第7期 #14

赤い小さなマール

 赤い小さなゴムボールに、エッちゃんが目と口を描いて「マール」と名前をつけたときから、それはマールになりました。
 エッちゃんは、マールをとても大事にしています。お母さんに怒られるから学校には連れていけないけど、そのかわり、学校から帰ったらすぐマールのところにとんでいって、ごめんね、と声をかけます。
 いちど一緒に公園に行ったら、乱暴もののターくんがエッちゃんからマールをとって、ポンポン蹴りました。エッちゃんはすごく怒ったけど、ターくんはぜんぜんやめないから、しまいには泣いてしまいました。
 だいじょうぶ、そういうふうに、できてるんだから。
 そうマールは言いたかったけど、マールの口は、にっこりと閉じたまま、動きません。ターくんが飽きてどこかに行ってしまうと、エッちゃんは涙で濡れたほっぺたをくっつけて、ごめんね、いたいでしょ、ごめんね、と繰り返します。
 いたくないよ、ぜんぜん、いたくないよ。
 マールの口は動かないから、エッちゃんは泣きやんでくれないのでした。

 ある日、エッちゃんが学校に行って、マールだけが部屋でぽつんとしていたら、窓から太陽の光が射し込んできました。ちょうど窓のほうを向いていたからとってもまぶしくて、目を閉じようとしてみたけど、小さい点のようなその目は閉じることができません。どうすればいいのかマールは困って悩んで、ひとつの考えが浮かびました。
 そうだ、ころがればいいんだ。
 丸いんだから、目は閉じられなくても、転がることはできるはずです。さっそくマールは転がってみようとしましたが、ちっともうまくいきません。なんでだろう、と考えて、そういえば自分で転がったことなんてないんだ、と思いあたりました。いつもエッちゃんに動かしてもらっていただけなのです。
 けど、マールはがんばりました。ずっとずっと頑張って、もう太陽の光もどこかに行ってしまったころ、マールは自分が天井を見上げていることに気付きました。マールはとてもうれしくなって、もっともっと頑張ろうと思いました。

 エッちゃんが学校から帰ってきてドアを開けたとき、マールはドアのすぐそばにいました。だけどエッちゃんは何も気付いていないみたいで、すぐにマールを抱き上げて、ごめんね、とほっぺたをくっつけます。
 じぶんで、ころがってきたんだよ。
 そう言いたかったけど、やっぱりマールの口は動かないから、ただにっこりと、笑うのでした。



Copyright © 2003 川島ケイ / 編集: 短編