NOVEL Darkness 6-6(First)

ソクトア黒の章6巻の6(前半)


 6、放送
 ガリウロル国営武道館は、首都アズマの環状線である円アズマ線の国営武道館駅
前にある。駅から徒歩5分の所に、武道館が佇んでいる。
 今日は、この国営武道館に人々が行き交っている。それは、伝説とも言われたプ
ロレスラーが出場するからだ。それを一目見たいと、この場所に訪れるのだ。
 その名も、サウザンド伊能。千の技を持つ男として、恐れられている。実際に、
技が繰り出すスピードが尋常じゃない。とは言え、プロレスである以上、無論受け
技も存在する。受けをしないプロレスなど存在しない。お客さんが見たいのは、技
の凄さなのだ。その為には、綺麗に受けなくてはいけない。だから相手が、仕掛け
る時には、避けてはいけない。それがプロレスの醍醐味でもある。
 それをお約束とか、八百長とか非難するのは容易い。しかし、楽しめないプロレ
スなど、意味がないのだ。それを履き違えている人は多い。
 相手の技を受けきった上で、こちらの技を仕掛ける。それも闇雲では無い。それ
ぞれが力の限りを尽くし、その上での勝利こそが、プロレスの王者足りえるのだ。
 サウザンド伊能は、華麗に技を決める。若い頃は、相手の技を紙一重で躱して、
逆転を決めたりしていた。しかし、サウザンド伊能は、絶望を味わった。それが、
有名な事故だった。体を動かすのも、難しい程の傷を負った事故。それが、息子を
助けた事で有名な事故だった。
 だが、サウザンド伊能は、再びリングに舞い戻ってきた。度重なるリハビリを終
えてだ。しかも、負けない。どんなにピンチになっても立ち上がる。その姿は、華
麗な若い頃とは大違いだった。だが、その不死鳥の如き姿が、ファンの心を更に掴
んだのだ。やがて、その地位を不動の物としたサウザンド伊能だったが、未だに伊
能を倒そうとする者は絶えない。それは、王者への挑戦であり、伝説への挑戦であ
った。ストップ伊能と言うフレーズが、流行るくらいだ。
 そのサウザンド伊能の試合を、ファンは楽しみにしている。誰が止めるのか。そ
して、それでも尚、伊能がどう勝つのかを、楽しみにしているのだ。
 だが、今日の目玉は、それだけでは無い。もう一つの目玉。それこそが、その息
子の試合だった。しかも今回は、サウザンド親子のタッグ戦だと言う。サウザンド
伊能ジュニアの試合を、ファンは楽しみにしているのだ。
 サウザンド伊能ジュニアは、ファンの間では、隠れメインとして有名だった。と
言うのも、サウザンド伊能が、秘蔵っ子として鍛え上げ、全盛期のサウザンド伊能
を髣髴させる輝きが、サウザンド伊能ジュニアから感じるからだ。
 しかし、サウザンド伊能ジュニアは、サウザンド伊能とは、気色が違う。千の技
を持つ男として、華麗な技を披露し、相手の攻撃に耐えて逆転するのがサウザンド
伊能の魅力だ。だが、ジュニアは違う。ジュニアは、相手の攻撃を受けながら、豪
快に技を決める力技が魅力だ。荒削りだが、センスがある。
 その二人のタッグが見れる。これは、観客にとって何よりのご馳走だった。しか
も、そのジュニアが『闘式』に出る事も、観客は知っている。期待は否が応でも高
まる。それに応えるのがプロだ。
 控え室には、伊能ジムの者達が、準備を着々としている。体を解している者が多
い。試合前の緊張感を楽しんでいるのだ。
「フン!フン!!」
 一際準備を欠かさないのが、サウザンド伊能ジュニアこと、伊能 巌慈だ。巌慈
は、自分がどう言う期待を背負っているのかを知っている。
「巌慈君は、入念だな。やり過ぎるなよ?」
 先輩が話し掛けてくる。巌慈は、ジムの中でも、結構親しまれている。
「分かっておりますわい。この力を試合で発揮出来ないのが、一番駄目な事ですか
らのう!試合では思い切りぶつけられる様にしますわ!」
 巌慈は、大きな体を見せ付ける。ジムの中でもかなりの大柄だ。父親よりも大き
い。その大きな体を活かして、豪快な技を見せ付けるのは、理に適っている。だが、
巌慈は豪快な技だけでなく、関節技の応酬とかも出来る。
「相手が可哀想だな!巌慈君のパワーボムは、食らいたくないからな!」
 先輩が、気さくに笑う。実際に巌慈の技は脳天から突き抜けたような痛さだと、
対戦者は言う。豪快なだけでは無いのだが、豪快さは一層目立つ。
「それはそうと、例の『闘式』、応援してるからな!」
 先輩は、『闘式』のチェックもしている。と言うより、知らない人は居ないだろ
う。しかも、巌慈が参戦している事も知れ渡っている。
「おう。気張っとるか?」
 サウザンド伊能こと、伊能 奥康(おくやす)が入ってきた。
「おう。バッチリじゃ!」
 巌慈が返事を返す。誰よりも勤勉だ。
「巌慈・・・。俺とのタッグ戦や。気合入れろや!」
 奥康は、巌慈に気合を注入する。背中を平手打ちするのが気合入れだ。
「任せろや!この巌慈に逃げの文字は、無いからのう!」
 巌慈は、安心して、背中を任せろと言わんばかりに、背筋を強調する。その背筋
たるや、凄まじい筋肉の質だった。
「そうか・・・。ああ。そうやそうや。渡辺ジムとの打ち合わせで、最終戦に、少
し変わった事をする。一気に決めて良いみたいやから、お前も覚悟だけ決めておけ
や。盛り上げんぞ!」
 奥康は、巌慈に打ち合わせ内容を言う。だが、詳細はボカしたままだった。
「何だか知らんが、受けて立つまでじゃ!」
 巌慈は、何があっても受け切るつもりだった。そして観客の期待に応えるのが、
プロレスラーとして、そしてサウザンド伊能の息子としての義務だと思っている。
「よぉ言った!試合後に俺がマイクパフォーマンスをするから、お前も何か考えと
けや。お客さんを、幻滅させる真似はすんなや。」
 奥康は、念を押してくる。さすがのプロ魂だ。これが無ければ、プロレスラー足
りえぬと言う思想から来ている。
「マイクパフォーマンスかぁ。盛り上がりそうじゃのう。」
 巌慈は楽しみにしていた。晴れ舞台でマイクパフォーマンスで客を喜ばせるのは、
常套手段でもあるが、内容によっては、盛り下がったりする。そうしない為にも、
色々考えなければならない。
「盛り上げるのも、盛り下げるのも、お前次第や。気張れ!!」
 奥康は、巌慈には、息子と言う立場を超えても、期待している。
「任せろや!親父!!」
 巌慈は、それに応えるのが、サウザンド伊能ジュニアの務めだと思っていた。
 渡辺ジムと大和田ジムとの試合が始まった。今日の試合は4試合だ。初戦は、渡
辺ジムが勝利を取る。15分間のじっくりとした攻防だったが、最後の投げっ放し
ジャーマンが強烈だった。2戦目は大和田ジムとだったが、引き分けだった。もつ
れにもつれて、結局両者リングアウトになってしまった。奥康は、客が盛り下がっ
たので、厳しく叱っていた。
 3戦目は先輩だった。先輩は、華があるレスラーだったので、向こうの大和田ジ
ムの中で、かなりのレスラーをぶつけてきたが、先輩は辛くも勝利する。見応えの
ある試合だったので、客のボルテージも上がってきた。
