NOVEL 1-2(First)

ソクトア第2章1巻の2(前半)


 2、継承者
 ソクトア大陸の一番の中心であり、広大な大地がひろがる中央大陸。しかし、こ
こには国はおろか、主だった街も存在していなかった。それは、ソクトアの歴史が
絡んでいる。
 大きな戦乱であった「秩序の無い戦い」もおろか、数々の戦争のほとんどはこの
中央大陸で行われていたため、誰も住みたがらないのだ。噂では、戦争で死んだ者
達の亡霊が出てくると騒ぎになったことさえある。
 しかし、広大な大地の周りには豊かな自然があるため、教会や村などは数多く存
在し、それぞれ移動するときの宿場として利用されることが多いようだ。
 しかし「黒竜の戦い」以降、妖魔が出てくると、ここは反対に妖魔たちの隠れ家
として利用されることも多くなってきた。妖魔や魔族などもそう馬鹿ではない。自
分達の勢力を拡大しようと住処を作り、ひっそりと暮らしているのであった。
 妖魔や魔族たちの村は確認されていないが、存在すると言うことだけはわかって
いる。人の多いルクトリアやプサグルの近くはあまり見かけないようだが、古代遺
跡などが多い法治国家ストリウスの近くはかなりの妖魔達がいるようだ。
 稀に古代遺跡の中にとんでもない魔方陣があったりする。そこが妖魔や魔族たち
の出入口となってる場合が多いのだ。
 ある遺跡の地下に二つの影が動いていた。二つの影は、どうやら人間のようで、
遺跡の探索をしているようだ。この頃、遺跡の多いストリウスは冒険者組合を発足
し、ソクトア中の冒険者を集めているらしい。そのおかげでストリウスは貿易も盛
んとなり、バルゼに次ぐ貿易所となっている。
 ただ、この二つの影は冒険者でもないらしい。冒険者なら妖魔などに備えて歩く
ものだ。しかしこの二つの影はどちらかと言うと財宝などではない「何か」を探す
ような仕草を見せている。
「おい。じいさんよ。本当に報酬くれるんだろうな?」
 二つの影のうち、若い方の男はどうやら雇われの傭兵らしく、たくましい体つき
をしていた。だが、冒険者とは程遠い。どうやら本当にただの守りをしているよう
だ。そのついでに探し物を手伝わされているらしい。
「何度も言わせるな。わしの探し物を見つければ金貨120枚じゃ。」
 もう1人は年寄りなのか、杖をついている。腰を痛めているらしい。しかし、傭
兵がここまで一応信用しているほど、前金はもらっているらしく、ただの爺さんで
はなさそうだった。
「本当にあるのか?『闇の骨』なんつうものがよぉ。」
 傭兵は文句を言う。
「たわけ!言うなといったじゃろうが!」
 老人は凄い目つきでにらむ。どうやら本気で探しているらしい。
(ち。もうろくジジイめ。これで金貨の話が嘘だったらただじゃすまさねぇぞ。)
 傭兵は舌打ちしつつも暗い地下の中をランタン片手に『闇の骨』なる不可思議な
ものを見つける作業をする。
 老人が言うには、『闇の骨』は、吸い込まれそうな漆黒の闇の色がついた塊なの
だと言う。普通の目には見えないが、光を通さないつくりになっているのでランタ
ンをかざしてみれば分かると言う。しかも、その『闇の骨』には触ってはいけない
らしい。注意して扱わないと手が溶けるほどの熱をもっているらしく、物騒極まり
ないものだった。
「しかしよぉ。この暗闇の中をよ。闇の色のものを探すなんて・・・。」
 傭兵はこの仕事を受けたことを後悔した。老人の護衛なので楽勝だと踏んで引き
受けて、思ったより前金をくれたので儲け物と思ってた矢先にこんな仕事である。
ハッキリ言ってやってられなかった。だが老人があんなに真剣に探しているのを途
中でやめるなどといったら、その後の契約金はもらえないのでやるしかなかった。
何せ金貨120枚と言えば何もせずに1年遊んで暮らせるだけの金額だ。法外な仕
