NOVEL Darkness 5-7(First)

ソクトア黒の章5巻の7(前半)


 7、変革
 真の王道を突き進む為には、揺ぎ無き道を示さねばならない。そして、それに相
応しい考え方こそが、『覇道』であり、余が信望する道だ。
 その前に立ちはだかるは、1000年前と同じ、人間達である。そして1000年前には
同士だった『神魔王』まで、人間に肩入れをしている。何か気に入る力でも見せら
れたのであろうな。そして、人間と歩む道を選んだ。
 恨む気は毛頭無い。寧ろ、対戦が楽しみである。最強の『神魔王』にして、伝記
の魔族の憧れの対象。それと闘えるとは、滅多に無い機会だ。しかもかなりの強さ
を持った人間と『同化』している。余の最大の敵だと言っても良い存在だ。
 余は、対戦を楽しみたいが、『ダークネス』の人間達だけでは、駒が足りぬ。本
気でぶつかるには、駒が揃って無いと、意味が無い。
 強力な駒を得たが、まだ一つだ。これでは足りぬ。やはり、呼ばなければならぬ
ようだな。余の最大の理解者達を。『覇道』の賛同者にして、余の家族でもある。
 余は、『ダークネス』の巨大魔方陣が描かれている部屋に足を踏み入れる。確か
スラムの第2支部とか呼んでいたな。かなり出来が良かったので、『転移』の扉の
マーキングをしておいた。これで、いつでもこの部屋に行く事が出来る。そして、
いざと言う時に、キャピタルにある本部に戻る事も出来る。中々便利だ。
 巨大魔方陣の前に立つ。余は、このソクトアに、再び『覇道』を提唱しなければ
ならぬ。『神魔王』が、提唱しないのならば、余が成し遂げるのだ。
 余は、『ダークネス』の面々に集めさせた『闇の骨』を魔方陣に置く。『闇の骨』
は、相性と言う物がある。強力な魔族を呼び出す為には、かなり大きい『闇の骨』
が必要となる。しかも、呼び出し易い波長と言う物があり、それに呼ばれて、地上
への門が開くのだ。つまり、呼び出し易い波長だと、目の前に穴が出来る。この前
の余は、それに感づいて、穴を通り、ソクトアへと繰り出したのだ。
 その時に、近くに余の妻が居れば、このような労力は必要無かったであろうが、
穴は一瞬しか開かなかったから、仕方が無い事であろうな。
 ならば、こうして余が呼び出す他あるまい。あちらも心待ちにしているであろう。
早く呼び出してやらぬと、拗ねられては敵わぬからな。本当は、伝記のクラーデス
のように、瘴気を辿るだけで召喚出来るようにすれば、早かっただろうが、余は、
そこまでの処理をしていなかった。
 余は、力を集中させると、『闇の骨』を巨大魔方陣の上に置く。そして、力を注
入していく。すると、『闇の骨』は不気味に光りだした。そして、力を集め易くな
るように六芒星の各点に『闇の骨』を配置する。
「来ると良い。余が一族よ。」
 余は、魔方陣を見つめる。すると暗黒色に染まっていく。瘴気の色だ。
 ハァァァァァァァァァ!!!
 気合の入った叫び声が聞こえた。しかも3つだ。狙い通りだった。
「う・・・。此処は?・・・おお!やはり、ケイオス様じゃ!」
 この声は、余が妻だな。1ヶ月振りくらいであるな。
「・・・おお!父!お久し振りです!やはり、あの穴は父の召喚要請でしたか!」
 ハイネスであるな。変わっておらぬな。
「父上だぁ!って事は、此処がソクトア?」
 メイジェスは、初めてのソクトアであったな。
「良くぞ来た。此処は、ソクトアの中央大陸である。今は生まれ変わって、セント
メガロポリスなどと名乗っておるがな。」
 余は説明してやる。そして、現在のソクトアのシステムを説明する。色々変わっ
ておるからな。伝記時代の知識しか、魔界には伝わっておらぬから、説明しないと、
混乱してしまうであろう。
「此方達の父の時代とは、まるで違うのであるな・・・。」
 エイハは、伝記時代の事を言う。そこからの知識から、変わっていない。余と同
じくらいの知識しかないので、慣れるまで大変かも知れぬな。
「父よ。私達は『覇道』の実現に尽力する為に呼ばれたのですね?」
 ハイネスは、余の考えを汲み取ろうとする。
「如何にも。だが焦ってはならぬ。余が目指すは、目先の勝利では無い。それは分
かっておろう?今は『覇道』実現の為の準備段階である。」
 余は、慌てて実現しようとは思っておらぬ。
「勝利を信じて疑わない。父上らしいね。」
 メイジェスは、余のそう言う所が好きなようだ。可愛い奴よ。
「さすがは此方が夫じゃ。・・・ところでケイオス様。近くに強い瘴気を感じるが、
誰であろうか?此方の知ってる瘴気では無いですじゃ。」
 エイハは、近くに居る瘴気を放つ者が気になっているようだ。
「焦るで無いわ。落ち着いたら紹介しようと思っていた所だ。余の賛同者よ。」
 余は、少し勿体付けた。余らしく無かったな。
「出番だ。入るが良い。」
 余は、近くに控えていた者を呼び出した。その者は、無造作に入ってくる。
「余り待たすな。仰々しくするのは、お前の悪い癖だ。」
 その者は、文句を言う。気難しい奴よ。
「ぬぬ・・・!貴様、父に向かって無礼な!!」
 ハイネスは、その者の口調が気に入らないのか、睨み付けた。
「ハイネス。気にするで無い。その者とは、対等に接する事で、契約しておる。そ
れに、余は、どう呼ばれようとも構わぬ。余が気にするのは、敵対するか否かだ。」
 余は、ハイネスを手で制する。余は、威光を示す為にソクトアに来たのでは無い。
『覇道』を目指す為だ。そこに威光など関係無い。
「中々慕われているようだな。ならば、此処は俺が謝っておこう。」
 その者は、頭を下げる。
「余は気にしておらぬ。だが、こ奴等にとって余は、貴公にとってのワイスのよう
な物だ。このような態度に出るのも、無理は無いと、思って戴こう。」
 余は、ワイスを例に出す。そう。この者は、砕魔(さいま) 健蔵(けんぞう)
だった。健蔵は余と闘い、余が勝利したが、かなり良い勝負だった為、余が止めを
刺す前に、勧誘してみたのだ。
「成程。確かにワイス様を愚弄されたら、俺も激怒する。これは悪い事をしたな。」
 健蔵は、理解してくれたようだ。言って分からぬ奴でも無いのだ。
「名乗っておこうか。俺は、砕魔 健蔵だ。ケイオスの『覇道』は、俺が目指した
物と同じ故、賛同する事になった。」
 健蔵は、改めて挨拶をする。余は、健蔵との戦闘と、会話を思い出す。
 そして、それを一族にも伝えるつもりであった。


 健蔵は、かつての上司であるグロバスの為に、グロバスの精神が乗り移った人間
黒小路 士を先に行かせる為に、余と戦闘になった。余は『ダークネス』の首領で
あった『創』に呼ばれて此処に来たので、それを助けると言う義理を果たす為、士
を助ける健蔵と戦闘になった。
 だが、お互いに、そんな背景など、どうでも良くなっていた。目の前に居る強者
と闘える事が、全てになった。互いに復活して間も無い状況で、全力を出せぬ身だ
ったが、お互いの力の底は、かなりの物と見切っていた。
「やりおるな。さすがは伝記の『神魔剣士』よな。」
 余と存分に闘える奴など、そうは居ない。既に魔界では皆無であった。
「貴様こそ、俺に此処までの力を出させるなど、恐ろしき奴よ。」
 健蔵も、余の力を認めていた。
「・・・だが貴公も、此処までだな!!」
 余は宣言する。確かに良い勝負をしてるし、気を抜くと、やられる可能性はある。
しかし、余の方が力が上だった。
「さっきの士との闘いを抜きにしても、確かに貴様の方が上のようだ・・・。」
 健蔵は、士との闘いで消耗していたが、それを含めても、余の方が力が上だと認
めた。実力者だからこそ、埋められない実力差に気が付いたのだ。
「それに気が付いただけでも、貴公は強い。中々楽しめたぞ。」
 僅かだが埋められない実力に気が付けるのは、強い者の証拠だ。
「残念だ・・・。だが、元よりこの命は貰い物だ。グロバス様のお役に立てただけ、
マシだな。・・・それに、貴様との闘い、楽しめたぞ。」
 健蔵は、観念する。何とも忠実な事だ。だが、余はその言葉に納得しなかった。
「貴公、それで良いと申すか?誰かの為に命を捧げて、由とするのか?」
 余は、気に入らなかった。忠実なのは良いが、そこに自分の意志が感じられぬの
では、余の理想とは、掛け離れている。
「忠実な僕に徹するのは、生き方としては楽であろうな。だが、そんな生き方、余
は許さぬ。・・・余に迫る力を持った者が、そのような最期を由とするな!」
 余は、力ある者が好きだ。だが、理想無き力を振りかざすのは、見るに堪えぬ。
「貴様、何を言っているのか、分かっているのか?敵が観念してるのに、息を吹き
返そうとさせるなど・・・。どうかしているぞ。」
 健蔵は、信じられないらしい。まぁ益には、ならぬかも知れぬな。
「余は、犬死にする者を見る趣味は無い。死ぬなら誇りを抱いて死ぬが良い。」
 余の根底には、その考えがある。誇りを持って、力を出し尽くして倒れるのなら
ば良いが、それも出来ぬまま、無念を抱いて死ぬのは、見るに堪えない。
「・・・き、貴様、まるで・・・。」
 健蔵は、そこまで言って、口を噤む。
「誰と比べてるか知らぬが、余は、誇りを持って生きる事こそが、『覇道』の真髄
と思っている。そして、その考えに間違いは無いと信じている。」
 余は、真の意味での『覇道』を貫く事を、心に決めていた。
「・・・その考えに、偽りは無いな?」
 健蔵は尋ねてくる。迷っているのか?
