NOVEL 2-2(Second)

ソクトア第2章2巻の2(後半)


 ストリウス西地区。そこは「闇」のテリトリーでもあった。この地域には、一般
人は、滅多に行き来しない。と言うのも「闇」の連中に襲われる事件が絶えないか
らだ。自らこの地区に入ると言うのは、襲ってくれと言わんばかりなのである。
 しかし、トーリスはそんな事お構い無しであった。関係ない。愛するレイアが捕
まっているのだ。そんな事、気にしていられなかった。しかし、それでも「闇」の
連中に気配を悟られないように、上手く広場の方へと向かっていた。地図では、も
うちょっとのはずである。
 トーリスは広場の近くに気配を感じた。間違いない。誰かが居る。トーリスは横
目から様子を伺う。
「静かにしろ!もうすぐ、お前の事を引き取りに来る奴がくる。」
「なにをする気なのよ!トーリスに、もしもの事があったら、許さないから!」
 レイアは縛られて、木に縛り付けられていた。
「そんな威勢の良い事を言ってられるのも、今の内だけだ!」
 「闇」のメンバーは、ニヤニヤしていた。それにしても数が多い。どう見ても、
50人は居る。
「トーリス一人に、こんなに掛けて!恥ずかしくないの!?」
 レイアは、口を尖らす。こんな時に気丈な事を言う所は変わっていない。
「うるせぇ!今すぐ黙らせてやっても、良いんだぜ?」
 男達は下卑た顔でレイアを見つめる。
「待ちなさい。レイアに触れたら・・・殺しますよ?」
 トーリスは、待ちきれずに出てきた。
「ほほう。約束通り、一人で来たようだな。」
 男達は、また下品に笑う。
「レイアは、関係ありません。解放しなさい。」
 トーリスは、拳を握る。自分で言ってはいるが、恐らく通じないであろう事は分
かっていた。こんな事で、解放するくらいなら最初から攫っては居ない。
「良いだろう。だが、条件がある。」
 男達は、指を鳴らす。すると暴行を加えた後の、ある知った顔が出てくる。
「サ、サルトリアさん!?」
 トーリスはビックリした。サルトリアは、今朝出て行くと言ったばかりだ。サル
トラリアが危惧したとおり、「闇」に同盟は、通じなかったのだ。
「この爺もつけて、返そう。だから、俺達の講師をしろ。貴様の力は、よぉく分か
っている。この頃は「闇」も碌な魔法使いが居ないんでな。」
 トーリスが「気」と揉めた時の事を、覚えていたのだろう。
「トーリス!駄目よ!」
「そうじゃ!わしに構わず、こやつ等を!」
 レイアとサルトリアは、口々に叫ぶが、その首に冷たい物が突きつけられて、つ
い言葉を失う。
「待ってください。・・・その条件を飲みます。2人を、解放して下さい。」
 トーリスは、頭を下げて頼み込む。いつも冷静なトーリスが、頭を下げるなんて
レイアは初めて見た。それだけ自分を大切に思っている証拠だろう。
「フフフ。お前に選択肢はねーんだよ。それで良いんだ。」
 男達は、満足そうな笑みを浮かべる。
「そこまでだ!」
 いきなり、声がする。声のした方向を見ると、「光」の連中が居た。
「て、てめぇら!」
 「闇」の連中は、不意を突かれたのか、怯みだす。
「フン。我らの情報網を、甘く見るなよ?「闇」よ。」
 「光」は、結構勝手な事を言っていた。ようするにトーリスの後を、つけて来た
のだ。さすがに、この展開は予想して無かったのか、後退を始めた。
「トーリス殿。是非、我らにご助力を!」
 「光」も、所詮一緒の事を言っていた。助ける代わりに入ってくれと言うのだろ
う。トーリスも聞き飽きていた。
「てめぇら、つるんでやがったのか!」
 「闇」の連中は、怒りを露にする。
「失礼な!私と、この連中を一緒にしないでください!」
 トーリスは鼻先で笑う。トーリスは、どっちにも嫌気が差していたのだ。
「さぁ2人を返して下さい。私は、約束を守ります!」
 トーリスは、真摯に言ったが、通じなかった。
「うるせぇ!騙した罪は重いぜ。」
 「闇」の一人がナイフを取り出す。そして、レイアとサルトリアに向かって投げ
