NOVEL 1-6(First)

ソクトア第2章1巻の6(前半)


 6、それぞれの準備
 ストリウスでは、ギルドと言うのは、冒険者を支援すると言う意味合いが強い。
よって、ストリウスに夢を求める冒険者は、大概はギルドに入る。そして、ギルド
の中で目的意識を見出すのが普通だ。
 しかし、この頃は何かが違う。ギルドを独立組織と言う意味合いで使っている所
が多く、ストリウスの有名な3ギルドのように衝突まで起きる有様だ。
 しかし、ギルドに居れば、それだけ支援してもらえるだけでなく、様々な仕事も
回ってくる。普通に困ってる人を見つけるよりは、遥かに楽に仕事が見つけられる。
そして、何よりギルドで請け負うと言う事でギルドから報奨金をもらう事が出来る。
 それによって、また冒険者を増やしていくと言うのがギルド経営の基本だった。
その代わり、ギルドには入会金の他、仕事が終わった時の収穫金を一部納めると言
うシステムがある。しかし、それでも自分だけで探すよりは遥かにマシだった。
 3ギルドは、一番初期の頃出来たギルドで、それだけ信頼があるので仕事も多く
回ってくる。しかし「望」のように、この頃出来たギルドには、中々仕事は回って
こない。来るとしても、とんでもない難題や、3ギルドでは誰もやらないような仕
事ばかり回ってくるのだった。とは言っても、副ギルドマスターのサルトラリアの
腕は確かで、持って来る仕事は意外に、まともなのが多い。最後の方になると、酷
い仕事しか残ってなかったりする。誘拐や窃盗の仕事は、まだ良い方で、終いには
暗殺や強盗と言った酷い仕事ばっかり回ってくる時もある。そう言う仕事は回らな
いようにサルトラリアも気をつけている。
 ジーク達が、ミリィの事を伝えると、サルトラリアが歓迎してくれた。それと、
ギルドマスターのサルトリアが儀礼的な物を済ませて、その仕事の説明をしていた。
 ジーク達のように、全くの初心者の場合、なるべく複雑な物はやらないほうが良
い。サルトラリアは、それを分かっていたので、朝一番に何か良い仕事は無いか、
斡旋所で見に行っていたのだ。
「仕事を済ませると言うのはギルドの信用じゃからの。気ぃ付けぇよ。」
 サルトリアが真剣に説明している。さすがに、ギルドマスターをやってるだけあ
って、その辺は詳しいみたいだ。
「今の所、こんな物かな。」
 サルトラリアは、斡旋所から仕事内容が書かれた紙を皆に見せる。
「一概に仕事って言っても、色々ある物ですなぁ。」
 サイジンが、珍しく感心していた。
「ふむ。仕事が決まったら言ってくれ。俺が、斡旋所にいち早く持っていくからな。
そうすれば他の冒険者に取られる事も無いしな。」
 サルトラリアは、声が弾んでいた。やはり、ギルド員が出来て仕事を請け負える
と言うのは嬉しい事なのだろう。今までは、ただ仕事を持って来ていただけだった。
「どんな仕事が、理想的か分かります?」
 トーリスが、仕事を見ながら質問する。
「そうじゃのう。お前さん達、戦士が多いし、盗賊系のスキルを必要とするのは避
けたほうが良いかもしれんのう。」
 サルトリアは、考え込む。その辺がジーク達のパーティーの抜け所だった。普通
は、パーティーには戦士、魔法使いの他には、盗賊を入れておく物である。遺跡な
どに仕掛けられた罠を外したり、扉の鍵を外したりなどが出来ると、仕事の幅も大
いに広くなる。
「私も一応出来なくは無いですが、専業では無いのでね。」
 トーリスは知識で、どう言う風にすれば良いのかくらいは知っていたが、盗賊の
スキルがあると、言い切れる程では無かった。
「となると、遺跡に潜る系の仕事は避けた方が無難だと言う事か。」
 ジークも、少し考え込んでいた。今は、避けても大丈夫かも知れないが、その内、
盗賊系の仲間が1人入れなければ、ならないのは目に見えていた。
「むー。魔法で何とか出来ないのー?トーリスさん。」
