5、ギルド  冒険者が、集う国ストリウス。ここが、冒険者にとって住みやすい街であるのは、 既に周知の事実なのだが、何故かと言えば、やはり宿の多さとギルドの多さからだ ろう。  「ギルド」と言うのは、一般的に集まりの事で、グループみたいな物だが、他の 国では、大して認められて無いため、独立団体としての意味合いが強いが、このス トリウスでは違う。国としてギルドを認めている国なので、ギルドが出来ると言う 事は、組織が出来る事と同意なのだ。そして、組織同士の争いなどが生じる事もあ るが、あらゆるギルドが、冒険者に対して無償でサポートするので、ギルド会員は 毎日のごとく増えている。  ストリウスの中でも、最高のギルドは、今3つある。一つは盗賊などを主に雇っ ている「闇帽子」、そして、一般的に秩序を守る役目を担っている「光同志」、そ して修行をする者を多く雇っている「気闘園」の3つである。それぞれ最初の文字 を取って呼び捨てにされる事が多いようだ。闇帽子は「闇」、光同志は「光」で気 闘園は「気」である。  ジーク達は、ミリィに案内されるまま冒険者としてギルドの登録をしようと思っ た。ジークは、ストリウスで何をするか?と言うトーリスの答えに、「冒険者」に なると言う答えを導き出したのだった。冒険で、さまざまな経験を経て、自分を高 めようとしていたのだ。 「で?どうするネ?「闇」か「光」か「気」か、選んだ所に案内するヨ。」  ミリィは、ジークにストリウスの案内を頼まれていた。ミリィは、珍しく喜んで 引き受けたのだった。この前のジークとの手合わせの後から、妙に緊張が解れたら しく、ジークに懐いていた。 「俺的には「気」には、興味あるけど・・・なぁんか違うんだよなぁ。」  ジークは、考え込んでいた。ジークは、冒険者になりたいのだが、どうにも血生 臭い闘争とかは、好きでは無かったので、3つの組織の事を聞くと、少し気が引け た。いざと言う時に、乗り込まなければならないのかと思うと憂鬱になるからだ。 「こう言っちゃなんだけど、他に有名な所は無いヨ?」  ミリィは、少し心配していた。自分の案内が、悪かったかもしれないと不安がっ てるのだった。 「闘争なんて見たくないなぁ・・・。」  ゲラムは、争いとかを見るのは好きでは無かった。 「平和的に解決を望めないのは愚か者のする事ですからな!ハッハッハ!」  サイジンは、相変わらず馬鹿笑いをしている。しかし、どこにその3つのギルド の人間が居るかも分からないのに、良い度胸である。 「おい。あんたら、誰が愚か者だって?」  妙な格好をした男が5人、ジーク達に近寄ってきた。どうやら、サイジンの言う 事が聞こえたらしい。 「あれは、「闇」の人達ネ。」  ミリィは、臨戦態勢を作る。「闇」の5人組は、ケンカ売る気マンマンだった。 「フッ。あなた達は、耳が遠いらしい。あなた達を含め人間同士で争いをするなど 無益な事だと、言っているのだよ。」  サイジンは更に挑発する。両手を外側に開く馬鹿にしたポーズをする。 「あの人たち、何かやだなー・・・。」  ツィリルも険悪な雰囲気を、感じ取ったらしい。男達を睨みつける。 「てめぇ、命が無いと思えよ!」  男達は、それぞれナイフを握る。盗賊たちは、ダガーやナイフを好むと言うが、 小回りが利くからだろう。それに、ちょっとした脅しにはなる。 「フム。短気なお方達だ。私が、お相手してあげよう。皆さん下がって。」  サイジンは、仕方ないと言う風に剣を抜く。ジーク達は、言われた通りに少し下 がった。周りに居た一般人も険悪な雰囲気に巻き込まれないように下がった。 「なんだ?おめぇが犠牲になって、仲間をに逃がそうってのか?」  男達は、勘違いをしていた。 「思い上がってますねぇ。あなた達のお相手など私1人で充分だと言う事です。」  サイジンは、言い放つ。レルファが少し心配していたが、トーリスやジークが安 心して見ている辺り、サイジンの言う事は本当なのだろう。 「その言葉、後悔させてやるぜー!」  男達の1人が、飛び掛る。 「フム。ボキャブラリーが少ないのは、哀れな事ですなぁ。」  サイジンは、まだ余裕を見せている。飛び掛った男のナイフが鼻先に来た瞬間、 男は、いきなり吹き飛ばされた。 「何だ!?」  男達が、一瞬怯む。サイジンは、剣すら使わずに、ただ思いっきり蹴りを入れた だけだった。 「ゲフォ!」  蹴り飛ばされた男は、腹を押さえながら、蹲る。もう、戦闘意欲は無いだろう。 中々良い蹴りであった。 「てめぇ!・・・くそ!纏めてやんぞ!」  男達のリーダー格が、他の者に合図をする。すると、サイジンを4方向から囲む。 サイジンは、一瞥して、男達を見渡すと、ゆっくりと剣を抜く。 「良い機会です。あなた達にも「死角剣」を見せて差し上げましょう。」  サイジンは、剣を片手で握る。そして、手を交差するような構えは、「死角剣」 独特の構えだった。こうする事によって、あらゆる死角を攻める幅を作るのだ。こ れこそ、サイジンが幼い頃から習ってる剣の極意だった。 「うるせぇ!掛かれー!」  リーダーの合図で男達は、一斉に飛び掛る。 「フッ。」  サイジンは、髪を掻き揚げながら、余裕しゃくしゃくで後ろにひとっ飛びする。 そして、男達が振り向いた瞬間、男達の間を駆け抜ける。  シュンッ!  サイジンは、通り抜けると、指をパチンと鳴らす。 「ギャアアア!」  男達は、その合図でリーダー以外バタバタと倒れる。リーダーは、オロオロして いた。サイジンが通り抜ける間、男達は、まるで剣先が見えなかったのだ。それこ そ、正に「死角剣」の真髄だった。 「安心しなさい。峰打ちです。」  サイジンは、剣の背を指差す。 「へぇ・・・。サイジンって意外と強かったんだ。」  レルファは感心していた。いつものサイジンを見てると、とてもそうは思えない。 「見てくれましたか!レルファ!ハッハッハ!」  相変わらず馬鹿笑いをしていた。これが無ければ、レルファも見直す物を・・・。 「チッ!」  リーダーは舌打ちすると、サイジンがレルファを見ている内にナイフを投げる。  カキィン!  サイジンは、それを見もせずに剣で弾き返す。相変わらずレルファに馬鹿笑いを していた。 「ば、化け物が!・・・なら、これならどうだ!」  リーダーは、レルファに向かってナイフを投げる。レルファは、ビックリしたが、 すぐさま魔法で防御する構えを見せる。  バシィ!  しかし、その前にサイジンがナイフを掴んで止めた。しかし、手からは少し血が 滲み出た。 「・・・レルファを狙いましたな?」  サイジンは、いつもの馬鹿笑いが一瞬にして消える。とてつもなく恐ろしい形相 に変わった。ナイフを捨てると、リーダーの方に一歩ずつ近寄る。 「あ、あ、あうあうあう・・・。」  リーダーは、声にならない悲鳴をあげていた。サイジンの目は据わっていた。 「馬鹿な奴だ。サイジンを本気で怒らせやがった。」  ジークは、さすがに止めに入ろうと思ったが、サイジンは、来ないように目で訴 える。顔は笑っていたが、目は本気だった。 「来るな!来るなぁ!」  リーダーは、ナイフをブンブン振り回す。それをサイジンは冷静に弾き飛ばす。 「さて、少し痛い目を見てもらいましょうかね?」  