事は難しいと言うので我慢することにしたのだ。
(それにしたって探せっこねーぜ。)
 傭兵は、もうウンザリだった。すでに探索から3日経っている。なのにそれらし
きものなどまるで見当たらない。
「おい。じいさんよ。・・・っていねーな。」
 突然老人が消えた。傭兵はウンザリとは言え護衛の任務を忘れるわけにはいかな
いので、探し始めた。
(あのじいさんは、興奮するとすぐどこか行っちまうし・・・。)
 老人の足跡が見当たればいいのだが、見当たらなければ金貨の話はパァだろう。
ここまで来てそれはできなかった。傭兵はランタンをかざしながら探すことにした。
 コツン・・・。
「ウワッ!」
 傭兵は足元にあった石の様な物に足を取られて躓いた。鎧はまだしもその中に着
ていたシャツやズボンなどが濡れてしまった。
(ついてねぇ。だいたい何に躓いたんだよ。)
 傭兵は足元をランタンでかざしてみる。すると、異様な光を放った・・・。いや
むしろ光と言うより闇を放った宝石のようなものが転がっていた。
「な、なんだ・・・。これは・・・。」
 ついうろたえてしまう。こんな物は産まれて初めて目にするものだった。その部
分だけ穴があいたように何も映さない物体だった。ランタンをかざしてみると良く
分かる。光を全く通さないため、傍目からでは分からないが、ただの物体でないこ
とは確かだった。
(まさか、これがじいさんの言ってた・・・。)
 傭兵は、やっと思考が追いついてきた。これが老人の言う『闇の骨』に間違いは
ないだろう。聞いていた通り光を通さないものであったし、こんな物体がそこら中
にホイホイあるとは思えない。
(フフフ。見つけたぜ。いい腕してるぜ?俺はよぉ。)
 傭兵はニンマリ笑った。はっきり言って偶然なのだが、見つけたことには変わり
なかった。
「おい!じいさん!喜べよ!」
 傭兵は大声で叫んだ。このまま持っていっても良かったのだが、老人に触らせな
いと何かとうるさそうだし、普通じゃないので触ったら手が溶けると注意もあった
ので、呼んでくるのが一番だと思ったのだ。
「見つけたか!」
 老人はとても速い動きで戻ってきた。興奮していたのだろう。
「これだろ?結構探すの大変だったぜ?」
 偶然見つけたにしては大袈裟なことを言う。料金を水増ししようとでも考えてい
るのだろう。しかし老人は耳も貸さずに下にある闇色の物体を見ている。
「フム・・・。間違いない・・・。フフフフフフフフ・・・。」
 老人は不気味に低く笑う。さすがに傭兵も少し後ずさりした。そして、老人はポ
ケットからタオルのようなものを取り出してその物体にかけた。
「おい。じいさん。これで俺もお役御免だろ?」
 傭兵はさっさとこの老人から離れたかった。老人の不気味さもあるが、このまま
雇われていては、また何をされるか分からなかったからだ。
「フム。ご苦労じゃったな。報酬はこれをプサグルの道具屋に見せればもらえるは
ずじゃ。」
 老人は、小切手のようなものを手渡す。「120ゴールドメダル」と書いてある。
間違いなさそうだった。傭兵は注意深くその小切手を見る。小切手詐欺など結構頻
繁に起きているので、注意深くならざるを得ない。
「おーし。恩に着るぜ!じいさんよ。また会おうぜ!」
 傭兵は挨拶してさっさと去ろうとした。だがまた老人がいなくなっていた。
(ち。こういうときくらい俺のこと見てても良いんじゃないのか?)
 傭兵は老人がまた興奮して自分のことを放ってどこかへ行ってしまったと判断し
た。しょうがないので帰ろうとした瞬間のことであった。
 ジャク・・・。
 何か良い音が・・・。いや訳のわからない音がした。しかも自分の胸からである。
自分の胸を良く見ると、剣の切っ先が突き出ているのが見えた。
(・・・なん・・・だ?)