ナイフを投げた。
 トスッ
「あ・・・。」
 レイアの胸に、ナイフが刺さる。サルトリアにもだ。その瞬間であった。トーリ
スは、恐ろしい速さで、レイア達の所に行くと、遮っていた「闇」の連中を一瞬の
内に氷像と化した。もう我を失う寸前だった。
「レイア!しっかりしなさい!レイア!」
 トーリスは、ロープを無理やり引きちぎると、強力な回復呪文を掛ける。ナイフ
が、自然に抜けていった。そして胸の傷は、塞がっていく。サルトリアにも、同じ
ような処置を施す。
「トー・・・リス・・・。」
 レイアは朧気な目をしていた。
「傷は塞ぎました!大丈夫ですよ。大丈夫なはずです。」
 トーリスは、レイアを抱きかかえると、しっかり手を握ってやる。
「ハハハッ。無駄だ!その投げナイフには強力な毒が塗ってあるんだ。ざまあみろ。
・・・ぐああああああああああああ!!」
 トーリスは、瀕死の状態で悪態をついていた男に容赦なく『火球』をぶつける。
男は一瞬の内に灰になった。
「レイア!しっかりなさい!サルトリアさんも!」
 トーリスは、2人を抱きかかえると、『解毒』の魔法を唱えようとする。しかし、
中々効かない。強力なのは本当らしい。
「くっ!早く治るのです!早く!」
 トーリスは、焦っていた。レイアの顔色は、ドンドン悪くなる。
「トーリス・・・君。息子に・・・済まないと・・・言ってくれ・・・。」
 サルトリアは、そう言うと目を伏せる。もう毒が回ったみたいだ。
「サルトリアさん!しっかり!ギルドは、どうするのです!」
 トーリスは、必死に声を掛ける。
「フフ・・・。わしは・・・おぬし達と共にいて・・・幸せ・・・じゃっ・・・た
よ。・・・あ・・・りが・・・とう。」
 サルトリアの力が抜ける。サルトリアは、目をつぶると二度と動かなくなった。
「サルトリアさーーーーーーーん!!!くそおおおおおお!!」
 トーリスは悔しがる。どうしても、この『解毒』が間に合わない。
「トー・・・リス。わたしも・・・駄目・・・みたい。」
 レイアは、ニッコリ笑う。
「何を言うのです!しっかりなさい!レイア!一緒に帰るのでは無かったのですか!」
 トーリスは、レイアの握り返す力が弱くなるに連れて必死に手を握ってやる。
「ごめん・・・。楽しみ・・・だったのにね。」
 レイアは、力なく笑顔を返す。トーリスは、必死に『解毒』の魔法をかける。他
の連中は、触らぬ神に祟り無しと、いわんばかりに距離を置いていた。
「こんな所で死んでどうするのです!これから、一緒に生活するのでしょう!?」
 トーリスは、人前で初めて涙を流す。悔しかった。自分の力の無さが。そして、
自分の油断がだ。そして、許せなかった。
「トー・・・リス。ごめん・・・。ごめん・・・ね。」
 レイアは、そう言うと目をつぶる。
「キス・・・して・・・。」
 レイアはニコッと笑う。トーリスは、躊躇も無しに、レイアに唇を重ねてやる。
もう冷たくなっていた。慌てて唇を離す。
「レイア!死んでは駄目です!死んでは!」
 トーリスは必死だった。
「あなたを・・・好きに・・・なって・・・よかっ・・・た。」
 レイアは、そう言うと腕の力が抜ける。
「レイア・・・?」
 トーリスは、レイアの脈を確かめる。もう打ってなかった。心音を確かめる。し
かし動いていなかった。
「嘘です・・・。」
 トーリスの腕は、震えていた。自分の目が、自分の手が信じられない。目の前も
真っ暗になった。自分自身の存在さえわからない。
「目を覚ましましょう?レイア・・・?レイアーーーーーーー!!!!」
 トーリスは、目が虚ろになっていた。レイアに、もう外傷は無い。見た目は生き
ているようにしか見えなかった。
「チッ・・・。ずらかるぞ。」
 「闇」の連中の残りはバツが悪くなって逃げ出そうとする。「光」の連中もだ。
しかし、逃げる事は出来なかった。何故か、いつの間にか結界の様な物が出来て外
に出られなかった。
「ど、どういうことだ!?」
 「光」の連中も訳が分からない。何故なのだろうか?
