5、狼煙  商業を営む者にとって、ここは聖地であり、目標でもある。ご大層な物がある訳 では無いが、この国が、商業国家として成立している限り、その目標は、変わらな いだろう。その国こそがバルゼであった。  このソクトアでは、国の名前と首都の名前が一致しており、バルゼも、その例外 では無かった。バルゼの街では今、賑わってる話題があった。それは謎の魔法使い の話であった。この頃、「商隊剣士」達は値を吹っ掛ける事が多い。そんな者達を 狙って、血塗られたマントと帽子を被った緑髪の男が悉く葬り去っていると言う話 である。なので、この頃は「商隊剣士」自身が、依頼を請け負わない事が多くなり、 中々配達が出来ないのだ。しかし、無理はない。誰だって自分の命が、一番惜しい のだ。危険な仕事など、やる奴は少ないだろう。  この話には、彼のトーリスと通ずる所が非常に多い。ジーク達は、十中八九トー リスの仕業だと思っていた。しかし、何故襲うのかまでは、分からない。だが、ト ーリスは、この世に絶望しかけている。何が起きても不思議では無い。  ジーク達は、それを防ぐために、そして、真実を見るために、バルゼへと向かう のであった。ペガサスに乗って、1日程でバルゼには着く。 「もうちょっとで、バルゼだな。」  ジークは、ペガサスを操りながらミリィの様子を見る。ミリィは、必死にジーク に捕まっている。ふと、そんなミリィを可愛く思ってしまう。 「上空から見ると、ソクトアって、こんな風景だったのネ。」  ミリィは、捕まりながらも風景を楽しんでいた。確かに、上空から見た風景は絶 景である。雲を近くに感じると言うのは、心地良い快感でもあった。 「兄さん。そろそろ、下に降りた方が良いわ。」  レルファが、同じく操りながら声を掛ける。ペガサスは目立つ。あまり目立った 行動するのは、好ましく無いのだろう。 「預ける心配ならしなくて良いよ。僕のペガサスのリュートは、プサグルに一匹で 帰れるからね。その時に、ジーク兄さん達のペガサスも預けるように書いておくよ。」  ゲラムが、プサグルを指差しながら言った。ペガサスを預ける所があれば、安心 である。それに、ペガサスは頭の良い動物だ。ジーク達のペガサスも、リュートに 付いて行く事だろう。 「助かるよ。俺の家まで帰らせるのは、酷だと思っていた所だ。」  ジークは感謝する。ジーク達のペガサスも、ジークの家までは帰れる。しかし、 それでは疲れてしまうだろう。少々、心が痛んでいた所だ。プサグルならば、バル ゼから、かなり近い。さほど苦でも無いだろう。 「よし。リュカ。降りてくれ。」  ジークのペガサスの、リュカが、ドンドン下に降りていく。もうバルゼの街まで、 すぐだった。それに倣って、レルファのペガサスもゲラムのペガサスも降りていく。  そして、無事に着地する。ジークは、言う事を聞いてくれたリュカに、餌をやっ て撫でてやる。すると嬉しそうに嘶いた。  そして、ジーク達は一斉に地面に足を着かせる。皆、少し足が痛そうにしていた。 空の乗馬は脚力が居るのだ。ツィリルなんかは、慣れてない分、辛そうだった。 「よし。じゃぁ、リュート。他のペガサスを頼むよ!」  ゲラムは、書置きを袋に入れると、リュートに合図をする。するとリュートは、 他の2匹を引き連れて、プサグルへ向かった。 「頭良いんだねぇ。」  ツィリルは感心していた。足の痛みは今、ミリィとレルファが癒してくれている。 「おかげ様で、ここまで来れたと言う物ですな。」  サイジンも、感心していた。初めての空の旅は、レルファと一緒と言う願っても ない物になった。サイジンは、むしろそっちの方が嬉しかったのだろう。 「さぁて、早速、商品を届けるとしようか。」  ジークは、まず商品を届けるのを第一にしようと思った。トーリスを探すのも大 事な事だが、依頼を疎かにする訳にはいかない。  バルゼの街へは、降りた所から一本道で、さほど苦労はなかった。また、バルゼ の街の関所があったが、バルゼという街が、貿易色の強い街と言う事もあって、商 品を見せると、すんなり通してくれた。  それ所か、今の「紅の魔法使い」の話を聞いて、ここに来るとは大した物だと褒 められてしまった。それだけ、今のバルゼは恐怖に打ちひしがれているのだろう。  バルゼの街は南北に分かれていて、北は主に、商人達の寄り合いとなっていて、 南は居住区になっていた。居住区には、貧富の階層の差が激しく、中には商人達の 手伝いをして、生計を立ててる者も居た。  ジーク達が向かったのは、北の商店地区の東にある武器屋だった。20本ほどス トリウス製の武器を届けると言うのが依頼だった。  ジーク達が武器を渡すと、商人は喜んで依頼契約書にOKのサインを押した。こ の時期に、商品が届くのは稀だという。皆、恐怖して商品を届ける人は少ないのだ と言う。無理もない。そこまで使命感のある人は少ないのだろう。  この頃のバルゼでは、自分達が用意した製品を売りに出すくらいしか出来なかっ た。一つでも、ストリウス製の物があれば、良い値段で取引が出来るのだろう。 「いやぁ、アンタら凄いねぇ。助かりましたよ。」  武器屋の親父は、まだ頭をペコペコ下げていた。 「ハハッ。依頼をこなしたまでですよ。」  ジークは謙遜していた。 「いやいや、アンタらみたいな人、少ないよ?今は「紅の魔法使い」の話でびびっ ちまってさぁ。いやぁ、こっちも商売上がったりだよ。」  武器屋の親父は、バツの悪そうな顔をする。 「その「紅の魔法使い」って、どういう行動を取っているのでしょう?」  サイジンが、それとなく聞いてみる。 「俺も話に聞いただけなんだけどね。何でも、商品には手を付けないらしい。だが、 商品を警護する奴を片っ端から殺してしまうってんだから、おっかない話だよなぁ。」  武器屋の親父は、身震いしながら話す。 「ああ。それとな。そいつは、いつも「足りない」って言ってるらしいぜ?」  武器屋の親父は、奇跡的に助かった何人かから、その話を聞いていた。 (やっぱりセンセーだ・・・。)  ツィリルは、確信していた。トーリスは、あの時「断罪する人間が足りない」と 言っていた。恐らく、商品を警護する「商隊剣士」が、この頃、金に汚いと言うの を聞きつけて殺しているのだろう。 (でも、それは間違ってるよ。センセー・・・。)  ツィリルは、目を伏せる。確かに「商隊剣士」は、あまり良い人達では無いのか も知れない。だが、罪を犯している訳ではない。増して生活のために引き上げして るのもあるだろう。これでは、まるでトーリスは人類全体を恨んでいるかのようだ。 (・・・まさか、センセーは・・・。)  