NOVEL 3-1(First)

ソクトア第2章3巻の1(前半)


・プロローグ
 神の祝福を受けた大地、ソクトア大陸。
 その神々しいまでの大地は、8つの国に分かれている。8つとは、ルクトリア、
プサグル、デルルツィア、パーズ、サマハドール、ストリウス、バルゼ、そしてガ
リウロルの8つである。その中心に中央大陸が存在している。(1巻参照)
 ソクトアには英雄がいた。その名もライル=ユード=ルクトリア。その息子であ
るジーク=ユード=ルクトリアは、ライルの使う剣術の継承者でもあった。
 ジークは、継承すると共に、新たなる世界を見るために旅に出た。そして、ジー
クには、旅に付いて行く仲間がいた。
 ジークの実の妹であるレルファ=ユード。神聖魔法を得意とする僧侶で、その癒
しの力には、目を見張るばかりである。そして、「死角剣」の継承者サイジン=ル
ーン。魔法使いの駆け出しだが、潜在能力を秘めているツィリル。現在盗賊の修行
を受けているプサグルの第2王子ゲラム=ユード=プサグル。方角を見極め、地図
を作成するのが得意とする棒術使いファン=ミリィ。そして、とてつもない魔力を
秘め、冷静な判断力で仲間を助けるトーリスの6人がジークの助けになっていた。
 現在は、この7人はストリウスの宿屋「聖亭」(ひじりてい)に泊まっていた。
ミリィは、この宿屋の娘である。
 そんな中、魔族が本格的にソクトアに進撃を開始した。ジーク達7人は、様々な
襲撃を乗り越えて今がある。しかし、その道のりは決して楽なものでは無かった。
中でも、衝撃的だったのは、トーリスの恋人であったレイアの死であった。これに
よりトーリスは、一回心を闇に染め、魔神レイモスに支配されそうになった事すら
あった。しかし、仲間達の活躍により、それを阻止する事に成功する。
 そのレイアの魂が、ツィリルの精神と同化し、ついには結婚式を挙げるまでにな
る。ツィリルもトーリスには想いを寄せていたので、その結婚に反対はしなかった。
そして、トーリスは2人と同時に結婚する事になる。しかし、その結婚式によって、
レイアは自らの想いを遂げて、ツィリルから離れて、あの世へと旅立ったのだった。


 1、同行者
 風雲は急を告げると言うが、今のソクトアの情勢は正に一瞬を争う速さで歴史が
動いていた。魔族と人間、そして神が凌ぎを削って、闘いを激化させている。最も
現在は小康状態にあって、魔族も本格的には動いていないし、神も、その魔族の動
きを見て、動かずに居た。人間達も、今までの戦いの後の処理が、やっとの状態で、
とても人間から攻めると言う状態ではなかった。
 それには訳があった。魔族の最も位が高い神魔王グロバスが、神が降り立って動
き回ってる様を見越して、下手に動き回らないように、配下の者に徹底的な指示を
与えているからだ。グロバスは300年ほど前に、一回天界全体に対して戦争を引き起
こしている。その時の失敗を教訓として生かしているためであろう。その時は、当
時、破壊神だったグロバスの他に、魔神レイモスしか居なかったが、レイモスは、
トーリスやジークに負けた時の精神体から強引に復活した状態では無く、完全体で
あったから恐ろしい強さを持っていたし、神も現在派遣されて来ている神ほどの力
を持つ者も少なかった。それでも、負けてしまったのだ。神々の抵抗の恐ろしさを
身に染みて分かっているのだ。
 もちろん勝算が無いわけではない。レイモスは、ジーク達にやられたと言うのは、
感じ取っていたが、魔界にいた魔族の中でも有数の力を持つ神魔の地位であるワイ
スや魔王の位でありながら神魔と等しい力を持つクラーデスが、既にこのソクトア
に召喚されて来ている。グロバスは、この2人を高く評価している。それは、この
2人の成長性を見越しているからだろう。何よりも、この2人は闘いが好きな上に
闘いへの関心は貪欲である。それに、その配下にも、有数な部下が居る上に。軍隊
が作れる程、魔族を召喚出来ていると言うのも大きなプラスである。しかし、まだ
時期が早すぎるのだ。もう少し立てば、神々が本気を出して攻めて来た所で、追い
返すくらいの力が付くと、グロバスは見ている。
 神々に守られている人間。そして魔族を迫害する神々の意向は許し難い物だ。神
が、平等に配さずして、どうしてソクトアの均衡を守れると言うのか。そこにグロ
バスは疑問を感じている。破壊神だった時も、そこがどうしても許せなかったのだ。
魔族の社会は、極めてシンプルだ。強い者が上に立ち、そして、その者に従って強
力な配下が付いていく。それが常識だ。それに比べて人間は、煮え切らない社会の
成り立ちを作ろうとする。そして、魔族を見ただけで悪と決め付けて迫害しようと
する。グロバスには、それが許せない。
 ワイス、クラーデス、そして魔界剣士である砕魔(さいま) 健蔵(けんぞう)