「みなさん。・・・レイアが、そしてサルトリアさんが、寂しがってます。・・・
付き合ってくれますよね?」
 トーリスは、静かに立ち上がる。既に、レイアとサルトリアは冷凍保存のような
状態になっていた。そして、トーリスが連中に向けた目は、悲しみでも怒りでも無
かった。ただ激しい憎悪。この一点だった。
「ヒィィ!出せ!出してくれぇ!!!」
 すでに「闇」も「光」も関係無かった。ひたすら、この場は逃げ出したい。それ
だけだった。トーリスを中心に物凄い魔力が、この場を包んでいる。
「レイア。無念でしょう?下らない争いに巻き込まれて・・・。私も一因ですが、
私にも、生きる目的が出来ました・・・。」
 トーリスは、恐ろしい魔力を放っていた。既に、魔力を持ってない者にすら肉眼
で見れる程、トーリスは魔力に溢れていた。
「待ってて下さい。そっちに、人がいっぱい居れば寂しく無いですからね。」
 トーリスは、既に正気では無かった。皆、逃げ出そうとするが、逃げられない。
トーリスの結界は、それほど強力だった。
「やめろ!私達は関係ない!」
 「光」の連中も必死だった。もはやトーリスには、何を言っても通用しなかった。
この場に居る抗争をした連中全てが憎かった。そしてレイアを苦しめた全てが許せ
なかった。
「関係ない?・・・貴方達が、しゃしゃり出なければ、レイアは死なずに済んだの
ですよ?・・・どう関係無いと言うのです?」
 トーリスは、それを言った男の首を手で掴む。
「や、やめでぇぇぇ・・・。」
 男は苦しみだす。トーリスは手に力を込めた。
「苦しいですか?でもね。レイアの無念は、もっと苦しかったのですよ?」
「ゲフォ・・・ガフォ・・・ギィェェェェ!!!」
 男が奇声を発した瞬間、男の首が破裂した。トーリスが握り潰したのだ。トーリ
スの、いつも着けている青い服が、真っ赤に染まる。
「ひぃぃぃ!」
 他の連中は、恐怖で後退しようとするが出来ない。しかし、それでも後退しよう
とする。しかし、それは無駄な事だった。
「足りない・・・。レイアが寂しがります。」
 トーリスは、そう言うと氷の刃を作って、次々と連中を惨殺していく。辺りは、
真っ赤に染まる。しかし、トーリスの結界のおかげで広場以外の所に、血が飛び散
る事は無い。そして、2人の死体にも、結界を張ってあったので、綺麗な物であっ
た。結界の部分だけ、別の次元なのだろう。
 とうとう「闇」のメンバーが後一人になった。
「寄るな!寄るなぁぁぁ!!」
 もう恥も外聞も無かった。こんな恐ろしい相手に、立ち向かおうなんて気は無か
った。自分が、殺される事も、もう予想付いて居たのだろう。
「怖がる事はありません。楽になれるのですよ。」
 トーリスは、残忍な笑みを浮かべる。
「「闇」の本拠地を言うから!頼む!」
「・・・聞きましょう。」
 トーリスは、低い声で言った。動きもピタッと止まる。
「西の外れに「雷亭」(らいてい)って言う宿がある。その地下だ!しかも、ボス
の部屋には、隠し階段があるんだ。外に通じる道が!」
 男は、ベラベラと余計な事までしゃべる。
「ありがとうございます。」
