6、放送  ガリウロル国営武道館は、首都アズマの環状線である円アズマ線の国営武道館駅 前にある。駅から徒歩5分の所に、武道館が佇んでいる。  今日は、この国営武道館に人々が行き交っている。それは、伝説とも言われたプ ロレスラーが出場するからだ。それを一目見たいと、この場所に訪れるのだ。  その名も、サウザンド伊能。千の技を持つ男として、恐れられている。実際に、 技が繰り出すスピードが尋常じゃない。とは言え、プロレスである以上、無論受け 技も存在する。受けをしないプロレスなど存在しない。お客さんが見たいのは、技 の凄さなのだ。その為には、綺麗に受けなくてはいけない。だから相手が、仕掛け る時には、避けてはいけない。それがプロレスの醍醐味でもある。  それをお約束とか、八百長とか非難するのは容易い。しかし、楽しめないプロレ スなど、意味がないのだ。それを履き違えている人は多い。  相手の技を受けきった上で、こちらの技を仕掛ける。それも闇雲では無い。それ ぞれが力の限りを尽くし、その上での勝利こそが、プロレスの王者足りえるのだ。  サウザンド伊能は、華麗に技を決める。若い頃は、相手の技を紙一重で躱して、 逆転を決めたりしていた。しかし、サウザンド伊能は、絶望を味わった。それが、 有名な事故だった。体を動かすのも、難しい程の傷を負った事故。それが、息子を 助けた事で有名な事故だった。  だが、サウザンド伊能は、再びリングに舞い戻ってきた。度重なるリハビリを終 えてだ。しかも、負けない。どんなにピンチになっても立ち上がる。その姿は、華 麗な若い頃とは大違いだった。だが、その不死鳥の如き姿が、ファンの心を更に掴 んだのだ。やがて、その地位を不動の物としたサウザンド伊能だったが、未だに伊 能を倒そうとする者は絶えない。それは、王者への挑戦であり、伝説への挑戦であ った。ストップ伊能と言うフレーズが、流行るくらいだ。  そのサウザンド伊能の試合を、ファンは楽しみにしている。誰が止めるのか。そ して、それでも尚、伊能がどう勝つのかを、楽しみにしているのだ。  だが、今日の目玉は、それだけでは無い。もう一つの目玉。それこそが、その息 子の試合だった。しかも今回は、サウザンド親子のタッグ戦だと言う。サウザンド 伊能ジュニアの試合を、ファンは楽しみにしているのだ。  サウザンド伊能ジュニアは、ファンの間では、隠れメインとして有名だった。と 言うのも、サウザンド伊能が、秘蔵っ子として鍛え上げ、全盛期のサウザンド伊能 を髣髴させる輝きが、サウザンド伊能ジュニアから感じるからだ。  しかし、サウザンド伊能ジュニアは、サウザンド伊能とは、気色が違う。千の技 を持つ男として、華麗な技を披露し、相手の攻撃に耐えて逆転するのがサウザンド 伊能の魅力だ。だが、ジュニアは違う。ジュニアは、相手の攻撃を受けながら、豪 快に技を決める力技が魅力だ。荒削りだが、センスがある。  その二人のタッグが見れる。これは、観客にとって何よりのご馳走だった。しか も、そのジュニアが『闘式』に出る事も、観客は知っている。期待は否が応でも高 まる。それに応えるのがプロだ。  控え室には、伊能ジムの者達が、準備を着々としている。体を解している者が多 い。試合前の緊張感を楽しんでいるのだ。 「フン!フン!!」  一際準備を欠かさないのが、サウザンド伊能ジュニアこと、伊能 巌慈だ。巌慈 は、自分がどう言う期待を背負っているのかを知っている。 「巌慈君は、入念だな。やり過ぎるなよ?」  先輩が話し掛けてくる。巌慈は、ジムの中でも、結構親しまれている。 「分かっておりますわい。この力を試合で発揮出来ないのが、一番駄目な事ですか らのう!試合では思い切りぶつけられる様にしますわ!」  巌慈は、大きな体を見せ付ける。ジムの中でもかなりの大柄だ。父親よりも大き い。その大きな体を活かして、豪快な技を見せ付けるのは、理に適っている。だが、 巌慈は豪快な技だけでなく、関節技の応酬とかも出来る。 「相手が可哀想だな!巌慈君のパワーボムは、食らいたくないからな!」  先輩が、気さくに笑う。実際に巌慈の技は脳天から突き抜けたような痛さだと、 対戦者は言う。豪快なだけでは無いのだが、豪快さは一層目立つ。 「それはそうと、例の『闘式』、応援してるからな!」  先輩は、『闘式』のチェックもしている。と言うより、知らない人は居ないだろ う。しかも、巌慈が参戦している事も知れ渡っている。 「おう。気張っとるか?」  サウザンド伊能こと、伊能 奥康(おくやす)が入ってきた。 「おう。バッチリじゃ!」  巌慈が返事を返す。誰よりも勤勉だ。 「巌慈・・・。俺とのタッグ戦や。気合入れろや!」  奥康は、巌慈に気合を注入する。背中を平手打ちするのが気合入れだ。 「任せろや!この巌慈に逃げの文字は、無いからのう!」  巌慈は、安心して、背中を任せろと言わんばかりに、背筋を強調する。その背筋 たるや、凄まじい筋肉の質だった。 「そうか・・・。ああ。そうやそうや。渡辺ジムとの打ち合わせで、最終戦に、少 し変わった事をする。一気に決めて良いみたいやから、お前も覚悟だけ決めておけ や。盛り上げんぞ!」  奥康は、巌慈に打ち合わせ内容を言う。だが、詳細はボカしたままだった。 「何だか知らんが、受けて立つまでじゃ!」  巌慈は、何があっても受け切るつもりだった。そして観客の期待に応えるのが、 プロレスラーとして、そしてサウザンド伊能の息子としての義務だと思っている。 「よぉ言った!試合後に俺がマイクパフォーマンスをするから、お前も何か考えと けや。お客さんを、幻滅させる真似はすんなや。」  奥康は、念を押してくる。さすがのプロ魂だ。これが無ければ、プロレスラー足 りえぬと言う思想から来ている。 「マイクパフォーマンスかぁ。盛り上がりそうじゃのう。」  巌慈は楽しみにしていた。晴れ舞台でマイクパフォーマンスで客を喜ばせるのは、 常套手段でもあるが、内容によっては、盛り下がったりする。そうしない為にも、 色々考えなければならない。 「盛り上げるのも、盛り下げるのも、お前次第や。気張れ!!」  奥康は、巌慈には、息子と言う立場を超えても、期待している。 「任せろや!親父!!」  巌慈は、それに応えるのが、サウザンド伊能ジュニアの務めだと思っていた。  渡辺ジムと大和田ジムとの試合が始まった。今日の試合は4試合だ。初戦は、渡 辺ジムが勝利を取る。15分間のじっくりとした攻防だったが、最後の投げっ放し ジャーマンが強烈だった。2戦目は大和田ジムとだったが、引き分けだった。もつ れにもつれて、結局両者リングアウトになってしまった。奥康は、客が盛り下がっ たので、厳しく叱っていた。  3戦目は先輩だった。先輩は、華があるレスラーだったので、向こうの大和田ジ ムの中で、かなりのレスラーをぶつけてきたが、先輩は辛くも勝利する。見応えの ある試合だったので、客のボルテージも上がってきた。  何せ、次の試合こそが、客が一番楽しみにしている試合だからだ。サウザンド伊 能とサウザンド伊能ジュニアのタッグ戦。客は、これを目当てに見に来ている。渡 辺ジムは、主力選手をぶつけてくる。  タッグ戦は、伊能タッグの競演で勝利を収めた。力の巌慈、技の奥康と、隙が無 かった。相手もエース級だったが、相手が悪い。それなりに善戦した物の、終始伊 能タッグペースだった。豪快な技と、華麗な技の競演で、客の目は輝いていた。  そして、試合後にマイクパフォーマンスをする。 「おう!楽しめたか!?」  奥康は、客に向かって言葉を投げ掛ける。 『オオオオ!!』  客はそれに合わせて、掛け声を上げる。凄い一体感だ。 「千の技を、見せられなかったのは!?」 『残念だぁ!!』  奥康は、必ずこの問答を言う。試合中に千の技を見せられる訳が無い。それでも、 客を盛り上げる為に、必ず言うフレーズだ。 「お前等!まだ俺の技を見たいか!?」  奥康は、またしてもお約束の台詞を言う。 『見たーい!』  客も分かっているようで、ノリ良く応える。 「ジュニア!お前も言うたれ!!」  奥康は、巌慈にマイクを渡す。すると、巌慈は筋肉を見せ付ける。 「ミスタープロレスを継ぐのは!?」 『お前しかいねぇ!』  巌慈は、自分のフレーズを客に向かって言う。 「一番星を掴むのは!?」 『お前しかいねぇ!!』  客も分かっているようで、返してくれた。この一体感が、巌慈は大好きだった。 「おう!これからも、宜しく頼むわい!」  巌慈が手を振ると、客は、更に盛り上がる。 『サウザンド!サウザンド!!』  客も、一体となって盛り上げる。これがプロレスの醍醐味だ。そこで、巌慈が奥 康にマイクを返す。締めの一言を言わせる為だ。 「よーし!まだまだ俺達の活躍を、見たいかぁ!?」 『見せてくれぇ!!』  奥康の言葉に、客はお約束を返す。・・・筈だった。だが、奥康の様子がおかし い。いつもなら、そのまま盛り上げて終わりなのだが、マイクを離さない。客も気 が付いたのか、ザワつき始める。 「今日来た人達は、ラッキーやぞ?今日は、もう一戦ある!」  奥康の一言で、場内のザワつきは、歓声に変わる。逆に巌慈は、戸惑っていた。 客の前なので、悟られないように腕を上げて盛り上げている。 「誰と誰かやと?決まってるやろが!お前等が、一番見たいカードや!」  奥康は、言い放つ。一番見たいカードと言った。客の間で緊張が走る。客だけじ ゃない。選手の間からも緊張が走った。 「このサウザンド伊能が指名したる!お前や!ジュニアァ!!」  奥康は、他でもない、息子であるサウザンド伊能ジュニア、巌慈を指名してきた。 『オオオオオオオ!!!』  会場は、驚きと期待でパニック寸前だった。当の本人である巌慈も、突然の事で、 頭が真っ白になりそうになる。しかし、マイクを投げ渡され、正気に返った。 (親父・・・。アンタ、やるつもりじゃな!)  巌慈は、奥康の意図を汲み取ろうとする。 「望む所じゃ!このジュニア、逃げも隠れもせんわ!!」  巌慈は、吼える。奥康の魂に届くように。そして、客全体に響き渡るようにだ。 そして、挑戦を投げ返すように、マイクを奥康に投げ渡す。 「良い度胸やな!ジュニア!このサウザンド伊能が、『闘式』に通じるか、確かめ たるわ!覚悟せいや!!」  奥康は、更に挑発を続ける。 (渡辺ジムとの打ち合わせは、この事だったんじゃな。)  巌慈は、最終戦に一気に決めても良いと言うのは、おかしいと思っていたのだ。  こうして、伝説のプロレスラーと、伝説を継ぐ男の闘いが、始まろうとしていた。  親父は、華麗な技を使うプロレスラーだった。  目にも留まらぬ空中殺法を使う姿は、見栄えがした。その姿に魅せられた者は多 い。親父の技を真似る子供が出始める程じゃった。それに加えて、親父は連勝街道 を突っ走っていた。強いプロレスラーの象徴だった。  当然、俺も憧れる事になった。親父が勝ち上がるに連れ、クラスの人気者になり、 俺も親父に頼んでトレーニングを積むようになった。トレーニング自体は、親父の 勧めもあって、3歳の時からやっているが、基礎訓練ばかりやらされていた。  俺は、親父が華麗な技ばかりやるのに、俺が地味な訓練ばかりやらされるのは、 何事かと、迫った事もあった。じゃが親父は、基礎が大事だと教え込んでいた。  そんな中だろうか?あれは7歳の時だったと思う。  俺を乗せて試合から帰る時に起きたのだ。それが、あの大事故だった。  トラックの居眠り運転に巻き込まれる事故で、いつもなら、切り替えせば避けら れる事故だったが、俺が助手席に乗っていた為、避けなかったのだ。 『最強のプロレスラー、サウザンド伊能、事故で再起不能!?』  こんな記事が、連日のように踊った。俺は、悔しくて堪らなかった。親父は本当 に強いんだ。こんな好い加減な記事に惑わされる物か!と思った。  俺の悔しさが伝わったのか、それからの親父のリハビリは、苛烈を窮めた。  1日毎にメニューを増やす。それをこなしたら、更にメニューを増やす。  人間業とは思えなかった。それくらい凄い所業だった。  そして親父は、あの大事故からたった一年でカムバックを果たす。  しかし、当然事故の影響もあった。華麗な動きは、成りを潜めつつあった。だが、 親父はカムバック戦から、勝利をもぎ取って行った。相手のどんな技を受けても、 気合で立ち上がっていった。  どんな相手にも、向かっていき、勝利を収める。これが、どんなに難しい事か。 傍から見てても分かる。一撃で脳震盪を起こしそうな程の技を食らっている。  なのに、不死鳥の如く立ち上がり、相手を睨みつけて、華麗な技を繰り出す。こ こまで来ると、本能の域である。本能で立ち上がって闘っているのだ。  いつしか親父は、闘魂と呼ばれるようになった。華麗から闘魂に変わったのだ。 ファンは、余計に付くようになった。華麗を売りにしていた頃よりも、人気は上が った。これが、カリスマ性なのだろう。人を惹き付けるのだろう。  そして、勝ち続ける内に、どんな状態からでも起き上がる事に因んで、不死鳥と 呼ばれるようになっていた。親父はいつまでもヒーローだ。  いつしか、俺も同じ夢を目指すようになり、プロレスラーの道を選ぶようになっ た。与えられたニックネームは、サウザンド伊能ジュニア。  最初こそ、2世だと馬鹿にされ続けたが、少年プロレスで優勝を収めるようにな ってから、周りの見方が変わってきた。  サウザンド伊能の能力を引き継ぐ男・・・。そう呼ばれるようになった。親父は 連勝街道を突っ走り、俺は、中学に入っても負け無しだった。だが、不思議と達成 感は無かった。それは、親父に負け続けていたからだ。試合形式の組み手をやって いるが、ほとんど勝てない。親父の技と精神は、本物だった。  技、力、精神力の全てに於いて、親父は凄かった。俺の憧れであり、俺の超える べき目標だった。いつまでも立ちはだかる壁だ。  その壁が、目の前まで迫ってきた。なら、超えるしかない!  俺は、控え室に入る。一度、落ち着いてからの入場となった。会場の歓声は、ま だ続いている。