・プロローグ  かつて、美しい大地を誇っていたソクトア大陸。  神々の祝福に恵まれ、人は神を敬っていた。そして、地の底から魔族が襲ってき た時にも、神々の力のおかげで、守られた時もあった。  だが、織り成す人々にとって忘れられないのは、1000年前の伝記である。事実を 物語った伝記は、未だに、人々の心を惹き付けて止まない。  当時の運命神ミシェーダを中心に、神の世界をソクトアに降臨させようとした、 『法道』。魔族を中心に、力の理をソクトアに反映させようとした『覇道』。新た な世界を作る事を前提に、ソクトアを消し去ろうとした『無道』。そして、共存と 言う名の下に、全ての種族と、共にありたいと願った人の歩むべき道『人道』。  それぞれの思惑がぶつかって、最終的に勝利したのは『人道』だった。それは、 共存と言う夢を、最後まで諦めなかった、人間こそが、勝利したと言う劇的な話。 ・・・それは事実であった。  だが、1000年の時を経て、人間は、その精神を忘れ去ってしまったようだ。伝記 は、飽くまで作り話だと言う説が有力となり、このソクトアは、人間の所有物であ るかのように、勘違いしてしまったようだ。確かに、もう人間以外は、暮らしてい るとは言えない。しかし隠れつつも、住んでいるのだ。それは、いつか人間と和解 出来るかも知れないと言う期待からだ。・・・だが、大半は、人間の愚かさに失望 して、関わらないように生きていきたいと言う、思いの表れからだった。  『人道』を思い描いて、勝利に導いた伝記の『勇士』ジーク=ユード=ルクトリ アが、この現状を見たら、さぞ嘆き悲しむ事だろう。  その最もたる所以が、セントメトロポリス(通称セント)の建造だろう。ソクト ア大陸の中心にあり、かつて中央大陸と呼ばれた、広大な土地に出来上がった、近 代化学発祥の地。それが、セントだった。文明は頂点を極め、セントから、他の国 へと物が流れ込む。正に化学が、このソクトアを支配した表れであった。  他のソクトア大陸の国、ルクトリア、プサグル、デルルツィア、サマハドール、 ストリウス、パーズ、クワドゥラート。その7つの国は、全てセントの言いなりで あった。逆らえないのである。逆らったら、一生懸けても、出られないと言われて いる、恐ろしい島『絶望の島』と言う監獄島へと送られる運命にあった。しかも、 セント反逆罪などと言う罪名が、流布している。何とも、悲しい事実だった。  ソクトア大陸は、今や化学の元である『電力』が無ければ、まともに生活出来な い。便利な物が増え過ぎたせいである。電話、自動車、電球、果ては、農作物を作 る農具でさえ、電力が必要なのである。しかし、電力は、自然に出来る訳では無い。 大規模な火力を利用した火力発電、豊かな水源を利用した水力発電、降り注ぐ太陽 を利用した太陽発電、そして、電力工場と呼ばれる所で、ひたすら働いて巨大な滑 車を回して発電する、人力発電の4つが主流だった。  火力発電と水力発電、そして太陽発電については、管理者が十数人付いていれば やっていける程だった。主に自然の力を利用していたからである。だが、人力発電 は別である。この工場で働く人々は、数千から数万に渡ると言われる。しかも単純 作業なので、賃金も高くは無い。要するに、発電のためだけに雇われた人々である。 しかも思った以上に成績を上げられなかった場合は、最悪『絶望の島』行きである。 人々は、ただ電力を生み出すために生きていく。そんな地獄のような状態の所が、 ソクトア大陸全土に、広がっていたのだ。  人々は皮肉を込めて、『黒の時代』などと呼んでいる有様である。  しかも驚くべき事に、電力の供給は、セントに向かって伸びていくのだ。そう言 うシステムを既に構築してしまったのだ。これでは、他の国は、その恩恵を受けら れない。電力が無い国は無い。だが、セントに比べると、その差は歴然である。  その屈辱に耐え兼ねて、クーデターを起こした人物が居た。その中心人物は、ジ ークの末裔、リーク=ユード=ルクトリアである。だが、彼は失敗した。多くの人 々を連れて、セントまで迫ったが、セントの圧倒的な兵器の前に、敗れ去ったので ある。この世で究極とさえ言われていた、全てを消し去る力『無』の力を使っても 勝てなかったのだ。正確に言うと、セントを覆うソーラードームと呼ばれるバリア が、『無』の力までも防いでしまったのだ。そのせいで、大量の死者を出したリー クは、見せしめとして首を刎ねられて、全ソクトアに、その顔を晒されたと言う。  この事件以後、人々は、セントに逆らう気力を無くしてしまった。いや、例え小 規模な、いざこざであっても『絶望の島』に入れられてしまったので、不満の声す ら封じられてしまったのである。恐怖政治の、始まりでもあった。  そんな中で唯一つの国家だけ、その難を逃れた国があった。それは、島国の国家 であるガリウロルである。ソクトア大陸の6分の1程度しかないガリウロル島だが、 セントの支配を逃れているため、その自由度は、とてつもない物があった。更には ここ数十年で、セントの良い所だけ取り入れようと、少しずつ貿易を開始したので、 化学の素晴らしい所だけを真似ている傾向にある。更に、この国が幸運だったのは 豊かな自然であった。この国は、日照時間が多く、豊かな水源、自然があるため、 人力発電など無くても、電力が賄える程であった。  よって、セント以外で、一番栄えてる国は、他でも無いガリウロルだった。セン トは、さすがに警戒を強めているが、まずは圧力で、貿易を開始させただけでも由 としたのか、それ以上の追求は無かった。数十年前までは、それすら断ってきた国 である。余程、独自の文化が強いのであろう。  ガリウロル島のは『く』の字の形をしていて、その『く』の中心に位置する都市 サキョウ。そのサキョウにある豪邸がある。その主は、天神家である。天神家は、 近頃成功しだした名家で、企業としての天神グループは、かなりの影響力を持って いる。その当主が、僅か14歳である天神(あまがみ) 恵(けい)だと言うのだ から驚きである。さすがに学生の身分なので、大まかな所は、側近に任せているら しい。使用人でもある藤堂(とうどう) 睦月(むつき)が、そのノウハウのほと んどを受け継いでいるらしく、現在の天神 恵は、当主としての帝王学を学んでい る最中だと言う。  とうとうこの時代にも、魔族が顕現するようになった。ワイス遺跡に『神魔』ワ イスが現れたのである。しかし今回のワイスは、友好的に事を進めていた。  連日のようにテレビの取材に応じ、魔族のアピールをしてきた。そのような状況 になって、ついに祭典を開く事になった。  その名も『闘式(とうしき)』。意地のぶつかり合いになるタッグ戦の始まりで あった・・・。  そして、それぞれが準備をし、新たな力に目覚める者も現れた。  全ての思惑が『闘式』を中心に向かっていく。  そして、無事に開催され、組み合わせが決まった・・・。  『闘式』の開催である!  1、休暇  華々しく開催された『闘式』を利用して、ガリウロルとストリウスは、これを機 に地元を盛り上げようと言う機運が高まっていた。これは仕方が無い。今回の『闘 式』には、かなりの有名選手も出場している。  その有名選手が闊歩しているだけで、宣伝効果になるのだ。これを利用しない手 は無い。特に最近は、魔族との交流も盛んなので、魔族向けのお土産や商品なんか も売るようになってきている。  折角の大会なので、それを利用しての観光もしてもらおうと言う配慮で、『闘式』 が正式に始まるのは、5月8日からである。1週間の猶予の内に参加者も楽しむの を目的としていた。闘いを提供するので、それくらいはしても罰は当たらない。  ただし、参加者に『絶望の島』の死刑囚が起死回生の手段として参加しているの で、犯罪行為をした選手は、即失格と言う規程も設けていた。当然の配慮である。  なので、ガリウロルの会場であるサキョウシーサイドスタジアム周辺は、大いに 賑わっていた。2ヶ月前までは、無かった会場だが、物凄い急ピッチで進められて 出来上がったスタジアムだ。特にリングの安全性には気を付けていた。竜神ジュダ の『付帯』のルールで生成された宝石を六芒星状に並べて魔方陣を作り、その方陣 を更に五芒星状に並べて強化すると言う手法を使っていて、リングには30個もの 宝石が使われているのだ。ストリウスの会場も同様である。ちょっとやそっとでは 壊れない。ジュダが、1日に2個作って、1ヶ月毎日力を込めて作った物だ。簡単 に壊れてしまっては困る。  ストリウスは、ワイス遺跡の周辺だ。名前もマイアズコロシアムと言う。何でも 瘴気の闘技場と言う意味の古代語らしいが、これは、ワイスや魔族に配慮しての名 前だろう。それに設置には、魔族が大量に動員されていたし、こう言う名前が付く のは、当然だと言えた。  こう言う過程を経て『闘式』は開催されたのだ。開催されたからには、楽しむの も大会の魅力でもある。人が集まる所には、商売が発生するのは、当然の事だ。  そんな中、逸早くガリウロルのアニメの製作スタジオ『サキョウアニメーション』 の見学を申し込んだ者が居る。それが、今回の『闘式』でも注目の魔族達だった。  現在の魔界の主『神魔』ケイオス=ローンと、その妻、エイハ=ローンは、付き 合いで来ていた。製作現場には興味があったが、アニメその物には、余り興味が無 かったからだ。それは、嗜好の問題なので仕方が無い。主に申し込みに力を入れて いたのは、ケイオスの息子であるハイネス=ローンと、1000年前の伝記でも有名で、 最近になって復活した『神魔剣士』の砕魔(さいま) 健蔵(けんぞう)である。 その健蔵の恋人で、ケイオスの娘であるメイジェス=ローンと、健蔵の父であり、 伝記でも有名な『神魔』ワイスも一緒である。要は、魔族サイド勢揃いであった。  さすがに壮観な図ではあるが、今回の製作現場の案内が成功したのには、背景が ある。『サキョアニ』も、ただ見学したいと言う理由では、忙しい事もあって、承 諾したりはしない。それに、魔族が恐ろしかったからと言う理由で、承諾した訳で も無い。理由は簡単である。現在作成中のアニメで、意欲作と言われている『ソク トア伝記』の製作の助けになるから、承諾したのだ。何せ、伝記時代から生きてい ると言う健蔵とワイスが居る。その二人がインタビュー形式で質問に答えてくれる と言う条件付で、製作現場の見学を許したのだ。  他の付き添い者は、健蔵たっての願いだったので、了承した。しかし、魔族の生 活や、考え方の参考になると言う事で、大歓迎だったようだ。  今回のアニメ『ソクトア伝記』は、人気スタジオになりつつある『サキョアニ』 が、前から製作を予定していた物で、人々に映像で伝記の真実を味わってもらおう と意気込んでいる意欲作だ。最近のガリウロルのアニメ『ガニメーション』のファ ンであるハイネスと健蔵は、毎週楽しみに見ている。  普通ならば、伝記を基に脚本家がシナリオを作っていくが、そこは、『サキョア ニ』のこだわりと言う物があって、より臨場感を出す為に、当時の雰囲気や魔族達 の考え方まで、取り入れて製作しているのである。 「有難う御座います。今日の内容も、製作に取り入れていきます。」  製作の現場責任者と脚本家のインタビューが終わる。6人と話し合ったのだ。 「その場凌ぎの製作をするかと思ったが、かなり忠実に作るみたいだな。」  ケイオスは、興味を持ってきたようだ。かなり細部まで聞かれたからだ。 「此方等の生活形式まで聞いてくるとはのう。しかし、何処に使うのじゃ?」  エイハも、色々な事を聞かれたので、不思議に思っているようだ。 「そうですね。もしかしたら、見逃されるかも知れない場面で、使います。例えば、 昔のワイス遺跡の地下の拡張工事をする場面がありましたよね?そこで、魔族達が 作業をするシーンの一コマに、食事シーンを差し込みます。そこで、貴方達から教 えられた、良く食べていたと言うビーンズスープと干し葡萄のパンを、描くだけで も、臨場感がまるで違います。想像だけで描くより、ずっと良いのです。」  脚本家は、一枚絵を持ってきて説明する。既に出来ていたセル画だった。そのシ ーンでは、魔族達が工事している横で、食事をして、休んでいる魔族が、描かれて いた。しかもその手に持っているのは葡萄パンで、ビーンズスープに浸している。 「こ、これは!す、凄いぞ!まるで違和感が無いぞ!」  健蔵は、余りにリアルに描かれていたので、驚いていた。まるであの時代に戻っ たかのような感覚に襲われた。 「フーム。これは、我も感心せざるを得んな。細かく作られているのだな。」  ワイスですらも唸っていた。この一枚絵だけでも、どれだけ労力を掛けているの かが伝わってくる。作成している扉や細かい土の描写まで、そっくりだった。 「これが生で見られる日が、待ち遠しくなりますな。」  ハイネスも、子供のように目を輝かせていた。 「ほへー。兄上が、やたら凄い凄い言うから、過剰表現だと思ってたけど、これは 凄いねー。感心しちゃうよ。」  メイジェスは、ハイネスや健蔵が、『サキョアニ』は、凄まじい!ここは、普通 のスタジオじゃない!って力説するので、冷たい眼をしていた物だが、実際に仕事 振りを見ると、その考えも変わってくる。 「褒め言葉として受け取ります。ちなみに、このシーンは2秒程しか流しません。」  現場のアニメーターの代表が説明する。 「こ、これだけの労力を2秒の為にだと!?信じられぬ。」  健蔵は、改めて思い知らされた。このスタッフのこだわりをだ。