3、覚醒  最近は、ビックリする事だらけだ。世の中の特集も変わって来ている。テレビの 中で、初級魔術講座などやっているのだから、ソクトアの対応力ってのは、すげぇ 物だと思っちまう。利用出来る物は、何でも利用し強くなる。それが、ソクトアの すげぇ所だ。今まで、迫害されてきたのが嘘みたいだ。  何でこんな事になったかと言えば、魔族の存在が大きい。例えセントが無視した 所で、人々の興味は魔族に移ってきている。セントの思う以上に魔族への関心が高 かったのだ。それ故に、何でワイス遺跡が動いているかとか特集する内に、魔力の 話をしたのが切っ掛けだった。  魔法は、切っ掛けさえあれば、ソクトアの誰もが使えるような簡単な物だ。魔力 は、他の所から補えると知れば、誰でも使えるからだ。それにもちょっとしたコツ があるんだがな。俺も使えない訳じゃ無いが、余りにも効率が低いので使わない事 にしている。向き不向きがあるのだ。  ただし魔法の使い過ぎで、魔力が尽きると昏倒してしまうので、その辺の注意を 呼びかけるコマーシャルなどもやっている。結構丁寧に解説しているな。  ファリアなどは良い兆候だと言っていたが、魔法を犯罪に使う可能性もあると言 う事で、恵を通じて、警察などに注意を呼びかけている。そのおかげか、警察の中 でも魔法取締課などと言う物が誕生したんだとか。  ただ、残念な報せがあった。最近、俊男が来ていないと思ったら、アイツは、生 死を彷徨う試練に挑んでいるのだと言う。アイツは、いつもそうだ。周りに何も言 わずに自分を責め立てる。恐らく、ケイオスが恵を妾にすると言う話を聞いての事 だろう。上手くあしらわれたのが、相当効いたらしい。  無茶し過ぎだ・・・。恵に寄れば、俊男は既に魔神を宿した事がある事の反動で、 瘴気に負けないように磨いたせいで、神気を極めつつあったのだと言う。瞬との修 練で、瞬が無意識の内に神気を出していたのに、触発されたと言うのもある。  瞬は、ゼーダさんと毎日修行しているせいか、神気を出すのが上手い。その瞬と 一番濃く修行をして、瘴気に負けないように研究していたのが俊男だ。何でも、ジ ュダさんが、俊男に器を見出したのも、神気を操る才能に長けていたせいだと言う 話だ。元々の才能に加え、神気を研究していたのだから、『聖人』に近い体を会得 していたのだと言う。アイツ、マメだからな・・・。  それなのにグロバスさんを頼って、魔性液を貰って、自分の体を魔族とする。そ うなるとどうなるか?答えは、消える程の苦しみを味わう。これが正解だ。  セントが『無』の力を作るのに、クワドゥラートに居る『聖人』と『魔人』の力 を使ったように、そんな事をすれば、体内で『無』の力が生成されてしまう。それ を乗り越えたら、どうなるか・・・。それは恐らく、強くなれるのだろう。それこ そ『神魔』の如く・・・。だが、それを得るには、乗り越えなきゃならない。乗り 越えなければ、待っているのは死よりも辛い消滅だ。  前から、恵と結ばれるには、魔族にならなきゃなどと、冗談めかしに言っていた が、本当にやっちまうとは・・・。アイツ馬鹿だよ・・・。本当に大馬鹿だ。  でも恵は、もう俊男の事を信じている。そして莉奈も信じている。瞬も江里香も、 最初は取り乱したらしいが、心待ちにしている。何より、俊男が負けるはずが無い と、応援している。そこまで聞かされて、応援しない俺達じゃない。  だから恵は、応援するのと同時に、俊男が帰って来た時に、足手纏いにならない ように、更なる修行をしているのだ。健気な話だ・・・。  俺は、その恵を助ける形で修行に付き合っている。ファリアも最近は、かなり本 気で打ち合っているようだ。サイジンも、ファリアを手伝っている。  魁が、他の星を救いに行っている・・・。俊男は、愛する恵の為に自分の殻を破 ろうとしている。この『闘式』を通して、自分を高めようとしているのだ。それに 比べて、俺は、何をやってるんだ?このままじゃ、普通に敗退して終わりじゃない か。・・・それで良いのか?  ファリアは、新しい召喚の型を成功させている。その力を存分に振るって、サイ ジンと言う英雄を連れる事に成功している。俺は、パートナーとして何が出来る? 剣の腕を今以上に磨く・・・。それは、当たり前の事だ。それ以上に何かが無けれ ば、とても勝ち抜けないだろう。 (迷っているようだな・・・。)  この声は、ゼロ・ブレイドか?声を掛けてくるなんて珍しいな。 (私の使い手が迷っているのなら、私自身が鈍る。だから、私自身の為にも、君に 迷ってもらっては困る。今回の大会では、私の出番は無いだろうが・・・万が一と 言う事もある。平和なだけの大会で終わらぬ可能性もあるのだろう?)  ・・・そうだな。特にセントの出場者は、大会の決まり事を無視する可能性が高 い。気を付けなくてはならない・・・。 (・・・ゼロマインドだったか?君は、奴に勝てると思うか?)  勝てる勝てないでは無く、勝たなくちゃならない・・・。 (決意は認める。だが、このままでは絶対に勝てないのは、分かっているな?)  やはり、見て見ぬ振りする訳にはいかないか・・・。 (奴を斬る為には、並の剣では歯が立たない。だが、今の私を使えば、『より危険 な強さ』になる。ゼロマインドとの相性は最悪だ。)  言われなくても分かっている。奴が『無』の力の塊その物だって言うなら、今の アンタ、つまりゼロ・ブレイドで斬り付けるのは、自殺行為だ。 (そうだ・・・。かと言って、他の者も、『無』の力を操る者が多い。それは偏に 燃費が良いからだ。単純であるが故に消そうとする力は、どの力よりも強い。他の 力で上回るには、倍以上の出力を必要とする。)  ああ・・・。分かってる・・・。分かってるんだよ。だけど・・・。如何すれば 良いのか思いつかないんだ・・・。情けないぜ。 (難しく考えるな。もっと簡単に考えた方が良い。)  簡単に・・・ねぇ?それが出来れば、苦労しないんだが・・・。 (なら、単刀直入に言おう。本来の『無』の力を身に付けるが良い。)  本来の『無』の力?そんな区分けがあるのか? (前に記憶を見せただろう?本来『無』の力は、ジークが編み出したのだ。)  それは知ってる。それとゼロマインドの『無』は何が違うんだ? (奴が作り出している『無』は、『瘴気』と『神気』を掛け合わせる事で発生する 存在概念としての『無』で、ジークが編み出した『無』とは、根本的に違う。)  じゃぁご先祖は、『瘴気』も『神気』も知らないのに、『無』が操れたってのか? (そうだ。そして、その心の在り様こそが、私をゼロ・ブレイドに変えた経緯でも ある。・・・怒りや悲しみの全ての感情を捨てて、只ひたすら強さを求め、全てを 超えたいと願った心。そこに真の『無』の力が宿ったのだ。)  真の『無』の力・・・。じゃぁ、今のセントの力は、真の力じゃないと? (厳密には、あれも『無』として機能している。そして目覚めると、『無』がこの 世の理を見せる。それにより、怒りや悲しみを超える心境にさせてくれる事から、 あながち違うとも言い切れない。)  複雑なんだな・・・。要は、結果的に同じ心境になるが、自ら目覚めたのとでは、 性能が違うって事か? (そうだな。『無』の力とは、実は根源的な所で繋がっている。)  繋がっている?それはどう言う意味だ? (言葉通りの意味だ。根源的に繋がっているから、本質的な意味で、全てを理解す る事が出来る。神魔戦争の折に、ミシェーダの悪行をクラーデスが知る事が出来た のも、奴がその答えを求めたからだ。根源がその欲求に応えたのだ。)  根源が応えた・・・。じゃぁ『無』の力を使えば、何でも分かるってのか? (いいや、其処まで便利では無い。根源にも限界がある。過去の出来事を再現する 力はあっても、未来を見通す事は出来ない。)  過去の出来事を再現?そんな事が出来るのか? (そうだ。『無』は、記憶の渦だ。問い掛ければ、答えてくれる知識の海でもある。 私が、お前に映像で見せるのに近い感覚だ。ただし『無』は、もっと漠然としか答 えてくれぬがな。その代わり、完全に『再現』する力があるから、今回のように、 『無』によって消えた魔族達を『再現』する力があるのだ。)  ・・・『再現』?って事は、アイツ等は、生き返ったんじゃなく・・・。 (そうだ。ファリアに『召喚』された者ならば、1000年間、魂の経験を得て、現界 するに至る。だが奴らは、『再現』なのだ。だから、1000年前の姿その物なのだ。)  死んだ後、いきなり飛ばされたように感じる訳か? (その通りだ。奴等がこの世界に慣れるのが遅かったのは、記憶の齟齬が生まれる せいだ。別世界に飛ばされたような物だ。『召喚』ならば、召喚者の知識が流れ込 んでくるから、慣れるのも早いと言う事だ。)  成程。そう言えば、サイジンは、早く慣れてたな。 (だが『再現』出来る力は、本当に強い。・・・何故、『無』の力は、他の力を圧 倒出来るか、分かるか?)  んー・・・。確か、他の力より効率が良いってのは、さっきも聞いたな。 (そうだ。記憶の渦から、どう言う風に防いで、どう言う風に出力するかを、拾っ て来ているのだ。だから、神気を防ぎつつも、効果的な弱点を見出して出力する。 結果的に少ない力で圧倒出来る力が生まれる訳だ。更に、触った相手の弱点を見つ け出して、記憶の渦に戻そうとする。『無』の力で消滅された者は、記憶の渦と一 体化して、保存される訳だ。)  すっげーな・・・。だとすると、他の力を使うのは、馬鹿みたいだ。効率的に他 の力を圧倒して、最終的に記憶の渦の力が強まる訳だ。 (そうだ。最も、其処まで理解して力を使っているのは、ジークだけだったがな。 ジークは、全ての感情を押し殺す事で、記憶の渦に、根源に触れたんだ。その瞬間、 圧倒的な吸収する力、消滅させる力に気が付いた。だから理解した瞬間に、恐ろし い力だと呟いたのだ。その心に触れたから、私はゼロ・ブレイドとなったのだ。)  そうか。そういやアンタの本当の名前は、『記憶の原始』だっけか。 (そうだ。私には、人間の感情を増幅させて、力にする機能がある。王剣『ペルジ ザード』の時は、初代ルクトリア王が、象徴としての力を望んだ。だから宝飾の激 しいデザインとなった。だが、『記憶の原始』である私は、記憶を流す力を有して いる。その記憶は、血と共にあると言っても過言では無い。だから、ユード家以外 の者が触れると、混濁した記憶が流れ込み、精神を崩壊させてしまうのだ。)  つまり、俺達の一族は、アンタの記憶が流れ易い血が、流れているって事か? (ご名答だ。呪われた剣などと言われるのは心外だが、私の構造がそうなっている のだから、変えようが無いのだ。)  まぁ、現に精神を崩壊させる危険性があるしな。 (ライルの時代で、ライルの自分への激しい怒りを受けて、『怒りの剣』となった。 感情を爆発させる事で、闘気を増幅させる剣へと生まれ変わった。そして、ジーク の時は、記憶の渦に私も触れた。それで『ゼロ・ブレイド』となったのだ。)  そう言う事か・・・。だから、激しい力に触れると、アンタは姿を変えるんだな。 ・・・それにしても、真の『無』の力って、何か違うのか? (根本的な所から違う。ジークは、自らそこに至り、ソクトアを破壊しないように 出力を調整して闘っていた。全てを開放したら、宇宙すら滅ぼされ兼ねないからな。 それに対して今、横行しているのは、『神気』と『瘴気』を掛け合わせれば、『無』 が生まれると言う仕組みしか、知らない連中だ。)  ・・・?つまり、何が違うんだ? (分からぬか?奴等は記憶の渦を垣間見る事しか出来ない。その結果、知識を得る 事は出来る。だが、記憶の渦に触れられないのだ。・・・だから、奴等はより近づ く為に全力で出力する。完全に引き出すに至っていない。それでも他の力を圧倒出 来る程強い。だが、ジークは違う。奴は、触れて引き出す方法を知っていた。だか ら、出力を抑える為に力を使っていたのだ。)  んじゃジークだけは、『無』を自由に引き出せたってのか? (そうだ。そして今、このソクトアで横行している『無』は、仮初の物だ。)  仮初か・・・。それでも覇権を握れる程、強力だって訳か。で?俺は、その真の 『無』の力を手に入れなきゃ駄目なのか? (そうだ。根源に触れる力。必ず手に入れなきゃならない。)  