・プロローグ  神の祝福を受けた大地、ソクトア大陸。  その神々しいまでの大地は、8つの国に分かれている。8つとは、ルクトリア、 プサグル、デルルツィア、パーズ、サマハドール、ストリウス、バルゼ、そしてガ リウロルの8つである。その中心に中央大陸が存在している。(1巻参照)  ソクトアには英雄がいた。その名もライル=ユード=ルクトリア。その息子であ るジーク=ユード=ルクトリアは、ライルの使う剣術の継承者でもあった。  ジークは、継承すると共に、新たなる世界を見るために旅に出た。そして、ジー クには、旅に付いていく仲間がいた。  ジークの、実の妹であるレルファ=ユード。神聖魔法を得意とする僧侶で、その 癒しの力には、目を見張るばかりである。そして、「死角剣」の継承者サイジン= ルーン。魔法使いの駆け出しだが潜在能力を秘めているツィリル。現在盗賊の修行 を受けているプサグルの第2王子ゲラム=ユード=プサグル。方角を見極め、地図 を作成するのが得意とする、棒術使いファン=ミリィ。そして、とてつもない魔力 を秘め、冷静な判断力で仲間を助けるトーリスの6人がジークの助けになっていた。  現在は、この7人は、ストリウスの宿屋「聖亭」(ひじりてい)に泊まっていた。 ミリィは、この宿屋の娘である。  このストリウスでは、冒険者が集う国として機能していた。そして、自然と冒険 者を支援するための、ギルドが設立され、その勢いを増していた。その中でも盗賊 が多い「闇帽子」こと「闇」。秩序と言いつつも、ストリウスを支配しようとして いる、「光同志」こと「光」。修行の一環だと言って支配を広げている「気闘園」 こと、「気」の3つは、3大勢力といって申し分ないほどの勢力で、ジーク達が入 会している「希望郷」こと「望」は、ジーク達しか入会してないくらい小さなギル ドであった。  しかし、7人の素晴らしい能力は、3大勢力から見ても脅威で、刺客を差し向け た程であったが、3大勢力は悉く刺客を、跳ね除けられてしまった。  まして、この前、受けた依頼は「龍の巣の調査」と言う難問だったのにも関わら ず、予想以上の成果をあげてこなして来た事で、「望」の名前は知れ渡り、入会者 も増えていると言う。  このままでは、3大勢力すら足元を掬われかねない。  それぞれのギルドマスターは、思案を練るのだった。  それとは別に、「聖亭」や「望」では毎日のように、それぞれが特訓を受けてい て、皆、それぞれスキルが上がっているのを感じていた。  そんな毎日の中での事だった。  1、想い  ストリウスの街の、南端に位置する「聖亭」と、そこから真っ直ぐ行った道にあ る「望」は、結構近い距離にあった。ジーク達は「聖亭」に泊まりながらも「望」 で、修行して、次の依頼を待つ。それが常であった。  ジークは、「望」の副ギルドマスターであり、不動真剣術と関わりが深い天武砕 剣術の継承者サルトラリア=アムルと、毎日厳しい修行をしていた。サイジンは、 この頃入ったギルドメンバーの戦士全員を相手にしながら「死角剣」を磨いていた。  はたまた、ミリィは、棒術を磨くためにサルトラリアと交代で、ジークとの稽古 に付き合っていたし、レルファとツィリルは、少しでもトーリスに近づくためにト ーリスを講師にして、魔法の修行をしていた。新しく入ったギルドメンバーの魔法 使い達も、誰一人トーリスには敵わないので、トーリスの授業を受けに来ていた。  「望」は、この頃忙しい毎日である。しかし、ギルドマスターであるサルトラリ アの父のサルトリア=アムルは、この忙しい毎日こそ自分が求めていた物であり、 生き甲斐であった。天武砕剣術の道場が崩壊寸前の時は、苦し紛れにギルドを立ち 上げて、苦労した毎日だったが、ジーク達のおかげで潤う毎日であった。 (あの子達には、感謝しきれぬわい。)  サルトリアは、あの7人に感謝せずには、いられなかった。 (そういえば、あの子は、どうなったんじゃろうのう。)  サルトリアは、一人の少年を思い出す。ゲラムの事だった。ゲラムは、職業訓練 所に毎日朝早くから夜遅くまで訓練していると聞いた。そのせいで、前回の冒険も 断念したほどだ。今のパーティーには居ない盗賊と言うスキルを選び、更に弓術の スキルもアップさせたいと言うのだから驚きである。既に1ヶ月は経っている。 「サルトリアさん。こんにちは。」  そう。今にも、ここに来て挨拶しそうなほど良い少年だった。 「ちょっと。サルトリアさん?」 (この声は・・・。)  サルトリアが、振り向くと、そこには見覚えのある少年が立っていた。 「おお!ゲラム!ゲラムか!?」  サルトリアは、ビックリして立ち上がる。ゲラムが目の前に居たのである。 「ひっさしぶりです!カリキュラム終わったから、改めて来たよ!」  ゲラムは、ニッコリ笑うと、サルトリアと握手する。 「も、もう終わったのか!?」  サルトリアはビックリした。1ヶ月でカリキュラムを終えると言うのは、かな り速いペースだ。 「頑張りましたもん。おかげさまで、やっとジーク兄さんの助けが出来そうだよ。」  ゲラムは、嬉しそうに語った。しかし、その背景には涙ぐましい努力があったに 違いない。 「偉い!それにしても・・・背が伸びたのう。お主。」  サルトリアは、ゲラムがここに来た当時は、ツィリルと同じくらいだったのを覚 えている。しかし、今では、ジークと同じくらいありそうだ。 「確かに、ここ1ヶ月で結構伸びたけど、そんなにかなぁ?」  ゲラムは、自覚していなかった。これまでと違う環境が、成長を促したのである。 「ふぃー。今日の朝の稽古は、ここまでだ。」  サルトラリアの声がした。どうやら、ジークとの稽古が終わったらしい。 「父さん。悪いけど、冷たい物を用意してくれる?・・・って、お?」  サルトラリアは、ふとゲラムの事に気がつく。 「ゲラム君じゃないか!久しぶりだなぁ!」  サルトラリアは、ゲラムの所に向かう。 「ご無沙汰してました。サルトラリアさん。」  ゲラムは、サルトラリアと握手をする。 「そうか!カリキュラムが、終わったのか!おめでとう!」  サルトラリアは、喜んでくれていた。 「おーい!ジーク君にミリィさん。ゲラム君が来たぞ!」  サルトラリアが声をかけると、ジークとミリィは、一目散にこっちに来た。 「ゲラム!ゲラムか!待ってたんだぜ!」  ジークは、喜びを体いっぱいで表現する。ゲラムの事を忘れる日は、一日たりと も無かった。そのゲラムが、帰って来たのだから、嬉しい限りである。 「私も、忘れて無かったヨ!久しぶりネ!」  ミリィも、喜んでくれていた。 「ジーク兄さんにミリィさん。やっとカリキュラム終わったよ!」  ゲラムは、親指を立てて合図する。 「やったなぁ!ゲラムは、頑張ってたもんなぁ!」  ジークは、ゲラムが夜遅くに帰ってきてたのを知っている。しかも、自分達には 心配を掛けさせたく無いと、ミリィの母親のファン=レイホウに頼み込んで、自分 だけ部屋を遠い所に持っていってたのだ。 「修行の成果、見せてくれるんだろ?」  ジークは、ニヤリと笑う。 「当然だよ。役に立てれる事を証明しなきゃね。」  ゲラムは、自信たっぷりであった。何せゲラムの受けたカリキュラムは、上級の 難しいコースなのにも関わらず、ゲラムは、文句一つ言わずに、全てこなしたのだ。 それなりの自信は付いてくるだろう。 「ふう。結構疲れる物ですね。」  サイジンの声がした。