NOVEL 2-5(Second)

ソクトア第2章2巻の5(後半)


 ルクトリア王宮。そこは栄華を誇っていて、落ちる事の無い巨星のようだ。その
主は、もう歳であった。シーザー=ユード=ルクトリア68歳。ライルやマレル、
そして、ヒルトの父である。そして、母であり王妃であるカルリール=ユードも、
一緒だった。この頃、ライルが来てくれるおかげで、充実した毎日を送っていた。
 それを警護するクライブ=スフリトも、王が日に日に元気になって行くのを見て、
嬉しく思っていた。
 しかし、ここ1週間程、ライルは姿を見せていない。どうやら、フジーヤに呼ば
れたらしく、プサグル王宮に向かっているとの事だ。その分、ライルの姉であるア
ルドや、その夫ルースなどが来てくれてはいるが、少し物足りなかった。
「ライルは、今日こそ来てくれるのかのう?」
 シーザーは、すっかり弱気になっていた。
「いつか来てくれるわよ。貴方。」
 カルリールは、支えてやる。もう良い歳なので、待つのは、あまり好きでは無い
のだろう。しかし、何故か、今日は嫌な予感がしていた。なので、シーザーは呟く
事が多くなっていたのだ。
「もう少しで、ルース殿が来る事でしょう。それに合わせてライル殿も来ますよ。」
 クライブは、王の寂しさを少しでも紛らわせれば・・・と思っていた。
「フム。それにしても、空の色が余り良くないのう。」
 シーザーは、胸騒ぎがしていたのだ。こんな事は、あの「秩序のない戦い」以来
の事である。あの朝も、こんな風に嫌な予感がしていた。
「気にしすぎでしょう。それに、私が付いておりまする。」
 クライブは、命に代えてもシーザー達を守るつもりだった。
「信用しておるよ。」
 シーザーは、クライブに微笑みかける。この微笑を絶やさないためにも、クライ
ブは、守らなくてはならなかった。
「お前は、何者だ!?ギャアアアアア!」
 突然、城門の方から悲鳴が聞こえてきた。どうやら、城下街の方では無く、この
城の城門のようだ。
「何事だ!」
 クライブは、慌てて城門の方へと向かう。すると、一人の剣士が、門番を斬り捨
てていた。しかも、この剣士が纏っている闘気は、限りなく邪悪な物だった。
「くっ!・・・貴様!何者だ!」
 クライブは、剣を構える。
「フッフッフ・・・。俺の名は砕魔 健蔵。この国は滅びるべきなのだ。」
 健蔵は、口元で笑ってみせる。余程の自信があるのか、健蔵は、何と一人で、こ
の国に来ていた。
「貴様、魔族だな!!」
 クライブは、雰囲気で感じ取る。戦乱時代に見た、黒竜王の雰囲気を、そのまま
強くしたような感じだった。
「ほう。勘の良い奴も、居るのだな。楽しめそうだな。」
 健蔵は、冷たい笑いを浮かべる。
「くっ!思い通りにさせるか!!」
 クライブは、襲い掛かる。そして、ルクトリアの剣術の最高峰である「蛇の斬撃」
を仕掛ける。蛇のように、しつこく攻撃を仕掛ける事によって、活路を見出す攻撃
の事だ。しかし、健蔵は冷たく笑うだけで、全てを見切っていた。
「ほう。貴様は人間にしては、やるようだな。」
 健蔵は感心していた。これだけ、剣を操れるのは、人間の中でも少ないだろう。
「だが、甘い。」
 健蔵は、クライブの足を払うと手早く斬りつける。胸から腰まで、ザックリと斬
られていた。クライブは、膝から倒れて地に伏せてしまう。
「ク、クライブ!?」
 上から見ていた、シーザーが叫び声をあげる。
「フッ。貴様が王だな。」
