7、順風  商業国家バルゼ。この国は、ルクトリアの北にあり、ソクトアの北端と呼ばれて いる。商業国家と言うだけあって、この国の中心は商人達である。商人の中から長 を決めて、その者を中心に貿易を行う。しかし、長と言うだけで、別に特権がある 訳では無い。その証拠に副長なども2人決めて、その者も外交などに付いていく。 ソクトアの中でも、数少ない平等を貫く国でもあった。  また、その豊富な財力を狙って、悪事を働く者が増えた事からか、商人達は、バ ルゼ特有の「商隊」を結成する。商人を守るための部隊で、結成に携わる、ほとん どの者が傭兵である。しかし、この「商隊」は思いの他、強く、その要請は、他国 の要請があったほどである。戦乱時のプサグルも「商隊剣士」として名高いグザー ドと言う男を呼び寄せて、ルクトリア軍と戦わせた事があるくらいである。  このグザードという男は不動真剣術のライルの兄弟子であったが、剣に邪心有り と言われて継承者になれず、不動真剣術の奥義の書を奪った男であった。しかし、 実力で上だったグザードをライルは精神力で打ち克ち、現在に至る。  しかし、その活躍からか「商隊」は名をあげて他国から攻められる事もなくなっ て来ていた。現在のバルゼの悩みと言えば、人外の者への対処くらいであろう。  この頃は、人外の敵も増えてきた。とは言え、人間の街の中でも平等な気質があ るためか、バルゼは人外の魔物達ですら、雇って戦力にしてたりしていた。商人と 言うのも、中々逞しい物である。  そのバルゼに魔法使い風の男とガリウロルの剣士が来ていた。ジュダと赤毘車で ある。バルゼの様子を、隈なく見ている。この国は、懐が深い。故に、魔族なども 容易く進入出来るのである。それをジュダは警戒していた。 (俺の任務は、魔族の監視だからな・・・。)  ジュダは、ある所から、魔族の監視を任されていたのである。赤毘車も同様であ る。魔族は人間達にとって脅威の存在である。黒竜王という魔貴族でさえ、あの騒 動にまで発展したのだ。  とは言え、ジュダも赤毘車も、いつも監視していると言う訳には行かなかったの で、バルゼで珍しい物でも買ったりして楽しんでいた。それに、怪しい魔族が居れ ば、監視しなくてもジュダなら感じ取る事が出来る。 「ジュダ。この刀はガリウロルにある物より良い物だな。」  赤毘車は刀剣屋などを覗いて楽しんでいた。 「バルゼは、最も栄えある国だからな。刀も良い物が入ってくるんだろ。」  ジュダは、そう言いつつも刀剣を手に取る。ジュダは主に体術と魔術を得意とし ているが、別に剣術が全く出来ないと言う訳では無い。剣の良し悪しは見れば、す ぐに分かる。とは言え、妻の赤毘車は刀術のスペシャリストである。赤毘車の居合 は、ソクトアで敵う物は居ないであろう。あのライルでさえ、完敗だったのである。 「これは、お爺ちゃんに必要な薬なんです!」  外が当然騒がしくなった。何やら揉めているようだ。 「お嬢ちゃん。この薬は、この辺の商人のボスであるイーゼル様の物だって分かっ てるのか?」  バルゼの中でも、この辺を取り仕切っているのは、イーゼルと言う男だった。そ の男の手下のようだ。 「私が先に予約して買ったのよ!」  少女は、どうやら薬の手配を頼んだようだ。 「お嬢ちゃん。俺らも仕事でねぇ。そうおいそれと、譲る訳には行かないんだよ。」  手下達は、イーゼルに固く言われてるのだろう。 「お爺ちゃんを助けたいの・・・。」  少女は涙を流してしまった。手下達も、これには少し困り顔であった。 「どうするよ。アニキ?」  手下の下っ端がリーダー格に話し掛ける。 「どうするたってなぁ・・・。」  どうやら、女の涙には弱いと見える。 「ほう。楽しそうだな。」  ジュダは、気さくに話し掛ける。少女と手下達は、一瞬身構えたが、敵意が無い 事を知ると、すぐに解く。 「ジュダ。また寄り道か?」  赤毘車は、尋ねても無駄だとは思ったが、一応聞いてみた。こう言う事に、首を 突っ込みたがる夫だと言う事は、赤毘車は承知していたのだ。つい溜息をついてし まう。ジュダは当たり前とばかりに首を縦に振る。 「見た所、このお嬢さんは急いでそうだ。ここは、一つ譲ってあげたらどうだい? 何も、ただでと言ってる訳じゃあない。」  ジュダは金貨を取り出す。ジュダほどの力であれば、力で追い払っても良いのだ が、立場上事件を起こすのは良くない。更に言えば、この手下達も見た所、そんな に悪い者達とも思えない。事は穏便に済ませようと言うのだろう。 (それに気になる事もあるしな。)  ジュダは、ある事に気が付いていた。 「しょうがねぇ。俺達だって根っからの悪じゃねぇ。イーゼル様に頼んでみるさ。」  手下達も、それで納得したようだった。見た所、大して邪悪そうにも見えないの で、金貨を流用すると言う事もしないだろう。 「じゃ、また会おうぜ!」  手下達は、すんなり引き上げていった。あんまり頭が良いとは言えないようだ。 「どなたか存じませんが、ありがとうございます!」  少女が、深々と頭を下げる。 「金なんてのは、使える時に使って置かないと損だからな。気にするな。」  ジュダは、豪快に笑ってみせる。 「お爺ちゃんが、待ってるので・・・ありがとうございます!」  少女は、礼をしながら、そそくさと去っていった。 「中々の善人ぶりだな。ジュダ。」  赤毘車が冷やかす。 「フッ。気になる事があるからな。早く済ませたかっただけだ。」  ジュダはサラリと冷やかしを躱す。それに、赤毘車も分かっていた。ジュダの気 になる何かを。 「で?追うのか?」  赤毘車は、ある方向を見る。ジュダはニヤリと笑って頷いた。  一方、少女の方は、もう少しで家に着く所だった。自分の育ててくれた祖父が、 病気になった時は、悲観した物だが、それを治す薬が、この町にあるとは思わなか ったので、嬉しい誤算とばかりに急いで取りに行ったのだった。 「ただいまー!お爺ちゃん!」  少女は、家に帰る。 「おお。リーアや。おかえり。」  祖父は、満面の笑みで孫娘を迎える。とは言っても、病気中なのでベッドで寝た ままだ。玄関とベッドが、一部屋にある程の小さい家だったのだ。  バルゼでは貧富の差が激しいので、こう言う家も少なくないのだ。 「駄目よ。お爺ちゃんは、寝てなきゃ!」  リーアは、祖父が起き上がって挨拶しようとしたのを、慌てて止めさせた。そし て、自分は薬を飲みやすいように、調合している最中だった。 「リーア。その薬は、どうしたんだい?」  祖父は、見慣れない薬を見て、不思議に思う。 「親切な、お医者様が分けてくれたの。これで、良くなるはずよ!」  リーアは、満面の笑みを作る。 「済まないねぇ。リーアや。そのお医者様には、充分お礼を言うのだよ。」  祖父は涙を流して喜んだ。だが同時に、こう言う時に、何も出来ない自分が悔し いと言う気持ちにもなった。 「さ、お爺ちゃん!これ飲んで!」  リーアは、調合し終わった薬を手渡す。祖父は少し見て、迷わず口に入れる。孫 娘が、調合した薬を迷いながら口にするなんて事は、この祖父には出来なかったの だ。飲んで見ると、今までは、少し効くくらいの効果しか無かったのだが、今回の 薬は、随分と楽になった。確かに特別製なのだろう。この祖父は、肺に病を患って いたが、ここまで効く薬は初めてだった。  それもそのはずである。この薬は、大富豪ご用達の最高級の薬なのだ。効かない はずが無い。 「リーア。この薬、お世辞抜きで、本当に楽になったよ。」  