どうやら、稽古が終わったらしい。それと同時に、トーリ ス、レルファ、ツィリルも来る。授業を終えたのだろう。ギルドメンバーが、どや どやと、昼食を取りに行った。 「お。ジーク義兄さんも、終わったみたいですね・・・ってゲラム!?」  サイジンも、ビックリする。 「終わったのですか?ゲラム。」  トーリスも、駆け寄ってくる。 「ひっさしぶりぃー。背が伸びたねぇ!ゲラム君。」  ツィリルも、嬉しそうな声をあげる。 「本当だ!もう私も追い越されちゃったなぁ。」  レルファは、苦笑していた。 「皆、ただいま!」  ゲラムは、ニッコリ笑う。どうやら、性格までは変わってないようだ。  皆は「望」の客間で、久しぶりに一同に介し今までの経緯を話し合っていた。 ジーク達は、龍の巣での出来事を事細かに話した。龍の巣での親子に出会った事で、 いずれ来るかもしれないと言う事をだ。  ゲラムは、自分のやったカリキュラムを説明した。それは恐ろしい内容だった。 ゲラムは、全くの初心者ではあるが、身体能力は、優良の位置にあったので、上級 盗賊カリキュラムコースを選んだ。しかも、短期間で取得出来るハードな特訓を主 体とした物だ。しかし、それは、昼間での話で夕方になると同じコースの弓術を選 んで、それを実行したのである。そのおかげか、すっかり生傷が増えて帰って来た 事は、ままある事だった。  盗賊のスキルでは、主に鍵開けや罠解除と言った物だった。肝心の盗みに関して は、シーフ用特別料金を払えば教えてもらえるのだが、ゲラムはシーフになるつも りは無いので、盗みに対する対処法を覚えるだけに留めた。  そして弓術の方は、弓で的に当てるのが、主な内容ではあったが、ゲラムの場合 は、特別上級カリキュラムコースだったので、同じ的でも動く物体を当てる事を中 心としたカリキュラムを組まれた。より実践的とも言える。 「はぁ・・・。よく終わりましたねぇ。」  サイジンは聞いて呆れる。聞けば聞く程、気が遠くなるような話だ。 「ちゃんと免許も、もらったんだよ?」  ゲラムは盗賊と弓術の免許の印を見せる。 「それだけ、ゲラムの一途さが光ったんでしょうね。」  トーリスは、口元で笑う。ゲラムらしい話だと思ったのだ。 「皆も居ることだし、早速、免許を取った腕前を見せなきゃね!」  ゲラムは、そう言うと、弓を用意する。結構使い込まれた良い弓だ。ストリウス の武器屋で、ゲラムが選んで買ってきた物であった。それをゲラムは、カリキュラ ム外の時にも、良く練習に使っていたのである。 「サルトリアさん。的ある?」  ゲラムは、練習場のほうへ向かう。 「フフ。そう言うと思って、用意しておいたぞい。」  サルトリアは、ニヤリと笑って、練習場に案内する。すると、いつの間にか、的 が用意してあった。皆も、それについていく。的は線から10メートルほどの位置 にあった。 「お。良い位置。じゃぁ行くよぉ!」  ゲラムは、背中に矢筒を付けていたので、そこから矢を引っ張り出す。  キュン!トス!  ゲラムが、弓を引いたかと思ったら、すでに的に刺さっていた。凄い早さである。 また、次の矢を用意するまでの手の動きも尋常じゃなく、次々と違う的に当ててい った。しかも、全て中心である。 「・・・やるぅ。」  ジークは、つい見惚れていた。凄い腕前である。どうやったら、1ヶ月で、ここ まで出来るのか不思議だった。 「頑張ったもんね!」  ゲラムは、ニコッと笑う。この仕草は変わらない。 「こりゃ、我々も、うかうかしてられませんね。」  トーリスは、褒め称える。 「これで、皆と一緒に冒険出来るよ!」  ゲラムは、それが楽しみでならなかった。 (それだけのために、ここまでやるとは・・・。)  トーリスも、この頑張りには脱帽だった。 「ああ。もちろん歓迎するよ!ゲラム!」  ジークは、ゲラムの肩を叩いた。昔なら頭を叩いていた所だが、ゲラムの、今の 背丈では、それも無理だ。  ゲラムが戻る。それは、このパーティーに取って、嬉しい誤算であった。  軍事国家ルクトリア。今でこそ、その影を潜めているが、20年前までは、ルク トリアに適う物無しとまで言われた国であった。時代が変わって、プサグルと手を 取り合って国を運営しているが、その力は、まだ絶大な物があった。  そのルクトリアの城下街から少し外れた所に、英雄ライルの姉であるアルド=ユ ードの家がある。正確に言えば、アルドの夫であり、ライルの親友でもあるルース の家なのだが・・・。  そのルースの家は、道場を経営していて、毎日朝早くから夜遅くまで、修行をす る声が、鳴り響いていた。中心になっているのは、ルースの息子であり「ルース流 剣術」を継ぐであろうアインであった。  しかし、今は客人が中心になっている。その客人とは、英雄ライル、その人であ った。息子と娘が旅に出た今、憂いが無くなったライルと、その妻マレルは、姉の 家である、この家に居候として住まわせてもらっているのだ。理由は至って簡単で、 親であるルクトリア王シーザー=ユード=ルクトリアの世話をしに来たからである。 何せ、兄のヒルト=ユード=プサグルがプサグル王家にずっと居るのだ。言葉には 出さずとも、シーザーと王妃のカルリール=ユードは寂しい思いをしているに違い なかった。いくら忠誠のため残った近衛団長のクライブ=スフリトが居るとは言え、 息子の顔を、見たがってるに違いなかった。  そんな思いを受け止めるために、ライルは3日に1度程ルクトリア城に出かけて は、シーザーに会いに行っているのだ。とは言え、只で泊めてもらうのは、ライル の性に合わないらしく、ライルは、ここの門下生に稽古をつける事にしたのだ。マ レルも毎日の食卓を手伝ったりしていた。 「さぁ次!」  ライルは、門下生達と次々と稽古をこなす。無論、負けてはいないが、門下生達 は、ライルの動きを少しでも盗もうと必死であった。それは、アインも同じ事で、 見入るように見ていた。ライルは巧みに門下生一人一人の力に合わせて、手加減し ながら戦っている。なので一戦ごとに門下生達は強くなって行くのを感じた。 「次は俺だぁ!ライルさん!お願いします!」  ライルの幼馴染である、エルディス=ローンの息子、レイリー=ローンも、実は この家の居候として住んでいた。レイリーは、ライルがこの家に居ると言う事で、 半ば強引に頼み込んで、住まわせてもらっていたのだ。 「お?レイリーか。よぉし。来い!」  ライルは、まだ汗一つ掻いていない。底無しの体力である。もう41歳だと言う のに、鍛え方が違うのだろうか? 「前に指摘した事、分かってるな?」  ライルは、レイリーの弱点について、ちゃんと指摘しておいた。 「そこまで馬鹿じゃねぇっすよ。ライルさん。」  レイリーは、ニヤリと笑う。練習用の木刀を構える。レイリーは、少し特殊な構 えを見せる。と言うのも、レイリーの家系は、代々忍者の家系なのである。母であ る繊香=ローンは、ガリウロルの忍者の家の名門、榊家の頭目の娘なのである。  エルディスも、その忍者の技を受け継いでいるし、それに因んでレイリーも忍者 の技を受け継いでいる。最もレイリーのそれは、剣術に偏っているのだが・・・。 本人が、そっちの方ばかりやるので、仕方が無いと言えば仕方が無い。 「行くぜ!うおおおお!!」  レイリーは、掛け声と共に木刀を振りかざす。真正面から木刀を振る。 「良い踏み込みだ!」  