NOVEL Darkness 6-4(Second)

ソクトア黒の章6巻の4(後半)


 今回の『闘式』の盛り上がりは、凄い物がある。連日のように取材が来て、詳し
い事情を報道しようとする。レイク達も、その対応に追われているようだ。さすが
に『絶望の島』出身なのは、控えさせているが、それ以外の不動真剣術などに対す
る報道は、結構為されている。にも関わらず、セントの追っ手が来ないと言う事は、
セントも分かってて、泳がせている節がある。
 それに加えて、恵も手回ししているらしく、天神家に被害が及ばないように、根
回ししているようだ。あの当主は、本当に出来が良いと言うか、末恐ろしい当主だ。
まぁ睦月も手伝っているのだろうが、それでも凄いな。
 勿論、レイクも注目株ではあるが、他の参加者が豪華だから、目立たないと言う
のもあるか・・・。何せ士など、霊王剣術の継承者である事まで調べられている。
『伝説の人斬り』関連の情報はストップされているようだが、口コミで、そうじゃ
ないかと噂されている位だ。最近普及されてきた『インターネット』情報では、各
自の詳細が、事細かに載っている。
 私も参加したかったが、真っ先に『救護係』を頼まれてしまった。いわゆる『最
後の砦』らしい。私の『魂流』のルールは、どうしようも無くなった患者に『魂の
力』を分け与える為の役目らしい。恵に本当に申し訳なさそうに頼まれたからな。
色々想いもあったが、引き受ける事にした。
 それに、参加しないと言っても選手として出場しないだけで、大会運営委員とし
て出るのも、参加の内だ。しかも、連日のようにレイクに稽古を付けているし、フ
ァリアから回復魔法の類を教わっているので、充実している。
 今日は、魁が帰ってくる予定らしい。アイツも、最初こそ頼りなかったし、莉奈
に対して酷い事をしていたと言う話だ。だが今は、大切な仲間の一人だし、本当に
頑張っている。あれ程、過去を悔やみ、前に行こうとしている男は居ない。私も見
習わなければならない。
 今日帰ってくると言う事で、さっきから莉奈などは落ち着きが無い。ファリアが
集中するように言っても、全然効いてない。仕方が無い事だがな。
「葵ちゃん。私、今日変じゃない?髪形とか崩れてないよね?」
 莉奈は、しきりに気にしている。
「落ち着きなって。もう4回目だよ?その質問。」
 葵も呆れている。ソワソワしているな。
「莉奈は、明日までに今日やった魔法を復習しておきなさい。頭に入っているとは、
とても思えないわ。・・・ま、分からなくは無いけどさ。」
 ファリアも呆れていたが、優しく接している。
「魁は、強くなったみたいだし、楽しみだな。」
 私は、アイツが望むなら、稽古を付けても良いと思っている。
「い、今、インターホン鳴ったよ!」
 莉奈は、確かめに睦月の所に行く。・・・私ですら微かにしか聞こえなかったの
に、良く分かるな・・・。これが恋の力か・・・。
(良いじゃないですか。微笑ましいです。)
 まぁ、微笑ましいが、凄いエネルギーだと思ってな。
「私達も、迎えに行こうか。」
 私が誘うと、皆も同じだったみたいで、道場にゾロゾロと向かう。
 すると、道場組も同じ気持ちだったようで、とっくに修練を中断していた。
「いやー。僕も気になっちゃってさー。」
 俊男は、結構気にしていたからな。
「お。来たようだな。」
 瞬は、道場口の方を見る。私や皆も注目した。
 すると、ジュダ殿と・・・こ、これが魁・・・なのか?こっちを見ているが。
 それに、隣に居るトカゲのような生き物は一体・・・。皆も呆気に取られている。
「いよー!って、物凄く驚かれてるぞ・・・。」
 ジュダ殿は、気さくに挨拶をするが、これは誰でも驚くと思うぞ。
「う、うわぁ!か、魁みたいな人達がいっぱいだぁ!」
 トカゲのような生き物が喋ったぞ・・・。
「こう言うリアクションされっと困るなぁ・・・。ただいまーっす!」
 魁は元気に挨拶する。しかし何なのだ・・・。3週間前と筋肉の質が違う。腕と
かは、前の3倍くらいになってるぞ・・・。どうトレーニングしたら、ああなるの
だ。前と同じなのは顔付きくらいだぞ。その顔だって、所々に傷がある。
「魁君・・・?魁君なんだよね!お帰り!!」
 莉奈は、かなり戸惑っていたが、我を取り戻すと、魁の胸の中に飛び込んだ。
「ははっ。心配掛けたな。帰ってきたぜ。」
 魁は、人懐こい笑顔を見せる。確かに魁だ。
「魁、凄いな・・・。どんな生活したら、そこまで変わるんだ?」
 瞬も驚いていたが、我に返って、質問してみる。
「ジュダさん。説明願えます?」
 レイクが呆気に取られながらも、説明を願っていた。
「見た通り、鍛えてやった。以上だ。」
 ジュダ殿は、ニヤニヤしている。からかっているな・・・。
「それじゃ分かりませんって・・・。ええと、それに貴方は誰なの?」
 ファリアは、トカゲのような生き物に質問する。
「あ。俺?俺はルード!リーゼルから来たんだ!」
 リーゼル?ああ。魁が救ったと言うリーゼル星の者か。
「ああ。俺と仲良くなったルードだ。良い奴だぜ。皆も仲良くしてくれると助かる
んだけどさ。」
 成程。それにしても、この子は、子供なのか?
