジュダさんが予想したのは、ジュダさんが、琥珀を見付けた様に、ミシ
ェーダも何らかの補給媒体を手に入れたんじゃないか?と言う案だ。確かに有り得
ない話じゃない。それを解明するのも、僕の仕事だ。
 道場に奴が来るのは、分かっている。だから、ここには僕以外、近付かないよう
に言ってある。恵さんですらも、来ては駄目だと言った。何かの間違いで、死なせ
るような事があったら、僕は後悔し切れないからだ。
 それでいて、万年病対策もしなくてはいけない。だから、そっちは、ゼハーンさ
ん、瞬君、赤毘車さん、ファリアさん、恵さん、士さんに行って貰った。これで、
あっちは成功する事だろう。その他の皆には、ケイオスが、いつも来る所に待機し
てもらう事にした。ケイオスが来る時は、必ず正面玄関からだった。
 そして僕は、秘策があると言い残して、道場には僕一人が残る事になった。一応
の為、気配を探るが、誰も来る気配は無い。そうで無くては困る。
(俊男。・・・もう謝罪はしない。ミシェーダに勝ってやろうぜ。それで解決だ。)
 ジュダさん。僕は元よりそのつもりです。それくらいの覚悟じゃないと、『因果』
を覆す事など出来ない。その為の対策はバッチリだ。恵さんから、琥珀と幾つかの
宝石を貰っている。ジュダさんの『付帯』のルールを活かす為の策だ。
 そして、ついにその時は、やってきた・・・。
 何者かの気配が近付いてくる。いや、これはサキョウの街へ『転移』して来たの
か。だから、士さんの『索敵』のルールに引っ掛かったんだな。だが、かなり微か
な気配だ。注意してなきゃ読み取れない。だから、僕達は気付けなかったのか。
 ミシェーダは塀を飛び越えて、この道場を見付ける。どうやら、人の気配を探っ
ているらしい。そして、僕が一人なのを確認すると、こちらにやってきた。
「・・・来たか。」
 僕は、ミシェーダを視認する。このスカした顔が、ミシェーダか・・・。
「ほう。気配は消したのだがな。気付く奴が居るとは・・・。」
 ミシェーダは感心している。
「僕に何か用か?」
 僕は、ミシェーダを睨む。
「その顔は、過去に飛ばした奴の一人か。・・・どうやって戻ってきた?」
 どうやら、ミシェーダは僕が、過去から帰って来た事を知らないみたいだ。
「答える義理は無い。それより、僕を殺しに来たのか?」
 僕は、余計な情報を与えるつもりは無かった。
「随分直情的だな。ま、話し合いに来たと言っても、信じないだろう?」
 コイツ・・・。よくもこんな事が言える物だ。
「この家は、磁場が強過ぎる。危険だから、排除しに来た。・・・だが、固まって
来られると厄介だからな。貴様のように一人で居る奴を狙ったまでだ。」
 成程な。だから、士さんとセンリンさんが居た時は、士さんだけ引き込んだりし
たのか。コイツは知っているんだ。僕達の誰かでも欠ければ、絆が弱まる事を。
「では、早速死んでもらおうか。」
 ミシェーダは冷たく言い放つと、道場を包むように『結界』を張り始める。しか
も、別次元に無理矢理変えたようだ。
「フッ。これで貴様は、助けを呼ぶ事も叶わぬ。」
 ミシェーダは、『結界』を強化する為に、チャクラムを用意していた。成程。こ
れくらい強固な『結界』じゃ、瞬君くらいしか破れないね。
「お前は、我が功績の一つになる。・・・この私に殺される事を光栄に思うのだな。」
 功績だと?そんな物の為に、皆は殺されていったってのか!?
「この天神家さえ何とかしてしまえば、元老院も私をトップにせざるを得なくなる。
そこで我が理想の世が始まるのだ!!」
 ミシェーダは、その為に元老院に入ったってのか・・・。
「厄介なのは、まだゼロマインドが、誰に化けてるか分からぬ事だ。・・・だが、
いずれ判明するだろうし、奴が力を付ける前に磐石にする準備はしてある。」
 どうやら、ゼロマインドが元老院の誰かに扮しているのは、間違いないようだ。
「我が理想の為に、お前は第一号となって死ね!!」
 ミシェーダは、邪悪な笑みを浮かべると、僕に襲い掛かってきた。
「・・・の為に・・・。」
 僕は、ミシェーダの一撃を片手で受け止める。
「何ぃ!?貴様、人間の分際で我が一撃を止めただと!?」
 ミシェーダは驚いていた。だが、そんな事はどうでも良い。
「・・・んな、事の為に・・・。」
 僕は、拳を握る。そして、ミシェーダの腕を捻ってやった。
「ぬああああぁ!!貴様!!その力は一体!!?」
 もうミシェーダの囀りも、僕の耳には入らない。
「そんな事の為に!!お前は、皆を殺したのか!!許さない!!許さないぞ!!」
 僕は、大声で叫ぶ。我慢出来なかった。コイツの私利私欲の為に、殺された皆を
思うだけで、目の前が真っ赤になる。
「何を言っている。貴様が最初の標的だ・・・。」
 ミシェーダは、要領を得ない。
「僕は、お前に殺された仲間を見てきた・・・。あの無念を・・・僕が引き継ぐ!!