 健蔵は空中を浮遊する。そして、周りを見渡す。すると魔法使い達が、一斉に攻
撃を仕掛けてきた。さすが軍事国家と言うだけあって、凄い数である。一斉に『火
球』を仕掛ける。
「やったか!」
 魔法使い達は、息を飲む。健蔵は紅蓮の炎に包まれていた。
 しかし、炎の中から衝撃波が魔法使い達を襲う。魔法使い達は、見事に真っ二つ
に斬り裂かれる。
「フハハハハハハ!これが炎?笑わせるな!」
 健蔵は、何と炎の中で、平然とこちらを見ていた。
「ば、化け物!?」
 カルリールは、震えていた。恐ろしい使い手である。いや人間から見れば、こん
なのは、化け物以外の何者でもない。
「軍事国家が、これでは聞いて呆れるな。俺が引導を渡してやろう。」
 健蔵は、兵士達を次々と斬り裂いていく。その図は、まるで地獄絵図のようだっ
た。そして、ついに王の部屋の前まで来る。王の部屋の前までに叫び声が聞こえた。
恐らく断末魔であろう。
「王!お逃げ下さい!王ーーーー!!」
 衛兵の声が聞こえた。扉の外からだった。そして、扉は斬り裂かれる。
「フフフハハハハ!容易い任務だ。」
 健蔵は、冷たく笑う。そして、その鎧は返り血で真っ赤に染められていた。
「お主、目的は何だ!」
 シーザーは、歳に似合わぬ眼光を見せる。さすがは老いても王である。
「フッ。無論魔族が、このソクトアの覇権を握るためさ。」
 健蔵は、高らかに笑う。
「そのためには、軍事国家などと言う物は邪魔なのだよ。」
 健蔵は、そう言うと剣を握り直す。シーザーの周りを警護兵が守護する。
「おのれ!魔族め!」
 シーザーは、剣を取るが腰に力が入らない。
「フハハハハ!無駄だ!」
 健蔵は、手早く剣を振ると、警護兵は皆、倒れる。
「そぉれ。寂しくないようにしてやろう!」
 健蔵が瘴気を乗せながら剣を振る。
「グアァ!」
 シーザーは、吹き飛ばされる。そして腹に傷が出来る。
「お前もだ!」
 健蔵は、カルリールに向かっても剣を振った。
「アアァァ!」
 カルリールも、血を吐きながら倒れる。
「うう・・・。カルリール・・・。」
 シーザーは、カルリールに手を伸ばそうとする。カルリールもシーザーの手を握
ろうとする。
「あな・・・た・・・。」
 カルリールは、シーザーと手を組むと目を閉じる。
「すま・・・ぬ・・・。ライ・・・ル。」
 シーザーは、涙を流しながら息絶える。
「・・・。これで、寂しくなかろう。」
 健蔵は、邪悪な笑いを浮かべると空中を浮遊する。そして、ルクトリア城を一望
出来る所まで浮く。
「人間共の力の象徴である城か。忌々しい!消えろ!!」
 健蔵は、空中で魔の六芒星を描く。この技は広範囲を攻撃するのにも優れている。
「滅びよ!霊王剣術!奥義!「滅砕陣」!!」
 健蔵は、「滅砕陣」を放つ。「滅砕陣」は、城を取り囲むように六芒星を模ると、
暗黒色に光った瞬間、ルクトリア城を崩していく。これで、残った兵士達も皆、死
ぬ事だろう。容赦は、しなかった。
「フハハハハハ!魔族の狼煙だ!思い知るが良い!」
 健蔵は、笑いながらワイス遺跡へ帰る事にした。健蔵の姿がフッと消える。『転
移』の応用で、消えたのだろう。
 そのルクトリア城が、崩れ去る様をルクトリアの国民は、絶望の眼差しで見てい
た。そして、そのルクトリア城に駆けつける者が居た。ルースである。今日も行く
予定だった。そして、シーザーに奉公するつもりだった。
(俺を、戦乱時代に救ってくれた王が!くっ!)
