第11期 #17

地下鉄

 照明の具合がどうにもおかしいようで、構内はひどく薄暗く、時折かすかに瞬いたかと思うと、全くの暗闇が構内を覆ったりする。ただでさえどこか黴臭いのに、その上真っ暗になってしまうと、辛気臭いのを通り越して、不気味というべきくらいだったのだけど、この駅の職員でもなければ、電気技師でもない私にはどうすることもできないのだし、ほんの僅かの間いるだけの構内の照明が悪かろうと、列車さえ時間通りに来てくれればたいした問題ではなかった。ホームに散らばる他の客たちにしても左程気にしている様子はない

 再び照明が点いて構内が明るくなり、といっても真っ暗な状態に比べれば明るいというだけの話で薄暗いのは相変わらずで、構内の角の方になるともうまるで真っ暗でどうにも辛気臭くていけないと思うのだけど勿論たいした問題ではない。そのようなことを考えながらぼんやりとしていると、ひたひたとどこからか水が漏れ出すような音が聞こえ始め、いや実際にそれは水が漏れる音だったようで、気づいた時にはすでにレールが水で浸っていて、さらにどんどんと水かさは増していき、ホームに溢れんばかりまでになった。しばし呆然とした後、これでは列車が来ることが出来ないではないかと、私は酷く憤慨したが、その怒りをぶつけるべき駅員の姿はどこにも見当たらない。

 ボッボッボっボッと安っぽいディーゼル機関の音が聞こえ、穿かれた穴の向こうからにゅっと小型の船がやって来ると、さもそれが当然のようにホームに止まった。船に被せられた継ぎ接ぎだらけ幌の横で、船頭らしい灰色顔の老人がだまってホームを見渡すと、疎らに散らばっていた他の客たちがすっと集まってきて、皆乗り込んでいってしまった。そして船は、ただ立ち尽くすだけの私を残して、ボッボッボっボッと穿かれた穴のあちら側に消えていった。

 船がすっかり見えなくなると水はすーっと引いていき、レールの上でぴしゃりと跳ねる一匹の魚を残して全く元のとおりになった。ぴしゃりぴしゃりと跳ねるその魚をぼーっと眺めていると、微かに瞬いたかと思うと明りが消え、ゴウッと音が響き、窓を明るく光らせた列車が私の目の前を通り過ぎていった。

 再び照明が点いた。レールの上では先程の魚が轢断されていた。構内は相変わらず薄暗かったのだけど、この駅の職員でもなければ、電気技師でもない私にはどうすることもできなかった。



Copyright © 2003 曠野反次郎 / 編集: 短編