 トーリスは、ニコーッと笑いを浮かべると背を向ける。その顔は、まさしく鬼神
だった。男が逃げ出す瞬間、男の首が飛ぶ。
「お礼に苦しまずに止めを刺してあげました。感謝しなさい。」
 トーリスは、そう言うと、2人の死体の所に行く。
 そして、これまでの出来事を簡単に記して、自分のギルド脱退届を書いて、サル
トリアの胸に脱退届を置く。そして、レイアの死体には結婚する時に、渡す予定だ
った指輪を左手の薬指にはめて、これも、出来事を書いた紙を添えておいた。
 そして古代魔法である『転移』の魔法を使って、サルトリアは「望」に、そして
レイアは「聖亭」に、それぞれ送っておいた。トーリスの魔力は、暴走気味になっ
ていて、文献に載っていた古代魔法を一瞬の内に使えるようになっていた。恐らく、
感情と魔力が結びついたのだろう。そして、この辺りに張ってある結界を解く。
「・・・足りない。」
 トーリスは、そう言うと、黙ってストリウスの西の外れに向かう。間違い無く、
さっきの男が言った場所に行くのだろう。
「うああああああああああああああああ!!!!」
 トーリスは、頭を押さえた。レイアの事を思い出す度に、感情が爆発する。その
度に物凄い魔力を放っていた。
 トーリスは、誰も居なくなった広場を黙って去っていった。その身を真っ赤に染
めて歩いていく。トーリスの心を支配しているのは、ただただ憎しみだった。


 「聖亭」では、大変な騒ぎになっていた。当たり前である。何も無い所から、い
きなり冷凍保存した、レイアの死体が送り込まれたからである。『転移』の事など、
レイホウには分からない。しかし、レイホウは、手紙を読んで愕然とすると共に、
死体をなるべく冷えた蔵の方へと移した。そういう時の処置は、熟年さながらであ
ろう。パニックに、ならない所が、この女性の凄い所でもあった。
 「望」でも、同じように凄い騒ぎになっていたが、サルトラリアが、適切な処置
をして、ギルドをパニックに、させなかった。
 しかし、隠してはいたが、悲しみは深く、2人共、職場を従業員に任せて、夕方
には、既に店を閉めていた。
 その「聖亭」にジーク達は帰ってきた。ジーク達は、あまりの事にショックにな
りかけていた。やっと、ゲラムの初依頼を成功させて、トーリスの喜ぶ顔が見たか
ったと言うのに、これでは、あんまりである。
 レルファ達も「望」で、その事を知って、暗い顔で帰ってきた。
 自然と、トーリスが居た部屋に全員集まる。ジーク達6人とレイホウとサルトラ
リアも来ていた。魔法の研究を、そのままにして飛び出した跡があった。
「トーリス・・・。」
 ジークは、うな垂れる。何も言え無かったのである。トーリスの気持ちは、計り
知れない。レルファとツィリルは、レイアとトーリスの関係を皆に改めて言った。
レイホウも相槌を打っていた。
「センセー・・・。うっ・・・くっ・・・。」
 ツィリルは、トーリスの事を思うと、胸が締め付けられる感じがした。トーリス
の失意は、どれ程だっただろう。ツィリルは、この目でトーリスとレイアの結婚の
約束を見ていた。知らず知らずの内に、涙が溢れる。
「トーリス!くっ!私達は・・・仲間だと言うのに!」