そして、晴らしてみせる!!」
 僕は、ジュダさんと『同化』を行う。
「んな!?貴様、その姿はジュダ!?何故だ!!?」
 ミシェーダは驚きで声が出なかった。ジュダさんは、万年病で苦しんでいる筈な
のに、目の前で僕に乗り移っているのだから、当然だ。
「いや、ジュダでは無い・・・。しかし、ジュダと『同化』している?何故だ?」
 ミシェーダは、物事を整理している。
「お前は、この3月1日に、必ず誰かを殺しに来た!!必ずだ!!」
 僕は、何度も見てきた・・・。何度もだ!!
「・・・貴様、まさか・・・時空を越えてきたのか・・・?」
 ミシェーダは、ようやく気が付く。
「許さないぞ・・・。お前だけは!!」
 僕は、ミシェーダの懐に飛び込んで、ミシェーダの鳩尾に肘を叩き込む。
「うぐあぁ!!おのれ!!妙に手馴れているのも、そのせいか!!」
 ミシェーダは、腹を押さえながら、悪態を吐く。
「・・・大方、未来のジュダが、貴様に乗り移って、能力を開放したと言う所か。
ジュダは、1000年前、私を倒した時に、既に時を操る術を手に入れている節があっ
たからな・・・。しかし、実際にこの目で見る事になるとはな・・・。」
 ミシェーダは、ジュダさんが、1000年前から時を操る能力に目覚めたと言う。
(当たりだ。と言うか、そうじゃ無かったらミシェーダには、勝てん。)
 ミシェーダの『時空』のルールは、反則技に近いから、そうでしょうね。
「貴様は、私にとって、一番生かしておけない敵らしいな。時を操る敵は、必ず排
除せねばならん・・・。」
 ミシェーダは、僕を警戒する。やはり、自分と同じ能力を有すると言うのは、看
過出来ないのだろう。
「僕にとっても、お前は絶対に生かしておけない!僕は、何度も何度も見てきた!
お前が、仲間を殺すのを何度もだ!!」
 ミシェーダへの恨みは、奴の物とは、比べ物にならない。絶対に許せない。
「フン・・・。抜かすわ・・・。時を越える能力を持っている事で、対等になれた
とでも思っているのか?甘い奴め。『ルール』で操れる私と同等だと思うなよ?」
 ミシェーダは、容赦なく『時空』のルールを開放する。
「他の奴相手なら、様子見をして、タイミング良く『時空』のルールを使う所だ。
だが貴様は、私の能力を完全に把握し、自らも時を操れる。・・・そんな奴に、手
加減など無用。確実に仕留める・・・。」
 ミシェーダは、余裕のある態度を取るのを止めた。そして『神気』を開放し始め
る。かなりの量だ。さすが、前の神のリーダーだけある。
「うおおおおお!!」
 ミシェーダは、『神気』を帯びた拳で、殴り掛かってきた。顔面、鳩尾、テンプ
ルを狙ってくる。だが僕は、全てを見切り、最後の拳を弾くと同時に膝蹴りを脇腹
にぶち込む。
「ぬぅぐあああ!!貴様、先読み能力でもあると言うのか?」
 ミシェーダは、先読みされてるかのような僕の動きに戸惑う。
「お前は、パーズ拳法を知らないようだな。パーズ拳法、特に八極拳は、防御と同
時に攻め、攻めと同時に守る。この芸当は、当たり前の動きだ。」
 僕は、普段と同じ動きだ。ミシェーダにとっては、初めての動きだったのかもな。
「これが、1500年の技だ・・・。進化し続けてるんだ!人間の技は!!」
 僕は、力で圧倒してくるミシェーダに、技を叩き込みたかった。神にだって、通
用するんだ!パーズ拳法は!
「貴様、パーズ拳法の使い手だったか・・・。それにジュダの力が加わってるとは、
手に負えぬな・・・。さて、どうするか・・・。」
 ミシェーダは、考え込む。思ったより冷静なようだ。
「・・・よし・・・。」
 ミシェーダは、小細工をするのを止めたのか、両手にこれ以上無い程、でかい神
気弾を作る。成程。力技勝負と言う事か。
「これが、このミシェーダの真の実力だ・・・。食らえ!!」
 確かに物凄い神気弾だ。これは、本気の迎撃態勢をしなければ・・・。神気弾は
更に大きくなっていく。そして、ミシェーダの姿が、天秤を持った狼の姿になって
いく。これは、本気モードの『神化』した姿の筈だ。6枚の翼まで携えている。
(これは、やばいな!俺達も、本気モードになるぞ!!)
