NOVEL Darkness 7-1(First)

ソクトア黒の章7巻の1(前半)


・プロローグ
 かつて、美しい大地を誇っていたソクトア大陸。
 神々の祝福に恵まれ、人は神を敬っていた。そして、地の底から魔族が襲ってき
た時にも、神々の力のおかげで、守られた時もあった。
 だが、織り成す人々にとって忘れられないのは、1000年前の伝記である。事実を
物語った伝記は、未だに、人々の心を惹き付けて止まない。
 当時の運命神ミシェーダを中心に、神の世界をソクトアに降臨させようとした、
『法道』。魔族を中心に、力の理をソクトアに反映させようとした『覇道』。新た
な世界を作る事を前提に、ソクトアを消し去ろうとした『無道』。そして、共存と
言う名の下に、全ての種族と、共にありたいと願った人の歩むべき道『人道』。
 それぞれの思惑がぶつかって、最終的に勝利したのは『人道』だった。それは、
共存と言う夢を、最後まで諦めなかった、人間こそが、勝利したと言う劇的な話。
・・・それは事実であった。
 だが、1000年の時を経て、人間は、その精神を忘れ去ってしまったようだ。伝記
は、飽くまで作り話だと言う説が有力となり、このソクトアは、人間の所有物であ
るかのように、勘違いしてしまったようだ。確かに、もう人間以外は、暮らしてい
るとは言えない。しかし隠れつつも、住んでいるのだ。それは、いつか人間と和解
出来るかも知れないと言う期待からだ。・・・だが、大半は、人間の愚かさに失望
して、関わらないように生きていきたいと言う、思いの表れからだった。
 『人道』を思い描いて、勝利に導いた伝記の『勇士』ジーク=ユード=ルクトリ
アが、この現状を見たら、さぞ嘆き悲しむ事だろう。
 その最もたる所以が、セントメトロポリス(通称セント)の建造だろう。ソクト
ア大陸の中心にあり、かつて中央大陸と呼ばれた、広大な土地に出来上がった、近
代化学発祥の地。それが、セントだった。文明は頂点を極め、セントから、他の国
へと物が流れ込む。正に化学が、このソクトアを支配した表れであった。
 他のソクトア大陸の国、ルクトリア、プサグル、デルルツィア、サマハドール、
ストリウス、パーズ、クワドゥラート。その7つの国は、全てセントの言いなりで
あった。逆らえないのである。逆らったら、一生懸けても、出られないと言われて
いる、恐ろしい島『絶望の島』と言う監獄島へと送られる運命にあった。しかも、
セント反逆罪などと言う罪名が、流布している。何とも、悲しい事実だった。
 ソクトア大陸は、今や化学の元である『電力』が無ければ、まともに生活出来な
い。便利な物が増え過ぎたせいである。電話、自動車、電球、果ては、農作物を作
る農具でさえ、電力が必要なのである。しかし、電力は、自然に出来る訳では無い。
大規模な火力を利用した火力発電、豊かな水源を利用した水力発電、降り注ぐ太陽
を利用した太陽発電、そして、電力工場と呼ばれる所で、ひたすら働いて巨大な滑
車を回して発電する、人力発電の4つが主流だった。
 火力発電と水力発電、そして太陽発電については、管理者が十数人付いていれば
やっていける程だった。主に自然の力を利用していたからである。だが、人力発電
は別である。この工場で働く人々は、数千から数万に渡ると言われる。しかも単純
作業なので、賃金も高くは無い。要するに、発電のためだけに雇われた人々である。
しかも思った以上に成績を上げられなかった場合は、最悪『絶望の島』行きである。
人々は、ただ電力を生み出すために生きていく。そんな地獄のような状態の所が、
ソクトア大陸全土に、広がっていたのだ。
 人々は皮肉を込めて、『黒の時代』などと呼んでいる有様である。
 しかも驚くべき事に、電力の供給は、セントに向かって伸びていくのだ。そう言
うシステムを既に構築してしまったのだ。これでは、他の国は、その恩恵を受けら
れない。電力が無い国は無い。だが、セントに比べると、その差は歴然である。
 その屈辱に耐え兼ねて、クーデターを起こした人物が居た。その中心人物は、ジ
ークの末裔、リーク=ユード=ルクトリアである。だが、彼は失敗した。多くの人
々を連れて、セントまで迫ったが、セントの圧倒的な兵器の前に、敗れ去ったので
ある。この世で究極とさえ言われていた、全てを消し去る力『無』の力を使っても
勝てなかったのだ。正確に言うと、セントを覆うソーラードームと呼ばれるバリア
が、『無』の力までも防いでしまったのだ。そのせいで、大量の死者を出したリー
クは、見せしめとして首を刎ねられて、全ソクトアに、その顔を晒されたと言う。
 この事件以後、人々は、セントに逆らう気力を無くしてしまった。いや、例え小
規模な、いざこざであっても『絶望の島』に入れられてしまったので、不満の声す
ら封じられてしまったのである。恐怖政治の、始まりでもあった。
 そんな中で唯一つの国家だけ、その難を逃れた国があった。それは、島国の国家
であるガリウロルである。ソクトア大陸の6分の1程度しかないガリウロル島だが、
セントの支配を逃れているため、その自由度は、とてつもない物があった。更には
ここ数十年で、セントの良い所だけ取り入れようと、少しずつ貿易を開始したので、
化学の素晴らしい所だけを真似ている傾向にある。更に、この国が幸運だったのは
豊かな自然であった。この国は、日照時間が多く、豊かな水源、自然があるため、
人力発電など無くても、電力が賄える程であった。
 よって、セント以外で、一番栄えてる国は、他でも無いガリウロルだった。セン
トは、さすがに警戒を強めているが、まずは圧力で、貿易を開始させただけでも由
としたのか、それ以上の追求は無かった。数十年前までは、それすら断ってきた国
である。余程、独自の文化が強いのであろう。
 ガリウロル島のは『く』の字の形をしていて、その『く』の中心に位置する都市
サキョウ。そのサキョウにある豪邸がある。その主は、天神家である。天神家は、
近頃成功しだした名家で、企業としての天神グループは、かなりの影響力を持って
いる。その当主が、僅か14歳である天神(あまがみ) 恵(けい)だと言うのだ
から驚きである。さすがに学生の身分なので、大まかな所は、側近に任せているら
しい。使用人でもある藤堂(とうどう) 睦月(むつき)が、そのノウハウのほと
んどを受け継いでいるらしく、現在の天神 恵は、当主としての帝王学を学んでい
る最中だと言う。
 とうとうこの時代にも、魔族が顕現するようになった。ワイス遺跡に『神魔』ワ
イスが現れたのである。しかし今回のワイスは、友好的に事を進めていた。
 連日のようにテレビの取材に応じ、魔族のアピールをしてきた。そのような状況
になって、ついに祭典を開く事になった。
 その名も『闘式(とうしき)』。意地のぶつかり合いになるタッグ戦の始まりで
あった・・・。
 そして、それぞれが準備をし、新たな力に目覚める者も現れた。
 全ての思惑が『闘式』を中心に向かっていく。
 そして、無事に開催され、組み合わせが決まった・・・。
 『闘式』の開催である!