「くどい。余は、信念を貫く。誰にも文句は言わせぬ。」
 研鑽を積む事で、力が増す。力を持つ為には、信念を持たねばならぬ。そうして
出来た力こそが珠玉であり、それが無為に終わる世など、間違っている。
「力こそ正義と言う言葉に、その研鑽や信念を貫く事も含まれていると、余は考え
ている。『覇道』とは、その上で出来た言葉であろう?余は、そう思っているぞ。」
 余は、その解釈で間違いは無いと思っている。で無ければ、アレだけの魔族が、
付いて行く筈が無い。力を信望する魔族だからこそ、その高潔なる精神を、本質で
理解出来るのだ。
「お前、本気で『覇道』を目指すつもりなんだな?その理解力は、敬意に値する。」
 健蔵の見る目が変わった。さすが力を理解する魔族だ。
「健蔵。貴公は誰よりも、忠実で高潔なる精神を持っている。忠実さだけで終わる
のは、貴公の力を考えると不足である。」
 余は、健蔵を評価している。伝記を生きてきただけあって、魔界よりも濃い強さ
を持っている。後は、忠実さだけでは無い何かが欲しい所だった。
「健蔵よ。貴公を殺すのは、余にとって痛手でしかない。余と『覇道』の精神を貫
く手伝いをしてみぬか?」
 余は、健蔵を仲間に誘おうと思った。単純に力が惜しいと感じたからだ。
「俺に、グロバス様を裏切れと言っているのか?」
 健蔵は、グロバスの忠実な部下だったから、気にするのは仕方が無い事だ。だが、
そのような考えは、笑止でしかない。
「フハハハハ!何故そうなる。『覇道』は、神魔王が提唱した道。グロバスならば、
余に貴公が付いていったら、余の『覇道』を尋ねるくらいで終わるであろうよ。」
 あのグロバスならば、余が真実なる『覇道』を提唱していると気が付くだろう。
そこで健蔵が付いていって、裏切ったと感じるか?・・・感じる訳が無い。そのよ
うな狭き魔族では無い。器の大きさは、並大抵の物ではあるまい。
「何故分かる?お前は、グロバス様の考えが分かるとでも言うのか?」
 健蔵は、不思議なのだろう。
「分からぬ筈が無い。余も同じ考えだからだ。貴公が、ここで余と決別しても、余
は咎めたりせぬぞ。それだけ余の力に魅力が無かっただけの事だ。」
 余は器の大きさで、グロバスに負ける訳には、いかぬ。
「フッ。大きく出たな。グロバス様と並ぼうと言う訳か。・・・面白い!お前は、
見てて飽きぬ!確かに、このまま死ぬのは勿体無いな!」
 健蔵の眼が輝いていく。興味を持ってくれたようだな。
「良いだろう。お前と共闘しようではないか。俺が見極めてやるぞ。」
 健蔵は、余を見極めると言った。言うではないか。
「存分に見極めるが良い。余はケイオス=ローン。『覇道』の新たな提唱者にして、
力の体現者である!」
 余は、高らかに宣言する。部下にするのでは無く、共闘する。それが、余と健蔵
の関係だ。それを言うだけの力が、この男には宿っているからだ。


 余は、話し終えた。余の一族は、感心しながら聞いていた。
「では、父と共闘するが、いつ裏切っても良いと言う事か?」
 ハイネスは、健蔵を睨み付ける。
「坊主、聞いて無かったのか?それは裏切りとは言わんのだよ。」
 健蔵は、実に愉快とばかりに、笑って見せた。
「だ、誰が坊主か!私は、危惧しているだけだ!」
 ハイネスは、少し気が昂ぶっている様だな。
「ハイネス!・・・余を失望させるな。健蔵の言う通りではないか。余は、魅力あ
る方に付けと言ったのだ。それで向こうに付いたとして、余は恨み言を言うつもり
は無い。・・・こんな説明をさせるな。」
 余は頭を抱える。ハイネスは、余の為と思って言ったのだろうが、そのような器
の小さい事を言っているのでは、余の理想とは程遠い。
「ハイネス。ケイオス様の言う通りじゃ。健蔵殿は、共闘すると言うたのじゃ。そ
れを信じずにどうするのじゃ。今は、仲間として迎え入れ、もし、離れたら敵とし
て、迎え撃てば良いだけじゃ。」
 さすがは余が妻。これくらい度胸が据わっていると、見てて気持ちが良い。
「ほう。肝が据わっている。女にしておくには惜しいな。」
 健蔵は、エイハの事を気に入ったみたいだな。
「ホッホッホ。女である事は、ハンデでは無いぞ?その言い方は、古風であるのう。
此方は、此方だから、こう言う考えなのじゃ。それ以外の何者でも無いぞよ?」
 エイハは、上機嫌に語る。健蔵が、女である事を惜しいと言った事に対しての反
論か。確かにエイハは、そのような些事な事を気にする性格ではないな。
「それと此方に惚れても無駄ぞ?此方の心は、ケイオス様にしか向けられぬ故のう。」
 エイハは、いつに無く饒舌になる。余程、上機嫌みたいだな。
「ハッハッハ!気持ち良いまでの女傑だな。良かろう。お前の名を聞いておこう。」
 健蔵は、名前を尋ねてきた。
「此方はエイハと申す。覚えておくが良いぞ。」
 エイハは、名を名乗る。すると健蔵は、考え込む。
「お前、レイモスの娘か?」
 健蔵はレイモスを知っている。レイモスに子供が二人居た事も知っているようだ。
「此方の父をご存知かえ?」
 エイハは、キョトンとしていた。
「ほう。本当にレイモスの娘とは・・・。大きくなった物だな。」
 健蔵は、幼少の頃のエイハを見ているのかも知れぬな。
「幼少の頃の此方をご存知なのか。成程のう。時の流れを感じる物じゃな。」
 エイハは、妙に納得していた。
「お前の兄貴はどうした?」
 健蔵は、兄弟が居た事を覚えていた。
「兄?デイビッドであるか?あ奴は、此方に敗れて臣下になったぞ。その後は、ケ
イオス様が頂点に立たれたから、今ではケイオス様の臣下じゃのう?」
 エイハは、デイビッドの事を、もう余り良く覚えてないようだ。
「デイビッドは、余に挑戦し敗れた。その時に、余を暗殺しようとしたので、処分
した。面白い余興だったが、諦めの悪い男でな。つい殺してしまった。」
 余は、デイビッドの末路を語る。余に挑戦するのは構わぬ。反逆するのは、別に
『覇道』なら常であると思っている。しかし、闇に紛れての暗殺は、余は好まなか
ったので、勢い余って、殺してしまったのだ。