すると、俺の観戦に来ていたアネゴと、エイディさんに葵が来てい た。あの一件以来、この4人で、つるむ事が結構ある。 「伊能先輩、とうとうですね!」  葵は、俺を励ましてくる。色々複雑な俺達の事情だが、この後輩の励ましは、素 直に嬉しい所だ。 「お前さんの晴れ舞台だからな。俺も声を上げて応援するぜ。」  エイディさんは、俺の肩を叩いてくれた。俺の恋敵ではあるが、特に仲が悪い訳 じゃない。そこはキッパリと、線を引いている。 「親父さんに挑戦するんだ。気合入れなよ!」  アネゴは、純粋に応援してくれる。有難い話だ。 「ああ。見ておれっちゅうんじゃ!」  俺は、強がりを言う。本当は、気持ちがぐちゃぐちゃだ。振って湧いたような親 父との試合だ。動揺が無いと言えば、嘘になる。 「・・・お前さ。俺達にさえ、強がったりするなよ。」  エイディさんは、ずばりと核心を言ってくる。 「俺は・・・。」  何か反論を言う前にエイディさんは、指を横に振る。 「見りゃ分かるってんだよ。大体、何の為に皆で此処に来たと思ってるんだよ。」  エイディさんは呆れる。・・・敵わんのう。 「エイディ兄さんに、先に言われちまったね。ま、変な無理するなって事だ。」  アネゴは、パートナーとして応援してくれている。 「伊能先輩って、緊張するんですね。安心しました!」  葵は、気さくに話し掛けてくる。しかし、俺も緊張するとは、どう言う意味だ。 「俺は、化け物なんかとは、違うぞい?」  何だか勘違いされてないか? 「いや、ほら。伊能先輩って、部活とか見てても、堂々と主将やってるじゃないで すか。それに、皆から頼られてるから、そう言う所、超越しちゃってるんじゃない かな?って思ってたんですよ。・・・でも、一緒に修行してみたら、私達と一緒で、 緊張もするし、考え込んだりもするんだなーって。」  成程な。確かに俺は、学内では、プロレス部の主将として、恥ずかしくないよう に務めている。葵にとっては、近寄り難い存在だったのかも知れんな。 「俺だって、人間じゃ。だが、後輩に格好悪い所は見せられんからのう。」  そうだ。俺が弱音を吐いていたら、後輩が付いてこない。 「そう言う事だよ。私だって一緒だよ。キツイ時だって、後輩の前じゃ見せないよ うにしてるのさ。・・・それが、上級生の務めってもんだよ。」  アネゴも同意してくる。そうだな。俺やアネゴは、主将だから、特に気を使って いる。後輩の前では、弱音を吐くつもりは無い。 「それも大事だ。だが俺達は仲間だ。仲間に変な見栄を張ったりするなって事だ。」  エイディさんは、優しく諭してくる。大人の余裕を感じる。 「こう言ってるエイディさんだって、見栄張るのに、よく言いますよねー。」  葵は、エイディさんをからかっていた。 「俺、良い事言ってるんだから、茶化すなっての・・・。」 「エイディ兄さんから、見栄を取ったら、何が残るんだい?」  アネゴも、一緒になってからかう。 「ガッハッハ!こんな時に、こんな話が出来るとは、大物じゃのう。・・・助かっ たわい。肩の力が抜けてきたわ。」  俺は、3人に感謝する。緊張でガチガチになっていたら、勝てる物も勝てはしな い。その事を、この3人は伝えたかったのだろう。 「俺をダシにして、励ますなよな・・・。ま、元気が出たなら結果オーライだ。」  エイディさんは、文句を言いながらも、笑って許してくれた。 「良い状態になったじゃないか。後は、思い切り行ってやんな。」  アネゴは、俺の状態を見切る。 「伊能先輩。ファイトです!」  葵も、良い笑顔をしてくれた。全く・・・この3人には感謝だな。 「おう。見とれ。・・・伝説を越えてくるわい!」  俺は、そう言うと、控え室から飛び出した。  そうじゃ。緊張したって仕方がない。俺は挑戦者だ。当たってぶつかるしかない。 細かい事を考えていても仕方が無いんだ。それを、あの3人は教えてくれた。  俺は、青コーナーの挑戦者のロードに立つ。向かい側には、親父が居る。しかも、 俺の対戦相手としてだ。こんなに胸が躍る対戦者は初めてだ。瞬と闘う時も、こん な感じがしたが、プロレスラーとして、ここまで対戦が楽しみな相手など、そうは 居ない。俺の全身全霊がぶつけられる相手だ・・・。 「それでは、これより本日のスペシャルマッチ、サウザンド伊能挑戦試合を始めさ せて戴きます。会場の皆様、大きな拍手で、選手をお迎え下さい。」  アナウンスの声が入る。会場からは、割れんばかりの拍手が巻き起こる。皆、期 待しているんだ。サウザンド伊能の・・・親父の勝利を。そして、俺の健闘を。 「では青コーナーより、挑戦者の鋼の肉体、サウザンド伊能ジュニア選手の入場で す。・・・サウザンド!伊能!ジュニアァ!!」  アナウンスが入る。そして、俺のテーマ曲が流れてきた。よし。行くぞ!!  俺は、意を決すると、ロードを突き進む。すると、物凄い歓声が聞こえてきた。 「ジュニア!!俺は、お前なら親を超えられると、信じてるぜ!」 「お前の才能、親父に見せてやれや!!」 「巌慈さん!!爽天学園の応援団!アンタの勝利を信じるよ!!」  様々な声が聞こえてきた。俺の勝利を信じている者も、少なくない。爽天学園の 応援団まで駆けつけてくれたか。なら、それに応えなきゃならんな!  俺は、その観客の声に応えるように両手で拳を握って上に突き上げる。 『オォォォォォォォ!!!』  轟音のような歓声が沸く。これが、俺の・・・俺を期待する声か!  体の中から電気が伝わるようだ!!俺は、武者震いしながら、リングに上がる。 「では赤コーナーより、伝説のチャンピオン・・・千の技を操る男、華麗なる技の 応酬!サウザンド伊能選手の入場です!・・・サウザンド!伊能ぉ!!」  親父の呼び出す声が聞こえた。そして観客から、どよめきが聞こえてきた。それ はそうだ。最近の親父は、華麗な技を売りにしている訳では無い。客も、今のサウ ザンド伊能は、闘魂、つまり不死鳥の如き粘りの闘いを見させられてきているのだ。 確かに、並の選手と比べたら、今でも技は多い。しかし、華麗な技を売りにする程、 技を出せないのは、親父も分かっている。だから、売りにするのを自然と止めたと 言う背景があるのだ。  なのにも関わらず、呼び出しは、昔のサウザンド伊能を基調とした呼び出し声に 変わっていた。これは、わざとだろう。何故だ?  そのざわめきに、応えるが如く、親父が姿を現す。そして、その姿に観客は、ま たしても驚きの声を上げる結果となった。何と、親父が昔の衣装を纏っていたのだ。 信じられない。最近では、あんな派手な衣装は封印していた筈だ。 「お、おい!あ、あれって・・・。」 「そうだ。あれ、デビュー戦の衣装じゃねぇか!?」 「態々!?何でだ!?」  観客からも知っている人が出始め、輪が広がっていく。そして、衣装の背中に書 いてある文字に、客は反応する。 「あれは!不死鳥と鶴!現在を象徴する不死鳥と!千を象徴する鶴!デビュー当時 と現在を表しているってのか!?」  観客が気付き始める。親父がここまで表明したからには間違いない。親父は、こ の試合で、『全力』で闘うつもりなのだ。そう。事故後に封印した技の数々を、惜 しみなく使うと宣言しているのだ。此処まで燃える展開は無い。 『ウオオオオオオオオォォォ!!!』  客も、その事に気が付いたのか、歓声が一際大きくなる。その気持ちは分かる。 俺だって、そんな姿を見せられたら興奮する。しかし、今は妙に冷静だった。何故 か?それは、そのサウザンド伊能と対戦するのは、他ならぬ俺だからだ。  俺の頭は、既にサウザンド伊能を見つめるファンとしての俺ではなく、対戦する 相手としてのサウザンド伊能へと変わって来ている。 「私達が望んだサウザンド伊能が!帰って来た!!私達が見たかったサウザンド伊 能が!戻ってきた!これぞ、伝説の再来です!!しかも!内に秘めた闘魂を、胸に 携えて!この姿を、誰もが見たかったぁ!!」  アナウンサーが盛り上げていた。そうだ。誰もが見たかったのだ。親父が舞い戻 った時、精彩を欠きながらも勝利していったが、あの闘魂のまま、華麗な技で舞う 姿を、誰もが想像しただろう。それくらい人気選手だったのだ。  俺も見たかった。親父が舞う姿を!しかし、それを見せ付ける相手が、皮肉な事 に、この俺だとはな!・・・嬉しい事をしてくれる!!!  そして親父は、リングの上に立つ。トレードマークの覆面を、リングの上で付け る。これは、マスクマンでありながら、正体を隠さないと言う、親父の誇りだった。 俺もそれに倣って、同じ仕草をしている。だから俺も、今マスクを付ける。 「おう。ジュニア。震えとんぞ?お前?怖くなったんかぁ?」  親父は、俺のリングネームで挑発をする。これが親父を相手する時の気分か。圧 倒的な威圧感、それは、闘気に近い物があった。 「フッ。レジェンド。耄碌したか?俺は怖いんじゃない。嬉しいんじゃ!武者震い に決まっているじゃろうが!!」  俺は、挑発に対して、挑発で返す。それがプロレスラーとしての正しい姿だ。親 父は、俺の態度を見て、ニヤリと笑う。それが正しい答えだと言わんばかりだ。ち なみに、俺が今言ったレジェンドと言うのは、俺がジュニアと名乗ってから、親父 と俺が一緒に出た時に、区別する時に呼び合う名前だ。ファンもそう呼んでいるの を知っている。サウザンド伊能同士で会話する時は、こうしている。 「それでは、これより、サウザンド伊能マッチ、60分1本勝負を行います。」  アナウンスが入った。客は、この時ばかりは静かにする。 「青コーナー、203センチ、104キロ。鋼鉄の肉体を持つ男、サウザンド伊能 の遺伝子を受け継ぐ、『千の技を継ぐ男』・・・。サウザンドォ!!伊能ォ!!ジ ュニアァァァァァァ!!」  俺の紹介が入る。俺は、それに応えて手を上げる。更に肉体を誇示するように、 胸筋に力を入れた。すると、胸元の筋肉が膨れ上がった。  俺に期待されている事は、この目の前に居る男の撃破だ。 「フッ。中々やるやないか。ジュニア。良い歓声や。」  親父は、歓声に対して褒めてくる。 「赤コーナー、183センチ、92キロ。・・・技の王者、華麗な技で空を舞う! 『千の技を持つ男』!サウザンドォ!伊能ォォォォ!!!」  親父の紹介が聞こえた瞬間、轟音のような歓声が巻き起こる。今までに無い歓声 だった。これが伝説か!伝説が甦った時の、人々の期待か! 「レジェンド・・・。アンタさすがじゃ。・・・じゃが、俺はこの歓声を奪って見 せるわい。アンタを受け継ぐ男じゃからな!」  俺は、親父に宣言する。プロレスラーとして、煽らなければならない。 「・・・良い度胸やのう。・・・巌慈。真剣勝負(セメント)や。」  親父は、俺に近づくと、俺にしか聞こえないように耳打ちする。そして、真剣勝 負と言った。これは、いつも以上に勝負に徹すると言う意味だ。いつもも、命を張 る覚悟でやっているが、多少の演出はある。だが、これを宣言されたら、一方的な 勝負になっても、容赦しないと言う意味になる。それが本当の真剣勝負であり、ガ チガチのセメントなのだ・・・。 「本気じゃな?本気で俺を潰す気なんじゃな?」  俺は、勝負を仕掛けられた事に、光栄に思った。 「お前は、可能性の塊や。お前を野放しにしたら、俺のファンまで減っちまうから のう。今の内に叩いてやると言うとるんや。」  親父は、目がギラギラしていた。真剣勝負と言う言葉に、嘘は無さそうだ。 「試合が始まるようです!」  カーン!!  アナウンサーの声と共に、ゴングの音が鳴る。これが、試合の合図だ。  やるしかない・・・。親父を倒すんだ!  親父は、手を上げてくる。そして、手を合わせるように仕向けてくる。力比べか ら、やるつもりか?静かな立ち上がりにするつもりか。  俺は、それに付き合おうとする。親父の手を握る・・・。 「どぅらあああ!!」  親父は、俺の手を掴まず、親父の得意技である居合チョップと俺に見舞う。その 衝撃たるや、凄まじい物だった。不意打ちを仕掛けるのと同時に、これだけの力を 込めてのチョップ・・・。真剣勝負の言葉は、本当だった。 「おら!一気に決めたるぞ!!」  親父は、喉下に強烈なチョップを食らわせてくる。さすがだ。そして俺が怯んだ 所で、体を掴んでロープまで振る。そして、俺の体が反動で返って来た所に、ラリ アットをして、そこからネックブリーカーに移行する。更に立て続けに俺の体を引 っ繰り返して、ブレーンバスターを決めた。  そこから、一気にストンピングを食らわしてくる。 「お、おい・・・。あれ、息子だろ?」  会場は、親父のあまりの鬼気迫る表情に、ビックリしていた。しかし俺は知って いる。親父は例え息子だとは言え、敵だと認識したら容赦しないのだ。  目指すプロレスは、甘く無いと言う事を、体で分からせる。それが、親父が俺に 教え込んだプロレスだった。 「甘いのう。情けないのう。・・・ジュニア!タップしろや!」 「・・・フン。甘いのは、どっちじゃい!!」  俺は、親父の足を掴むと、そのままブン投げる。しかし親父は、空中で回転して、 着地を決める。さすがに甘くないか。 『オオオオオ!!』  会場は、俺がそのままやられると思っていたらしい。 「このジュニア、これしきでタップする程、柔じゃないわ!」  俺が立ち上がるのを見ると、親父は居合チョップで俺の胸を叩く。俺はそれに脳 天に唐竹割りを食らわす事で返した。親父はグラリとフラつく。そこで、水平チョ ップで追撃した。会場に、俺のチョップの音が響き渡った。 「おい。あのジュニアのチョップ、すげぇ音だぞ!」  ファンは、目が肥えているせいか、音で俺のチョップの威力を知る。 「ジュニアァ!良い度胸やぁ!!」  親父は、笑っていた。俺が期待に応えたからだ。俺は、それに負けじと、豪快に 親父の体を持ち上げると、そのまま俺の膝に親父の背中を落とす。バックブリーカ ーを食らわせたのだ。 「うおお!何だあの音!・・・こりゃ、セメントだぜ!あの二人!」  客も、俺達の尋常じゃない様子に気が付いたようだ。 「ククク。やるやないか。ジュニア。勝負事は、こうやないとな!」  