NOVEL 1-3(First)

ソクトア第2章1巻の3(前半)


 3、平和と暗雲
 人は、何かの区切りをつけたがる。結構何気無いことでも区切るとスッキリした
りする物だ。些細な事でも、人生の分かれ目と感じてしまう事もある。
 本当は、もっと大切な人生の分かれ目もある。それは、意外と自分では気がつき
にくい物である。後になって思い出になった時に、初めて気がつく。
 英雄ライルの息子ジークも、不動真剣術の継承者になった昨日に、それを感じて
いた。人生の分かれ目だと。しかし、それはきっかけに過ぎない。ライルは、それ
を見抜いていた。しかし、ジークには教えない。あくまでジークには、自分でそれ
に気づいてもらいたいのだ。
 それはそうと、ユード家は、昨日から大忙しだった。ジークが継承者になった祝
いと今日のジークの誕生日の用意でフラルとゲラムまで、てんやわんやであった。
ゲラムが、ヒルトから聞いた限りで何人来るか教えたのである。それを聞いたユー
ド家全員は、ビックリして昨日から大慌てで今日迎える用意をしたのだった。ざっ
と数えただけでも15人を軽く超えているのだ。さすがに用意無しでは場も盛り下
がるだろう。寝る前まで必死に用意してクタクタになったまま寝たのだった。
「ふああああーーーあ。ねみー・・・。」
 ジークが、大あくびしながら目覚めた。既にライルとマレルは、下で朝の用意を
していた。昨日は一番張り切っていた2人が、一番早く起きるのだから大した物だ
った。よく見るとレルファも、もう起きてマレルの手伝いをしているみたいだった。
(なんか、俺以上に張り切ってるな・・・。)
 意外と祝ってもらう本人は冷静だった。昨日は、緊張で寝られるか分からなかっ
たと言うのに、疲れてるせいか深く眠って緊張もスッカリ解けていたのだ。
「おはよう!ジーク兄さん!」
 ゲラムが朝一番の挨拶をする。ゲラムも張り切ってるのだろうか?声が弾んでい
た。昨日、継承者の伝授をした後、ライルとジークとで結構きつい稽古をしたはず
なのに元気な事であった。
「フラルさんは?」
「姉さんなら、今着替え中さ。」
 ゲラムが、ドアを指差す。
「フラルさん。今日は早いなー。」
 ジークはここ4日間のフラルを見たら、今日も寝坊するのかと思ったが、ジーク
と同じような時間に起きるとは、結構な早起きだった。
「たまには、私だって起きるわよ♪」
 フラルの声が聞こえてきた。ドア越しで聞こえてしまったのだろう。それにして
もフラルまで楽しそうだった。
(俺だけかな?実感無いのは・・・。)
 さすがに、ジークも心配になる。
「おーい!ジーク!起きたのなら、稽古だ!忘れるなよ!」
 ライルの声がする。継承者になった今日ですら、いつものメニューは忘れない。
その辺は、さすがにキッチリしていた。
「私も急がなくちゃ遅れちゃうわ。」
 フラルが急いで着替えてる音がした。なるほど。毎日欠かさず料理の勉強を続け
てるみたいだ。フラルは、良い加減なようで、その辺は、しっかりやる女性だった。
「ジーク兄さん。早く行こうよ!」
「よし。今日も、たっぷり稽古して、みんなを迎えようぜ!」
 なんだか周りにつられて、自分まで楽しくなってしまう。
 ジークとゲラムは、足早に玄関を出て外に出る。既にライルが用意していた。
「よし。来たな。じゃあジーク!やるか!」
 ライルが、いつもの木刀を構える。ジークもニヤリと笑うと自分の木刀を構えた。
「ま、待ってください!」
 ゲラムが、慌ててそれを止める。
「どうした?お前さんは、いつもの通り打ち込み・・・」
「叔父さん!僕も手合わせしたいです!」