でも、『無』に対抗するのに『無』の力を極めるってのも、変じゃないのか? (その通りだ。ゼロマインドを相手に『無』の力は厳禁だからな。)  認めてる・・・。なら何で、その力を手に入れるんだ? (『無』を超える力を手に入れる為だ。)  『無』を超える?・・・出来るのかよ。それ。 (お前の言葉ではないが、出来るか?では無く、やらなければならないのだ。)  まぁ、そうだよな・・・。しかし前準備として、『無』を極めなきゃならないな んて、難儀な事だ。・・・まぁ良いさ。やってやる!  それにしても、『無』の力か・・・。奥が深い力だ。  リーゼル星では、相手を倒す決闘は、何よりも重い意味を持っていた。そこに至 る経緯が評価される為だ。相手より力で勝る為には、何よりも鍛えなくてはならな い。その成果が決闘に現れると言うのが、リーゼル星の考え方だ。  ある意味『覇道』に近いと思う。俺が教科書で習った感じでは、『覇道』もそれ に近い考え方の筈だ。だから、此処で意見を通すには、強くならなきゃならない。 正直、俺なんかの強さで、何とかなる物なのだろうか?自信は無い。  だけどジュダさんは、俺なら出来ると言って、火山を沈静させる準備をしている し、かと言って、此処から逃げ出すにも、俺一人じゃ戻れない。・・・それに、此 処の奴等と関わっちまったから、逃げる気も無い。何としても説得して、火山を落 ち着かせたいと思っている。気の良い奴等だけに、滅亡するのを見たくない。  だとすると、俺は強くなるしかない。せっかく時間を貰っているので、出来る限 り強くなって、少しでも説得を聞いてもらうチャンスを増やそうと思う。  もう此処に来て、2週間以上経つ。腕はそこそこ上がってきたと思う。だが、こ の村の戦士長のレーデルには、勝てる気がしない。歴戦の勇者だって言われるだけ あって、勇猛果敢だし、戦闘の組み立ても、他の奴等とは一線を画している。  俺は、仲の良かった戦士ザインから、この星に伝わる闘法、盾を使った戦術を教 わって、モノにしてきたが、殻を破るには、もうちょっと頑張らなくてはならない。 レーデルは、それだけ強敵だと言う事だ。  だけど、丁度良いとも思っていた。強くなるのは、『闘式』に参加する俺からし てみれば、願ったり叶ったりだ。とは言え、それが目的じゃない。この星の奴等を 説得して滅亡の運命を変えるのが目的だ。その想いは、日に日に強くなっていく。 「ここだぁ!」  俺は、ザインの棍棒を盾で弾きながら、捻りを加えてザインの腹部に打撃を入れ る。ザインは、鎧の上からとは言え、派手に吹き飛んだ。 「あ。だ、大丈夫か!?ザイン!」  俺は、やり過ぎたと思っていた。怪我させては本末転倒だ。 「何とかな。それにしても魁も随分と力を付けてきたな。」  ザインは、お腹を押さえながら、嬉しそうに話していた。 「ああ。ザインのおかげだよ。感謝してるぜ。」  俺は、感謝の気持ちを隠さなかった。此処まで強くなれたのは、ザインが一生懸 命に教えてくれたからだ。俺の悪い点を常に指摘してくれたおかげで、復習する事 で、戦術も練り上げられている。 「謙遜するな。君の熱心さがあってこその強さだ。」  ザインは、俺の事を持ち上げる。確かに俺自身、強くなった感じはする。 「・・・まだ浮かない顔をしているな。伸びが良いのに。」  ザインは、俺の顔を見て、心配してくる。顔に出ちまってたか。確かに俺は、強 くなったし、伸びも良いのかも知れない。平時であれば、この調子で頑張って行こ うで終わるのだが、今回はそうは行かない。 「まだ、レーデルには、届きそうにないなと思ってな・・・。」  俺は、この強さでも、レーデルに勝てないと思っていた。 「まぁな・・・。相手は歴戦の勇者だ。私の知る限りじゃ、一番強い男だ。」  ザインは、隠そうとしない。変に嘘を吐かれるよりマシだ。 「そうだよなー・・・。でも、勝たなきゃなんねぇ・・・。」  俺は考える。考えて勝てるのなら、いくらでも考えなきゃならない。この星の頑 固な連中に負ける訳にはいかない。星に殉じるのは勝手だ。だけど、何も知らない 小さな子まで殉じさせるなんて、間違っている。  しかし、どうやって勝機を見出そうか?普通にやったら勝てそうに無い。レーデ ルは攻撃の組み立てが、とんでもなく早い。普通に闘えば、段々押されて、防御も 攻撃も間に合わなくなる。ジリ貧になって終わりって奴だ。  それをどう回避するかだ。幸い、棍棒の強さもあり、力の入れ具合で、パワーの 差は何とかなる。後は、手数をどうするかだ。 「魁、最近暗いぜー?それに焦ってる感じがするー。」  ルードだ。俺の様子がおかしいので、気になったのだろう。 「俺だって焦る事くらいあるんだよ。大人だからな!」  俺は、ルードをからかいながら、頭を撫でてやる。 「焦るのと大人は全然関係無いだろー。適当言うなよー。」  ルードは、口を尖らせていた。まぁ、今のは強引だったか。 「大体よー。焦ったって良い事無いぜー?もっと単純に考えれば良いんじゃね?」  簡単に言ってくれるぜ。単純にねぇ・・・。でも待てよ・・・。今問題なのは、 手数だ。防御に徹すると、攻撃出来ないし、攻撃しようにも相手の方が動きが早い のだ。盾で防ぎながら棍棒を振れればなー・・・あ! 「そ、そうか!!これなら!!」  俺は閃く。この戦法が確立出来れば、手数は何とかなるかも知れない! 「お?何か閃いたのか?」  ザインは、俺の様子を見ていた。 「ああ!ちょっと試してみたいんだが良いか?」  俺は、ザインに頼み込む。忘れない内に試しておきたい。 「ま、お手柔らかにな。」  ザインは、鼻を鳴らすと、盾と棍棒を構える。俺は、それに向かって新技を試す。 ザインの構えに対して、その技を放ってやった。 「うおわ!!うおおぉぉぉ!!」  ザインは、驚きの声を上げる。そして、棍棒と盾を放してしまう。いや違う。俺 が弾き飛ばしたのだ。これは・・・いける!! 「これは・・・凄いじゃないか!魁!!私達では思い付かなかったぞ!」  ザインは、興奮していた。俺の戦法が、リーゼル星では画期的だったのかも知れ ない。だけど、俺が思い付けるくらいだ。俺の仲間なら、思い付いただろうな。 「おー!魁、すっげー!!やるじゃん!」  ルードは俺の背中を叩いて、俺の成果を称えていた。 「これで、少しは対抗出来るかもな。・・・よーし。やってみるか!」  俺は、とうとうレーデルに挑む覚悟をした。  負けられない。俺が負けて、発言権を無くせば、この星の連中は、残らず滅びの 運命を辿る。頭の固い頑固な連中だが、放ってなんて置けるか!  勝って、生き残りの道を示すしかないんだ!  合気道を極めし者。最高の技の具現者。生ける怪人。この老人を示す言葉は、数 多くある。ガリウロルに住む者なら、一度は聞いた事のある名前。合気道の粋を極 めた男。それが藤堂 秋月(しゅうげつ)と言う男だった。  睦月さんと葉月さんの祖父であり、合気道の為に家族を捨てた程の求道者だ。  その秋月と、うちの爺様が組むなんてね。やり辛いったらありゃしない。  今日は、うちの道場で修練を積む事になった。瞬君が言い出したのだ。秋月が山 を降りて、うちの道場に来るらしいので、それを聞いた瞬君が、是非とも見たいと 言って来たのだ。爺様に話したら、瞬君が来るなら、いつでも大丈夫だと話してい た。気に入られてるからねー。  既に瞬君は、道場生と稽古を積んでいた。道場生も、空手のソクトア覇者が来た と言う事で、俊男君の時と同様に、我こそは挑まんと、絶えないくらいだ。  挑まれては吹き飛ばして、悪い所を指摘する。さすが瞬君だ。1000年前から帰っ て来てからは、力だけでは無く、技にも磨きが掛かっている。  しばらくすると、道場の門を叩く音がした。控えめだが確実に聞こえるように調 整しているような感じの音だ。 「お。来たようじゃな。おう!開いておるぞ!」  爺様が、入ってくるように呼び掛ける。すると、静かに扉が開かれる。  あれが、藤堂 秋月・・・。合気道の達人・・・。 「久しいのう。大二郎。下界は楽しめるんじゃろうの?」  秋月・・・いや秋月さんは、飄々としていた。 「安心せい。山に篭っておる間に、後進は育っておる。」  爺様は、そう言うと、私や瞬君を指差す。 「ほう・・・。おぉ!お主は、天神ん所の坊主じゃないか!」  秋月さんは、瞬君を見て、懐かしそうにしていた。 「秋爺さん。久し振りです。山篭り生活は、長かったようですね。」  瞬君も懐かしそうにしている。ああ。そうか。そう言えば、藤堂の家は天神家の ご近所だし、知り合いでもおかしくないわね。 「あの坊主が、もう後進候補か!時が過ぎ去るのは早い物じゃて。」  秋月さんは、目を細めながら喜んでいた。何だか、悪い人には見えないな。 「そこの嬢ちゃんは、坊主の彼女かね?」  か、彼女!?・・・いや、間違ってない・・・って言いたい・・・。 「俺の先輩です。此処の道場の師範代でもある人です。」  ・・・先輩止まりか・・・。あ、いや、まぁ良いんだけどね・・・。 「一条 江里香です。お見知り置き下さい。」  私は、挨拶をしておく。やはり、ここは失礼が無いようにしないと。 「ふむ・・・。成程。嬢ちゃんはスピードと変則タイプじゃな?パワーが無い分、 急所攻めで補う・・・と、こんな感じかのう?」  ・・・こ、この人!初見でそれを見抜く!? 「わ、分かるんですか?」  私は、少しビックリしながら、尋ねてしまう。 「肉の付き方を見れば、ある程度は予想が付く物じゃ。・・・坊主は、バランス良 く育てておるようじゃの。・・・これは楽しみじゃな。」  秋月さんは、瞬君の事も見抜く。瞬君は、戦慄が奔る。私もビックリした。秋月 さんは、本当に凄い。瞬君は見た目ではパワータイプに見える。実際に、物凄いパ ワーだし、パワーでは誰にも負けないくらい凄い体をしている。そう言う風に鍛え るのが天神流だからだ。だが最近の瞬君は、ゼーダさんとの特訓もあり、スピード を、かなり強化したのだ。技術も、1000年前に行ってから、かなり強化されている。 それを一発で見抜くなんて、尋常じゃない。 「さすが秋爺さんだ。俺の爺さんが、気に掛けてたからなぁ。」  瞬君の実の父親でもある真(しん)さんの事ね。 「む・・・。そうか。真は逝っちまったか・・・。奴との闘いは、燃える物があっ たんじゃがのう。残念じゃ。」  秋月さんは、今、初めて知ったかのような口振りだ。 「睦月さんからの手紙、見てたんですね。」  瞬君は秋月さんが、今更になって言う物だから、少し怪訝な顔をしている。 「何の事じゃ?儂は今、お主が真の事を話す時、体が萎縮するのを感じて、感じ取 ったまでじゃが?何じゃ。睦月の馬鹿たれは、手紙なんぞ送ってたのか。」  秋月さんは、瞬君の体の変化を感じ取って、それを知ったみたいだ。それも凄い 話だが・・・。睦月さんを馬鹿扱いするのも、この人くらいだろうなぁ・・・。 「山篭りの時は、一切の情報を伏せておったからな。倅が死んだのを知ったのも、 2年前じゃったな。最初に言うておったのに、手紙に文句ばかり書きおったからの う。ま、葉月がフォローしに来おったけどな。」  何だか、孫娘達とは、仲が悪いようだ。 「秋爺さん、睦月さんと葉月さんは一生懸命やってるよ。悪く言っちゃ駄目だよ。」  瞬君は、一応フォローしておく。 「そういや、坊主の家の手伝いをしてるんじゃったな。当主殿は元気かの?」  秋月さんは、天神家の事を気にしている。 「む?まさか、厳坊も死んだのか?・・・そうじゃったか・・・。」  秋月さんは、厳導さんが亡くなった事も知らなかったようだ。 「天神家は恵が継ぎましたよ。俺が継いだのは、天神流空手の方です。」  瞬君は、天神家の事を教えてあげた。 「恵ちゃんが継いだんか・・・。それで睦月は荒れておったのか。・・・苦労掛け たのう。瞬坊。」  秋月さんは、瞬君に謝る。 「秋爺さん。謝る相手が違うよ。睦月さんと葉月さんと恵に、直接言わないと。」  瞬君は、その辺は、誤魔化さない。 「瞬坊も言うようになったのう。なら『闘式』が終わったら、挨拶しに行くわい。 今は、敵同士じゃからな。」  秋月さんは、今は会いにいけないと判断した。 「相変わらず、マイペースだなぁ。秋爺さんは・・・。」  瞬君は呆れていた。秋月さんは、自分のペースでしか生きていない。だから、管 理する側で生きてきた睦月さんが激怒するのだろう。 