NOVEL 2-1(First)

ソクトア第2章2巻の1(前半)


・プロローグ
 神の祝福を受けた大地、ソクトア大陸。
 その神々しいまでの大地は、8つの国に分かれている。8つとは、ルクトリア、
プサグル、デルルツィア、パーズ、サマハドール、ストリウス、バルゼ、そしてガ
リウロルの8つである。その中心に中央大陸が存在している。(1巻参照)
 ソクトアには英雄がいた。その名もライル=ユード=ルクトリア。その息子であ
るジーク=ユード=ルクトリアは、ライルの使う剣術の継承者でもあった。
 ジークは、継承すると共に、新たなる世界を見るために旅に出た。そして、ジー
クには、旅に付いていく仲間がいた。
 ジークの、実の妹であるレルファ=ユード。神聖魔法を得意とする僧侶で、その
癒しの力には、目を見張るばかりである。そして、「死角剣」の継承者サイジン=
ルーン。魔法使いの駆け出しだが潜在能力を秘めているツィリル。現在盗賊の修行
を受けているプサグルの第2王子ゲラム=ユード=プサグル。方角を見極め、地図
を作成するのが得意とする、棒術使いファン=ミリィ。そして、とてつもない魔力
を秘め、冷静な判断力で仲間を助けるトーリスの6人がジークの助けになっていた。
 現在は、この7人は、ストリウスの宿屋「聖亭」(ひじりてい)に泊まっていた。
ミリィは、この宿屋の娘である。
 このストリウスでは、冒険者が集う国として機能していた。そして、自然と冒険
者を支援するための、ギルドが設立され、その勢いを増していた。その中でも盗賊
が多い「闇帽子」こと「闇」。秩序と言いつつも、ストリウスを支配しようとして
いる、「光同志」こと「光」。修行の一環だと言って支配を広げている「気闘園」
こと、「気」の3つは、3大勢力といって申し分ないほどの勢力で、ジーク達が入
会している「希望郷」こと「望」は、ジーク達しか入会してないくらい小さなギル
ドであった。
 しかし、7人の素晴らしい能力は、3大勢力から見ても脅威で、刺客を差し向け
た程であったが、3大勢力は悉く刺客を、跳ね除けられてしまった。
 まして、この前、受けた依頼は「龍の巣の調査」と言う難問だったのにも関わら
ず、予想以上の成果をあげてこなして来た事で、「望」の名前は知れ渡り、入会者
も増えていると言う。
 このままでは、3大勢力すら足元を掬われかねない。
 それぞれのギルドマスターは、思案を練るのだった。
 それとは別に、「聖亭」や「望」では毎日のように、それぞれが特訓を受けてい
て、皆、それぞれスキルが上がっているのを感じていた。
 そんな毎日の中での事だった。


 1、想い
 ストリウスの街の、南端に位置する「聖亭」と、そこから真っ直ぐ行った道にあ
る「望」は、結構近い距離にあった。ジーク達は「聖亭」に泊まりながらも「望」
で、修行して、次の依頼を待つ。それが常であった。
 ジークは、「望」の副ギルドマスターであり、不動真剣術と関わりが深い天武砕
剣術の継承者サルトラリア=アムルと、毎日厳しい修行をしていた。サイジンは、
この頃入ったギルドメンバーの戦士全員を相手にしながら「死角剣」を磨いていた。
 はたまた、ミリィは、棒術を磨くためにサルトラリアと交代で、ジークとの稽古
に付き合っていたし、レルファとツィリルは、少しでもトーリスに近づくためにト
ーリスを講師にして、魔法の修行をしていた。新しく入ったギルドメンバーの魔法
使い達も、誰一人トーリスには敵わないので、トーリスの授業を受けに来ていた。
 「望」は、この頃忙しい毎日である。しかし、ギルドマスターであるサルトラリ
アの父のサルトリア=アムルは、この忙しい毎日こそ自分が求めていた物であり、
生き甲斐であった。天武砕剣術の道場が崩壊寸前の時は、苦し紛れにギルドを立ち
上げて、苦労した毎日だったが、ジーク達のおかげで潤う毎日であった。
(あの子達には、感謝しきれぬわい。)
 サルトリアは、あの7人に感謝せずには、いられなかった。