「ルード君って言うの?私は桐原 莉奈!宜しくね。」
 莉奈は、まるで警戒していない。魁の知り合いとなれば、物怖じしないのだろう
な。芯は強いのだろうな。
「お、魁が言ってた莉奈ってのは、アンタかー。魁さぁ、いっつもアンタの話ばっ
かしてたぜー?恋人なんでしょ?」
 ルードは、無邪気に言う。
「余計な事は言わなくて良いんだよ!・・・全く・・・。」
 魁は、ルードの頭を押さえながら、恥ずかしそうにしていた。莉奈も顔を真っ赤
にしている。何とも初々しい事だな。
「え、えっと、ルード君は何歳?」
 莉奈は、ルードの頭を撫でながら聞いてみた。
「俺は、今年で10だったかな?」
 10歳か。それは、子供なのか迷う所だな。
「安心しろ。リーゼルもソクトアも、平均寿命は同じくらいだ。」
 ジュダ殿が教えてくれた。成程。では、我等の10歳と同じと言う事か。
「・・・この子、実はソクトアとは違う言語を話してない?」
 ファリアは何かに気が付いたようだ。
「お。良く気が付いたな。ルードが身に付けてる、このネックレスで、翻訳させて
いる。魁が向こうでも肌身離さず持っていた物だな。」
 ジュダ殿は、ルードが首から掛けているネックレスを指差す。
「やっぱ、これ無いと駄目なのー?」
 ルードは分かってないらしく、不満そうにしていた。
「魔力で、そのネックレスに対抗したんだけど・・・。この子の言語、竜に伝わる
言語に近いわね。」
 そんな事まで分かるとは・・・。ファリアの最近の冴えは、凄い域に達している
な。『闘式』での修練を通して、実力が冴え渡っているのだろう。
「いやー。色々ビックリだね。・・・で、それが今回の成果かい?」
 俊男は、魁の荷物を指差す。確かに何か不釣合いなほど大きいな。
「おう!色々学んできたぜー。」
 魁は、荷物を開ける。すると、物凄い威圧感のある盾と棍棒が、姿を現す。
「これは・・・また見事だな・・・。かなり使い込んであるぞ。」
 士は、見ただけでどれ程の物か見切る。
「おー。兄ちゃん凄いね!これは、リーゼルの勇者であるレーデル様が、使い込ん
でた逸品だよ!魁が譲り受けたらしいよ。」
 ルードは、嬉しそうに笑う。何だ。良い笑顔をするではないか。結構人懐こいし、
目元が可愛いな。これは、魁も気に入る訳だ。
(あの子の魂は、とても綺麗な色です。)
 そうだな。見てて清々しくなるな。
「士が言うだけあって、使い込まれてるヨ。良い品だネ。」
 センリンは、間近で観察している。
「魁は、それに勝ったと言う訳か!そりゃ凄いのう!俺も見たかったのう。」
 巌慈が、魁の成長を喜んでいる。
「おー。兄ちゃん大きいな!レーデル様の次くらいあるね!」
 え・・・?この巌慈より大きいだと?巌慈だって2メートルを超えてると言うの
に。それより大きいと言うのか。
「レーデル様は、兄ちゃんより頭一個分くらい大きいね。」
 何だと・・・。それだと2メートル50はあるぞ・・・。
「アンタ、良く勝てたねぇ・・・。本当に・・・。」
 亜理栖は、感心している。確かにそんな相手に、良く立ち向かった物だ。
「魁も成長しているって事だな。・・・ウカウカしてられねーな。」
 エイディは、溜め息を吐く。エイディも相当強くなってるけどな。
「こりゃ、魁の奴、強くなってそうだなぁ。」
 ジャンは、警戒を強める。この筋肉を見れば、そう思うのも当然だ。
「ウチ等も、負けてられないよねぇ。」
 アスカも、気合を入れなおしていた。
「ゼリン。やっぱ重力が強い所だと、それだけ変わる物なのか?」
「そうだね。高重力下で、運動するってのは、それだけ体には負担になるんだ。そ
れを耐え抜いた魁は、飛躍的に筋力が上がった筈だよ。」
 グリードの質問に、ゼリンが答えていた。さすがに詳しいな。
「魁。疲れているか?」
 私は、魁に尋ねてみた。
「大丈夫ですよ。寧ろ、元気余ってます。」
 魁は、腕をブルンブルンと振ってみせる。中々迫力あるな。
「よし。私が実力を試してやろう。どうだ?一つ。」
 私は何故か、皆の目安になる事が多いからな。
「い、いきなりゼハーンさんで!?いやぁ、俺なんかで務まりますか?」
 魁は、さすがに遠慮しているみたいだ。
「何言ってるんだよー。魁はレーデル様に勝ったんだぞー?俺も、此処の人達が、
どれくらい強いのか、見たいんだけど?」
 ルードは、腰が引けている魁に対して、文句を言う。
「お前ね。このゼハーンさんは、特に強いんだぞ?・・・まぁでもやります。」
 魁は、注意しながらも、やる気はあるようだ。成長したな。
「・・・貴方達ね。今来て見たら、いきなり手合わせするなんて、どう言う了見か
しら?一言くらい、私に言っても良いんじゃなくて?」
 恵が、睨みながら入ってきた。おっと。当主様の許可を忘れていた。そう言えば、
さっきは商談中だったとかで、居ないんだったな。
「話は睦月から聞きました。貴方がルード君ね。」
 恵は、ルードの前に立つと、目線を合わせる。
「私は、この家の主の天神 恵と言うの。宜しくね。」
 恵は、ニコヤカに挨拶する。
「あ。俺の所の長老みたいな人なの?」
 ルードは魁に尋ねる。
「ちょ、長老って・・・。まぁ、そうだな。この家で一番偉い人だ。」
 魁は、笑いを堪えながら、質問に答えてやる。
「そうなんだ。俺、此処初めてで、何かと良く分からない事だらけだけど、宜しく
お願いします!」
 ルードは丁寧に挨拶する。中々礼儀正しいではないか。
「はい。良く出来ましたね。歓迎しますよ。・・・魁さんは、覚えてなさい。」
 恵は、ちゃんとルードを褒めながら、魁の事は、キッチリ根に持っていた。
「・・・あ、アハハ・・・。よし。んじゃ、やりましょうか!って・・・俺に合う
修練用の武具ってあります?」
 魁は、棍棒と盾を使っているのか。確かにそんな物あったか?
「ええ。あるわ。睦月。メイス型の修練用武具を持ってきなさい。」
 恵は、睦月に合図をすると、すぐに持ってきた。木製の盾と、木製のメイスか。
「親父が実力を量るなら安心だな。見せてもらうぜ。魁。」
 レイクは、私の実力を信用している。
「魁ー。無様に負けるなよー?」
 ルードは、魁の応援のようだな。何ともやり難い話だ。
「ゼハーン。わざと手を抜いたりするなよ?分かってるな?」
 士は、釘を刺してくる。何を言うのかと思えば・・・。
「私は、そんな器用な事が出来る男では無いぞ?」
 やるからには、手は抜かない。それが私の流儀だ。
「魁君。頑張ってー。見てるからねー!」
 莉奈も久し振りの魁の姿に浮かれているようだ。
「見せてもらうよ。魁。アンタの成果って奴をね。」
 葵も、楽しそうだな。これは、私も楽しんだ方が良いようだな。
 魁は盾とメイスを手にすると、盾は側面に持ち、メイスを前面に持ってきた。
「ほう。その構え、見切るつもりか?自信はあるようだな。」
 私は、戦闘モードに体を切り替える。あの構えの安定さを見ても、魁の実力は、
本物だろう。思った以上に隙が無い。
「俺は、向こうで死ぬ気でやりました。だから、その成果を見せるまでです!」
 成程。リーゼルの盾の使い方は、こっちでの剣での見切りのような物だな。盾で
弾いてメイスで叩くと言う闘い方のようだな。
「よーし。なら、見せてもらうぞ。魁!」
 私は、まず不動真剣術の型で円を描くように攻撃する。「攻め」の型だ。
 魁は私の攻撃を、目を見開いて軌道を読み、寸前で弾いていた。本当に魁か?信
じられぬ芸当だ。見切り能力が軒並み上がっている。
「やるな・・・。まるで「無」の型だ。」
 私は、不動真剣術でも同じような見切りの型である「無」の型を例に出す。
「ふー・・・。で、出来た。おっかねぇー。」
 魁は、何とか見切っているようだ。覚悟は十分だな。剣よりも盾の方が、見切り
はし易いとは言え、この前とは別人のようだ。
「中々理に適った闘法だ。盾で弾いて、その隙をメイスで攻撃。面白いな。」
 士は分析していた。ソクトアでは、剣で弾く見切りが主流なので、余り見ない型
だ。確か、パーズ拳法のある流派が、盾を使っていたと思うが。
「パーズ拳法の盾術に似ているね。あれは矛と盾だけどね。弾いて攻撃の隙を狙う
と言う意味では、同じだよ。」
 俊男が解説をしてくれた。パーズ拳法の矛を使った盾術であったな。
「魁君、すっごい。私、全然見えなかったよ。」
 莉奈は驚く。私だって驚いている。これは、本当に本気でやっても良さそうだな。
「見せてもらうぞ。魁!」
 私は、突きを含めた動きで立ち回る。魁は、それを寸前で見切りながら、盾で弾
く。しかも、最後は間に割り込むように攻撃してきた。しかも、結構鋭いな。
「驚いたぞ・・・。私の攻撃の隙を見切ってくるとはな・・・。」
「こ、こう見えても必死なんですけどね。」
 そうだな。魁はいつも必死だった。別に今に限った事では無いな。
「ならば、こちらもそれに相応しい型を見せてやろう。」
 私は、「無」の型に移行する。体が「無」に移行すると、見切り能力が上がるの
だ。その覚悟の構えを、今の魁なら、理解出来るだろう。
「・・・す、すげぇ・・・。今なら分かる・・・。何て覚悟なんだ・・・。」
 魁は即座に反応した。フッ。今までの魁なら、分からなかった構えだが、この構
えの本質を瞬時に理解するとは、さすがだな。
「魁!相手は、腕を下げてるじゃん!」
 ルードは、まだ理解出来んかもな。
「そうじゃねぇんだ。ルード。思い出せ。俺がレーデルさんと対峙した時の事を。」
 魁は、そのレーデルと言う者を、私と同じような覚悟で闘った訳か。
「か、魁だって出来るんじゃないの?」
「馬鹿言え。そりゃ俺だってやったけど、こんなに完成度高くないっての。」
 成程な。同じような心境で、同じように闘ったからこそ分かるのだろう。今の私
が、魁の高みに居ると言う事をだ。
「魁。それが分かると言う事は、君は強くなった証拠だ。」
 私は、褒めてやる。魁は、必死だったのだろう。そうじゃ無ければ、3週間で此
処まで変わったりしない。これは本物だな。
「でも、行くしかねぇ・・・。うおおお!」
 魁は、縦に横にと、メイスを振ってくる。中々鋭いな!だが・・・。見切れる!