 ツィリルは頬を膨らませる。自分が魔法使いなので口惜しいのだろう。
「ある程度なら解除出来ますがね。それに魔法を使っていると戦う時、大変なので
すよ。いざと言う時闘えないのも悔しいでしょ?」
 トーリスは優しく教えてやる。どうも、ツィリルと話す時は、こう言う口調にな
ってしまう。ツィリルは、素直で真面目なので、どうにも雰囲気がレイアに似てい
るのだろう。
「意外と、居ないと困るものネ。」
 ミリィも頭を抱えていた。ミリィは棒術と体術以外では方角士と言う資格を持っ
ている。これは、迷宮で迷わないために地図を作る技能であって、盗賊のスキルと
までは、行かなかったのだ。
「ジーク兄ちゃん。仕事は6人で行ってきてよ。」
 ゲラムが、突然言い出した。
「どうした?お前は、行かないのか?」
 ジークは心配する。あれだけ付いて行きたいと言ってたゲラムが行かなくなるの
も、おかしい話だった。
「僕さ。ジーク兄ちゃんとサイジンさん見て思ったんだ。今の、このパーティーに
これ以上戦士は必要ないでしょ。僕が、役立てる事は少ないんじゃないか?って。」
 ゲラムは、ミリィと同じ考えに至っていた。ゲラムは、ミリィにすら劣っている
と思っている。尚更考え込んでいた事だろう。何せ、トーリスが戦士と魔法のどち
ら共の活躍が出来る。それを考えると戦士が5人分では多すぎるのだ。
「ゲラム。強くなるために付いてきたんだろ?気にするなよ。」
 ジークは、優しく言ってやる。ゲラムは、その優しさは嬉しいと思ったが、決意
した事があった。
「ジーク兄ちゃん。僕は、このパーティーで役立ちたいんだよ!ジーク兄ちゃんが
次の仕事受けるまでに、盗賊のスキルと新しい武器を覚えるって決めたんだ!」
 ゲラムは真剣だった。武器の転向は前々から考えていた。剣術と言うのは、生ま
れながらにして覚える物だ。ゲラムは、プサグル流の剣術を覚えたが、限界を感じ
ていたのだ。自分だけの我流を身に付けたいとは思っていた。そのためには、剣で
は駄目だとも感じていたのだ。
 そして、今回の盗賊スキルの問題が出て自分の道筋が何となく見えて来たのだ。
「ジーク。この子は真剣じゃぞ。受け止めてやっては、いかがかの?」
 サルトリアは、ジークに言ってやる。
「分かった!その代わり、手を抜くなよ!」
 ジークは、ゲラムの肩を叩いてやる。
「任せてよ!皆をビックリさせて見せるよ!」
 ゲラムは、満面の笑みを見せる。
「よぉし!そうと決まったら早速特訓だ!昨日調べておいた訓練所に行ってくる!」
 ゲラムは、そう言うと、自分の荷物を持って扉に手を掛ける。昨日の内に、どこ
で何を習えるのか調べて置いたのだった。
「皆、頑張って!」
 ゲラムは、そう言うと手を振った。皆も、それに合わせて手を振ってやる。
「あの子は伸びるな。凄くね。」
 サルトラリアは、嬉しそうに頷いた。
「ゲラムならやれますよ。私達が出来る事は、仕事を済ませて、ゲラムを迎え入れ
る事が、出来るようにする事です。」
 トーリスは、ジークに言ってやる。ジークは強く頷いた。
「何が良いかな・・・。」
 レルファが、仕事を覗き込む。
「この遺跡の調査ってのは在り来たりよね。」
 レルファは、仕事を指差す。
「その通り!レルファが、言うのだから間違いありませんな!」
 サイジンは相変わらず何も考えていなかった。
「これなんか変わってるネ。でも、気は進まないヨ。」
 ミリィは、漁師に付いて行く仕事を指差す。漁師の護衛であろう。海賊などが現
れると、撃退しなければならない。しかし仕事が退屈な時もあるし、その分だけ依
頼料も少なめなのだ。
「これって何だ?分かります?」
 ジークは、ある仕事が目に入ったのでサルトラリアに尋ねてみる。
「お?これか?これは龍の巣の調査だな。何でも、龍が、この頃荒らし回ってるら
しいんだが、様子が変でな。」