(そういえば、あの子は、どうなったんじゃろうのう。)
 サルトリアは、一人の少年を思い出す。ゲラムの事だった。ゲラムは、職業訓練
所に毎日朝早くから夜遅くまで訓練していると聞いた。そのせいで、前回の冒険も
断念したほどだ。今のパーティーには居ない盗賊と言うスキルを選び、更に弓術の
スキルもアップさせたいと言うのだから驚きである。既に1ヶ月は経っている。
「サルトリアさん。こんにちは。」
 そう。今にも、ここに来て挨拶しそうなほど良い少年だった。
「ちょっと。サルトリアさん?」
(この声は・・・。)
 サルトリアが、振り向くと、そこには見覚えのある少年が立っていた。
「おお!ゲラム!ゲラムか!?」
 サルトリアは、ビックリして立ち上がる。ゲラムが目の前に居たのである。
「ひっさしぶりです!カリキュラム終わったから、改めて来たよ!」
 ゲラムは、ニッコリ笑うと、サルトリアと握手する。
「も、もう終わったのか!?」
 サルトリアはビックリした。1ヶ月でカリキュラムを終えると言うのは、かな
り速いペースだ。
「頑張りましたもん。おかげさまで、やっとジーク兄さんの助けが出来そうだよ。」
 ゲラムは、嬉しそうに語った。しかし、その背景には涙ぐましい努力があったに
違いない。
「偉い!それにしても・・・背が伸びたのう。お主。」
 サルトリアは、ゲラムがここに来た当時は、ツィリルと同じくらいだったのを覚
えている。しかし、今では、ジークと同じくらいありそうだ。
「確かに、ここ1ヶ月で結構伸びたけど、そんなにかなぁ?」
 ゲラムは、自覚していなかった。これまでと違う環境が、成長を促したのである。
「ふぃー。今日の朝の稽古は、ここまでだ。」
 サルトラリアの声がした。どうやら、ジークとの稽古が終わったらしい。
「父さん。悪いけど、冷たい物を用意してくれる?・・・って、お?」
 サルトラリアは、ふとゲラムの事に気がつく。
「ゲラム君じゃないか!久しぶりだなぁ!」
 サルトラリアは、ゲラムの所に向かう。
「ご無沙汰してました。サルトラリアさん。」
 ゲラムは、サルトラリアと握手をする。
「そうか!カリキュラムが、終わったのか!おめでとう!」
 サルトラリアは、喜んでくれていた。
「おーい!ジーク君にミリィさん。ゲラム君が来たぞ!」
 サルトラリアが声をかけると、ジークとミリィは、一目散にこっちに来た。
「ゲラム!ゲラムか!待ってたんだぜ!」
 ジークは、喜びを体いっぱいで表現する。ゲラムの事を忘れる日は、一日たりと
も無かった。そのゲラムが、帰って来たのだから、嬉しい限りである。
「私も、忘れて無かったヨ!久しぶりネ!」
 ミリィも、喜んでくれていた。
「ジーク兄さんにミリィさん。やっとカリキュラム終わったよ!」
 ゲラムは、親指を立てて合図する。
「やったなぁ!ゲラムは、頑張ってたもんなぁ!」
 ジークは、ゲラムが夜遅くに帰ってきてたのを知っている。しかも、自分達には
心配を掛けさせたく無いと、ミリィの母親のファン=レイホウに頼み込んで、自分
だけ部屋を遠い所に持っていってたのだ。
「修行の成果、見せてくれるんだろ?」
 ジークは、ニヤリと笑う。
「当然だよ。役に立てれる事を証明しなきゃね。」
 ゲラムは、自信たっぷりであった。何せゲラムの受けたカリキュラムは、上級の
難しいコースなのにも関わらず、ゲラムは、文句一つ言わずに、全てこなしたのだ。
それなりの自信は付いてくるだろう。
「ふう。結構疲れる物ですね。」
 サイジンの声がした。どうやら、稽古が終わったらしい。それと同時に、トーリ
ス、レルファ、ツィリルも来る。授業を終えたのだろう。ギルドメンバーが、どや
どやと、昼食を取りに行った。
「お。ジーク義兄さんも、終わったみたいですね・・・ってゲラム!?」
 サイジンも、ビックリする。
「終わったのですか?ゲラム。」
 トーリスも、駆け寄ってくる。
「ひっさしぶりぃー。背が伸びたねぇ!ゲラム君。」
 ツィリルも、嬉しそうな声をあげる。