サイジンは、リーダーの襟を掴む。リーダーは、既に失神寸前だった。 「サイジンさん、怖いよぉ・・・。」  ツィリルが、泣きそうな声で言った。 「そこまでです!」  何か上の方で声がした。どうやら建物の上に人が立ってるようだった。 「このストリウスの秩序を乱してはならない!我々「光」が、その男の身柄を預か ろう!あなた達は見たところ被害者のようなので拘束は致しません!」  どうやら、秩序を守る「光」のギルドの者だったらしい。それにしても、勝手な 言い草である。 「フム。なるほど。助かったねぇ?あなた。次やったら命はありませんぞ?」  サイジンは、奥から捻り出す様な声でリーダーに告げる。リーダーは、既に失神 していた。サイジンは襟を離す。 「ご協力感謝します。「闇」の者の暴挙は、目に余る者がありまして・・・。」  今度は「光」のリーダー格が挨拶をする。敵意は無さそうだ。 「サイジン!・・・あんまり無茶したら、駄目だよ?」  レルファは、少し涙ぐみながらサイジンの手の治療をする。「治癒」の魔法を使 っているようだ。この魔法は人間の回復力を増してくれる。 「申し訳ない。私は、レルファを守ろうと思った故の行動です。お許しを。」  サイジンは、相変わらず深く頭を下げる。いつもの調子に戻ったようだ。レルフ ァは安心する。 「もう・・・馬鹿!」  レルファは、恥ずかしくなって顔を赤らめた。しかし、少し嬉しかった。 「ふーむ。しかし「闇」の者を、これだけ早く仕留めるとは・・・。あなた方は、 かなり見込みが、ありそうだ。「光」に来る気は無いでしょうか?」  「光」のリーダー格が勧誘に来た。これだけ強いと、スカウトもしたくなるのだ ろう。しかし、ジークの答えは決まっていた。 「サイジンも言ったはずだ。あなた達も「闇」とやらも一緒だとな。悪いが、他を 当たってくれ。俺たちは、闘争に加わる気は無い。」  ジークは、そう言うと、サイジンにも合図をして、ここから離れようとする。 「あなた達なら優遇しますが!」  リーダー格は、まだ勧誘する。これだけの逸材だと、しつこくもなるのだろう。 「フッ。しつこいと嫌われますよ?」  トーリスは、冷ややかな目を向ける。リーダー格は、少したじろぐ。 「私達が何で拒否しているのか、理由が分からない内は、誘わないで下さいね?」  トーリスは、そう伝えておいた。トーリスも表情には、全く出ていないが、怒っ ていた。この勝手な事を言うリーダー格にも、もちろん手を出した「闇」のメンバ ーも。ジークの言った通りの事もあるが、さっき「光」のリーダー格は、「闇」の メンバーを仕留めるのが早いと言っていた。  これで、トーリスは気づいて、皆に耳打ちしておいたのだ。それは、この「光」 のメンバーは秩序を守ると言いながらも、自分達の実力を測るために、わざと「闇」 の者を放っておいた事にだ。そして、わざとらしく助けに入る。それが、シナリオ だったのだろう。それを知って、ジーク達は虫酸が走っていたのだ。  さすがに「光」の者達もそれを聞いては追って来れなかった。 「ジークさん、ごめんなさいネ。」  ミリィは、少し暗い表情をしていた。 「どうしたんだよ?ミリィさん。」 「このストリウスの街、私好きネ。でも、ああ言う連中のさばらせているの、私も 許せないノ。なのに、今まで見過ごしていたって思うと、悪いネ・・・。」  ミリィは、ストリウス人なだけに、今の醜い争いと虫酸が走るような行為に耐え られなかったのだろう。 「ミリィさん。深く考えすぎだよ。あの連中とミリィさんは違う。そうだろ?」  ジークは、この上なく優しい目をしていた。ミリィは、その目に吸い込まれそう になった。しかし、マジマジと見ると、嬉しくなって涙ぐんでいたが笑顔を見せる。 「弱気になってたヨ!ありがとうネ!」  ミリィは、気恥ずかしそうにジークにお礼を述べる。 「しかし、こうなると残りの「気」も、たかが知れてるよねー。」  ゲラムは、ため息をつく。闘争を起こしている連中と組むのは、真っ平だった。 「む!お前さん達強いの!」  いきなり、変な爺さんが声を掛けてきた。格好からして、どこにでも居そうな爺 さんだが、妙な威勢を感じた。 「お、俺達ですか?」  ジークは、少し面食らった。 「あーあー!何も言わずとも分かるぞ!お前さん達、ギルドを探しておるじゃろ?」  爺さんは、勝手に納得しながらウンウン頷いていた。しかし、ジークはビックリ していた。 (何でこの爺さん、分かるんだ!?) 「しかも、あの3ギルドじゃあ面白う無いと思っとるじゃろ!言わんでええ。」  爺さんは勝手に捲くし立てていた。 (この爺さん、もしかして心が読めるのか!?)  ジークは、ひたすらこの爺さんの気迫に押されていた。 「ちょっと兄さん、何を驚いてるのよ。」  レルファが、ジト目でジークを見ていた。 「だって、何で俺達の事、そんなに見抜けるんだ!?」  ジークは、ひたすら恐れおののいていた。 「だって、この爺さん。さっきサイジンの闘いの辺りから見てたじゃない。」  レルファが、言うとジークは赤面した。皆、笑いを堪えようと必死だった。皆、 気が付いていたらしい。 「ああ!どうせ、俺は信じやすいですよ!単純ですよ!」  ジークは、歯軋りしながら、ひたすら赤面していた。 「ほっほっほ。精進が足りんのう。」  爺さんは、抜け抜けと、こんな事を言う。 「大体爺さん!俺達に何の用だ!」 「フッ。おぬし達、ギルドを探しておるのなら、良い所を紹介しようと思っての。」  爺さんは、ニヤリと笑う。この上なく怪しい笑顔だった。あんまり信じたくは無 かった。しかし、皆を見ると、興味津々そうだった。 「どうせ、これで「気」の使いとかって、言うんじゃないだろうなぁ?」  ジークは、すでに疑心暗鬼になっていた。 「あんな所と、一緒にするな。わしの所は最高のギルドじゃぞ?」  爺さんは、憤慨していた。 「わしの所?」 「・・・ほっほっほ。聞き流して下され。」  爺さんは、冷や汗を掻きながら笑っていた。 「どういうギルドなのヨ?」  ミリィが、興味津々になっていた。 「良くぞ聞いてくれた!そのギルドはなぁ。冒険者の基本道具を、ただで貸してく れる!しかも、それだけではないぞ?名前もその名の通り「希望郷」じゃ!ええ名 じゃろう?入らなきゃ損するぞい?」  爺さんは、ペラペラよくしゃべる。良くこんなに動く物だ。 「現在のギルドは、全て基本道具の貸し出しは、していますよ?それプラス何かの 特典ってのが普通なのでは無いでしょうか?」  トーリスは、下調べしてあったので、爺さんに突っ込む。 「ああ!持病の癪が!」  爺さんは、明らかに誤魔化していた。かなり白々しい。 「おじいちゃん。だいじょーぶ?」  ツィリルだけ本気で心配しているようだった。純粋と言うか何と言うか・・・。 「フゥ。年寄りは大事にするもんじゃぞい?」  爺さんは、横目でチラリとジークの方を見る。わざとらしい仕草だった。 「ミリィさん。ストリウスって、いつもこんなか?」 「偏見ヨ。この爺さん変わってるだけネ。」  2人共、呆れていた。2人だけでなくツィリル以外は皆だ。 「冷たいのう。わしゃ65年生きてて、こんなに冷たくされるのは初めてじゃ。」  爺さんは、わざとらしく涙を見せる。 「ねぇ。