 サルトラリアは、詳しい依頼書の方に目を通していた。
「様子が変?」
「そうだ。ここに住む龍は、現れた時から人を襲う事は無かったと言う。だが、こ
こ数日で様子が激変したらしくてな。それを調査に行くと言う事だ。」
 サルトラリアは、説明を終えた。
「気になるな・・・。」
 ジークは何となく、この依頼が気になっていた。
「いざとなったら、龍と闘う事になるの?ちょっと危険じゃない?」
 レルファは、さすがに心配していた。魔族よりは脅威では無いと言われているが、
龍の荒々しい力の前に、敗れていった冒険者は数多く居る。それに龍の中でもトッ
プクラスの龍であれば、かの黒竜王でさえ敵わないのではないか?と言われてるく
らいだ。そう簡単に倒せる相手ではない。
「龍さん見たい気もするなー。」
 ツィリルは、無邪気だった。しかし、結構怖い事を平気で言う。
「私は、ジークに任せますよ。」
 トーリスは、最初から、そのつもりだった。アドバイスが、出来ればくらいのつ
もりだったのだ。
「気になったまま、放っておくのも嫌だしな。これにしよう。」
 ジークは、龍の巣の調査を選んだ。
「龍か・・・。私も初めてネ。」
 さすがのミリィも、少し不安だった。最初の仕事で、こんな物を選ぶパーティー
も少ないだろう。
「そう構える事も無いぞ?龍と言うのはのう。人間より知恵があるでのう。人間語
を話せるのが、ほとんどじゃ。まずは、落ち着いて交渉が出来れば、案外すんなり
行くかも知れんぞ?」
 サルトリアは、人差し指を振って説明する。確かに龍は人間より賢い者は、たく
さん居る。しかし、今回の仕事は、その龍が暴れ回ってると言うのだ。少し気にな
る所だろう。
「これから、修行に入るゲラム君のためにも、下手な事だけは、するなよ?」
 サルトラリアが、念を押す。ジークは強く頷いた。
「よし、みんな、これは最初の仕事、最初の冒険だ!後で良かったと思える最高の
冒険にしよう!」
『おう!』
 ジークの激に皆が、答える。
(ジーク。貴方の、その人を盛り上げる才能。私には無い物です。貴方をリーダー
にしたのは、そのためなのですよ。)
 トーリスは、1人納得していた。


 ワイス遺跡の奥を見つけて、4日ほど経とうとしていた。未だに、神魔ワイスと
魔界剣士の健蔵の動きは無い。いい加減、ルドラーは、やきもきしていた。
 魔族達の寿命は長い。4日と言うのは、魔族からしてみれば、少し休むくらいの
物なのかもしれない。ワイスは相変わらず眠りに入ってるし、健蔵は自分の部屋に
篭りっきりだ。考えれば当然かもしれない。健蔵などワイス復活のために、350
年も平気で待っているのだ。
 しかし、ルドラーにとっては、一日も早く復権したいので、待つのは、もうこり
ごりだった。食糧は毎日、健蔵のお付きのケルベロスが用意してくれていた。ルド
ラーは、まさか寝ていたケルベロスが、ここまでしてくれるとは思ってなかった。
最も、健蔵やワイスの仲間で無ければ、ここまでの扱いは、受けないとは思ったが
・・・。食事自体は、魔族も人間も、ほぼ同じだと言う事は新しい発見だった。
 ルドラーは元々我慢出来る性分では無い。しかし、復権のために25年も待った
のだ。せっかくワイスを復活させられたのに、こう待たされたのでは堪らない。
(大体、見張りなんて、そこに居るケルベロスに、やらせれば良いじゃねぇか。)
 ルドラーは、でかい扉の番をやらされていた。ここを見張って無いと、ワイスや
健蔵の瘴気が流れ込んで、神達に自分達の存在が、バレてしまうと言うのだ。
(神魔と言えど、神が怖いと言う事か・・・。)
 ルドラーは、鼻先で笑う。最強を自負している神魔ですら、この状態では復権し
ても、オタオタしてられないのでは無いだろうか?
 カタッ・・・。
 ルドラーは、どこかで音が鳴っているのに気が付いた。
(何の音だ?)