「本当だ!もう私も追い越されちゃったなぁ。」
 レルファは、苦笑していた。
「皆、ただいま!」
 ゲラムは、ニッコリ笑う。どうやら、性格までは変わってないようだ。
 皆は「望」の客間で、久しぶりに一同に介し今までの経緯を話し合っていた。
ジーク達は、龍の巣での出来事を事細かに話した。龍の巣での親子に出会った事で、
いずれ来るかもしれないと言う事をだ。
 ゲラムは、自分のやったカリキュラムを説明した。それは恐ろしい内容だった。
ゲラムは、全くの初心者ではあるが、身体能力は、優良の位置にあったので、上級
盗賊カリキュラムコースを選んだ。しかも、短期間で取得出来るハードな特訓を主
体とした物だ。しかし、それは、昼間での話で夕方になると同じコースの弓術を選
んで、それを実行したのである。そのおかげか、すっかり生傷が増えて帰って来た
事は、ままある事だった。
 盗賊のスキルでは、主に鍵開けや罠解除と言った物だった。肝心の盗みに関して
は、シーフ用特別料金を払えば教えてもらえるのだが、ゲラムはシーフになるつも
りは無いので、盗みに対する対処法を覚えるだけに留めた。
 そして弓術の方は、弓で的に当てるのが、主な内容ではあったが、ゲラムの場合
は、特別上級カリキュラムコースだったので、同じ的でも動く物体を当てる事を中
心としたカリキュラムを組まれた。より実践的とも言える。
「はぁ・・・。よく終わりましたねぇ。」
 サイジンは聞いて呆れる。聞けば聞く程、気が遠くなるような話だ。
「ちゃんと免許も、もらったんだよ?」
 ゲラムは盗賊と弓術の免許の印を見せる。
「それだけ、ゲラムの一途さが光ったんでしょうね。」
 トーリスは、口元で笑う。ゲラムらしい話だと思ったのだ。
「皆も居ることだし、早速、免許を取った腕前を見せなきゃね!」
 ゲラムは、そう言うと、弓を用意する。結構使い込まれた良い弓だ。ストリウス
の武器屋で、ゲラムが選んで買ってきた物であった。それをゲラムは、カリキュラ
ム外の時にも、良く練習に使っていたのである。
「サルトリアさん。的ある?」
 ゲラムは、練習場のほうへ向かう。
「フフ。そう言うと思って、用意しておいたぞい。」
 サルトリアは、ニヤリと笑って、練習場に案内する。すると、いつの間にか、的
が用意してあった。皆も、それについていく。的は線から10メートルほどの位置
にあった。
「お。良い位置。じゃぁ行くよぉ!」
 ゲラムは、背中に矢筒を付けていたので、そこから矢を引っ張り出す。
 キュン!トス!
 ゲラムが、弓を引いたかと思ったら、すでに的に刺さっていた。凄い早さである。
また、次の矢を用意するまでの手の動きも尋常じゃなく、次々と違う的に当ててい
った。しかも、全て中心である。
「・・・やるぅ。」
 ジークは、つい見惚れていた。凄い腕前である。どうやったら、1ヶ月で、ここ
まで出来るのか不思議だった。
「頑張ったもんね!」
 ゲラムは、ニコッと笑う。この仕草は変わらない。
「こりゃ、我々も、うかうかしてられませんね。」
 トーリスは、褒め称える。
「これで、皆と一緒に冒険出来るよ!」
 ゲラムは、それが楽しみでならなかった。
(それだけのために、ここまでやるとは・・・。)
 トーリスも、この頑張りには脱帽だった。
「ああ。もちろん歓迎するよ!ゲラム!」
 ジークは、ゲラムの肩を叩いた。昔なら頭を叩いていた所だが、ゲラムの、今の
背丈では、それも無理だ。
 ゲラムが戻る。それは、このパーティーに取って、嬉しい誤算であった。


 軍事国家ルクトリア。今でこそ、その影を潜めているが、20年前までは、ルク
トリアに適う物無しとまで言われた国であった。時代が変わって、プサグルと手を
取り合って国を運営しているが、その力は、まだ絶大な物があった。
 そのルクトリアの城下街から少し外れた所に、英雄ライルの姉であるアルド=ユ
ードの家がある。正確に言えば、アルドの夫であり、ライルの親友でもあるルース