親父は、事も無げに立ち上がる。あれでは仕留めきれないか・・・。 「当たり前じゃ。レジェンド!せっかくの機会じゃ。思い切りやるぞい!!」  俺は、蹴りを放つ。思い切り力を入れる蹴りだ。親父は、それを腹で受け止める と、俺をまたしてもロープに飛ばす。そして、跳ね返り際の俺に向かって、宙返り で俺の肩に乗っかる。そして、そのまま爆宙で俺の体ごと、空中に舞い上がると、 俺の脚を掴んで、そのまま叩き付けた。・・・物凄い衝撃だった。脳髄ごと持って いかれるようだった。  この技は、昔の親父が必殺技として使っていた、フェニックスドライバーと言う 名前の技だ。宙に舞う姿から、その名が付いた。 「おい!あ、あれは、サウザンドしか出来ないと言われた技だぜ!!」  昔からのファンは、驚きの声を上げ、最近のファンは、驚き過ぎて、声が出なか った。こんなテクニカルな技は、親父しか出来ないからだ。 「フェ、フェニックスドライバー・・・。幻の技が、今此処に!?」  さすがに知っている人は知っている。俺も、子供の頃に見たきりだ。しかし、実 際に食らうと、とんでもない技だ。見た目もそうだが、威力が半端じゃない。 「・・・効いたのう・・・。しかし、まだまだじゃぁ!!」  俺は、効いてはいたが、まだ倒れるまでじゃなかった。これしきで倒れては、勿 体無いからな。俺は、反撃に出る。挑戦者だから、攻めまくるのが一番だ。 「俺はレジェンドを超えるんじゃ!!」  俺は、親父をロープに振る。親父がフェニックスドライバーをやったなら!俺は、 これで勝負だ!! 「ジュニアが、レジェンドの体を掴んだ!?」  客が俺の技に気が付く。俺は、跳ね返り際の親父の体をボディスラムのように抱 えると、そのまま飛び上がって自分の体を使って押し潰した。親父のような空中殺 法も出来ない訳じゃない。しかし、俺の特徴である豪快さで勝負する方が、客に受 ける。それに威力も高い。だから、俺の特徴を出しつつ勝負をする。 「これぞ、トルネードスラムじゃ!!」  俺は、技名を叫ぶ。こんな技を仕掛けられるのも、親父だからだ。  ここで勝負を決めにいこうと思う。俺は、親父の両腕をがっちりロックして、ダ ブルアームスープレックスに移行する。  ダァン!  良い音が鳴った。親父は、まともに食らったが、俺を睨みつけたまま立ち上がる。 まだだ!まだ攻め続けるんだ!俺は、逆水平チョップで親父をロープまで吹っ飛ば して、返って来た所をフロントスープレックスで投げる。そして、倒れた所に膝十 字固めで、痛めつけた。 「ぬぅ!!」  俺は、驚いた。親父は膝十字に耐えながら、完全に決まっていない所を見つけて 抜け出してきた。しかも俺を睨みつけて立ち上がる。何と言うタフネスだ。この姿 こそ不死鳥・・・。親父の象徴なのか・・・。 「いや、まだじゃ!うおおおお!!」  ここでケンカキックを見舞う。親父は、またしても吹き飛ばされ、ロープの反動 で戻ってきた。そこに首を抱え込んでブレーンバスターを決めた。入りは完璧だっ た。そして、アキレス腱固めに移行した。勝った!! 「やらせんわ!!」  親父は、肩の付け根をキックする。馬鹿な!まだ意識があると言うのか!? 「やるのうジュニア・・・。良い攻め見せるやないか。」  親父は震えていたが、目の力が衰えていなかった。俺は恐怖した。アレだけの攻 めを受けて、立ち上がるなど、どう言うタフネスなんだ・・・。 「クックック・・・。恐怖したやろ?真のプロレスラーなら、不屈の闘魂を備えな きゃあかんのじゃ。食らえや!!」  親父は、呆然としている俺に、襲い掛かってきた。すると、頭が急に響いた。こ れは、テンプルを殴られたのか!?そして、背後に親父の気配がした。この体勢は、 バックドロップ!後頭部に衝撃が走る。そして、強引に立たされると、ロープに吹 き飛ばされる。この体勢はまさか!?親父は肩に乗ってくる。間違いない! 『フェニックスドライバー!!』  会場が湧き上がった。それはそうだ。あれだけ攻められて尚、大技を繰り出す親 父。これで盛り上がらない訳が無い。そして、海老反り固めでフォールさせられる。 ・・・親父には、勝てないのか・・・。 「ワン!・・・ツー!!」  いかん!俺は、プロレスラーだ!!無意識の内に肩を外す。 『オオオオオオ!』  何とか外せたのか、会場が盛り上がっていた。 「ジュニアすげぇ!あそこから返せた奴、初めて見たぜ!!」  そうだ。今のは、親父の必殺コースだ。アレで立ち上がった奴を、俺も見た事が 無い。だが、負けたくない。負けたくないんだ。 「ジュニア・・・。よう返した。だが、これまでや!!」  親父が、再び襲い掛かってくる・・・。今食らったら拙いが、返せる体力が、追 いついていない。だが、負けたくない本能で親父の突進を横投げで返した。 「ぬぅぐあああ!!」  親父は悶絶する。ど、どう言う事だ?今の何でも無い投げに、何故あそこまで苦 しむのか?只の返し技だぞ?  ・・・待てよ・・・。さっき俺が攻めてた時は、妙にやられっ放しだったな。ま さか、わざとか?・・・そう言えば、親父は、俺にプロレスを教える時に言ってい たな。プロレスで一番大事なのは、受身だと。しっかりと受身を取って、いつでも 立ち上がれるようにしろと。で無ければ大怪我をすると。  あれは、単に怪我の話だけではなく、強いプロレスラーは、受身をしっかり取っ ていると言う話でもあったと言うのか?  となると、今は突然の返し技だったので、受身が取れなかったのだろう。つまり、 技を食らう時に覚悟が取れなかったと言う意味でもある。親父のタフネス振りの秘 訣は、そこだったのか!俺は、それなのにも関わらず、思い切り攻めた。そうすれ ば、俺の体力は攻め疲れをし、親父は溜めた力で反撃する。それが、親父の必勝パ ターンだったのか!・・・さすが親父だ。そんな事を考えながら闘ってたとは。 「や、やるのうジュニア。咄嗟の技にしては、効いたわい。」  親父は、何でも無さそうに立ち上がるが、今までとは効き方が違う。 「さすがレジェンドじゃ。スタミナ運びを、見極めて試合していたとはのう。」  俺は、気が付いていた。親父は俺に疲れさせる為に受身を取ってたのだ。その見 極めは、年季の為せる業だった。試合勘が良いから、何処で我慢すれば、どれだけ 耐えられるか計算出来ていたのだ。只の根性では無かったのだ。 「気が付きおったか。ジュニア。」  親父は、素直に認める。俺は、改めて凄いと思った。試合の中でそれだけ計算し て勝てる選手が、どれだけ居るだろうか?それを成し遂げるキャリアが、親父の中 にはあったのだ。恐らく、復帰した時は、根性で勝ち上がったのかも知れない。だ が、それだけで続く程、この世界は甘くない。だから親父は、必勝パターンを確立 する為に、必死に覚えたのだ。 「だが、攻め疲れたお前に、勝ち目は無い。もろたぞ。ジュニア!」  親父は手を緩めない。さすが親父だ。俺の尊敬する強い親父だ。そんな親父に敬 意を表したい。俺は無限に力が湧いてくる感じがした。 「ガッハッハ!レジェンドォ!改めて尊敬するわい!アンタには、俺のリミッター は必要無いみたいだのう!!外させてもらうわい!」  俺は、更に筋肉を膨張させる。瞬との闘いの時にも外した、リミッターを外す事 にした。俺は、目が血走る感覚を覚える。 「ジュニア・・・。お前、まだリミッターを残しておいたんか!?化け物が!!」  親父は驚いていた。リミッターの話は、親父にもしておいたが、まさか今までリ ミッターを掛けたままだとは、思わなかったようだ。 「だが勝つんは、俺や!まだ世代交代には、早いで!!」  親父は、居合チョップを見舞わせて来た。そして、俺の肩に足を掛ける。フェニ ックスドライバーか!三度舞う気か!だが、不死鳥はもう舞わせんわ!! 「な、なんやと!?」  親父には、信じ難い光景だったようだ。俺は、親父が反動を利用して投げようと したのに、俺が力で動きを止めたのだ。 「な、なんちゅうパワーや!なら、これや!!」  めげずに首に腕を掛け、ネックブリーカーに移行しようとする。 「ぬぅん!!!」  俺は、親父の体重を首の力だけで支える。そして、そのまま首の力だけで投げた。 「う、嘘やろ!?」  何とか着地したが、信じられないような目で、親父は俺を見る。力だ。力が無限 に湧いてくる感覚。これが、このサウザンド伊能ジュニアの真骨頂だ!! 「オォォォォオオオオ!!」  俺は吼えると、親父に向かって突っ込む。親父は、それをフライングクロスチョ ップで、迎え撃った。俺はそれを顔面で食らいながら、上から腰を掴んだ。そして、 そのまま体を引っこ抜くと、頭から叩きつける。パワーボムだ! 「ぬぐお!!」  親父は、受身を完璧に取っていた。だが、俺がそれ以上のパワーで炸裂させたの で、白目を剥きそうになる。我ながら、凄いパワーだ。だが、湧いて来る物は仕方 が無い。このパワーこそが、俺の特徴だ。そのまま押さえ込む。 「ワン!・・・ツー!・・・。」  レフェリーがカウントを数える。すると、とんでもないパワーで肩を返して来た。 さすが親父だ。意識を失いそうになっても、この時だけは返してくる。それがプロ レスラーの本能だ。 「んだらぁ!!」  親父は、俺にタックルする。そのままコーナーポストに追い詰めるつもりだ。し かし、俺は親父の首に手を回して、フロントチョークを決める。 「決まりじゃあ!!」  俺は、有らん限りの力で締め上げる。これで決めるんだ!! 「おおおおおお!!」  親父も吼えながら耐える。いや、コーナーポストに追い詰めて、俺を圧迫させる つもりだった。さすが親父だ!!俺も懸命に絞め上げた。  カンカンカンカン!!  いきなりゴングが鳴った。何事だ? 「・・・終わりだ。ジュニア。」  レフェリーが、ストップの掛け声をする。・・・あ・・・。  親父は、満足そうな笑みを浮かべながら、立っていた。しかし、俺に首を絞めら れながらも、ファイティングポーズを取りながらも、意識を失っていた。  俺が、腕を放しても尚、親父はファイティングポーズを崩さなかった。 『うおおおおおおおぉぉ!!』  会場から、驚きと悲しみの声が飛び交う。 「レジェンド!お前の姿、俺は忘れねーぞ!!」  親父に対する惜しみない拍手が聞こえる。それは、不敗の王者を称える拍手だっ た。意識を失っても尚、不死鳥であろうとした親父に対する拍手だった。  俺は、マイクを持つ。 「・・・皆、この王者の姿を、目に焼き付けるんじゃ!・・・俺は、この魂を受け 継いでみせるわい!サウザンド伊能は、不滅じゃ!!」  俺は、それだけ言うと、親父を背中に担いだ。・・・俺が担ぎ出すと、全てを悟 ったかのように力が抜ける。誇り高い王者の姿だった。 「ジュニア!!今日から、お前がサウザンド伊能だぞー!!」  観客が、俺に期待してくれている。そうだ。俺は、この偉大な王者の後を継がな ければならない。それが、サウザンド伊能を倒して、サウザンド伊能の名を冠した 俺の義務だった。  この試合は、プロレス史上、最高の試合と言われるようになる・・・。  そして、新たなサウザンド伊能の誕生の瞬間でもあった。  ストリウスとセントの国境沿いに、見事な佇まいの城がある。ワイス遺跡と呼ば れる所だが、主であるワイスが帰ってきて、壮観に建て替えたのだ。嘗ては、次元 を開き、そこを拠点としていた為、次元城の入り口とも言われていたワイス遺跡だ が、今はワイス遺跡その物を使っている。  普段は、修練の場に使っているが、今回は、建て増しした所に、壮大な闘技場を 造ったので、そこで修練などを勤しんでいる。  元は観光地として、人間が管理していた。そこをワイスは評価している。だから、 整備こそ、勝手にやってしまったが、その後の権利については、ストリウスの法皇 と交渉し、納得させた上で、再びワイスの所有物となったのだ。その条件の内の一 つに、ストリウスをセントからの迫害から守ると言う条件が、含まれていた。  昔のように土地の権利を強引に奪い取っても良かったのだが、そんな事をして、 人間に恨まれても、全く益が無い。昔は、神に守られた人間の愚かさに、腹立たし い思いもしたが、今は、人間が提唱する『共存』とやらに乗っても良いと思ったの だ。そして何より、今の人間が生み出す新たな世界は、魔族のそれより進化が早い ので、見ていて面白いと言うのもある。  ワイスは、こう見えても娯楽に関しては、非常に寛大だ。と言うより、首を突っ 込みたがる性格をしている。人間達が生み出す娯楽に、とても興味を示している。  戦力の分析と称して、空手大会や、昨日行われたプロレスの試合を見て、楽しん でいた。今では解説まで出来るくらい、概要を覚えてしまった。  修練が終わった後に、密かな楽しみにしているらしく、テレビ番組の録画などを 配下の魔族に命じている程だ。  それに釣られてか、健蔵やハイネス、メイジェスまでも、食事後などに、一緒に 録画番組を見ている。以前では考えられない話だ。 「うむ。あのジュニアは、見せ方が上手いな。親父を超えようと言う気概も良い。」  ワイスは、ジュニアの試合を見て、満足そうにしていた。偉大な父を超える息子 を見るのは、見ていて気持ちが良い。 「あのリングの中を、器用に使う物ですね。しかもあの速さならば、視聴者の受け も良いでしょう。技も美しい物ですな。」  ハイネスは、また違った視点で物を言う。カメラの見せ方などを気にしているよ うだ。実際に『闘式』などでは、もっと速い闘いが予想されるからだ。 「うわー。この技痛そー・・・。あ。凄いよ。肩外したよ!」  メイジェスは、フォールを外す瞬間を見て驚く。誰がどう見ても、意識を失って そうなのに、肩を外して返す姿に驚いているようだ。 「ほう。この人間、中々やるな。試合をコントロールしている。息子がガムシャラ なのに対し、スタミナを計算して闘っている様だな。キャリアの差と言う奴だな。」  健蔵は、レジェンドの闘い方を見て、感心していた。一見やられているように見 えて、計算高く受け切る姿は、評価に値した。 「このレジェンドとやらは、ジュニアの闘いに全てを懸けておるな。