 ルドラーは、注意深く辺りを見渡した。すると、この扉ではなく、健蔵の部屋の
扉が開いた。健蔵が、篭りっきりだったのに出てきたのだ。この部屋は広いので、
どうにも見え難いが、間違い無いようだった。
「フッ。人間よ。貴様、中々続いているようでは無いか。」
 健蔵は、チラリとこちらを見やると、そう言う。健蔵は『闇の骨』を取られて以
来、人間と言うのは厄介者なだけだと言う認識がある。
「俺は決められた事を、やっているだけだ。それより、いつ地上へ出るのだ?」
 ルドラーは、不機嫌そうにしていた。
「焦るな。ワイス様のお力が復活する前に、行ってはならん。」
 健蔵はワイスが、まだ完全に馴染んで無い事が分かる。全盛期のワイスを知って
いるからだ。
「それに復活には、力が要る。クラーデスの奴を呼び出さなければならんのだしな。」
 健蔵が腕を組む。どうやら、クラーデスを呼び出すのは、あまり良く思ってない
ようだ。ワイスのためなら何でもするこの男だが、感情が無い訳では無い。
「健蔵よ。」
 ワイスの低く唸る様な声が辺りを轟かす。どうやら、ワイスも目が覚めたようだ。
「ワイス様。お目覚めご苦労様です。」
 健蔵は恭しく頭を垂れる。
「復活するのに必要な力は、蓄えられた。やるぞ!クラーデスの復活だ。」
 ワイスは、クラーデス用の一際大きい『闇の骨』を取り出す。良く見ると、前よ
り少し大きくなっている。どうやら、ワイスが力を蓄えている時に『闇の骨』にも、
力を分けていたようだ。
「了解致しました。お供致します。」
 健蔵は、そう言うと、扉の近くまで居たと言うのに反対側の奥の玉座まで一瞬の
内に移動する。やはり只者では無い。
「お前は、我を復活させた時に、かなりの力を使ったのであろう?見ておれ。」
 ワイスは健蔵が、自分を復活させた時に、かなりの力を消耗している事は予想が
付いた。クラーデスを呼び出すのさえ時間が掛かったのだ。自分を呼び出すために
健蔵が、350年蓄えた力を、ほとんど使ったであろう事は予想が付いていた。
「ありがたき恩情。感謝の言葉も御座いません。」
 健蔵は、目を伏せて、ワイスの恩情に感謝する。
(あのワイスと健蔵・・・。何やら普通の主従関係では無いな。)
 ルドラーは、魔族の事は良く知っている。ここまで信頼を築ける主従関係も珍し
い。端から見てると、まるで人間のようでもあった。
「さて、クラーデスは、どういう反応をするか、楽しみだな。」
 ワイスは『闇の骨』を握り締める。健蔵の時と同じだ。すると、台座に『闇の骨』
を放り投げる。そして、手に力を込めると魔方陣に向かって瘴気の塊のような物を
ぶつける。
 ゴゴゴゴゴ・・・。
 地の底から湧きあがるような音が聞こえた。ワイスの時と同じである。
「むぉぉぉぉぉぉぉ・・・。」
 ワイスの時とは、声が違うが、魔方陣に扉が出来て、中から何かが出てくる。
「・・・ほう。誰かと思えば・・・。」
 その何かが、段々形を為していく。首からブラックダイヤを、ぶら下げている。
ワイスと同じくらいである。やはりビッグな魔族だ。しかも、真っ直ぐと伸びた角
が、何よりも象徴的だった。背中から瘴気の塊のような物が見える。これも間違い
なく神魔クラスだった。それが『魔王の中の魔王』クラーデスだった。
「ふむ。久々にソクトアに来た感想はどうだ?」
 ワイスは玉座で一段落つくと、クラーデスに尋ねた。
「俺を呼び出したのが、貴様だとはな。」
 クラーデスは、ワイスを一瞥すると、健蔵を見てルドラーを見る。健蔵は怒って
いた。クラーデスのふてぶてしい態度にであろう。
「ワイス様に向かって貴様よわばりするとは!」
 健蔵は、ワナワナ震えていた。
「フッ。俺を斬ろうとする気か?辞めておけ。坊や。」
 クラーデスは、健蔵を「坊や」扱いする。健蔵は剣に手を掛ける。
「健蔵!辞めい!・・・クラーデスも大人気無く挑発などするな。」
 ワイスが檄を飛ばす。
「申し訳御座いませぬ。ワイス様。」
 健蔵は唇を噛んで我慢している。よほど悔しいのだろう。クラーデスは、余裕の
顔をしていた。
「貴様に命令される覚えは無いが、力も取り戻してない今やるのは得策では無いな。」
 クラーデスは、自分の手を握る。あまり実感が無い。やはり、まだ復活したてで
力が戻っていないのだ。これでは、ワイスはおろか、健蔵にさえ良い勝負だろう。
「で?俺を呼び出したのは何故だ?聞いておこうか。」