 私は、4回弾いた後、5撃目は来る前に、胴斬りを入れた。
「うあ!っちゃー。速い!」
 魁は、胴を押さえる。しかし、大して効いてないようだな。と言うより、今の硬
さは何だ?信じられないくらい硬かったぞ。まるで瞬を相手にしているかのようだ。
「魁!だらしねーぞ!」
 ルードは、野次を飛ばす。
「わりーな。やっぱ技量じゃとても敵わないなぁ・・・。なら、動きで!」
 魁は、何かを思い付いたようで、全身に力を入れる。何をする気だ?
「はあああ!!」
 魁は、四肢に力を入れると、物凄い勢いで飛んだ。そして、今まで見せた事も無
いような速さで動き回る。天井も使っているだと・・・。
「おいおい・・・。アイツ、どんな修行したんだよ・・・。これが、重力での修行
の成果かよ・・・。俺も頼もうかなぁ・・・。」
 グリードは、魁の動きを見て驚く。
「私の『ルール』を開放したままってのは、さすがに疲れるんだけどね。」
 ゼリンは、さすがに反対のようだ。まぁ『ルール』を出しっ放しなのはな・・・。
「こりゃ、気を引き締めないと、俺達もやられるぞ。」
 エイディも、警戒を強める。それだけの動きを、魁はしている。
「でやああ!」
 魁は、縦横無尽に動きながら、私の隙を狙う。だが甘い!私の「無」の構えは、
こう言う状況の為にある物だ。全て見切ってみせる!
「あのオジちゃん、凄い・・・。レーデル様みたいだ・・・。」
 ルードは、感嘆の声を上げる。そのレーデルと言う者は、相当強いようだな。同
じだと言われるのは、光栄な事だ。
「やあああ!」
 魁は、これでもかと言わんばかりに攻撃するが、私は攻撃を避けつつ、背中に斬
りを入れた。しかし、中々やる・・・。あれだけの動きをして、息が切れていない。
かなりのスタミナを手に入れているようだ。
「魁!魁が言っていた意味が分かったよ・・・。此処の人達凄いね!」
 ルードは、目を輝かせていた。そう言われると、悪い気はしないな。
「だろ?すっげー強いんだって。でもな・・・。俺だって、まだ諦めないぜ!」
 魁は、構えを変える。盾を前面に出しただと?防ぐのに専念する気か?
「出た!レーデル様に勝つ為に編み出した、魁の新戦法だ!」
 ほう・・・。と言う事は、私相手に、本気で勝つつもりだな。面白い!
「光栄だぞ。私をそこまでの相手と認めてくれるとはな。」
 魁の構えからは、只ならぬ闘気を感じる。見縊れば負ける!
「俺に出来る事は、全てやります!じゃなきゃ後悔しちまう!」
 魁は、昔から全てを出し尽くす男だったな。だからこそ成長し、強くなった。そ
の魁が出す全力を、私は受け止めねばな!
「でやああああ!!」
 魁は、その構えのまま突っ込んできた。やはり防ぎに徹するのか?甘いぞ!私は
迎撃の木刀を振る。・・・んな!!?弾いてきて、そのまま・・・うお!!
 ガキン!!
 私は、何とか木刀の背で防御したが、5メートルくらい吹き飛ばされる。何と言
う力!そして、何と言う発想だ!盾とメイスを合わせて、攻撃手段に使うとは!こ
うすれば、メイスで攻撃する倍以上の力で攻撃出来る。しかも、盾で弾いた後すぐ
にだ。考えたな!
「うわぁ・・・。防御したよ・・・。レーデルさんには、当たったのに。」
 魁は、信じられなかったようだ。私も無我夢中で反応しただけだ。「無」の型で
無ければ、食らっていたに違いない。
「あの人、すごーい・・・。魁は、あれでレーデル様を追い詰めたんだぜ?」
 ルードも驚いているようだが、私達は、魁の攻撃の方に驚いた。
「盾だって鈍器として使えるか。面白いな。」
 士は感心していた。なりふり構わず攻撃する姿勢が、気に入ったのだろう。
「魁だって、あれだけ出来るなら、私も、頑張らないとネ。」
 センリンは、魁の頑張りを改めて認めた。
「まだまだぁ!!」
 魁は、ガムシャラに攻撃してきた。中々激しい!私は、何とか弾くが、防御越し
ですら、木刀が弾かれ兼ねない。やるな!
「ならば!」
 私は、構えを変える。こちらも本筋で行かなければ失礼だ。それくらい魁は強く
なった。私は得意としている天武砕剣術の構えに変えた。
「親父が、天武砕剣術に変えた!?マジかよ!」
 レイクは、私が構えを変える意味を知っている。私が本気で迎撃する時、この構
えに変えるからだ。つまり、魁の実力を認めたのだ。
「ゼハーンに余裕を作らせないとは・・・。若い奴は、成長力がすげーな。」
 士は、私の対応を見て、魁の実力を知る。
「怖い・・・けど、俺に出来る事をするしかない!!」
 魁は、構えの意味を知らずに突っ込んでくるのでは無く、知っていても、敢えて
突っ込んできた。それは、勇気ある行動だ。
「・・・えいやああああ!!」
 私は盾を躱すと、三連斬りを立て続けに放つ。
「うああああ!」
 魁は防御し切れずに、腕に斬りを受けて、吹き飛ばされる。
「天武砕剣術、袈裟斬り『火炎』!」
 私は、とうとう技を使い始める。これからは、本気で行くつもりだった。
「うぐ・・・。さ、さすが!俺が憧れた強さだ!」
 魁は、痛そうに腕を擦りながら、嬉しそうな表情をする。
「まだ、感心するのは早いぞ!!」
 私は、瞬時に木刀を後ろに引く。そして、そのまま袈裟斬りを食らわした。
「うあああ!は、速い!!」
 魁は、吹き飛ばされた。その先に私は居た。
「え?何!?何今の!?あのオジちゃん、何したの!?」
 ルードは訳が分からなかったようだ。
「あれは不動真剣術の袈裟斬り『閃光』。一瞬で移動しながら相手を切り付ける技
だ。あの一瞬だけで、相手を凌駕する覚悟で突っ込み、相手からは閃光が走ったよ
うにしか見えないから、そう呼ばれているんだ。」
 レイクが解説する。中々上手いではないか。
「すげー・・・。魁が言っていた意味が分かったよ。」
 ルードは、私達の事を、結構聞いていたみたいだな。
「ちなみに、何て言っていたの?」
 ファリアが興味本位で尋ねる。
「『レーデル様は強いけど、俺の星には、化けもんがゴロゴロ居るんだ。いやー、
おっかねーぞ?俺なんてその中じゃ、全然だよ。』だって。」
 ルードは、魁の言葉をそのまま言う。
「化け物とは失礼ね。例え様が優雅じゃないですわ!」
 恵は、口を尖らせる。確かに失礼な言い草だ。
「魁君、後でちょっと来なさい。」
 ファリアも、怒っているようだ。怖いな・・・。
「お、お前、余計な事を言うなっての・・・。」
 魁は、胸を押さえながら立ち上がる。
「『閃光』を受けても、まだ立ち上がるとは・・・。恐ろしいタフネスだな。」
 それにしても、魁は、まだ余力がありそうだな。
「ならば、私もこの技を使うか・・・。魁よ。どう防ぐ?」
 私は、魁にも分かるように五芒星を描く。これこそ、不動真剣術の奥義『光砕陣』
だ。高めた闘気を五芒星の力で増幅させて打ち出す技だ。
「小細工しても、無駄だって事だよな・・・。なら!」
 魁は、盾とメイスを重ね合わせる。さっきの戦法で弾く気か?