の家なのだが・・・。
 そのルースの家は、道場を経営していて、毎日朝早くから夜遅くまで、修行をす
る声が、鳴り響いていた。中心になっているのは、ルースの息子であり「ルース流
剣術」を継ぐであろうアインであった。
 しかし、今は客人が中心になっている。その客人とは、英雄ライル、その人であ
った。息子と娘が旅に出た今、憂いが無くなったライルと、その妻マレルは、姉の
家である、この家に居候として住まわせてもらっているのだ。理由は至って簡単で、
親であるルクトリア王シーザー=ユード=ルクトリアの世話をしに来たからである。
何せ、兄のヒルト=ユード=プサグルがプサグル王家にずっと居るのだ。言葉には
出さずとも、シーザーと王妃のカルリール=ユードは寂しい思いをしているに違い
なかった。いくら忠誠のため残った近衛団長のクライブ=スフリトが居るとは言え、
息子の顔を、見たがってるに違いなかった。
 そんな思いを受け止めるために、ライルは3日に1度程ルクトリア城に出かけて
は、シーザーに会いに行っているのだ。とは言え、只で泊めてもらうのは、ライル
の性に合わないらしく、ライルは、ここの門下生に稽古をつける事にしたのだ。マ
レルも毎日の食卓を手伝ったりしていた。
「さぁ次!」
 ライルは、門下生達と次々と稽古をこなす。無論、負けてはいないが、門下生達
は、ライルの動きを少しでも盗もうと必死であった。それは、アインも同じ事で、
見入るように見ていた。ライルは巧みに門下生一人一人の力に合わせて、手加減し
ながら戦っている。なので一戦ごとに門下生達は強くなって行くのを感じた。
「次は俺だぁ!ライルさん!お願いします!」
 ライルの幼馴染である、エルディス=ローンの息子、レイリー=ローンも、実は
この家の居候として住んでいた。レイリーは、ライルがこの家に居ると言う事で、
半ば強引に頼み込んで、住まわせてもらっていたのだ。
「お?レイリーか。よぉし。来い!」
 ライルは、まだ汗一つ掻いていない。底無しの体力である。もう41歳だと言う
のに、鍛え方が違うのだろうか?
「前に指摘した事、分かってるな?」
 ライルは、レイリーの弱点について、ちゃんと指摘しておいた。
「そこまで馬鹿じゃねぇっすよ。ライルさん。」
 レイリーは、ニヤリと笑う。練習用の木刀を構える。レイリーは、少し特殊な構
えを見せる。と言うのも、レイリーの家系は、代々忍者の家系なのである。母であ
る繊香=ローンは、ガリウロルの忍者の家の名門、榊家の頭目の娘なのである。
 エルディスも、その忍者の技を受け継いでいるし、それに因んでレイリーも忍者
の技を受け継いでいる。最もレイリーのそれは、剣術に偏っているのだが・・・。
本人が、そっちの方ばかりやるので、仕方が無いと言えば仕方が無い。
「行くぜ!うおおおお!!」
 レイリーは、掛け声と共に木刀を振りかざす。真正面から木刀を振る。
「良い踏み込みだ!」
 ライルは、その木刀を自分の木刀の背で受け止める。レイリーは、忍者なので、
つい敵の目を誤魔化すための剣の振りが多くなっていた。しかし、それは、敵に読
まれれば、致命的なミスとなる。それをライルは指摘していたのだ。
「しかし、まだ集中が足りないな!」
 ライルは、レイリーの木刀を跳ね返すと凄まじい速さの袈裟斬りを放つ。
「不動真剣術、袈裟斬り「閃光」!・・・と、やるなぁ。」
 ライルは、感心していた。レイリーは、あの速さの袈裟斬りを飛んで躱したのだ。
ライルくらいの実力の「閃光」が避けられたのは、中々記憶に無い。敢えて言うな
ら、息子のジークに受け止められたくらいだ。
「伊達に、見物してた訳じゃ無いっすよ!」
 レイリーは、そのままの体制で、ジャンプ斬りをするつもりだった。
「でも、甘い!」
 ライルは、レイリーの足元を掬う。そして、レイリーがバランスを崩して着地し
た所を裏から狙う。
「うぎ!」
 レイリーは、痛みを覚悟した。しかし、木刀は寸前で止められていた。
「ここまでだな?」