素晴らしい。 この男の最近の闘いを見るに、ジュニアとの闘いに焦点を絞っている。」  ワイスは、レジェンドの闘う姿勢を好ましく見ていた。 「ですね。他の試合は、地味に勝っている。それは、この試合の為に取っておいた のでしょう。息子との試合だけ、全力を尽くしています。後の事を考えていない。」  ハイネスも、見切っていた。レジェンドは、ジュニアとの闘いの為に、温存して いたのだ。本気のぶつかり合いは、あの歳になったら、そう何度も出来ない。だか ら、本気のぶつかり合いをする為に、他の試合は、技をある程度封印して勝利して いたのだ。そこまでの計算が、このレジェンドにはあった。 「あれ?止めちゃった・・・。って、あの人、意識を失ってるのに、構え解いてな いのー?凄い精神力だねぇ。」  メイジェスは、レジェンドの最後を見る。試合が決まった瞬間だった。 「人間にしては、見上げた根性だな。・・・それに、このジュニアとやらは、確か 『闘式』にも出るのだったな。なら、当たるかも知れぬな。」  健蔵は、楽しみにしていた。これだけの試合を見せる男なら、さぞ面白い物を見 せてくれるだろうと予想したからだ。 「ふむ。あの息子は、腕力だけなら、我に匹敵するやも知れんしな。」  ワイスは、分析も欠かさない。ジュニアの力は、画面上からでも伝わる程だった。 「それに、あの者、闘気の流れを見ている。どうやら『本物』のようだ。」  健蔵が言う『本物』とは、本気で闘っても、大丈夫な相手だと言う事だ。報告で、 ジークの末裔と、天神家の者と修練しているとあったので、『本物』だと言う事は、 薄々分かっていたが、試合を見て、改めて実感する。 「うむ。中々見応えのある試合だったな。空手の天神 瞬、パーズ拳法の島山 俊 男、そして、サウザンド伊能ジュニアと、中々逸材が揃っているではないか。この 爽天学園とやらは、台風の目になっておるな。」  ワイスは、資料に目を通しながら、録画番組を消す。 「何せ、ここの校長が『闘式』に出ると言うのですからね。」  ハイネスは、満足そうに笑う。中々良い人材を育てているので、その校長にも、 興味が湧いてきたのだろう。 「あ。お父様。この爽天学園の、部活動対抗戦2学期の録画ディスクって、借りて も良いですか?私まだ見てないんですよ。」  メイジェスは、2学期の部活動対抗戦の録画ディスクをねだる。 「持って行くと良い。1学期のメンバーに、ジークの末裔などが加わって、中々見 応えのある内容になっている。腕が上がっている様子が見られるぞ。」  ワイスは既に見たのだろう。それにしても、この時代を堪能している。格闘技系 の番組は勿論、スポーツの番組なども、かなり好きなようで、野球やサッカー、更 にはラグビーやバスケ、それにゴルフなども、楽しみに見ている。 (ワイス様の意外な好みが発覚したようだ。)  健蔵は、最初こそ呆れていたが、一緒に見てみると面白かったので、今では文句 も言わずに、更には追随するように見ている。 「あ。そう言えば、こんな異色な大会もありましたよー。」  メイジェスは、自分が録画したディスクを取り出す。そして再生機に掛けると、 有名なご奉仕メイド大会の様子が映し出されていた。 「こ、この大会は、何を競うと言うのだ?・・・こ、この格好は・・・給仕?」  ハイネスが顔を真っ青にしている。血が上ったのだろう。 「兄上、テンパり過ぎ。もっと落ち着いてよね。」  メイジェスが文句を言う。ハイネスは、どうにもピンと来ていないようだ。 「どうやら、給仕スキルを競う大会のようだ。結構見応えがあったぞ?」  健蔵が、ハイネスをからかう。健蔵は、既にメイジェスと鑑賞済みだ。 「健蔵さん、最初は兄上と似たような反応した癖にー。」  メイジェスは、ジト目で見る。まぁ、有り得る話だ。 「バラすな!・・・まぁ、何の大会かと思ったのは、事実だ。」  健蔵は、バツの悪い顔をする。 「フム。中々凄い動きをするな。闘いの動きにも応用出来そうなのもあるぞ?」  ワイスは、興味深そうに見ていた。独特の動きだからだろう。 「む?この者、魔族では無いですか?」  ハイネスは、ある一人の人物に目が留まる。 「む?ああ。この者は、シャドゥの妻だそうだ。半魔族らしいぞ。」  健蔵は、資料を読んでいたので知っている。 「可愛いよねー。シャドゥさんも隅に置けないよねー。」  メイジェスは、楽しそうだった。シャドゥの事も、結構気に入っているのだろう。 祖母の部下だし、朴念仁な所も、気に入っていた。伯父さんだと思っている。 「シャドゥ殿の妻か。ふむ・・・。美しいな・・・。」  ハイネスは、見惚れていた。珍しい事もある物だ。 「残念だったな。シャドゥの妻ナイアは、シャドゥ一筋らしいぞ。」  ワイスは、ハイネスの様子を見て、慰める。 「わ、私は、別に何とも、思ってないです!」  ハイネスは、慌てて否定する。若い証拠だろう。 「へー。兄上、ナイアさんみたいな人が好みなんだ。魔界じゃ少ないからねぇ。あ あ言うタイプ。ああ。でも、リっちゃんは、近いんじゃない?」  メイジェスは思い出したように言う。リっちゃんと言うのは、魔界でケイオス一 家の護衛と世話を任されている第一部下の、リディオネルの事だ。 「リディは、シャドゥ殿に近いのではないか?・・・それに、リディは飽くまで部 下だぞ?下世話な事を言われるのだって、嫌いなのではないか?」  ハイネスは、リディの事を思い出す。生真面目な魔族で、ケイオスの事を信望し ていた。ハイネスにも敬礼をする事が多かった記憶がある。 「あーあ。リっちゃんの事は、恋愛対象じゃないって訳?かわいそー。」  メイジェスは、呆れてしまう。メイジェスは、リディから何度か相談を受けてい たから知っているのだ。ハイネスの事が、気になって仕方が無いと。だが、部下で ある自分は、これ以上の感情を抱いてはならないと、リディは言っていた。  だが、メイジェスは気に入らなかったので、それとなくアタックしてみろと助言 していたのだ。だが、肝心の兄がこれでは、話にならない。 「別に気にならぬ訳では無い。だが、リディは真面目だからな。」  これでは、恋愛対象としては、程遠いだろう。  録画を進めていくと、最後は1対1のデッドヒートを繰り広げていた。 「奉仕スキルと思って甘く見ていたが、良い動きだな。無駄が無い動きは、見てい て清々しい。この人間も中々見所があるな。」  ワイスは、葉月の事を褒めていた。この大会のナイアと葉月は、最後まで諦めず に勝利を目指していた。そこに、感動が生まれるのだろう。 「この娘も『闘式』の参加者だそうです。剣神と共に出場するみたいです。何でも、 合気道なる技を駆使するようです。楽しみですな。」  健蔵は、ワイスに教えてやる。 「合気道か。実践講座の録画番組を見たが、あれは奥が深そうであったな。」  ワイスは、既に録画で実践講座を見ていた。こんな事まで知っているとは、ワイ スは、余程テレビが好きなのだろう。 「それって、確かガリウロル国営放送の教育番組で、毎週日曜日にやってる奴です か?私も見てるんですよ。」  メイジェスもチェック済みらしい。 「ワイス様と言い、お前と言い、テレビが好きなのだな。まぁ修練に支障が無い程 度に留めておけよ?」  健蔵は呆れていた。人間が作る番組に、これ程に嵌るとは思わなかったのだろう。 「そう言う健蔵さんも、アニメのチェックは程々にして下さいよ?」  メイジェスは、嫌味を言う。 「何を言うのだ。ガリウロルのアニメは、傑作揃いなんだぞ?」  健蔵は、拳を交えて言い返す。とは言え、嵌っているのは、事実だった。 「だが、我等が悪役で出る回数が多いのが気に食わん・・・。」  健蔵の懸念はそこにあった。魔族は、何かと悪役扱いされる事が多い。 「仕方が無い事でしょう。今まで私達の事は、知らぬ人間が多かったのです。とは 言え、何も、あんなに醜悪に描かなくてもとは、思いますがね。」  ハイネスは同意する。魔族は、やたらと悪い事をする事が多いのだ。 「お主、アニメのチェックなど、いつやってたのだ?」  ワイスは不思議がっていた。健蔵が嵌っていたのは知っていたが、ハイネスまで 嵌っているとは思わなかったからだ。しかも自然に会話に溶け込んでいた。 「あ・・・。いえ、ガリウロルの深夜にやっているアニメは、随分ストーリー性が あって面白かったので、つい・・・。」  ハイネスは白状した。何だかんだで好きらしい。 「む?もしや『宇宙英雄列伝』では無いか?」  健蔵がタイトルを口にする。『宇宙英雄列伝』は、宇宙の中で闘う設定で、最近 ヒットしているアニメだ。宇宙ステーションの自由同盟の提督と、セラミック宇宙 船団『光の帝国』を率いる、『雷の皇帝』の戦いを描いた、戦記物となっている。 アニメ化に当たって、戦闘シーンの丁寧な造りが話題を呼んでいる。 「おお。アンタも見ていたのか!この前の皇帝が出陣する様子は、中々の出来だっ たと思ったが・・・。」  ハイネスも知っているようだ。と言うか内容までバッチリだ。 「貴様、中々見所あるな。だが、相手の提督が無理矢理巻き込まれるシーンの方が、 俺は好きだが・・・。」  健蔵も嵌っているようだ。話題は尽きないようだ。 「・・・お前達、修練を怠るなよ・・・。」  ワイスは色々心配になっていた。まさか、自分のパートナーと、息子が、ガリウ ロルの深夜アニメに嵌るとは思ってなかったようだ。 「男は、ああ言うアニメ好きなんですねー・・・。」  メイジェスも呆れていた。 「人の事言えるのか?お前だってゴールデンタイムにやっているドラマに嵌ってい るではないか。確か・・・。」 「一緒に見ましたよね?忘れないで下さいよ。『医療現場』ですよ。」  健蔵が思い出せないでいたら、メイジェスがタイトルを言う。『医療現場』は、 大病院のトップだった男が、町医者に落とされて、大病院の派閥争いの醜さを暴い ていくストーリー仕立てのドラマだ。 「あの主人公の一言が良いんじゃないですかぁ。『医療は、政治じゃない!』って 叫ぶシーン、あれは良いですよー。熱演してましたね!」  メイジェスは、『医療現場』のチェックを欠かさずしている。  どうやら、三者三様に違う番組に嵌っている様だ。ワイスも人の事を言えた義理 では無い。修練の合間に、暇さえあればスポーツ中継を見ている。  魔族達は、初めて見るテレビの面白さに、どっぷり漬かったようだ。  奉仕者養成所『鬼の巣』で、日々家事のスキルを学んでいる。奉仕者としての心 構えから、家事の基本全てを叩き込むのが、この施設の目的だ。とは言え、余りに も厳しい事で有名なので、希望者は少ない。この施設は、短期間でも一人前になれ る様に、徹底的に鍛え上げる。  その地獄のような施設から、何年か振りに、卒業者が出る事になった。それが、 私とティーエみたいだ。正直に言うと、本当にきつかった。ティーエも、何度も弱 音を吐いていました。でもアランさんは、厳しいだけでなく、優しさも与えてくれ た。その優しさを教える事で、奉仕の何たるかを学ばせようとしていたのだ。  最後の見極めを、アランさんに見てもらっている。私は力仕事が中心だが、他の 家事スキルも出来る様にし、ティーエは、元々器用だったので、料理や清掃を中心 に、心構えや家事をテキパキとこなす為の、体力を鍛え上げたのだ。  最後のベッドメイクを、こなして終了となった。 「それまでで御座います。」  アランさんが、見極めに入る。そして、隅々までチェックする。やるだけはやっ た。私もティーエも、今出来る全ての事をやったつもりだ。 「・・・フム・・・。折り目、匂い・・・。」  アランさんは、見極めつつチェック項目にサインしていく。  そして、私達の方に向く。私達は、刑を言い渡される罪人の様な気持ちで、アラ ンさんの言う事に耳を傾ける。 「合格で御座います。お二人共、良くぞ間に合わせましたな。」  アランさんの言葉を聞いて、私達は安心する。アランさんは、こう言う見極めの 時に、容赦をするような性格では無い。だから、本当に大丈夫なのだろう。持てる 力を振り絞った甲斐があったと言う物だ。 「アランさんのおかげです。本当に有難いです。」 「これだけ頑張れたのも、アランさんの教え方の賜物ですね。」  私もティーエも気を緩めない。この佇まいこそ、奉仕者として、使用人としての 心構えなのだ。それを疎かにしてはいけない。 「忝い言葉で御座います。私の教えは、厳しかったでしょう?」  アランさんは、自分でも分かっているようだ。しかし、厳しいだけでは無いので、 私達は耐えられたのだ。 「しかし、気を抜いてはいけませんぞ?何せ、お相手は、あの天神 恵様で御座い ます。あの御方は、高潔なる御方でいらっしゃいます。手抜きなどがありましたら、 即座に御指摘がありましょう。」  アランさんは注意をくれた。確かに恵さん・・・いや恵様は、常に鋭い指摘をく れる御方だ。少しでも疎かにする事は出来ない。 「肝に銘じておきます。」 「常に全力を心掛けます。」  私もティーエも、心構えだけは負けないように、気を付けようと思う。それが続 けば、本当の意味での優雅さが、出て来る筈なのだ。 「素晴らしい。・・・これで、此処も卒業ですな。」  アランさんは、寂しい顔をする。何だかんだで、充実した1週間半だった。アラ ンさんには、本当に感謝している。 「此処での経験は、決して忘れません。有難う御座います。」  私は一礼すると、アランさんと握手をする。 「更なる修行を積んで、ご奉仕しようと思ってます。」  ティーエも、私に続いて握手をする。ティーエは最初の頃こそ、口調が直らなか ったが、特訓したせいか、使用人としてのあるべき口調が、出来るようになった。 「それが聞ければ、このアラン、安心して送り出せます。」  アランさんは、本当に満足そうに笑う。この人の笑顔は、安心させてくれる笑顔 だ。私達も見習わなければならない。使用人としてのスキルが、上がれば上がる程、 アランさんの凄さが、身に染みるようになった。 「ジェイル。・・・あれ。」 「分かっていますよ。今、用意致します。」  