「無駄だぞ?私とて伝承者だった男だ。弾き返される程、柔な『光砕陣』は撃たぬ。
小細工は、通用せぬと、分かったのではないのか?」
 私は、苦言を呈す。魁は、何を考えているのだろうか。
「小細工じゃ有りませんよ!俺の最高の技で勝負です!」
 魁は、盾とメイスに魔力を込め始める。まさか、このまま盾で対抗する気か?
「これは、失礼な事を言った・・・。面白い!では、破ってみせるが良い!」
 技を得意とする私が、力で対抗する・・・か。前にレイクに負けたパターンだが、
私とて、そのまま勝負する気など無い!
「私なりにアレンジを加えた物を見せてやろう!」
 『光砕陣』の五芒星の5つの力が集まる所に、今まで習った魔力を込めた。する
と、『光砕陣』が、更に光り始める。
「考えたわね。確かにあれなら、威力だけ倍増出来るわ。」
 ファリアには分かっているようだ。
「俺と対抗した時とは、比べ物にならないなアレ・・・。」
 レイクも力を感じたようだ。私とて、やられっ放しなのは、気に入らんのだ。
「うわぁ・・・。こええ!けど、俺は俺の全力をぶつけます!」
 魁は、引く気は無いようだな。良い覚悟だ!
「魁君!私、心配だけど・・・。もう止めない!頑張って!!」
 莉奈は、魁の本気を見て、いつもの弱気な台詞を言うのを止めた。強くなったな。
「やりにくいな・・・。だが、行くぞ!!不動真剣術!奥義、『光砕陣』!!」
 私は、溜まりに溜めた闘気を、魔力と五芒星で増幅させて、撃ち放った。
「俺の渾身の突進だぁ!!名付けて、『盾突進(シールドチャージ)』!!」
 む。『盾突進』とは、シンプルな名前を付ける。魁らしい名前の付け方だな。魁
はそのまま、『光砕陣』とぶつかった。
 ギギギギギギ!!
 物凄い音と共に拮抗する。こう見えて、私の最高の技の一つなんだが・・・。
「ぬぬぬぬぬううううう!!」
 魁は、押し返そうと必死だ。少しずつ前進して行く。
「でやあああああ!!」
 魁は気合と共に、『光砕陣』を打ち消した!何と言う・・・。だが!
 ピタッ・・・。
 私は、高速移動して、間髪入れずに魁の首筋に木刀を当てる。
「・・・うわ・・・。アレを放出して動けるとか、反則ですよ。俺の負けです。」
 魁は、負けを悟ると降参した。
「ま、さすがにゼハーンの方が上手か。だが・・・。あの『光砕陣』を退けるとは、
成長しやがったな。」
 士は、私に軍配を上げようとするが、私としては、負けに等しい気分だった。ま
たしても力負けした。引き分けだったし、何とかフォロー出来たが、力勝負自体は、
魁の勝ちと言っても過言では無い。
「魁ー!負けたけど、凄かったじゃん!」
 ルードは、余り傷付いていないようだ。
「ったりめーだ。簡単に負けたら、レーデルさんに、わりーだろ?」
 魁は、その為に全力を出し切ったのか。何とも優しい奴だ。
「俺、此処の皆が凄いっての、見せて貰ったよ!」
 ルードは、そう言うと、目を輝かせる。無邪気だな。
「それなら良かった・・・。お前も、頑張れるな?」
 魁は、ルードを撫でながら、優しく諭してやる。
「うん!俺、魁を見てたら、勇気が出てきたよ!」
 微笑ましい光景だ。あの子は素直な良い子だ。
「魁君!凄かったよ!私、魁君が頑張ってるの、感じたから!」
 莉奈も、素直だな。このような澄んだ心の者達が仲間だと、私も誇らしくなる。
「お姉ちゃんは、その大会ってのに、出場するのー?」
「私は、本当は出たいけど、ちょっと無理だねー。魁君の応援をするよ。」
 ルードは、莉奈に親しげに話し掛けている。
「じゃぁ、俺も応援するー!魁、負けたら承知しないぞー。」
「キツイ事言うぜ。まぁ、やるだけやるよ!」
 ルードと莉奈の応援に、極力応えるつもりらしい。良い話ではないか。
 魁は、ルードと莉奈に微笑み掛けていた。
「とても良い話ですわ。・・・さて、さっきの件を話してもらいましょうか。」
 恵は、笑みを浮かべながら、ちゃんと魁の首根っこを掴む。
「師匠を化け物呼ばわりした理由、聞かせてもらえるわね?」
 ファリアも、とても良い笑みを浮かべながら、それに加わる。
「お、覚えてました?やっぱり?」
 魁は、引き攣った笑みを浮かべて、冷や汗を掻く。
「魁ー。抵抗しないのか?」
 ルードは、不思議そうにしている。
「したくても出来ないんだよ!・・・お前、長老に逆らえるか?それと一緒だ。」
 魁は、例えを出す。中々上手い例えではないか。
「あまり、長老とか言わないで下さいます?」
 恵は、必死に怒りを抑えていた。・・・荒れるな。これは。
 魁は、本当に強くなった。だが、中身は魁のままだったな。


 オレは、人生を楽しむようにしている。どんなに辛くても、楽しむ事を忘れちゃ
駄目だ。人生を前向きに生きれば、きっと良い事が付いて来る。オレは、そう信じ
ている。だが、ある程度の困難は付き物だ。それが無きゃ、人生なんて言えない。
 今のオレの状態と言えば、最高だと思っている。オレには、もったいないくらい
の美人の恋人が居て、本音で話せる仲間も居る。強さだってメキメキ上がってきて
いる。それに、安定した収入のレストランで働かせてもらっている。
 今の状態を考えれば、少し前までの生活はクソだと思っている。オレの意識が変
わってきたってのも、あるんだろうな。前までのオレは、前向きに生きていると思
い込んでいた。カッコばかり付けて、自由ばかりを追い求めていた。
 自由ってのは悪い事じゃない。だが、全てじゃない。義務があって初めて自由を
得る権利が与えられる。根無し草のように、自由を追い求めていた。それが、今の
恋人を傷つける結果になっていたとは、気が付かずにだ・・・。
 姐さんは、最高の人だ。オレは、それに気が付くのに、組織を出なければ気付か
なかった大馬鹿野郎だ。俺を追い掛ける為に全てを捨てた、姐さんの覚悟は本物だ。
 オレは・・・それまで本物の恋をしてなかったんだと気付かされたな。姐さんは、
いつだって本気だったってのにな。
 中学の時のダチにも、警告されたっけな。オレの手癖が余りに悪かったので、そ
れでは、形に残る者が無いぞ・・・とな。あの時のオレは、尖っていたから、また
小言を言っているとしか、思えなかったが、本当に心配してたんだろうと、今にな
ってから分かる。悪い事をしたぜ。
 アイツは、何をしているだろうか。出来の良い奴だったからな。必死に金を稼い
で、セントと言う国を動かして見せると、豪語していたな。人斬りを使うような政