「自分を追い込むとは、そう言う事じゃ。瞬坊には分からんか?」  秋月さんは、自分の為に家族の事を顧みなかったのだろう。 「俺も、山篭りの時は、そうだったけどさ。今は違うよ。仲間が出来たからね。そ の仲間を心配させるような事はしないよ。」  瞬君は言い切った。今は、私達が居る。その私達を捨てて修行に篭る事は、しな いと言う事だろう。 「自分より仲間か。青いのう。じゃが、良い闘気じゃな。」  秋月さんは、常に自分を追い込む事しかしなかった。だから、瞬君の考えは甘く 見えるのだろう。 「秋爺さんは、其処まで自分を追い込んで、家族も捨てて、何を求めたんです?」  瞬君は、それを聞きたかったのだろう。其処までして欲しかった物。人生を費や した達人の言葉が聞きたかったのだ。 「そうじゃな。口で言うのは容易い。じゃが、理解は出来ん。なら武道家なら、手 合わせするのが早いじゃろうて。」  秋月さんは、そう言うと、ニヤリと笑う。 「やっぱそう来る?秋爺さんらしいや。」  瞬君は、呆れながら笑う。が、目は笑っていなかった。 「瞬坊の修行の成果も、見させてもらうぞ。・・・大二郎!」  秋月さんは、爺様に合図をする。 「フン。分かっておるわい。おい。皆下がれ。秋月の闘う姿を見学するぞ。」  爺様は、道場生に目配せして、道場の真ん中を空ける。  達人の闘いか・・・。確かに凄いんだろうけど、瞬君だって物凄い勢いで成長し ている。技量も上達しているし、瞬君が圧倒するかも知れない。  瞬君は、前に出て、いつもの通りに構える。どっしりと構えて、右手を下から顎 に当てて、左手を水平にする。 「『十字の構え』か。さすが真の弟子じゃな。瞬坊も良く修行を積んでおる。」  秋月さんは、瞬君の構えを見た事があるらしい。瞬君得意の攻防一体の型である 『十字の構え』だ。天神流の基本だが、瞬君の構えは、風格すらある。  そして、秋月さんは・・・何も構えていない。なのにも関わらず、全く隙を見出 せない。本当にその辺を歩いている感じだ。だが、隙が無いのだ。 「何て人だ・・・。これが、藤堂流!」  瞬君は、冷や汗を掻いている。秋月さんの隙の無さから来るプレッシャーが相当 強いのだろう。これが、武の極み・・・。 「儂の怖さが分かるとは・・・。成長したのう。瞬坊。」  秋月さんは嬉しそうだった。かつて可愛がっていた近所の子が、強くなって帰っ てくるのが、嬉しくて仕方が無いのだろう。 「でも、このままなんて訳には行かない・・・!なら行く!!」  膠着状態が続くかと思ったが、瞬君の方から仕掛けに行った。まずは飛び込んで みる選択は、如何にも瞬君らしい。 「うりゃあああ!!」  瞬君の掛け声と共に、秋月さんに正拳突きが迫る。速さ、質と、共に申し分無い 一撃だ。踏み込みの良さと言い、瞬君だって成長している。  バシィィィィ!!!  物凄い音が鳴った。これは、秋月さんだって一溜まりも・・・。って・・・。 「・・・いやぁ、凄いね・・・。」  何と吹き飛ばされていたのは、瞬君の方だった。 「え?な、何で?」  私は、つい口に出して言う。 「あれが、本物の合気かよ・・・。恐ろしいな。秋月。」  爺様は、秋月さんが何をしたのか、分かっているようだ。 「お爺様。今のは、何が起こったの?」 「む?気付かんかったか?・・・あれは反撃・・・つまりカウンターじゃ。しかも、 瞬の攻撃の速さに完璧に合わせてのな。タイミングが余りに完璧じゃからな。瞬は、 自分の力で吹き飛ばされた様な物じゃ。」  超カウンター・・・って所かしら?って、あの瞬君の攻撃に合わせてってのが凄 い。並の速さじゃないのに。 「相手の息遣い、呼吸の速さまで見切ってなければ出来ん芸当だ。テレビなどで見 る『お約束』の合気などでは無い。あれこそが本物じゃ。」  これが・・・本物の合気・・・。凄過ぎて、言葉が出ないわ。 「いやぁ・・・まさか攻撃した瞬間、吹き飛ぶとは思わなかったよ・・・。」  瞬君は、笑いながら立ち上がる。負けず嫌いだからなぁ。 「いやはや、儂もあそこまで吹き飛ばすとは思わんかった。あそこまで吹き飛んだ のは、瞬坊の力じゃ。驚きを通り越したわい。」  秋月さんは、余りのインパクトの良さに、逆にビックリしたのだと言う。 「まだまだ、これからだよ!」  瞬君は、どんどん攻め込む。様々なコンビネーションからの足払い、裏拳の連続 技も完璧に防御された。当たる寸前に柳のように避けられる。凄い・・・。 「ふむ。良い組み立てじゃな。さすが真の教えじゃ。」  そう褒めつつも、秋月さんは全て避けきっている。そして、瞬君の回し蹴りに合 わせて、避けつつもカウンターの掌抵を合わせる。 「うぐ!!自分の力ながら、とんでもないな・・・。」  瞬君は、完璧なカウンターを前に、冷や汗を掻き始める。 「瞬坊も凄いのう。儂じゃなかったら、今の攻撃で終わっとったぞい。」  秋月さんは、軽く言っているが、凄い事をしている。瞬君の攻撃は、並の攻撃じ ゃない。当たれば鋼鉄すら砕く程の拳なのだ。それを完璧に見切るのは至難の業だ。 「フェイント、攻撃の組み立て、勢い、踏み込みの良さ、どれをとっても一級品じ ゃ。そこまでの強さになるとは、恐ろしいな。瞬坊は。」  秋月さんは、瞬君の強さを認めている。跳ね返しているが、ギリギリなのかも知 れない。しかし、そのギリギリを見切れるのが、秋月さんの凄い所だ。 「全部防がれてから、言われる台詞じゃないですね。」  瞬君は、そう言うと両手を腰に持ってきて、腰を落とす。そして、水平に綺麗に 4回正拳突きを放つ。これは、正中線四連突きを横に改良した『四海(しかい)』 と言う技だ。何度か瞬君が放ってたっけ。 「ほっ!ふっ!!」  秋月さんは目を見開いて、全ての突きを見切って躱す。あの突きを、全て躱すな んて・・・。どう言う視神経を持っているの? 「瞬坊・・・。何て突きを出すんじゃ・・・。儂に本気の見切りを出させるとは。」  秋月さんも危なかったみたいだ。まぁ瞬君の本気の突きだしね。 「さすが秋爺さん。あれを防ぐなんてね。・・・でも!」  瞬君は、構わず突っ込もうとする。しかし、秋月さんの手前で動きが止まる。 「うぐ!!」  瞬君は、完全に踏み出せずに居る。どう言う事なのだろう。 「江里香。瞬の足元を見てみぃ。」  爺様に言われて見てみると、瞬君の足の甲を足の指で押さえていた。そう言えば、 これは神城 扇がやっていたわね。 「動けんじゃろ?ほぉれ!!」  秋月さんは、瞬君の顎に掌抵を食らわす。そして、そのまま引き倒そうとする。 「・・・んな!!」  今度は秋月さんが驚く番だった。秋月さんの引き倒しを瞬君は、首の力だけで耐 える。凄まじい筋力だ。この絶対なる剛健さこそ、天神流の本領だ。  そして、そのまま首の力だけで秋月さんを吹き飛ばした。 「ふぅ・・・。化け物じみた首の力じゃな。」  秋月さんは、受身を取ったが、初めての出来事で、驚きを隠せないようだ。しか し気を取り直して、鳩尾に指突を入れる。 「んな!?」  秋月さんは驚いた。瞬君は、それを読んで、腹に力を入れる事で、秋月さんの動 きを封じたのだ。そのまま膝蹴りに移行する。 「ぬぅ!!」  秋月さんは高く浮くが、手でしっかり防御していた。そしてその高く浮く動きを 利用して、瞬君の腹から指を抜く。そして、華麗に受身を取っていた。 「今のは、ヒヤッとしたぞ?瞬坊。」 「秋爺さんこそ、抜けないのを逆に利用して、鳩尾を抉って来るなんて、えげつな いね。さすがに効いたよ。」  瞬君の鳩尾は、最初に指を入れられた時より、深く穴が開いていた。秋月さんは、 抜けない状況を利用して、深く指を入れていたのだ。 「ま、ここまでじゃな。これ以上は、こんな修練でやる内容じゃないのう。」  秋月さんは、終わりの合図をする。 「秋爺さん、有難う御座いました!」  瞬君は、丁寧にお辞儀をする。あの瞬君と互角以上の闘いをするなんて・・・。 「いやー、内容的には負けちゃったなー。」  瞬君は、悔しそうにしていた。確かに秋月さんが圧倒している内容だった。 「瞬坊が本気を出さなかったからじゃ。儂相手に力を量るとは、良い度胸をしてお る。技だけで闘って、儂に勝つつもりじゃったな?」  秋月さんは、ニヤリと笑う。それに対して、瞬君は頭を掻く。秋月さんには、バ レていたようだ。瞬君は、敢えて力を解放せずに、技だけで勝とうとしていたのだ。 達人相手に技だけで対抗して、勝負を挑んだのだ。 「秋月さん!」  私は、つい声を掛ける。私が抱えていた靄が晴れる方法が見つかったかも。 「何じゃ?・・・ほう。もしや・・・。」  秋月さんは、私が何を言いたいか、分かったようだ。 「はい。お気付きの通りです。私に合気を教えて下さい!」  私は、意を決して言う。空手によるパワー不足を解消し、個で瞬君の役に立つ為 に、やらなければいけない事。それを、私は探していたのだ。 「江里香・・・。お主、其処まで悩んでいたのか?」  爺様は、私が空手に掛ける想いを知っている。だが、それでも尚、合気の教えを 請うのだ。私の覚悟の深さを、爺様は悟ったのだ。 「江里香先輩・・・。」  瞬君も心配そうだ。 「御免ね。空手は勿論凄いわ。捨てる気は無い。でも、今の私が大きく強さを上げ るには、この選択しか無いのよ。・・・だから、お願いします!」  私は、秋月さんに頭を下げる。 「嬢ちゃん。合気は厳しいぞ?それでもやる気か?・・・しかも『闘式』に間に合 うように、スペシャルバージョンじゃぞ?」  秋月さんは私が、その為に特訓すると、分かっているようだ。 「はい!お願いします!!」  私は迷い無く言った。すると、瞬君も爺様も顔を合わせて、仕方が無いと言う表 情をする。私の気持ちを思って、更に私の事を応援しているのだ。  私は、この応援に負けないように、これから頑張る事を決めたのだった。  やっぱり創始者ってのは、すげぇ。同じ組み手をやってても、こうも違う物か。 俺は勿論の事、親父や道場生達も、ミカルドさんと組み手をやるだけで、どんどん 腕が上がっていく。微妙に教えと違う所や、改良した方が良い点などを、指摘して くれてるおかげで、メキメキ腕が上がってきているのだ。  ちなみに、ミカルド様と呼んでいたら、呼び方に慣れないから止めろと言われて しまった。それでしょうがないので、ミカルドさんと呼んでいる。まぁ確かにコン ビを組むのに他人行儀じゃいけないよな。  今日は、道場での食事を用意する日だ。材料も吟味している。この前は酢豚だっ たからな。今日のメインは、海鮮パスタにしようと思っている。既にソースは作り 置きしているので、パスタを茹でるだけで出来る。後は、センリンさんからバイト 中に習った秘伝のオニオンスープを用意している。数種類の野菜に少しだけコクを 加える為に、ホタテ出汁を入れてある。しつこくならないように、3回以上布を使 って濾すのがポイントだ。士さんにも合格を貰った一品だ。  付け合せにオリーブオイルで軽く味付けしてあるパンを焼けば出来上がりだな。  パスタも良い感じに茹で上がったし、これなら大丈夫だな。  俺は、出来上がったので手際良く並べていく。道場生も手伝ってくれたので、並 べるのは早い。・・・そう言えば最近、アイツ等も道場入りしたんだっけなぁ。学 校で俺が荒れてた時に、つるんでいた奴等だ。気の良い奴等だし、親父も熱意は本 物だと思ったのか、了承したんだっけ。筋は悪くない。何故か、物凄く真面目に取 り組んでいるし、どうしてか聞いてみたら・・・。 『勇樹さんは、俺達の憧れなんですよ。それに俺達も、やれば出来るのかな?って 思ったんですよ。勇樹さんの真似みたいで、カッコ悪いですかね?』  とか言って来やがった。カッコ悪い事あるかよっての。俺は嬉しくなって、つい 涙ぐんじまう所だった。最初は、音をあげていたし、道場生との折り合いも悪く、 喧嘩になる事もあったが、今は仲間として真面目にやっている。 「勇樹さん!良い感じに並べ終わりましたぜ!!」  アイツは副番やってた尾崎(おざき) 斉昭(なりあき)だ。斉昭は、皆を纏め 役として頼られている。俺も頼りにしてたっけな。  ・・・アイツは俺が荒れてた頃に、最初に突っかかってきたんだっけ。その時は、 羅刹拳を使って、部下共々、ボコボコにしたんだよな。それでも立ち上がって来て 突っかかってきたのは、アイツだけだったな。  