3、魔の躍進  ストリウスのギルド「闇」が潰れる。このニュースは、瞬く間に、ストリウスの 街に知れ渡った。何せ西地区は、地獄絵図のようになっていて、これでは、気づか れない方が、おかしいと言う物であった。  しかし、ニュースは、それだけではなかった。なんと北地区の「光」も次の日に、 壊滅したのである。東地区の「気」もギルドが、いきなり倒壊したとの話で、天変 地異の前触れかと、騒ぐ人も出てきた。だが、今の所、ストリウスは、この3ギル ド以外は、ほとんど無傷だったので、それ以外のギルドが、自治とまで行かないま でも、平和維持に努めていた。  人々は、天変地異の前触れかとも言っていたが、ジーク達は、分かっていた。間 違いなくトーリスの仕業である。あまりにも手早く片付けたので、今度は、間に合 いさえしなかった。行った時には、既に潰れていたのだ。だが、「光」も「気」も ギルド自体は潰れはしたが、「闇」ほど惨たらしく全滅しては、いなかった。要所 の幹部だけがやられて、一般のギルドメンバーには、それほどの被害は無かったの である。まだ、トーリスに良心が残っている証拠なのであろうか? 「ハァ!」  サルトラリアとジークが、相変わらず稽古していた。サルトラリアは、事情を全 部聞いて、落胆したが、このままでは何も進展しないと言う事で、トーリスの手掛 かりを探しながら、いつも通り生活する事を勧めたのだ。  皆も、それには賛成で、いつも通りの生活をする事にしたのだ。それにサルトラ リアは、トーリスが関わってそうな事件を片っ端から探してくれていた。 「ぬうううぅ!ここだ!」  ジークは、サルトラリアの木刀を跳ね除けると、サルトラリアの胴を薙ぐ。 「つっ!・・・参った!」  サルトラリアは、胴を押さえる。ギルドメンバーの間から拍手が起こる。サルト ラリアは、自らがギルドマスターの職に就くと共に、今まで居たギルドメンバーに も、事情を説明して、ジーク達の支えになるように頼み込んでいた。  元々、ジーク達7人の活躍を聞いて入った者が多いので、皆、納得していた。 「次は、私とゲラムですな。」  サイジンは、ゲラムと対峙する。ゲラムは、弓術も習ったが、剣術も疎かにした く無いと言う理由から、皆に混ざって、特訓していた。相変わらず凄い練習熱心で ある。  一方、トーリスの穴は、ツィリルとレルファが埋めていた。講師は、別に呼んで あるが、それとは別に、実践練習では、この2人を中心に訓練していたのである。  ミリィは「聖亭」に戻る事を望んだが、レイホウに止められた。一度、冒険に付 いて行くと決めたら、ちゃんとやり遂げるまで、帰ってこなくて良いとの事だった。 (うちの母さんも、頑固ネ。)  ミリィは、レイホウの頭の固さに脱帽する。レイホウだって辛いはずだ。単純に 一人抜けたのもあるし、何しろ、レイアを可愛がっていた。精神的な面でも、辛い はずである。なのに、弱音を一つも吐かなかった。  それと、レイアとサルトリアは、トーリスきっての願いで、冷凍保存する事にし た。ちゃんとした墓を作るまで、冷凍保存したいと言う事が、書置きに記されてい たのである。なので、ストリウスの遺体保管室で静かに眠らせてある。  こうして、トーリスが居ない生活も、慣れたかに見えた。だが、やっぱり慣れる 事など出来ない者が居た。ツィリルである。 (センセー・・・。やっぱり、センセーが居なきゃ・・・楽しくないよ。)  ツィリルは、この頃溜め息ばかりついていた。レルファは、そんなツィリルを見 て、何とかしてあげたかったが、あんな物を見させられた後では、中々そうは、い かなかった。それに、トーリスに、ツィリルの気持ちをバラしたのは、自分だと言 う罪の意識もある。でも、トーリスを戻す鍵になるのは、恐らくツィリルである。 しっかりしてもらわないと、困るのも、また事実だった。 「ツィリル。ご飯よぉ♪」  レルファは、わざと明るく声を掛ける。 「うん。今行くよ。」  ツィリルは、返事をするが、どことなくそっけない。 (これは、相当重傷ね。)  レルファは、頭を抱える。恋煩いと言う奴だろう。レイアの事もあったので、や っと、諦めかけてたと言うのに、レイアが、あんな風になったので余計に諦めきれ ないのだろう。だが、それに便乗するのは、ツィリルも望む所では無いのだろう。 トーリスが自分の意思で、ツィリルに振り向く日を待っているような感じだった。 「元気出しな何て、都合の良い事言わないけどさ。前向きに考えよう?ツィリル。」  レルファは、ツィリルの肩を優しく触れてやる。 「ありがとー。レルファ。わたしらしく無いよね。」  ツィリルは、ニパァッと笑う。いつもの笑いではない。でも、元気を出すために 努力をしてるのは見て取れる。 「その笑顔よ♪良い?ツィリル。私も応援してる事、忘れないでよね。」  レルファは、親指を立ててツィリルにサインを送る。 「ハハッ!強い味方だねー♪」  ツィリルは、嬉しそうに笑った。本当に心強いと思ったのだ。 「そうネ。ストリウスの諺にも『恋する乙女は太陽の輝き』って言葉があるくらい ネ。私も応援するヨ!」  いつの間にか、ミリィが後ろに来ていた。 「ハハッ!ミリィさんも、ジーク兄ちゃんに恋してるもんね!」  ツィリルは、恥ずかしくなったのか話題を逸らそうとする。 「そ、それを何で知ってるネ。」  ミリィは、慌てていた。自分がジークの事を好きだと言う事は、人には言って無 いはずなのだが・・・。 「ミリィさん?私達だって節穴じゃないのよ?ミリィさんたら、兄さんが、こなそ うとした依頼に必ず付いて行くんだからバレバレよ。」  レルファは、指を横に振る。 「ジ、ジークには、内緒にして欲しいネ・・・。」  ミリィは、恥ずかしそうに頭を掻く。 「はーあ。でも、兄さん鈍感だから気が付いて無いしねー。」  レルファは、我が兄ながら情けないと、いわんばかりにジェスチャーをする。 「ジークは、まだ修行してる方が楽しいのヨ。」  ミリィは、顔を真っ赤にしながら言った。 「奥ゆかしい事言っちゃって!ミリィさんの事も応援するから、しっかりね!」  レルファは、ミリィの手を握って元気付ける。 「そう言うレルファは、どーなのー?」  ツィリルは、ニタァっと笑った。 「ど、どういう意味よ。」 「サイジンとの事ネ。この頃、仲が良いネ。何かあったんでショ?」  ミリィも、クスクスと笑う。 「ま、まぁねー・・・。」  レルファは、否定しなかった。どうせ、この二人には隠せない。 「何があったか、白状してもらうネ♪」  ミリィは、冷やかすような笑いを浮かべながら近寄ってきた。  レルファは、抵抗を諦めると、龍の巣で迷った時に、色々あったことを言った。 サイジンを、意識するようになったのは、それからだ。それに、元々好かれてても 悪い気は、しなかった事も白状した。 「良いなぁ。レルファだけススンデルー。」  ツィリルは、頬を膨らます。 「まったくネ。羨ましいヨ。」  ミリィも、溜め息をつく。ジークの無関心振りを見れば、それも分かると言う物 だった。レルファは、頬を掻いてゴニョゴニョと、何か言っていた。 「ああ!もう!こうなったら、絶対皆、成就させちゃおう!決めた!貴女達も覚悟 を決めなさい!」  レルファは、開き直って、2人に提案を持ちかけた。 「一人だけ、もう成就しそうな癖にー。まぁ良いよ。わたしも、センセーの事、諦 めたく無いもんね。絶対、見返してやるから!」  ツィリルも、何か付いてた物が落ちたように、スッキリとした顔をする。どうや ら吹っ切れたようだ。 