 ゲラムが、感極まって叫ぶ。ゲラムは、確かにライルとジークと共に厳しい稽古
をしていたが、あくまで稽古の内でだった。ライルとジークが朝、昼、夜に一回ず
つ行う本気の手合わせを、まだ一度も経験してないのだ。
「ゲラム。叔父さん達の手合わせは遊びじゃないぞ?」
 ライルが諭すように言う。一度手合わせをやると決めたら、ライルもジークも手
加減などしない。そう言う風にしてきたから染みついているのだ。
「分かってます!だから基礎をしっかりやるつもりでした!でも、一回だけでもや
ってみたいんです!」
 ゲラムは、まっすぐライルを見つめる。その目は本気だと言う事を物語っていた。
ライルは、ここ数日間ゲラムと稽古したから知っている。ゲラムには、凄い素質が
ある。ジークさえ居なければ不動真剣術の型を教えても良いくらい素質がある。し
かし、まだ開花していない。開花するには、もう少し時が要ると思った。
「ゲラム・・・。お前の気持ちは分かるけど・・・。」
「父さん。やらせてあげてください。」
 ジークは、驚くべき事を言った。
「ジーク!お前!」
 ライルはビックリする。いつもやってる手合わせが、どれくらい危険か、ジーク
は分かっているはずであった。
「父さん。ゲラムは足掻いています。おそらく今日も、このままでは、ここに来た
事を後悔するようになります。それは避けたいんです・・・。」
 ジークはゲラムの気持ちが痛いほど分かるのだ。ゲラムも、この歳で剣士として
の誇りを持っている事が、ジークには分かったのである。そして、その誇りに応え
るためには、やるしかないと思ったのである。
「ジーク兄さん・・・。」
 ゲラムは、嬉し涙が出そうになる。
(ジーク兄さんは、僕の事を認めてくれる!)
「・・・ふう。全く、しょうがないな。なら、お前が相手をしろ。不動真剣術の継
承者として相応しい手合わせをしてみろ。俺が見てやる。」
 ライルは、あえて課題をぶつけてきた。ジークは、一瞬怯んだが、首を縦に振る。
もう継承者としての心構えは、出来ているらしい。
「ありがとう!ジーク兄さん!」
 ゲラムは宝石のような笑みを浮かべる。
「さて、ゲラム。良いか?やるからには、俺は手加減しないぞ?」
 ジークは、ゲラムに木刀を投げ渡すと、自分の木刀を握る。
「分かってる!全力で行くだけだよ!」
 ゲラムは、全身を喜びで表す。
「よし・・・。行くぞ!」
 ジークが気合の声を入れた瞬間だった。ジークの雰囲気が一気に変わった。ゲラ
ムも覚悟は出来ていたとは言え、いきなりだったのでビックリした。
「どうした?ゲラム。これぐらいで気圧されては駄目だぞ?」
 ジークは、木刀を構える。「攻め」の型だ。
(怖い!ジーク兄さんが、まるで別の人みたいだ!)
 ゲラムは対峙する時の恐怖を初めて味わっていた。ゲラムは、宮廷内で敵無しと
は言え、それは、相手が格下であり稽古の中での話だった。格上の相手と対峙した
事など一度たりとも無い。ゲラムは、冷や汗が止まらなかった。
「ゲラム。いいか?俺を、いつもの俺と思うな。やるからには敵だと思え。」
 ジークは、アドバイスをする。と言っても、これがアドバイスになるのだろうか?
ゲラムは、目をつぶる。
(気圧されたか?いや・・・違う。そうじゃなくちゃな。)
 ジークは、冷静にゲラムを見つめていた。ゲラムは、恐怖を振り払うために集中
しているのだ。それには相手を怖いと思う気持ちを振り払うために目をつぶってま
でも集中しなければならない。
「ふう・・・。はあああ!」
 ゲラムは、深呼吸をした後、気合を入れる。
(!ゲラムの形相が変わった!)