ここまでして、 良い物が出来ない訳が無い。 「そのこだわり、余は気に入ったぞ。『覇道』が成った後でも、貴公等の製作だけ は、決して邪魔をせぬ事を此処に誓おう。」  ケイオスも感心して、つい宣言してしまう。 「ホッホッホ。御方様が此処まで言うなんて、気に入られたのう。」  エイハも、上機嫌だった。ケイオスが実に楽しそうだからだ。 「はい。でも、私達も人間なんで、応援は・・・。」  現場責任者は言い出し難そうに言う。当然、人間のチームを応援するのだろう。 「フッ。見くびられては困る。それを咎める様な余では無い。存分に伝記の末裔達 を応援すると良かろう。そのような自由意志を認めぬような器では、先が知れると 言う物よ。その方が、かえって面白い。」  ケイオスは、気にする風でもなかった。さすがである。 「さっきも話した通り、我等は、力で押さえつけて支配すると言う、愚かな真似は しない。『覇道』とは、力ある者が上に立ち、その者を称える事で、下が競い合う 事を目的としている。その事が気に入らなければ、異を唱えれば良いだけの話よ。」  ワイスもケイオスの考えを代弁する。上が絶対だと考える事は、愚かな事だと言 う。『覇道』とは、競い合いの精神から来る物だ。絶対服従させる為に提唱してい る訳ではないのだ。 「今の考え、シナリオに組み込みますよ。その回想を少し入れるだけでも、物語の 深みが違いますからね。」  脚本家がメモを取っていた。その仕事振りは、さすがだった。 「フッ。俺は悪役が多いだろうが、楽しみにしているぞ。存分に悪役として描くが 良い。・・・俺はあの時は、本気で人間を憎んでいたし、その方が良い。」  健蔵は、この事で、自分が美化されるのを嫌った。 「分かりました。でも、必要以上に悪くは描きません。過去に、貴方が行った事と、 今の『覇道』の考えを挟み込んで、視聴者に分かり易く伝えるつもりです。」  脚本家も分かっていた。必要以上に悪く見せたり、美化したりすると、陳腐にな る事が多い。今回の『ソクトア伝記』のコンセプトは、あくまで伝記を分かり易く 伝える事が目的なのだ。 「これは一本取られたな。・・・楽しみにしているぞ。」  健蔵は、色々な意味で、楽しみにしていた。このアニメが放送された事で、自分 が非難されても構わないと思っているようだ。 「ちなみに、これがアニメでの健蔵さんとワイスさんです。」  アニメーターが、人物像の相関図を持ってきて、健蔵とワイスの所を指差す。 「おー!すごーい!目許まで似てるー!」  メイジェスは、驚いていた。実写みたいに映す訳では無い。確かにアニメ的な表 現だったが、細かい表情が、似ていた。 「ジークも、随分似ていたしな。もっと美形に描かれるかと思ったぞ。」  健蔵も驚きを隠せない。テレビでよく放送されていたジークは、やたらと美化さ れている事が多かった。しかし、この前の放送で流れていたジークは、健蔵が良く 知るジークに似ていた。特に眼の力の描き方がそっくりだった。 「実は、レイクさんの所にも、取材に行ったのですよ。」  脚本家が明かす。レイクと言えば、ジークの末裔だと一発で分かるくらい似てい る男の事だった。その噂を聞いた脚本家は、レイクの所に取材を申し込んだのだ。 「私も取材を受けたかったな・・・。」  ハイネスは、今回が初めてである。そんなに取材を行っているとは、思わなかっ たのだ。それだけ作り込みが激しいのだろう。 「そう言えば、提供に天神家があったな。それでか。」  健蔵は思い出す。天神家がスポンサーとして金を出していたのを覚えていた。レ イクが天神家に居る事は、天神 恵から聞き出したのかもしれない。今回の『ソク トア伝記』のコマーシャルにも、『闘式』の宣伝が良く流れていた。 「ジュダ様にも取材させてもらえましたから。今回の『ソクトア伝記』は、失敗出 来ませんよ。スタッフ一同、このアニメに懸けてるんですよ。」  現場責任者が熱く語る。確かに神への取材が出来たのなら、尚更作り込める事だ ろう。ちなみにジュダには、宝石を作り終えた後、相棒の桜川(さくらがわ) 魁 (かい)に修行をさせてる時に取材を申し込んでいた。 「フッ。ジュダも面食らったのではないか?我も、アニメの製作で取材を受けると は思わなかったからな。」  ワイスは、最初に申し込まれた時の事を思い出す。取材と言うので、ドキュメン タリー関連の取材だと思ったら、アニメの製作だと聞いて驚いた物だ。 「そうですね。でも、最初こそ驚かれましたが、結構乗り気でいらっしゃいました よ。逆に対応の仕方が慣れていたので、こちらが驚かされました。」  脚本家がジュダとのエピソードを明かす。 「慣れていた?もしや奴め。他の星でも同じような経験があったのかも知れぬな。」  健蔵は、ジュダが慣れていた経緯を分析する。ジュダは、ソクトアだけの担当で は無い。無論ソクトアは、最重要地域なので、一番滞在が多いのだが、他の星の危 機にも顔を出す事が多い。その時に同じような話があったのかも知れない。 「しっかし、アニメって大変なんだねー。私、ちょっと見直しちゃった。」  メイジェスは、アニメの現場を見て、そして、真摯な作りこみを見て感心したよ うだ。これだけ手間暇を懸けているのならば、良い物が出来る筈だ。 「此処までやってるのは、このスタジオくらいだ。そこを履き違えちゃいけないぞ? 特に・・・セントとルクトリアのアニメは、見るに値せん。」  ハイネスは、最初の内は、どの国のアニメもチェックしていたが、ガリウロルが 一番クオリティが高かったし、セントとルクトリアのアニメなど、見れた物では無 かったので、幻滅した物だ。 「あ。そうだ。皆さんに私共からプレゼントがあります。」  現場責任者が、合図を送ると、部下から本のような物が差し出された。 「む?これは何だ?」  ケイオスは、物珍しそうにしていた。 「何と!これは、『宇宙英雄列伝』の設定原画と、台本のコピーでは無いか!」  健蔵は、中身を見て驚いた。中身の会話部分に見覚えがあったからだ。 「間違いないですよ。す、凄い!何気ないシーンだと思って、見た所が、三度も取 り直ししているシーンだったとは!・・・最初の会話シーンは、こんなに長かった のか・・・。それを無理なく縮めている・・・。」  ハイネスも見入っていた。アニメには尺と言う物がある。それを感じさせずに、 違和感無く削る作業が、細かく入れられていた。 「うわー・・・。すごーい。あのアニメ、こんなに凝ってたんだ・・・。」  メイジェスも、健蔵に釣られて見たが、こんなに練り込まれているとは思わなか ったのだ。それだけ、細かく設定されていた。 「これは、従業員も大変だったのではないか?」  ワイスは、綿密なスケジュール管理に合わせてのアニメ進行に、思わず唸ってい た。コマーシャルなどを考えると、一週間で24分ほどになるが、そこに詰め込ま れている。これは大変な作業だ。 「やりおるのう。たった5秒のシーンでも、此処まで大事にするとはのう?」  エイハも、台本を見て驚いていた。何度も修正が成されている。 「ほう・・・。登場人物の設定は、随分細かいのだな。」  ケイオスは、登場人物の舞台背景に注目する。 「成程な。これで我に話を聞きに来た理由が分かった気がするな。」  ワイスは、自分がインタビューされた理由が分かった。架空の物語ですら、ここ まで舞台背景を設定されているのだ。増して、生きた教材があるのならば、そこか ら話を聞きに行きたいと思うのは、当然の事でもあった。 「皆さんには、色々お話を聞いて、参考になった事も多かったので、その資料集は、 感謝の気持ちだと思って下さい。」  現場責任者は、これは、あくまで御礼だと言う。媚びている訳では無いのだ。 「行き詰ったら、またお話を聞きたいと思っています。その時は、宜しくお願いし ます。何せ、物が物なのでね。」  現場責任者は、次の事も見据えての招待だったようだ。遊びだけで招待した訳じ ゃないのだ。それだけ難しい物を扱ってる自覚があるのだろう。 「フハハハハ!良い姿勢である。余の好みだ。上を目指す為に、余達の邂逅を利用 しようとする姿勢は、好感が持てるぞ。」  ケイオスは、貪欲に次の事を考えているスタッフに、感心した。その上を目指す 精神は、『覇道』の考えにも似ていたからだ。 「次があるのならば、いつでも連絡をくれ。『闘式』の間は難しいが、終わったら 駆けつけるつもりだ。」  健蔵は、自分の為にも、このアニメに協力するつもりでいた。  これだけ想いが詰まっているアニメが、面白くない訳が無いと思った。  束の間の休息。その言葉がぴったりだ。今まで修行ずくめだったので、『闘式』 が始まる前に大いに羽を伸ばしてもらいたいと言うのが、恵の言い分だった。  まぁ俺も、前日まで修行と言うか、『根源』と会話していたくらいなので、あの まま、すぐに予選が始まったら、疲労で倒れていたかも知れない。それは、俺のパ ートナーであるファリア=ルーンも同様だ。そう言う意味では、本当に有難い。恵 の事だ。根を突き詰めすぎる奴が居るかもと予想して、最初からこの期間を設定し たんだろう。あのお嬢様は、本当に凄いからな。俺も頭が上がらない。ファリアは、 その恵から尊敬されているってんだから、アイツも凄いよな。  折角貰った休みだ。有意義に使わなきゃ勿体無い。体の疲れは、昨日一日休んだ ので、ほとんど取れたからな。グリードとゼリン=ゼムハードの組が、ストリウス 観光に行くからってんで、俺とファリアを誘ってきた。丁度良いので、付いて行こ うと思っている。・・・で、ストリウスの街を闊歩中だ。  ちなみにエイディと斉藤(さいとう) 葵(あおい)の組も誘ったらしいが、あ っちは、榊(さかき) 亜理栖(ありす)と伊能(いのう) 巌慈(がんじ)の組 と一緒に観光すると言う。アイツ等も恋敵同士だってのに、4人で出掛ける事が多 く、それぞれが仲が良いってんだから、珍しいよな。  ちなみに、ジュダさんは、魁とその恋人である桐原(きりはら) 莉奈(りな) を連れて、ストリウスの街に先に散策に出掛けたとか。リーゼルから来たルードも 連れての観光なので、賑やかだろうな。 「へぇー。ストリウスって初めてだったけど、良い所じゃない。」  ファリアが素直な感想を述べる。ストリウスの街並みは、旧時代的と言えば良い のだろうか?人々も、古い街並みを大事に残していると言った感じが見受けられた。 「出店が多いな。それに石のレンガの道ってのも、良い物だな。」  俺も、かなり気に入っていた。何て言うかな?とても懐かしい感じがするのだ。 俺の祖先がジーク=ユード=ルクトリアって名前の英雄なのにも関係してるのかも 知れない。伝記を見る限りジークは、ストリウスの街に冒険者として、独り立ちし たって書かれていた。この辺にも来た事があるのかも知れないな。 「こう言うの、風情があるって言うんでしょうかね?俺っちも気に入りましたよ。」  グリードも、ゲラム=ユード=プサグルの子孫らしいし、何か、感じ入る所があ るのかもな。 「街の方針で、古い街並みを未来に遺す取り組みが為されている様だよ。」  ゼリンは、パンフレットを手に持ちながら、説明する。 「いやー、石の建物が綺麗ねー。これは上空から見たいわね。」  ファリアは、そう言うと、風の魔法を操る仕草をする。 「おいおい。街中で簡単に使うなよ?混乱させる為に観光に来た訳じゃないぞ?」  俺は、一応注意しておく。とは言え、本当に使うとは思っていない。その辺弁え ない様なファリアじゃない。冗談で言っているのだろう。 「上からと言うなら、私の『重力』を使えば、良い景色が見れるかな?」  ゼリンは、物騒な事を言う。顎に指を当てて考え込んでいる。 「使うなよ?絶対使っちゃ駄目だからな?」  グリードが慌てて止めに入る。と言うのも、ゼリンの場合、冗談じゃないと分か っているからだ。本気で考え込む程の天然さらしい。 「その振りは使えって事なのか?テレビでお笑い芸人が、そんな事を言っていたね。」  ゼリンは、『ルール』を解放させる仕草を取る。 「やめなさいって・・・。こんな街中で『ルール』なんて使っちゃ駄目よ。」  ファリアが、本気で止めに掛かった。ゼリンが、自重しないからだ。 「確かにそうだね。此処で使ったら、何処で降ろすのか迷ってしまうからね。」  ゼリンは、目立つと言う考えは無いようだった。本当に天然である。 「ま、こう言うのは自分の足で高い所に行くから、風情があるって物だ。」  グリードは、風情の話をする。確かに、いきなり『転移』で見晴らしの良い所に 行っても、あまり面白く無い気がする。 「結果より過程が重要なんだね。・・・昔の私では、分からなかった事だね。」  ゼリンは、結果重視で仕事をしていた。ゼロマインドに支配されていたとは言え、 仕事振りまでは、指示されていないだろう。つまり、真面目に仕事をこなしていた のは、ゼリンの性格からに他ならない。 「それが分かっただけでも、第一歩なんじゃないか?」  俺は、素直な感想を述べる。ゼリンには、その過程を楽しむくらいの余裕が必要 だ。グリードもそう思っているのだろう。  そうこうしている内に、大広場に着く。出店などが所狭しと並んでいた。 「これだけあると壮観ねぇ。でもこれ、今回の『闘式』の効果よねー。」  ファリアは、はしゃぎながらも、ちゃんと見ている。 「出店の名前に『闘式』が付いてる物が多いから、間違いないだろうな。」  俺にも見えてきた。『闘式スープ』『闘式ケーキ』『闘式チャーハン』・・・。 何でも『闘式』を付けりゃ良いって物じゃない気がする・・・。 