「ここで、引いたら面白くないネ。私も、絶対ジークを振り向かせてやるネ!」  ミリィは、嬉しそうに語った。何だか、女性陣だけの約束事が出来たようで、嬉 しかったのだ。これまで、料理の作り方や色々な生活の仕方などでしか、話さなか ったので、ミリィは、孤立した感じがしてたが、何だか、一体感が芽生えたような 気がしたのだ。 「まずは、レルファだネ。」  ミリィは、目を細くして笑う。 「そうだねー。一番恵まれてるもんね。相手から好かれてるの見え見え出しねぇ。」  ツィリルも、からかった。 「な、何よ。2人して!これでも・・・迷ってるんだからね。」  レルファは、顔を真っ赤にしていた。サイジンの気持ちは嬉しいし、自分も好意 は、ある。でも、サイジンが真面目に受け取ってくれるか、どうか心配なのだ。普 段を見ていれば、それも分かると言う物だった。 「心配ないネ。サイジンは、、普段おちゃらけてるけど、レルファ、貴女を守る時 や、戦闘の時は目が違うネ。」  ミリィは、サイジンがレルファの盾になってる時の目などが、真剣その物なのを、 知っている。あれで普段も、そうだったら息苦しいから、ああ言う態度なのだろう。 「そうだよ。それに、こういう事は、ちゃんとしておかないと・・・逃げられちゃ うよ?今の、わたしのようには、したくないよ。」  ツィリルも賛同した。それにト、ーリスの事も含めて言ったのだろう。 「・・・分かったわよ。ありがと!応援してくれて。まぁサイジンは、あれで格好 良い方だしね〜・・・。」  レルファは、自分で言ってて恥ずかしくなる。 「アラアラ、本音が出たネ。成就したら、教えるのヨ?」  ミリィは、ニコッと笑うと、昼ご飯のために「聖亭」の方に向かう。 「わたしも楽しみに、してるよー。」  ツィリルも、心からの笑いを浮かべながら、「聖亭」に向かって行った。 「んもう!2人とも!・・・ありがと。」  レルファは、顔を真っ赤にしてたが、心では笑っていた。 「サイジンと・・・か。しょうがない。誘ってみるか・・・。」  レルファは、さすがに自分から言うのは恥ずかしいのか、どういう風に誘い出す か考えていた。  この事は、レルファにとっても、ミリィにとっても、そして、ツィリルにとって も、非常に良い効果である事を、まだ3人は気が付いてなかった。  プサグル王宮に、久しぶりに兄弟が対面を果たしていた。その兄弟とは、プサグ ル王こと、ヒルト=ユード=プサグルと、ソクトアの英雄、ライル=ユード=ルク トリアであった。久しぶりと言っても、ジークの誕生日以来なので、そんなに久し ぶりと言う訳でも、無さそうだ。  そこに、この2人を呼び寄せた本人であるフジーヤがやってくる。「とても大事 な話がある」との事なので、ライルもグリフォンを使って急いでやってきたのだ。  ライルは、ジークへの贈り物であるグリフォンのグリードを初飛行させてみたが、 思った以上のスピードと力強さで、ペガサスの倍近い速さでプサグルに着いたので ある。グリードは今、餌をもらって、うたた寝している所だ。  フジーヤは、心無しか、顔色が良くない。この男にしては、珍しい事だ。 「フジーヤ。一体どうしたんだ?」  ヒルトは、フジーヤが、何か言うまで、待っていた。 「そちらの近況報告を、聞かせてもらえないか?」  フジーヤは、ライルとヒルトに尋ねる。ライルは、ルクトリアで、父親であるル クトリア王シーザーの、世話をしてる事を言って、アインとレイリーとの修行の具 合を、逐一話した。 「俺の方は・・・まぁ、色々とあったがな・・・。」  ヒルトは、フラルの結婚の話をした。今は、元デルルツィア王と、日取りと場所 を決めているらしい。前皇帝も、これには賛成してるようで、順調らしい。 「そうかぁ。フラルが、もう結婚かぁ。うちのレルファも、そろそろなのかねぇ。」  ライルは、暢気な事を言っていた。サイジンとの仲は、ライルは知らない。 「そうか。悪いな。実は・・・これを読んでくれ。」  フジーヤは、震える手で手紙を懐から取り出す。珍しく差出人は、ジークだった。  そこには恐るべき内容が書かれていた。レイアが殺された事。トーリスの魔力が 暴走して、どこかへ行ってしまった事。トーリスが、ストリウスの3ギルドを滅ぼ した事。それを追いかけるのが目標になった事。その事が事細かに書かれていた。 「レイアって、あのトーリス君の・・・。」  ライルは、いたたまれない気持ちになった。フジーヤの心境は、悲哀でいっぱい なのだろう。自慢の息子が、そんな体験をしてくるとは思いもして無かったのだ。 「あいつは・・・天才だった。俺以上のな。その分だけ、傷付き易かったんだ。そ れに、気が付かなかった俺は、馬鹿だよ。」  フジーヤはうな垂れる。息子の事を思うと、可哀想で、ならないのだろう。 「フジーヤ、「魂流操心術」じゃ無理なのか?」  ライルは、あのルースを生き返らせた秘儀である「魂流操心術」の事を話した。 魂流操心術は、その人の強い意思力をもって魂を蘇らせる秘術の事だ。 「ライル。口で言う程、あれは楽じゃないんだぜ?それに、あの秘術は、殺された その日の内に、何とかしなければ、細胞が壊死しまうんだよ。」  フジーヤは説明する。「魂流操心術」と言うだけあって、条件が厳しい。 「それに俺は、もう魂を集めるために、人を無意味に狩ったりしていない。だから、 魂の絶対量が足り無すぎる。これでは、失敗してしまうさ。」  フジーヤは、分かっていながらも、自分の若い頃を振り返る。あの時は、必要な 時に、いつでも補充してた気がする。と言うのも、フジーヤの所は、プサグル兵士 が、いっぱい来てたからである。横暴なプサグル兵士に対して、フジーヤは容赦無 く、魂を吸い取っていた。生きている者の魂を抜くのは楽なのだが、死んでいる者 に入れるのは、それだけ大変な作業だと言う事だ。 「あいつも、それが分かってるから、俺の所には来ないのさ・・・。」  フジーヤは肩を落とす。出来れば、レイアが死んだ直後に、フジーヤの所に持っ て行けば、まだ希望は、あったかもしれない。 「それに、もうレイアの両親に話したしな。」  フジーヤは、その時の事を思い出す。もちろん、悲しんでいたが、それ以上に、 レイアの両親が、フジーヤの所に、頭を下げに来たのが、フジーヤの心に残ってい た。てっきり激怒されるかと思っていたのだが、「今までありがとうございました」 と言って来たのには、驚きだった。しかし、それが反対に辛かった・・・。 「なるほど。それで、私達に近況報告を、させたのか。」  ヒルトは、合点が行った。フジーヤは、少しでもトーリスの情報が、無いかどう か探っていたのだ。 「悪いな。俺の都合だけで・・・。」 「何言ってんだ。フジーヤ。水臭いぞ?そうと知ったからには、トーリス君の情報 が入ったら真っ先に知らせに行くさ。」  ライルは、フジーヤの肩を力強く叩く。 「その通りだ。フジーヤ。お前には、過去に、いくら助けてもらったか分からん。 その借りを返す時が来たと言う事だ。」  ヒルトも賛同した。フジーヤは、戦乱時代に軍師をしていたのだ。その作戦で、 何度、勝ちを拾ったか分からない。そのフジーヤが困っているとあれば、放って置 けないのが、人情なのだろう。 「すまん。2人共。ありがとう。」  フジーヤは、本当に心強いと思った。 (トーリス。戻って来い。お前は、絶望に押し潰される程、弱くは無いはずだ。こ う言う時こそ、俺に、父親面をさせてくれよ。)  フジーヤは、息子の無事を、祈るばかりであった。  フジーヤ、ライル、ヒルト。