は、ここの所、目覚しい成長を見せている。神の思惑を潰し、太陽に恵まれし、ソ
クトアを魔族の都にする事は、そう遠くないと見ている。
 グロバスは、力を蓄えながら、その3人の成長をしかと焼き付けていた。
(我が力が戻るまでには、この3人の強さは膨れ上がる事だろう。)
 そして、もう一つ気になる存在は、ミカルドであった。クラーデスの息子の中で
も実力はピカイチであり、一筋縄では行かない存在。これがミカルドの評価だった。
純粋に闘う事が大好きなのは構わないのだが、正々堂々と闘うのが好きなようで、
それを破る者は許さないと言う気性の激しさをグロバスは注目している。ガグルド
に止めを刺したときの事と言い、例え身内であっても容赦しないようだ。
 ただし、ミカルドは、完全に意のままに動く訳では無いので扱いが難しかった。
だが、期待を寄せる一人である事に間違いなかった。しかし、この頃の行動は、目
に余る。クラーデスに尋ねても、ミカルドは、もう戻って来ないだろうと言うだけ
である。なので、ミカルドには、反逆指令を出していた。裏切りを許す程、グロバ
スは、寛容では無かったのである。
 そしてグロバスは、もう一人注目していた。それこそ魔族への転生を果たしたル
ドラーである。人間に似つかわしくない非情な心と、凄まじいまでの野心の眼が、
グロバスの目に留まったのである。
(奴には素質がある。魔族全体の士気を高めてくれれば良いのだが・・・な。)
 グロバスは、穏やかにそんな事を考えていた。
「グロバス様。健蔵、只今戻りました。」
 健蔵が、偵察から戻って来たみたいである。グロバスが命じていたのだ。
「ご苦労。何か分かった事は?」
「はっ。竜神と剣神、そして鳳凰神が小癪にも、我等の近くに陣を張って、こちら
を警戒しているようです。」
 健蔵は、ジュダたちのキャンプを発見していた。しかし、さすがの健蔵と言えど
も、その3人を相手にしては勝ち目が無いと悟ったのか、攻撃は仕掛けなかった。
「ふん。若造共が。しかし、その3人しか送り込んでないとは、神側も人手が不足
しているようだな。」
 グロバスが破壊神だった頃は、まだ任命もされていない若い神である3人なので、
グロバスとしては、実力が今一つ、はっきり分からない所もあった。
 しかしこの前、ジュダとネイガの本気の激突を見た時に、考えが変わった。彼ら
の力は本物である。神の中でも精鋭を送り込んで来たのは間違いないだろう。ジュ
ダの前の竜神も相当な力があった。その力は引き継いでいるようである。
(ミシェーダめ。中々やるではないか。)
 グロバスは、天上神ゼーダが行方不明になってたので、攻め時だと思ったのだが、
後任であるミシェーダも、相当な物だと言う実感が沸いてきた。
「グロバス様。我等が神と対決する日は、いつになるのでしょう?」
 健蔵は聞いてみた。自分の力を試したいと思ったのだろう。
「フフフ。焦るでない。今は、まだ力のバランスが奴らの方が上なのだ。我自身も
そうだが、クラーデス、ワイス、そしてお前も実力を上げねばな。」
 グロバスは、どっしりと構えていた。
「そこまで、あの3人の神の力は凄まじい物なのですか?」
 健蔵は力は感じ取っていたが、正確な所は、分かっていなかった。
「正直な所、我と竜神で互角と言った所だ。他の2人も、それより少し劣る程度な
ら、勝ち目は薄いな。」
 グロバスは、至って冷静だった。慎重にならなければ、神には勝てない。まして、
舐めて掛かれば、人間だって危ないと言う事をグロバスは知っているのだ。
「なるほど・・・。ならば、私に出来る事は、更に実力を高める事ですね。」
 健蔵は、そう言うと、トレーニング室へと向かおうとする。
「待て。健蔵よ。貴公に問いたい事がある。」
 グロバスは、健蔵を引き止める。
「何でしょう?何なりとお言いください。」
 健蔵は深々と頭を下げながら対応する。その忠義溢れる心は、見直すばかりだ。
「貴公の強さを求める目的は何だ?」
 グロバスは、率直に聞いてみた。健蔵は確かに、良く忠誠を尽くしてくれる。し
かし、そこまでの忠義心が、どこから生まれてくるのかが聞きたかったのだ。
「全ては、ワイス様のためです。」
 健蔵はすぐに答えた。
「ほう。ワイスとな。確かに、奴は凄まじい力を持っている。しかし貴公とて、中
々負けぬ実力を持っているではないか?」
 グロバスは、個人に、ここまで忠誠を誓う魔族を見た事が無い。
「私が人間共から迫害された時、お救い戴いたのは、他でも無いワイス様です。ワ
イス様は、私にとって父のような物です。」
 健蔵は迷い無く答える。グロバスは、その健蔵の言葉に少なからず感心した。
(魔族に、こんな忠誠心を持った者が居るとはな。)
 健蔵は命令を忠実にこなしていく。人間とのハーフであるのに、人間を滅ぼす事
に、何の迷いも無い。それも、全てワイスのためなのだろうか?