 何せ、次の試合こそが、客が一番楽しみにしている試合だからだ。サウザンド伊
能とサウザンド伊能ジュニアのタッグ戦。客は、これを目当てに見に来ている。渡
辺ジムは、主力選手をぶつけてくる。
 タッグ戦は、伊能タッグの競演で勝利を収めた。力の巌慈、技の奥康と、隙が無
かった。相手もエース級だったが、相手が悪い。それなりに善戦した物の、終始伊
能タッグペースだった。豪快な技と、華麗な技の競演で、客の目は輝いていた。
 そして、試合後にマイクパフォーマンスをする。
「おう!楽しめたか!?」
 奥康は、客に向かって言葉を投げ掛ける。
『オオオオ!!』
 客はそれに合わせて、掛け声を上げる。凄い一体感だ。
「千の技を、見せられなかったのは!?」
『残念だぁ!!』
 奥康は、必ずこの問答を言う。試合中に千の技を見せられる訳が無い。それでも、
客を盛り上げる為に、必ず言うフレーズだ。
「お前等!まだ俺の技を見たいか!?」
 奥康は、またしてもお約束の台詞を言う。
『見たーい!』
 客も分かっているようで、ノリ良く応える。
「ジュニア!お前も言うたれ!!」
 奥康は、巌慈にマイクを渡す。すると、巌慈は筋肉を見せ付ける。
「ミスタープロレスを継ぐのは!?」
『お前しかいねぇ!』
 巌慈は、自分のフレーズを客に向かって言う。
「一番星を掴むのは!?」
『お前しかいねぇ!!』
 客も分かっているようで、返してくれた。この一体感が、巌慈は大好きだった。
「おう!これからも、宜しく頼むわい!」
 巌慈が手を振ると、客は、更に盛り上がる。
『サウザンド!サウザンド!!』
 客も、一体となって盛り上げる。これがプロレスの醍醐味だ。そこで、巌慈が奥
康にマイクを返す。締めの一言を言わせる為だ。
「よーし!まだまだ俺達の活躍を、見たいかぁ!?」
『見せてくれぇ!!』
 奥康の言葉に、客はお約束を返す。・・・筈だった。だが、奥康の様子がおかし
い。いつもなら、そのまま盛り上げて終わりなのだが、マイクを離さない。客も気
が付いたのか、ザワつき始める。
「今日来た人達は、ラッキーやぞ?今日は、もう一戦ある!」
 奥康の一言で、場内のザワつきは、歓声に変わる。逆に巌慈は、戸惑っていた。
客の前なので、悟られないように腕を上げて盛り上げている。
「誰と誰かやと?決まってるやろが!お前等が、一番見たいカードや!」
 奥康は、言い放つ。一番見たいカードと言った。客の間で緊張が走る。客だけじ
ゃない。選手の間からも緊張が走った。
「このサウザンド伊能が指名したる!お前や!ジュニアァ!!」
 奥康は、他でもない、息子であるサウザンド伊能ジュニア、巌慈を指名してきた。
『オオオオオオオ!!!』
 会場は、驚きと期待でパニック寸前だった。当の本人である巌慈も、突然の事で、
頭が真っ白になりそうになる。しかし、マイクを投げ渡され、正気に返った。
(親父・・・。アンタ、やるつもりじゃな!)
 巌慈は、奥康の意図を汲み取ろうとする。
「望む所じゃ!このジュニア、逃げも隠れもせんわ!!」
 巌慈は、吼える。奥康の魂に届くように。そして、客全体に響き渡るようにだ。
そして、挑戦を投げ返すように、マイクを奥康に投げ渡す。
「良い度胸やな!ジュニア!このサウザンド伊能が、『闘式』に通じるか、確かめ
たるわ!覚悟せいや!!」
 奥康は、更に挑発を続ける。
(渡辺ジムとの打ち合わせは、この事だったんじゃな。)
 巌慈は、最終戦に一気に決めても良いと言うのは、おかしいと思っていたのだ。
 こうして、伝説のプロレスラーと、伝説を継ぐ男の闘いが、始まろうとしていた。


 親父は、華麗な技を使うプロレスラーだった。
 目にも留まらぬ空中殺法を使う姿は、見栄えがした。その姿に魅せられた者は多
い。親父の技を真似る子供が出始める程じゃった。それに加えて、親父は連勝街道
を突っ走っていた。強いプロレスラーの象徴だった。
 当然、俺も憧れる事になった。親父が勝ち上がるに連れ、クラスの人気者になり、
俺も親父に頼んでトレーニングを積むようになった。トレーニング自体は、親父の
勧めもあって、3歳の時からやっているが、基礎訓練ばかりやらされていた。
 俺は、親父が華麗な技ばかりやるのに、俺が地味な訓練ばかりやらされるのは、
何事かと、迫った事もあった。じゃが親父は、基礎が大事だと教え込んでいた。
 そんな中だろうか?あれは7歳の時だったと思う。
 俺を乗せて試合から帰る時に起きたのだ。それが、あの大事故だった。
 トラックの居眠り運転に巻き込まれる事故で、いつもなら、切り替えせば避けら
れる事故だったが、俺が助手席に乗っていた為、避けなかったのだ。
『最強のプロレスラー、サウザンド伊能、事故で再起不能!?』
 こんな記事が、連日のように踊った。俺は、悔しくて堪らなかった。親父は本当
に強いんだ。こんな好い加減な記事に惑わされる物か!と思った。
 俺の悔しさが伝わったのか、それからの親父のリハビリは、苛烈を窮めた。
 1日毎にメニューを増やす。それをこなしたら、更にメニューを増やす。
 人間業とは思えなかった。それくらい凄い所業だった。
 そして親父は、あの大事故からたった一年でカムバックを果たす。
 しかし、当然事故の影響もあった。華麗な動きは、成りを潜めつつあった。だが、
親父はカムバック戦から、勝利をもぎ取って行った。相手のどんな技を受けても、
気合で立ち上がっていった。
 どんな相手にも、向かっていき、勝利を収める。これが、どんなに難しい事か。
傍から見てても分かる。一撃で脳震盪を起こしそうな程の技を食らっている。
 なのに、不死鳥の如く立ち上がり、相手を睨みつけて、華麗な技を繰り出す。こ
こまで来ると、本能の域である。本能で立ち上がって闘っているのだ。
 いつしか親父は、闘魂と呼ばれるようになった。華麗から闘魂に変わったのだ。
ファンは、余計に付くようになった。華麗を売りにしていた頃よりも、人気は上が
った。これが、カリスマ性なのだろう。人を惹き付けるのだろう。
 そして、勝ち続ける内に、どんな状態からでも起き上がる事に因んで、不死鳥と
呼ばれるようになっていた。親父はいつまでもヒーローだ。
 いつしか、俺も同じ夢を目指すようになり、プロレスラーの道を選ぶようになっ
た。与えられたニックネームは、サウザンド伊能ジュニア。
 最初こそ、2世だと馬鹿にされ続けたが、少年プロレスで優勝を収めるようにな
ってから、周りの見方が変わってきた。
 サウザンド伊能の能力を引き継ぐ男・・・。そう呼ばれるようになった。親父は
連勝街道を突っ走り、俺は、中学に入っても負け無しだった。だが、不思議と達成
感は無かった。それは、親父に負け続けていたからだ。試合形式の組み手をやって
いるが、ほとんど勝てない。親父の技と精神は、本物だった。
 技、力、精神力の全てに於いて、親父は凄かった。俺の憧れであり、俺の超える
べき目標だった。いつまでも立ちはだかる壁だ。
 その壁が、目の前まで迫ってきた。なら、超えるしかない!