 サイジンも、自分の力の無さを痛感する。こんな時に、力にすらなれない。それ
所か、行方すら知れないのだ。しかし、起きた事は分かっている。
「先生・・・。一人で抱え込んじゃうタイプだもんね・・・。」
 レルファも、泣き顔になった。何より、レイアが死んだ事がショックだった。
「僕は、トーリスさんの喜ぶ顔、見たかったのに・・・。」
 ゲラムも、顔を伏せた。とても、それ以上口を挟めなかったのである。
「許せないネ・・・。絶対!!」
 ミリィは、涙を溜めながら拳を震わせていた。
「でも、安易に攻め込むのは、駄目だぞ?」
 サルトラリアは、制止した。
「そ、そんな!」
 ジークは、抗議をしようとするが、サルトラリアが血が出るまで拳を握ってたの
を見て、我慢しているのを悟る。
「レイアちゃんとサルトリアさんの葬儀は、私がやるネ。」
 レイホウは、皆を見渡す。
「母さン・・・。」
「ミリィ。無理しちゃ駄目だヨ?」
 レイホウは、ミリィの頭を撫でる。ミリィは素直に頷く。レイホウが、どれだけ
心配してるか分かってるからだ。
「それより、やらなくては、ならない事がある。・・・分かってるな?」
 サルトラリアは、皆に目配せした。もちろん、トーリスの事である。
「トーリスが、何故帰らないのか、そこまでは知らない。しかし、失意のトーリス
を、そのままにしておく訳にはいかない。分かってます。」
 ジークは、力強く答える。死んでしまった人間も、もちろん大事だが、それ以上
に、生きているトーリスの事が心配だった。
「センセーは、わたしが探す!」
 ツィリルは、固い決意をしていた。トーリスは今、どれだけ気持ちを抱え込んで
るか分からない。しかし、誰かが受け止めなければ、トーリスは駄目になってしま
う。ツィリルは、その想いを受け止めようと思っていた。
「ツィリル・・・。分かった!何か感じたら教えてくれ。」
 ジークは、ツィリルの直感を信じる事にした。ツィリルが、トーリスに抱いてい
る想いを知ってるだけに、遂げさせてやりたかった。
 その時だった。ツィリルとレルファが、同時に震え出した。
「どうしました!?レルファ!?」
 サイジンは、ビックリしてレルファの背中をさする。
「私も、何か嫌な感じネ。」
 ミリィも魔法の才能が認められていた。何かを感じたのだろう。そう言うジーク
も、少し嫌な感じがした。
「す、凄い魔力!それに、ああああ!何て悲しい魔力!」
 レルファは、恐怖と悲しみで震えていた。間違い無くトーリスの魔力だった。結
界を解いた時から、嫌な感じは付き纏っていたが、今度はハッキリ感じた。どこか
で、トーリスが暴れている証拠だろう。
「センセー!止めてー!それ以上やっちゃ駄目ーーー!!」
 ツィリルも、もろに感じ取ってしまっているのだろう。顔が青ざめている。
「ツィリル。しっかり!・・・場所は分かる?」
 ジークは優しく尋ねる。刺激するのは、却って良くない。
「この街の西の外れよ。間違い無いわ。」
 レルファが、代わりに答える。
「街の西!そうカ!「雷亭」ヨ!」
 レイホウは、西に柄の悪い連中が跋扈する「雷亭」を知っていた。トーリスは、
そこに行って、何をするのか?