 クラーデスは、髪を掻きあげる。
「どうと言う事は無い。このソクトアを、神などに好きにされたくは無かろう?」
 ワイスは、普通に答えた。魔族にとって、ソクトアが人間達と神の楽園になって
いる事自体が間違いだと思っているのだ。
「なるほどな。貴様が、俺の力を借りたいと言う事か。珍しい。」
 クラーデスは、地上の人間たちの力を計るために、少し意識を飛ばした。
「・・・今の人間共は、中々殺しやすそうだな。俺の力が本当に要るのか?」
 クラーデスは、疑問に思った。全然力を感じないのだ。これでは、不完全燃焼に
終わる。魔族達にとって、詰まらない闘いほど意味の無い物は無い。どうせやるな
ら力が振るえる相手で無いと面白く無いのだった。
「せっかちだな。我の話も聞くが良い。」
 ワイスは、鼻先で笑う。
「今の人間共は、全体的に見れば以前より力は無い。だが、この中に、あの黒竜王
を打ち倒した者が居るそうだ。」
 ワイスは説明してやる。
「黒竜王?ああ。あの魔王クラスだとか、ほざいてた馬鹿か。」
 クラーデスは、黒竜王など気にも留めてなかった。それほど力の差が、あったの
だ。何せクラーデスは、普通の魔王の力を遥かに超えているのだ。
(あの黒竜王を馬鹿よわばりか・・・。恐ろしい・・・。)
 ルドラーは、ずっと震えていた。このクラーデスも、ワイスと同じくらい瘴気を
感じるのだ。これがまだ復活して力が取り戻して無いと言うのだから驚きである。
「それにしても中には骨のある奴が居るって事か。」
 クラーデスは、ニヤリと笑った。クラーデスは、闘うのが好きな性格であった。
「そう言うことだ。それに神の監視の目を感じる。恐らく誰か来ているはずだ。」
 ワイスは、ここ数日で神界からの使者が間違いなく来ている事に気付いていた。
恐らく黒竜王の事での余波の調査が主だった物だろう。しかし、まだワイス達の事
は感づいて無いようだった。
「神との闘いか。俺の力が戻ったら暴れてやる・・・。フフフフフ。」
 クラーデスは、危険な笑いを浮かべる。クラーデスは、ウキウキしていた。魔界
の生活では、あくまで自分の力を高めるだけの日々。詰まらない日々だった。もっ
とヒリ付くような危機感が欲しかったのだ。
「そろそろ、我は休む。力は蓄えんとな。」
 ワイスは、そう言うと、再び玉座に身を任せる。
「お眠りくださいませ。ワイス様。」
 健蔵が目を伏せる。敬礼を表していた。
「おい。坊や。俺の部屋は、あるんだろうな?」
 クラーデスは、健蔵に数多くある部屋の事で尋ねる。
「私の部屋が右側の一番奥だ。それ以外の所ならば、どこでも良い。あと、私は、
坊やでは無い。砕魔 健蔵と言う名前があるのを忘れるな。」
 健蔵は睨み付ける。どうしても、ウマが合わないのだろう。
「フッ。そういきり立つな。仲良くやろうぜ?ハッハッハッハ!」
 クラーデスは、そう言うと左の一番奥の部屋に入って行った。
「チッ。何たる奴だ。」
 健蔵は、そう言い残すと、自分の部屋に帰っていった。
 気が付くと、ルドラーは、また一人残された。しかしルドラーは、ここを出よう
とか、歯向かおうと言う意思は欠片も残っていないのだった。


 東の軍事国家と言われ、長い間栄え続けて来た国。その国の名はルクトリア。し
かし、今では平和その物である。プサグルとの永久的な同盟を果たし、隣国である
サマハドールとも兄妹国とも呼べるほどの仲を取り持ち、パーズの国王とも戦乱の
間に、同盟国となった今では、敵と呼べる敵は居ない。別に戦う必要性が無いのだ
から、平和なのである。
 しかし、それは一番危険な状態なのかも知れなかった。今の状態で、戦争を仕掛
けられたら準備どころでは無い。抵抗すら出来ずに終わるだろう。
 ライルは、自分の家から、このルクトリアの街に来て、その事を危惧していた。
自分が居た頃の25年前も平和ではあった。しかし、いつ戦争が起きても大丈夫な
ように、備えていた物だ。しかし今は、その気配すらない。
(こんな事では、25年前の敗北を繰り返すぞ・・・。)
 ライルは、非常に心配であった。25年前に、プサグルに敗れた時も、油断が生
んだ敗北だった。まさか裏切り者が出てくるとは思わなかった。まさか模擬戦で本
物を使って来るなどとは思わなかった。まさか平和条約が破られるとは思わなかっ
た。そのまさかまさかの連続で、決定的な敗北を決したのである。