 分かりました。・・・意識を集中させて・・・。
 僕は、自分の体が、ドンドン変わっていくのを感じる。竜の翼が生えて、角も生
えてくる。腕も鱗に覆われている。
「フッ・・・。本気で来るか・・・。だが、これこそ、この運命神の本気の一撃。
例え貴様とて、防ぎ切れる物では無い!!」
 ミシェーダは、神気弾をこちらに放ってきた。この大きさでは、避けられる物で
は無い。防ぐしかない!!
 ドンッ!!
 僕は、両手に『神気』を携えて、物凄い圧力に耐える。きつい!けど、耐えられ
ない程じゃない。この勢いなら、何とか止められる!
「グギギギギギ!!!」
 僕は、歯を食いしばって止める。恐ろしい圧力だ。しかし、こんな物を放ったら、
ミシェーダだって只じゃ済まない筈だ。捨て身の攻撃とは、良く言った物だ。
「・・・このミシェーダの最大出力を受け止めるとは、大した物よ。」
 ミシェーダは、そう言うと、『時空』のルールを使う。し、しまった!!
 僕が危惧した通りに、ミシェーダは一瞬で回復してしまう。正確には、時を戻し
たのだ。元気な状態に、時を戻したのだ。
「フハハハハ!!容赦はせぬぞ・・・。食らえ!!」
 ミシェーダは、再び『神化』すると、僕に神気弾を投げ付けてきた。
 一つでも、支えきれないくらい大きいのに、冗談じゃない!!
 グググググ!!
 僕は、踏ん張って支えるが、抑え切れなくなってくる。
 ドォーーーーーン!!!
 物凄い爆発と共に、僕は吹き飛ばされた。咄嗟に『神気』でガードしたが、それ
すらも凌駕するダメージだった。
「・・・ックク・・・。フハハハハハ!!!」
 ミシェーダは、再び『時空』のルールで回復すると、勝ち誇ったように馬鹿笑い
をする。さすがに反則技と言われるだけの事はある。
「・・・ぐ・・・あぐぅ・・・。」
 体中の骨が砕けたかと思うくらいの衝撃だった。
「フフフ。卑怯だと思うか?だが、ゼーダの時もそうだが、油断する方が悪いのだ。
グロバスもゼーダも甘いのだよ。そして、ジュダと貴様もな!使える力は、全てを
使って貴様を潰す。それが、真の闘いだ!」
 ミシェーダは、反則技を使う事に何の抵抗も感じてないようだ。
「そうだね・・・。お前は、全てを使ってでも勝利を目指す・・・。当然だよね。
・・・僕とお前がしているのは・・・手合わせなんかじゃない・・・。命のやり取
り何だからね!!」
 僕はそう言うと、立ち上がる。やられた箇所は綺麗に治っていた。
「んな!?馬鹿な・・・。あの怪我をどうやって・・・って貴様!!」
 ミシェーダは気が付いたようだ。簡単な事だ。やられた事をやり返したのだ。僕
も『付帯』のルールで、琥珀を使って、自分の体の状態の時を戻したのだ。これは、
確かに恐ろしく使い勝手が良い。
「おのれ・・・。時を操る物同士だと、何とやり辛い!!」
 ミシェーダは、冷や汗を掻く。ミシェーダは、『時空』のルールに頼って闘って
いる。だから、同じ能力を持つ者と、闘った事が無い故に、どう闘って良いのか、
分かっていないようだ。
 それにしても、ミシェーダは『時空』のルールをどうやって乱発しているのだろ
うか?あれは、何回でも使えると分かって、使っているような節がある。
(俊男。この空間をチェックするんだ・・・。)
 ジュダさん?そうか。よく考えれば、この空間は、奴が用意した物だ・・・。
 僕は集中して、この空間のおかしい所が無いかを見る。
 見た目は、道場と同じ空間だが、果たして、違う所があるだろうか?