 ルースは、戦乱時代を思い出す。ルースが生き返った時、王の責めは、何でも受
けるつもりだった。しかし、王はアルドを幸せにするという事が、奉公だと言って
くれた。あの時に、ルースは王に生涯忠誠を誓ったのだ。
 傍らには、アルドも心配そうにしていた。レイリーやアインも、それに付いて行
っていた。皆、心配そうにしていた。
「王!王妃!クライブ!」
 ルースは、すでに崩れた城で叫ぶ。すると、城門のすぐ脇の辺りで、まだ息のあ
る者が居た。見覚えがある顔だった。
「クライブ!」
 ルースは、それがクライブであると、気が付いた。しかし酷い怪我である。
「ルース殿・・・。王は?」
 クライブは、この怪我でも、まだ王の心配をしていた。
「あ、あそこ・・・!!」
 アルドは震えながら指をさす。レイリーやアインが一生懸命、そこの残骸をどか
す。そこは2階の一角だった。残骸をどかすと、そこには手を握って眠ったように
倒れている二人の姿があった。
「あ、あ!!爺ちゃん!」
 アインは、愕然とする。つい3日前まで元気だった自分の祖父が倒れているのだ。
「父さん・・・母さん!!」
 アルドは、手で頭を押さえる。カルリールも息絶えていた。信じられなかった。
「王!王妃ィィィィ!!」
 ルースも、愕然としてしまう。
「そうか・・・。もう逝って・・・しまわれたか・・・。にっくき・・・は・・・
砕魔 健蔵・・・。あの・・・魔族め!」
 クライブは、もう目が霞んでいた。しかし、健蔵の名だけは告げようと思った。
「くっ!しっかりしろ!クライブ!」
 ルースは、クライブの力が無くなっていくのを感じた。
「ルース・・・殿。ルクトリ・・・アを・・・頼み・・・ますぞ。」
 クライブは、ルースの手を握る。
「おい!縁起でもない事を言うな!」
 ルースは、クライブを揺すってやる。
「王・・・。済み・・・ませぬ・・・。私も・・・そち・・・らに・・・。」
 クライブは、そう言うと目を閉じる。そして、目を開ける事は無かった。
「クライブーーーーーーーー!!!」
 ルースは、涙する。
「くっそーーーーーー!なんでだぁああ!!」
 レイリーは、悔しがる。自分の力が足りなかったのだろうか?駆けつけるのが遅
かったからであろうか?こんな惨い犠牲を出してしまった。
「アイン。レイリー。この悔しさを、忘れてはならんぞ。」
 ルースは、おっかない目をしていた。そこにあるのは魔族に対する憎悪だった。
「ルース・・・。また始まるの?」
 アルドは、泣きながらも心配していた。
「母さん。これを見てくれ!俺だって我慢出来ないよ!」
 アインも涙を流していた。アインにも、ルースと同じ熱い血が流れているのだろ
う。ルクトリアは蹂躙されたのだ。我慢出来るはずが無い。
「健蔵とか言ったな!見てろ!このレイリーが倒してやる!」
 レイリーは吼えた。叫ばなければ、やってられないと思った。そして、同時に自
分の中にある魔族への恐怖も、吹き飛ばそうと思ったのだ。これだけの惨状を、一
人で作り出した健蔵に、恐怖が無い訳では無かった。
「マレルさんに伝えるのが、辛いわ・・・。」
 アルドは、ライルの妻であるマレルに、この事を伝えなくてはならない。マレル
は、道場の留守番をしていた。青い顔をしていたが、自分は留守番に留まると言っ
ていたのだ。恐らく、ライルを待つためだろう。
「アルド。俺達は受け止めなきゃならない。だが、この悔しさを忘れてはいけない!」
 ルースは、拳を握る。拳から血が滲み出ていた。
「魔族たちの世の中になど、させる物か!」
 ルースは、空に向かって叫んだ。ルクトリアの瓦礫の中で。
 ルクトリアの城は、こうして姿を消した。いや崩壊した。この出来事は、プサグ
ルの出来事と合わせて「魔族の狼煙」と呼ばれるようになり、人間と魔族の戦いの
幕開けとなるのだった。


