#20.5 Another version
海の近くの研修所
私には、いつの頃からか密かに抱いていた野望があった。
それは、二輪の恩師・チャーリーのいる海の近くの研修所に、ツーリングで行くこと。
ツアーリーダーとして、あるいは一人で、要するに一人前のバイク乗りとして、いつか訪ねて行きたいと思っていた。
が、研修所にいきなり押しかけるわけにもいかない。
施設公開日などがあるのかもしれないが、よくわからない。
といった諸般の事情を鑑みて、白バイ安全運転競技大会の見学ツーリングを企画してみたが、参加者はゼロ。
結局、(夫にさえ参加してもらえず)ひとりで出かけることになったのだった。
…人は人の下心を見抜くものなのかもしれない。
イベント時、人の出入りが多くなるとは言っても、突然登場するのはフェアじゃない(?)気がしたので、研修所にあてて手紙を出し、挨拶に伺うつもりであることをチャーリーに知らせておくことにした。

ところで、10月に入ってすぐ、教習所でドゥカティの試乗会が行われることになっていた。
正確には、教習所のイベントの中のひとつの企画である。
教習所で知り合った友人のRomiさんと行ってみたが、雨で試乗は中止、他の催しを見て回っていると、Romiさんが声を上げた。
「あ、チャーリー先生」
偶然に、不意打ちで、意表をつかれて、再会してしまった。
懐かしくて、夢中で話し込んでしまったが、おそらくこの翌日くらいに到着するであろう、私の手紙の存在意義は…?
神様からの唐突なプレゼントは、時も場所も選ばないらしい。
そしてちょっと、懸案事項が浮上してきた。
実はこの日に私服姿を見るまで気がつかなかったのだが、チャーリーは温和なだけでなく、長身で顔立ちも整っていて、女性にモテそうな雰囲気の持ち主だったのだ。
…こんなチャーリーを訪ねて行ったら、一般的には、「追っかけ」と見なされるであろう。
それはちょっと、マズイような気がする。
偶然の風は二度吹かない
海の近くの研修所は遠かった。
苦手な首都高向島線を避け、外環を経由して常磐道を走る。
…ところまではよかったんだけど、高速を降りてから、結構道に迷ってしまった。
一人で来てよかったのかもしれない。
ツアーリーダーなら、失格もいいところ。
到着も午前10時を過ぎていて、傾斜走行はほとんど見られなかった。
だいたい、広い敷地の中で、チャーリーを探すなどというのは不可能に近い。
もしかしたら、集計係とかで、電算室にこもりっぱなしかもしれないし。
それでも偶然に会えることもあるかも、と淡い期待を抱きつつ、つい、不整地走行競技(モトクロス)に夢中になってしまう。
二兎追うものは…というけれど、偶然の風は先日、教習所で吹き終わっていたということかもしれない。
それでも、手紙を出してしまっているので、このまま引き上げるのも、約束を破るようで落ち着かない。
いや、こちらから一方的に宣言しているだけなんだけど。
最後にハタと思い出して、教務課に向かう。
ドアの横の座席表にチャーリーの名前が記載されていることを確認し、勇気を振り絞って中をのぞくと…無人だった。
そりゃそうだ、運営側なのだから。
ここに来るなら、昼休みにすべきだったのだ。
自分の洞察力の無さに、めげた。
うちへ帰ろう
あまりうろうろしていてはただの不審者なので、潔くあきらめて帰ることにした。
が、帰れないのである。
道に迷いまくったのである。
何しろこの辺り、何事によらず広いというかスケールがでかいというか、目印があまりないのだ。
行きつ戻りつ、研修所や公園の周りを3周ぐらいして気持ちが悪くなってしまい、路肩にバイクを止めてへたり込んだ。
研修所から出てきたミニバスの乗員が、私を指差して何か叫んでいた。
あの人達、全員警察官のはずだから、何か私の違反行為を発見したのだろうと思ったが、気分がすぐれなくて、自分がどんな違反行為の真っ只中にいるのか、わからなかった。

それでも、これはひとつの試験(というか、試練?)と思って、あきらめずに帰路を探した。
私だけの卒業試験、一人前になるための通過儀礼と思うことにして。
一般道を右往左往して走り回り、ようやく水戸I.C.にたどり着いた時には、会場を出てから2時間近くが経過していた。
未だにこんなに情けない自分、この日チャーリーに会えなかったのは、もしかしたら結果として正しかったのかもしれない。
もう少し、自分で自分が頼りになると思えるようになったら、今度こそ会いに行こう。
でも、そんな日はなかなか来そうにない気がして、雨の常磐道を一人走りながら、気分は低く安定してしまった。

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