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| 福田敏雄さん(左)と・野村俊彰さん(右) |
ビックリした。お二人は今日(展覧会初日)が初対面だというのである。二人展などというものは、以前から面識があり、特に漆に対する姿勢が似ているとか、学校が同じだとか、尊敬し合っているとか、何かがあって実現するものだと思っていたからだ。何はともあれ、二人の説明を聞こう。
福田さんから。
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イラボ盆縁朱(野村) |
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入れ子サラダボウル(福田) |
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姫重(福田) | 「もう5年ほどになりますかねえ、こちらの店に、ぼく、売り込みにきたんです。前から気になっていたもので。なんとなくフラッと入ったように見せかけて、本当は売り込みだったんです。で、ちょっと話をすると、じゃあ、品物を見せなさいといわれて、でも、品物を何も持ってなかったんですよ。あなた、何しにきたの? と笑われたんですけど、それがこちらの店にうかがった最初ですね。そのとき、今日みたいにたくさんじゃないけど、野村さんのお椀がいくつか置いてあって、ああ、こういう人がいるんだと。でも、お会いするのは今日が初めてです」
「ぼくも何度かこちらの店にうかがって、福田さんという方の器が置いてあるなあ、と。お店のほうから、福田さんと野村さんの器を主に置くようにしたとお聞きしまして、それまではまったく知らんかったです。ぼくは漆の方との交流というか、あまりないものですから」
福田さんは「知らんもん同士」と愉快そうに笑う。
福田さんには以前、「展覧会見て歩き」に出ていただいたことがある(バックナンバー参照)。それ以降、心境の変化はありましたかと質問すると、信念の人である福田さんは「ありません。これからもないと思う」とのこと。いきおい、野村さんのお話を中心にうかがうことになったが、二人の制作上の相違点から比較してみたい。
二人の相違点でもっとも顕著なのは、福田さんは塗り専門、野村さんは木地から塗りまで全部一人でやることだろう。野村さんは一長一短があるといって、こう説明する。
「長所は、一人の作家として、自分の作りたいものを、だれの手も借りずに全部できるということですね。木地屋さんに頼むことになれば、図面を描いたり、口で伝えたりしなければなりませんが、私には、それは必要ないということです。短所は、木地師の仕事と塗師の仕事は、全然違うということですね。木地師の仕事はホコリが出ますが、漆はホコリをもっとも嫌います。やきものなら作業にある程度連続性というか流れがありますが、私の場合は、こっちをやってるときは、一方はまったくのお留守ですから、合理的とはいえませんね。プラスマイナスを考えたら、マイナスのほうが大きいでしょうね。でも、自分はもうこのやり方を始めたので、これでやるしかないですけど」
福田さんはどうなのだろう。
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オーバル鉢(野村) |
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やわらか椀(左)と 大やわらか椀(野村) |
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石目椀(福田) |
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黒イラボ皿(6.5寸)(野村) |
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つぼみ椀(野村) |
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小判敷と珈琲カップ(福田) |
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浅口椀(福田) |
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ケヤキ丸盆(福田) | 「ぼくも最初は木地からやりたいと思っていました。いまでも全部やる人をうらやましいと思うことはあります。ただ、ぼくは今年で50歳になるんですよね。野村さんがおっしゃったように、木と塗りでは全然違う。つまり、それぞれ修行しなければいけない。修行の期間は、本当にわかるのは10年、塗りをやっててそう思います。そうすると両方習うのに20年かかるということですよね。塗りでもまだ修行している状態なのに、木をやるのは大変すぎると思って、ぼくの場合は木地屋さんの力をお借りしているというわけです。木地屋さんもプロですから」