 1、休暇
 華々しく開催された『闘式』を利用して、ガリウロルとストリウスは、これを機
に地元を盛り上げようと言う機運が高まっていた。これは仕方が無い。今回の『闘
式』には、かなりの有名選手も出場している。
 その有名選手が闊歩しているだけで、宣伝効果になるのだ。これを利用しない手
は無い。特に最近は、魔族との交流も盛んなので、魔族向けのお土産や商品なんか
も売るようになってきている。
 折角の大会なので、それを利用しての観光もしてもらおうと言う配慮で、『闘式』
が正式に始まるのは、5月8日からである。1週間の猶予の内に参加者も楽しむの
を目的としていた。闘いを提供するので、それくらいはしても罰は当たらない。
 ただし、参加者に『絶望の島』の死刑囚が起死回生の手段として参加しているの
で、犯罪行為をした選手は、即失格と言う規程も設けていた。当然の配慮である。
 なので、ガリウロルの会場であるサキョウシーサイドスタジアム周辺は、大いに
賑わっていた。2ヶ月前までは、無かった会場だが、物凄い急ピッチで進められて
出来上がったスタジアムだ。特にリングの安全性には気を付けていた。竜神ジュダ
の『付帯』のルールで生成された宝石を六芒星状に並べて魔方陣を作り、その方陣
を更に五芒星状に並べて強化すると言う手法を使っていて、リングには30個もの
宝石が使われているのだ。ストリウスの会場も同様である。ちょっとやそっとでは
壊れない。ジュダが、1日に2個作って、1ヶ月毎日力を込めて作った物だ。簡単
に壊れてしまっては困る。
 ストリウスは、ワイス遺跡の周辺だ。名前もマイアズコロシアムと言う。何でも
瘴気の闘技場と言う意味の古代語らしいが、これは、ワイスや魔族に配慮しての名
前だろう。それに設置には、魔族が大量に動員されていたし、こう言う名前が付く
のは、当然だと言えた。
 こう言う過程を経て『闘式』は開催されたのだ。開催されたからには、楽しむの
も大会の魅力でもある。人が集まる所には、商売が発生するのは、当然の事だ。
 そんな中、逸早くガリウロルのアニメの製作スタジオ『サキョウアニメーション』
の見学を申し込んだ者が居る。それが、今回の『闘式』でも注目の魔族達だった。
 現在の魔界の主『神魔』ケイオス=ローンと、その妻、エイハ=ローンは、付き
合いで来ていた。製作現場には興味があったが、アニメその物には、余り興味が無
かったからだ。それは、嗜好の問題なので仕方が無い。主に申し込みに力を入れて
いたのは、ケイオスの息子であるハイネス=ローンと、1000年前の伝記でも有名で、
最近になって復活した『神魔剣士』の砕魔(さいま) 健蔵(けんぞう)である。
その健蔵の恋人で、ケイオスの娘であるメイジェス=ローンと、健蔵の父であり、
伝記でも有名な『神魔』ワイスも一緒である。要は、魔族サイド勢揃いであった。
 さすがに壮観な図ではあるが、今回の製作現場の案内が成功したのには、背景が
ある。『サキョアニ』も、ただ見学したいと言う理由では、忙しい事もあって、承
諾したりはしない。それに、魔族が恐ろしかったからと言う理由で、承諾した訳で
も無い。理由は簡単である。現在作成中のアニメで、意欲作と言われている『ソク
トア伝記』の製作の助けになるから、承諾したのだ。何せ、伝記時代から生きてい
ると言う健蔵とワイスが居る。その二人がインタビュー形式で質問に答えてくれる
と言う条件付で、製作現場の見学を許したのだ。
 他の付き添い者は、健蔵たっての願いだったので、了承した。しかし、魔族の生
活や、考え方の参考になると言う事で、大歓迎だったようだ。
 今回のアニメ『ソクトア伝記』は、人気スタジオになりつつある『サキョアニ』
が、前から製作を予定していた物で、人々に映像で伝記の真実を味わってもらおう
と意気込んでいる意欲作だ。最近のガリウロルのアニメ『ガニメーション』のファ
ンであるハイネスと健蔵は、毎週楽しみに見ている。
 普通ならば、伝記を基に脚本家がシナリオを作っていくが、そこは、『サキョア
ニ』のこだわりと言う物があって、より臨場感を出す為に、当時の雰囲気や魔族達
の考え方まで、取り入れて製作しているのである。
「有難う御座います。今日の内容も、製作に取り入れていきます。」
 製作の現場責任者と脚本家のインタビューが終わる。6人と話し合ったのだ。
「その場凌ぎの製作をするかと思ったが、かなり忠実に作るみたいだな。」
 ケイオスは、興味を持ってきたようだ。かなり細部まで聞かれたからだ。
「此方等の生活形式まで聞いてくるとはのう。しかし、何処に使うのじゃ?」
 エイハも、色々な事を聞かれたので、不思議に思っているようだ。
「そうですね。もしかしたら、見逃されるかも知れない場面で、使います。例えば、
昔のワイス遺跡の地下の拡張工事をする場面がありましたよね?そこで、魔族達が
作業をするシーンの一コマに、食事シーンを差し込みます。そこで、貴方達から教
えられた、良く食べていたと言うビーンズスープと干し葡萄のパンを、描くだけで
も、臨場感がまるで違います。想像だけで描くより、ずっと良いのです。」
 脚本家は、一枚絵を持ってきて説明する。既に出来ていたセル画だった。そのシ
ーンでは、魔族達が工事している横で、食事をして、休んでいる魔族が、描かれて
いた。しかもその手に持っているのは葡萄パンで、ビーンズスープに浸している。
「こ、これは!す、凄いぞ!まるで違和感が無いぞ!」
 健蔵は、余りにリアルに描かれていたので、驚いていた。まるであの時代に戻っ
たかのような感覚に襲われた。
「フーム。これは、我も感心せざるを得んな。細かく作られているのだな。」
 ワイスですらも唸っていた。この一枚絵だけでも、どれだけ労力を掛けているの
かが伝わってくる。作成している扉や細かい土の描写まで、そっくりだった。
「これが生で見られる日が、待ち遠しくなりますな。」
 ハイネスも、子供のように目を輝かせていた。