 ジークは、少し驚く。初めての手合わせで、これほど集中出来る者は、中々居な
い。やはり天賦の才もあるようだ。
「余計なアドバイスだったかも知れんな。しかし、それでこそ遣り甲斐がある!」
 ジークは、さらに木刀に気合を込める。
「行くよ!ジーク兄さん!でやあああ!」
 ゲラムは、目をカッと見開くと気合で突きに来る。
(速い!それに鋭い!だが!)
 ジークは思わぬ速さに目を見張ったが、体を少し横にずらして避ける。その体制
のまま自然体で木刀を打ち下ろす。
 カシィン!
 ジークの木刀がゲラムの肩口に当たる。
「くっ!」
 ゲラムは、肩を少し押さえる。普通なら、これで大きなダメージとなる所だった
が、ジークには見えていた。ゲラムは木刀が当たる瞬間に肩で受け止めようと体を
ずらしたのだ。元々ジークは、肩から斜めに袈裟斬りをするつもりだったのだ。そ
れを肩口で受け止めたのだった。
「まさか、あの短い瞬間で受け止めに来るとはな。」
「ヘヘッ。僕だって、そう簡単に終わらされたりしないよ!」
 ゲラムは、良い目をしていた。闘って、集中している素晴らしい目だ。
「まだまだぁぁ!ハァ!トアア!テイヤー!」
 ゲラムは自分のあらん限りの力でジークに襲い掛かる。ジークは、それを全て紙
一重で躱していた。さすがに継承者になるだけあって、その避け方は完璧だった。
「セイ!」
 ジークは間隙を縫って横薙ぎを繰り出す。ゲラムは、それを木刀を縦にして受け
止める。
「なるほど・・・。目は良いようだな。」
「稽古のおかげさ!ジーク兄さんとライル叔父さんの稽古見てたら慣れたのさ!」
 ゲラムは、伊達にジークとライルの稽古に出てるわけではない。ここ数日間で速
い動きにも目が慣れてきていたのだ。それに基礎をしっかりやった分、打ち込みや
精神も鋭くなってきているのだ。
「僕は、強くなりたい!負けたくない!」
 ゲラムは気合の込めた振りを何度もする。段々、躱しているジークにも余裕が無
くなっていく。
 ガッ!
 ついに、ジークも木刀の背でゲラムの振りを受け止める。ゲラムの動きは数日前
とは桁違いだった。
(ジークに刺激されて、ここまでになったか。俺が見誤る程とはな・・・。)
 ライルも静かに見ていた。ゲラムは、筋は良いとは思ったが、ここまでとは思わ
なかった。何よりも良い目をしている。体格も、ここ数日間だけでガッシリしてき
ている。それだけ若いので成長もすると言う事であろう。
「ゲラム。強くなったな。俺も驚くほどだ。でも、それだけじゃ足りない!ゲラム。
俺は不動真剣術の継承者としてそれをお前に教えよう!」
 ジークは、昔ライルに言われた事をやるつもりだった。ジークも、こうやって今
のゲラムみたいにライルに良い勝負する所まで来た。しかし、その時に、ライルに
教えられたのだ。
(ジークの奴。粋なことを・・・。)
 ライルは、自分の息子の継承者としての姿が眩しく見えた。
「僕に足りない物・・・。分からない!でも今の僕には、これしかない!」
 ゲラムは、少し迷ったが、また木刀を振り続ける。がむしゃらに振るう姿が昔の
ジークの姿と重なる。ライルには、そう見えた。
 そのゲラムの振りをジークは驚くべき避け方で躱していた。なんと木刀の切っ先
を目で確認するかのように、確かめつつ常に前に乗り出して躱していたのだ。正に
神業だった。
(すごい!何でこんな事が出来るんだ!)
 ゲラムの振りの悉くを、ジークは、それで躱していた。一歩間違えば、当たるよ
うな距離だ。ゲラムは突きも入れるが、なんと突きの伸びまで見切って躱している。
恐ろしい避け方だった。
「ゲラム。お前に分かるように決めてやる。」
 ジークは、決めに掛かるつもりだった。木刀をやや上段に構える。
(上段に構えるなんて・・・自信があるのか!?)