「どんな味がするんだろうね?『闘式ケーキ』には興味があるね。」  ゼリンが、物珍しそうにしていた。 「ま、折角だし買っておくか?・・・『闘式ケーキ』を4つくれい。」  グリードが、ゼリンの様子を見て、手早く買っておく。俺達の分も買う辺り、気 の回し方が早い。そこまで気にしなくて良いんだがな。 「へぇ・・・。ああ。これ、多分レアチーズケーキね。」  ファリアが少し見ただけで、正体を見抜く。 「そういや、昨日、瞬(しゅん)からの電話で、ガリウロルでも似たような出店が あったって言ってたな。『闘式焼きソバ』に『闘式まんじゅう』とか・・・。」  昨日、恵の兄である天神 瞬から、携帯電話で話をしたのだが、向こうでも出店 が並んでいて、妙な商品が結構あったと聞かされていた。冗談かと思ったが、こっ ちの様子を見る感じ、嘘でも無さそうだ。 「いくらなんでも、便乗し過ぎじゃない?売れるんでしょうけどね。」  ファリアも呆れている。とは言え、口ではあんな事を言っているが、ファリアは この雑多な雰囲気は、嫌いじゃない筈だ。楽しんでいる節がある。 「お。あそこに居るの、シャドゥさんじゃないか?」  俺は、『闘式ピザ』の前で、ウンウン唸っているシャドゥさんを見付ける。横に は、パートナーのドラム=ペンタが居た。『王龍』の5代目だ。それに楽しそうに しているシャドゥさんの妻、ナイアさんの姿もあった。 「間違い無さそうだね。『闘式ピザ』が気になっているようだ。」  ゼリンは、ドラムが美味しそうにピザを運んでいるのを、見ていた。 「お?レイクにファリアか。グリードにゼリンも一緒か。観光か?」  シャドゥさんも、こちらを見付けて挨拶してきた。 「皆さん、お揃いで何よりです。」  ナイアさんが、丁寧に礼をしながら挨拶をする。 「お?アンタ等も『闘式ピザ』食いに来たのか?ここの中々美味いぞ。」  すっかりピザがお気に入りになってるのが、ドラムだ。 「シャドゥさんも観光か。・・・うわ。相変わらず辛そうだな・・・。」  グリードが、シャドゥさんのピザを目にする。タバスコが大量に掛かっていた。 シャドゥさんは、辛いのが好きだからな。 「ナイア。ストリウスは久し振りなの?」  ファリアが、ナイアさんに気さくに話し掛ける。この二人は仲が良いからな。 「はい。買出しで、何度か来ていますが、久し振りです。此処は、雰囲気が変わら ない街で、安心しますね。」  ナイアさんは、嬉しそうに話す。馴染みの街並みだと安心するのだろう。 「いやぁ、この街並み、俺も気に入ったね。この活気を見たら、予選じゃ負けられ ねぇ!って感じがするぜー!」  ドラムは、拳を握り締めながら言う。余程気に入ったようだ。 「良い事を言うね。負けない様にしないとね。」  ゼリンも同調していた。無論、俺達もそのつもりだ。 「予選で負けてもらっちゃ困るぞ。私は、お前の成長を確かめたいのだからな。」  シャドゥさんが、俺の胸板を、軽く拳で突いて来る。予選を勝ち上がったら、最 初に当たるのは、シャドゥさんとドラムの組だからな。 「親父に勝った分まで、見せるつもりですよ。」  俺は、お返しにシャドゥさんの胸板を拳で突く。 「俺の相手は、ジュダさんに魁か。・・・きっつい相手だけど、何とかするぜ!」  グリードは、予選を勝ち上がったら、最初に当たるのは、ジュダさんに魁だ。 「父さんは、本当に強いよ。でも私達は、今出来る事を出し切ろう!」  ゼリンも燃えているようだな。グリードに感化されたかな。 「まぁまずは、予選からでしょうけどね。弾みを付ける為にも、勝たなきゃね。」  ファリアは、油断しないようにしている。それは俺も同感だった。予選からやら れたのでは、ゼロマインドの打倒など、果たせそうに無い。 「ま、俺にとっては、今はこっちの方が大事だけどな。」  ドラムは、『闘式ピザ』に『闘式ホットドッグ』を食らっていた。  それを見て、俺達も祭りの雰囲気を楽しむのだった。  この状況は、好ましく無いな。全く参った物だ。俺は、いつでも冷静に対処する ってのが売りだと思ったんだがな。・・・ってこの状況で冷静で居られる程、図太 くは無い。何が因果で、こんな状況になっちまったんだか・・・。  発端はこうだ。  ・・・。 「せっかくストリウス来たんですよ?観光行きましょうよ。か・ん・こ・う。」  葵が積極的に俺を誘ってくる。まぁ確かに、この状況で観光をしないと言うのは、 少し・・・いや、かなり勿体無い。ストリウスへの旅行など、早々出来る物では無 い。特に俺やレイクなどは、お尋ね者だった身だ。ガリウロル以外で、自由に歩き 回れる時間は、大切にしたい所だ。 「確かに良い機会だな。『闘式』のおかげで出店もあるって言うしな。」  俺は一応の為、配られていたパンフレットを手にしている。大広場に結構な数の 出店が出るって言うし、これは回ってみたい所だ。 「さっすが目敏いですね。出店の食べ物って言うのは、普通に出てくる物より、美 味しく感じられる物です!回らなきゃ損ですよ!」  葵は、物凄く楽しそうだ。少し前まで、『闘式』での闘いを想定して、ぐったり していたと言うのに、現金な物だ。 「随分楽しそうだな。」 「あったり前じゃないですか!グリードさんとデートですよ!デート!楽しく無い 訳がありません。って、そう言う意識無かったんですか?」  葵は、俺をジト目で睨んでくる。・・・これは無粋だったか。確かに観光も兼ね てのデートって事になるのかな? 「ま、楽しむ分には問題ないか。」  俺は大して考えもせずに頷く。出歩くのも良いかなー?程度にしか考えていない。 「問題あるに決まってるじゃないか!エイディ兄さん!」 「お、おわぁあああ!」  俺は、突然後ろからした声に飛び上がった。この声は亜理栖だ。 「・・・いつからそこに?」 「修行も兼ねて、気配遮断の忍術を掛けただけだよ?」  亜理栖は恐ろしい事を平然と言う。俺ですら気付かせない気配遮断を、簡単に使 うとか、心臓に悪いので止めて欲しい。 「亜理栖先輩、意外に強引なんですね・・・。」  葵が呆れていた。亜理栖は、学園ではアネゴ肌として、頼られるような存在だっ た筈だが、此処最近に俺に見せる態度は、大人気無いにも程がある。 「手段を選んでられないからね。」 「アネゴォ!!何故この部屋に居るんじゃ!」  亜理栖が物騒な事を言った瞬間、扉が開かれる。この喧しい声は巌慈だ。 「・・・お前、その前に言う事があるだろうが!!勝手に扉を開けるな!」  俺は、苦虫を噛み潰したような表情をしているんだろう・・・。頭が痛くなって きたぜ。ノックもせずに扉を開けられる身分にもなってほしいぜ。 「アンタ、何でこの部屋だって気付いたんだい?」  亜理栖も怪しんでいた。まぁ当然の疑問だ。 「ハッハッハ!匂いを辿ったんじゃ!アネゴの居場所なら、例え火の中水の中!」  ゴキィ!!!  巌慈が不穏な事を言った瞬間、亜理栖のアッパーカットが決まった。 「・・・と言うのは冗談で、俺らの部屋に居ないって事は、どうせ此処じゃろうと 当たりをつけただけじゃ。」  巌慈は顎を擦りながら、疑問に答えた。 「ああ、そう・・・。今度から、ノックだけでも忘れんなよ?」  俺は頭を押さえながら、溜め息を吐く。こりゃ、この部屋に罠でも仕掛けた方が 良いかも知れんな。参るぜ。 「で?エイディ兄さん、明日は出店を回るのかい?」  亜理栖は、半眼を開きながら聞いてくる。 「付いて来ないで下さいよ?折角のデートなんですから。」  葵は、口を尖らせている。どうやらデート決定らしい。 「ハン!抜け駆けしようたって、そうは行かないよ?私も行くよ!」  亜理栖も付いて来る様だ。まぁ予想はついていたけどな・・・。 「アネゴが行くなら、俺も行くぞぉ!決定じゃ!」  ・・・マジで頭痛くなってきた・・・。  ・・・。  ってな事で、4人で出店を回っている訳だ。葵は、行く前こそブーブー文句を言 っていたが、いざ出店を前にしたら、結構楽しんでいるらしかった。それは、別に 亜理栖も一緒で、楽しむなら楽しもうと言う考えなのだろう。 「こう言う場所では、焼きソバが定番だと思うのじゃが・・・。」  巌慈も気にせず楽しんでいる。やはり、しがらみより楽しみたいと言う心が上回 ったか。そうなれば、俺も楽しむまでだ。それはそうとして、こんなストリウスみ たいな伝統ある都市で、焼きソバは売ってないと思うぞ・・・。 「『闘式ピザ』って・・・。何でも『闘式』を付ければ良いって物じゃないと思う んだけどねぇ・・・。ま、美味しいから良いけどさ。」  亜理栖は、特には気にしていないようだ。 「見事にジャンクフードばかりですね。『闘式』の要素皆無ってのが、また何とも 言えないです。」  葵は、楽しそうに表情を変えていた。 「こう言うのは雰囲気あっての物だろ?ま、祭典に肖ろうってのは、当然の心理じ ゃないか?俺達は、それを享受すりゃ良いんだよ。」  俺は、場の雰囲気を楽しめと言う意味で、軽口を叩く。 「ん?そこに居るのは、お嬢?」  人だかりから、知った声が聞こえた。 「ん?冬野(ふゆの)じゃないか。お前さんも観光かい?」  亜理栖は、冬野に気が付くと、軽く挨拶がてらに質問をする。 「よう。総一郎(そういちろう)も見物か?」  俺は、後ろに居た総一郎に声を掛けた。冬野と総一郎も、この馬鹿騒ぎの様子を 見に来たようだ。 「こう言う場は楽しむのが、人として当然の行為だ。お前も楽しんでいるようだな。 いやはや、中々華のある面子ではないか。」  総一郎は、無難にこちらを褒めつつ、『闘式ケーキ』を片手に持っていた。締ま らない奴だ・・・。コイツは、しっかりしているようで、結構抜けてるからな。 「頭領も来てたんだね。」 「亜理栖も、楽しんでいるようで何よりだ。」  亜理栖と総一郎も軽く挨拶をする。慣れた物だ。 「お嬢、入場の時は、楽しませてもらいまし・・・へぶ!!」  冬野が余計な事を言って、亜理栖の鉄拳を食らっていた。懲りない奴だ。 「ど、どうせ試合が始まったら、あの格好なんだから、恥ずかしくなんか無いよ!」  亜理栖は、そう言いつつも、茹蛸のように耳を真っ赤にしている。 「全く、あの格好は榊流の由緒正しい格好なのだぞ?」  総一郎は、ずれた事を言っている。だが、あの格好でずっと闘うのだから、そり ゃ恥ずかしいだろう。亜理栖は、まだ学生だしな。 「アネゴ、恥ずかしい事なんて無いぞい!とても似合って・・・。」  巌慈は、そこまで言うと口を慎む。人でも殺せそうなくらいに、亜理栖が睨んで いたからだ。巌慈も懲りない奴だ。 「ま、眼福だとは思うが、恥ずかしいのは、しょうがないわな。」  俺は、そう言うと、亜理栖の頭を撫でてやる。 「・・・うん・・・。」  亜理栖は、自然に俺に身を任せていた。・・・って流れで頭を撫でていた。 「エイディさん、私も撫でて下さい!」  葵は、目を輝かせながら、俺にねだる。・・・不用意だったか・・・。俺は、し ょうがないので、もう片方の手で葵も撫でてやった。 「あらー?エイディさんも、隅に置けませんねぇ。」  冬野は、物凄く面白そうな物を見つけたと、言わんばかりにこちらを見ていた。 「エイディさん、俺も負けませんぞぉ!」  巌慈は拳を握りながら、この光景に耐えていた。 「ちょっと不用意だったな。悪い悪い。」  俺は、二人から手を離す。昔を思い出して、頭を撫でてしまう癖があるな。亜理 栖も、抵抗すりゃ良いのにしないし・・・。ってする訳無いか。俺の事が好きだっ て言葉は、嘘じゃないだろうしな。  正直な事を言うと、俺はまだ迷っていた。情けない事にな・・・。パートナーと して、信頼を寄せてくれる葵も気に入っているし、昔からの馴染みで、可愛がって いた亜理栖も、少なからず気になっていた。  全く、俺と言う奴は・・・。節操が無いにも程がある。こりゃ瞬の事をからかう 資格もねぇな。少し前までは、こんななるとは思っても見なかったぜ。  それから、6人で出店を回って、総一郎と冬野とは別れた。あまり一緒に回って、 予選で本気を出せなくなったら拙いしな。何せ、俺達の最初の相手は、総一郎と冬 野だ。あっちもそれが分かっているのだろう。別れ際に全力で闘う事を約束して、 別の場所へと向かっていった。 「負けられませんねー。」  葵が気を引き締める。 「当然だ。本選に行く前に、負けて堪るかよ。」  俺も負けるつもりなど無い。その為の用意も、周到にしてきたんだ。 「当然じゃ。エイディさんや葵には、俺達の本気を見せにゃなりませんからな!」  巌慈も、気合十分だ。俺達が本選に残れば、次に闘うのは巌慈達だからな。 「悪いけど、最初から全力で行くからね。」  亜理栖も本選で当たれば、手加減などしないだろう。 「生意気言うな。全力で来い。俺達だって、負けるつもりは無いからな。」  勝ち抜いて、コイツ等の全力を受け止める。それが、俺がしなきゃいけない事だ からな。予選で負けてなどいられん。  そんな軽口を叩きながら、観光を続けた。ストリウスの街は、石造りの古い街並 みが体良く保存されていて、見ていて飽きなかった。風情がある街並みだ。  そんな中、一際賑わっている場所があった。それが、『聖亭(ひじりてい)』の 跡地だ。跡地と言っても、とても具合良く保存されているので、今でも泊まる事が 出来るようだ。と言っても、物凄い混みようなので、予約は1ヶ月先まで一杯とい う状態だ。如何に人気あるのかが分かる。保存されているとは言ったが、当然補修 工事は何度もしている。それなりに新しい要素を取り入れているのだろう。中で使 われている明かりは、電灯だったりする。 「こりゃ、すっごいのう。何と言う賑わいじゃ・・・。」  