 バルゼの民家の集まりがある所から、少し離れた丘の上に、たくさんの墓が並べ
てある所があった。そこは、貧民層の墓の集まりでもあったが、墓のある物は、ま
だ良かった。墓を立てるお金すら無いので、墓も立てずに、埋められる者も少なく
ないのだった。
 それだけ、貧富の差が激しいと言う事である。富豪の墓は、自分の家の敷地内に
建てられているのが普通で、それだけ広い面積の土地を持っていると言う事である。
何せ、人口は10分の1にも満たない富豪の土地は、何と貧民層の2倍近くも広い
のだ。要するに、20倍近い広さなのである。
 お金があれば、全てに置いて権力が握る事が出来るバルゼ。この国の経済は、富
豪の人々によって、支えられているのだ。しかし、富豪達は、貧民達を従えるよう
にコキ使っている。それがお金のある者と無い者の違いだった。なので、貧民層の
中で、盗賊を目指す者が多いのは、そのせいでもある。
 そして今、墓を建ててあげたリーアも、その犠牲者の一人であった。
「ありがと!お爺ちゃんも、これで天国に安心して行けるよ!」
 リーアは、ニッコリ笑う。こうしていると可愛い12歳の少女なのだが、かなり
の盗賊のスキルを要している事は確かだった。
「リーアちゃんは、どうするんだい?」
 ジークは聞いてみた。リーアは、もう身寄りが無い。どうなってしまうだろうか?
「一人で生きてくって言う程、自惚れちゃいないよ。」
 リーアは歳の割には、しっかりしていた。
「俺たちに付いていくかい?」
 ジークは、誘ってみたが、リーアは首を振った。
「これでも、当てはあるんだ!大丈夫!」
 リーアは、腕に手を当ててガッツポーズをする。
「フム。しっかりしてる物ですなぁ。」
 サイジンは、自分の12歳の頃を思い浮かべながら感心していた。
「女の子は、成長が早い物よ?」
 レルファが、茶化す。サイジンは、ウンウン唸りながらも納得したようだ。
「僕も見習わないとなぁ。」
 ゲラムは、考える事があるようだ。しっかりして来たとは言え、まだ15歳のゲ
ラムにとって、リーアは負けられない存在だった。
「ジークお兄ちゃん。それに、わたし達には、大事な用があるじゃん。」
 ツィリルは、ジークの腕を引っ張る。無論トーリスの事だろう。
「そうだな。依頼も終えたことだし、そろそろ探さなきゃならんな。」
 ジークは、腕組みをする。その時、背後から気配がする。ジーク達は、身構えた
が、その正体を知ると、腕の力を抜いた。
「ビックリしましたよ。驚かさないで下さいよ。ジュダさん。」
 ジークは、突然ジュダが出てきたので、ビックリしたのだ。赤毘車も一緒である。
「はっはっは。悪い悪い。いやぁな。魔族の居場所が知れてきたので、教えておこ
うかと思ってな。それに・・・リーアと会ってるのが見えたのでな。」
 ジュダは、リーアの方を見る。リーアは恭しく礼をしていた。
「聞いた事があると思いましたが、まさか竜神だったとは思いませんでした。」
 リーアは、前にジュダたちと会った後、2人の事について、調べたのだ。
「ハッ!そう言う礼は、俺は好きじゃないんでな。普通にしてろっての。」
 ジュダは鼻で笑う。神だから恭しく礼をされると言う事が、好きでは無いようだ。
「知り合いなのですカ?」
 ミリィが、口をあんぐり開けたまま尋ねる。
「ああ。前に調査してる時に会ってな。おい。リーア。コイツらなら、お前の正体
は、話しても平気だぞ。」
 ジュダは、リーアに合図する。
「ジュダ。別に、正体を晒す必要は無いのでは無いか?」
 赤毘車が注意する。しかし、ジュダは手を振って「大丈夫」のジェスチャーを見
せる。ジュダは、考えがあるようだ。
「私の正体はコレなんですよ。私は、しばらく仲間達の所に身を寄せるつもりです。」
 リーアは、そう言うと口調まで変えて、本来の妖精の姿に変わる。