ソクトアでも、これほど有名な3人は居ない。その 3人が手を取り合って、トーリスを探しに行くのだった。  この頃、ルクトリアの街の隣にある山の中腹で、修行場を作って修行している者 達が居た。その修行方法は、木片を紐で、ぶら下げた物を無数に用意して、合図す ると共に、その木片全部が、襲い掛かってくると言う寸法だった。それを目隠しし た状態で、弾き返すという結構ハードな修行だった。  この修行は、ライルもジークもやった事で、不動真剣術に伝わる、五感の強化で あった。目が使えないのなら耳で聞けば良い。そして肌で感じ取れば良い。それが、 この修行の目的だった。  他にも木刀を打ち込むための、大きな木に紐を何重にも巻いて打ち込みをしたり、 仕掛けを押すと、枯葉が舞い上がるので、その枯葉を木刀の鋭さだけで2つに割っ たりと、色んなバリエーションの修行をしていた。  その修行をしているのは、ルースの息子アインと、エルディスの息子レイリーだ った。ルースに許可をもらって、ライルが、昔していた修行を教えてもらって、そ れを実践しているのだった。こうやって実践してみると、その難しさが分かる。し かし、日に日に強くなっていくのも感じていた。 「さてと・・・。」  レイリーは目隠しする。そして、仕掛けの紐を引くと無数の木片が襲い掛かって きた。それを、レイリーは器用に木刀で跳ね返していく。木刀で跳ね返した物が、 また返ってきて襲い掛かってくる。これを、いつまで続けられるのかが、この修行 の内容だった。注意点として、しゃがんで避けるのは、駄目だと言う事だ。 「ハァァ!ハイ!ハイハイハイハイィィィ!」  レイリーは、掛け声と共にドンドン打ち返していく。 「良いぞレイリー!今日こそ1分突破だ。」  アインは時間を計っていた。 「ウォォォ!・・・ウワ!」  レイリーは、油断して後頭部に木片が当たる。それを、きっかけに他の木片も次 々レイリーに襲い掛かった。 「クッソォ!油断したぜ!」  レイリーは、悔しがって目隠しを取る。元々、木片なので当たっても害は無い。 「もうちょっとで、1分だったんだけどな。惜しいなぁ。」  アインは、時計を見せる。冒険者が着ける懐中時計を、アインは持ってきていた。 「俺は、もっと強くなって、あのサイジンを見返してやらねーとな。」  レイリーが、燃えてる訳は、そこであった。トーリスの話に付いては、まだ聞か されてないが、ジーク達が行った、龍の巣の話にサイジンの活躍も書いてあった。 それを聞いて、レイリーは、じっとしてられる性分では無い。  その時だった。この2人とは、違う別の気配が近づきつつあった。 「父さんかな?」  アインは、ルースが来たのかと思った。 「いや、ルースさんじゃねぇぜ。これは。」  レイリーは、周囲を警戒しだす。背中にある忍者刀に手を掛ける。 「そこか!」  レイリーは、懐から手裏剣を投げる。すると気配は、素早い動きで木々を巡って 気配を無くす。 「アインさん。間違いねぇ。相当な腕の、忍者だぜ。」  レイリーは、自分が忍者なので、良く分かる。  シュルルルル  妙な音がした。レイリーは、それを間一髪で避ける。相手の手裏剣だった。  そして気配は、レイリーが避けた先を狙いに来た。 「おおぉぉりゃ!」  レイリーは気合で、その気配の刀を自分の刀で止める。 「誰だ!」  アインは、レイリーの加勢に行く。 「フッ。腕を上げたで御座るな。レイリー。」  その気配は、そう言うと刀を仕舞う。 「そ、その声は!」  レイリーは、声を聞くと懐かしそうに気配の方を見た。 「伯父さん!やっぱり繊一郎伯父さん!」  レイリーは急に、その気配と握手する。 「おい、どうなってるんだ?」  アインは、さっぱり訳が分からない。 「フム。レイリーの腕が上がったかどうか、確かめようと思って次第、本気で行か せてもらったで御座る。」  どうやら、レイリーの知り合いのようだ。 「アイン。紹介するぜ。俺の伯父さんの榊(さかき) 繊一郎(せんいちろう)だ。」  レイリーは、嬉しそうだった。レイリーは、この強さを孤高に求める繊一郎の事 が、大好きだった。いかにもレイリーらしい。 「そうだったのですか。俺は、アイン。ルース流剣術の門下生です。」  アインは、挨拶する。 「特訓してる様子が見えたので、腕が鈍ってないか、確かめ申したまでよ。」  繊一郎は、レイリーの頭を撫でる。この甥が、一番自分に懐いている。一族の他 の奴らは、繊一郎の武者修行を道楽として受け取っている。榊家を継がない繊一郎 に、ヤキモキしてるのだろう。 (分かってないで御座る。このまま安泰を求めては、忍術の底が知れると言う物。)  繊一郎は、榊家の衰退より、忍術の強化の方が、将来のためになると言う事で、 武者修行に出掛けたのだ。 「しかし、この仕掛けは、良く出来てるで御座るな。誰が考案した物であり申すか?」  繊一郎は、この修行場を見て感心する。 「ライルさんさ!あの英雄ライルさんに、教えてもらったんだ。」  レイリーは、嬉々として話す。 「フム。あの御仁か。ならば納得も出来ると言う物。戦乱時代からも、鍛錬を続け ているご様子で御座ったしな。」  繊一郎は、ライルの印象を話す。ライルとは、戦乱時代に1回、そして、この前 のルクトリア訪問の時に会っていた。 「伯父さん、この前もライルさんと会ったのか!」  レイリーは、ビックリしていた。そんな事は初耳である。 「エルディスに用があったので御座るが・・・。その時に少し会ったので御座るよ。」  繊一郎は、既にエルディスとは会って来て、レイリーが、ここに居ると言う事で 偵察に来ていたのだ。 「繊一郎さんから見て、ライルさんは、どう見えます?」  アインは、繊一郎の目から見たライルを知りたかった。 「英雄と呼ばれる器の持ち主である事が、納得出来る強さで御座ろうな。ただ、そ の意志は、もう誰かに譲ったような感じは致し申した。」  繊一郎は、真面目に答える。アインもレイリーも、その譲り渡した相手と言うの は、分かっていた。ジークである。 「ライルさんは、もうジークさんに意志を継がせたのか・・・。」  アインは、妙に納得していた。 「うおおお!燃えて来たぞぉ!俺も、負けてらんねー!」  レイリーは、嬉しさで背中がゾクゾクしてきた。自分が強くなればなる程、ライ バルも強くなる。これほど嬉しい事は無かった。 「レイリー。俺も、そう思う。こりゃウカウカしてられないな!」  アインも、珍しく同調していた。アインも結構負けず嫌いなのだ。 「その意気で御座る。ところで、レイリー。噂のジーク殿が、どこに居るか、分か り申すか?」  繊一郎は、ライルの意志を継いだと言うジークを、この目で見てみる事にした。 「今は、ストリウスだと思うぜ。確か冒険者してるって話だ。」  レイリーは、教えてやる。 「フム。ならば、今から向かうのも、悪く無いで御座るな。」  繊一郎は、そう言うと事も無げに空中に浮く。 「伯父さん!そ、それは?」  レイリーは、ビックリした。そんな忍術聞いた事が無い。 「『空歩』の術で御座る。腹部に気を溜めて、足場を空に作る。その感覚が、あれ ばこそ、出来る秘術で御座るな。」  繊一郎は説明してやる。それにしても、空中に足場を作るなど常人の芸当では無 い。この繊一郎も、恐ろしい実力の持ち主なのだろう。 「さ、さすが伯父さんだぜ!俺も負けねーよ!」  レイリーは、ワクワクしていた。 「精進あるのみで御座るぞ。では、これにて御免!」  繊一郎は、頷くと同時に凄まじい勢いで空中を駆け出す。 「す、すげぇ人だな・・・。」  