巌慈は、歴史の教科書でしか出て来なかった場所に、この足で立てたのが嬉しい のか、感嘆の声を上げる。 「何て言うか、凄いね。建物全体から、生命力ってのを感じるよ。」  亜理栖は、珍しく褒める。それだけ、この建物が偉大だと感じているのだ。 「此処に泊まりたかったなー・・・。」  葵も無茶を言う。いくら『闘式』の運営委員と言えど、此処を押さえるのは無理 だったようだ。只でさえ、『闘式』の関係者は目立つ。その上に、こんなに古くて 目立つ場所に、関係者を泊めると言う事態は、宿側でも了承出来なかったのだろう。 「ま、行けるだけマシだと思おうぜ。」  こうやって、人だかりはあるが、気軽に訪ねられるのが、この街の魅力でもある。 「折角だし、此処で昼食でも食べていかないか?」  さっき出店で、朝食代わりにピザなどを食ったが、あの後、結構歩いたせいか、 お腹が減ったのも事実だ。と言うより、この混み様なら、待っている間にお腹が減 るんじゃねぇかと、あたりをつけている。整理係が、最後尾のプラカードを掲げて いるが、後30分とか出てるしな。全く参った物だ。 「この中並ぶのかい?でも、折角の機会だしねぇ・・・。」 「アネゴが賛成なら、俺は構いませんぞい。」 「私も並ぶのは、そこまで好きじゃないけど、莉奈への土産話には、丁度良いかも 知れないし、構いませんよ。」  三者とも、不満が無い訳では無いようだが、並ぶのは構わないと言うスタンスだ った。こうなったら、決まりだな。 「よし。じゃぁ食べていこうぜ。昼は奢るからよ。」  俺は、此処で食べる事を決定させる。奢ると言う言葉に、3人とも目を輝かせる。 ま、大人の余裕って奴を見せてやらんとな。あの巌慈ですら、普通に喜んでいる。 こう言う所で単純に喜べるのが、アイツの良い所だ。  今日は、そんなに日差しが強くないので助かったが、炎天下の中で待たされてい たら、大会に出る前に熱中症になっちまうな。約30分待たされたが、漸く中に入 る事が出来そうだ。まぁこの4人で居たので、待っている間に結構話していたのも、 時間が短く感じた理由だ。こう言う時に、大人数なのは良いな。  中に入ると、俺達は4人なので、テーブル席で相席となった。丸テーブル式で、 俺の隣は、女子二人で対面が巌慈だ。適当に注文を取る。それにしても、食べ盛り だとは思うが、えらい注文していたな。 「へぇ。父親の背中に憧れてプロレス界に踏み入れたんですか?」  葵が、巌慈に話し掛けていた。意外な事に仲が良い。 「まぁのう。ただ、親父は偉大じゃったからな。追い掛けるだけじゃ駄目じゃと思 ったがな。この前の試合では、少しは近付けたと思ったもんじゃ。」  巌慈も調子良く話している。案外話が合うのかも知れない。 「あの試合でも少しって言う辺り、天狗にはなってないみたいだね。」 「当たり前じゃアネゴ。俺は、親父との試合に勝っただけじゃ。あの不屈の精神を 客に感じ取ってもらってこそ、本物じゃ。まだまだじゃい。」  巌慈は、あの試合でも満足し足りないようだな。 「俺は良い試合だったと思うけどなぁ?そこまで言うって事は、『本番』で、見せ てくれるんだろうな?」 「ガッハッハ。当然じゃい。やるからには全力で行きますわ。」  巌慈は、俺の挑発に笑いで返す。俺の言った『本番』とは、勿論『闘式』での対 戦の話だ。こりゃこっちも覚悟しなきゃな。 「そう言えば伊能先輩は、『ジュニア』は取っちゃうんですか?」 「あー。それのう。この大会が終わったら、継承式みてーのをやるらしいんじゃ。 そこで改めて親父に認められて、晴れて『ジュニア』は取れるらしいぞい?」  葵の質問に、巌慈は軽く返す。確かに俺も気になっていた所だ。巌慈は、『サウ ザンド伊能ジュニア』と言う名前でリングインしている。しかし、この前の試合で、 父親に認められて、これからを託すみたいな事を言われていた筈だ。  そうなると、必然的に『サウザンド伊能』が2人と言う事になる。  まぁこれから先代は、『サウザンド伊能レジェンド』と呼ばれるようになるらし いが、巌慈は正式に『サウザンド伊能』を受け継いだ訳じゃない。だから、いつ継 承するんだろう?とは思っていた所だ。 「まぁどう名乗るかは、俺の自由らしいけど、『サウザンド伊能』の名前は、キッ チリ入れるつもりじゃ。当然じゃがのう。」 「じゃぁ『サウザンド伊能』・・・『2』?」  葵は、指を顎に当てて考える。可愛い仕草だが、どうにも締まらない意見だ。 「そ、それは勘弁じゃのう・・・。」 「じゃぁ、『サウザンド伊能ツー』とかどうだい?巌慈。」 「・・・お前にネーミングセンスが無いのは分かった。」  俺は、亜理栖の意見に駄目出しする。締まらんだろう?それじゃ。 「・・・エイディ兄さんは、何か代案でもあるのかい?」  亜理栖は、頬を膨らませてこっちを見る。案外根に持つんだな。 「そうだなー・・・『サウザンド伊能ツヴァイ』とか?」 「・・・それも何か違いません?」  葵に駄目出しされた・・・。確かに微妙だな。古代ルクトリア語の数字に変えた んだが、やたらと臭い名前になったな。 「俺としては、『2代目サウザンド伊能』にしようかと思ったんじゃが?」 「んー・・・。まぁ落とし所ではあるな。良いんじゃね?」  俺は、無難だが良い名前だと思った。継ぐと言う意味も込めているのだろう。 「無難過ぎないかい?」 「そうですよう。何だか極道っぽいです。却下です。」  亜理栖も葵も、結構容赦なく斬って捨てる。この子達、結構怖い・・・。 「いっその事、『アイアン伊能』とかにしてみたら?」 「アネゴ・・・。さすがにそれは勘弁じゃ・・・。俺にもプライドがあるぞい。」  巌慈は肩を落とす。さすがに『サウザンド伊能』の名を変えるのは駄目だろう。 「『サウザンド伊能2号機』とか?」 「俺は、機械じゃないぞい!?」  葵も適当な事を言ってやがるな。巌慈もノリ良く突っ込んでいる。 「・・・『サウザンド伊能グレート』とかはどうだ?」  俺も適当な事を言ってみる。 『それだ!』  葵と亜理栖は声を合わせて賛成する。・・・物凄く適当なんだが? 「伝説の次は、偉大!良いんじゃないかい?それ!」 「そうですよう!相手もその名前に恐れますって!」  ・・・実は、仲が良いだろ?お前等・・・。俺、適当に言っただけなんだが。 「まぁその名前なら、俺も異論は無いのう。でもエイディさん良いんか?」  巌慈は、俺に許可を聞いてくる。 「お前が気に入ったなら良いんじゃないか?こっちは適当に案出してるだけなんだ からさ。お前が気に入ったのが一番だろ?」  俺は、此処まで受けると思ってなかったので、少し引き気味だ。 「さすがエイディさんですね。ズバッと来ましたよ。」 「そうさね!・・・巌慈!名前負けすんじゃないよ!」  やっぱり仲が良いだろ?お前等・・・。  馬鹿話をしている間に、料理が来たみたいだな。  俺は舌に意識を集中させて、此処の料理の内容を吟味してみる。 「・・・これは、さすがだな。スープカレーが、全くくどくないし、カニの素揚げ も、かなりのレベルで纏まっている。こりゃ内の店と、どっこいだぜ。」  正直、レストラン『聖』と同レベルの物を出されるとは思っていなかった。嬉し い誤算だな。調味料の使い方が、内の店とは違うが、味付けの精密さでは良い勝負 だ。センリンの味付けもすげぇレベルだと思っていたんだがな・・・。 「お客さん!凄い鑑識眼だネ!もしかして、同業者?」  店の人が話し掛けてきた。確かに専門的な事を言い過ぎたかな。 「この店の人か?いやはや、この味を出すのは、苦労したんだろうなと、推察する。 アンタの予測通り、俺は、ガリウロルでレストランの手伝いをしている者だ。」 「レストラン?もしかして『聖』の関係者なのカ?」  おや?向こうの店員も『聖』の事を知っているのか? 「ああ。良く知ってるな。」 「そりゃ、あれだけ『闘式』の事をテレビでやっていたら、知ってて当然だヨ。お 客さんは、『聖』の関係者の人だネ?しかも出場者と見たヨ。」  ああ。そうか。俺や黒小路(くろのこうじ) 士さん何かは、レストラン『聖』 勢として、紹介されてるんだったな。そういや何度か取材も来たし、注目されてい るのかも知れんな。 「ビンゴだ。俺の名はエイディ=ローンだ。」 「俺は、サウザンド伊能グレートじゃ!」  俺に続いて、巌慈が口を挟んでくる。と言うか、もうその名前を使うんだな。何 気に、気に入ってるのかも知れんな。 「ああ。私は榊 亜理栖だよ。」 「私は斉藤 葵ですー。よろしくー。」  亜理栖と葵も紹介を済ませる。『闘式』関係者と知れれば、話は早いだろう。俺 達は、特に注目選手として紹介されていたらしいしな。 「注目選手が来たのは、僥倖だネ!私は、ここのウェイトレス兼店長のファン=チ ェンリィだヨ!宜しくお願いするネ。」  チェンリィさんか。成程。結構美人だし、賑わいの一端を担っているんだろうな。 それにこの料理群だ。さすがは『聖亭』の店長だ。 「いやー、それにしても、伝記の末裔さんが来るなんて、幸運だネ。」  チェンリィさんは、ウンウンと唸る。あー。そうか。俺の名前でピーンと来たの かな?・・・いや、『闘式』関連の放送を見たんだろうな。余計な事だが、俺の生 まれまで紹介してあったしな。 「ま、隠してもしょうがないな。・・・あ。そうだ。俺の仲間が後で、来るかも知 れないんで、その時は宜しくしてくれるか?」 「あー・・・。ユード家とルーン家の人ですネ。」  俺の言葉に即反応する辺り、ちゃんと下調べしてあるようだな。プロ根性してる ぜ。こりゃ一流だな。 「内のお師匠なら、間違い無く来るでしょうねー。」  葵は、ファリアがイベント好きな事を知っている。『聖亭』は、間違い無くチェ ックしていると、確信していた。 「それは楽しみだネ。此処では肖像画があるくらい、『デアーイーグル』の方々に 敬意を表しているからネ!」 「ほぉー。おお!あれじゃな!・・・な、何と!」  チェンリィさんが肖像画を指差す。それを見て巌慈は驚いた。いや、巌慈だけじ ゃない。俺達は全員驚いていた。・・・あれが、1000年前の?嘘だろ?だってあれ は・・・。レイクとファリアその物じゃねぇか。しかも端に居る奴は、グリードに 似ている。似過ぎだろ・・・。 「驚いたね・・・。まさか此処までとはねぇ・・・。」 「ですねぇ・・・。髪の色以外、そっくりですね。」  亜理栖や葵もその事実に、驚きを隠せない。  アイツ等が、どれだけ特殊なのか、思い知ったな。 「ま、でも関係ねーな。俺達にとって、レイクはレイクだし、ファリアはファリア だ。アイツ等は、俺達の仲間だからな。それ以上でもそれ以下でも無いわな。」  俺は言い切る。そうだ。どんなに似ていようと、アイツ等が、変わる訳じゃあな い。俺の言った事に、間違いは無い筈だ。現に巌慈も亜理栖も葵も、驚いただけで 見る目が変わっている訳では無い。 「エイディ兄さんに言われるまでも無いよ。」 「その通りじゃな。俺等の仲間は、あの二人じゃからこそだ。」 「ま、当然ですね。内のお師匠は、二人と居ませんよ。」  3人とも、分かっているようだ。  そんな俺達の様子を、羨ましげにチェンリィさんは眺めているのだった。  見る物全てが新鮮だった。異星への旅路である。  他の仲間からの反応は、様々な物だった。俺が子供なので、心配の声してくれる 声。チャンスを掴んだ俺への羨望の声。俺が寂しく無いようにお土産を持たせてく れたりと、優しい物が多かった。  荷物に紛れ込むように竜神様に言われた時は、悪戯っぽいなとは思ったが、実際 に入り込むと、恐怖が走った。異星で生活出来るのか?そもそも自分が生きていけ る環境なのか?聞けば、魁みたいな人間がいっぱい居る所らしいから、恐怖の目で 見られたりしないか?  実は、不安だったんだ・・・。だからさ。初日の夜なんて、情けない事に泣いち まった。魁に頭を撫でられて慰められちまった。魁には、口には出さないけど、凄 く感謝してるんだ。だってさ。俺の世界を変えてくれた奴だもんさ。  最初、リーゼルの俺の村に来た時は、何だか頼りない奴だと思っていた。まとも に動くのすら億劫そうにしてたからな、村の皆は、竜神様と一緒に来たって事で、 物凄く神聖視してたけどさ。あんな威厳の無い奴が神様だとは思えなくてさ。話し てみると、ソクトアって星の人間だって言うじゃないか。リーゼルとは、違って、 肌の色は黄色いし、鱗だって無い。でも、何か面白そうな奴だって事は分かった。 だから、積極的に話す事にしたんだ。  話を聞くと、本当に面白い奴でさ。それに何だか、とてもお人好しだってのが分 かった。竜神様の手伝いに来たってのは本当らしい。  それから一週間くらいで、村一番の戦士のザイン様を倒した時は、正直ビックリ したよ。ザイン様は、村の危機を何度も救ってきた御方だったしさ。リーゼルの闘 い方が、魁には合ってたからだって言うけど、俺は、魁が死に物狂いで特訓してる のを知っていた。夜の休憩時間まで修練に当ててたんだぜ?あの鬼気迫る様子は、 俺でも怖いくらいだった。  そして、一ヶ月経った時、星一番と言われる、生ける伝説なんて異名を持つ戦士、 レーデル様に戦いを挑んでいた。何でも叶えたい願いがあるとかで、リーゼルで話 を聞いて貰う為には、強さを示す他無い。だから、勇者とも言われるレーデル様と 闘う羽目になったとか。  魁はどうかしている。レーデル様は本当に強いんだ。体格だってリーゼルで一番 だ。それだけじゃない。本当の危機を何度も救っている勇者なんだ。そのレーデル 様に、闘いを習って一ヶ月の魁が挑むなんて、本当にどうかしている。  