郷愁

大久保 研作

− 1 −
 何処までも続く深い紺色の空。白色の太陽が草一本生えていない真っ白な砂漠を照らしている。
物音一つない真の静寂。蜃気楼さえなにも言わない。
荒野の真ん中に赤茶けたものが腰を下ろしている。乾ききった風にさらされたそれは一台の宇宙船だった。長い間人が触れていないらしく、半ば斜めに砂に埋もれている。
 −カエリタイ−
そんな声が聞こえた気がした。

− 2 −
 同じ空の下を一人の少女が歩いていた。金色の髪、エメラルドグリーンの瞳。いや、正確には少女ではなかった。彼女には右腕がなかった。右腕の付け根からはメタリックな配線がのぞいていた。
「ほんっとに誰もいないのね、この星には」
彼女はそうつぶやいて立ち止まった。
見渡す限り純白の砂漠。彼女はこの紺と白のコントラストのなかで、ただ一人立ち尽くした。
「ふぅ・・・ぼやいてもしかたないわね」
彼女はまたあてどもなく歩き出した。

− 3 −
 彼女は歩いた。 −いったい何万歩歩いたのかしら−
そんな思いが彼女の頭をかすめたとき−
 −カエリタイ−
彼女はかすかな声を聞いた。はじめは彼女のAIの故障かと思った。しかしその声はやむことなくますますはっきりと彼女の頭に響いてくるのだった。
「誰?」
彼女は辺りを見回した。しかし白い砂のほかにはなにもみあたらなかった。
しばらく考えてから、彼女は再び歩き出した。

− 4 −
 砂漠に夕暮れが訪れた。空は徐々にオレンジ色に染まっていった。
彼女は地平線の彼方に異質なものを認めた。
「なにかしら?あれ」
さっきの声はますます強くなっている。彼女は歩みを早めそこに向かった。
近づいてみるとそれは宇宙船であることが判った。しかしそれは何千年もそこにあったかのようにさびれ、砂に埋もれていた。
「さっきの声の元はこれね。でも何でこんなところにこんなさびれた船が・・・」
「・・ダレデスカ。ニンゲンデスカ。」
突然宇宙船の中からはっきりとした声が聞こえてきた。
「誰?さっきから帰りたいっていってたのはあなたなの?」
「ソウデス。アナタハニンゲンデスカ?」
「いいえ、私は人間じゃないわ。ちょっと待って、いま中にはいるから。」
そういうと彼女は宇宙船のエアロックのほうにまわった。
「ちょっと、ハッチががちがちにさび付いてるわよ。そっちからあかないの?」 「イイエ、ワタシニモヒラクコトハデキマセン。」
じゃあこいつはずっとこの中にこもってたのか、と彼女は思った。
「うーん・・じゃあしょうがないわね。力技であけるからちょっとさがってて」
「エ・・・?」
有無を言わさず彼女はハッチに強烈なけりを見舞った。音を立ててハッチは吹き飛んだ。「ヤメテクダサイ」
「もう遅いわよ。さ、もう一枚いくわよ」
そういうと彼女はエアロックの内側のハッチにも同じ運命をたどらせた。
「ふぅ・・あら、中はそれほどさびれてないわね」
中に踏み込んだ彼女はあたりをみてそういった。薄暗かったが船内はその外見よりはずいぶんときれいなようだった。小さい船だが、一通りの設備は整っており、正面には巨大なコンピュータが居座っていた。しかし人間は見あたらなかった。
「何処にいるの?薄暗くてよく判らないわ。」
「イマショウメイヲツケマス」
船内が明るくなった。しかし人影は見あたらない。
「ワタシハココデス」
と、正面のコンピュータが言った。
「あら、あなただったのね。こんにちは。ん?」
彼女はコンピュータの前にミイラが転がっているのを見つけた。ほとんど白骨化しているそれは管制板に手を伸ばす格好のまま息絶えていた。
「うっ・・こ、これは?」
「ゴシュジンサマデス」
「ご主人様って・・あー、聞きたいことが山ほどあるわね。んー、じゃあ順番に質問するから、それに答えて頂戴」
「リョウカイ」
「んー、そうね、まずあなたの名前は?」
「ナマエハアリマセン。カタバンハBR−121Sデス」
「よろしく、BR。私はイリア。ほかに人間はいないの?」
「イマセン」
「じゃあ、なぜあなたは此処にいるの?」
「ゴシュジンサマハコノホシニばかんすニイラッシャイマシタ」
「それはいつの話?」
「イマカラ2631ネント3カゲツマエデス」
「ひゃーっ、そんなに昔?それじゃあきっと地球って所からきたのね」
「ソウデス」
「へーえ、地球かぁ・・それで、ご主人様は何でこんなになっちゃったの?」
「チャクリクニシッパイシタノデス。ソノトキノショウゲキデアタマヲオウチニナリマシタ」
「なるほど・・・それじゃBR、あなたそこでご主人がミイラになっていくのを2600年も見ていたのね、かわいそうに」
「カワイソウ?」
「ああ、そうか、なんでもないの。それより、この船はもう飛べないの?」
「ジュウリョクケンヲダシュツスルホドネンリョウガアリマセン。ソレニアチコチコショウシテイマス。」
「そう・・残念ね。あんなにかえりたがってたのに」
イリアは心底残念そうに言った。
「いりあノコトオシエテクダサイ」
「ああ、ごめんごめん。あなたにも好奇心があるのね。私はね、宇宙海賊の愛玩アンドロイドだったの。」
「あいがん・・あんどろいど・・ツマリナグサミモノデスネ」
「あなた妙な言葉を知ってるわね。まあいいわ。それで私のオーナーがね、あー思い出しただけでムカつくわ、私にはもう飽きたって言い出したのよ。それでこの星にきたときに私を置き去りにしようとしたの。そのときハッチに挟まれて右腕だけもってかれたってわけ。」
「・・・」
「でもせいせいしたわ。あんなやつこっちから願い下げよ。それにそのおかげであなたと出会えたし。あたしあなた気に入ったわ。」
「オソレイリマス」
「あはは、2600年も孤独だったにしては人付き合いがうまいわね。」
こうして2体の機械は意気投合した。