「そなたは、人間とのハーフであると聞くが、迷いが無いのは何故だ?」
 グロバスは、言葉に衣を着せない。
「グロバス様。私は魔族で御座います。人間の血が入っていると思うだけで、吐き
気がするのです。その憎むべき対象を滅ぼすのに、迷いは要りましょうか?」
 健蔵は怒りの炎を眼に宿していた。健蔵の中には、相当高いプライドがあるのだ
ろう。人間に迫害された過去も相まって、健蔵の中では、人間は滅ぼすべき対象な
のだろう。
「相分かった。要らぬ事を聞いた。」
 グロバスの、その言葉を聞くと、健蔵は一礼をして、トレーニング室へと向かっ
て行った。健蔵の力の源は、憎しみとプライド。そして、ワイスへの忠誠心だと言
う事が分かった。
(しかし、ワイスは何故、健蔵を拾ったのだ?その頃から尋常では無い力でも感じ
たのか?そうとも思えぬな。)
 グロバスは、ワイスが偶然に健蔵を拾ったとは、とても思えなかった。
(それに、ワイスの健蔵を見る眼は、他の魔族とは違う。)
 ワイスは、健蔵にだけは心を許している。それは間違いない。
(もしや・・・。とにかく調べてみる必要があるな・・・。)
 グロバスは自分の頭の中に浮かんだ考えを、立証しようと思っていた。
 神魔王グロバス。全てを知るために動き出したのである。


 プサグルでは、嵐の後の静けさのような感じが残っていた。トーリスとツィリル
そして、レイアの結婚式が終わった後、皆は、惜しまれながらも帰っていった。ジ
ュダとネイガ、赤毘車は、魔族への牽制も兼ねて、最前線に張っていると言うキャ
ンプへと戻って行った。ただ牽制してるだけでは無く、もちろん実力アップも、す
るつもりらしく、3人で特訓をしながらの事らしい。
 グラウドは、息子のサイジンに別れを言いつつも、自宅のパーズに帰っていった。
エルディス一家は、一回ガリウロルの実家に帰って、結果の報告と、最近の情勢を
調べるつもりらしい。ストリウスの「聖亭」を留守にしているレイホウは、娘であ
るミリィを励ましつつも、この地を後にした。サルトラリアも、いつまでもギルド
を空ける訳には行かないと言う事で一緒に帰っていった。
 そして、ルース一家とレイリーは、引き続きライルが継いだとされる、ルクトリ
アの復興作業に取り掛かるつもりらしく、ルクトリアへと帰っていった。娘のツィ
リルは、トーリスに一任するつもりだった。結婚した以上、いくら可愛い娘であっ
ても送り出さなければいけない。その辺の考え方は、キッパリしていた。ライルへ
の良い土産話になると本人は話していた。
 そして、フジーヤとルイシーもこの地を後にした。今、ライルを助けられるのは、
自分しか居ない事も分かっているからだ。フジーヤは、ルクトリアに向かうようだ。
ルイシーは、レイアの両親を送って、プサグルの自宅へ寄ってから、ルクトリアに
向かうようだ。
 このプサグルに残ったのは、ジーク達パーティーと、当然プサグルの主であるヒ
ルト達、そしてこの地に、もう少し興味があるので見て行くと言った、ドリーとド
ラムの龍の親子くらいであった。
 トーリスとツィリルは、皆とは別の部屋に入って休んでいた。あの結婚式の後か
ら、ツィリルは、どことなく嬉しいのだが、悲しい表情を見せるようになっていた
のだ。トーリスは、何故そんな顔をするか分かっていた。レイアの事だ。あの結婚
式は、もちろんツィリルにとっては忘れられないし、嬉しかったのだろう。しかし、
レイアはあんな形で成仏してしまった。トーリスのレイアへの気持ちを考えると、
自分は意味があるのだろうか?そして、こんな形で結婚して許されるのだろうか?
と考えてしまうのだろう。
「ツィリル。元気を出すのです。」
 トーリスは、限りなく優しく声を掛けてやる。トーリスだって、悲しくない訳じ
ゃない。幼馴染の本当の別れを済ませたばかりなのだ。しかし、ツィリルをこれ以
上、蔑ろにする訳にはいかない。
「センセー・・・わたし・・・。良いのかな?」
 ツィリルは、まだ迷っているようだった。
「ツィリル。レイアに気を使うのは間違いですよ。」
 トーリスはツィリルの頭を撫でてやる。
「でも!」
 ツィリルは、どうしても拭う事が出来ない。
「良いですか?レイアは、私達に未来を託したのです。もちろん、私もレイアの事
を忘れることなんか出来ませんが、これからの人生をツィリル。貴女と共に、生き
て行く事を誓ったのです。レイアも分かってくれますよ。」
 トーリスは上空を見つめていた。その顔は、狂っていた時の顔とは、比べ物にな
らないほど晴れやかであった。ツィリルは嬉し涙を零してしまう。
「悩んでいるなんて、わたしらしく無いもんね!」
 ツィリルはニパッと笑う。この笑顔こそ、ツィリルの良い所だ。
「センセー。わたし幸せだよ。」
 ツィリルは、トーリスに飛びっきりの笑顔を見せる。
「私もですよ。ツィリル。」
 トーリスも、それに応えるように笑顔で返した。そして、自然と肩を抱きしめて、
口付けをしてやった。ツィリルは少し強張ったが、受け入れていた。
「さぁ、皆が待っています。そろそろ顔を見せましょう。」
 トーリスは扉へと向かう。ツィリルは、それに付いていった。
 トーリスと、ツィリルが扉から出ると、外には、いつものメンバーが待っていた。
「お。出てきたな。トーリス。」
 ジークは、待ち構えていた。
「おや?ジーク。ずーっと、待っていたのですか?」
 トーリスは、少し恥ずかしそうだった。