でも、魁は勝ってみせた。それこそ全ての気力を振り絞って・・・。あんな凄い 闘いを俺は初めて見た。そして、魁は願った。『この星を救う為に、火山を止める 為に祈って欲しい』と。アイツさ・・・。あんな痛い思いをしてさ。願った願いっ てのが、リーゼルの未来だって言うんだ。お人好し過ぎるだろ。  それから俺は、リーゼルの現状を知った。何でも、火山が大爆発を起こす前兆が あって、それを竜神様が止める為に頑張っていたのだが、一人で止めようとしても 限度があるらしく、リーゼルの皆の願いの力が必要らしく、その為に魁が意見を通 そうとしてたのだとか・・・。だからあんなに必死だったのかよ・・・。  俺は何も知らなかった・・・。俺は魁と楽しく話をしているだけだった。なのに アイツは、リーゼルの為に命を懸けた。そんな魁を見て、俺は付いて行きたいと思 ったんだ。だってさ。アイツと居ると楽しい。それにアイツが言っていた故郷の星 ってのを、この眼で見たいって思ったんだ。  そこで、竜神様に相談したら、荷物の中に入る方法を示して下さったので、それ に乗る事にしたんだ。  魁の仲間はさ。皆凄い奴ばっかりだった。俺は半信半疑だったが、このソクトア って星は、本当に強い奴ばっかりだった。重力が薄いのにはビックリしたが、そん なハンデは、この星じゃ序の口だ。魁はリーゼルで物凄い強さを手に入れたって言 うのに、それより強い奴が居たのには驚いた。  それに良い奴ばかりだった・・・。特に魁の恋人って言う莉奈だっけ?彼女は、 本当に優しい。魁が兄貴みたいな奴だとしたら、莉奈はお姉ちゃんみたいな人だ。 その事を莉奈に話したら、『お姉ちゃんって呼んで良いんだよー。』って言う物だ から、最近は莉奈姉ちゃんって呼んでいる。 「うわー。これが屋台って奴かぁ。莉奈姉ちゃんは、何か食べるのかぁ?」  俺は、莉奈姉ちゃんと魁で出店を回っている。竜神様は、鳳凰神様やショアンさ んと一緒に、お酒の美味しい店を探してるのだとか。 「凄いねー。ルード君は、ピザなんかが好きかな?」  莉奈姉ちゃんは、明るく話しながら、俺に『闘式ピザ』を勧めてくる。一口食べ てみると、いつも食べてるピザとは、また違う濃い味付けで美味しかった。 「これ、俺の分もか?サンキューな。それと、これ買って来たから、食べてみ?」  魁は、いつの間にか『闘式クレープ』なる物を持っていた。 「うわ。これ美味しい!これ、ストリウスで一番の店の奴じゃない?」 「さすが莉奈。分かってるな。午前中に葵達が回ってたらしくてさ。携帯で聞いて たから目を付けてたんだ。」 「へー。葵ちゃんさすがだねー。・・・もしかして、全部回ったのかな?」 「いんや。エイディさんが目ぼしい店に目を付けていて、味見は伊能先輩が、ほと んどしたそうだ。締めに『聖亭』まで回ったらしいぜ?」  へー・・・。情報を知っていると、色々便利なんだなー。葵姉ちゃんや、巌慈さ んに、エイディさんに亜理栖さんが、午前中に回ってたんだなー。 「あ。うめーやコレ。」 「そうだろう?こう言う時の味は、また違って見えるんだ。覚えておきな。」  魁は偉そうに言ってくるが、この美味しさの前には、何も言えなくなっちまうな。 中の果物とかクリームが、口の中で溶け合って美味しいや。 「それにしても、『聖亭』まで回るなんて、さすがだねー。」 「まぁ、このストリウスでも一番の名物店だしなぁ。さっき見て来たけど、この時 間だってのに、恐ろしい混み様だったぜ。」 「ねぇ魁。『ひじりてー』って何さ?」  何だか有名なお店らしいが、俺にはサッパリ分からない。 「あー。・・・そうだ。前にさ。お前に説明したジャン?お前が凄い興味持ってた 1000年前の伝記って奴だよ。」  その話なら覚えている。何でも1000年前に、ライルって人が戦乱を鎮めて、その 息子のジークって人が、『共存』の精神を掲げて、歴史を作ったのだとか。伝記の 本を何度か見せて貰ったっけな。 「あ。もしかして、ジークの時代に、よく『宿』って名前が出てたけど、それが、 今言った『ひじりてー』なのか?」 「お。すごーい。そうだよ。ルード君!」  莉奈姉ちゃんが、頭を撫でてくれる。そう言えば、『聖亭』って単語は、何度か 出てた気がする。とは言っても、俺は、文字を習う為の童話を読みつつ、子供用の 伝記からの情報なので、そんなに詳しくは知らないのだ。 「ハハッ。ルードも色々と覚えてきてるって事だな。」 「その内、魁よりも覚えてみせるもんねー。」  魁と軽口を叩き合う。こう言う関係が、俺は大好きだった。魁と話していると、 時間が過ぎるのを忘れる。俺は、最初こそ戸惑ったが、この星に居ると言う選択を 間違ったとは思わない。  いつか、リーゼルに帰った時に、俺の糧になると思っている。この星の事を忘れ ちゃいけない。この目に焼き付けると、俺は誓っていた。  1週間空けたのは、間違いじゃ無かったようですわ。ストリウス組なんかは、と ても楽しんでいるようで、連日のように連絡が来ている。まぁ贅沢を言えば、私も ストリウスに行って、観光を兼ねたい所でしたが、ガリウロルの会場を盛り立てる のも、楽しい事ではありますし、問題ないですわ。  兄様の話では、ガリウロルの方でも有名な出店が何個も出ていて、素晴らしい仕 上がりになっていたのだとか。私も見に行きましたが、いつもの出店より気合が入 っていたのは間違いないようですね。  一通り出店の視察を終えて、会場のチェックも兼ねた後、天神家に戻ってくる。 ちなみに会場のサキョウシーサイドスタジアムは、被害が出ないように海上の埋立 地に造られたスタジアムだ。観客席は、防護壁に囲われた見物席で、手元のモニタ で、いつでも選手を見れるようにしてある。カメラは選手を追うように魔力で設定 してある。ストリウスの会場は、コロシアムのような会場だが、設備的には一緒だ。 向こうもやる気たっぷりである。  シースタと天神家は近いので、通えると言うのが嬉しい所だ。元々爽天学園の生 徒が多く参加しているので、シースタの場所を、あそこに設置したと言うのも大き いですがね。 「恵様。ハーブティーが入りました。」  睦月がハーブティーを出してくれる。 「有難う。・・・会場の様子はどう?」 「そうですね。シースタの受けは良いですね。これまでに無い海上のスタジアムと 言うのが、目を引いているのだと思います。」  そうね。シースタの売りはそこにある。その分、観客席が特殊で、防護壁の後ろ と言うこれまでに無い形だが、そこは慣れてもらうしか無い。 「他の主な参加者の様子はどうかしら?」  私は、ハーブティーを口に入れつつ報告を聞く。 「はい。瞬様、俊男(としお)様達は、連日のように出店に赴いています。恵様も ご一緒でしたよね。恵様の場合は、現地調査も兼ねてですが・・・。」 「言葉を濁さなくても結構ですわ。こう言うのは、自分も楽しんでこそ、調査のし 甲斐があると言う物です。私が楽しめないようなレベルでは駄目よ。」  私は楽しみながらも調査を忘れない。好い加減な仕事だと思われる箇所は、ちゃ んとチェックしてある。そこの資金提供は少なくしておくように指示を出している。 兄様や俊男さんに江里香(えりか)先輩は、楽しんでらしたようですがね。 「葉月(はづき)に勇樹(ゆうき)様は、サキョウの町の案内をしています。赤毘 車(あかびしゃ)様、ミカルド様、毘沙丸(びしゃまる)様にアイン様が、ご同行 しているようです。」  神の方々も、この祭りを楽しんでいらっしゃるみたいね。良い傾向ですわ。葉月 が付いているなら、卒なくこなす事だろう。 「扇(おうぎ)様と風見(かざみ)様は、神城(かみしろ)の道場に戻って、修練 なさっているご様子です。」 「相変わらず、息抜きを知らない方達ですわね。」  私は呆れてしまう。少しは、息抜きをすれば良い物を・・・。 「ケイオス様一行は・・・。こ・・・これは・・・。」  睦月が珍しく動揺している。どうしたのだろうか?魔族達は、恐ろしい事でも企 んでいるのだろうか?それならば、止めなくてはなりませんね。 「どうしました?」 「し、失礼しました。・・・どうやら、魔族の方々は・・・アニメの聖地巡りをし ているようです・・・。偶々かと思いましたが・・・。『サキョアニ』のスタジオ まで訪れているみたいなので、間違いないようです・・・。」 「・・・そ、それ本当に?」  睦月が言い淀む訳だ。そんな行動は、私にだって読めない。報告書が間違ってい るのでは無いかと疑っても無理は無いだろう。  私は、睦月から報告書を受け取る。すると、『サキョアニ』のスタジオから始ま って、最近になって出来た『アニメ記念館』や、アニメの舞台になった創造神のサ キョウ大社の観光などをしているらしい。 「驚きましたわ・・・。」 「そうですね。・・・アニメを宣伝にでもするつもりなのでしょうか?」  睦月は、疑いの目を向ける。まぁ私もその可能性を疑ってみるべきなのでしょう が・・・。この報告書を見る限り、かなり大人しく見学をしているようだ。しかも、 インタビュー付きで取材を受けているし、その受け答えもハキハキしている。これ は、純粋に興味があるのでは? 「報告書に不審な点が無いとなると・・・案外、アニメが好きなのかも知れません わ。・・・考えてみれば、魔界には存在しない娯楽のようですし、嵌ったのかも知 れませんわね。」 「・・・意外ですね・・・。でも、そうかも知れませんね。」  睦月も、報告書を見直しながら、私の意見に同意してくる。特に不審な点は無い。 魔族がアニメに興味を持つ・・・。まぁこの私も、幼い頃は、兄様と一緒にアニメ の時間を楽しみにしてましたし、無理も無い事かも知れませんね。未知の文化に出 会えた時、興味を持つのは、自然な事ですわ。 「そう言えば、『サキョアニ』は、天神家の出資でした物ね。最近のヒットを見る 限り、真面目にやっているようですし、増資しましょうか。」 「そうですね。業績の伸び率を見ても、上げてしかるべきだと思います。」  睦月も増資に反対しない。と言う事は、本当に業績が良い様だ。 「今度の『ソクトア伝記』は、1000年前の伝記に挑戦するらしいし、中々見所があ るかも知れませんわ。今まで誰もやろうとしなかった事ですしね。」  やろうとしなかったのには、訳がある。膨大な量の資料と、人々を惹き付けて止 まない冒険譚なので、下手な物を作ると反発を招く為だ。 「半端な物を作る気は無い。と言う表れでしょうね。」  その覚悟があるから、製作を決定したのだろう。 「面白いじゃない。どこまで出来るか、見守りましょう。」  私は、魔族すら惹きつける『サキョアニ』の製作チームに好感を持った。 「ま、見守るだけじゃ面白くないですし。スタッフと連絡を取りなさい。」 「その指示は、先を見越しての事ですね?」  さすがに睦月は気が付いてくる。私がスタッフと連絡を取れと言うことは、色々 裏で手を回す気でいるからだ。それを睦月は感じ取ったのだろう。 「こう言う物は、先行投資が大事ですからね。『サキョアニ』が作ったジーク像と、 レルファ像、ミリィ像辺りを、印刷で送って貰いなさい。受け取ったら、フィギュ ア製作の依頼を掛けるわよ。」  私は、迷い無く言い切る。失敗するかも知れないとは、微塵も思っていない。 「ま、万が一にも失敗したら、個人で飾るように貰えば良いだけですわ。試作品を 作成する段階で、止めてしまえば良いだけですからね。」  可能性を口にするが、私は失敗すると思っていない。 「恵様の見る眼は、私も信用しています。大丈夫ですよ。」  睦月も、私のフィギュア製作の依頼に反対をするつもりは無いようだ。  どんな物が出来るやら、今から楽しみね。  アニメを通じて、魔族との文化交渉が出来るかも知れないとは、意外でしたが、 面白そうですね。楽しみに待ってる事にしましょう。  そうこうしている内に執務室の扉から部下がノックしてくる。 「俊男様がいらっしゃいました。」  ああ。俊男さんが来たのね。 「通しなさい。失礼の無いようにね。」  睦月が、すぐに指示を出す。抜かり無いわね。  すると、すぐに扉の前に気配がする。もう勝手知ったるって感じね。ノックの音 が聞こえたので、睦月がすぐに確認して、俊男さんを中に入れる。 「街の様子はどうでしたか?」 「ああ。凄い盛り上がりだったよ。あの盛り上がりに負けないようにしたいね。」  俊男さんは、若干興奮している。街が活性化するのは良い事だと思いますわ。 「フフ。負けませんわよ。当然優勝するのですからね。祝勝会では、街でのパレー ドを予定してますわ。俊男さんも、その予定で居て下さいね。」 「あ。やっぱり折り込み済みなんだ・・・。」  俊男さんは、苦笑するが、別に否定はしていない。意外とこう見えて、強気な所 がある。良い事ですわ。 「私と俊男さんですもの。兄さんやレイクさんが相手でも、勝ちますわ。」  私は言い切る。別に不安がある訳では無いが、言い切る事で、強い決意を示すの は、悪い事では無い。 「さっすが恵さん、言い切るね。ま、僕も勿論そのつもりだよ。確か決勝は、こっ ちでやるんだよね。楽しみだね。」  俊男さんは決勝と言った。そう。決勝はこっちの会場でやる予定だ。そして、決 勝の事を口にする・・・それは、ケイオスにも勝って、決勝にあがる事を意味して いる。何だ。結局俊男さんも勝つつもり満々だ。 「お二人なら、優勝なさるでしょうね。ホテルの予約は、既に取ってあります。」 「当然、中央でしょうね?」 「アズマの中央の最上階を予定しています。」  睦月はテキパキ答える。中央と言うのは、ホテル中央大陸の略だ。