次の日も、その次の日も突っかかってきて、毎日痣だらけになりながらも、掛か ってきた。だがある日、斉昭は俺に大事な話があると言って、呼び出したんだっけ。 すると、俺に番を代わって貰いたいと言い出しやがった。正直面倒臭かったので、 断ったっけ。でも、俺なら天下を取れるから、お願いする!と言われて、コイツ等 の気が、それで済むのならと、安請け合いしたんだっけなあ。  それから、他校の奴等とも渡り合って、俺は勝ち続けた。日頃の不満をぶつける ように勝ち続けた。でも、俺は満たされなかった。俺は女だからだ。所詮勝ち上が った所で、このことがネックになるに決まっていると思ったからだ。  部下も増えてきた所で、俺は自分が女である事を明かした。その告白に、斉昭や 仲間も驚いたが、アイツは関係無いと言い切りやがった。 『俺は勇樹さんと居ると面白いからツルんでるんです。そんな理由で止めるとか詰 まんない事を言わないでくれますか?』  と、そう聞いた時、俺は嬉しかったっけな。だが、俺は瞬に負けた。そして、恵 や江里香先輩に諭されて、とうとう番を止める決意をした。それを言った時、大半 は、俺の力に靡いた奴だったから、去っていったが、斉昭と数名は、俺から離れよ うとしなかった。そしたら・・・。 『勇樹さん、俺達は楽しいから付いていってるって言いましたよね?それは、今も 変わりませんよ。野暮な事は言わないで下さいよ!』  と言ってくれた。だから、コイツ等は、真の仲間だと思っている。勿論、瞬達だ って、俺の大切な真の仲間だ。でも同じくらい、コイツ等の事も大事にしている。  とまぁ、こんな感じで、今は楽しくやっている。時々俺の事をストーキングして いるんじゃねぇか?と思うくらい詳しい事もあるが、まぁ由とする。 「じゃ、戴きます。」 『戴きます!!』  俺の挨拶と共に、飯の時間が始まった。飯の時間に関しては、俺の権限が第一だ。 だから親父やミカルドさんですら、俺に挨拶を任せる。 「かぁー!うめぇ!さすが勇樹さんだぜぇ!」  皆は笑顔で飯を食べている。その姿を見ると安心する。 「勇樹さんの飯は、格別だ!!俺は感動に打ち震えるぜ!」  斉昭もオーバーに涙を流しながら食っている。 「大袈裟だな。キチンと噛んで食えよ?全く。」  俺は苦笑しながらも、食っている姿を眺める。 「いやー。俺もな。此処の飯は、マジで美味くて驚くばかりだ。」  ミカルドさんも褒めてくれる。それは嬉しい限りだ。 「フッ。やりおるわ。」  親父も、言葉少なながらも、褒めてくれていた。皆から褒められると嬉しい物だ。  すると突然に、ノックの音が聞こえた。何だろう? 「む?客か?どなたですかな?」  親父が扉の方に向かう。すると、見覚えのある人と、見覚えの無い人が二人、立 っていた。見覚えがある人は・・・シャドゥさんかな? 「ありゃ?シャドゥさん久し振りです。」  俺は、挨拶しておく。 「夜分遅くに失礼します。私はシャドゥと申します。勇樹殿。お久し振りです。」  シャドゥさんは、クソ真面目に応対する。丁寧だよなぁ。この人。 「・・・お、お前、来てたの?」  ミカルドさんの声が震えている。同行してきた女の人を見てだなぁ。つーか、こ の人、滅茶苦茶美人だな。女の俺でも惚れそうなほど美人だ。 「来てたの?じゃないでしょ?最近、連絡を寄越さないなんて、どう言う事?」  何だかすげぇ怒ってる・・・。ミカルドさんが震える程なんて・・・。 「ええと、どちら様でしょうか?」  俺は、なるべく丁寧に応対する。 「これは失礼しました。私は、そこのミカルドの妻のリーアと申します。」  はぁ・・・奥さんだったのか。ミカルドさんも綺麗な人を・・・ってミカルドさ んの奥さんって事は・・・。 「え?ま、まさか妖精王のリーア・・・様?」  俺は、歴史の教科書を思い出しながら言う。確かミカルドさんと結婚したのは、 妖精王に新しく就任したリーアだった筈だ。 「そう言う呼ばれもあったかしらねー。」  リーア様は、素知らぬ顔で答える。最近、こう言う客増えたなぁ・・・。そう言 う来訪は、天神家だけだと思っていたんだけど・・・。 「あ。ちなみに俺はドラムって言うんだ。これでも『王竜』だ。宜しく頼むぜ!」  もう一人の客人が、挨拶をする。 「な、何だか凄い人達が来たみたいだな!」 「さ、さすが勇樹さんだぜ!こんな知り合いが来るなんてよ!」 「お、俺、歴史の教科書見直そうかな・・・。」  皆、ざわめき始めた。無理も無い。 「ドラムって、伝記の英雄の一人でしたっけ?」  俺は、思い出しながら尋ねてみる。 「あー。それちょっと違うんだわ。俺は、3代目なんだよ。」  ドラムさんが話し始める。何でも、伝記の英雄だった偉大なドラムの名を残す為 に、『王竜』になった者が、ドラムの名前を受け継ぐらしい。ちなみに、このドラ ムさんは、ドラム=ペンタと言って、3代目なんだそうだ。 「何だか、凄い話ですねー。」  俺も、脳が沸騰しそうだった。まぁ道場生の手前、しっかりしてなきゃならない ので、何とか付いていってるが・・・。 「『闘式』では、私とドラムが組む事になった。勇樹殿、大会で闘える事を祈って ますぞ。私達も、猛特訓中ですからな。」  シャドゥさんは、楽しそうに話す。そう言えば、この二人が組むんだっけ。 「今日は、挨拶に来たのですかな?」  親父が混乱しながらも、質問をする。 「あ。いえ、リーア様が、ミカルド様にお会いしたいと言うので、私が案内したま でです。ドラムは、そのついでに付いて来ているだけです。」  シャドゥさんが説明する。成程。多分、天神家に行って居なかったので、此処に 来たんだろうな。良く見ると地図を持っている。 「ミカルドが、コンビを組んで頑張っているって言うから、一目見に行きたかった んですけどね。何せ、連絡を寄越さないんですから。」  リーアさんは、目を細めて怒っていた。 「俺も特訓中だったんだよ。・・・ま、まぁ連絡しなかったのは、悪かったよ。」  ミカルドさんは、バツが悪くなったのか、謝っていた。 「それにしても、良い匂いがするなぁ。飯中だったのか?」  ドラムさんが、気さくに尋ねてくる。お腹を空かせているみたいだ。  皆の分は殆ど食べ終わっているようだが、少し余るように作ってあるから、3人 分くらいなら、何とかなる。 「あ。食べます?俺の飯なんかで良ければ・・・。」  俺は一応提案する。すると、3人とも見合わせて、目で合図する。 「あ。では、お願い出来ますか?この後、ご飯処を探す予定でしたので。」  リーアさんは、丁寧にお願いしてきた。 「あ。勿論です!是非食べていって下さい!」  俺は、何だか嬉しくなって、急いで温める事にした。パスタもまだ残っている。 「フッフッフ。此処の飯は美味いぞ?驚くなよ?」  ミカルドさんは、何故か誇りながら言っている。 「アンタが威張る事じゃないでしょ?」  リーアさんは、素早く指摘する。さすが夫婦だな。  俺は、手早く用意すると、シャドゥさんには、特性のコショウを用意して、並べ てあげた。ついでに皆のお代わり分もあったので、それも用意してやった。 「じゃ改めて、戴きます!」 『戴きます!』  俺の合図で、皆が食べ始める。俺はもう十分だがね。 「む・・・。勇樹殿、腕を上げておられる・・・。コショウを加えるだけで、私の 舌を満足させるとは・・・。」  シャドゥさんは、嬉しい事を言う。シャドゥさんが毎日食べているのは、あのナ イアさんだ。俺じゃまだ到底敵わないが、目標でもある。 「おー。これ、うっめーな!お前すげーじゃん!」  ドラムさんも素直な感想を述べる。 「このスープ。様々な具が入っていますね。それを一纏めにする技術・・・。これ は、ミカルドが言うだけあります。感服物です。」  リーアさんは、スープに注目する。一番手間が掛かっているので、分かって貰え ると嬉しい。どうやら、喜んでもらってるみたいだ。 「めっきり腕を上げおって・・・。」  親父も嬉しそうだ。何か、こう言うのも良いなぁー。 「勇樹さん、強いのに料理まで・・・。」 「お、お前、何見惚れてんだ。ぬ、抜け駆けするなよ?」  道場生と斉昭が、また言い合いを始めた。またかよ・・・。 「ゆ、勇樹を貰うつもりなら、この俺を倒してからだ!!」  親父は大人気なく、いつもの始めるし・・・。 「師範!お、俺は本気ですよ!」  斉昭は、相変わらず暴走気味だし・・・。そろそろ止めるか。 「止めろって。大体、俺はまだ16だ。まだ付き合うとか、考えちゃいねーよ。」  俺は、頭を抱えながら、止めてやる。いつかは、誰かと付き合う日も来るんだろ うけど、まだそんな気にはなれない。 「あの勇樹さんって、モテるの?」 「そりゃあな・・・。強い、料理も美味い、面倒見が良いとくればな。」  ・・・リーアさんとミカルドさんが、コソコソ話し合っている。ってか、聞こえ てるんですけど・・・。って言うか、斉昭は最近、ずっとああだな。俺の事、友達 の延長線上で付き合うとか思ってるのかな?確かに良くツルんでたけど・・・。 「勇樹さんは、誰か好きな人とか居るの?」  リーアさんが尋ねてきた。・・・う。そう言われると、迷うな・・・。 「べ、別に特段と、す、好きな奴は・・・。」  は、恥ずかしいじゃねぇか。瞬や俊男の事も気になるけどさ。アイツ等の場合は、 特に気の良い奴等ってだけで、斉昭と同じような物だしなぁ。道場生の奴等だって、 皆良い奴で・・・って、訳わかんねぇ・・・。 「あらー・・・。真っ赤になっちゃった。御免なさいね。」  リーアさんは冷や汗を流していた。 「い、良いですよ。・・・深く考えた事が無かった物で・・・。」  俺は、色恋沙汰とは無縁だと思ってたからなぁ。 「よぉし!んじゃ、恒例の奴やろうぜ!」  斉昭が提案する。またか・・・。恒例の奴とは、皆で組み手をして、残った奴が 親父と闘うと言う物だ。何でも、それに勝ち残れば、俺に告白するとか言う訳の分 からないルールがあるらしい。まぁ正直、良い修練になると思ってるから、俺は止 めはしない。その間にミカルドさんと組み手をしている事が多い。 「うおおお!今度こそ!」 「勇樹さん!頑張りますぜ!!」 「俺は、本気だぁ!!」  俺は頭を抱えながら、その様子を見ていた。皆元気あるよなぁ・・・。どうせ親 父の所で負けるってのに・・・。ちなみに親父も俺と同じで、良い修練になると思 っているんだろうな。大体最後は、かなり本気で勝ちに行くし。 「おー。元気だなぁ。人間もおもしれーな。」  ドラムさんは、気楽な事を言っていた。  恋か・・・。俺には、まだ早い感じがするぜ・・・。  ちなみに、最後は斉昭と親父が闘って、親父の完全勝利だった。  最近、力は付けてきたと思う。それに、『記憶の原始』からの問い掛けで、新た な力に対しても、考え始めている。全ての力に対して見直す機会を得て、『無』の 力の本質も考えている。だから、力に付いては、文句無しに出来上がって来ている。  それくらいは最低こなさないと、新たな魔法を試しているファリアに対して、申 し訳無い位だ。アイツは、今の魔法だけでは満足せずに、古代魔法の研究や新たな 使い方を模索している。皆に教えながら研究をすると言う離れ業をこなしているん だから、大した物だ。アイツは、魔法を極める気でいる。  俺も負けてはいられない。いざ闘う時にアイツの役に立てないんじゃ駄目だ。力 は今以上の事は、中々出来ない。ならばどうするか?・・・技だ。技を磨く事が今 の俺には必要だった。不動真剣術は、剣術の中では凄い方だと信じている。最高の 技術だと信じている。だが、俺が全てを使いこなせていないのだ。不動真剣術の基 本の動きは、出来る様になったが、応用的な動きが出来ていない。特に他の剣術に 対しての動きが全く駄目だ。不動真剣術の動きに頼り過ぎている。しかし、不動真 剣術を使いこなせなくても、動きを知っている人は多い。  歴史の上で、不動真剣術は欠かせない。何せ時代を切り拓いたジークが、不動真 剣術の使い手だからだ。どう言う技を使って、どう対応されたか、そしてジークが どう打開して、勝利して行ったかを詳細に記されているのだ。歴史書を見るだけで も参考になる動きが多い。そんな中で基本的な動きをしたって勝てる訳が無い。  だから、技の段階を進めなくてはならない。他の剣術の動きに付いて行く為に、 何をすれば良いのか?