 そう言えば、この道場に、あんな壷があっただろうか?それに、よく見ると、微
かに光っている。そんなオブジェ、無かった気がする。
「フン。まぁ良い。手強いが、私に負けは無い・・・。」
 ミシェーダは、油断し切っている。『時空』のルールが何回も使えると言う事で、
油断しているのだろう。
「その余裕、いつまでも続くと思わないで下さい。」
 僕は、あらゆる方向に闘気弾を放つ。すると、道場内で反射してミシェーダに襲
い掛かるように調整する。ミシェーダは、余裕綽々で、闘気弾を防御する。
「その程度で私を倒せると思うなよ?」
 ミシェーダは、闘気弾を防ぎ切ると、僕を思いっ切り蹴り付ける。僕はガードし
たが、それでも尚2メートル程、後退させられた。
「やはり、私の勝ちは動かぬ!フハハ・・・ハッ!?」
 ミシェーダは、周りを見渡す。何かを探していた。
「・・・ハァァァ・・・。」
 僕は、後退させられた時に、偶然拾った物を手に握る。
「フン!!!」
 その手に握った物を、跡形も無く握り潰した。
「あ・・・き、貴様!!まさか!!」
 ミシェーダは、呆然としていた。この反応、間違いない。
「・・・いつ、『時の涙』に気が付いた!」
 ミシェーダの余裕の態度が無くなる。成程。『時の涙』と言う名前なのか。
「これが、お前の『時空』のルールの時の力の供給源だな?」
 僕は、間違い無いと確信する。やはり、何らかの媒体を持っていたのだ。
「ぐっ!その『時の涙』は、ゼロマインドが生成した・・・。私が1000年前に持っ
ていた物よりも、遥かに凌ぐ物だったと言うのに!!」
 ゼロマインドは、『無』の力で、消え去った物を生成出来る力があると聞く。な
ので、ミシェーダが持っていた『時の涙』の生成にも成功したのだろう。しかも、
原理を理解して、パワーアップさせたに違いない。
(奴が短期間で、時の力を乱発出来た理由は、これか・・・。)
 そうでしょうね。この空間に隠しておいて、何回でも使ったんでしょう。
「これで、後が無くなったな!!」
 僕は、追い詰める。ミシェーダは、舌打ちした。
「舐めるなよ!!『時の涙』が無くても、『時空』を使えぬ訳では無い!」
 ミシェーダは、少し時を戻すくらいなら、何回かは自分だけでも使えるのだろう。
 恐らく、恵さんや士さんの証言を見る限り、後5回程だろう。恵さんや士さんな
ら、僕が今、看破した仕組みも、即効で気が付いたに違いない。その上で、5回使
わせたと言う証言も得ている。あの時のミシェーダが、ボロボロだった事も考えて、
もう使えない状態だったと考えて、良いだろう。
「後5回程なんじゃないか?」
 僕は、ズバリ言い当てる。
「貴様、何故それを・・・そうか!時を越える前に、聞いたのか!!厄介な・・・。」
 ミシェーダは、さすがに『時空』のルールが使える分、僕が考えている事に気が
付くのが早かった。
(後は、ミシェーダがいつも使っていた、『転移装置』を探すんだ。そうすれば、
奴の止めをさせる確率も上がる筈だ。)
 そうだ。ミシェーダは、必ず『転移装置』を使って逃げていた。
 ・・・そう言えばミシェーダは、初期位置から余り動いていない。
(動いているが、構えに戻る時、必ず所定の位置に戻る感じだな。)
 そうですね。まさか、あの場所に何か?
(確かめてみるか。やれ・・・俊男。)
 はい。今度は、僕の『ルール』の出番ですね。
「先を知った所で、勝てる物では無い!!」
 ミシェーダは、激しい攻撃を加えてくる。さすがに前のリーダーは伊達じゃない。
本気の攻撃は、まるで嵐のようだ。
「う・・・ぐぐ!!」
 僕は、防ぎつつも攻撃に移行するが、ミシェーダもその動きに慣れてきたのか、
対応出来るようになっていた。さすがだ。
「技の力、中々面白かったが、それだけで私を殺す事は出来ぬ!!」
 ミシェーダは、回し蹴りから、胴回転裏拳、そこから喧嘩キックを見舞ってくる。
技の組み立てが悪くない。コイツ、結構闘い慣れている。
「負けない!」
 僕は、相手の拳に合わせて、防御しつつ肘打ちで対抗する。しかし、ミシェーダ
は、それに腕を絡めて、投げてきた。
「グッハ!!」
 強烈な投げを食らう。コイツ、体術でも相当な物を持っている。
(1000年前とは、比べ物にならない程強くなってるぜ。)
 そう言えば、1000年前のミシェーダは、ジュダさんに敗れたんでしたっけ。
(そうだ。その時は、『時空』のルールに頼り切っていて、力も技も、俺の方が、
上だった・・・。だが、コイツも修行をしたようだな。)
 きっと、ジュダさんにやられたのを切っ掛けに、強くなったんでしょうね。
 ミシェーダも、ただ転生したのでは無く、強くなる為の何かをしていたのだろう。
ミシェーダは、僕の両腕を踏み付けて、身動き出来なくする。
「良くやったよ。貴様は・・・。さぁ死ね!!」
 ミシェーダは、チャクラムを構えると、僕のお腹を狙ってきた。
「『跳壁』のルール!!」
 僕は、『跳壁』のルールを解いた。前に恵さんに試した方法だ。分からない様に
ミシェーダと僕の足元を、5メートルほど浮かせておいたのだ。それを解いたので、
足元が突然無くなる。そして、僕は『跳壁』のルールを駆使して、ミシェーダに迫
った。掌に神気と闘気を宿す。
 そして、一気に捻りと共にミシェーダの鳩尾に開放した。
「うおああ!!」
 ミシェーダは、悶絶する。捻りを加えた事で、相手を突き抜けるようにダメージ
を与える。それと同時に、溜めた神気と闘気を打ち出す!
「パーズ拳法の極意!『発頸』!!」
 そうだ。これこそ、『発頸』だった。ミシェーダは、腹を押さえながら、立ち上
がる。そこで僕は、追撃を掛ける。いや、正確には、追撃を掛ける様に見せかけた。
そして、足に思い切り力を入れると、勢い良く振り下ろす。
 ドォン!!!