祖父は自分の体の事は分かっている。この効き目には、正直驚きだった。 「本当!?嬉しい!」  リーアは、素直に、はしゃいでいた。この祖父には長生きしてもらいたい。その ためには、何だってやるつもりだった。 「じゃあわしは、少し休むよ。リーアは、外で遊んでおいで。」  祖父は、本当に楽になったので、心地よくなって、眠たくなってきたのだろう。 リーアも、それを見て一安心していた。 「今日の夕飯、楽しみにしててね!」  リーアは、そう言うと、祖父がベッドに寝入るのを見て、外に出た。  すると、外には、さっき助けてもらった2人が居た。 「よお。爺さんは、元気になったかい?」  ジュダが、気さくに話し掛ける。 「・・・あなた達・・・。」  リーアは、少し身構えた。ここまで来ると言う事は、自分に用があったのだろう。 そして、リーアには身構える理由があった。 「俺は、ジュダって言うんだが、少し話があってな。」 「私は、赤毘車だ。覚えて置くと良い。」  2人共、万遍なく挨拶をする。 「リーアです。助けてくれたお礼に家まで・・・」 「その必要は無い。お主に話が、あるだけだ。」  赤毘車は、話を打ち切った。リーアは、バツの悪そうな顔をする。 「ま、そう言うことだ。ここじゃ爺さんにも聞こえちまうし、それは望まないだろ? すぐそこに、空き地がある。そこで話をしようぜ?」  ジュダは、敵意が無いように腰に手を掛けながら言った。リーアは観念して大人 しく付いていく。  確かに、狭い家が立ち並ぶ道の奥に空き地があった。しかも、ここは人通りも少 なく話をするには、ピッタリの場所だった。 「その様子だと・・・気が付いているのね。」  リーアは、開口一番に言う。 「無論だ。身のこなしと言い、あの演技と言い、お主盗賊であろう?」  赤毘車が答えてやった。盗賊とは、平たく言えば泥棒の事だ。しかも、身のこな しから言って、リーアは、かなりの上級レベルの盗賊であった。 「バレてたら、しょうがないわ。その通りよ。」  リーアは、開き直っていた。この二人の様子からして、自分が疑われていた事は、 一目瞭然だったので観念したのだろう。 「どこで分かったの?」  リーアは、それが知りたかった。自分は、結構上手く演技したつもりだった。 「フッ。薬を守る時は、もっと素人っぽくやるんだったな。」  ジュダは、リーアが、如何にも手下達に取られないようにしていた時の、薬の仕 舞い方に、注目していたのだ。普通、ああなったら大事な物は、後ろに隠すのが普 通だ。しかし、リーアは、わざと手下達に見えるように薬を持っていた。 「お前、あの時に、既に中身すり替えてただろ?」  そう。ジュダが、指摘した通り、あの時には、既に偽物の薬にすり替えていたの だ。素人の手口では無い。もし取られても、大丈夫なように保険を掛けて置いたの だろう。しかし、それが裏目に出たのだ。 「で?私を、どうするつもり?」  リーアは、すっかり覚悟を決めているようだった。 「どうもしないさ。ただ気になった事が、あるんでな。」  ジュダは、そう言うと体にオーラのような物を纏う。赤毘車も同様だった。 「まさか・・・貴方達は・・・。」  リーアは、その様子を見てある事に気がついた。 「私の正体まで見抜かれるなんて・・・。」  リーアは、そう言うと背中から羽根のような物を見せる。その羽根は凄く神秘的 な物だった。蝶のような形をしているのだが、透き通っている。その美しさは、こ の世の物とは思えなかった。だがジュダは落ち着いていた。予想していたのだろう。 「思ったとおり、お前『妖精』だな?」  ジュダは、口にする。『妖精』とは、古くから大地や自然の精霊としてソクトア に居た者達で、妖魔とは、また種類が違う。しかし、『妖精』は、人間達との交流 を嫌うため、人の前に姿を見せる事は滅多に無い。 「『妖精』が、人間に化けて人間の世話をするなんてケースは、初めてだな。」  赤毘車も意外だと、いわんばかりに頷く。しかし、声は冷静その物だった。確か に、珍しい事ではある。 「あなた達も、人外なのね。」  リーアは、もう理解していた。ジュダと赤毘車も間違いなく、自分と同じで人の 形をしているが、違う種族だと言う事を・・・。そして、リーアは人の形に戻る。 「ここで正体を言っても良いんだが、まだ隠密の立場でな。」  ジュダは、ニヤリと笑う。このポーズはジュダが得意としているポーズだった。 「んで、どうやって人間になったんだ?」  ジュダは、本題に入る。リーアがどうやって人間になったのか、気になったのだ。 「『転生』よ。聞いた事あるでしょう?」  リーアは口にした。『転生』。それは何らかの事故で、違う生物に魂が入ってし まう事を意味していた。リーアは、恐らく妖精から人間になってしまったのだろう。 「なるほどな。だが、『転生』の多くは、記憶を失ってしまう場合が多い。自分が、 違う生物だと気づかぬまま一生を終える場合すらある。お前は、どこで気づいた?」  ジュダが、気になっていた点は、ここだった。『転生』したとして、自らの存在 を具現化出来るくらいにまで、思い出すと言うのは至難の業であった。 「さぁ・・・。でも、何となくは、気が付いていたわ。周りには、見えない物が見 えたりしてたしね。」  リーアは遠くを見つめる。少女とは思えないような口ぶりだ。 「妖精としての体を、活かした盗賊か。なるほどな。」  ジュダは、スッキリしたのか、それ以上問うのは辞めた。 「まぁ危害を加えるつもりも無さそうだし、平和に暮らす事だ。」  ジュダは、そう言うとオーラを沈めた。 「あなた達の目的は何なの?」  リーアは、何もして来ない事に、不思議に思っていた。 「何て事は無い。視察さ。その理由はお前にも薄々感づいてるはずだ。」  ジュダは、サラリと答える。赤毘車が、そこまで教えて良いのか?と合図をする が、ジュダは目で大丈夫と合図していた。 「魔族・・・ね。」  リーアも、その禍々しいまでの妖気を感じていた。この頃、特に感じる。ソクト アに、どれだけ居るのか分からないが、強くなって来ている気はした。 「お前も感じる力が、あるなら気を付ける事だ。・・・さて、続きをしなきゃな。」  ジュダは、そう言うと、かったるそうに街の方を見ると、赤毘車に合図をする。 「我らは、忙しい身でな。また所以あったら会おう。」  赤毘車は、リーアと握手をすると、街の方へと歩いていった。 「爺さんを大切にしろよ。じゃあな。」  ジュダも、続いて握手をして、赤毘車の後を追った。 「不思議な人達・・・いや、人じゃ無いのね。」  リーアは、感想を洩らすと、2人が歩いて行った場所を見続けていた。  今日も『聖亭』の朝は早い。朝日が、差し込む頃には、既に調理の準備が整って いた。しかし、今日は少し様子が違っていた。レイホウが、いつもより腕を振るっ ている。それには訳があった。あの6人が旅立つからである。すっかり旅準備を終 えて、もう出発するだけであった。  他の客からも、この6人は注目の的だった。本当は7人なのだが、この頃のゲラ ムは、夜遅くまでやって朝早く出かける。相当修練に打ち込んでる様子でもあるし、 実際に、旅立つのは他の6人である。しかし、これだけ注目が集まるのは、やはり 若いと言う事と、強いと言う事だろう。すでに「気」や「闇」の連中を蹴散らした 事は、客の耳にも入っている。  連日のように修行もしているので、嫌でも、その強さが分かるのだろう。しかし、 彼らは、冒険者としては、まだヒヨっ子である。