#6 安全運転研修記!

1. 電話
2. FZX750

3. 走って、曲がって
4. アイドルのアイドリング
5. 急制動
6. 危険の予測と回避
7. 夢にまで見たトライアル
8. CRTとエバリュエーション(評価)
9. 形のない贈り物

1. 電話

大型二輪免許を取って、約1か月が経過した頃だった。
たまたま自宅にいた10月の平日、バイク雑誌で何回か見て、気になっていた安全運転中央研修所に電話してみた。
一般向け研修に申し込んでみようと思ったのだ。
電話を受けた職員によると、本年度の予約はもう一杯、ということだった。
バイク雑誌には、夏頃から載っていたから、私の反応が遅すぎた訳だ。
平成16年度の予定は来年1月頃できる予定です、とのこと。
私の乗っているバイクのことや、研修の様子など、若そうな職員と少し話をした後、電話を置いた。

その数時間後、不意に電話が鳴った。
電話の主は、安全運転中央研修所で研修を担当している○○という者です、と名乗った。雑誌で何度か見かけた教官だとわかったが、黙って話を聞いた。
問い合わせが多いので、臨時開催を検討中ということ、人数が集まったら実施すること、また電話をくれること、など丁寧に話してくれた。
これは、期待できるかも。
どきどきしながら、電話を置いた。

その後、最初の職員から、3人から問い合わせがあったので実施の方向です、という電話をもらった。
教習所では、いつも指導員1人に教習生1人か2人で教わっていたから、3人というのは、私にすると十分「人数が集まった」状態に思えた。

若い職員からの数回目の電話で、あのバイク雑誌が募集をかけてくれることになった、という話を聞いた。
その後の展開はとんとん拍子で、私は県の自動車安全運転センター事務所から、研修の申込書やパンフレットを受け取った。
先着順からもれないように、悩む夫をけしかけて早々に申し込みをした。

UP!

2. FZX750

研修当日は、切ないくらいの冬晴れになった。
教室に集まった参加者は30人(!)だった。
そのうち女性は5人ほどだが、なぜか、私以外はみんな美人である。
もしかして、みんなバイク雑誌のモデルとか?

電話でお世話になった若い職員もいた。
お互い、すぐに気がついて挨拶をする。

朝のオリエンテーションに、電話をくれたあの主任教官が現れた。
大柄な方ですね、というのが第一印象だった。
「ゼッケン20番までは大型の方です。でも、変更したいという方、いますか?」
何人かの男性が大型から中型に変更する。
「大丈夫?」
夫が私に話しかけるのを、のっぽの主任教官は見逃さなかった。
ニコニコ笑って、こちらを見ている。
教官だけでなく、教室中の人が。
変更する気はないので、教官に、ニコニコ笑い返す。
しばらくそのまま笑顔で見つめ合っていたが、根負けした(?)教官が口を開く。
「どうしますか?」
「400でも750でも足がつかないことに変わりはないので、このままでいいです。」
説得力があるのかないのか、よくわからない理由を言って、そのままにしてもらった。

研修は、体操の後、「日常点検」から始まった。
点検のためにバイクに接してみると、とても車高が低いことがわかった。
両足の指が着くので、ハイヒールで立っているのと大差ない。
ヤマハのFZX750、ちょっとアメリカンぽくて、たぶんホンダのCB400よりシートが低い。
中免取るために教習所に通った時、教習車のCB400では、確か私はほとんど足が着かなかった。
センタースタンドは相変わらずかけられなかったが、今回は大型にしておいて正解と見た。
そんなわけで、研修はかなり明るい気分でのスタートとなった。

UP!

3. 走って、曲がって

午前の予定は、基本走行、スラロームの順。
スラローム走行をするエリアまで、ウォーミングアップを兼ねて走って行った。
FZX750は、重くて取り回しがたいへんだし、クラッチレバーは遠いし固い。
でも、走り出すととても軽く、しかも低速でギクシャクしない。
乗りやすいバイクだ。
というより、私のモンスター800が「やんちゃ坊主」なのだろうか?