 ゲラムも上段の構えは時々するが余りしない。上段は攻めには良いが、守りには
弱い構えなのである。思い切り叩ける相手にしか使わなかった。
「僕に恥を掻かせるつもりなんですか?ジーク兄さん!」
「違う。お前は強い。だからこそ見せるんだ。」
 ジークは、物凄い目をしていた。これを、どう表現したら良いか、ゲラムには分
からなかった。吸い込まれそうな目だった。
「デヤーーー!」
 ゲラムは、無心で突きを放つ!その瞬間だった。
 バシィ!
 物凄い音がした。それと同時にゲラムが吹き飛ばされる。しかし、それ以上にジ
ークは、何とゲラムの更に後ろに居た。ゲラムが突きを入れる瞬間を見切って、と
んでもない速さで物凄い距離を飛びつつ袈裟斬りを入れていたのだ。
「・・・不動真剣術、袈裟斬り「閃光」か。」
 ライルは、ジークが上段の構えをした瞬間に「閃光」を打つのだろうと予感して
いた。そしてジークは、見事に「閃光」を使ってのけた。ライルでさえジークが打
つ瞬間を見る事が、出来なかった程だ。
「うう。やっぱり、ジーク兄さんは凄い・・・。」
 ゲラムは、ジークが後ろに居たのを見て、ビックリすると同時にジークの凄さを
知る。そして、ジークが何を言いたかったのかが、分かったのだった。
「ジーク兄さん。俺に足りなかった物は、「覚悟」だね?」
 ジークは無言で頷く。ゲラムは、やっと分かったのだ。ゲラムは、技術的な強さ
も剣術的な冴えも、手に入れていた。しかし、ジークの、あの避け方をするには、
「覚悟」が必要だ。自分が、あの避け方をされた時に驚いたのは、自分に「覚悟」
が足りなかったからだ。
 そして最後の技。あれは、一撃で決めなければならない技だ。その「覚悟」もジ
ークに教えられたのである。
「ゲラム。良い試合だったぜ!」
 ジークは、スッカリいつものジークに戻っていた。ゲラムは、にっこり笑うとジ
ークと握手をした。
(血は争えんな。)
 ライルは、苦笑する。ライルも、その昔、一回戦闘モードに入ると人が違ったみ
たく闘った。だが、普段は、ごく普通の青年だったのだ。ジークも、正しくそれで、
さっきの変わりようは間違いなく自分の血を受け継いでる証拠だった。
「僕、絶対強くなるよ!約束する!」
「ああ。ゲラム!お前ならなれるよ!」
 ゲラムとジークは嬉しそうに語っていた。
 ライルはそんな二人を見て、自分が選んだ後継者が間違って無かったのを確信す
るのだった。


 ストリウスの古代遺跡の中の一つ、ワイス遺跡。この遺跡は、巧妙に入り組んで
いる迷宮のような遺跡で、しかも、人知を遥か超えた構造から成り立っているので、
冒険者が挑むことも多いという。しかし、本当の奥深くまでは隠し階段があり、そ
れに気がつかなければ行けないような造りになっていた。
 『闇の骨』を手に入れたルドラーは、ワイス遺跡の奥深くまで来ていた。長年の
研究と細やかな探索により、隠し階段など、とうの昔に見つけていた。野望に満ち
たこの男だが、野望のための努力は惜しまない男でもあった。むしろ努力というよ
り執念であった。
 ただ、この遺跡は、他の所と比べても敵のレベルが高い。オークやゴブリンなど
の下級妖魔もいるが、それは隠し階段より前の話だ。オークは、豚の顔を持つ亜人
種で、その起源は、豚が魔族に魂を売った事によって、知識を得た物と思われてい