 音が鳴ると共に、床が抉れる。そう。この空間は、ミシェーダが作り出した空間
なのに、ここだけ普通の床だと言うのが、既におかしいのだ。
「んな!!き、貴様!気が付いていたのか!?」
 ミシェーダは、上手くカモフラージュしていたが、僕は気が付いていた。
 そう。ここの床は、魔方陣になっていた。床の下に五芒星が描かれていたのだ。
それを僕は、壊してやった。
「これぞパーズ拳法の極意・・・『震脚(しんきゃく)』!!」
 僕は、技名を叫ぶ。『震脚』は、床に攻撃して、相手の足止めをする為の技だが、
ここでは、地面の下にある何かを壊す為に使わせてもらった。しかし、五芒星が隠
されていたとはね。
「くっ!!『転移』の方陣が発動しないとは・・・。おのれ!!」
 ミシェーダは、僕を恨めしそうな目で睨む。やはり、『転送装置』に中る物を用
意していたか。これで、逃げを封じる事が出来そうだな。
 これまでの時を超える行動が今、役立っているんだ。無駄にはしない!
「本当に、時を越えた奴と闘っている実感がある・・・。貴様とは、本当に闘い難
い!私にとっての一番の危険人物と認識してやる・・・。」
 ミシェーダは、僕の事を一番の敵として、認識したようだ。
「光栄だね。僕もお前の事は、一番の敵だと思っている。・・・決して、許しはし
ない・・・。」
 僕も、ミシェーダの事は、憎んでも憎みきれない程、敵だと思っている。
「仕方が無い・・・。島山 俊男・・・。貴様は、私の触れてはならない領域に入
ってきた・・・。貴様には、飛んでもらう・・・。」
 ミシェーダは、右腕を高く上げると、そこから、異様な力が流れ込む。
「何だこれは?」
 僕は異様な雰囲気を感じ取る。
(クッ!このプレッシャー・・・。まさか、アイツ!!)
 ジュダさん、知っているんですか?
(俊男!琥珀の用意だ!俺達も全力を出さないと、飛ばされるぞ!!)
 飛ばされる?あの過去に飛ばす技か!
(違う!もっとやばい奴だ!・・・打ち砕くぞ!!奴の技を!)
 もっとやばい技・・・。ま、まさか!伝記に書いてあった、あの技!?
 そうだ。伝記でチラッとだけ書かれていた事があった。確か、魂を転生させる奥
義、『輪廻転生(リーインカーネーション)』だ。
 かつての天上神ゼーダを今の時代に魂を送った技。そして、神魔王グロバスをも
今の時代に魂を送った技。運命神の最大最強の奥義にして、『普通』の奴なら、抗
いようの無い技だ。
「なんてプレッシャーだ!!」
 僕は、ミシェーダの右腕の力に引き込まれそうになる。
「だが、これなら!!」
 僕は、琥珀を取り出して、ジュダさんの力も限界まで引き出す。
「この『時空』のルール、最強の奥義を、貴様如きが破れる筈が無い!!」
 ミシェーダは、この技に、余程の自信を持っているようだ。
「見ろ・・・。この腕の中にある、この世の始まりと終わりの姿を・・・。ビッグ
バンとビッグクランチを操り、時空を歪めるのが、我が奥義だ!」
 ミシェーダは、自らの腕の中で、次々と星が衝突する姿を見せる。と言う事は、
奴の『時空』のルールは、小宇宙を作り出す事が出来る力だったのか!
(そうだ。俺の琥珀時力も、古い記憶から宇宙の始まりを見つけ、ブラックホール
を作り出す。そして、そこに俺達の魂だけを送る奥義だからな。)
 成程。つまり、時の闘いと言うのは、どっちが強いブラックホールを作り出せる
かと言う闘いなのか!!
(魂を引き伸ばして、過去のポイントを見つけ出し、ブラックホールを通過し、ホ
ワイトホールへ達する。それを繰り返し、過去へと遡るのが琥珀時力の力だ。)
 過去のポイントを見つけ出して、正確にそこに達するのに、僕の力が必要だった
んですね。僕の力も必要だと言うのは、そう言う事だったんですね。
(そうだ。俺は琥珀の力で過去のポイントを見つけ出し、ブラックホールを作る事
は出来る。しかし、正確にそこに飛ぶ事は出来ん・・・。お前と『同化』して、お
前の『跳壁』のルールで、不安定な磁場を安定する事で、初めて過去に飛ぶ事が出
来たんだ。それが、お前を選んだ理由だ。)
 成程・・・。そんな使い方があったんですね。僕は、無意識の内にジュダさんに
『跳壁』のルールを使わせていたんですね。それで飛ぶ事が出来たのか。
(だが、ミシェーダの『時空』のルールは、ブラックホールを生成した後に自分を
時の力から守る障壁を、作る事が出来る。その障壁を他人に対しても被せる事が出
来るんだ。その障壁の力は、絶対だからな。奴の場合、ブラックホールとホワイト
ホールの狭間にある、時間が恐ろしい速度で回る場所に、放り込む事が出来る。)
 時間が恐ろしい速度で回る場所・・・。そこに放り込む事で、転生させると言う
のですか?・・・凄い能力だ。
(そうだ。凄い能力だ。だから、あんな悪用しては、いけないんだ。本来はな。)
 だがミシェーダは、私利私欲の為に使い始めたんですね。
(そうだ。それが1000年前の過ちだ。アイツは、それを繰り返そうとしている。)
 反省どころか、開き直ってますからね・・・。
(さて、狭間に放り込まれるなんて、冗談じゃないからな。破るぞ!あの奥義!そ
うすれば、奴の『時空』のルールは、限界を迎えるだろう。乱発した反動が、必ず
来る筈だ。しかも奴は、今回こそ、時の力を回復する手段が無い。チャンスだ!)