 俺は、控え室に入る。一度、落ち着いてからの入場となった。会場の歓声は、ま
だ続いている。すると、俺の観戦に来ていたアネゴと、エイディさんに葵が来てい
た。あの一件以来、この4人で、つるむ事が結構ある。
「伊能先輩、とうとうですね!」
 葵は、俺を励ましてくる。色々複雑な俺達の事情だが、この後輩の励ましは、素
直に嬉しい所だ。
「お前さんの晴れ舞台だからな。俺も声を上げて応援するぜ。」
 エイディさんは、俺の肩を叩いてくれた。俺の恋敵ではあるが、特に仲が悪い訳
じゃない。そこはキッパリと、線を引いている。
「親父さんに挑戦するんだ。気合入れなよ!」
 アネゴは、純粋に応援してくれる。有難い話だ。
「ああ。見ておれっちゅうんじゃ!」
 俺は、強がりを言う。本当は、気持ちがぐちゃぐちゃだ。振って湧いたような親
父との試合だ。動揺が無いと言えば、嘘になる。
「・・・お前さ。俺達にさえ、強がったりするなよ。」
 エイディさんは、ずばりと核心を言ってくる。
「俺は・・・。」
 何か反論を言う前にエイディさんは、指を横に振る。
「見りゃ分かるってんだよ。大体、何の為に皆で此処に来たと思ってるんだよ。」
 エイディさんは呆れる。・・・敵わんのう。
「エイディ兄さんに、先に言われちまったね。ま、変な無理するなって事だ。」
 アネゴは、パートナーとして応援してくれている。
「伊能先輩って、緊張するんですね。安心しました!」
 葵は、気さくに話し掛けてくる。しかし、俺も緊張するとは、どう言う意味だ。
「俺は、化け物なんかとは、違うぞい?」
 何だか勘違いされてないか?
「いや、ほら。伊能先輩って、部活とか見てても、堂々と主将やってるじゃないで
すか。それに、皆から頼られてるから、そう言う所、超越しちゃってるんじゃない
かな?って思ってたんですよ。・・・でも、一緒に修行してみたら、私達と一緒で、
緊張もするし、考え込んだりもするんだなーって。」
 成程な。確かに俺は、学内では、プロレス部の主将として、恥ずかしくないよう
に務めている。葵にとっては、近寄り難い存在だったのかも知れんな。
「俺だって、人間じゃ。だが、後輩に格好悪い所は見せられんからのう。」
 そうだ。俺が弱音を吐いていたら、後輩が付いてこない。
「そう言う事だよ。私だって一緒だよ。キツイ時だって、後輩の前じゃ見せないよ
うにしてるのさ。・・・それが、上級生の務めってもんだよ。」
 アネゴも同意してくる。そうだな。俺やアネゴは、主将だから、特に気を使って
いる。後輩の前では、弱音を吐くつもりは無い。
「それも大事だ。だが俺達は仲間だ。仲間に変な見栄を張ったりするなって事だ。」
 エイディさんは、優しく諭してくる。大人の余裕を感じる。
「こう言ってるエイディさんだって、見栄張るのに、よく言いますよねー。」
 葵は、エイディさんをからかっていた。
「俺、良い事言ってるんだから、茶化すなっての・・・。」
「エイディ兄さんから、見栄を取ったら、何が残るんだい?」
 アネゴも、一緒になってからかう。
「ガッハッハ!こんな時に、こんな話が出来るとは、大物じゃのう。・・・助かっ
たわい。肩の力が抜けてきたわ。」
 俺は、3人に感謝する。緊張でガチガチになっていたら、勝てる物も勝てはしな
い。その事を、この3人は伝えたかったのだろう。
「俺をダシにして、励ますなよな・・・。ま、元気が出たなら結果オーライだ。」
 エイディさんは、文句を言いながらも、笑って許してくれた。
「良い状態になったじゃないか。後は、思い切り行ってやんな。」
 アネゴは、俺の状態を見切る。
「伊能先輩。ファイトです!」
 葵も、良い笑顔をしてくれた。全く・・・この3人には感謝だな。
「おう。見とれ。・・・伝説を越えてくるわい!」
 俺は、そう言うと、控え室から飛び出した。
 そうじゃ。緊張したって仕方がない。俺は挑戦者だ。当たってぶつかるしかない。
細かい事を考えていても仕方が無いんだ。それを、あの3人は教えてくれた。
 俺は、青コーナーの挑戦者のロードに立つ。向かい側には、親父が居る。しかも、
俺の対戦相手としてだ。こんなに胸が躍る対戦者は初めてだ。瞬と闘う時も、こん
な感じがしたが、プロレスラーとして、ここまで対戦が楽しみな相手など、そうは
居ない。俺の全身全霊がぶつけられる相手だ・・・。
「それでは、これより本日のスペシャルマッチ、サウザンド伊能挑戦試合を始めさ
せて戴きます。会場の皆様、大きな拍手で、選手をお迎え下さい。」
 アナウンスの声が入る。会場からは、割れんばかりの拍手が巻き起こる。皆、期
待しているんだ。サウザンド伊能の・・・親父の勝利を。そして、俺の健闘を。
「では青コーナーより、挑戦者の鋼の肉体、サウザンド伊能ジュニア選手の入場で
す。・・・サウザンド!伊能!ジュニアァ!!」
 アナウンスが入る。そして、俺のテーマ曲が流れてきた。よし。行くぞ!!
 俺は、意を決すると、ロードを突き進む。すると、物凄い歓声が聞こえてきた。
「ジュニア!!俺は、お前なら親を超えられると、信じてるぜ!」
「お前の才能、親父に見せてやれや!!」
「巌慈さん!!爽天学園の応援団!アンタの勝利を信じるよ!!」
 様々な声が聞こえてきた。俺の勝利を信じている者も、少なくない。爽天学園の
応援団まで駆けつけてくれたか。なら、それに応えなきゃならんな!
 俺は、その観客の声に応えるように両手で拳を握って上に突き上げる。
『オォォォォォォォ!!!』
 轟音のような歓声が沸く。これが、俺の・・・俺を期待する声か!