一番早いのは親父から学ぶ事だ。親父は今回の『闘式』は不 参加だが、救護班に回るだけで、特訓に参加してない訳じゃない。実際にファリア から魔法を学びながら、俺と個人的に打ち合いをしたりしている。今の所、互角に 渡り合えるが、それは親父が不動真剣術だけで打ち合う事が多いからだ。  親父は天武砕剣術の継承者でもある。と言うより、今は不動真剣術を俺に譲った 分、天武砕剣術の継承者だと言い切っても良い位だ。親父は2個の剣術を使いこな せるので、対処も早い。何よりも戦闘の最中に瞬時に切り替える事が出来る。親父 は、その頭の回転の良さが士さんからも褒められている。  俺が学ぶべきは、親父の対処の仕方だろうな。  今日も打ち合いを始めている。 「レイク。本当にその方針で良いのか?」  親父は、俺の伝えたい事を理解したようだ。 「基本の動きの研究は、続けるよ。でも今必要なのは、対処の仕方だ。」  俺は、その方針を違えるつもりは無い。俺に足りない所を強化する方針だ。 「成程な。確かにお前は凄い力を身に付けている。だが技が甘い。自分で気が付く とはな。普通は、頭で分かっていても認めない奴が多い物だがな。」  親父は素直に褒める。俺は今、強くなるためなら下らないプライドなど捨てる気 でいる。捨てて強くなれるなら捨てるべきだ。 「なら、課題を与えるしかないな。分かっているだろうが、一応確認だ。」  親父は、俺を見て目を細める。 「私はこれより、2つの剣術をフルに使ってお前に対処する。それを技だけで打ち 破ってみせろ。闘気などを開放する技は禁止にするぞ。」  親父は技術だけで勝つように言う。それこそが俺の望んだ事だ。 「了解。俺もそのつもりだよ。・・・で、それに付き合うんだね?士さん。」  俺は、背後に居た士さんに声を掛ける。 「どうしてバレるかね?お前もやるようになったな。」  士さんは、完全に気配を遮断していた。だが、瘴気の残滓を感じた。今の俺達の 会話に興味がある人で、瘴気を使いこなせる人なんて限られている。それから推測 して、士さんだと限定したのだ。 「俺もこれ以上強くなるには、技が必須だと思ったからだ。お前達と一緒にやれば、 効率も良いだろうからな。と言うか、俺も加わった方が良いだろ?」  士さんは霊王剣術を極めて、他の剣術に対しても、ある程度対処が出来ている人 だ。これ以上無い程、参考になる。 「寧ろ、こっちからお願いしたいくらいです。」  俺は握手をする。親父に士さんは、剣術の頂点に立っていると思っている。この 二人に技だけで対抗出来るのは、せいぜいシャドゥさんと健蔵さんくらいだ。俺も このレベルに立たなければならない。  何せ瞬の話では、藤堂姉妹の祖父の秋月さんは、瞬に技で圧倒したらしい。瞬と 俺は、空手と剣術の違いはあるが、技の部分では互角に近い。その瞬が圧倒された と言うのだから、俺も圧倒されてもおかしくない。 「『闘式』の日まで、やれる事は、全部やります!」  俺は、偽らざる気持ちを伝える。贅沢かも知れないが、力も技も磨かなくては、 勝ち残れない。その為には、死ぬ気でやらなければ・・・。  もう何度生死を彷徨ったか分からない。・・・これが『無』の直接の脅威だと言 うのか。・・・生死を彷徨うと言うより、意識が薄れて消え行くかも知れないと言 う恐怖が強い。気が付くと指の先の感覚が無くなったりする。恐らく気を抜くと、 これが進行していって、消え行く事になるのだろう。  冗談じゃない。僕は消える訳にはいかない。このまま消えたら、『時界』の彼方 に行ってしまった僕に顔向けが出来ない。何としてでも乗り越えて、ケイオスの前 に立たなければならない。恵さんは、絶対にケイオスには靡かないだろう。それは 分かっているのだが、『闘式』の勝利者に与えられる権利がある。それを使われた ら、提案をしたのはこっちなので文句も言えない。妾なんて、例え形だけでもさせ たくない。恵さんは僕の大事な人だ。奪われて堪るか!  それにしても僕は『聖人』としての要素が、本当にあったんだな・・・。こうや って『魔性液』を取り込んで、初めて感じる。魔神レイモスに取り込まれた時は、 僕は魔族になってしまうのかと思っていたが、ジュダさんとの適合率が高いと聞い た時に、驚きと喜びを感じた。ジュダさんは神のリーダーだ。その神のリーダーと 適合率が高いと言う事は、『神気』を操る能力に優れていると言う事だ。  聞けば、瞬君もゼーダさんと相性が良い事から、『神気』を使う能力が高い。だ が、僕までその能力が高いとは思わなかった。  ジュダさんから、その点に関して忠告を受けた。僕の体は『聖人』に近いと。レ イモスの事を話したら、その時に反発出来たのは、皆の力だけじゃないと言われた。 僕自身が『聖人』に近いせいで、レイモスの力に対抗出来たのだとか。言われてみ れば、その通りだ。レイモスの時も、僕の意識が消えてしまうかと思ったくらいだ った。だから反発したのだ。レイモスも適合率が低いから、僕の心を弱らせたのだ ろう。なのにも関わらず僕を選んだのは、単に器がでかいせいらしい。  だがレイモスの時と違って今、僕は体に直接瘴気を取り込んでいる。追い出す為 じゃなく、受け入れる為だ。だから僕の中の『聖人』の血が反発するのだ。  レイモスの時は拒否すれば良かったのだが、今回は乗り越えなければならない。 それが、こんなに苦しいとは・・・。中で『魔性液』が暴れまわっている感じがす る。それを抑えて、何かに目覚めなければ・・・。その何かが分からない・・・。  予想は付いている。こう言う試練を受けた者のほとんどが、『無』の力に目覚め ている。だけど、どうすれば目覚めるのか分からない。  僕の中にある何が・・・乗り越えるための指標なのだろうか・・・。 (何を迷っているんだか。消えちゃうよ?)  ・・・何だ?この声は・・・。これは僕の声? (変な意地を張らないでさ。自分に素直になろうよ。)  素直に?何を言ってるんだ?僕は意地を張ってなんていない。 (恵さんの為?『闘式』で勝利を捧げる?それも本音の一つだろうけどね。)  一つ?何を言っている。それが僕の目的だ! (自分の為に強くなる。そうも言ってたね。)  そうだ。僕は自分の為に、この身に代えてでも! (馬鹿だなぁ。気が付いてないの?それじゃ意味が無いんだよ。)  気が付いてない?何をだ?今の僕には、それが全てだよ。 (何を自分を誤魔化してるんだよ。犠牲にしてじゃないでしょ?凄い力を手に入れ て、恵さんを見返したいんだろ?瞬君に勝ちたいんだろ?)  馬鹿を言わないでくれ。そんな事の為に力が欲しいんじゃ・・・。 (何で?恵さんの足手纏いになりたくない?・・・綺麗事だね。)  綺麗事で良いじゃないか!僕は『聖人』に近いんでしょ? (ふーん。じゃぁ皆より優れていて当たり前だよね?『聖人』なんだからさ。皆、 凄い凄いと言ってくれるよ?気持ち良い事だろうねぇ?)  皆を馬鹿にするな!強いからとか、『聖人』だからと言う理由だけで、繋がって いるような、浅い仲じゃないんだ! (凄い力を手に入れて、皆を従えさせれば良いじゃない?そうすれば恵さんだって 瞬君の事を忘れるくらいに僕の事を見てくれるよ?)  そんな心構えを持っていたら、恵さんに見捨てられるよ・・・。 (でも、実際そう思っているんだろ?瞬君には勝ちたいよねぇ?)  瞬君に勝ちたいのは、強引に従えさせる為じゃない!認め合った仲だからこそ、 互いに高めあいたいんだ! (ふーん・・・。親友ね・・・。親友って何だい?)  絆で結ばれた仲間だ!瞬君は、僕を救ってくれた仲間だ! (それって、救われた負い目で、そう思ってるだけじゃないの?)  な、何て事を!負い目なんかじゃない!僕は本当に感謝している! (君は救われてばかりだしねぇ?違う『時界』の僕にさえ救われた。)  そうだよ・・・。だから今度は僕が・・・救う? (どうしたい?語尾が弱いよ?気が付いた?)  僕が救うって・・・何だ・・・?皆がピンチになるとでも言うのか? (そうだよねぇ?今度の大会は『平和』な闘いだよねぇ?)  そうだ・・・。死人を出さない為に色々努力しているし・・・。 (ピンチになるって事自体が、おかしいよね?何を救うんだい?・・・だからさ。 自分の為に力を使えば良いんだよ。それを誤魔化しちゃ駄目だって。)  自分の為に・・・力を・・・。そんな・・・。 (君が使えないなら、僕が使うよ。君は休んでいると良いよ。)  僕の代わりに?・・・君が・・・。 (受け入れられないなら、任せれば良い。君の素直な心が僕なんだからさ。)  僕の素直な心が君?・・・違う・・・。違う筈だ・・・。 (どうして其処まで否定するんだい?苦しむだけだと言うのに。)  僕は・・・乗り越えなきゃ・・・。  僕は・・・どうなりたいんだ?・・・このまま強くなって・・・。どうしたいん だろう?・・・そうか・・・。それが分からないから、苦しいのか・・・。 (自分の事を犠牲にするばかりで、前に進もうとしない君には分からないよ。)  前に・・・進む・・・。前に!! (・・・え?な、何だ、この力は!!)  そうだ・・・。僕は否定するばかりで、前に進む事を忘れていた! (急に強く・・・!君は、まだ苦しむ気か!!)  違う・・・。僕は強くなりたいと思った。それが自分の為だと言い続けた!だけ ど心の何処かで、恵さんの為だと思っていた!皆の為だと思っていた!僕自身のエ ゴの筈なのに!皆の事を理由にしていた!! (何だ。分かっているんじゃないか。そうだよ!それで良いんだよ!)  ・・・君の言う通りだ。それで良いんだ。 (え?・・・やけに素直だな・・・。)  それを否定するのが、この苦しみの原因だったんだ!僕は僕自身の為に闘う!そ して、皆の為に闘う!!どっちも否定しない!! (・・・何だ・・・。気が付いちゃったか・・・。)  そう・・・。君に負けない。消えて堪るかという心が、既にエゴだったんだね。 (そうだよ。僕は、君自身も大事に思う心を付けて欲しかった。)  だからこその進化・・・。そして、どっちも受け入れる事で、純粋に闘う力に変 わる。全ての蟠りを『無』にして闘う!それこそが、『無』の本質!! (心を否定して消えるより・・・全てを受け入れて生きる。それが大事だ。)  ・・・僕の心の中の欲望の心。それが君だったんだね。・・・今まで抑え付けて いて御免ね・・・。君は僕の心の一部だったんだ・・・。 (分かれば良いんだよ。僕は君の力の一部でもあったんだから。)  僕の欲望の力を、駄目な力と断じていた。それが・・・僕の心の弱さ。 (誰もが持っていて、誰もが受け入れ難い。しかし大事な心だよ。)  そうだね。そして、逆に皆の為になりたいと言う・・・誰かの為に役立ちたいと 言う心も・・・。心の強さの一つ・・・。それを合わせて、清濁合わせて生きる強 さを身に付ける事が、僕には必要なんだ! (はぁー・・・。乗っ取ってやろうかと思ったんだけどなぁ。君の心が抵抗し続け れば、このまま消えていたし、諦めれば僕が乗っ取る筈だったんだけどね。)  だけど、僕は気付いた。君と共に融合すると言う道にだ。・・・一緒に行こう。 もう乗っ取るとか乗っ取らないとかじゃない。君と共に進む覚悟は出来た。 (カッコ付けるね。良いよ。行こうじゃないか僕。僕の力を使って・・・ね。)  勿論だよ。僕の大事な力だしね。必要な時は呼び出すよ。さぁ、行こう!!  僕は、強くなるんだ!そして、皆に必要だって言われるんだ!認めてもらうんだ! その力を使って、恵さんと共に歩むんだ!ケイオスを超えたい!!僕は、僕の可能 性を信じて、ケイオスを・・・超える!!『神気』も『瘴気』も僕の力だ!どちら も使いこなして、超えてみせる!!  待つと言う行為は、凄く焦れったい。しかも、それが生死に関わる出来事なら尚 更だ。いや、消滅に関わる事だから、もっとだろう。  俊男さんが異次元で苦しむようになって、もう2週間だろうか?私は、片時も忘 れた事は無かった。俊男さんの成否は、私にとって最優先事項だ。修行しながらも 俊男さんの事を待つ日々だった。  だから、俊男さんの残滓を忘れないように、俊男さんが異次元に入った場所は、 常にチェックしていた。暇があれば、『制御』のルールで残滓があるか、チェック しにいっていた。今もそう。俊男さんは、まだ苦しんで・・・。  ・・・と、止まった・・・?俊男さんの気配が消えた!!