2、衝撃  ストリウスの中心は、ギルドから成り立っている。と言うのも、この国が、法皇 とは名ばかりで、ギルドが自治を行ってる国であるからだ。  そのギルドの中でも、「闇」と「光」と「気」が、勢力争いのように抗争を繰り 広げている。しかし、上手いバランスが、成り立っている物で、それぞれ拮抗して るから激しい争いは無く、上手い具合に自治が成り立っていた。  しかし、この頃のジーク達の活躍によって、この3ギルドの威信はドンドン失わ れていった。それどころか、「望」にギルドメンバーを取られていると言う噂すら ある。このままでは「望」に取って代わられる日も、そう遠くないかもしれない。  そうなっては後の祭りと言う事で、色々計画を立てようとしていた。  特に「闇」は、盗賊や暗殺者などを生業としている者が多い。とは言え、「望」 に行った連中を襲うのでは、いずれアシが付いて、名ばかりとは言え、法皇や対立 している「光」や「気」に何をされるか分からない。  となると、初めから「望」に居た連中を襲うしかなかった。しかし、ジーク達7 人は、とてつもない強さなので、これまで何人か遠征に出したが、悉く返り討ちに 遭っていた。だが、それ以外の連中は、そこまで強くは無い。何度か「闇」に襲わ れたと言うギルドメンバーが「望」の中に出始めていた。  その事に付いて、ジーク達7人と、ギルドマスターのサルトリア、副ギルドマス ターのサルトラリアは、会議を開いていた。 「とんでもない連中だな。」  ジークは、口を尖らす。そう言う汚い事は、ジークは嫌いなので、バツの悪い顔 をしていた。 「何度か、私の手で返り討ちにしてるんですがね。懲りない人達だ。」  トーリスは、溜め息をつく。トーリスは、何度か3ギルドに誘われた事があるが、 もちろん断ってきた。その度に、トーリスは襲われたが、返り討ちにしていた。 「皆を襲うなんて酷い人達だねー。やんなっちゃうねー。」  ツィリルも憤慨していた。トーリスのおかげか、魔力を制御出来るようにはなっ たが、ツィリルは感情によって魔力の桁が変わる時がある。気を付けなければなら ない。前に酒を飲んだときは凄い騒ぎになった事を、まだ覚えている。 「盗賊の中でも悪質な連中が多いって聞いたね。」  ゲラムは、職業訓練所の話を思い出す。「闇」のメンバーは、見ただけで分かる らしい。そう言う連中には、気合を入れて教えないそうだ。 「表の受付本部とは別に。裏の本部があるって聞いたネ。」  ミリィは、ストリウス出身なので、その辺の噂は良く聞いている。 「怪我人が、増えなきゃ良いけどね。」  レルファは、それが心配だった。この頃、怪我人が多く出るので、レルファの出 番が多いのだ。嫌な訳では無い。でもどうせなら、出ない方が良いに決まっている。 「レルファを参らすとは・・・。品性の無い連中には鉄槌を下さねばね。」  サイジンは、鼻先で笑う。結構本気だった。 「まぁ待つんじゃ。」  サルトリアは皆が、過激な事ばかり言ってるので、制止する。 「いきなり攻め込んでも、埒があかないじゃろ?」  サルトリアは、いつに無く慎重だった。 「随分珍しいね。じいさん。」  ジークは、サルトリアが結構したたかな爺さんな事は知っている。しかし、この 状況では、真っ先に出掛けるかもしれないと危惧していた物だ。 「こういう無駄な事で、お主らの手を患わせたく無いんじゃよ。」  サルトリアは、困った顔で言った。 「迷惑だ何て、思ってませんよ?」  トーリスは、優しく声を掛けてやる。 「そう言う事じゃあない。たまには、この爺にも出番をくれと言うてるのじゃよ。」  サルトリアは、胸を張る。 「どうする気なのですかな?」  サイジンは、ちょっと心配だった。 「何のことは無い。休戦条約を、結びに行くだけじゃよ。」  サルトリアは、もう書状を用意してあった。 「危険じゃない?ちょっと心配だなぁ。僕。」  ゲラムは、一回サイジンが追っ払ってる時の事を見ている。とても話し合いが通 じる連中には見えなかった。 「あっちとて被害が大きいし、「光」や「気」の事もある。無理に、わしらとは戦 わんじゃろ。」  サルトリアは、算段があった。「光」や「気」の事も含めて「闇」が受け入れる だろう条件を結構書き記していた。何せ、自分達の領域を作らないと言う内容の事 も書いてある。悪くない取引だ。彼らは「望」の勢力化が一番気にしているのだ。 それを持たないと宣言すれば、無理に攻め込んでくる事も無いだろう。 「俺も、あまり賛成じゃあないな。」  サルトラリアだった。実の父の事だ。心配なのだろう。 「お主は、わしがいない間の、このギルドの運営をやるんじゃ。」  サルトリアは、キッパリ言った。これだけは、やり遂げる気でいる。 「わしとてなぁ。形だけのギルドマスターに、収まりたくは無いんじゃよ。」  サルトリアは、ニッコリ笑う。なるほど。その思いが強かったからである。 「やれやれ。頑固な事だな。まぁ任せるよ。でも気をつけてよ。」  サルトラリアは、溜め息をつく。父の、こういう時の押しの強さは、十分知って いる。サルトラリアが子供の頃から、こんな感じであった。 「お主達も、それで良いな?」  サルトリアは7人を見渡す。 「お爺ちゃん。気をつけてねー。」  ツィリルは、心配そうだった。 「今回は任せるけど、無理しないでよ。」  ジークは、サルトリアと握手する。 「おお。任せんしゃい!」  サルトリアは、開口一番にそう言うと、手を振って「闇」の表の受付に向かって いった。 (こんな仕事を、あの子達に任せる訳にも、いかんのじゃよ。)  サルトリアは、ジーク達の事を本当の孫みたいに思っている。そんなジーク達を、 危険な目に遭わせたく無かったのだ。  空は、まだ昼だと言うのに曇り始めていた。  デルルツィアの領土に、一つの馬車が走っていた。決して豪華では無いが、しっ かりした作り。これは機能性を重視しているためであろう。その分だけ、早く着こ うとしていた。  その馬車の中に2人、重要人物が乗っていた。それは、デルルツィア王子ミクガ ード=フォン=ツィーアと、プサグル王女フラル=ユードだ。馬車を引いてるのは、 不貞腐れた顔をしたドランドル=サミル近衛団長だった。 「フラル。暑くないか?プサグルよりデルルツィアの方が暑いはずだからな。」  ミクガードは心配する。確かに、気温はデルルツィアの方が遥かに上だ。 「大丈夫よ。ミック。それにしても、お父様には参ったわ。」  フラルは、思い出して苦笑する。フラルはミクガードの事を呼び難いので、やっ ぱりミックと呼ぶ事にした。ミクガードも、それで良いと思っていた。 「俺は心配したんだぞ?全く・・・。」  ミクガードは、頭を掻く。ヒルトにフラルの事を話した時の事だった。もちろん、 ヒルトは、突然の話にビックリして、そう簡単に認めないと言う断固たる姿勢でミ クガードを跳ね除けていた。しかし、フラルが「ミクガード以外は、結婚しない。 無理やり離すと言うなら、この城を出て行く。」とまで言ったので、ヒルトは目を 白黒させて、気絶してしまったのだ。 「あんな、お父様見るの、初めてだったわ。」  フラルは、目を伏せる。いつも偉大な父であったヒルトが、自分の事になると、 ああまで取り乱すとは思ってなかったのだ。