る。ゴブリンは犬の亜人種で、こちらは、飼い主に捨てられた怨念が魔族へと変化
させた物と考えられていた。他にも鳥に魔族が取り付いたと言われるハーピーなど
が、他の遺跡でも良く出てくるが、ここの遺跡は明らかに違う。奥になると、魔族
が住むと言われる魔界からの化け物が出て来始める。魔界で育った3つ首の番犬と
言われるケルベロスを筆頭に、石に魔族が護衛用に魔術で造ったと言われるストー
ンゴーレムや、魔族の幽霊と言われるスペクターなど、多種多様に渡って魔界独自
の化け物共が、現れる。
 つまり、この遺跡には相当の魔族が居るという証拠であった。しかし、完全では
ないのだろう。ケルベロスは、命令を忘れて寝ている者が多かったし、ストーンゴ
ーレムは周囲の壁と同化しているかのように静かであったし、スペクターなどは、
目の前に来ても、ただ通り過ぎる者が、ほとんどだった。ここの主が復活してない
証拠だった。命令を下すだけの魔力が全く足りていないのだ。
 しかしルドラーは、その主を呼び出すのに必要な物が『闇の骨』。しかも自分が
持っている物がそれに値すると思っていた。
(フフフフフ。思惑通りだ。)
 ルドラーは、ほくそ笑む。自分が普段この迷宮に行っても殺されるのがオチだろ
う。しかし、まだ、復活前の状態なら何とか自分でも辿り着けると踏んでいた。全
くもってその通りで、どいつもこいつも寝ているような状態だった。たまに起きて
る奴が居るので、その時は物陰に隠れたりする。普段なら、そこで気づかれるのだ
が集中力が、まるで無いため見つからなかったのだ。
(しかし、でかい迷宮だ。まさか5日も探す羽目になるとは思わなかったな・・・。)
 ルドラーは、この前の傭兵ではないが、うんざりしてきた。隠し階段より奥があ
るのは知っていて、相当入り組んでいると言う事は、想像出来たが、ここまで複雑
だと、本当に探せるかどうかも疑わしくなってくる。ルドラーも、かなり歳は行っ
ているので、さすがに、この広さは辛い。
(だが、それでこそ素晴らしき強さの魔族に違いない。)
 ルドラーは、手応えを感じていた。ここまで厳重で、それなりの強さの配下を従
えていると言う事は、相当強い魔族なのだろう。
(む?あれは!)
 ルドラーは、喜びで声が出そうになった。何と、こんな地下に、まるで城の一角
のような玉座と部屋があるのだ。そして、その真ん中には、昔呼び出した後だろう
か?魔方陣が用意されていた。ここがルドラーが長年捜し求めていた部屋なのだ。
 ルドラーは冷静さを保ちつつ、部屋の扉を静かに閉める。中は結構広く、これな
らばプサグルの訓練場が、そのまま入りそうなくらい広かった。
(とうとう見つけたぞ!)
 ルドラーは、拳を握る。喜びで、つい力が入ってしまう。ルドラーは玉座の方へ
と向かった。中の構造としては、部屋の扉が何個かある。そこに、それぞれ配下の
者が入るのだろう。そして素晴らしく大きい玉座と禍々しい造りが魔界独特の雰囲
気を醸し出している。さらに、それぞれが訓練するためのスペースがざっと見渡し
ただけでも3,4個ある。かなり本格的だった。魔方陣は部屋の中央にあり、恐怖
の六芒星が描かれていた。
 カタッ
 どこかで音がした。ルドラーは音を立てないように柱の陰に隠れる。まだ化け物
が潜んでいたのだろうか?