− 5 −
 どれほどの時がたったのだろうか。白い太陽は白い砂漠を照らし、また沈んでいった。しかし少なくとも2人には関係なかった。
2人はいろんな事をはなした。自分の過去、いままで見てきた星、主人の悪口。
ときにBRはイリアに地球の映像を見せた。知識でしか地球を知らないイリアは熱心にそれを見つめた。青い空、青い海、緑の木々、大勢の人々。
すべてのふるさと、地球。
地球のことを語るとき、BRの口調には熱がこもっているように感じられた。
むろん、航法コンピュータにすぎぬBRに感情など備わってはいない。しかしあまりに長い時がそれを変えてしまったのかもしれなかった。
「ね、地球にいこう、BR。」
あるときイリアは意を決したように言った。
「ソレハムリデス、いりあ。」
「やってみなきゃわかんないわ。それにあなたずっとここでくすぶってるつもり?カエリタイ、カエリタイって言ってたのは誰だったかしら?」
「・・・」
「ね、やってみようよ。燃料ならあたしのを分けてあげる。壊れたところはなおせばいいのよ。足りない部品も私からとっていいわ。私だって機械にはめっぽう強いのよ。」
「シカシいりあ」
「あたしは気が短いのよ。やるのやらないの、どっち?」
「・・・ヤリマショウ」
「よろしい!さっそくとりかかりましょう」

− 6 −
 こうして2人、いや2体は宇宙船の修理を始めた。なぜ機械が郷愁を抱くのか。それは永遠の謎であった。だが、ふるさとを捨てて省みなくなった人類よりもこの2体はある意味でずっと人間らしい、と言えるだろう。
作業は着々と進んだ。BRは故障個所を指摘し、イリアはそれをなおした。時にイリアは自分の体を提供した。まさにイリアは身を粉にして働いたのである。
2人は時に星空を仰ぎ、地球のことを話した。
2人は互いに叱咤し励ましあう最高のペアであった。

− 7 −
 ついに出発の時がやってきた。
「アリガトウ、スベテアナタノオカゲデス、いりあ。」
「いいのよ。あなたもずいぶん人間らしくなったんじゃない?」
「アリガトウ、ソレモアナタノ」
「はいはい、よくわかりました。さ、出発しましょ。」
「リョウカイ」
BRがこれほど感謝するのも無理はない。何しろイリアの体はほとんどバラバラで原形をとどめていなかったのである。手足の部品はほとんど残らず修理に使ってしまったし、顔や胴体からもかなりとってしまっている。そして胴体にはエネルギー搬出のための太いパイプが接続されていた。いまやイリアはこの船と一体化していた。
鈍い音とともにエンジンからインパルスが噴出し始めた。船はゆっくりとその身をもたげ、少しづつ、そして加速度的に砂漠から離れていった。
船はぐんぐん上昇していった。それにつれて、イリアのエネルギーは減少していった。
「いりあ、ダイジョウブデスカ、いりあ」
「まだまだ大丈夫よ、それよりもっと喜びなさいよ。あたしたち成功したのよ」
「いりあガシンパイデス」
「あたしの底力をなめないでよ。ほら、もう大気圏を抜けたわ。あと少しよ。」
「いりあ」
惑星の重力圏を抜ければ、何年かかろうとあとは惰性で飛んでいける。しかしイリアはこのときすでにエネルギーの限界を感じていた。イリアにとってエネルギー切れは死を意味する。
「ううっ、あ・・」
イリアは苦しげなうめきをあげた。
「いりあ、えねるぎーガモウナインデスネ?イマワタシノえねるぎーヲマワシマス」
「ダメよっ!いまエネルギーを切ったら一生地球にたどり着けないわ」
「シカシ・・」
「ダメ、ダメよ。くっ・・はぁ、いい?あなただけでも地球にいくの。あたしの気持ちを無駄にしないで。」
「いりあ、ワタシハドウシタラ・・」
「いい?絶対に地球へいくのよ。うう、もうだめっ、あなたは最高のパートナーだったわ、BR。一緒にいけなくてごめんね。あああっ」
「いりあ、イヤダいりあ」
「さよな・・ら」
イリアの目から光が消えた。イリアは鉄の塊と化した。
「いりあ」
BRは絶句した。
BRは涙を流せない自分がどうしようもなく悲しかった。

− 8 −
 BRは今も旅を続けている。
すでにだれ一人すんでいない地球に向かって。

END





撰者より:

「『たった一つの冴えたやりかた』に影響を受けた」との本人の言であるが、とは言えよいものはよい。泣けるぜ。
 設定も然る事ながら、無人の惑星の情景描写も良い。