#31 復活の二俣川
スランプだった。
夫の事故のショックとその余波は、運転に対する漠然とした恐怖として心に残ったままだったし、会社では新任課長として容赦なく「厳しい洗礼」を受け続けていた。
気がついたら、顔がこわばって、まともに笑顔を浮かべることすらできなくなっていた。
このままじゃダメ、変わらなきゃ…!
…というようなドラマチックな状況というわけでもなかったのだが、どうにもこうにも、パッとしない毎日。
この現状を打破するには、やっぱりバイク、やっぱり練習だと思った。
そういうわけで、約7か月ぶりの二俣川、二輪車安全運転講習会である。
1班前半 
二俣川の講習会では、難しい?順に3班、2班、1班、初心者班に講習内容が分かれている。
根性無しの私は過去3回とも初心者班で和気あいあいと練習してきたのだが、今回は違う。
気合いを入れて、1班参加である(それでも1班かっ!?と言わないで下さい)。
前半は各課題の練習で、S字(8の字を部分的に使用するタイプ)、急制動、目標制動、パイロンスラローム、千鳥である。
S字は二速のスピードで回りきる自信がなくて、一速でおっかなびっくり走る。
「ちょっと先の方を見過ぎていますね。そのスピードなら、見るのはもっとこっち。」
と指導員に指摘される。
ギクシャクしているくせに、目だけは元の感覚を覚えているのか、目線が実際の操作とちぐはぐになってしまうのだ。
8の字のクロスの所で加速して立ち上がることに意識を集中してみると、身体の方の感覚が少しずつ戻ってくる気がしたが、やっぱり二速で回れるようにはならない。
急制動はさすがにブレンボの威力で規定通りに止まれた。
でも、目標制動は、停止するのが早すぎて、後輪が規定の位置から出てしまった。
「実際の走行なら、目標の前であればいいんですけど、これは、決められた範囲内に止める練習ですからね。」
そういう場面も、現実にはきっとあるんだろうな、などと思ったりした。
スラロームもS字同様、一速でしかできなかった
これはもともと、あまり得意でなくて、一速をつい使いがちだったけど、できれば二速でこなせるようになりたいところだ。
…などというレベルには全然達していなくて、クラッチレバーは使わないよ〜、と指導員から基本の基本?のアドバイスをされてしまった。
アクセル量のコントロールができなくて、クラッチ切っちゃってたのだ。
千鳥は、最悪だった。
以前、府中のビギナーズ講習会で練習して、Monster 800S i.e.の場合はこの辺りで一度ハンドルをフルロックして…と感覚を掴んだのに、今はできない。
フルロックしても車体が傾かない、微妙な状態が思い出せないのだ。
「半クラッチのままで、リアブレーキで引っ張るんです。人混みをゆっくり抜けるイメージです。」
白バイ隊員が丁寧に説明してくれるが、できない。
「ちょっとこっちに来て下さい。」
コースから出て、半クラッチとリアブレーキで低速のまま直進する練習をさせてくれる。
「バイク傷んじゃいますけどね、できる時に、低速で進む練習をするといいです。」
そう、千鳥はやっぱり、低速でバイクを傾けずに進む練習なのだ。
「何年ぐらいですか、バイクに乗って。」
白バイ隊員に聞かれるが、もうすぐ20年です、と答える勇気が無くて、このバイクは一昨年の夏に免許を取ってから1年数ヶ月です、と微妙な答え方をしてみた。
「それに、しばらく乗っていなくて。」
「そうですか。身体がガチガチになってますよ。リラックスして下さい。」
こんな調子で、ヘタクソ丸出しのまま、講習は後半戦に突入した。
1班後半 
後半はいわゆるコーススラロームで、オフセットスラローム→パイロンスラローム→急制動→パイロンスラローム(視覚的に仕掛けあり)の順になっている。
「ライン取りが一番重要なんです。私についてきて下さい。」
オフセットスラロームでは、あまりに出来ない私を、白バイ隊員が先導して走らせてくれた。
「ここで加速、ここまでに減速、パイロンを回って。近づきすぎないで。」
白バイ隊員を必死で追う私に、別の指導員も声をかけてくれる。
「背中!背中見て!」
ラインを意識しながら、加速・減速・ターンと繰り返す。
少しずつ、バイクが身体についてくる、というか、身体がバイクと一体になっていくような気がしてきた。
急制動は、すっかり感覚を取り戻していた。
むしろ、次のパイロンスラロームに向かう際の展開(Uターン)に夢中になる。
「大きく回っていいんですよ!」
急制動でほめてくれた(でも、左手に力が入っていることを見逃さなかった)指導員が目を離さず、見送ってくれる。
このコース中、パイロンスラロームは2か所。
アクセルを閉じる、車体が倒れ込む、アクセルを開ける、車体が起きる…
繰り返していくうちに、感覚を思い出してきた。
いつだったか、教習所で「気配りの先生」と交わした会話が心に浮かぶ。
「私、アクセル開けるの遅くないですか?」
「バランスを崩した時にね。」
これは、教習車に限ったことでも、モンスターに限ったことでもなく、私の悪いクセなのだと気がついた。
パイロンとパイロンの中間よりやや手前を目標に倒し込み、アクセルを開けてみる。
モンスターが、怪物が、意のままに、とは行かないけれど、私の気持ちと一緒に動き出す。
このバイクが、ドゥカティのモンスター。
イタリア人が作った、速くて美しいバイク。
私のモンスター…!
苦手だったスラローム、こんなに楽しいなんて。
「始めと全然違います。自分でわかるでしょう。乗れてます。」
そういってくれる白バイ隊員の目が晴れやかに見えたのは、私自身の笑顔が映っていたからだろうか。
じーーん、と自分に感動したまま(ばか?)最後の講評を聞く。
交通ルールを守り、安全運転できるようになったことは財産だという言葉に共感してしまった。
それはたぶん、大型二輪の免許を取ってMonster 800S i.e.に乗れるようになった時に、私が受け取ったと感じ、大切にしたいと思ったあの気持ちと同じものなんだろう。
その財産を守り、殖やし、他の人にも惜しみなく分けてあげることができたら、バイクライフは歓喜に満ちた、豊かで幸せなものになるだろう。
それはきっと、今からでも遅くない。
さて、この日、私はいろいろな人に声をかけてもらい、会話の中で、こわばった気持ちを少しずつほぐしていくことができた。
他のバイク乗りとの交流は、講習会のもう一つの楽しみだと思う。
「来週の大会ではライバルですね。」
帰り際のおしゃべりの最後に、桃子さん(「気のいい指導員」さんの奥様)がさらりと言う。
ライバル!?
うわー、かっこいい!!
こんな私が、ライバルなんていう、かっこいい言葉をかけてもらっちゃった。
うれしくてちょっとぼーっとなってしまったが、そう、次は二輪車安全運転神奈川県大会なのである。
私は性懲りもなく、またエントリーしているのである。
因みに桃子さんは昨年2位、はっきり言って、雲の上の人である。
でも、今は、ヘタでもいい、大会を楽しみたい、見知った人たちと一緒に競技したい、という気持ちが強い。
こうして私は、二俣川で見事復活を遂げたのであった…のだろうか?

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