治家共は、救いようの無い奴等ばかりで、その中にダチが居なかったのは、安心し
たが、どこで何をやってるんだろうな。官僚にでもなって、セントの役に立ってい
るんだろうか?・・・今のセントも、アイツみたいなのが多ければ、変わるんだろ
うか?それとも・・・アイツも変わっちまったんだろうか・・・。
 今のオレはと言えば、修練が楽しくて仕方が無い。何せ周りが強いからな。やれ
ばやるだけ強くなれる気がしてな。ったく、信じられない状況だぜ。学生共も、揃
いも揃って粒揃いと来てやがる。オレの学生時代とは、大違いだ。何せ、そこの校
長まで、『闘式』に参加するとか言ってるからな。
 オレだって、何年も人斬りをやっていた経験がある。褒められた事じゃないが、
腕は立つつもりで居る。だから、そんなに簡単に負けちゃいられない。付いていこ
うと必死にもなる。姐さんも、出来る事をやって、強くなろうとしている。
 小休止に入った。出来は上々だ。今日は巌慈や亜理栖と修練したが、アイツ等も
必死らしい。オレも学生達に負けたくないのと同じで、奴等も上級生が故に、下級
生に引けを取りたくないのだろう。特に爽天学園の一年生組は、優秀だからな。優
秀なのを飛び越えて、化け物みたいな強さの奴も居る。
「ジャンさんは、手強くて参考になるわい!なんたる攻め手の速さよのう!」
 巌慈が、オレの攻めの速さを褒めてきた。
「お前の頑丈さには、参ったよ。本戦でも苦戦しそうだ。」
 オレは、巌慈の頑丈さを褒めた。ショアンさんの防御術とは、また違う硬さだ。
ショアンさんは鉄壁と言って良い程に防いでくるが、巌慈の場合は、食らっても前
進してくると言う怖さがある。ショアンさんには、攻撃が効かない感じがしたが、
その後の反撃は無い。だが巌慈の場合、食らいながらも反撃してくるので、こちら
も避けと防ぎを考えつつ攻めなければならない。
「さすがですよアスカさん。忍術を絡めた攻め手が、読み切るの大変です。」
 亜理栖は、姐さんに忍術を教えながら、自分の忍術の強化もしていた。
「亜理栖も凄いね。ウチの攻撃を全部避けて、忍術で反撃してくるタイミングが、
バッチリじゃないか。」
 姐さんは、亜理栖と談笑する。最近は、姐さんもオレも忍術を習っているので、
亜理栖に色々相談する事が多い。亜理栖は、長年やっているだけあって、撃ち出す
タイミングが、他の誰よりも上手いのだ。
 単に忍術を使うセンスなら、エイディの方が上かも知れないが、ここで使われた
ら嫌だと言う使い方を存分にしてくる。その辺は、年季かも知れないな。
「しっかし、楽しみじゃのう!『闘式』は!」
 巌慈は、強敵と闘える事を楽しみにしている。
「おう。楽しみだなぁ。・・・でも巌慈、お前疲れないのか?」
 オレは、巌慈の心配をする。何せ巌慈は、修練の他にプロレスの興行にも行って
いる。しかも『闘式』がある1週間前にも公式戦があるって言うんだから、驚きだ。
そちらの練習もしながら、『闘式』の修練もするんだから、大した物だ。
「親父にも言われているが、その方が充実して良いんですよ。俺は。」
 巌慈は、自分を追い込む事で、強くなろうとしている。
「お。居た居た。テレビで『闘式』の特集やってるみたいだぜ。」
 エイディが、オレ達を呼んでいた。
 ちなみに、天神家では、道場が2つあり、メイン道場は、剣術とか素手組。つま
り、格闘メインの奴等が、手合わせに使っている。で、オレ達が使わせてもらって
いるのが第2道場で、少し離れにある。遠い訳ではないが、何人かは、忍術や闘気
を学ぶ時に使っている。メインより少し小さいが、それでも十分なスペースだ。
 その奥にあるのが、本当に離れにある場所で、ちょっとした工房っぽくなってい
る。そこでは、大きな魔方陣があり、魔法を学ぶ連中が、そこで集中的に学んでい
る。ゼハーンさんなんかは、ここでファリアに教わっている。何でも、瞬と恵と、
俊男と江里香が、過去に飛ばされた時に、ファリアが助けた場所が、そこなんだと
か。そのせいもあってか、魔力が溜まり易い場所で、教えるのに適しているらしい。
 オレ達は、第2道場のテレビを付けて、特集を見た。
 それにしても随分細かく調べてある。オレの生い立ちまで、調べてあるのには、
少し驚いた。セントに追われている情報とかは、伏せてあるみたいだな。それは、
オレ達の他にも、追われている奴等が結構混じっていて、特別に、そんな報道する
のはフェアじゃないからだろう。
 ちなみに最近の修練の様子などは、抜き打ちでカメラに撮る事になっている。そ
れも、盛り上げる為の一環だとして、恵が承諾したのだ。その中で見たケイオスと
エイハの本気の修練には、ちょっと驚いたけどな。夫婦とは言え、本当に容赦無い
打ち合いをしていた。さすがだよな。
「私達の紹介もやってるヨ。レストラン『聖』もでてるネ!」
 センリンちゃんは喜んでいる。まぁ店の宣伝には良いわな。
「お。これは、元老院の代表かのう?」
 巌慈は、元老院の代表である加藤 篤則と、アルヴァ=ツィーアの紹介を興味深
そうに見る。普段の視察の様子などを映しているようだ。セントのトップであり、
羨望を集めていると言う紹介が為されていた。結構脚色してるよな。
「この加藤がシンマインドだって話だよな。」
 エイディが確認する。ケイオスが教えてくれた情報だと、そう言う事になってい
る。ゼロマインドの片割れ・・・。全ての元凶か・・・。
「こう見ると、普通のオッサンにしか見えないけどねぇ・・・。」
 亜理栖は溜め息を吐く。テレビを見る限りでは、精力的に動いているオッサンに
しか見えないな。軍隊研究所の長官だった男か・・・。
「アルヴァって、ツィーア財閥の御曹司だった子なんだ。」
 姐さんは、『オプティカル』時代に、ツィーア財閥と、交渉した事がある。あの
時は、まだ先代だったんだがな。
「元老院の紹介までやってるぜ?結局セントも、この『闘式』に乗っかって宣伝を
始めたって事か。」
 エイディは呆れる。元老院の連中も、焦っているのだろうな。今までは、謎の組
織として、伏せていた感がある。だが、魔族が大っぴらに出て来た以上、元老院も
素性を公開して、影響力を高めようと言うのだろう。
「この人は、国事総代表だった人だヨ。」
 センリンちゃんが言う通り、このゲラルドは、国事総代表の経験がある筈だ。
「・・・!!な、何!?」
 う、嘘だろ・・・。こ、この顔・・・。見忘れねぇ!!!