せっかくなので、ちょっと大げさに、安全確認や車線変更を基本通りにおさらいしてみた。
私は、「左折小回りがヘタな人」なので、気合いを入れてみたら、入りすぎて、「左折ぐらいで腰を入れる人」になってしまった。

スラローム走行は、スラローム→左旋回→スラロームのコースになっていた。
指導は、のっぽの主任教官の他に、白バイ隊から出向中という教官が2名。
自分としては思いっきり、バイクを倒してちょっとステップを擦ってみたりして。
でもやっぱり、思うようにはできていないようだ。
「まだ怖がってます。腕でバイクを押すのじゃなくて、もっとリーンウィズして。」
「目線が近い。すぐ近くのパイロンしか見ていませんね。」
教官の指摘は、当然鋭い。

「ふだんは何に乗っていますか?」
また聞かれてしまった。
教習所でも、何度か聞かれた質問だけど、やっぱり指導上、気になるところなのかな?
「800CCの、ええと、スポーツバイクです。」
「ちょっと姿勢が前屈みですね。意識的に後ろに荷重をかけてください。」
本職は白バイ隊員の教官、一瞬、目がきらりん、としたように見えた。

スラロームの順番待ちで並んでいると、夫が話しかけてきた。
「あの人、すごく上手いんやで。服装もトレパンだし、教習所の人ちゃうか?」
教習所の人には、専門の研修課程があるだろうから、こんなのどかな講習に来ないと思うが。
それに、教習所の服って、どっちかって言うと、オフロードの人が着る「ジャージ」に近いのではないだろうか?
が、今問題なのはそういうことではない。
その人の走りをじっくり見てみると、本当に上手くて、特にライン取りがとっても理想的。
とりあえず、その人のゼッケン番号を記憶する。
「よし、トレパンマンね!わかった。」
「・・・。とにかく彼は上手いから、よく見とき。」

そして、私は1本目のパイロンに進入する自分のラインがずーっとおかしかったことに、最後に気がついた。
ああ、もっと早く気がついていたら、もっといい練習ができたのに・・・。
とはいうものの、爽快な気分で午前の予定は終了した。

UP!

4. アイドルのアイドリング

研修には、このバイク雑誌のアイドル的な、モデルで女優の女性も参加していた。
昼休み、アイドルはロビーでくつろいでいるようだった。
夫はサインをもらおうと画策するが、書いてもらうペンも、対象物もない。
そういえば、研修所ブランド?のタオルとかTシャツとか靴下とか売っていたな。
「そうだ、タオル!タオルとペンを買って、サインしてもらうの。靴下も白いけど、普通、靴下にサインはしないと思う。」
提案してみたが、油性ペンは売られていなかった。
親切な売店の店員さんが、お貸ししましょうか、と言ってくれるが、それははばかられる。
それに、よく考えてみると、タオルにサインって、すごく書きにくいだろう。

結局夫は、自分の名刺にボールペンでサインをもらっていた。
その間、私は、恥ずかしいので、「巨人の星」の明子姉ちゃんとなって、柱の陰から、その姿を見守っていたのだった。

UP!

5. 急制動

午後の研修は、急制動で始まった。
1本目のスタート前に、ブレーキを「真綿でしめるように」という説明を受けた。
「こうです。」
のっぽの主任教官が、私の指4本をレバーに見立てて握る。
じわーっと、握られているような気がしない程度の力。
まねしてレバーを握ってみるが、どこかぎこちない。
「こうですよ。」
教官が再び真綿で指をしめる。
はい、わかってるんですけど・・・。

急制動は、40km/h、50 km/h、60km/hのいずれか、自分でできる速度でやることになっていた。
40km/h以外は走り方の組立てがわからないので、40km/hでやってみる。
スタートしてからブレーキをかけるまでの距離が長いので、40km/hをキープするのが意外に難しい。

「目線はいいです。でも上半身が固いですね。」
できる速度でやっているはずが、やっぱり注意されてしまう。
教えてもらえるのだから、後輪ロックと解除もやってみればよかったのだが、怖くてできなかった。

UP!