 ライルは、木刀をレイリーの目の前で、ピタリと止めていたのだ。
「・・・はぁ・・・。参りました!!」
 レイリーは、素直に負けを認める。負けず嫌いのこの男にしては、珍しい事だ。
「くぁぁぁぁ!さすがだなぁ。ライルさん。避けた時は、行けると思ったのに!」
 レイリーは、一礼した後に悔しがる。やっぱり負けず嫌いであった。
「読んだまでは、良かったがな。飛んだ時には、足元が留守になる。それを考慮し
て斬りを放つか、飛ばずに躱して裏に回るくらいは、しなきゃな。」
 ライルは正確にアドバイスをする。レイリーは、このアドバイスを聞きたいがた
めに、ここに居るのだ。素直に聞いていた。
「でも、成長したな!まさか「閃光」が避けられるとは、思って無かったぞ?」
 ライルは、素直に褒める。
「へっへー。ライルさんは、木刀を跳ね飛ばすアクションの後に必ず「閃光」を放
って来るからね。」
 レイリーは、ライルの癖を読んだのだ。大した洞察力である。
「それは良い事を聞いた。次からは、存分に気を付けるとしよう。」
 ライルはニヤリと笑う。
「しまった!」
 レイリーは口を滑らせてしまった。次に、この手口は効かないだろう。ライルは、
それを修正するくらい訳が無いのだ。
(しかし、1ヶ月で俺の癖を読んでくるとは、大した才能だ。)
 ライルは、感心していた。レイリーやアインは、一日ごとに強くなっていくのが
分かる。中々育て甲斐があった。
「レイリー。次は俺と勝負するか?」
 横で見ていたルースが、口を挟む。このルースも、ライルと互角の勝負を繰り広
げた戦友の一人である。戦争のせいで闘わなければならなかった時も、ライルを後
一歩の所まで追い詰めた程の腕前であった。
「嬉しい事言ってくれますねぇ!もちろんやりますよ!」
 レイリーは、ワクワクしていた。家では親であるエルディスとの稽古が多い。無
論、エルディスもライルに近い実力を持っているので、毎日良い勉強になるのだが、
親子と言う間柄、どうしても遠慮してしまう部分がある。それが無い分、ここでの
稽古は、毎日が楽しかった。向こうではアインとライルが稽古を始めていた。
「お?やってるなぁ。」
 道場の門から声がした。誰か来たらしい。
「お?フジーヤじゃないか!」
 ライルは、アインとの稽古を止めて、門のほうに駆け寄る。フジーヤは、生物学
者であり、トーリスの父でもある。魔法の腕前も、それなりの物があった。ライル
とは戦友である。
「いつ来たんだ?」
「ついさっきさ。ペガサスで来たら、お前の姉さんに、歓迎されたよ。」
 フジーヤは、豪快に笑う。ペガサスは翼を持った馬で、フジーヤの研究の成果の
一つであった。今では、王家や知人などの交通手段として役立てている。
「そうか。んで、どうしたんだ?プサグルから来るって事は、何かあったのか?」
 ライルは、フジーヤは、用も無く来る男で無い事を知っていた。フジーヤは、中
央大陸に近いプサグルの外れに住んでいる。
「ああ。これが届いたんでな。家の事は、ルイシーに任せて来たんだ。」
 フジーヤは、懐から手紙を出す。ルイシーは、フジーヤの妻で元天使と言う経歴
を持っていた。
「誰からだ?」
 ライルは、宛名を見る。
「一つは、トーリスからだ。」
 フジーヤは、トーリスから手紙をもらっていたのだ。手紙には、ジークとの事、
幼馴染のレイアが「聖亭」に来た事、ゲラムが修行をした事を中心に、事細かに書
いてあった。
「元気に、やってるみたいだな。まったく、あいつらも手紙くらい、寄越して欲し
い物だな。誰に似たんだか・・・。」
 ライルは、苦笑する。あいつらとは、もちろんジークとレルファの事だ。やっぱ
り息子と娘の事は気になるのだろう。
「もう一つは、意外な人からだ。」
 フジーヤは、意味ありげに手紙を取り出す。
「これは・・・ジュダさんか!」
 ライルは、ビックリする。ジュダ=ロンド=ムクトーは、戦争時代にライルの手
助けをしてくれた人だが、謎の多い人物だった。しかし、悪い人ではない。妻であ