アインは、呆気に取られていた。只者では無いと思ったが、まさか空中歩行が、 可能だとは思わなかった。 「ああ。俺の目標だぜ!」  レイリーは、伯父の去っていった方向を見つめていた。 (レイリーも、あんな事出来るようになるのかな・・・ちょっと勘弁だな。)  アインは常識外れした、あの空中歩行は、あまり見たくないと思っていた。  次元の狭間で、苦しんでいる男が居た。自ら次元を開いて、行き来出来るように なった男だが、それは手段であり、本当の目的とは違った。次元を開く事により、 自分の知っている所には、自由に行き来が出来る。それは嬉しい事なのだが、それ は手段でしかない。本当の目的は『復讐』であった。  その男とは、トーリスであり、今トーリスは絶望の念に苛まれていた。自分の手 を真っ赤に汚していく程、レイアの声が遠ざかっていく気がしたからだ。しかし、 今の自分には、レイアのために下らない下衆達をこの手で葬らなければならない。 ソクトアにレイアを苦しめた暗殺組織を排除しなければならない。そう思っていた。  ストリウスの「闇」はその一部と言うだけで、「闇」をも動かしている裏の組織 があるという事を「光」を潰したときの資料で知った。 (絶対に潰さなければならない・・・。)  トーリスは、そう思っていた。自分の中で暗殺組織は悪その物であり、許せない 一つの象徴であった。  レイアを苦しめた者には、全てを断罪させなければ、気が済まないのだろう。 (面白い事を、考えているな。)  いきなり、次元の狭間から声がした。いや、声がするように聞こえた。 「だ、誰か居るのですか?」  トーリスは、つい口に出してしまう。自分が作ったはずの次元に入ってくると言 うのは、ほぼ不可能だと言って良い。 (怖がる必要は無い。お前の考えに、同調してる者よ。)  次元から、またも声がする。 「何の用ですか?・・・私は、誰の指図も受けませんよ。」  トーリスは、冷静になって話す。 (何を虚勢を張っている。お前は、恋人を殺されたのだろう?俺は見ていたぞ。)  声は、トーリスに冷たい事を言った。 「だからなんです?それが分かっているのなら、止めないで戴きたい。」  トーリスは、冷たい声で返す。 (俺はお前を手伝いたいんだよ。)  声は低く笑う。 「余計なお世話です。私は、一人でもやりぬく。」 (そうかな?果たして、出来るのかな?恋人も助けられなかったお前に。)  声は、トーリスの弱点を突いてきた。 「貴様、何が言いたい!」  トーリスは、珍しく語気を荒げる。 (どうと言う事は無い。俺の力を受け入れれば、お前の魔力は数倍になる。)  声は誘惑するが、トーリスは鼻で笑う。 「そんな誘惑に掛かるほど、私は甘くないですよ?」  トーリスは、冷静さを取り戻したのか、冷たく笑ってみせる。 (俺は、別に悪い事をしようとしてるわけじゃない。お前の手伝いが、したいんだ よ。お前は、人間に復讐するつもりなのだろう?)  声は、しつこく誘惑してきた。 「馬鹿げた事を。私は人間ですよ?そんな事あろうはずが、ありません。」  トーリスは、突っ撥ねて見せた。 (果たしてそうかな?お前は、まだ人間と言う者を信用してるのか?)  声は核心をついてきた。トーリスは、ピクッと眉を動かす。 (お前の恋人を殺したのは、人間の下らない欲だ。それが許せないのでは無いのか?)  トーリスは、その言葉を聞いて黙る。 (俺は、同じように人間型の神に堕とされた神の一人さ。)  声は、トーリスに正体を言った。 「まさか・・・。」  トーリスは、その正体に気がついた。 (そうだ。俺は堕とされし魔神レイモスさ。)  レイモスが、正体を明かす。レイモスと言えば、月神として、人々のために尽く してきたが、人間の欲に中てられて、グロバスと共に、人間を滅ぼそうとした神の 一人である。人間の欲望を垣間見て、絶望したのだろう。 (俺は、体を持たずに、彷徨っている事しか出来ない。しかし、体を提供してくれ ると言うなら、力を数倍に引き出す事は出来る。後は、お前次第だと言う事だ。)  レイモスは、トーリスの体を借りて、力を振るいたいのだろう。 「私の意志を、貫き通してもらえるのでしょうか?」  トーリスは尋ねる。興味はあった。正体が知れた以上、自分の力になる事は分か っている。 (当然だ。俺は、実体を持てないほど弱っているのだ。俺が与えるのは、ただのき っかけだけだ。俺は、お前と一緒に復讐がしたい。それだけよ。)  レイモスは、ニヤリと笑う。 「嘘では、無さそうですね。・・・ならば来なさい。」  トーリスは、怪しみながらも、受け入れる事にした。 (感謝する。俺と、お前が合わされば、下らぬ人間共など一掃出来よう。)  レイモスは、トーリスの中に入っていく。すると、トーリスは自らの手を見た。 凄い魔力に包まれていた。感情で爆発した時よりも、さらに強い恐ろしい魔力だ。 それに闇の闘気とも言うべき瘴気も出せるような気がする。 「す、凄い!力が溢れる!」  トーリスは、自らの力に驚愕した。 (それは、俺だけの力では無い。お前も力があるから、ここまでの力が出せるのさ。)  レイモスは、予想以上の効果に嬉しそうだった。神の力を受け入れた人間は、普 通は、押し潰されてしまうか、器に耐え切れなくて発狂してしまう者すら居る。  しかし、トーリスは違った。押し潰される所か、輝きすら放っている。暗い輝き は、トーリスの事を祝福してくれている。ガッチリと何かが、噛み合ったのだろう。 「フフフ。感謝しますよ・・・。これで目的は達成される・・・。」  トーリスは、暗い笑みを洩らした。これほどの力があれば、どんな邪魔者が前に 出ようと、止められないだろう。  トーリスの目的は、いつの間にか人間の滅亡へと変わっていったのである。  ここに恐るべき魔人、トーリスが誕生した。  「聖亭」の夜、レイホウが、帰ってきたジーク達を迎える。それは、いつもの光 景だった。レイホウは、ジーク達を子供のように可愛がってきたし、ジーク達も、 それに応えるように、レイホウに協力したりしていた。  大きな依頼は、こなしてないが、ちょくちょくと小さな依頼はこなしていた。既 にゲラムも、依頼を、こなす事に慣れてきて、立派なメンバーの一員として、頑張 っていた。ゲラムの弓は正確で、ゴブリンなどの下級「使い魔」なら、これだけで も全滅出来るくらいの腕だった。  そして、少し変化が現れたのが、ミリィとジークである。ミリィもジークも、少 しの時間を惜しんで、魔法の修行をしていた。トーリスから魔法の才能ありと言わ れたせいか、トーリスの穴を埋めるために、覚える事にしたのだ。  教え役は、レルファとツィリルだったが、ジークも、この2人に教えられる事に なるとは、思いも寄らなかったので、かなり苦戦しているようだった。反対に、ミ リィは、そう言う抵抗は無いので、結構すんなり進んでいた。 「すごーい!ミリィさん。もう『精励』覚えたの?」  レルファも、ビックリするようなミリィの才能だった。ミリィは、どうやら、レ ルファと同じく、神聖魔法が得意らしく、簡単な神聖魔法は吸収するかのごとく、 良く覚えていった。まだ、レルファが使うような強力な魔法は中々使えないのだが。 「こんなに覚えられるなら、もっと前からやれば良かったネ。」  ミリィは、自分でも驚くくらい魔法を覚えられた。 「うーむ。良いなぁ。ミリィ。俺も負けてられないなぁ。」  ジークは、魔法書を読む。魔法は、才能と精神力で威力が決まる。才能が無けれ ば、魔法を覚えられないし、精神力が低ければ、いくら才能があっても、威力が高 くないのだ。