「ほう。兄は死んだのか?まぁ、あの器では、魔界では生きていけぬ。ケイオス様
に殺されたのなら、名誉ある死であろうのう。感謝するぞよ。」
 エイハは、さすがだった。兄の死を聞いても、眉一つ動かさない。
「クックック。お前達は、魂の髄まで夫婦よな。」
 健蔵は、高らかに笑う。確かに余に付いて行ける女は、エイハくらいだ。
「えーと。私、メイジェス=ローンだよ!オジサン!」
 余が娘が健蔵に挨拶する。
「随分馴れ馴れしい娘だな。俺が怖くないのか?」
 健蔵は拍子が抜けたようだ。
「え?だって父上と一緒に闘うんでしょ?なら、オジサン仲間だよね?」
 メイジェスは、指を口に当てて考えていた。
「いつ離れるか分からぬがな。」
 健蔵は皮肉を言う。しかし、それを許しているのは、余だ。
「離れたら、その時は敵でしょ?その時は、闘えば良いんだよね?父上。」
 メイジェスは、無邪気に聞いてくる。
「そうだ。こう言う物騒な共闘者も乙であろう?」
 余は、メイジェスの言う事を肯定する。
「父上らしいよねぇ。でも出来れば、闘いたく無いなぁ。」
 メイジェスは、素直な感想を言う。
「フッ。俺は強いからか?怖気づいたか?娘。」
 健蔵は、満足そうに笑う。
「いや、だって、オジサン格好良いジャン。個人的に闘いたく無いよねぇ。」
 メイジェスは、無邪気に健蔵を見つめていた。
「おい。・・・お前の娘は、どこかずれてるぞ。」
 健蔵は、頭を押さえる。メイジェスは、天然な所があるからな。
「ホッホッホ。健蔵殿を気に入ったと申すか?メイジェス。」
 エイハは、愉快そうにメイジェスに話し掛けていた。
「うん!こんなに強くて格好良いオジサンは、魔界じゃ居ないしー。」
 メイジェスは、素直に話す。何とも愛い奴だ。
「ま、褒め言葉として、受け取っておく。・・・ムズ痒いな。」
 健蔵は照れていた。余りこう言う事に慣れていないのかも知れぬな。
「メイジェス。こんな奴を気に入るなんて、どうかしてるぞ?」
 ハイネスが文句を言う。どうにもハイネスは、健蔵が嫌いなようだ。
「兄上煩い。文句があるんだったら、もっと強くならなきゃ。」
 メイジェスは厳しかった。この娘は、物怖じせぬな。
「酷い言い様だな。だが確かに私より強いからな。その内、追い越して見せるぞ。」
 ハイネスは、文句は言わない。健蔵の強さを肌で感じているからだろう。
「珍しく謙虚だな。・・・強さに対しては、真面目なんだな。」
 健蔵は、余を見る。余の教育方針を見定めているのか?
「私は、気に入らぬ相手でも、力を持つ者に対しての敬意は忘れない。貴方は強い。
ならば、文句を言う資格は、私には無い。研鑽を積むだけだ。」
 ハイネスは、強さに対して平等だ。それで良い。
「それで良い。実践するのだぞ?ハイネスよ。」
 余は、満足な笑みを浮かべる。
「必ずや期待に応えます。」
 ハイネスは、真面目なので、研鑽を忘れない。その心があれば、伸びるだろう。
 余の一族に健蔵。余の『覇道』の第一歩を飾るに相応しい面子であった。


 まさか、この時代に来てまで、あんな台詞が聞けるとは思わなかった。
 死ぬなら、誇りを抱いて死ぬが良い・・・か。
 あんな気高い事が言える魔族が存在するとはな。
 しかも、口だけでは無い・・・実力まで備わっている。
 久し振りに、付いて行っても良いと思える魔族が出来るとはな。
 士やグロバス様には悪いが、俺はケイオスに、心を動かされた。
 奴の『覇道』が、どんな物か、確かめたくなった。
 奴の一族とか言うのも会ったが、中々面白き奴等だった。
 奴の妻エイハは、レイモスの娘だ。魔神レイモスの娘と言うからには、いけ好か
ない性格かと思いきや、中々度胸の据わった女であった。レイモスの尊大さだけ受
け継いだようで、話してて安心する性格であった。
 奴の息子ハイネスは、からかい甲斐のある性格だったな。俺の若き頃に似ている
印象だった。向こう見ずで意地っ張り。そして、父親に忠誠を誓う性格など、俺の
若い頃を見ているようだ。俺もワイス様に忠誠を誓っていたしな。
 奴の娘メイジェスは・・・何と言うか、扱い難い娘だったな。まさか、俺の事を
褒めてくるとは思わなかった。強さに恐怖を覚えるのならともかく、俺の事を異性
として意識するなど・・・。信じられぬ感性の持ち主だな。
 とまぁ、個性的な奴等で、見てて飽きなかったな。だが、それを取り纏めるケイ
オスも、さすがであった。魔界が奴を中心に成り立っていると言うのは、分かる気
がした。昔のグロバス様のポジションにケイオスは居るのだろう。『神魔』を名乗
るだけの実力も、威厳もある。
 俺も油断せずに、実力をアップさせねばならん。この前の闘いですら、実力負け
し、隠している実力も奴の方が明らかに上であった。その差を埋める為には、奴が
力を取り戻す以上に、修練で追い越す他無い。
 幸い、『ダークネス』なる組織は、人間の中でも、優れたる暗殺者が多いと聞く。
俺やケイオスには及ばぬが、束になって掛かれば、それなりの修練になる。既にケ
イオスは、『ダークネス』の連中に『覇道』の心得を言い聞かせている。此処に居
る連中は、その考えに賛同な奴等ばかりだと言う。伝記で俺達と一緒に闘った奴等
と顔付きが似ているな。
 そんな中、訪問客が来たようだ。入り口が騒がしくなる。
 俺は、ケイオスが力を溜めている最中だったので、対応しに行く。
 『ダークネス』キャピタル本部は、地下通路の奥まった所にあると言うのに、訪
問してくると言うのは、紛れ込んだ訳では無いだろうしな。
「おお。健蔵様。怪しい奴が、訪問しに来ました!」
 門番が警戒している。相手は、人間の中年に見えるが?
「俺が対応する。下がっていろ。」
 俺は、訪問客を見据える。すると門番は、少し下がって様子を見守る。
「此処に何の用だ?ここは人斬り組織だし、依頼でもしに来たのか?」
 俺は、当たり障りの無い事を言う。まだ魔族の組織だと言うのは、悟られない方
が良い。余り目を付けられたくは無い。
「隠さんでも良い。お前は、砕魔 健蔵だな?」
 ・・・この男、俺を知っているらしいな。誰だ?