 傭兵は訳がわからなかった。しかし自分の胸から大量の血が込み上げてきたのは
間違いない事実だった。目の前が赤一色で染まる。
(一体・・・なに・・・が・・・。)
 傭兵は、力なく倒れる。そして振り向き様に後ろを見ると老人が血に染まった剣
を持っていた。
「悪いな・・・。お前は秘密を知ってしまったからな・・・。」
 老人は急に声が変わった。老人と言うより野太い男の声に。そして老人がローブ
を脱ぐと見る見るうちに屈強な中年に変わっていった。
「き・・・さま・・・。はかっ・・・たな!!」
 傭兵は血を吐きながらもにらみ付ける。しかし、もうどうしようもない。暗闇が
目の前に迫ってきている感じがした。
「ちく・・・しょう・・・。」
 傭兵はそう吐き捨てると、目の光が無くなった。そして首は力なく垂れた。そし
て永遠に動かなくなってしまった。
「フッフッフ・・・。欲につられたお前が悪いのだ。」
 老人。いや中年は愉快そうに笑う。最初からこの中年は傭兵を帰す気などなかっ
たのである。老人の姿をして、金貨を少量振りかざせばかなりの確立で人手が付い
てくる。しかも老人だと思って油断をする。それがこの男の狙いだった。
「おおっと。この血はありがたく使わせてもらうとするか。」
 男は傭兵の血が吹き出てるところに瓶を置く。真っ赤な液体となって、血はどん
どん瓶にたまっていく。
「この新鮮な血液と『闇の骨』・・・。近いぞ。」
 男の目的はほぼ達成であった。この男は、戦乱時代のプサグル軍に所属していた
男であった。ルクトリアの騎士団が裏切る手筈に加担した男であった。この男の名
はルドラー。本来ならプサグルの軍と共に戦死しているはずだったのだが、最後の
戦乱の時に上手く逃げおおせていたのだ。根っからの権力好きで「秩序の無い戦い」
を自分の権力のために引き起こし、ルクトリア騎士団長カールス=ファーンに取り
入り、ルースをことごとく利用し、かの「黒竜王」の復活の一端を担ったのもこの
男である。
 今度やることもろくでもないことであった。そして、それは人間の領域ではやっ
てはいけないことであった。その目的は魔族の強力な者を引き寄せ、復活させるこ
とだった。
 黒竜王が復活した時に次元の歪を作り出し、現在、下級の魔族や妖魔が入り込ん
でるのは周知の事実になりつつあるのだが、強力なものはソクトアに来ていなかっ
た。というよりは、来る必要が無かったのである。黒竜王がソクトアに君臨したの
を嗅ぎつけた魔族たちは、黒竜王の力があればすでにソクトアは魔族のものになる
のは時間の問題だと考えていたからである。
 それに魔族たちは自分より弱いと思うものには従わない傾向にある。つまり、黒
竜王の呼び出しに応じると言うことは、黒竜王より力が下だと認めざるを得ない事
となるのだ。それでも妖魔や一部の魔族は魔界よりはソクトアのほうが断然住みや
すいのでプライドなど捨ててはびこっているのであった。
 それとは別に魔族たちがソクトアに来る方法があった。それがこの『闇の骨』と
新鮮な血液を利用し、別の扉を作ることによって呼び出す方法だった。だがこれは
基本的に人間が魔族を呼び出す時に使う方法で魔族を敵だと思っている人間はまず
やらない方法なので例が無かった。しかも現存している『闇の骨』はすでに数える
ほどしかなく、『闇の骨』のランク的にも低いものだとたいした魔族を呼び出すこ
とは出来ないのだ。
 しかしルドラーは確信していた。この『闇の骨』は間違いなく強力なものだと。
ルドラーはこれを見つけるために25年間ルクトリアやプサグルから隠れながらも
研究を進めてきたのだ。そしてつい最近になってやっとこのワイス遺跡の『闇の骨』
の存在に気が付いたのである。
(方角と陰気から言って、魔貴族クラス以上だろう。)
 ルドラーは見ただけで陰気が分かるようになっていた。その強さもである。更に
は『闇の骨』を吊り下げて自動的に向く方角によって強さも決まるのも知っていた