「ほへー。兄上が、やたら凄い凄い言うから、過剰表現だと思ってたけど、これは
凄いねー。感心しちゃうよ。」
 メイジェスは、ハイネスや健蔵が、『サキョアニ』は、凄まじい!ここは、普通
のスタジオじゃない!って力説するので、冷たい眼をしていた物だが、実際に仕事
振りを見ると、その考えも変わってくる。
「褒め言葉として受け取ります。ちなみに、このシーンは2秒程しか流しません。」
 現場のアニメーターの代表が説明する。
「こ、これだけの労力を2秒の為にだと!?信じられぬ。」
 健蔵は、改めて思い知らされた。このスタッフのこだわりをだ。ここまでして、
良い物が出来ない訳が無い。
「そのこだわり、余は気に入ったぞ。『覇道』が成った後でも、貴公等の製作だけ
は、決して邪魔をせぬ事を此処に誓おう。」
 ケイオスも感心して、つい宣言してしまう。
「ホッホッホ。御方様が此処まで言うなんて、気に入られたのう。」
 エイハも、上機嫌だった。ケイオスが実に楽しそうだからだ。
「はい。でも、私達も人間なんで、応援は・・・。」
 現場責任者は言い出し難そうに言う。当然、人間のチームを応援するのだろう。
「フッ。見くびられては困る。それを咎める様な余では無い。存分に伝記の末裔達
を応援すると良かろう。そのような自由意志を認めぬような器では、先が知れると
言う物よ。その方が、かえって面白い。」
 ケイオスは、気にする風でもなかった。さすがである。
「さっきも話した通り、我等は、力で押さえつけて支配すると言う、愚かな真似は
しない。『覇道』とは、力ある者が上に立ち、その者を称える事で、下が競い合う
事を目的としている。その事が気に入らなければ、異を唱えれば良いだけの話よ。」
 ワイスもケイオスの考えを代弁する。上が絶対だと考える事は、愚かな事だと言
う。『覇道』とは、競い合いの精神から来る物だ。絶対服従させる為に提唱してい
る訳ではないのだ。
「今の考え、シナリオに組み込みますよ。その回想を少し入れるだけでも、物語の
深みが違いますからね。」
 脚本家がメモを取っていた。その仕事振りは、さすがだった。
「フッ。俺は悪役が多いだろうが、楽しみにしているぞ。存分に悪役として描くが
良い。・・・俺はあの時は、本気で人間を憎んでいたし、その方が良い。」
 健蔵は、この事で、自分が美化されるのを嫌った。
「分かりました。でも、必要以上に悪くは描きません。過去に、貴方が行った事と、
今の『覇道』の考えを挟み込んで、視聴者に分かり易く伝えるつもりです。」
 脚本家も分かっていた。必要以上に悪く見せたり、美化したりすると、陳腐にな
る事が多い。今回の『ソクトア伝記』のコンセプトは、あくまで伝記を分かり易く
伝える事が目的なのだ。
「これは一本取られたな。・・・楽しみにしているぞ。」
 健蔵は、色々な意味で、楽しみにしていた。このアニメが放送された事で、自分
が非難されても構わないと思っているようだ。
「ちなみに、これがアニメでの健蔵さんとワイスさんです。」
 アニメーターが、人物像の相関図を持ってきて、健蔵とワイスの所を指差す。
「おー!すごーい!目許まで似てるー!」
 メイジェスは、驚いていた。実写みたいに映す訳では無い。確かにアニメ的な表
現だったが、細かい表情が、似ていた。
「ジークも、随分似ていたしな。もっと美形に描かれるかと思ったぞ。」
 健蔵も驚きを隠せない。テレビでよく放送されていたジークは、やたらと美化さ
れている事が多かった。しかし、この前の放送で流れていたジークは、健蔵が良く
知るジークに似ていた。特に眼の力の描き方がそっくりだった。
「実は、レイクさんの所にも、取材に行ったのですよ。」
 脚本家が明かす。レイクと言えば、ジークの末裔だと一発で分かるくらい似てい
る男の事だった。その噂を聞いた脚本家は、レイクの所に取材を申し込んだのだ。
「私も取材を受けたかったな・・・。」
 ハイネスは、今回が初めてである。そんなに取材を行っているとは、思わなかっ
たのだ。それだけ作り込みが激しいのだろう。
「そう言えば、提供に天神家があったな。それでか。」
 健蔵は思い出す。天神家がスポンサーとして金を出していたのを覚えていた。レ
イクが天神家に居る事は、天神 恵から聞き出したのかもしれない。今回の『ソク
トア伝記』のコマーシャルにも、『闘式』の宣伝が良く流れていた。
「ジュダ様にも取材させてもらえましたから。今回の『ソクトア伝記』は、失敗出
来ませんよ。スタッフ一同、このアニメに懸けてるんですよ。」
 現場責任者が熱く語る。確かに神への取材が出来たのなら、尚更作り込める事だ
ろう。ちなみにジュダには、宝石を作り終えた後、相棒の桜川(さくらがわ) 魁
(かい)に修行をさせてる時に取材を申し込んでいた。
「フッ。ジュダも面食らったのではないか?我も、アニメの製作で取材を受けると
は思わなかったからな。」
 ワイスは、最初に申し込まれた時の事を思い出す。取材と言うので、ドキュメン
タリー関連の取材だと思ったら、アニメの製作だと聞いて驚いた物だ。
「そうですね。でも、最初こそ驚かれましたが、結構乗り気でいらっしゃいました
よ。逆に対応の仕方が慣れていたので、こちらが驚かされました。」
 脚本家がジュダとのエピソードを明かす。
「慣れていた?もしや奴め。他の星でも同じような経験があったのかも知れぬな。」
 健蔵は、ジュダが慣れていた経緯を分析する。ジュダは、ソクトアだけの担当で
は無い。無論ソクトアは、最重要地域なので、一番滞在が多いのだが、他の星の危
機にも顔を出す事が多い。その時に同じような話があったのかも知れない。
「しっかし、アニメって大変なんだねー。私、ちょっと見直しちゃった。」
 メイジェスは、アニメの現場を見て、そして、真摯な作りこみを見て感心したよ
うだ。これだけ手間暇を懸けているのならば、良い物が出来る筈だ。
「此処までやってるのは、このスタジオくらいだ。そこを履き違えちゃいけないぞ?