「チッ。もしやメトロタワーの関連者か?」
 俺は舌打ちする。メトロタワーの連中は、組織の内情を知ってても不思議では無
い。何せ、俺を復活させたのは、他でも無いメトロタワーのゼロマインドなのだか
らな。いきなり俺の事を知っているのは、その関連者と見て間違い無いだろう。
「確か、元老院だったか。その一味だな?」
 俺は記憶を辿る。元老院の一味に、ゼロマインドの力の片鱗を感じていた。誰か
は知らぬが、化けているに違いない。最初は『創』ことアリアス=ミラーが、その
一人だと思っていたが、奴はあっけなく死んだ。だから違うのだろう。
「フン。隠し事は出来ぬな。俺は加藤 篤則。お前が危惧している元老院の一人だ。
報告と交渉に来た。」
 加藤 篤則と名乗った男は、やはり元老院のようだ。
「報告と交渉?その為にケイオスに会いに行くのか?」
 俺は、真意を聞き出そうと思った。
「そうだ。しかし、まさかお前が、ケイオスに従っているとはな。」
 篤則は、鼻で笑う。失礼な男だな。
「勘違いするな。従属では無い。共闘を呼びかけられただけだ。」
 俺は、一応訂正しておく。
「そうか。まぁ、どちらにせよケイオスに会わせてもらいたいのだが?」
 篤則は、ケイオスとの交渉に拘っていた。
「詳しい要件を言うつもりは無いのだな?」
 俺は、目を細める。そして、腰にある剣に手を掛ける。
「脅しか?残念だが、俺には通じん。俺は元老院を代表して来ている。生半可な脅
しで、屈するつもりは無い。」
 ・・・ほう。この男、見た目以上に肝は据わっているようだな。面白い。
「分かった。そこで、少し待っていろ。ケイオスに聞いてきてやる。」
 俺は、そういい残すと、空間を引き裂いて、ケイオスの玉座の前に躍り出る。
 ケイオスは、玉座に座っていたが、意識はハッキリしているようだった。この前、
一族を呼び出すのに力を使ったので、休養中なのだが・・・。
「その様子だと、誰か来たみたいだな。」
 ケイオスは、俺の様子を見て、瞬時に悟る。
「ご名答だ。元老院の一人、加藤 篤則と名乗る男が来た。報告と交渉だそうだ。」
 俺は、用件を伝えておいた。
「元老院?フム・・・。ミシェーダが、この前、不戦条約を結びに来たばかりだと
言うのに、妙だな。従属の相談にでも来たのか?」
 ケイオスは、考えを巡らす。不戦条約は、ミシェーダの奴が交渉に来たのか。奴
も、俺と同じようにして蘇ったんだったな。忌々しい。
「色々気になる。通してみよ。」
 ケイオスは、何が聞けるか分からない様子だったので、通す事にした。
 俺は、篤則の所に戻り、ケイオスの許可を得た事を伝えて、案内してやる。従属
しているようで、気に食わなかったが、次元城の時の事を思い出して、懐かしい気
分になっていた。俺とした事が・・・。
 ケイオスの玉座の前に着くと、篤則は周りの様子を見る。
「ケイオス=ローンとは、お前の事か?」
 篤則は、ケイオスをジロリと睨む。余り良い態度では無いな。
「余が、ケイオス=ローンである。余に何か用か?」
 ケイオスは、篤則に用事を尋ねる。それと同時に瘴気を出してみせた。
「・・・報告と交渉に来た。まずは報告だ。」
 篤則は、少し怯んだが、ちゃんとケイオスの眼を見ていた。コイツ、中々やるで
はないか。度胸はあるようだ。
「余は、ミシェーダと不戦条約を結んでいる。それ以上に何かあるのか?」
 ケイオスは、下手な事を言えば、殺すと言わんばかりの殺気を出す。
「そう構える物じゃない。まずは聞いて欲しい。・・・そのミシェーダが、行方不
明になった。いや、正確には死んだと見て良いだろう。」
 篤則は、ミシェーダの死を報告する。・・・何だと?あの復活したミシェーダが
死んだだと?俺は、見た事があるが、奴は『時の涙』をゼロマインドから渡されて
いた。故に、自分は無敵だとか何とか、抜かしていた筈だ。そのミシェーダが殺さ
れただと?・・・一体誰にだ。
「何だ。その報告か。知っておるぞ。」
 ・・・何だと?ケイオスは知っていたのか?
「知っていたのか。詳細も知っているのか?」
 篤則は、身を乗り出してきた。どうやら詳しい情報は、篤則も知らないらしい。
「うむ。余は、強者と闘う為に、ガリウロルに遠征していた時に、ミシェーダを見
つけた。その時に、ガリウロル人と闘って敗れたのを見ていたのでな。」
 何と、ミシェーダは人間に敗れ去ったというのか!?
「その者、何故か竜神ジュダと『同化』をしておったな。しかし、ミシェーダの意
地で、チャクラムを爆弾に変えて、その者も巻き添えにしていたが?」
 驚愕の事実だ。ジュダと『同化』だと?ジュダは死んだとでも言うのか?
「では、その脅威の男は、死亡したと言うのか?」
 篤則は、その男の情報が聞きたいようだった。
「本来なら、そうだったのだろう。だが、奴等の仲間に、蘇生出来る仲間が居た。
それを使って、復活する様を、余は見たぞ。」
 蘇生だと!?ま、まさか・・・。
「まさか、フジーヤの子孫でも居たのか?」
 俺は、つい口出しする。俺との闘いで、ジークが死んだ時に、フジーヤと言う男
が、蘇生術を使って、ジークを蘇らせたと言う話は聞いた事がある。その復活した
ジークに、俺はやられたのだからな。
「そこまでは、余は知らぬ。だが、蘇った様は見た。そのせいか、奴等は精も根も
尽き掛けていたのでな。余は、そのまま闘いを挑んでも、詰まらぬと感じて、帰っ
てきた訳だ。そうで無ければ、闘いを挑む予定だったがな。」
 成程。ケイオスらしい選択だ。不意打ちみたいな闘いは、コイツに似合わぬ。
「千載一遇のチャンスかも知れんと言うのに、甘い奴だ。」
 篤則は、気に入らないらしい。まぁ普通なら、そう思うだろうな。
「フン。お前らしい選択だ。奴等の力が整うまで、こちらも戦力アップをすると言
う事か。正々堂々闘いを挑む気だな?」
 俺は、ケイオスの行動パターンを理解してきた。コイツは、全力で闘う姿こそ、
一番似合っている。その為には、何でもするつもりなんだろう。
「余は『覇道』を貫く為、出来る事をやっているだけだ。」
 全く、融通の利かない奴だ。そんな所が、気に入ったんだがな。
「ミシェーダを殺した奴の名は分かるか?」
 篤則は、名前を聞いてきた。
「俊男・・・とか呼ばれておったな。器も相当な大きさであった。楽しみだ。」
 ケイオスが楽しみと言う程か。俺はてっきり、士あたりかと思ったが、ジュダが
『同化』したとなれば、別人か。
「俊男・・・か。覚えておこう。」
 篤則は、要注意人物として、俊男の名を刻んだようだ。俺も覚えておくか。
「もう一つの用件を聞こうか。」
 ケイオスは、篤則が言った、もう一つの用件を尋ねる。
「ミシェーダが死んだ事で、元老院の座が空いた。そこに、お前を据えたい。」
 ・・・ほう。ケイオスを元老院に推すとは・・・。
「断る。興味が無い。」
 ケイオスは即座に答えた。人間の権威に興味など無いのだろう。
「結論が早い事だ。まぁ、予想の範囲ではあるがな。」
 篤則は、ケイオスが断ってくる事を予想していたようだ。
「余は『覇道』実現の為、尽力するつもりでいる。支配する輩の座に就くつもりは
無い。不戦条約だけでも由とせよ。」
 ケイオスは、同類になるつもりは無い。しかも、この交渉は、元老院にケイオス
を据えて、動きを把握しようと言う企みに違いない。
「・・・仕方が無い。取引をしよう。」
 篤則は、これ以上、只の説得をしても無駄だと思ったのだろう。交換条件を突き
出すつもりらしい。どんな事を言ってくるつもりなのやら。
「そちらの戦力アップに繋がる事だ。お前らの欲しがっている戦力を、提供してや
ろうと思う。『無』によって消えた魔族をな。」
 篤則は、取引を持ち掛けてきた。戦力アップだと?
「余を驚かせるような戦力ならば、一考しても良い。」
 ケイオスは、事の真偽はともあれ、聞いてみたいと思ったのだろう。
「伝記の『神魔』ワイスと、『破壊神』エブリクラーデスだ。」
 な、何だと!?ワ、ワイス様と、クラーデスだと!?
「面白い。しかし貴公が、本当に呼び出せるのか?生半可では無いぞ?」
 ケイオスは、疑って掛かる。当然だ。ワイス様を呼び出すなど・・・。
「ゼロマインドならば可能だと言う事だ。『無』の存在の塊なのだからな。復元す
る事は、そう難しくは無い。そこの健蔵も、それで生き返ったのだしな。」
 確かに俺は、『無』の存在に引っ張られて復活した。ゼロマインドならば、その
二人の復活も可能だろう。
「ワイス様は、本当に復活為されるのか!?」
 俺は、堪らず聞いてしまう。ワイス様の復活は、俺の悲願だ。
「ケイオスの返答次第だ。俺は交渉に来ただけだからな。」
 この男・・・。取引材料にワイス様を使うとは・・・!
