#29 バランスはいかが? 
木枯らしに抱かれて
白い季節の風に吹かれ、冬は一人ストイックに、トレーニングに励みたい季節…。
かどうか、自分でもよくわからないが、多摩テックのスポライに引き続き、桶川のHMS(TEC-R)に参加してしまった。
「バランス ファースト」というコース。
Uターンが苦手な方、という勧誘文句に心惹かれてしまったのだ。
当日、集まった参加者は、定員10名のところ19名、インストラクターは二人という構成だった。
「今回、バランスコース初めての方〜?」
というインストラクターの質問に、手を挙げたのは二人。
「では、HMS初めての方〜?」
はーい!と元気いっぱい手を挙げたのは、私一人。
瞬間、インストラクターの顔が引きつったような気がしたが、見なかったことにした。
更に、女性の参加者の中で、CB750をレンタルしたのは私だけだった。
あら〜、これはマズイ選択しちゃったのかな?と思ったが、今回は「力でバイクをこじらない」という密かな目標があったので、重たいバイクで練習したかった。
「この車両は、フロントタイヤが新品で、まだ剥けていません。気をつけてくださいね。」
インストラクターは注意してくれたが、私は無茶なんかできないんだから全然問題外!と思った。
が、この無知が、私の「バランスコース」の方向性を決定づけることになるのだった。

レインボー、レインボー♪

朝からセンセーション?
最初はバイクに跨らず、ハンドルを握ってサイドに立ち、アクセルを開かずにクラッチミートだけでバイクを動かす。
アイドリングスタートを体感するのだ。
これをやってみて、私はデカいバイクを選んだことの第1の失敗点に気がついた。
私は身長が低いので、バイクの横に立った状態だと、両手が伸びきってギリギリの状態でしかハンドルに届かないのだ。
何度もバイクに引きずられそうになり、かなり怖かった。

次は「私のパイロン(笑)」をひとつ選び、その周りをくるくる回る練習。
…なのだが、私は左回りをやるのが精一杯で、右回りができなかったため、ごく当然の結果に落ち着いた。
目を回したわけですね。
止まりたいのだが、止まるとそのまま転倒しそうで、延々回ってしまったのだった。

早くも疲れ気味の私を見かねて、一人の女性参加者が、駆け寄ってきてくれた。
「このクラッチ、男の人用のセッティングになってるから。ちょっと調整しよ?これだと一日保たないよ。」
そういえば以前、教習所で指導員のチャーリーが「クラッチが重かったらここを調整して」って教えてくれたっけ。
M800は、アジャスタ付きのクラッチレバーに換装していたから、やり方をすっかり忘れていた。
女性と、手伝ってくれたインストラクターにお礼を言って再び乗車。
確かに、すごくラクになった。

そのラクになった状態で、今度は3本のパイロンを、二人一組になり交代で回る。
8の字プラス○ひとつ、のこれまた小転回の練習。
私が全くきれいに回れないので、またインストラクターが駆けつけ、パイロンの間隔を広げる(パートナーになってくれた方、ごめんなさい…)。
しばらくやっているうちに、不格好ながら何とか回れるようになった。

前タイヤ新品CB750

飛んで跳んで翔んで回って廻った午後
午後は最近大好きな慣熟走行から始まる。
気分良くスタートしたのだが、課題はやはり、午前中から周到にステップアップが仕組まれた?内容となっていた。
コース走行なのだが、このコースがすごい。
「一本橋→波状路→V字溝→W字溝→オフセットスラローム→Uターン→一本橋→細い一本橋→スネーク一本橋→かまぼこ一本橋→千鳥→パイロンスラローム→最初の一本橋」
お前、そんなに一本橋が好きかぁ!?とツッコミのひとつも入れたくなる内容である(それが「バランス ファースト」だと言われてしまえばそれまでだが)。
そういえば、いつだったか、新幹線の窓から「居酒屋 一本橋」という看板が見えて、一人で吹き出してしまったっけ…って、そんなこと、どうでもいい。

ここで、V字溝というのは、逆一本橋?というか、V字に掘り下げられた溝の中を走る課題。
W字溝は、このV字の底にパイプが通ったような状態になっていて、断面は大雑把に言うとW字、というもの。
まあ、一本橋の亜種と考えていいだろう(そんな乱暴な…)。
この溝の中は、鉄で加工されていて、新品のタイヤでは、間違いなく滑りそうな予感。
ノーマル一本橋では、ハンドルで前輪を蛇行させるようにしてバランスを取るが、V字&W字溝ではハンドルは効かず、下半身でバランスを取らなければならないのだそうだ。