「ケ、ケイリー!!・・・あ、アイツ!!」
 信じられなかった。オレは、この男を知っている。いや、知っているなんて物じ
ゃない。腐れ縁だった男だ。オレのダチだった男だ!!
「ど、どうしたのさ。・・・その慌てよう・・・。」
 姐さんが心配している。それはそうだ。取り乱しちまったな。
「・・・姐さんには話してあるよな?・・・オレが前に話した、ダチ・・・。」
 オレは、未だに信じられなかった。官僚になる処の話じゃねぇ・・・。あの野郎、
元老院になってたのかよ・・・。マジか・・・。
「え?確か、ジャンが落ち込んでた時に励ましてくれたって・・・。」
 姐さんは、思い出したようだ。そうだ。あの時に話したダチだ。しかもアイツ、
金融界のボスになって、元老院入りをしただと!?要領の良い奴だったけど、そん
な真似をしてまで、元老院に入ったのか・・・。
「アイツは、出来が良かった・・・セントを変えたいと言っていた・・・。」
 そう。それを夢見て、アイツは進学していった。オレは、稼ぐ手段を見つける為
に人斬りの世界に飛び込んだ。
「けどよ!お前の目指してたのは、こんな現状かよ!!ケイリー!!」
 オレは、悔しかった。ダチは・・・ケイリーは、この国の中枢に入って変える為
に、金融界を支配して、元老院になる道を選んだんだ。でも、そんなの間違ってい
る。アイツは、全うな手段で政治家になるのだと思っていた。
「親友だったのか・・・。辛いな・・・。」
 エイディが励ます。親友だったからこそ、信じたくなかった。
「アイツも、この報道を見てる筈だ・・・。なら、オレの事も目に入った筈・・・。
この『闘式』で、何でアイツが元老院に居るのか、聞かなきゃな。」
 オレは、問い質す事にした。返答次第では、アイツは敵になる可能性がある。現
状では、敵なのだろうな・・・。
「ジャン・・・。」
 姐さんは、心配していた。相手は元老院だからな・・・。
 でも、ここで引く訳にはいかない。アイツの現状を、俺は知りたいんだ。


 空手の極意は、一撃必倒。それを体現する瞬君の空手は、理想と言って良い。私
には出来ない極意でもある。私も真剣に取り組んできた。相手を圧倒する為に、急
所を一撃で突いて、相手を倒す。
 それでも、一撃必倒とは言い難い。瞬君の拳は、当たると相手は悶絶する。鈍器
に殴られたような痛みだと言うのだから、相当な物なのだろう。
 私は、瞬君には無い特技を身に付けなくてはならない。それが、タッグで足を引
っ張らない為の第一歩だ。『闘式』では、対等に闘いたい。
 その為に、合気道を習うのだ。空手を捨てた訳ではない。空手をより活かす為に、
合気道の極意も習おうと言うのだ。そうすれば、空手にも応用が利くに違いない。
 あの手合わせは衝撃的だった。秋月さんの技量は、私達の遥か先にあった。あの
瞬君が当てる事すら出来なかったなんて、どう言う事だ・・・。相当に見切ってな
ければ、出来ない芸当だ。
 あれを実現する為には、まず、相手を読み切らなければならない。その上で、寸
前まで見切りを止めずに、体を反応させる。これだけ高度な事を秋月さんは、何度
もやってのけた。とんでもない技量だ。さすがは、最高の技の体現者などと言われ
るだけある。あの技量を、私も自分の物にすれば、戦力アップに繋がる筈。
 弟子になってから今日まで、ずっと座禅をしたままだった。特に見切りの勉強を
するでもない。こんな事で大丈夫か?と最初は思った。こんな事をしている間にも、
瞬君もライバル達も、強くなっているに違いないと思った。
 だが、私は落ち着いていた。意味も無く、嫌がらせのように座禅を組ませる秋月
さんだろうか?仮にも弟子として出すのだから、私も恥ずかしくない強さで出場し
なければならない。なのに、意味も無い事をやらせるだろうか?
 つまり、この座禅には意味があるのだ。しかも、私に足りない何かを気付かせる
為の座禅なのかも知れない。・・・そう考えた時、目の前の曇りが晴れてきた感じ
がした。目を瞑っているのに、全てが分かる感じ・・・。何だろうこれは。
 こうやって座禅をしていると、自然と一体となった感じがした。自然の中に私が
居て、必然と何をやるべきか、教えてくれる感じだ。・・・懐かしい。お爺様に教
えを乞うた時、大自然の中で打ち込みをした時を思い出す。あれは、子供の時だっ
ただろうか?空気のざわめきすら手に取るような感覚・・・。
 ・・・雑音が近づいてくる。避けなくては・・・。
 ヒュン!
 何かを避けた感覚がある。だが、それは自然な事だと感じた。
「ウム!見事じゃ!!」
 突然声がした。その声で私は、体に還ってくる感じがした。
「・・・あ・・・。私は・・・。」
 良く見ると、何本も矢が刺さっていた。この状況は!?
「これ・・・私が避けた?」
 そんな感覚は無かった。だが、自然と体が動いたのだ。
「面白いのう。お主その心境に、たった1週間ちょっとで辿り着くとは見事じゃ。」
 秋月さんは私を褒める。さっきの感覚・・・。あれは、新感覚だった。
「戸惑っておるようじゃな。座禅で集中力を増して、自然と一体となる術を、体現
した気分はどうじゃ?体が震えるじゃろう?」
 秋月さんは、これを教える為に、座禅をやらせていたのか。
「これは、序の口じゃ。自然と一体化する感覚を忘れるでないぞ。・・・さて、こ
れを人間にも応用する。それが合気の心得じゃ。」
 人間にも応用する・・・。つまり、相手との調和・・・。
「調和の心・・・かしら?」
「ほう。さすが優秀じゃのう。お主、筋が良い。」
 秋月さんは、私の答えに満足する。調和の心か・・・。
「相手を良く観察し、的確な行動を予想するのじゃ。さすれば、それ即ち技への向
上となり、相手との調和の世界となりえる。」
 秋月さんは、相手を良く見極めろと言いたいのだろうな。
「儂は、調和の探求に勤しんで来た。何を差し置いてもじゃ。」
 秋月さんは、遠い目をする。睦月さんや葉月さん、孫達に疎まれても、調和の探
求に没頭し、強くあり続けたのだろう。
「じゃが、家族との調和が成ってないとは、皮肉じゃのう。」
 自分でも分かっているようだ。それでも止める気は無いんだろうな。
「いつか、和解出来ると思いますよ。」
 私は、睦月さんも葉月さんも、物凄く良い人だって知ってる。
「お互いに、素直になれれば・・・ですけどね。」
 一応、そう付け加えておく。どっちも素直じゃないからなぁ。
「手厳しいのう。弟子に諌められるとは、儂も歳か・・・。」
 秋月さんは、溜め息を吐く。一言余計だったかな?
「お主は、大二郎の事を、尊敬しておるのか?」
 お爺様か。うーーーん。尊敬ねぇ。・・・余り考えた事が無かったかな。
「お爺様は、尊敬ってより、腐れ縁って感じね。あの歳で良くやるわよね。」
 私は、穿った感想を言う。お爺様は、あの歳なのに、事もあろうか力で他の道場
生に負けてない。ただし、それには多大なる努力をしているのは間違いない。
「あの瞬君を見て、さらに力を追い求めるんだから、大した物よ。」
 瞬君の鍛え方は尋常じゃない。天神家の鍛え方は、常軌を逸していると思う。瞬
君が先代の天神 真から、どう言う鍛え方をしたのか聞いてみたら、ウンザリする
様な内容だったのは覚えている。
「大二郎は、もう一花咲かせたいんじゃよ。」
 もう一花ねぇ・・・。もう休んでも、誰も文句言わないのに・・・。
「奴は、この『闘式』を最後に、後進に譲る気で居る。お主にな。」
 ・・・え?何それ?私、お爺様から、そんな話を聞いた事ないわ。
「身に覚えが無いかのう?大二郎も素直では無いからな。」
 お爺様が・・・引退?生涯現役とか言ってた癖に?