ライルは、その木刀を自分の木刀の背で受け止める。レイリーは、忍者なので、 つい敵の目を誤魔化すための剣の振りが多くなっていた。しかし、それは、敵に読 まれれば、致命的なミスとなる。それをライルは指摘していたのだ。 「しかし、まだ集中が足りないな!」  ライルは、レイリーの木刀を跳ね返すと凄まじい速さの袈裟斬りを放つ。 「不動真剣術、袈裟斬り「閃光」!・・・と、やるなぁ。」  ライルは、感心していた。レイリーは、あの速さの袈裟斬りを飛んで躱したのだ。 ライルくらいの実力の「閃光」が避けられたのは、中々記憶に無い。敢えて言うな ら、息子のジークに受け止められたくらいだ。 「伊達に、見物してた訳じゃ無いっすよ!」  レイリーは、そのままの体制で、ジャンプ斬りをするつもりだった。 「でも、甘い!」  ライルは、レイリーの足元を掬う。そして、レイリーがバランスを崩して着地し た所を裏から狙う。 「うぎ!」  レイリーは、痛みを覚悟した。しかし、木刀は寸前で止められていた。 「ここまでだな?」  ライルは、木刀をレイリーの目の前で、ピタリと止めていたのだ。 「・・・はぁ・・・。参りました!!」  レイリーは、素直に負けを認める。負けず嫌いのこの男にしては、珍しい事だ。 「くぁぁぁぁ!さすがだなぁ。ライルさん。避けた時は、行けると思ったのに!」  レイリーは、一礼した後に悔しがる。やっぱり負けず嫌いであった。 「読んだまでは、良かったがな。飛んだ時には、足元が留守になる。それを考慮し て斬りを放つか、飛ばずに躱して裏に回るくらいは、しなきゃな。」  ライルは正確にアドバイスをする。レイリーは、このアドバイスを聞きたいがた めに、ここに居るのだ。素直に聞いていた。 「でも、成長したな!まさか「閃光」が避けられるとは、思って無かったぞ?」  ライルは、素直に褒める。 「へっへー。ライルさんは、木刀を跳ね飛ばすアクションの後に必ず「閃光」を放 って来るからね。」  レイリーは、ライルの癖を読んだのだ。大した洞察力である。 「それは良い事を聞いた。次からは、存分に気を付けるとしよう。」  ライルはニヤリと笑う。 「しまった!」  レイリーは口を滑らせてしまった。次に、この手口は効かないだろう。ライルは、 それを修正するくらい訳が無いのだ。 (しかし、1ヶ月で俺の癖を読んでくるとは、大した才能だ。)  ライルは、感心していた。レイリーやアインは、一日ごとに強くなっていくのが 分かる。中々育て甲斐があった。 「レイリー。次は俺と勝負するか?」  横で見ていたルースが、口を挟む。このルースも、ライルと互角の勝負を繰り広 げた戦友の一人である。戦争のせいで闘わなければならなかった時も、ライルを後 一歩の所まで追い詰めた程の腕前であった。 「嬉しい事言ってくれますねぇ!もちろんやりますよ!」  レイリーは、ワクワクしていた。家では親であるエルディスとの稽古が多い。無 論、エルディスもライルに近い実力を持っているので、毎日良い勉強になるのだが、 親子と言う間柄、どうしても遠慮してしまう部分がある。それが無い分、ここでの 稽古は、毎日が楽しかった。向こうではアインとライルが稽古を始めていた。 「お?やってるなぁ。」  道場の門から声がした。誰か来たらしい。 「お?フジーヤじゃないか!」  ライルは、アインとの稽古を止めて、門のほうに駆け寄る。フジーヤは、生物学 者であり、トーリスの父でもある。魔法の腕前も、それなりの物があった。ライル とは戦友である。 「いつ来たんだ?」 「ついさっきさ。ペガサスで来たら、お前の姉さんに、歓迎されたよ。」  フジーヤは、豪快に笑う。ペガサスは翼を持った馬で、フジーヤの研究の成果の 一つであった。今では、王家や知人などの交通手段として役立てている。 「そうか。んで、どうしたんだ?プサグルから来るって事は、何かあったのか?」  ライルは、フジーヤは、用も無く来る男で無い事を知っていた。フジーヤは、中 央大陸に近いプサグルの外れに住んでいる。 「ああ。これが届いたんでな。家の事は、ルイシーに任せて来たんだ。」  フジーヤは、懐から手紙を出す。ルイシーは、フジーヤの妻で元天使と言う経歴 を持っていた。 「誰からだ?」  ライルは、宛名を見る。 「一つは、トーリスからだ。」  フジーヤは、トーリスから手紙をもらっていたのだ。手紙には、ジークとの事、 幼馴染のレイアが「聖亭」に来た事、ゲラムが修行をした事を中心に、事細かに書 いてあった。 「元気に、やってるみたいだな。まったく、あいつらも手紙くらい、寄越して欲し い物だな。誰に似たんだか・・・。」  ライルは、苦笑する。あいつらとは、もちろんジークとレルファの事だ。やっぱ り息子と娘の事は気になるのだろう。 「もう一つは、意外な人からだ。」  フジーヤは、意味ありげに手紙を取り出す。 「これは・・・ジュダさんか!」  ライルは、ビックリする。ジュダ=ロンド=ムクトーは、戦争時代にライルの手 助けをしてくれた人だが、謎の多い人物だった。しかし、悪い人ではない。妻であ る赤毘車=ロンドと共に、ソクトア中を回って色々調べていた。 「ただの手紙って訳でも、無さそうなんだ。」  フジーヤは手渡す。手紙には、色々書いてあった。 『ライルへ、フジーヤへ  この手紙は、是非、2人に読んで欲しい。と言うのも、このソクトアの事情の事 について、色々分かったからだ。  まず一つ、バルゼで分かった事を伝える。このソクトアでは今、力のバランスが、 崩れている。その証拠に俺は、妖精から『転生』したと言う少女を発見した。転生 の事は、フジーヤが良く知っているだろう。転生には2つの要素が要る。まずは、 その者の強い精神力。そして、もう一つは類まれな魔力なんだが・・・。  ここで一つおかしい事に気付いた。その妖精は、大した魔力を使わずに転生出来 たそうだ。と言う事は、このソクトアに魔力が、充満している可能性が高いと言う 事になる。  そして、これは俺の独断なんだが、ソクトアの、どこかは分からないんだが、瘴 気を感じるんだ。瘴気とは、ライルは知っていると思うが、魔族が放つ闘気のよう な物だ。ライルが黒竜王と闘った時に感じた物と同じ物だ。黒竜王との戦いの時に、 奴が魔界を開いた事は知っていた。しかし、それは極少数の物だと思っていたんだ が、今回は様子が違う。隠しているのに隠し切れない瘴気を感じるんだ。  俺は、赤毘車と共に、バルゼをもっと調べることにしているが、そちらの方も気 を付けてくれ。こんな事は書きたくないが、嫌な予感がするんだ。  信じようと信じまいと、そちらの自由だが、警戒は怠らぬようにしてくれ。  久しぶりで、こんな事書いて悪いが、これで失礼する。     ジュダ』  と書いてあった。 「どういう事なんだ?」  ライルは、神妙な面持ちになった。 「俺にも、全部分かった訳じゃない。だが、何かが、起こっているらしいな。」  フジーヤも、真面目な顔で言った。 「瘴気か・・・。思い出したくも無いが・・・それが本当だとしたら、何かが起こ ってる事は、間違いないな。」  ライルは黒竜王の事を思い出す。ライルが倒した魔貴族の事である。その事で、 ライルは、英雄と呼ばれるようになったのだ。黒竜王ことリチャード=サンは、恐 るべき敵だった。魔界の門を開けてソクトアを魔界に仕立て上げようとした本人で ある。ライルは、あの闘いで勝てたのは、マレルとの奇跡のおかげだと思っている。 