最初の一本橋と手練の?波状路を抜けてV字溝へ進む…ずでっ、と右に転倒。
「進入がまっすぐじゃなかったんです。」
バイクを起こすのを手伝いながら、インストラクターが説明してくれる。
気を取り直し、W字溝へ。
よろよろよろ、と左右に触れた挙げ句左に大きく傾いた。
はね飛ばされるように、左に転倒。
なぜかエンストしないので、バイクに駆け寄り、エンジンを切る。
駆け寄って来たインストラクターが、気持ちを落ち着かせるために、ちょっと時間を取って話をしてくれる。
「私、傾いた時に、アクセルあけちゃってましたね?」
「それで立て直そうとすると、ダメですね。」
その後、V字溝は、「そこそこスピードを上げて一気に抜ける」ことでクリアしたが、W字溝では2度目の転倒をやってしまった。
照れ笑いしながらバイクを起こしていると、タフですね、とインストラクターが半ばあきれ、なかば感嘆していた。
結局、W字溝は、「ヤバくなったらつま先つんつん」という実に安易な方法でクリアするようになってしまった。
(ホントに猫がいたのです)
かまぼこ一本橋は、思ったほど怖くなかった。
というより、ほとんど「強行突破!」とも言うべきスピードで突っ込んでいってしまうので、低速の練習とは言えなかったかも。
最後まで渡りきると、(超高速でも)気持ちがよい。
どうにもならなかったのが、スネーク一本橋で、設計自体、大型バイクではギリギリでしか通れないようになっているらしい。
そんな状況で、私が通れるワケもなく、脱輪を繰り返した。

こんな調子だったので、最初はV字溝とW字溝に近づくたびに微かな恐怖感が沸いたが、怖さをコントロールする練習だと思って、ひるまず続けた。
「みなさんUターンはできるようになりましたので、少しアレンジを加えます。」
!そういえば、それぞれの課題に気を取られるあまり、Uターンはほとんど無意識にできるようになっていた。
アレンジその1は、W字溝を抜けた後、砂利道を通過し、小山に上るというもの。
CB750で果敢に突き進む参加者も多かったが、私は遠慮した。
アレンジその2は、狭い道幅でのUターン。
これは試してみたけど、曲がれず、切り返しをするハメになった。

さて、今やおなじみとなった千鳥では、ハンドルを目一杯切りながら低速で進む。
モンスターでは簡単にハンドルがフルロックしてしまうから、CB750でも、フルロックを恐れずにハンドルを切ってパイロンを抜けることを考える。
こういう課題の時は、いつも自分のバイクが心に、というか、身体に感覚としてよみがえる。
以前よりはかなりできるようになったが、それでもまだ、M800を念頭におくと、切り込み?が甘かったりして。

今日はがんばったなあ、と思う心は気のゆるみだったのか、終盤近く、スネーク一本橋で思いっきり転倒、というより吹っ飛んでしまった。
バイクが落ちてくる!
とっさに逃げたが、この時、かなり見事な回転ワザをキメたらしい。
「転倒の仕方が上手いですねえ。」
インストラクターは、何が起こっても冷静に誉めてくれるのだった。
戦い終わって日が暮れて
はっきり言って、「バランス ファースト」は真冬のひとり転倒祭り、というべきものになってしまった。
身体はくたくたで、たぶん青あざだらけ。
でも、しみじみとした充実感があった。
最初から最後まで、自分の気持ちの限り、気が済むまでやった!という感覚。
そして、何と言えばいいのだろう、胸の中に、小さな暖かいかたまりが、「ぽわ」という感じに存在している気がした。
一日バイクで走って(転んで)いた間、ずっとそれを感じていた。
情熱、というにはあまりに優しい、静かな何か。
こういうのを、幸せ、っていうのだろうか。

駅に向かうバスに乗り込むと、この日に知り合った人たちが、バイク置き場で帰り支度をしているのが窓から見えた。
ガラスを叩くと、振り返って手を振ってくれる。
私も夢中で手を振った。

自分の限界を広げたいという気持ちを、ホントにちょっとだけど、行動に移せたような気になって、私の桶川初見参は、穏やかに、気持ちよく終了したのだった。

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