6. 危険の予測と回避

右直事故の実験である。
白バイ隊員の教官が交差点前で構えている。
もしドライバーの立場なら、バイクがどれくらい交差点から離れていたら右折するか、ということを主任教官が尋ねる。
「バイクが後退しますから、ここなら右折する、という位置に来たら手を挙げてください。あのバイクはバックギアがついています。」
…ウソ。でもみんな、一瞬信じた(私だけか?)。

バイクはバックギアでどんどん下がっていく(ウソ)。
誰も手を挙げない。
バイクがどんどん下がる。
誰も手を挙げない。
(中略)
主任教官の持つ無線機に、今やはるか遠くまで離れたバイクから声が届く。
「ライダーから泣きが入りました。」
みんな、ライダー根性が骨までしみ込んで、ドライバーの身になりきれないのかもしれなかった。

次に、バイクと四輪車がそれぞれ交差点を通過する速度を推定する。
これは、絶対、「両方とも60km/h」が正解だろうと思うが、とりあえず、見た印象を答えた方がよさそうなので、乗用車55km/h、バイク45km/hとしてみた。
正解は、やはり「両方とも60km/h」だった。

そしてメインの模擬体験?である。
右折車のドライバー募集に対して、トレパンマン他2名が立候補。
「彼、熱心やな。やっぱり運転系の職業なんやろな。」
夫がぶつぶつ言っている。
厳正なじゃんけんの結果、トレパンマンがドライバーとなり、他のふたりはそれぞれ助手席と後部座席に着く。
トレパンマンの運転する右折車に、白バイ教官のバイクが・・・!
うう、こわいよー。
教官は見事にトレパンマンを回避したが、私は(たぶん)ひとりでふるえあがっていた。
相手が一番マズい動きをすることを考えて、運転しないといけないわけだな。
頭では理解するが、実際に目の前で右折車に突っ込んでこられたら、回避する自信はない。

UP!

7. 夢にまで見たトライアル

実技の最終科目はトライアルだったので、格納庫でバイクを交換した。
初めてのトライアル車はヤマハのSCORPAといって、何かの医薬品を思い出させる。

トライアル車を前に、主任教官が、静かに話し始める。
「週末にしかいけないツーリングだったら、多少風邪気味でも参加したいでしょう。そういう時は、体調が悪いなら、いつもよりもスピードを控えめにするとか、他でカバーするんです。」
バイクに乗りたくてたまらない人の立場を理解した話をしてくれる。
では、身長が低くて足が地面に着かない弱点も、バランス感覚を鍛えることや、急に足を着かなきゃならない事態を招かない運転をすることでカバーできるのかな、なんて拡大解釈しながら聞いていた。

この時間は、初級・中級・上級の3つのグループに分かれて走る。
私の入った初級グループの担当は、のっぽの主任教官だった。
教官と私の間には誰もいない、ということは私が一番前ですか?
うろたえている間に、教官がトライアルコースめざして走り出す。
必死で後を追う。
教官のするとおり、ステップの上に立ち上がり、ひざから下でニーグリップ!
おお、これが「3点で支えるニーグリップ」なのか!?
車体がスリムなトライアル車に乗ってみて、初めて実感した。
チェンジペダルが遠いけど、苦労して二速に入れたら、意外に走りやすい。
いちいち感動しながら、もたもた進んでいく。
それにしても、何でサイドスタンドが右なんだろう?

