2、継承者  ソクトア大陸の一番の中心であり、広大な大地が広がる中央大陸。しかし、ここ には国はおろか、主だった街も存在していなかった。それは、ソクトアの歴史が絡 んでいる。  大きな戦乱であった「秩序の無い戦い」もおろか、数々の戦争のほとんどは、こ の中央大陸で行われていたため、誰も住みたがらないのだ。噂では、戦争で死んだ 者達の亡霊が出てくると騒ぎになった事さえある。  しかし、広大な大地の周りには豊かな自然があるため、教会や村などは数多く存 在し、それぞれ移動するときの宿場として利用される事が多いようだ。  しかし「黒竜の戦い」以降、妖魔が出てくると、ここは反対に妖魔たちの隠れ家 として利用される事も多くなってきた。妖魔や魔族などもそう馬鹿ではない。自分 達の勢力を拡大しようと住処を作り、ひっそりと暮らしているのであった。  妖魔や魔族達の村は確認されていないが、存在すると言うことだけは分かってい る。人の多いルクトリアやプサグルの近くは、あまり見かけないようだが、古代遺 跡などが多い法治国家ストリウスの近くは、かなりの妖魔達が居るようだ。  稀に古代遺跡の中に、とんでもない魔方陣があったりする。そこが妖魔や魔族達 の出入口となってる場合が多いのだ。  ある遺跡の地下に二つの影が動いていた。二つの影は、どうやら人間のようで、 遺跡の探索をしているようだ。この頃、遺跡の多いストリウスは冒険者組合を発足 し、ソクトア中の冒険者を集めているらしい。そのおかげでストリウスは貿易も盛 んとなり、バルゼに次ぐ貿易所となっている。  ただ、この二つの影は冒険者でも無いらしい。冒険者なら妖魔などに備えて歩く ものだ。しかし、この二つの影は、どちらかと言うと財宝などではない「何か」を 探すような仕草を見せている。 「おい。爺さんよ。本当に報酬くれるんだろうな?」  二つの影の内、若い方の男は、どうやら雇われの傭兵らしく、たくましい体つき をしていた。だが、冒険者とは程遠い。どうやら本当に、ただの守りをしているよ うだ。そのついでに探し物を手伝わされているらしい。 「何度も言わせるな。わしの探し物を見つければ金貨120枚じゃ。」  もう1人は年寄りなのか、杖をついている。腰を痛めているらしい。しかし、傭 兵が、ここまで一応信用しているほど、前金はもらっているらしく、ただの爺さん では無さそうだった。 「本当にあるのか?『闇の骨』なんつう物がよぉ。」  傭兵は文句を言う。 「たわけ!言うなと言ったじゃろうが!」  老人は、凄い目つきでにらむ。どうやら本気で探しているらしい。 (ち。捻くれジジイめ。これで金貨の話が嘘だったら、ただじゃ済まさねぇぞ。)  傭兵は、舌打ちしつつも暗い地下の中をランタン片手に『闇の骨』なる不可思議 な物を見つける作業をする。  老人が言うには、『闇の骨』は、吸い込まれそうな漆黒の闇の色がついた塊なの だと言う。普通の目には見えないが、光を通さない造りになっているのでランタン をかざしてみれば分かると言う。しかも、その『闇の骨』には触ってはいけないら しい。注意して扱わないと手が溶けるほどの熱をもっているらしく、物騒極まりな い物だった。 「しかしよぉ。この暗闇の中をよ。闇の色の物を探すなんて・・・。」  傭兵はこの仕事を受けた事を後悔した。老人の護衛なので楽勝だと踏んで引き受 けて、思ったより前金をくれたので儲け物と思ってた矢先に、こんな仕事である。 ハッキリ言ってやってられなかった。だが老人があんなに真剣に探しているのを途 中で辞めるなどと言ったら、その後の契約金は、もらえないのでやるしかなかった。 何せ金貨120枚と言えば何もせずに1年遊んで暮らせるだけの金額だ。法外な仕 事は難しいと言うので我慢する事にしたのだ。 (それにしたって探せっこねーぜ。)  傭兵は、もうウンザリだった。すでに探索から3日経っている。なのにそれらし きものなどまるで見当たらない。 「おい。じいさんよ。・・・っていねーな。」  突然老人が消えた。傭兵はウンザリとは言え護衛の任務を忘れるわけにはいかな いので、探し始めた。 (あの爺さんは、興奮すると、すぐどこか行っちまうし・・・。)  老人の足跡が見当たれば良いのだが、見当たらなければ金貨の話はパァだろう。 ここまで来て、それはできなかった。傭兵は、ランタンを翳して探す事にした。  コツン・・・。 「ウワッ!」  傭兵は足元にあった石の様な物に足を取られて躓いた。鎧は、まだしもその中に 着ていたシャツやズボンなどが濡れてしまった。 (ついてねぇ。だいたい何に躓いたんだよ。)  傭兵は足元をランタンで翳してみる。すると、異様な光を放った・・・。いや、 むしろ光と言うより闇を放った宝石のような物が転がっていた。 「な、なんだ・・・。これは・・・。」  ついうろたえてしまう。こんな物は産まれて初めて目にする物だった。その部分 だけ穴が空いたように何も映さない物体だった。ランタンを翳してみると良く分か る。光を全く通さないため、傍目からでは分からないが、ただの物体でない事は確 かだった。 (まさか、これが爺さんの言ってた・・・。)  傭兵は、やっと思考が追いついてきた。これが老人の言う『闇の骨』に間違いは ないだろう。聞いていた通り光を通さない物であったし、こんな物体がそこら中に ホイホイあるとは思えない。 (フフフ。見つけたぜ。良い腕してるぜ?俺はよぉ。)  傭兵はニンマリ笑った。はっきり言って偶然なのだが、見つけた事には変わりな かった。 「おい!爺さん!喜べよ!」  傭兵は大声で叫んだ。このまま持っていっても良かったのだが、老人に触らせな いと何かとうるさそうだし、普通じゃないので触ったら手が溶けると注意もあった ので、呼んでくるのが一番だと思ったのだ。 「見つけたか!」  老人は、とても速い動きで戻ってきた。興奮していたのだろう。 「これだろ?結構探すの大変だったぜ?」  偶然見つけたにしては大袈裟なことを言う。料金を水増ししようとでも考えてい るのだろう。しかし老人は耳も貸さずに下にある闇色の物体を見ている。 「フム・・・。間違いない・・・。フフフフフフフフ・・・。」  老人は不気味に低く笑う。さすがに傭兵も少し後ずさりした。そして、老人はポ ケットからタオルのようなものを取り出してその物体に掛けた。 「おい。じいさん。これで俺もお役御免だろ?」  傭兵は、さっさとこの老人から離れたかった。老人の不気味さもあるが、このま ま雇われていては、また何をされるか分からなかったからだ。 「フム。ご苦労じゃったな。報酬は、これをプサグルの道具屋に見せればもらえる はずじゃ。」  老人は、小切手のような物を手渡す。「120ゴールドメダル」と書いてある。 間違いなさそうだった。傭兵は注意深く、その小切手を見る。小切手詐欺など結構 頻繁に起きているので、注意深くならざるを得ない。 「おーし。恩に着るぜ!爺さんよ。また会おうぜ!」  傭兵は挨拶して、さっさと去ろうとした。だが、また老人が居なくなっていた。 (ち。こういう時くらい俺の事を見てても良いんじゃないのか?)  傭兵は老人がまた興奮して自分のことを放って、どこかへ行ってしまったと判断 した。しょうがないので帰ろうとした瞬間の事であった。  ジャク・・・。  何か良い音が・・・。いや訳の分からない音がした。しかも自分の胸からである。 自分の胸を良く見ると、剣の切っ先が突き出ているのが見えた。 (・・・なん・・・だ?)  傭兵は訳が分からなかった。しかし自分の胸から大量の血が込み上げて来たのは 間違いない事実だった。目の前が赤一色で染まる。 (一体・・・なに・・・が・・・。)  傭兵は、力なく倒れる。そして振り向き様に後ろを見ると老人が血に染まった剣 を持っていた。 「悪いな・・・。お前は秘密を知ってしまったからな・・・。」  老人は急に声が変わった。老人と言うより野太い男の声に。そして老人がローブ を脱ぐと、見る見る内に屈強な中年に変わっていった。 「き・・・さま・・・。はかっ・・・たな!!」  傭兵は、血を吐きながらも睨み付ける。しかし、もうどうしようもない。暗闇が 目の前に迫ってきている感じがした。 「ちく・・・しょう・・・。」  傭兵は、そう吐き捨てると、目の光が無くなった。