「しかも、何で寄りにも寄って私なの?お父様が筋でしょ。」
 そうだ。いきなり私が継ぐなんて、馬鹿げている。
「健坊(たけぼう)には、お主ほどの才能が無い。大二郎は、見切っておる。」
 そんな・・・。お父様は、あんなに頑張っているってのに!
「浮かぬ顔じゃな。じゃが、勝負の世界は厳しい。大二郎とて悩んだであろうよ。」
 ・・・そうよね。お爺様がそんな事を、簡単に結論を出したりはしない。
「私に、そんなに才能があるの?」
「今の所、合気の出来は、悪くない。空手の方は専門外じゃ。」
 そりゃそうだ。秋月さんに分かる訳が無い。
「そうですよね・・・。私が・・・継ぐ・・・。」
 お爺様は、事ある毎に、私を鍛えてきた気がする。
「・・・私に出来る事は・・・。そうなっても、文句が出ないくらい、強くなる事
ですよね・・・。うん・・・。私、ますます負けられなくなったわ。」
 私は、お爺様から、直接受け継がれる遺志を、受け止めるだけの強さを手に入れ
なくてはならない。じゃ無ければ、お父様が浮かばれない。
「それが分かっておるだけ、大二郎は幸せじゃな。」
 秋月さんは、羨ましそうに私を見る。
「いよっし。やる気が出てきました。次、お願いします。」
 私は、次をやる気持ちが、倍増する。期待されているのなら、それ以上に応えて
みせる。それが、私なりの流儀だ。
「ふぉっふぉっふぉ。良きかな良きかな。今度は実戦形式で教えちゃるぞ。」
 秋月さんも、やる気が出たようだ。
 生ける怪人、最高の技の体現者とも呼ばれているが、孫に疎まれている寂しい老
人でもあるのだ。私は、この人からも、技を学ばなければね。


 正直に言えば、俺の人生は、碌でも無い事ばかりだった。幼少期は、忍術の修行
をやらされ、まぁそのおかげで亜理栖などとも仲良くなったがな。総一郎も、厳し
かったな。それでも、幼少期は良かった。
 少年期からが、俺のケチの付け始めだったな。両親が死んで、育ての親に引き取
られたが、そいつ等は、クソみたいな奴等だった。俺に盗みを覚えさせて、最終的
に俺をセントに売り渡したクソ野郎達だ。真実を知った時、俺は腸が煮え繰り返る
想いだった。あんな奴等は、親じゃねぇ。いや、人ですらない。
 そっからは、『絶望の島』入りだ。俺は、こんな所で一生を過ごすのかと、唖然
とした物だ。同部屋だったレイク達にも、警戒したっけな。誰も信じないと思って
いたしな。だが、アイツ等は最高の仲間だ。俺のクソみたいな人生に色を付けてく
れた仲間だ。こんな長い付き合いになるとは、思ってもみなかったっけな。
 それに、この天神家で出来た仲間達は、どいつもこいつも良い奴等ばかりだ。こ
のひでぇ世の中も、捨てた物じゃねぇって思わせてくれたっけな。
 今度、俺は『闘式』に出る。正直言って、自信は無い。葵と共に出る事になった
が、出場するのは化け物ばかりだ。だが、俺だって出るからには良い所まで行かな
いと、カッコつかねぇからな。大体、仲間内が既に化け物揃いだ。
 レイクは、彼の有名な不動真剣術の継承者で、剣を使わせたら、誰よりも強い。
最近では、士さん相手にまで、良い勝負が出来るようになった。どうやら影で特訓
しているらしく、ゼハーンさんがミッチリ修行しているらしい。恵まれてるよな。
 グリードだって、アイツの狙撃は、脅威の一つだ。しかも組んでる相手が『重力』
のルールを操るゼリンだ。動きが重くなった所にアイツの狙撃とか、考えたくもね
ぇ。ゼリンと組むとか、きつ過ぎるぜ・・・。
 ファリアだって恐ろしい。最近のアイツは実力の幅が広がってきている。何が凄
いって、『召喚』に磨きを掛けて、先祖の霊を呼び出して、剣術を習っているって
んだから、どうかしている。それがレイクと組むんだから、とんでもねぇ。
 最近で驚いたのは、俊男と魁だな。俊男は、『瘴気』の力を取り込んで、すげぇ
力を身に付けやがった。まぁ死ぬ程の思いをしたんだから当然か。それと魁だ。ア
イツ、星を救ってきた自信もあってか、1ヶ月前とは比べ物にならない程成長して
いた。何だよ、あのとんでもない動き・・・。
 このままじゃ、他の仲間だって、すげぇの揃ってるんだから、置いていかれちま
う。だから、俺は考えた。俺の強みは此処だ。考えて強くなる。それが俺に出来る
事だ。実際に強くなるのも勿論だが、対抗する奴等は青天井に強くなっていきやが
る。そんな奴等相手に、ただの力比べをやって、勝てると思う程、俺はお目出度い
頭をしていない。考えて勝たなきゃならない。
 実際に修練を終えた後、俺は葵とミーティングをしている。葵も俺と同じ考えで、
そのまま闘う気は無いようだ。そう言う考えが一致しているのは、嬉しい事だ。
「しかし、魁まであんなに強くなっちゃったのは、予想外です。」
 葵は、魁が昔とは考えられないくらい強くなった事に、衝撃を受けているようだ
な。ゼハーンさんに本気を出させるなんて、あれは本物だ。
「お前なら、どう闘う?魁は、厄介な闘法を身に付けたぜ?」
 俺は尋ねてみる。こうやって命題を与えて対策を練る事を、常にして置けば、実
際に闘う時も、臨機応変に対応出来る。
「見た感じ、盾での防ぎ方は、芸術の域に達しています。まともにぶつかったら、
対処されちゃいますよね。私なら、まず足を止めますかね。最近習った『地手(ち
て)』って魔法が、かなり便利なんで、それを試します。」
 やはりコイツ、相当に覚えが良い。俺もそう思っていた所だ。
「合格だな。魁は盾だけじゃなく、あの動きが厄介だ。重力が重い星に居たってだ
けあって、動きが尋常じゃない。お前がそれを試すなら、俺は上空に逃げない為に
『火遁』で上空に展開する。その間に封じるって所でどうだ?」
 俺は、実際にどう闘うか、考えながら提案する。
「良いですね。でも、実際はジュダさんが居ますからね。闘うとなると、そっちも
集中しないといけませんね。良い手はあります?」
 確かにジュダさんは、正直手の打ち様が無い程の強さだ。
「まぁ、奥の手を試す事になるだろうな。余り使いたくないんだがな。そうじゃ無
ければ、俺が『分身(わけみ)』の術を試して、翻弄・・・出来れば良いが。」
 俺は、奥の手を余り使いたくなかった。強力なのだが、外法に近いからだ。
「それに、気付かれたら終わりですしねー・・・。」
 葵も気付いている。あれは、気付かれないように仕掛けて、一気に勝負を決める
為の物だ。その為に、1ヶ月間ずっと用意している。実際に使う時は、更に半月分
がプラスされる。
「多分、完成すれば、破れるのはファリアくらいの物だ。」
 俺は、自信があった。何故ファリアかと言えば、この仕掛けは、多大な魔力を要
しているからだ。勘の良いファリアなら、仕掛けている段階でバレちまう。
「ファリアさん、凄過ぎますよねぇ・・・。私の師匠でもありますし。」
 葵も師匠であるファリアとの闘いは、苦手みたいだ。
「あのタッグは脅威だ。何せレイクだって気が抜けねぇ。」
 俺の仕掛けが、完成すれば、他の奴は、何とかなるが、あの組だけはキツイ。
「その時は、レイクさんに仕掛けて、ファリアさん一人にするくらいしか・・・。」
 葵も気が付いている様だ。この闘いはタッグだから、2対1の状況にするのが、
勝つ一番の近道だ。どんな奴相手でも、2対1の状況になれば、違ってくる。
「前途多難だな。だが、勝つ為に考える努力は、無駄にはならん筈だ。」
 俺は、他の奴とは違う。考えて勝つ。
「私が・・・足手纏いだからですか?」
 ・・・?コイツは何を言い出すんだ。
「私、他の人とは、違って余り強くないです。だから・・・。」
 コツン!