 ライル達は、昨日着いたばかりだったが、朝の訓練を済ませた後、すぐに城に向
かう事にした。思い出深い城である。ライルの青春は、ここから始まって、ここで
成し遂げた。ここには居ないが、ヒルトも同じであろう。ヒルトは25年前、プサ
グルの王位に就く等とは思いもしていなかった。ルクトリアで生まれて、ルクトリ
アの土に返る。それが王子として生まれた定めだと思っていた。しかし、今のこの
国は、いつの間にか、次の王位が空白になったままである。
 プサグル王に息子が居ればまた話は違っていたのだろう。いや、実際は居たのだ
が、プサグル王が狂王と化す前の時に、逃がしてしまって、行方が分からなくなっ
てしまっているのだと聞く。しかし、今は、もうヒルトの手によって統治されてい
る。もし、戻ってきた時に、ヒルトは、ちゃんと対応出来るのだろうか?その辺も
心配であった。
 何はともあれ、ライルは城門の前に行く。マレルも一緒だ。
「城に何か御用が、おありですか?」
 門番が尋ねてきた。ライルの顔を知らないのだろう。よく見るとまだ若い。ジー
クと大した年齢も違わないだろう。
「俺の名は、ライル=ユードと言うのだが・・・。」
 ライルは、自分の名前を名乗る。
「・・・ま、まさか!あの英雄ライル様!?」
 門番が、いきなり血の気を引いたように緊張する。ルクトリアでは、既にライル
は、英雄なのだ。いや、どこへ行っても、そうなのだろうが、特に、このルクトリ
アではライルの名前を知らない者は居ない。ただ、顔を知っている者は少なかった。
「し、しかし、それが真であるか証拠が見たいであります!」
 門番は緊張していた。ライルを語る者は少なくなかった。しかし、皆、只の剣士
と言うパターンが多く、ここの近衛団長を務めるクライブ=スフリトに実力を試さ
れては、伸されて行くと言うパターンが非常に多かった。何せ、クライブはライル
と共に戦乱を分かち合って来た仲である。今年ですでに50になるが、その実力は、
並ではなかった。
「クライブに会わせてくれれば分かると思うがな。」
 ライルは、手を顎に掛ける。クライブを知っているような口調だった。
「クライブさん元気かしらねぇ。」
 マレルも、楽しみにしていた。
「近衛団長様を呼び捨てとは・・・。やはり本物・・・?」
 門番は、まだ半信半疑だった。無理も無い。それほどライルの名を語る偽者が多
かったのだろう。
「そうだな。じゃぁ、証拠を見せてやろう。」
 ライルは、ニヤリと笑うと、木刀を取り出す。すると城壁をぐるりと見渡す。
「ここで良いかな・・・。」
 ライルは、城壁にある出っ張りに指を当てる。城壁も古くなって来て、こう言う
出っ張りも出来るようになって来たのだろう。
「何をする気でありますか?」
 門番は、ポカーンとしていた。何をするのか分かっていないようだ。
「この出っ張りを、よーく見ていてくれ。」
 ライルは、出っ張りを指差す。門番は言われた通り見ていた。
「さーて、うまく行くかな・・・。ハッ!」
 ライルは、気合で一閃すると木刀を真下から真上に振る。
 ビュンッ!・・・ゴトッ。
 良い音が鳴った。その一瞬後に、出っ張りの部分がボトリと落ちる。ライルは、
木刀で真空状態を作り出して風の刃で出っ張りの部分を削り取ったのだった。恐ろ
しい技術である。
「あ・・・す・・・凄いであります!」
 さすがに門番は感激していた。こんな光景が見られるとは思わなかったのだろう。
「信じてもらえたかな?」
 ライルは、門番の方を向く。
「中々見事な腕前。感服仕りましたぞ。」
 突然、後ろから声がした。ライルとマレルは声のした方向に向く。
 すると、ガリウロル人であろうか?黒髪で黒目の男であった。髪は短めに揃えて
いる。しかし、何より気になったのはその目付きであった。鋭い修行僧のような目
付きは、中々忘れられなかった。歳は取ってそうである。
「どなたかな?」
 ライルは、見覚えはあったが、思い出せないでいた。
「申し遅れた。拙者は、榊 繊一郎。お久し振りで御座る。」
 ライルは、その名前には聞き覚えがあった。戦乱時代に1回だけ会ったはずだ。
「もしかして、あの時に居た、繊香さんの兄の?」
「思い出してくれ申したか。」
 繊一郎は、嬉しそうな表情を見せる。
「あのー。それで、王宮へは行かれるので、ありましょうか?」