セントの最高 級ホテルで、サービスの良さで、右に出る者は無い。それの最上階は、特に人気が 高い。ガリウロルの支部は、アズマにある。サキョウにも支部があるが、アズマの 方が格式が上だ。閉鎖的なアズマで、セントの最高級ホテルが聳え立ってる様は、 壮観の一言である。 「ところで、セントは黙ってるの?」  俊男さんが、セントのちょっかいについて、口にする。 「まぁ叩き潰すまでと言いたい所ですがね。色々と調べて行く内に、厄介そうだと 言う事が分かりましたわ。」 「恵さんが厄介って事は、相当な事かな?」 「そうね。加藤(かとう) 篤則(あつのり)については、知っての通り、ゼロマ インドの片割れだと判明しています。」  私は警戒を緩めない。奴等は危険極まりない。『根源』に成り代わって、全ての 事項を把握しようとしている。あのような邪悪な存在が、『根源』に成り代わった ら、ソクトアだけでなく、全宇宙が混乱に陥るだろう。しかも、現在の『根源』曰 く、自らで防ぐ事が出来無いと言う事なのだ。それが、『根源』としての宿命なの だとか。求めれば拒む事が出来無いと言う宿命らしい。  知識の渦として存在している『根源』に半ば頼まれる形で、ゼロマインド討伐を 受けたのが、レイクさんだ。だが、その知識を共有している私達も、無関係とは言 えない。寧ろ、先だって防ごうとしている。  そのゼロマインドの片割れが加藤 篤則だ。セントの元老院である。そして、も う一人はマイニィ=ファーンだと言う情報も掴んでいる。 「加藤については、僕も脅威だと思っているけど、厄介って事は・・・マイニィの 方が、何か仕掛けてきてるって事?」 「いえ、マイニィは、現在セントの報道部隊に随行して、特集を組んでいると言う 話なので、変わった動きはありませんわ。」  セントの情報は、中々入ってこないが、積極的に報道してくるようになったので、 逐一チェックしている。 「問題は、アルヴァ=ツィーアの方ですわ。」 「ええと・・・加藤の相方だっけ?」 「そうです。中々興味深い情報が入ってきましてね。・・・睦月。」  私は、睦月に目で合図をする。睦月は、デルルツィア共和国の共和日報と言う新 聞の、記事の切抜きをバインドした物を持ってくる。それは、10年程前の記事だっ た。セント関連の記事なのだが、内容が驚きだった。 「ええと・・・『天才児現る!脅威の頭脳を持つ元皇族!』・・・この話題の人物 が、アルヴァだって言うのかな?」  俊男さんは、記事内容を見ていた。  アルヴァは天才だった。幼い頃から、その片鱗を見せつけ、『化学』の申し子と 呼ばれてきたのだと言う。記事の切り抜きに寄れば、電話の携帯化に写真技術、一 体型端末の開発に携わったのもアルヴァだと言う話だ。此処最近で、随分伸びてき た分野だ。発想の仕方が自由で、どうにかして開発に漕ぎ着けるか、吟味しながら 成功させてきたのだと言う。 「うわー・・・。此処最近で伸びてきた分野じゃないか。凄いね。」 「そうね。だけど、不自然なのよね。」  私は、単に傑物だと言う見方はしていない。何らかの仕掛けがあると思っていた。 いや、仕掛け所じゃないが・・・。何でこうなったか予想もしている。彼の生い立 ちは、特殊過ぎるからだ。 「そして、これがヒート先輩からの情報よ。」  私は、その生い立ちのファイルを俊男さんに渡す。ヒート先輩の従兄弟だと言う のは、分かっている事なので、生い立ちについて語ってもらったのだ。 「昔は、一緒にデルルツィアン柔術を習ってたんだね。・・・っえ?3歳の時、高 熱を出して以来、天才の片鱗を顕す?・・・気になるね。」  その時に、何かが起こっていた可能性が高いと言う事だ。どんな事項であるにせ よ、警戒した方が良いのは事実だった。 「ヒート先輩は言ってたわ。まるで、何かが乗り移ったかのようだって。」  実際に何かが乗り移ったのだとしたら、何が乗り移ったのだろう。 「となると・・・『魂流』のルールで調べてもらうのが、分かり易いのかな?」  俊男さんは、躊躇いがちに言う。確かに『魂流』のルールで調べてもらえば、何 かしら分かるだろう。しかしゼハーンさんの負担が、とんでもない事になる。  それは避けたかった。 「そうですけどね。それは、出来る限り、やりたくありませんわね。」 「そうだね。ゼハーンさんには、負担を掛けたくないしね。」  俊男さんも分かっているようだ。ゼハーンさんの『ルール』は、私達の『ルール』 より、負担が大きいのだ。おいそれと頼る訳にはいかない。  セントの元老院、アルヴァ=ツィーア・・・。彼もまた、何かの宿命を背負って いるのかも知れませんね。要注意ですわね。  何にも負けない強い男になれ・・・それが、爺さんの遺言だった。そして、誰に も負けぬように強い男になったという自負はある。何回かは負けた。だが、ここ一 番の闘いで負けた事は無い。  そして何よりも正しい男になれ・・・これも、爺さんの遺言だった。正しさとは 何なのか、迷った事はある。ただ、妹が俺の正しさを信じてくれていた。何よりも 正しい事を目指す俺が、間違える訳が無いと・・・。その言葉は、未だに俺の中に 浸透している。・・・それでも、俺一人では間違えていただろう。だが、俺には仲 間が居る。誰よりも信じられる友がいる。その友と進む限り、正しさを間違える事 は無いと信じている。新たに出来た仲間も、皆良い人ばかりだ。その仲間を大事に 思う気持ちに、偽りは無い。  俺は、この気持ちの源である始まりの地へとやって来ていた。つまり爺さんの墓 の前である。後ろには、長年使っていた道場がある。荒れ果てているかと思ったが、 恵に事情を話したら、使用人を派遣して、手入れをしているのだとか。全く・・・ アイツには敵わないな。  南焔(みなみほむら)の駅で下車して、バスで20分程行った所に、焔神宮前の バス停がある。近くに天神の道場と、南焔で最大の神宮があるからだ。正月に行っ たのも、此処の神宮だ。先代の竜神ラウスを祀った所で、静かで良い所でもある。 創造神ソクトアを祀ったサキョウ大社は、立派な所だが、人が多くて落ち着かない。 ちなみに天神の道場は、ここから歩きで15分の所だ。  今回は、爺さんに報告に行く予定だ。江里香先輩を連れて、爺さんの墓参りに行 こうと誘った。その話を夕食時にしたら、士さん達も行きたいと言い出したので、 ガリウロル組の6人で此処に来ている。俺と江里香先輩、士さんにセンリンさん、 ジャンさんにアスカさんだ。 「バス停の所に、随分立派な神社があったネ。」  センリンさんは、バス停の近くにあった焔神宮が気になっているみたいだ。 「俺達は、旅先で正月を迎えたからな。あれはあれで、盛り上がって良かったが、 このガリウロルでは、神宮や神社などに正月にお参りに行くらしいぞ。」  士さんが説明している。さすがに詳しいな。親から聞いていたのかもね。 「お参りってどんな事をするんだい?」  アスカさんも知らないらしい。ガリウロルの人じゃなきゃ、中々馴染みが無いの かもな。結構特殊な文化らしいし。 「振袖って言う着物を着て、一年を無事に過ごせるように祈願するんですよ。祈る 事で、自分なりの区切りを付けると言う意味もありますね。」  江里香先輩は、丁寧に説明する。区切りを付ける・・・か。確かにそう言う意味 も含まれているかもな。俺も、気持ちを新たにしたしな。 「お。振袖か。派手なガリウロルファッションだろ?ああ言う服は、ガリウロル独 自だから、一度お目に掛かりたいな。」  ジャンさんは、振袖の魅力について、調べているようだった。 「来年の年始に行きましょうよ。今年も此処に来ましたしね。」  俺は、今年のお参りの事を話す。あれは、良い思い出だった。 「ガリウロルの振袖は、とても綺麗だって聞くネ。楽しみだヨ!」  センリンさんは、振袖が着たいようだ。確かに、センリンさんくらい美人なら、 色々な振袖が似合うだろうな。  喋っている間に、景色が変わってくる。この独特の門構え・・・鳥居を見ると、 焔神社に来たと言う実感が湧いてくる。 「お・・・ここか。かなりの大きさだな。」  士さんは、鳥居を見上げている。 「・・・どうやら、グロバスは、竜神ラウスの残滓を感じるらしいぞ?」  士さんは、グロバスさんの感想を知らせてくれた。  ・・・そう言う俺も、ジュダさんに似た波動を感じた。これが、前竜神のラウス の残滓なのだろうか?ゼーダの波動が、同調しているのかも知れない。 「俺も、ジュダさんに似た波動を感じます。コレが残滓ですかね?」 「かもな。・・・静かで良い所だな。」  士さんも、思う所があるんだろうな。  このまま焔神宮に寄っても良かったが、今日は爺さんへの報告が第一だからな。 皆も分かっているのか、天神道場への道に、黙って進んでくれる。  焔神宮も、山道の合間にあるが、そこから更に奥に15分進むと、天神道場だ。 この辺は、野生動物も多く住んでおり、油断していると迷ってしまう。  しばらく皆と歩いていると、山の中腹にある見晴らしの良い丘が見えてくる。 「ああ。8ヶ月振りだなぁ・・・。」  懐かしさが込み上げてきた。やはり、此処で過ごした日々は、忘れられないな。 「此処が・・・瞬君の技を磨いた道場・・・。」  江里香先輩が、道場を見上げる。江里香先輩の家である一条流の道場も、かなり の大きさだが、この道場も負けていない。 「これは瞬坊ちゃん。良くお越し下さいました。」  道場の横にある家から、使用人が顔を出す。 「あ。晃(あきら)さん!此処の手入れをしてくれたの晃さんだったのか?」  俺は、声が上ずるのを感じた。この人は、爺さんとも仲が良かった使用人で、名 前は柏崎(かしわざき) 晃さんだ。つい最近結婚したと聞いていたが。 「瞬坊ちゃん!それに皆様方。良くぞお越し下さいました。」 「真紀(まき)さん!晃さんと結婚したのは、真紀さんだったのか。」  この人は、俺が幼い頃に、恵と一緒にお世話になった使用人の真紀さんだ。 「はい。この人と一緒に、此処で住み込みをさせてもらってます。」  真紀さんは丁寧に答える。確かに真紀さんなら、信用出来る使用人だ。恵も、思 い切った事をするなぁ。 「恵様は、真様のお屋敷を大事にするように命じられました。・・・だけど、助か っているのは、こちらなのですよ?」  晃さんが嬉しそうに答える。確かに、晃さんも真紀さんも、結婚したばかりで、 お金の蓄えも少ない。それを見越して、手入れと共に住み込むように言ったのだろ う。・・・アイツは・・・。恵は、本当に良く出来た奴だ。  それから、自己紹介を済ませておく。江里香先輩の事は知っていたみたいだが、 士さん達は、初めてだからな。  皆は、一通り挨拶した後に、お屋敷の方に入る。天神家と違って、天神道場のお 屋敷は、本当に昔風のガリウロル建築のお屋敷だ。畳に障子、雨戸もあり、屋根は 瓦をたくさん使っている。 「うワー。良い匂いがするヨ!」  センリンさんは、驚いていた。畳の匂いが香るとは、この事だろう。晃さんや真 紀さんが、丁寧に手入れをしてくれた事が、感じられた。 「こう言う家は、風情が感じられるねぇ。」  ジャンさんも、ガリウロル建築の本格的な家に入るのは初めてのようだ。 「セントでも畳の部屋ってのは、あるけどねぇ。此処まで洗練したのは無いね。」  アスカさんも目を見張っていた。セントにも、畳の部屋の文化は伝わっているが、 本格的な家、その物は無いのだろう。 「俺も先祖がガリウロル人だからかな?郷愁を感じるな。」  士さんは、畳の匂いを満喫していた。士さんも、セントに居たとは言え、名前か らして、先祖はガリウロル人なのだろう。 「サキョウの街にも、中々無いわよ?此処までの家は・・・。」  江里香先輩も、驚いていた。確かにセントの技術を取り入れつつあるサキョウで は、中々こう言う家は見当たらない。 「爺さんは、セントの技術は、余り好きじゃなかったからね。」  俺は、爺さんの事を思い浮かべつつ答えた。 「真様は、古き良きガリウロル文化を大事に為されてましたから。」  晃さんが、お茶と、お茶菓子を用意しつつ答えてくれた。卒が無い。さすがは、 天神家で鍛えられただけある。真紀さんも極自然に用意してくれている。 「お。このお茶菓子、中々の味だ。水饅頭か?」  士さんは、水饅頭に注目している。職業病だな。 「この辺は、水が美味しいですから。良い餡と合わせると、簡単に良い味が出せる んですよ。片栗粉は、恵様に送って貰ってますけどね。」  真紀さんが答える。片栗粉は、恵が良い所のを送っている筈だ。 「謙遜しなくて良いヨ。この味は、そこから更に研究をしている味だヨ。材料が良 いだけで、この柔らかさは出せない筈ネ。」  さすがにセンリンさんは、気付くみたいだ。 「形に艶・・・。極普通に出してる割に、何て完成度だよ・・・。」  ジャンさんが呆れている。細かい気配りを感じたのだろう。 「形もそうだけど、お味も、良いわねぇ。」  江里香先輩は幸せそうに頬張る。 「このお茶も、良い味だねぇ。あっさりと、こう言う物を出すとか・・・。」  アスカさんが、お茶の味を見る。本当に凄いよな。 「皆さん、この味が分かって頂けるとは・・・。有り難い事です。」  真紀さんは、柔らかく微笑む。こう言う仕草は変わってないね。 「晃さんも、真紀さんも、腕を上げたねぇ。さすがだよ。」  俺は、水饅頭を美味しく頂く。やはり美味い。 「瞬坊ちゃんも、舌が上達したようですね。」  晃さんは、俺が味わって食べてる姿を見て、判断する。 「昔は、口一杯に頬張っていましたのに。」  真紀さんは、俺の小さい頃の姿を知ってるからな。 