のである。そして、魔貴族というのは、普通の魔族ではない魔族の貴族で強さ的に
は今のソクトアにいる魔族などとは比べ物にならないほど強い存在であった。かの
黒竜王も「魔貴族」であった。
 「使い魔」が一番弱い位であるならば、その次に、「妖魔」「魔族」ときて「魔
貴族」と続いた後に「魔界戦士」と呼ばれる選ばれた戦士がくる。更にそれらを統
べる「魔王」と呼ばれる存在までいるのだ。それらを総称して魔族と呼んでいるの
だ。この「魔王」が来たらソクトアはどうなってしまうのかすら分からない。
 にもかかわらずルドラーはためらいも無く呼び出そうとしている。狂気の沙汰で
あった。それもすべて権力のためであった。プサグルの将軍として王の補佐の位置
にまでいたルドラーとしては現在の状況など耐え切れる代物ではなかったのだ。
(魔族を呼び出してその下に就けば、ソクトアを支配する事だって可能だ。)
 ルドラーはこれくらいのことしか考えていなかった。すべては権力のため、自分
の保身のためであった。最悪な男である。
(あとは、さらに地下にある魔方陣を探さなくてはな。)
 ルドラーはランタンを取ると、更に地下を目指した。それが過ちの第一歩だと気
がついていなかった。この男の頭の中にあるのはさらなる権力のことでいっぱいだ
ったのだ。


 中央大陸の夜は早い。周りが山に囲まれているので、日がすぐに暮れてしまうの
だ。ジーク達の家の周辺も例外ではない。マレルは早々と買い物を済ませ、すでに
食事の用意をしている。レルファも修道院から帰ってきてその手伝いをしていた。
ライルとジークは一日中練習をした後、薪を割ってから家路に着く。それが日課で
あった。さらに修行の途中に手伝っている農家からは野菜をたまにもらい、川で修
行してる時は銛で魚を突く。そうすることによって剣術だけではなく生き抜く力も
つける。これがライルの狙いだった。
 ジークはこんなことを毎日続ける物だから、川で魚を取るのも上手くなったし、
農業の営みのすべてを知ることもできた。さらに、野草などの食べれる物の見分け
もつくようになったし、何よりも修行をするための台場作りまで出来るようになっ
ていた。キャンプなどをするのにジーク1人いれば全然はかどり方が違うだろう。
 今日も、ライルとジークは大量の薪と魚を持って帰ってきた。
『ただいまー。』
 ライルとジークは声を合わせて挨拶をする。
『おかえりなさーい。』
 それに合わせるようにマレルとレルファも挨拶する。さすがに長年暮らしてるだ
けあった。
「マレル。ご飯はいつ頃だ?」
 ライルが、良い匂いにつられたのか尋ねてきた。
「フフ。まだ少し時間あるわよ。部屋で休んできていいわよ。」
 マレルは、健やかに答える。なるほど見たらまだ準備段階だった。今炒めている
物を他のと混ぜ合わせるのだろう。
「じゃぁ好意に甘えようかな。」
 ライルは、自分の部屋に行く。
「母さん。俺も少し休むよ。」
 ジークも疲れていたらしく、自分の部屋に向かう。
「呼んだらすぐに来るのよー。」
 マレルは、釘を刺しておく。レルファは大して疲れていないし、料理をするのも
好きなほうなのでマレルの手伝いをしている。自分で料理すれば作れるのだが、マ
レルにはかなわないので、素直に手伝っているのだ。ただレルファのこの頃の料理
の上達振りは目を見張る物があるらしく、マレルも驚いていた。
「母さん。ここの玉葱の炒めたのは、この魚に掛けるの?」
 マレルは、ジーク達が釣ってきた魚を指差す。
「そうよ。今から焼いてその上にトッピングをと思ってね。」
 マレルは長年魚をとってきてもらってるので、今日何が釣れるか予想していたの
だろう。それにピッタリの味付けで玉葱を炒っていた。
「じゃぁ私、捌いておくね。」
 マレルはそう言うと、包丁を器用に使い始める。魚を簡単に骨と身を切り分けて
いく。見事な物であった。
(剣の才能はジークのほうがあるのにね。不思議な物だわ。)
 レルファの包丁の上達振りには舌を巻く。これもライルの血なのだろうか?ジー