「一つ、確認したい事がある。」
 ケイオスは、篤則を睨み付ける。
「交渉だからな。聞こうではないか。」
 篤則は、余裕綽々の態度で、ケイオスを見下ろした。
「貴公に、その二人の復活が保証出来るのか?約束をした所で、やはり出来ぬでは、
こちらも堪らぬ。確実なる保証があるのならば、考えよう。」
 ケイオスとて馬鹿では無い。確実に呼び出せるとなれば、即戦力になるので、協
力態勢をとっても良いと言うのだ。
「そ、そうだな。大体、ゼロマインドで無ければ、復活出来ないのだろう?」
 俺は、冷静になりながら考えていた。篤則と約束をしても、ゼロマインドの協力
が得られるとは限らない。口約束だけでは、反故の可能性もある。
「仕方が無い・・・。ならばお前らも、約束しろ。協力すると・・・。」
 篤則の態度が、急に変わる。いや、態度だけでは無い。この強烈な神気の量は何
だ!?コイツ、神か何かか!?一見そうは見えないのだが・・・。
「・・・貴公、何者だ・・・。」
 ケイオスも、さすがに篤則の変貌に、驚きを隠せないようだ。
「新たな魔界の主よ。当方は、究極の『無』の力の存在である。その眼で、私を視
認するが良い。貴君達が今、目にしている者は、この世の神秘である。」
 篤則は、雰囲気だけでは無く、姿も変わっていく。この姿は・・・力の塊が、人
の形をしているような感じだ・・・。
「貴公、ゼロマインドの片割れであったか。」
 ケイオスは気が付いたようだ。まぁ俺でも気が付く。ゼロマインドは、普段はカ
モフラージュして、2つに存在を分けていると言う噂があったが、本当だったみた
いだな。この目で見るまでは、信じられなかったが・・・。
「私を、片方とは言え、視認出来る事を、光栄と思え。今まで、視認出来た者は、
数える程しか居ない。私が顕現する事は、それだけで奇跡だと思うが良い。」
 篤則は、今や完全にゼロマインドと化していた。
「成程。余の前に姿を現す事。そこまでの危険を冒してまで、余の助力を欲すると
言うか。ならば、応えてやろうか。」
 ケイオスは、今まで姿すら現さなかったゼロマインドに対して、不信感を抱いて
いたが、とうとう姿を現した事で、気を良くしていた。
「当然の処置である。この姿を見て、畏敬を抱かぬ不敬な輩は、生物として間違っ
ている。この世の最初を模した姿であり、全ての生物の祖の姿であるのだからな。」
 ゼロマインドは、力の塊が意思を持った姿だ。つまり、物事の始まりの姿に意思
が連なった姿なのである。全ての生物の祖先とも言うべき姿なのだ。
「フム。面白い余興ではあるが、畏敬までは抱かぬな。余が支持するは、生物の祖
先ではなく、力の体現者だ。貴公は、力の体現者足りえるので、支持すると言って
いる。その意味を履き違えないで戴こうか。」
 ケイオスは、ゼロマインドの姿その物より、放っている力が凄いから、協力して
も良いと言っているのだ。分かり易い奴だ。
「私を目の前にして、力を貫く意志を見せるか。生物も強くなった物だ。」
 ゼロマインドは、俺達が『覇道』を貫く意志を見せた事に、驚いているようだ。
「神の子ですら、私を見て、畏敬の念を示したと言うのに・・・。」
 神の子?誰の事だか、俺には分からんな。
「貴公の自慢話は、そこまでにしてもらおう。それで協力体制だが・・・。貴公が
姿を見せた事で、余は満足した。だが貴公は、片方なのであろう?」
 ケイオスは、交渉に移る。
「完全なる協力をするには、まだ弱いと、余は考えている。・・・それに、余は力
を使ったばかりで、簡単には動けぬ。そこで、余の代理を向かわせたい。」
 ケイオスは、自分の代理を行かせるつもりだった。
「厚かましい交渉である。片方の顕現で、事足りぬと申すか。このシンマインドの
顕現を見て、足らぬと申すか。」
 シンマインド?そうか。片方だけなので、ゼロマインドでは無いのか。
「焦るな。余の代理は、余が息子、ハイネス=ローンだ。余の意見の代弁者となる
に相応しき息子だ。」
 ケイオスは、最初からハイネスに向かわせるつもりだったのかも知れない。
「最初から行くつもりが無かったのだな。だが、協力体制の意志は本物のようだ。
ならば、この条件で納得しよう。だが、こちらも条件がある。」
 シンマインドは、当然、条件を付ける。
「ワイスとクラーデスを提供する事は出来ぬ。」
 く・・・。やはりそこを突いて来たか・・・。
「それは、約定が違うな。守ってもらおうか。」
 ケイオスは、目がギラリと光った。
「とことん強気だな。魔界の主よ。・・・まずは、戻るとしようか。」
 シンマインドは、余り姿を晒すのは危険だと感じたのか、篤則の姿に戻る。
「・・・まさか、俺の真の姿を見て、交渉してくるとはな。」
 篤則は、いつもの口調に戻る。
「貴公は、あの姿で居る時は、意識はあるのか?」
 ケイオスが尋ねる。確かに、気になる疑問だった。
「俺の意思じゃないが、出来事を把握は出来る。」
 篤則は、正直に答える。乗っ取られた状態と言うのが、正しい認識か。
「それで、条件だが、余も、そちらの不利な条件を強要するつもりは無い。そちら
も片方の姿を晒したのだからな。必ず協力はする。だが、こちらも戦力増強は欲し
い。なので、『神魔』ワイスの提供をお願いしたい。」
 ケ、ケイオス!お、お前!!まさか、俺の事を考えて・・・。
「クラーデスは不要と?伝記を見れば、クラーデスの方を欲しがる物だがな。そち
らの『神魔剣士』の要望か?」
 篤則は、俺の事をチラリと見る。コイツ・・・。
「クラーデスは、余と考え方が違う。素直に従うような奴ではあるまい。ならば、
余との考え方の近いワイスを選ぶは必定。」
 ケイオスは、『覇道』の為にワイス様を選ぶつもりだったのか。
「成程。・・・ま、交渉成立だな。落とし処ではある。」
 篤則は、この条件で手を打つ。では・・・。
「ワイス様は、復活為されるのか?」
 俺の心が躍る。とうとうこの時代にも、ワイス様が・・・。
「復活は、もうしている。・・・連れて来るだけだ。」
 篤則は、驚く事を言った。もう復活されているのか!?
「クラーデスも、ワイスも、もう復活している。・・・だがクラーデスは、何故か
様子がおかしいし、ワイスは、まだ力が戻っていない。」
 篤則は舌打ちする。・・・ワイス様は、力を取り戻していないのか。
「適応力の差だろうな。お前が一番早く、この時代に適応したんだ。」
 篤則は、俺の事を見る。そうか・・・。俺は、適応が早かったのか。
「仕方が無い事だ。個人差はあろう。余とて、適応には時間が掛かったのだ。」
 ケイオスは、フォローをする。
「今は、軍事研究所の一角に居る。連れて来よう。」
 篤則は、もう隠す気は無いのか、『転移』の魔法を使う。いつもは、他の元老院
に気付かれないように、自分が強い事を隠しているのだろう。しかし、正体がバレ
た俺達には、隠す気は無いようだ。『転移』の魔法が消えない内に篤則は、ワイス
様の手を引いて、この場に連れて来た。
「お・・・おぉぉ!!ワイス様!!」
 俺は、言葉が上手く発せなかった。このお姿は、間違い無くワイス様だった。
「・・・ぅ・・・。」
 ワイス様は、衰弱しておられた。
「約定は果たした。この紙とカードを渡しておく。そのハイネスとやらに、そのカ
ードを身に付けさせて、その紙に書いてあるスケジュール通りに来させるが良い。」
 篤則は、そう言うと、ケイオスに紙とカードを渡して、『転移』でメトロタワー
に戻っていった。
「これで、メトロタワーとは、中々、事を構えられぬな。」
 ケイオスは、溜め息を吐く。メトロタワーとは、いずれ闘う事になるが、約定を
結んでいる以上、そう簡単に、違える事が出来ないのだろう。
「ワイス様!お気を確かに!」
 俺は、ワイス様の鼓動を確かめる。随分と衰弱しておられた。これは、危ないか
も知れぬ。ならば・・・!俺の『瘴気』を分け与えれば・・・。
「ワイス様。俺の『瘴気』です!受け取って下さい!」
 俺は、かなりの脱力感がしたが、構わなかった。ワイス様を失うよりマシだった。
「・・・ぅ・・・うぐぅぉぉぉ!!」
 ワイス様は、目を見開く。そして、咆哮を上げる。
「・・・健蔵か?・・・ここは?」
 ワイス様は、目を覚ましたようだ。
「良かった・・・。ワイス様!」
 俺は、意識を失いそうになるが、我慢して堪えていた。
「貴公が、『神魔』ワイスであるか?」
 ケイオスは、俺に近寄って、俺に『瘴気』を与えてくれた。助かる・・・。
「如何にも。我はワイス。『神魔』ワイスなり。」
 ワイス様は、力強い宣言をなされた。
「フム。素晴らしい器を感じる。余は、ケイオス=ローン。現代の魔界の支配者に
て、『神魔』の座を戴いている。」
 ケイオスは、自己紹介をしつつ、ワイス様と握手をする。
「・・・この様子だと、何から何まで、世話になったようだ。礼を言おう。」
 ワイス様は、ケイオスと意気投合しているようだ。
「余は『覇道』を今のソクトアに体現する為には、どんな協力も惜しまぬ。貴公の
ような強者ならば、余は歓迎しよう。」
 ケイオスは、強者に対しての礼を忘れない。
「現代に『覇道』を提唱するとは・・・。中々豪気な魔族だな。我も助けてもらっ
た恩がある。力を取り戻したら、必ず協力する事を誓おう。」
 ワイス様が、ケイオスと手を取り合う。何と麗しい光景か・・・。ん?助けても
らった?助けてもらったとは何だ?