「ああ。トーリスとツィリルを、待ってたんだよ。」
 ジークは、そう言うと、二人の手を引いて案内する。
 どうやら食事の間のようだ。二人は訳も分からぬまま付いて行く。
「ジークお兄ちゃん。どうしたの?そんなに急いで・・・。」
 ツィリルは、不安がっていた。
「そんな不安がった声を出すなよ。ま、来てみれば分かるって!」
 ジークは、そういうと扉を開けてやる。すると、そこには皆が集まっていた。王
のヒルト、そしてゼルバ、ディアンヌ。そして龍の親子も居た。そして、もちろん
パーティーの皆、全員が居た。そして、真ん中にはケーキが置いてあって、食事も
豪華なものが置いてあった。そして「ハッピーバースデイ、ツィリル」の文字が、
あった。そう。今日はツィリルの誕生日だった。冒険をしてから、もう3ヶ月程も
経つ。すっかり自分の誕生日を忘れていた。
『結婚おめでとう!そしてハッピーバースデイ!ツィリル!』
 皆は、声を揃えてツィリルを祝ってやる。
「うわぁ!みんな・・・ありがとう!!」
 ツィリルは、つい嬉し涙を流してしまう。こんな嬉しい事が続いて、良いのだろ
うか?と、ふと考えてしまう。
「実は、レルファが言い出した事なんだよ。」
 ジークは教えてやる。レルファは、ちゃんと覚えていたのだ。
「ありがとう!レルファ!」
「な、何言ってるのよ。当然じゃないの。」
 レルファは、少し照れながらもツィリルと両手で握手した。
「さぁ、ロウソクの火を消すネ!」
 ミリィは、ニコヤカに言ってあげた。
「うん!」
 ツィリルは、元気に答えると、ロウソクの火を次々と消していく。そして17本
全部消し終わった。
 それが、合図でヒルトの合図と共に、料理が次々と運ばれてきた。ツィリルは、
ヒルトにとっても姪っ子である。可愛く無い訳が無い。結婚式の時は、少ししか手
伝えなかったので誕生日の時は、祝ってやろうと思ったのだ。
「うわぁ!これ、美味しい!」
 ドラムも、すっかりはしゃいでいる。ドラムにとっては、見た事も無い料理が、
並べられている。ドリーは、はしゃぐドラムを暖かい目で見ていた。
「ジークさん。実は、頼みがあるのですが・・・。」
 ドリーは、急に改まってジークを呼びつけた。
「俺にですか?何の用でしょう?」
 ジークは、キョトンとしていた。ドリーから話し掛けてくるのは、珍しい事でも
あった。ドリーは、はしゃぐドラムをチラッと見ながら頭を下げる。
「実は・・・ドラムを預かって欲しいのです。」
 ドリーは、決意の眼差しをしていた。
「へ・・・ええ!?」
 ジークは、一瞬何のことか分からなかったが、ビックリして目を丸くする。
「ちょ、ちょっと待って下さい。俺は、まだ未熟者ですよ。」
 ジークは、信じられないと言った目付きをする。
「頼めるのは、貴方しか居ないのです。」
 ドリーは、真剣その物の顔だった。
「一体どう言う事か、聞かせてもらえませんか?」
 横からトーリスが来ていた。トーリスだけでは無い。皆も集まって来ていた。
「ドリーさん。私達の旅は普通の旅じゃ無いんですよ?」
 レルファも心配そうだった。普段のドラムを知ってるだけに、魔族と闘う事にな
る自分達に付いて行かせるのは、余りに危険だと思ったのだろう。
「龍の宿命だからです。龍は、満10歳になるまでに、親離れを終了させなければ
いけません。あの子もすでに7歳です。そろそろ私から離れなければなりません。」
 ドリーは厳しい目付きだった。いつの間にか、ドラムがこっちを見ていた。ドリ
ーは、少し険しい顔つきになったが、ドラムの頭を撫でてやる。龍のしきたりの一
部なのであった。満10歳までに一人前になる事がである。
「とは言え、私もこの子の親。子供を、いきなり一人にさせるには忍びないのです。」
 ドリーのドラムへの愛情は、端から見ても分かるくらいであった。
「しかし、あなた達なら任せられます。ドラムに世の中を見せてあげて下さい。そ
して、あなた達のやっている事の意味を、見せてあげて下さい。」
 ドリーは再度、頭を下げる。龍とは言え、親である。子供を預けると言うのは、
どれだけの覚悟が要るだろう。しかし、ドリーは頭を下げたままだった。
「・・・兄さん・・・。どうする?」
 レルファも悩んでいた。ドリーの気持ちは分かるが、自分たちの旅の危険さも知
っているだけに、賛成し兼ねていた。
「ドリーさん。俺たちは、まだ未熟です。どれだけの事が出来るか分かりません。」
 ジークは口を開く。ドリーは、まだ頭を下げていた。
「しかし・・・出来る限りの事はしたい。預かりましょう。」
 ジークは、しっかりとした口調で言い放った。
「ありがとうございます。この御恩は、忘れません・・・。」
 ドリーは一筋の涙を流す。
「ジーク義兄さん!決めますねぇ!」
 サイジンは、ジークの背中をバンバン叩く。
「誰がジーク義兄さんだ!全く・・・。」
 ジークは、サイジンの軽口に苦笑する。その横で、ドラムがキョトンとしていた。
「どうしたの?お母さん。泣いてるの?」
 ドラムは、ドリーの涙が気になっているのだろう。
「泣いてなんか無いわよ?それより、ドラム?」
 ドリーは、母親の目をしていた。子供に弱い所を見せまいとしていたのだ。
「明日から、ジークさんと一緒に行くのよ。」
 ドリーは、諭すように言った。
「え?じゃぁ、レルファお姉ちゃんや、サイジンお兄ちゃんとも一緒に?」
 ドラムは、顔が明るくなった。恐らく、多少しか理解してないのだろう。