ツィリルは、恐ろしい考えに辿り着く。トーリスが、人類全体を恨んでいるので は無いか?という事だ。レイアを苦しめたのは人間の欲だ。それを全て清算するつ もりなのかも知れない。  だが、ツィリルは、頭を振った。あの優しいトーリスに限って、そんな恐ろしい 事を考えるはずが無いと思ったのである。 「おい。ツィリル。大丈夫か?顔が真っ青だぞ?」  ジークが、心配そうに見ていた。 「だ、大丈夫!ちょっと考え事してただけだよ!」  ツィリルは、ニコッと笑う。その時だった。 (トーリス・・・を助けて・・・。)  突然、ツィリルの脳に聞き覚えのある声が届いた。 「え?ど、どこ!?」  ツィリルは、ビックリして外に出る。 「ツィリル?どうしたの?」  レルファが、慌てて駆け寄る。ツィリルはキョロキョロしながら、また違う方向 へ行ってしまう。 「追いかけるネ!」  ミリィは、皆を促して、ツィリルを追いかけた。ツィリルの様子がおかしかった ので、心配してるのだろう。  ツィリルは、どんどん人気の無い所に行ってしまう。ついには、バルゼの中央に ある公園まで来てしまった。 「どこなの!?生きているの!?」  ツィリルは、まだキョロキョロしてしまう。ツィリルの聞いた声は、間違いなく レイアの声だった。生きているなら、トーリスを救って欲しいと思ったのだ。 「どうしたの?」  12歳くらいの少女が、心配そうに、こちらを見ている。 「あ・・・。いや、ちょっと人探しをしてたの。」  ツィリルは、優しく声を掛ける。 「ふーん。でも、それにしては、変な事言ってなかった?」  少女は、妙な目つきで、こちらを見る。確かに傍から見れば危ない人にしか見え ないだろう。ツィリルは、冷や汗をかいた。 「・・・死んじゃった人に、似てたの。」  ツィリルは、正直に言う。あまり隠すのは得意ではないのだ。 「あ。そう。私のおじいちゃんも、今朝、死んじゃったから同じだね・・・。」  少女は少し悲しい目つきをする。ツィリルは、ふと少女を見る。泣かないでいる。 (強い子なんだ・・・。)  ツィリルは、つい少女の頭を撫でようとする。 「一人で生きてくには、ちょっとお金が足りないから、もらってくよ!」  少女は、そう言うと素早くツィリルの財布を盗む。ツィリルは、呆然として少女 の去る方向を見ていた。 「あーーー!ずるぅい!」  ツィリルは、気が付いたのか、頬を膨らます。 「人を騙すなんて、駄目なんだよ!」  ツィリルは、少女を追いかける。しかし、少女は思いの他、足が速く、これでは 追いつけそうにない。  もう追いつけないかと思った時、少女の体は壁に向かって引っ張られていく。 「え!?何々?」  少女は、ビックリしていたが壁に叩きつけられた。どうやら、矢が服に引っ掛け られて、そのまま引っ張られたらしい。  矢が放たれた方向を見ると、ゲラムがニッコリ笑っていた。どうやら今、追いつ いたらしい。 「げ!仲間?まずぅ・・・。」  少女は、慌てて、矢を引き抜こうとする。すると、上手い具合に指と指の間に矢 を放つ。とてつもない正確性である。少女は顔を引きつらせていた。 「ツィリル!ビックリしたわよ?」  レルファが、声を掛ける。どうやら、皆、来てくれたらしい。 「ごめーん。まさか、盗難に遭うとは思ってなかったから・・・。」  ツィリルは、舌を出す。そして少女の方を見る。 「しかし、我々を狙うとは、運の無い少女ですな。」  サイジンは、顎を擦りながら近寄る。 「フン!この街で貧しい方に生まれた奴は、こうやって生きてくしか無いんだよ!」  少女は、吐き捨てる。この歳で、既に修羅のような目をしていた。 「この子、盗賊のスキル持ってるね。」  ゲラムは、分析した。かつて習った事があるので、知っていた。少女の体の運び 方などは、盗賊のそれと、一緒だった。 「とりあえず、これは、返してもらうヨ。」  ミリィは、少女からツィリルの財布を取ってツィリルに返す。 「まったく、何だって、こんな事したんだ?」  ジークは、少女に問い詰める。 「爺ちゃんが死んじゃったから・・・お墓を建てるためだよ。」  少女は、目を逸らす。 「お爺ちゃんが死んじゃったのは、本当なんだ・・・。」  ツィリルは、目を伏せる。 「しょうがないよ。でも、あのまま、冷たくさせるのは真っ平だったんだよ!」  少女はジーク達を、睨み付ける。 「・・・あんたら、泣いてるの?」  少女は、ジーク達を見てビックリする。皆、涙を流しているからだ。 「・・・あんた達みたいな、お人好し、この街じゃ見た事が無いよ。」  少女は目を伏せる。どうやら、悪い事をしたと言う気持ちになったのだろう。 「君の家に案内して。俺たちが、墓を作るの手伝うよ。」  ジークは、涙を拭うと、少女の矢を抜いた。 「・・・ごめんなさい。それとありがとう!」  少女は、ニッコリ笑う。本来はこちらが、この少女の本当の顔なのだろう。だが、 お爺さんが死んで、つい心が、拒否してしまったのだろう。 「私はリーア!私の家は、こっちだよ!」  少女は、あのリーアだった。 「元気だなぁ。」  ゲラムは、ボーっとしていた。あの弓を放った時の表情とは、大違いだ。 (あの声は、何だったんだろう?レイアさん・・・なのかな?)  ツィリルは、改めて、さっきの声の事を考えた。しかし、答えは返ってこなかっ た。これが妖精リーアとジーク達の出会いとなった。  プサグル王宮では、賑やかに盛り上がっていた。こっちでも、フラルの結婚のパ ーティーを開こうと言う事で、デルルツィアの来賓を迎えて、盛大に祝おうと言う 事になったのである。  ミクガードは、懐かしい感じがしたが、シンは、外交のため何回か行った事があ るが、ルウやゼイラーは初めてだった。プサグルの街を見て、その雰囲気を見て、 ミクガードが、心惹かれたのが分かった気がした。  そんな中、一人城の警護をしてる者が居た。ドランドルである。どうにも、2回 目のパーティーには、出席する気になれないのだろう。もうドランドルは、ミクガ ードに全てを託したつもりだった。あとは静かに、このプサグルを警備するのが、 自分の仕事だと思っていたのである。 「警備も楽じゃねーな。」  ドランドルは、舌打ちしながら警備を続けていた。これが、今の自分に出来る精 一杯なのである。パーティーに混じる気には、なれないのだろう。フラルの晴れ姿 は、デルルツィアで見たので充分だった。 「・・・ん?」  ドランドルは、変な感じがした。妙な胸騒ぎを感じる。 (何だ?この感じは・・・。)  ドランドルが、この感じを受けたのは、あの戦乱以来である。 「・・・そこに誰か居るな?」  