「それは言わないでよ。・・・ところで爺さんの墓は、どうなってる?」  俺は、恥ずかしかったので、話題を逸らす。 「真様の塚は、瞬坊ちゃんが建てた通りにしてありますよ。サキョウの街が一望出 来る素晴らしい立地でしたよね?」  晃さんは、俺が墓に決めた場所の事を詳細に話す。爺さんには見守って欲しかっ たからな。サキョウの町が見渡せる丘で、崖崩れの心配が無さそうな所を選んであ る。爺さんが喜んでくれればと思って、選んだ場所だ。 「真様へ、ご報告ですね?ご案内しますよ。」  真紀さんは、俺達の目的に気が付いたのか、食器を片付けてから、家を出る。  そして、道場の裏の見晴らしが良い所に、それはあった。  悠然と聳え立つ石だった。・・・そして、その墓を見ていると、爺さんが此処に 来るんじゃないか?と錯覚しそうになる。 「・・・爺さん。・・・報告に来たよ。」  俺は、水を掛けて、手を合わせる。すると他の皆も、俺に合わせて水掛け、合掌 をしてくれた。全く、良い仲間達である。 「・・・爺さんは言ったよな?強くて正しい男になれと・・・。俺はね?色々考え たんだ・・・。爺さんの言う強いとは何だ?正しいとは何だ?・・・と。」  爺さんは、強い想いを込めて、俺に願った筈だ。 「俺の大事な仲間を守れる強さを、俺は追い求めてきた。・・・そして、俺を信じ る人達の支えに・・・俺はなりたい。・・・俺の一部となったゼーダに誇れる自分 でありたい・・・。人の持つ可能性を信じて、俺は強くなる!そして、大事な仲間 を守れる意志を、爺さんの居る天国に届かせてやる!その覚悟を見せるよ!」  俺は、本当の正しさなんて分からない。でも、仲間と共に歩んで、正しさの意味 を求めていく姿勢は、決して間違ってないと信じている。 「・・・ああ・・・。やっぱり、此処に来て良かった・・・。爺さんに挨拶したら、 俺の中にあった靄が晴れたよ。」  俺は、ハッキリさせていない・・・ある重要な出来事に、ケジメを付ける事にし た。この答えを、引き伸ばすのは、決して良い事では無い筈だ。  俺は、江里香先輩を見詰める。 「何?瞬君?」  江里香先輩はパートナーだ。俺の事を好きだと言ってくれた。同時に、恵も好き だと言ってくれたが、俊男の劇的な告白を受け入れてくれた。遅れたのは、俺が迷 っていたせいだ。俺自身に自信が無かったせいだ。葉月さんも、俺の事を好きだと 言ってくれたが、やはり俺には、この人しか居ない。 「江里香先輩。・・・俺は貴女の事が好きです。俺を好きだと言ってくれた時から、 答えを出せずに居て、本当に御免!・・・先延ばしに、して来たけど、コレが俺の 答えだよ・・・。最初に会った時から憧れていた先輩が・・・俺は好きです!」  俺は、江里香先輩をしっかり見据えて言った。 「・・・も・・・もう!・・・こんな・・・いきなり!」  江里香先輩は、顔を真っ赤にしていた。 「おっせーぞ?でも、良く言ったな・・・。大事にしてやれよ?」  士さんは、そう言うと、俺の頭をポンポンと叩いてくれた。 「江里香・・・。良かったネ!私も、祝福するヨ!」  センリンさんは、自分の事のように喜ぶ。 「こーのモテ男!・・・でもお前、葉月ちゃんに、ちゃんと伝えるんだぞ?」  ジャンさんは、しっかり釘を刺してくる。 「ええ。葉月は、俺には勿体無いくらい、真っ直ぐな感情を向けてくれました。ち ゃんと向き合わなきゃ、失礼です。」  此処まで返事を遅らせた俺が悪い。ケジメは付けなければならない。 「・・・恵にも言うんだよ?それも礼儀だよ?」  アスカさんは、恵にも伝える事を言う。 「そうですね。・・・アイツにも、中途半端な事をしてしまった・・・。一発殴ら れるくらいは、覚悟しています。」  俺は、正しい男になりたい。・・・だから、向き合わなければ駄目だ。 「瞬坊ちゃん。良く言えました!」  真紀さんも、事情を知っていたのだろう。 「恵様に葉月を振るのです。・・・江里香様と幸せにならなきゃ駄目ですよ?」  晃さんが、父親のような目で、俺を見る。敵わないね。 「・・・どうしよう・・・。私・・・幸せすぎて怖い・・・。」  江里香先輩は、俺の胸に飛び込んで、泣いていた。 「待たせちゃったね・・・。俺・・・優柔不断だったけどさ・・・。真剣に考えて、 先輩が良いって思ったんだ。いや、先輩じゃなきゃ駄目だって思ったんだ。」  恵の気持ちも、葉月さんの気持ちも嬉しかった。待ってくれるって言ってた。で も、真剣に考えれば考える程、断り辛くなった。・・・でも、引き伸ばすのは、残 酷な事だ・・・。だから、切っ掛けを作る事にした。士さん達が来るのは、意外だ ったが、江里香先輩を此処に連れて、ちゃんと言おうと決意していた。  初めて会った時から、心を奪われていた・・・。江里香先輩の明るさと、一途な 想いは、告白された時からずっとだった。江里香先輩と『闘式』のパートナーにな った時から、江里香先輩に告白しようと決めていた・・・。  後は、ケジメを付けなければならない。それが出来なければ、俺は、江里香先輩 と付き合う資格は無い筈だ。  俺が俺である為、そして、前に進む為に、俺は江里香先輩と付き合う事にした。  恵様は、本当に良く出来た御方だ。私が主と仰ぐに相応しい御方だ。天神家の当 主であり、嘗て私が愛した人の娘でもある。厳導(げんどう)様の事は、未だに敬 愛している。厳導様の娘である恵様を敬愛する事で、それを示している。  厳導様は、心を鬼にして娘を育てた。あれは、育てたとは言えないかも知れない。 厳導様は、元魔族なので、力を伸ばす事に全力を注いだ。それが故に恵様を作品と して愛しておられた。その集大成として、自分を殺すように仕向けたのだから、筋 金入りである。  私は、その一部始終を見て、恵様に足りなかった母親の愛の代わりを努めた事が ある。畏れ多い事だが、そうしなければ、恵様は人形のようになってしまっただろ う。それは厳導様も望まないし、実母の愛(あい)様は、魔族の特徴を持つ恵様を 見捨てて尼になってしまった。・・・産まれてきた恵様には、何の罪も無いと言う のにだ。恵様は、今でこそ愛様の行動を致し方無しと、思っていらっしゃるが、私 は未だに許せない。私が恵様の母を名乗るのは畏れ多いが、愛様にだけは、名乗っ て欲しくない。それは、強く思っている事だ。  恵様は、魔族としての力も、非凡なる物がある。現在の魔界を統べる『神魔』ケ イオスからも、力を認められて愛を囁かれる程だ。ケイオスなどに渡す気は無いが、 それだけ認められていると言う事実は、正直鼻が高い。  此処最近、テレビで盛り上がっている『闘式』を企画したのも恵様だ。私は、ガ リウロル会場製作の現場指揮を任されたので大変だったが、何とか物に出来て、一 安心していた。恵様の威光に傷を付けてはならないからだ。  つい最近まで、遠出で修行をしていたショアンも戻って来たので、仕事の合間に 逢瀬をしている。ショアンは、顔こそ厳導様にそっくりだが、性格は全然違う。だ けど、ショアンはショアンなりに考えて、私を愛してくれるので、不満は全く無い。 寧ろ、私などでショアンに釣り合うか、迷う程だ。ショアンは本当に優しい。セン トのキャピタルで『人斬り』をしていたと言うが、信じられないくらいだ。  後は、妹の葉月が瞬様に告白したと言うのが気になっていた。恵様や江里香様も 告白したのを知って、尚想いを捨てきれずに居たのだから、仕方が無い。葉月は軽 いように見えて、結構恥ずかしがり屋だ。  ・・・だから、心配なのだ・・・。  瞬様が、恵様に改めて話があるとの事だった・・・。しかも真様のお墓参りに行 った後でである。そこには、江里香様を誘ったらしいとの情報もあった。士様達も 同行したらしいが、元々は江里香様だけをお誘いする予定だったのだとか。  ここまで情報を貰えば、私だって何かあっただろうと予想は付く。瞬様は、3人 から告白を受けて、苦しんでらした。他人からは贅沢な悩みに見えるかも知れない が、好い加減な答えを出したくないと言う意図は伝わって来た。此処まで時間が掛 かってしまったのも、本当に3人の想いを受け止めたからだろう。  ・・・でも、答えを出したのでしょうね。恵様も薄々感付いていた。最も恵様の 場合は、その前に俊男様を選んでいると言う経緯がある。だとしても、恵様から受 けた告白の返しをしなければならないと、瞬様は、お考えになっているのだろう。  幼い頃から、律儀でしたからね。瞬様は・・・。私は、厳導様と真様の確執を知 っているので、どうしても冷静な受け答えばかりしていたが、瞬様だって、大事に 思っている。冷たいと思われたかも知れないが、最近では、私をも大事な仲間と思 って下さるのを感じている。だから態度も軟化させていたが・・・。  瞬様は、天神家の当主の間で、恵様と対峙している。私は恵様寄りに控えている。 「俺は・・・江里香先輩と付き合う事にした。爺さんの前で、それを宣言した。お 前からの告白は、本当に嬉しかったが、付き合えない。・・・長引かせてしまった な・・・。お前には俊男が居るからとは、思わない。・・・例えお前が誰とも付き 合ってなくても、俺は江里香先輩を選ぶ。・・・済まないな・・・。」  瞬様は、そう言うと、本当に辛そうに頭を下げた。・・・こうなるとは思ってま したけどね・・・。でも、改めて言われると、怒りが湧きますね。 「・・・瞬様、葉月にも言われるのですか?」  私はつい口を出してしまう。葉月は優しい子だ。同じように頭を下げられれば、 笑いながら冗談を言いつつ、許すに違いない。・・・でも内心では、深い悲しみに 包まれる筈だ。そんな想いは、させたくない・・・。 「軽蔑されるかも知れませんが、葉月さんにも言います。・・・酷い事を言うのは 分かっています・・・。でも、言わなければ、前に進めません。」  瞬様は、全てを悟った上で、葉月にも伝える事を知らせる。 「・・・まぁ、分かってましたわ・・・。」  恵様は、深く深く溜め息を吐く。 「正直に申し上げますとね。兄様が、初めて江里香先輩を見ていた時から、こうな るんじゃないかな?とは思ってました・・・。ただ、私が好きだったと言う募る想 いを、忘れて欲しくなかったから・・・。兄様にお伝えしたんですよ。それに、あ の時は、私も感極まっていましたしね・・・。」  恵様は、自分が魔族だと知られても、変わらず大事にすると宣言した瞬様に、想 いが爆発したのだろう。何年もその事で、悩んでらしたから、仕方の無い事だ。  しかし、江里香様と過ごされる瞬様を見て、薄々感付いていたのだろう。 「私の中では、俊男さんの想いに応えたあの時に、整理は付いております。・・・ だけど、葉月は違います。あの子は小さい頃から、兄様の事が好きでしたから。」  恵様は、葉月の想いを、もう一度思い出すように仕向ける。 「葉月が心から笑えるまで、謝り通して下さい。・・・本来なら、皆こちらから言 い出した事ですので、気にするなと言いたい所です。・・・でもね・・・。理屈じ ゃないんです。だから・・・謝り通して下さい。」  恵様は、私が思っていた事を伝えてくれた。 「分かった。・・・葉月には、ちゃんと伝える・・・。」  瞬様は、本当に苦しそうに答えた。 「・・・宜しい。・・・全く・・・。江里香先輩に持ってかれちゃいましたわ。私 や葉月を振るからには、江里香先輩を不幸にしたら、許しませんわよ?」  恵様は、スッキリした顔になっていた。言いたい事は言ったのだろう。 「ああ。絶対に幸せにしてみせる。・・・絶対だ。」  瞬様は迷い無く言い切った。・・・少し妬けますね。 「で?兄様は、何で身を硬くしてらっしゃるのかしら?」  恵様は、瞬様が覚悟を決めてる様子を見て取る。 「何せ、お前や葉月の想いを振る訳だからな。一発くらい覚悟している。」  ・・・呆れた・・・。瞬様にとっては、恋も勝負と一緒なのでしょうか?まぁ勝 負なのは、間違いないですけど・・・。 「それはそれは殊勝な心掛けですわ。・・・確かに、このモヤモヤ感は、スッキリ させた方が宜しいですわね。・・・兄様も、偶には良い事を思い付きますのね。」  恵様は、本当に嬉しそうに指を鳴らす。瞬様が言い出した事とは言え、少し怖い。 「これだけで許してもらおうとは思っていない。だが、遠慮はしないでくれ。」  瞬様は、真っ直ぐ恵様を見る。覚悟は出来ているようですね。 「ま、そう言う事なら、遠慮はしませんわ。」  恵様は、良い笑顔を見せて、瞬様に近寄る。 「では、兄様。小さい頃からの想いを込めますね。」  恵様は、そう言うと、目付きが赤くなる。そして髪が漆黒色に変わっていく。こ れは、本気ですね・・・。私は、それを察して手早く扉とその先にある窓を開放さ せる。こう言う時に、『転移』のルールは便利だ。  ゴッ!!!!  物凄い鈍い音と共に、瞬様は、綺麗に扉を突き抜けて、開放してあった窓の方へ 吹き飛んだ。さすが恵様のコントロールです。中庭で、悶絶している瞬様は・・・ まぁ、仕方ありませんね。鳩尾に綺麗に蹴りを放ってましたわ。 「・・・睦月。今日は、葉月に付いてあげなさい。」  恵様は、私や葉月の気持ちを察してくれた。 「有難う御座います。・・・葉月は、強い子です。明日には、いつもの葉月に戻っ てくれると信じています。」  さすがに今日は無理だろう・・・。私は、恵様に一礼すると、焼却炉の裏手に移 動を開始した。・・・葉月は、辛くなると小さい頃から、此処に移動する癖がある。  しばらくすると、葉月の部屋の前に瞬様の姿があった。着くまでは、お腹を押さ えていた辺りを見ると、恵様は、本気で蹴ったみたいですね。  そして、10分くらい経っただろうか?