 そうですね・・・。これさえ防げば・・・ですね!
「うおおおおお!!!」
 僕は琥珀を握り締めると、ジュダさんの力と呼応して、限界まで引き出すつもり
でいた。すると、この琥珀もそれに応えてか、より一層輝き始める。
「フン・・・。私の力に対抗しようとは、愚かよな。この『時空』のルールの最大
の必殺技を受けて、飛ばなかった者など居ない!あのゼーダですらな!!」
 ミシェーダは、完璧に飛ばせる自信があるのだろう。僕は、ひたすら琥珀に力を
溜めるしか無い。下手に抗っても、ミシェーダは今の状態なら、時を自在に操って
避ける事が出来る・・・ですよね?
(そうだ。あんな全開の状態に、下手に逆らおうとするな。俺達は、『輪廻転生』
に対抗する事だけを考えるんだ。)
 分かりました・・・。僕は、未来に飛ぶ訳には行きません。行ったら、この時代
に対する責任の放棄になります。ここで・・・勝つ!!
(良く言った。俺も付き合うから、ぶっ飛ばしてやろうぜ!)
 僕は負けない。そして、未来を勝ち取ってみせる。
「無駄な力溜めをする物では無い。そのまま、飛んで行くが良い!!」
 ミシェーダは、とうとう用意が出来たのか、手に溜めた小宇宙を、こちらに向け
る。吸い込まれる!
「食らうと良い!!『輪廻転生』!!」
 ミシェーダは、『輪廻転生』を放った。今だ!
「大いなる悠久の時を越えし琥珀石よ・・・。時の始まりと終わりを、ここに体現
せよ!・・・『琥珀時力』!!」
 僕は、ジュダさんの詠唱を真似て、『琥珀時力』を打ち放った。
 小宇宙の力と、琥珀の持つブラックホールの力がぶつかり合う。しかし、向こう
は、ブラックホールを含む小宇宙の力なので、こっちが明らかに押されていた。
(俊男!エメラルドを出せ!!力を解放するぞ!!)
 ジュダさんは、幾つか貰った宝石の中で、エメラルドを出すように指示する。僕
は、言われた通りに、エメラルドを取り出した。
(良いか?心を落ち着かせろ。タイミングが命だ。琥珀の力を左手で上手くコント
ロールして、右手でエメラルドを握れ・・・。)
 分かりました。こうですね?左手で琥珀の力を・・・って、物凄い引力!引っ張
られそうだ。引っ張られたら終わりだ・・・。何とかしないと!
(ある程度引っ張られるのは良い!右手に集中しろ!)
 分かりましたぁ!!我慢だ!!・・・いや、待てよ・・・。やりようは、ある!
「ええええい!!」
 僕は、目の前に『跳壁』のルールで壁を作る。そして、引っ張られるのを足の力
で踏ん張りながら右手に集中する。それでも引っ張られるが、さっきより全然マシ
だった。これなら行ける!!
 僕は、エメラルドに『神気』を込めようとした。
(待て。込めるのは、『神気』では無い。『無』だ!)
 『無』ですって?僕、使った事無いですよ?それに大丈夫なんですか?
(俺が今から出す力を、感覚で覚えろ!俺も最大限出力する!それと、エメラルド
に、ただ『無』を込めるんじゃない。真ん中に封じ込めるように入れるんだ。)
 む、難しいです・・・。けど、やらないと駄目なんですね。
(急で済まないが、堪えてくれ!勝負処なんだ!)
 やります・・・。未来の為に!!
 僕は、左手の力を制御しつつ、右手に湧き上がる不思議な力をエメラルドの奥の
封じ込めるように注入する。焦らずゆっくりだ・・・。
「無駄な抵抗をしているな!しつこい男だ!」
 ミシェーダは、顔を顰める。そうか。ミシェーダだって、この力を出し続けるの
は辛いんだ。僕が負ける訳には、いかないな!
「出来た・・・。」
 僕は、右手の力を安定させた。
(良くやった・・・。今から言う言葉を、詠唱とするんだ。)
 分かりました。お願いします!
(・・・全ての起源の『無』の力よ・・・。)
「・・・全ての起源の『無』の力よ・・・。」
(我が正と負の力を吸い、力と為せ!エメラルドよ!!)