「そうよ。たまには、お母さんが居なくなっても大丈夫よね?」
 ドリーは、ドラムをジッと見つめながら言う。
「うーん。うん!お母さんこそ、大丈夫だよね!」
 ドラムは、ニッコリ笑って答えた。素直な良い子である。だが、まだ甘えたい年
頃だと思う。それだけにジークは、多少心配だった。
「ふふっ。お母さんは大丈夫よ。明日から頑張るのよー?」
 ドリーは、あくまで笑顔で会話していた。本当は、身が切られるような思いなの
だろう。しかし、そんな素振りは全く見せなかった。
「何だか分からないけど、僕頑張るよ!」
 ドラムは、力強く頷く。ドリーは、噴きだしそうになる涙を堪えていた。
「責任重大ですよ?ジーク。」
 トーリスが冷やかした。ジークは乾いた笑いを浮かべるのが、せいぜいだった。


 ルクトリアは、1日にして大きく傷ついた。やはり50年近く在位していた前ル
クトリア王シーザーを失ったのは、大きな痛手だろう。しかし、戦乱期の英雄であ
り、シーザーの息子でもあるライルが継いだ事により、活気がまた戻ってきたのも
事実である。逆にいえば、ライル以外では人は納得しなかったであろう。
 ライルは浮世離れした性格だったため、自分は、あくまで一介の戦士である事を
貫いていた。シーザーも、それを承知していたので、自分の跡はプサグルへ行った
ヒルトか、片腕として働いていたクライブ=スフリトに任せようと思っていた。だ
が、魔界剣士である砕魔 健蔵にその思いは断ち切られてしまった。ルクトリア城
崩壊を見ていた人々は、ルクトリアの滅亡を予感していただろう。
 それを防ぐためには、ライルが立ち上がるしか無かった。実績もあり、国を思う
気持ちも深い。そして、カリスマ性を備えた人物は他に居ないのである。
 そのルクトリアも、ルースやフジーヤそしてアイン、レイリーなどの助力のおか
げで、だいぶ立ち直ってきた。
 とは言え、王の仕事は激務である。外交は、フジーヤに任せてあるが、内政だけ
でも色々考えなければ成らないことがある。国民の不満や要望を集め、それを改善
する策を考えると言うのが、これほど難しいとは思わなかった。父親の苦労が、今
になって身に染み始めていた。だが、ライルとて、まだ41歳である。もう少しで
42歳になるが、これくらいでヘコタレはしない。
 だが、さすがにトーリス達の結婚式には行けなかった。妻であるマレルも行きた
がってただけに、残念だった。しかも、その間は、ルースやアイン、レイリーが来
賓として行ってしまったのだから、仕事で休む暇が中々見つからなかった。
 そのルース達が先日帰ってきた。その顔は、納得している父親の顔があった。
(レルファも、ツィリルと同い年か・・・。)
 つい自分の2人の子供達の事を考えてしまう。
「浮かない顔をしているな。ライル。」
 ルースが、仕事を終えたのか話し掛けてくる。
「当然だろう?忙しいし、何よりも考える事は、いっぱいあるさ。」
 ライルは、ジーク達の様子をルースから聞いていたので、安心ではあったが、気
にならない訳は無かった。しかも、あのジュダ達が、神々の力を見せた事も教えら
れたので、自分が、その場に居なかった事を悔やんだ。
「しかし、皆、実力が上がっているみたいだし、俺も負けられんな。」
 ライルは、つい剣士の目に戻ってしまう。
「不謹慎な王だ。だが、それでこそライルだ。」
 ルースは、ニヤリと笑う。ライルは、王になった今でさえ、毎日3回のトレーニ
ングは欠かしていない。激務の中行うのだから、大した根性である。と言うより、
やらないと落ち着かないと言う事だから、身に染み付いている事である。
 話している内に、城門の方が騒がしくなってきた。
「騒がしいな。行ってみるか。」
 ライルが、そう言うとルースは頷いて城門の方へと向かった。
 城門に着くと、兵士達が集まって困った顔をしていた。何やら、その中心に誰か
居るようである。
「今、王は忙しいんだ!頼むから帰ってくれ!」
 城門の兵士が頭を抱えている。何やら、その人物を押さえようとして、失敗した
のか、伸びてる兵士も何人か居た。
「どやかましい!あんた達じゃ相手にならないんだから、英雄にお相手してもらう
しかないじゃないの!違う?」
 どうやら、女性のようだが、妙に気が強い。
「王は激務なのだ!それに天下の英雄にお相手してもらおうだなんて、頭が高い!」
 兵士は、何度も諭そうとしていた。
「ぬあんですってぇ!?よわっちぃくせに、よくも言ったもんねぇ。」
 女性は、剣を抜いた。良く磨かれて手入れされている剣だ。しかも伸びてる兵士
達から血が流れてない事を見ると、相当、手加減して戦っている事も分かる。
「我がルクトリアの精鋭を、よわっちぃとは何事か!」
 兵士は頭に血が昇ったらしく、剣を抜こうとしていた。
「何をしている!」
 ライルは、呆れたように叱咤した。その瞬間、兵士達はモーゼの十戒の如く、道
を開ける。女剣士は・・・それに従わなかった。大口叩くことだけはある。
(こんな大げさに、道を開けなくても良いんだがな・・・。)
 ライルは、少し恥ずかしかった。
「へぇ。貴方が、ここの王様で、かつての英雄ライル様?」
 女剣士は、値踏みするようにライルを見る。こういう目で見られるのは、久し振
りだ。ライルは久し振りにウキウキしていた。剣士として、自分を見てくれるのは、