そのアンバランスさが、また人々 の興味を引く原因でもあった。つい応援したくなる。そんな雰囲気が、この6人に はあった。  今日の朝食は、レイホウは、奮発するつもりだった。それだけに、力が入ってし まう。そして、何より、愛娘が旅立つのだ。祝福しない訳が無い。 「おはようございます。」  早くも降りてきた人物が居た。トーリスである。トーリスの魔法の凄さは、この 前の事件で、充分良く分かっている。この人物の冷静さと魔法力は冒険に役立つ事 だろう。トーリスは、早速、荷物の点検と冒険の道筋を考えている様子だった。 「早いネ。トーリス。今日からミリィの事頼んだヨ!」  レイホウは、料理を作りながら挨拶をする。 「ハハッ。その台詞は、ジークに言った方が良いですよ。」  トーリスは、軽く受け流す。 「頑張ってね!トーリス!」  レイアがテーブルの整理をしながら声を掛けてくる。 「最初だからこそ、気を抜かないようにします。レイアも体に気を付けるのですよ。」  トーリスは、優しく答えてやる。やはりトーリスも、このレイアには態度が少し 違う。しかし極力隠しているためか、気が付いてるのは、レイホウくらいだった。 「おはようございまーふ。・・・みょ?良い匂いがするー♪」  寝ぼけ顔で、ツィリルが降りてきた。つい、料理に目が行ってしまう所がらしい と言えばらしい。 「おはようございます!あっ!頑張ってるね!レイアさん!」  レルファも降りてきた。レルファは開口一番に、レイアの奮闘振りが、気になる 様子だった。 「オハヨウ!ン?母さん。凄く張り切ってるネ。」  ミリィも起きてきた。どうやら女性は揃って降りて来たらしい。 「ミリィ、頑張るんだヨ。」  レイホウは、料理を作りながら、娘の心配をしている。何だかんだ言って、親は 気に掛かる物なのだ。 「母さん、極端ネ。私は私なりにやるヨ!」  ミリィは、自分に出来る事は分かっている。それをどう活かすかを模索していた。  ドズン!  突然、2階から良い音がした。 「あの馬鹿が起きたようね。」  レルファが、呆れたような細い目をしていた。 「アハ♪相変わらず凄い音だねー。」  ツィリルは、無邪気に笑っていた。誰かさんが起きる時は、いつもこうだ。鎧を 着ける音も聞こえる。一挙一動が、やかましい男だ。 「ハッハッハ!おはよう!皆の衆!」  2階から、やかましい音をさせて降りてきたのがサイジンだった。音はベッドか ら、ずり落ちた音である。 「この音が、聞けなくなると思うと、少し寂しいネ。」  レイホウは、冷やかしの目をしていた。 「ハッハッハ。そう言われると照れますな!しかし、私たちは立ち止まってはなら ない!依頼を手早くこなして、帰って来るのがベストですな!」  サイジンは、妙に自分で納得していた。困った物である。 「手早くってねぇ・・・。簡単に言うけど、こなすコツはあるの?」  レルファが呆れて尋ねる。 「レルファ。私と貴女の愛さえあれば、コツなど無くても手早く・・・フゲ!」  サイジンが、口走る前にレルファの鉄拳が飛んでいた。朝っぱらから、恥ずかし げも無い男である。 「そして、最後が、ジークですか。らしいと言えばらしいですがねぇ。」  トーリスは2階を見上げる。ジークがサイジンの轟音で、大体目が覚める。しか し、その後も朝は弱いのか、サイジンの数倍は掛かる。 「ふぁーーー・・・。皆、早いなー。」  ジークが、のっそりと2階から起きてきた。初めての冒険だと言うのに、緊張し ない所なんかは、ジークらしい事でもある。 「兄さんが遅いのよ!まったく。出発の日だと言うのに。」  レルファは、ジト目で見ていた。 「わりぃわりぃ。朝は弱くてね。」  ジークは、荷物を降ろすと席に座る。これで6人全員揃った。 「ほら!出来たヨ!」  レイホウは、そう言うと鶏肉のボイルと野菜のサラダをカウンターに乗っける。 そして、オニオンスープや手作りのパンなど、次々と料理を乗せていく。それをレ イアが、1つずつテーブルに乗せていった。 「お?朝から豪勢だなぁ。レイホウさん。」  ジークも、いつもよりも豪勢なメニューを見て、目が冴えて来たようだ。現金な 物である。 「さぁ、景気つけていくネ!」  レイホウがニッコリ微笑む。この料理が、レイホウの祝福なのだろう。 「みんな!感謝して食おうな!じゃ!」 『いただきまーす!』  最後に声を合わせる。それと同時に、サイジンとジークは、若者らしい勢いで食 べ始める。他の4人も美味しそうに食べていた。その様子を見てレイホウは満足げ だった。その顔が見たいがために、頑張ったのだ。その甲斐があると言う物だ。 「フム。さすがですね。この野菜の大きさは、掬いやすいですよ。」  トーリスは、こういう細かな配慮が結構気になる所でもあった。 「それは、レイアちゃんが手伝ってくれた所ヨ。さすがネ。」  レイホウが誉める。実際にレイアは厨房でも結構な腕前だった。 「すっごーい。わたしも今度習おうかなー。」  ツィリルが興味津々だった。レルファと言いミリィと言い、そして、このレイア と言い、料理は、かなりの腕前だった。興味を持ち始めるのも無理は無い。 「冒険中に一緒にやって、覚えようよ!」  レルファは、そっちの方が楽しそうだと思った。冒険中は、おそらくジーク、サ イジン、トーリス辺りが料理の材料や準備をして、ミリィ、レルファ、ツィリルが 料理当番になる事だろう。 「エヘヘ!わたしも頑張るね!」  ツィリルは、満面に笑みを浮かべる。この笑顔には誰も逆らえなかった。 「私も楽しみヨ。レルファさんの料理の仕方を見たいネ!」  ミリィも楽しそうだった。ミリィとレルファの料理の作り方は、恐らく全く違う のだろう。その点でも、楽しみではあった。 「私も料理は、多少嗜みますが・・・ここは、お任せするのが一番かな?」  トーリスは、ニコリと笑った。 「ト、トーリス、料理出来るのか!?」  ジークは、ビックリした。そんな事は初耳である。 「あら、私は、トーリスから習ったのよ?ジークさん。」  レイアが、ビックリするような発言をする。 「今では、レイアの方が上手ですよ。」  トーリスは軽く流す。 「やりますな!トーリス!ウーム。」  サイジンも驚きを隠せない様子だった。トーリスには、中々死角がない。どうに も恐ろしい話だった。一体いつも、何をして過ごしているのか気になる所だ。 「まぁ今回の冒険では任せて!腕振るうから!」  レルファは驚いたが、トーリスならありえると思って、さほど尾をひかなかった。 「レルファの手料理、冒険が一段と楽しくなりますな!ウム!」  サイジンは、相変わらず浸りまくっている。  そうこうしてる内に、食べ終わっていた。 『ごちそうさまでした!』  みんな声を合わせる。そしてレイアが、どんどんカウンターまで皿を運ぶ。手際 は中々の物だった。 「皆、綺麗に食べたネ!良い事ヨ。」  レイホウは、残さず食べてくれた事に感謝する。 「お世話になってるからなぁ。よぉし、こうなったら、依頼は絶対に成功させて、 またレイホウさんの料理を食おうぜ!」  ジークは、拳を握る。皆も、それに合わせる。 「よし!いこう!」  ジークが掛け声を掛ける。 「行っておいデ!待ってるヨ!」  レイホウは気合を掛けてやる。 「私も、待ってるから!」  レイアも満面の笑みで答えた。大半が、トーリスに注がれていたが・・・。  ジーク達は、聖亭の外に出る。すると、こちらに向かってくる影があった。 「ジーク兄さん!」  何とゲラムであった。