第11期 #15

静かな木

 この頃ではなんでもかんでも 「消音」 が当たりまえになっている。しずかな街づくりの促進という政府の方針らしいけど、音のしない自動車とか、特定の人にだけ伝える車内放送、足音をたてない靴、音を吸収するトイレなど、至る所に消音設備が張りめぐらされている。
 ひとむかし前には 「抗菌」 が流行ったこともあるけれど、その時とは比べ物にならない。いまでは駅前で歌をうたうことさえ禁止されているし、テレビやラジオの音が屋外に洩れると罰金刑に処され、警官に注意され激昂して大声を出そうものなら禁固刑だ。うるさいよりは静かなほうがいい。でも、少しずつ変な方向にすすんでいるな、とは思っていた。
 下町の小さな企業で開発されたという新しいクスリ。
 この薬を水に溶かして樹木の根元にまくと、数日で木全体の組成を変えることが出来るのだという。雨がふっても絶対に音をたてない。幹や葉っぱが音波吸収材の役割をはたすらしい。これを試験的に街路樹などに使用し、ゆくゆくは全国の森林に撒布する計画だという。
 そして新薬の評判は上々だった。雨音がうるさくて仕事や勉強に集中できなかったという人々から絶賛の声が挙がり、伐採した樹木は建造物の遮音材としての用途も検討されているという。騒音のない静かで暮らしよい社会、その実現に貢献した下町企業の社員には紫綬褒章が贈られるとか、ノーベル賞だとかいう声もあって僕はいやだった。
 雨音が好きな人は、全国に何人くらい居るのだろうか。
 ……それから数年後、某地方都市で水害があった。薬のまかれた森林では土地の保水力が落ちていたらしい。新しく造られた住宅地のほとんどが例の遮音材をつかった木造住宅で、流され、崩れるとき、やっぱり音はしなかった。
 森林から流れ出る川では今でも、音をたてずに水が流れている。



Copyright © 2003 ユウ / 編集: 短編