ドランドルは、壁に向かって剣を振る。 「・・・さすがは「荒龍」のドランドル殿と言った所で御座るな。」  そこから声がした。そいつは、忍者のような格好をしている。 「お前は、誰だ?」  ドランドルは緊張する。楽しんでいるミクガード達に気が付かれては、いけない。 慎重に周りを見渡した。 「拙者の名は、榊 繊一郎。エルディスの縁の者と言えば、話は早かろうか?」  繊一郎は自己紹介をする。ドランドルは、エルディスとは戦乱時代の戦友だった。 「ほう。あのエルディスのか。確かに聞いた事がある。その繊一郎さんが、このプ サグルに何の用だ?」  ドランドルは、警戒を崩さない。と言うのも、嫌な予感が、徐々に膨らみつつあ るからだ。それは、この男のせいかは、分からないが膨らんでいるのは確かだった。 「時間がない。急な事で御座る。このプサグルに、災厄が近づいているので御座る。」  繊一郎は、手早く説明した。ドランドルは、それを聞いて合点が行った。どうや ら、この男も何かを感じ取っているらしい。 「アンタも、感じ取ったか。」  ドランドルは、嫌な予感が近づいているのを、まだ感じていた。どうやら、間違 い無さそうだ。 「ヒルト殿に、急ぎ、この事を連絡を!」  繊一郎は、行こうとしたが、ドランドルに止められる。 「何故、止めるので御座るか!?」  繊一郎はドランドルの、この行動を理解出来ずに居た。 「今は駄目なんだ・・・今はな!」  ドランドルが、真剣な顔をしていたので、繊一郎は、それ以上問うのは止めた。 「今は、俺の娘と同様の奴の、幸せの瞬間なんだ。頼む。」  ドランドルは、頭を下げる。それで繊一郎も納得行った。 「致し方無いで御座る。ならば、拙者一人でも、食い止めて・・・。」  繊一郎は、行こうとしたが、それも止められる。 「・・・アンタ一人じゃ死ぬぞ。」  ドランドルは、繊一郎に問う。嫌な予感は、一人の手に負える物では無いはずだ。 「構わぬ!拙者は、こう言う時のために、修行をしたのでござる!」  繊一郎は、熱い目をしていた。ドランドルは、それを見て笑う。 「何だ。俺と、同じじゃねぇか。」  ドランドルは、繊一郎を見る。繊一郎は、それを見て悟った。このドランドルは、 死を覚悟していると言う事をだ。 「よし。皆に気が付かれない内に、行くぞ!」  ドランドルは、そう言うと繊一郎に合図する。繊一郎は、まるで申し合わせたか のように、ドランドルの後に付いていった。 「ドランドル様!どこに行かれるのです!?」  城の衛兵が、ビックリする。このパーティーの警護を申し出たドランドルが、そ う簡単に、職場放棄するとは思えなかったからだ。 「フッ。このプサグルを守りに行くのさ。」  ドランドルは、微笑み掛けると、衛兵はハッとした。ドランドルが、死を覚悟し ている目をしてた事をだ。 「で、では、ヒルト様に・・・。」 「駄目だ!絶対、知らせるんじゃねぇ!良いな?」  衛兵が、ヒルトに知らせようとする所を、ドランドルに止められる。間違いない。 ドランドルは、このパーティーを無事に終わらせるために行くのだろう。 「・・・分かりました。絶対帰って来て下さい!」  衛兵は、涙すると、ドランドルは、それに笑顔で答えた。そして、また城の外へ と向かう。嫌な予感は、間違いなく近づいている。  ドランドルは、城の外で城門を静かに閉めさせると、見て愕然とする。 「こいつは・・・ハードな事だ。」  ドランドルは、冷や汗を流す。近づいてきたのは、何と魔族だった。しかも、並 の数では無い。どう見積もっても100、いや200は居る。そして、それを指揮 している2体の魔族が居た。 「何だ?あれは?」  魔族は、城門から、とてつもない勢いで突っ込んでくる人間を見た。 「我々に感づいた人間か?ご苦労な事ですな。」  魔族は、鼻で笑う。 「てめぇらの行進も、ここまでだ!」  ドランドルは、魔族の前に立ちはだかると、叫ぶ。 「ハッハッハ!笑わせんな。この魔族の数が、貴様には見えねぇのか?」  魔族は、大笑いする。200は居る魔族たちも笑い転げていた。 「俺は、プサグルの近衛兵長「荒龍」のドランドル=サミル!舐めてると死ぬぜ?」  ドランドルは、剣に闘気を込める。すると、魔族達の顔色が変わった。 「人間で、ここまで闘気を発するとは・・・。」 「拙者は、榊 繊一郎!お主達に、榊流忍術の極意を、ご覧に入れよう!」  繊一郎も、同じく闘気を放つ。並の闘気では無かった。 「なるほどな。俺達を邪魔する資格は、ありそうだな。俺の名は、魔王クラーデス が長兄ガレスォード。お前を、冥土に送る名だ。」  ガレスォードは、ニヤリと笑う。 「私は同じく、次兄のアルスォーン。無駄な抵抗を、見させてもらいましょう。」  アルスォーンは冷たく笑う。この2体だけは、ズバ抜けていた。 「とりあえず小手調べと、行きましょうか。」  アルスォーンは、配下の魔族に合図する。すると、10体程が、ドランドルを取 り囲む。そして、もう10体ほどが繊一郎を取り囲んだ。 「いけぇ!」  ガレスォードの号令と共に、襲い掛かる。 「舐めるなぁぁぁ!!」  ドランドルは、気合と共に1匹の魔族を葬り去る。すると、もう9匹がコンビネ ーションを組んで襲い掛かってくる。それを、ドランドルは避けながらも攻撃する。 しかし、幾らかは、傷を負っていた。 「俺は、荒龍!てめぇらに負けるかぁ!!」  ドランドルは、目を光らすと、正に暴れる龍が如き剣の冴えで、敵を皆殺しにし ていく。また、繊一郎の方は、手裏剣で悉く、魔族の急所を貫いて、足りない分は、 忍者刀で切り捨てていった。 「ほう。やるな。」  ガレスォードは、思ったより歯応えのある人間だったので、感心する。 「高見の見物とは、舐められた物だなぁ?おい。」  ドランドルは、ガレスォードを挑発する。 「フッ。舐めやがって。このガレスォード自らが、相手をしてやるぜ。」  ガレスォードは、挑発に乗ってドランドルの前に立つ。 「ドランドル殿!」  繊一郎が、助太刀しようとする。 「そうは、行きませんよ。」  アルスォーンは、残りの魔族を指示して繊一郎の前に立つ。 「これで邪魔は、入らねぇぜ?このガレスォードと1対1なんて感謝するんだな。」  ガレスォードは、そう言うと、とてつもない瘴気を発した。ドランドルは、負け じと闘気を発する。 (ライルの時の、黒竜王以上だぜ・・・。)  ドランドルは、ガレスォードの、とてつもない瘴気は、黒竜王以上だと悟る。 (・・・フラル。ミクガード。俺は、ここまでのようだ。)  ドランドルは、プサグル王宮をチラッと見ると、剣を構えなおす。死を覚悟した のであった。