第15期 #23

カイロ哀歌

 真冬の校庭で、酔狂な全校朝礼の時間が始まった。田舎の高校では時々あるのだ。
 校長の挨拶など別に聞きたくない。スカートのポケットの中、封を切ったばかりの使い捨てカイロに僅かな癒しを求めて握り締めた。じわりと太もも、掌に暖かさが染み渡る。革靴の中では足先が悴んでいるのがわかるほど寒い日だ。カイロさまさまの状態でうざい年寄りの長話に耐えて終わったときだ。後ろに立っていたNさんが私の肩を叩く。
「Kさんカイロ持ってる?」
「うん」
「良かったら貸してくれる?」
 次の話が終わったら返してくれるというし、あまり考えもせずNさんにカイロを渡した。その後、前を向いていたのだが、何か周囲が騒がしい。隣に立つUさんが斜め後ろを変な顔で見ている。その視線を辿って振り返ってみた。
 そこには革靴を脱いで足先や足裏にカイロを押し当てているNさんの姿があった。
 ちなみに、うちの学校は共学なので男子もその姿を怪訝な顔で見ていた。
 私は持続時間がたっぷり残っているはずの憐れなカイロの姿を見て、咄嗟に言葉が出なかった。Nさんは私の視線に気がつくと、笑顔で言った。
「やっぱり、もう寒くなった? これ返そうか?」
 そして、今まで自分の足を暖めていたカイロを私に差し出した。目の前に出されたカイロを暫く見てから、私は言った。
「……あげるよ」
「え?」
「それ、あげる」
 私の申し出をNさんは凄く喜んでくれた。何度もお礼を言われた。

 朝礼後、私は教室に向かって友人と歩いていた。少し先をNさんが歩いていたが、彼女を見ると朝なのに何故か疲れた気分になった。が、次の瞬間、私は自分の目を疑った。
 Nさんの隣を歩くOさんが頬にカイロを押し当てている。そこで、少し考えた。外で朝礼をする日には、自前のカイロ持って来ている子は多いのだ。考え過ぎか、と思った時、彼女達の会話が聞こえてきた。
「暖かいね、カイロ」
「でしょ? それKさんがくれたんだよ」
「ウソ、優しい」
 私も友人も朝礼中の出来事は近くで見ていた。無言のまま友人と二人、顔を見合わせた。Oさんの頬を暖めているカイロはくだんのカイロなのだろう。
 Oさんは「ありがとう」と言いながらNさんにカイロを返していた。Nさんはカイロを受け取るときに、後ろを歩く私に気がついたようだった。好意といわんばかりの笑顔を向けてきた。
 私はこのとき初めて、不可抗力とは言えNさんにカイロを贈呈したことを後悔した。



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