第6期 #5

ただいまおサルのかご屋えっさほいさっさ中

えっさほいさっさ
えっさほいさっさ
その一見単純な掛け声の中に、実はとんでもなく差別的なひどく愚劣な表現が含まれている等とはつゆ知らず、カゴ屋のおサル二匹はカゴをえっさほいさっさと担いで山道をひたすらサル巡回していた。
さて、向こうからえっさほいさっさとやって来るのはどう見てもおサルのカゴ屋ではないか。名無しのじんべさんは目をこすって目を瞬かせ、しかしどう見てもやっぱりおサルのカゴ屋ではないか。ははーん、さては裏に仕掛けがあるな、等というのは現代人のつまらない発想である。ははーん、さてはもののけだな、というのが江戸時代の人間の納得の仕方である。しかもじんべさんは延々と続く先の見えない山道にほとほと疲れ果てており、ここらでカゴ屋でも通りかかってくれないかと思っていた所だからこれは渡りに船というやつだ。
じんべさんはカゴを止めて聞いた。
「お前たちはカゴ屋なのかい」
「うん、ぼくたちおサルのカゴ屋」
どう見てもサルが喋っているのだが、純粋なものだ江戸時代の人間は。ははーん、これは大人しいもののけのようだから乗っても大丈夫だな、とか思ってしまうのだ。そして搬賃を聞いてみれば、これまたえらく安い。じんべさんは嬉々としてカゴに乗り込んだ。
えっさほいさっさ
えっさほいさっさ
えっさほいさっさとは、これまたどえらい差別的な掛け声をかけてやがるなこのサルどもは、と、しかしえっさほいさっさの当事者でもあるまいしカゴから飛び出してサルどもに鉄拳を食らわす程の強い不快感を抱くわけもなく、しかもサルどもはカゴ屋としての腕はなかなからしく凸凹とした山道を駆けているのに揺れもほとんどカゴの中には伝わらず、じんべさんはついうとうとと眠ってしまった。

さて、そんなこんなで結局サルたちに身ぐるみ剥がれて山中で転がっているじんべさん、とにかく身体の節々が痛くてぴくりとも動けないから自力で下山などできっこない。しかも人道外れたもののけ道に転がっているから、おそらく人間は通りかからないだろうし人間以外が通りかかった所で自分を助けてくれるとは、とても思えない。ああ、おれこのまま死ぬのかなあ、と薄らぼんやりとした意識の中で今度の年貢の心配とかしながら、ついに息絶えようかというその直前、あ、思い出したおれの名前は従五位下本間越中守有義也。



Copyright © 2003 ツチダ / 編集: 短編