スキル習得中で忙しいのだが、合間を縫って来たのだろう。 良く見ると、生傷があちこちにある。相当、頑張っているのだろう。 「今日出発でしょ!ほらこれ!」  ゲラムは、携帯食糧で知られる干し肉の入った袋を人数分、手渡す。 「ゲラム・・・。」  ジークは、感動していた。ゲラムは、自分の事ですら手一杯のはずである。それ が、出発の時に合わせて来てくれるなんて、中々出来る事じゃない。 「僕も頑張る。だから、みんな!依頼を成功させてよ!」  ゲラムは、真っ直ぐな目で、皆を見ていた。 「任せろ!ゲラム。お前も頑張れよ!」  ジークは、力強く答えてやる。ゲラムは、それを聞いて安心した。 「よぉし!皆、行こう!」  ジークは勢い付いて腕を振り上げる。 『オウ!』  皆も、それに合わせて腕を上げる。  木漏れ日が、差す中で、6人の冒険者が新たな旅立ちを始めた。  ジーク達にとって、初めての冒険は、こうして始まったのである。  プサグルの王宮。その構造は1階と2階からなる、内壁と外壁とその手前に立ち 塞がるかのような城門があり、中は、攻めやすいようで攻めにくい分譲構造で出来 ている。更に中庭から見た景観は、見事としか言いようが無い。ルクトリアの王宮 と勝るとも劣らない建築であった。  しかし、これらは、ここ20年の内に出来た物で、ヒルトが、直接思案して作っ た物であった。そのせいか、ルクトリアの王宮に、かなり似ている。更に城内は訓 練場、食堂、魔法研究所、武器防具開発局と揃っており、機能としても充分だ。  ここにお忍びで来ていたミクガードは、ミックと名乗り働いていたが、勤めれば 勤める度に、このプサグルの強大さを思い知る。 (こりゃ俺達の国が、攻められたらアウトだな。)  冷静に判断すると、そう思わざるを得ない。  戦力的に見ても、とても平和ボケしたようには見えない。それも、あの近衛団長 であるドランドル=サミルのおかげであろう。彼の鋭い考察力や指摘が随所に見受 けられる。 (しかし、ここは本当に、あのプサグルなのか?)  ミクガードは、信じられずに居た。プサグルは、元ルクトリアの王子であったヒ ルトが、侵略して奪った国だとされている。しかし国民と、この兵士達の目を見て、 考え方が変わった。 (まだ表面上しか見てないから、何とも言えないがな。)  ミクガードは、あくまでプサグルは、侵略者の国だと考えている。 「おい!ミック!ボーーっとしてるんじゃねぇよ。」  後ろから声を掛けられた。ドランドルだ。 「これは、近衛兵長。失礼したな。」  ミクガードは、軽く答える。 「気にすんな。今日は、おめぇをヒルトに紹介しようと思ってな。」  ドランドルは、気さくに言う。しかしミクガードは、ビックリした。 「おいおい。良いのかい?」  ミクガードは、まだ雇われて2日くらいしか経っていない。そんな人物に、王た る者が会うと言うのは、中々軽率な事だと思った。 「おめぇの国は、どうなってるかは知らんが、この国は、いつも王が先頭にたって 物事を進めるんでな。ヒルトが会いたいと言うんだから会わせる。それだけの事さ。」  ドランドルは、軽く言い放つ。 (デルルツィアでは、考えられない事だ。絶対の自信の表れ・・・なのか?) 「俺に会いたいって、何でだ?」  ミクガードは、自分の存在がバレたのかと思ったが、もし、そうだとしたら、ド ランドルに、ひっ捕らえられるのが普通だ。 「ヒルトは、例え新兵であっても一度は会っておくんだ。顔を覚えるためだそうだ。」  ドランドルは、そっけなく言う。 (随分と、フリーな国だな。)  ミクガードには、信じられなかった。そして、そんな王が何故、侵略を犯したの かも分からなかった。 (これは、会ってみるしかないな・・・。)  そして、隙あらばミクガードの手で、討ち果たそうと思っていた。 「おいおい。警戒するなよ。うちの王は、何も取って食おうって訳じゃねーぜ?」  ドランドルは、笑い飛ばす。恐らくミクガードが、秘めていたはずの殺気を感じ 取ったのであろう。恐ろしい嗅覚だ。 (プサグル王に会うまでは、抑えなくてはな。)  ミクガードは、落ち着きを取り戻した。しかし、これだけ鋭ければ、ヒルトも警 戒は、あまりしなくて済むのだろう。口では、何だかんだ言ってもドランドルの近 衛兵長振りは、凄まじい物がある。 「こっちだ。気負うなよ。」  ドランドルは、苦笑しながらも案内する。  プサグルの王室は、非常に珍しい所にあった。ソクトアでは、普通、王の間と言 うのは、最上階と言うのが定番だった。しかし、プサグル宮殿は、4階建てなのに も関わらず、2階にバルコニー及び王の間があった。 (攻め込まれないと言う、安心感からか、それとも撹乱するためなのか・・・。)  ミクガードは、腑に落ちなかった。最上階にする理由は分かる。少しでも多く敵 を進入させないためである。しかし、2階に作る意図が分からない。 「王の間は、本当にここなのか?」  ミクガードは、ドランドルに尋ねてみる。 「不思議に思うか。まぁ無理もねぇな。」  ドランドルは、口元で笑う。 「俺も最初は、不思議に思って聞いてみた。お前も聞いてみろ。」  ドランドルは、ミクガードの背中を叩いてやる。 「おう!ヒルト!ドランドルだ。」  ドランドルは、豪快に声をあげる。それにしても王を呼び捨てとは、他の国では 考えられない事だ。 「来たか。入るといい。」  ヒルトの声が聞こえてきた。案外普通だ。 「おう。失礼するぜ。」  ドランドルは、一声掛けると、扉を開け放つ。ミクガードは、その時、ヒルトに 戦慄した。ヒルトは、とても王とは思えないほど筋肉が発達していたからである。 ライルと比べれば、そうでも無いのかも知れないが、ヒルトも、元は剣術を習って 前線に出た事がある。その軌跡を表しているかのようだった。 「ほう。一昨日に、我が国に志願したと言うのは君か。」  ヒルトは、気さくに声を掛けてきた。その顔は、穏やかだが凛として隙が無く、 とても襲い掛かろうなどと言う気には、なれなかった。 「お初にお目に掛かります。ミックと申します。」  ミクガードは、偽名を使ったが、危うく本名を言いそうになった。 (これが、王としての資質を兼ね備えた者のオーラか・・・。)  ミクガードは、自分の父や皇帝などから、ある種の王としてのオーラを感じた事 がある。皇太子である、ゼイラーからも多少感じた事があるし、自分も、そのオー ラを放つようになったと、父から誉められた事もある。しかし、このヒルトのそれ は、格が違っていた。真の王たる者のオーラとは、このような物なのであろうか。 「どうも緊張しているのでは、ないか?」  ヒルトは、ミクガードが感じている事が分からず、不思議そうに髭を弄っていた。 ミクガードは、悟られてはならないと思い、緊張感を和らげる。 「ええと、ミック。君は、どこから来たのだ?」  ヒルトは質問してみる。 「・・・デルルツィアですね。」  ミクガードは、言うのを一瞬、躊躇ったが、嘘をつけばボロが出るので、本当の 事を言った。 (さて、どういう反応をしてくるか・・・。)  ミクガードは、気づかれないように緊張していた。 「デルルツィアか。確か、皇帝と王の二元政治を引く共和国だったな。」  ヒルトは、思い出したかのように言う。 「皇帝とは、良く会うんだがな。王とは、ほとんど会って無いんだが、何故だか教 えてくれるか?」 「彼の国は、皇帝が外交を、王が内政を努めるからだと、聞いた事があります。」  ヒルトの質問にミクガードは、正直に答える。