ジークお兄ちゃん。可哀想だよー。」  ツィリルは、かなり騙されているようだ。 「お嬢ちゃん!何て優しいんじゃ!わしにも譲ちゃんのような孫が居てのう。」  爺さんは、関係の無い事まで言い出す。 「ねぇ。その子可愛い?」  ツィリルが、目を輝かせながら言う。 「も、もちろんじゃよ!嬢ちゃんに似てるからのう!」  爺さんが顔が引きつってたのを、ジークは見逃さなかった。 「ジーク。これでは話が進まぬようですぞ?」  さすがのサイジンも、頭が痛くなってきた。ちなみにサイジンは、レルファから 釘を刺すかのように、ジークの事を「義兄」と呼ばないように言われていた。 「ジークお兄ちゃん!ここにしよう♪」  ツィリルが、さらに目を輝かせて言う。 「ツィリル・・・簡単に決めちゃ駄目だよー?」  ジークは、さすがに声が引きつっていた。 「えー?でもジークお兄ちゃん1人で全部決められるのー?そうには見えないなー。」 「ウグッ!」  ジークは、ツィリルに痛い所を突かれて胸を押さえる。 「ジーク。あなたの負けですよ。」  トーリスが、ジークの肩を優しく叩いてやる。 「ああ!分かった!分かった!ここにしよう!ここにするさ!爺さん案内!」  ジークは、ヤケクソになっていた。爺さんは、ジークの肩をバンバン叩く。 「それでこそ!わしの睨んだ男じゃ!ほっほっほ。」  調子の良い事ばかり言う。面の皮の厚さでは、サイジンに引けを取らないだろう。 「それとな、わしの名はギルドマスターのサルトリア=アムル言う名前が、あるの じゃ。そちらで呼ぶようにの?」  サルトリアは、そう言いながら、大声で笑っていた。 「不安だ・・・。この上なく不安だ・・・。」  ジークは、泣きそうな顔になって、そう言っていた。しかし、その心境は、ジー クに限った事ではなく、ツィリル以外の全員の気持ちでもあった。  西に大国あり。その名も軍事国家プサグル。そう言われてきた。そして、プサグ ルとルクトリアが競う事で、他の国から脅威と思われ続けて来たのである。  しかしプサグルは、ルクトリアの王子が継いでしまった。前プサグル王のルドル フが、狂王と化してしまって英雄に討ち取られてしまったし、さらにはルドルフに 息子が出来なかったためである。よって、ルクトリア王子のヒルトが、ルクトリア と協力する事はあっても、競い合う事は無かったので、共和国デルルツィアが着々 と強国の座を狙うようになった。デルルツィアからしてみれば、今のプサグルは、 牙の抜け落ちた獅子のような物なのである。  デルルツィア共和国。その街と城の全てを、強力な壁で覆った国。それによって 強国プサグルからも、過去侵攻を受けた事が無い国。また、その全てが謎に包まれ た都市でもあった。分かっているのは、王と皇帝が居る事。それが、共和国と呼ば れる語源になった事。くらいである。  デルルツィア王ルウ=フォン=ツィーアは、今年で50歳になる。デルルツィア 国民の評価は高く、内政のほとんどは、ルウが行っている。見事な内政の力なのだ が、この頃、多少強引な手腕が目立って来ているため、国民も不安がっている。体 型も昔は、筋肉もあり素晴らしい体系を維持していたが、現在は、少し小太りして いる。髪は、少し青み掛かっていた。  デルルツィア皇帝シン=ヒート=ツィーアは、今年で48歳。その外交の手腕の 見事さは、ソクトア屈指だと言われている。今まで、デルルツィアが壁に覆われて いても、外交が続けられたのも、この皇帝のおかげだと言われている。皇帝は、身 長が高くヒョロッとしているが、いざという時には、頼りになる存在である。髪の 色は、少し赤く、茶髪に近い色であった。  この王と皇帝が居て、初めて国と言えるのだった。そして、この2人の頂点は、 それぞれ一人ずつ、息子が居た。それが、王子ミクガード=フォン=ツィーアと、 皇太子ゼイラー=ヒート=ツィーアの2人である。この2人は、実は兄弟である。 デルルツィアには、1人の美しい妃が居た。妃は王と結婚し、ミクガードを産んだ。 しかし、皇帝シンは、その妃に惚れてしまっていた。それが災いの元であった。シ ンはルウが、街に視察に行ってる隙に妃と関係を持ってしまったのだ。そして、2 年後に産まれたのがゼイラーであった。もちろん、その事はルウにも耳に入り、当 時デルルツィアでは、勢力が完全に2分されていた。しかし、ルウとシンのどちら も選べなかった妃は、心労の末、ゼイラーを産んで1年後に他界してしまった。  この事により、大いに嘆き悲しんだ2人は、その後、妃の意を汲み取って和解し、 現在に至ると言われている。よってミクガードとゼイラーは異父兄弟なのである。 この兄弟は、それぞれの出生を認め合い、非常に仲が良かった。それが、ルウとシ ンの2人の心を癒している。  ミクガードは、今年で23歳。若い頃のルウに似ていて、筋肉質である。それも そのはずで、ミクガードは、デルルツィアの傭兵を束ねる長をしている。傭兵を実 力で認めさせるだけの強さは持ち合わせているのだった。髪は少し青く、少しボサ ボサしているが、そのワイルドさが国民には受けていた。  ゼイラーは、今年で21歳。こちらも父譲りで背が高い。しかし、筋肉質と言う 程でも無いので、主に軍略の方を学んでいる。魔法も多少使えるらしく、そちらの 方面で噂を聞くことが多い。髪は茶髪で後ろを少し弁髪っぽく纏めている。  そんな4人が、会議のために集まっている。 「それでは、プサグルを攻めると言うのですか?父上。」  ゼイラーが、父のシンに尋ねる。 「フム。私の考えでは、プサグルは、今は戦うような状態では無いと見立てている。」  シンは、ちらりと他の3人を見る。 「わしは、少し反対じゃな。」  ルウが意見をする。 「何でだ?親父。」  ミクガードは、腰に差した剣を触りながら尋ねる。どうやら、プサグルを攻める かどうかと言う話らしい。 「プサグルは人材の宝庫じゃ。例え、今は戦える状態で無くとも、いざ戦争となれ ば、どれだけの強さの者が集まると思う?いくら数の上で我らのが上であっても、 負ける可能性は大いにあると言う事じゃ。」  ルウは、慎重だった。しかし、ルウの言うとおりであった。プサグルと言うのは、 ただの負けた国ではない。ルクトリアの王子が継いだ国なのだ。と言うことは、激 しい戦乱を戦い抜いてきた猛者達が、まだプサグルには居るはずなのである。特に、 数々の特異な戦略を練りだしていった軍師フジーヤが、プサグルの近くに住んでい ると言う情報がある。そう簡単に攻めるわけには行かなかった。 「しかし、このままでは、後世まで大国は、あのルクトリアとプサグルと言う事に なってしまう。それでは私達の子孫が恥を掻く事になる。」  シンは、歴史の事まで視野に入れていた。確かに、このまま甘んじるのも一つの 手だろう。しかし、デルルツィアが強国足りえるには、何かをしなければ・・・。 「同盟という考えは、無いのですか?」  ゼイラーが、意外な事を言う。 「同盟?フン。プサグルを奪ったような連中を、信用は出来ねーな。」  ミクガードは、そっぽをむく。他の国からしてみれば、プサグルは、最終的にル クトリアに侵略されて奪われたような物なのである。実際は、ヒルトが継がなけれ ば、プサグルは滅びていただろう。