「間違いないわ。先生は、そこで魔力を放出してるわ。でもおかしいの。魔力を放
出する度に、悲しさが増すような感じなのよ・・・。」
 レルファも、少し苦しそうだった。
「しかし、西地区といえば、「闇」のテリトリーだ。」
 サルトラリアは、危惧する。いつ「闇」に襲われるか、分からないような所に行
かせるのは、抵抗があった。
「私は、行きます。トーリスに会うまで納得出来ません。」
 サイジンは、珍しく、レルファ以外の事で動く。
「もちろん俺もだ。リーダーとして、確かめなきゃならない。」
 ジークは、背中に「怒りの剣」を背負って、腰には、トーリスからもらった魔法
剣を着けた。
「もちろん私も行くヨ。トーリスは、大事な仲間ヨ!」
 ミリィは、力強く答える。それに、ジークが行く所には、付いて行こうと、決め
ていたのだ。
「トーリスさん。僕にも、顔を見せておくれよ。」
 ゲラムは、この所、トーリスとは会ってない。
「私も行くわ。離れるのは、もうたくさん!」
 レルファは、昔、洞窟で分かれた事がある。サイジンに助けられなかったら、助
からなかったかも、知れないのだ。
「ツィリル。お前は、止めておいた方が・・・。」
 ジークは、ツィリルの肩を叩く。
「ううん。わたしも行く。センセーが居るんだったら、この目で見たい!」
 ツィリルは、必死に訴えた。ジークは、その目を見ると、深く頷く。
「ジーク。行って来い。だがな。俺は、いつでも待っている。それを忘れるなよ。」
 サルトラリアは「望」の印を見せる。ジークは、一礼する。
「みんな行こう!トーリスが待っている。」
 ジークが言うと、皆は力強い目で、それに応える。
 絶対に助けてみせる、と言う気持ちが、そこにはあった。


 ストリウス西地区「雷亭」は、西地区の外れにあった。「闇」のテリトリーであ
り、その地下は、裏の受付として機能している。表の受付で見込みのある奴が、こ
の裏の受付に来て、正式な「闇」のメンバーとなるのだ。
 その「雷亭」の地下に、恐るべき男が侵入していた。何も聞かずに「闇」のメン
バーを次々と葬っていった。その服とマントを真っ赤に染め上げて、ひたすら進ん
でいった。結構中は広いのだが、ギルドマスターの所に行くのは時間の問題である。
 逃げ出す者も居たが、その男は容赦しない。その殺し方も残忍だった。ほとんど
は、氷の刃で切り刻まれて殺されているが、首を掴まれて、もがれた者。胸に風穴
を開けられた者と、ありとあらゆる殺し方で、殺されていた。既に、この「闇」の
ギルド内は、地獄絵図と化していた。
「ええい!その男は、まだ仕留められぬのか!」
 ギルドマスターは、大声をあげるが、ギルドメンバーにしてみたら、それ所では
無い。死神が、このギルド内を、うろついているような物だ。
「ボスは、お逃げください。ここは、私が引き受けます!」
 副ギルドマスターは、書斎の裏にある隠し通路を開けると、そこにギルドマスタ
ーを先行させる。
 その瞬間、ドアの向こうから、断末魔が聞こえてきた。
 コンコン・・・。
 ノックの音が聞こえる。それと同時に、ドアは焼けて落ちる。
 その瞬間、中に居たギルドメンバーは投げナイフを投げる。しかし、そこに立っ
ていた男は、それを難なく柄を掴んで、全部地面に叩き落す。恐ろしい瞬発力だ。
「う、うわああああ!」
 ギルドメンバーは、副ギルドマスターを助けるために飛び掛る。しかし、その男
は、攻撃を身を少しだけ躱して避けると、そのメンバーを氷の剣と化した手刀で首
を一瞬の内に刎ねてしまった。
「お前の目的は何だ!」
 副ギルドマスターは、冷や汗を拭いながら尋ねる。
「・・・足りないのです。・・・レイアを苦しめた者に断罪を・・・。」