扉が開いて、瞬様が痛恨の顔を見せて退 室される。・・・その後だろうか。済ました顔の葉月が、何食わぬ顔で部屋を退室 した。そして・・・此方に向かってきた・・・。やっぱり無理しちゃって・・・。  葉月は、誰にも見付からない様に、周りの気配を極力探って、焼却炉の裏に回り こんだ。・・・顔は、下を向いている。 「・・・あ、あれ?ね、姉さん?」  葉月は、私に気が付いたようだ。かなり動揺している。 「・・・無理しちゃ駄目って、いつも言ってあるでしょう?」  私は、葉月の頭を優しく撫でる。 「・・・そうか・・・。恵様の所にも・・・瞬さんは、行ったんですね。」  葉月は悟ったみたいだ。私が此処に居ると言う事は、葉月に瞬様が言った事を、 恵様にも言ったと言う事をだ。 「瞬さん・・・とても辛そうに話してくれました。」  葉月は、笑顔を作る。・・・でも私には分かる。あれは無理をしている。 「葉月・・・。」 「瞬さん、江里香さんを本当に幸せにすると、宣言してくれました。・・・安心し たんですよ?瞬さんに、笑って欲しいから・・・。」 「葉月!」  私は、葉月を抱きしめてやった。・・・私に分からないとでも思っているのだろ うか?葉月の苦しみを、私が分からないとでも・・・。無理に笑いを作って・・・。 「本音を・・・吐き出しても良いのよ?」  私は、葉月の顔を、胸に抱いてやった。 「・・・私・・・本気だった・・・。瞬さんは、本当に素敵で・・・。毎日、お世 話をして、幸せだった・・・。でも・・・でも!!」  葉月は、もう泣き声になっていた。 「瞬さんが、幸せにしてくれるのは・・・江里香さんだって!!私じゃないんだっ て!・・・分かっていたけど!悔しいよぉ!!」  葉月は、本音を言った。毎日お世話に行って、顔を突き合わせて、幸せそうにし ている葉月が、瞬様を諦められる訳が無かった。 「泣きなさい・・・葉月。貴女は、誰よりも素敵なの・・・私は知っているから。 瞬様も選ぶのに時間が掛かったのは、貴女が素敵だったからだからね?」  葉月は、子供のように声を上げて泣いていた。 「姉さん・・・。姉さん!!」  葉月は、体を震わせていた。ここまで泣いたのを見るのは、瞬様が真様の所に行 った・・・あの日以来かも知れない。  葉月・・・悲しかったね・・・。でも貴女なら、乗り越えられると信じてる。  あの時、仕事を成功させてくるよと言って、帰って来なかった・・・。  総一郎兄さんは、拳を震わせて、怒っていた。  あんなに優しいエイディ兄さんが、重犯罪者の仲間入り・・・。  信じられなかった・・・けど、新聞で大きく報道されていた。  裁判は、セント主導で行われたのか、あっと言う間に決まった。  無期懲役の終身刑だと、報じられていた。  私は、目の前が真っ暗になるのを感じた・・・。  それから、エイディ兄さんの話は、禁句になった。  榊に関係あると思われたくないらしい・・・。  馬鹿馬鹿しい・・・本当に馬鹿馬鹿しい!!  榊の血族は、一族を大事にするんじゃなかったのか?  総一郎兄さんも、その決定が不服だったが、従わざるを得なかった。  死んでいる筈が無い・・・けど、もう会えないと思っていた。  そんなエイディ兄さんが・・・戻ってきた・・・。  その優しい笑顔は、私が見た時のままだった。  想いが一気に蘇って来て、私は我慢出来ずに抱きついた。  すると、頭を撫でてくれる・・・。  その手は、昔と変わらず優しかった。  私は幸せだ・・・だが、エイディ兄さんに救われたもう一人の子が居る。  後輩の葵だった・・・。  この子は、押しが強いけど良い子だ。  何処となく私に似ている雰囲気を持っている。  中学の時から、莉奈や魁とつるんでいて、魁に恋心を抱いていたらしい。  でも、魁は莉奈と付き合っている。  あの二人は、もう引き離せ無いほど、仲が良い。  あれは確か、部活動対抗戦の祝勝会の日だったね。  私は、思い切ってエイディ兄さんと一緒に飲もうかと思ったんだよね。  そしたらさ・・・。  葵とエイディ兄さんの話し声が聞こえてきてさ。  内容は・・・魁の過去と、莉奈との友情の話だった。 「莉奈は・・・優しいから、私と魁が付き合ったらって事まで、考えて無いんです。 私が、苦しんでいたのを、ただ見てられなかったみたいで・・・。」  話し声が聞こえていた。どうやら、葵が魁に告白しに行ったらしい。思い切った 事をやる物だ。葵は、仲良し3人組の仲が壊れるのが嫌で、告白出来なかったらし い。それを見兼ねた莉奈が、葵の背中を押したんだとか。 「もっと、我侭言って良いんだぞ?」  エイディ兄さんの声が聞こえてきた。すると、葵の頭を撫でていた。あれは、私 が、いつもやってもらっている・・・。 「そうですよー。亜理栖先輩とか、いつもヤキモキしてます。」  ・・・な、何を言うんだい。葵は!!た、確かにヤキモキしてるけど・・・。 「亜理栖がどうかしたのか?確かに、いつも怒られてる気がするが。」  ・・・エイディ兄さん・・・。何だか悲しくなってくる・・・。 「・・・まさか、気付いてないんですか?」  葵も呆れている。やっぱり気付かれてる・・・。 「最近、丸くなったと思ったんだけどなぁ。どうにも、俺には厳しいんだよなぁ。」  そ、そんなのエイディ兄さんにだけです!! 「亜理栖先輩・・・苦労してるなぁ・・・。」  葵にまで心配されるなんて・・・。そ、そそそそれにしても、葵ったら、何て話 するんだよ!勝手に私の事を話題に出すな! 「じゃぁ、私が付き合いたいって言ったら、どうします?」  ・・・え?・・・な、何で?あ、葵? 「そりゃ嬉しいけどな・・・。俺じゃ、歳の差があるし、きついんじゃないのか?」  そ、そうだよ!葵とエイディ兄さんじゃ・・・って私とも大分離れてるけど。 「歳の差で言ったら、ジェイルさんも、かなり離れてますよ?」 「ま、でも大人をからかうもんじゃないぞ?」  エイディ兄さんは、満更でも無い様子だった。何で・・・。 「ひどーい。私がエイディさんを好きになっちゃいけないんですか?」 「いや、そんな訳じゃないけど、傷心してすぐってのは、些かどうかと思うんだが?」  葵・・・本気なんだろうか・・・。エイディ兄さんと? 「だから、新しい恋を探そうかと思ったんじゃないですかー。」  葵ったら、大胆だなぁ・・・。私とは大違いだ。 「それとも、私なんかじゃ嫌なんですか?・・・大人じゃないし・・・。」 「そりゃあな。俺だって、女子高生から好きだって言われたら、嬉しいに決まって るだろ?でも、俺は・・・曰く付きだぜ?知ってるだろ?」  ・・・う、嬉しいんだ・・・。曰く付きって・・・やっぱり、気にしてるんだ。 そりゃそうか・・・。 「・・・俺は、実の両親が殺され、育ての親からは捨てられたような男だ。」  ・・・違う。違うよ。エイディ兄さん・・・。あれは、セントの罠だったんでし ょ?育ての親は、私も未だに許せないんだよ?  葵は、エイディ兄さんを励ましていた。あの子・・・。自分も傷心中だってのに、 人を気遣うなんて・・・。 「で、付き合ってくれるんですか?」  葵は、再度迫る。ち、近いじゃないか! 「悪いが、誰でも良いからって理由なら、俺は断る。」  エイディ兄さんは、本気の目だった。エイディ兄さんは、いつもは軽いけど、こ う言う時は、マジなんだよね・・・。 「何か、ちゃんと考えてくれてるんですね。嬉しいな。」  葵は、そう言うと、取って置きの笑顔を見せていた。 「当たり前だろ?お前だって、大事な仲間なんだからな。」  エイディ兄さんの頬が赤い。まさか・・・惚れてる? 「あんまりしつこいと、亜理栖先輩に怒られちゃうので、止めておきますね。」  葵!アンタ・・・。何を喋るつもり!? 「いや、亜理栖に遠慮する必要は無いぞ?ってか、どうしてまた・・・。」  ・・・聞いてて悲しくなるなぁ・・・。私の想いは伝わらないかぁ・・・。 「亜理栖先輩、絶対エイディさんに惚れてますよ。」  あー・・・。私が言おうと思ったのにぃぃぃ!!・・・いや、無理かも・・・。 何だかんだで、私もヘタレだったのかなぁ。エイディ兄さんは、右往左往している。 「本当に気付いて無かったんだ・・・。亜理栖先輩可哀想・・・。」  う、煩いよ・・・。こ、こんな覗きみたいな真似してる私の気持ちを、勝手に言 うな!っての。・・・何だか悲しい・・・。エイディ兄さんは、それを踏まえて、 顎に手を当てて考えていた。 「亜理栖が、俺をねぇ・・・。確かに懐いてるけど・・・。でも、だからって、お 前が遠慮するのは、おかしいんじゃないか?」  ・・・こう言う時のエイディ兄さんは、茶化さないんだよね。ずるい。 「私、亜理栖先輩とも仲が良いんですよ?」  確かに葵とは、仲が良い。可愛い子だしね。 「それで遠慮するんじゃ、今までと同じだろ?」  エイディ兄さんは、真摯に向き合ってる。でも・・・。でも!  ああ!あの葵の顔は・・・。本気で惚れてる顔だ!!エイディ兄さんも、悪くな いって顔をしている!そんな!!そんな!! 「改めて、言います。・・・私と付き合って下さい!」  葵に、先を越されるぅぅ!!嫌だ!そんなの嫌だ!! 「こんな俺で良ければ、付き合う・・・。」  じょ、冗談じゃない!!嫌なんだから!!!  私は、堪らず扉をぶち開けてしまう。最低だ・・・。 「エイディ兄さんの・・・馬鹿ぁ!!」  ・・・とまぁ、こんな感じで、あの後は、色々興奮状態だったのを覚えている。 巌慈も交えて、詰め寄ったっけなぁ。  巌慈も本気みたいだしねぇ・・・。まぁ嬉しいけどさ。でも、私はエイディ兄さ んの事が好きだ。そこを譲る気は無い。パートナー枠は、葵に取られたけどね。  そんなこんなで、奇妙な関係になっちまったけど、私は、葵に感謝している。恋 愛に関しちゃヘタレだってのが分かったしね。エイディ兄さんに気持ちを示す第一 歩になったに違いないし。と言っても、譲る気は無いけどね。  それからかな?エイディ兄さんに葵に巌慈と一緒に行動するようになったのは。 偶に言い争いもするけど、何だか楽しい感じはする。充実する感じがする。  今までの私は、後輩を引っ張る標になる為に、必死だったからなぁ。榊家の血筋 として恥ずかしくない強さを手に入れるのに必死だった。それに、それは、エイデ ィ兄さんの事を忘れる為に必死だったのかもなぁ。 「何だか・・・私は、空回りしてばっかだ。」  つい、溜息を吐いてしまう。充実しているのに、何処か怖いと思っている自分も 居る。何でかなぁ?・・・まぁ恐らく、今の関係を失うのが怖いんだろうね。  私は、事ある毎にエイディ兄さんの部屋を訪ねる。それは、葵と二人きりにした く無いからだ。嫉妬である事も理解している。でも、自分を抑えきれないのだ。  私はノックをする。またエイディ兄さんの部屋に来てしまった。 「エイディ兄さん、居るかい?」 「ん?亜理栖か?どうした?」  どうやら居るようだ。葵が居ないのが気になる所だが・・・。エイディ兄さんは、 扉を開けて、私を迎え入れる。 「いや、特に用って訳でも無いんだけどさ。エイディ兄さんと話がしたいと思った だけさ。昔は、結構つるんでたでしょ?」  私は、エイディ兄さんの後を付いていく事が多かった。 「そういやそうだったな。」  エイディ兄さんも思い出しているのかな? 「お前は、昔から心配性だったもんな。・・・俺が、あの野郎達の言う事を聞いて、 盗みをしている時に、一番心配したのは、お前だったな。」  それはそうだ。育ての親の言う事を聞いてた時は、いつ捕まるか分からないよう な状態だったし、物凄く心配した。 「もう、あんな心配したくないんだよ・・・。」  胸が締め付けられるようだった。あんな想いは、もうしたくない。 「大好きだった人が、居なくなるのは・・・怖いんだよ・・・。」  目の前が真っ暗になるような感覚だったしね。 「・・・あー。そういや、改めて聞くのも馬鹿な話なんだが・・・。」  エイディ兄さんは、鼻の頭を掻いている。 「お前、俺の事、いつから好きだったんだ?」  エイディ兄さんは恥ずかしそうにしていた。 「いつも、遊びに来て楽しい話ばかりしてくれたじゃないか。・・・それに忍術の 修行も一緒にしたしさ。・・・エイディ兄さんと一緒に居て、楽しいと思ってから は、ずっとかな?・・・結構昔からだね。」  改めて考えると、私は、結構前から好きだったんだな・・・。 「そっか。何だか、わりぃな。近くに居たせいで、お前の想いには中々気付けなく てよ。俺も耄碌した物だぜ。」  エイディ兄さんは、プレイボーイと自称している。でも、それは自分を隠してい るに過ぎない。本当のエイディ兄さんは、優しくて誠実なんだから。 「葵や巌慈には悪いけど、私だってエイディ兄さんを諦めたくない。本気だよ。」  ずっと、想って来たんだ。引く気は無い。 「あの亜理栖がなぁ・・・。此処まで言うようになったとは・・・。」  エイディ兄さんは、感慨深く言う。そして、昔のように頭を撫でてくれた。この 撫でられ方をすると、ついうっとりしてしまう。 「私は、もう待ちぼうけなんて、嫌だからね。」  エイディ兄さんの前では、つい甘えてしまう。こんな姿・・・。学校の連中には 見せられないね・・・。 「・・・よし。なら、今度の『闘式』で、お前の想いを、俺にぶつけて来い。俺は、 お前の本気を見てみたい。」  『闘式』で・・・。そう言われたら、気合も入ると言う物だ。 「分かったよ。私、あらん限りの力を見せるから!」  これで、『闘式』に気合を入れる事が出来る。  私は、もう置いてけぼりになるのは嫌だ。絶対に幸せを掴んで見せる・・・。