だが、あくまで第3者を貫くつも りだった。 「それは、面白いな。デルルツィアは、結構あれで特殊な国でな。私も行って観光 したいのだがなぁ・・・。そうも行かないのが現実でな。」  ヒルトは、ニッコリ笑う。 (か、観光!?・・・本気か?読めん・・・。)  ミクガードは、驚いていた。敵対とまで行かなくても、かなり険悪であるデルル ツィアに対して、この言葉が出るとは思わなかったからである。 「デルルツィアと、和平を結ばなければ無理だと思われますが?」  ミクガードは、挑発のつもりで仕掛けてみる。 「良い事を言う。私は、そのつもりだ。だが、いきなり和平交渉じゃ、怪しまれる のが辛い所だな。」  ヒルトは、ミクガードを誉めた。ミクガードは、呆気に取られていた。まさか、 プサグルに来て、この台詞が聞けるとは思わなかったからである。 「おいおい。ヒルト。そこまで言って良いのか?」  ドランドルは、苦笑している。ヒルトの性格上、言うだろうと予測はしていたみ たいだ。しかし、ヒルトは笑顔で返す。 「別に良い。和平したいのは、本当の事だ。嘘をつくつもりは無い。」  ヒルトは、真っ直ぐな目をしていた。それと同時に、深い目をしていた。ミクガ ードは、またしてもヒルトの懐の深さを知った。 「少しお聞きして、良いでしょうか?」  ミクガードは、ヒルトに質問を投げてみる事にした。 「私に答えられる程度の物なら答えよう。」  ヒルトは、怯む様子は無かった。 「このプサグルは、デルルツィアではルクトリアが、侵略して取った国だと聞かさ れてきた。それは、真実なのですか?私には、とても信じられない。」  ミクガードは、既に吹っかけようと言う気は無かった。この男に策略は通用しな い。ならば、本気をぶつけるのみである。 「信じられないか?これでも修羅場は、潜って来ているつもりだ。まぁその質問に 対しては真実と答えておこう。」  ヒルトは、目をつぶる。 「だが、プサグルは、君も知っての通りあの戦争の折に、王と王子を失っていた。 この国をこのまま放って置いたら、どうなると思う?」  ヒルトは、少し間をおく。 「新しい指導者が、出て来ると思いますが・・・。」  ミクガードは、自分の国を見てるから、こういう発言が出て来るのである。 「なるほどな。堅実な意見だ。だが甘い。指導者を失った民衆は、暴徒と化す。君 は、中央大陸が何故無人か、考えた事はあるかね?」  ヒルトは、尋ねてみた。 「単に山が多いからでは、無いのですか?」 「そう考える者は多い。だが、あの戦争の舞台となった平地は、どうなる?人が住 んでいたと考えるのが普通では無いか?」  ヒルトは、説き伏せる。 「私は不思議に思い調べてみた。・・・あそこは血塗られた大地だと知ったのは、 それから、すぐの事だ。」 「血塗られた大地・・・?」  ミクガードは、少し恐怖する。 「そうだ。あそこには、元々とてつもない強さを持った豪族が領地としていたのだ。 しかし、その豪族は強欲でな。従える人々を圧政によって苦しめていた。その苦し みに耐えかねた民衆は、一人のリーダーを立ててクーデターを起こしたのだ。」  ヒルトは、昔話を話すような口調で言う。 「そのクーデターは成功した。しかし、運悪くリーダーも命を落としたのだ。」  ヒルトは、また目をつぶる。 「その時に残された人々が取った行動は・・・残虐の限りを尽くして、争いあう修 羅のごとき様だったと言う・・・。」  ヒルトは、目をあける。 (そんな歴史が、あったとは・・・。)  ミクガードも、初めて知る事実であった。 「文献では、中央大陸は、大災害が起きて飲み込まれたとある。しかし、現実は甘 く無い。人々の業が招いた人災だったと言うわけだ。ルクトリアの古い文献から極 秘文書として残されていた。」  ヒルトは、溜息をつく。 「しかし、それは一時的な物なのだ。どこかの歯車が狂わない限り、人々は幸せで 居られるはずなのだ。私はそう思って、この国の王となった・・・。ミック。私は な。妖魔が出る、この時代に無くてはならない物は、人としての団結だと思ってい るのだ。国として纏まるのではない。人として・・・な。」  ヒルトは、そう言うと笑ってみせる。ミクガードは、その姿にある種の感動を覚 えていた。しかし、素直に信じる訳には行かない。自分は、デルルツィアの王子な のだ。 「素晴らしい話だ。しかし、私が信じると思いますか?」  ミクガードが、絞り出すような声で言う。ささやかな抵抗であった。 「信じる信じないは、君の自由だ。しかし、君は私の目を見ていた。私は、君が理 解してくれたと思っている。」  ヒルトは、信じて疑わないようだった。 「まったく、お人好し野郎が。その話、俺も初めて聞いたぜ?」  ドランドルは、少し不機嫌そうだった。自分に知らない話を、ミクガードにした のが、気に入らなかったのだろう。 「隠すつもりは無かったがな。何故かな。ミックの目を見ていたら、話したくなっ てな。君は傭兵の出で立ちをしているが、どこかしら何か惹きつける物があるな。」  ヒルトは、不思議そうにしていた。 (ヒルト王は、俺が王子だと言う事を本能的に見切っていたのか・・・。)  ミクガードは、覚悟を決めた。そしてヒルトの偉大さを知った。 (親父。もしかしたら俺はデルルツィアの血判を、破る事になるかもな。)  ミクガードは、親指の切り傷を見た。 「ヒルト王。もう一つ聞く。ここは、何故2階に王の間があるのですか?」  ミクガードは、この答えが自分の思った通りなら、ヒルトに真実を言おうと思っ た。その決意の目だった。 「私は高いところが苦手でな。それにあまり高い所に、居座って兵士達の顔が見れ ないのは嫌いなんだ。それだけの事だ。」  ヒルトは、ミクガードが思った通りの答えを言った。ヒルトは、自らが王だと言 う証に、より身近に接するために、2階に王の間を作らせているのだった。 「今日は、話し込んでしまったな。」  ヒルトは、王座に座る。これほど王座が似合う男は、居なかった。 「ヒルト王。それにドランドル近衛兵長。」  ミクガードは、神妙な声になる。 「おいおい。何を気負ってるんだ?」  ドランドルは、不思議に思った。さっきと雰囲気が、まるで違う。 「あなた方の広い心に、俺は打ち震えました。俺は、この場で嘘を釈明したい。」  ミクガードは、目を閉じる。すると、ゼイラーや父、皇帝の顔が浮かぶ。 「嘘・・・か。」  ヒルトは、どこと無く気づいている様子だった。 「俺の名はミクガード=フォン=ツィーア。デルルツィアの王子だ。」  ミクガードは、そう言うと無防備になる。それが、ヒルトが示してくれた王とし ての在り方に応える礼儀だと思った。 「・・・なる程な。どうりでな。」  ドランドルは、只者ではないと思っていた。身のこなしは、傭兵の物だったが、 どことなく、高貴な感じのする男だと思っていたのだ。 「俺は、この国の実情を探りに来た。プサグルと戦争をするためだ。」  ミクガードは、包み隠さず言う。 「しかし・・・俺達は間違っていた・・・。プサグルは、侵略した後に奪った国と して見ていた。そして、何より貴方達の事は、敵としてしか見ていなかった・・・。 俺は、人として纏まるなんて考えた事も無かった・・・。」  ミクガードは、次第に涙を流す。自分に対しての怒りで、拳がワナワナ震える。 「ヒルト王。俺は、どんな罰も耐える。命じてくれ。」  ミクガードは、後ろに持っていた槍を、前に差し出す。そして、座って目を閉じ た。最大級の敵意の無い構えであった。 