ライルの時は、自分は、見ている事しか出来なかったが、こうやって 対峙すると、如何に魔族が恐ろしかったか分かる。 (ライル。あの時のお前の力を、俺にも分けてくれ!)  ドランドルは、そう思うと同時にガレスォードに襲い掛かる。 「フッ。来たか。」  ガレスォードは、その剣を余裕で躱す。恐ろしい体捌きだ。健蔵との闘いの時は、 相手が凄すぎたので、目立たなかったが、このガレスォードも恐ろしい実力なのだ。 伊達に「魔界剣士」の位には就いていない。 「ハハハハハ!無駄だ無駄だ!無理無理無理無理!!」  ガレスォードは、笑いながら全て避けている。ドランドルは唇を噛む。 「うぉぉぉぉ!!!」  ドランドルは、渾身の力を込めて剣を振る。すると、剣の衝撃波が出来て、ガレ スォードの頬に、傷が出来る。 「な、何ぃ!?」  ガレスォードは、ビックリする。自分の頬から血が流れ出た。 「へっ。舐めるからだぜ!」  ドランドルは、ニヤリと笑った。 「こ、こんな・・・。」  ガレスォードは、頬を手で拭う。そして、自分の血を見て、目を血走らせる。 「てめぇ!!この俺に、傷を付けたな!よくも!」  ガレスォードは、半狂乱状態でドランドルを蹴りつける。ドランドルは、あっと 言う間に、血を吐いてしまう。恐ろしく強大な攻撃だ。いくらドランドルが鍛えて いると言っても、もちそうに無い。ドランドルは、ボロクズのようになってしまう。  ガレスォードは、この前、健蔵に負けてプライドを傷付けられている。その記憶 もあって、今度は、人間に傷付けられて、癇に障ってしまったのだろう。 「人間ごときが!調子に乗り追って!オラ!何か言え!」  ガレスォードは、ひたすら蹴り上げる。まるで、汚物を見るような目で、ドラン ドルを見つつも、ドランドルを血だらけにしていく。 (何て強さだ・・・。)  ドランドルは、薄れ行く意識の中で、ガレスォードの強さを改めて思い知る。既 に、肋骨は折れているし、肺にも何本か骨が刺さっている。 「フン。動かなくなったか。安心しろ。この国は無くなる。寂しくないだろう?」  ガレスォードは、ドランドルを踏み潰しながら大笑いする。 (国・・・。プサグル!俺が守るべき国!)  ドランドルは血を吐きながら、ガレスォードの足を跳ね除ける。 「くっ!ドランドル殿!」  向こうでは、繊一郎が魔族を蹴散らしながら、こっちに向かおうとしていたが、 中々進まない。 「てめぇ。まだ、生きてやがるのか?」  ガレスォードは、血管を浮き上がらせる。 「ただでは・・・やられねぇぞ!」  ドランドルは、剣を持つ。そして自分の気合を剣に込める。 「しつけぇ!このガレスォード様を、怒らせるんじゃねぇ!」  ガレスォードは、瘴気を手に溜めてドランドルにぶつける。いわゆる魔闘気と呼 ばれる物だった。 「ぐくっ!」  ドランドルは、振り払えずに吹き飛ばされる。 (ライル・・・。お前は、こんなのと闘ってたのか・・・。)  ドランドルは、食らって初めて分かった。 (俺では、とても敵う相手じゃねぇ・・・。)  ドランドルは、悟ったが、それでも剣に気合を込めていた。 (だが!このプサグルを守るため!一瞬で良い!力を!)  ドランドルは、目に力が宿る。そして、剣に生命を込める。剣は、明らかに変な 輝きをしていた。生命が宿っているのだろう。 「人間ごときが、粘るんじゃねぇよ。止めだ!」  ガレスォードは、爪を伸ばすと、ドランドルの胸に向かって突き刺そうとする。 「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」  ドランドルは、その瞬間髪が逆立っていた。生命が躍動するかの如くだった。  ザクッ・・・。  ガレスォードの爪は、間違いなくドランドルを貫いていた。 「・・・ギャアアアアアアア!」  ガレスォードは、絶叫を上げる。何とドランドルの剣も、ガレスォードの心臓を 貫いていたのだ。ドランドルの最後の気合は、ガレスォードの皮膚を突き破るに値 する物だった。 「あ、兄上!?」  アルスォーンは、ビックリして駆け寄る。しかし、ガレスォードは、信じられな い目付きをしたまま、目の光を失った。 「ドランドル殿!」  繊一郎は、ドランドルに駆け寄る。魔族は、なんと残り30体程になっていた。 とてつもない強さである。 「はぁ・・・。やった・・・ぜ。」  ドランドルは、ニッコリ笑う。 「貴様ぁ!!!」  アルスォーンは、ドランドルに向かって魔闘気を繰り出そうとする。だが、それ は繊一郎によって、弾き飛ばされていた。 「な、何だと!?」  アルスォーンは、目を疑った。人間が「魔界剣士」である自分の闘気を弾き飛ば すなど、信じられない事だった。 「榊流の奥義、目に焼きつけよ!!!!」  繊一郎は、怒りに燃えていた。そして、繊一郎は両手を合わせると、気合を手の 中に集めていく。 「榊流忍術の奥義!「龍衝遁(りゅうしょうとん)」!!」  繊一郎が叫ぶと、何と繊一郎の手の中から、龍が飛び出す。それがアルスォーン や魔族達に向かって暴れ出す。魔族達は、叫び声を上げながら息絶えていく。 「グアアアァァァ!くっ!何故、私達は勝てぬのだぁ!!!」  アルスォーンが叫ぶと、アルスォーンの体はフッと消えた。恐らく逃げたのだろ う。しかし重傷を負っていた。そう簡単に、また襲ってくる事は無いだろう。  この「龍衝遁」は、異界に住む守り神たる龍を呼び出す秘術で、ガリウロルの忍 術の中でも、最高位の難易度を誇っていた。竜神であるジュダは呼び出せないが、 他の世界に住む龍を呼び出す事が、この忍術の極意だった。 「・・・なんでぇ。あんた、強えぇじゃ・・・ねぇか。」  ドランドルは、息絶え絶えになりながら繊一郎を見る。 「拙者だけの力では御座らぬ。お主の魂が、あればこそで御座る。」  繊一郎は、ドランドルを支えてやった。 「開けろ!開門しろ!」  外から、ミクガードの声がした。 (まさか!)  ドランドルは、城門の方を見る。すると、ミクガードが、急いでこちらに来るの が見えた。どうやらバレてしまったらしい。フラルやヒルト、ゼルバも一緒だった。 「あそこだ!ドランドルさん!!・・・こ、これは!!!」  ミクガードは、夥しい数の魔族の死体を見て驚く。 「ド、ドランドル!お前!」  ヒルトが駆け寄る。ドランドルは、ニッコリと笑う。 「ここに・・・居る・・・繊一郎の・・・おかげだ。」  ドランドルは、もうしゃべるのも辛そうだった。 「拙者は、手伝いをしただけに御座る。」  繊一郎は、もう見ていられなかったのか背中を向ける。 「ドランドル!死んじゃ嫌だ!」  フラルは、ドランドルの隣で叫ぶ。 「そうです!