ティーエが、私を促す。言われなくても分かっていた。私は、奥に置いてあった 紙袋を手に取る。これは、此処を卒業出来た時に、アランさんに渡そうと決めてい た物だ。アランさんへの感謝の気持ちでもある。 「これは・・・?」  アランさんは、全く身に覚えが無いようで、戸惑っていた。 「私とティーエで作りました。アランさんにこそ、これを持っていて貰いたいので す。私が左半分を。ティーエは、右半分を作成しました。」  私が説明すると、アランさんは中身を取り出した。 「こ、これは!」  アランさんが言葉に詰まる。中身は刺繍だった。私が右半分を担当した。そして、 ティーエが左半分を。一生懸命に心を込めて、縫った刺繍だった。  それは一枚の絵をモチーフに作った。前にアランさんが、レイク達の今の写真を 見て、凄く感動していたのを思い出した。なので、それをモチーフにした。  右半分は、私と私の仲間達。レイクとエイディとグリードと私を。そして、左半 分は、ファリアとゼハーンさんとティーエを。そして、それを見守るように中央に アランさんの姿を縫ったのだ。少しばかりの心遣いのつもりだった。 「気に入って戴けたでしょうか?」  ティーエは、優しく問い掛ける。 「このアラン、不覚ながらも、感動で心が真っ白になりました・・・。」  アランさんは、涙ぐんでいた。本当に感動したみたいだ。 「いつか、この絵を本当の写真にしたいと思っています。」  私は付け加える。アランさんを、今のレイクと会わせたいと思う。 「本当に・・・本当に有難いです・・・。感謝します。」  アランさんは、声を詰まらせながらも、受け取ってくれた。私達の気持ちの表れ でもあったので、受け取ってもらえて良かった。 「これが、今の坊ちゃまの周りに居る方々ですか・・・。これが貴方で・・・。こ れが貴女ですね。・・・おや?この坊ちゃまの隣に居る御方は?」  アランさんは、私とティーエを見つけて、嬉しそうに見る。その後、ファリアの 姿を見て凝視する。気になっているようだ。 「その子は、レイクの彼女ですね。ファリア=ルーン、良い子ですよ。」  ティーエが説明してやる。 「この御方が、坊ちゃまの想い人ですか・・・。しかもルーン家のご息女とは。こ れも、何かの縁で御座いましょうね。」  アランさんは、本当に嬉しそうに話す。それにしても、ファリアの事を知ってい るかのような口振りだ。 「アランさんは、ファリアの事を御存知なのですか?」  私は質問をぶつけてみた。 「直接は存じません。しかし、ルーン家の事なら存じております。誉れ高きユード 家の縁の血筋で、久しく絶えたと言われる魔道を、現代まで伝えている伝統ある家 だったと聞いております。」  アランさんは、知っている限りの情報を出す。成程。ファリアは特別な家の出身 だって言ってましたが、結構有名なのですね。 「そう言えば、天神家の中でも、屈指の魔法使いだって言ってましたね。どうも、 私にはピンと来ないんですけどね。」  ティーエは、考える仕草をする。ティーエが知っているのは、親友としてのファ リアだ。魔法使いとしてのファリアは、ほとんど知らないのだ。各言う私も、知っ ているのは、仲間としてのファリアであり、魔法使いと言われても、ピンと来ない。 最も、度々奇跡を目にしているので、凄いとは思いましたがね。 「旦那様から、話は聞いておりましたが、お美しい御方ですね。坊ちゃまも、ファ リア様も、幸せそうに見えます。」  アランさんは、孫を見るような目で見る。実際、そんな感じに見ているのかも知 れない。レイクは、恵まれていますね。 「刺繍ではあるけど、実際も大差はありませんよ。・・・あんなに似合いのカップ ルは、他に居ませんよ。」  ティーエは、嬉しそうに語る。ティーエにとって、ファリアが褒められるのは、 何よりも嬉しい事なのだ。それだけ、誇れる友人でもある。 「そうですか。それは、何よりで御座いますね。私も楽しみにしております。」  アランさんは、将来を明るく語る。  此処で出会った時のアランさんは、ここまで明るくなかった。やはり、レイクの 事等を、詳しく語ったのが大きいみたいだ。  将来、会わせてあげたいと言う想いが、一層強く感じられた。  私は、600年以上生きている。しかし、精神は子供のような物だ。私は、任務 を達成する事に全力を注いできた気がする。その結果、任務に対して疑問を持つ事 を止めてしまった。  そんな精神状態だから、兄様の事を尊敬するようになったのだ。父さんと母さん の理想を受け継いだような兄様を、尊敬していた。敬愛していた。そして、それを 恋愛だと勘違いしてしまったのだ。  しかし、それは赦されない間柄だった。何よりも兄様が、そんな事を望んでいな い。だから兄様は、さっさと婚儀を済ませてしまったのだ。それに逆上するなんて、 どうかしている・・・。本来なら、祝福しなければならないのに・・・。その影響 からか、兄様は結婚して500年も経っているのに、子供を作っていない。忙しい からだと言っていたが、違うだろう。私に対して、ずっと気を使っているのだ。  私が兄離れ出来ないのを、兄様は気にしているのだろう。  ・・・私は、赦されない恋をし、赦されない事をしてしまった。そんな私が、再 び恋をするなど、赦されようか?  私は、まず相談することにした。アインと共に、こちらに来ている兄様に相談す る事にした。父さんと母さんに用事があると、兄様は言っていたが、私の様子も気 に掛けてくれている。私のような愚か者を気にしてくれているのだから、有難い限 りだ。その兄様に、今なら聞けるだろうか?  私は、夕食を食べ終えた後に、兄様に相談を持ちかける。 「拙に相談があるそうだな。」  兄様は、私が相談があると言ったら、すぐに来てくれた。 「あ、有難う。こんな私のために来てくれて。」  私は声が上ずる。相談内容を考えると、どうしても緊張してしまう。 「に、兄様は、私の告白を覚えているか?」  私は、ただでさえ切り出し難いのに、更に拗れる事を言ってしまう。 「忘れる事など出来ぬ。お主を暴走させてしまった原因でもあるしな。」  兄様は、目を伏せながら言う。私は馬鹿だな・・・。こうなると分かってて、何 で、こんな切り出し方をしてしまうのか・・・。 「そ、その件に関しては、私が悪いんです・・・。兄様が気に病む事は無いのです。 いや、それでも兄様は気にしてしまいますよね・・・。」  私は、しどろもどろになりながら、謝ってしまう。 「フッ。どうしたのだ?拙への相談とは、謝りたい事なのか?」  兄様は、私がそんな事の為に、呼び出したとは思っていないようだ。 「あ。す、済みません。今の話とは、全く関係無い訳じゃ無いんですが・・・。」  私は、一旦落ち着く為に、深呼吸をする。 「え、ええと・・・。私は、い、今、す、好きな人が出来てしまいまして・・・。」  どうにも舌が回らない。こんなに恥ずかしい物なのか? 「で、でも、私は・・・罪人じゃないですか・・・。それに、ゆ、赦されない恋を しちゃった訳ですし・・・。恋をして良いかどうか・・・迷ってまして。」  私は、下を向いてしまう。罪悪感でいっぱいだ。兄様は、さっきから何も言って おられないが、どんな表情をしているのだろうか?すると、肩に手を置かれた。  私は、顔を上げて兄様の表情を見ると、涙を流していた。 「に、兄様?ど、どうなされたのです?」 「・・・嬉しかったのだ。」  兄様は、どうやら、嬉しくて泣いていたらしい。 「お主は、人間となり、今度こそ、人間と恋をしようと言うのだろう?・・・兄と して、応援してあげたいのだ。」  兄様は、私の事を、本当に大事にしてくれる。 「兄様に、まだ妹として接する事が出来て、本当に嬉しいです。」  それは、本当の気持ちだった。今は、人間になってしまったので、血の繋がりす ら無い。だからと言って、兄様に求婚するつもりなど、もう無い。 「でも、私は、相手に受け入れてもらえるか、自信がありません・・・。何せ、こ んな災厄を招いてしまったのも私ですし・・・。相手の事を陥れた事もあります。」  そう。私は酷い事をしてきた。そんな私が、前を見ていられるのだろうか? 「・・・相手は、グリード殿か?」  に、兄様は、どうして分かるのだろう?・・・って分かるか・・・。私のパート ナーだし、思い付くのも容易だ。 「は、はい。最初は、謝罪するべき相手の一人でした・・・。でも彼は、私に笑え って言うんです・・・。父さん達が、私を見て溜め息を吐いているのは、私が笑わ ないからだと言うのです・・・。そして、私が笑うと、彼は、凄く良い笑顔を見せ るんです・・・。私は、その表情を見る度に、胸が締め付けられる気がして。」  私は、たどたどしく心情を話す。グリードは、私が笑う度に一緒に笑ってくれて いた。そうして笑う事が、私の為になると言ってくれた。 「グリード殿は、本当にお前の事を想ってくれているな。・・・素晴らしい相手で はないか。本気で好きならば、打ち明けてみると良いだろう。」  兄様は、迷う事無く、私に告白を勧めた。 「でも、わ、私は・・・。」 「ゼリン。拙との拗れの話は、グリード殿とは関係無い。お主が、グリード殿を好 きかどうか、そこが大事なのではないか?」  私の否定の言葉を、兄様は言葉で塞いでくる。 「私が・・・グリードを・・・。」  私は考える。グリードは、私の事を第一に考えてくれていた。グリードは、皆に 笑顔を見せる為に、最大限の努力をしている。その為には、辛い時ですら笑顔を見 せて、皆を安心させようとしている。それを見て、私は安心するんだ・・・。 「ゼリン。お主は、罪人の身なのかも知れない。だけど、恋をしてはいけないと決 まった訳では無かろう?・・・それにお主は、既に罰を受けている身だ。」  兄様は、私を子供のようにあやす。私は、神の子としての寿命を奪われている。 だが、それが何の罰になろうか。私は、ゼロマインドを粛清して、『ルール』を浄 化されて、初めて罰を受けたと言えると思っている。つい涙が出る。 「それに、これからの人生を歩むのに、パートナーは必要であろう。お主の人生だ。 お主が決めると良い。変に、拙に遠慮するな。・・・頑張れよ。」  兄様は、そう言うと、私の涙を拭ってくれた。本当に優しい御方だ。  私は、兄様の言葉を聞いて安心した。これで、兄様への想いも吹っ切れた感じが した。私は自分勝手なのだろうな・・・。それでも、この想いを伝えたいと思った。  そして私は、グリードの部屋へと行く。最近は私の部屋か、グリードの部屋で打 ち合わせをする事が多い。勿論、ほとんどは『闘式』の打ち合わせだ。  私は、グリードの部屋の扉をノックする。 「グリード。私だ。今は、大丈夫か?」  私は、あくまで自然体を装って、声を掛ける。 「んー?ゼリンか?えーと・・・うん。大丈夫だぞー。」  グリードは、周りを確認したような間を置いてから、承認する。  私は、その言葉を聞いて、グリードの部屋へと入った。 「いよう。ゼリン。どうした?『闘式』は、もうすぐだし、対策か?」  グリードは、いよいよ大会モードに入っているようだ。それにしても・・・。部 屋が汚すぎる。これで良く私を通すなぁ・・・。もしかして、私が女だと思ってな いのかも知れない・・・。何だか悲しくなる。 「グリード。・・・幾ら何でも、もう少し綺麗にしたらどうなんだ?この状態で、 大丈夫と言える君の神経を疑うぞ・・・。」  私は、さすがに注意をする。確かグリードは、『絶望の島』でも、部屋を綺麗に 使った形跡は無かったと言う。それにしても、もう少し綺麗にしても良い筈だ。 「わ、わりぃな。どうにも慣れてなくてよ。そんなにきたねぇか?」  グリードは、謝りながらも、気にならないみたいだ。 「使った服を投げっ放しにするのと、本を出しっ放しににするのと、ゴミがゴミ箱 に入ってないのを見て、綺麗だと思えるのか?・・・ハァ・・・。」  私は、そう言うと、見てられなくなったので、口で喧しい事を言いつつも、周り を綺麗にし始める。実は、こう言うやり取りは、一度や二度では無い。だから、グ リードも悪いと思いながらも、私に感謝をしているようだ。  私も、こうやって片付けをする事で、グリードの役に立っていると思うと、楽し い気分になるので、自発的にやっているのだが・・・。  10分程で、周りが綺麗になった。これなら、人を入れても恥ずかしくない程度 になっただろう。私の気分も良い。 「おー。やっぱいつ見てもすげーな。お前、結構片付けのスキルあるよなー。」  グリードは素直に感心している。 「き、君も少しは覚えるんだぞ?」  私は、溜め息を吐きながら注意をした。何だか、緊張がほぐれた感じがする。 「いやー。ファリアとかにも言われるんだけど、どうしても直らなくてな。」  ファリアも世話焼きな方だからな。確かに言うかも知れない。  ・・・ファリアも今でこそ明るくなったが、私を殺そうとした程、恨んでいた。 そう思われても仕方が無い事を、私はしてしまったのだから当然だ。 「・・・おい。何だか暗い顔になってるぜ。どうせファリアの事を思い出したんだ ろ?・・・アイツは、今も気にしてるだろうけどよ。それを乗り越えてお前と付き 合おうとしてるんだから、気にし過ぎも問題だぜ?」  グリードは、注意をしてくる。本当にグリードは、私の微妙な変化まで見逃さな い。周りに気を使う奴だ。少しでも掃除に活かせれば良いんだがな。 「ああ。そうだな。君のその気の使いようを、掃除にも活かせればと思ってね。」  私は、素直じゃない言い方をする。 「痛い所を突いて来るぜー。ま、気を付けるよ。」  グリードは笑って受け流す。こう言う受け答えが気持ち良いのだ。変にギクシャ クしたり、暗くなったりしない。グリードは本当に良い奴だ。 「で?『闘式』の対策に付いてなんだろ?」  グリードは、本題に入ろうとする。確かに用件を伝えてなかった。しかし、どう やって切り出そう。いきなり好きだと言っても、変に思われないだろうか? 「そ、そうだな。・・・君は『闘式』で気になる相手は居るか?」  