「ミクガード、ならばプサグルの王として命じよう。」  ヒルトは、剣を抜く。 「おい!ヒルト!」  ドランドルは、ビックリする。ヒルトは、剣を抜くと自分の親指を傷つけた。 「確か、デルルツィアの血判は、これで親指を合わせるのであろう?これに誓って くれ。ミクガード。君が、和平の使者として働く事を・・・な。」  ヒルトは、ニッコリ笑って見せた。ミクガードは、そのヒルトの様を見て、自分 も親指を再度切る。そして、ヒルトの親指に合わせる。 「俺の出来る限りの尽力を果たす事を、ここに誓おう!」  ミクガードは、そう言うと目を閉じた。 「2日だけでは、この国は分からないだろう?しばらく滞在して行ってくれ。」  ヒルトは、そう言うと、ニコリと笑う。ミクガードは強く頷いた。  ドランドルは、その様を見て、王族と言うの物の凄さを感じていた。  これよりミクガードは、プサグルとデルルツィアの和平に最大の力を使う事にな るのであった。  『人は纏まりあえる。』ヒルトの言葉が、ミクガードの胸に突き刺さった。  ストリウス国の中でも、最南端にある離島キーリッシュ。そこは、ガリウロルの ような国家になるほどの力は無いが、この島独自の文化を作りあげてきた。その背 景にあるのが、竜神信仰だろう。  この島は別名『龍の顎』と呼ばれていて、ソクトア大陸の最南端であるストリウ スの岬と、くっ付いている事から、そう呼ばれている。と言っても、実際は1キロ 程だが、離れている。ただ浅瀬のまま、くっついているのが、その名残だろう。  竜神信仰は、この島の伝説から作られている。この島は、元々龍達の巣穴であっ た。現在もその巣穴は残っていて、実際に龍が眠っている。その龍達の下に、異変 が起こった。およそ300年前に、この巣穴に天より落雷が起こったのだ。  その落雷の先に、何と人間の赤ん坊が居たのだ。その赤ん坊は、龍達に引き取ら れ育てられた。不思議に思われるかも知れないが、龍達は高い知性を持っている。 人間の姿に化ける事も出来るし、普段は、この方が動きやすいと言う話だ。  その赤ん坊は成長した。その成長速度は著しく、ただの赤ん坊で無い事は、一目 瞭然だった。と言うのも、その赤ん坊は天界の金剛神と蓬莱神の息子だったからで ある。何故起こったかは、天界の、その時の事件と関わりが合ったらしい。天界で は、その時、謎の失踪が起こっていた。そして、それは『転生』が繰り返し起こっ ているのが原因であった。その原因が突き止められるまで、失踪は、多々起こった が、その内の一つの事例が、この赤ん坊であった。  そして赤ん坊はやがて成長し、青年となった。その時に、自分が天界からの迷い 人と知る。その頃、青年は、ガリウロルに渡って自らの成長を促していた。その時 に、起こったガリウロルの闘争劇を、青年は力と知性を持って正してみせた。その 最中、青年は、ある女性と知り合う。その女性の剣の冴えは素晴らしく、神業と言 うべき物があった。その女性も、また運命を背負って降り立った子であった。  そして、自分の力を知った青年は、再びキーリッシュの地で祈りを行った。ガリ ウロルで知り合った女性と共に、神に祈りを捧げた時に、奇跡は起こった。  キーリッシュの地に金剛神が降り立ったのだ。その光景は今でもキーリッシュ博 物館に絵として収められている。その金剛神から青年と女性は試練を与えられた。 その試練を、見事に突破して、その青年は竜神。そして女性は剣神として生まれ変 ったのだった。その功績と島の誇りとしてキーリッシュの人々は竜神信仰を始めた。  それが竜神信仰の全てである。不明な点が多いのは、既に300年経っていて、不明 な点が多いからであろう。どちらにしろ、この島の人々にとって、龍は竜神の使い であって化け物では無い。まして逆らう事など恐れ多い事なのだ。  しかし高い知性を持ったはずの龍が、ここ2ヶ月程は、暴れ回っている。その原 因が分からないので、冒険者に依頼をすると言った行動を取っていた。  ジーク達は、その依頼を受けたのであった。そして今、正にキーリッシュに向か おうとしていた。 「やっと岬まで、辿り着きましたか。」  トーリスは、溜息をつく。と言うのも訳があった。最南端の岬を目指したはずな のに、ジークの手違いで、最東端の方に着いてしまったから、慌てて進路を変更し たため、時間が掛かってしまったのだ。 「わりぃ・・・。」  ジークは、皆からの冷たい視線に少し萎縮していた。 「はっはっは!誰にでも、失敗はある物だ!今度から気を付けたまえ!」  サイジンが、馬鹿笑いしながら慰めていた。 「アンタが、励ますなんて珍しいじゃないの。」  レルファは、興味を示したようだ。 「はっはっは!レルファ、ジークは私の義兄!助けるのは当然のこ・・・」  ゲシッ!  最後まで言い終わる前に、レルファのローキックが炸裂していた。 「島まで、1キロちょっとありますね。船を借りましょうか。」  トーリスが、早速、船の手配をしに行った。 「あそこの島に行くんだ〜。楽しみだな♪」  ツィリルが、浮かれている。船に乗るのが、初めてなので嬉しいのだろう。ここ で、兄のアインが居れば、青ざめていた事だろう。 「雲の流れが速いネ。もしかすると、嵐になるかもしれないヨ。」  ミリィが、方角士らしい観察力を見せる。実は、この最南端に思ったよりも早く 着いたのは、このミリィのおかげでもある。最東端に向かっていると、早めに気づ いて、進路を変更する手際は見事だった。最初から、ミリィに任せていれば、最短 の時間で着いただろう。 「みんなには、迷惑掛けちまったなぁ。」  ジークは、頭を抱える。分かれ道で、トーリスとミリィは、正しい道筋を示して いたのだが、ジークは間違った方向を示していた。自分の勘だけで、進む物じゃな いと痛感してしまった。 「気落ちしなくて良いネ。ジークには、戦闘で活躍してもらうヨ♪」  ミリィは励ましてやる。意外とフォローの仕方も上手い。 「それにしても・・・随分と大きい島ねぇ。」  レルファが、キーリッシュの全貌を見渡す。ここからだと全貌が見渡せるのだ。 「大陸と繋がってただけあるネ。」  ミリィは、すかさず地図を見渡していた。方角士と言うのが、如何に役立つかが、 分かる場面でも合った。 「センセーが、戻ってきたよ〜。」  ツィリルが、トーリスを指差す。 「どうだった?トーリス。」  ジークが、船の事を聞く。 「参りましたね。ここの人たちは、竜神信仰のキーリッシュの事を、良く思ってな いみたいです。あそこに行くと言っただけで、反対されましたよ。」  トーリスは溜息をつく。この頃、龍が暴れ回ってると言うだけあって、警戒して の結果だろう。住民達を責める事は出来ない。 「仕方がありませんね。この方法は、あまりお勧め出来た物じゃ無いのですが。」  トーリスは、そう言うと目を閉じて、瞑想状態に入る。トーリスが、瞑想すると は珍しい。良く魔法を使う際に、魔力が足りないと思った時に瞑想は使う。しかし、 トーリスは、並の魔法使いでは無い。そのトーリスが、瞑想をしなければならない ほどの魔法を使おうとしているのだった。 「まさかトーリス先生は、アレをやるつもりなのかしら?」  レルファが、ハッとした。 「アレ?ってなんだよ。」 「兄さんだって見たでしょ?ジュダさんが、やってた『浮遊』よ。」  レルファが答える。確かに『浮遊』ならば、キーリッシュまで簡単にいける。し かし、あの魔法は、自分だけならまだしも、他人も浮かすとなれば、絶大な魔力が 要る。