#25 最後の50分間

1. てるてる坊主は17個
2. 「前回もお会いしましたね」

3. 最後の50分間
4. 缶コーヒー
1. てるてる坊主は17個

再び、河川敷の教習所を訪ねてしまった。
「有効期限2005年9月末日」のレッスンチケットが手元にあったから。
次の春が来てからでも、せめて今の超多忙時期を乗り切ってからでもいいはずなのに、何か、突き動かされるようなものがあって、申し込んでしまった。
あそこには、私がどうして技能にコンプレックスを持つのか、正しい背景において見ることができ、同時に、私の乗るバイクが要求する技量と、私自身の技量との差を正確に測ることができる、おそらくただ一人の人物がいる。
と書くとたいへん叙情的だが、要は、「今年一年、いろいろやってみたけど、一人でとっ散らかっちゃった」というだけかもしれない。
まあ、気持ちが盛り上がってるうちに、積極的にレッスンに取り組むのは悪いことではないだろう。

その、いつもお世話になっている「気配りの先生」と私がコースで顔を合わせると、必ず雨が降る、というとんでもないジンクスがある。
今回も狙ったかのように、前夜には12月だというのに台風27号が接近、もう笑うしかない、という状況だった。
でも、もしかしたら、これが最後のレッスンになるかもしれない。
そう思うといたたまれず、考え抜いたあげく、てるてる坊主を作ることにした。
水島新司さんの歌だと、「男盛りが願いを込めた てるてる坊主が18個」、背番号の数だけ作れば効果があるようだ(ホントか?)
そういえば、前回無料レッスンを受けた際、チケットに「17号車」と書き込まれたっけ。
おそらくこれが、法定教習外?のビジターが乗ることを示す番号なのだろう。
そう思って、17個作った。
効果は、てきめんだった。
人生、こんなにナメてかかってていいのだろうか?
(因みに、今回もチケットには17号車と書き込まれていた)

UP!

2. 「前回もお会いしましたね」

弱々しく晴れた空の下、Monster 800S i.e.で教習所へ。
受付を済ませてロビーで伸びていると(カゼ気味)、前回と同じ男性職員が近づいてきた。
よろしくお願いします、前回もお会いしましたね、と挨拶すると、職員も思い出したらしく、私の隣に腰を下ろした。
少しうち解けた気分になり、天城峠で死に損なったので、心を入れ替えに来ました、と話しかけてみる。
ほんの少し話しただけだったが、職員は、いい経験になりましたね、と静かに微笑んでくれた。

少し早かったので、例のごとく土手に座って教習を眺めていると、普通二輪の指導員が交差点から挨拶をしてくれた。
見慣れた河川敷の光景だった。
終了のチャイムを聞いてから、コースに降りる。
ふと階段の方を振り返ると、気配りの先生が降りてきたところだった。
「リラックスしてくださいね。」
気配りの先生は、やっぱり気を配る。
この時、私はかなりの緊張感を漂わせていたらしい。

UP!

3. 最後の50分間

いつもより長めにウォーミングアップ
「今日は、雨降り伝説を打ち破る、記念すべき日です。」
気配りの先生がちょっと大げさなフリをして話し始め、もしかしたら最後かもしれない、大切な50分間の砂時計が動き出す。
最初はウォーミングアップ、何だかいつもよりペースが速い。
速度計を見ると、直線で60km/hを超えていた。
カーブでもブレーキランプが点灯しない。
他の教習車を気遣いながらも、容赦なく、という表現が合いそうな走り方で、気配りの先生がS字やクランクを駆け抜ける。
夢中になって追ううちに、少しずつ緊張がほぐれていく。
と言うより、緊張なんかしていられない。
そうやって、CB750の、Monster 800S i.e.とは全く違うエンジン特性を徐々に思い出していった。

「だいぶ緊張しているようなので、いつもより長めにウォーミングアップしてみました。どうですか、メンタルなところは?」
「緊張してます。」
「二輪はやはり、危険なものですから。」
緊張しすぎてはいけないが、緊張感が無いのはもっといけない、ということだろうか。

スラローム、アクセルとコントロール
軽くやってみて下さい、と言われるが、軽くないです、と反射的に答えてしまった。
ここ数ヶ月、モンスターでスラロームをやってきたので、何となく身体が「上手くできなくて普通」のような感覚になっていそうだ。
実際、やってみると、アクセルと車体コントロールの感覚がかなりずれていた。
最後のコーンから最初のコーンに戻る小回りもなかなか思うようにできない。
2,3回やって、ようやく、まともなスラロームのリズムを思い出す

「見ていると、ふらつく時があって、それは下半身でのコントロールができていないんです。」
「私、アクセル開けるの遅くないですか?」
「たまにね。バランスが崩れそうになると遅れます。でも、コントロールで持ち直してる。…向上が見られます。」
自分では、あまり上手くなったようには思えなかった。
むしろこんな風に、ちゃんと話ができるようになったことに自分で感心したが、普通はこの程度の会話は、教習期間中に交わされるものなんだろう。