私達を置いて逝く気ですか!ドランドル!」  ゼルバも、珍しく涙を流していた。 「ドランドルさん!今からって時に何で!!」  ミクガードは、ドランドルの手を握る。 「情けねぇ顔するな!!・・・お前達は・・・これからだろうが!」  ドランドルは、大声を出すが、血を吐いてしまう。 「この・・・魔族を見ろ・・・。これから身を・・・守るのは・・・お前達の仕事 だぞ!・・・負けるんじゃ・・・ねぇ!」  ドランドルは、手を握り返す。 「ヒルト・・・俺はな。・・・四天王として・・・死に場所を探していたんだ。」  ドランドルは、ニヤリと笑う。戦乱時代の四天王の話をしているのだろう。もう 生きているのは、ルースとドランドルだけだった。 「馬鹿言うな!お前の暴れる姿は、これからまた見せてくれ!」  ヒルトは、ドランドルを叱りつける。だが、ドランドルは笑っているだけだった。 「俺は・・・幸せだな・・・。」  ドランドルは目を閉じる。そして、一粒の涙を流した。 「バル・・・。ジル・・・。そっちに逝く・・・。待たせたなぁ・・・。」  ドランドルは、同じプサグル四天王であったバグゼルとジルドランの愛称を叫ぶ。 バグゼルはバル。ジルドランはジルと呼ばれていたのだ。 「し・・・あわ・・・せ・・・に・・・な・・・。」  ドランドルは、そう言うと、フラルの手を握りつつ、首の力が無くなる。そして、 二度と目を開ける事は無かった。 「ちょっと・・・ドランドル!嘘よ!嘘よーーーーーーーーー!!」  フラルは、泣き叫ぶ。しかしドランドルは、もう目を開けなかった。 「ドランドル!くそぉぉぉぉ!!!」  ヒルトは、叫んだ。部下としてでは無い。一人の友人の死が、これだけ叫ばせた のだろう。ドランドルは、それだけ大事な友人だったのだ。 「ドランドルさん。何で!何で!!」  ミクガードは、大事な父を失った気分だった。ドランドルは、暖かい笑顔のまま 逝ってしまった。  「荒龍」のドランドル。享年49歳。悔いは無かった。  ルクトリア王宮。そこは栄華を誇っていて、落ちる事の無い巨星のようだ。その 主は、もう歳であった。シーザー=ユード=ルクトリア68歳。ライルやマレル、 そして、ヒルトの父である。そして、母であり王妃であるカルリール=ユードも、 一緒だった。この頃、ライルが来てくれるおかげで、充実した毎日を送っていた。  それを警護するクライブ=スフリトも、王が日に日に元気になって行くのを見て、 嬉しく思っていた。  しかし、ここ1週間程、ライルは姿を見せていない。どうやら、フジーヤに呼ば れたらしく、プサグル王宮に向かっているとの事だ。その分、ライルの姉であるア ルドや、その夫ルースなどが来てくれてはいるが、少し物足りなかった。 「ライルは、今日こそ来てくれるのかのう?」  シーザーは、すっかり弱気になっていた。 「いつか来てくれるわよ。貴方。」  カルリールは、支えてやる。もう良い歳なので、待つのは、あまり好きでは無い のだろう。しかし、何故か、今日は嫌な予感がしていた。なので、シーザーは呟く 事が多くなっていたのだ。 「もう少しで、ルース殿が来る事でしょう。それに合わせてライル殿も来ますよ。」  クライブは、王の寂しさを少しでも紛らわせれば・・・と思っていた。 「フム。それにしても、空の色が余り良くないのう。」  シーザーは、胸騒ぎがしていたのだ。こんな事は、あの「秩序のない戦い」以来 の事である。あの朝も、こんな風に嫌な予感がしていた。 「気にしすぎでしょう。それに、私が付いておりまする。」  クライブは、命に代えてもシーザー達を守るつもりだった。 「信用しておるよ。」  シーザーは、クライブに微笑みかける。この微笑を絶やさないためにも、クライ ブは、守らなくてはならなかった。 「お前は、何者だ!?ギャアアアアア!」  突然、城門の方から悲鳴が聞こえてきた。どうやら、城下街の方では無く、この 城の城門のようだ。 「何事だ!」  クライブは、慌てて城門の方へと向かう。すると、一人の剣士が、門番を斬り捨 てていた。しかも、この剣士が纏っている闘気は、限りなく邪悪な物だった。 「くっ!・・・貴様!何者だ!」  クライブは、剣を構える。 「フッフッフ・・・。俺の名は砕魔 健蔵。この国は滅びるべきなのだ。」  健蔵は、口元で笑ってみせる。余程の自信があるのか、健蔵は、何と一人で、こ の国に来ていた。 「貴様、魔族だな!!」  クライブは、雰囲気で感じ取る。戦乱時代に見た、黒竜王の雰囲気を、そのまま 強くしたような感じだった。 「ほう。勘の良い奴も、居るのだな。楽しめそうだな。」  健蔵は、冷たい笑いを浮かべる。 「くっ!思い通りにさせるか!!」  クライブは、襲い掛かる。そして、ルクトリアの剣術の最高峰である「蛇の斬撃」 を仕掛ける。蛇のように、しつこく攻撃を仕掛ける事によって、活路を見出す攻撃 の事だ。しかし、健蔵は冷たく笑うだけで、全てを見切っていた。 「ほう。貴様は人間にしては、やるようだな。」  健蔵は感心していた。これだけ、剣を操れるのは、人間の中でも少ないだろう。 「だが、甘い。」  健蔵は、クライブの足を払うと手早く斬りつける。胸から腰まで、ザックリと斬 られていた。クライブは、膝から倒れて地に伏せてしまう。 「ク、クライブ!?」  上から見ていた、シーザーが叫び声をあげる。 「フッ。貴様が王だな。」  健蔵は空中を浮遊する。そして、周りを見渡す。すると魔法使い達が、一斉に攻 撃を仕掛けてきた。さすが軍事国家と言うだけあって、凄い数である。一斉に『火 球』を仕掛ける。 「やったか!」  魔法使い達は、息を飲む。健蔵は紅蓮の炎に包まれていた。  しかし、炎の中から衝撃波が魔法使い達を襲う。魔法使い達は、見事に真っ二つ に斬り裂かれる。 「フハハハハハハ!これが炎?笑わせるな!」  健蔵は、何と炎の中で、平然とこちらを見ていた。 「ば、化け物!?」  カルリールは、震えていた。恐ろしい使い手である。いや人間から見れば、こん なのは、化け物以外の何者でもない。 「軍事国家が、これでは聞いて呆れるな。俺が引導を渡してやろう。」  健蔵は、兵士達を次々と斬り裂いていく。その図は、まるで地獄絵図のようだっ た。そして、ついに王の部屋の前まで来る。王の部屋の前までに叫び声が聞こえた。 恐らく断末魔であろう。 「王!お逃げ下さい!王ーーーー!!」  衛兵の声が聞こえた。扉の外からだった。そして、扉は斬り裂かれる。 「フフフハハハハ!容易い任務だ。」  健蔵は、冷たく笑う。そして、その鎧は返り血で真っ赤に染められていた。 「お主、目的は何だ!」  シーザーは、歳に似合わぬ眼光を見せる。