他にも、魔力の源である声帯の強化と言う方法もある。強い魔力を得 るためには、声を通るようにしなければならない。ツィリルやレルファ、トーリス は、その辺をいつも強化している。歌の練習をするのが一番だそうだ。  ジークは歌が下手だったので、かなり苦戦していた。 「ジーク兄ちゃん。『熱』!だよ。発音は『ね』・『つ』!」  ツィリルは、ジークに声の練習をさせていた。 「うーん。『ねつ』!・・・ちょっと違うなぁ・・・。」  ジークは、自分の手が熱くなるのは感じたが、魔法と言うには程遠いのを感じた。 「兄さんは、まず歌の練習を、いっぱいしてからねぇ。」  レルファは、溜め息をつく。我が兄ながら、覚えが悪い。 「しょうがないだろ!小さい時から、父さんと修行ばっかり、してたんだから!」  ジークは、妹にコテンパンに言われて、ムッとしていた。 「文句言う暇があったら、練習しなさい。私、ちょっと用事があるから、ツィリル。 後、頼むわね。ミリィさんも、神聖魔法の魔法書貸すから頑張ってね。」  レルファは、ジークの事をケラケラと笑いながら部屋を出て行く。 「くっそー。レルファの奴ぅ。こうなったら見返してやる!やるぞ!ツィリル!」  ジークは、こう言う所で、めげたりしない。そう言う性格だからこそ、不動真剣 術も受け継ぐ事が出来たのだろう。 「こんな時間に、何の用事かナ?レルファったラ。」  ミリィは、不思議に思った。確かに結構な夜だし、外に出歩くとは言い難い。 「今日は、確かストリウスの夜市があるから、それでも行くんじゃねーの?」  ジークは、興味無さそうだった。ストリウスの夜市とは、10日にいっぺん開く 大規模な出店だった。夜なのにも関わらず、凄い人で賑わったのをジーク達は覚え ている。ツィリルも、最初は、はしゃいでいたが、あの人の多さで、今はあんまり 興味は無い。それは、レルファも一緒だったはずだ。 「ああ!もしかして・・・。」  ツィリルは、手を打った。サイジンの事である。レルファに、色々焚き付けたの で、もしかしたら夜市を利用して、サイジンに告白するつもりなのかも知れない。 「・・・?もしかしてなんだ?」  ジークは、不思議そうにツィリルを見る。無論ジークは、そんな事、知らない。 知ってたら見に行くだろう。結構、兄馬鹿なのは、龍の巣で知っての通りだ。 「ツィリル。歌の練習頼むネ!」  ミリィは、誤魔化そうとしていた。 「そうだね!じゃぁ、行くよぉ!」  ツィリルも、それに合わせる。 「何だか変だなぁ・・・。まぁ良いか。」  ジークは、怪しみながらも歌の練習を始めた。  一方、レルファは、意を決して、サイジンの部屋に向かう。途中で、ゲラムに見 つからないように、注意しながらである。  サイジンの部屋の前でノックをする。 「そのノックの音は・・・。」  ドアの向こうで、走ってくるのが分かる。相変わらずである。 「おお!レルファですね!」  サイジンは、嬉しそうにドアを開ける。レルファは、急いで部屋に入ると、ドア を閉めた。そして、少し聞き耳を立てる。 「・・・バレてないようね。サイジン!少し静かにしてよ!」  レルファは、小声で話す。 「ど、どうしました?」  サイジンも、並々ならぬ様子のレルファを見て、少し動揺していた。 「・・・今日はさ。夜市でしょ?一緒に行ってみない?って思っただけよ。」  レルファは、恥ずかしそうに言っていた。 「オオ!何とも嬉しいお言葉!もちろん、行きますとも!地獄まで!」  サイジンは、相変わらずのキレっぷりだった。 「静かになさいって言ってるでしょ!それに地獄って何よ!・・・まぁ良いわ。私 も、用意してくるから用意しなさいな。」  レルファは、頭を抱えながら、自分の部屋に帰っていく。  サイジンは、早々と用意して、1階でレイホウに挨拶しながら、待っていた。サ イジンは、お出かけ用のスーツを着ていた。 「へェ。あのレルファちゃんから誘うなんて、珍しいネ。」  レイホウは、話を聞いてニヤリと笑った。レイホウも、しばらく付き合ってるか ら、それぞれの性格は知っている。 「私の長らくの想いが、通じたのでしょうか。何とも嬉しい限り・・・。」  サイジンは、浸りまくっていた。 「サイジン。ちょっとおいデ。」  レイホウは、サイジンを呼び寄せる。サイジンに耳打ちをする。 「レルファちゃんは、アンタの真の告白、待ってるんだヨ。アンタも、それに応え てあげなヨ。あの子は、アンタも知っての通り、良い子だからネ。決める時は、真 面目にやるんだヨ。」  レイホウは、そう言うとサイジンの背中を叩く。すると、サイジンは照れてしま ったのか、少し顔を赤くしていた。 (全く・・・。いざとなると、照れ屋なんだかラ。)  レイホウは、世話の掛かる息子を見る目で、サイジンを見る。レイホウは、サイ ジンの、そんな性格を見抜いていた。 「お、お待たせー。」  レルファは、ストリウスの民族衣装の、大胆なスリットの服で決めてきた。 (こりゃ間違いないネ。)  レイホウは、レルファの変化に気がついていた。 「さ、行こうよ。それとも待って怒った?」  レルファは、悪戯っぽく笑う。 「そ、そんな事ありませんよ。いやぁ、あんまり綺麗だったんで・・・。」  サイジンは、つい本当の事を言ってしまう。 「やだ。何言ってるのよ。・・・レイホウさん。ちょっと出掛けてくるね。」  レルファは、レイホウに言っておいた。 「行ってらっしゃイ。頑張るのヨ!」  レイホウは、娘を見るような目で送り出した。 (うちのミリィも、あれくらい大胆ならねェ・・・。)  レイホウは、頭を抱えた。あれで、結構内気なミリィは、ジークに気持ちを伝え てさえ居ないのだろう。レイホウには、バレバレだった。  しかし、この時、尾行していた者が居たのを、2人は気が付かなかった。  ストリウスの夜市は、結構夜遅くまでやっている。中には、面白い引き出物や、 変てこな食べ物も用意してたりと、バリエーション豊かだった。レルファは、久し 振りに行ったので、相変わらずの人だかりだと思っていたが、はしゃいでいた。  一方サイジンは、レルファの意図を感じ取りながらも、楽しんでいた。楽しくな い訳が無い。何せ、あのレルファと一緒である。つい2ヶ月前くらいまでは、この 光景を夢に見た事もある。  とは言え、決め台詞は何にしようか、思案しているのも事実だった。下手な事を 言っては、嫌われるかもしれない。何よりも、どこでそれを言うかも重要だった。 雰囲気の無い所で言ったって、効果は半減だろう。あまり待たせると、レルファも 焦れるだろう。こう言う事を、女性の口から言わせるのは、サイジンも嫌う所だ。 (迷う・・・迷いますね・・・。うーーーーーーーん。)  サイジンは、レルファの姿に見惚れながら迷っていた。 「何ボーーーッとしてるの?」  レルファは、サイジンが、ウンウン唸ってたので怪訝そうな顔をしてみる。 「ハッハッハ。何でもありませんよ!」  サイジンは、悟られないように頭を掻く。 「まぁ良いわ。このペンダント可愛いわねー。」  レルファは、出店で色んな物を見ていた。 「お。姉ちゃん。お目が高い!このペンダントは、今日一番の出物だよ!」  店のおっちゃんが、つい口出しする。 「へぇ。着けてみても、良いかしら?」  レルファが尋ねると、店主はウンウン頷く。 「どう?サイジン。似合う?」  レルファは、ペンダントを着けてみた。驚くほど良く似合っていた。 「レルファにピッタリですな。・・・フム。」  サイジンは、褒め称えた後、値段を見る。