千鳥走行と8の字の一部
エリアを移動し、気配りの先生がパイロン(なぜかてっぺんから、黄色いバーが縦に伸びている)を並べ替える。
「久しぶりに、厳しいのをやってみます。」
4本のパイロンを千鳥で回り、逆S字?を通って左カーブ、直線で加速、スピードを落として左カーブ、1本目のパイロンへもどる、というものだった。
どこか楽しげな気配りの先生は、こともなげに手本を見せてくれたが、やってみると、私には難しすぎることが即座に判明した。
「厳しすぎますね。」
パイロンの間隔が少し広げられた。
すいすいと走り抜けていく先生の後を、初めはもたもたと追う。
そのうちに、以前、目線がいい、と誉められたことを思い出した。
私の武器はこの目なんだ!!(?)
多少マシに動けるようになってくると、うれしい!楽しい!大好き!という気持ちがこみ上げてくるようで、もしかしたら顔はにやけていたのではないかと思う。

クラッチを一瞬切る
「では、クラッチを一瞬切ってパイロンを回ります。」
瞬電(瞬間的に停電すること。電算システムは敏感に反応しダウンすることがあるため、システム管理者泣かせである。)みたいなものか。
気配りの先生が、切らない場合と切る場合の手本を見せてくれた。
「どこが違うと思いますか?」
「よくわかりません。切らない時より、パイロンの近くを小回りしているような感じですが。」
「それでいいんです。」右手の親指と人差し指でマルを作る。
クラッチを切らない時よりも「切れ込む」ことができるのだそうだ。
「実際にどういう場面で役に立つかは疑問なのですが、技術としてあるのなら、身につけた方がいい。」
「エンストしそうになって、クラッチを切ることはありますよね。」
「シングルやツインだと、ありますね。」
モンスターで千鳥をやるとき、ハンドルがロックする寸前で止めなきゃならないのだけど、その時に一瞬、クラッチを切ればいいということだろうか。
と考えはするものの、やってみるとこれもまた難しい。
パイロンのてっぺんから縦に伸びたバーに肩をぶつけながら(こういうワナだったのか)、ヨロヨロとバイクを進めた。

練習を続けていると、途中で疲れて、操作がラフになってくる。
そういえば、峠でも同じだった。
私には体力がない、と改めて痛感した。
「上半身を動かさずに下半身でコントロールすると楽になる。疲れないように、楽になるように、下半身をちゃんと使うんです。」
そんな私の様子を、気配りの先生は見逃さない。

二人乗り
1回だけ二人乗りしてみましょうか、と言われて、はい、どうぞ、とリアシートに手をさしのべる。
「…。」
「あ、私が後ろですね。」
リアシートに移り、こわごわ(何で?)両脚を先生の脚に密着させる。
「左へ傾ける時はこう、右ならこう。」
「あ…!」
先生の左手はハンドルにかかっていない。
「そう。下半身でコントロールするんです。後ろから見てると、足とバイクに隙間があった。くっつけて、こう。」
密着しているつもりなのに、簡単に振り回されるようで、自分の下半身が少しもしっかりしていないことがよくわかる。
「私に比べると体格が小さいですからね、大変だと思います。でも、小柄な人の方が、必要だからちゃんと技術が身に付くんですよ。」
それは、必要だから、ちゃんと技術を身につけなければならない、ということでもある。

UP!

4. 缶コーヒー

「残念ながら、時間です。」
とうとう、50分間の砂時計の、最後の砂が落ちた。
「また教えていただける機会があるといいのですが。たぶんムリですね。あるとしたら…免許取消とか?」
つい言ってしまったが、気配りの先生はとがめもせず、凛とした声で答える。
「セーフティライディングで。」
「ありがとうございました。失礼します。」


階段を登っていると、後から追いついて来たカリスマ講師が、缶コーヒーをくれた。
「せっかく来てくれたから。」
カリスマ講師は厳しい先生だったけど、コーヒーはあったかくて、やさしい味がした。


ロビーでコーヒーをすすっていると、一人の教習生に、普通二輪ですか?と声をかけられた。
その人はレースをやっていて、茂木や鈴鹿を走るのだそうだ。
モリワキのコンプリートは800万もするのだとか。
子どもの頃、ポケバイからレースを始めて、今は国際ライセンスを目指しているのだという。
がんばって、と励まされ、(課題は多いので)うれしかったが、ごめんなさい、私、ニセ教習生なんです、と心の中では小さく謝った。
しかし、この人、何の免許を取りに来ているんだろう…トランポか?


こうして、今度こそ最後かもしれない、レッスンが終了した。
私にとって教習所での50分間は、技能の向上に専心する、純粋な結晶のような時間だったと思う。
そんな貴重なものが、私一人の人生の中で、そうたくさんあるはずもない。
ここで教えられたこと、気づかされたこと、そういうものをいつまでも裏切らないでいたい。
そのために何をどうするか、これからじっくり考えてみよう。


さて、この夜、東京では観測史上最大瞬間風速の風が吹き、翌日は関東ほぼ全域で12月としては観測史上最高気温を記録してしまった。
てるてる坊主17個で晴れ乞いをしたしわ寄せではない、とは思うのだが…。

てるてる坊主が17個

UP!

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