「我が正と具の力を吸い、力と為せ!エメラルドよ!!」
 僕とジュダさんの詠唱の力で、エメラルドの光が、不気味に確実に増えていく!
(『緑光消力』(エメラルドイレイザー)だ!)
「これぞ、僕とジュダさんの想いだ!!食らえ!『緑光消力』!!」
 僕は、そう言い放つと、右手の力を左手の力に添えて打ち放った!
「『緑光消力』!?聞いた事無いぞ!まさか、新技!?」
 ミシェーダは、僕の言った技が、聞いた事が無かったので、慌てていた。
 そうしてる間に、『緑光消力』の力が、ミシェーダの小宇宙を『無』に還してい
く。これは凄い!エメラルドに封じ込められた力が拡散する度に、『無』の力が広
がっていく。
「馬鹿な!!『時空』の力が消えていくだと!?この『無』の力は、小宇宙の質量
を超えているとでも言うのか!?馬鹿な!!」
 ミシェーダは、信じられないのだろう。僕も信じられないくらいの力だ。ジュダ
さんは、凄いね。さすがですよ。
(馬鹿言うな。俺だけの力じゃない。お前の力もあっての強さだ。自信を持てよ。)
 そうですか。僕の力も・・・。しかし、まだ油断はしません。
(当然だ。ミシェーダは、まだ『時空』のルールを解いていない。)
 押しつつあるが、まだ、完全に勝った訳では無い。
 僕は、攻撃の手を緩めるつもりは無い。コイツを生かしておけば、悲劇が起こる。
それだけは、避けなくてはならない。ここで、絶対に倒す!!
「嘘だ!何故押されるのだ!!『輪廻転生』は、不敗の技の筈!」
 ミシェーダは『輪廻転生』に絶対の自信を持っていたのだろう。
「この私の全力の『輪廻転生』が、負ける!?有り得ぬ!!」
 ミシェーダは、気力を振り絞って、更に力を入れようとする。
 ボッ!!!
 凄い音がした。それは、エメラルドがミシェーダの腹を貫いた音だった。
「あ・・・が・・・!!」
 ミシェーダは、腹を押さえる。しかし、その部分は、消し飛んでいた。
 そして、それでも抵抗しようとするミシェーダに、僕は覚えたての『無』の力を
拳に宿して、突っ込んでいく。そして、ミシェーダが拳を振り下ろした所を見切っ
て裏側に回りこみ、背中を使ってミシェーダを吹き飛ばす。
「グハァ!!」
 ミシェーダは、腹を押さえたまま5メートル程吹き飛ぶ。だが僕は、追撃の手を
止めない。完全に息の根を止めるんだ!
「舐めるなぁ!!」
 ミシェーダは、回し蹴りを放つ。僕は、その蹴りを正確に捌いて受け流すと、同
時に『無』を帯びた拳を回転させ、それをミシェーダに叩き込んだ。
 すると、ミシェーダは、体がビクンと反応したまま、動かなくなった。
「・・・ハァ・・・ハァ・・・。『鉄山靠』からの『発頸』・・・上手くいった。」
 流れるように組み合わせるのは初めてだったが、何とか出来た。
(ミシェーダの野郎・・・。強かったぜ・・・。)
 そうですね。さすがですよ。何度も何度も、仲間を殺しただけある。
 気が付くと、周りの『結界』が、解けて行く。
「ふぅ・・・。」
 僕は、腰を下ろす。ミシェーダは、ピクリとも動かない。しかも貫かれた腹から
どんどん消えていった。『無』にやられた者の最期は、ああなるのだ。
 さすがに疲れた・・・。何もかもが空っぽの状態だ。
 天神家の方を向くと、いつか見た光・・・。いや、いつも見てきた光が放たれて
いた。これは、万年病を追い払った合図だ。良かった・・・。
 そして、天神家の正門の前にも、ケイオスが来た形跡が無い。今度こそ、僕は、
守りきれたんだ・・・。長かったなぁ。
「ゆ・・・ゆる・・・さ・・・ん・・・。」
 !!この声は、ミシェーダ!まだ生きていたのか!!
 僕は、疲れた体に鞭を打って、ミシェーダの方を向く。
「この・・・まま・・・消え・・・て、朽ち・・・て・・・たま・・・るか。」
 ミシェーダは、本当に最後の力なのだろう。既に消えている左手では無く、右手
に全ての力を集める。全ての生命力を、力に変えるつもりだ!
 それをチャクラムに移すと、チャクラムは、不気味に光り始めた。
「クク・・・ク。この家・・・ごと・・・消え・・・ろ!・・・ぬあああ!!」
 ミシェーダは、そう言うと、最期はチャクラムを残して消え去った。
(・・・このチャクラム。・・・あの野郎、とんでもない置き土産を・・・。)
 ・・・僕は、覚悟は出来てます。止めましょう。・・・放って置いても力が拡散
して、爆発するように仕掛けてあるんですよね?