 体の中から電気が伝わるようだ!!俺は、武者震いしながら、リングに上がる。
「では赤コーナーより、伝説のチャンピオン・・・千の技を操る男、華麗なる技の
応酬!サウザンド伊能選手の入場です!・・・サウザンド!伊能ぉ!!」
 親父の呼び出す声が聞こえた。そして観客から、どよめきが聞こえてきた。それ
はそうだ。最近の親父は、華麗な技を売りにしている訳では無い。客も、今のサウ
ザンド伊能は、闘魂、つまり不死鳥の如き粘りの闘いを見させられてきているのだ。
確かに、並の選手と比べたら、今でも技は多い。しかし、華麗な技を売りにする程、
技を出せないのは、親父も分かっている。だから、売りにするのを自然と止めたと
言う背景があるのだ。
 なのにも関わらず、呼び出しは、昔のサウザンド伊能を基調とした呼び出し声に
変わっていた。これは、わざとだろう。何故だ?
 そのざわめきに、応えるが如く、親父が姿を現す。そして、その姿に観客は、ま
たしても驚きの声を上げる結果となった。何と、親父が昔の衣装を纏っていたのだ。
信じられない。最近では、あんな派手な衣装は封印していた筈だ。
「お、おい!あ、あれって・・・。」
「そうだ。あれ、デビュー戦の衣装じゃねぇか!?」
「態々!?何でだ!?」
 観客からも知っている人が出始め、輪が広がっていく。そして、衣装の背中に書
いてある文字に、客は反応する。
「あれは!不死鳥と鶴!現在を象徴する不死鳥と!千を象徴する鶴!デビュー当時
と現在を表しているってのか!?」
 観客が気付き始める。親父がここまで表明したからには間違いない。親父は、こ
の試合で、『全力』で闘うつもりなのだ。そう。事故後に封印した技の数々を、惜
しみなく使うと宣言しているのだ。此処まで燃える展開は無い。
『ウオオオオオオオオォォォ!!!』
 客も、その事に気が付いたのか、歓声が一際大きくなる。その気持ちは分かる。
俺だって、そんな姿を見せられたら興奮する。しかし、今は妙に冷静だった。何故
か?それは、そのサウザンド伊能と対戦するのは、他ならぬ俺だからだ。
 俺の頭は、既にサウザンド伊能を見つめるファンとしての俺ではなく、対戦する
相手としてのサウザンド伊能へと変わって来ている。
「私達が望んだサウザンド伊能が!帰って来た!!私達が見たかったサウザンド伊
能が!戻ってきた!これぞ、伝説の再来です!!しかも!内に秘めた闘魂を、胸に
携えて!この姿を、誰もが見たかったぁ!!」
 アナウンサーが盛り上げていた。そうだ。誰もが見たかったのだ。親父が舞い戻
った時、精彩を欠きながらも勝利していったが、あの闘魂のまま、華麗な技で舞う
姿を、誰もが想像しただろう。それくらい人気選手だったのだ。
 俺も見たかった。親父が舞う姿を!しかし、それを見せ付ける相手が、皮肉な事
に、この俺だとはな!・・・嬉しい事をしてくれる!!!
 そして親父は、リングの上に立つ。トレードマークの覆面を、リングの上で付け
る。これは、マスクマンでありながら、正体を隠さないと言う、親父の誇りだった。
俺もそれに倣って、同じ仕草をしている。だから俺も、今マスクを付ける。
「おう。ジュニア。震えとんぞ?お前?怖くなったんかぁ?」
 親父は、俺のリングネームで挑発をする。これが親父を相手する時の気分か。圧
倒的な威圧感、それは、闘気に近い物があった。
「フッ。レジェンド。耄碌したか?俺は怖いんじゃない。嬉しいんじゃ!武者震い
に決まっているじゃろうが!!」
 俺は、挑発に対して、挑発で返す。それがプロレスラーとしての正しい姿だ。親
父は、俺の態度を見て、ニヤリと笑う。それが正しい答えだと言わんばかりだ。ち
なみに、俺が今言ったレジェンドと言うのは、俺がジュニアと名乗ってから、親父
と俺が一緒に出た時に、区別する時に呼び合う名前だ。ファンもそう呼んでいるの
を知っている。サウザンド伊能同士で会話する時は、こうしている。
「それでは、これより、サウザンド伊能マッチ、60分1本勝負を行います。」
 アナウンスが入った。客は、この時ばかりは静かにする。
「青コーナー、203センチ、104キロ。鋼鉄の肉体を持つ男、サウザンド伊能
の遺伝子を受け継ぐ、『千の技を継ぐ男』・・・。サウザンドォ!!伊能ォ!!ジ
ュニアァァァァァァ!!」
 俺の紹介が入る。俺は、それに応えて手を上げる。更に肉体を誇示するように、
胸筋に力を入れた。すると、胸元の筋肉が膨れ上がった。
 俺に期待されている事は、この目の前に居る男の撃破だ。
「フッ。中々やるやないか。ジュニア。良い歓声や。」
 親父は、歓声に対して褒めてくる。
「赤コーナー、183センチ、92キロ。・・・技の王者、華麗な技で空を舞う!
『千の技を持つ男』!サウザンドォ!伊能ォォォォ!!!」
 親父の紹介が聞こえた瞬間、轟音のような歓声が巻き起こる。今までに無い歓声
だった。これが伝説か!伝説が甦った時の、人々の期待か!
「レジェンド・・・。アンタさすがじゃ。・・・じゃが、俺はこの歓声を奪って見
せるわい。アンタを受け継ぐ男じゃからな!」
 俺は、親父に宣言する。プロレスラーとして、煽らなければならない。
「・・・良い度胸やのう。・・・巌慈。真剣勝負(セメント)や。」
 親父は、俺に近づくと、俺にしか聞こえないように耳打ちする。そして、真剣勝
負と言った。これは、いつも以上に勝負に徹すると言う意味だ。いつもも、命を張
る覚悟でやっているが、多少の演出はある。だが、これを宣言されたら、一方的な
勝負になっても、容赦しないと言う意味になる。それが本当の真剣勝負であり、ガ
チガチのセメントなのだ・・・。
「本気じゃな?本気で俺を潰す気なんじゃな?」
 俺は、勝負を仕掛けられた事に、光栄に思った。
「お前は、可能性の塊や。お前を野放しにしたら、俺のファンまで減っちまうから
のう。今の内に叩いてやると言うとるんや。」
 親父は、目がギラギラしていた。真剣勝負と言う言葉に、嘘は無さそうだ。
「試合が始まるようです!」
 カーン!!
 アナウンサーの声と共に、ゴングの音が鳴る。これが、試合の合図だ。
 やるしかない・・・。親父を倒すんだ!