ま、まさか!! 「い、行かないと!!・・・俊男さん・・・。俊男さん!!!」  私は、血の気が引いた。俊男さんに限って・・・負けてしまったの!? 「恵様!どうなされました!?」  睦月が私の様子を見て、取り乱していた。私はそれ以上なのだろう。 「俊男さんの気配が!!嘘よ!!こんな!!」  私は、俊男さんが入った場所に全速力で向かう。消えないで!!消えちゃ駄目!!  無我夢中だったが、異次元の跡の所まで辿り着いた。途中に何があったのかさえ 覚えていない。我を忘れるとは、こう言う事か・・・。 「俊男さん!!消えちゃ駄目よ!!私を置いて行かないで!!」  もう待つのは嫌だ!あんな想いは、もうしたくないの!! 「俊男さん!!!」  私は、異次元の扉をこじ開けようとさえする。でも開かない! 「恵様!!お気を確かに!!」  睦月も慌てて追いかけたのだろう。メイド服が傷だらけになっていた。 「あ・・・。睦月・・・。俊男さんが!」  私は、膝を突いてしまう。嘘だ・・・。俊男さんが消えるなんて・・・。  あ、あれ?消えて・・・あれ?・・・消えたんじゃない!? 「な、何これ・・・。俊男さんの残滓が消えたんじゃないの!?」  私は、膨れ上がる力に驚く。こんな物凄い力を・・・誰が・・・。もしかして、 俊男さんが!?し、信じられない!ケイオスよりも、凄いかも・・・。  すると、空間から指が現れる。これは・・・俊男さんの指! 「俊男さん!!」 「・・・恵さん?・・・来ていたんだね?」  俊男さんだ!俊男さんの声だ!! 「よっし・・・ハァァァァアアアアア!!!!」  俊男さんの声が響き渡ると、異次元が一気に割れ始める!そして俊男さんは、姿 を現した。す、凄い・・・。俊男さんは消えたんじゃない。変わったんだ!俊男さ んは、生まれ変わるかのように変わったから、消えたように感じたんだ! 「俊男さん・・・なの?」 「うん。恵さん!ただいま!!」  俊男さんは、爽やかに受け答えする。しかし、髪の毛の生え際が暗黒色になり、 先は金色に輝いていた。そして、右手に『神気』、左手に『瘴気』を宿していた。 「す、凄いわね。全身から力を感じますわ。」  そう。本当に、これが俊男さんなのかと思う程だ。 「僕の心の弱さを乗り越えた時に、力が溢れて来たよ・・・。」  俊男さんは、晴れやかだった。何か憑き物が落ちたような顔をしていた。 「そう・・・。頑張ったのね。この力は・・・。その心の強さの証なのね?」  私は、俊男さんが口先だけで力を求めたとは思っていない。本当に心が強くなっ たから手に入れた力なのだろう。今感じる力は、俊男さんとジュダさんが一緒にな った時に匹敵する力だ。 「僕は、誰かを守る為に、自分を捨てなきゃならないと思っていた。・・・そして、 その誰かを守れれば、それでも良いと思った。・・・だけど、それじゃ駄目なんだ。 僕自身、本当に強くなって、何がしたいのかを示さなきゃ駄目だったんだ。」  俊男さんは優しくだが、確かな決意を持った目で言った。こんな自信溢れる俊男 さんは、初めて見た。どこか遠慮している感じが、今は感じられない。 「僕は僕自身の為に勝つ。それが、君と一緒に生きる道になるんだ。」  この自信を、俊男さんは今まで、抑え付けていたのかな? 「ケイオスを倒す。その為の力は、此処に手に入れた!後は、確実に勝つ為に、修 行をしよう!僕は絶対に勝ってみせる!」  俊男さんの揺ぎ無い目・・・。凄いわね・・・。っと・・・見惚れてたわ・・・。 「ええ。勝ちましょう!私も力を付けるわ!」  私は、この人になら付いて行けると思った。何処までも付いて行く気ではあった。 けど、この逞しさは、以前には無かった事だ。私とした事が、惚れ直しちゃうなん てね。楽しみになってきましたわ!  力とは不思議な物よ。十分に強いと思っても、更に上があると思ってしまう。際 限無く求めてしまう。だが、純粋なる力は嘘を吐かない。だから、その力を身に付 けた者は正しいのだ。そこには修行なり、苦しみなりを乗り越えた証が刻まれてい る筈だ。それこそが『覇道』の考え方だ。  我もその考え方には、大いに賛同する。魔族だからと言うのもあるが、分かり易 いからと言うのもある。一番強い者は、乗り越えた証が多いのだ。だからその者が 世を治めるのは道理だ。  我は、ハイネスの修練の進み具合をケイオスに報告していた。ケイオスも気にな っていたようだし、ハイネスもそれに応えていた。  ケイオスは、誰に対しても分け隔てなく接している。家族だからと言って贔屓す るつもりは無いようだ。それが魔界の主たる者の責務だと分かっているようだ。  健蔵からも報告があったので、メイジェスの事も教えておいた。今は、壁にぶち 当たっている最中だと言う。強くなりたいのになれない。どう強くなったら良いの か分からないらしい。良くある事だ。魔族に限らず、誰もが経験した道だろう。 「ハイネスもメイジェスも、課題を決めて取り組んでおるようじゃな。感心じゃ。」  横で聞いているエイハも、満足そうだ。エイハは、かなりの教育熱心な母親だ。 まぁそれも、ケイオスに気に入られる為でもあるのだろう。 「余の子と言っても、特別扱いする気は無い。更に鍛えてやるが良い。」  ケイオスは自分の子だから、特別に鍛えろと言ってるのでは無い。ケイオスの満 足の行く強さになって欲しいから言っているのだ。とは言え有望株だとは思ってい るのだろう。期待はしているようだ。 「余は、楽をして覇者になるつもりは無い。強き者は、どんどん出て欲しいのだ。 ・・・!!む!!この猛烈な波動は!!」  ケイオスは、ガリウロルの方向を見る。・・・む・・・?うお!!この凄まじい までの力は何事だ!このような噴出する力の持ち主が居たのか!? 「これは・・・間違い無い!フフフハハハハハ!!」  ケイオスは、実に嬉しそうに笑みを浮かべる。どうやら出処を知っているようだ な。それにしても、信じられぬな。我が全力を出し切った所で、この力に敵うか分 からぬ。奥の手を使っても・・・勝てるかどうかだ。 「御方様・・・。この力、御方様を凌ぐ勢いですじゃ・・・。」  エイハも信じられないのだろう。ケイオスは強く気高く圧倒的な力を見せてきた。 そのケイオスに勝る勢いの力が出て来たのだ。 「これだからソクトアは面白い!!この気配は、余が期待したあ奴だ!!」  ケイオスは、確信を得ているようだ。 「あの島山 俊男とか申す者か?人間が、こんな力を宿せる物ですじゃ?」  エイハも事情を知っているようだ。これが人間だと!? 「この力を発しているのが人間だと・・・?化け物か?そ奴は・・・。」  我の見解では、このような巨大な力は、魔族や神をもってしても難しいと言うの に・・・。人間が持てる力なのか? 「レイモスが惚れた器であり、竜神が宿っていても遜色無く発揮出来る逸材だ。」  そこまでか・・・。しかもその力にケイオスも注目したと言う訳か。 「御方様・・・。此方は心配ですじゃ。」  エイハも警戒する程の力。ケイオスが負けるかも知れないと思っているのだろう。 「何を沈んでおる!喜べ!余の楽しみが増えたわ!・・・余の強さと本気で渡り合 える者が現れたのだ!・・・これだ。このような力と出会いたかったのだ!!」  ケイオスは至上の喜びに打ち震えていた。 「お主の力への欲求は、度が外れているな。敵にすら求めるとは・・・。」  我は呆れる。自分だけで無く、敵にも力を求め、果てしなき死闘を求める羅刹の 如き魔族。これは筋金入りと言っても良い程の力の殉教者だ。 「敵では無い。余は、この者を打ち負かして、余の部下とするつもりだ。」  ケイオスは、そうやって、力を求めては、闘いを繰り広げたのだろう。 「何ともお主らしい。やってみると良い。我は、この事実を伝えて、ハイネスを鍛 え上げてやる。励みになるだろう。」  ケイオスの気が倍増したと言うだけでも、やる気が違って来る物だろう。 「ワイスよ。貴公のような理解ある者に息子を預けられるのは、光栄である。」 「フッ。少しは家族への情が湧いたか?」  ケイオスも、全く気にならない訳では無いようだな。ま、我は自分の修練にもな るので、そのついでにやってやるだけだがな。楽しみな逸材である。 「さてな。だが余の血を引いているのならば、余を楽しませる事が出来る逸材にな って欲しい物よ。それは偽り無き心だ。」  成程。我の健蔵へ対する心に近いか。やはり親子だな。 「フフフハハハ!力を見せてくれた礼をせねばならん・・・。余は、この力をねじ 伏せて、君臨してみせるぞ!・・・エイハよ。本腰を入れて修練を開始するぞ!」 「了解なのじゃ。こうなった以上、最後まで付き合いますのじゃ。」  ケイオスは嬉々として展望を話し、エイハは、それを支える。何とも良く出来た 妻だ。仲の良い事だな。 「では、我はこれにて去ろう。その内、健蔵達と共に此処に確かめに来る。互いに 腕を磨いて置くとしようか。我も楽しみにしているぞ。」  我はケイオスに、それだけ言い残して去る。  そうだ。我がする事は、恐怖に脅える事では無い。共に闘う準備をする事だ。  そして、何よりも我の血も騒ぐ。何も、心が躍ったのはケイオス一人では無いと 言う事だ。我も闘いたいと思ったのだ。  心の思う侭に闘いに備えるとしよう・・・。  いつか約束された日だった。この星を救うと決めていた時から、約束された闘い だった。俺なんかが敵うかどうか分からない。でも、やるしかないんだ。この星の 流儀で説得をして、この星の者を救ってみせる。滅びへ向かう道を違えてみせる。  だが、この俺に本当にそんな事が出来るのか?・・・正直に言えば、自信は無い。 俺はアイツ等のような天才じゃない。いざと言う時に、サッと現れて敵を倒してく れるアイツ等とは違う。瞬や俊男は凄い奴等だ。アイツ等と一緒に居ると、負ける 気がしない。どんな困難も、乗り越えてくる。  俺は、未だに罪の意識は拭えない。アイツ等は赦してくれたし、俺を仲間だと言 ってくれる。俺も心からの仲間だと思う。だけど、犯した罪が消える事は無い。だ から、二度とあんな事をしないと誓っている。俺は俺が守りたいと思った者を、本 気で守りたい。それは、俺の身では過ぎた願いかも知れない。でも、そう願う事は、 間違いなんかじゃ無い筈だ。  ・・・かつて、瞬も同じだったと言う。瞬は、正しく強く生きたいと願った。過 ぎた願いを叶える為に、強くなったと言う。そして、レイクさんもそうだった。レ イクさんは、仲間を救う為に命を張った。そして俊男も、そうだった。アイツは馬 鹿だ・・・。俺達の為に『時界』を超えて助けてくれた・・・。今居る俊男も、皆 の為に命を張れる男だ。  そんな偉大な仲間がやった事を、この俺が・・・。出来るのだろうか?皆を救う。 言葉に出すのは簡単だ。だけど実際にやるのは、不可能に近い。俺は、出来るのだ ろうか?・・・逃げるか?・・・またあの時のように・・・楽な方に逃げるか?  俺は・・・逃げないぞ・・・。正直おっかないが、此処まで来たら、自分を信じ るしかない。それが如何に大変か身に染みるけどな・・・。 「魁ー。そろそろ出番だってー。」  この声はルードだ。思えば、コイツも俺に懐いてから、ずっと付いてきてる。 「・・・よっしゃ!行くか!!」  俺は、気合を入れる。これは避けられない闘いだ。このルードを救う為でもある。 「魁さー。レーデル様に勝つつもりなのかー?」  ルードは聞いてくる。そんな心配そうな声出すなよ・・・。 「心配そうだな。ま、勝てそうに無かったら、降参するよ。心配すんな。」  俺は安心させる為に言う。しかし降参する気など更々無かった。 「魁さ。そこまでして叶えたい願いって何なんだ?」  ルードも、俺が余りに一生懸命なので、気になっているのだろう。 「そりゃお前、俺っちに美味い飯を食わせて貰うように頼もうかと思ってなぁ!」  俺は、適当に誤魔化す。本当の事を言っても、心配させるだけだ。 「嘘吐くんじゃねーよ。俺、魁とは、まだ3週間の付き合いだけどさ。飯の為だけ に命張るような男には見えないね。俺達に関係あるんだろ?」  さすがに、わざとらしかったかな・・・。 「あーあ。さすがに気付くか・・・。」  俺は、隠し通せないなと思った。 「でも聞かないよ。どうせ魁が勝ったら、聞けるもんな。」  ルードは、そう言うと、これ以上聞こうとしなかった。