#30 君を乗せて
9Rでの夫の事故から2か月が過ぎた。
夫は、まだ右手が肩より上に上がらないのだが、R80GSに火を入れたい、という。
そこで、私が運転するモンスターのタンデムシートに夫を乗せ、自宅から10キロほど離れたバイクパーキングに行ってみることになった。
二人乗り、近所のガソリンスタンドまでなら行ったことがあるけど、10キロも走るのは初めて。
178cm、56kgの夫が後ろに乗ると、サスがぐっと沈んで、急に足着きが良くなった。
でも、発進と停止は難しく、ふらつかないように、慎重に操作しなければならない。
Monster 800S i.e.は軽い(乾燥重量で約180kg)ので、夫が乗ってちょうど教習車ぐらいのはず、落ち着いてやれば大丈夫!と自分に言い聞かせながら運転する。
なるべく制限速度を守り、急いでいるらしい他の車両(ほとんどみんな急いでいるみたいだけど)には抜いてもらうように走った。
夫の、まだくっついていない骨に響かないように、私の未熟さで転倒や接触をしないように、ゆっくり丁寧に。
タンデムというと、パッセンジャー専門だった私だが、こうやって夫を乗せてみると、今までどれだけ夫が気を遣って私を乗せていたか、よくわかる気がした。
事故以来、私もあまりバイクに乗らなかったのだが、その間に練習した四輪車より、バイクの方が運転しやすいように思えた。
むき出しになった自分の身体は、最良のセンサーなのだろう。
少しずつ、二人乗りでのカーブや発進・停止に慣れていきながら、何とかバイクパーキングにたどり着いた。
大丈夫そうだから、大黒埠頭まで走ってみたい、という夫と、バイクパーキングから2台で走り出した。
ガレージから出す時には、右側の支える力が足りない、などと不安そうだった夫だが、国道15号に乗ると、別人みたいに走り出す。
心配なので、離れないよう、必死に後を追う私(のモンスター)。
大黒埠頭までの道中、夫の運転は楽しそう、というか、はしゃいでいるようにさえ見えた。
後を追っていると、元気になってきたなあ、と、ほのぼのといい気持ちがこみ上げてきた。
大黒埠頭でひとやすみ、ベンチに腰掛けると、夫が切り出した。
「あのな、交通の流れに乗れてないんちゃう?後ろに乗ってるとな、後続車の運転手のイライラが伝わってくるんや。」
え…?
「俺、勘弁して、って心の中で拝んでた。」
…。
「それと、新興の交差点、あれ、止まらな。アブナイで。」
…夫を追ってて、止まれるスピードじゃなかったのだ。
でも、確かに、対向車は、私が交差点に入ったのに、右折信号が出ると間髪おかず、加速して突っ込んできた。
しかも、ドライバーの目は、1秒も待つ気はない、たとえぶつかってもお前の責任だ、と冷たく睨んでいた。
いや、私の責任なんだけど(もう信号は赤だったから)。
話をしているうちに、夫を乗せて走ることができた、といううれしい気持ちが、すーっと消えていった。
やっぱり結局、私って…。
夫の指導鞭撻は、しばらく続いた。
こうして夫は元気になってきたようなのだが、私は献身的な看護やけなげな気持ち(自分で書くな!)は、空中分解というか、どこかに行ってしまい、私は以前通り、ただの「たぶん日本一情けないモンスター乗り」に戻ってしまったのだった。
リハビリが必要なのは、夫が治療中だった約2か月の間ほとんどバイクに乗っていなかった私の方なのだという厳しい現実に気がついて、ちょっぴり悲しい日曜の午後だった。

いつか、どこかでBMW

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