 親父は、手を上げてくる。そして、手を合わせるように仕向けてくる。力比べか
ら、やるつもりか?静かな立ち上がりにするつもりか。
 俺は、それに付き合おうとする。親父の手を握る・・・。
「どぅらあああ!!」
 親父は、俺の手を掴まず、親父の得意技である居合チョップと俺に見舞う。その
衝撃たるや、凄まじい物だった。不意打ちを仕掛けるのと同時に、これだけの力を
込めてのチョップ・・・。真剣勝負の言葉は、本当だった。
「おら!一気に決めたるぞ!!」
 親父は、喉下に強烈なチョップを食らわせてくる。さすがだ。そして俺が怯んだ
所で、体を掴んでロープまで振る。そして、俺の体が反動で返って来た所に、ラリ
アットをして、そこからネックブリーカーに移行する。更に立て続けに俺の体を引
っ繰り返して、ブレーンバスターを決めた。
 そこから、一気にストンピングを食らわしてくる。
「お、おい・・・。あれ、息子だろ?」
 会場は、親父のあまりの鬼気迫る表情に、ビックリしていた。しかし俺は知って
いる。親父は例え息子だとは言え、敵だと認識したら容赦しないのだ。
 目指すプロレスは、甘く無いと言う事を、体で分からせる。それが、親父が俺に
教え込んだプロレスだった。
「甘いのう。情けないのう。・・・ジュニア!タップしろや!」
「・・・フン。甘いのは、どっちじゃい!!」
 俺は、親父の足を掴むと、そのままブン投げる。しかし親父は、空中で回転して、
着地を決める。さすがに甘くないか。
『オオオオオ!!』
 会場は、俺がそのままやられると思っていたらしい。
「このジュニア、これしきでタップする程、柔じゃないわ!」
 俺が立ち上がるのを見ると、親父は居合チョップで俺の胸を叩く。俺はそれに脳
天に唐竹割りを食らわす事で返した。親父はグラリとフラつく。そこで、水平チョ
ップで追撃した。会場に、俺のチョップの音が響き渡った。
「おい。あのジュニアのチョップ、すげぇ音だぞ!」
 ファンは、目が肥えているせいか、音で俺のチョップの威力を知る。
「ジュニアァ!良い度胸やぁ!!」
 親父は、笑っていた。俺が期待に応えたからだ。俺は、それに負けじと、豪快に
親父の体を持ち上げると、そのまま俺の膝に親父の背中を落とす。バックブリーカ
ーを食らわせたのだ。
「うおお!何だあの音!・・・こりゃ、セメントだぜ!あの二人!」
 客も、俺達の尋常じゃない様子に気が付いたようだ。
「ククク。やるやないか。ジュニア。勝負事は、こうやないとな!」
 親父は、事も無げに立ち上がる。あれでは仕留めきれないか・・・。
「当たり前じゃ。レジェンド!せっかくの機会じゃ。思い切りやるぞい!!」
 俺は、蹴りを放つ。思い切り力を入れる蹴りだ。親父は、それを腹で受け止める
と、俺をまたしてもロープに飛ばす。そして、跳ね返り際の俺に向かって、宙返り
で俺の肩に乗っかる。そして、そのまま爆宙で俺の体ごと、空中に舞い上がると、
俺の脚を掴んで、そのまま叩き付けた。・・・物凄い衝撃だった。脳髄ごと持って
いかれるようだった。
 この技は、昔の親父が必殺技として使っていた、フェニックスドライバーと言う
名前の技だ。宙に舞う姿から、その名が付いた。
「おい!あ、あれは、サウザンドしか出来ないと言われた技だぜ!!」
 昔からのファンは、驚きの声を上げ、最近のファンは、驚き過ぎて、声が出なか
った。こんなテクニカルな技は、親父しか出来ないからだ。
「フェ、フェニックスドライバー・・・。幻の技が、今此処に!?」
 さすがに知っている人は知っている。俺も、子供の頃に見たきりだ。しかし、実
際に食らうと、とんでもない技だ。見た目もそうだが、威力が半端じゃない。
「・・・効いたのう・・・。しかし、まだまだじゃぁ!!」
 俺は、効いてはいたが、まだ倒れるまでじゃなかった。これしきで倒れては、勿
体無いからな。俺は、反撃に出る。挑戦者だから、攻めまくるのが一番だ。
「俺はレジェンドを超えるんじゃ!!」
 俺は、親父をロープに振る。親父がフェニックスドライバーをやったなら!俺は、
これで勝負だ!!
「ジュニアが、レジェンドの体を掴んだ!?」
 客が俺の技に気が付く。俺は、跳ね返り際の親父の体をボディスラムのように抱
えると、そのまま飛び上がって自分の体を使って押し潰した。親父のような空中殺
法も出来ない訳じゃない。しかし、俺の特徴である豪快さで勝負する方が、客に受
ける。それに威力も高い。だから、俺の特徴を出しつつ勝負をする。
「これぞ、トルネードスラムじゃ!!」
 俺は、技名を叫ぶ。こんな技を仕掛けられるのも、親父だからだ。
 ここで勝負を決めにいこうと思う。俺は、親父の両腕をがっちりロックして、ダ
ブルアームスープレックスに移行する。
 ダァン!
 良い音が鳴った。親父は、まともに食らったが、俺を睨みつけたまま立ち上がる。
まだだ!まだ攻め続けるんだ!俺は、逆水平チョップで親父をロープまで吹っ飛ば
して、返って来た所をフロントスープレックスで投げる。そして、倒れた所に膝十
字固めで、痛めつけた。
「ぬぅ!!」
 俺は、驚いた。親父は膝十字に耐えながら、完全に決まっていない所を見つけて
抜け出してきた。しかも俺を睨みつけて立ち上がる。何と言うタフネスだ。この姿
こそ不死鳥・・・。親父の象徴なのか・・・。
「いや、まだじゃ!うおおおお!!」
 ここでケンカキックを見舞う。親父は、またしても吹き飛ばされ、ロープの反動
で戻ってきた。そこに首を抱え込んでブレーンバスターを決めた。入りは完璧だっ
た。そして、アキレス腱固めに移行した。勝った!!
「やらせんわ!!」
 親父は、肩の付け根をキックする。馬鹿な!まだ意識があると言うのか!?
「やるのうジュニア・・・。良い攻め見せるやないか。」
 親父は震えていたが、目の力が衰えていなかった。俺は恐怖した。アレだけの攻
めを受けて、立ち上がるなど、どう言うタフネスなんだ・・・。
「クックック・・・。恐怖したやろ?真のプロレスラーなら、不屈の闘魂を備えな
きゃあかんのじゃ。食らえや!!」
 親父は、呆然としている俺に、襲い掛かってきた。すると、頭が急に響いた。こ
れは、テンプルを殴られたのか!?そして、背後に親父の気配がした。この体勢は、
バックドロップ!後頭部に衝撃が走る。そして、強引に立たされると、ロープに吹
き飛ばされる。この体勢はまさか!?親父は肩に乗ってくる。間違いない!
『フェニックスドライバー!!』
 会場が湧き上がった。それはそうだ。あれだけ攻められて尚、大技を繰り出す親
父。これで盛り上がらない訳が無い。そして、海老反り固めでフォールさせられる。
・・・親父には、勝てないのか・・・。
「ワン!・・・ツー!!」
 いかん!俺は、プロレスラーだ!!無意識の内に肩を外す。
『オオオオオオ!』
 何とか外せたのか、会場が盛り上がっていた。
「ジュニアすげぇ!あそこから返せた奴、初めて見たぜ!!」
 そうだ。今のは、親父の必殺コースだ。アレで立ち上がった奴を、俺も見た事が
無い。だが、負けたくない。負けたくないんだ。
「ジュニア・・・。よう返した。だが、これまでや!!」
 親父が、再び襲い掛かってくる・・・。今食らったら拙いが、返せる体力が、追
いついていない。だが、負けたくない本能で親父の突進を横投げで返した。
「ぬぅぐあああ!!」
 親父は悶絶する。ど、どう言う事だ?今の何でも無い投げに、何故あそこまで苦
しむのか?只の返し技だぞ?