「まぁ、いずれ分かる事だが、俺の方でも少し調べてみるさ。」  フジーヤは、ライルを元気付ける。 「ああ。済まんな。」  ライルは、こう言う時のフジーヤを頼もしく思っていた。 「良いって事よ。気にするな。」  フジーヤは、そう言うと、道場の方へ向かって、ルース達に挨拶していた。 (何かが起きたら、今度はジーク。お前の番だぞ・・・。)  ライルは、息子に託した「怒りの剣」の事を思い出す。あれこそが、ルクトリア に伝わる邪を封ずる宝剣であり、同時に不動真剣術を最大に活かせる剣でもあった。  ライルはストリウスの空に向かって視線を泳がせていた。  軍事国家プサグル。東にルクトリアあれば、西にプサグルありと言われた大国で ある。昔こそ酷い言われようをした事がある国だが、現在は、統治者であるヒルト のおかげで飛躍的に国交は、回復しつつある。  と言うのも、プサグルには、ルクトリアと繰り広げた血塗られた歴史があるから だ。かつてのプサグルは、ルクトリアに対する対抗心で埋まっていたため、外交を 考える余裕すらなかった。しかし、ルクトリア王子が王に就任した後は、ルクトリ アとの外交は、もちろんの事、ルクトリアに居た頃の親交が深かったパーズやサマ ハドールとの外交も強化され、現在ではルクトリア、プサグル、パーズ、サマハド ールの4国が、同盟を結んだ事になる。  ただでさえ、プサグルとルクトリアが同盟を結んだ事で、脅威と成り得たのに、 パーズやサマハドールまで、この同盟に参加した事で、プサグルに次ぐ軍事を誇る デルルツィアなどから見れば、とんでもない事でもあった。  そのプサグル国の王女フラル=ユードは、お転婆として有名な王女であったが、 この頃は、そのなりを潜めている。と言うのも、お忍びで来ているデルルツィア王 子に、恋をしてしまったせいであろう。  デルルツィア王子ミクガード=フォン=ツィーアは、デルルツィアの王に協力す べくプサグルへの潜入を行ったのだが、ヒルトと出会って、感銘を受けて、デルル ツィアとの国交を結ぼうと努力をする方向に考えが変わったのだが、しばらく滞在 して、この国の良さを知ろうとしていたのだ。  フラルは、デルルツィアの事を、良く知らないので、色々聞き出そうとしたのだ が、その内、ミクガードに対して想いを抱くようになっていたのだ。また、ミクガ ードの方も、まんざらでは無さそうだ。最もフラルは、ミクガードの事を一兵士だ と思っている。ミクガードは、その辺でコンプレックスを抱いているようだった。 一つは、フラルに対して嘘をついている事。そして、もう一つは自分がデルルツィ アの王子と言う事で拒絶されないか?と言う事だった。  今は、まだデルルツィアとは険悪な状態なのだ。身分を明かして、嫌われないか 不安なのだ。それに、ヒルトは偉大な王とは言え、そう簡単に交際を認めてくれる とは思えない。一国の王とは言え、父なのだ。  色々な問題から、ミクガードは、未だに本名すら言えずにいた。ミックと言う偽 名を使っている。 「今日も暗いですのね。ミック。」  フラルは、詰まらなそうな顔をしていた。ミクガードは、ここの所いつも暗い顔 をしていたからである。 「すみません。考え事をしていました。」  ミクガードは、未だに兵士としての言葉使いをしている。その事が、更に自分自 身を責める要因になっている。 「私、ハッキリしないのは嫌いなのよ?」  フラルは、薄々感づいていた。ミクガードが、ただの兵士では無いと言う事にだ。 「それとも、私には言えないって言うの?」  フラルは、イライラする。自分だけが、除け者にされている感じがするのだ。 「ミックは私の事が嫌いなのね。」 「そ、そんな事はない!ある訳無いじゃないですか。」  ミクガードは慌てて否定する。ここ数日、フラルとは毎日のように、こうしてい る時間が長い。なのにも関わらず、ハッキリとした意思が感じられないのが、フラ ルの癇に障っているのだった。 「なら、ハッキリして下さらない?もう待つのは・・・嫌なの。」  フラルは目を伏せる。フラルは、自分が王女と言う立場上、この部屋で篭りっき りな状態が続いている。城を出歩いたりは、してるのだが、退屈な日々であった。 「・・・驚かないか?」  ミクガードは、口調を変えた。もう話すつもりでいた。限界なのだ。自分が、話 さずとも、フラルは、自分で調べようとするだろう。そうなったら、危険な目に遭 わせるかも知れない。それだけは避けたかった。 「もちろんよ。私は、貴方の事、信頼してるつもりよ?」  フラルは怯まなかった。気の強い事である。 「分かった。俺も、もう限界だしな。」  ミクガードは、目をつぶる。そして気持ちを落ち着かせた。 「俺はミックと言う名では無い。本当の名前は、ミクガード=フォン=ツィーアだ。」  ミクガードは、そう言うと、自分の持ってきた槍を取り出して、加工した部分を 削り取る。すると、そこにはデルルツィア王家の紋章が刻み込まれていた。 「察しの通り、デルルツィアの第1王子だ。」  ミクガードは覚悟を決めた。フラルの事を、まともに見れないでいた。 「・・・プッ!ハハハハハ!なーんだ。そうだったの?」  フラルは、突然笑い出した。ミクガードは、さすがに、この反応は意外だった。 「な、何だよ!人がせっかく、思い切って言ったってのに!」  ミクガードは、ビックリして反論する。 「何よ。問題無いじゃないの。デルルツィアの王子?それがどうしたってのよ。ミ ック。いやミクガードはミクガードなんでしょ?」  フラルは、あっけらかんとしていた。 「私は、てっきり他に恋人が居るとか、お父様の差し金で雇われていたとか、そっ ちの方ばっかり考えてたわよ?」  中々失礼な言い方である。まぁフ、ラルらしいと言えば、それまでなのだが。 「凄い言われようだな。・・・プッ。ハハハハ!何か悩んだのが、馬鹿らしくなっ たよ。こんな反応されるなんて思って無かったぞ。」  ミクガードも笑い出した。心が、スッキリしたせいだろう。 「その程度の事で、私が嫌うんじゃないか?って思ったんでしょ?」  フラルは、ミクガードに、にじり寄ってくる。 「残念でした。私はね。そんな柔じゃないわよ。」 「・・・そういやそうだな。」  ミクガードは、普段のフラルを見ていたので、確かにその通りだと納得する。 「その話し方の方が、スッキリするわ。自然体の方が、私は好きよ。」  フラルはニ、ッコリ笑った。 「大体ねぇ。デルルツィアとの国交が無いってんなら、私達が、国交になれば良い のよ。違う?」  フラルは、ミクガードに指を振る。得意のポーズだ。 「随分、思い切った事言うんだな・・・。」  ミクガードは呆れていた。驚かないばかりか、こっちが驚かされっぱなしである。 国交になると言う事は、フラルとミクガードが婚約すると言う事に他ならないから である。 「何?嫌だっての?ん?」  フラルは、頬を膨らませる。 「そんな訳無い。ただ・・・俺で良いのか?」  ミクガードは、恥ずかしそうに頭を掻く。 「前にも話したでしょ?私は、いつかどこかに嫁がなきゃならなのよ?貴方なら、 丁度良いわ。何も知らない他人じゃ・・・ないでしょ?」  フラルは、自分の口を指で塞ぐ。ミクガードは、顔が真っ赤になった。ミクガー ドはフラルと唇を重ねた仲なのだ。 「私、こんな事、自分で選べるなんて幸せよ?」  フラルはニッコリ笑う。