クのほうはある程度は捌けるが、ここまで上手くは無い。
(将来、旦那になる人は幸せね。)
 マレルはつい我が娘を誉めてしまう。これも親馬鹿なのだろうか。
 上にあがったライルは、自分の部屋のベッドに少し横になりながら掲げてある宝
剣ペルジザード。いや現在は「怒りの剣」と化した自分の剣を見ていた。
(あの戦乱から25年か。早い物だな。)
 ライルはつい昨日のことのように思い出す。ライルの青春は戦乱時代の幕開けか
らだったのだ。この「怒りの剣」にも思い出はある。まずもらった時のこと。良い
思い出ではなかったが忘れられない思い出ではあった。父であるルクトリア王の補
佐をしていた警備団長バリス=ストロン。彼こそがこのペルジザードの守護者だっ
た。王家に伝わる使い手の精神を飲み込む魔剣。それを力に変える魔剣。それがペ
ルジザードの伝説だった。
(バリスさんにもジークの姿。見せたかったな。)
 ライルはつい目元が潤む。バリスは「秩序の無い戦い」の時、兄ヒルトを逃がす
ために殿軍を務め、笑って死んでいった。ルクトリアの忠実な兵士であった。ヒル
トはその光景を見た時涙したといわれている。
(俺はこの剣のおかげで父さんの息子だとわかったんだったよな。)
 このペルジザードの伝説はそこで終わらなかった。この魔剣は、王家の者以外の
者が持つと生気を吸われて死んでしまうという。王家の者であっても力が無い未熟
者が持つと、その絶対的な記憶量に押しつぶされて精神が崩壊してしまうのだ。バ
リスは、剣を背負っていたが決して抜くことは無かったという。だから、ライルは
レルファ、いやジークにすらこの剣だけは持ってはいけないと、注意をしている。
時が来たら手渡すつもりでいた。
 ライルはバリスの形見を受け取った時、この剣を抜いて道を示したことがある。
強力な魔剣なだけに味方についたときは頼もしい物だ。その時のライルが受けた衝
撃は忘れない。頭の中が吸い取られていくような感覚だ。だがそれによってこの剣
が強大になっていくのも感じた。
(黒竜王との戦いの時くらいしか使わなかったけどな。)
 この強力な剣を人間相手に使っていたのでは、とてもじゃないが精神が持たない。
どうしても戦局を打開したい時にしか使ったことが無かった。魔物と化したプサグ
ル王とカールス=ファーンを討つ時と、黒竜王との戦いの時だけだ。
 そしてマレルがさらわれて、リチャード=サンが古代からの許婚だと知って絶望
に打ちひしがれた時、ライルは自分に対して怒りを感じた。その怒りを吸って「怒
りの剣」となって生まれ変わったのが現在なのである。
(考えてみれば、ロクでも無い思い出ばかりだな。)
 ライルは苦笑する。自分の生い立ちからしてすでにロクでも無いので今更な感じ
はしたが、自分の力でソクトアの危機を救ったことについては誇りに思っていた。
(人々は英雄と言うが、俺はそんなに偉い人間じゃないんだがな。)
 ライルはいつもそう思っていた。ライルが黒竜王を倒したのは飽くまで私怨であ
る。マレルを取り返したい一心で動いただけのことである。そう思っているからこ
そ、一国の王にと推薦された時、頑として断ったのである。
「俺も考えることが多くなってきたな。歳のせいかな。」
 ライルはつい口に出してしまう。この頃何かと考えることが多くなってきていた。
「とうさーーん。ご飯できたよー。」
 レルファの声が聞こえる。
(この生活の方が気楽だと言うこともあるけどな。)
 ライルは、口元で少し笑うと部屋を出て、階段を降り始める。
「お?今日も豪勢だな。メインはこの鴨肉か?」
 ライルの好きな鴨肉が並んでいるのを見て、つい声をあげる。
「今日は少し多めに作っちゃったのよ。がんばって食べてね。」
 マレルは、少し頭を押さえながら笑う。
「早く食べよう!父さん!」
 ジークは目を輝かせている。ジークもこの頃良く食べて成長するようになったの
で、食事が待ち遠しいのだろう。その時であった。
 ドシン!