 ・・・待てよ・・・。さっき俺が攻めてた時は、妙にやられっ放しだったな。ま
さか、わざとか?・・・そう言えば、親父は、俺にプロレスを教える時に言ってい
たな。プロレスで一番大事なのは、受身だと。しっかりと受身を取って、いつでも
立ち上がれるようにしろと。で無ければ大怪我をすると。
 あれは、単に怪我の話だけではなく、強いプロレスラーは、受身をしっかり取っ
ていると言う話でもあったと言うのか?
 となると、今は突然の返し技だったので、受身が取れなかったのだろう。つまり、
技を食らう時に覚悟が取れなかったと言う意味でもある。親父のタフネス振りの秘
訣は、そこだったのか!俺は、それなのにも関わらず、思い切り攻めた。そうすれ
ば、俺の体力は攻め疲れをし、親父は溜めた力で反撃する。それが、親父の必勝パ
ターンだったのか!・・・さすが親父だ。そんな事を考えながら闘ってたとは。
「や、やるのうジュニア。咄嗟の技にしては、効いたわい。」
 親父は、何でも無さそうに立ち上がるが、今までとは効き方が違う。
「さすがレジェンドじゃ。スタミナ運びを、見極めて試合していたとはのう。」
 俺は、気が付いていた。親父は俺に疲れさせる為に受身を取ってたのだ。その見
極めは、年季の為せる業だった。試合勘が良いから、何処で我慢すれば、どれだけ
耐えられるか計算出来ていたのだ。只の根性では無かったのだ。
「気が付きおったか。ジュニア。」
 親父は、素直に認める。俺は、改めて凄いと思った。試合の中でそれだけ計算し
て勝てる選手が、どれだけ居るだろうか?それを成し遂げるキャリアが、親父の中
にはあったのだ。恐らく、復帰した時は、根性で勝ち上がったのかも知れない。だ
が、それだけで続く程、この世界は甘くない。だから親父は、必勝パターンを確立
する為に、必死に覚えたのだ。
「だが、攻め疲れたお前に、勝ち目は無い。もろたぞ。ジュニア!」
 親父は手を緩めない。さすが親父だ。俺の尊敬する強い親父だ。そんな親父に敬
意を表したい。俺は無限に力が湧いてくる感じがした。
「ガッハッハ!レジェンドォ!改めて尊敬するわい!アンタには、俺のリミッター
は必要無いみたいだのう!!外させてもらうわい!」
 俺は、更に筋肉を膨張させる。瞬との闘いの時にも外した、リミッターを外す事
にした。俺は、目が血走る感覚を覚える。
「ジュニア・・・。お前、まだリミッターを残しておいたんか!?化け物が!!」
 親父は驚いていた。リミッターの話は、親父にもしておいたが、まさか今までリ
ミッターを掛けたままだとは、思わなかったようだ。
「だが勝つんは、俺や!まだ世代交代には、早いで!!」
 親父は、居合チョップを見舞わせて来た。そして、俺の肩に足を掛ける。フェニ
ックスドライバーか!三度舞う気か!だが、不死鳥はもう舞わせんわ!!
「な、なんやと!?」
 親父には、信じ難い光景だったようだ。俺は、親父が反動を利用して投げようと
したのに、俺が力で動きを止めたのだ。
「な、なんちゅうパワーや!なら、これや!!」
 めげずに首に腕を掛け、ネックブリーカーに移行しようとする。
「ぬぅん!!!」
 俺は、親父の体重を首の力だけで支える。そして、そのまま首の力だけで投げた。
「う、嘘やろ!?」
 何とか着地したが、信じられないような目で、親父は俺を見る。力だ。力が無限
に湧いてくる感覚。これが、このサウザンド伊能ジュニアの真骨頂だ!!
「オォォォォオオオオ!!」
 俺は吼えると、親父に向かって突っ込む。親父は、それをフライングクロスチョ
ップで、迎え撃った。俺はそれを顔面で食らいながら、上から腰を掴んだ。そして、
そのまま体を引っこ抜くと、頭から叩きつける。パワーボムだ!
「ぬぐお!!」
 親父は、受身を完璧に取っていた。だが、俺がそれ以上のパワーで炸裂させたの
で、白目を剥きそうになる。我ながら、凄いパワーだ。だが、湧いて来る物は仕方
が無い。このパワーこそが、俺の特徴だ。そのまま押さえ込む。
「ワン!・・・ツー!・・・。」
 レフェリーがカウントを数える。すると、とんでもないパワーで肩を返して来た。
さすが親父だ。意識を失いそうになっても、この時だけは返してくる。それがプロ
レスラーの本能だ。
「んだらぁ!!」
 親父は、俺にタックルする。そのままコーナーポストに追い詰めるつもりだ。し
かし、俺は親父の首に手を回して、フロントチョークを決める。
「決まりじゃあ!!」
 俺は、有らん限りの力で締め上げる。これで決めるんだ!!
「おおおおおお!!」
 親父も吼えながら耐える。いや、コーナーポストに追い詰めて、俺を圧迫させる
つもりだった。さすが親父だ!!俺も懸命に絞め上げた。
 カンカンカンカン!!
 いきなりゴングが鳴った。何事だ?