父の愛を感じた。 「でもミックの真剣さが、伝わったのかもね!」  フラルは、嬉しそうに言った。結局、馬車でデルルツィアに向かっていると言う 事は、許しを得たのだった。気絶した後、ヒルトは、ミクガードと、とことん話し た。ミクガードは今までの事を包み隠さず言った。その真摯な表情を見て、ヒルト は、真剣な表情でフラルの事を頼んでいた。あの表情をミクガードは、忘れられな い。一国の王とは言え、父であるという証だからだ。 (俺の親父も妹を嫁がせる時、こんなだったかなぁ・・・。)  ミクガードは、妹の事を思い出す。16歳と言う若さで、政略のために結婚させ られた妹は、人形のように嫁いで行ってしまった。フラルのように、自分の意思が、 そこにはあったのだろうか?今となっては分からないが、結婚する時に見せた表情 は幸せそうだった。あの時の自分の気持ちを、フラルの兄ゼルバ=ユード=プサグ ルも持っているのだろうか?ミクガードは、ゼルバとは何度か話したが、ヒルトに 似て、素晴らしい才能だったのを覚えている。人の上に立つ者のオーラが漂ってた。 「どうしたの?」  フラルは、ミクガードが、また何か考えてるので、顔色を伺う。 「いや、妹の事を考えてた。」  ミクガードは、フラルにも妹の話をした事がある。自分の身分を明かした後に、 色々と話したせいだ。 「ゼルバ兄さんの事も、でしょ?」  フラルは、ミクガードの思考回路が、どういう風なのか大体分かるつもりだ。 「多分、ゼルバさんは、妹が嫁いだ時の俺と、似たような心境なんだろうな。」 「どんな気持ちだったの?」  フラルは、尋ねてみる。ゼルバが、何を考えているか大体知りたかったからだ。 「悔しいと言うより、幸せになって欲しいって気持ちの方が上だったな。」  ミクガードは、正直に言った。恐らく、ゼルバも似たような心境なのだろう。 「フフッ。あの兄さんが、そう思ってくれれば、少しは嬉しいわ。」  フラルは、ゼルバの冷静さを知ってるだけに、その兄が、どう考えているか想像 出来るのは楽しみであった。 「それにしても、俺が、こんな形で帰って来るとは想像出来なかったな。」  ミクガードは、斥候として潜り込みに来たのだ。まさか、フラルと、こんな関係 になるとは思いも寄らなかった。ミクガード自身が、そうなのだから、国の人達は、 もっとだろう。 「あー・・・。何か緊張してきたな。」  ミクガードは、今更緊張する。国には、一応直筆で手紙は渡してあるが、詳しい 話は、帰ってからすると言う事になっている。 「手紙に、ある程度書いちゃえば早かったのに。」  フラルも、少し緊張気味だった。 「いやぁ、信用されないと思ってなぁ。」  ミクガードの直筆だけでは確かに罠だと思われる危険性がある。 「デルルツィアは、そういう体質の国なんだよ。」  ミクガードは、目を伏せた。デルルツィアは、長い事城壁に囲まれた国である。 一種の鎖国状態と化しているのだ。 「俺が、その状態を破らなきゃな。」  ミクガードは、決意の目をする。 「その顔のミック、私好きよ。」  フラルはニッコリ笑う。ミクガードは、照れくさそうだった。 「おい。そろそろ着くぞー。」  外に居たドランドルから声が掛かった。小さい頃から、子供のように可愛がって きた、フラルの嫁送りと言う事で、些か不機嫌だった。 「城壁が見えました?」 「ああ。間違いねぇな。それにしてもでけぇなぁ。こりゃ鎖国何て言われる訳だ。」  ドランドルは、そのデルルツィアの壁を見てビックリする。結構離れているのに 肉眼で見えるほど、デルルツィアの壁は高い。いつの時代に、何のために作ったか 知りたいくらいだ。 「へぇ。うわぁ・・・。大きいのねぇ。」  フラルも、初めて見る。そして、その大きさに少し感動していた。何せ、知り合 いの家や、プサグル国内しか行った事の無いフラルなのでワクワクしていた。 「デルルツィアが誇る『行雲の壁』だ。・・・俺は、あまり好きじゃないがな。」  ミクガードは、この壁が小さい頃から嫌いだった。守りに入る感じがするからだ。 そして、それは卑小に見える時もある。それが耐えられないのだ。 「そろそろ検問だな。頼むぜ王子さんよ!」  ドランドルは、ミクガードに声をかける。ミクガードは、覚悟を決める。 (俺は帰ってきたんだな・・・。)  ミクガードは、この門を前にして、やっと、その実感が湧いてくる。 「そこの馬車!止まれ!」  城壁の見張り台から声がした。城門のスイッチも、ここにある。これなら、ここ を破ろうとする者は少ないだろう。と言うより、空でも飛んでない限り、入るのは 不可能だ。城壁に囲まれた国とは、良く言った物だ。  ドランドルは、門の前で馬車を止める。 「ここをデルルツィアと知っておろう?目的を話すが良い!」  門番は大声で尋ねる。なるべく威圧するように、言われているのだろう。 「そこにいるのは、フレノールか?」  ミクガードは、馬車から降りた。 「な、私を知っているとは・・・何者だ!」  フレノールと呼ばれた門番は、ビックリする。 「俺の顔を忘れたのか?もう少し、早く気付けよ。」  ミクガードは参ったように頭を掻く。フレノールは身を乗り出して顔を確認する。 「ま、まさか!お、王子!?か、帰って来たのですか!」  フレノールは、ミクガードの顔を見てビックリする。 「何を、そんなに驚いているんだ?ちゃんと帰るって手紙出しただろう?」  ミクガードは、不審に思う。 「いえ、私は、聞いてません。初耳であります。」  フレノールが、嘘をついているとは思えない。 「手紙を出したのは、1週間も前だぞ?そんなはずは無いのだがなぁ・・・。」  ミクガードは、少し困っていた。 「まぁいい。親父に知らせてくれ!俺が、帰ってきたってな。」  ミクガードは、フレノールに伝えると、フレノールは、部下に伝令を頼んだ。 「ちっ。どうなってやがるんだ。」  ミクガードは、不機嫌だった。もっと、すんなり入れると思ったからだ。 「悪いな。ドランドルにフラル。少し、待っててくれ。」  ミクガードは、申し訳なさそうにする。  すると、伝令が、慌てて戻ってきた。デルルツィアでは、伝令役が要所要所に居 るので対応は早い。 「王子!失礼いたしました!今から開門いたします!」  フレノールが、またでかい声を張り上げる。 「王子!ご到着!」  ギギギギギギ・・・  フレノールの声と共に、城門が物凄い音を立てて開く。  すると、中からは街の様子が見えた。どうやら、伝令が素早く伝わったらしく、 街の人々は、歓迎の眼差しで、こちらを見ていた。 「これが・・・デルルツィアなのね。」  フラルは、ビックリした。街の様子は、そんなにはプサグルと変わらないが、雰 囲気が違った。王子が帰ってくるだけで、ここまでの騒ぎになるとは思わなかった のである。プサグルでは、有り得ない盛り上がりだった。 「絶対王帝政の証拠さ。俺は好きじゃないがな。」  ミクガードは、鼻で笑う。ミクガードは、フラルに話す時も、あまりこの国の事 を良く話して無かったので、何でか?と思ったが、少し納得出来た。 「ミクガード殿下!ばんざーい!」  人々の様子は熱狂的だった。さすがのドランドルも、これには引いた。 「・・・鎖国ってのは、やっちゃいけないんだよ。分かるだろう?」  