第15期 #12

 私はユニコーンになった。
 深く枝が垂れ重なる。青い水のような月光。森の下草を踏んで、私は駆けた。
 追われていると判っていた。幾つもの足音が背後で左右に振れている。
 幾度目かに小川を渡ろうとした時、腹が熱くなった。蹄が岩を滑った。ささった矢羽が揺れている。体を立て直して走り出すと、血が風に黒く流れた。
 丘の上に吟唱詩人がいる。追手に見られるのにも構わず、森を飛び出し、牧場を駆けた。大きな樹の陰に、小さな家がある。私は木の扉を首で押し開けて中に入った。尻で扉を閉める。尻尾の一振りで物が倒れる狭い部屋。夜明けにはほど遠い。家を囲むように、狩の角笛と犬の吠え声が闇に散らばる。
 詩人は眠っていた。私は額から伸びる角を詩人の胸に置き、詩人の夢に入り込んだ。
 詩人はどこか遠い宮殿の庭で、苦吟していた。王にほめられる歌をつくろうとして、できないでいるのだった。それは詩人の未来なのかもしれない。
 私は詩人の前に現れた。詩人は畏れ、竪琴を取り落とした。私を殺しなさい、と私は云った。私を殺して、私の角に私のたてがみを張り、私の歌をうたいなさい。私が食んだ草の露に溢れる星影を、私が口をつけたせせらぎの銀色を。
 私を殺しなさい。私を殺せば、あなたは私を歌える。
 私は今夜殺される。どうせ死ぬのなら、詩人の腕の中で死にたい。そうすれば、私は長く生きられる。竪琴の枠として、竪琴の弦として、竪琴から流れる音として。
 首を傾けて、詩人に心臓の位置を見せながら、私は詩人の足元に落ちているのが、私の体から作った竪琴だと気づいた。これはまさしく詩人の未来だった。

 牢の固いベッドで、詩人は眠っていた。野にいた時は自由で孤独だった。ユニコーンの死骸で竪琴を作ると、洗練と技術と名声がやってきて、宮殿に召された。豪奢な生活を驚き楽しみ、それから夜明けの森の匂いが恋しくなった。かつての闇夜に逃げ込んできたユニコーンそのものの白昼夢の後、詩人は王の歌うたいをやめて森の歌をうたいに行きたいと申し出た。王は籠の扉を開けて鳥を逃がそうとはしなかった。歌えなくなった鳥は首をはねられる。
 最後の眠りが詩人の胸を浸していた。詩人はその夢で私の所にやってきた。
 詩人はこの物語をうたい、覚えておいてほしいと微笑んで消えた。朝に詩人は殺される。

 私は売り出していない作家だ。夜更けに散文をタイプし、千字ぶん夢見る。ユニコーンの森の夢を。



Copyright © 2003 赤井都 / 編集: 短編