さすがは老いても王である。 「フッ。無論魔族が、このソクトアの覇権を握るためさ。」  健蔵は、高らかに笑う。 「そのためには、軍事国家などと言う物は邪魔なのだよ。」  健蔵は、そう言うと剣を握り直す。シーザーの周りを警護兵が守護する。 「おのれ!魔族め!」  シーザーは、剣を取るが腰に力が入らない。 「フハハハハ!無駄だ!」  健蔵は、手早く剣を振ると、警護兵は皆、倒れる。 「そぉれ。寂しくないようにしてやろう!」  健蔵が瘴気を乗せながら剣を振る。 「グアァ!」  シーザーは、吹き飛ばされる。そして腹に傷が出来る。 「お前もだ!」  健蔵は、カルリールに向かっても剣を振った。 「アアァァ!」  カルリールも、血を吐きながら倒れる。 「うう・・・。カルリール・・・。」  シーザーは、カルリールに手を伸ばそうとする。カルリールもシーザーの手を握 ろうとする。 「あな・・・た・・・。」  カルリールは、シーザーと手を組むと目を閉じる。 「すま・・・ぬ・・・。ライ・・・ル。」  シーザーは、涙を流しながら息絶える。 「・・・。これで、寂しくなかろう。」  健蔵は、邪悪な笑いを浮かべると空中を浮遊する。そして、ルクトリア城を一望 出来る所まで浮く。 「人間共の力の象徴である城か。忌々しい!消えろ!!」  健蔵は、空中で魔の六芒星を描く。この技は広範囲を攻撃するのにも優れている。 「滅びよ!霊王剣術!奥義!「滅砕陣」!!」  健蔵は、「滅砕陣」を放つ。「滅砕陣」は、城を取り囲むように六芒星を模ると、 暗黒色に光った瞬間、ルクトリア城を崩していく。これで、残った兵士達も皆、死 ぬ事だろう。容赦は、しなかった。 「フハハハハハ!魔族の狼煙だ!思い知るが良い!」  健蔵は、笑いながらワイス遺跡へ帰る事にした。健蔵の姿がフッと消える。『転 移』の応用で、消えたのだろう。  そのルクトリア城が、崩れ去る様をルクトリアの国民は、絶望の眼差しで見てい た。そして、そのルクトリア城に駆けつける者が居た。ルースである。今日も行く 予定だった。そして、シーザーに奉公するつもりだった。 (俺を、戦乱時代に救ってくれた王が!くっ!)  ルースは、戦乱時代を思い出す。ルースが生き返った時、王の責めは、何でも受 けるつもりだった。しかし、王はアルドを幸せにするという事が、奉公だと言って くれた。あの時に、ルースは王に生涯忠誠を誓ったのだ。  傍らには、アルドも心配そうにしていた。レイリーやアインも、それに付いて行 っていた。皆、心配そうにしていた。 「王!王妃!クライブ!」  ルースは、すでに崩れた城で叫ぶ。すると、城門のすぐ脇の辺りで、まだ息のあ る者が居た。見覚えがある顔だった。 「クライブ!」  ルースは、それがクライブであると、気が付いた。しかし酷い怪我である。 「ルース殿・・・。王は?」  クライブは、この怪我でも、まだ王の心配をしていた。 「あ、あそこ・・・!!」  アルドは震えながら指をさす。レイリーやアインが一生懸命、そこの残骸をどか す。そこは2階の一角だった。残骸をどかすと、そこには手を握って眠ったように 倒れている二人の姿があった。 「あ、あ!!爺ちゃん!」  アインは、愕然とする。つい3日前まで元気だった自分の祖父が倒れているのだ。 「父さん・・・母さん!!」  アルドは、手で頭を押さえる。カルリールも息絶えていた。信じられなかった。 「王!王妃ィィィィ!!」  ルースも、愕然としてしまう。 「そうか・・・。もう逝って・・・しまわれたか・・・。にっくき・・・は・・・ 砕魔 健蔵・・・。あの・・・魔族め!」  クライブは、もう目が霞んでいた。しかし、健蔵の名だけは告げようと思った。 「くっ!しっかりしろ!クライブ!」  ルースは、クライブの力が無くなっていくのを感じた。 「ルース・・・殿。ルクトリ・・・アを・・・頼み・・・ますぞ。」  クライブは、ルースの手を握る。 「おい!縁起でもない事を言うな!」  ルースは、クライブを揺すってやる。 「王・・・。済み・・・ませぬ・・・。私も・・・そち・・・らに・・・。」  クライブは、そう言うと目を閉じる。そして、目を開ける事は無かった。 「クライブーーーーーーーー!!!」  ルースは、涙する。 「くっそーーーーーー!なんでだぁああ!!」  レイリーは、悔しがる。自分の力が足りなかったのだろうか?駆けつけるのが遅 かったからであろうか?こんな惨い犠牲を出してしまった。 「アイン。レイリー。この悔しさを、忘れてはならんぞ。」  ルースは、おっかない目をしていた。そこにあるのは魔族に対する憎悪だった。 「ルース・・・。また始まるの?」  アルドは、泣きながらも心配していた。 「母さん。これを見てくれ!俺だって我慢出来ないよ!」  アインも涙を流していた。アインにも、ルースと同じ熱い血が流れているのだろ う。ルクトリアは蹂躙されたのだ。我慢出来るはずが無い。 「健蔵とか言ったな!見てろ!このレイリーが倒してやる!」  レイリーは吼えた。叫ばなければ、やってられないと思った。そして、同時に自 分の中にある魔族への恐怖も、吹き飛ばそうと思ったのだ。これだけの惨状を、一 人で作り出した健蔵に、恐怖が無い訳では無かった。 「マレルさんに伝えるのが、辛いわ・・・。」  アルドは、ライルの妻であるマレルに、この事を伝えなくてはならない。マレル は、道場の留守番をしていた。青い顔をしていたが、自分は留守番に留まると言っ ていたのだ。恐らく、ライルを待つためだろう。 「アルド。俺達は受け止めなきゃならない。だが、この悔しさを忘れてはいけない!」  ルースは、拳を握る。拳から血が滲み出ていた。 「魔族たちの世の中になど、させる物か!」  ルースは、空に向かって叫んだ。ルクトリアの瓦礫の中で。  ルクトリアの城は、こうして姿を消した。いや崩壊した。この出来事は、プサグ ルの出来事と合わせて「魔族の狼煙」と呼ばれるようになり、人間と魔族の戦いの 幕開けとなるのだった。  バルゼの民家の集まりがある所から、少し離れた丘の上に、たくさんの墓が並べ てある所があった。そこは、貧民層の墓の集まりでもあったが、墓のある物は、ま だ良かった。墓を立てるお金すら無いので、墓も立てずに、埋められる者も少なく ないのだった。  それだけ、貧富の差が激しいと言う事である。富豪の墓は、自分の家の敷地内に 建てられているのが普通で、それだけ広い面積の土地を持っていると言う事である。 何せ、人口は10分の1にも満たない富豪の土地は、何と貧民層の2倍近くも広い のだ。要するに、20倍近い広さなのである。  