(ああ・・・。こうなったら仕方が無い。皆が来てから、仕掛けを解くんだ。)
 駄目です。それでは、巻き込まれる人も出てきます・・・。これは、生半可じゃ
ない力を感じる。皆がまだ来てない今、ここで何とかします。
(まずは、『結界』を張れ。その中に封じ込めた上で、外に出てくる圧力を止める
ぞ。恐らく『結界』だけじゃ、防ぎ切れん。)
 でしょうね。この圧力は、奴の全てが詰まっています。恨みも、傲慢さも、執念
も・・・。それを、止めなきゃ駄目です。
(俺も力は、限界に近い。気張れよ。俊男。)
 はい。今こそ、『因果』を吹き飛ばします。この悲しい『因果』の輪から!
 僕は、更に暴れるチャクラムを『跳壁』のルールで封じ込める。
 グググググ・・・。
 チャクラムは、更に膨張しようとする。何て執念だ・・・。だが、執念なら、僕
だって負けない!何回繰り返したと思っているんだ!あんな想いは、たくさんだ!
「・・・俊男さん!!」
 この声は、恵さんだ。真っ先に僕の所に駆けつけてくれたのか。
 このままでは、恵さんも巻き込んでしまう。それだけは、避けなくては!
「うおおあああああ!!」
 僕は、全力で封じ込めた!すると、段々チャクラムの圧力が弱まっていく。
 ボゥン!
 チャクラムは、僕の腹の所で、爆発を起こした。しかし、道場や、天神家にまで
は、行っていない。良かった・・・。やっと、『因果』を越えた・・・。
「俊男さん!!ちょっと!!」
 恵さんは、僕が腹を押さえて倒れたのを見て、駆け寄ってきた。
 ああ・・・こう言う事だったのか・・・。今分かった。
 『因果』を越えるってのは、こう言う事だったのか・・・。さっきから、ジュダ
さんの声が聞こえない。それはそうだ。『因果』を越えたからだ。前にジュダさん
が、おかしい・・・有り得ないと言っていた訳が分かった。
 ジュダさんは、こうなる事を知っていたんだ。『因果』から外れた僕とジュダさ
んは、『因果』を乗り越えた瞬間に、消えて無くなる事を・・・。世界が『因果』
を否定した瞬間、ジュダさんは、この時空のジュダさん以外の存在を許さなくなる。
だから、ジュダさんが、まだ僕に宿っていた時は、『因果』を超えて無かったと言
う事になる。しかし、声が聞こえないし、存在も確認出来ない。この現実が、僕に
充実感を与えていた。それは即ち、『因果』を乗り越えた証だからだ。
 だから、僕も消え去るのか・・・。やはり、ミシェーダを殺しただけでは、駄目
だったか。でも、やっとこの『因果』を終わらせる事が出来る。
 そう言えば、ジュダさんが謝っていたっけな。それは、この結末を知っていたか
らだ。ジュダさんと一緒に、僕も消え去ると言う結末を・・・。
「・・・と言う事だったんだよ・・・。」
 僕は、今の仮説を、恵さんに話す。恵さんは、唇を震わせている。
「駄目・・・。駄目よ!そんなの!私は、認めない!!」
 恵さんは、涙を溜めていた。気持ちは分かる。僕がそうだった。
「ありがとう・・・。僕をそこまで想ってくれて・・・。」
 僕は、恵さんの気持ちが嬉しかった。
「はぁ・・・はぁ・・・。死ぬのは、怖い・・・。でも・・・。恵さんの手が、こ
んなに・・・近くに・・・ある・・・。」
 僕は、段々意識朦朧としてきた。そうか。何かが閉じられていく。これが、死ぬ
と言う事か。・・・怖いなぁ・・・。でも、恵さんの手を握っていると、それも和
らいでいく。
「私を、置いて行かないでよ!!」
 恵さんは、いつもは、あんなに気丈なのに、僕の前では、感情を剥き出しにして
いる。それが、嬉しかった・・・。
「恵さん・・・。君と、出会えて・・・良かった・・・。」
 僕は、こんな言葉しか、返す事が出来ない。
「何を過去形になってるのよ!これからも一緒でしょ!!」
 恵さんは、僕を抱き締めて離さなかった。僕が、離れてしまわないようにだろう。
「ああ・・・。後悔は・・・無いなんて・・・言え・・・ないや。・・・恵さんと、
・・・会えない・・・のは、寂し・・・い。」
 僕は、死んで恵さんと会えなくなるのが怖い。本当にそれだけだった。
「私もよ!!俊男さんが居ない生活なんて、嫌なの!!」
 恵さんの涙で、僕の顔が濡れる。泣かせちゃったなぁ・・・。
「・・・ああ・・・。こんなに・・・近く・・・て、遠・・・い。」
 僕は、もう目が見えなくなってきた。
「俊男さん!!」
 恵さんが、僕の唇に、キスをしてきた。この感覚も、最後かな・・・。
「ま・・・た・・・修・・・練、し・・・よう・・・ね。」
 僕は、そこで意識が沈んだ。
「俊男さん!!!俊男さーーーーーん!!!」
 恵さんの叫びが聞こえた気がした・・・。



ソクトア黒の章5巻の6前半へ

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