ミクガードは、つい見惚れていた。 「フフッ。参ったな。俺の方が一本取られるとはな。」  ミクガードは、肩を下ろす。 「もう!今まで心配した分、どうしてくれるのよ!」  フラルは、そう言うとミクガードの胸に飛び込んできた。 「心配したのよ?本当に!」  フラルは、緊張の糸が切れて涙が頬を伝う。 「悪かった。済まん。俺は不器用でな。」  ミクガードは、フラルの背中に手を回して頭を撫でてやる。 「やだ。涙が止まらない。嬉しいのに・・・。」  フラルは、嬉し涙が止まらなかった。 「明日、ヒルト王に報告する。そして、国の皆を説得するさ。約束しよう。」  ミクガードは、覚悟を決めた。周りから何と言われようと、この王女だけは、手 放さないと言う事をだ。 「約束破ったら、許さないからね。」  フラルは、ジト目で睨む。いつの間にか涙は止まっていた。 「そんな器用な事は出来ないさ。知ってるだろ?」  ミクガードは苦笑する。 「フフッ。信じるわ。そして・・・待ってる。」  フラルは目を伏せた。そう。ミクガードは国に戻ると言うことは、マレルは、こ の国で待ってなくては、ならないと言う事だ。 「ああ。その事なんだがな・・・。君も一緒に来てくれないか?」  ミクガードは、また真っ赤になりながら言った。 「い、いやぁな。その方が説明が早くつくし・・・俺も・・・。」  ミクガードは、言葉に出来ずにいた。本当に不器用で正直な男である。 「分かったわ。でもね。下手な説明したら、許さないから!」  フラルは、ニッコリ笑ってそれに答える。何よりも待ってた言葉であった。そし て、何よりも嬉しかった。ミクガードは回していた手を離す。 「はぁ。まずは、ヒルト王からか・・・。俺、殺されないよな?」  ミクガードは溜め息をつく。見てた感じ、ヒルトのフラルへの愛情は、相当な物 だった。さすがに緊張する物である。 「そんな事で、大丈夫なの?心配だわ。」  フラルは、冷やかすような視線を送る。暢気な物である。  ミクガードは、明日に向けて心配な事ばかりであった。  ストリウスの南端にある宿屋「聖亭」は、今日も大盛況であった。ここは、宿屋 としての仕事の他に、昼間は、料理店として機能している。料理を食べるためにこ こに来る者も少なくない。  それほど、ここの女将であるファン=レイホウの腕が良いのだろう。それに、今 は、従業員も増えてきた。その一人に、トーリスの幼馴染であるレイアも居るのだ から驚きである。  レイアは、トーリスの家の近くである、プサグルの外れに住んでいるのだが、そ こを経営している宿自体は、中央大陸との街道の中では一番かと思われる大きさだ った。その宿屋の娘なのである。「聖亭」に来たのは修行の一環だった。  皆には見せないようにしているが、トーリスは、ちょくちょくレイアの所に行っ て、元気付けたりしてるのだった。勝手知ったる幼馴染同士なので、気も許しあえ るのだろう。それにトーリスは、ここに来る前は親公認の恋人同士だったのだ。何 回か関係を結んだ事もある。こうして「聖亭」で一緒に会えたのも運命を感じたの かも知れない。 「いやぁ、今日は、めでたい日だ!」  ジークが盛り上がっていた。と言うのも、ゲラムが帰ってきたせいであろう。ゲ ラムが、修行を終えて自分達のパーティーに入ると言うことで、「聖亭」では大変 な騒ぎになっていた。夜食の時間には、既にレイホウが、用意して待ってくれてい たのだ。既にジーク達7人は「聖亭」の顔になりつつあった。 「レイホウさーん。おかわりー!」  ツィリルも、はしゃいでいた。昔から、こういうイベントは好きなのである。 「それにしても、良く1ヶ月で終わったわねぇ。」  レルファは、感心していた。あの技を1ヶ月で体得すると言うのは、よほどの修 練を希望したのだろう。 「盗賊の方は大変だったけどね。弓術は、実はプサグルでもやってたんだよ。」  ゲラムは嬉しそうに話す。久しぶりに皆と話してるので、質問攻めにあってるの だ。生き生きとしていた。 「はっはっは!素晴らしい事ですな!レルファを守るために君も役立ちたまえ!」  サイジンは豪快に笑う。レルファは、頭を抑えながらも楽しそうに見つめていた。 「母さん、私も手伝うヨ!」  ミリィは、レイホウが忙しそうなのを見て、つい手伝おうとする。 「何言ってるのヨ。貴女は、もう冒険者でしょウ?座ってなサイ。」  レイホウは、そう言う所の、けじめはつけてるつもりだった。 「私の出番が無くなっちゃいますからね。座ってて下さい。」  レイアは、気持ちの良い受け答えをする。すでに、この「聖亭」の看板娘となり つつあった。元々の実力は、トーリスの折り紙付きである。 「そう言えばセンセーは?」  ツィリルが、しきりにトーリスの事を探す。 「さっき酔い覚ましに外に出かけたヨ。心配しなくても、すぐ戻ってくるネ。」  レイホウは、教えてやる。 「そうだね!わたし待ってる!」  ツィリルは、ニパァッと笑う。明るい娘である。ツィリルは、トーリスに憧れの 念を抱いていた。同じ魔法使いとして、あれほどの使い手は中々居ないからだ。 「ごめん。ちょっと頼める?」  レイアは、従業員の女の子に目配せする。仕事を変わってもらったのだ。 「レイホウさん。すみません。」  レイアは、レイホウにも頭を下げる。 「行っておいデ。こっちは何とかなるネ。」  レイホウは、優しく答えてやる。レイホウは、レイアのトーリスに対する想いは 知っていた。それだけに応援したくなるのだ。  レイアは、レイホウにペコリと頭を下げると裏口から外へと出た。  レイアは、キョロキョロと周りを見渡す。裏手の空き地にトーリスは居た。 「トーリス。」  レイアは、トーリスに声を掛ける。 「レイアですか。どうしました?」  トーリスは、相変わらず優しい口調で語りかけてくる。特にレイアにはだ。 「トーリスこそ、どうしたの?酔い覚ましにしては、長いんじゃない?」  レイアは、トーリスがアレくらいの酒で酔わない事を知っている。 「・・・これからの事を、考えていたのです。」  トーリスは、夜空を見上げる。トーリスは、この幼馴染に対しては、思った通り の事を話していた。 「私は、皆の助けになっているという実感もあるし、非常に充実しています。」  トーリスは、ツィリルやレルファの成長振りを見るのもまた楽しみになっていた。 「しかし、私自身の強さが上がったという実感が無いのです。」  トーリスは、それが嫌で堪らなかった。 「トーリス・・・。」  レイアは、トーリスが、ひたすら研究をするのが好きなのを知っている。口を挟 みづらかった。 「私自身の目標を掲げて、こなして行こうかと思ってましてね。それに付いて、考 えていたのですよ。」  現在、トーリスは、色々と講師をしている立場だが、それをしながら、自分を高 めていくのは至難の業だ。しかし、それをやり抜く男だと言う事も、レイアは知っ ていた。それだけに、トーリスの頑張りが羨ましく思えた。 「トーリスは、強いね。私なんか今を生きるのが精一杯よ?」  レイアは、溜め息をつく。それと同時に、こんなにも凄い幼馴染を誇りに思う。 「レイア。君が「聖亭」に来た時は、面食らいましたが、私は内心嬉しかった。で も、ここで会えたことに運命を感じるようになりましたよ。」  トーリスは、勝手にジークに付いて行ったのだ。レイアには、しばらく会えない 物と思っていた。 