お金があれば、全てに置いて権力が握る事が出来るバルゼ。この国の経済は、富 豪の人々によって、支えられているのだ。しかし、富豪達は、貧民達を従えるよう にコキ使っている。それがお金のある者と無い者の違いだった。なので、貧民層の 中で、盗賊を目指す者が多いのは、そのせいでもある。  そして今、墓を建ててあげたリーアも、その犠牲者の一人であった。 「ありがと!お爺ちゃんも、これで天国に安心して行けるよ!」  リーアは、ニッコリ笑う。こうしていると可愛い12歳の少女なのだが、かなり の盗賊のスキルを要している事は確かだった。 「リーアちゃんは、どうするんだい?」  ジークは聞いてみた。リーアは、もう身寄りが無い。どうなってしまうだろうか? 「一人で生きてくって言う程、自惚れちゃいないよ。」  リーアは歳の割には、しっかりしていた。 「俺たちに付いていくかい?」  ジークは、誘ってみたが、リーアは首を振った。 「これでも、当てはあるんだ!大丈夫!」  リーアは、腕に手を当ててガッツポーズをする。 「フム。しっかりしてる物ですなぁ。」  サイジンは、自分の12歳の頃を思い浮かべながら感心していた。 「女の子は、成長が早い物よ?」  レルファが、茶化す。サイジンは、ウンウン唸りながらも納得したようだ。 「僕も見習わないとなぁ。」  ゲラムは、考える事があるようだ。しっかりして来たとは言え、まだ15歳のゲ ラムにとって、リーアは負けられない存在だった。 「ジークお兄ちゃん。それに、わたし達には、大事な用があるじゃん。」  ツィリルは、ジークの腕を引っ張る。無論トーリスの事だろう。 「そうだな。依頼も終えたことだし、そろそろ探さなきゃならんな。」  ジークは、腕組みをする。その時、背後から気配がする。ジーク達は、身構えた が、その正体を知ると、腕の力を抜いた。 「ビックリしましたよ。驚かさないで下さいよ。ジュダさん。」  ジークは、突然ジュダが出てきたので、ビックリしたのだ。赤毘車も一緒である。 「はっはっは。悪い悪い。いやぁな。魔族の居場所が知れてきたので、教えておこ うかと思ってな。それに・・・リーアと会ってるのが見えたのでな。」  ジュダは、リーアの方を見る。リーアは恭しく礼をしていた。 「聞いた事があると思いましたが、まさか竜神だったとは思いませんでした。」  リーアは、前にジュダたちと会った後、2人の事について、調べたのだ。 「ハッ!そう言う礼は、俺は好きじゃないんでな。普通にしてろっての。」  ジュダは鼻で笑う。神だから恭しく礼をされると言う事が、好きでは無いようだ。 「知り合いなのですカ?」  ミリィが、口をあんぐり開けたまま尋ねる。 「ああ。前に調査してる時に会ってな。おい。リーア。コイツらなら、お前の正体 は、話しても平気だぞ。」  ジュダは、リーアに合図する。 「ジュダ。別に、正体を晒す必要は無いのでは無いか?」  赤毘車が注意する。しかし、ジュダは手を振って「大丈夫」のジェスチャーを見 せる。ジュダは、考えがあるようだ。 「私の正体はコレなんですよ。私は、しばらく仲間達の所に身を寄せるつもりです。」  リーアは、そう言うと口調まで変えて、本来の妖精の姿に変わる。 「うわぁ。綺麗・・・。」  ツィリルは、つい口にする。妖精の羽はスカイブルー色に光るのだ。その光景は、 夢のようだった。 「なるほどね。大人びて見える訳だ。」  ジークは、納得したようだ。本来の妖精の年齢は、ジークより遥か上なのだろう。 「ま、そう言う事だ。リーア。人間に戻って話を聞いてくれ。」  ジュダが、合図するとリーアは、人間の姿に戻る。ゲラムは、ボーっとしていた が、すぐに残念そうな顔をしていた。夢見心地だった物が多いようだ。 「それで、話なんだが・・・。赤毘車。」  ジュダは赤毘車に目で合図する。 「うむ。魔族の居城は、ストリウスの外れにあるワイス遺跡だと言う事が分かった。 そして、魔族の行動は迅速で、私達の手には負えない部分まで来ている。」  赤毘車は説明する。魔族の行動が、この頃活発なのは感じていた。 「だから、トーリス殿を一刻も早く救ってやってくれ。お主達の力も、必要になっ て来たのだ。頼む。」  赤毘車は、頭を下げる。ジュダも、それに倣った。神と言えど、万能では無いと 言う事だ。類稀な強さを持ってしても、間に合わない事だってある。それが言いた かったのだろう。 「そう言う訳だ。・・・ってツィリル。お前、誰かに恨みでも買ったか?」  ジュダは、不思議そうな顔でツィリルの方を見る。ツィリルはビックリする。 「そ、そんな!わたし・・・何もしてないですよぉ!?」  ツィリルは、少し礼儀正しく否定する。 「そうか?何か、女の霊が後ろに憑いてるぞ?」  ジュダは、説明する。神の目には霊的な物は、即座に映るのだろう。 「ええ!?わたし誰かに恨まれたの?」  ツィリルは、困惑していた。全然身に覚えが無いからである。 「強い念を感じるな。では、ツィリル。お前の霊的センスを上げてやろう。」  ジュダはツィリルに手を伸ばした。相当強い念を感じるのだろう。ジュダは気に なって仕方が無かったのだ。 「さて・・・ムゥゥン!!」  ジュダは、手早くツィリルの脳に刺激を与えて霊視能力のレベルを上げた。 「あー・・・何かスッキリするー・・・。」  ツィリルは、刺激を与えられた事で、頭がスッキリした。すると、周りの霊的な 物が見えてくる。ジーク何かには、「怒りの剣」辺りに強い念を感じた。そして、 自分の後ろを見る。そしてビックリした。 「レ、レイアさん!?」  ツィリルは、思わず叫んだ。一番気になっていた人だったからだ。 「レイアだって!?」  ジークもビックリした。見えないがツィリルの反応からして間違いないのだろう。 「レイアってのは例のトーリスの・・・。成る程な。」  ジュダは、フジーヤの家に立ち寄った時に、聞いたので知っていた。 「どうりで、邪悪な念じゃ無いと思ったぜ。」  ジュダは、その霊の念が邪悪かどうかまで分かってしまう。レイアは、無論邪悪 などでは無かった。寧ろ、光すら放っている。 「レイアさん!何で、そこに居るの?」  ツィリルが尋ねてみる。すると、レイアの霊は、悲しい目をして、ツィリルの中 に入っていった。すると、レイアの声が脳に響いてきた。 (ツィリルちゃん。トーリスを救って。)  レイアは、悲しげな声をしていた。 「救って・・・ってセンセーに何があったの?」  ツィリルは、尋ね返してみる。 (トーリスは、魔神の魂を受け入れてしまったの・・・。)  レイアは、トーリスがレイモスの魂を受け入れたのを見ていた。