 俺は、葵の頭を小突く。勘違いしてやがる。
「馬鹿な事言うんじゃねぇ。お前は、俺の考えて勝つと言うやり方に、ここまで適
応しているじゃねーか。どこが足手纏いなんだよ。俺に取っちゃ最高だよ。」
 俺は、強調してやる。と言うか、今の俺にとっては、これ以上のパートナーは無
い。他の奴なら、手段云々で、文句を言われそうだしな。
「嬉しいです!亜理栖先輩よりも、頼りにして下さい!」
 葵は、曇った顔を晴れさせる。一々亜理栖の事を引き合いに出すなよな。
「亜理栖か・・・。アイツも、もがいているからな。」
 アイツは、後輩に負けまいと一生懸命やっている。俺も、その努力は認めている。
「んもう・・・。エイディさん、私が居るのに・・・。」
 葵は、膨れっ面に戻る。可愛い所あるじゃねぇか。
「悪いな。でもよ。俺が言うのもなんだが、亜理栖もお前も、俺の何処が良いんだ?
まぁ俺自身、こう言う経験が無いから、良くわからねーんだ。」
 昔から、おかしい目に合わされたせいか、どうにも自覚が無い。
「さりげない所じゃないですか?エイディさんは、フォローするの上手いですから。」
 さりげない所か・・・。フォローくらい誰でも出来ると思うが・・・。
「そんな物かぁ?フォローなんて、誰でも・・・。」
「誰でも出来ないんですよ。そんな余裕のある人は、中々居ないんですって。」
 葵は断言した。そんな物かねぇ?
「エイディさんは、自分の事を大事にしつつも、皆が上手く行く様に仕向けてます。
こんな大事な事が出来る人って、中々居ないんですよ。」
 葵・・・。お前、そこまで俺の事を見ているのか・・・。
「何だか照れるな。当たり前のようにやってる事なんだが。」
 葵は、こう見えて人を見る観察眼が優れている。コイツのパートナーになっても
良いと思った原因の一つでもある。
「お前は、観察するのが上手いな。」
「・・・私、気付けなかったから・・・。」
 ん?急に暗い顔になったな。何か・・・。あ。そうか。
「私、莉奈の時に、あんなに擦り切れているのに、気が付かなかったから・・・。
今度は気付きたいんです。見逃さないように!」
 葵は、ずっと気にしていたんだな。莉奈の時は、ずっと泣いていたって言ってた
しな。全く、無理しやがって・・・。
「あれは、魁が悪いんだ。それに、その魁だって、あんなに成長したんだ。赦して
やれ。・・・魁だけじゃないぞ?お前自身をだ。」
 俺は、そう言うと、葵の頭に手を置いてやる。気丈に見えて、こう言う所は、か
なり脆いんだよな・・・。
「はい。こんな顔、私もしたくないですしね!」
 葵はそう言うと、笑顔を見せる。全く・・・それが無理してるって事なのに。
「ま、そう言う事だ。無理するなよ?」
「ハイ!『闘式』が近いですし、考えをスッキリさせます!」
 葵は、元気に返事をする。素直な奴だ。
「なるべく、アレは、使いたくねーけどな。」
 俺は、ずっと練っている魔力の塊を指差す。俺と葵の魔力が詰まっている。
「ちょっと強力ですしねー・・・。私、一日だけのバージョンでも、あんなに痺れ
るなんて、信じられなかったですしー・・・。」
 葵は、顔を真っ青にする。思い出したくないようだ。テストする為に作った一日
バージョンの仕掛けを葵が、身に染みて体験したのだ。
「これが1ヵ月半になる。例え神でも魔族でも、効く筈だ。」
 そう。これは罠だ。雷系の魔法を集約させてある。
「多分、効かないのは、事前にバレるファリアと、『帯雷』のルールを使う亜理栖
だ。亜理栖相手には、使えないぞ。」
 俺は、一応忠告しておく。唯一普通に効かない相手が、恐らく亜理栖だ。『帯雷』
のルールを全開にすれば、破られちまうだろう。
「その時は、伊能先輩狙いですかねぇ・・・。余り気が進まないなぁ。」
 葵は、仲間を狙う事に付いて、やはり抵抗があるようだ。まぁ俺だって、こんな
やり方で勝ち上がりたくは無い。
「ま、あの組には、正攻法で行くのも手だ。これは飽くまで奥の手なんだからな。」
 俺は、何が何でも罠を使うつもりは無い。これはバレたら警戒されるから奥の手
なのだ。そんなに何回も使える代物じゃない。
「そうですよね。元々は、力比べが趣旨ですし。」
 葵は同調するが、この大会での自分の闘い方を気に入らないようだ。
「葵。頭脳戦だって、立派な力比べだ。恥ずべき事じゃないぞ。」
 俺は、葵の頭に手を乗せてやる。まぁ、俺だって気になってるくらいだからな。
「それに、一応大会運営委員に、お伺いは立てて置いたしな。」
 俺は、安心させる為に付け加える。
「大会運営委員?誰です?」
「ああ。ゼハーンさんさ。出場してない組で、誰も贔屓しなさそうだったからな。」
 まぁ、レイクには贔屓するかも知れないけど、ゼハーンさんの性格からして、俺
の仕掛けの内容を喋ったりしないだろうしな。
「好ましくないが、大丈夫だろうってさ。ゼハーンさん経由で、恵にも伝えてある。
あのお嬢様は、『そんな物騒な仕掛けなら、どう壊すか対処するのも闘いの内では
無くて?』だってさ。全く、恐ろしい事言うぜ。」
 恵の器の広さには頭が下がる。ありゃ敵わんな。
「だから卑怯でも何でも無い。これは戦術だ。」
 俺は、念を押す。実際に俺のような手を使ってくる奴は、居ないとも限らない。
「分かりました。私は、こうやって闘うと決めたんですからね。」
 葵は、改めて決意を表明する。ま、気が進まないのは分かるけどな。
「分かってると思うが、相手だって使うかも知れないと言う事を忘れるなよ。」
「そ、そうですよね。分かりました!」
 葵は、俺の忠告に、良い返事で返す。気を付けるに越した事は無いわな。
 こんな奥の手まで出さなきゃ行けない程の闘いは、避けたいけどな・・・。
 備えあれば、憂い無しって奴だ。後は、用意を完璧にしなきゃな。
 俺でも闘い抜けるって事を、この頭で証明して見せるぜ・・・。



ソクトア黒の章6巻の5前半へ

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