ミクガードは、フラルとドランドルにだけ聞こえるように言う。 (こりゃ、想像以上だぜ。)  ドランドルは、さすがにフラルを守り通せるか不安になってきた。それが、自分 の使命である。  やがて、デルルツィアの城の前に来た。すると、すでに王と皇帝と皇太子が迎え に来ていた。 (あれが、デルルツィア王ルウ=フォン=ツィーアか。そして隣がデルルツィア皇 帝のシン=ヒート=ツィーアか。あれが皇太子だな。たしかゼイラー=ヒート=ツ ィーアだったか。)  ドランドルは、名前を思い出す。いざと言う時に呼べなければ困るからだ。 「ミクガードよ!良くぞ帰った!」  ルウが、王の威厳の声でミクガードを迎える。 「だが、確認したい事がある!お主、誓いの証はあるか!」  ルウは、ミクガードをジロリとにらむ。偽者では無いかと疑っているのだ。 「・・・好い加減にしやがれ!」  ミクガードは、イライラしていたが、ちゃんと親指の誓いを見せる。デルルツィ アの血判と言う誓いの証だった。 「そう苛立つな。ミクガードよ。よくぞ戻った。誠に嬉しいのだ。だからこそ、確 認したかっただけじゃよ。」  ルウは、ミクガードがイライラしているのを見越していた。息子だから一発で分 かる。だが、何故イライラしてたかまでは、読めなかった。 「親父!それにシンさんにゼイラー!これは、どう言う事だ!手紙だって渡しただ ろうが!」  ミクガードは、半分キレ気味だった。いつもなら、あの熱狂的な迎え方は、しな いし、あれでは、如何にも嘘臭い事はバレバレである。要するに、ルウの指示だっ たのだろう。それに手紙の事もだ。送ったのに、伝令に伝わって無かったと言う事 も、かなり頭に来ていた。 「ミクガード。どうしたのです?」  ゼイラーは、あまりにミクガードが怒っているので、ビックリしていた。 「手紙とは、これの事か?」  シンは懐から取り出す。どうやら、来ている事は来ていたらしい。それならば、 尚更、納得いかなかった。 「俺の手紙では、意味をなさないとでも言うのか?」  ミクガードは、3人をジロリと睨む。 「ミクガードよ。落ち着け。このデルルツィアでは、他国からの不審者が多いから、 手紙一通でも、怪しく思うってのは常識じゃろうに。」  ルウは、子供をあやすかのように言った。 「なによ!それ!」  フラルも、イライラしていたせいか、口を挟んでしまった。 「お主は、誰ぞ?そこに居る兵士も見慣れぬな。」  ルウは、2人を鑑定するかのように見渡す。 「私はフラル=ユード!プサグルの王女よ。ちゃんと証だって持ってるわ。」  フラルは、プサグルの紋章の付いたペンダントを見せる。確かに王家の物だった。 「俺はドランドル=サミル。プサグルの近衛団長だ。「荒龍」と言ったほうが早い か?もっとも戦乱時代の渾名だがな。」  ドランドルは、四天王の時の剣を見せる。 「ほう。ミクガードよ。何故、この2人と居るのじゃ?」  ルウは、段々怪しみ始めた。 「親父。好い加減にしないと、怒るぞ?その怪しむような態度を、息子に向けるの だけは、辞めてくれねぇか?」  ミクガードはルウだけでは無く、シンやゼイラー、そして他の人々に対して言っ た。この雰囲気に、耐えられなかったのだろう。 「まぁ良い。信じよう。だが、説明無しに信じる程、お人好しでは無いぞ。」  ルウは、ミクガードを睨む。 「良いだろう。説明してやる。皆も良く聞いてくれ。」  ミクガードは、深呼吸する。 「俺が、プサグルに行った事は、皆も知ってる通りだ。そこで俺が見たものは、素 晴らしい物だった。このデルルツィアと違い、王が国民の視線になれるようにと、 努力を続けていた!そして、自由があった!」  ミクガードは、皆を見回しながら言う。 「そして、俺は、ここに居るフラルとドランドルと知り合えた。一兵士として潜り 込んだのにも関わらずだ!それが何を意味しているか・・・分かるだろう?」  ミクガードは続ける。ルウは、黙って聞いていた。 「俺は、フラルと知り合って一緒の時を過ごした。俺が、ここに帰ってきたのは、 フラルとの婚約を果たすためだ!」  ミクガードは、発表する。その瞬間、どよめきが起こった。 「ミクガードよ。それを、お前は信用するのか?」 「親父。アンタなら、そう言うと思っていた。だがな!この国も変わるべきなんだ! フラルは、俺を信じて、ここまで付いて来てくれたんだぞ?それに応えずに、果た して良い結果が出るのか?」  ミクガードは、演説を続けた。段々人々の間から歓声が上がる。 「・・・プサグルで、何があったのじゃ?」  ルウは、息子の変わりようを見て驚く。ミクガードとて、最初はプサグルの事が、 信用なら無くて自分で調べるとまで言ったのだ。 「親父。ヒルト王は、俺達の結婚を認めたよ。そして、俺に約束してくれた。ソク トアが一つになるために、同盟すると言う事をな。それを聞いても、まだこの国は、 鎖国するのか?そしてシンさん。アンタもヒルト王を、まだ信用出来ないのか?」  ミクガードは、皇帝にも尋ねる。 「ミック・・・。」  フラルは、この恋人を見て頼もしく思った。そして、涙が一筋零れた。 「皆、俺は、フラルと結婚して、この国を支えてみせる。俺に付いて来てくれない だろうか?俺は、そのために帰ってきた!」  ミクガードは、宣言する。その瞬間、人々の間から大歓声が飛び出す。 「ミクガード。・・・お主、本気なのじゃな?」  ルウは、鋭い目付きで睨む。 「ああ。例え、親父が反対しようとも、俺は貫く。」  ミクガードは、強い意思を表した。 (お調子者の、あの子が、ここまで言うとはな・・・。)  ルウは、ミクガードの今の輝きが、すでに王として人の上に立つ者の光を放って いたのを見逃していなかった。 「よかろう!ミクガードよ。お前には、人の上に立つ光がある。わしの目は、いつ の間にか衰えていたらしい。お前に、この王の座を渡そう。そして、やってみせよ!」  ルウは、荘厳に答えた。それは引退宣言であった。人々の間から、どよめきが聞 こえる。ミクガードは、ルウを見て深く頷いた。 「ルウよ。良いのか?」  シンが、心配そうにルウの事を見る。 「シン。息子の支えになってくれ。アレを見よ。わしの時代は、終わったのだよ。」  ルウが、指差す先に、国民の大歓声を受けるミクガードがあった。 「フン。格好を付けるな。ルウよ。私とて、今のミクガードを支える力は無い。あ るとすれば・・・。」  シンは、ゼイラーの方を向く。ゼイラーは、キョトンとしていた。 「父上。どうなされました?」  ゼイラーは、シンの視線に気づく。 「国民よ!よく聞け!お前達は、良く尽くしてくれた!しかし、時代は新しくなる 物!私は、ゼイラーに全てを任せ、ここに引退を宣言する!」  シンは、国民に向かって演説する。国民は、更に一層どよめきたつ。 「父上・・・。分かりました。ゼイラー=ヒート=ツィーア!しかと承ります!」  ゼイラーは、覚悟を決めた。国民の間から、一層の大歓声が起こる。 「フラル。俺は今、初めて、この国を尊敬している。この一体感は他の国には無い 物だ。それを生かすも殺すも俺達次第と言う事だったのだな。」  ミクガードは、フラルに微笑みかける。フラルはニッコリ笑った。 「俺は、ここに宣言する!