る赤毘車=ロンドと共に、ソクトア中を回って色々調べていた。
「ただの手紙って訳でも、無さそうなんだ。」
 フジーヤは手渡す。手紙には、色々書いてあった。
『ライルへ、フジーヤへ
 この手紙は、是非、2人に読んで欲しい。と言うのも、このソクトアの事情の事
について、色々分かったからだ。
 まず一つ、バルゼで分かった事を伝える。このソクトアでは今、力のバランスが、
崩れている。その証拠に俺は、妖精から『転生』したと言う少女を発見した。転生
の事は、フジーヤが良く知っているだろう。転生には2つの要素が要る。まずは、
その者の強い精神力。そして、もう一つは類まれな魔力なんだが・・・。
 ここで一つおかしい事に気付いた。その妖精は、大した魔力を使わずに転生出来
たそうだ。と言う事は、このソクトアに魔力が、充満している可能性が高いと言う
事になる。
 そして、これは俺の独断なんだが、ソクトアの、どこかは分からないんだが、瘴
気を感じるんだ。瘴気とは、ライルは知っていると思うが、魔族が放つ闘気のよう
な物だ。ライルが黒竜王と闘った時に感じた物と同じ物だ。黒竜王との戦いの時に、
奴が魔界を開いた事は知っていた。しかし、それは極少数の物だと思っていたんだ
が、今回は様子が違う。隠しているのに隠し切れない瘴気を感じるんだ。
 俺は、赤毘車と共に、バルゼをもっと調べることにしているが、そちらの方も気
を付けてくれ。こんな事は書きたくないが、嫌な予感がするんだ。
 信じようと信じまいと、そちらの自由だが、警戒は怠らぬようにしてくれ。
 久しぶりで、こんな事書いて悪いが、これで失礼する。     ジュダ』
 と書いてあった。
「どういう事なんだ?」
 ライルは、神妙な面持ちになった。
「俺にも、全部分かった訳じゃない。だが、何かが、起こっているらしいな。」
 フジーヤも、真面目な顔で言った。
「瘴気か・・・。思い出したくも無いが・・・それが本当だとしたら、何かが起こ
ってる事は、間違いないな。」
 ライルは黒竜王の事を思い出す。ライルが倒した魔貴族の事である。その事で、
ライルは、英雄と呼ばれるようになったのだ。黒竜王ことリチャード=サンは、恐
るべき敵だった。魔界の門を開けてソクトアを魔界に仕立て上げようとした本人で
ある。ライルは、あの闘いで勝てたのは、マレルとの奇跡のおかげだと思っている。
「まぁ、いずれ分かる事だが、俺の方でも少し調べてみるさ。」
 フジーヤは、ライルを元気付ける。
「ああ。済まんな。」
 ライルは、こう言う時のフジーヤを頼もしく思っていた。
「良いって事よ。気にするな。」
 フジーヤは、そう言うと、道場の方へ向かって、ルース達に挨拶していた。
(何かが起きたら、今度はジーク。お前の番だぞ・・・。)
 ライルは、息子に託した「怒りの剣」の事を思い出す。あれこそが、ルクトリア
に伝わる邪を封ずる宝剣であり、同時に不動真剣術を最大に活かせる剣でもあった。
 ライルはストリウスの空に向かって視線を泳がせていた。


 軍事国家プサグル。東にルクトリアあれば、西にプサグルありと言われた大国で
ある。昔こそ酷い言われようをした事がある国だが、現在は、統治者であるヒルト
のおかげで飛躍的に国交は、回復しつつある。
 と言うのも、プサグルには、ルクトリアと繰り広げた血塗られた歴史があるから
だ。かつてのプサグルは、ルクトリアに対する対抗心で埋まっていたため、外交を
考える余裕すらなかった。しかし、ルクトリア王子が王に就任した後は、ルクトリ
アとの外交は、もちろんの事、ルクトリアに居た頃の親交が深かったパーズやサマ
ハドールとの外交も強化され、現在ではルクトリア、プサグル、パーズ、サマハド
ールの4国が、同盟を結んだ事になる。
 ただでさえ、プサグルとルクトリアが同盟を結んだ事で、脅威と成り得たのに、
パーズやサマハドールまで、この同盟に参加した事で、プサグルに次ぐ軍事を誇る