 外で凄い音がした。その瞬間、ライルとジークは、玄関においてある護衛用の剣
を持って外に出る。この反応はなかなか早い物だった。
「いったーい!着地くらいちゃんとやりなさいよ!」
 なにやら怒っているような声であった。よく見ると上空にペガサスの姿があった。
「姉さんが早くと急かすから失敗したんだよ!」
 その声を聞いて、ライルもジークも気づいた。ここに来る来客でペガサスを持っ
ているなんてのはフジーヤのところか、兄ヒルトの血縁者くらいしかいない。ライ
ルももらって世話はしているが、別のペガサスだった。
「何よ!私が悪いって言うの!?」
 姉のほうは少し興奮気味でライルとジークに気づいてない様子だった。
「だって!・・・って、あ・・・。」
 弟のほうが気づいたようで、ジークを見て恥ずかしそうに笑う。それを見て姉の
ほうも気がついたようだ。
「おいおい。二人だけか?ヒルトも一緒だと思ったぞ?」
 ライルはすでに気がついていた。この二人がヒルトの子であるフラルとゲラムで
あると言うことは・・・。
「お父様は、馬車でいらっしゃるらしいから、あと5日ほどですわ。」
 フラルが形式ばって挨拶する。
「そうか。5日後って言うとジークの誕生日と重なるな。」
 ライルは、指折りして考える。そしてヒルトがジークの誕生日祝いをするといっ
ていたのを思い出した。
(口約束だけだと思ったのになぁ。)
 ライルは、あまり本気で聞いていなかった。一国の王がそんなに簡単には来るは
ず無いと思っていたからだ。
「おとうさーん。ご飯冷めちゃうよー。」
 レルファの声が聞こえる。
「おお。スマンスマン。まぁ二人とも、はるばる来たんだ。上がってくれ。」
 ライルは笑顔で姪と甥を迎えることにした。
「いやぁ、久しぶりだなぁ。」
 ジークはフラルとゲラムを見て懐かしそうにする。前にあったのは半年くらい前
だったので妙に新鮮に感じた。
「どなたかいらっしゃったの?」
 マレルが玄関まで出てくる。そしてフラルとゲラムに気づく。
「あら。フラルさんにゲラム君。久しぶりねぇ。」
「え?フラルさんにゲラムが来てるの?」
 レルファも目を輝かせる。歳が近いのでレルファも結構嬉しかった。
『おじゃましまーす!』
 フラルとゲラムは声を合わせて挨拶する。なんだかんだ口喧嘩しててもそこは姉
弟である。息はピッタリだった。
「お城ほどの物は用意できないと思うけど、ご飯も食べてってね。」
 マレルは笑顔でフラルとゲラムの分までご飯をよそう。しかし、フラルとゲラム
は不満どころか美味しそうにご飯を見る。城の料理は食べ飽きているのだ。むしろ
家庭料理のほうが美味しい場合もある。レルファがフラルとゲラムの分の椅子も用
意する。気が利くことだ。
(豪勢に作っておいてよかった。)
 マレルは、内心ほっとする。残すと保存しなければならない。色々加工しなけれ
ばいけないので面倒くさいのだ。それならば美味しいうちに食べてもらうのが一番
良い。
「いきなりごちそうになるなんて、悪いですよー。」
 フラルが恥ずかしそうにする。しかしゲラムなどはお腹の虫が鳴いていたので、
隠し事は出来ない。その様子を見てジークはおかしそうにしていた。
「気になさらないで。それより用意できたわね?じゃぁみんなで。」
『いただきまーす!』
 マレルの合図でみんな礼をする。すると、よほどお腹が減っていたのか、ゲラム
は凄い勢いで食べ始める。フラルもそれを横目で見ていたのだが、結構ペースが速
かった。なにせペガサスの上でずーーっと食べないでいたのだ。お腹は減っている
はずである。ジークもそれに負けずに食べている。
「あらあら。お腹減ってたのねぇ。みんな。」
 マレルは、嬉しそうにその様子をみながら食を進めていた。美味しそうに食べて
いる姿を見ると作った方としては嬉しい物である。
「はっはっは。俺もお前達の頃はよく食べていたからな。」
 ライルは懐かしそうにその様子を見た。ライルも昔はよく食べてよく稽古してた
物だ。ライルは師匠の所を思い出してしまう。師匠も昼飯時になるとライルをこう
いう眼差しで見ていたものだ。
「おかわり!・・・いいかな?」
 ゲラムが間髪入れずに皿を掲げる。もう魚を平らげてしまった様だ。
「あら?もう食べたの?まだあるからドンドン食べてね。」
 マレルが、さらに魚を入れる。
「この魚おいしいですわ。」
 フラルも感心しながら食べていた。フラルがいつも居るプサグルでは取れない魚
だった。中央大陸の清流で取れる川魚だった。
「それ私が捌いたんだよー♪」