このデルルツィアを、人々の争いの無い国にすると!」  ミクガードは、そう言うと、城の中に入った。すると、人々は口々にミクガード とゼイラーの名前を連呼する。 「ミクガード。これで、俺の肩の荷も下りた。フラルを幸せにしろよ?」  ドランドルは、ミクガードと握手をする。 「私、ここの国の人達に好かれるように、頑張りますわ!」  フラルは、初めて心の底から笑って見せた。それは、幸せと嬉しさが、こみ上げ る素晴らしい笑いに違いなかった。  ミクガード=フォン=ツィーア。後に改革王と言われる器であったが、それは、 まだ先の事であった。  デルルツィアに、プサグルの心地よい風が入って来たかのようだった。  ストリウスの「聖亭」。ここには、今日もお客が、いっぱい居た。レイホウも、 大忙しであったが、心地良い忙しさであった。  娘が、また違う依頼を受けたと言う事で、レイホウは、自慢げに客と話したりし ている。何だかんだ言って、娘の活躍は嬉しいのだろう。  今回、ミリィが受けている依頼は、ジークとミリィとゲラムだけで受けている物 で、ゲラムの依頼に対する慣れを目的とした内容であった。ストリウスの街の近く にある法皇の別荘に「妖魔」が住み着いたと言う事で、退治しに行ってるのだ。  残りの4人は、トーリスを除いてストリウスの街で金貨稼ぎをしていた。ようす るに働いているのだ。トーリスは魔法の研究が進まないと言う事で、「聖亭」で一 部屋を借り切って、研究していた。昔、ジュダに見せてもらった古代魔法の研究ら しく、完成すれば古代の魔法が使えるようになると言う。意外と便利な物が多いと 文献にはあったが、実際に使うまでは、トーリスは納得しないのだろう。  そんな幼馴染の様子を、呆れた顔でレイアは見ていた。研究に没頭すると、周り が見えなくなる所などは、昔から変わっていない。少し安心した。  レイアは差し入れを持っていく。 「トーリス。入るわよ?」  レイアは、ドアを叩きながら声を掛ける。 「レイアですか。どうぞ。」  トーリスの声がした。どうやら、一休みしている最中らしい。レイアは、ドアを 開けて入る。トーリスは、いつもの三角帽子を机に置いて、研究ノートと魔法書を どっさりと、床に置きながら椅子に座って寛いでいた。 「フフッ。相変わらずねぇ。」  レイアは、トーリスの部屋を思い出す。背景こそ違うが、様子は、ほとんど同じ だった。こういう所は、トーリスは意外に気をつけていない。片付けは、全てが終 わってからやるのだが、終わるまでは片付けようともしなかった。 「はい!これ差し入れ!レイホウさんに感謝してね。」  レイアは差し入れを渡す。トーリスは優雅に、それを受け取ると静かに口に運ぶ。 「生き返りますね。後でレイホウさんに、ありがとうって伝えて置いてください。 それと、レイアも、仕事の合間を縫ってきたんでしょう?ありがとう。」  トーリスは、レイアに微笑み返す。レイアは幼馴染の、この表情に弱い。 「トーリス。私、あと1週間で研修は終わるの。」  レイアは、ニッコリ笑う。この頃、機嫌が良かったのは、そのせいだろう。 「そうですか。なら、その時に一緒に、一回帰りましょう。」  トーリスは、式を挙げると言う意味で言った。 「皆、ビックリするかもね!」 「ハハッ。そうだと良いですけどね。父さんは、あれで意外と冷静だからね。」  トーリスは、フジーヤの事を思い出す。確かにフジーヤは、薄々とレイアとの関 係の事を勘付いてるだろう。父は、そういう男だ。何より母には気付かれている。 「でも、トーリスは、まだ冒険に付き合うんでしょ?」  レイアは、少し暗い顔をする。するとトーリスは、レイアの肩を抱く。 「私は、抜けるつもりでいますよ。」  トーリスは、意外な事を言った。 「え?ど、どうして!」  レイアは、錯乱していた。トーリスは、反対の答えを言うと思ってたからだ。 「もちろん、レイアと一緒に暮らしたいと言うのもあります。でもね。後1ヶ月も すれば、私の弟子達は完成します。そうすれば私が、無理に残る必要はありません。」  トーリスは、レルファとツィリルの事を言った。既に、ここ1週間だけでツィリ ルは、目覚しい成長を遂げていた。「飛翔」まで覚えたのはトーリスも驚いていた。 「そっか。分かった!楽しみにしてる!じゃぁ、私仕事あるから!」  レイアは、トーリスの頬に軽くキスをして出て行く。この頃あまり隠していない。 特に、トーリスの前では自分の気持ちを出すようにしていた。  それを目撃している不穏な影があった。トーリスに気が付かれないように、廊下 の奥の方で、それを監視している影だった。 (あの女。確か、ここの新入りだったな。)  影は「闇」の一人で、凄まじい忍び足の名手だった。 (・・・使えるな。)  「闇」は、この影にジーク達7人の弱点を探すように言われていたのだ。後の6 人は、隙が無かった。しかし、意外にも、このトーリスに弱点があろうとは思って も居なかった。一番隙が、無さそうだったからである。  レイアは、そんな事露知らずに買出しを自分から勧んで頼まれて、外に出る。  そして、「聖亭」から、少し離れた所で、路地裏で影は動いた。 「・・・!?」  レイアは、いきなり路地裏に連れ込まれてビックリする。それと同時に、眠り薬 を嗅がされた。こういう事に関しては「闇」は一流である。レイアは気を失う。 「ト・・・トー・・・リ・・・ス。」  レイアは、力なく倒れる。すると、「闇」のメンバーが控えていて、そのメンバ ーが、レイアの事を運び出す。手際の良い仕事だった。  そして、そのメンバーは、「聖亭」のポストに脅迫状を入れた。  内容は、「ストリウスの西地区に「闇」専用の広場がある。そこに一人で来るが 良い。一人で来なければ、レイアとか言う女の命は無い。」  と言う内容だった。トーリス宛で、怪しまれないように偽装してあるので、まず トーリスだけに見られるし、トーリスは、この女を見殺しには、しないだろう。  レイホウが、ポストに音がしたので、確かめに来ていた。レイホウは、思った通 り、トーリスに手渡しで渡していた。それを見た時点で「闇」の影は「聖亭」を後 にした。トーリスは、手紙を自室に持っていく。 (・・・!!)  トーリスは、自室で愕然とする。しかし、悟られないように周りに気を配る。 (レイア・・・。クッ!私のせいで!何たる事!)  トーリスは手紙を握りつぶすとあっという間に燃やした。そして、早速、身支度 をする。レイホウにも悟られないように、しなければいけない。 「おや?トーリス。どうしたんだヨ?」  レイホウは、声を掛けてきた。 「いやぁ、ちょっと文献が足りないんで、探しに行ってみようかと思うんですよ。」  トーリスは、上手く嘘をついた。 「そうカ。なら悪いんだけど、レイアちゃんも探してくれないかイ?」  レイホウは、レイアが遅くなっているので心配していた。 「何か、あったのですか?」  トーリスは同様を悟られないように、平静さを意識しながら保つ。 「いやぁ、張り切って自分で買出しに行くって言ったまま、帰ってこないのヨ。迷 って無いか心配ネ。」  レイホウは参った顔をしていた。 「分かりました。探しておきます。」  トーリスは、それだけ言うと、飛び出した。どうやら間違いない。間違いなくレ イアを攫ったらしい。