だが、他の国が都合良く解釈する訳が無かった。 「ミクガードの言う通りだな。私も信用出来ぬ。」  シンも同調した。皇帝と言う立場上、外交を行う機会はあるので、プサグルが、 どう言う国かは分かっていたが、過去を見ると、おいそれと信用する訳にも行かな かった。むしろ警戒しながらの外交が多い。 「ルウよ。お前は、どう思っているのだ?」  シンが、王の意見を聞く。 「わしは、むしろルクトリアを狙うべきじゃと思う。」  ルウは、ルクトリアを攻める事こそ強国への道と考えていたのだ。 「ルクトリア?馬鹿な。お前は、英雄ライルの力を侮っているのか?あそここそ、 人材の宝庫であろう?」  シンは、落胆する。ルクトリアには「疾風」のルースが居る。それに、かの英雄 ライルも、ルクトリアの危機となれば駆けつけるだろう。それに、現在はライルは、 ルクトリアに向かっている。しかし、この4人は、そこまでは知らなかった。 「シンよ。お主こそ情報不足じゃぞ?英雄ライルは、中央大陸に在住していると聞 く。そして、残るはルースのみであろう?現在ルクトリア王は68歳の高齢だと聞 く。プサグルよりは、数段攻めやすいと思うのじゃがな。」  ルウは、ちゃんと計算が合って言ってたのだ。しかし、それは甘い考えだと3人 は思った。目立たないがルクトリアには、ルースだけではなく戦乱を勝ち抜いて来 た強者が、いっぱい居る。それを、計算に入れないのは良い事では無かった。 「ルウ。ルクトリアは、中央大陸を抜けなければ、辿り着けないのだぞ?それも、 計算に入れているのか?」  シンは、ため息をつく。ルクトリアに行くためには、デルルツィアからは海路で は無い限り、中央大陸を渡らなければいけない。その間に、ライルに気づかれる可 能性は十分にある。戦局を1人の英雄が、打開していったという噂は強大である。 そのライルと戦って、勝ち目が高いと言えば嘘になるだろう。  それにいくら外交をしていると言っても、結局は内情を知るわけではない。よっ てデルルツィアは、情報量が少なすぎるのだ。 「シン叔父さんよぉ。なら、俺がプサグルに偵察に行くってのは、どうだ?」  ミクガードは、自分の腰の剣を、また触る。今度は、決意をするために握った。 「お前を、そんな目に合わす訳には、いかぬ!」  ルウが、真っ先に反対した。 「親父!結局内情を知らねぇで、敵を倒すなんてのは不可能なんだよ。それに、俺 の腕が信用出来ねぇのか?俺が行くってんなら下手な傭兵より信用出来るだろ?」  ミクガードは本気だった。プサグルの内情を知るためには行くしかない。敵地へ 行くと言うのは相当の覚悟が必要だった。だが、ミクガードは鈍る様子は無かった。 「・・・ならば、一つだけ約束するが良い。」  ルウが、ミクガードを睨み付ける。 「何だよ。親父。」 「お主は、死んではならぬ。デルルツィアの血判をして約束せよ。」  ルウは、厳しい目付きで言った。デルルツィアの血判とは、自分の指を切って自 分の指の血と相手の指の血を合わせることによって、血の盟約を結ぶという事だっ た。これは、絶対に違わない約束と言う意味があって、決意を示す意味でもあった。 「なら、約束するぜ。俺は、生きてこのデルルツィアに戻ってくる。」  ミクガードは、そう言うと自分の親指を剣で少し切った。すると、今度は、ルウ の方が、自分のナイフで親指を切りつける。そしてミクガードの親指と合わせて血 が交差する。これで完了だった。簡単な儀礼ではあるが、この約束は、紙でする約 束より重い。守らなかった場合、デルルツィアの祖先の呪いが降りかかるとも言わ れていた。それだけ重大な約束だったのだ。 「じゃぁ、行ってくるぜ!」  ミクガードは、ニヤリと笑う。しかし、これは決意を込めた笑いだった。 「待つのです!ミクガード!」  ゼイラーが、ミクガードを止める。 「今更止める気か?ゼイラー。」  ミクガードは、ゼイラーの方を向く。すると、ゼイラーも親指を切っていた。 「私とも、血判をして行きなさい。」 「私ともするのだ。ミクガード。」  何と、ゼイラーに続いてシンまで親指を切っていた。ミクガードは、交互に血判 を済ませる。 「ここまでやったんじゃぁ、命に未練が、出来ちまうな。」  ミクガードは笑っていた。期待が重い。しかし、やりがいのある仕事だと思った。 そして、文字通り命を懸ける事を、この時誓った。 「行ってくるぜ!」  ミクガードは、そう言うと会議室を出て行く。  ミクガード=フォン=ツィーア。王子とは思えぬ風貌だが、その心は、常に王と 共にあると言う。勇猛果敢な傭兵王子。その名に間違いは無かった。  このソクトアでは国名と同じ名前の街が、基本的に首都である。違えている国は 無い。ここストリウスでも例外ではない。ストリウスの首都、ストリウスの街は、 ストリウスの国の中でも最も活気はある。しかし、最も広いだけに治安も悪い。ギ ルド同士の抗争が良い例である。  しかし、それを止めるだけの力は無いので、放って置いているのが現実である。 実際、「光同志」の連中は、秩序を守っていると口では言っているが、ストリウス の覇権が、欲しいだけなのである。その証拠に「光」の縄張りでは徴収金を押収し ている。他も似たような物なのだが、それで、自分達が正義であると信じている分 だけ、性質が悪いのだった。  しかし、「闇帽子」や「気闘園」も似たような物で、結局は、それ以外のギルド は太刀打ち出来ないのだった。だが3つの力が、ほぼ均衡しているため、妙なバラ ンスが出来ているのは、事実だった。  しかし、ジーク達は、そんな闘争には興味は無かったので、怪しげな案内で来た ギルドに入ろうとしている。名は「希望郷」と悪くは無いのだが、その束ねるギル ドマスターが、今年で65歳のサルトリア=アムルでは疑いたくもなる。 「おい。爺さん。本当にこの辺なんだろうな?」  ジークは、段々人気の無い所に来たので少し怪しむ。 「わしを信じぬ気か?大体街の真ん中にあるギルドなんぞ騒がしい物じゃ。」  サルトリアは、憤慨していた。 「まぁこの辺なら、「聖亭」からも近いし、悪くは無いのですがねぇ。」  トーリスは周りの景色を楽しんでいた。「聖亭」は、ストリウスの街の入り口付 近にある。この辺りも道を一本行けば、街の入り口に着くので、遠くは無かった。 「ほう。お主ら、「聖亭」に目を付けるとは、やるのう。あそこは良い宿じゃて。」  サルトリアは「聖亭」の評判は知っている。実際に行った事もあるが、年に数回 食事に行くくらいだった。 「ありがとうネ!お爺ちゃん♪」  ミリィが、弾む声で言う。 「良く見るとお譲ちゃん、「聖亭」のミリィちゃんではないか。なるほどのう。」  サルトリアは、地元の爺さんの顔に戻る。ミリィの事も店に行く内、3回に1回 くらいは見ていた。 「有名なんだねぇ。ミリィさん。」  ゲラムは感心していた。いつも、自分が泊まる宿が有名な所だと嬉しくなってく る。悪いことでは無いだろう。 「ありがとネ!これも、母さんの頑張りのおかげヨ。」  ミリィは手を顎に掛けて、勝手に納得していた。 「そう。レイホウさんの料理、すっごい上手だもんね。」  レルファは、自分が作っている分、その凄さが身にしみる。