そして首は力なく垂れた。そ して永遠に動かなくなってしまった。 「フッフッフ・・・。欲につられたお前が悪いのだ。」  老人。いや中年は愉快そうに笑う。最初から、この中年は傭兵を帰す気などなか ったのである。老人の姿をして、金貨を少量振りかざせば、かなりの確率で人手が 付いてくる。しかも老人だと思って油断をする。それがこの男の狙いだった。 「おおっと。この血は、ありがたく使わせてもらうとするか。」  男は傭兵の血が吹き出てる所に瓶を置く。真っ赤な液体となって、血はどんどん 瓶に溜まっていく。 「この新鮮な血液と『闇の骨』・・・。近いぞ。」  男の目的は、ほぼ達成であった。この男は、戦乱時代のプサグル軍に所属してい た男であった。ルクトリアの騎士団が裏切る手筈に加担した男であった。この男の 名はルドラー。本来ならプサグルの軍と共に戦死しているはずだったのだが、最後 の戦乱の時に上手く逃げおおせていたのだ。根っからの権力好きで「秩序の無い戦 い」を自分の権力のために引き起こし、ルクトリア騎士団長カールス=ファーンに 取り入り、ルースをことごとく利用し、かの「黒竜王」の復活の一端を担ったのも この男である。  今度やる事も禄でも無い事であった。そして、それは人間の領域では、やっては いけない事であった。その目的は魔族の強力な者を引き寄せ、復活させる事だった のである。  黒竜王が復活した時に次元の歪を作り出し、現在、下級の魔族や妖魔が入り込ん でるのは周知の事実になりつつあるのだが、強力な者は、ソクトアに来ていなかっ た。と言うよりは、来る必要が無かったのである。黒竜王がソクトアに君臨したの を嗅ぎつけた魔族達は、黒竜王の力が、あればすでにソクトアは魔族の物になるの は時間の問題だと考えていたからである。  それに魔族達は、自分より弱いと思う者には従わない傾向にある。つまり、黒竜 王の呼び出しに応じると言うことは、黒竜王より力が下だと認めざるを得ない事と なるのだ。それでも妖魔や一部の魔族は魔界よりは、ソクトアの方が、断然住みや すいのでプライドなど捨てて蔓延っているのであった。  それとは別に魔族達が、ソクトアに来る方法があった。それが、この『闇の骨』 と新鮮な血液を利用し、別の扉を作ることによって呼び出す方法だった。だが、こ れは基本的に人間が魔族を呼び出す時に使う方法で、魔族を敵だと思っている人間 は、まずやらない方法なので、例が無かった。しかも現存している『闇の骨』は、 すでに数えるほどしかなく、『闇の骨』のランク的にも低い物だと、大した魔族を 呼び出す事が出来ないのだ。  しかし、ルドラーは確信していた。この『闇の骨』は間違いなく強力な物だと。 ルドラーは、これを見つけるために25年間ルクトリアやプサグルから隠れながら も研究を進めて来たのだ。そして、つい最近になってやっと、このワイス遺跡にあ る『闇の骨』の存在に気が付いたのである。 (方角と陰気から言って、魔貴族クラス以上だろう。)  ルドラーは見ただけで陰気が分かるようになっていた。その強さもである。更に は『闇の骨』を吊り下げて自動的に向く方角によって強さも決まるのも知っていた のである。そして、魔貴族というのは、普通の魔族ではない魔族の貴族で強さ的に は今のソクトアにいる魔族などとは比べ物にならないほど強い存在であった。かの 黒竜王も「魔貴族」であった。  「使い魔」が一番弱い位であるならば、その次に、「妖魔」「魔族」ときて「魔 貴族」と続いた後に「魔界戦士」と呼ばれる選ばれた戦士がくる。更にそれらを統 べる「魔王」と呼ばれる存在までいるのだ。それらを総称して魔族と呼んでいるの だ。この「魔王」が来たらソクトアは、どうなってしまうのかすら分からない。  にも関わらず、ルドラーは、ためらいも無く呼び出そうとしている。狂気の沙汰 であった。それもすべて権力のためであった。プサグルの将軍として王の補佐の位 置にまでいたルドラーとしては現在の状況など耐え切れる代物ではなかったのだ。 (魔族を呼び出して、その下に就けば、ソクトアを支配する事だって可能だ。)  ルドラーは、これくらいの事しか考えていなかった。全ては権力のため、自分の 保身のためであった。最悪な男である。 (あとは、更に地下にある魔方陣を探さなくてはな。)  ルドラーはランタンを取ると、更に地下を目指した。それが過ちの第一歩だと気 がついていなかった。この男の頭の中にあるのは、さらなる権力の事で、いっぱい だったのだ。  中央大陸の夜は早い。周りが山に囲まれているので、日がすぐに暮れてしまうの だ。ジーク達の家の周辺も例外ではない。マレルは早々と買い物を済ませ、すでに 食事の用意をしている。レルファも修道院から帰ってきて、その手伝いをしていた。 ライルとジークは一日中練習をした後、薪を割ってから家路に着く。それが日課で あった。さらに修行の途中に手伝っている農家からは、野菜をたまにもらい、川で 修行してる時は銛で魚を突く。そうする事によって剣術だけではなく生き抜く力も つける。これがライルの狙いだった。  ジークは、こんなことを毎日続ける物だから、川で魚を取るのも上手くなったし、 農業の営みの全てを知ることも出来た。さらに、野草などの食べれる物の見分けも つくようになったし、何よりも修行をするための台場作りまで出来るようになって いた。キャンプなどをするのにジーク1人居れば滞りなく行くだろう。  今日も、ライルとジークは大量の薪と魚を持って帰ってきた。 『ただいまー。』  ライルとジークは声を合わせて挨拶をする。 『おかえりなさーい。』  それに合わせるようにマレルとレルファも挨拶する。さすがに長年暮らしてるだ けあった。 「マレル。ご飯は、いつ頃だ?」  ライルが、良い匂いに釣られたのか、尋ねてきた。 「フフ。まだ少し時間あるわよ。部屋で休んできて良いわよ。」  マレルは、健やかに答える。なるほど。見たらまだ準備段階だった。今炒めてい る物を他のと混ぜ合わせるのだろう。 「じゃぁ好意に甘えようかな。」  ライルは、自分の部屋に行く。 「母さん。俺も少し休むよ。」  ジークも疲れていたらしく、自分の部屋に向かう。 「呼んだら、すぐに来るのよー。」  マレルは、釘を刺しておく。レルファは大して疲れていないし、料理をするのも 好きな方なので、マレルの手伝いをしている。自分で料理すれば作れるのだが、マ レルには、敵わないので、素直に手伝っているのだ。ただ、レルファの、この頃の 料理の上達振りは、目を見張る物があるらしく、マレルも驚いていた。 「母さん。ここの玉葱の炒めたのは、この魚に掛けるの?」  マレルは、ジーク達が釣ってきた魚を指差す。 「そうよ。今から焼いて、その上にトッピングをと思ってね。」  マレルは長年魚を取って来てもらってるので、今日何が釣れるか予想していたの だろう。それにピッタリの味付けで玉葱を炒っていた。 「じゃぁ私、捌いておくね。」  レルファは、そう言うと、包丁を器用に使い始める。魚を簡単に骨と身を切り分 けていく。見事な物であった。 (剣の才能はジークの方があるのにね。不思議な物だわ。)  レルファの包丁の上達振りには舌を巻く。これもライルの血なのだろうか?ジー クの方は、ある程度は捌けるが、ここまで上手くは無い。 (将来、旦那になる人は幸せね。)  マレルは、つい我が娘を誉めてしまう。これも親馬鹿なのだろうか。  上にあがったライルは、自分の部屋のベッドに少し横になりながら掲げてある宝 剣ペルジザード。いや現在は「怒りの剣」と化した自分の剣を見ていた。 (あの戦乱から25年か。早い物だな。)  ライルは、つい昨日の事のように思い出す。ライルの青春は、戦乱時代の幕開け からだったのだ。この「怒りの剣」にも思い出はある。まず、もらった時のこと。 良い思い出ではなかったが、忘れられない思い出ではあった。父であるルクトリア 王の補佐をしていた警備団長バリス=ストロン。彼こそが、このペルジザードの守 護者だった。王家に伝わる使い手の精神を飲み込む魔剣。それを力に変える魔剣。 それが、ペルジザードの伝説だった。 (バリスさんにもジークの姿。見せたかったな。)  ライルは、つい目元が潤む。