私は不自然じゃない程度に、聞いてみる事にする。 「気になる相手?何だ。回りくどいな。まぁ、やっぱ兄貴達や、エイディ達の事は 気になるよなー。勝ち上がって欲しいし、俺も対戦してぇ。そして当たったからに は、例え兄貴相手だって、勝ちたいぜ!」  グリードは、迷い無く答える。気持ちの良い受け答えだ。 「そうだね。私もやるからには、全力で行くつもりだ。」  私は、グリードを心から助けたいと思っている。 「ああ。でも、そう言う事じゃないんだ。・・・え、ええと。ほら。エイディなん かも、葵と組んだじゃないか。き、君も、『闘式』を通じて、何か気になる相手で も出来ない物か・・・と・・・。」  私は支離滅裂な事を言っていると思った。何を言っているのか、私も分からない。 「エイディも、早く組んだよなー。でも亜理栖から、あんなに怒られて、ザマァ無 いとは思うな。大体、アイツは普段から、チャラチャラしてっから、いざと言う時 に、信用されねーんだ。・・・って、俺は、それ以前か・・・。」  グリードは、自分で言ってて悲しくなったのか、頭を抱える。 「ど、どうしたんだ?」  私は、何でグリードが頭を抱えるのか分からない。 「いや、俺さ。恋愛っての、全然縁が無いからよぉ。偉そうに注意するような義理 は無いと思ってさ。エイディだって、一歩踏み出せたから、悩める立場になったん じゃねーか。それに比べ、俺は何もしてないなーと思ってさ。」  グリードは、結構深刻に悩んでいるようだ。でも、これで、グリードには意中の 相手が居ないと分かる。・・・私も卑怯だな。こんな言い方するなんて・・・。 「す、済まない。変な事を言ったようだ・・・。」  グリードを傷付けてしまうつもりは無かったのだが。 「お前のせいじゃねーよ。それにこう言うのは、ズバッと言ってくれた方が良いん だ。その方が、直し易いって物だろ?」  グリードは、気さくに笑い掛ける。 「グ、グリードは、どんな相手が、す、好きなんだ?」  私は、不自然じゃないように話し掛けようとしたが、どうしても意識してしまう。 「そ、そう言われてもな・・・。俺、誰とも付き合った事ないし、良くわからねー んだよな。ま、敢えて言うなら、楽しけりゃ良いんじゃねーか?」  グリードは、一生懸命考えながら答える。 「楽しければか・・・。君は、どんな相手だと楽しいんだ?」 「何だよ。やけに食いつくな。・・・まぁ話し易い相手が良いだろうな。」  グリードは戸惑いながらも、話し易い相手と言ってくれた。・・・私とは、話し 易いだろうか?私なら・・・。 「・・・私なら、話し易いか?」 「え?・・・えっと・・・。」  ・・・あれ?私は、今何て言った?何かを呟いたような・・・。グリードは、幾 らか反応しているようだが・・・。 「お前とは話し易いかな?いや、パートナーだしさ。」  グリードは、頭を掻きつつも答える。あれ?私は何を・・・期待して・・・。 「私と・・・付き合ってみないか?」  私は、勢いに任せて言ってしまった。・・・何て格好の悪い・・・。 「え?・・・ええと・・・。えええ!?」  グリードは、口をパクパク動かしている。顔を真っ赤にしていた。ああ。余程意 外だったのだろう・・・。それはそうだな。私のような者から告白を受けてもな。 「わ、悪い。忘れてくれ・・・。」  私はそう言いつつも、扉から出ようとする。そうだ。所詮私は、グリードに告白 をしても良いような者じゃなかったんだ。 「ま、待てよ。」  グリードは、出て行こうとする私の手首を掴む。 「変な事を言って、済まなかった・・・。手を離してくれ・・・。」  私如きが、こんな事を言ってもしょうがなかったんだ・・・。 「変な事じゃないだろ?・・・お前、本気だったんだろ?」  グリードは、私の手を離そうとしない。 「そ、そんな事は無い・・・。私は、嘘吐きだからな・・・。」 「それこそ嘘だ!なら、なんで泣いてるんだよ!その涙まで嘘だって言う気かよ!」  グリードは、私の目を拭いてくれる。・・・私は、泣いていたのか・・・。 「そんな切羽詰った顔を見て、放って置ける俺じゃないぜ?」  グリードは、本当に心配そうに私を見ていた。 「うん・・・。君は、優しいな・・・。」  私は、まだ涙が止まらなかった。どうにも涙腺が緩いみたいだ。 「まぁ、落ち着けよ・・・。俺だって、いきなり色々言われても、訳分からないっ ての。ま、まぁ、お前の事は、話し易い奴だとは思っているけどよ。」  グリードは、かなり照れながら答える。一生懸命に返してくれる。 「有難う。ちょっと暴走してしまったようだ。・・・私は、いつもこうだな。」  まず自分を落ち着ける事にした。確かに、今考えてみても、切羽詰ってたし、グ リードにとっては、混乱する事だらけだ。・・・ちゃんと言わなきゃ駄目だな。 「お前、俺の事、す、好きなのか?・・・ええと、俺なんかを?」  グリードは、顔を真っ赤にしていた。本当に耐性が無いのだろう。 「・・・自分を卑下しないでくれ。私にとっては、最高のパートナーだ。・・・い つからだろうな・・・好きになったのは・・・。多分、君からパートナーを申し入 れられた時からかな。君を意識するようになったのは・・・。」  私は、思い出しながら言う。あの時に言ってくれた一言が、私にとっては大きな 物になってきていた。・・・笑った方が良いと言う、たった一言がだ。 「そ、そうかよ。あ、有難うな。・・・あと、済まねぇな。お、俺、こう言うの疎 いから、何て言ったら良いのか分からねぇんだ。」  グリードは、自分を落ち着けながら、自分の言葉で話す。 「たださ。一つ聞かせてくれ。・・・お、俺の何処に惚れたんだ?」  グリードは、自分に自信が無いのだろう。そう言う節がある。 「君は・・・掃除は出来ないし、ガサツだし、自分に自信が持てない所があるね。」 「お前、遠慮しないね。・・・その通りだから、何も言えん・・・。」  私の指摘に、グリードは、ぐうの音も出ないみたいだ。 「でも君は、周りを笑顔にする為に、あらゆる努力をする。君の直向な姿を見て、 私は君の事が気になっていったんだ。」  私は、グリードが何に於いても、笑顔を大事にするのを知っている。どんなに体 がきつかろうと、どんなに心が沈んでいようとも、前を見続けている。 「俺は・・・直向なくらいじゃないと、皆に置いていかれそうな気がしてるんだ。」  グリードは、珍しく弱音を吐く。前向きな姿ばかり見せてきたのに・・・。 「俺は、臆病なんだよ。・・・怖いんだよ。・・・だって俺は、兄貴みたいに皆を 導く事なんか出来やしないし、ファリアみたいに周りから頼られたりもしない。」  それは、心の呟きだった。グリードは、自分の周りが、凄い人間に囲まれている と知っている。だから、自分の価値を見出す為に必死なのだと言う。 「グリード。それは、勘違いだと私は思うよ。」  私は、否定する。だってグリードは、自分を過小評価している。 「レイクもファリアも、確かに凄い人間だけど、グリードだって凄いと私は思うよ。 君の射撃能力は、このソクトアでは、誰にも真似出来ない能力なんだぞ?」  私はグリードの特徴である射撃能力について、言及する。 「それに、人に笑顔を与えるってのは、難しいと思うんだ。君は、それを実現出来 ている。君だって、凄い人間なんだ。・・・少なくとも私はそう思っている。」  私は、グリードの良い所を述べてやる。私にとって、グリードより素晴らしい人 間は、他に居ない。それを、グリードにも知ってもらいたかった。 「・・・お前、兄貴と同じ事を言うんだな。俺の仲間達も、皆そう言っていた。ち ょっと買い被り過ぎだと思うけどな。・・・でも、そう思われるのは、ムズ痒いけ ど、嬉しいもんだな。」  グリードは、心から安心したような笑みを浮かべる。そうか。レイクも、そう感 じていたのか。じゃぁ、やっぱりグリードは凄いんじゃないか・・・。 「うー・・・。コホン。では、改めて・・・。私は、君の事が好きだ。き、君の答 えを聞かせて欲しい。」  私は、改めてグリードの目を見て告白する。恥ずかしい物だな。 「俺の答えか・・・。ま、まぁ勿体付けるのは良くねぇな。じゃぁ正直に言うわ。」  グリードは、顎を掻きながら照れていた。どんな答えが返ってきても、私は私だ。 後悔はしない・・・。想いが消える訳じゃないんだ・・・。 「俺は、お前の事、気に入っているぜ。・・・ただな。まだ恋人としてじゃねぇん だ。パートナーとしてなんだ。・・・でもよ。お前の気持ちを聞いて、本当に嬉し い。これは、本当なんだよ。・・・あー。もう何言ってるんだ?俺。」  グリードは、自分の言葉を探して、迷っているようだ。でも、私には伝わってい た。恋人として見れてないだけで、私の事は、気に入っている。・・・そうだ。焦 り過ぎちゃいけない。今は、それで十分じゃないか。 「私の方こそ、結論を急がせて、済まなかったね。今は、気に入ってもらえてるだ けで、十分だ。これからも、宜しく頼む。」  私は、笑えているだろうか?グリードが望む通り、笑顔を浮かべているつもりだ。 「う・・・。い、今の表情、ちょっとグラッと来たぞ・・・。お、お前も、本当に か、可愛い表情、出来るじゃねぇか。」  グリードは、文句を言っているのか、褒めているのか分からない様な事を言う。 「有難う。・・・これでスッキリしたよ。」  私は、晴れやかな気持ちになっていた。 「まぁ、あれだ。・・・俺も・・・あ、ああ!もう焦れったい!!こんなの俺じゃ ねぇ!よし!決めた!!」  グリードは、何かを振り切るように頭を振る。いきなりどうしたのだろう? 「グ、グリード?どうしたんだい?」 「ゼリン!まどろっこしいのは、俺は好きじゃねぇ!・・・だから、付き合おう! お前の気持ちを聞いて、俺は嬉しいんだ!」  グリードは捲くし立てる。・・・ええと、こ、この展開は・・・? 「ああ。そうじゃねぇ!うん!俺もお前と付き合いたい!いや、付き合ってくれ!」 「・・・は、はい。」  私は面食らって、つい返事をする。今グリードは、私と付き合うって言った?し かも、私はそれを了承した?って事は・・・。うわぁ・・・。 「も、もしかして、私達、恋人同士に?」  私は改めて言葉にする。すると、顔が熱くなった気がした。 「もしかしなくても、そうだ。・・・済まねぇな。俺は馬鹿だから、気の利いた事 言えなくてよ・・・。色気も何もあった物じゃねぇな。」  グリードは、そう言うと、恥ずかしそうに笑った。この笑顔に、私は惹かれたん だ。だから、私にとっては最高の笑顔だった。 「良いんだ。私の告白を受け入れてくれて、本当に有難う・・・。」  私は、嬉しくて涙が出て来た。こんな事がある物なのだな。 「ただ、私はいつか、罰を受け入れなくてはならない身だ。・・・覚悟は出来てい る。けど、君と離れるかも知れないと思うと・・・怖いな。」  私は罰を受け入れる事に、何の異論も無い。だけど、グリードと離れてしまうか も知れないと思うと、恐怖が蝕んでくる。 「お前、勝手に決め付けるんじゃねぇよ。」  グリードは、俯く私の顔を自分の方に向かせる。・・・怒っている? 「お前、俺を見縊るなよ。お前の過去の事も含めて、付き合うって決めたんだ!お 前が罰を受けるなら、俺はそれを見届けてやる!・・・どこにだって行かせるか! 覚悟を決めたんだから、何処までだって一緒だ!」  ああ・・・。グリードは、何処まで私を喜ばせてくれるんだろうか。私は、衝撃 で倒れてしまいそうだ。こんな良い人は、他に居る物か・・・。 「グリード!私は嬉しい!」  私は感極まって、グリードの胸の中に入っていく。ずっとこうして居たい位だ。 グリードは、緊張していたが、私の気持ちを思ってか、抱き寄せてくれた。 「お、お前、本当に大胆だな・・・。俺、ちょっと我慢出来ないんだが・・・。」  グリードは、そう言うと、私の顔を覗き込む。そして、私の顔を見ると、自分の 顔を近づける。そして、緊張しながら私の唇を奪ってくれた。  私は忘れない。いつか、私が罰を受けたとして、グリードと離れる事になろうと も、決して忘れはしない。こんなに私の事を受け入れてくれた人が居た事を、忘れ たりはしない・・・。  俺には、超えなければならない壁があった。  一つは、ゼロマインドだ。奴を超えない限り、ソクトアに未来は無い。ただし、 これは俺だけの話じゃない。皆で超えなければならない壁だ。だが俺には、ゼロマ インドを超える為に、『無』の力を打倒する何かを手に入れなければならない。  そして、もう一つは・・・人ならば、必ず超えなければならない壁だった。  それは、親と言う壁だ。人ならば、親を超えなければならない。  巌慈は超えた。俺は、エイディみたいに現地に観戦に行かなかったが、テレビで 観戦した。テレビの中でだったが、巌慈は輝いていた。親父を超えようと言う輝き は、テレビ越しですら伝わってきた。  俺も・・・俺も超えなければならない。力は、出会った時から、俺の方が上だっ たが、技では親父の方が遥かに上だった。それを超えたいと伝えたら、やってみせ ろと親父は言った。だから俺は、毎日のように親父と手合わせをしていた。  手合わせをすればする程、親父の凄さが分かる。親父は、元々は天武砕剣術の継 承者だ。なのにも関わらず、祖父のリークが、不動真剣術の継承者を名乗っても良 いと思うまでに、腕を磨いたのが親父だ。俺には分かる。不動真剣術は、並の剣術 じゃ無い。産まれた頃から磨いていて、物になるかどうかだ。俺だって、継承出来 るようになったのは、幼少の頃に見た事があって、型もある程度教わっていたせい だと言う。俺がゼリンに攫われる前から、棒を持たせて、教えてあったって言うん だから驚きだ。だが、その経験も無ければ、『絶望の島』で、腕っ節を発揮出来た りしなかっただろう。  それに、ゼロマインドやゼリンは、俺の不動真剣術の、ユード家の血脈を、セン トの為に利用しようとする為に、子供の頃から訓練と称して、激しい扱きを受けさ せていた。その中で、生き残る為に必死だった俺が、咄嗟に出したのが、血脈に記 憶されていた不動真剣術だった。  