やはり、それがプロ とアマチュアの違いだろうか? 「レイホウさんの料理美味しいもんねー♪」  ツィリルは、はしゃいでいた。機嫌は良いらしい。 「親子で切り盛りは美しき事かな。素晴らしいですぞ!レルファ!」 「私はレルファちゃんと違うネ。失礼ヨ。」  ミリィは、少し憮然とする。またサイジンはレルファと間違えたらしい。中々の 病気ッぷりである。 「これは、申し訳ない!私としたことが!これもレルファを愛するあまり・・・。」 「はい!ストップよ!サイジン!・・・その辺に、しときなさいね。」  レルファはサイジンの口に指で蓋をする。サイジンの、この間違いは、もう見飽 きたし、何度見ても恥ずかしい物であるので、すぐに終わらせるのが得策だった。 「相も変わらずですね。・・・で、ここが「希望郷」ですか?」  トーリスは、口元で少し笑うと、腕を組んで前の建物を見渡す。しゃべりながら 歩いていたが、いつの間にか、着いたらしい。 「正しく、その通りじゃ!」  サルトリアが、ウンウンと頷く。なるほど。あの3つのギルドと比べると見劣り するのだろうが、結構綺麗な建物だった。しかし場所は、かなり悪い。街の入り口 と近いと言っても、かなりの離れだった。  そんなに小さくも無いし、ちゃんと訓練用の道場もあるようだった。こう見えて、 中々の冒険者ギルドであった。しかし、見れば分かるとおり、閑古鳥が鳴いてる程 ギルドメンバーは、居なかったようだ。しかし、サルトリアは毎日の掃除を欠かさ ないので、中は綺麗な物であった。有名になれば、それなりに行けるかも知れない と、ミリィは思った。地元だけに何となく分かるのだ。 「お?お客さんか?」  中から声がした。どうやら誰かいるらしい。 「む?帰っておったのか?サルトラリア。」  サルトリアが、中に入る。それに、つられて7人も中に入った。  中は結構スペースが広く、受付も、ちゃんとした物だった。それに冒険者支援の 印も飾ってあったので、安心出来そうなギルドだった。その受付の所に、黒髪の男 が居た。歳は40くらいだろう。 「おう。父さん。お帰り。もしかして、ギルド入隊希望者か?」 「そうじゃ。喜べ!7人もじゃぞ。」  サルトリアは興奮した面持ちだった。いつの間にか、ミリィまで数に入っていた。 「私、母さんと相談しないと駄目ヨ・・・。」  ミリィは、少し気まずそうに言った。さすがに、店をほったらかしには出来ない。 「ああ。ミリィちゃんじゃないか。さすがに、無理に勧めは出来ないな。ええと、 君達、6人は、間違い無さそうだな。俺は、このサルトリア=アムルの息子でサル トラリア=アムルだ。一応副ギルドマスターを、やらせてもらっている。と言って も、父さんと2人しか居ないけどな。」  サルトラリアは、恥ずかしそうに頭を掻く。 「俺は、このパーティーのリーダーのジーク=ユードです。よろしく。」  ジークは、挨拶すると、サルトラリアと握手する。 「私は、ジーク兄さんの妹、レルファ=ユード。よろしくお願いします。」  レルファは、ペコリと礼をすると、同じように握手をする。 「わたしは、ツィリルでーす♪こう見えても魔法使いだよー。」  ツィリルもサルトラリアと握手する。サルトラリアは、ツィリルにつられて笑顔 を見せる。 「僕は、ジーク兄さんの従兄弟です。ゲラム=ユード。よろしくお願いします!」  ゲラムは、真面目に挨拶する。そして握手をする。 「私の名は、サイジン=ルーンです。レルファの恋び・・・。」  バキッ  サイジンが、何か言いかけた所で、レルファの拳が飛んできた。サイジンは、殴 られながら、サルトラリアと握手した。 「私はトーリスと申します。パーティーでは最年長を預かる身ですが、若輩者故、 ご指導をお願いします。」  トーリスは、丁寧に挨拶する。サルトラリアと握手もした。 「なるほど。この「希望郷」は略して「望」と呼ばれてるんだ。君達も、そう呼ん でくれ。それで、これが登録用紙だ。誰か代表で書いてくれれば、それで良い。」  サルトラリアはギルド名簿用紙を出す。よく見ると、過去にも、何人か入ってる ようだった。しかし、2日くらいで辞める人が多い。恐らく、通い難さが、災いし たのだろう。それに「光」に取られてるとも書いてある。惨い話だった。トーリス は、横目で、それを見ながら丁寧に全員の名前を書く。 「父さん。後の事は俺が、やるので、奥で休んでなよ。」  サルトラリアは、名簿を仕舞いながら言った。 「フム。悪いのう。わしも歳でのう。」  サルトリアは、奥へと行ってしまう。しかし、足取りも、しっかりしていたし、 どうにも疲れてるようには見えなかった。 「さて、ジーク君、レルファちゃん、ツィリルちゃん、ゲラム君、サイジン君、ト ーリス君。入隊おめでとう。君達を我が「望」は歓迎する。」  サルトラリアは、頷く。 「ミリィちゃんは、後日、いつでも入れるようにしておこう。」 「心遣い感謝ネ。」  ミリィは礼をする。ミリィは、ギルド入隊が、どんな物か見てみたかったので、 本当に感謝していた。 「まぁ、一応我がギルドの決まりを言おう。一つだけだ。我がギルドは「希望郷」 つまり、どんな時でも希望を捨てないで欲しい。それだけだ。」  サルトラリアは、皆に面と向かって言った。 『はい!』  6人は声を揃えて返事をした。何より、この規則が気に入ったから声が揃ったの であろう。ミリィは、羨ましく思った。 (これが、あの3つのギルドだと長々言われるんだろうな・・・。)  ジークは何となく、そんな予感がしていた。 「よろしい。君達の入隊を歓迎する!これは、冒険者の基本セットだ。これを君達 に渡そう。」  サルトラリアは、受付の奥から冒険者の必要そうなセットを渡す。中を見ると、 ランタン、火付け道具、たいまつが3本、携帯用の鍵穴の型抜きなど、結構色々入 っていた。それが、1人ずつ手渡されていたが、レルファとツィリルの分をサイジ ンとトーリスが代わりに持っていた。女性は得である。 「それと訓練する際に、ここは存分に使ってくれ。」  サルトラリアは、横にある訓練場の扉を開ける。すると、そこには中々の道場が あった。何より、自然に近い形の造りが、ジークの気を引いた。余計な器具は、置 いていない。だが、訓練場の脇にある林が、また仕掛けになっていて、その造りが、 ライルが良く作ってくれた訓練のための装置と似ているのだ。数十本という木片を 木からぶら下げてあるだけだが、横にある紐を引っ張ると、一斉に、その木片が襲 い掛かると言う仕掛けだった。これは良くライルとやった物だ。  それに静かな部屋があって、ここは魔法使いの瞑想の力を高めるような造りにな っている。これは下手をすると、3つの施設何かより良いのかも知れない。  ここを辞めていった人達は、この原始的な造りが理解出来なかったのだろう。 「良いですね。気に入りましたよ。」  トーリスも珍しく認めていた。ストリウスの、こんな街中に、こんな本格的な施 設があるとは思わなかったのだろう。 「これは凄い。俺も気に入りましたよ。」  ジークは、どちらかと言うと懐かしい感じがした。 「ジーク君。ここは昔、道場だったんだ。俺の子が娘でなかったら今ごろ道場をや ってたのかも知れないな。それに、娘は遠いところに行ってしまってな。」  