結構な値段だった。 「店主、これを戴こうか。」  サイジンは、ちょっと高いとは思ったが、無理して買おうとしていた。 「え?良いの?」  レルファは、ペンダントと値段を見る。 「レルファに似合うのなら、このお金も本望でしょう!ハハハ!」  サイジンは、豪快に笑っていたが、心の中では痛い出費だと思っていた。 「兄ちゃん。景気が良いねぇ!・・・ちゃんと決めなよ?」  店主は、サイジンに耳打ちした。レルファとの事だろう。そんなに、バレバレな のだろうか? 「ひぃーふぅーみぃー・・・。よし!毎度あり!」  店主は、ホクホク顔で金を受け取っていた。 「サイジン。大丈夫なの?」  レルファが、まだ心配していた。 「お金の心配などせずに、楽しみましょう!」  サイジンは、無理して笑っていた。 「フフッ。今日は、随分と優しいじゃない。ありがと!」  レルファは、微笑み返した。サイジンは、またも見惚れてしまう。 「レルファ。少し休みませんか?こう人が多いと・・・。」  サイジンは、少しも疲れてないのに言う。 「そうねぇ。じゃぁ、あの公園で休もうか?」  レルファは、その誘いに乗ってきた。やはり、いつものレルファと、どこか違う。 ちなみに公園は、結構広い公園があって、結構人気のスポットになっていた。  公園に着くと、適当な所でレルファは足を伸ばす。 「たまには、こう言うのも良いわねー。」  レルファはこの所、一息もつかずに、魔法の修練をしていたので、羽を伸ばすの は、久しぶりの事だった。 「ハッハッハ。ジーク義兄さんと、ミリィの魔法の様子は、どうです?」  サイジンは、尋ねてみる。 「ミリィさんは、筋良いわねー。兄さんは、ありゃ、もうちょっと努力が必要ね。」  レルファは、容赦無い事を言う。ジークが聞いていたら、怒る所だろう。 「先生が居れば、もうちょっと上手く教えられるのかな・・・。」  レルファは、つい思い出してしまう。血の海の中で絶望の眼差しを向けていた、 あのトーリスの姿をだ。あの出来事は、中々忘れられない。 「レルファも教え方は上手いのでしょう?ミリィの覚え方を見れば分かりますよ。」  サイジンは、レルファを褒める。暗くなってる心を、明るくするためだろう。 「ありがと!ツィリルも、この頃元気取り戻したし頑張る。」  レルファは、ニコッと笑う。 「はあ。私は、魔法の才能が無いのは残念ですよ。」  サイジンは、残念がっている。サイジンは、魔法の修練が出来れば、入っていく 事も出来るのだろうが、サッパリなので、あまり力になれない。 「サイジンは、兄さんに劣らない程の、剣術があるじゃない。」  レルファは、元気付ける。 「それに・・・私を守ってくれるのは、サイジンしか・・・出来ないよ。」  レルファは、そう言うと真っ赤に頬を染める。龍の巣で、サイジンが身を挺して 庇ってくれた事を、思い出したのだろう。 「レルファ・・・。」  サイジンは、そんなレルファを愛しいと思った。 「レルファ。私は、貴女を、ずっと守っていきたい。」  サイジンは、そう言うとレルファに近寄る。レルファも、それに応えるように、 ニコッと笑っていた。 「そして、私の永遠のパートナーに、なって欲しい。」  サイジンは、プロポーズした。レルファも、その意味に気が付いたのか、涙を浮 かべて、嬉しそうにしていた。 「・・・っ。」  レルファは、嬉し涙が溢れて、声にならなかった。 「レルファ・・・。大丈夫?私じゃ嫌ですか?」  サイジンは、心配そうに近寄る。すると、レルファは、サイジンのおでこに、指 を当てる。そして少し、グリグリとかき回す。 「嬉しいのよ!馬鹿!鈍感なんだから!」  レルファは、涙顔だったがちゃんと答えた。 「そ、それは、了承と受け取って、良いのでしょうか?」  サイジンも照れていた。レルファは、少し躊躇うと、首を縦に振った。 「サイジン・・・。」  レルファは、サイジンの胸に飛び込むと、サイジンの唇を自分の唇で塞いだ。サ イジンも、それに応えるように目をつぶった。夢にまで見た瞬間だった。サイジン は、嬉しさで飛び上がりそうになるのを、堪えながらも、それに応えた。  そして、しばらくして、自然と離す。 「フフッ。これで、私も肩の荷が下りたわ。」  レルファは、悪戯っぽく笑う。 「どういう意味ですか?」  サイジンは、怪訝そうな顔で覗き込む。 「実は、ツィリルとミリィさんにも、焚き付けられちゃってね。」  レルファは、白状する。サイジンは、あの2人が知ってると思うと、また恥ずか しくなったのか顔を真っ赤に染める。 「おっめでとーー!」  突然、草むらから声がした。 『ゲ、ゲラム!?』  レルファもサイジンも、ビックリした。そりゃそうだ。 「いやぁ、僕も嬉しいなぁ。2人には、幸せになって欲しかったんだ。」  ゲラムは、ウンウンと自分の中で、納得していた。 「ゲラム君?君、いつから?」  サイジンが、いつになく震えた声を出していた。 「いやぁ、2人が決めてるの、見えたからさぁ。ちょちょいと、盗賊の技能を使っ て。ってあれ?何か2人共、顔が怖いよ?」  ゲラムは、2人がジト目で睨み付けてたので、冷や汗が出る。 「ゲラム。アンタ、この事を言い触らしたら、『火球』じゃ済まないわよ?」  レルファは、既に魔法の用意をしていた。 「私の死角剣も、容赦しませんよ?」  サイジンも、おっかない顔をしてゲラムに迫る。 「ハハハ・・・。暴力反対なんだなぁ。」  ゲラムは、降伏の合図として両手を挙げる。 「まったく、最後の最後で、白けちゃったわ。」  レルファは、目を細くする。 「まぁ良いわ。帰りましょう?そろそろ、皆、待ってるでしょ?」  レルファは、そう言うと先に歩き出した。 「そうだね。ハハハ。」  ゲラムは、付いていこうとすると、サイジンに首根っこを掴まれた。 「ゲラム?今度、邪魔したら命が無いと思って欲しいですな。」  サイジンは、結構本気で言っていた。 「き、気を付けるよ。アハハハハ。」  ゲラムは、声が裏返っていた。  ゲラムに少し邪魔されたが、レルファとサイジンは、この時の出来事が、一生忘 れない思い出となるのだった。  ワイス遺跡の奥深くでは、色々魔族を呼び寄せるようになり、着々と、魔族の世 の中にするための、準備を進めていた。そのため、ワイスの王座の部屋だけでは、 賄えなくなってきたので、地下の拡張工事を進めていた。元々、食糧などは、ワイ ス遺跡の更に深くにある養鶏所や養豚所などが主食なので、全く問題なかったのだ が、この頃は、ルドラーの知識などを生かして、野菜の栽培も進められていた。唯 一太陽の光が入る所を利用して、その光を増幅させて栽培するなど、結構本格的に 進められていた。  と言うのも、低級の魔族なら契約も『闇の骨』も無しでも際限なく呼べる。魔界 にいる『使い魔』などは、扉が開けば、どこだって通り抜けられるのだ。『妖魔』 クラスでも、ある程度大きい扉さえあれば、無くても呼べる。それに『魔族』レベ ルなら召還が得意でないガレスォードでさえ、一回に10人は呼べる程だ。  なので、増え過ぎても困るのだ。しょうがないので『使い魔』『妖魔』レベルは、 ワイス遺跡の外の調査で、違う遺跡に居座るように命令させているし、地下の拡張 工事の手伝いなどもさせている。健蔵とルドラーが中心になって、地下の拡張工事 は進んでいた。瘴気が漏れないように注意しながらも工事は進められていた。 「こういう時に、『使い魔』がいっぱい居ると、助かる物だな。」  健蔵は、工事が順調に進んでいるので満足そうに見ていた。 