 レルファが包丁で切るようなアクションを取る。
「すっごーい。感心しますわ。」
 フラルは素直に驚いた。レルファはもう16歳にしてこんな複雑な魚が捌けるよ
うになっている。けど自分は料理などあまりしたことが無いのだ。
「良かったら教えてくださらない?」
 フラルは、素直に関心があった。いつも城に居るとそういう機会もほとんど無い
のだ。良い機会なので覚えておくことにしたのだ。
「え?私が?うーん。それよりもさ。母さんと一緒に作ってみようよ。」
 レルファが、少し考え込んで名案とばかりに言う。
「よろしいのでしょうか?」
「何言ってるの。喜んで教えるわよ。」
 マレルは、姪が料理を教えてくれなどといわれて断れるような性格ではない。む
しろ教えたいくらいの気分だった。
「えー?姉さんの料理ー?」
 ゲラムは不審そうにしてみる。
「あなた、覚えてなさいよ。」
 フラルは笑いながら、威圧感のある顔をしていた。
「そりゃそうと、お前達、うちにはどれくらい居るつもりなんだ?」
 ライルが2人に問う。
「出来れば、お父様が来るまでは居させてほしいのですけど。」
 フラルが、申し訳なさそうに言う。しかしここに来た時点でそれくらい泊まると
思っていたので、お泊りセットは持ってきていたのだった。ゲラムも一緒である。
「ハハ。そんなものでいいのか?もっと居て良いんだぞ?」
 ライルは、妥当だとは思いながらも心が広いところを見せる。
「いいえ。お父様が許しませんわよ。多分。」
 フラルは笑いながら答える。
(そりゃそうだな。多分、兄さんのことだし、この二人、反対を押し切ってきたん
だろうな。)
 ライルは二人が無断で来た事くらい見抜いていた。ヒルトがそう簡単に行かせる
わけが無い。なにせこの二人は曲りなりとも、王女と王子なのだ。ホイホイ出歩く
のは危険なことである。
「そうかー。俺の誕生日までか。まぁその間までよろしくな!」
 ジークは、フラルとゲラムと握手する。フラルが少し恥ずかしそうにしていた。
「えっとー・・・。」
 ゲラムが急に何か言いたそうにしていた。
「ん?どうした?ゲラム。」
 ライルはその様子に気がついて、ゲラムのほうを見る。
「叔父さんとジーク兄さんっていつも昼間はどうしてるの?」
 ゲラムが意外なことを聞いてきた。
「俺達は、いつも修行してるよ。やっぱ父さんと一緒にやってると楽しくてさ。」
 ジークは屈託無く答える。実際、ライルとの修行はすべて身になると思っている。
「そうなんだ!」
 ゲラムは顔を輝かせる。ライルは、何となくゲラムが言いたいことが読めた。
「ゲラム。もしかして俺達と一緒に修行したいのか?」
 ライルは単刀直入に聞いてみた。
「・・・うん。」
 ゲラムは少し恥ずかしそうにしていた。ライルは叔父であるがやはり「英雄」で
ある。その人に稽古をしてもらうのは、またとない願いなのだろう。
「ゲラム。俺達の修行は結構きついぞ?」
 ジークは毎日やってるので身にしみている。さすがに従兄弟にそれを勧めるのは
気が引けた。
「どうしてもやりたいんだ!」
 ゲラムは顔を輝かせる。どうやら本気のようだ。
「そうか。分かった!明日からついてこい!」
 ライルは、この顔には断れないと思い承諾した。
「ホント!やったー!」
 ゲラムは嬉しそうにはしゃいでいた。
「ただし!途中で投げ出したりするなよ?」
 ライルは釘を刺しておく。ゲラムは素直にうなずいていた。なかなか素直で可愛
い少年である。なるほど、ヒルトが大事に育ててるのが分かる気がした。
「ゲラムと・・・か。俺も手加減しないぞ?」
 ジークは、口元で笑う。
「よく言った!俺もお前には手加減しないからそのつもりでな。」
 ライルはジークに脅しを掛けておいた。ジークは苦みきった顔をする。
「アハッ。お兄ちゃんたら墓穴掘ったしー。」
 レルファは、ニマァっと笑う。冷やかしの意味たっぷりだ。
「ちぇ。参ったなぁ。」
 ジークはそれをさらりと受け流すと、もくもくとご飯を食べ始めた。
「さぁさ。おかわりはある?」
 マレルは、みんなに促す。
『はい!』
 すると、どうやら子供達全員のようだった。
「あらあら。足りるかしら・・・。」
 マレルは、予想以上に食べてくれる子供達を頼もしそうに見た。そして、1人ず
つ盛ってあげていた。
(元気な子供達で未来は安心ね。)
 マレルは、そう思いつつご飯を盛り続けていた。
 ユード家の食事はいつになく盛り上がりを見せていた。



ソクトア1巻の2後半へ

NOVEL Home Page TOPへ