「私も、トーリスには内緒で修行に来て・・・会えないと思ってた。」  レイアも正直に打ち明ける。内心は、凄く寂しかったのだ。 「レイア。君の修行が済んだら、一回、帰って式を挙げましょう。」  トーリスは、思い切って言った。レイアは、その瞬間涙を流す。 「嬉しい・・・。」  レイアは、それだけ言った。後は声にならなかった。 「私は、何かに打ち込むと没頭して周りを見なくなるような未熟な男ですが、君を 幸せにしてあげたい気持ちは変わりません。」  トーリスは、口元で笑う。 「トーリス。冒険先で、無茶したら泣くわよ?」  レイアは、良い笑顔を見せた。トーリスは、どうしてもこの顔に弱い。 「そういう事は、ジークに言ってください。私は君を迎えるまで命を落としたりは しませんよ。」  トーリスは、自信があった。それに足りるだけの実力も兼ね備えている男だ。 「待ってる。私、修行しながら待ってるから!」  レイアは、トーリスの胸の中で嬉しそうにしていた。 「ありがとう。さぁ、そろそろ行かないと、レイホウさんに悪いですよ。」  トーリスは、クスクスと笑った。レイアがレイホウに頼んで、ここに来たのを悟 っているのだった。 「相変わらず、意地悪ね。」  レイアは口を、への字にすると裏口の方へと行った。慌てて謝る様子が手に取る ように分かった。 「で?誰ですか?そこに居るのは?」  トーリスは、空き地の土管の上に座っていたのだが、その後ろに、誰か居るのを 感じ取っていた。 「みゅー。バレちゃった・・・。」  ツィリルだった。ツィリルは、つい我慢出来ずに探しに行ったのだった。 「駄目ですよ?覗きは犯罪ですよ?ツィリル。」  トーリスは、ニッコリ笑う。こういう時でさえ、トーリスは優しい。 「ごめんなさい。センセー・・・。」  ツィリルは、素直に謝った。 「この事は、あまり皆に言わないで下さいね。」  トーリスは恥ずかしそうにしていた。だが、冷静さを失うほどでも無かった。 「センセー、レイアさんと結婚するの?」  ツィリルは、気になる所をズバリ聞いた。 「・・・まだ先の話ですよ。どうしたんです?ツィリル。」  トーリスは、子供をあやすように聞いてみた。ツィリルは俯いている。 「そうなったら、一緒に冒険出来ないの?」  ツィリルは、トーリスに憧れている。だから、その事が気になっていた。 「ツィリル。勘違いしちゃ、いけませんよ。」  トーリスは、優しくツィリルの頭を撫でてやる。 「結婚は、一つの区切りだと思っています。でも、そこで人生が終わるわけじゃあ 無いですよ。式を挙げ終わったら、冒険に参加致しますよ。」  トーリスは、優しい口調で諭していた。ツィリルは、それを聞いて涙目で笑った。 「センセーの結婚式、私も呼んでね!」  ツィリルは、ニコッと笑う。 「もちろんです。ジーク達も呼んで、盛大にやりますよ。」  トーリスは、いつまでも優しかった。 「じゃぁ、皆が、心配してるから、わたし戻るね!センセーも早く戻りなよ!」  ツィリルは「聖亭」の方に向かう。が、「聖亭」の裏口の方が、早いのに正面口 の方に向かう。  すると、空き地の外には、レルファが待っていた。レルファは、トーリスが裏口 から帰ってくのを見届けると、ツィリルの頭を撫でてあげた。 「なに?レルファ?」  ツィリルは、涙を悟られまいとしていた。 「無理するんじゃないの。先生の事・・・好きだったんでしょ?」  レルファは、優しく語り掛けてやる。 「うん・・・でも、レイアさんとは、お似合いだし、センセーのあんな顔、見た事 無いし・・・わたし、センセーの嬉しそうな顔見ていたいの。」  ツィリルは途切れ途切れに言った。感極まってる証拠だろう。 「だから、無理しないの。泣きなさい。泣いても良いのよ?」  レルファは、ツィリルの事を胸に引き寄せて顔を隠してやる。 「レルファ・・・うっ・・・くっ、ううううううう・・・。」  ツィリルは、声をあげて泣き始めた。レルファは、その顔だけは見せまいと隠し てやっていた。 (先生は、優しいけど残酷よ。でも、しょうが無い事よね。)  レルファはツィリルの頭を撫でながら、そう思った。トーリスが優しいだけに、 ツィリルは本気で怒れない。好きだから、文句も言わない。でも、それは残酷な現 実であり、悲しい事でもあった。 「明日からは、普段のツィリルに・・・戻れるわね?」  レルファは、ツィリルの頭を撫でて聞いてみた。ツィリルは、黙って泣きながら 首を縦に振った。 (ツィリル。先生の事、見返すくらいになりなさい。)  レルファは、そう思いながら夜空を見上げた。  夜空は、雲一つ無い星空だった。それだけに、全てを包むような寛容さも持ち合 わせている気がした。  ストリウスの遺跡群の中に、ワイス遺跡と言う所がある。そのワイスとは、神魔 であるワイスその人を指していたのだが、一見なんでもない遺跡なのである。しか し、隠し扉があって、そこからは、魔界を彷彿させる様な陰鬱な造りになっていた。  魔族には、厳格な位付けがしてあって、最下級の魔族は「使い魔」と呼ばれてい て、続くように「妖魔」そして「魔族」、そしてその上が、ライルと激戦を繰り広 げた黒竜王が位置していた「魔貴族」、そして護衛の位置として「魔界剣士」、そ して、最高級の強さと瘴気を持ち合わせた「魔王」、だが、それ以上に魔界に居な がら神と同格とまで言われる「神魔」と言う位置があった。  ワイスは、その神魔なのである。最も、「神魔」の中でも、その強さによって位 付けがされているのだが、ただの人間の敵うような相手では無かった。  しかしソクトアは、神の祝福を受けた土地だ。必ずと言って良いほど、魔族が現 れる時に、神は降臨していた。過去の歴史でも「月神」レイモスと「破壊神」グロ バスが、神から神魔と成り下がった時、その時の神のリーダーである「天上神」ゼ ーダの手によって鎮圧されている。  その例があるからこそ、ワイスは復活した今も、地下で力をじっくり蓄えている のだった。配下の「魔界剣士」砕魔 健蔵もワイスの言う事には付き従っている。  だが、「魔王」クラーデスは別だった。クラーデスは、既に大半の力を取り戻し つつあった。一応、まだ取り戻すために自らの瘴気を高めてはいるが、元々待つの が好きな男では無いため、イライラしていた。  クラーデスは、ワイスの居る玉座まで近寄る。 「何用だ。クラーデス。今、ワイス様は、眠りについてる最中だぞ。」  健蔵が、クラーデスを制する。 「坊や、俺は、いつまで待たされるんだ?」  クラーデスは、イライラしていた。早く自分の力を振るいたくて仕方が無いのだ。 「ワイス様が、お目覚めになるまで、じっとしていろ。貴様には忍耐と言う言葉が 無いのか?」  健蔵は無視する形で再び警護体制になる。 「馬鹿言ってるんじゃねぇ!このソクトアに何が居るんだ?人間なんぞ、俺の力の 一握りで叩き潰せるというのに、この体たらくは何だ!」  クラーデスは、怒鳴り散らす。 「ワイス様に、従わないと言うのなら斬る。」  健蔵は、ユラリと立ち上がって剣を抜く。 「坊やがか?辞めておけ。実力って物を考えるんだな。」  クラーデスは挑発する。相当、鬱憤が溜まってるらしい。  シュン!  健蔵は、躊躇いもせず剣を振る。しかし、クラーデスは簡単に避けた。 「次は、外さぬ。」  健蔵は、殺気に満ちた目をクラーデスに向ける。 「本気か?なら、俺も、丁度イライラしていた所だ。殺してやるよ。」  