特に・・・セントとルクトリアのアニメは、見るに値せん。」
 ハイネスは、最初の内は、どの国のアニメもチェックしていたが、ガリウロルが
一番クオリティが高かったし、セントとルクトリアのアニメなど、見れた物では無
かったので、幻滅した物だ。
「あ。そうだ。皆さんに私共からプレゼントがあります。」
 現場責任者が、合図を送ると、部下から本のような物が差し出された。
「む?これは何だ?」
 ケイオスは、物珍しそうにしていた。
「何と!これは、『宇宙英雄列伝』の設定原画と、台本のコピーでは無いか!」
 健蔵は、中身を見て驚いた。中身の会話部分に見覚えがあったからだ。
「間違いないですよ。す、凄い!何気ないシーンだと思って、見た所が、三度も取
り直ししているシーンだったとは!・・・最初の会話シーンは、こんなに長かった
のか・・・。それを無理なく縮めている・・・。」
 ハイネスも見入っていた。アニメには尺と言う物がある。それを感じさせずに、
違和感無く削る作業が、細かく入れられていた。
「うわー・・・。すごーい。あのアニメ、こんなに凝ってたんだ・・・。」
 メイジェスも、健蔵に釣られて見たが、こんなに練り込まれているとは思わなか
ったのだ。それだけ、細かく設定されていた。
「これは、従業員も大変だったのではないか?」
 ワイスは、綿密なスケジュール管理に合わせてのアニメ進行に、思わず唸ってい
た。コマーシャルなどを考えると、一週間で24分ほどになるが、そこに詰め込ま
れている。これは大変な作業だ。
「やりおるのう。たった5秒のシーンでも、此処まで大事にするとはのう?」
 エイハも、台本を見て驚いていた。何度も修正が成されている。
「ほう・・・。登場人物の設定は、随分細かいのだな。」
 ケイオスは、登場人物の舞台背景に注目する。
「成程な。これで我に話を聞きに来た理由が分かった気がするな。」
 ワイスは、自分がインタビューされた理由が分かった。架空の物語ですら、ここ
まで舞台背景を設定されているのだ。増して、生きた教材があるのならば、そこか
ら話を聞きに行きたいと思うのは、当然の事でもあった。
「皆さんには、色々お話を聞いて、参考になった事も多かったので、その資料集は、
感謝の気持ちだと思って下さい。」
 現場責任者は、これは、あくまで御礼だと言う。媚びている訳では無いのだ。
「行き詰ったら、またお話を聞きたいと思っています。その時は、宜しくお願いし
ます。何せ、物が物なのでね。」
 現場責任者は、次の事も見据えての招待だったようだ。遊びだけで招待した訳じ
ゃないのだ。それだけ難しい物を扱ってる自覚があるのだろう。
「フハハハハ!良い姿勢である。余の好みだ。上を目指す為に、余達の邂逅を利用
しようとする姿勢は、好感が持てるぞ。」
 ケイオスは、貪欲に次の事を考えているスタッフに、感心した。その上を目指す
精神は、『覇道』の考えにも似ていたからだ。
「次があるのならば、いつでも連絡をくれ。『闘式』の間は難しいが、終わったら
駆けつけるつもりだ。」
 健蔵は、自分の為にも、このアニメに協力するつもりでいた。
 これだけ想いが詰まっているアニメが、面白くない訳が無いと思った。


 束の間の休息。その言葉がぴったりだ。今まで修行ずくめだったので、『闘式』
が始まる前に大いに羽を伸ばしてもらいたいと言うのが、恵の言い分だった。
 まぁ俺も、前日まで修行と言うか、『根源』と会話していたくらいなので、あの
まま、すぐに予選が始まったら、疲労で倒れていたかも知れない。それは、俺のパ
ートナーであるファリア=ルーンも同様だ。そう言う意味では、本当に有難い。恵
の事だ。根を突き詰めすぎる奴が居るかもと予想して、最初からこの期間を設定し
たんだろう。あのお嬢様は、本当に凄いからな。俺も頭が上がらない。ファリアは、
その恵から尊敬されているってんだから、アイツも凄いよな。
 折角貰った休みだ。有意義に使わなきゃ勿体無い。体の疲れは、昨日一日休んだ
ので、ほとんど取れたからな。グリードとゼリン=ゼムハードの組が、ストリウス
観光に行くからってんで、俺とファリアを誘ってきた。丁度良いので、付いて行こ
うと思っている。・・・で、ストリウスの街を闊歩中だ。
 ちなみにエイディと斉藤(さいとう) 葵(あおい)の組も誘ったらしいが、あ
っちは、榊(さかき) 亜理栖(ありす)と伊能(いのう) 巌慈(がんじ)の組
と一緒に観光すると言う。アイツ等も恋敵同士だってのに、4人で出掛ける事が多
く、それぞれが仲が良いってんだから、珍しいよな。
 ちなみに、ジュダさんは、魁とその恋人である桐原(きりはら) 莉奈(りな)
を連れて、ストリウスの街に先に散策に出掛けたとか。リーゼルから来たルードも
連れての観光なので、賑やかだろうな。
「へぇー。ストリウスって初めてだったけど、良い所じゃない。」
 ファリアが素直な感想を述べる。ストリウスの街並みは、旧時代的と言えば良い
のだろうか?人々も、古い街並みを大事に残していると言った感じが見受けられた。
「出店が多いな。それに石のレンガの道ってのも、良い物だな。」
 俺も、かなり気に入っていた。何て言うかな?とても懐かしい感じがするのだ。
俺の祖先がジーク=ユード=ルクトリアって名前の英雄なのにも関係してるのかも
知れない。伝記を見る限りジークは、ストリウスの街に冒険者として、独り立ちし
たって書かれていた。この辺にも来た事があるのかも知れないな。
「こう言うの、風情があるって言うんでしょうかね?俺っちも気に入りましたよ。」
 グリードも、ゲラム=ユード=プサグルの子孫らしいし、何か、感じ入る所があ
るのかもな。
「街の方針で、古い街並みを未来に遺す取り組みが為されている様だよ。」
 ゼリンは、パンフレットを手に持ちながら、説明する。
「いやー、石の建物が綺麗ねー。これは上空から見たいわね。」
 ファリアは、そう言うと、風の魔法を操る仕草をする。
「おいおい。街中で簡単に使うなよ?混乱させる為に観光に来た訳じゃないぞ?」
 俺は、一応注意しておく。とは言え、本当に使うとは思っていない。その辺弁え
ない様なファリアじゃない。冗談で言っているのだろう。
「上からと言うなら、私の『重力』を使えば、良い景色が見れるかな?」
 ゼリンは、物騒な事を言う。顎に指を当てて考え込んでいる。
「使うなよ?絶対使っちゃ駄目だからな?」
 グリードが慌てて止めに入る。と言うのも、ゼリンの場合、冗談じゃないと分か
っているからだ。本気で考え込む程の天然さらしい。
「その振りは使えって事なのか?テレビでお笑い芸人が、そんな事を言っていたね。」
 ゼリンは、『ルール』を解放させる仕草を取る。
「やめなさいって・・・。こんな街中で『ルール』なんて使っちゃ駄目よ。」
 ファリアが、本気で止めに掛かった。ゼリンが、自重しないからだ。