「そこに居るのは誰だ・・・。」
 どこからか声がした。静かだが恐ろしくドスの聞いた声だ。ルドラーに緊張が走
った。
「出て来ぬのならば、こちらから行って斬るぞ。」
 声は、段々ハッキリしてきた。
(落ち着け・・・相手は、言葉をしゃべってると言う事は、話せる相手だ・・・。)
 ルドラーに敵意を持っている事は、間違い無いようだが、言葉が通じない相手を
相手するより100倍マシだった。
「黙っていて申し訳ない。ちょっと遺跡に興味があって来た者だ。」
 ルドラーは、降伏の体制を作る。そして、良く見ると相手は人間のような格好を
していた。むしろ人間なのではないか?と思う。髪は短めだが正に漆黒と言った色
で恐ろしく冷徹な目をしていた。
「ここに何の用だ?」
「俺の方こそ聞きたい。アンタ、何で、ここに居るんだ?」
 ルドラーは、怯まなかった。それが、相手を怒らすかと思ったが、意外と相手は
冷静で一瞥するだけだった。どうやら、下級魔族では無いようだ。
「そんなことを聞いてどうする?見たところ、人間のようだが・・・。」
 相手は、人間に敵意を持っているらしい。どうやら魔族である事には、間違いな
いようだ。しかし限りなく人間に似ている。そのタイプは、ルドラーは過去に一回
だけ出会ったことがある。かの有名な黒竜王リチャード=サンである。
「ここの主に会いたくて、ここに来たのだが・・・。」
 ルドラーは隠さず言った。と言っても、ルドラーにも分かっている通り、ここの
主は、まだ復活してない状態なのだが。
「ワイス様に会ってなんとする?人間風情が会える様な御方では無いぞ?」
 相手は、主の名前を言う。
(ワイス・・・なるほど遺跡に付いてる名前は、主の名前だったのか。)
「そのワイスを・・・うお!」
 ルドラーは、たじろぐ。いきなり相手が剣を首に当ててきたのだ。
「貴様、ワイス様を呼び捨てにしたら、次は首が飛ぶ物と思えよ。」
 相手は、本気らしい。どうやらワイスの事を信奉しているようだ。
「すまねぇな。まだ慣れて無くてよ。それでワイス様に会いてぇんだよ。」
 ルドラーは、たじろぎつつも弁解する。
「言っておくが、私は、ここを353年守護している。貴様ごときに、そう易々と
会わせる訳には、いかんのだよ。それにワイス様は、あるきっかけが無ければ、目
覚めることなど出来ん。諦める事だな。」
 そいつは、全く容赦をしない言い方だった。それだけ忠誠心が高いのだろう。そ
れにしても、この一見ただの剣士から恐ろしいほどの瘴気を感じた。これだけの者
が守護していると言う事は、ワイスは恐ろしく強い事は想像できる。
(これほどの大物だったとはな・・・。)
 ルドラーは、寒気がした。
「なら、そのきっかけを持ってると言ったらどうする?」
 ルドラーは、挑発してみる事にした。すると、そいつの形相が変わった。
「・・・貴様、私が奪われたアレを持っているのか?」
 そいつが、言ってるアレは、多分『闇の骨』のことなのだろう。ルドラーは、黙
って頷く。
「見せてみろ。」
「待て・・・。その前に、お互い名前も分からんじゃ、話にならんだろ?」
 ルドラーは、この剣士と、つるんでおいた方が何かと得だと思った。
「『闇の骨』を見せろ。見せたら名乗ってやる。」
 そいつは、『闇の骨』が見たくて、しょうがない様子だった。
「せっかちだな。これだ。」
 ルドラーは、風呂敷に包んであった『闇の骨』を手渡す。そいつは丹念に『闇の
骨』を調べ出す。
「間違い無いようだな・・・。お前の名前、覚えておこう。名乗るが良い。」
「俺はルドラー。プサグルって国の騎士団長をしてた者だ。」
 ルドラーは、なるべく自分を見せようと、敢えて今の境遇を言わなかった。
「人間の騎士か。私は、砕魔(さいま) 健蔵(けんぞう)。魔界剣士だ。」
 健蔵は、自己紹介をする。名前からして、ガリウロルの出なのだろうか?しかし、
魔界の人間でガリウロル出身も何もないと思うのだが・・・。それよりもルドラー
は、魔界剣士という所でビックリした。魔界剣士と言えば、魔王に次ぐ魔族の位で、
強さとしても相当なはずだ。
(と言うことは、ワイスは魔王か!)