バリスは「秩序の無い戦い」の時、兄ヒルトを逃が すために殿軍を務め、笑って死んでいった。ルクトリアの忠実な兵士であった。ヒ ルトは、その光景を見た時涙したと言われている。 (俺は、この剣のおかげで父さんの息子だと分かったんだったよな。)  このペルジザードの伝説は、そこで終わらなかった。この魔剣は、王家の者以外 の者が持つと生気を吸われて死んでしまうという。王家の者であっても、力が無い 未熟者が持つと、その絶対的な記憶量に押しつぶされて精神が崩壊してしまうのだ。 バリスは、剣を背負っていたが決して抜く事は無かったという。だから、ライルは、 レルファ、いやジークにすら、この剣だけは持ってはいけないと、注意をしている。 時が来たら手渡すつもりでいた。  ライルは、バリスの形見を受け取った時、この剣を抜いて道を示したことがある。 強力な魔剣なだけに味方についたときは頼もしい物だ。その時のライルが受けた衝 撃は忘れない。頭の中が吸い取られていくような感覚だ。だが、それによってこの 剣が強大になっていくのも感じた。 (黒竜王との戦いの時くらいしか使わなかったけどな。)  この強力な剣を人間相手に使っていたのでは、とてもじゃないが精神が持たない。 どうしても戦局を打開したい時にしか使った事が無かった。魔物と化したプサグル 王とカールス=ファーンを討つ時と、黒竜王との戦いの時だけだ。  そしてマレルが攫われて、リチャード=サンが古代からの許婚だと知って絶望に 打ちひしがれた時、ライルは自分に対して怒りを感じた。その怒りを吸って「怒り の剣」となって生まれ変わったのが現在なのである。 (考えてみれば、ロクでも無い思い出ばかりだな。)  ライルは苦笑する。自分の生い立ちからして、すでにロクでも無いので今更な感 じはしたが、自分の力でソクトアの危機を救った事については誇りに思っていた。 (人々は英雄と言うが、俺は、そんなに偉い人間じゃないんだがな。)  ライルは、いつもそう思っていた。ライルが黒竜王を倒したのは飽くまで私怨で ある。マレルを取り返したい一心で動いただけの事である。そう思っているからこ そ、一国の王にと推薦された時、頑として断ったのである。 「俺も考える事が多くなってきたな。歳のせいかな。」  ライルは、つい口に出してしまう。この頃、何かと考える事が多くなっていた。 「とうさーーん。ご飯出来たよー。」  レルファの声が聞こえる。 (この生活の方が、気楽だと言うこともあるけどな。)  ライルは、口元で少し笑うと部屋を出て、階段を降り始める。 「お?今日も豪勢だな。メインは、この鴨肉か?」  ライルの好きな鴨肉が並んでいるのを見て、つい声をあげる。 「今日は少し多めに作っちゃったのよ。頑張って食べてね。」  マレルは、少し頭を押さえながら笑う。 「早く食べよう!父さん!」  ジークは目を輝かせている。ジークも、この頃良く食べて成長するようになった ので、食事が待ち遠しいのだろう。その時であった。  ドシン!  外で凄い音がした。その瞬間、ライルとジークは、玄関に置いてある護衛用の剣 を持って外に出る。この反応は、中々早い物だった。 「いったーい!着地くらい、ちゃんとやりなさいよ!」  なにやら怒っているような声であった。よく見ると上空にペガサスの姿があった。 「姉さんが、早くと急かすから失敗したんだよ!」  その声を聞いて、ライルもジークも気づいた。ここに来る来客でペガサスを持っ ているなんてのは、フジーヤのところか、兄ヒルトの血縁者くらいしかいない。ラ イルも、もらって世話はしているが、別のペガサスだった。 「何よ!私が悪いって言うの!?」  姉の方は少し興奮気味でライルとジークに気づいてない様子だった。 「だって!・・・って、あ・・・。」  弟の方が気づいたようで、ジークを見て恥ずかしそうに笑う。それを見て姉の方 も気がついたようだ。 「おいおい。二人だけか?兄さんも一緒だと思ったぞ?」  ライルはすでに気がついていた。この二人がヒルトの子であるフラルとゲラムで あると言うことは・・・。 「お父様は、馬車でいらっしゃるらしいから、あと5日ほどですわ。」  フラルが形式ばって挨拶する。 「そうか。5日後って言うと、ジークの誕生日と重なるな。」  ライルは、指折りして考える。そしてヒルトが、ジークの誕生日祝いをすると言 っていたのを思い出した。 (口約束だけだと思ったのになぁ。)  ライルは、あまり本気で聞いていなかった。一国の王が、そんなに簡単に来るは ず無いと思っていたからだ。 「おとうさーん。ご飯冷めちゃうよー。」  レルファの声が聞こえる。 「おお。スマンスマン。まぁ二人とも、はるばる来たんだ。上がってくれ。」  ライルは笑顔で姪と甥を迎えることにした。 「いやぁ、久しぶりだなぁ。」  ジークは、フラルとゲラムを見て懐かしそうにする。前に会ったのは半年くらい 前だったので、妙に新鮮に感じた。 「どなたか、いらっしゃったの?」  マレルが、玄関まで出てくる。そしてフラルとゲラムに気づく。 「あら。フラルさんにゲラム君。久しぶりねぇ。」 「え?フラルさんにゲラムが来てるの?」  レルファも目を輝かせる。歳が近いので、レルファも結構嬉しかった。 『おじゃましまーす!』  フラルとゲラムは声を合わせて挨拶する。なんだかんだ口喧嘩してても、そこは 姉弟である。息はピッタリだった。 「お城ほどの物は用意出来ないと思うけど、ご飯も食べてってね。」  マレルは、笑顔でフラルとゲラムの分までご飯をよそう。しかし、フラルとゲラ ムは不満どころか美味しそうにご飯を見る。城の料理は食べ飽きているのだ。むし ろ家庭料理の方が美味しい場合もある。レルファがフラルとゲラムの分の椅子も用 意する。気が利くことだ。 (豪勢に作っておいてよかった。)  マレルは、内心ホッとする。残すと保存しなければならない。色々加工しなけれ ばいけないので面倒くさいのだ。それならば美味しい内に食べてもらうのが一番良 いからだ。 「いきなりごちそうになるなんて、悪いですよー。」  フラルが恥ずかしそうにする。しかしゲラムなどはお腹の虫が鳴いていたので、 隠し事は出来ない。その様子を見てジークは、おかしそうにしていた。 「気になさらないで。それより用意できたわね?じゃぁみんなで。」 『いただきまーす!』  マレルの合図で、みんな礼をする。すると、余程お腹が減っていたのか、ゲラム は凄い勢いで食べ始める。フラルも、それを横目で見ていたのだが、結構ペースが 速かった。何せペガサスの上でずーーっと食べないでいたのだ。お腹は減っている はずである。ジークも、それに負けずに食べている。 「あらあら。お腹減ってたのねぇ。みんな。」  マレルは、嬉しそうにその様子を見ながら食を進めていた。美味しそうに食べて いる姿を見ると作った方としては、嬉しい物である。 「はっはっは。俺もお前達の頃は、よく食べていたからな。」  ライルは懐かしそうにその様子を見た。ライルも昔は、よく食べて、よく稽古し てた物だ。ライルは師匠の所を思い出してしまう。師匠も昼飯時になるとライルを こういう眼差しで見ていた物だ。 「おかわり!・・・良いかな?」  ゲラムが間髪入れずに皿を掲げる。もう魚を平らげてしまった様だ。 「あら?もう食べたの?まだあるからドンドン食べてね。」  マレルが、さらに魚を入れる。 「この魚おいしいですわ。」  フラルも感心しながら食べていた。フラルが、いつも居るプサグルでは取れない 魚だった。中央大陸の清流で取れる川魚だった。 「それ私が捌いたんだよー♪」  レルファが包丁で切るようなアクションを取る。 「すっごーい。感心しますわ。」  フラルは素直に驚いた。レルファはもう16歳にしてこんな複雑な魚が捌けるよ うになっている。けど自分は料理などあまりしたことが無いのだ。 「良かったら教えてくださらない?」  フラルは、素直に関心があった。いつも城に居ると、そういう機会も、ほとんど 無いのだ。良い機会なので覚えておくことにしたのだ。 「え?私が?うーん。それよりもさ。母さんと一緒に作ってみようよ。」  レルファが、少し考え込んで名案とばかりに言う。 「よろしいのでしょうか?」 「何言ってるの。喜んで教えるわよ。」  