「・・・終わりだ。ジュニア。」
 レフェリーが、ストップの掛け声をする。・・・あ・・・。
 親父は、満足そうな笑みを浮かべながら、立っていた。しかし、俺に首を絞めら
れながらも、ファイティングポーズを取りながらも、意識を失っていた。
 俺が、腕を放しても尚、親父はファイティングポーズを崩さなかった。
『うおおおおおおおぉぉ!!』
 会場から、驚きと悲しみの声が飛び交う。
「レジェンド!お前の姿、俺は忘れねーぞ!!」
 親父に対する惜しみない拍手が聞こえる。それは、不敗の王者を称える拍手だっ
た。意識を失っても尚、不死鳥であろうとした親父に対する拍手だった。
 俺は、マイクを持つ。
「・・・皆、この王者の姿を、目に焼き付けるんじゃ!・・・俺は、この魂を受け
継いでみせるわい!サウザンド伊能は、不滅じゃ!!」
 俺は、それだけ言うと、親父を背中に担いだ。・・・俺が担ぎ出すと、全てを悟
ったかのように力が抜ける。誇り高い王者の姿だった。
「ジュニア!!今日から、お前がサウザンド伊能だぞー!!」
 観客が、俺に期待してくれている。そうだ。俺は、この偉大な王者の後を継がな
ければならない。それが、サウザンド伊能を倒して、サウザンド伊能の名を冠した
俺の義務だった。
 この試合は、プロレス史上、最高の試合と言われるようになる・・・。
 そして、新たなサウザンド伊能の誕生の瞬間でもあった。


 ストリウスとセントの国境沿いに、見事な佇まいの城がある。ワイス遺跡と呼ば
れる所だが、主であるワイスが帰ってきて、壮観に建て替えたのだ。嘗ては、次元
を開き、そこを拠点としていた為、次元城の入り口とも言われていたワイス遺跡だ
が、今はワイス遺跡その物を使っている。
 普段は、修練の場に使っているが、今回は、建て増しした所に、壮大な闘技場を
造ったので、そこで修練などを勤しんでいる。
 元は観光地として、人間が管理していた。そこをワイスは評価している。だから、
整備こそ、勝手にやってしまったが、その後の権利については、ストリウスの法皇
と交渉し、納得させた上で、再びワイスの所有物となったのだ。その条件の内の一
つに、ストリウスをセントからの迫害から守ると言う条件が、含まれていた。
 昔のように土地の権利を強引に奪い取っても良かったのだが、そんな事をして、
人間に恨まれても、全く益が無い。昔は、神に守られた人間の愚かさに、腹立たし
い思いもしたが、今は、人間が提唱する『共存』とやらに乗っても良いと思ったの
だ。そして何より、今の人間が生み出す新たな世界は、魔族のそれより進化が早い
ので、見ていて面白いと言うのもある。
 ワイスは、こう見えても娯楽に関しては、非常に寛大だ。と言うより、首を突っ
込みたがる性格をしている。人間達が生み出す娯楽に、とても興味を示している。
 戦力の分析と称して、空手大会や、昨日行われたプロレスの試合を見て、楽しん
でいた。今では解説まで出来るくらい、概要を覚えてしまった。
 修練が終わった後に、密かな楽しみにしているらしく、テレビ番組の録画などを
配下の魔族に命じている程だ。
 それに釣られてか、健蔵やハイネス、メイジェスまでも、食事後などに、一緒に
録画番組を見ている。以前では考えられない話だ。
「うむ。あのジュニアは、見せ方が上手いな。親父を超えようと言う気概も良い。」
 ワイスは、ジュニアの試合を見て、満足そうにしていた。偉大な父を超える息子
を見るのは、見ていて気持ちが良い。
「あのリングの中を、器用に使う物ですね。しかもあの速さならば、視聴者の受け
も良いでしょう。技も美しい物ですな。」
 ハイネスは、また違った視点で物を言う。カメラの見せ方などを気にしているよ
うだ。実際に『闘式』などでは、もっと速い闘いが予想されるからだ。
「うわー。この技痛そー・・・。あ。凄いよ。肩外したよ!」
 メイジェスは、フォールを外す瞬間を見て驚く。誰がどう見ても、意識を失って
そうなのに、肩を外して返す姿に驚いているようだ。
「ほう。この人間、中々やるな。試合をコントロールしている。息子がガムシャラ
なのに対し、スタミナを計算して闘っている様だな。キャリアの差と言う奴だな。」
 健蔵は、レジェンドの闘い方を見て、感心していた。一見やられているように見
えて、計算高く受け切る姿は、評価に値した。
「このレジェンドとやらは、ジュニアの闘いに全てを懸けておるな。素晴らしい。
この男の最近の闘いを見るに、ジュニアとの闘いに焦点を絞っている。」
 ワイスは、レジェンドの闘う姿勢を好ましく見ていた。
「ですね。他の試合は、地味に勝っている。それは、この試合の為に取っておいた
のでしょう。息子との試合だけ、全力を尽くしています。後の事を考えていない。」
 ハイネスも、見切っていた。レジェンドは、ジュニアとの闘いの為に、温存して
いたのだ。本気のぶつかり合いは、あの歳になったら、そう何度も出来ない。だか
ら、本気のぶつかり合いをする為に、他の試合は、技をある程度封印して勝利して
いたのだ。そこまでの計算が、このレジェンドにはあった。
「あれ?止めちゃった・・・。って、あの人、意識を失ってるのに、構え解いてな
いのー?凄い精神力だねぇ。」
 メイジェスは、レジェンドの最後を見る。試合が決まった瞬間だった。
「人間にしては、見上げた根性だな。・・・それに、このジュニアとやらは、確か
『闘式』にも出るのだったな。なら、当たるかも知れぬな。」
 健蔵は、楽しみにしていた。これだけの試合を見せる男なら、さぞ面白い物を見
せてくれるだろうと予想したからだ。
「ふむ。あの息子は、腕力だけなら、我に匹敵するやも知れんしな。」
 ワイスは、分析も欠かさない。ジュニアの力は、画面上からでも伝わる程だった。
「それに、あの者、闘気の流れを見ている。どうやら『本物』のようだ。」
 健蔵が言う『本物』とは、本気で闘っても、大丈夫な相手だと言う事だ。報告で、
ジークの末裔と、天神家の者と修練しているとあったので、『本物』だと言う事は、
薄々分かっていたが、試合を見て、改めて実感する。
「うむ。中々見応えのある試合だったな。空手の天神 瞬、パーズ拳法の島山 俊
男、そして、サウザンド伊能ジュニアと、中々逸材が揃っているではないか。この
爽天学園とやらは、台風の目になっておるな。」
 ワイスは、資料に目を通しながら、録画番組を消す。
「何せ、ここの校長が『闘式』に出ると言うのですからね。」
 ハイネスは、満足そうに笑う。中々良い人材を育てているので、その校長にも、
興味が湧いてきたのだろう。
「あ。お父様。この爽天学園の、部活動対抗戦2学期の録画ディスクって、借りて
も良いですか?私まだ見てないんですよ。」
 メイジェスは、2学期の部活動対抗戦の録画ディスクをねだる。
「持って行くと良い。1学期のメンバーに、ジークの末裔などが加わって、中々見
応えのある内容になっている。腕が上がっている様子が見られるぞ。」
 ワイスは既に見たのだろう。それにしても、この時代を堪能している。格闘技系
の番組は勿論、スポーツの番組なども、かなり好きなようで、野球やサッカー、更
にはラグビーやバスケ、それにゴルフなども、楽しみに見ている。
(ワイス様の意外な好みが発覚したようだ。)
 健蔵は、最初こそ呆れていたが、一緒に見てみると面白かったので、今では文句
も言わずに、更には追随するように見ている。
「あ。そう言えば、こんな異色な大会もありましたよー。」