 ルドラーの心は、ウキウキしてきた。あのルクトリアを混迷に貶めた黒竜王でさ
え魔貴族だったのだ。それが、この健蔵は魔界剣士であると言うのだから驚きだ。
「ところで、貴様は何故ワイス様と会いたいのだ?」
 この健蔵という剣士は、どうやら、他の魔族と違って、かなり話せるみたいだ。
やはり『闇の骨』を持って来たのは正解だったのか・・・。
「黒竜王って言うのを知ってるか?」
 ルドラーは、黒竜王の名前を口に出した。
「黒竜王?ああ。奴か。魔貴族の癖に魔王程の力があると嘘ぶいてた奴か。」
 健蔵は実も蓋も無い言い方をする。
「そいつが、ある剣士に敗れた。それも人間のだ。」
 ルドラーは、ライルの事を言った。
「ほう・・・。黒竜王をか。人間ごときにやられるとはな。」
 健蔵は、少し驚いている様子だった。魔族と人間では、やはり魔族の方が圧倒的
に強いと言う認識がある。下級魔族ならまだしも、上級魔族と人間とでは魔力と体
力の点で比べ物にならない差があるのだ。
「その人間。楽しませてくれそうだな。」
 健蔵は、世にも恐ろしい形相をする。が、どこと無く楽しそうだった。強い相手
を見ると燃えるのだろう。魔族は、そう言う性質の持ち主が多い。
「俺は、自分の国を負かしたそいつが憎い。だから、ワイス様の力を借りたいと思
ったのだ。」
 ルドラーは、野心に燃える目をしていた。
(この男・・・。それだけじゃなさそうだな。)
 健蔵は、すでにルドラーの思惑など見抜いていた。どうせ、ワイスを傀儡に仕立
てて自分が居座ろうとしているのだろう。しかし、その時は自分の手で首を飛ばす
だけの事なので、現在の、この世界の事を知って、ワイスが復活するまでは生かし
てやろうと思ってただけの事であった。
「よかろう。『闇の骨』を持ってきた事もある。ワイス様がちゃんと復活出来るよ
う見張っておけ。」
 健蔵は、魔方陣に向かっていく。『闇の骨』も、ちゃんと持っている。しかも、
素手でだ。やはり魔族だけあって『闇の骨』は手が溶けるどころか心地良い触り心
地なのだろう。
 健蔵は、『闇の骨』を台座に捧げる。そして、魔方陣に向かって気合を注入する。
健蔵の手がボウッと光っている。暗褐色の光が魔方陣へと吸い込まれていく。
「ワイス様。ようやく時が来ました・・・。我ら魔族がソクトアを支配する時期が
来ました。魔界より御出で下さい!」
 健蔵が、念をこめる。そして、その念の塊を魔方陣へとぶつけた。すると魔方陣
が、どんどん光って、ついに扉のような物が出来た。
「ふおおぉぉぉぉぉ・・・」
 魔方陣の底の底から、とんでもなく低く、重圧感のある声が聞こえた。声を聞く
だけで、意識が飛びそうな程の声だった。
 やがて、その扉から衣を纏って、角を生やした魔族が出てきた。首に強さの証で
あるブラックダイヤを数多くぶら下げていた。間違いなくビッグな魔族である。
「・・・健蔵か?」
 その魔族が口を開いた。
「お目覚めでありますか。ワイス様。」
 健蔵が恭しく頭を下げる。ルドラーは、圧倒されていたが健蔵に倣って、自分も
頭を下げる。そう言う雰囲気が漂っている。
(俺は、とんでもない魔族を蘇らせたのかもしれんな・・・。)
 ルドラーは、黒竜王レベルの魔族が居れば、何とかなると思っていたのだが、こ
のワイスは感じる雰囲気だけでも黒竜王を遥かに凌いでいた。
「ふむ。そちらに居る人間は何者だ?」
 ワイスはチラリとルドラーの方を見る。
「俺はルドラーと申します。ワイス様。」
「フム。我は神魔ワイスなり。覚えておくが良い。」
 ワイスは、そう言うと玉座に座る。さすがに主だけあって、かなり似合う。しか
し、それどころでは無かった。ルドラーは今、耳を疑った。
(神魔?神魔とは何だ!?)