クラーデスは、瘴気を全開にしようとする。 「やめよ。健蔵にクラーデス。」  ワイスは、目を開けた。健蔵は、慌てて剣を仕舞ってワイスに向かってひれ伏す。 「起きたか。ワイス。俺は、いつまで待つんだ?え?」  クラーデスは、ワイスに近寄る。元々「魔王」とは言え「神魔」級の力があると されていたクラーデスだ。ワイスに対しての礼などするはずも無かった。 「時は、まだ満ち足りていない。辛抱せよ。」  ワイスは、厳格な雰囲気で言う。 「そんなんで、俺が納得すると思うか?大体、お前の力も、ほとんど戻ってきてる ってのに、そこまで完璧に拘るのは何でだ?」  クラーデスは、ワイスが余りに完全に拘ってるのが気に入らなかった。 「貴様は、神々の事を忘れたのか?」  ワイスは、、神々にすら勝とうとしているのだ。 「忘れちゃいない。だが、その気配を感じるのか?その前に、ソクトアを叩き伏せ れば、勝率も増すって物じゃないのか?」  クラーデスも馬鹿ではない。考えも無しに暴れたいわけでは無かった。 「仕方が無い。見せよう。・・・これのためだ。」  ワイスは、一際大きく、邪悪な召還のための『闇の骨』を見せる。瘴気が、溢れ ている。これを元に、魔界からソクトアに来れる魔方陣が完成するのだ。 「こんなでけぇのは・・・誰のだ?」  さすがのクラーデスも、ビックリしていた。自分やワイス以上の『闇の骨』だ。 ここまでになると、どのくらい瘴気が必要になるか分かった物じゃない。 「これこそ、『神魔王』グロバス様の物だ。」  ワイスは、その正体を明かす。この『闇の骨』は、神々に戦いを挑んで敗れた、 『破壊神』グロバスの慣れの果てだったのだ。そしてグロバスは魔界に落ちて『神 魔王』として君臨していたのだ。 「そのせいか。お前が、そこまで完璧を目指す理由は・・・。」  クラーデスも悟った。グロバスを降臨させれば、自分とワイスとグロバスと言う 事で、強力な力になる。そうすれば、神々に勝つこととて夢ではない。 「なら仕方が無い。従おう。それとだ。俺も色々と呼び出すとするか。」  クラーデスは、そう言うと『闇の骨』無しで魔方陣に近づく。 「『闇の骨』無しに、どうやって召還するつもりだ?」  健蔵は、不思議に思っていた。確かに、そこらの『妖魔』や『魔族』レベルなら 呼び出せるだろうが、無駄に増やしても、しょうがないのだ。増やすのは、時が満 ち足りてからで良い。それまでは、増え過ぎると却って厄介なのだ。 「安心しろ。そこらの雑魚ではない。『魔界剣士』クラスの奴さ。」  クラーデスは、そう言うと魔方陣に自分の手を置く。 「『闇の骨』無しでも召還出来るのさ。何せ肉親だからな!」  クラーデスは、そう言うと魔方陣に自分の瘴気を当てる。すると魔界の門が開く。  キュアアアアア!  叫び声が聞こえる。 「俺の瘴気の臭いを嗅ぐだけで、こいつらは召還出来るようにしておいたのさ。」  クラーデスは、ニヤリと笑う。魔方陣から次々と影が飛び出してくる。 「さすがだな。クラーデス。」  ワイスは、クラーデスの周到さに少し懸念しながらも感心していた。  影は4つ。その4つがクラーデスの前に跪く。 「長兄ガレスォード、参りました。」  4人の中で、最も体のでかい男が挨拶する。 「次兄アルスォーン、ここに。」  今度は、4人の中で最も翼が立派な男が挨拶する。 「3男ガグルド、馳せ参じました。」  4人の中で、最も闇色の肌をしている男が挨拶する。 「末弟ミカルド、盟約のままに。」  4人の中で、最も体は小さいが、クラーデスに雰囲気がそっくりな男が挨拶する。 「フム、ご苦労だったな。」  クラーデスは、形式的に返事をする。 「親父、ここはどこだ?」  長兄のガレスォードは、周りを見渡す。 「ソクトアだ。人間どもの気配を感じるだろう?」 「なるほど、やっと私たちも力が振るえるのですね?」  次兄のアルスォーンは、嬉しそうに残忍な笑みを浮かべる。 「ここはワイス遺跡ですな。なるほど。ワイス様との連携でしたか。」  3男のガグルドは冷静に周りを見つめる。慎重派なのだ。 「フッ。どうやらワイスは、グロバス復活を目論んでるらしい。」  クラーデスは、ワイスの方をチラリと見ながら言う。 「なるほど。親父が協力する訳だ。」  ミカルドは鼻で笑う。何を考えているか分からない、この表情は、クラーデスそ っくりである。 「しかし、この様子だと、まだ時が満ち足りてないみたいですな。」  ガグルドは、門番のルドラーを一瞥して言う。 「フン。グロバス様を復活するってんなら、仕方がねぇか。」  ガレスォードは残念そうだったが、敢えて、それ以上語らなかった。 「そこに居るのは、健蔵殿か?久しいですね。」  アルスォーンは、健蔵がさっきから瘴気を発してるのを見逃さなかった。 「ワイス様の御前だ。失礼無いようにすると良い。」  健蔵は余り気に入らなかったが、今は大事な戦力なので、挑発はしない事にした。 「健蔵さん、私達の部屋は、決めてもらえるのかな?」  ガグルドは丁寧に挨拶する。魔族にしては珍しい奴だ。 「クラーデスが左の一番奥、私が右の一番奥だ。それ以外の所を使うが良い。」  健蔵は、指を使いながら説明する。この大広間だけでも、30は部屋があるので、 かなり余っていた。 「ならば、俺は左の2番目を使わせてもらう。」  ガレスォードは、さっさと部屋に入っていった。まだ復活したてで、力が戻って ないので、休みたいのだろう。 「私は、その隣にしましょうか。」  アルスォーンはガレスォードの隣の部屋に入っていく。 「私も、兄に続くとしますかな。」  ガグルドもアルスォーンと同じくその隣の部屋に行った。 「俺は、しばらく、ここに居よう。」  ミカルドは、そう言うと柱に座り込んだ。 「フッ。相変わらずだな。まぁ良い。俺も少し休む。いつでも動けるようにしてお け。その内、忙しくなるぞ。クックック。」  クラーデスは、低く笑いながら自分の部屋へと帰っていく。いくら盟約の力とは 言え、4人も召還した後では、疲れるのだろう。 「楽しみな奴らだな・・・。フフフフ。」  ワイスは、4人の力を読み取っていた。さすがは「魔界剣士」だけあって、中々 の強者ぞろいである。 「健蔵、アンタに話がある。」  ミカルドは、健蔵を呼び止める。 「何用か?」  健蔵は、少し警戒する。クラーデスの息子が何の用なのか? 「黒竜王を倒したとか言う奴の名前を教えろ。力が戻ったら拝見しに行く。」  ミカルドは、低く笑う。魔界にも黒竜王が、人間に倒されたという噂は流れてい た。その人間が住んでた世界が、ソクトアだと言う事もだ。 「そう言う事か。ライル=ユード=ルクトリアだ。」  健蔵は教えてやる。 「だが、そ奴は俺の獲物だ。因縁があるんでな。殺すんじゃないぞ?」  健蔵は霊王剣術の事を言った。不動真剣術とは相反する剣術だ。 「フッ。ハハハハハハ!ソクトア出身だったもんな、お前は。」  ミカルドは大笑いする。そして健蔵がソクトア出身だと言う事をバラす。 「貴様、それは、どう言う意味だ?」  健蔵は、剣に手を掛ける。殺気が溢れてくる。 「お前の使う剣術は、人間から教わった物だろ?お前には、人間臭さがプンプンす るのさ。お前は魔族と人間のハーフだったもんなぁ?」  ミカルドは、次々とバラしていく。健蔵は、確かにガリウロル出身の人間と魔族 のハーフだった。ある強力な魔族が、人間に憑依して人間の女性と結ばれた時の子 供が、この健蔵なのだ。 