ライス&私  
 

(第 8 話) ラストラン


 
優しい瞳が忘れられない天皇賞後の1ケ月は、天にも昇るような幸せな日々であった。
何をやっても楽しい、嬉しい。
遠くを見つめて立たずんでいる、ある写真のライスの瞳を見ながら、
「ライスってば、どんなこと考えているんだろう」
と、可愛くて愛しくて、四六時中ライスのことばかり考えていた。

ライスはGT・3勝馬となったが全て3000M以上の長距離戦。引退後、種牡馬としてハクをつけるには、もうひとつ2千のタイトルが何がなんでもほしかった。
今年の宝塚記念は京都コースでおこなわれる。秋の天皇賞は短すぎる。JCはメンバーが強力になる。そして何といっても、秋にはブライアンが帰ってくる。
勝つにはここが最大のチャンスだと陣営が思うの当然であり、またズブくなってきた古馬の身体の緩まないうちに、という考えもおそらくあったのであろう。
続く宝塚記念に向かうことになった。

ただ私は、陣営が出走をほのめかした時点から心配になっていた。
5歳の天皇賞後、疲労が著しく宝塚記念を回避したくらいである。身体の小さな馬にかかる負担は相当なものであろう。立ち上がれないほどだったと聞いている。
あの充実期でそうだったのに、まして今回は7歳でバテバテになりながら勝利した直後。
大事をとって回避してはくれまいか。そう思っていた。
「大丈夫かなあ。取り越し苦労ならいいけど」
事実私は友人にこぼしている。
もちろん、いつも心配はしていた。が、回避してほしいなんて思ったことは一度もなかった。
おそらく天皇賞を勝ったことで、私自身が十二分に満足してしまったのもあったのだろう。
それと、レースの勝ち負け自体、今回は疲れと距離不安とで厳しいと思っていたのも回避願望に拍車をかけていた。

ただ、天皇賞前と後とでは、私の意識はかなり別のものになっていた。
2年あまり、あんなに何がなんでも勝ってほしいとずっと悲観的になっていたのに、それが、たとえ引退まで全部負けても私は満足だ、二度と悲観的にはならないと、そこまで意識は変化していた。
それだけあの天皇賞は大きなものであった。
だから宝塚は負けてもそれはそれで良かったのだが、もう少し、せめて秋までこの幸せな思いを引きずっていたい。だから勝ち逃げしてほしい、出来ればこのまま引退でもいい、と思っていたのも正直な気持ちであった。

だからファン投票も敢えてしなかった。京都行きも天皇賞の最高の思い出で留めておきたかったので怠ってしまった。
しかし、ライスはファン投票第1位に選ばれてしまった。

最後のパドックファン投票第1位。
自分は投票はしていない。回避も願っている。
でも正直嬉しかった。いつも悪役扱いされていたライスが、ファン投票で最高位に支持される日がくるなんて思ってもいなかった。誰からも認められた気がして、投票しなかった自分をちょっと恥じたりもした。
自らもぎとった勲章。だからその勲章をつけて、堂々と出走するのも悪くないと思うようにした。

平成7年6月4日。震災復興支援競走、第36回宝塚記念。

東京競馬場のターフビジョンに映しだされるライスはずっと後方のまま。
どんなペースでも、どんな不調の時でも好位でレースをしてきた馬なのに今日は変だ。場内がざわめく。
「あれえ?どうしちゃったんだろう」
3コーナー過ぎ。先頭から順に、そしてライスが映し出されたちょうどその瞬間だった。

頭の中は真っ白になった・・
 

私が今まで生きてきた中で、こんなに心揺れ動かされたことがあっただろうか。
ふとした縁で応援するようになった一頭のサラブレッドが、私の心をワシ掴みにしたまま遠い世界に徃ってしまった。
2年間も不振に喘いでいた馬が最高の舞台で再び甦る。ドラマのような本当の話がこの世に存在したのだ。
そして、最高に幸せなときにどん底に着き落とされた。こんな別れ方をするなんて誰が想像したであろう。

これだけ実績を残した馬なら当然種牡馬になって幸せな余生が待っていたはず。自分も、毎年夏には会いに行って、産駒は無条件で応援して、と夢を膨らませていた。他の実績馬は無事余生を送っている。なのにどうしてライスは・・。
他にも馬はいっぱいいるのにどうしてライスなんだろう。どうして私の好きな馬なんだろう・・と思ってしまう自分がいる。
何故・・!どうして・・!

もうこの世にライスがいない。受け止めなければならない事実。
泣いて眠れない夜が幾日も続いた。しばらく何も食べられなくなってしまった。何をしても頭に入らない日々が数ケ月にも及び、気が狂いそうであった。こんな気が狂うほどの哀しい思いをするならいっそ出会わなければ良かったのかと思うほどだった。
でも私は出会ってしまった。
走る姿にくぎづけになってしまった。
目頭が熱くなるほどの感動をもらってしまった。
何よりも、好きにならずにはいられなかった。
だから今は、これだけライスを想える自分は幸せだと、ファンであることを誇りに思う。
疾走の馬 青嶺の魂となり
あのときこうだったら、ああだったら。でも、時はもう取り戻せない。
「馬はいつか死ぬものだよ」
そう励まし代わりに言ってくれた友人もいる。
でも幸せな余生を送っていて風の便りで亡くなったんだよと聞かされたのとは違う。
引退式で「ライス今までありがとう」と言って、牧場に旅立たせてあげたかった。
勿論、種牡馬になっても成功したかは分からない。
それでも、たとえ一時でもいいから穏便な余生を送らせてあげたかった。
たとえ一頭でもいいから、その仔が未勝利でもいいから、ライスの仔に会ってみたかった。

「どうしてそんなにライスシャワー好きなの?」
どうして好き・・無敵に強かったというわけではない。有名な母の息子だったわけではない。特別ハンサムホースだったわけではない。以前からファンだったジョッキーが乗っていたわけではない。
ここが魅力、これが良い、だから好きなのではない。
きっとその馬がライスシャワーという馬だから、だから好きなのだろう。

寺山修司氏の本のような憧れの馬。私にもそんな馬が本当に存在した。それはあまりにも偉大すぎて、私にはもったいない程であった。
勝てなかった2年間は本当に悔しい思いをした。しかし今思うとそれはとても幸せな時間であった。悔しかろうが辛かろうが、何よりもライスの姿がそこにあった。そんな当り前と思っていたことがどれだけ大切な時間であったか。

頂点に登り詰め、嬉しくて楽しい思いもした。どうして勝てないんだ、と悔しく落ち込んだりもした。言葉で言い尽くせないほどの感動もした。そして、心が張り裂けんばかりの哀しみも体験した。
私に数々の感情を抱かせ、そして彼は今も私の中に生き続ける。

またライスのような馬に出会ってみたいとも思う。でも再びあんな哀しみを味わったらどうするの、もうやめようよ、と心は叫ぶ。
ただ、あれほど盲目的に純粋に、情熱をかけられる馬にはきっと出会えない、そんな気がする。
 
 

〜平成12年6月4日 ライス5年目の命日に寄せて

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