連中のやりそうな事である。 (私としたことが!レイアを一人にしてしまうなんて!)  トーリスは、悔やみきれないでいた。レイアは、武術や体術の心得はない。一番 攫われ易いのだ。部外者だと思っていたので、油断していたのだ。 (何かあったら・・・連中、生かしては帰しません!)  トーリスは、とにかく先を急いだ。そうすれば、間に合うのなら、体が引きちぎ れても良いと言わんばかりにである。 (無事で居てください!レイア!)  トーリスは、とにかく祈りながら先を急いだ。  ストリウス西地区。そこは「闇」のテリトリーでもあった。この地域には、一般 人は、滅多に行き来しない。と言うのも「闇」の連中に襲われる事件が絶えないか らだ。自らこの地区に入ると言うのは、襲ってくれと言わんばかりなのである。  しかし、トーリスはそんな事お構い無しであった。関係ない。愛するレイアが捕 まっているのだ。そんな事、気にしていられなかった。しかし、それでも「闇」の 連中に気配を悟られないように、上手く広場の方へと向かっていた。地図では、も うちょっとのはずである。  トーリスは広場の近くに気配を感じた。間違いない。誰かが居る。トーリスは横 目から様子を伺う。 「静かにしろ!もうすぐ、お前の事を引き取りに来る奴がくる。」 「なにをする気なのよ!トーリスに、もしもの事があったら、許さないから!」  レイアは縛られて、木に縛り付けられていた。 「そんな威勢の良い事を言ってられるのも、今の内だけだ!」  「闇」のメンバーは、ニヤニヤしていた。それにしても数が多い。どう見ても、 50人は居る。 「トーリス一人に、こんなに掛けて!恥ずかしくないの!?」  レイアは、口を尖らす。こんな時に気丈な事を言う所は変わっていない。 「うるせぇ!今すぐ黙らせてやっても、良いんだぜ?」  男達は下卑た顔でレイアを見つめる。 「待ちなさい。レイアに触れたら・・・殺しますよ?」  トーリスは、待ちきれずに出てきた。 「ほほう。約束通り、一人で来たようだな。」  男達は、また下品に笑う。 「レイアは、関係ありません。解放しなさい。」  トーリスは、拳を握る。自分で言ってはいるが、恐らく通じないであろう事は分 かっていた。こんな事で、解放するくらいなら最初から攫っては居ない。 「良いだろう。だが、条件がある。」  男達は、指を鳴らす。すると暴行を加えた後の、ある知った顔が出てくる。 「サ、サルトリアさん!?」  トーリスはビックリした。サルトリアは、今朝出て行くと言ったばかりだ。サル トラリアが危惧したとおり、「闇」に同盟は、通じなかったのだ。 「この爺もつけて、返そう。だから、俺達の講師をしろ。貴様の力は、よぉく分か っている。この頃は「闇」も碌な魔法使いが居ないんでな。」  トーリスが「気」と揉めた時の事を、覚えていたのだろう。 「トーリス!駄目よ!」 「そうじゃ!わしに構わず、こやつ等を!」  レイアとサルトリアは、口々に叫ぶが、その首に冷たい物が突きつけられて、つ い言葉を失う。 「待ってください。・・・その条件を飲みます。2人を、解放して下さい。」  トーリスは、頭を下げて頼み込む。いつも冷静なトーリスが、頭を下げるなんて レイアは初めて見た。それだけ自分を大切に思っている証拠だろう。 「フフフ。お前に選択肢はねーんだよ。それで良いんだ。」  男達は、満足そうな笑みを浮かべる。 「そこまでだ!」  いきなり、声がする。声のした方向を見ると、「光」の連中が居た。 「て、てめぇら!」  「闇」の連中は、不意を突かれたのか、怯みだす。 「フン。我らの情報網を、甘く見るなよ?「闇」よ。」  「光」は、結構勝手な事を言っていた。ようするにトーリスの後を、つけて来た のだ。さすがに、この展開は予想して無かったのか、後退を始めた。 「トーリス殿。是非、我らにご助力を!」  「光」も、所詮一緒の事を言っていた。助ける代わりに入ってくれと言うのだろ う。トーリスも聞き飽きていた。 「てめぇら、つるんでやがったのか!」  「闇」の連中は、怒りを露にする。 「失礼な!私と、この連中を一緒にしないでください!」  トーリスは鼻先で笑う。トーリスは、どっちにも嫌気が差していたのだ。 「さぁ2人を返して下さい。私は、約束を守ります!」  トーリスは、真摯に言ったが、通じなかった。 「うるせぇ!騙した罪は重いぜ。」  「闇」の一人がナイフを取り出す。そして、レイアとサルトリアに向かって投げ ナイフを投げた。  トスッ 「あ・・・。」  レイアの胸に、ナイフが刺さる。サルトリアにもだ。その瞬間であった。トーリ スは、恐ろしい速さで、レイア達の所に行くと、遮っていた「闇」の連中を一瞬の 内に氷像と化した。もう我を失う寸前だった。 「レイア!しっかりしなさい!レイア!」  トーリスは、ロープを無理やり引きちぎると、強力な回復呪文を掛ける。ナイフ が、自然に抜けていった。そして胸の傷は、塞がっていく。サルトリアにも、同じ ような処置を施す。 「トー・・・リス・・・。」  レイアは朧気な目をしていた。 「傷は塞ぎました!大丈夫ですよ。大丈夫なはずです。」  トーリスは、レイアを抱きかかえると、しっかり手を握ってやる。 「ハハハッ。無駄だ!その投げナイフには強力な毒が塗ってあるんだ。ざまあみろ。 ・・・ぐああああああああああああ!!」  トーリスは、瀕死の状態で悪態をついていた男に容赦なく『火球』をぶつける。 男は一瞬の内に灰になった。 「レイア!しっかりなさい!サルトリアさんも!」  トーリスは、2人を抱きかかえると、『解毒』の魔法を唱えようとする。しかし、 中々効かない。強力なのは本当らしい。 「くっ!早く治るのです!早く!」  トーリスは、焦っていた。レイアの顔色は、ドンドン悪くなる。 「トーリス・・・君。息子に・・・済まないと・・・言ってくれ・・・。」  サルトリアは、そう言うと目を伏せる。もう毒が回ったみたいだ。 「サルトリアさん!しっかり!ギルドは、どうするのです!」  トーリスは、必死に声を掛ける。 「フフ・・・。わしは・・・おぬし達と共にいて・・・幸せ・・・じゃっ・・・た よ。・・・あ・・・りが・・・とう。」  サルトリアの力が抜ける。サルトリアは、目をつぶると二度と動かなくなった。 「サルトリアさーーーーーーーん!!!くそおおおおおお!!」  トーリスは悔しがる。どうしても、この『解毒』が間に合わない。 「トー・・・リス。わたしも・・・駄目・・・みたい。」  レイアは、ニッコリ笑う。 「何を言うのです!しっかりなさい!レイア!一緒に帰るのでは無かったのですか!」  トーリスは、レイアの握り返す力が弱くなるに連れて必死に手を握ってやる。 「ごめん・・・。楽しみ・・・だったのにね。」  レイアは、力なく笑顔を返す。トーリスは、必死に『解毒』の魔法をかける。他 の連中は、触らぬ神に祟り無しと、いわんばかりに距離を置いていた。 「こんな所で死んでどうするのです!これから、一緒に生活するのでしょう!?」  トーリスは、人前で初めて涙を流す。悔しかった。自分の力の無さが。そして、 自分の油断がだ。そして、許せなかった。 「トー・・・リス。ごめん・・・。ごめん・・・ね。」  レイアは、そう言うと目をつぶる。 