「確かにそうだね。此処で使ったら、何処で降ろすのか迷ってしまうからね。」
 ゼリンは、目立つと言う考えは無いようだった。本当に天然である。
「ま、こう言うのは自分の足で高い所に行くから、風情があるって物だ。」
 グリードは、風情の話をする。確かに、いきなり『転移』で見晴らしの良い所に
行っても、あまり面白く無い気がする。
「結果より過程が重要なんだね。・・・昔の私では、分からなかった事だね。」
 ゼリンは、結果重視で仕事をしていた。ゼロマインドに支配されていたとは言え、
仕事振りまでは、指示されていないだろう。つまり、真面目に仕事をこなしていた
のは、ゼリンの性格からに他ならない。
「それが分かっただけでも、第一歩なんじゃないか?」
 俺は、素直な感想を述べる。ゼリンには、その過程を楽しむくらいの余裕が必要
だ。グリードもそう思っているのだろう。
 そうこうしている内に、大広場に着く。出店などが所狭しと並んでいた。
「これだけあると壮観ねぇ。でもこれ、今回の『闘式』の効果よねー。」
 ファリアは、はしゃぎながらも、ちゃんと見ている。
「出店の名前に『闘式』が付いてる物が多いから、間違いないだろうな。」
 俺にも見えてきた。『闘式スープ』『闘式ケーキ』『闘式チャーハン』・・・。
何でも『闘式』を付けりゃ良いって物じゃない気がする・・・。
「どんな味がするんだろうね?『闘式ケーキ』には興味があるね。」
 ゼリンが、物珍しそうにしていた。
「ま、折角だし買っておくか?・・・『闘式ケーキ』を4つくれい。」
 グリードが、ゼリンの様子を見て、手早く買っておく。俺達の分も買う辺り、気
の回し方が早い。そこまで気にしなくて良いんだがな。
「へぇ・・・。ああ。これ、多分レアチーズケーキね。」
 ファリアが少し見ただけで、正体を見抜く。
「そういや、昨日、瞬(しゅん)からの電話で、ガリウロルでも似たような出店が
あったって言ってたな。『闘式焼きソバ』に『闘式まんじゅう』とか・・・。」
 昨日、恵の兄である天神 瞬から、携帯電話で話をしたのだが、向こうでも出店
が並んでいて、妙な商品が結構あったと聞かされていた。冗談かと思ったが、こっ
ちの様子を見る感じ、嘘でも無さそうだ。
「いくらなんでも、便乗し過ぎじゃない?売れるんでしょうけどね。」
 ファリアも呆れている。とは言え、口ではあんな事を言っているが、ファリアは
この雑多な雰囲気は、嫌いじゃない筈だ。楽しんでいる節がある。
「お。あそこに居るの、シャドゥさんじゃないか?」
 俺は、『闘式ピザ』の前で、ウンウン唸っているシャドゥさんを見付ける。横に
は、パートナーのドラム=ペンタが居た。『王龍』の5代目だ。それに楽しそうに
しているシャドゥさんの妻、ナイアさんの姿もあった。
「間違い無さそうだね。『闘式ピザ』が気になっているようだ。」
 ゼリンは、ドラムが美味しそうにピザを運んでいるのを、見ていた。
「お?レイクにファリアか。グリードにゼリンも一緒か。観光か?」
 シャドゥさんも、こちらを見付けて挨拶してきた。
「皆さん、お揃いで何よりです。」
 ナイアさんが、丁寧に礼をしながら挨拶をする。
「お?アンタ等も『闘式ピザ』食いに来たのか?ここの中々美味いぞ。」
 すっかりピザがお気に入りになってるのが、ドラムだ。
「シャドゥさんも観光か。・・・うわ。相変わらず辛そうだな・・・。」
 グリードが、シャドゥさんのピザを目にする。タバスコが大量に掛かっていた。
シャドゥさんは、辛いのが好きだからな。
「ナイア。ストリウスは久し振りなの?」
 ファリアが、ナイアさんに気さくに話し掛ける。この二人は仲が良いからな。
「はい。買出しで、何度か来ていますが、久し振りです。此処は、雰囲気が変わら
ない街で、安心しますね。」
 ナイアさんは、嬉しそうに話す。馴染みの街並みだと安心するのだろう。
「いやぁ、この街並み、俺も気に入ったね。この活気を見たら、予選じゃ負けられ
ねぇ!って感じがするぜー!」
 ドラムは、拳を握り締めながら言う。余程気に入ったようだ。
「良い事を言うね。負けない様にしないとね。」
 ゼリンも同調していた。無論、俺達もそのつもりだ。
「予選で負けてもらっちゃ困るぞ。私は、お前の成長を確かめたいのだからな。」
 シャドゥさんが、俺の胸板を、軽く拳で突いて来る。予選を勝ち上がったら、最
初に当たるのは、シャドゥさんとドラムの組だからな。
「親父に勝った分まで、見せるつもりですよ。」
 俺は、お返しにシャドゥさんの胸板を拳で突く。
「俺の相手は、ジュダさんに魁か。・・・きっつい相手だけど、何とかするぜ!」
 グリードは、予選を勝ち上がったら、最初に当たるのは、ジュダさんに魁だ。
「父さんは、本当に強いよ。でも私達は、今出来る事を出し切ろう!」
 ゼリンも燃えているようだな。グリードに感化されたかな。
「まぁまずは、予選からでしょうけどね。弾みを付ける為にも、勝たなきゃね。」
 ファリアは、油断しないようにしている。それは俺も同感だった。予選からやら
れたのでは、ゼロマインドの打倒など、果たせそうに無い。
「ま、俺にとっては、今はこっちの方が大事だけどな。」
 ドラムは、『闘式ピザ』に『闘式ホットドッグ』を食らっていた。
 それを見て、俺達も祭りの雰囲気を楽しむのだった。


 この状況は、好ましく無いな。全く参った物だ。俺は、いつでも冷静に対処する
ってのが売りだと思ったんだがな。・・・ってこの状況で冷静で居られる程、図太
くは無い。何が因果で、こんな状況になっちまったんだか・・・。
 発端はこうだ。
 ・・・。
「せっかくストリウス来たんですよ?観光行きましょうよ。か・ん・こ・う。」
 葵が積極的に俺を誘ってくる。まぁ確かに、この状況で観光をしないと言うのは、
少し・・・いや、かなり勿体無い。ストリウスへの旅行など、早々出来る物では無
い。特に俺やレイクなどは、お尋ね者だった身だ。ガリウロル以外で、自由に歩き
回れる時間は、大切にしたい所だ。
「確かに良い機会だな。『闘式』のおかげで出店もあるって言うしな。」
 俺は一応の為、配られていたパンフレットを手にしている。大広場に結構な数の
出店が出るって言うし、これは回ってみたい所だ。
「さっすが目敏いですね。出店の食べ物って言うのは、普通に出てくる物より、美
味しく感じられる物です!回らなきゃ損ですよ!」
 葵は、物凄く楽しそうだ。少し前まで、『闘式』での闘いを想定して、ぐったり
していたと言うのに、現金な物だ。
「随分楽しそうだな。」
「あったり前じゃないですか!グリードさんとデートですよ!デート!楽しく無い
訳がありません。って、そう言う意識無かったんですか?」
 葵は、俺をジト目で睨んでくる。・・・これは無粋だったか。確かに観光も兼ね
てのデートって事になるのかな?