「こうやって魔族が増えると、本当にソクトアが、支配出来る日が近いと感じるな。」  ルドラーは、内心恐れながらも、実感が沸いてくる。 「ドアを開けた時の、神々の驚く顔が見物だな。」  健蔵は、ニヤリと笑う。 「調子が良さそうだな。」  後ろから声がした。ミカルドだ。 「貴様に言われるまでも無い。」  健蔵は、そっけなく言った。この前の事もあって、あまり良い気はしない。 「何か用か?」  健蔵は、ミカルドが、わざわざ健蔵の所に来た理由が知りたかった。 「少し出掛けてくるので、それを伝えに来た。」  ミカルドは鼻先で笑う。 「何だと?貴様、それが、どういう意味か分かっているのか?」  健蔵は、信じられない物を見るような目で言う。 「フッ。お前らのように馬鹿じゃないさ。」  ミカルドは、そう言うと自らの姿を変えていく。魔族特有の角や翼、そして耳の 形まで変えていく。その姿は、まるで人間だった。 「そんな特技が、あるとはな。」  健蔵は、散々自分の事を、人間臭いと評したミカルドが、人間の姿を完璧に真似 るのは、さすがに抵抗があったが、特に何も言わなかった。 「これだけじゃ足りないからな。こうするんだ。」  ミカルドは、そう言うと魔族特有の臭いまで消して、さらに瘴気を完全に消して しまった。ここまで来れば完璧だろう。 「しかし、何をしに行くのだ?」  健蔵は、その辺が不思議に思った。 「お前には、言ったであろう?そのライルとやらを見に行くのだ。」  ミカルドは、ニヤリと笑う。 「ライルを殺すのは、この俺だ。邪魔はさせぬぞ。」  健蔵は、冷たい目で睨む。 「心配するな。見に行くだけだ。今の状態で、魔族としての力を使うのは、危険な のだろう?そこまで馬鹿じゃないさ。」  ミカルドは、鼻で笑う。確かに今は準備段階だ。今の段階で、ライルと闘えば間 違い無く、神に魔族の存在を気付かされる事になるだろう。 「行って来るから、父上には上手く伝えておいてくれ。それだけさ。」  ミカルドは、そう言うと瘴気を遮ってる扉を開けずに外に出る。『転移』の魔法 の応用だろう。 「フン。訳の分からぬ奴よ。」  健蔵は、ミカルドが何を考えているか、分からなかった。 「今のが、クラーデスの息子の4人の1人か。」  ルドラーは、佇まいが、クラーデスそっくりなので、すぐに分かった。 「その通りだ。あれで、実力があるから手に負えぬ。」  健蔵は舌打ちする。健蔵が、そこまで言うのだから、凄まじい実力なのだろう。 (次々と、とんでもない奴が出てくる物だ。魔界ってのはビックリ箱かよ。)  ルドラーは、驚くという感覚を忘れていた。この程度で驚いていては、この先シ ョック死してしまうと思ったのだろう。感覚を意識的に麻痺させていた。 「まぁ、グロバス様を、復活させる時の手伝いには、なるだろう。」  健蔵は、ワイスから言われた、それが全てだった。グロバスの事が無ければ、殺 しに行ってたかも知れない。ワイスの言う事は絶対である。ワイスが闘うなと言え ば、闘いを止めるし、闘えと言われれば、どんな無茶もやってみせる覚悟だった。  クラーデスの息子の、他の3人も、それぞれ癖があるが、クラーデスに忠誠を誓 って、ワイスとも争う様子は見せない。しかし、あのミカルドだけは違う。どこか 寝首を掻こうとする意思や他の魔族とは違う雰囲気を、持っている気がしたのだ。 「ところで、そのグロバス様は、いつ復活させるつもりだ?」  ルドラーは、聞いてみる。 「焦らずとも、クラーデスとワイス様の力が満ちれば、必ずやり遂げるだろう。無 論、この俺も手伝うがな。」  健蔵は、嬉しそうに言った。この健蔵にして、ここまで言わせるほどのグロバス は、どれほどなのか、ルドラーは知りたかった。伝記では、神々と闘ってやられた とあるが、その後、魔界に落ちて「神魔王」として降臨してるとは思わなかった。 元々神であったグロバスだ。魔界に落ちても、その力は健在だったのだろうか?  『使い魔』のオークなどにグロバスの事を聞いてみても、言葉にするのすら恐れ 多いと、ひれ伏すだけだった。そこまでの力をグロバスは持っていると言うのか?  その内に、クラーデスが部屋から出てきて健蔵の所に近寄る。 「おい。健蔵。ミカルドの奴は、どこに行った?」  クラーデスは、さっき健蔵の所に来たのを、感じ取っていたのだろう。 「どこに行ったかまでは知らんが、黒竜王を倒した奴の顔を見に行くと言って、出 て行ったが・・・人間の姿に変身してな。」  健蔵は、教えてやる。 「アイツも物好きだな。ちょいと力が戻っているかどうか、確かめたいんだが、居 ないんじゃぁしょうがねぇな。」  クラーデスは、ミカルドの放浪癖を知っているらしく、深くは追求しなかった。 「今、俺の作った結界の中で、訓練しようと思ってな。お前も来るか?」  クラーデスは、珍しく健蔵を誘う。と言うより、自分の力の戻り具合が確かめた いだけだろう。健蔵は、確かに強いので、ミカルドの代わりになるくらいにしか思 ってないのだろう。 「ワイス様の許しがあれば、行こう。」  健蔵は、少し積極的だった。健蔵は少しは感じ取っている物の、クラーデスの力 を、まともに受けた事は無い。またとないチャンスと思ったのだろう。  健蔵は、すぐ様、ワイスの所に飛んで尋ねてみた。 「我も、力が戻っているか確かめたい所だ。我も行こう。」  ワイスは、意外な返事をくれた。まさか、寝たきりのワイスも、その誘いに乗っ て来るとは思わなかった。ワイスの力を、この目で確かめられるとは思わなかった。 「クラーデス。依存は無いな?」  ワイスはクラーデスの方を見やる。 「ある物かよ。お前と闘うなんざ、何年振りか分からねーからな。」  クラーデスは、指をポキポキ鳴らす。 「フッ。貴様の息子とやらの力も、存分に見させてもらうぞ。」  ワイスは、ニヤリと笑う。そして、久しぶりに玉座から離れる。 「この前、作った広いスペースがあったな。あそこに、結界を作っておいたぜ。」  クラーデスは、ワイスが訓練用にと作っておいたスペースに、結界を張っていた。 それを見て、ワイスは結界に触れる。少し力を込めると、結界がまた輝きだした。 「これで、完璧だな?行こうぞ。」  ワイスは、そう言うとクラーデスの方を見る。改めてワイスの力を思い知った。 ワイスは、結界をより強化したのだ。 「おもしれぇ・・・。おい。ガレスォード。アルスォーン。ガグルド。行くぞ。」  クラーデスが言うと、3人の息子は結界の中に入る。健蔵も中に入った。ルドラ ーは危険なので、外で拡張工事を手伝う事にしていた。冗談ではない。本気で力を 出すワイスやクラーデスの力などに触れたら、ルドラーは吹き飛ばされかねない。 「フム。結構暴れられそうだな。」  クラーデスは、思いっきり地面を叩く。しかし、少ししか壊れなかった。結界の おかげだろう。これならば、神に気が付かれる事も無さそうだ。 「まずは、この私が行きましょう。」  アルスォーンは、魔力を解放する。 「ほう。では健蔵、やってみせよ。」  ワイスは、健蔵に命じる。健蔵は、恭しく礼をするとスペースの中央まで行く。 「健蔵ですか。相手に不足はありませんね。」  アルスォーンは嬉しそうに笑う。 「残念だが、俺にはある。貴様では、相手にならぬ。ガレスォードとガグルド。貴 様らも、纏めて掛かって来い。」  健蔵は挑発する。アルスォーンは、冷徹な性格だが、この挑発には、さすがに肩 を震わせていた。 「その言葉、取り消させてあげましょう。」  アルスォーンは、魔力と瘴気を合わせて力を解放し始める。 