サルトラリアは、寂しげな表情をしていた。サルトラリアの娘は「闇」の者に殺 されてしまったのだった。盗賊団としての悪行を目撃してしまったのが、その子の 不幸だった。 「そうなんですか・・・。」  ジークは、表情が暗くなる。しかし、道場と言うのが気になった。 「気になるか?ここが何の道場か。君の良く知っている剣術の道場だよ。」  サルトラリアは、ジークの事を知っているようだった。ジークはビックリした。 「何者ですか?あなた。」  トーリスも警戒し始めた。 「邪険にする必要は無い。ジーク君の名前を聞いた時に、思い出したのさ。君は不 動真剣術のジーク君だろ?俺は、ここの道場だった天武砕剣術の継承者さ。」 「なっ!あの天武砕剣術!?」  ジークは、目を見張って驚いた。ジークは聞いた事があった。東に不動真剣術が あれば、西に天武砕剣術があり。互いに継承者は1人と言う過酷な条件の元に、磨 いてきた表裏一体とも言うべき剣術。  そして実は、かの戦乱の時にライルは、天武砕剣術の使い手と闘ったことがあっ た。その使い手こそ、プサグル四天王の1人、「雷」のハイム=ジルドラン=カイ ザードであった。結果はライルが勝った。しかし、継承者が存在していたのである。 「見た所、継承者になったようだな。ジーク君。」  サルトラリアは、ジークの肩を叩く。しかし、優しい感じがした。 「君の父ライルが闘ったジルドラン。彼は、プサグルに行くと言わなければ父さん は、彼を継承者にするつもりだった。しかし、彼は、プサグルで自分を磨く道を選 んだ。それで俺が継承者になったんだ。」  サルトラリアは残念そうにしていた。それだけジルドランは、才能溢れる人であ った。英雄と呼ばれたライルを剣での決闘で苦しめたのは、ルースとジルドランく らいの物である。それほどの才能の持ち主だった。 「そうだったんですか・・・。俺は残念です。」  ジークは、目を伏せた。不動真剣術のライバルが、無くなって行くと言うのは、 悲しい物があった。 「道場を潰してまで、ギルドにしたんだ。俺は、このギルドを大きくする事に命を 懸けているんだ。分かるな?」  サルトラリアは、ジーク達を見る。このギルドは思ったより情が深いようだ。 「これは、私達の頑張りが必要と言う事ですね。やりましょう。ジーク。」  トーリスが、ジークの肩を叩く。ジークは、振り向くと力強く頷く。 「期待してるぞ。」  サルトラリアは、腕を組んだ。そして、自分の子を見るかのように6人を見る。 そして、ミリィを見る。  ミリィは、そんな6人を見て自分の中で、ある決心をする。  それを今日、レイホウに言おうと思った。  ジーク達が「望」に入り、決意を新たにして帰路に着いた。しかし、1人迷って いる者が居た。ミリィである。ミリィは「聖亭」の看板娘である。普通なら迷うよ うな話では無いのだが、ミリィ自体が「望」を気に入ってしまったのである。そし て、ストリウスの街を出て、ジーク達に付いて行きたいと思っていた。  レイホウは、そんなことは知らずに、いつも通り閉店の準備をしていた。ジーク 達も、すっかり良い気持ちで夢の中に居る事だろう。レイホウは、娘の様子が、い つもと違うと言う事だけは気づいていた。昨日からジークの事を意識しているのは、 感じていたのだが、それとは違う何かを感じていた。 「ミリィ。看板下ろすネ。」  レイホウが、ミリィに指示する。ミリィは、ボーっとしながら看板を下ろしに行 く。どこか、心ここにあらずと言った感じだった。 「ミリィ。これから面接あるからシャキッとするネ!」  レイホウが、気合を入れる。 「ごめんなさいネ。母さん。」  ミリィは、シュンとしてしまう。どうにも、いつもの娘らしくない。 「どうしました?」  トーリスが2階から降りてきた。 「トーリス君カ。ミリィが、どうにも気合乗ってなくて困ってるネ。」  レイホウが、ため息をつく。 「あの、ジークさんハ?」  ミリィは、思い切ってトーリスに尋ねる。 「ジークなら、もう夢の中ですよ。私は少し研究があったので起きてたのですがね。」  トーリスは、ジークと同じで毎日の鍛錬を欠かさない。しかし、それは剣術では 無くて、体術と魔術であった。魔術の研究は、このストリウスに着いてからも欠か してはいなかった。 「そうカ・・・。悪かったネ。」 「何か悩み事でも、あるのでは無いですか?」  トーリスは、ミリィがため息ばかりついてるので顎に手をかけて考える。 「そうネ。ミリィ。言いたい事あるなら言った方が良いヨ。」  レイホウは心配していた。娘が、このまま気落ちしてるのなど見たく無いのだ。 (おそらく、あの事だとは思いますけどね。)  トーリスは、何となく察していた。ミリィが悩み始めたのは「望」を出た辺りか らだ。この宿と、ジーク達とを比べているのだろう。 「母さん。私、ジークさん達に付いて行きたいネ!」  ミリィは叫んだ。ミリィは、有りっ丈の思いを口にしたのだった。レイホウは、 その言葉を聞いて、少し腕を組んで考えた。 「ミリィ。この宿の事、分かって言ってるのカ?」  レイホウは、厳しい口調で言う。ミリィは、下を向いてしまう。 「この宿は、ミリィ一人抜けたくらいで潰れるような、柔な宿じゃないヨ!」  レイホウは、そう言うと目を閉じて笑う。ミリィは、ビックリしてレイホウの顔 を伺った。レイホウは愛しい娘を優しい目で見ていた。 「私が今日面接するのは、アンタが、そう言うかも知れない時を思っての事ヨ?」  レイホウは、面接の紙を叩く。 「母さン・・・。」  ミリィは涙ぐんでいた。母の愛を、これほど感じた事は無かった。 「行かないで悔いを残すなんて、私が許さないヨ。」  レイホウは、ミリィの肩を優しく叩く。トーリスは自分の両親を思い出していた。 (私が出て行った時の父さんと母さんも、こんな感じなんでしょうねぇ。)  トーリスは、フジーヤとルイシーなら反対しないであろう事は分かっていた。し かし、寂しい思いは、してるだろう。たまには、手紙を書かなくてはならないと思 っていた。スラートも心配している事だろう。 「さぁ、ミリィ。笑いなさイ。アンタは、笑顔が一番似合うヨ。」  レイホウが言うと、ミリィは、すかさず笑顔を見せた。嬉し涙も流していた。 「私、絶対役に立ってみせるネ。トーリスさん。明日からお願いネ。」  ミリィは、早速トーリスに挨拶した。トーリスは頷く。 「明日、正式にジークに言いなさい。私が促しておきますよ。」  トーリスも、出来る限りの協力をしようと思った。 「ジーク君は、良い男ネ。他の女性に負けるんじゃないヨ!」 「母さん!・・・もう・・・分かったネ。」  ミリィは否定しなかった。レイホウが、既に自分の気持ちを見抜いている事はミ リィも薄々感づいてはいたのだ。でも、赤面していた。はっきり言って、ジークに は、一目惚れだった。 「そういえば、面接と言いましたが、随分遅くにやるのですね。」  トーリスは、話題を変えてあげた。 「うちの宿では、暇になる事は無いから、しょうがないヨ。それに、この時間に無 理だって言う人に、うちの宿は務まらないネ。」  レイホウは、時間を見た。確かにもう寝静まってる時間だ。しかし「聖亭」では、 これから、明日のための帳簿を付けるのだ。