マレルは、姪が料理を教えてくれなどと言われて、断れるような性格ではない。 むしろ教えたいくらいの気分だった。 「えー?姉さんの料理ー?」  ゲラムは不審そうにしてみる。 「あなた、覚えてなさいよ。」  フラルは笑いながら、威圧感のある顔をしていた。 「そりゃそうと、お前達、うちには、どれくらい居るつもりなんだ?」  ライルが2人に問う。 「出来れば、お父様が来るまでは居させて欲しいのですけど。」  フラルが、申し訳なさそうに言う。しかし、ここに来た時点で、それくらい泊ま ると思っていたので、お泊りセットは持ってきてたのだった。ゲラムも一緒である。 「ハハ。そんな物で良いのか?もっと居て良いんだぞ?」  ライルは、妥当だとは思いながらも心が広い所を見せる。 「いいえ。お父様が許しませんわよ。多分。」  フラルは、笑いながら答える。 (そりゃそうだな。多分、兄さんの事だし、この二人、反対を押し切って来たんだ ろうな。)  ライルは二人が無断で来た事くらい見抜いていた。ヒルトが、そう簡単に行かせ るわけが無い。何せ、この二人は曲りなりとも、王女と王子なのだ。ホイホイ出歩 くのは危険な事である。 「そうかー。俺の誕生日までか。まぁその間までよろしくな!」  ジークは、フラルとゲラムと握手する。フラルが少し恥ずかしそうにしていた。 「えっとー・・・。」  ゲラムが、急に何か言いたそうにしていた。 「ん?どうした?ゲラム。」  ライルは、その様子に気がついて、ゲラムの方を見る。 「叔父さんとジーク兄さんって、いつも昼間は、どうしてるの?」  ゲラムが意外な事を聞いてきた。 「俺達は、いつも修行してるよ。やっぱ父さんと一緒にやってると楽しくてさ。」  ジークは屈託無く答える。実際、ライルとの修行は、全て身になると思っている。 「そうなんだ!」  ゲラムは、顔を輝かせる。ライルは、何となくゲラムが言いたい事が読めた。 「ゲラム。もしかして俺達と一緒に修行したいのか?」  ライルは単刀直入に聞いてみた。 「・・・うん。」  ゲラムは少し恥ずかしそうにしていた。ライルは、叔父であるが、やはり「英雄」 である。その人に、稽古をしてもらうのは、またとない願いなのだろう。 「ゲラム。俺達の修行は・・・結構きついぞ?」  ジークは、毎日やってるので身に染みている。さすがに、従兄弟に修行を勧める のは気が引けた。 「どうしてもやりたいんだ!」  ゲラムは顔を輝かせる。どうやら本気のようだ。 「そうか。分かった!明日から付いてこい!」  ライルは、この顔には断れないと思い承諾した。 「ホント!やったー!」  ゲラムは嬉しそうに、はしゃいでいた。 「ただし!途中で投げ出したりするなよ?」  ライルは釘を刺しておく。ゲラムは素直に、頷いていた。中々素直で可愛い少年 である。なるほど、ヒルトが大事に育ててるのが分かる気がした。 「ゲラムと・・・か。俺も手加減しないぞ?」  ジークは、口元で笑う。 「よく言った!俺もお前には、手加減しないからそのつもりでな。」  ライルはジークに脅しを掛けておいた。ジークは苦みきった顔をする。 「アハッ。お兄ちゃんたら墓穴掘ったしー。」  レルファは、ニマァっと笑う。冷やかしの意味たっぷりだ。 「ちぇ。参ったなぁ。」  ジークは、それをサラリと受け流すと、黙々とご飯を食べ始めた。 「さぁさ。おかわりはある?」  マレルは、みんなに促す。 『はい!』  すると、どうやら子供達全員のようだった。 「あらあら。足りるかしら・・・。」  マレルは、予想以上に食べてくれる子供達を頼もしそうに見た。そして、1人ず つ盛ってあげていた。 (元気な子供達で未来は安心ね。)  マレルは、そう思いつつご飯を盛り続けていた。  ユード家の食事は、いつになく盛り上がりを見せていた。  ペガサスで空を駆けると言うのは、どういう気分なのだろう?それは乗ってみな ければ分からない。フジーヤは、今その気分を味わっている。自分で作り出したペ ガサスに乗ると言うのは少し複雑な気分だった。  そして、傍らには頼もしく駆けるグリフォンの姿があった。完成してから大事に 育てて、今では配合も上手く行ってるみたいで、将来楽しみであった。既に家では 世話役の人に頼んで、子供のグリフォンを育ててもらっている所だった。 (風が気持ち良いな。)  フジーヤは、単純にそう思った。ペガサスも気持ち良さそうにしている。このペ ガサスをジーク達に送った時、ジークは凄く大切そうにしていた。あの眼を見て、 このグリフォンを送っても良いと思ったのである。 「フジーヤ。グリフォンの事が心配?」  後ろに乗っていたルイシーが話し掛けてくる。ペガサスに乗れる人数は、2人が 限界だろう。でも、このペガサスは頑張って空を駆けてくれていた。 「まぁ世話役を残しているし、大丈夫だとは思うけどな。」  フジーヤは、世話役に丹念に餌のやり方とか書いておいた。それは、グリフォン だけではない。他の研究で使った動物達全てもだ。フジーヤの家には、凄い数の動 物達が居るので、世話役1人では追いつかなかったみたいなので、3人に増やして おいたのだが、心配は心配であった。 「3人で、いつもの俺っちの仕事が勤まるかねぇ?」  横から口の減らない声が聞こえる。よく見ると隣のペガサスには、トーリスと、 もう1人居た。 「スラート。世話役を、そう馬鹿にする物じゃありませんよ?」  トーリスは、優しい口調で語りかける。トーリスの、この口調で何人の女性がト ロンとする事か。 「そうだけどよぉ。いつも大変なんだぜ?」  トーリスの後ろに、猿がくっついていた。しかし人は居ない。そう。この猿がし ゃべっているのだった。  この猿は、フジーヤが戦乱時代に改良して創った特別製の猿で、現在息子が1人 居る。息子は、研究所でお留守番してるが、不満そうであった。名前はスラート。 フジーヤの身の回りの世話から護衛まで何でもこなすスーパーモンキーで、その身 体能力と思考能力、更には寿命も普通の猿のゆうに10倍はある。  だから、今年で既に30歳で、なんとトーリスより年上なのである。しかし、こ の人を馬鹿にしたような口調は変わっておらず、フジーヤ以外の人間には減らず口 をこぼす困った猿であった。 「はっはっは。スラート君には感謝してるさ。」  フジーヤも、このスラートには頭が上がらない。しかし、それも頷けるはずで、 スラートが居なければ、動物の世話などで研究に没頭する事など、出来はしないだ ろう。スラートは、かなりの助けになっていた。しかしスラートは、それを嫌だと 思った事は、一度足りとも無い。自分が、こうして生きているのも、フジーヤのお かげだし、フジーヤもスラートの事は、息子のように扱ってくれている。そのせい かスラートは、忠誠心を絶やす事は無いのだ。 「フジーヤに、そう言ってもらえるのが俺っちの楽しみですよ。」  どことなく憎めない顔をする。この猿は、表情が豊かである。 「スラート。ジークの家まで、どれくらいでしょうか?」  トーリスが尋ねる。スラートは、その身体能力の特化によって、物凄い視力を持 っている。だから、距離を測る事などは楽な事であった。 「そうだな。あと半日もあれば、着くと思うぜ?」 「なるほど・・・。あと少しですね。」  スラートは、サラリと答える。スラートが、言うのだから合っているのだろう。 それくらいトーリスも、このスラートは信用している。トーリスにとってスラート は、ペットであり、また兄のようでもあった。 「そういえばトーリスは、魔法剣だったよな?どうよ?出来は。」  スラートは、プレゼントの話をする。 「腰掛の袋に入ってますよ。」  トーリスは、ペガサスの腰掛の袋に、ちゃんと入れておいた。スラートは、空中 だというのに器用に魔法剣だけを取り出す。よく見るとルクトリアの紋章が入って いる。昔ライルが、愛用していた剣に似ていた。 「やるねぇ。トーリス。」  フジーヤは、その剣の見事さに、さすがに声をあげる。横目で見るだけでも物凄 い魔力を感じ取れる。おそらく紋章を象っている宝石の中に、トーリスの魔力が込 められているのだろう。 「本当は、刀身にも少し魔力を掛けたかったのですがね。時間が無くて。」  トーリスは、あっさりそんな事を言う。