「フッ。素直に聞いていれば良いものを。言っておくが俺は容赦せぬぞ。」  健蔵は、自らの剣を抜く。すると剣に、かなりの瘴気が纏っていた。 「そこまでにしなさい!」  アルスォーンは、健蔵に瘴気の塊をぶつけた後に『火球』を作って、健蔵にぶつ ける。2段攻撃だろう。特に『火球』は、並のでかさでは無かった。 「・・・フッ。こんな物か?」  健蔵は、瘴気を片手で受け止めると、『火球』は剣で真っ二つに斬っていた。 「お返しだ。」  健蔵は剣を無造作に振る。すると、その一回一回から、衝撃波が生まれる。 「な、なに!?」  アルスォーンは、その衝撃波の数に耐え切れずガードする。しかし、いつまでも ガード出来る物でも無く、やがて、まともに2、3発入る。 「ば、馬鹿な!」  アルスォーンは、信じられないと言った様子で倒れる。 「感謝しろ。これでも手加減してやったんだぞ?」  健蔵は、低く笑う。アルスォーンはガレスォードに運ばれて休む事になった。 「体裁を取り繕う必要は無さそうだな。ガグルド。行くぞ。」  ガレスォードはガグルドに合図すると2人で掛かる事にした。 「2人掛かりは、気に入りませんが、仕方が無いですな。」  ガグルドも、健蔵の力は本物と見て、それに従う。 「フッ。早く掛かってこい。」  健蔵は挑発する。 「てめぇ、殺してやる!」  ガレスォードは、瘴気を全開にして、健蔵に襲い掛かる。ガグルドも、同時に控 えめながら、瘴気は全開にして襲い掛かってきた。 「うぉぉぉ!おりゃあぁ!」  ガレスォードも、ガグルドも、本気で健蔵に襲い掛かったが軽くあしらわれてい た。これには、クラーデスもワイスも驚いていた。健蔵は思った以上に強かった。 (これは、ミカルドクラスかも知れねぇな。)  クラーデスは、冷静に分析していた。明らかに同じ「魔界剣士」でも差が出てい た。自分の息子の不甲斐なさを責めるつもりは無い。実力の程は、分かっていたか らだ。クラーデスは、自分の力さえ強ければ別に息子がどうなろうと知った事では 無いのだ。それにミカルドだけは並外れた力を持っている。それで十分なのだ。 「くそぉ!当たらねぇ!どうなってやがる!」  ガレスォードに、疲れが見え始めていた。ガグルドも同じである。 「フフフハハハ!貴様ら「魔貴族」に戻って、やり直すが良い。」  健蔵は、笑いながら2人を蹴飛ばす。そして剣を回すと素早く魔の六芒星を描く。 「纏めて吹き飛ばしてやろう!霊王剣術、奥義「滅砕陣」!」  健蔵は、その六芒星から溢れるパワーを、そのまま2人にぶつける。この技は、 遠くに離れれば離れる程、その範囲を増していく。2人は逃れられずに食らう。見 事に吹き飛ばされた。この「滅砕陣」(めっさいじん)は、魔の六角形の魔方陣を ぶつける事で、相手を吹き飛ばすのが主な攻めである。威力は、それなりに高い。 「そこまでだな。」  クラーデスは、そう言うと、今にも気絶しそうな2人を、アルスォーンの所に放 り投げる。興味無さそうだった。それより健蔵の力の方が興味があった。 「ここまでとはな。嬉しいぜ。坊や。この俺が、相手になってやろう。」  クラーデスは、長く生えた牙を震わせて瘴気を解放する。 「待て。クラーデス。貴様とは、我が闘おう。」  ワイスが、ニヤリと笑う。 「健蔵。それで良いな?」 「全ては、ワイス様の意の下に。」  健蔵は、そう言うと、ワイスの言う通りにして下がる。 「まぁ、お前とか。坊やとも、いずれ闘ってみたいが後にしようか。」  クラーデスは、ワイスと闘う方が、より興味があるのだろう。それだけの話だ。 「フッ。伊達に、力を溜めていた訳では無いぞ?」  ワイスは、瘴気を出し始める。その瘴気が、ドンドン増幅していく。 「久しぶりに良い瘴気を出してるじゃねぇか。おもしれぇ。」  クラーデスは、負けずに瘴気を全開にしていく。ワイスとクラーデスは、「神魔」 と「魔王」でありながら、かなり良い勝負をしていた。さすがは「魔王の中の魔王」 の異名を持つクラーデスである。 「行くぜェ!!!!」  クラーデスは、嬉しそうに襲い掛かる。ワイスは、クラーデスの拳を手で受け止 める。そして、ワイスの繰り出す拳を、クラーデスが受け止める形になる。そして、 互いに瘴気を高めていく。結界を張ったはずなのに、それだけで地面が壊れる。 「さすがよ・・・。」  健蔵や息子3人は、この想像を遥かに越えた闘いに見入っていた。 「くらえぇぇぇ!!!」  クラーデスは、その体制のまま蹴りを繰り出す。それをワイスは余裕で避けるが、 蹴りはフェイントで、踵落としのような体制に入る。 「当たらぬ!」  ワイスは、それを身を引いて躱す。すると、クラーデスは間髪居れずに瘴気の衝 撃波を拳から繰り出す。ワイスは、それを胸で受け止めた。そして、その衝撃波を 完全に消してしまう。 「やるな・・・。」  クラーデスは、ワイスの力を改めて思い知った。 「貴様こそ、中々やるな。ならば、見せるしかあるまい。」  ワイスは、懐から玉のような物を取り出した。しかも無数にである。 「てめぇ、アレをやるつもりか。本気だな。ならば、この俺も見せてやるぜ!」  クラーデスは、ワイスのやる事を知ってるみたいで、自分も何かを取り出す。そ れは腕輪だった。それを腕に填め込む。 「ほぉぉぉぉぉ・・・。」  ワイスは、独特の呼吸法をすると、無数にあった玉が空中に浮く。 「うおおおおおぉぉぉ!!!」  クラーデスも、気合を入れると腕輪が禍々しく光りだす。 「何が、始まると言うのだ・・・。」  健蔵は、2人の凄まじいまでの瘴気だけは、感じ取っていたが、それ以上は、分 からなかった。 「いけぇい!」  ワイスが命じると、玉はクラーデスに向かって光線のような物を出す。一つ一つ が出しているので、凄まじいまでの量だ。それをクラーデスは、腕輪一つで弾き返 しながら、自らも、ワイスの下に飛び込む。そして腕輪に込めた力の全てを、ワイ スに叩きつける。すると、ワイスは、それを受け止めた。が、受け止めきれずに思 い切り吹き飛ばされた。 「ワ、ワイス様!」  健蔵は、心配して近寄る。 「心配要らぬ。勝負あった。」  ワイスは、ニヤリと笑う。すると、クラーデスは笑ったまま倒れる。 「一体、どうなったのですか!?」  健蔵はクラーデスの体を見る。すると背中が、かなり焼け焦げていた。 「我は、受け止められぬと悟ったのでな。とっさに攻撃に変えたまでよ。」  ワイスは、説明してやった。つまり、さっきの玉を一箇所に集中させてクラーデ スの背中を攻撃したのだ。 「しかし、我の攻撃を食らいつつも、ここまでのパワーを炸裂させるとは・・・。」  ワイスは自分の腹を見ると、殴られた所だけ陥没していた。恐ろしいパワーだ。 クラーデスとは、いつも良い勝負になる。実力的には「神魔」と呼んでも、おかし くないくらいだ。 「今度、こ奴に「神魔」の試練を受けさせたい物だな。」  ワイスは、ニヤリと笑う。クラーデスは、ゆっくり立ち上がると、ワイスを見て 笑った。そして、背中の傷を治しに掛かる。 「そのうち受けてやるさ。貴様を超えるためにな。」  クラーデスは、そう言い放つと自分の部屋に帰っていった。息子の3人も、それ に続く。傍から見ると、一番傷付いてないのは健蔵だった。 「我々も、うかうかしてられぬな。しかし、これで具合は分かった。」  ワイスは、陥没した部分を自然治癒させていくと、手応えを感じたのか拳を握る。  そして、そろそろグロバスを復活させるに足る力が戻っているとも確信していた。  ソクトアに魔の胎動が近づいていった・・・。