今のライルにとって嬉しい事だ。ルースは、それを見抜いていたので、苦笑する。
「どう言われてるか知らんが、今は、ここの王をしているライルだ。」
 ライルは、ニヤリと笑う。この女剣士の度胸を買っていた。
「私は、トレジャーハンターのルイ=コラット。」
 女剣士は名乗りを上げる。これだけの兵士を前に、堂々と名乗りを挙げるのだか
ら、大した物だ。
「ほう。トレジャーハンターが、俺に何の用だ?」
「ふふっ。愚問よ。トレジャーハンターとして生計を立てるには、何よりも名を上
げるのが、重要な事!チマチマした事は、私は嫌いなの。そこで、英雄さん!勝負
をしてくれない?手っ取り早いでしょ?」
 ルイは豪快に笑う。何とも、短絡的で無鉄砲だが、ライルは、こう言う申し込み
は、嫌いでは無かった。
「お、王に向かって、何たる口の利き方!!」
 兵士達は、殺気立つ。尊敬してる王がコケにされてると思っているのだろう。
「止めておけ。お前らじゃ、この女性には勝てんよ。・・・ところでルイさん。一
つ聞いて良いかな?」
 ライルは、兵士達を制すると前に出た。
「何?聞くわよ。」
「フム。いや、大した事では無い。今になって、何で俺に勝負を申し込んだんだ?」
 ライルは尋ねた。確かに変な話である。別にライルなら、堂々と中央大陸の家に
住んでいたのだ。この女性はまだ若いとは言え、18歳は超えているように見える。
別に今で無くても、良い様な気がしたのだ。
「ふっふっふ。良い所を突くわね。しかし、それは分かりきった事!あなたの家が
分からなかった!!だから行けなかったのよ!」
 ルイは指で明後日の方向を差して決めポーズをした・・・つもりだったのだろう
が、決まったようには見えなかった。
「・・・俺の家、別に難しい所にあった訳じゃ無いんだがな?」
 ライルは、呆れていた。中央大陸の馬車で修道院前まで行けば、すぐの所にある
はずなのだが・・・。
「そんな事、分かる訳無いでしょう?自慢じゃ無いけどね。私は、実家のプサグル
の家から、ここに来るまで1ヶ月も掛かった女よ!」
 要するに、恐ろしいまでの方向音痴と言う事だった。ここまで1ヶ月も掛かるは
ずが無い。
「本当に自慢じゃ無いな・・・。」
 ライルは、リズムを狂わされたのか、頭を抱える。しかし、この魔族が徘徊する
世の中で、ご苦労な事である。
「途中、パーズとか言う所と、バルゼとか言う所に着いたわ!しかし、諦めずに、
ここまで来たのよ!」
 ルイは大威張りで話しているが、褒められた話では無い。
「その自信は、どこから来るんだか・・・。」
 ライルは、溜め息をついた。
「とにかく、ここまで来たからには勝負よ!!」
 ルイは、剣を抜く。
「何が、ここまで来たからにはだ!」
 横から喧しい声が聞こえた。ライルは、また頭を抱える。
「凄い騒ぎだなぁ。」
 アインと、レイリーであった。どうやら騒ぎを聞いて駆けつけたのだろう。
 レイリーは、ルイを睨み付けて前に出る。
「何よアンタ。見たところ兵士じゃ無さそうだけど?」
「フン。ライルさんに挑戦しようなんて10年早い!この俺様と勝負してから、言
うんだな!このレイリー=ローンは、一味違うぜ?」
 レイリーは背中から刀を抜く。レイリーは、忍刀を主に使用するので、背中から
抜くのが、いつものスタイルなのだ。
「少しは出来るようね・・・。アンタでも良いわよ。」
 ルイは、レイリーの実力を一目で見破った。この頃、レイリーはメキメキ力を付
けて来ている。兵士を軽くあしらったルイでも、レイリーは、そう簡単には倒せな
いだろう。ライルは、そう思ってか2人の間に入る。
「まぁ待て。レイリー。俺が、ルイさんの相手をするから待ってろ。」
 ライルは思う所があった。
「ライルさん。別に、ライルさんの手を煩わせるまでも無いっすよ?」
「ハハッ。そう言うな。後で、たっぷり稽古してやるから。」
 ライルは、レイリーを制した。
(なる程な。ライルの奴。)
 ルースは悟っていた。レイリーと、ルイは見た所、大した実力の差は無い。この
まま闘っていれば、エキサイトし過ぎて、どちらかが倒れるかも知れないと判断し
たのだろう。ライルは、ルイが倒れるには、もったいない逸材だと思ったのだ。
「分かりましたよ。そこまで言うのなら、引きますよ。」
 レイリーは、ライルに、この場を譲った。
「フフン。命拾いしたわね。さぁ、英雄さん。勝負よ!」
 ルイは収めた剣を、もう一回抜く。
「まぁ待て。おい。アイン。これを持ってろ。」
 ライルは自分の剣を、アインに手渡すと、ルースが用意していた木刀を受け取る。
ルースはライルが、この木刀で闘うだろうと言う事を予想していたようだ。
「ま・・・まさか、この私相手に、その木刀で闘おうってんじゃ?」
 ルイは声を震わせる。
「ん?悪いか?」
 ライルは、事も無げに返答する。さすが余裕である。
「舐められた物ねぇ。この私も・・・。」
 ルイは、コメカミに怒りの筋が立っていた。
「君は、何か勘違いしているようだな。木刀だと力が発揮出来ないと誰が決めた?」
 ライルは、木刀でダランと手を下げる。
(出たな。「無」の型だ。)
 ルースは、冷や汗を流す。何も構えてないように見えるが、あの形から流れるよ
うな斬りを繰り出して来る事を、ルースは知っている。
「そ、それが構え?好い加減にしろっての!!」
 ルイは、やや中段の構えをとって、ライルを斬ろうとした。しかし、いきなり動
きが止まる。
(な、何!?何よこれ!?)