「うわぁ。綺麗・・・。」
 ツィリルは、つい口にする。妖精の羽はスカイブルー色に光るのだ。その光景は、
夢のようだった。
「なるほどね。大人びて見える訳だ。」
 ジークは、納得したようだ。本来の妖精の年齢は、ジークより遥か上なのだろう。
「ま、そう言う事だ。リーア。人間に戻って話を聞いてくれ。」
 ジュダが、合図するとリーアは、人間の姿に戻る。ゲラムは、ボーっとしていた
が、すぐに残念そうな顔をしていた。夢見心地だった物が多いようだ。
「それで、話なんだが・・・。赤毘車。」
 ジュダは赤毘車に目で合図する。
「うむ。魔族の居城は、ストリウスの外れにあるワイス遺跡だと言う事が分かった。
そして、魔族の行動は迅速で、私達の手には負えない部分まで来ている。」
 赤毘車は説明する。魔族の行動が、この頃活発なのは感じていた。
「だから、トーリス殿を一刻も早く救ってやってくれ。お主達の力も、必要になっ
て来たのだ。頼む。」
 赤毘車は、頭を下げる。ジュダも、それに倣った。神と言えど、万能では無いと
言う事だ。類稀な強さを持ってしても、間に合わない事だってある。それが言いた
かったのだろう。
「そう言う訳だ。・・・ってツィリル。お前、誰かに恨みでも買ったか?」
 ジュダは、不思議そうな顔でツィリルの方を見る。ツィリルはビックリする。
「そ、そんな!わたし・・・何もしてないですよぉ!?」
 ツィリルは、少し礼儀正しく否定する。
「そうか?何か、女の霊が後ろに憑いてるぞ?」
 ジュダは、説明する。神の目には霊的な物は、即座に映るのだろう。
「ええ!?わたし誰かに恨まれたの?」
 ツィリルは、困惑していた。全然身に覚えが無いからである。
「強い念を感じるな。では、ツィリル。お前の霊的センスを上げてやろう。」
 ジュダはツィリルに手を伸ばした。相当強い念を感じるのだろう。ジュダは気に
なって仕方が無かったのだ。
「さて・・・ムゥゥン!!」
 ジュダは、手早くツィリルの脳に刺激を与えて霊視能力のレベルを上げた。
「あー・・・何かスッキリするー・・・。」
 ツィリルは、刺激を与えられた事で、頭がスッキリした。すると、周りの霊的な
物が見えてくる。ジーク何かには、「怒りの剣」辺りに強い念を感じた。そして、
自分の後ろを見る。そしてビックリした。
「レ、レイアさん!?」
 ツィリルは、思わず叫んだ。一番気になっていた人だったからだ。
「レイアだって!?」
 ジークもビックリした。見えないがツィリルの反応からして間違いないのだろう。
「レイアってのは例のトーリスの・・・。成る程な。」
 ジュダは、フジーヤの家に立ち寄った時に、聞いたので知っていた。
「どうりで、邪悪な念じゃ無いと思ったぜ。」
 ジュダは、その霊の念が邪悪かどうかまで分かってしまう。レイアは、無論邪悪
などでは無かった。寧ろ、光すら放っている。
「レイアさん!何で、そこに居るの?」
 ツィリルが尋ねてみる。すると、レイアの霊は、悲しい目をして、ツィリルの中
に入っていった。すると、レイアの声が脳に響いてきた。
(ツィリルちゃん。トーリスを救って。)
 レイアは、悲しげな声をしていた。
「救って・・・ってセンセーに何があったの?」
 ツィリルは、尋ね返してみる。
(トーリスは、魔神の魂を受け入れてしまったの・・・。)
 レイアは、トーリスがレイモスの魂を受け入れたのを見ていた。あの時に叫んで
も、トーリスに届かなかったのが悲しかったのだ。自分も誰かの力を借りなければ
ならないとも思った。それで、ツィリルに憑いてたのである。
「センセー・・・。それは駄目だよ・・・。」
 ツィリルは、つい涙が流れ出てしまう。
(私の声がもう届かない所にトーリスは居るの。トーリスが、私のせいで変わって
行くのなんて、私、耐えられない!)