 門番が、モジモジしていた。
「ああ。済まんな。では、行かせてもらう事にするよ。」
 ライルは、無視した事を、謝ると門番に頼み込む。
「分かりましたであります!開門!!」
 門番が嬉しそうに開門の合図を送る。すると門が開きだした。
「拙者はエルディスに用があったので御座るが・・・。」
 繊一郎は風の噂で、ライルの所に居ると言うのでライルの家まで行ってみた物の、
既にどこかへ行った後で、ライルの行方を捜していたのだ。エルディスとは、義兄
弟の中なので何かと話があるのだろう。
「エルディスなら、パーズのグラウドの家に居るぞ。」
 ライルは、教えてやる。エルディスは、しばらくそこで様子見をしてるのだった。
「そうで御座ったか。然らばパーズまで、急ぐので、これにて御免!」
 繊一郎は、そう言うと空中で飛んで、何とそのまま歩いていった。
「忍術で、あんなのあったかな・・・。中々すげぇ腕だな。」
 ライルは、繊一郎の強さを肌で感じ取っていた。繊一郎の事は、エルディスから
色々聞いてはいたが、噂以上だった。強さを追い求めるあまりに、結婚すらしてな
いストイックな性格の持ち主で、その代わり、手に入れた強さは並々ならぬとは聞
いていたのだが・・・。
「さて、俺達は、父さんに会いに行くか。」
 ライルは、そう言うと王宮へと歩いていく。マレルが、それに続く。
「ライル?ライルか!」
 王宮の中庭に着いた頃、誰かが、こっちに来た。
「もしかして、クライブか?」
 ライルは、皺が出来て体も少し痩せてはいるが、クライブの姿を確認する。
「うむ。本物らしいな。安心したぞ。」
 クライブは、優しい目で迎える。こんな事を言っているとなると、相当数の偽者
が、来たらしい。クライブは、それを悉く撃退して行ったのだろう。クライブは今
年で、もう50歳になる高齢だがその力は未だに健在らしい。
「門番には少し勘ぐられてしまったけどな。」
 ライルは頭を掻く。
「それくらいの方が、ちょうど良いんだよ。」
 クライブは鼻先で笑う。こんな事が、警戒に当たるくらいだ。この国は相当平和
なのだろう。
「お?そちらに居るのは、マレルさんか。これは王も妃様もお喜びになるぞ。」
 クライブは、マレルが居るのを見て顔を綻ばせる。
「義父さんや義母さんは、お元気ですか?」
 マレルが尋ねてみる。
「王は、もう68歳だがな。元気でやってるぞ。」
 クライブは嬉しそうだった。この男は結婚すらしていない。しかし、王に仕えら
れると言うだけで喜びに変わるのであった。
「ありがとう。クライブ。これは兄さんの言葉でもあると思ってくれ。」
 ライルは、ヒルトの意思も伝える。ヒルトが、来れない今、ライルは出来る事を
やろうと思っていた。
「さて、王と妃様がお待ちになっている。早く行くとしよう。」
 クライブは、王宮の方へと案内する。
 ライルは懐かしくも王宮の様子を見回した。ところどころ修繕の後はあるが、ほ
とんど損なわれていなかった。特に訓練場は、クライブやルースとの訓練の毎日だ
った。不動真剣術の師匠の所に通いながら、ここで訓練する。ライルの青春は剣と
修行の毎日だった。
「そのうち、師匠の墓参りもしなきゃな。」
 ライルは死んだ師匠の事を思い出す。不動真剣術には、ライルの他に、もう1人
兄弟子が居た。しかし、師匠はライルを後継者とした。兄弟子は、その時に行方を
眩ませたのだが、不動真剣術の奥義の書を奪いに師匠の所に現れたのだった。ライ
ルが着いた時は、既に師匠は虫の息で、奥義の書ではなく真に受け継ぐべきは秘儀
の書だという事を伝えると、息を引き取ったのであった。
 その後、兄弟子は、バルゼの商隊剣士として、プサグルの雇われ傭兵という形で
ライルの前に姿を現した。兄弟子の力は、ライルの力をも上回るかと言う程であっ
たがライルは、秘儀の書の意味と極意を使って兄弟子を討ち倒したのだった。
 兄弟子は最期に、師匠に謝りに行くと言っていた。不動真剣術の悲しき逸話の一
つであった。ライルは、あの兄弟子の顔も忘れられない。兄弟子も師匠の所に埋め
てある。色々な意味で忘れられない思い出であった。
「そろそろ王の間だ。」
 クライブは、王の間の近くになったので鈴を鳴らす。
「ライル殿、参られました!」
 クライブは声を大きくして伝える。すると、王の間の扉が開いた。
「・・・父さん。母さん。久しぶりです。」