 ルイは、ビックリした。ライルが大きく見えたのである。しかし、ライルは何も
していない。それ所か、ライルが動いて無いのに、斬られた感覚に陥った。
(3回斬られた!?・・・な訳無い・・・。いや、でも今確かに・・・。)
 ルイは、戸惑っていた。こんな感覚は初めてである。
「3回斬られたと思ったか?」
 ライルは、ニコッと笑う。ルイは鳥肌が立った。
「・・・どうして分かるのよ?」
 ルイは、気丈に言い返すだけで精一杯であった。
「俺が闘気のイメージを飛ばしたからさ。どうやら君にも多少は見えるようだな。」
 ライルは、闘気を密かに放っていたのである。しかし、まだ周りの目に見える程
じゃない。それでも気が付く辺り、ルイの実力が無い訳じゃない。それに気付かず
に来た相手を、ライルは、いつも一撃で仕留めている。
(何て相手・・・。さすがは英雄・・・。)
 ルイも、ライルの実力を知らない訳は無い。しかし、予想以上とは思っていた。
「こうやってても面白く無いな。なら、俺から近づこう。」
 ライルが、近づくとルイは、ライルが更に大きく感じた。
(迷いが、そう見させているのね。)
 ルイは頭を振るとライルを良く見つめる。そして、突っかかって行った。
(相手は所詮木刀!私の鋭い振りに耐え切れるはずが無い!折れば勝てる!)
 ルイは、愛用の剣を3連続で繰り出す。ライルは、それを2回は体を少し動かす
事で避けた後、3回目は、何と木刀で受け止めて見せた。
「そ・・・そんな!?」
 ルイは我が目を疑った。自分の剣の切れ味は知っている。その剣を木刀で受け止
めるなんて、信じられない事だった。しかし、木刀に注目してる内に、その答えが
分かった。木刀からライルの闘気が溢れ出ていた。ライルは、木刀に闘気を込めて
受け止めたのである。
(す、すごい・・・。)
 ルイは、素直にライルの凄さを認めた。とても普通の人間に出来る芸当では無い。
「君が生きてきた世界では、負けた事が無かったんだろうな。だが、君は、まだ伸
びる。そのためには、負けを知るのも、また勉強だ。」
 ライルは、静かに言い放つ。
「私が、負けるなんて・・・決め付けないでよ!」
 ルイは、冷や汗を流しながら、剣に自分の想いを込める。それが、闘気に繋がる
切っ掛けだと言う事に、ルイは気が付いていない。
「フッ。君を見てると、昔の息子を思い出す。不思議だな。」
 ライルはジークを思い出していた。ジークも、負けず嫌いで、いつも強くなるた
めに、ライルに向かっていったものだ。
「思い出話に浸ってる場合!?」
 ルイは、馬鹿にされたと思ったのか、剣に闘気を込めながら、突っ込む。気合の
入った良い一撃である。
 ルイは、道場でも常に一番だったし、彼女の師匠ですら、敵わなかった。そして、
トレジャーハンターとなってからも、方向音痴のせいで迷いはしたが、戦闘で遅れ
を取った事は一度もない。
(その私が負ける!?そんなはずは無い!)
「はぁぁぁ!!普天(ふてん)流、『砕天撃』!!」
 ルイは、プサグルの北の方に伝わる普天流の免許皆伝者だったらしい。迷いを無
くすために、己を磨く剣術だとライルは記憶していた。
「面白い。受けて立つぞ!」
 ライルは、ルイの放つ同時に左右からの2段斬りを木刀の先で突き返す。
 バシィ!!