デルルツィアなどから見れば、とんでもない事でもあった。
 そのプサグル国の王女フラル=ユードは、お転婆として有名な王女であったが、
この頃は、そのなりを潜めている。と言うのも、お忍びで来ているデルルツィア王
子に、恋をしてしまったせいであろう。
 デルルツィア王子ミクガード=フォン=ツィーアは、デルルツィアの王に協力す
べくプサグルへの潜入を行ったのだが、ヒルトと出会って、感銘を受けて、デルル
ツィアとの国交を結ぼうと努力をする方向に考えが変わったのだが、しばらく滞在
して、この国の良さを知ろうとしていたのだ。
 フラルは、デルルツィアの事を、良く知らないので、色々聞き出そうとしたのだ
が、その内、ミクガードに対して想いを抱くようになっていたのだ。また、ミクガ
ードの方も、まんざらでは無さそうだ。最もフラルは、ミクガードの事を一兵士だ
と思っている。ミクガードは、その辺でコンプレックスを抱いているようだった。
一つは、フラルに対して嘘をついている事。そして、もう一つは自分がデルルツィ
アの王子と言う事で拒絶されないか?と言う事だった。
 今は、まだデルルツィアとは険悪な状態なのだ。身分を明かして、嫌われないか
不安なのだ。それに、ヒルトは偉大な王とは言え、そう簡単に交際を認めてくれる
とは思えない。一国の王とは言え、父なのだ。
 色々な問題から、ミクガードは、未だに本名すら言えずにいた。ミックと言う偽
名を使っている。
「今日も暗いですのね。ミック。」
 フラルは、詰まらなそうな顔をしていた。ミクガードは、ここの所いつも暗い顔
をしていたからである。
「すみません。考え事をしていました。」
 ミクガードは、未だに兵士としての言葉使いをしている。その事が、更に自分自
身を責める要因になっている。
「私、ハッキリしないのは嫌いなのよ?」
 フラルは、薄々感づいていた。ミクガードが、ただの兵士では無いと言う事にだ。
「それとも、私には言えないって言うの?」
 フラルは、イライラする。自分だけが、除け者にされている感じがするのだ。
「ミックは私の事が嫌いなのね。」
「そ、そんな事はない!ある訳無いじゃないですか。」
 ミクガードは慌てて否定する。ここ数日、フラルとは毎日のように、こうしてい
る時間が長い。なのにも関わらず、ハッキリとした意思が感じられないのが、フラ
ルの癇に障っているのだった。
「なら、ハッキリして下さらない?もう待つのは・・・嫌なの。」
 フラルは目を伏せる。フラルは、自分が王女と言う立場上、この部屋で篭りっき
りな状態が続いている。城を出歩いたりは、してるのだが、退屈な日々であった。
「・・・驚かないか?」
 ミクガードは、口調を変えた。もう話すつもりでいた。限界なのだ。自分が、話
さずとも、フラルは、自分で調べようとするだろう。そうなったら、危険な目に遭
わせるかも知れない。それだけは避けたかった。
「もちろんよ。私は、貴方の事、信頼してるつもりよ?」
 フラルは怯まなかった。気の強い事である。
「分かった。俺も、もう限界だしな。」
 ミクガードは、目をつぶる。そして気持ちを落ち着かせた。
「俺はミックと言う名では無い。本当の名前は、ミクガード=フォン=ツィーアだ。」
 ミクガードは、そう言うと、自分の持ってきた槍を取り出して、加工した部分を
削り取る。すると、そこにはデルルツィア王家の紋章が刻み込まれていた。
「察しの通り、デルルツィアの第1王子だ。」
 ミクガードは覚悟を決めた。フラルの事を、まともに見れないでいた。
「・・・プッ!ハハハハハ!なーんだ。そうだったの?」
 フラルは、突然笑い出した。ミクガードは、さすがに、この反応は意外だった。
「な、何だよ!人がせっかく、思い切って言ったってのに!」
 ミクガードは、ビックリして反論する。
「何よ。問題無いじゃないの。デルルツィアの王子?それがどうしたってのよ。ミ
ック。いやミクガードはミクガードなんでしょ?」
 フラルは、あっけらかんとしていた。