「キス・・・して・・・。」  レイアはニコッと笑う。トーリスは、躊躇も無しに、レイアに唇を重ねてやる。 もう冷たくなっていた。慌てて唇を離す。 「レイア!死んでは駄目です!死んでは!」  トーリスは必死だった。 「あなたを・・・好きに・・・なって・・・よかっ・・・た。」  レイアは、そう言うと腕の力が抜ける。 「レイア・・・?」  トーリスは、レイアの脈を確かめる。もう打ってなかった。心音を確かめる。し かし動いていなかった。 「嘘です・・・。」  トーリスの腕は、震えていた。自分の目が、自分の手が信じられない。目の前も 真っ暗になった。自分自身の存在さえわからない。 「目を覚ましましょう?レイア・・・?レイアーーーーーーー!!!!」  トーリスは、目が虚ろになっていた。レイアに、もう外傷は無い。見た目は生き ているようにしか見えなかった。 「チッ・・・。ずらかるぞ。」  「闇」の連中の残りはバツが悪くなって逃げ出そうとする。「光」の連中もだ。 しかし、逃げる事は出来なかった。何故か、いつの間にか結界の様な物が出来て外 に出られなかった。 「ど、どういうことだ!?」  「光」の連中も訳が分からない。何故なのだろうか? 「みなさん。・・・レイアが、そしてサルトリアさんが、寂しがってます。・・・ 付き合ってくれますよね?」  トーリスは、静かに立ち上がる。既に、レイアとサルトリアは冷凍保存のような 状態になっていた。そして、トーリスが連中に向けた目は、悲しみでも怒りでも無 かった。ただ激しい憎悪。この一点だった。 「ヒィィ!出せ!出してくれぇ!!!」  すでに「闇」も「光」も関係無かった。ひたすら、この場は逃げ出したい。それ だけだった。トーリスを中心に物凄い魔力が、この場を包んでいる。 「レイア。無念でしょう?下らない争いに巻き込まれて・・・。私も一因ですが、 私にも、生きる目的が出来ました・・・。」  トーリスは、恐ろしい魔力を放っていた。既に、魔力を持ってない者にすら肉眼 で見れる程、トーリスは魔力に溢れていた。 「待ってて下さい。そっちに、人がいっぱい居れば寂しく無いですからね。」  トーリスは、既に正気では無かった。皆、逃げ出そうとするが、逃げられない。 トーリスの結界は、それほど強力だった。 「やめろ!私達は関係ない!」  「光」の連中も必死だった。もはやトーリスには、何を言っても通用しなかった。 この場に居る抗争をした連中全てが憎かった。そしてレイアを苦しめた全てが許せ なかった。 「関係ない?・・・貴方達が、しゃしゃり出なければ、レイアは死なずに済んだの ですよ?・・・どう関係無いと言うのです?」  トーリスは、それを言った男の首を手で掴む。 「や、やめでぇぇぇ・・・。」  男は苦しみだす。トーリスは手に力を込めた。 「苦しいですか?でもね。レイアの無念は、もっと苦しかったのですよ?」 「ゲフォ・・・ガフォ・・・ギィェェェェ!!!」  男が奇声を発した瞬間、男の首が破裂した。トーリスが握り潰したのだ。トーリ スの、いつも着けている青い服が、真っ赤に染まる。 「ひぃぃぃ!」  他の連中は、恐怖で後退しようとするが出来ない。しかし、それでも後退しよう とする。しかし、それは無駄な事だった。 「足りない・・・。レイアが寂しがります。」  トーリスは、そう言うと氷の刃を作って、次々と連中を惨殺していく。辺りは、 真っ赤に染まる。しかし、トーリスの結界のおかげで広場以外の所に、血が飛び散 る事は無い。そして、2人の死体にも、結界を張ってあったので、綺麗な物であっ た。結界の部分だけ、別の次元なのだろう。  とうとう「闇」のメンバーが後一人になった。 「寄るな!寄るなぁぁぁ!!」  もう恥も外聞も無かった。こんな恐ろしい相手に、立ち向かおうなんて気は無か った。自分が、殺される事も、もう予想付いて居たのだろう。 「怖がる事はありません。楽になれるのですよ。」  トーリスは、残忍な笑みを浮かべる。 「「闇」の本拠地を言うから!頼む!」 「・・・聞きましょう。」  トーリスは、低い声で言った。動きもピタッと止まる。 「西の外れに「雷亭」(らいてい)って言う宿がある。その地下だ!しかも、ボス の部屋には、隠し階段があるんだ。外に通じる道が!」  男は、ベラベラと余計な事までしゃべる。 「ありがとうございます。」  トーリスは、ニコーッと笑いを浮かべると背を向ける。その顔は、まさしく鬼神 だった。男が逃げ出す瞬間、男の首が飛ぶ。 「お礼に苦しまずに止めを刺してあげました。感謝しなさい。」  トーリスは、そう言うと、2人の死体の所に行く。  そして、これまでの出来事を簡単に記して、自分のギルド脱退届を書いて、サル トリアの胸に脱退届を置く。そして、レイアの死体には結婚する時に、渡す予定だ った指輪を左手の薬指にはめて、これも、出来事を書いた紙を添えておいた。  そして古代魔法である『転移』の魔法を使って、サルトリアは「望」に、そして レイアは「聖亭」に、それぞれ送っておいた。トーリスの魔力は、暴走気味になっ ていて、文献に載っていた古代魔法を一瞬の内に使えるようになっていた。恐らく、 感情と魔力が結びついたのだろう。そして、この辺りに張ってある結界を解く。 「・・・足りない。」  トーリスは、そう言うと、黙ってストリウスの西の外れに向かう。間違い無く、 さっきの男が言った場所に行くのだろう。 「うああああああああああああああああ!!!!」  トーリスは、頭を押さえた。レイアの事を思い出す度に、感情が爆発する。その 度に物凄い魔力を放っていた。  トーリスは、誰も居なくなった広場を黙って去っていった。その身を真っ赤に染 めて歩いていく。トーリスの心を支配しているのは、ただただ憎しみだった。  「聖亭」では、大変な騒ぎになっていた。当たり前である。何も無い所から、い きなり冷凍保存した、レイアの死体が送り込まれたからである。『転移』の事など、 レイホウには分からない。しかし、レイホウは、手紙を読んで愕然とすると共に、 死体をなるべく冷えた蔵の方へと移した。そういう時の処置は、熟年さながらであ ろう。パニックに、ならない所が、この女性の凄い所でもあった。  「望」でも、同じように凄い騒ぎになっていたが、サルトラリアが、適切な処置 をして、ギルドをパニックに、させなかった。  しかし、隠してはいたが、悲しみは深く、2人共、職場を従業員に任せて、夕方 には、既に店を閉めていた。  その「聖亭」にジーク達は帰ってきた。ジーク達は、あまりの事にショックにな りかけていた。やっと、ゲラムの初依頼を成功させて、トーリスの喜ぶ顔が見たか ったと言うのに、これでは、あんまりである。  レルファ達も「望」で、その事を知って、暗い顔で帰ってきた。  自然と、トーリスが居た部屋に全員集まる。ジーク達6人とレイホウとサルトラ リアも来ていた。魔法の研究を、そのままにして飛び出した跡があった。 「トーリス・・・。」  ジークは、うな垂れる。何も言え無かったのである。トーリスの気持ちは、計り 知れない。レルファとツィリルは、レイアとトーリスの関係を皆に改めて言った。 レイホウも相槌を打っていた。 「センセー・・・。うっ・・・くっ・・・。」  