これはどちらがいい悪いの問題ではない。分業制の発達した輪島の塗師の家に生まれた福田さんにとって、塗りに専念することは必然といえるし、石川県山中町でろくろの修行からこの道に入った野村さんが、食器を作る以上、最後の塗りまで自分の手でやりたいと思うのも、当然のことである。
相違点で面白かったのは、作業工程のどの部分がいちばん楽しいかという質問の答だった。野村さんの答は以外だった。 「中塗りあたりがいちばん楽しいですね。上塗りはやっぱり気をつかいますからね」 木工から入っているのだから、木を削っているときがいちばん楽しいという答が返ってくるものと思っていたのだ。福田さんも以外そうな顔をしている。その福田さんの答に、一同、大爆笑になった。 「ぼくは、売れたとき!」 ごもっとも。でも作業としては? 「やきものなら、窯出しとか盛り上がるのでしょうが、塗りは淡々とした作業で、特にどこが好きとかはないですね。強いていえば、新しい形が思いどおりに仕上がったときはうれしいですね。木地だけ見ていてもわからないことが多くて、仕上がってみないとわからないことが、まだあるんです」
二人の共通点の話もしなければならないが、まず、風貌。ものを作っている人はこうでなくっちゃあ、という印象である。そういう漠然とした共通点はさておくとして、二人の作る器はほとんどが無地である。当然ながら、仕事の基本は椀であるという認識も同じである。その上で、野村さんは「平たいもの」にも力を入れていこうとしている。また、同じ形の器で、ある程度の量を作ることが大切と、二人とも考えている。一品ものという発想は二人にはない。
福田さんはいう。 「一品ものというのは職人の世界にはありません。日常生活用しか考えてないから、ある程度の数は作りたいし、同じものを作れることは、職人としての自慢でもあります。作家か職人かなどは、どうでもいいんですけどね、ぼくは」
野村さんもいう。 「それは、ほとんど同じですね。一品ものはないです。すべて、ある程度の数を作ることを想定して、形なども決めます。でも、なかなかね、売れないからたくさん作れないんです」
こうした共通点は、要するにたった一つのことを指しているのだろう。二人とも、普段使いの器、いま現在、どんどん使ってもらえる器作りに徹している、ということである。野村さんの言葉でいえば「コンテンポラリー」である。 「とにかく、今日的、ということがいちばんですね。よく、古風な朱塗りの椀にアイスクリームをのっけた写真なんかが婦人雑誌に掲載されたりするでしょう。古風なものを新しく使うなんていう見出しで。ぼくの思いでは、いまの生活にぴったりのものを作れば、なにも古風なものをもってきて、ミスマッチを売りにしなくてもいいんです。いまの時代の塗りものを作りたいというのが、いちばんですね」
最後に、お互いのエール交換を対談風にまとめてみた。
福田 ぼくは、ほかの人のものを見る機会がほとんどないので、やっぱり刺激になりますね。たまには人のものも見なくちゃいけないなと、改めて思いましたね。
野村 ぼくのほうが歳は上ですが、塗りでは福田さんのほうが先輩ですからね。さすがに自分の世界を持っているなという感じですね。ぼくはまだですから。
福田 いや、ぼくはどこかで野村さんの器を見たら、わかりますよ。野村ワールドを感じますね。
野村 まだ作品数が少ないですからね、絶対数が。まだ、自分の世界というところまでは行っていないと思います。できかけているかなとは思うんですが。福田さんはしっかりできていると思って見ていました。
福田 数ということでいえば、ぼくが塗っている間も、木地屋さんはぼくの器を作っているわけですから、ぼくのほうが多いのは当然です。
野村 その代わり、ぼくは木地屋さんに手間賃は払わなくてもいいわけだからね。
福田 それはそうです。
野村 そうか、そうか、単純にいえば、数は半分ということですね。
「福田敏雄・野村俊彰 うるしの仕事」は2004年3月1日(月)〜3月20(土)まで、東京都大田区田園調布3-1-1-2F 田園調布いちょう(03-3721-3010)で開かれている(日曜定休)。時間は11時〜18時。
文と写真: 岡崎 保
| 福田敏雄(ふくだ・としお)さんのプロフィール |
1954年 石川県輪島市生まれ。家は代々の塗師。高校卒業後、上京。写真学校に通ったり、一時、社会人生活も経験。1978年、24歳で輪島に戻り、下地職人としての修行に入る。1985年、独立。1991年から普段使いの器を発表。
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| 野村俊彰(のむら・としあき)さんのプロフィール |
1950年 兵庫県姫路市生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン科卒業。石川県山中町で6年間、木地師の修行をする。1981年、郷里に戻り、ろくろ挽きによる器作りを始める。
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