そのせいだろう。 「うーーむ。魔法とは神秘な物ですな。」  サイジンが頭を掻く。自分は素質も無いし、学ぶ気も薄かったので、どうにも苦 手なのである。 「ハハッ。拗ねないの。アンタには、剣の才能があるじゃないの。」  レルファは、サイジンの様子を見て励ましてやる。 「もったい無い言葉!うう。感動ですぞー!」  サイジンは、本気で感動していた。 (これさえ無けりゃあねぇ・・・。)  レルファは、目を細くして頭を掻く。レルファは、サイジンの事を嫌っている訳 ではない。ただ、オーバーな所は、少し付いて行けなかった。 「すごーい。センセーの魔力、いつもより凄いよー。」  ツィリルは、トーリスの魔力を肌で感じ取っていた。 「・・・ふう。」  トーリスは、しばらく目を開けると魔力を解放する。いつもより気合充分だった。 「みなさん。荷物をしっかり持っていて下さいね。」  トーリスは、そう言うと各人に目で合図する。皆、無言で頷く。 「行きますよ・・・。『浮遊』!」  トーリスは、両手を掲げるように、上げると魔力の解放と共に『浮遊』を唱える。 すると、皆の体が、1メートルくらいだろうか?フワッと浮いた。 「うわわわわ。な、慣れませんねぇ。この感覚は。」  サイジンは、初めて味わう感覚にオロオロしていた。 「一気に行きます・・・。『飛翔』!」  トーリスは、同時に『飛翔』を唱える。『浮遊』では、ただ浮いて移動するだけ だが、『飛翔』を唱えると鳥のように素早く移動出来るのだ。  ビュン!  確かに速かった。今まで、岬だったのに、いきなり海上へと飛び出した。 「す、凄いネ!」  ミリィも興奮した。体が浮く事自体、信じられなかったのに、物凄いスピードで 移動しているのだ。これこそ神秘である。 (向こう岸まで、もって欲しい物だが・・・。)  トーリスは心配だった。調子良く飛んでいるが、6人ともなると、さすがに負荷 が段違いなのだ。一歩間違えば海上に落ちる事になる。それだけは避けたかった。 「・・・!!」  トーリスの嫌な予感は当たった。向こう岸近くまでは、来たのだが、やはり失速 してきた。いつもの6倍の魔力を使うので、トーリスと言えど、さすがに無理があ ったのだ。しかし何とか、もたせようと気力を振り絞っていた。 「トーリス!顔が青いぞ!無理するな!」  ジークは、トーリスの様子が変なので、思わず声を掛けてやる。 「そうは行きません!向こう岸までは!」  トーリスは、青い顔をしながらも魔力を出し続ける。 「センセー!水臭いよー!わたしも協力するもーん!」  ツィリルは、いつになく真剣な顔でトーリスに魔力を分け与える。 「そうだよ。トーリス先生!私達を忘れちゃ困るわよ!」  レルファも、トーリスに向かって魔力を与え続ける。 「ツィリル!レルファ!・・・よし!」  トーリスは、2人の魔力を受けて魔力が回復してきた。その内に、向こうの海岸 まで辿り着かせた。 「ハァッ!」  トーリスの掛け声と共に、ゆっくりと地面に着く。やっとキーリッシュに着いた。 「センセー!だいじょーぶ?」  ツィリルが、心配そうに駆け寄ってきた。 「ふう。貴女とレルファのおかげで、助かりました。私もまだまだですね。」  トーリスは額に汗を浮かべていたが、何とか大丈夫だったようだ。 「しかし・・・魔法とは、ここまで出来る物だとは・・・。」  サイジンは、驚かずには、いられなかった。確かに、ほんの少し前までは、大陸 の方に居たのだから不思議と言えば不思議である。 「トーリスもツィリルもレルファも、ご苦労様。今日は、ここでキャンプにしよう。」  ジークは、労いの言葉を掛ける。3人とも頷いた。傍目から見れば、そうでもな いが、レルファやツィリルも、魔力を与えた分、疲れているはずである。この3人 無しでキーリッシュを探索するのは無謀とも言えた。 「今日は、私が腕によりを懸けるネ!」  ミリィが、ニッコリ笑う。食事は、主に女性3人が担当してたが、一番筋が良い のは、元宿屋の娘のミリィだった。ストリウスの郷土風の味付けは、さすがだった。 「俺が獲物を取ってくる。サイジンは、携帯コテージを張ってくれ。」  ジークは、指示をする。サイジンは、頷くと早速コテージを作り始めた。 「3人共、休んでると良い。たまには、見せ場をもらわないとね。」  サイジンは親指を立てると、さっさと3人のために椅子を用意して座らせてやる。 「今日は、頼むとしましょう。」  トーリスも、言葉に甘えて休み始める。さすがに、余裕が無いらしい。 「センセー、さっきの『飛翔』はどうやるの?」  ツィリルは、さっきの『飛翔』について興味津々だった。『浮遊』の上位魔法で ある『飛翔』は、遥かに高い難易度を誇っているのだ。 「前に『浮遊』を教えた時は、物を持ち上げるイメージを描くように言いましたね。」  トーリスは、手で物を持ち上げる仕草をする。 「うん!それは、わたしもやってみてイメージ出来たんだよね。」  ツィリルは、結構飲み込みが速い。ツィリルは、実は『浮遊』は既にマスターし ていた。一方のレルファは、『浮遊』などの物をイメージする魔法は苦手だったが、 人を治す力や助ける力に関しては、トーリスをも凌ぐほどの力を秘めていた。 (まったく、凄い素質を持ってる物です。)  トーリスは、嬉しくなる。自分が教えた事で、2人の力は格段にアップして来て いるのだ。こんなに嬉しい事はない。 「それに比べ、『飛翔』はこうです。」  トーリスは、手で水平より少し斜め上に押すような仕草を見せる。 「ふーん。より飛びたい!って気持ちが強い感じだねー。」  ツィリルは直感で答えたが、ズバリ的を射ていた。魔法に関する感性の鋭さには、 目を見張る物がある。 「よし。コテージ出来ましたよ。」  サイジンが、いつの間にかコテージを作り終えてきた。 「こっちも今、獲物が取れた所だ。」  ジークも、いつの間にか帰ってきた。手には野生の豚と食べられる野草を持って いた。中々仕事の速い事である。 「豚とは、中々豪勢ネ。腕を振るえるヨ♪」  ミリィは、そう言うと、早速、エプロンを身に着けて料理をし始めた。 「ミリィさんも、サマになってるなぁ。」  ジークが思わず頷く。実際ミリィは、中々スムーズな手付きで、豚を解体してい く。剣術と料理は全く関係無い事を思い知らされる図だ。 「そう言ってもらえると嬉しいネ♪」  ミリィは上機嫌で料理を進めていった。 (ジークは、ミリィの気持ちに気づいてるんでしょうかねぇ。)  トーリスは、ジークが、そんな様子を微塵も見せてない様子に、少し呆れた。ミ リィは、間違いなくジークに惚れている。しかし、当のジークは無関心のようであ った。そう思っているトーリスこそ、自分の事は気づかない物である。 (この冒険で、何かが変わるのかも知れませんね・・・。)  トーリスは、ふとそう思った。それは近い将来何かが起こると言う直感だった。  いつの間にか、パーティーらしくなった6人は、それぞれの思惑を胸に仕舞いこ むのだった。  プサグルの王宮は、大きい。鳥にでもならなければ、全景を見渡す事など不可能 だろう。横に、そして縦に長い。しかし、広い分良い所かと思えば、そう思わない 者も居る。しかし、普通の者ならば、そうは思わないだろう。  だが、プサグル王女のフラル=ユードなら話は別だ。見慣れている王宮。そして、 いつもと代わり映えのしない景色。その割には、とてつもなく大きい王宮。刺激的 な事が大好きな、この王女にとって、この景色は耐え難い物があった。