宝石に込められているだけでも恐ろしい 程の魔力が込められているのに、刀身にも掛けようと思ってた辺り、探究心が強い のだろう。 「こりゃジークも喜ぶなぁ。なんかウキウキしてきたぜ!」  スラートは、腰掛に魔法剣をしまうと拳を握る。ジークに会えるのも、楽しみな のだが、ライルに会うのが、かなり楽しみだった。スラートとライルは、意外にウ マが合うので、よく話してた物だ。 「マレルさんは、元気かなー?」  ルイシーは、マレルに会えるのが楽しみだった。マレルは、ルイシーに良くライ ルの事で、相談してたので、かなり仲が良かった。何よりも、マレルは修道女でル イシーは天使だったので、その事で話す事も結構多かったのだ。 「今回は、人がいっぱい来るらしいからな。なんでもグラウドやエルディス達も来 るらしいぞ。」  フジーヤは、その知らせをヒルトから聞いていた。ライルには黙っていたが、ジ ークの20歳という区切りに盛大に祝ってやる。それが、ヒルトの計画だった。そ の第一に相談に乗っていたのが、フジーヤであった。ルース一行は、もちろんの事、 フジーヤとヒルトの家族。そしてグラウドとエルディスの家族も全員来るという事 で、かなりの人数になっていたのである。 「中々賑やかになりそうですね。」  トーリスも、口調は優しかったが、楽しみにしてるようだった。 「?ちょっと待て。ありゃ何だ?」  スラートが、注意を促す。何か浮遊物体を見つけたらしい。トーリスも手綱を握 りながら、いつでも魔法を撃てるようにしておいた。 「人だな・・・。」  スラートは、意外なこと事を口に洩らす。人が浮いていると言うのだ。 「あれは!!」  フジーヤも気がついたらしい。そして、その人影には見覚えがあった。 「リューイ。スピードを落としてくれ。」  フジーヤは、ペガサスの名前を言いながらも手綱を緩める。トーリスも、それに 倣って、スピードを落としていく。すると、あちらもフジーヤに気がついたらしく、 手を振っていた。 「よぉ!久しぶりだな!」  その人物は気さくに答える。悠然とマントを靡かせて、髪も少し長髪のため靡い ている姿が、良く似合う男だった。後ろで少し束ねている。栗色の髪なのだが、少 し金色がかっている。しかし、それだけではない。この男からは凄い魔力と闘気が、 感じられた。大体、この速さで空中に浮いているなど、今の魔法の技術からしても、 とんでもなく難しい物だ。それを事も無げにやっている辺り、恐ろしい魔力を有し ているのだろう。  その傍らに居る剣士も浮いていたが、こっちは、どうやら女性のようだ。一見分 からないが、綺麗な赤い髪とスラッとした体格。更にサラシを巻いているのを見れ ば、女性だと分かる。腰に掛けている刀が、何ともガリウロルの剣士と言うことを 匂わせていた。物静かで鋭い目付きが特徴的だった。 「ジュダさんに赤毘車(あかびしゃ)さん!久しぶりだなぁ。」  フジーヤは、あまり驚いてない様子だった。この2人とは、面識があるし、何よ り戦乱時代に色々世話になったからだ。  男のほうはジュダ=ロンド=ムクトーと言う。戦乱時代に、ちょっとした事で、 フジーヤと会って、戦術の議論を交わした事がある。だが、フジーヤは、この男に だけは、全く勝てなかった。魔法も体術も桁違いで、フジーヤは反対に、この男か ら教わったほどである。  女性のほうは赤毘車=ロンドと言って、ジュダの妻である。その物静かな雰囲気 から繰り出される剣は、凄まじい冴えがあり、当時のライルですら一本も取れなか ったほどの強者で、ライルとルースが2人掛かりでも互角以上の闘いをしていた恐 ろしい女性であった。  しかし、この2人は、用事があると言う事で、途中戦線を離れて行ったのだが、 それからは、4、5年に1回くらいしか会っていない。何とも謎の多い人物だった。 しかし、その実力は、折り紙付きである。 「浮いてる所じゃなんだし、下に降りようぜ。」  ジュダが、下へと促す。確かに、ペガサスが辛そうだったので、皆そうする事に した。 (しかし、変わらないなぁ。この人達は・・・。)  フジーヤは、不思議に思っていた。この2人の外見は、どうみても25年前のま まである。多分、それには秘密が有るのだろうが、フジーヤには予想出来なかった。 「初めまして。トーリスです。お噂は、かねがね聞いてますよ。」  トーリスが、物怖じもせずに挨拶する。天才は天才を知ると言う奴なのだろうか? ジュダも、それを感じ取っているみたいだった。 「ジュダ=ロンド=ムクトーだ。俺も親父さんから君の事は聞いてるぜ。」  ジュダは、トーリスと握手をする。 「赤毘車=ロンドだ。よろしく頼む。」  赤毘車も握手をした。ぶっきらぼうだが、悪い感じは、しなかった。 「ところで家族総出なんて珍しいな。」  ジュダは、フジーヤが滅多に遠出しないのは知ってるので、少し不思議に思って いた。まして家族も連れてとなると、何かの用事が無ければ、ある事ではない。 「ジークの20歳の誕生日で祝いに行く所ですよ。」 「ああ。あのライルの息子か。もう20か。早い物だな。」  フジーヤは隠す必要も無いので教えてやった。 「俺も何か祝ってやるとするかな。」  ジュダは、顎に手を掛ける。この仕草は、この男の好む仕草で、これをやる時は、 とんでもない事を考えてる場合が多かった。赤毘車はそれを知っているので、少し ジト目で見ていた。 「そんな顔するなよ。素直に祝うだけだからさ。」  ジュダも妻には弱いらしく、つい言い訳っぽくなってしまう。そして、その口調 で赤毘車は、ジュダが禄でも無い事を考えていると言う事を察知してしまった。 「程々にしとくんだぞ。」  赤毘車が釘を刺す。ジュダは、それを聞いてさらに顎に手を掛ける。 「さぁて、用意しなくちゃな。」  ジュダは、そう言うと、手を交差させる。そして、少し気合を入れると、なんと 違う風景が出てきた。それを手で掴むと、無理やり押し広げる。そして、人が通れ る大きさになったら、何とそこに入ってしまった。さすがのトーリスも、これには 少し驚いていた。赤毘車は頭を掻いていただけだが、フジーヤもルイシーもスラー トでさえも、今の光景は信じられずに居た。 「程々にしとけと言ったのに・・・。しょうがない奴だ。」  赤毘車は、クスクス笑う。どうやら日常茶飯事のようだが、ジュダが消えたと言 う事は、今のは、どこかにワープする魔法かなんかなのだろう。 「今のは・・・古代魔法の『転移』では?」  トーリスは、古くからの文献を思い出して口に出した。 「『転移』?そうか。今のが・・・。」  フジーヤも納得した。『転移』とは移動用に主に用いる魔法で、空間を捻じ曲げ て移動するので、とんでもなく高度なので、どんな魔法使いも諦めたほどの魔法だ った。それを、いとも簡単にやってしまうとは、恐ろしい男であった。 「正確には次元魔法だな。私も詳しくは知らんがな。」  赤毘車が答える。それを聞いて、トーリスはメモを取る。初めて見た魔法に対し ても研究心を怠らない。それが新しい研究に繋がると言う事なのだろう。 「次元を捻じ曲げて扉を作る。なるほど。今の魔法研究とは、掛け離れた物だ。ど うりで、みんな出来ないはずだ。」  トーリスが、分析をしていた。今の魔法は、浮力を利用する『飛翔』や『浮遊』 くらいしか移動手段としての魔法は存在しない。それを覆すのがこの『転移』だっ た。今の魔法は物理学的な物を利用する事から、まだ出ていない。熱を発するとか、 冷気を作り出す。などの研究は色々されているが、今のジュダのように自然界に存 在する次元の穴を見つけ出すという研究は皆無であった。 「噂どおり、いや噂以上ですよ。」  トーリスは、嬉しそうだった。トーリスの魔法研究からしてみれば、今のような 芸当も、充分自分の役に立つ物だった。何より自分の目で見る事で全く違った観点 から見れる。それが何より嬉しかった。  バリッ!  妙な音がした。その音がした方向を見ると、見る見る内に、空間が破けていった。 妙な言い回しだが、その表現が一番ピッタリきた。 「もっと静かに帰ってこれんのか?」  赤毘車は口元で笑う。 「わりぃな。急いでたからよ。」  その破れた空間からジュダが出現した。どうやら、さっきの『転移』を今度は逆 側から使ったらしい。 (まったく・・・俺達なんか驚きっぱなしだぜ・・・。)  