「ま、楽しむ分には問題ないか。」
 俺は大して考えもせずに頷く。出歩くのも良いかなー?程度にしか考えていない。
「問題あるに決まってるじゃないか!エイディ兄さん!」
「お、おわぁあああ!」
 俺は、突然後ろからした声に飛び上がった。この声は亜理栖だ。
「・・・いつからそこに?」
「修行も兼ねて、気配遮断の忍術を掛けただけだよ?」
 亜理栖は恐ろしい事を平然と言う。俺ですら気付かせない気配遮断を、簡単に使
うとか、心臓に悪いので止めて欲しい。
「亜理栖先輩、意外に強引なんですね・・・。」
 葵が呆れていた。亜理栖は、学園ではアネゴ肌として、頼られるような存在だっ
た筈だが、此処最近に俺に見せる態度は、大人気無いにも程がある。
「手段を選んでられないからね。」
「アネゴォ!!何故この部屋に居るんじゃ!」
 亜理栖が物騒な事を言った瞬間、扉が開かれる。この喧しい声は巌慈だ。
「・・・お前、その前に言う事があるだろうが!!勝手に扉を開けるな!」
 俺は、苦虫を噛み潰したような表情をしているんだろう・・・。頭が痛くなって
きたぜ。ノックもせずに扉を開けられる身分にもなってほしいぜ。
「アンタ、何でこの部屋だって気付いたんだい?」
 亜理栖も怪しんでいた。まぁ当然の疑問だ。
「ハッハッハ!匂いを辿ったんじゃ!アネゴの居場所なら、例え火の中水の中!」
 ゴキィ!!!
 巌慈が不穏な事を言った瞬間、亜理栖のアッパーカットが決まった。
「・・・と言うのは冗談で、俺らの部屋に居ないって事は、どうせ此処じゃろうと
当たりをつけただけじゃ。」
 巌慈は顎を擦りながら、疑問に答えた。
「ああ、そう・・・。今度から、ノックだけでも忘れんなよ?」
 俺は頭を押さえながら、溜め息を吐く。こりゃ、この部屋に罠でも仕掛けた方が
良いかも知れんな。参るぜ。
「で?エイディ兄さん、明日は出店を回るのかい?」
 亜理栖は、半眼を開きながら聞いてくる。
「付いて来ないで下さいよ?折角のデートなんですから。」
 葵は、口を尖らせている。どうやらデート決定らしい。
「ハン!抜け駆けしようたって、そうは行かないよ?私も行くよ!」
 亜理栖も付いて来る様だ。まぁ予想はついていたけどな・・・。
「アネゴが行くなら、俺も行くぞぉ!決定じゃ!」
 ・・・マジで頭痛くなってきた・・・。
 ・・・。
 ってな事で、4人で出店を回っている訳だ。葵は、行く前こそブーブー文句を言
っていたが、いざ出店を前にしたら、結構楽しんでいるらしかった。それは、別に
亜理栖も一緒で、楽しむなら楽しもうと言う考えなのだろう。
「こう言う場所では、焼きソバが定番だと思うのじゃが・・・。」
 巌慈も気にせず楽しんでいる。やはり、しがらみより楽しみたいと言う心が上回
ったか。そうなれば、俺も楽しむまでだ。それはそうとして、こんなストリウスみ
たいな伝統ある都市で、焼きソバは売ってないと思うぞ・・・。
「『闘式ピザ』って・・・。何でも『闘式』を付ければ良いって物じゃないと思う
んだけどねぇ・・・。ま、美味しいから良いけどさ。」
 亜理栖は、特には気にしていないようだ。
「見事にジャンクフードばかりですね。『闘式』の要素皆無ってのが、また何とも
言えないです。」
 葵は、楽しそうに表情を変えていた。
「こう言うのは雰囲気あっての物だろ?ま、祭典に肖ろうってのは、当然の心理じ
ゃないか?俺達は、それを享受すりゃ良いんだよ。」
 俺は、場の雰囲気を楽しめと言う意味で、軽口を叩く。
「ん?そこに居るのは、お嬢?」
 人だかりから、知った声が聞こえた。
「ん?冬野(ふゆの)じゃないか。お前さんも観光かい?」
 亜理栖は、冬野に気が付くと、軽く挨拶がてらに質問をする。
「よう。総一郎(そういちろう)も見物か?」
 俺は、後ろに居た総一郎に声を掛けた。冬野と総一郎も、この馬鹿騒ぎの様子を
見に来たようだ。
「こう言う場は楽しむのが、人として当然の行為だ。お前も楽しんでいるようだな。
いやはや、中々華のある面子ではないか。」
 総一郎は、無難にこちらを褒めつつ、『闘式ケーキ』を片手に持っていた。締ま
らない奴だ・・・。コイツは、しっかりしているようで、結構抜けてるからな。
「頭領も来てたんだね。」
「亜理栖も、楽しんでいるようで何よりだ。」
 亜理栖と総一郎も軽く挨拶をする。慣れた物だ。
「お嬢、入場の時は、楽しませてもらいまし・・・へぶ!!」
 冬野が余計な事を言って、亜理栖の鉄拳を食らっていた。懲りない奴だ。
「ど、どうせ試合が始まったら、あの格好なんだから、恥ずかしくなんか無いよ!」
 亜理栖は、そう言いつつも、茹蛸のように耳を真っ赤にしている。
「全く、あの格好は榊流の由緒正しい格好なのだぞ?」
 総一郎は、ずれた事を言っている。だが、あの格好でずっと闘うのだから、そり
ゃ恥ずかしいだろう。亜理栖は、まだ学生だしな。
「アネゴ、恥ずかしい事なんて無いぞい!とても似合って・・・。」
 巌慈は、そこまで言うと口を慎む。人でも殺せそうなくらいに、亜理栖が睨んで
いたからだ。巌慈も懲りない奴だ。
「ま、眼福だとは思うが、恥ずかしいのは、しょうがないわな。」
 俺は、そう言うと、亜理栖の頭を撫でてやる。
「・・・うん・・・。」
 亜理栖は、自然に俺に身を任せていた。・・・って流れで頭を撫でていた。
「エイディさん、私も撫でて下さい!」
 葵は、目を輝かせながら、俺にねだる。・・・不用意だったか・・・。俺は、し
ょうがないので、もう片方の手で葵も撫でてやった。
「あらー?エイディさんも、隅に置けませんねぇ。」
 冬野は、物凄く面白そうな物を見つけたと、言わんばかりにこちらを見ていた。
「エイディさん、俺も負けませんぞぉ!」
 巌慈は拳を握りながら、この光景に耐えていた。
「ちょっと不用意だったな。悪い悪い。」
 俺は、二人から手を離す。昔を思い出して、頭を撫でてしまう癖があるな。亜理
栖も、抵抗すりゃ良いのにしないし・・・。ってする訳無いか。俺の事が好きだっ
て言葉は、嘘じゃないだろうしな。
 正直な事を言うと、俺はまだ迷っていた。情けない事にな・・・。パートナーと
して、信頼を寄せてくれる葵も気に入っているし、昔からの馴染みで、可愛がって
いた亜理栖も、少なからず気になっていた。
 全く、俺と言う奴は・・・。節操が無いにも程がある。こりゃ瞬の事をからかう
資格もねぇな。少し前までは、こんななるとは思っても見なかったぜ。
 それから、6人で出店を回って、総一郎と冬野とは別れた。あまり一緒に回って、
予選で本気を出せなくなったら拙いしな。何せ、俺達の最初の相手は、総一郎と冬
野だ。あっちもそれが分かっているのだろう。別れ際に全力で闘う事を約束して、
別の場所へと向かっていった。
「負けられませんねー。」
 葵が気を引き締める。
「当然だ。本選に行く前に、負けて堪るかよ。」
 俺も負けるつもりなど無い。その為の用意も、周到にしてきたんだ。
「当然じゃ。エイディさんや葵には、俺達の本気を見せにゃなりませんからな!」
 巌慈も、気合十分だ。俺達が本選に残れば、次に闘うのは巌慈達だからな。