ツィリルは、トーリスの事を思うと、胸が締め付けられる感じがした。トーリス の失意は、どれ程だっただろう。ツィリルは、この目でトーリスとレイアの結婚の 約束を見ていた。知らず知らずの内に、涙が溢れる。 「トーリス!くっ!私達は・・・仲間だと言うのに!」  サイジンも、自分の力の無さを痛感する。こんな時に、力にすらなれない。それ 所か、行方すら知れないのだ。しかし、起きた事は分かっている。 「先生・・・。一人で抱え込んじゃうタイプだもんね・・・。」  レルファも、泣き顔になった。何より、レイアが死んだ事がショックだった。 「僕は、トーリスさんの喜ぶ顔、見たかったのに・・・。」  ゲラムも、顔を伏せた。とても、それ以上口を挟めなかったのである。 「許せないネ・・・。絶対!!」  ミリィは、涙を溜めながら拳を震わせていた。 「でも、安易に攻め込むのは、駄目だぞ?」  サルトラリアは、制止した。 「そ、そんな!」  ジークは、抗議をしようとするが、サルトラリアが血が出るまで拳を握ってたの を見て、我慢しているのを悟る。 「レイアちゃんとサルトリアさんの葬儀は、私がやるネ。」  レイホウは、皆を見渡す。 「母さン・・・。」 「ミリィ。無理しちゃ駄目だヨ?」  レイホウは、ミリィの頭を撫でる。ミリィは素直に頷く。レイホウが、どれだけ 心配してるか分かってるからだ。 「それより、やらなくては、ならない事がある。・・・分かってるな?」  サルトラリアは、皆に目配せした。もちろん、トーリスの事である。 「トーリスが、何故帰らないのか、そこまでは知らない。しかし、失意のトーリス を、そのままにしておく訳にはいかない。分かってます。」  ジークは、力強く答える。死んでしまった人間も、もちろん大事だが、それ以上 に、生きているトーリスの事が心配だった。 「センセーは、わたしが探す!」  ツィリルは、固い決意をしていた。トーリスは今、どれだけ気持ちを抱え込んで るか分からない。しかし、誰かが受け止めなければ、トーリスは駄目になってしま う。ツィリルは、その想いを受け止めようと思っていた。 「ツィリル・・・。分かった!何か感じたら教えてくれ。」  ジークは、ツィリルの直感を信じる事にした。ツィリルが、トーリスに抱いてい る想いを知ってるだけに、遂げさせてやりたかった。  その時だった。ツィリルとレルファが、同時に震え出した。 「どうしました!?レルファ!?」  サイジンは、ビックリしてレルファの背中をさする。 「私も、何か嫌な感じネ。」  ミリィも魔法の才能が認められていた。何かを感じたのだろう。そう言うジーク も、少し嫌な感じがした。 「す、凄い魔力!それに、ああああ!何て悲しい魔力!」  レルファは、恐怖と悲しみで震えていた。間違い無くトーリスの魔力だった。結 界を解いた時から、嫌な感じは付き纏っていたが、今度はハッキリ感じた。どこか で、トーリスが暴れている証拠だろう。 「センセー!止めてー!それ以上やっちゃ駄目ーーー!!」  ツィリルも、もろに感じ取ってしまっているのだろう。顔が青ざめている。 「ツィリル。しっかり!・・・場所は分かる?」  ジークは優しく尋ねる。刺激するのは、却って良くない。 「この街の西の外れよ。間違い無いわ。」  レルファが、代わりに答える。 「街の西!そうカ!「雷亭」ヨ!」  レイホウは、西に柄の悪い連中が跋扈する「雷亭」を知っていた。トーリスは、 そこに行って、何をするのか? 「間違いないわ。先生は、そこで魔力を放出してるわ。でもおかしいの。魔力を放 出する度に、悲しさが増すような感じなのよ・・・。」  レルファも、少し苦しそうだった。 「しかし、西地区といえば、「闇」のテリトリーだ。」  サルトラリアは、危惧する。いつ「闇」に襲われるか、分からないような所に行 かせるのは、抵抗があった。 「私は、行きます。トーリスに会うまで納得出来ません。」  サイジンは、珍しく、レルファ以外の事で動く。 「もちろん俺もだ。リーダーとして、確かめなきゃならない。」  ジークは、背中に「怒りの剣」を背負って、腰には、トーリスからもらった魔法 剣を着けた。 「もちろん私も行くヨ。トーリスは、大事な仲間ヨ!」  ミリィは、力強く答える。それに、ジークが行く所には、付いて行こうと、決め ていたのだ。 「トーリスさん。僕にも、顔を見せておくれよ。」  ゲラムは、この所、トーリスとは会ってない。 「私も行くわ。離れるのは、もうたくさん!」  レルファは、昔、洞窟で分かれた事がある。サイジンに助けられなかったら、助 からなかったかも、知れないのだ。 「ツィリル。お前は、止めておいた方が・・・。」  ジークは、ツィリルの肩を叩く。 「ううん。わたしも行く。センセーが居るんだったら、この目で見たい!」  ツィリルは、必死に訴えた。ジークは、その目を見ると、深く頷く。 「ジーク。行って来い。だがな。俺は、いつでも待っている。それを忘れるなよ。」  サルトラリアは「望」の印を見せる。ジークは、一礼する。 「みんな行こう!トーリスが待っている。」  ジークが言うと、皆は力強い目で、それに応える。  絶対に助けてみせる、と言う気持ちが、そこにはあった。  ストリウス西地区「雷亭」は、西地区の外れにあった。「闇」のテリトリーであ り、その地下は、裏の受付として機能している。表の受付で見込みのある奴が、こ の裏の受付に来て、正式な「闇」のメンバーとなるのだ。  その「雷亭」の地下に、恐るべき男が侵入していた。何も聞かずに「闇」のメン バーを次々と葬っていった。その服とマントを真っ赤に染め上げて、ひたすら進ん でいった。結構中は広いのだが、ギルドマスターの所に行くのは時間の問題である。  逃げ出す者も居たが、その男は容赦しない。その殺し方も残忍だった。ほとんど は、氷の刃で切り刻まれて殺されているが、首を掴まれて、もがれた者。胸に風穴 を開けられた者と、ありとあらゆる殺し方で、殺されていた。既に、この「闇」の ギルド内は、地獄絵図と化していた。 「ええい!その男は、まだ仕留められぬのか!」  ギルドマスターは、大声をあげるが、ギルドメンバーにしてみたら、それ所では 無い。死神が、このギルド内を、うろついているような物だ。 「ボスは、お逃げください。ここは、私が引き受けます!」  副ギルドマスターは、書斎の裏にある隠し通路を開けると、そこにギルドマスタ ーを先行させる。  その瞬間、ドアの向こうから、断末魔が聞こえてきた。  コンコン・・・。  ノックの音が聞こえる。それと同時に、ドアは焼けて落ちる。  その瞬間、中に居たギルドメンバーは投げナイフを投げる。しかし、そこに立っ ていた男は、それを難なく柄を掴んで、全部地面に叩き落す。恐ろしい瞬発力だ。 「う、うわああああ!」  ギルドメンバーは、副ギルドマスターを助けるために飛び掛る。しかし、その男 は、攻撃を身を少しだけ躱して避けると、そのメンバーを氷の剣と化した手刀で首 を一瞬の内に刎ねてしまった。 「お前の目的は何だ!」  副ギルドマスターは、冷や汗を拭いながら尋ねる。 「・・・足りないのです。・・・レイアを苦しめた者に断罪を・・・。」  その男は、もちろんトーリスであった。