第14期 #25

鬼灯

 下駄をからんからんと鳴らし、浴衣を着たサチが駆けていく。
「サチ!」
 買い物の帰りに家の前で鉢合わせした私が呼びかけると、娘は「お母さん、お爺ちゃんと一緒に先に行ってるね」と言い置いて去っていった。その様子を見てお隣さんが、「夜に行くんじゃなかったのかい? ちょいと気が早いね」とからかう。私は苦笑した。
 家にいたお義姉さんが六時に雷門だと伝えてくれる。時間に近くなると私は縞模様の浴衣に帯を締め、地下鉄に乗る。
「よお節子さん」
 人の殊更に多い門の下で、ようやく発見した時にはお義父さんがサチと手を繋いで笑っていた。
「見つけんの大変だったろう。でもどんどん人が多くなってくるからな。ここからが勝負どころだぜ?」
 はたしてお義父さんの言葉は当たり、仲見世通りを進めば進むほど、人口密度が増していった。呼び込みの声や歓声やその他声という声が、空間を震わせて私たちに覆い被さってくる。そんな中、大柄なお義父さんはサチの歩調に合わせてゆっくりと歩き、サチは、既に右腕に色々な袋を提げているのにもかかわらず、ちらちらとお菓子のお店を覗いていた。
 宝蔵門に近くなると更に人も多くなった。ライトが揺らめいて、風鈴がリンと鳴いているのに思わず立ち止まる。ざわめきが耳を通り抜けても、ふっくらしたほおずきに目を奪われて、あまり煩いとも思わない。きらりきらりとした光の中で浮かび上がる緑と朱とサラサラ動く風鈴と人と、そして鈍く暗い浅草寺。
 口を開けて見入っていた私の指先に、何かが触れる感触がして、ふと我に返ると。
「きれいだね」
 ほおずきをじっと見つめながら、サチが手を握っている。
 私は不意に彼女に色々なことを謝りたくてしょうがなくなった。目まぐるしく動く人の流れとぐるぐる回る自分の考えに翻弄される。でも口から突いて出るのは「うん」の一言、ただそれだけ。
「いるかい?」
 にやりと笑って、ビニールに入ったほおずきを差し出すお義父さんの動作に、昔の優しいあの人の面影を見出しながら、「ありがとうございます」と受け取った。彼ははにかみながら、軽く私の肩を叩き、サチに「後から鳴らしてみるか」と一袋差し出している。
 二人の会話を聞きながら、一緒に帰省はしないと固い表情で呟いた夫のことを思い出す。もしかするとここに来るのはこれで最後かもしれない。そう考えて、灯のようなそれをそっと手で包み込み、力を込めてくしゃりとつぶした。



Copyright © 2003 朽木花織 / 編集: 短編