それが、終わらないと眠れない。従業 員達は、ここには居なかったが、それぞれの部屋で明日やる事の整理をしているに 違いなかった。 「なるほどね。しかし、ミリィさんの代わりとなると、難しいでしょうね。」  トーリスは腕組して考える。ミリィは、何だかんだ言って、普通の従業員より働 いていた。それにミリィは、看板娘なのである。その娘が居なくなっては、経営が 難しくなるのは確かだった。 「いい娘だと助かるネ。何でも、プサグルの近くから修行に来る娘らしいけどネ。」  レイホウは、面接の前に情報を聞いてはいた。ストリウスの街の働き口登録所で は、雇い主と雇われ側が顔を合わせる前に、詳細を配っている。そして、それぞれ の合意の上で、初めて面接が出来るように通達しておくのだ。  トントン・・・。  扉から音がした。どうやら来たみたいだ。 「さて、私はそこのテーブルで魔術書を読んでますね。」  トーリスは奥の方の机に腰掛ける。すると、早速読み始めた。ミリィも面接する 用意をする。 「アイヤー。良く来たね。入ると良いヨ。」  レイホウが、その面接者を中に入れる。 「お願いします!」  面接者は、元気な声で挨拶する。それでも、周りは寝ているので少し気遣った声 だった。サイジンのように馬鹿みたいに大きな声では無い。どうやら女性のようだ。 (?聞き覚えのある声ですね。)  トーリスが不思議に思った。そう言えば、プサグルから来ると言っていた。知っ ている顔かも知れない。トーリスは面接者を見た。 「・・・!レイア!?」  トーリスは、つい声に出してしまった。知った顔所か、幼馴染のレイアだった。 栗色の髪に2つのお下げ、見覚えのある顔は間違いなかった。 「ト、トーリス!?・・・なの?」  あっちも気がついたみたいで、さすがに面食らっていた。レイアは、この「聖亭」 で、自分の宿のために修行に来ていたのだ。今、宿屋の本場と言えばストリウスで ある。いくら、レイアの家が、プサグル寄りの中央大陸の中では、一番の宿とは言 え、習うには限界がある。本場に揉まれてこそ、修行になると考えたレイアは、親 に断って、ストリウスに来ていたのだ。しかし、トーリスが居るとは思わなかった。  何せレイアは、トーリスがジークの誕生日に向かったと言う事しか知らない。自 分の方こそ、トーリスに何も言えずに出てしまった事を少し後悔していたのだ。そ れが、自分の目の前に現れるなんて、ビックリしていた。 「アイヤー・・・。お知り合いなのカ?」  レイホウも、少しビックリしていた。偶然という物は、ある物である。 「私の家の隣に住んでるレイアです。ビックリしましたよ。」  トーリスは隠さず言う。いつも冷静なトーリスが、少し慌てたように見えた。 「幼馴染ネ。偶然ってあるものネ。」  ミリィも、トーリスの慌てた顔が、見れるとは思って無かったので嬉しかった。 「トーリス・・・。どうして、ここに居るの?」 「詳しい事は後で。先に面接を済ませなさい。レイア。」  トーリスは、優しい目でレイアをレイホウに促す。 「も、申し訳ありません!」  レイアは気が付くと、レイホウに深く頭を下げる。 「気にしなくて良いネ。」  レイホウも事情を悟ると、早速、面接を始める事にした。  そしてレイホウが色々質問すると、レイアは、ハッキリと答えていた。それは、 決まりきったマニュアルとかでは無く、自分の考えをしっかり言えていた。ミリィ も感心するほど、しっかりしていた。それに何より誠実そうな人柄にレイホウも感 心していた。トーリスは、レイアが間違いなく受かると悟っていた。 「これで終わりヨ。」  レイホウは、ウンウン頷くと帳簿をしまった。 「ありがとうございました!」  レイアはスッキリとした笑顔で答える。さすがに緊張は、していたが、はっきり とした口調に、レイホウも好感を持っていた。 「レイアさん。明日からお願いネ。」  レイホウは、レイアに握手を求める。 「と、言う事は・・・。」  レイアは顔を明るくする。 「合格ヨ。文句無いネ。頑張ってもらうヨ。」  レイホウは満面の笑みで返した。 「ありがとうございます!一所懸命頑張ります!」  レイアは、ペコリと礼をする。 「良かったですね。レイア。」  トーリスは、いつもと変わらぬ口調だったが、優しさを感じる口調だった。 「じゃぁレイアさん。働き口登録所に書いてあった通り、今日から泊り込みネ。」  レイホウは、働き口登録所から渡された紙を見ながら言う。 「お願いします。・・・で、トーリス。訳を聞かせてもらえるよね?」  レイアは、レイホウに深く礼をすると、トーリスの方に向き直る。 「さて、どこから話しましょうかね。」  トーリスは、腕組しながら考える。が結局、ジークとの関係から話すことにした。 ジークの冒険の手伝いをしていると言う事、そしてギルドに入った事。さらには、 ミリィが、その冒険に付いて行く事などを簡潔に教えてやった。 「なるほど・・・ね。」  レイアは、トーリスから聞かされて納得する。 「じゃぁ、ここで会ったのは本当の偶然なのね。」  レイアは嬉しそうだった。偶然とは言え、トーリスと離れなくても、良くなった のは嬉しい事だったのだ。とは言え、トーリスは近い内に冒険に出掛けるだろう。 冒険に帰って来た時に自分が迎えられると言うのは、この上なく嬉しい事だった。 「私の代わり、頼むヨ。レイアさん。」  ミリィは、レイアの手を握る。レイアは、それを握り返す。 「私じゃ役不足かも知れないけど、頑張ります!」  レイアは真面目なので、つい答えてしまう。その真面目さがレイアの取柄だった。 「さて、さすがに私も眠くなったので、寝る事にしますね。」  トーリスは、良い時間になってきたので、2階に向かう事にした。 「待って。トーリス。」  レイアが付いてくる。すると、トーリスの手を握る。トーリスは、少し不思議な 感じはしたが、放っておいた。 「ここに来る間、貴方と、父さん母さんの事ばかり考えてた。暖かい・・・。」  レイアは、トーリスの手を離して、涙する。いくら修行とは言え不安なのだ。今 までは、気を引き締めるため泣かなかったが、トーリスを見た事で気が緩んだのだ ろう。トーリスも、それを感じ取って、そのままにして置いたのだ。 「レイア。私に出来る事があったら、いつでも言って下さい。」  トーリスは、そう言うと、レイアを抱きしめてやる。レイアは、ドキドキしてい たが、抵抗はしなかった。トーリスの暖かさが伝わって来た気がした。 「ありがとう。私、頑張るね。」  レイアは、涙を拭きながらトーリスを見る。トーリスは、いつもの通り優しい目 をしていた。地元に居ると、どうしても良い雰囲気の時に邪魔が入ってしまう。ト ーリスは、誰にでも優しいからだ。しかしレイアは、そんなトーリスが好きなのだ。  トーリスは自分のせいでレイアが、もどかしい思いをしているのを知っていた。 それでも、何も言わない気丈なレイアが好きだった。どこまでも真面目なのに、ど こか脆い心を持っている。レイアは、そんな女性だった。 「私、レイホウさんに明日の仕事を聞いてくる。また明日ね!」  レイアは、少し恥ずかしくなって下に降りて行ってしまった。 「おやすみ。レイア。」  トーリスは、そう言うと、自分の部屋に入る。