「悪いけど、最初から全力で行くからね。」
 亜理栖も本選で当たれば、手加減などしないだろう。
「生意気言うな。全力で来い。俺達だって、負けるつもりは無いからな。」
 勝ち抜いて、コイツ等の全力を受け止める。それが、俺がしなきゃいけない事だ
からな。予選で負けてなどいられん。
 そんな軽口を叩きながら、観光を続けた。ストリウスの街は、石造りの古い街並
みが体良く保存されていて、見ていて飽きなかった。風情がある街並みだ。
 そんな中、一際賑わっている場所があった。それが、『聖亭(ひじりてい)』の
跡地だ。跡地と言っても、とても具合良く保存されているので、今でも泊まる事が
出来るようだ。と言っても、物凄い混みようなので、予約は1ヶ月先まで一杯とい
う状態だ。如何に人気あるのかが分かる。保存されているとは言ったが、当然補修
工事は何度もしている。それなりに新しい要素を取り入れているのだろう。中で使
われている明かりは、電灯だったりする。
「こりゃ、すっごいのう。何と言う賑わいじゃ・・・。」
 巌慈は、歴史の教科書でしか出て来なかった場所に、この足で立てたのが嬉しい
のか、感嘆の声を上げる。
「何て言うか、凄いね。建物全体から、生命力ってのを感じるよ。」
 亜理栖は、珍しく褒める。それだけ、この建物が偉大だと感じているのだ。
「此処に泊まりたかったなー・・・。」
 葵も無茶を言う。いくら『闘式』の運営委員と言えど、此処を押さえるのは無理
だったようだ。只でさえ、『闘式』の関係者は目立つ。その上に、こんなに古くて
目立つ場所に、関係者を泊めると言う事態は、宿側でも了承出来なかったのだろう。
「ま、行けるだけマシだと思おうぜ。」
 こうやって、人だかりはあるが、気軽に訪ねられるのが、この街の魅力でもある。
「折角だし、此処で昼食でも食べていかないか?」
 さっき出店で、朝食代わりにピザなどを食ったが、あの後、結構歩いたせいか、
お腹が減ったのも事実だ。と言うより、この混み様なら、待っている間にお腹が減
るんじゃねぇかと、あたりをつけている。整理係が、最後尾のプラカードを掲げて
いるが、後30分とか出てるしな。全く参った物だ。
「この中並ぶのかい?でも、折角の機会だしねぇ・・・。」
「アネゴが賛成なら、俺は構いませんぞい。」
「私も並ぶのは、そこまで好きじゃないけど、莉奈への土産話には、丁度良いかも
知れないし、構いませんよ。」
 三者とも、不満が無い訳では無いようだが、並ぶのは構わないと言うスタンスだ
った。こうなったら、決まりだな。
「よし。じゃぁ食べていこうぜ。昼は奢るからよ。」
 俺は、此処で食べる事を決定させる。奢ると言う言葉に、3人とも目を輝かせる。
ま、大人の余裕って奴を見せてやらんとな。あの巌慈ですら、普通に喜んでいる。
こう言う所で単純に喜べるのが、アイツの良い所だ。
 今日は、そんなに日差しが強くないので助かったが、炎天下の中で待たされてい
たら、大会に出る前に熱中症になっちまうな。約30分待たされたが、漸く中に入
る事が出来そうだ。まぁこの4人で居たので、待っている間に結構話していたのも、
時間が短く感じた理由だ。こう言う時に、大人数なのは良いな。
 中に入ると、俺達は4人なので、テーブル席で相席となった。丸テーブル式で、
俺の隣は、女子二人で対面が巌慈だ。適当に注文を取る。それにしても、食べ盛り
だとは思うが、えらい注文していたな。
「へぇ。父親の背中に憧れてプロレス界に踏み入れたんですか?」
 葵が、巌慈に話し掛けていた。意外な事に仲が良い。
「まぁのう。ただ、親父は偉大じゃったからな。追い掛けるだけじゃ駄目じゃと思
ったがな。この前の試合では、少しは近付けたと思ったもんじゃ。」
 巌慈も調子良く話している。案外話が合うのかも知れない。
「あの試合でも少しって言う辺り、天狗にはなってないみたいだね。」
「当たり前じゃアネゴ。俺は、親父との試合に勝っただけじゃ。あの不屈の精神を
客に感じ取ってもらってこそ、本物じゃ。まだまだじゃい。」
 巌慈は、あの試合でも満足し足りないようだな。
「俺は良い試合だったと思うけどなぁ?そこまで言うって事は、『本番』で、見せ
てくれるんだろうな?」
「ガッハッハ。当然じゃい。やるからには全力で行きますわ。」
 巌慈は、俺の挑発に笑いで返す。俺の言った『本番』とは、勿論『闘式』での対
戦の話だ。こりゃこっちも覚悟しなきゃな。
「そう言えば伊能先輩は、『ジュニア』は取っちゃうんですか?」
「あー。それのう。この大会が終わったら、継承式みてーのをやるらしいんじゃ。
そこで改めて親父に認められて、晴れて『ジュニア』は取れるらしいぞい?」
 葵の質問に、巌慈は軽く返す。確かに俺も気になっていた所だ。巌慈は、『サウ
ザンド伊能ジュニア』と言う名前でリングインしている。しかし、この前の試合で、
父親に認められて、これからを託すみたいな事を言われていた筈だ。
 そうなると、必然的に『サウザンド伊能』が2人と言う事になる。
 まぁこれから先代は、『サウザンド伊能レジェンド』と呼ばれるようになるらし
いが、巌慈は正式に『サウザンド伊能』を受け継いだ訳じゃない。だから、いつ継
承するんだろう?とは思っていた所だ。
「まぁどう名乗るかは、俺の自由らしいけど、『サウザンド伊能』の名前は、キッ
チリ入れるつもりじゃ。当然じゃがのう。」
「じゃぁ『サウザンド伊能』・・・『2』?」
 葵は、指を顎に当てて考える。可愛い仕草だが、どうにも締まらない意見だ。
「そ、それは勘弁じゃのう・・・。」
「じゃぁ、『サウザンド伊能ツー』とかどうだい?巌慈。」
「・・・お前にネーミングセンスが無いのは分かった。」
 俺は、亜理栖の意見に駄目出しする。締まらんだろう?それじゃ。
「・・・エイディ兄さんは、何か代案でもあるのかい?」
 亜理栖は、頬を膨らませてこっちを見る。案外根に持つんだな。
「そうだなー・・・『サウザンド伊能ツヴァイ』とか?」
「・・・それも何か違いません?」
 葵に駄目出しされた・・・。確かに微妙だな。古代ルクトリア語の数字に変えた
んだが、やたらと臭い名前になったな。
「俺としては、『2代目サウザンド伊能』にしようかと思ったんじゃが?」
「んー・・・。まぁ落とし所ではあるな。良いんじゃね?」
 俺は、無難だが良い名前だと思った。継ぐと言う意味も込めているのだろう。
「無難過ぎないかい?」
「そうですよう。何だか極道っぽいです。却下です。」
 亜理栖も葵も、結構容赦なく斬って捨てる。この子達、結構怖い・・・。
「いっその事、『アイアン伊能』とかにしてみたら?」
「アネゴ・・・。さすがにそれは勘弁じゃ・・・。俺にもプライドがあるぞい。」
 巌慈は肩を落とす。さすがに『サウザンド伊能』の名を変えるのは駄目だろう。
「『サウザンド伊能2号機』とか?」
「俺は、機械じゃないぞい!?」
 葵も適当な事を言ってやがるな。巌慈もノリ良く突っ込んでいる。
「・・・『サウザンド伊能グレート』とかはどうだ?」
 俺も適当な事を言ってみる。
『それだ!』
 葵と亜理栖は声を合わせて賛成する。・・・物凄く適当なんだが?