あの時に叫んで も、トーリスに届かなかったのが悲しかったのだ。自分も誰かの力を借りなければ ならないとも思った。それで、ツィリルに憑いてたのである。 「センセー・・・。それは駄目だよ・・・。」  ツィリルは、つい涙が流れ出てしまう。 (私の声がもう届かない所にトーリスは居るの。トーリスが、私のせいで変わって 行くのなんて、私、耐えられない!)  レイアの気持ちが、ツィリルの心に響く。その瞬間、ツィリルも言葉では無く、 心で話す事にした。と言うのは、気絶してしまったからだ。心で話すには思えば良 い。却って、言葉で話すより簡単なのだ。その代わり隠す事は出来ない。 (でも、レイアさん。何で、わたしに?)  ツィリルは、レイアがトーリスから自分に憑いて来た理由が分からなかった。 (トーリスの事。好きなんでしょ?)  レイアは、見ていた。ツィリルの心の叫びを。そして、その時、ツィリルも、自 分と同じくらいトーリスの事を想っているのを悟ったのだ。 (・・・うん。・・・でも、レイアさんには敵わないよ・・・。)  ツィリルは、弱気になっていた。トーリスはレイアの事で、狂ってしまうほど愛 していた。ツィリルは、そこまでになれる自信は無かった。 (ツィリルちゃん。私ね。トーリスの事、死んじゃってる今でも大好き。でもね。 トーリスには死んで欲しくないの。そして、私のせいで変わって欲しくないの。)  レイアは、毅然とした態度で語りかけた。 (トーリスには幸せになって欲しい。悲しいけど、私にはもう出来ないのよ・・・。)  レイアの声は沈んできた。 (レイアさん・・・。)  ツィリルは、何て思えば良いのか分からなかった。 (私ね。悔しいけど、ツィリルちゃんだったら許してあげる。トーリスの事ツィリ ルちゃんだったら頼める。)  レイアは、ツィリルに優しく語り掛ける。 (センセーの・・・事・・・かぁ。)  ツィリルは、恥ずかしい気持ちが前面に出てしまう。 (お願い。トーリスを救って!私の代わりに、私の気持ちも伝えて!)  レイアは必死だった。トーリスに声が聞こえない今、ツィリルにしか頼めない。 (分かったよ。レイアさんは、死んじゃってまで、センセーの事、愛してるんだも ん!わたしも負けないもん!)  ツィリルは、正直な気持ちを前面に押し出した。レイアが、トーリスを愛してい ると言う気持ちが伝わってくる。それに負けないようにツィリルも前面に出した。 (トーリスの晴れ姿・・・私にも見せて。そうすれば私、逝ける・・・。)  レイアは成仏の事を言ったのだろう。レイアは、結婚前だった。自分が晴れ姿に なる事は出来ない。だが、それならせめて、トーリスの晴れ姿が見たいのだ。 (それって・・・わたしがセンセーと・・・結婚するって事?)  ツィリルは、再び恥ずかしくなってきた。 (言ったでしょ?私がトーリスの事託せるの・・・ツィリルちゃんしか居ないのよ。)  レイアは、正直だった。霊になってるせいか、言ってる事も包み隠さず言ってい る。失う物は、何も無いのだ。 (私の代わり何だから!自信持って!じゃなきゃ・・・。私!)  レイアは、また悲しい気持ちになる。本当は、こんな事を頼みたくは無いのだ。 自分で式を挙げたいに決まっているのだ。 (ごめんなさい。レイアさん。わたし、レイアさんの分も合わせて、センセーの事、 好きになる!わたし生きてるんだもん。恵まれてるんだもんね!)  ツィリルは、毅然と言った。もう迷わなかった。レイアの無念が、ひしひしと伝 わってくる。その無念を感じ取ったのだろう。 (約束よ!・・・しばらくツィリルちゃんの中に居るから・・・またね!)  レイアは、そう言うと、ツィリルの意識の奥深くに行ってしまった。 「レイアさん。・・・レイアさん!」  ツィリルは、つい叫んで飛び起きる。すると、心配そうに皆が見ていた。気絶し ていたのに、初めて気が付いた。 「大丈夫?ツィリル。」  レルファが心配そうに見ていた。ツィリルはニッコリ笑う。 「うん。大丈夫。レイアさんも大丈夫!」  ツィリルは、そう言うと涙が零れ出てきた。 「やはり、レイアだったのネ・・・。」  ミリィも、心配そうにしていた。 「レイアさん居なくなんてなってなかった・・・。私の中に、しばらく居るって!」  ツィリルは、嬉しくなった。トーリスの事を誰よりも知るレイアが、自分を選ん でくれたと言う事でだ。「聖亭」に居た時も、結構仲が良かったので尚更だ。 「そうか・・・。で?レイアさんは、何て言ってた?」  ジークが聞いてみる。それが重要だった。もしかしたら、トーリスの場所を知っ てるかもしれない。 「そ、そんな事言えないよ!・・・全部は、言えないけど・・・センセーが今、魔 神って奴に、魂を奪われてるってのだけは聞いたよ。」  ツィリルは、さすがにレイアの願いの事までは、言えなかった。 「魔神!?まさかレイモス!?」  ジュダは、聞いた事があった。レイモスは、実体が無いので、人間の体を媒体に して復活するつもりで居る事をだ。だが、まさかトーリスに取り憑くとは思ってい なかったのだ。 「くっ。この魔族で忙しい時に、レイモスまで来るのかよ。」  ジュダは頭を抱えた。レイモスが、トーリスに取り憑いているとあれば、厄介な 事になるだろう。トーリスも、ただの天才ではない。ジュダはトーリスが、素晴ら しい才能を持ち合わせている事は感じていた。 「おい。ジュダ。」  赤毘車は、肘で、ジュダをつつく。 「フッ。分かってる。俺らしく無かったな。障害が多いのなら、乗り越えれば良い だけだったな。」  ジュダは、いつも口癖のように、この事を言っていたのだ。 「ジーク。これからの戦いは、ただの戦いじゃあない。負けるんじゃねーぞ?」  ジュダは、ジークの肩を叩いてやる。 「はい。トーリスの事も、取り返して見せます。」  ジークは、力強く答えた。何せ、ツィリルの中のレイアも見ている事だろう。無 様な事だけは出来なかった。 「よぉし。じゃぁ俺達は、他に邪悪な遺跡が無いかどうか、調べてくる。それまで、 頑張れよ!」  ジュダは、そう言うと『飛翔』を使って浮く。赤毘車も一緒だ。相変わらず嵐の ように忙しい人である。 「俺達は、もう後悔しないように突き進むのみです!ジュダさんも気をつけて!」  ジークは、そう返すとジュダに挨拶を返した。ジュダは、ニヤリと笑うと、さっ さと行ってしまった。  皆は、希望に満ちた目でトーリスを探す事になるのだった。  ツィリルの中に、レイアが居た。その事実は、ジーク達を元気付ける事になり、 トーリスにとっても、プラスになる事だろう。  そして、ジーク達は、トーリスを狂わせた魔神打倒に向かって突き進むのだった。