コイツ、俺が勝つと信じ てやがる。全く・・・。こんな俺にも、信じてくれる奴が居たんだな。 「ったく。しゃあねーな。いっちょ勝ちに行くか!」  俺は、努めて明るく答えた。  そして、闘技場の控え場でザインに会う。 「魁。もう何も言わん。やれるだけやれ!」  ザインは、背中を押してくれる。やれるだけやれ・・・か。そうだな。ウジウジ 考えてても仕方が無い。やるしかねぇ! (魁。聞こえるか?魁。)  ・・・この声は・・・ジュダさん? (ああ。お前に渡した通信のエメラルドで話し掛けている。)  そういや渡されたっけ。此処は、電話が使えないから、便利ですね。 (その為の宝石だから当たり前だ。それより・・・お前、やっと其処まで辿り着い たんだな。こっちは、もって後1週間だ。今回負けたら次があるなんて、思うんじ ゃねーぞ。良いな?)  分かってますって。それくらいの気持ちじゃないと、勝てませんよ。 (・・・言うようになったな。お前が自力で其処まで辿り着いた事は、褒めてやる よ。後は結果だ。頼むぜ相棒!)  ・・・はい!やってみせます!!  後は結果・・・か。そうだな。せっかく此処まで来たんだ。勝たなきゃな。  俺が闘技場に姿を現すと、凄い数のリーゼル星人が、歓声を上げた。この数、リ ーゼル星の、ほぼ総人口じゃないのか?長老に聞いた数だと、1万人行くかどうか って話だったし、それくらい居るぞ・・・。  そして中央に一際大きいリーゼル星人が居た。レーデルさんだ。間違い無い。歴 戦の勇者の証として、腕と足には凄い数の傷があるが、背中には一つも無い。後退 した事が無い証拠だ。そして、あの精悍な目付きは、相手を圧倒する・・・。って ーか、こええ・・・。おっそろしい目付きだ。  おっかねぇのは知っていたけど、ここまでかよ・・・。棄権しようかな・・・。 此処まで来たら、そうも行かないよなぁ・・・。 「・・・緊張しているようだな。私を目の前にしては仕方が無い事だが。」  この声は、レーデルさんか? 「あ・・・よ、宜しくお願いします。」  俺は、間抜けな声を上げる。声が上ずってる気もした。 「君の噂は聞いていた。異星人でありながら、リーゼルの掟を変えようとする者だ とな。この星と共に歩むリーゼルの掟を破る者だとな。」  レーデルさんは、低い声で言う。怒ってるのかな・・・。 「お。俺は・・・馬鹿ですから・・・。皆を助ける方法が、他に思いつかなくて。」  俺は、言い訳臭い事を言う。他にも方法があるかも知れないよなぁ。 「私は、正直・・・感動した。」  やっぱり怒って・・・って、え? 「私はこの星の勇者などと呼ばれている。この星の為に、この身を犠牲にしてきた。 だが、掟に逆らう勇気は、持てなかった。」  レーデルさんは、物静かな目をしていた。何だろう。さっきまでのおっかない目 付きじゃない。これは、親愛の目だ。 「滅びの運命を辿る我らも、殉じる事への美しさと諦めていた。・・・だが、君は 違うのだろう?・・・ただ私達を助けたいが為に、強くなろうとし、私との決闘を 選んだ。それは、勇気ある行動だ。」  レーデルさんは、何かを伝えようとしているのか? 「お、俺は・・・世話になった奴を、ほっとけないんです・・・。」  この3週間、ザインには世話になった。村の人にも良くしてもらった。ルードと は、仲良くなれた。その彼らを見捨てられない。 「それが、勇者への第一歩だ。放っておけない。誰かの為に何かをする。それは、 闘う事でしか示せない我らには、中々成し得ない感情なのだ。」  ・・・そう言えば、ザインが言っていた。リーゼル星人は、強い者を認める傾向 にある。それは、リーゼルの者達が戦士でありたいと思うからだと。なので、自ら を鍛えるのが第一で、他者の為に働く者は、殆ど居ないのだとか。戦士の世話をす るのは、当然とも言える行為で、戦士を気持ちよく送り出す事は、名誉なのだとか。  ザインが修練に付き合ったのも、俺が長老の話を聞いて、レーデルさんと闘う事 を決めたからだ。闘う者を最大限にバックアップするのは、戦士の務めなのだとか。 それだけ、闘いに誇りを持っているのだ。  この星随一の戦士であるレーデルさんは、その庇護を受けて頂点に立ち、この星 の邪悪な化け物や、奥に潜む恐竜などに立ち向かい、勝利してきた勇者なのだ。 「我が身を呈して他の者の為に闘う気高さが、どれだけ大変なのか、私は知ってい る。君は、この星に来て間も無いのに、それを示し始めている。それは称えるべき 行動だ。・・・そんな君と闘えるのを、私は光栄に思う。」  レーデルさんは、俺の事を褒める。何だか照れ臭いな。それにこの人は、怖い顔 立ちをしているが、思い遣りがあって、人の上に立つ資質に溢れている。 「お主の願いは、知っておったからな。闘技場に、この星の者を集めるように、手 配しておいたんじゃ。我等は賛成出来ぬが、チャンスくらいは与えよう。」  長老が話し掛けてきた。そうだ。長老は、この星と共に滅びるつもりだ。ジュダ さんの問い掛けすら拒否した筈だ。なのに俺に、こんなチャンスをくれたんだ。 「レーデル!!レーデル!!」  闘技場は、レーデルさんを称える声で溢れている。この決闘を楽しみにしている のだろう。もうすぐ滅びる運命にあるからこそ、最後まで楽しもうとする。それが、 戦士の星としてのリーゼル星人の生き方だった。 「皆の者、今日ここに居るソクトア星人の桜川 魁は、我等に伝えたい事項がある と言う。じゃが我等の掟により、強き者かどうか、確かめる儀を執り行う。」  長老が皆に話し始める。皆、黙って聞き始めた。 「この者が強き者かどうか確かめるのは、我等が勇者、レーデルじゃ!」  長老がレーデルさんを紹介すると、一層の歓声が上がった。 「レーデル殿!気高き闘いを期待してますぞ!!」 「我等が勇者の力を、この目で見届けます!!」 「勇者の闘いを忘れはしません!」  所々で声が上がる。この声を聞いていても分かる。皆は、この星の滅びの運命を 忘れている訳じゃない。心に焼き付けて運命を共にしようとしているのだ。本当に 此処の奴等は頑固だ。 「ソクトア星人、桜川 魁よ。我等が流儀に付き合ってくれる事に感謝しますぞ。」  長老は俺にも礼を述べる。本当なら、このまま帰っても、文句は言われないのだ。 「お、俺は、今更引き返す気は・・・無いです!」  勢いで言ってやった。本当はマジで怖い。 「皆の者!!この私の闘いを見逃すな!!」  レーデルさんは、戦闘モードに入ったのか、雄叫びを上げる。何と言う重厚な轟 きなんだ・・・。これが、勇者レーデルの雄叫びか。 「魁よ。君の心意気は評価する。だがリーゼルの掟は、果て無き強さこそが絶対だ。 君の強さの真偽を確かめる為、私は容赦しない!!」  レーデルさんは、四肢に力を入れると、体の色が赤くなる。 「うわ。怖いなぁ・・・。」  俺は口に出して言う。雰囲気に飲まれそうだぜ。でも・・・。 「お、俺は逃げません!やるだけやってみせますよ!!」  俺は、自分に言い聞かせるように言う。もうヤケクソだ。こうでも言わないと、 雰囲気に呑まれちまう。自己暗示をかけるしかない。 「よぉ言うた!!ここに双方の闘いに懸ける意思表示が為された!!我等が法によ り、これよりレーデルと桜川 魁の決闘を始める!」  長老は、そう言うと、後ろに下がる。俺は、この3週間愛用してきた棍棒と盾を 構える。俺は、盾を後ろにして、棍棒を前にして構える。 「おい。あのソクトア星人、レーデル様相手に盾を使わぬ気か?」  後ろで、ざわめきが起こる。普通なら盾でしっかり守って、守りきった後攻撃と 言うのが、セオリーだ。しかし、レーデルさんの方が、明らかに攻撃の速さも力強 さも上なのだ。そんな相手に守りきろうとしたって無理だ。 「まずは、第一関門をクリアと言った所だな。だが、君に私の攻撃が捌けるか?」  さすがレーデルさんだ。俺の目論見などバレている。俺が、こんな構えをした理 由は、レーデルさんの攻撃を寸での所で見切る為だ。盾で防ぐのでは無く、盾で捌 く為だ。捌くと決めた以上、盾の中で縮こまっていては駄目だ。だから、こんな構 えになるのだ。 「では、レーデルよ!魁よ!双方用意は良いな!・・・始め!!」  長老が、腕で合図をする。すると、場内が完成で湧いた。 「行くぞ!!」  レーデルさんは、中腰で棍棒と盾を構えながら、こちらに突っ込んできた。そし て、俺に向かって棍棒を振り下ろしてきた。  ガン!!ギィン!!  レーデルさんの棍棒の連撃を、ギリギリのタイミングで何とか盾で捌く。  な、何とか出来た・・・。でも、思ったよりずっと早い。さすがだ。 「勇気ある見切りだな。私も楽しめそうだ!」  レーデルさんは、更に激しい動きで俺を攻め立てる。俺は必死の見切りで攻撃を 捌く。冗談じゃねぇ。何だこの速さ。攻撃する暇なんてあった物じゃねぇ。 「てぇい!!」  俺は、レーデルさんの攻撃を弾きながら、何とか棍棒を振り回して反撃する。 「む・・・。中々やる!だが!」  レーデルさんは、俺の攻撃など簡単に防ぎ切る。しかも、俺の攻撃に合わせて、 盾で棍棒を弾こうとする。・・・っと、あぶねぇ。棍棒を手放さずに済んだ。 「相当に鍛えられたようだな。ならば、私も本気が出せそうだ!」  レーデルさんは、目の色が変わる。そして、今までよりも激しく棍棒を振り下ろ してきた。うわ!すげぇ!やば過ぎる!捌いてる腕が痺れる程、激しい攻撃だ。  ガァン!!  俺は、レーデルさんに弾き飛ばされた。盾ごと吹き飛ばされた所に、脇腹に一撃 食らった・・・。いってー・・・。こりゃ凄い・・・。 「もう終わりか!?」  レーデルさんは、俺を睨みながら近付いてきた。 「・・・いや、まだですよ!!」  俺は、気合で立ち上がると、棍棒を有らん限りの力で振り回す。  しかし、レーデルさんは、余裕で防ぎ切っている。 「甘いぞ!!こんな攻撃では、私に掠り傷一つ与えられん!」  レーデルさんは、俺の攻撃など問題も無く防ぐ。何て硬いんだ・・・。まるで壁 だ。壁が迫ってくるかのようだ。 「フン!!」  レーデルさんは、俺を盾越しでも構わず攻撃を加えて吹き飛ばした。体重差が出 ている。それだけじゃない。何て重い一撃なんだ。腕力が半端じゃない。  やっぱり・・・『普通』の攻撃では、勝てやしないか・・・。予想はしていたけ ど、ここまでだと、少しへこむぜ。 「異星の勇者よ・・・。ここまでか・・・。ならば、終わりにしよう!」  レーデルさんは、目を見開いて、棍棒を振り下ろしてくる。  やるしかねぇ!俺が、この前編み出した『これ』で!!  バシィ!!!  俺は、レーデルさんの攻撃を両手で弾いた。 「んな!今のは一体!!?」  レーデルさんは驚きを隠せない。そう。俺がやった戦法は、棍棒と盾と言う戦法 その物を覆すやり方だ。それは、棍棒を盾の後ろに持って行き、重みを増して、両 手で振り回すと言う戦法だった。いくらレーデルさんの攻撃が重いと言っても、俺 の全体重に、棍棒と盾を合わせた力よりは下だ。だから、全部合わせて攻撃する。 防具である筈の盾を鈍器として使って攻撃する。それが、俺が編み出した戦法だっ た。棍棒は、盾と共に重みに加えたのだ。 「うおおおおお!」  俺は、両手を合わせながら、レーデルさんの棍棒に両手を思いっ切り叩き付けて、 レーデルさんが怯んだ隙に、脇腹に一撃食らわす。それも両手でだ。 「む!!ぐっふ!!」  レーデルさんは、完全に入ったのか、腹を押さえる。 「出た!魁の新戦法!」  ルードは、はしゃいでいる。ザインに見せた時も、驚いていたな。 「・・・フフフ。さすがだな。君は我が星の人間よりも、頭が良いようだ。我が星 の人間は、決まった事を決まっただけ、こなす事しか出来ぬ。今のような戦法を思 いつくまでに、至らぬのだ。」  レーデルさんは俺を褒める。リーゼル星人は、力と速さに優れている。だが頭脳 では、俺の方が上だ。そこで何とかするしかないのだ。 「アンタが強いから、こうでもしないと、勝てないと思ったんだ!」  俺は、そう叫ぶと、またしても同じ戦法で、レーデルさんに対抗する。  ガン!!バシィ!!ドボォ!!  俺の攻撃が、レーデルさんに当たりまくる。行ける! 「ヌゥオオオオ!!」  レーデルさんは、雄叫びを上げる。そして俺の攻撃を躱すと、脇腹を蹴って来た。 「うあああ!!」  俺は、脇腹を押さえた。