 メイジェスは、自分が録画したディスクを取り出す。そして再生機に掛けると、
有名なご奉仕メイド大会の様子が映し出されていた。
「こ、この大会は、何を競うと言うのだ?・・・こ、この格好は・・・給仕?」
 ハイネスが顔を真っ青にしている。血が上ったのだろう。
「兄上、テンパり過ぎ。もっと落ち着いてよね。」
 メイジェスが文句を言う。ハイネスは、どうにもピンと来ていないようだ。
「どうやら、給仕スキルを競う大会のようだ。結構見応えがあったぞ?」
 健蔵が、ハイネスをからかう。健蔵は、既にメイジェスと鑑賞済みだ。
「健蔵さん、最初は兄上と似たような反応した癖にー。」
 メイジェスは、ジト目で見る。まぁ、有り得る話だ。
「バラすな!・・・まぁ、何の大会かと思ったのは、事実だ。」
 健蔵は、バツの悪い顔をする。
「フム。中々凄い動きをするな。闘いの動きにも応用出来そうなのもあるぞ?」
 ワイスは、興味深そうに見ていた。独特の動きだからだろう。
「む?この者、魔族では無いですか?」
 ハイネスは、ある一人の人物に目が留まる。
「む?ああ。この者は、シャドゥの妻だそうだ。半魔族らしいぞ。」
 健蔵は、資料を読んでいたので知っている。
「可愛いよねー。シャドゥさんも隅に置けないよねー。」
 メイジェスは、楽しそうだった。シャドゥの事も、結構気に入っているのだろう。
祖母の部下だし、朴念仁な所も、気に入っていた。伯父さんだと思っている。
「シャドゥ殿の妻か。ふむ・・・。美しいな・・・。」
 ハイネスは、見惚れていた。珍しい事もある物だ。
「残念だったな。シャドゥの妻ナイアは、シャドゥ一筋らしいぞ。」
 ワイスは、ハイネスの様子を見て、慰める。
「わ、私は、別に何とも、思ってないです!」
 ハイネスは、慌てて否定する。若い証拠だろう。
「へー。兄上、ナイアさんみたいな人が好みなんだ。魔界じゃ少ないからねぇ。あ
あ言うタイプ。ああ。でも、リっちゃんは、近いんじゃない?」
 メイジェスは思い出したように言う。リっちゃんと言うのは、魔界でケイオス一
家の護衛と世話を任されている第一部下の、リディオネルの事だ。
「リディは、シャドゥ殿に近いのではないか?・・・それに、リディは飽くまで部
下だぞ?下世話な事を言われるのだって、嫌いなのではないか?」
 ハイネスは、リディの事を思い出す。生真面目な魔族で、ケイオスの事を信望し
ていた。ハイネスにも敬礼をする事が多かった記憶がある。
「あーあ。リっちゃんの事は、恋愛対象じゃないって訳?かわいそー。」
 メイジェスは、呆れてしまう。メイジェスは、リディから何度か相談を受けてい
たから知っているのだ。ハイネスの事が、気になって仕方が無いと。だが、部下で
ある自分は、これ以上の感情を抱いてはならないと、リディは言っていた。
 だが、メイジェスは気に入らなかったので、それとなくアタックしてみろと助言
していたのだ。だが、肝心の兄がこれでは、話にならない。
「別に気にならぬ訳では無い。だが、リディは真面目だからな。」
 これでは、恋愛対象としては、程遠いだろう。
 録画を進めていくと、最後は1対1のデッドヒートを繰り広げていた。
「奉仕スキルと思って甘く見ていたが、良い動きだな。無駄が無い動きは、見てい
て清々しい。この人間も中々見所があるな。」
 ワイスは、葉月の事を褒めていた。この大会のナイアと葉月は、最後まで諦めず
に勝利を目指していた。そこに、感動が生まれるのだろう。
「この娘も『闘式』の参加者だそうです。剣神と共に出場するみたいです。何でも、
合気道なる技を駆使するようです。楽しみですな。」
 健蔵は、ワイスに教えてやる。
「合気道か。実践講座の録画番組を見たが、あれは奥が深そうであったな。」
 ワイスは、既に録画で実践講座を見ていた。こんな事まで知っているとは、ワイ
スは、余程テレビが好きなのだろう。
「それって、確かガリウロル国営放送の教育番組で、毎週日曜日にやってる奴です
か?私も見てるんですよ。」
 メイジェスもチェック済みらしい。
「ワイス様と言い、お前と言い、テレビが好きなのだな。まぁ修練に支障が無い程
度に留めておけよ?」
 健蔵は呆れていた。人間が作る番組に、これ程に嵌るとは思わなかったのだろう。
「そう言う健蔵さんも、アニメのチェックは程々にして下さいよ?」
 メイジェスは、嫌味を言う。
「何を言うのだ。ガリウロルのアニメは、傑作揃いなんだぞ?」
 健蔵は、拳を交えて言い返す。とは言え、嵌っているのは、事実だった。
「だが、我等が悪役で出る回数が多いのが気に食わん・・・。」
 健蔵の懸念はそこにあった。魔族は、何かと悪役扱いされる事が多い。
「仕方が無い事でしょう。今まで私達の事は、知らぬ人間が多かったのです。とは
言え、何も、あんなに醜悪に描かなくてもとは、思いますがね。」
 ハイネスは同意する。魔族は、やたらと悪い事をする事が多いのだ。
「お主、アニメのチェックなど、いつやってたのだ?」
 ワイスは不思議がっていた。健蔵が嵌っていたのは知っていたが、ハイネスまで
嵌っているとは思わなかったからだ。しかも自然に会話に溶け込んでいた。
「あ・・・。いえ、ガリウロルの深夜にやっているアニメは、随分ストーリー性が
あって面白かったので、つい・・・。」
 ハイネスは白状した。何だかんだで好きらしい。
「む?もしや『宇宙英雄列伝』では無いか?」
 健蔵がタイトルを口にする。『宇宙英雄列伝』は、宇宙の中で闘う設定で、最近
ヒットしているアニメだ。宇宙ステーションの自由同盟の提督と、セラミック宇宙
船団『光の帝国』を率いる、『雷の皇帝』の戦いを描いた、戦記物となっている。
アニメ化に当たって、戦闘シーンの丁寧な造りが話題を呼んでいる。
「おお。アンタも見ていたのか!この前の皇帝が出陣する様子は、中々の出来だっ
たと思ったが・・・。」
 ハイネスも知っているようだ。と言うか内容までバッチリだ。
「貴様、中々見所あるな。だが、相手の提督が無理矢理巻き込まれるシーンの方が、
俺は好きだが・・・。」
 健蔵も嵌っているようだ。話題は尽きないようだ。
「・・・お前達、修練を怠るなよ・・・。」
 ワイスは色々心配になっていた。まさか、自分のパートナーと、息子が、ガリウ
ロルの深夜アニメに嵌るとは思ってなかったようだ。
「男は、ああ言うアニメ好きなんですねー・・・。」
 メイジェスも呆れていた。
「人の事言えるのか?お前だってゴールデンタイムにやっているドラマに嵌ってい
るではないか。確か・・・。」
「一緒に見ましたよね?忘れないで下さいよ。『医療現場』ですよ。」
 健蔵が思い出せないでいたら、メイジェスがタイトルを言う。『医療現場』は、
大病院のトップだった男が、町医者に落とされて、大病院の派閥争いの醜さを暴い
ていくストーリー仕立てのドラマだ。
「あの主人公の一言が良いんじゃないですかぁ。『医療は、政治じゃない!』って
叫ぶシーン、あれは良いですよー。熱演してましたね!」
 メイジェスは、『医療現場』のチェックを欠かさずしている。
 どうやら、三者三様に違う番組に嵌っている様だ。ワイスも人の事を言えた義理
では無い。修練の合間に、暇さえあればスポーツ中継を見ている。
 魔族達は、初めて見るテレビの面白さに、どっぷり漬かったようだ。



ソクトア黒の章6巻の6後半へ

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