「伝説の次は、偉大!良いんじゃないかい?それ!」
「そうですよう!相手もその名前に恐れますって!」
 ・・・実は、仲が良いだろ?お前等・・・。俺、適当に言っただけなんだが。
「まぁその名前なら、俺も異論は無いのう。でもエイディさん良いんか?」
 巌慈は、俺に許可を聞いてくる。
「お前が気に入ったなら良いんじゃないか?こっちは適当に案出してるだけなんだ
からさ。お前が気に入ったのが一番だろ?」
 俺は、此処まで受けると思ってなかったので、少し引き気味だ。
「さすがエイディさんですね。ズバッと来ましたよ。」
「そうさね!・・・巌慈!名前負けすんじゃないよ!」
 やっぱり仲が良いだろ?お前等・・・。
 馬鹿話をしている間に、料理が来たみたいだな。
 俺は舌に意識を集中させて、此処の料理の内容を吟味してみる。
「・・・これは、さすがだな。スープカレーが、全くくどくないし、カニの素揚げ
も、かなりのレベルで纏まっている。こりゃ内の店と、どっこいだぜ。」
 正直、レストラン『聖』と同レベルの物を出されるとは思っていなかった。嬉し
い誤算だな。調味料の使い方が、内の店とは違うが、味付けの精密さでは良い勝負
だ。センリンの味付けもすげぇレベルだと思っていたんだがな・・・。
「お客さん!凄い鑑識眼だネ!もしかして、同業者?」
 店の人が話し掛けてきた。確かに専門的な事を言い過ぎたかな。
「この店の人か?いやはや、この味を出すのは、苦労したんだろうなと、推察する。
アンタの予測通り、俺は、ガリウロルでレストランの手伝いをしている者だ。」
「レストラン?もしかして『聖』の関係者なのカ?」
 おや?向こうの店員も『聖』の事を知っているのか?
「ああ。良く知ってるな。」
「そりゃ、あれだけ『闘式』の事をテレビでやっていたら、知ってて当然だヨ。お
客さんは、『聖』の関係者の人だネ?しかも出場者と見たヨ。」
 ああ。そうか。俺や黒小路(くろのこうじ) 士さん何かは、レストラン『聖』
勢として、紹介されてるんだったな。そういや何度か取材も来たし、注目されてい
るのかも知れんな。
「ビンゴだ。俺の名はエイディ=ローンだ。」
「俺は、サウザンド伊能グレートじゃ!」
 俺に続いて、巌慈が口を挟んでくる。と言うか、もうその名前を使うんだな。何
気に、気に入ってるのかも知れんな。
「ああ。私は榊 亜理栖だよ。」
「私は斉藤 葵ですー。よろしくー。」
 亜理栖と葵も紹介を済ませる。『闘式』関係者と知れれば、話は早いだろう。俺
達は、特に注目選手として紹介されていたらしいしな。
「注目選手が来たのは、僥倖だネ!私は、ここのウェイトレス兼店長のファン=チ
ェンリィだヨ!宜しくお願いするネ。」
 チェンリィさんか。成程。結構美人だし、賑わいの一端を担っているんだろうな。
それにこの料理群だ。さすがは『聖亭』の店長だ。
「いやー、それにしても、伝記の末裔さんが来るなんて、幸運だネ。」
 チェンリィさんは、ウンウンと唸る。あー。そうか。俺の名前でピーンと来たの
かな?・・・いや、『闘式』関連の放送を見たんだろうな。余計な事だが、俺の生
まれまで紹介してあったしな。
「ま、隠してもしょうがないな。・・・あ。そうだ。俺の仲間が後で、来るかも知
れないんで、その時は宜しくしてくれるか?」
「あー・・・。ユード家とルーン家の人ですネ。」
 俺の言葉に即反応する辺り、ちゃんと下調べしてあるようだな。プロ根性してる
ぜ。こりゃ一流だな。
「内のお師匠なら、間違い無く来るでしょうねー。」
 葵は、ファリアがイベント好きな事を知っている。『聖亭』は、間違い無くチェ
ックしていると、確信していた。
「それは楽しみだネ。此処では肖像画があるくらい、『デアーイーグル』の方々に
敬意を表しているからネ!」
「ほぉー。おお!あれじゃな!・・・な、何と!」
 チェンリィさんが肖像画を指差す。それを見て巌慈は驚いた。いや、巌慈だけじ
ゃない。俺達は全員驚いていた。・・・あれが、1000年前の?嘘だろ?だってあれ
は・・・。レイクとファリアその物じゃねぇか。しかも端に居る奴は、グリードに
似ている。似過ぎだろ・・・。
「驚いたね・・・。まさか此処までとはねぇ・・・。」
「ですねぇ・・・。髪の色以外、そっくりですね。」
 亜理栖や葵もその事実に、驚きを隠せない。
 アイツ等が、どれだけ特殊なのか、思い知ったな。
「ま、でも関係ねーな。俺達にとって、レイクはレイクだし、ファリアはファリア
だ。アイツ等は、俺達の仲間だからな。それ以上でもそれ以下でも無いわな。」
 俺は言い切る。そうだ。どんなに似ていようと、アイツ等が、変わる訳じゃあな
い。俺の言った事に、間違いは無い筈だ。現に巌慈も亜理栖も葵も、驚いただけで
見る目が変わっている訳では無い。
「エイディ兄さんに言われるまでも無いよ。」
「その通りじゃな。俺等の仲間は、あの二人じゃからこそだ。」
「ま、当然ですね。内のお師匠は、二人と居ませんよ。」
 3人とも、分かっているようだ。
 そんな俺達の様子を、羨ましげにチェンリィさんは眺めているのだった。



ソクトア黒の章7巻の1後半へ

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