「俺達のような、優れた血筋は、お前のような臭いはしないからな。」  ミカルドは、残忍な表情を浮かべた。その瞬間、健蔵はミカルドに対して攻撃を 繰り出す。それも1回では無い。本気で殺す気だった。しかし、ミカルドは全て読 み切って笑いを浮かべながら躱す。 「健蔵!辞めよ・・・。」  ワイスは制止する。健蔵は怒りに満ちた目をしていたが、悔しそうに天井を眺め ると、剣を仕舞う。健蔵の、一番触れてはならない部分だったのだ。 「ミカルドよ。お主も無用な戦いは避けよ。今は争うておる場合では無い。」  ワイスは叱責する。 「分かりました。・・・フフ。救われたな。健蔵。」  ミカルドは、カラカラと笑うと、ガグルドの隣の部屋に入っていった。 「健蔵。お主の血統など関係ない。我は、お主の力を信じている。自分を制止出来 なくては駄目だ。分かるな?」  ワイスは、優しく声を掛けてやる。 「・・・もったいないお言葉。この健蔵、精進が足りませんでした。」  健蔵は深々と頭を下げる。人間から迫害され、母親までも、人間に殺害された健 蔵にとって、人間臭いと言われるのは、苦痛以外の何者でもなかった。自分には、 魔族の血が流れていると言う事実が、誇りでもあったのだ。  そんな健蔵を拾ったのがワイスだった。健蔵は、その時の感謝の念を忘れない。 だからこそ、未だにワイスに忠誠を誓っているのだ。そんな健蔵を、ワイスも信用 している。この2人は血縁以上の主従でもあった。 「それにしても・・・あのミカルド・・・。果てしない力よ・・・。」  ワイスは、その事が気に掛かっていた。いくら同じ「魔界剣士」とは言え、健蔵 の攻撃を、まだ力を取り戻してない状態で全て躱すなど、中々出来る芸当では無い。 健蔵は、これでも「魔界剣士」の中でも強い方なのだ。 「私もそう思います。他の3人なら私でも勝てますが、ミカルドだけは、勝敗は分 かりませぬ。最も信念の違いを見せてやるつもりは、ありますが・・・。」  健蔵は意外と冷静に分析する。ミカルドは、一番クラーデスにそっくりだった。 その強さも一番強いのは、ミカルドなのかも知れない。 (奴が力を取り戻したら、「魔王」級なのかも知れん。末恐ろしい奴よ。)  ワイスは、警戒する事にした。クラーデスと言い、あのミカルドと言い、どこか 油断出来ない雰囲気がある。  しかし、大きな戦力になる事もまた、事実であった。  ソクトア大陸の遥か上空にソクトアを覆い包むかのように囲っている世界がある。 人々は、それを「天界」と呼び、崇めてきた。と言うのも、ここは、神々が住む世 界であり、何よりも神でしか行き来出来ない造りになっているからだ。  天界は、従来ソクトアだけで無く、他の星とも繋がっていて、その星一つ一つに も、それぞれ神が降臨している。神の力は、凄まじく、邪悪なる力が来た時に、そ れを撃退したりするのは、もちろん、個々の力も、人間のそれを大きく凌駕してい た。天変地異と言われる全てに、神々の力が関わっていると言っても過言では無か った。  現在、天界では魂を運ぶ天使が各地に赴き、収集をしている。そして、それを管 理する神が、魂の行き先を決める。神々は、それぞれ頭に自分の特徴である力を示 す言葉を入れて呼ばれている。破壊を司っていたグロバスは、破壊神と呼ばれてい たようにだ。  その神々の中にも、リーダーという者が居る。神のリーダーは、200年前までは天 上神ゼーダが勤めていた。しかし、突然天上神が姿を消したので、今は、当時のナ ンバー2であった運命神ミシェーダ=タリムが、その責を果たしている。  200年前に何があったかは、分からないが、200年前に息子と別れた神が居た。そ の神とは、金剛神パムと蓬莱神ポニの息子であった。しかし、その息子は、見事に 成長して、息子自身の力で、神の試練を突破して、特例として、神になったと伝え られている。そして、息子の恋人であった女性も、類まれな精神力で、特例として 神になった。この出来事を「神化」と呼んでいる。最もパムやポニ自身も「神化」 によって神の力を得たので、ベースは、ほとんど人間なのだ。ベースが人間なのは、 ミシェーダも、その一人で、その他にも何人か居るようだった。  天界は、この頃は、不穏な様子も無く、良い具合に安定を保っていた。最も問題 のある星は、多数あったが、神が介入するまでの星はそうそう無かったのである。  しかし、気になる星がある。それがソクトアだった。あの土地は、神々が祝福し た土地なので、早々壊れることは無い。しかし、この頃、邪悪な気配が包もうとし ているのを感じ取ったのである。なので、今は2人ほど調査に向かわせている。そ して、必要とあらば、その邪悪を取り除くことが、その2人の使命であった。  天界は、ソクトアの様子に注目しつつあった。  神のリーダーの宮殿で、人間型の神が集まってソクトアの様子を見ていた。 「あの2人は頑張っているようだが・・・。」  ミシェーダは顔を曇らせる。と言うのも、ソクトアの邪悪なる力が日に日に増し ていくのを、感じているからだ。 「しかし、人間の中にも力を持つ者は居るのですな。」  神々は、このソクトアの人間達を高く評価していた。「使い魔」クラスの魔族な らともかく、「魔貴族」クラスの魔族を相手に勝つというのは並の強さではない。 「ソクトアからは、この天界に何人か来ている。もしやすると、また一人増える事 になりそうだな。」  ミシェーダは周りを見渡す。確かに、ここ200年ほどは「神化」する人間など出て いないが、この頃のソクトアの人間達の力は、目を見張る物がある。 「しかし、グロバスの事と言い、200年前の出来事と言い、ソクトアは、何故こうも 事件に巻き込まれるのか・・・。」  神の一人が意味深な事を言う。確かにソクトアは他の星とは考えられない程、色 々な事件が起きる。単に、それだけ能力を持っている者が多いと言えば、それだけ だが、それだけでは無さそうだ。 「運命神としての意見を言えば、ソクトアは何度か事件に巻き込まれる内に、特異 点となってしまってる可能性が高いからだろうな。」  ミシェーダは説明する。特異点とは、色々な事が、起こりすぎて色々な物を引き 寄せてしまう現象の事だ。 「ソクトアが特異点か・・・。ありえる事だな。俺の息子も、あそこに落ちたしな。」  金剛神パムが口を挟む。パムの息子も、結局ソクトアに迷い込んだのだ。 「だが、ソクトアだけに集中する訳にも行かぬ。それは分かっているな?」  ミシェーダは周りを見渡す。それについては、同意見だった。神々の責を果たさ なければならない星は多い。ソクトアにばかり気を取られていては、他の星がお留 守になってしまう。 「ソクトアは、君の息子に行かせてある。あいつなら、ちゃんと責を果たすさ。」  ミシェーダは、パムの肩を叩く。 「そうだな。あいつは、俺より実力は上だ。まだ開花していないがな。」  パムは息子の力を見切っていた。息子は、恐ろしい強さを兼ね備えている。しか し、まだ開花にまで至っていない。そんな感じだった。 「息子と、その妻を信じましょう。彼らならやり遂げますわ。」  蓬莱神ポニもパムを支える。この二人は、いつも信じあって生きてきた。 「そうだな。頼むぞ。ジュダ。そして赤毘車。」  パムは、ソクトアの様子を見ながら呟くのだった。  ソクトアを調べる二人は、両親に応えようと必死になっているのだった。