 その男は、もちろんトーリスであった。トーリスは、涙を流しながら、拳に力を
入れていた。
(くっ・・・。もうイカれてやがる。)
 副ギルドマスターは、トーリスの事は覚えていた。そして、メンバーが、恋人に
手を掛けた事も、報告は受けた。しかし、まさかこのような結果になるとは、思っ
ても居なかったのである。トーリスが、ここまで強いとは思わなかったのである。
「良いだろう。このギルドマスター直々に、相手をしてやる!」
 副ギルドマスターは嘘をついた。もちろんギルドマスターを逃がすためである。
「うおああああ!」
 副ギルドマスターは、素早い身のこなしで幻惑しながらトーリスに近づく。そし
て、攻撃をしようとした瞬間、トーリスの姿が消える。
「な、何!?」
 副ギルドマスターは、恐怖した。突然トーリスが消えたからである。気がつくと
後ろから痛みが走った。首を後ろから掴まれたのだ。トーリスは『転移』の魔法の
応用で、一瞬の内に、相手の背後に回りこんだのだった。
「う・・・!は、離せ!」
 副ギルドマスターは、もがく。しかし、トーリスは腕に力を込めると、副ギルド
マスターは動きが止まる。意識朦朧となったのだ。
「あなた・・・ギルドマスターじゃありませんね?」
 トーリスは、悟った。ギルドマスターは、何かを守ろうとする目をしないからだ。
トーリスは、大きな書斎に目を向ける。
「あそこに、道があったのですか。」
 トーリスは、ニヤリと笑う。
「ま、待てぇ!何が目的で、こんな・・・うぁあっぁぁ!!」
 副ギルドマスターの体は、一瞬の内にバラバラになった。トーリスが、背中から
直接、『爆裂』の魔法を掛けたのだ。『爆裂』は本来、地面に向かって掛ける魔法
で、地面を破裂させる事で、相手の動きを止めるような働きをする事が多いのだが、
直接、人間の体に掛けるとは、無茶苦茶である。
 トーリスは、首だけになった副ギルドマスターの亡骸を、興味無さそうに、放り
投げて捨てる。
「私から逃げる・・・。許されない事です!」
 トーリスは、書斎をぶち破って中に入る。確かに地上へ通じる道がある。だが、
まだ着いてないようで、足音がする。トーリスは、残忍な笑みを浮かべると、『飛
翔』で、ギルドマスターの後を追う。相手は走ってるのだが、こっちは飛んでるの
だ。あっという間に追いつく。
「ひぃぃぃ!」
 ギルドマスターは腰を抜かしていた。
「・・・貴方が・・・貴方が!!」
 トーリスは、こんな情けない男が、レイアを捕まえるように指示したと思うと、
怒りで身が震えてしまう。
「頼む!い、命だけは!!」
 ギルドマスターは、もう声にすら出来ない。トーリスは、暗い目を向けると、ギ
ルドマスターを一瞬の内に氷漬けにする。ギルドマスターは、声すらあげなかった。
「こんな・・・こんな物じゃ足りない!!!!!!」
 トーリスは、そう叫ぶとギルドマスターの氷像を思い切り砕く。その瞬間、ギル
ドマスターの体も粉々になっていた。
「レイア・・・レイアァァァァァァ!!!」
 トーリスは、また頭を抱える。恐らく、罪の意識と良心と憎しみが、ごちゃ混ぜ
になって駆け巡っているのだろう。
「トーリス!」
 気が付くと、そこにはジーク達が居た。
「ジー・・・ク?」
 トーリスは自分の手を見る。もちろん真っ赤になっていた。
「す、凄い・・・。」
 レルファは、ここまで来るまでも、真っ赤になった宿や、このギルド内も見てき
たが、トーリスの事もあって耐えてきたが、トーリスのこの様を見て、耐えられな
くなったのか、気絶しそうになる。
「トーリス!これ以上暴走するのは止めろ!」
 ジークは意を決して叫ぶ。
「駄目なんです・・・。足りないのです・・・。断罪する者が少ない・・・。」