 レイアの気持ちが、ツィリルの心に響く。その瞬間、ツィリルも言葉では無く、
心で話す事にした。と言うのは、気絶してしまったからだ。心で話すには思えば良
い。却って、言葉で話すより簡単なのだ。その代わり隠す事は出来ない。
(でも、レイアさん。何で、わたしに?)
 ツィリルは、レイアがトーリスから自分に憑いて来た理由が分からなかった。
(トーリスの事。好きなんでしょ?)
 レイアは、見ていた。ツィリルの心の叫びを。そして、その時、ツィリルも、自
分と同じくらいトーリスの事を想っているのを悟ったのだ。
(・・・うん。・・・でも、レイアさんには敵わないよ・・・。)
 ツィリルは、弱気になっていた。トーリスはレイアの事で、狂ってしまうほど愛
していた。ツィリルは、そこまでになれる自信は無かった。
(ツィリルちゃん。私ね。トーリスの事、死んじゃってる今でも大好き。でもね。
トーリスには死んで欲しくないの。そして、私のせいで変わって欲しくないの。)
 レイアは、毅然とした態度で語りかけた。
(トーリスには幸せになって欲しい。悲しいけど、私にはもう出来ないのよ・・・。)
 レイアの声は沈んできた。
(レイアさん・・・。)
 ツィリルは、何て思えば良いのか分からなかった。
(私ね。悔しいけど、ツィリルちゃんだったら許してあげる。トーリスの事ツィリ
ルちゃんだったら頼める。)
 レイアは、ツィリルに優しく語り掛ける。
(センセーの・・・事・・・かぁ。)
 ツィリルは、恥ずかしい気持ちが前面に出てしまう。
(お願い。トーリスを救って!私の代わりに、私の気持ちも伝えて!)
 レイアは必死だった。トーリスに声が聞こえない今、ツィリルにしか頼めない。
(分かったよ。レイアさんは、死んじゃってまで、センセーの事、愛してるんだも
ん!わたしも負けないもん!)
 ツィリルは、正直な気持ちを前面に押し出した。レイアが、トーリスを愛してい
ると言う気持ちが伝わってくる。それに負けないようにツィリルも前面に出した。
(トーリスの晴れ姿・・・私にも見せて。そうすれば私、逝ける・・・。)
 レイアは成仏の事を言ったのだろう。レイアは、結婚前だった。自分が晴れ姿に
なる事は出来ない。だが、それならせめて、トーリスの晴れ姿が見たいのだ。
(それって・・・わたしがセンセーと・・・結婚するって事?)
 ツィリルは、再び恥ずかしくなってきた。
(言ったでしょ?私がトーリスの事託せるの・・・ツィリルちゃんしか居ないのよ。)
 レイアは、正直だった。霊になってるせいか、言ってる事も包み隠さず言ってい
る。失う物は、何も無いのだ。
(私の代わり何だから!自信持って!じゃなきゃ・・・。私!)