 ライルは、王の間から出てきた二人に挨拶する。
「ライル・・・。ライルなんだな。それにマレルさんもか!」
 王の声が震えていた。嬉しさで涙が出てしまう。
「ライル。マレルさん。よく来たね。お帰りなさい。」
 妃の声も震えていた。
「お久しぶりです!義父さんに義母さん。」
 マレルも挨拶する。ライルもマレルも少し照れくさそうだったが、王と妃に満面
の笑顔をみせる。
 ルクトリア王、シーザー=ユード=ルクトリア。今は既に68歳という高齢から
か、白髪も目立つようになってきた。未だに王としての風格を漂わせているのは、
さすがだったが、さすがに杖を手放せなくなっているようだった。
 ルクトリア王妃はカルリール=ユード。今年で67歳にもなる。さすがに、皺も
増えてきて体の方も弱っているようではあったが、目の輝きを失ってはいなかった。
そして何よりも優しい笑顔は未だに変わっては、いなかった。
「2人とも良く来てくれた。さぁさ。王の間に椅子を用意してある。」
 シーザーは嬉しそうに語る。その顔は王としての顔ではなく、父としての顔だっ
た。しかし、この歳で内政や外交を悉く務めているのだから、驚きである。
 ライルとマレル、そしてクライブは王の間へと入った。綺麗に掃除してある。几
帳面なシーザーは、良く掃除しているのだろう。
「ご苦労だったね。今回は、何日居られるの?」
 カルリールは、また何日かで帰ってしまうと思っていた。まさか、ルクトリアに
しばらく滞在するとは思っていなかったのだ。
「母さん。その事なんだけどね。・・・。」
 ライルは、一からこうなった経緯をシーザーとカルリールに説明する。クライブ
も聞いてて驚く話が多かった。ジークが冒険に出掛けた事も話しておいた。
「・・・そう言う訳だったの・・・。」
 カルリールは、考え込んだ。自分達のせいで、ジーク達が出て行ったのではない
か?と思っているのだろう。
「母さん。心配しないで良い。あいつは、この事が無くても出て行ったさ。」
 ライルは父の目になる。
(もうすっかりお父さんね。ライルも・・・。)
 カルリールは、不意に涙が出そうになった。未だにライルが戦乱時代に闘った時
の思い出が脳裏に焼きついている。その時のライルが、今では、すっかり父の顔を
するようになっている。息子の幸せが伝わってくるのだった。
「ルースにもアルドにも、いつも来てもらっている。その上、ライルまで来る事に
なるとはな。わしは、まだまだ現役だと自負してたんだがなぁ。」
 シーザーは少し寂しくなった。ライルやルースが、来るのは寂しい事では無い。
ただ自分が、年老いて行くのを実感する事が多くなったのが気になったのだろう。
「ルースも姉さんも、ここに来るのが好きなように、俺も好きなだけですよ。」
 ライルはフォローする。が、本心でもあった。
「それと、兄さんからの言伝です。・・・。」
 ライルはヒルトの事を説明した。ヒルトが、もう少しでゼルバに国を譲ろうとし
ている事、そして、この国に帰って来る意思がある事をだ。
「フム。あ奴も、気にせんで良い事を気にしよる。誰に似たのやら・・・。」
 シーザーは、溜め息をついた。自分のために帰ってくるのは嬉しい事だ。しかし、
その事でゼルバとヒルトが、離れ離れになると言う事が気に入らないのだろう。
「あら。几帳面な所は、貴方そっくりですよ。」
 カルリールは、クスクス笑う。
「何を言ってる。一度思ったことは曲げない所なんかは、お前そっくりじゃ。」
 シーザーも笑いながら話す。どちらにせよ子供達が、ここまで自分達の事を気に
掛けてくれた事が、嬉しくて堪らないのだろう。クライブは、この親子を見て素晴
らしい親子だと思っていた。
「それにしてもジーク君は、大丈夫かしらねぇ。」
 カルリールが、心配していた。カルリールの中では、ジークは、まだ5年前来た
時のイメージしかない。心配になるのだろう。
「大丈夫ですよ。あの子だけじゃないですしね。」
 マレルは、我が子を信じていた。ジークだけではなく、レルファもだ。
「今ごろ何をやっているのか・・・。」
 ライルは窓から空を見ていた。この空の下で、ジークも何かやっている事だろう。
 王宮は平和その物であった。ライルは、この平和が長く続けば良いと思った。



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