 ルドラーは、「妖魔」「魔族」「魔貴族」と来て、「魔界剣士」「魔王」と強く
なるに従って、階級があるのは知っていた。しかし「神魔」など聞いた事が無かっ
た。ちなみに、「使い魔」は、魔族に分類されてすら居ない。
「ワイス様と話をさせてもらうとは・・・。誇りに思うが良い。」
 健蔵は、ルドラーを一瞥していた。
「お言葉ながら失礼します。無知ゆえ、「神魔」の位が分かりませぬ。」
 ルドラーは、探究心もあるが、その「神魔」が、どういう物なのか、確かめなけ
れば、安心出来なかったので、思い切って尋ねる事にした。
「フム。人間どもの書物では、書いてないかもしれんな。健蔵。説明してやれ。」
 ワイスは、健蔵に合図をする。健蔵は、合図を受け取るとルドラーの前に立つ。
「貴様ら人間の間では、「魔王」までしか伝わってないのだろうな。よく聞くと良
い。「神魔」とは、神でありながら魔族になった者、そして、それと同様の強さを
持った者のみが名乗れる魔族の最高の位だ。勉強になったであろう?」
 健蔵は自慢げに説明する。しかし、間違っては居なかった。ルドラーは、それを
聞いて、まずまず頭を低くする。自分が、こんな奴らに逆らったら命など吹き飛ん
でしまうのは明白だった。
 「神魔」とは、神でありながら魔族の瘴気に当てられ魔族となって、身を落とし
た者に付けられる代名詞だったが、やがて「魔王」の中からも、それと同等の力を
持つ者が、出て来たので、その者にも「神魔」の位が受け継がれるようになったの
だ。ワイスは元々「魔王」だったので後者である。「魔王」から「神魔」になるた
めには試練がある。
 その試練とは恐ろしい試練であった。魔族にとって一番きつい試練である。それ
は魔族と反対の性質を持つ「神液」を飲み干して、生きていられるかどうかと言う
試練であった。「神液」は神の力である神気がたっぷり込められている物だ。これ
を魔族が飲み干せば、たちまちの内に胃が溶けてしまうだろう。それを自らの魔力
と精神力で押さえ込み、打ち克つと言うのが「神魔」に昇格するための試練だった。
ワイスは、それを見事にやってのけて「神魔」になったのである。
(神魔・・・。俺は、なんて奴を復活させちまったんだ。)
 さすがのルドラーも事の重大さに気がついたようだ。ルドラーが復活させてしま
った者は、言わば魔界の神である。
「ふむ。しかし、ここの人間達は、まだ我らと闘うに値しない者達ばかりだな。」
 ワイスは、地上の雰囲気を感じ取っていた。
「同感であります。ただ、この者の話によりますと、黒竜王を倒した者が居るとか。」
 健蔵はライルの事を話す。
「ほう。黒竜王と言うと奴か。なら、念には念を入れるとするか。」
 ワイスは、そう言うと懐から『闇の骨』を大量に出す。おそらく他の同胞用の物
であろう。
「しばらくは、復活に時間を掛けることになろう。」
 ワイスは、そう言うと玉座で目をつぶる。どうやら、力を蓄えに入ったようだ。
健蔵もワイスの復活に少し疲れたのか、部屋の方に行ってしまった。
 ルドラーは、呆然とした。しかし、考えようによっては、ルドラーは、魔族の味
方である。これは大きなプラスと考えた方が良いのかもしれない。
 「神魔」それは、魔族を越えた存在。神に等しい力を持つ魔族。ソクトアは暗い
方向へと向かって行く事になるのである・・・。



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