第6期 #20

なくした消しゴム

 有能なぶん余計にムカつく後輩に、たまには飲みに行きましょうよなんて誘われたところで行くはずもなく、今日はチョットと照れくさそうに苦笑して、あたかもデートかなにか色っぽい約束があるかのごとくに断わっておき、しかし用事など存在しないので店でビデオを借りて帰ったら、アパートに着いたころには十時を過ぎていた。金曜の夜は、いつもまあこんなものだ。
 玄関のノブに手をかけて、ふと、足元に小包を発見した。一辺が十センチほどの立方体で、茶色い紙に包まれており、宛名もなにも書いていない。手にしてみると、なかでゴトゴト、なにか小さな物体がひしめいているらしく感じられた。差出人不明というのが猛烈にあやしいわけだが、興味がまさり、部屋にあがってスーツを脱ぐなり小包を開けてみた。
 箱の中味は、大量の消しゴムだった。が、ただの消しゴムでないことが、すぐにわかった。目についたひとつに、ヘタクソなキン肉マンの顔が彫ってあったからだ。
 思えば、消しゴムというものを最後まで使いきったおぼえがない。小中高、専門学校と、十四年間にわたり彼らの世話になったが、いつも、いつのまにか失踪してしまう。学生時代を通じて、もっとも熱心にやり続けたことと言ったら、勉強でも部活でもなく、消しゴムをなくすことだったのかもしれない。
 箱の中味は、再会に満ちていた。
 小学生のころ、買ったばかりなのにカバーをむいて、鉛筆でキン肉マンを刻んだ消しゴム。裏にはロビンマスク。これはカドがもげるようにして削れている程度だから、すぐになくした消しゴムなのだろう。ほかには、においも形状もチョコレートの消しゴムや、ちっとも消せない通称「ねり消し」が箱のすみにへばりついていた。
 中学校のころのものとして思い出せるのは、朱色で神社の名をあしらった消しゴムで、これは塾の先生が受験直前に配ったものだ。ほか中学時代のもの、また高校および専門学校のときに使った消しゴムは、どれがどれだかわからない。とにかく、大きさも色も形も雑多ながら、どれも見おぼえがなくもない消しゴムだ。
 いったいだれが、なくした消しゴムを集めてわざわざ届けてくれたのか。なかなかたいへんな労力だろうから、とても親切な人にちがいない。
 とはいえ、どれも今さら必要ないので箱ごとゴミ袋に放りこんで、ビデオを観ることにした。金曜の夜は、まれにちょっとした事件があっても、まあこんなものなのである。



Copyright © 2003 紺詠志 / 編集: 短編