すると、男3人が呑気に寝ていた。 トーリスは、それを見て少し安心する。 (この人達に見られたら、何言われるか分かった物じゃないですしね。)  トーリスは、仲間達を見て苦笑する。そして、自分も疲れが溜まって来たので、 布団に入る事にした。  ストリウスの街の夜は、更けていくのだった。  翌日の朝、あんなに遅く寝たのにも関わらず、レイホウは仕入れに行っていた。 ミリィは、自分の後を継ぐと言う事で、レイアに仕事を教えていた。レイアは、飲 み込みが早く、ミリィも、これなら安心出来そうであった。  他の従業員達との折り合いも良く、上手くやって行けそうだった。ただ、どうし ても、トーリスの事が気になってしまう。それは若い証拠だった。  その内に、宿の客が降りてきた。と思ったら、一番早く降りて来たのは、相変わ らずトーリスだった。 「おはようございます。レイアにミリィさん。」  トーリスは、眠くなさそうだった。確かに、レイアやミリィに比べると睡眠時間 が長いのだが、昨日のトーリスは、相当遅くまで起きてたはずだ。なのに、起きて 来るのは、さすがと言う他無かった。 「おはよう。トーリス。」 「おはようネ。トーリスさん。」  2人とも朗らかに挨拶する。レイアも、昨日トーリスと居た事で、迷いは吹っ切 れたようだった。 「おや?今日は皆さん、お早いようで。」  トーリスは、2階で音がしたので何となく気がつく。5人共、ちゃんと起きたよ うだ。5人揃って、下に降りてくる。 「おっはよう!みんな!」  ジークが、妙に清々しく返事した。昨日ギルドに入って冒険者になったと言う事 で、気持ち良く寝られたのだろう。 「あれ?お姉ちゃん誰ー?」  ツィリルが、レイアに気が付いたようだ。 「おお。美しきお方ですね。しかし、私にはレルファが居ります故・・・!」  バキッ!  サイジンが朝からテンション高かったので、レルファの鉄拳が飛んだ。 「もしかして、新しい従業員の人かな?」  レルファが、昨日の広告を思い出した。 「あれ?もしかしてレイアさん?」  ゲラムが、昔にトーリスの家に行った時の事を、思い出して口にする。 「覚えてましたか。ゲラム。そうです。レイアです。」  トーリスが、ニコッと笑う。 「やっぱり!こっち来てたんだ!久しぶりです!」  ゲラムが挨拶する。ゲラムは、レイアの宿に泊まった事があるのだった。  その事も踏まえて、皆に説明しておいた。 「初めまして。皆さん。レイアです!これからも、よろしくお願いします!」  レイアは、他の皆は、初めてだったので挨拶する。 「それにしても、トーリスの幼馴染かぁ。」  ジークは、自分の家には周りに、そう言う環境が無かったので、実感が沸いて来 なかった。ちなみにトーリスは自分の事を「さん」付けしないで欲しいと頼んでい たので、ジークは、そうする事にしていた。他の人は、どうだろうと、ジークはリ ーダーなのである。トーリスを目上と思わないようにする配慮だった。 「そうそう。ジーク。ミリィさんが、皆さんに、お話があるそうですよ?」  トーリスはジークを促したが、皆に向かって言う。 「話?何だい?ミリィさん。」  ジークは、キョトンとする。 「母さんからは、許可もらったネ。ジークさん。皆さん。私をパーティーに加えて 欲しいネ。お願いヨ!」  ミリィは、皆に向かって深く頭を下げる。 「私からもお願いするヨ。ジークさん。」  レイホウが仕入れから帰って来たらしく、厨房から出てきてジークに頭を下げる。 ジークは、戸惑っていたが、皆の顔を見る。すると、皆、同じ顔をしていた。 「ミリィさん。俺の方こそ頼みます。一緒に行きましょう。」  ジークは、ミリィに握手を求める。 「嬉しいネ・・・。絶対!役立ってみせるヨ!」  ミリィは、感激して泣きそうになっていた。レイホウは、さっさと厨房の方に戻 る。恐らく涙を流してるのだろう。しかし、女将と言う立場上、そう簡単に見せる 訳には行かないのだ。レイホウもジークに感謝していた。 「こちらこそ、よろしく!」  ジークは、ワクワクしていた。最初は、自分1人の旅のつもりだったが、いつの 間にか、こんなに増えていた。 「ミリィさん!今度僕とも手合わせして下さいね!」  ゲラムは、凄く嬉しかった。皆で、ワイワイするのが好きな性格なので、人が増 えると嬉しくて、たまらなくなるのだろう。 「エヘヘ!ミリィさんも来るんだ!嬉しいなー♪」  ツィリルも満面の笑みを浮かべていた。やっぱり2人より3人。女性が増えるの は、大歓迎なのだろう。 「私も女の子2人だけじゃチョットと思ってたし、嬉しいな。よろしく♪」  レルファも、嘘をつかず挨拶する。ミリィと握手した。 「はっはっは!心細いと言うのなら、私が暖め・・・。」  ゲシッ!  サイジンが、また変な事を言う前に、レルファは、サイジンに蹴りを入れる。 「・・・。冗談は、これくらいにして、よろしくお願いしますよ。はっはっは!」  サイジンは、まともに挨拶した事が無い。ミリィは、つい笑ってしまった。 「私は、昨日も言ったように歓迎します。バランスとして、もう1人戦士が居た方 が良いくらいです。よろしくお願いしますよ。」  トーリスは、頷きながら握手をした。 「私頑張るネ!・・・あとはレイアさん、よろしくヨ!」  ミリィは決意を新たにして、今度は、レイアに握手する。 「私、どこまでやれるか分からないけど、頑張ります!」  レイアは、真面目に答える。 「ほーら。そんな事を言ってる間に朝食できたヨ。持っていってネ。」  レイホウが、いつの間にか朝食を作っていた。 「分かりました!」  レイアが、早速、朝食を皆の所に運ぶ。 「私もやるネ。」  ミリィは、手伝おうとした。 「ミリィさん!私、頑張りますから、見ててください!」  ミリィが運ぼうとしたのをレイアが断る。レイアは、自分がミリィの代わりにな るかどうか、この仕事から見ていてくれと言いたかったのだろう。 「さすがネ。レイアさん。プロの姿勢ネ。」  ミリィは感心していた。自分もやってたから分かる。ここで、ミリィに任せるの は自分のためにならない。レイアは、自分1人で何とかしようと思っていたのだ。  間も無くして、どんどんと、お客が降りてきた。それによって忙しさも倍増して 来た。最初に食べたジーク達の食事の後片付けも然り。段々と、多くなる客に自分 を紹介しながら運ぶ姿も然り。それをレイアは、ちゃんとこなしていた。  何よりも、一所懸命な姿勢が皆を満足させるに至ったのであった。レイホウの人 選は間違っていなかった事を確信する。 「忙しい方が、レイアには良いのですよ。」  トーリスは、優しい目になっていた。ジークは、このトーリスの目を見て、トー リスの中で、レイアは特別な存在だと言う事を知る。いつものこの男なら、どこか しら距離を置いて話す癖があるのだが、レイアを語る時は別だった。  レイアは、まだ一所懸命だった。邪魔しちゃ悪いので7人は、そっと宿を出る。 「じゃぁ、「望」に行こうぜ!みんな!」  ジークが、掛け声をかける。 『オー!』  皆は、声を揃えて手を上げる。  新しく仲間が、加わった。その名もファン=ミリィ。そして「聖亭」にも新しい 顔が誕生した。ストリウスの空は、そんな7人を祝福するかのように明るかった。