「ワイス様?助けてもらったと言うのは?」
 俺は、気になる言葉だったので聞いてみた。
「言葉通りである。あの者達、我を使って実験しようとしておってな。屈辱である
が、『瘴気』と『神気』を吸い取る装置のような物を付けさせられていたのだ。」
 ・・・な、何だと!?ではワイス様は、奴等に力を利用されて・・・。
「お、おのれメトロタワーの者共!!」
 俺は、騙されていたのだ。ワイス様は、厚意で復活してもらったのでは無かった。
単に力を吸い取る為に復活させていたに過ぎなかったのだ。何が適応力か。
「奴等の考えそうな事だな。・・・ハイネスには、気を付けて置く様言っておかね
ばな。メトロタワーの連中は、何をするか分からぬ。」
 ケイオスは、それでも約定を守る為、ハイネスを派遣するつもりだった。
「ケイオス。何から何まで、感謝する。俺は、お前に敬意を表する。」
 俺は、最大限の感謝の意を伝える。ワイス様と会えたのは、コイツのおかげだ。
「らしくないぞ。健蔵。お前らしく、不遜で居ると良い。その方が、余は愉快だ。」
 ケイオスは、今まで通りで良いと言う。全く、敵わんな。コイツは。
 こうして、俺とワイス様は、再びこのソクトアで、出会うのだった。


 我は、ずっと何かを付けさせられていた。非常に不愉快であるが、『瘴気』と、
『神気』を吸い上げる装置だったらしく、我の力は、どんどん減退していった。あ
のような恐ろしい装置を作るとは、恐ろしき奴等よ。
 衰弱していた所、我をこのような目に合わせていた奴が、装置を外しに掛かった
のだ。そして乱暴に、我を引っ張る。我は意識朦朧としたまま、どこかへ連れ出さ
れたのだ。すると、目の前に健蔵が居たと言う訳だ。
 後で、話を聞いてみると、納得させられる内容が多かった。我は、あのメトロタ
ワーのソーラードームとやらの維持の為の力の源として、復活させられたのだ。し
かし、衰弱していたので、ケイオスとの交渉で使われたのだろう。屈辱的な話だが、
何も出来なかった我も悪い。
 それにしても、現状は恐ろしい事態になっているようだ。彼の中央大陸がセント
メガロポリスなどと言う名前に変わり、ソクトア大陸を支配しているのだと言う。
我の感覚から言うと、信じられない話だ。中央大陸は、飽くまで力を試す場であり、
戦場の意味合いが強かった。しかし今は、このような大都市が聳え立っているとは。
 健蔵から、現状を聞く。健蔵は、少し前に復活させられたようだ。話を聞く限り、
我と同じような時期だ。我は、力の源として使われ、健蔵は、前の元老院だった人
斬り組織『ダークネス』の首領、『創』のボディーガードとして雇われたらしい。
 その『ダークネス』が、我等が現状お世話になっている所らしい。『創』なる者
は、死んでしまったらしく、ケイオスが、組織を丸々奪ってしまったのだ。そして、
『覇道』実現の為に、この組織を大いに利用しようと言うのだろう。
 それにしても、『ダークネス』の『創』を倒したのは、黒小路 士と言う人間ら
しい。どこかで聞いた事があると思ったら、我が甥の黒小路 光成の家の出だと言
う。我が、神との戦いで傷付き、療養したのがイド家だった。
 その療養中に恋仲に落ちた人間が、健蔵の母親であったな。あれも心が強い女で
あったが、病弱でな・・・。我がグロバス様の下へ行き、遠征中に病気で亡くなっ
たと聞いた。ひっそり墓参りに行った時、健蔵を見つけたのだったな。その健蔵の
叔父に当たるのがダンゲル=イドで、霊王剣術の始祖であった。健蔵は、そこで剣
術を習い、才能を発揮していった。だが健蔵は、魔族の血を捨てる事が出来ずに、
魔族の軍へと入っていった。そこで、我と出会ったのだ。
 健蔵が居なくなった後、ダンゲルの甥である光成が、霊王剣術を継いだらしい。
その子孫が、士だと言う事だ。と言う事は、我や健蔵の子孫でもあると言う事か。
 その士なのだが、驚く事に、グロバス様と『同化』しているのだと言う。それは、
強い事であろう。・・・それにしても、グロバス様が『同化』した経緯は、凄まじ
い物だったな・・・。ミシェーダの『輪廻転生』を食らって、今の時代へと魂だけ
飛ばされたのだとか。時を操る能力とは、恐ろしい事だ。苦労されたのだな。
 そのミシェーダも、伝記時代も現代でも、ジュダに倒されたのだとか。竜神ジュ
ダ・・・。恐るべき実力を持っている神だ。奴は、好感の持てる神ではある。実力
に対する考え方が、『覇道』に近い。そこに、ミシェーダを倒した経緯を聞く限り、
時を越える手段を備えていると言う事になる。恐るべき強さだ。尤も、おいそれと
使うような能力では無いようだがな。危険度も高いと言う訳だ。
 健蔵は、我の死後、グロバス様から我の子である事を聞き、グロバス様に付き従
い、グロバス様が飛ばされた後は、『覇道』を率いて先陣に立って闘ったと言う。
本当に良く出来た息子よ・・・。我は、恵まれている。だが、ジークとの闘いで敗
れたと言う。そこを責める気は無い。我もジークとの闘いで敗れた。奴は、人間と
言う器を超えた英雄であった。
 我は、1000年前の決着を聞き、その後に現状を聞いた。人間達が勝利し、『人道』
の世となった事は、評価に値する。彼等は、我等が甘いと評した『共存』の精神を、
500年も続かせたと言う話だ。
 だが、その500年前に我が敗れた『無』の力の塊が意識を持ち、ゼロマインド
なる化け物が出て来たのだから、皮肉な物だな。そこから、このソクトアは、おか
しくなっていった。中央大陸・・・セントメガロポリスが、支配する世になった。
 我は、何を聞いても新鮮な話ばかりで、何から理解した物か・・・と言う状態だ
った。健蔵が、かなり現状を把握しているのが救いであった。
「成程な。現代に来たと言う感覚しか掴めなかったが、恐ろしい世になっているよ
うだ。・・・ゼロマインドか・・・。」
 我は、健蔵の話を理解しようと努力する。
「ワイス様を蔑ろにした罪は、必ず償わせてみせます。」
 健蔵は、燃えるような瞳で返す。頼もしい事だな。
「・・・フッ。頼もしくなったな。お前は・・・。」
 我は、感慨深い物があった。我は碌でも無い父であった。妻の死に会えず、健蔵
には苦労を掛け、父らしい事も出来なかった。
「我は、父らしい事も出来ずに、消えた身だったからな。」
 我は、健蔵を残してジークに敗れて、死した身だった。
「何を仰います。俺にとって、ワイス様は父であり、また、尊敬する上司でもあり
ます。その想いは、1000年経った今でも変わりません!」
 健蔵は、我を父と呼んでくれる。・・・1000年前、何度か迷った。我が父だと言
う事を、健蔵に知らせたかった。しかし我は、健蔵を置いて闘いに出掛けたと言う
負い目があった為、言い出せずにいたのだ。
「我は果報者よ。お前のような息子が居るのだからな。」
 正直な気持ちを言った。健蔵は、我の部下にして最高の息子だ。
「勿体無きお言葉。俺はワイス様の息子として、恥ずかしくない働きを約束します。」
 健蔵は、本当に孝行息子だ。1000年が経っても、この調子とはな。
 トントン・・・。
 不意に扉がノックされる。どうやら、誰かが訪ねて来たみたいだ。
「誰だ?今日は、訪問予定は無い筈だが?」
 健蔵は、扉の向こうの奴に、事務的に答える。
「あのー。メイジェスですけど?」
 メイジェスとな。確かケイオスの娘であったか。
「・・・また、お前か・・・。」
 健蔵は、頭を抱える。何かあったのだろうか?随分と苦手なようだが。
「ケイオスの娘であったな。入れてやるだけでも、してやってはどうだ?我は、ま
だ会った事も無いから、興味がある。」
 我は、まだケイオスの一族とやらには、会った事が無い。ケイオスが紹介する前
に、我は健蔵の話を聞きに行ったし、ケイオスも力を溜めるのに忙しいようだった
からな。我も、健蔵の部屋に用意された上等な椅子に座って、力を溜め中である。
「・・・ワイス様が、そう言うのであれば・・・。」
 健蔵は、気に食わなかったようだが、入れてやる事にする。
「うわー。有難う御座います!」
 ケイオスの娘は、声が弾んでいた。健蔵に興味でもあるのか?