さすがに油断してると、すぐにこうなるな。 「君の攻撃は、芯まで響いた。誇りある一撃であった・・・。その君に、敬意を表 して、私の最高の技を披露しよう!!」  レーデルさんは、棍棒と盾をお腹に集める。そして、力を溜めているような仕草 をする。いや、実際に溜めているのか?・・・これは、ヤバイ予感がする。大体、 普通の攻撃だけで、勇者と言われる程、凄い攻撃を繰り出すレーデルさんが、最高 の技と言うくらいだ。どんな技なのか、想像も付かない。 「フン!!」  レーデルさんは、低い姿勢のまま突っ込んできた。そして、盾で俺を打ち上げる ように突き上げる。そして浮いた所に、棍棒で滅多打ちにしてきた!  ババババババババ!!  うぐあ!何て激しいんだ!意識が・・・飛ぶ・・・!  レーデルさんは、最後の一撃を入れると、俺は吹き飛ばされた。 「盾での突き上げの後の13連撃。・・・私の必殺技だ。」  レーデルさんの声が聞こえる。13連撃とか・・・信じられねぇ。その攻撃を出 す為の力溜めだったのか・・・。レーデルさんも、肩で息をしている。 「おい!魁!ここで終わっちまうのかよ!」  ルードの声が聞こえる・・・。だが、もう動けねぇ・・・。救うって思ったのに よ・・・。レーデルさんって壁は、でかかったぜ・・・。 (魁君・・・。魁君は・・・無事に帰ってくるよね。)  この声は!莉奈!! 「莉奈!お前なのか!!」  俺は、意識がハッキリして来た。まだ倒れているが、意識を失っちゃいない。今 のは、幻覚?・・・いや、違う。アイツの事だ。俺の事を未だに心配しているに違 いない。その声が、此処まで届いたんだな。 「魁。君は良くやった!だが、勝ったのは、わた・・・何!?」  レーデルさんが勝利宣言をしようとする前に、俺は脚をふらつかせながらも、立 ち上がった。莉奈が遠くから応援してくれている。こんな所で、諦めて堪るか!! 「レーデルさん。アンタ強いよ・・・。だけど、俺は諦めが悪くてな!!」  俺は、気力で立ち上がる。何かが体の中で湧き上がるのを感じた。魔力とも違う。 これは・・・何だ?身体はフラフラなのに、倒れる気がしない。 「何と言う『闘気』・・・。君は、その身にそれだけの気力が眠っていたのか!」  ・・・『闘気』?そうか。これが『闘気』か。俺になんか無い物だと思っていた。 「だが、その体で何が出来る?私も傷を負っているが、今の君を、跳ね返す事くら い出来るぞ。立ち上がったからには、何かを見せてみろ!」  レーデルさんは、壁のように立ち上がる。本当にすげぇよな。マジで壁だよ。だ けど、レーデルさんだって苦しい筈だ。さっきの技は、常識を超えていた。体に掛 かる負担も大きいのだろう。だから、追撃に来ないのだ。 「俺は、ここで闘い方を学んだ!そして、自分なりの闘い方を見付けた!そんな俺 の全てを表現するんだ!俺は、まだ終われない!!」  俺は、思いの丈を話す。此処で過ごした時間を、無駄にして堪るか!  俺の出来る事・・・。それは全てをこれに込めて、突っ込むんだ!! 「ふおおおおおお!!」  俺は、棍棒と盾に、想いの全てを託す。小難しい事は、考えるな!!俺の全てを この棍棒と盾に込めて、突っ込む!それが俺に出来る全てだ!! 「来る気だな!良かろう!私は逃げぬ!」  レーデルさんは防ぎ切るつもりでいた。と言うより避けようとしても無駄だと悟 ったのだろう。俺は、避けようとした所にも対応出来るように、しっかりとレーデ ルさんを見据えていた。 「うあああああ!!!」  俺は、声を振り絞って雄叫びを上げる。 「君の勇気には感服した!だが、私に勝つ事など出来ぬ!!」  レーデルさんは、俺の肉弾に対して、思いっ切り棍棒を叩き付けて来た。腕が痺 れる!だけど、まだまだいける!!俺は、レーデルさんの圧力を感じたが、構わず 突っ込む!もうこれくらいしか手が無いんだ! 「俺は・・・諦めない!!!」  俺は、そう言うと、レーデルさんの棍棒を弾き飛ばした。そして、盾を前にして 突っ込む!レーデルさんは、盾を引き戻して防ごうとするが、甘い!  バシィィィィィ!!  物凄い音が鳴った。そして、確かな手応えがあった・・・。俺は、気力で振り返 る。レーデルさんは立っていた。失敗か・・・。 「・・・見事であった。異星の勇者よ・・・。」  レーデルさんは、そう言うと、レーデルさんの付けていた鎧が剥がれ落ちていく。 そして、盾の形に胸に痣が出来た。 「ぐふぅ!!!」  レーデルさんは、片膝をついて、跪く。 「勝者!桜川 魁!!」  長老は、俺の勝ちを宣言した。・・・か、勝ったのか・・・。 「おおお!新しい勇者の誕生だ!」 「レーデル様を倒すとは!感服したぞ!」  会場は、俺の事を称える声も大きくなってきた。 「見事じゃ。魁よ。」  長老が、俺の事を労ってくれる。実感は無いが・・・勝てたんだな・・・。 「魁よ。お主の望みを、言ってみるが良い。」  長老は、覚悟を決めたように言う。そうだ。これからが正念場だ。まだ気を失う 訳にはいかない。この星の運命を、変える!  俺は、気力で闘技場の真ん中まで行く。そして、周りを見渡した。長老から、マ イクのような物を受け取る。この星の集音機だ。 「・・・俺は、違う星から来た桜川 魁です。」  俺は、まず自己紹介をする。まだ、俺の事を良く知らないリーゼル星人も居るか らだ。ルードが、こちらを見て、応援してくれていた。 「知っている人も居ると思う。・・・この星は、一週間後に『命の火山』が大爆発 を起こす。放って置けば、此処の居る皆も死んでしまうだろう。」  俺は、隠さずに言う。しかし、反応は大きくなかった。やはり気が付いている人 がほとんどだった。気が付いていて黙っていたのだ。 「皆は『命の火山』と共に生き、共に死ぬのが掟だと言っていた。・・・俺は、最 初こそ訳が分からなかったが、今は違う。・・・この星で生活してみて、火山の恩 恵が、どれくらい影響しているのか、身に染みた。」  この星で生活してみると、水を得るのも火山から。生物を育てるのも火山の恩恵。 食事を炒めるのも火山の恩恵なのだ。火山は命の源であり、恵みである。 「俺は、たった3週間だけど、この星で生活してみた。だから、皆がどんな事を思 って生活しているかも知ってる。この星に、どれだけ誇りを抱いているのかも知っ てる。・・・だけど、俺の願いを聞いて欲しい!」  俺は、本題に入る事にした。このままじゃ駄目なんだ・・・。 「俺は、このまま皆が火山に飲み込まれるなんて、嫌だ!見てられないんだ!」  助けたい。この滅びから助けたい。それだけなんだ。 「今、ジュダさんが火山を鎮静しに行っている。・・・毎日兆候を見つつも、鎮め てる・・・。だけど火山の噴火するパワーが凄くて、今のままじゃ、後一週間で、 予定通り『命の火山』は大爆発するって言ってた!」  ジュダさんは、毎日のように火山を鎮静しに行っている。食事と休憩以外は、ほ ぼ休み無しでだ。それだけ火山が危険なのだ。いつ噴火してもおかしくない。 「爆発を止めるには、皆の願いが必要だってジュダさんは言ってた!それさえあれ ば、噴火を鎮静する力が集まるって言ってた!だから、鎮まるように願って欲しい! 俺の願いは、それだけだ!」  俺は、声を張り上げて言った。この星の皆は、掟が強い。余程強い願いじゃなけ れば、動かす事など出来ないだろう。 「・・・薄々感付いてはいたが、本当だったとは・・・。」 「しかし、掟がある・・・。火山を鎮めるなど・・・。」  やはり中々納得してくれない。 「魁。お前、そんなボロボロになりながら、俺達の事を思ってたんだな。」  ルードが声を掛けてきた。素直な瞳をこっちに向ける。 「俺さー。しょうがない事なら、受け入れるけどさ。変えられるんだろ?願えば、 鎮めてくれるんだろ?・・・なら、魁の言う事を信じるよ。」  ルードは、俺の言う事を信じてくれた。 「ありがとよ。俺も信じるから、変えようぜ!未来をさ!」  俺は、ルードを撫でながら、皆を信じる事にした。 「・・・儂は無理じゃ。『命の火山』は、不可侵領域。鎮めるなど恐れ多い。」  長老は、当初からそう言っていた。仕方が無い事だ。・・・このままじゃ全然足 りない。俺とルードくらいじゃ全然止められない・・・。 「皆、俺は、思うんだよ。『命の火山』は、病気なんじゃないかってな。」  俺は、自分の見解を言う。 「今、常に響いている地鳴りもさ・・・。悲鳴なんじゃないかって思うんだよ。こ の星が悲鳴を上げている・・・。そんな感じがするんだ。」  俺にはそう思えた。これは怒っているんじゃない。悲鳴を上げているんだ。 「治して欲しいって、叫んでいるんじゃないか?そして、治せる人が居るのに、こ のままにしておけないだろ?・・・俺は、そう思えてならないんだよ。」  ジュダさんは治せると言った。鎮めてみせると言った。だからその言葉を信じる。 「魁。お前は、どこまで・・・。よし!俺も信じる!」  ザインが声を上げた。ザインも俺の一言で、協力する気になったようだ。 「この星を守る為か・・・。俺もその案に乗ろう!」 「この子を守れるのなら、私も信じましょう。」  人々の信じる声が聞こえた。段々広がってきている。特に子持ちの母親は、その 傾向が強いようだ。このまま滅ぶよりは、願った方が良いからだ。 「・・・掟は、もう古いのかも知れぬな。」  長老が呟く。掟は大事だと思う。だけど、今は違う。それだけだ。  もうちょっとだ。皆が一つになるには、決定的な何かが必要だ。 「・・・心優しき・・・勇者よ・・・。」  後ろから声が聞こえた。ずっと気絶していたレーデルさんだった。 「私を、打ち破った力は・・・その優しき心なのだな?」  レーデルさんは、俺に確認を求める。 「分かりません。・・・無我夢中でしたから。ただ、皆を助けたいと、思っただけ です。それ以外の余計な事は、考えられない程、貴方は強かった。」  俺は、正直に言う。本当に強かった。勝てるだなんて思えなかった。 「・・・フッ。それだけ、集中していたのだな。」  レーデルさんは、含み笑いをする。 「み、皆の者!魁は勝者である!・・・掟を守ろうとした私を倒した男だ!魁を信 じてみないか!?・・・この星の存続を願った勇者を称えようではないか!!」  ・・・レーデルさんが・・・。このレーデルさんが、こんな事を言うなんて。 「・・・俺は、信じるぞ・・・。我らが勇者レーデルと、新しき勇者を信じる!」 「レーデルさんが信じるなら、俺も信じるぞ!!」  皆の一体感が変わってきた。レーデルさんの応援が後押しして、願いが集まる感 じがした。これなら・・・。これなら行けるんじゃないか!? 「・・・レーデルまで信じおったか。・・・儂も、お主が言うこの星の『悲鳴』を 止めてもらうように、頼み込むとするかの。」  長老が・・・あの長老まで、俺の言う事を・・・。 (・・・良くやったな・・・。)  ジュダさん!ジュダさん、俺・・・俺!! (お前は、単に強かったから、信じられた訳じゃない。・・・お前の頑張りを、ル ードが見て、ザインが感じて、その結果をレーデルが身に刻んで、長老の心を打っ たんだ。これは、最初から強かった瞬や俊男じゃ出来ない事だ。)  そんな・・・アイツ等なら、もっと上手くやりますよ。 (素直じゃない奴だ。でもま、俺の手の中は、凄い力に溢れている。お前のおかげ で、火山を鎮めるのに必要な力は集まったぞ。)  本当ですか!良かった! (見ていろ。お前の努力は無駄じゃ無かったって事を、証明する。それが、お前の 相棒としての俺の役目だ!)  ・・・相棒か・・・。良い言葉ですね。でも、宜しくお願いします! (ああ。『闘式』でも、宜しく頼むぜ!)  はい!ジュダさんと、此処に居る皆の為にも、思いっ切りやります! (よーし・・・。癒しの青き宝石よ・・・。その大いなる力を活力とし、目覚めよ! 『青石治癒(アクアマリンキュアー)』!!)  ジュダさんの宝石による『付帯』のルールだ。物凄い光を放っていた。此処から でも見える。これが、魂の力を得たジュダさんの力か。 「おおお!何たる神々しい光!」 「奇跡の光だ!全てが癒される光だ!」  皆、その光に魅入っている。さすがジュダさんだな。  何だか、安心しちまったな。  ・・・俺の役目は、これで終わりかな・・・。  俺は、この星を・・・救えた・・・のかな?  ・・・莉奈・・・俺、頑張れたよな?