 トーリスは、自分の手を見て震えながら言っていた。
「センセー!お願いだよぉ!戻ってきてー!」
 ツィリルは、叫ぶ。目には涙をいっぱい溜めながら、懇願する。トーリスが、正
気に戻ると言う意味で叫んだのだろう。
「私は・・・戻れますか?」
 トーリスは、問い掛ける。
「大丈夫だよぉ!・・・こんな、こんな怖いセンセー見たくないよ!」
 ツィリルは、心の奥から叫ぶ。
「ツィリル・・・。」
 トーリスの目の奥に光が宿る。優しい目をしていた。しかし、それは一瞬の事だ
った。また虚ろな目に変わる。
「う、うあああああぁ!!!」
 トーリスは、再び罪の意識に苛まれる。
「まだだ・・・。まだなんです!断罪する人間が、タ、タリナイ!!」
 トーリスは、そう叫ぶと魔力が暴走する。これだけの人間を、葬ったのに、これ
だけの魔力を発するとは、信じられない事だった。
「やめてぇーー!!!」
 ツィリルの感情も爆発する。ツィリルにも、凄い魔力が放たれていた。しかし、
トーリスのと比べると、まだまだだった。
「トーリス!もう止めてくれ!このツィリルのためにも、戻って来るんだ!」
 ジークは、厳しい目をしていた。
「そうよ!先生!ツィリルは、貴方の事、好きなのよぉ!!」
 レルファは叫ぶ。その瞬間、トーリスとツィリルの動きが止まる。
「レルファちゃん。酷いよぉ。わたしの口から言おうと思ったのに・・・。」
 ツィリルは、泣き出しそうだった。
「ツィリル・・・そう・・・。」
 トーリスは、また優しい目に戻りかける。
「ごめん・・・でも、ツィリル。貴女の感情をぶつけなきゃ・・・先生は、助から
ないわ。だからお願い!貴女も、気持ちをぶつけて!」
 レルファは、深く謝る。ツィリルは、そのレルファの背中に触れる。
「分かった・・・。」
 ツィリルは、意を決した。
「センセー。わたしね。もうどうしようも無く好きなの。だから戻って来てよ!」
 ツィリルは叫ぶ。心からの叫びだった。魔力も、それに感応するかのように上が
っていく。
「ありがとう。ツィリル。嬉しいですよ。・・・でも・・・。」
 トーリスは、いつもの表情に戻っていた。しかし、手を見て震えている。
「これでは終われないのです・・・。レイアの無念が晴れるまでは・・・。」
 トーリスは、目を伏せる。
「トーリスさん・・・。」
 ゲラムは目を逸らす。とても、正視出来なかった。こんなトーリスを、見たくな
いのだ。それは、ミリィもサイジンも同じだった。
「ジーク。父さんに、この不肖の息子を許してくれるように言って下さい。」
 トーリスは、ニコリと笑うと『転移』の魔法なのか、段々トーリスの姿が消えて
いく。ツィリルは慌てて、その手を掴もうとする。
「駄目ぇ!!!行っちゃ駄目ぇ!!!」
 ツィリルは、泣き叫んだが、無残にもトーリスの姿は、そこから消えてしまった。
恐らく、もう違う所に行ってしまったのだろう。『転移』が使えるようになると言
う事は、そう言う芸当も出来ると言う事だ。
「・・・馬鹿野郎・・・。そんな事頼みやがって・・・。お前が、一緒に来れば良
いだけじゃないか・・・それを・・・なんで、なんで!」
 ジークは、初めて自分の力の無さを呪った。レイアとサルトリアを助けられなか
ったばかりか、トーリスをも、行かせてしまった。
「センセー!!うわぁぁぁぁぁ!!」
 ツィリルは血の海の中で、泣き叫ぶ事しか出来なかった。
 トーリスが抜けた。しかも、こんな形で・・・。ジーク達にとって、この衝撃的
な出来事は、大きな傷となるのであった。
 ソクトアは、それでも残酷に歴史を刻み続けるのであった。



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