それでも、 いつもならば、優しい兄、気の合う弟が居たので、そう退屈する事も無かった。  しかし、弟のゲラムは、ジークに付いて行ってしまった。そして、自分の目標を 定めて、頑張っていると言う手紙が、この前着いたばかりだ。そうなっては、内心 この王女の胸の内は快くない。 (あのゲラムが、そんな事やるなんて・・・。)  フラルは、そう言う気持ちで、いっぱいになった。何よりも負けず嫌いで自由気 ままに育った彼女にとって、ゲラムの成長は嬉しくも悔しくもあったのだ。  フラルは、また、この束縛された王宮から、どうやって抜けようか考えていた。 何不自由無い生活。誰もが、憧れるプサグル王女と言う座は、彼女にとっては、不 自由そのものに感じられていたのだ。 (私だって、旅をすれば、何だって出来るんだから!)  フラルの心は、そう言う気持ちで、いっぱいになっていた。 「フラル。何を急いでいるんです?」  兄のゼルバが、フラルのそんな様子を見て、呼びに掛かった。大股で王宮の廊下 を歩いていれば、それは目立つ事だろう。 「外が見たくなったんですわ。お兄様。」  フラルは、苦しい言い訳を言う。 「自分の部屋だって窓はあるでしょう?またゲラムの事を気にしているのですか?」  ゼルバは、溜息をつく。妹は、ここ数日そんな様子が続いている。ジークの誕生 日から、ジークが旅立って、ライル達が、ルクトリア王宮に向かうと言う事件には、 驚いた。それ以来、妹は、いつもこの様子である。 「ゲラムは、私が嫌になったのかしら・・・。」  フラルは、兄には隠し事が出来ないと知って、溜め息をつく。 「そうじゃ無いでしょう。ゲラムは、ジークを目標にしてた。良い機会だと思った んですよ。」  ゼルバは優しく声を掛ける。ゼルバも、実はゲラムの事が少し羨ましかった。ソ クトアを、冒険者として旅立つと言う事は、ゼルバも夢見た事がある。しかし、ゼ ルバは、自分の使命はこの国を栄えさせる事。その手伝いだと、分かっている。な ので、いくら思っていようと、顔には出さないと決めていたのだ。 「よぉ!不良王女!また、脱走の相談か?」  廊下の向こうから、ドランドルが、大笑いしながらやってきた。 「ドランドル!からかわないでよ。これでも真剣なのよ!」  フラルは、肩を震わせて、そっぽを向いた。 「ははは!悪いな。だが、真剣に出られても、俺が困るんだよ。」  ドランドルは、ニヤリと笑う。この男は、ヒルトに近い年齢なので、壮年のはず なのだが、そう思わせないような雰囲気がある。 「何かあったのですか?ドランドル。」  ゼルバが、尋ねる。するとドランドルは、合図をする。 「こいつを紹介したいと思ってな。」  ドランドルの合図で、槍を背中に背負った傭兵風の男が、出て来た。 「ヒルトの許可を取って、今、兵士として認められたって奴さ。」  ドランドルは、その男が、デルルツィアの王子だと言う事は隠していた。ヒルト が、ありのままのプサグルを、知ってもらいたいと言う事で、出した指示だった。 「槍騎士のミックと申します。」  ミクガードは、今まで名乗っていた名前を使う。 「プサグルの第一王子、ゼルバ=ユード=プサグルです。よろしく。ミック。」  ゼルバは、ミクガードと握手を交わす。 「私が王女のフラル=ユードよ。よろしくね。ミック。」  フラルは、形式上の挨拶を交わす。 「見た所、プサグルからでは無さそうだね。」  ゼルバが、ミクガードの身のこなしや、鎧の形などで判断する。 「はい。デルルツィアから参りました。」  ミクガードは、ここで嘘をついても、しょうがないので正直に答える。 「デルルツィア!?」  その言葉に大きく反応したのが、フラルだった。デルルツィアは、今まで文献な どでも、その多くは語られていない。デルルツィアは、プサグルやルクトリアにと っては、謎の国に等しかった。 (デルルツィアから来たなんて、何てラッキーなの!)  フラルは、一人で余韻に浸っていた。 「な、何か悪かったのでしょうか?」  ミクガードが、フラルの様子を見て、少し怯む。 「何も悪くないわ!ミック!デルルツィアの事を聞かせてくれない?」  フラルは、興奮気味に答えた。 「は、はぁ。私の知識で良ければ・・・。」  さすがのミクガードも、こう言う反応が返って来るとは思わなかった。 (バレたのかと思ったが・・・その時は、それでも良いんだがな。)  ミクガードは、内心ホッとした。 「おいおい。俺の部下になるんだから、あまり私用で呼び出すなよ?」  ドランドルは、フラルの新し物好きの、悪い癖が出たと溜め息をつく。 「私がミックを気に入ったんだから、ドランドルには、関係無いでしょ?」  フラルが、目を細くして反論する。 「フラル。今のは、問題発言ですよ?王女たる者は、もう少し慎重に発言しなさい。」  ゼルバは、今の発言のどこに問題があるのか、この妹が分かってるようには見え なかったので、言ってやった。 「は、はは・・・。」  ミクガードは、冷や汗が出た。中々元気な王女だと思った。デルルツィアには自 分の妹が居たが、もう嫁いでしまった。自国の貴族か何かである。自分の妹は、こ んな元気では無かったので、かなり戸惑っていた。 「さ、ミック。私の部屋で、デルルツィアの話をしてね。」  フラルは、早く聞きたくて、しょうがなかった。 「私は構わないですけども、良いのですか?」  ミクガードは、ドランドルとゼルバの方を見る。 「この王女は仕方がねぇなぁ。俺が、扉口で待ってるって条件なら良いぜ。」  ドランドルは、フラルの、あまりの勝手さに肩を落とす。 「妹は、元気が有り余ってますので、その辺注意して対応して下さいね。」  ゼルバも呆れ顔で、そのまま廊下を歩いて行ってしまった。 「フラル!まぁた、お前は!」  後ろから、ヒルトがその会話を聞いて、こちらに来た。 「あら、お父様。」 「あらお父様・・・じゃない!お前なぁ。嫁入り前の娘が、自分の部屋に男を連れ 込む物じゃない!」  ヒルトは、別にミクガードに、そう言う気は無いだろうと思っては居たが、間違 いが起こっては困る。フラルの軽率さに呆れるのだった。 「何よ!そんな事言って、お父様はミックの話を、いっぱい聞いたんでしょう?卑 怯よ。私だってデルルツィアの事を聞きたいわ!」  フラルも負けじと言い放つ。 「そう言う問題じゃない!全く・・・お前は、王女なんだぞ!」  ヒルトも、相当頭に来ているらしく怒鳴っていた。 「お父様はゲラムには甘いのね。私には、こんな事すら許してくれないって言うの?」  フラルは、そう言うと目に涙を浮かべた。この表情には、ヒルトも弱い。 「・・・ヒルト。お前の負けだ。この王女には、今は何言っても無駄だ。」  ドランドルは、呆れ顔でヒルトの肩を叩く。 「・・・しょうがない。頼む。ドランドル。」  ヒルトは、肩をガックリと落とした。 (偉大な国王も父・・・と言う事か。)  ミクガードは、あのヒルトが、こう言う風になるとは想像つかなかった。 「んじゃ、俺が外の扉で待ってるからな。くれぐれも下手な事は、しないようにな。」  ドランドルは、ミクガードの肩に腕を回して脅した。結構迫力がある。 「は、はは。」  ミクガードは、顔が引きつりながらも頷いた。 「じゃぁ、デルルツィアの事、聞かせてね♪」  フラルは、そっちの事で、頭がいっぱいなようだ。 「大した物だ。この王女様も・・・。」  ミクガードは、小声で呟いた。  この衝撃的な出会いが、デルルツィアの王子とプサグルの王女の出会いとなった。