「私は、てっきり他に恋人が居るとか、お父様の差し金で雇われていたとか、そっ
ちの方ばっかり考えてたわよ?」
 中々失礼な言い方である。まぁフ、ラルらしいと言えば、それまでなのだが。
「凄い言われようだな。・・・プッ。ハハハハ!何か悩んだのが、馬鹿らしくなっ
たよ。こんな反応されるなんて思って無かったぞ。」
 ミクガードも笑い出した。心が、スッキリしたせいだろう。
「その程度の事で、私が嫌うんじゃないか?って思ったんでしょ?」
 フラルは、ミクガードに、にじり寄ってくる。
「残念でした。私はね。そんな柔じゃないわよ。」
「・・・そういやそうだな。」
 ミクガードは、普段のフラルを見ていたので、確かにその通りだと納得する。
「その話し方の方が、スッキリするわ。自然体の方が、私は好きよ。」
 フラルはニ、ッコリ笑った。
「大体ねぇ。デルルツィアとの国交が無いってんなら、私達が、国交になれば良い
のよ。違う?」
 フラルは、ミクガードに指を振る。得意のポーズだ。
「随分、思い切った事言うんだな・・・。」
 ミクガードは呆れていた。驚かないばかりか、こっちが驚かされっぱなしである。
国交になると言う事は、フラルとミクガードが婚約すると言う事に他ならないから
である。
「何?嫌だっての?ん?」
 フラルは、頬を膨らませる。
「そんな訳無い。ただ・・・俺で良いのか?」
 ミクガードは、恥ずかしそうに頭を掻く。
「前にも話したでしょ?私は、いつかどこかに嫁がなきゃならなのよ?貴方なら、
丁度良いわ。何も知らない他人じゃ・・・ないでしょ?」
 フラルは、自分の口を指で塞ぐ。ミクガードは、顔が真っ赤になった。ミクガー
ドはフラルと唇を重ねた仲なのだ。
「私、こんな事、自分で選べるなんて幸せよ?」
 フラルはニッコリ笑う。ミクガードは、つい見惚れていた。
「フフッ。参ったな。俺の方が一本取られるとはな。」
 ミクガードは、肩を下ろす。
「もう!今まで心配した分、どうしてくれるのよ!」
 フラルは、そう言うとミクガードの胸に飛び込んできた。
「心配したのよ?本当に!」
 フラルは、緊張の糸が切れて涙が頬を伝う。
「悪かった。済まん。俺は不器用でな。」
 ミクガードは、フラルの背中に手を回して頭を撫でてやる。
「やだ。涙が止まらない。嬉しいのに・・・。」
 フラルは、嬉し涙が止まらなかった。
「明日、ヒルト王に報告する。そして、国の皆を説得するさ。約束しよう。」
 ミクガードは、覚悟を決めた。周りから何と言われようと、この王女だけは、手
放さないと言う事をだ。
「約束破ったら、許さないからね。」
 フラルは、ジト目で睨む。いつの間にか涙は止まっていた。
「そんな器用な事は出来ないさ。知ってるだろ?」
 ミクガードは苦笑する。
「フフッ。信じるわ。そして・・・待ってる。」
 フラルは目を伏せた。そう。ミクガードは国に戻ると言うことは、マレルは、こ
の国で待ってなくては、ならないと言う事だ。
「ああ。その事なんだがな・・・。君も一緒に来てくれないか?」
 ミクガードは、また真っ赤になりながら言った。
「い、いやぁな。その方が説明が早くつくし・・・俺も・・・。」
 ミクガードは、言葉に出来ずにいた。本当に不器用で正直な男である。
「分かったわ。でもね。下手な説明したら、許さないから!」
 フラルは、ニッコリ笑ってそれに答える。何よりも待ってた言葉であった。そし
て、何よりも嬉しかった。ミクガードは回していた手を離す。
「はぁ。まずは、ヒルト王からか・・・。俺、殺されないよな?」
 ミクガードは溜め息をつく。見てた感じ、ヒルトのフラルへの愛情は、相当な物
だった。さすがに緊張する物である。
「そんな事で、大丈夫なの?心配だわ。」
 フラルは、冷やかすような視線を送る。暢気な物である。
 ミクガードは、明日に向けて心配な事ばかりであった。



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