それくらい磨き上げて、やっと継承出来るのが不動真剣術なのだ。増して、天武 砕剣術の継承者である親父は、天武砕剣術の癖が残っている筈だ。それなのに、祖 父から継承者として認められたのだ。・・・信じられない。  どれ程の努力をしたのだろう?想像を超える努力だった筈だ。ただ使えると言う だけでは無い。継承者として名乗ると言うのは、余程の事が無いと、認められない。  その甲斐もあってか、親父は二つの剣術を完璧に使いこなす事が出来る。これは、 技と言う点に於いて、物凄い利点だ。相手は対処に困る。実際に、俺が対処に困っ ている。親父は流れの中で変えてくるから、更に闘い難い。  だが俺は、超えなければならない。この偉大な親父を超えなければならない。  俺は、今よりも強くなる為に、技を強化しなければならないと思っていた。だか ら、親父を超える事が出来れば、強くなれると確信していた。  だから俺は、空いている時間を見つけて、天武砕剣術を覚える事にした。勿論、 不動真剣術を疎かにする訳にはいかないから、そっちも鍛えつつだ。  その結果、やっと使いこなせるようになってきた。  使ってみると、不動真剣術と似たような技が多い事に気が付く。しかし、基本と なる軸が違うので、そこを理解するのに時間は掛かったが・・・。 「フン!!ハァ!!」  親父は必死だ。最近になって、やっと俺の攻撃が届くようになっていた。前まで は、本気の親父の防御の前に、全て防がれていた。それこそ壁のようだった。だが 今なら・・・天武砕剣術を理解した今の俺なら、壁を崩せると信じている。 「ヌゥン!」  親父は、攻撃に転ずる。この円を描くような動きは、不動真剣術の物だ。 「天武砕剣術、防技『水壁(すいへき)』!」  俺は、親父の嵐のような攻撃を、天武砕剣術の防御技で防ぐ。そこから、天武砕 剣術の、三連撃の袈裟斬り『火炎』を繰り出す。 「甘いぞ!」  親父は、『火炎』を不動真剣術の『無』の構えで見切り、木刀を少し上に上げる。 これは、天武砕剣術の突き『雷鳴』の動きだ! 「ハァアアアア!!ここだああ!!」  俺は、親父の『雷鳴』を完全に見切って、親父の首筋に木刀を当てる。親父の完 璧なカウンターを初めて返す事が出来た。 「・・・さすがだ。レイク!!」  親父は負けを認めた。やっとだ・・・。やっと親父を超えられた。親父は本当に 強かった。特に本気になってからは、毎日のように跳ね返された。しかし、やっと の事で、一本取れるようになったのだ。 「お前は、技で私を超えて、天武砕剣術を物にしたようだな。・・・期待以上の出 来だ。お前の才能には、舌を巻くよ。」  親父は素直に褒めてくれた。珍しい事だ。今までは、駄目な所を言われるのが常 だった。だがこの言葉を聞けた事で、俺はついに親父を超えたと実感する。  それに親父は、俺が天武砕剣術を研究していた事に気が付いていた。当然か。親 父の天武砕剣術の技を見切って、防御技も天武砕剣術で防げば、嫌でも気が付くか。 「親父を超える為には、親父が使える技を全部使えるようにならなきゃ駄目だと思 ってさ。研究してみたんだよ。」  俺は、素直に白状する。天武砕剣術を研究。それは、並大抵の事では無かった。 親父から天武砕剣術の『秘儀書』を貰ってはいたが、今までは不動真剣術の研究ば かりをしていた。だが、とうとう『秘儀書』の中身を研究するに至ったのだ。  天武砕剣術を見直す事で、不動真剣術の動きも、冴え渡ってきたのは、意外だっ た。動きが複雑化してきたからだ。 「・・・見事だ。私の技までも、お前は超えてくれたな。」  親父は本当に嬉しそうだった。俺も頑張った甲斐があったと言う物だ。 「親父のおかげだよ。俺は、親父が受け継いできた技を、追い掛けただけだよ。」  俺は、本当の気持ちを言う。今まで親父や祖父が受け継いだ物が、如何に凄いか 思い知る事になった。 「そう言ってもらえると、報われると言う物だ。・・・しかし、『闘式』に出ない 私に、ここまで協力させたのだ。簡単に負けたら承知せんぞ?」  親父は、俺に発破を掛ける。親父だって、出たかったに違いない。だが、親父の 『ルール』である『魂流』は、死人を出さないと言うコンセプトである、今回の大 会の保険として、最適な能力だ。だから、バックアップに回ったのだ。 「負けるつもりは無いよ。俺は、優勝するつもりでいるよ。」  俺は、ハッキリ言ってやる。最初は、ただの腕試しで出るつもりだったが、今は 違う。ゼロマインドに勝たなくてはならない。そして、それを他人に任せるつもり は無い。ゼロマインドや、『根源』の存在を考えれば、打倒出来るのは、俺しか居 ないと思っている。 「大きく出たな。その言葉、信じさせてもらうぞ。・・・見ているからな?特等席 でな。幸い、私は一番見れる位置に居るからな。」  親父は『闘式』の運営委員の一人と言う扱いだ。それこそ特等席で見れる。と言 っても、会場は二つある。親父が担当するのは、ガリウロル会場だ。ストリウス会 場のワイス遺跡の南の会場では無い。最も、緊急用として、『転移』の扉を用意し て、会場の二つを行き来出来るようにする処理をしている所だが・・・。 「ま、見ててくれよ。俺は、負ける気は無いよ。それに・・・ファリアもな。」  俺は宣言する。やるからには勝ちたい。それはファリアも一緒だった。 「ファリアか。・・・しかし彼女は本当に凄いな。私の先祖を体に宿すとは。」  親父は、ファリアの事を褒める。ファリアは、自分の先祖であり、親父の先祖で もあるサイジン=ルーンを召喚する事が出来る。それを自分の体に宿して、剣を扱 う事が可能なのだ。それは、俺から見ても、奇跡のような魔法だった。 「俺は、ファリアの足を引っ張りたくは無いからな。こうやって、腕を上げてるん だよ。正直、これでも足りないと思っているくらいだ。」  そう。俺は、ファリアのパートナーとして、相応しい男にならなくては。 「もっと自信を持て。お前は、誰も到達した事が無い『根源』への道を見つけたの だ。お前にしか出来ない事で、やれる事をするんだ。」  親父は、俺に自信を持てと言う。確かに親父が言う通りだ。俺は、俺の出来る事 をするのが第一だ。まずは、親父に追いついた。次は・・・。ゼロマインドを打倒 する為の力を、手に入れなくては・・・。 「分かったよ。俺に出来る事を磨くさ。」  俺は、決意を新たにする。 「それで良い。・・・で、ファリアとの仲は、どうなのだ?」  親父は、俺とファリアの仲の事を聞いてくる。 「ん?まぁ良好だよ。時々喧嘩してるけど、信頼してるパートナーって感じだな。」  俺は、偽らざる気持ちを言う。ファリアの事は、信頼し切っている。 「そう言う事では無い。・・・お前達、もうそろそろ婚約したらどうだ?と言って いるのだ。私もファリアの事は、気に入っているしな。」 「こ、婚約って・・・まぁ、俺はしたいけどさ・・・。」  さすがにまだ早いんじゃないか?と思う。確かに俺もファリア以外の相手は考え られないし、向こうも、そうだと信じたい。 「まだ学生の身では、考えられないか?」  親父は、俺の心を見透かしたように言う。 「そんなんじゃないけどさ。・・・そうだな。恋人同士ではあるし、『闘式』が終 わったら、そう言う相談もしてみるよ。」  俺は、まずは『闘式』に集中する事を誓う。俺が、まだそんな気分になれないの は、ゼロマインドとの闘いが控えているからだ。この闘いは正直な話、命を落とす 危険性がある。それは、ファリアも分かっているが、避ける訳にはいかない。 「それにさ。今は、そこまでの気分じゃないんだよ。」  俺は、正直な気持ちを言う。 「フッ。まずは私との修練を終わらせて、次はゼロマインドへの対策か?」  ・・・親父には隠し事は出来ないな。やはり気が付いているようだ。 「レイク。・・・お前にはファリアが居る。私が居る。そして、仲間達が居る。だ から、ゼロマインドとの闘いで、死ねるような存在では無いんだぞ?」  親父は念を押してくる。心配しているんだろうな。 「大丈夫だよ。俺は、決死の覚悟はするけど、絶対に生き残ってみせる。・・・皆 を悲しませたくは無いからな。」  俺は、宣言した。違う『時界』の俊男が行ってしまった後の、皆の悲しみようは 凄まじかった。俺だって悲しかった・・・。あんな悲しみを、皆に味あわせる訳に はいかない。だから、俺は死ねないんだ。 「それが分かっていれば良い。お前の幸せな姿を、私に見せてくれ。」  親父は、俺が幸せになる事を望んでいる。 「その言葉、聞き飽きたぜ?心配しなくても、そのつもりだよ。」  俺は、何度も言われていた事なので、はっきりとした台詞で返す。 「了解だ。・・・さて、お前の修練も終わったし、ビレッジズと、タウナーの試合 を見なければな。もう少しで始まってしまう。」  親父は、野球観戦の話をする。最近嵌っているみたいだ。ソクトアでは、国毎に 野球をしていて、ペナントレースで勝った一番同士が集まって、頂点を決めると言 う国別対抗戦を行っている。国毎に色々な特色があるが、総合力では、セントのチ ームが、一番高い。と言うのも、人口が一番多いのもあるが、金持ちの球団は、引 抜を行ったりしているからだ。  そんな中でも、ガリウロルやデルルツィアの球団は善戦している。最後の決勝戦 では、白熱した戦いがあるのだが・・・。今はペナントレースが始まったばかりだ。  親父はセントのチームのチェックが好きで、レベルが高いと称している。 「今年のビレッジズは、キャピタルズの3番をトレードで貰ったからな。タウナー には負けないと思うが、どうなる事やら。」  俺も少し興味があるので、新聞でチェックしている。タウナーやスラムファイツ は、お金が足りないので、補強をしない代わりに、凄い育成を取り組んで、強くな っているチームだ。ビレッジズは、地元の有志がスポンサーになったとかで、結構 補強している。キャピタルズやシティバトラーズは、昔からの金満と言われている ので、他の国からの補強も行っているくらいだ。 「セントは、全体的にレベル高いからなぁ。ガリウロルは、今年はどうなの?」  俺は、親父に合わせて野球の話をする。まぁ正直、俺も勧められて嵌った口だ。 「あー。ガリウロルか。今年は超高校級のピッチャーが有望株だったからな。ドラ フトで、確かサキョウイダテンズが取った筈だ。良いチームになるだろうな。」  そう言えば、テレビで中継をやっていたな。サキョウイダテンズと、アズマビシ ャモンズが、最後まで抽選で争ったんだっけ。 「ま、どっちにしろ、勝負は水物だ。やって見なければ分からん。それは、『闘式』 にも言える事だぞ?お前も、格下と侮ったりすれば、足元を掬われ兼ねんと言う事 だ。逆に、どんな相手にでも、諦めなければ勝機はある。」  親父は、野球を通じて、俺に助言する。確かに親父の言う通りだ。余り舐めて掛 かったら、どんな勝負も勝てはしない。 「とは言え、やはり実力が上の方が、勝つ確立は高いだろう。修練を欠かさぬに越 した事は無い。現に、常勝のキャピタルズも、猛特訓をしている事だしな。」  親父は得意顔だ。物事を野球に例える事が多くなって来ている。相当嵌っている みたいだな。修練が長引いて見れなくなった時は、録画までしているみたいだし。  俺は、呆れ顔だったが、親父が元気なら、それで良いかなと思っていた。  此方は、御方様の為に生きる。その事に疑問を持った事など無い。恥ずかしい話 じゃが、一目惚れじゃった。御方様にすら話しておらぬが、御方様の事は、風の噂 で知っておった。  ソクトアから魔界に来た男が居ると、風の噂で聞いた。実力は、まだ蕾程度だが、 偉く前を見据えた男と言う噂じゃった。此方は、前を向く男は好きじゃったからな。 会ってみたいと思うたのじゃ。その時の此方は、このようになるなんて、思いも寄 らんかったのう。何せ、それ処では無かったからじゃ。  ソクトアで、グロバスがやられたと言う情報が流れたので、魔界の覇権を取りに 行ったのじゃ。暇潰しのついでと思うとったが、あの憎き我が兄が、邪魔をしに来 たのでのう。デイビッドは、昔から覇権を狙っていたので、気に入らんかったのじ ゃろうな。過ぎたる野心を持った男よな。  此方は、別に覇権自体はどうでも良かったのじゃがのう。あのデイビッドの臣下 になるなど、冗談では無いと思っておったからのう。此方より劣っておると思って いる男に下るなど、片腹痛い話じゃ。  ただ、あの男は用意周到な男じゃったからな。反撃の狼煙を上げるのが早かった のじゃ。おかげで大多数の魔族が、奴に従った。そう言う小賢しい所は、ほんに優 れておる男じゃったからな。  此方の方が優れておったが、数で勝るデイビッドに、此方は苦戦を強いられたん じゃ。あれは屈辱じゃったのう。此方は、飽くまで優れたる者を重用したのじゃ。 数での勝負で押されるなど、ほんに屈辱じゃった。  じゃがデイビッドは、軍を動かす能力に長けておった。組織的な動きの前に、我 が軍は右往左往しておったしのう。此方は、そこまで考えるタイプじゃ無かったの で、苦戦したのう・・・。  そんな中じゃった。御方様の噂を聞いたのは・・・。幸いにも、デイビッドは興 味が無い様じゃった。噂を聞いて、配下に入れ難いと判断したのじゃろうな。此方 は、噂を聞いて、俄然興味が湧いた物じゃが。  御方様は、覇権争いの中で、成長したいお考えじゃったから、此方でもデイビッ ドでも、どっちでも良かったようじゃ。その事を言われた時は、ショックじゃった が、御方様らしい考えじゃ。それに、そう言う隠し事のような物を、一切しない御 方様が、此方は好きなのじゃ。常に堂々としておるからのう。  最初は、どんな男か見てみたいだけじゃった。呼び寄せると、素直に応じたので、 拍子抜けじゃと思った。じゃが、実物に会って、考えが変わったのじゃ。あの時の 衝撃は、今でも忘れないのじゃ。電撃で打たれたかのような衝撃じゃった。何と強 い眼をしておるのか・・・。そして佇まいたるや、とても20そこそこの若造には、 見えんかったのじゃ。何処でどう言う決意をすれば、あのような眼が出来様か。  