フジーヤは、冷や汗を掻いていた。ジュダも赤毘車も、平然とその光景を見てる が常識外れな事を、平然とした態度で見てる時点で化け物だ・・・。とフジーヤは 思っていた。 「ところで何を持ってきたんだ?」  赤毘車は、ジュダが持ってる袋に気がついたようだ。 「そりゃ20歳ならアレだろ?」  ジュダは、ニヤリと笑う。どうやら革の入れ物に、何か液体のような物が入って るらしい。 「未成年も来るのだぞ?少しは気を使った方が良いんじゃないのか?」  赤毘車は、ジュダが笑ったのを見て、すぐにその中身が、上等の酒だと言う事が、 分かった。ジュダが家から持ってきた物だろう。 「硬い事言うなって。何とかなるさ。」  ジュダは、親指を立てる。赤毘車は、このポーズに何度騙された事か・・・。 「酒かぁ。ジークは初めてじゃないのか?」  フジーヤは、思案する。ジークが酒を飲んだと言う話は、聞いた事が無い。 ルクトリアでは、18歳から成人と言われるので、ジークが、酒を飲んでても問題 は無いのだが、飲んだと言う話は聞かなかった。 「私も聞いたこと無いですね。と言うか、ライルさんも弱いんじゃないですか?」  トーリスも思案していた。親のライルが大した飲める男じゃ無かったので、ジー クも、おそらく飲めるクチじゃぁ無いのだろう。 「今は、そうでも無いって聞いたぜ?」  フジーヤは、ライルが、相当飲める様になったのを知っている。 「そう言うトーリスは、どうなの?」  ルイシーは、我が子が酒を飲む姿を見た事が無かった。 「私も、そんなに行けるクチじゃあ無いですよ。」  トーリスは、少し弱った顔をする。しかしルイシーは、その仕草で分かった。我 が子は謙遜してるだけだと・・・。トーリスが本当に弱った時は、こういう反応は、 しないはずだ。 「ま、楽しく飲めれば結果オーライって奴よ。」  ジュダは、気楽に言っていた。 「まったく。私は知らんぞ。」  赤毘車は、ジュダが、こう言うときは大概ロクでもない事が起きるのを知ってる ので呆れていた。  その様子を見て、フジーヤは、ライルの所に行くのが、少し楽しみになっていた。  ライルの家の朝は早い。朝ご飯を食べる前に修行をする事もあって、夜が、まだ 完全に明けない内から起き始める。レルファも、それに慣れていたので、朝に弱い ジークを起こすのは、レルファの役目だった。ライルもマレルも朝は、そんなに弱 くないのだが、ジークだけは弱いようだ。不思議な物である。  だが、朝に弱い人はまだ居た。それはフラルであった。案外ゲラムは早起きは得 意なようで、泊まって2日目辺りには、既に慣れていたのだが、フラルは4日目に なる今日も、まだ夢の中だった。 「おい。姉さん。起きろよー。」  ゲラムは、自分の姉の寝坊には、呆れるばかりであった。 「むー・・・。」  フラルは、全く起きる様子が無い。フラルお気に入りのパジャマに身を包んで寝 てるだけだった。 「レルファさんに料理教えてもらうんじゃ無かったの?」  ゲラムは痛い所を衝く。 「むー。あとー・・・。」  フラルは、良く分からない事を言っていた。やはり起きる様子は無い。 「おーい。ゲラムー。フラルさん起きた?」  ジークが呼びにきた。さすがに、女性の寝てる部屋に入るのは気まずいらしく、 部屋の外で呼んでるだけだ。 「起きる様子も無いよー。参ったなぁ。」  ゲラムは、自分の姉の情けなさを痛感する。 「うっさーい・・・。」  フラルは、眠りながら文句を言っていた。中々良い根性である。これには、さす がにゲラムも頭に来たらしい。 「ええい!起きてよ!姉さん!!」  ゲラムは大声で叫ぶと、布団を思いっきり剥がした。 「うああああうん!?」  フラルは、声にならない叫びをあげて、キョロキョロした。ついに起きたのであ る。そして、目をこすりながら、周りを見る。しばらくボーっとしてたが、ゲラム を見て状況を理解する。 「ゲーーーラーーーームーーー・・・。」  フラルは、世にも恐ろしい目でゲラムを睨み付ける。 「おいおい。無茶したんじゃないだろうな?」  ジークが、部屋のドアを開ける。すると、そこにはパジャマ姿のフラルが居た。 さすがにジークは、気まずくなって固まった。 「あ。ごめん。フラルさん。」  ジークは、赤面しつつもドアを閉める。 「・・・ジークには、見られたく無かったのにー・・・。それと言うのもゲラム! アンタが悪い!」  フラルは、滅茶苦茶な事を言う。 「ええ!何言ってるのー!起きなかった姉さんが!いて!」  ゲラムは、言い訳するが、フラルのチョップは続く。  しばらくチョップの音が聞こえたが、しばらくすると止んだ。 「・・・これくらいで許してあげるわ。さっさと出て行きなさい。」  フラルは、着替えをするらしく、用意をする。ゲラムは、すごすごと出て行った。 何か可哀想になってきた。 「はは。災難だったな。ゲラム。」  ジークは、笑いながらゲラムの頭をナデナデする。 「むー・・・。姉さんの馬鹿!」  ゲラムは、そう言うと急いで階段の下に行ってしまった。 「ぬぁんですってぇ?」  フラルの声が聞こえたが、すでにゲラムは下の階に行っていた。 「兄さん。フラルさん。起きたの?」  レルファが顔を出した。さすがにアレだけ騒いだ後なので、レルファにも聞こえ たのだろう。そして、マレルやライルにも聞こえてるだろう事は、想像できた。 「ああ。起きたみたいだな。」  ジークは、さっきのパジャマ姿を思い出して赤面する。どうにも、他人のそう言 う所を見た事が無かったので、慣れなかった。ライルと一緒に修行ばっかしてたせ いもあるかもしれない。 「?兄さん何赤くなってるの?」  レルファは怪しむ。 「え?・・・なんでもないさ。」  ジークは、しどろもどろになる。どうにも慣れない。 「お待たせー。ごめんねー。レルファ。」  フラルが、いつの間にか着替え終えてドアから出てきた。 「良いよ。今日も頑張ろうね。」  レルファは、フラルの寝坊は、既に4日間で、見ていたので慣れていた。それに フラルとは歳が近いせいか妙に気が合う。レルファにとっても貴重な4日間になっ ていたのだ。 「お。起きたな。じゃぁ俺は父さんと稽古してくるな。」  ジークは、手を振って、ライルとゲラムが待っている玄関に向かった。レルファ とフラルはマレルが待ってる台所に行った。 「ジーク兄さん。今日は、負けないよ!」  ゲラムは元気マンマンだった。この朝の練習も、すっかりゲラムの方が先に着く 事が多くなってきた。手合わせこそしてないが、練習量は負けてなかった。 「はっはっは。ゲラムは、やる気あるからな。お前もウカウカしてられんぞ?」  ライルは、ジークを冷やかすようににらむ。しかしまんざら嘘でもなかった。ゲ ラムは、日一日と強くなっていったのである。 「ちぇ。俺も負けないよ?父さん。」  実は、ジークもそれに刺激されてか、実力が、ライルに近づいてたのである。 (やはり、ゲラムを入れて成功だったな。)  ライルは、ジークのやる気のボルテージも上がるだろうと踏んで、ゲラムも入れ る事にしたのである。そして、それは成功したと言っても過言ではなかった。 「気合のノリは良いようだな。よし。じゃぁゲラム。そこの木に縦百本に横百本だ。 ジークは・・・分かってるな?」  ライルは指示する。ゲラムは、いつも打ち込みをやってる木に縦斬り百本と、横 斬り百本の練習で、ジークは、ライルとの手合わせだった。 「父さん。今日こそ1本取るよ?」 「言ってるな。そう簡単には取らせんぞ?」  ジークは、ここ数日で自分に力が付いて来てるのを実感している。結構、自信が あった。ライルも、それを感じているが、過信させてはいけないと思って、何とか 勝ちを収めているのであった。 「えい!やぁ!」  横でゲラムが早速打ち込みを始めていた。素直な子である。 「来い!ジーク!」 「行くよ!」  ライルとジークは声と木刀に気合を入れる。早速構えを取り始める。二人ともこ の瞬間は真剣そのものである。 (父さんの構えは「守り」の型からか・・・。)  ライルは木刀を斜めに構えて守りに徹する「守り」の型を取る。ジークは気に入 ってる「攻め」の型を取っている。しかし、これでは芸が無い。ジークは毎日練習 している成果を試そうと思った。 「な・・・!」  