トーリスは、涙を流しながら、拳に力を 入れていた。 (くっ・・・。もうイカれてやがる。)  副ギルドマスターは、トーリスの事は覚えていた。そして、メンバーが、恋人に 手を掛けた事も、報告は受けた。しかし、まさかこのような結果になるとは、思っ ても居なかったのである。トーリスが、ここまで強いとは思わなかったのである。 「良いだろう。このギルドマスター直々に、相手をしてやる!」  副ギルドマスターは嘘をついた。もちろんギルドマスターを逃がすためである。 「うおああああ!」  副ギルドマスターは、素早い身のこなしで幻惑しながらトーリスに近づく。そし て、攻撃をしようとした瞬間、トーリスの姿が消える。 「な、何!?」  副ギルドマスターは、恐怖した。突然トーリスが消えたからである。気がつくと 後ろから痛みが走った。首を後ろから掴まれたのだ。トーリスは『転移』の魔法の 応用で、一瞬の内に、相手の背後に回りこんだのだった。 「う・・・!は、離せ!」  副ギルドマスターは、もがく。しかし、トーリスは腕に力を込めると、副ギルド マスターは動きが止まる。意識朦朧となったのだ。 「あなた・・・ギルドマスターじゃありませんね?」  トーリスは、悟った。ギルドマスターは、何かを守ろうとする目をしないからだ。 トーリスは、大きな書斎に目を向ける。 「あそこに、道があったのですか。」  トーリスは、ニヤリと笑う。 「ま、待てぇ!何が目的で、こんな・・・うぁあっぁぁ!!」  副ギルドマスターの体は、一瞬の内にバラバラになった。トーリスが、背中から 直接、『爆裂』の魔法を掛けたのだ。『爆裂』は本来、地面に向かって掛ける魔法 で、地面を破裂させる事で、相手の動きを止めるような働きをする事が多いのだが、 直接、人間の体に掛けるとは、無茶苦茶である。  トーリスは、首だけになった副ギルドマスターの亡骸を、興味無さそうに、放り 投げて捨てる。 「私から逃げる・・・。許されない事です!」  トーリスは、書斎をぶち破って中に入る。確かに地上へ通じる道がある。だが、 まだ着いてないようで、足音がする。トーリスは、残忍な笑みを浮かべると、『飛 翔』で、ギルドマスターの後を追う。相手は走ってるのだが、こっちは飛んでるの だ。あっという間に追いつく。 「ひぃぃぃ!」  ギルドマスターは腰を抜かしていた。 「・・・貴方が・・・貴方が!!」  トーリスは、こんな情けない男が、レイアを捕まえるように指示したと思うと、 怒りで身が震えてしまう。 「頼む!い、命だけは!!」  ギルドマスターは、もう声にすら出来ない。トーリスは、暗い目を向けると、ギ ルドマスターを一瞬の内に氷漬けにする。ギルドマスターは、声すらあげなかった。 「こんな・・・こんな物じゃ足りない!!!!!!」  トーリスは、そう叫ぶとギルドマスターの氷像を思い切り砕く。その瞬間、ギル ドマスターの体も粉々になっていた。 「レイア・・・レイアァァァァァァ!!!」  トーリスは、また頭を抱える。恐らく、罪の意識と良心と憎しみが、ごちゃ混ぜ になって駆け巡っているのだろう。 「トーリス!」  気が付くと、そこにはジーク達が居た。 「ジー・・・ク?」  トーリスは自分の手を見る。もちろん真っ赤になっていた。 「す、凄い・・・。」  レルファは、ここまで来るまでも、真っ赤になった宿や、このギルド内も見てき たが、トーリスの事もあって耐えてきたが、トーリスのこの様を見て、耐えられな くなったのか、気絶しそうになる。 「トーリス!これ以上暴走するのは止めろ!」  ジークは意を決して叫ぶ。 「駄目なんです・・・。足りないのです・・・。断罪する者が少ない・・・。」  トーリスは、自分の手を見て震えながら言っていた。 「センセー!お願いだよぉ!戻ってきてー!」  ツィリルは、叫ぶ。目には涙をいっぱい溜めながら、懇願する。トーリスが、正 気に戻ると言う意味で叫んだのだろう。 「私は・・・戻れますか?」  トーリスは、問い掛ける。 「大丈夫だよぉ!・・・こんな、こんな怖いセンセー見たくないよ!」  ツィリルは、心の奥から叫ぶ。 「ツィリル・・・。」  トーリスの目の奥に光が宿る。優しい目をしていた。しかし、それは一瞬の事だ った。また虚ろな目に変わる。 「う、うあああああぁ!!!」  トーリスは、再び罪の意識に苛まれる。 「まだだ・・・。まだなんです!断罪する人間が、タ、タリナイ!!」  トーリスは、そう叫ぶと魔力が暴走する。これだけの人間を、葬ったのに、これ だけの魔力を発するとは、信じられない事だった。 「やめてぇーー!!!」  ツィリルの感情も爆発する。ツィリルにも、凄い魔力が放たれていた。しかし、 トーリスのと比べると、まだまだだった。 「トーリス!もう止めてくれ!このツィリルのためにも、戻って来るんだ!」  ジークは、厳しい目をしていた。 「そうよ!先生!ツィリルは、貴方の事、好きなのよぉ!!」  レルファは叫ぶ。その瞬間、トーリスとツィリルの動きが止まる。 「レルファちゃん。酷いよぉ。わたしの口から言おうと思ったのに・・・。」  ツィリルは、泣き出しそうだった。 「ツィリル・・・そう・・・。」  トーリスは、また優しい目に戻りかける。 「ごめん・・・でも、ツィリル。貴女の感情をぶつけなきゃ・・・先生は、助から ないわ。だからお願い!貴女も、気持ちをぶつけて!」  レルファは、深く謝る。ツィリルは、そのレルファの背中に触れる。 「分かった・・・。」  ツィリルは、意を決した。 「センセー。わたしね。もうどうしようも無く好きなの。だから戻って来てよ!」  ツィリルは叫ぶ。心からの叫びだった。魔力も、それに感応するかのように上が っていく。 「ありがとう。ツィリル。嬉しいですよ。・・・でも・・・。」  トーリスは、いつもの表情に戻っていた。しかし、手を見て震えている。 「これでは終われないのです・・・。レイアの無念が晴れるまでは・・・。」  トーリスは、目を伏せる。 「トーリスさん・・・。」  ゲラムは目を逸らす。とても、正視出来なかった。こんなトーリスを、見たくな いのだ。それは、ミリィもサイジンも同じだった。 「ジーク。父さんに、この不肖の息子を許してくれるように言って下さい。」  トーリスは、ニコリと笑うと『転移』の魔法なのか、段々トーリスの姿が消えて いく。ツィリルは慌てて、その手を掴もうとする。 「駄目ぇ!!!行っちゃ駄目ぇ!!!」  ツィリルは、泣き叫んだが、無残にもトーリスの姿は、そこから消えてしまった。 恐らく、もう違う所に行ってしまったのだろう。『転移』が使えるようになると言 う事は、そう言う芸当も出来ると言う事だ。 「・・・馬鹿野郎・・・。そんな事頼みやがって・・・。お前が、一緒に来れば良 いだけじゃないか・・・それを・・・なんで、なんで!」  ジークは、初めて自分の力の無さを呪った。レイアとサルトリアを助けられなか ったばかりか、トーリスをも、行かせてしまった。 「センセー!!うわぁぁぁぁぁ!!」  ツィリルは血の海の中で、泣き叫ぶ事しか出来なかった。  トーリスが抜けた。しかも、こんな形で・・・。ジーク達にとって、この衝撃的 な出来事は、大きな傷となるのであった。  ソクトアは、それでも残酷に歴史を刻み続けるのであった。