今思えば、もうあの時に、此方は惚れ込んでいたのじゃ。何としてでも、御方様 を我が軍に入れたいと思うた。御方様と一緒に高みを目指そうとすれば、どんなに 楽しい事じゃろう・・・。もうその事で、頭がいっぱいじゃったな。  勧誘したら、御方様は了承した。今思えば、当たり前じゃ。此方は覇権争いをし ておったし、御方様は激戦区を望んでおられた。より高みを目指すのであれば、こ れ以上の環境は無かったからのう。  それからと言う物の、修練をする度に、何かを得て強くなる御方様を見て、驚愕 した物じゃったな。その時は、立場が此方の方が上じゃったから、御方様に負けな いように必死じゃったな。その方が、御方様も喜んでおったから、尚更じゃ。  御方様は、軍を動かす力も優れておった。吸収力が半端では無かったから、デイ ビッドの戦術を綿のように吸収していったのじゃ。その結果、我が軍は、徐々に優 勢になっていったのじゃ。と言っても、完全なる優勢になるまで、80年近く掛か ったがのう。デイビッドが予想外に兵を集めるのが上手かったからじゃ。  しかし、御方様はその兵力さえも見切っての戦術を披露成されて、完全なる優劣 が、決まったのが、その80年後の出来事じゃった。最後は、デイビッドを我が軍 が囲む程の差がついて、デイビッドも負けを認めざるを得なくなったのじゃ。 『勝ち誇っているな・・・。良かろう・・・。我は貴様に負けた。貴様の軍門に降 ろう。・・・だが、貴様の天下は長くない。我には分かる・・・。』  これが、奴の捨て台詞じゃったな。負け惜しみじゃとは思ったが、無視出来ない とは思うとったな。御方様の気性を、此方も知っておったからのう。でも、此方は 御方様を重用する事で、御方様と対立しないように細心の注意をしておった。  それでも、御方様の想いは止まらなかった・・・。御方様に、決闘を申し込まれ たのじゃ。御方様は、魔界で強くなり、魔界の頂点を目指したので、当然の帰結じ ゃった。でも、此方には残酷な仕打ちじゃ・・・。  御方様と闘いとう無かったが、御方様が望む以上、受けるのが流儀じゃったな。 こんな状態では、此方は力が出せぬ。そこで提案したのが、勝った者が、負けた者 の言う事を聞くと言う条件付じゃった。此方は、この条件を付けて、御方様をいつ までも、此方の元に置いておこうと思ったのじゃ。  その条件を付けて、此方は御方様と闘った。その時は、此方も手加減しなかった。 それが御方様の望みでもあったからじゃ。・・・その結果、やはり勝ったのは御方 様じゃった。御方様の強い意志の前に、此方は対抗出来なかったのじゃ。  此方は負けを宣言し、御方様に全権を委譲する約束を取り付けた。元々、此方は 覇権に執着する意思は無かったからのう。  その夜、此方は、御方様に、自分の想いの全てを語った。我慢出来なかったから のう。御方様と闘ってまで、御方様を手に入れたかった。でも、それが叶わぬのな らば、御方様に仕えたいと思ったのじゃ。図々しい願いじゃったが、此方は本気で 好きじゃったからのう。想いを伝えるだけ伝えたのじゃ。  此方は、御方様が大いなる野望を抱いていたのは知っておった。でも、御方様が 本気で好きだから、手元に置いておったのじゃ。それを伝えたら、御方様は、此方 の器を褒めて下さった。そして、此方の想いに応えてくれたのじゃ。  此方は、本当に幸せじゃと思うた。惚れた相手に仕えられるのは、何と幸せなの じゃと、噛みしめておったのう。  ・・・じゃが、御方様は、これで満たされるような器では無いのは、此方も知っ ておった。だから、『神魔』の試練の時も、ソクトアに行くと告げられた時も、反 対せなんだ。御方様の妻ならば、それを受け入れる度量が無くてはならぬからじゃ。  御方様の妻と言う立場は、ほんにキツい。でも、楽しいのじゃ。次は何かをする じゃろう。今度は何をしてくれるのじゃろうと、予想だにしない事を言う。  今度は大会じゃと言う。此方を呼び寄せて、ソクトアを支配するのかと思えば、 平和な大会に出場するのじゃと言う。これだから御方様の妻は飽きぬわ。とは言え、 ただの大会では無い。ソクトアの実力者が一堂に会する大会じゃ。しかも、勝利す れば、勝利者の理想に従うと言う条件付じゃ。これは勝たなくてはならぬ。  しかも、此方が子らも別枠で出場すると言うのじゃから、楽しみで堪らぬ。成長 を見せてくれるじゃろうて。魔界では、どうしても御方様の権威が邪魔して、御方 様の言いなりになる事が多かったが、御方様が真に望んでいるのは、自分を追い越 してくれる存在じゃ。このソクトアならば、そんな権威も無い。存分に力を発揮出 来る事じゃろう。それでも尚、御方様は勝利するつもりじゃがな。  一抹の不安はある。人間の中から、英雄と呼ばれる存在が出始めている事じゃ。 此方が見る限りでも、あの俊男とか言う人間は脅威じゃ。何やら、『魔人』になっ たようじゃが、元々が『聖人』に近かった為、『聖魔』と名乗っておるのだとか。 今感じる力は、御方様に近い物を感じる。しかし御方様は、それで由と喜んでおら れる。御方様は闘争がお好きじゃからのう。  それに御方様がお認めになった恵とか申す小娘も脅威じゃ。あの小娘は、御方様 から栄えある妾の座を申し込まれたと言うに、跳ね除けおったからのう。良い度胸 じゃ。ほんに赦せぬわ。此方をここまで怒らせた相手は、デイビッド以来じゃ。じ ゃが、言うだけの事はある。それだけは認めねばならぬわ。  他にも、神や伝記の英雄の末裔などと呼ばれておる輩は、注意せねばならぬな。 さすがに注目されているだけあって、それなりに力を持っておる。 「エイハよ。今日の修練は此処までだ。」  御方様から、終了の合図が出る。此方は、御方様に付いて行く為に必死にやって おる。御方様も、それに応えてくれるので、遣り甲斐があると言う物よ。 「フム。余の力を、此処まで引き出すとは、さすがだな。褒めて遣わす。」  御方様から、お褒めの言葉を預かる。嬉しい物ぞ。 「有難き言葉じゃ。じゃが、まだ出来まするぞ!」  此方は、やる気を見せる。実はかなり体がキツかったが、心が萎えておらぬ。 「その意気や由。持続するが良い。だが、そろそろ本番だ。本番で力が出ぬとあっ ては困る。体を休めるのも、修練の内と心得よ。」  御方様は、精神を褒めてくれたが、体を労わる事の大切さを問う。さすがじゃ。 「分かったのじゃ。お心遣い、受け取りますじゃ。」  此方は、素直に受け取る。御方様は、機嫌が良いみたいじゃの。 「御方様、楽しみで堪りませぬか?」 「む?分かるか?まだ見ぬ強敵共を、相手にしようとする時の高揚感は、格別だか らな。余の強さの底を、見せねばな。」  御方様は、調子が良いみたいじゃな。此方が子らも、修練時間を決めて、相当に 修練しておると情報が入ってくる。テレビなどでも特集をしておるしのう。頑張り が手に取るように分かるのは、助かりますじゃ。 「ハイネスや、メイジェスも、気合が入っているようだな。存分に見せてくれるで あろう。余達も、それに応えねばな。」  御方様も同じ事を思っておるようじゃ。 「テレビの特集は、便利ですじゃ。魔界でも導入したいのう。」  此方は、このテレビとか申す媒体が気に入っていた。魔界には合わぬかも知れぬ が、便利だと思えば、取り入れれば良いのではなかろうか? 「フム。確かに退屈凌ぎには丁度良い。今度、仕組みを取り入れるのも、面白いか も知れぬな。わざわざビジョンを使う必要が無いのも好印象だ。」  御方様も、テレビの便利さは、身に染みておるようじゃな。 「人間共の小癪な手段と思っておったが、使い方さえ間違えなければ、色々応用出 来るようだな。特に、番組を選んで見れると言う点は、高評価だ。」  御方様が、ここまで言うとは、随分と気に入っておるようじゃのう。 「気になる番組でもあるのですじゃ?」  此方は聞いてみる事にする。まぁ此方も、ドラマとワイドショー関連の番組は、 結構チェックしているがのう。最近では、魔族と人間の体質の違いなども、調べて 番組を作っておる所もあるので、興味津々じゃ。 「フム。スポーツとか言うジャンルは、興味深い。それと、歴史講座も、中々面白 かったぞ。戦術指南などもやっているみたいだしな。」 「ほぉ。そう言えば、見ておりましたのう。ソクトア歴史講座は、此方も見ました のう。その中では、剣術の歴史が興味深かったですじゃ。」  御方様も、あの歴史講座を見ておったのかのう? 「さすがは余が妻。分かっているな。剣術の歴史は、あの細分化された図を見せら れた時は、唸った物だ。あれだけ調べてくるのは、時間も掛かったろうにな。」  やはり、御方様も見てらしたか。 「それにしても、余の部下達も、テレビ出演しているとはな。」  ああ。そう言えば出ておったな。最近は、魔族の特集を組む事が多いから、ノリ が良い者は、出演しておるようじゃな。 「良いのではありませぬか?魔族の宣伝にもなりましょうや。馬鹿な事をやってる 様子でもありませぬしのう。」  特集番組は、一応チェックしておるが、評判は上々じゃ。馬鹿な事をやったら、 叱り付けるつもりじゃったが、そんな様子は無い。 「そうだな。だが、スポーツ選手になりたがる馬鹿が居るのが、問題だと思ってい る。あれは、人間だけでやるから面白いのだと言っているんだがな。」  何と・・・。そんな馬鹿な事を申す奴が居ったとは・・・。魔族と人間では、体 の造りの根本が違う。それを比べようとしてどうするんじゃ。 「そうしたらな。魔族だけでリーグを作ってはどうか?と言う提案が出たらしい。 人間達から、そのような案が出るとは、驚きだと思ってな。」  ほう。それは確かに面白いのう。人間達の閃きは、侮れぬな。 「面白そうじゃ。けど、そんなに希望者が居るのけ?」  魔族の社会は、強き者が支配する社会ゆえ、スポーツで名を成そうとする者が、 そんなに居るのか不思議であった。 「それが、魔炎島の連中などは、やる気に溢れているそうだ。」  義母の支配する島の連中じゃな。さすが適応力が高いのう。 「何だか、魔界では考えられぬような事が起こりますじゃ。」  此方は、気分が昂ぶっていた。人間達は思いの外、面白い事を思い付く。 「そうだな。これでは、『覇道』を提唱した後も、その者達は、スポーツをやらせ たくなると言う物だ。それだけのやる気が感じる。」  御方様は、懐が深い御方じゃからな。確かにその選択肢も有りじゃのう。 「良いのではないですじゃ?根本を間違えなければ、後は自由にさせれば良いと思 いますじゃ。御方様も、強要までは望んでおられますまい?」  此方は、御方様の性格は良く分かっている。御方様が目指す理想は、強き者が報 われぬ社会を正す事じゃ。それ以外の強要は、望んでおられないはずじゃ。 「さすがエイハよ。良く分かっておる。・・・このスポーツと言うシステムは、余 が目指す理想にも合致しているからな。推奨しても良いくらいだ。」  成程。確かにスポーツの基本は、競争原理じゃからのう。『覇道』の宣伝にもな ろうと言う物じゃな。御方様が気に入るのも、分かる気がするのう。 「魔界活性化の意味でも、良いかも知れませぬのう。」  この頃の魔界は、御方様の権威ばかりが目立つ。御方様が目指す理想とは、程遠 い有様だったので、何とかしたいと思っていた所じゃ。 「人間の作った物に、我等が嵌るとはな。まぁ、テレビなどは、ワイスや健蔵など も嵌っているようだし、良い提案やも知れんな。」  ほぅ。テレビは、あのワイスや、健蔵までもが嵌っておるとは。 「彼奴等は、どんな番組を見ておるのじゃ?」  此方では、余り想像が付かない。 「ワイスは、余と同じよ。主にスポーツを欠かさず見てるとの事だ。さすがは神魔 よな。『覇道』に合うと思っているのだろう。健蔵やハイネスは、ガリウロル産の アニメーションなる物に嵌っているみたいだな。最近は、その話題で盛り上がる事 もあるらしいぞ?」  中々興味深い情報じゃのう。まぁワイスは、予想の範囲内じゃが、健蔵やハイネ スのアニメーションとやらは、ちょいと理解出来ぬな。 「メイジェスは、ゴールデン枠のドラマを良く見ておるようだな。人間共のドラマ を見て、何が楽しいのか分からぬが・・・。」 「もしかして、『医療現場』ですじゃ?」  御方様の言葉を聞いて、此方は思い出す。あのドラマは、人間が作った割には、 結構面白い展開なので、見ておったからじゃ。 「・・・貴公も見ていたのか?」 「そうですじゃ。人間の権力争いの模様が見れるので、興味深いですじゃ。」  此方は、正直に言う。実際に面白いのだから、仕方が無い。 「そんな物か・・・。やはり、感性の違いはある物だな。」 「それは、仕方が無い事ですじゃ。此方が、健蔵やハイネスの事が、理解出来ぬの と、似たような物だと思いますじゃ。」  理解は出来ぬが、否定するつもりは無いからのう。 「ま、そうだな。それも選んで見れるし、録画も出来ると言うのは、やはり便利だ。 魔界でのテレビの導入も、考えるべきだな。」  御方様は、感性の違いを理解したようじゃ。そこを意固地で否定しない所が、御 方様の良い所じゃな。常に前を見続けるのは、良い事じゃ。 「しかし、魔界にも電力を通すのは、大変なのではないですじゃ?」  魔界には、魔力が浸透している為、電力を通すのは難しい筈じゃ。 「失念しておるぞ?エイハよ。今の人間界の代わりに、魔力が浸透しておるのなら ば、それを媒介にして、電力の代わりとすれば良いのではないか?」  ほうほう。そう言えばそうじゃな。魔力の雷系の魔法を使えば、それなりに代わ りが務まると言う物じゃな。失念しておったわ。 「さすが冴えておるのう。これは、魔界に帰った時、楽しみじゃのう。」  此方は、魔界に帰った時の事を思う。 「そうだな。余の凱旋の手土産には、丁度良いと言う物よ。」  御方様は、凱旋の手土産と言った。優勝するおつもりじゃな。  そうじゃな。此方と御方様の悲願が、もうすぐ達成されようとしておるのじゃ。 凱旋の手土産を考えるのは、良い事じゃろうのう。  此方は、御方様の傍で、お手伝いをしなくてはならぬな。