ライルは、さすがにビックリした。ジークは「攻め」の型を解いたからだ。そし て、取った構えは、なんと「無」の型だった。 「ジーク。「無」の型は一朝一夕で出来る構えじゃないぞ。自分の集中力を極限ま で高めて、敵の攻撃を躱すと共に必殺の一撃を決めなきゃならない型だ。」  ライルは注意する。それだけ危険度が高い型だからだ。危険度だけではなく、そ の難易度も最高レベルだった。 (しかし、ジークは「不動真剣術」の技は全てマスターした。だからこそか?)  ライルは冷静に判断する。ジークは、既に免許皆伝の腕を持っている事は知って いる。「無」の型も練習では、何回もやらせた事はあった。しかし、手合わせでや るという事は、それだけ覚悟をしなければならない。そしてジークは「無」の型を 解く気は無いようだった。 「なら、俺もそれに応えてやろう・・・。」  ライルは、ジークが本気である事を知ると、構えを「攻め」の型に変える。ライ ルが「攻め」の型を使うのは久しぶりの事であった。 「今日は、父さんに・・・勝つ!」  ジークは、その「攻め」の型を見ても全く怯まなかった。それどころか、前に一 歩ずつ歩み寄っていった。 (成長した物だ・・・。あのジークが・・・。)  ライルは、自分の戦乱時代を思い出す。あの時のライルも、こういう覚悟を経験 した。そして強くなっていったのだ。 (だからこそ・・・。見極めるために手加減はせん!)  ライルは目を見開くと、ジークに向かって木刀を振りに行った。 「はぁあああ!」  ライルは横に縦にと変幻自在の振りを見せる。しかしジークは、それを悉く、受 け止めていた。ライルの振りの速さを見切ると言う事は、凄まじい事であった。一 見「守り」の型に見えたが、「無」の基本である怯まずに相手の動きを読む事に関 しては合格点であった。 (ここまで成長していたか!)  ライルは、嬉しかった。ジークは、明らかに成長していたのである。 「でやぁ!!!」  ジークは、ライルのちょっとした隙を見て流れるように打ち込む!  バシィ!  良い音がなった。それと同時にライルは、吹き飛ばされる。 「くっ!・・・取られたか・・・。」  ライルは、素直に完敗を認めた。ジークに完全な一本取られるのは初めての事で あった。しかし、不思議と負けて悔しくなく、むしろ嬉しかった。 「やった。やったぞ!」  ジークは、感無量になって叫び声をあげる。 「見事だジーク。まさか「無」の型を、そこまで使いこなせるとは思わなかったぞ。」 「練習したからね。不安だったけど・・・。」  ジークは、本当に嬉しそうだった。しかし、ライルの嬉しさは、それの比では無 かった。息子の成長ほど、嬉しい物は無い。 「おめでとう!ジーク兄さん!」  ゲラムが、練習しながらも祝ってくれていた。それに返すように手を振る。 「ジーク。お前に渡す物がある。」  ライルは、そう言うと家の中に入ってしまった。何かを持って来るつもりなのだ ろう。ジークは、少し面食らったが、待つ事にした。  しばらくして、ライルが戻ってきた。 「受け取れ。そして、今日からお前が「不動真剣術」継承者だ。」  ライルは、そう言うと、一振りの剣と巻物を渡す。 「こ!これは!」  ジークの手が震えている。無理も無い。この剣と巻物は、ただの剣と巻物では無 かった。何度か目にした事がある。 「そうだ。この剣は「怒りの剣」だ。そして、巻物は不動真剣術の「秘儀の書」だ。」  ライルは、真面目な顔を崩さなかった。どうやら冗談では無いらしい。そして、 ジークが継承者となる事を、ライルが認めた証だった。 「父さん・・・。」  ジークは、あまりの展開にビックリしていた。 「良いか?ジーク。これは、ただの通過点に過ぎないんだ。これをどう使うか。そ して、これらをどう活かすのかは、お前次第だと言う事を、忘れるな。」  ライルは、そう言うとジークの肩を優しく叩く。重みのある一言だった。そして この瞬間から、ジークは継承者である事を肌に感じ取っていた。 「俺、まだ実感無いけど・・・不動真剣術を守って見せるよ!」  ジークは、力強く答える。そして拳を握る。若々しく、しっかりとした拳だった。 「だが、これで終わりじゃない。ジーク。俺が見ていてやる。「怒りの剣」を抜い てみろ。」  ライルは、少し緊張しながら言った。 「分かりました・・・。」  ジークは、何故ライルが緊張しているのか知っていた。「怒りの剣」は、資格の 無い者が触ると、拒絶反応を起こすからだ。それは最悪、死に繋がる。 「・・・俺の鼓動を感じろ!怒りの剣!」  ジークは、思いのままに怒りの剣を抜いた。  ドックン!  ジークは、自分の心臓が高鳴るのを感じた。その瞬間、ジークは何か遠くを見る 目になった。 (怒りの剣の記憶・・・か?)  ジークは目の前に、まるで走馬灯のように流れる不思議な映像を見ていた。それ は、あたかも現実のようであり、幻覚のようでもあった。  私の名は「怒りの剣」。元の名をペルジザードという。これから見せる物は現実 であり、尊い記憶でもある。そして、これを見た限りお前は、私の力を受け止めね ばならない。そこを十分理解していろ。  事の起こりは、ルクトリアの国が出来る時の事からだ。ルクトリアは、ただの草 原だった。しかし、私は金剛神ラウスの命により奥深くと眠りについていた。それ を解放したのが、現ルクトリアの祖先であるユード家の者だ。私はこのユード家の 者に力を貸す事を決めた。  私とユード家の者が合わさった力は強大で、やがてユード家は更なる発展をする 事になる。最初は、貴族となり富を得たが、その後、軍事国家へと変わっていった。 だが、その過程に於いてユード家は、私を裏切る事になる。  私の真の力を知ったユード家の13代目だったか・・・。奴は、私の力なくとも 国家は繁栄をもたらすと思ってか、そして、私の力が弟達の手に渡るのを恐れてか、 私を地下の奥深くに封印した。私は再び眠りにつく事になった。  いくら私とて自分の力で動く事は叶わぬ。所詮は、人の手を借りねば動けぬ代物 である事に変わりは無い。  200年程であったか・・・。私は眠っていた。静かであった。だが、私が動く 時がやってきた。それは古代文献を調べた、お前の祖父シーザーの仕業であった。 私は歓喜した。動ける時が来たと・・・。しかし、シーザーは器では無かった。私 を手に取った瞬間、記憶が流れると同時に手を離しおった。現在に於いて私の記憶 量に耐えられる程の強靭な精神の持ち主は、少ないと言う事なのだろう。  しかしシーザーは、私の価値を見出していた。そして、それを使いこなせる能力 は、お前の父ライルにこそあると見出したのだろう。奴は側近であるバリス=スト ロンという男に私の事を託して、いつでもライルに渡せるようにしておいたのだ。  そして、時は来た。お前も話で聞いた事がある「秩序無き戦い」の後の事であっ た。ライルは私を抜き、全てを受け止めた。今のお前同様にな。  私の力を、いち早く気づいたライルは、私をここぞという闘いにしか使わなかっ た。私には、特に対魔能力が優れているのに気づいたのだろう。かの黒竜王の時は、 私の真の力を使いこなしてくれた。  お前は、そのライルの息子であると言うのなら、私が今から見せる映像を受け止 めなければならない。私を受け取った責任を果たしてもらわなければならない。そ れを忘れるな。今から映像を送る。  ・・・ (何だ!?ここは・・・。もしかして、ルクトリア!?)  そうだ。そして、あれが、お前の父ライルだ。見えるか? (もしかして、あの俺に似た人が・・・。)  そう。そしてあの捕らえられているのがマレル。お前の母だ。そしてお前の母を 腕で持ち上げているのがリチャード=サンだ。 (あれが、母さんか・・・。そして、あれがリチャード・・・。)  呆けてる場合では無いぞ。あのリチャードこそ、黒竜王の化身であり、お前の母 は、リチャードの許婚だったのだからな。 (本当の話だったのか・・・。)  信じられぬか?無理も無い。今から音声も送ろう。その方が、分かりやすかろう。 「ライル・・・。」 「マレル!」  お前の父と母はこの時に、既に恋仲であった。しかし、リチャードの出現で、そ の仲は、切れる寸前だったのだ。 「性懲りも無く来たか。ライル。」 