でこぼこの未舗装路と草地のコースをおっかなびっくりついていく。
のっぽの主任教官が、輝くような笑顔で振り返る。
そうだ、リラックス!
上手くできた瞬間をしっかりつかまえて、楽しもう。
そうしたら、少しずつきっと、身についていく。

トライアル車には、ニュートラルランプがない。
停止時、ニュートラルに入ったかどうかわからなくて、クラッチレバーを握ったままでいた。
見回り(徒歩)をしていたあの若い職員に、ニュートラルに入ったかどうかわからなくて、と告げると、こうすればいいんですよ、と、なぜか左にあるキルスイッチでエンジンを止めてくれた。
いや、エンジン止めたかったわけじゃないのだが。

ないと言えば、ブレーキランプもない。
私はうっかり、急ブレーキをかけてしまい、後ろを走っていた女性に、ごっつん!と追突されてしまった。

ひとり、途中でエンストしたきり、再スタートできずに遅れた人がいた。
のっぽの主任教官が、ばびゅーん、と彼の元へ飛んでいく。
二人が追いついてくるのを、残されたメンバーはおとなしく待った。
「どうしましたか?」
別のグループの教官が、先頭の私に尋ねる。
「主任教官のグループですけど、一人遅れたので、教官は迎えに行きました。私たち、待ってるんです。」
こうやって見ると、私たちは迷える子羊、教官は牧羊犬みたいなものだろうか。

冬だというのに大汗をかいて、格納庫前に戻った。
「危険な状態から脱するために、技術を磨くことは大切です。でも、そんな高度な技術が必要な事態にならないことが重要なんです。」
のっぽの主任教官の言葉が、しみじみと効いくる。
・・・でもやっぱり、楽しかった!というのが正直な感想なのだった。

UP!

8. CRTとエバリュエーション(評価)

教室で、CRT運転適性検査というのを受けた。
これは、運転シミュレータのような装置で、ハンドルとアクセル及びブレーキペダルを使い、反応動作の速さ、注意の配分などを調べるもの。
と書いてはみたが、運転シミュレータは、二輪車用しか経験がないので、果たして本当にこの装置と似ているのか、断定はできない。
足袋裸足になって画面の表示を追い、ペダルを踏み、ハンドルを回す。
四輪車を運転する習慣のない私には、かなり疲れる検査だった。

私の評価は、項目によって、1から5まで見事に散らばっていた。
おもしろいのは、「注意の配分/認知 注意の集中分散」という検査の結果で、反応速度は5(問題なし)、誤反応は1(要注意)。
すばやく動くが、間違っている、ということか(苦笑)。
結局、総合判定は「4」だったが、自分が運転に向いているのかどうか、自分では今ひとつ把握できなかった。

こうして我々はすべてのカリキュラムをこなし、最後に修了証書を受け取った。
証書には「一般・企業運転者課程 二輪車 1日」とある。
・・・配布された資料に書いてある課程名と違うが、まあいいか。
「違反をした時に、これを見せると勘弁してもらえるとか、そういう特典はありません。」
主任教官が、疲れも見せずにニコニコと説明した。

UP!

9. 形のない贈り物

たった1日の研修は、あっという間に終わってしまった。
ここに来るまでのプロセスと、ここでの時間が充実していたからか、何だかちょっとさびしい気さえする。
後はここで手に入れたものを、自分で大切に育てていくだけなのだ。

あの河川敷の教習所でも同じだったが、その場所にいる間に、その場所にいる人から、私は安全運転をするという気持ちとか、そのためにやるべきこと、必要な技術、そういうものを受け取った。
自分から放棄しない限り、いつでも、いつまでも、私の中にある。
そんな気がする。

客観的には、対価を払って、サービスを購入したということでしかないのかもしれないけれど。
笑顔さえ、ひとつのコーチングスキルかもしれないけれど。
そういう判断くらいは、私にもできるのだけれど。
でも、そういう手法の部分と関係なく、生身の人間が、別の人間から受け取ることができるものがあるように思えてならない。

仕事のため北へ向かう夫と別れ、ひとりで乗ったよく揺れる電車の中で、気分はかなり乙女だった。

UP!

最後までお読みいただきありがとうございます。

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