 健蔵が扉を開くと、ケイオスの娘は、健蔵に微笑んでから、入ってきた。
「父上の部屋の次に大きい部屋ですねー。」
 随分と、マイペースな娘のようだ。
「そうなのか?俺は、適当な部屋を割り振られたと思っていたが・・・。」
 健蔵は、知らないようだ。それだけ、期待度が高いのかも知れぬな。
「我は『神魔』ワイス。お主が、ケイオスの娘か。名は・・・。」
 我は、挨拶をしておく。ケイオスの娘ならば、丁重に扱った方が良いか?
「メイジェスって言います!宜しくお願いします!ワイス様!」
 ・・・何とも元気な娘のようだ。メイジェスか。
「フム。覚えておこう。わざわざ挨拶に来るとは、殊勝な事だ。」
 我は、褒めておく。するとメイジェスは、顔を輝かせる。
「有難う御座います!お父様!」
 む?お父様?どう言う事だ?
「・・・お、お前、頭の調子は大丈夫か!?ワイス様を父扱いするとは・・・!」
 さすがの健蔵も、面食らっているようだ。
「中々、面白いな娘。お主、我を父と呼ぶ根拠は何だ?」
 我は、理由を聞いておく。
「え?だって、健蔵さんのお父様ですよね?なら、私の将来のお父様かなーと。」
 ほう・・・。この娘、健蔵に惚れておるのか?
「だ、誰が、誰と結婚と言うのだ!戯言ばかり言いおって!」
 健蔵は、好意を向けられるのが苦手のようだな。そう言えば、朴念仁であったな。
「えー?・・・私の事、嫌いなんですか?」
 メイジェスは、涙を溜めている。・・・フム。業とだな。あれは。
「え、いや、会ったばかりで、結婚とかどうのとか言う段階では無いだけであって、
別に、お前を嫌ってる訳では無いのだが・・・。」
 健蔵は、どう言って良いのか分からぬようだ。この孝行息子にも、弱点があった
ようだな。さて、これはどうした物か。
「良かったですー!嫌われちゃったら、どうしようかと・・・。」
 この娘は、明るいな。業とらしい所もあるようだが。
「ま、全く・・・。俺は、結婚するつもりなど無いぞ。」
 健蔵は、ブツブツ文句を言っている。
「健蔵。何を言っておる。子孫を残さぬのは、罪悪だぞ?」
 我は、釘を刺しておく。朴念仁にも程がある。
「俺はワイス様をお守りするのが務め。結婚に、うつつ抜かす暇はありません。」
 健蔵は、我を守るのが全てだと言っていた。
「健蔵よ・・・。我に付き従う気持ちは有難い・・・。だが、お主自身が、生涯を
楽しまないでどうする?我は、そんなお前を見たくなど無いぞ。」
 我は、健蔵の気持ちは嬉しかったが、それを強要するつもりは無い。
「で、ですが・・・。」
 健蔵は、さすがに我の言葉なので、否定しづらいようだ。
「さ、さすがお父様!良い事を言います!」
 メイジェスは、首を縦に振りながら喜んでいた。
「お前、適当な事を・・・。まぁ良い・・・。しかし、俺の何処に惚れる要素があ
るのだ?自分では、全く分からん。」
 健蔵・・・。お前、何て悲しい事を言うんだ・・・。
「健蔵さんは、自分を卑下し過ぎですー。そんなに強くて格好良いのに、何でそん
なに自信が無いんですか?その方こそ分かりませんー。」
 メイジェスは、顔を膨らませて反論する。強くて格好良いとは、この娘、見る目
があるな。健蔵の事が、本気で気に入ってるようだ。
「本気で言っているのか?・・・だとしたらまぁ、褒め言葉として受け取ろう。」
 健蔵は、顔を真っ赤にしながら言う。人間の方の血が、出ているようだな。
「時にメイジェスよ。お主、健蔵を好いておるのならば、一つ、質問がある。」
 我は、意地悪い質問をしようと思った。
「もし、ケイオスと我等が闘う事になったら・・・どうする?」
 我は、ケイオスと事を構えるつもりは無いが、対立する恐れが無い訳では無い。
「ワイス様・・・。いや、しかし・・・。」
 健蔵は、我の質問の意図を察して、目を伏せる。優しい奴だ。
「難しい質問ですねー。でも、最初にやる事は、仲直り出来るように、頼み込むか
なー?やっぱ、闘って欲しく無いですしー。」
 ほう。面白い答えだな。まぁそうする事が最善ではあるな。
「あの父親相手に出来るか?そして、我等相手に出来るか?」
 我は、少し瘴気を出しつつ尋ねてみた。
「んー・・・。怖いですよねー。でも、諦めませんよ!いざとなったら、私が間に
入って、『駄目ー!』って叫ぶんです!そうすれば、少しは考えてくれますよね?」
 メイジェスは、明るく話している。しかし、目は本気のようだ。
「お、お前は、正気か?ケイオスとワイス様だぞ?」
 健蔵は、ビックリしているようだ。この娘、度胸があるな。
「関係無いです。闘って欲しく無いから、止めに行くだけですもん。その気持ちに
嘘を吐きたくないですからねー。」
 ・・・本当に清々しい娘だ。この娘にあるのは、意地や体面などでは無い。気持
ちに素直にと言うのが、前面に出ているのだ。
「ハッハッハ!天晴れな娘よ!気に入ったぞメイジェス!我からも頼もう。健蔵は、
この通りの男だが、意志は強い。振り向かせてやると良い!」
 我は、気分が良くなって、ついメイジェスを褒めてしまう。
「ワイス様がお認めになるとは・・・。・・・まぁ俺も、今の言葉には感心した。」
 健蔵は、メイジェスを認めるようになったようだ。
「しかし、お前はケイオスの娘だろう?言い寄る男も少なく無かろう?」
 健蔵は、メイジェスに尋ねてみる。確かに、現在の魔界の主の娘とあれば、容姿
も可愛げがあるし、モテる事だろう。
「いやー、私に近寄る男の人ってさ。父上の威光に近付きたい人ばかりで、面白く
ないんですよ。自分で何かを為そうって心意気が感じられないんですよー。」
 メイジェスは、つまらなそうに言う。成程な。この娘、よく見ておる。
「俺だって、ワイス様に従うのが、全ての男だぞ?」
 健蔵は、気にしていたようだ。だから、好きにしろと言っているのに。
「んー?確かに、表面的には、そう見えますねー。でも、私には分かるんです。健
蔵さんは、一人になった時、皆を引っ張っていける人だってね!」
 メイジェスは、本当に、健蔵に惚れているのだな。健蔵の良い所を、的確に見抜
いている。このような娘、逃がすのは勿体無いな。
「・・・ほ、褒め言葉として、受け取っておこう。」
 健蔵は、そっぽを向く。何とも、隠すのが下手な男だな。
「では、これからも、宜しくお願いしますね。お父様!」
 メイジェスは、笑顔でこちらに対応する。魔族で、このような性格の娘が居ると
はな。珍しいと言うか・・・。まぁ時代が変わったと思うべきだろうか。
 我は、健蔵とメイジェスを、暖かな眼で見る事にした。


 セントメガロポリスに名前が変わって、発展を続けるセント。中央に位置するメ
トロタワーも、名前が正式に変えられた。メガロタワーにだ。都市名を変えたのと、
合わせた配慮だろう。メガロタワーは、セントの象徴でもある。
 そのメガロタワーの最上階に近い所に、元老院が集まる『院会』を開く為の会議
室がある。セントを支配している元老院の為のスペースだ。
 通常『院会』は、定期的に行う物だ。そこで溜まった案件を、次々に処理して行
くのが普通だ。国事総代表などが、国会で決まった案を、『院会』に持って行き、
『院会』で成否を決める。そこで決まったら、初めて施行される。
 誰もが元老院になりたがる。特に国事代表に選ばれた者は、自分達の決めた案件
が拒否される事があるのも知っているので、元老院を目指す。だが、誰でもなれる
訳じゃない。特にセントにとって、貢献度が高い者が選ばれるのだ。
 この前の『院会』では、ミシェーダが居なくなった事で、新しい元老院を決める
是非を取った。そこで、候補に挙がったのが、最近『ダークネス』の首領になった
ケイオス=ローンだった。魔族だが、セントにおける影響度が大きいので、元老院