「俺は、諦めが悪いんでね。」 (父さん・・・本当に母さんの事が好きだったんだな。俺にもそう言う事が、ある のだろうか?)  感傷に浸ってる場合では無い。お前は、あの黒竜王の技をよく見ておけ。そのた めに映像を送ったのだからな。 (どういう意味だ?)  分からんのか?お前は、これから魔族と闘う事になると言う事だ。お前には、ま だ感じないかもしれないがな。私にはわかる。魔族の胎動がな。ライルが、私を使 って平和にしたのなら、お前が受け継ぐべき意志は、もう決まっているだろう? (俺が・・・やらなくちゃならないのか?)  お前に意志が無いと言うのなら、私は、これ以上見せない。どうする? (俺は父さんから不動真剣術を受け継いだ。なら、答えは一つだ。俺は父さんを超 える!見せてくれ。怒りの剣。)  ・・・お前の意志は受け取った。もう後戻りは効かぬぞ。 「フッ。許婚であるマレルを引き渡せというのか?道理が通らんぞ?」 「リチャード。俺は、その運命を呪った。だが俺がマレルを想う心は、貴様には負 けない!マレル!答えてくれ・・・。俺は、もう許婚、いや運命には負けない!」 (父さんの激しい想いが、俺にまで伝わってくる・・・。)  うむ。私にも伝わった。恐ろしい力を感じたよ。この時にな。 「ライル・・・ライル!私は「月の巫女」じゃない!マレルで居られるのね!」 (母さん。苦しんでいたんだな・・・。) 「それはマレル。君次第だ。俺は君を諦めきれない!」 「私も!」  マレルとライルは、見える通り、リチャードの手から奇跡的に抜けられたんだ。 あの時に、抜けられなかったらマレルの命は無かっただろうな。この時のリチャー ドは、放心していたんだろうな。許婚に裏切られた訳だしな。 「運命に負けないだと?とんだ茶番を・・・。」 (何だ!あのリチャードから流れるドス黒い闘気は!)  見ておけ。あれが魔族が出す特有の殺気だ。暗く冷たい闘気の塊さ。 「我を差し置いて、そのような茶番・・・許す訳には行かぬ。」 (暗い闘気が増大していく!) 「リチャード。以前の俺なら、貴様を見て絶望しただろう。しかし、今は違う。マ レルと俺の未来を見るために貴様を倒す!」 (凄い!父さんは、負けてない!あれが若い頃の父さんの本気!)  そうだ。肌に感じるだろう?私とライルが、合わさった本気が! 「見せてやろう。我の本来の姿を!」 (リチャードが、黒い化け物に変身していく!) 「はぁぁぁ・・・。」  見ておけ。ジーク。ライルは、私と同化しつつ自分の精神を統一しているのだ。 あの姿こそ、私の力の真骨頂なのだ。お前も、これをやらなければならぬ。 「生まれ変りし「怒りの剣」よ!俺の精神を受け取れ!」 「笑止!我の敵になる人間など、存在するはずが無い!」  ここだ!ここの黒竜王の動きを見逃すな。 「死ねぇい!」 (手に光る暗褐色の球体はなんだ!?アレが暗い闘気の集まりなのか!?)  そうだ。黒竜王は、それをライルにぶつけるが、ライルは私を使って斬ったのだ。 (あの球体を斬った!?しかも今のは・・・。)  察しの通り、不動真剣術の袈裟斬り「閃光」だ。物凄いジャンプで袈裟斬りを繰 り出す技だったな。 (そう。そして「閃光」は、名の通り見えちゃいけないんだ。) 「くぅう!我が闘気を斬って反撃しただと!?」 「俺は、今まで数々の戦乱を乗り越えてきた。貴様には、それがない!負けてなる ものか!」  黒竜王は、そんな言葉など耳を貸さなかった。奴のプライドと言う奴だろうな。 奴は、連続してあの闘気の玉を発した。 「吹き飛ばす!・・・不動真剣術!旋風剣「爆牙」!」 (「爆牙」か!なるほど。あの技は、剣の風圧を利用する技。闘気を風の力で押し 返そうと言う訳か!・・・上手い。闘い慣れてる・・・。)  その「爆牙」が功を奏したのだろうな。しかし、全部跳ね返せた訳ではない。ラ イルも、それなりに傷を負っていたはずだ。 「チィ!」 「・・・馬鹿め。我が闘気を全て跳ね返すなど出来る物か!」 (ああ!父さんがメッタ打ちにあってる!)  一瞬の油断と言う奴だろうな。あの闘気で、一瞬揺らいだのを黒竜王は見逃さな かったのだ。 「ライル!」 「来るな!マレル!俺は勝つ!」 (父さんは、母さんを巻き込みたくないんだ。どこまで気丈な人なんだ。) 「寝ぼけた事を抜かすな!この体格差に実力差が、まだ分からんのか!オリャ!」  ライルは、この時派手に吹き飛ばされた。体もボロボロにされたはずだ。しかし、 私を握る手の力は失っていなかった。黒竜王が得意満面に闘気をぶつける瞬間を待 っていたのだ。 「とどめだ・・・。最大のパワーで消してくれる!はあああぁぁ!」 「今だ!行くぞ!怒りの剣よ!」 (父さんが飛んだ!あの体で!?)  この時ばかりは、私も驚いた。しかし、ライルがやる以上私も付き合う事にした のさ。ライルだけではない。私も死を覚悟した物さ。 「こざかしい!消えろ!」 「俺自身の技を見せてやる!」 (父さん自身の技!?どういうことだ!?)  知らなかったのか?不動真剣術は、代々受け継がれてきただけではない。新しい 技を発見すれば、それを書き加えるのも継承者の務めだぞ?忘れるな。 「不動真剣術!秘儀!「越光(えっこう)」!」 (速い!しかも飛んでるのに、あの速さは何だ!?凄い!)  私には感じた。この時のライルは光を超えたのだ。物理的な力ででは無い。精神 が、それを超えたのだ。 「馬鹿・・・な!この・・・私が・・・!」  黒竜王も哀れな奴だった。奴は、存在意義のためにリチャードを通じて君臨しよ うとしたのだ。わざわざ魔界への扉を開いてまでしてな。 (父さんは母さんのために、心を鬼にして倒した・・・と言う訳か。)  そうだ。私が語るのは、ここまでだ。そこからライルは、私を一度も手にしてい ない。する必要が無かったのだ。今の黒竜王の闘い。忘れるなよ?お前は親父を超 えたいのなら覚悟して置くといい。言っておくが、私を使った人間の中で最高の実 力の持ち主だった。それは間違いない。 (英雄・・・か。呼ばれる訳だ・・・。)  もう気落ちしたか?お前は曲がりなりにも、その英雄に今日勝ったのだろう?ラ イルはこの稽古に一瞬たりとも手加減した事は無かったらしいぞ。誇りを持つ事だ な。 (偉大か・・・。だが!俺も父さんの息子なら超えてみせる!)  よく言った。そろそろライルも心配している頃だ。戻ると良い。  ジークは、遠い夢を見ているように静かだった。さすがのライルも心配している。 だが、ライルには分かっていた。ジークが何を見ているのかを。自分も体験した事 だ。しかし、ジークはライルの体験までも身に染みているのだろう。 「ジーク兄さん!大丈夫?」  ゲラムも心配していた。ジークは、目を覚ます様子が無い。しかし、ジークの目 から涙が流れたのを見て、ビックリする。 「う・・・ううう・・・。」  ジークは苦しそうに目を開けた。 「気がついたか。ジーク。」  ライルが優しい目でジークを見守る。ジークは、そんなライルと怒りの剣が見せ たライルを自然と比べてしまう。 「良かったぁ。まるで魂が抜けたかのようだったよ?」  ゲラムは、かなり心配だった。 「・・・抜けたかもしれないな。」  ジークは、静かに起き上がる。 「怒りの剣は、見せてくれたか?」  ライルは、静かに尋ねる。ジークは、黙って首を縦に振る。怒りの剣は大いなる 記憶を見せてくれた。ルクトリアの歴史、魔族との戦い方、そして父の偉大さをだ。 「父さん。俺は負けないよ!」  ジークは、清々しい笑いを浮かべた。それが何を意味しているのか、ライルには 理解できた。 「俺の全盛期を超える気か?やってみろ!」  ライルは、励ますように笑うとジークの肩を叩いてやる。 「僕だって負けないぞ!」  ゲラムは、つられて言ってしまう。 「それには、素振りを忘れちゃいかんぞ?ゲラム?」  ライルは、ゲラムが素振りをまだ終えてないのを知っていた。 「ちぇ。ライル叔父さんは抜け目が無いなぁ。」  ゲラムは、そう言うと素振りを始めた。 「ジーク。今日の事、忘れるな。そして、俺を必ず超えろよ?」  そう言うライルの眼は限りなく優しく、そして力強かった。ジークは拳を握りつ つも決意を新たにしていた。  英雄ライルの息子ジーク。そして不動真剣術の継承者の誕生の瞬間でもあった。