 レイアは、また悲しい気持ちになる。本当は、こんな事を頼みたくは無いのだ。
自分で式を挙げたいに決まっているのだ。
(ごめんなさい。レイアさん。わたし、レイアさんの分も合わせて、センセーの事、
好きになる!わたし生きてるんだもん。恵まれてるんだもんね!)
 ツィリルは、毅然と言った。もう迷わなかった。レイアの無念が、ひしひしと伝
わってくる。その無念を感じ取ったのだろう。
(約束よ!・・・しばらくツィリルちゃんの中に居るから・・・またね!)
 レイアは、そう言うと、ツィリルの意識の奥深くに行ってしまった。
「レイアさん。・・・レイアさん!」
 ツィリルは、つい叫んで飛び起きる。すると、心配そうに皆が見ていた。気絶し
ていたのに、初めて気が付いた。
「大丈夫?ツィリル。」
 レルファが心配そうに見ていた。ツィリルはニッコリ笑う。
「うん。大丈夫。レイアさんも大丈夫!」
 ツィリルは、そう言うと涙が零れ出てきた。
「やはり、レイアだったのネ・・・。」
 ミリィも、心配そうにしていた。
「レイアさん居なくなんてなってなかった・・・。私の中に、しばらく居るって!」
 ツィリルは、嬉しくなった。トーリスの事を誰よりも知るレイアが、自分を選ん
でくれたと言う事でだ。「聖亭」に居た時も、結構仲が良かったので尚更だ。
「そうか・・・。で?レイアさんは、何て言ってた?」
 ジークが聞いてみる。それが重要だった。もしかしたら、トーリスの場所を知っ
てるかもしれない。
「そ、そんな事言えないよ!・・・全部は、言えないけど・・・センセーが今、魔
神って奴に、魂を奪われてるってのだけは聞いたよ。」
 ツィリルは、さすがにレイアの願いの事までは、言えなかった。
「魔神!?まさかレイモス!?」
 ジュダは、聞いた事があった。レイモスは、実体が無いので、人間の体を媒体に
して復活するつもりで居る事をだ。だが、まさかトーリスに取り憑くとは思ってい
なかったのだ。
「くっ。この魔族で忙しい時に、レイモスまで来るのかよ。」
 ジュダは頭を抱えた。レイモスが、トーリスに取り憑いているとあれば、厄介な
事になるだろう。トーリスも、ただの天才ではない。ジュダはトーリスが、素晴ら
しい才能を持ち合わせている事は感じていた。
「おい。ジュダ。」
 赤毘車は、肘で、ジュダをつつく。
「フッ。分かってる。俺らしく無かったな。障害が多いのなら、乗り越えれば良い
だけだったな。」
 ジュダは、いつも口癖のように、この事を言っていたのだ。
「ジーク。これからの戦いは、ただの戦いじゃあない。負けるんじゃねーぞ?」
 ジュダは、ジークの肩を叩いてやる。
「はい。トーリスの事も、取り返して見せます。」
 ジークは、力強く答えた。何せ、ツィリルの中のレイアも見ている事だろう。無
様な事だけは出来なかった。
「よぉし。じゃぁ俺達は、他に邪悪な遺跡が無いかどうか、調べてくる。それまで、
頑張れよ!」
 ジュダは、そう言うと『飛翔』を使って浮く。赤毘車も一緒だ。相変わらず嵐の
ように忙しい人である。
「俺達は、もう後悔しないように突き進むのみです!ジュダさんも気をつけて!」
 ジークは、そう返すとジュダに挨拶を返した。ジュダは、ニヤリと笑うと、さっ
さと行ってしまった。
 皆は、希望に満ちた目でトーリスを探す事になるのだった。
 ツィリルの中に、レイアが居た。その事実は、ジーク達を元気付ける事になり、
トーリスにとっても、プラスになる事だろう。
 そして、ジーク達は、トーリスを狂わせた魔神打倒に向かって突き進むのだった。



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