第1期 #15

海のそばで

 未だに台風の傷跡が、屋根瓦や傾いた看板に残っている。隣近所は、誰誰が死んだとか言う噂話で持ちきりだ。心にも無いお悔やみの言葉を掛ける人々。母に連れられてきた葬列から一人で離れると、私は海を見ようと堤防に立った。浜辺では四、五人の大人たちと一匹の犬がいて、嵐の余韻を残す海をそれぞれに遠く眺めている。

 水平線のかなたに船が浮かんでいて、じっと見てると浜へと近づいて来た。私の傍を男たちの列が物も言わずに通り過ぎて行く。漁りに出るのだろう。船にのって沖へと出ていく彼らの姿を見つめる。穏やかだった空が薄く曇りはじめ、見る見るうちに青空が暗く重い雲に覆われた。波のうねりが激しく押し寄せてくる。狭い入り江で波が荒れ狂っている。さっきの船を目で追っていると、男たちが甲板に出ているのが辛うじて見える。彼らの体は海に投げ出される。一人、二人。最後の一人は船と一緒に、海にそっくり丸呑みにされた。

 そして藻屑となって消えたのだろう。

 今日の海は何時にもまして穏やかだ。目を閉じてさっきまでの想像を頭から追いやる。深呼吸をすると、鼻腔から頭に掛けてゆるやかな痺れがあって心地好い。

 傍らに鼻を鳴らしながらすり寄ってきた仔犬にもかまわず、私はぱっと目を見開いて、足の向くままに堤防から砂浜へと駆け降りていく。息が上がるのにも構わず、無目的に駆けて、駆けて、駆ける。足下がおぼつかなくなり、喉がからからに乾いて、眩暈を起こしてうつぶせに倒れてしまう。その傍を仔犬が全力で駆け抜けていった。

 砂浜に突っ伏したまま目を閉じて、荒い呼吸が元に戻るのをじっと待つ。頬の汗を仔犬が舐めても、お構いなしだ。犬の様に口を開けては閉めて、全身の熱を外に放つ。ゆるやかな坂を下るように、高ぶった心を落ち着かせる。沈黙の隙間を、波の音が縫うように支える。

 仰向けになると、薄曇りの空の中で、傾いた太陽が力無く漂っていた。思うように行かないことを嘆くかのように、薄雲を纏ったり脱いだりしていた。私は起き上がって靴底にたまった砂を浜に戻すと、人の消えた海を振り返って、十年前に沈んだという船を想った。


Copyright © 2002 Aky / 編集: 短編