の座を用意して、仲間に引き入れようと言う案だった。
 だが相手も馬鹿では無い。こっちのそんな思惑など、見抜いている。それを踏ま
えた上での説得者が必要だった。それが篤則だった。
 その篤則が帰ってきたので、緊急に『院会』が開かれる事になった。
「これより、『院会』を執り行う。」
 院長が、『院会』の開始を宣言する。
「最近、回数多くない?さすがに、召集多すぎって感じがするんだけど?」
 アルヴァが、文句を言う。無理も無い。
「ま、そう言うな。それだけ忙しいと言う事だ。」
 篤則が、アルヴァを嗜める。そして、指で合図をする。すると、精悍な顔付きの
青年が入ってきた。その青年は、『院会』の様子を、グルリと見回す。
「紹介しよう。今日付けで、元老院入りしたハイネス=ローン君だ。」
 篤則は、青年の紹介をする。ケイオスの代理としてきた、ハイネスだった。
「『ダークネス』から来たハイネスだ。宜しく頼む。」
 ハイネスは、一礼をする。ケイオスからは、迂闊な行動はするなと言われている。
そして、元老院の様子を探って来いとも言われているので、慎重だった。
「ハイネス君か。私はゲラルド=フォンと言う。国事総代表を2期務めて、元老院
入りした。最初は大変だが、頑張ると良い。」
 ゲラルドは、落ち着いた対応を見せる。ハイネスは、適当に返事をすると、握手
をした。ハイネスは、ケイオスから、シンマインドの話を聞いている。篤則の正体
だ。もう一人と合わせる事で、ゼロマインドになると言う話だ。だから、誰がもう
一人なのか、見極めようと思っていた。
「私は、ケイリー=オリバー。シティ出身です。金融街に興味があったら、声を掛
けて下さい。ご案内しますよ。」
 ケイリーとも握手をする。物腰柔らかだが、油断のならない男だと思った。
「私は、リー=ダオロンと言ウ。不正監視委員会の出身ダ。」
 ダオロンも自己紹介をする。ストリウス出身なのだろう。
「私は、マイニィ=ファーンよ。テレビに出たかったら、言って頂戴。貴方の容姿
なら、いつでも大歓迎よ。」
 マイニィが、ウィンクしながら握手をする。ハイネスが、苦手なタイプだった。
「君が新しい元老院かい?僕はアルヴァ=ツィーアだ。『ダークネス』とは、付き
合いが長いけど、最近になって変わったんだったね。また宜しく頼むよ。」
 アルヴァが、馴れ馴れしく話し掛けながら握手をする。アルヴァは、ツィーア財
閥を若くして継いだ男だ。子供っぽさが抜けないが、鋭い目付きをしていた。
「裁断長をしておりました如月 由梨と申します。セントの為、尽力しましょう。」
 由梨とも挨拶をする。裁断長をしてただけあって、固そうな女性だ。
「わしは、ここの元老院の院長、シルヴァンだ。覚えておきなさい。」
 院長も挨拶をした。院長は、滅多に本名を明かさないが、皆が紹介した手前、言
わない訳には行かなかったようだ。
 これで全部だろう。篤則の勧めで、ハイネスは、空いていた席に座る。ここにミ
シェーダが座ってたのだろう。そう思うと、不思議な気持ちになる。
「皆の自己紹介は終わったな?では、本題に入る。」
 院長は、全員が席に着いた所で、議題に移ろうとする。
「最近のガリウロルの動向だ。セントと地続きで無いガリウロルは、中々支配が及
ばない土地である。しかし、そのせいで、危険な者達が集まる傾向にある。」
 院長が、報告書を広げて読んだ。マークしている者達のほとんどが、ガリウロル
に居るのだと言う。地続きじゃないので、中々手出しが出来ないのだ。
「セントに歯向かう意志はあるの?」
 アルヴァは、まずそこを聞いてくる。危険であっても、反逆する意志を見せなけ
れば、放って置けば良いと思っているのだろう。
「今の所は、こちらに攻める意思は無いようだ。・・・だが、とうとうあのミシェ
ーダは、ガリウロルでやられたとの情報を手に入れた。」
 篤則は、ケイオスから仕入れた情報を言う。
「セントの脅威なら、対策を打つべきだと思います。」
 由梨は、強い口調で言う。セント第一主義者らしい言葉だ。
「ま、焦らなくても良いんじゃないカ?新任の人も居る事だしサ。」
 ダオロンは、からかうような口調で言う。
「採決システムに慣れてもらうには、良い案件なんじゃない?」
 マイニィは、『院会』のシステムに慣れてもらおうと思っていた。
「この前みたいに、同数と言う事は無いでしょうしね。良い機会ですね。」
 ケイリーは、この前の話をする。8人で採決をして、同数と言う結果になった事
だろう。今回は9人なので、同数と言う事は無いだろう。
「ま、難しい事は無い。是か非か選ぶだけだ。」
 ゲラルドは、さり気なく説明してやる。ハイネスは、是と非のボタンを見て、理
解する。確かに単純なシステムだ。
「では、採決を取る。ガリウロルに対策を施す案件。是か非か選ばれよ!」
 院長が、宣言をすると、採決ボタンが光る、此処で押せという事だろう。
 ハイネスは、父に言われた事を思い出して、ボタンを押した。
「是が4、非が5。では、この案件は、否決であるな。」
 院長が宣言する。どうやら、ハイネスの決定が、運命を分けたようだ。
「成程。理解した。中々面白いシステムだな。」
 ハイネスは、自分の意見が直接反映されるシステムだと思った。それに、誰がど
っちを押したかと言うのを問わないのも、良い配慮だと思った。
「しかし、また微妙な・・・。割れる所だったのか・・・。」
 ゲラルドは、またしても意見が割れた事に、危惧を覚えたようだ。
「ま、これまでが、すんなり行き過ぎたんじゃないカ?」
 ダオロンは、こう言う評決こそが、セントらしいと思っているようだ。
 実際の所は、ガリウロルの事は、皆が脅威に感じているようだが、そこに態々戦
力を割く必要は無いと言うのが、非の側の意見のようだ。
(事勿れ主義どもめ・・・。)
 篤則は、当然是に入れていた。ガリウロルの面々は、日に日に力を増している。
更には、あのミシェーダの実力を、篤則は十二分に知っている。何せ、ゼロマイン
ドの片割れであるシンマインドとして、ミシェーダを復活させたのは、篤則なのだ。
 あのミシェーダが、人間に敗れ去ったのだ。それは、新たな脅威の誕生でもあっ
た。それを、この『院会』の連中は、分かっていない。
 とは言え、このシステムを作り上げたのは、他でも無い篤則だった。いつか、上
位の元老院を作り、セントを支配しつつ、力を効率よく集める。これが、篤則が考
え出した案だった。しかし、それが仇になる時もあると言う事だ。
(既に、何人かは、操りきれて無い部分もあるからな・・・。)
 今回のハイネスも、ケイオスの代弁者だし、アルヴァやダオロン辺りも、余り賛
同する事が無い。アルヴァは、自尊心が高いし、ダオロンは、事勿れ主義なのだ。
院長は、必要な事以外、口を挟まないので、何を考えているか分からない。マイニ
ィは、視聴率の事を重視している。ゲラルドや由梨は、同調する事が多いが、ケイ
リーは、場の空気を読む事がある。一筋縄では行かない連中ばかりだ。
 この中に、篤則と同じ、ゼロマインドの片割れであるゲンマインドが居る筈だ。
(ま、そいつも、いつも俺と同調する訳では無いがな。)
 いつも同調などしていたら、怪しまれてしまう。篤則とて、そこまで馬鹿では無
い。常に慎重になって、バレない様に心掛けているのだ。
 一方、ハイネスは、『院会』の雰囲気が掴めたので、大成功と言えた。
(さて、今回の結果も踏まえて、父に、お知らせせねばな。)
 ハイネスは、ケイオスに土産話が出来ると思っていた。



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