 その瞬間、ライルの姿が消えたと思ったら、ルイは吹き飛ばされていた。ルイの
防具の付いてる腹の部分を狙って吹き飛ばしたのだ。見えない程の袈裟斬りだった。
「不動真剣術・・・袈裟斬り『閃光』!」
 ライルが言い放つと、ルイは、体を起こすが、思うように体が動かない。
「くぅ・・・。」
 ルイは、それでも立ち上がろうとする。大した闘志である。
「・・・私の・・・負けか・・・。」
 ルイは、素直に認めた。それ程ライルは凄かった。ライルはニコッと笑う。
「最後の斬りは、中々良かったぞ。」
 ライルは、木刀をルースに手渡す。
「こんな事で、ヘコたれる私じゃない!見てなさいよ!追い越してやるんだから!」
 ルイは起き上がり様、既にこんな事を言う。凄い負けず嫌いである。思わずライ
ルも、ずっこけそうになった。
「だいたい、私はまだ20歳・・・。そうよ。この差は大きいわ!」
 滅茶苦茶な理屈である。
「はっはっは!歳を重ねた英雄は、熟練した技を持っているようね!だが、同世代
なら、私は負けないのよ。貴方が40年くらい掛けた強さを、私はもっと早く身に
付けて見せるわ!見てなさいよ!」
 ルイは、勝手な事ばかり言っていた。
「説得力ねぇなぁ・・・。俺、相手にしなくて良かったぜ。」
 レイリーですら、呆れていた。
「ふふん。貴方なんか、今のままでも十分よ。」
 ルイは、またふんぞり返っていた。腰に力が入ってないはずなのに、よくやる物
である。
(この気丈さは、皆も見習って欲しい物だな。)
 ライルは苦笑する。まぁ、皆がこうだったら、それはそれで困るが・・・。
 その時、ライルは、良い事を思いついた。
「ルイさん。君は今、同世代なら負けないって言ったな?」
 ライルは、含み笑いをしていた。
「当然よ!こう見えても、普天流の免許皆伝を貰ってるのよ?」
 ルイは、その証も見せていた。普天流に天才剣士が居ると言う噂を聞いたが、ど
うやら彼女の事らしい。まぁ、確かにアインやレイリーより、今の所、しっかりし
た形が出来ているし、強いだろう。
「ほう。なら、俺の息子に勝ってみな。」
 ライルは、ニヤリと笑った。
「え?英雄さんに息子が居るの?」
 ルイは、キョトンとしていた。そんな事、思い付かなかったのである。
「俺は、こう見えても早めに結婚してな。君と同じ歳の息子が居るぞ?」
 ライルは、顎に手を掛ける。
「面白いわね。受けて立つわ!実力を試す良い機会よ!」
 ルイは、さっきまでの痛みが、嘘のように、もう立ち上がっていた。中々現金な
体である。
「よぉし。今は、恐らく、ストリウスのギルド『望』って所に居るはずだ。君の言
ってる事が、嘘じゃ無かったら、やってみるんだな。」
 ライルは、居場所を教える。最も、出会うまでに時間が、掛かりそうな感じはす
るが・・・。
「フフン。この私を差し向けた事を、貴方は後悔する事になるわ!」
 相変わらずの強気発言である。ルースは、ヤレヤレと両手を広げて呆れる。
「一応、手紙を書いてやる。その方が、話は早いだろう?」
 ライルは、念の入った事をする。ライルは、嬉しそうに紙と筆を持って、手紙を
書き始める。
「てめぇも不幸な事だなぁ・・・。」
 レイリーが同情していた。さすがのレイリーも、今のライルに敵わないのに、ジ
ークと対決したくなかった。ジークは、この頃の魔族との戦いで、明らかにレベル
アップしていた。この前一緒に訓練した時も、一本も取れなかった程だ。最も、そ
のジークでさえ、赤毘車には5本に1本くらいしか取れて無かったが・・・。
「英雄の息子とは言え、所詮は他人よ!私にも勝ち目があると言う物よ。」
 ルイは、ジークの強さを分かっていなかった。
「俺は知らねぇぞ。ジークさんは、ライルさんに勝って、不動真剣術を受け継いだ
程の人だってのに・・・。」
 レイリーは、教えてやる。すると、ルイの顔付きが変わった。
「そうやって、私を撹乱する作戦ね?」
 ルイは、信じようとしてなかった。
「本当だってのに。全く、付き合ってられないぜ。」
 レイリーは、頭を掻きながら、復興作業の方に行ってしまった。
「よし書けた。んじゃ会ったら、これを渡せば、息子も快く受けてくれるだろう。」
 ライルは、ルイに書簡を手渡す。ルイは自信満々で受け取る。
「ふっふっふ。ジークさんとやら、待ってなさい!私が倒してあげるわ!」
 ルイは相変わらず、明後日の方向に指を差すと、善は急げとばかりに、何とスト
リウス行きとは関係の無い馬車が出てる方向に向かっていった。
(恐ろしい程の方向音痴だな・・・。)
 ライルは感心していた。ここまで来ると、芸である。
「さぁ、復興作業に移るぞ。」
 ライルが、一声掛けると、兵士達は、また自分達の配置に戻っていった。
「おい。ライル。手紙に何て書いたんだ?」
 ルースが聞いてきた。
「何てこたぁない。『俺は元気でやってるから、心配するな。その娘に訓練をつけ
てやれ。強くなりたいそうだ。強さは、レイリーより少し上と言えば話は早いか?』
と書いてやった。」
 ライルは、簡潔に話す。なる程。分かりやすい。最も、ルイは本気で行くだろう
が、ジークは手加減する事だろう。
「また、楽しみな逸材が増えたと言う事か。」
 ルースは、そう言うと、晴れ晴れとした空を見上げていた。



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