NOVEL 3-2(First)

ソクトア第2章3巻の2(前半)


 2、惹かれ
 目の前で死んで行った父親を見て、その悲しみを忘れるはずが無い。だが、父が
成し遂げられなかった事は忘れてはならない。過去に捉われ過ぎてはならない。現
実に、危機になっている状況を打開してこそ、自分を見つめる事が出来る。
 デルルツィアは、大忙しであった。そのデルルツィアの新王となったミクガード
も忙しかったのである。魔族に目の前で父を殺されたが、国民の事を忘れて、父の
復讐は出来ない。それが王たる勤めである。自らが率先して、変えて行かなければ、
国民は納得をしないだろう。
 この精力的に、国の復興に費やす王を、国民は羨望の眼差しで見ていた。つい3
ヶ月前ならば、考えられない話だ。デルルツィアでは、共和国と言いながらも、絶
対王帝制が敷かれていたため、国民は畏怖すれど尊敬はしなかった。しかし、この
彗星のように帰ってきたミクガードが、プサグルの王女と結婚して、この体質を自
ら変えようと努力している姿を見て、人々の視線は変わって来たのである。
 また、新皇帝となったゼイラーも、ミクガードと共に国を支える覚悟をし、皇帝
として外交努力を、ずっと続けている。ゼイラーは背が高く、甘いマスクなため、
次の皇后が誰か噂されている。しかし、ゼイラー本人は忙しくて、それ所では無い
ようだ。
 そのおかげか、デルルツィアは、今までにない発展を見せている。外交面では、
プサグルやルクトリアなどに引けを取っていない。商業国家であるバルゼにも一目
置かれる程にまでなったのだ。内政でも、ミクガードが尽力しているおかげで、当
初の7割近くまで復興して来ている。
 正に奇跡に近い復興率であった。魔族によってデルルツィアの堅固な城が、半壊
された時は、この世の終わりかと思ったくらいだ。
(親父の意志は忘れん。)
 ミクガードは心に誓っていた。その証か、あの戦いの時に、戦死した兵士や前王
などに対して慰霊碑が作られ、毎日のように祈りが行われている。
 更にミクガードの提案で、壊された城壁は、そのままにしてあった。魔族からの
仕打ちを忘れないようにすると言う意味と、守りではなく、こちらから魔族を攻め
ると言う意味を込めて、人々を鼓舞する働きを狙っての事だ。
(俺は負けん。この国の人々とフラルのためにもな。)
 ミクガードは、心に固く誓っていた。
「王!手紙が届きました!」
 連絡係の兵士が急いでやってくる。その手には手紙が握られていた。
「ほう。どこからだ?」
「各地の報告書・・・ゼイラー様からですね。」
 兵士は説明する。ミクガードは、了承すると兵士から手紙を受け取る。そして、
自分の部屋で読む事にした。
「あら?どうしたの?その手紙。」
 フラルが、新しく出来た自分達の部屋を整理しながら尋ねる。
「お。だいぶ片付いてるじゃないか。これは、ゼイラーから各地の報告書だとさ。」
 ミクガードは、手紙の封を開ける。
「各地の?ふーん。興味あるわ。」
 フラルは、手紙を覗き込む。手紙では、こうあった。
『ミクガードへ
 外交をしている途中で気になった事を、ここに記そうと思う。
 ルクトリアが最近になって、随分と復興が進んで来たのを不思議に思っていたの
ですが、あれは彼の有名な英雄ライルが王に就任した事にあります。彼は、カリス
マ性もあるし、責任感も強い。正に適任だと私も思いました。
 それに呼応するかのように、パーズ王ショウが、ルクトリアに協力体制を整えて
いるようです。私達も、遅れてはならないと思いますので、世界的な規模で同盟を
結ぼうと考えております。
 現在は、バルゼ以外の代表は、プサグルに集まるとの事なので、世界的な同盟実
現に向けて努力しようと思います。
 それと、これは余談ですが、フラル殿の従兄弟であるツィリル殿が、ご結婚され
ました。プサグル王ヒルト殿もご承知の上だそうです。お相手は、トーリス殿との
事です。吉報ですので、ここにお書きしました。また何かあれば、お伝えしようと
思います。お体にお気を付けて。        ゼイラー』
 と書かれていた。フラルもミクガードもビックリするような内容だった。
「ライル叔父さんの事もビックリしたけど・・・あのツィリルがねぇ。」
 フラルは、前にジークの誕生日で会った時の事を思い出す。あの時は、どちらも
垢抜けない少女だった。だが、今となっては、フラルはデルルツィアの王妃で、ツ
ィリルはトーリスの妻だと言うのだから、世の中分からない物だ。
「あのライルさんが王か。あの時の眼は、本物だった。良い王になるだろうな。」
 ミクガードはライルと会っている。ソクトアの全体会議の時にだ。魔族と闘う時
のライルは、英雄の目をしていた。あれこそ人を惹きつける物だとミクガードは確
信していた。
「ミクガードも負けられないわよ?」
 フラルは意地悪っぽく言った。
「俺も王だからな。とは言え、俺は今出来る事をやるだけさ。」
 ミクガードは、背伸びしなかった。元々、自分を見せる男では無い。
「頑張りなさいよ。私も応援するから!」
 フラルは励ましてやる。デルルツィアが滅ぼされて以来、フラルは優しくするよ
うに努めている。
「ま、親父が納得するように頑張るさ。」
 ミクガードは、ルウの事を思い出す。非情な殺され方だったが、死体に抵抗した
跡は無かった。その意味も分かっていた。自分達が居るからこそ、ルウ達は安心し
て観念したのだ。ルウ達が居なくても、このデルルツィアは滅びはしない。そう思
ったからこそ、抵抗せずに魔族に討ち取られたのだろう。
 とは言え、あの仕打ちを見ているだけに、魔族の恨みは忘れはしない。それが、
自然な感情であるし、親に対する礼儀だ。
「やることは、いっぱいある。ま、一つ一つこなしていくさ。」
 ミクガードは、フラルに笑顔を見せる。この気丈な夫を、フラルは今、誰よりも
愛していた。ミクガードは、いつも国民の前で明るく振舞っている。自分が暗くて
は、国民にまで影響を及ぼすと考えての事だ。しかし、フラルは知っている。毎晩
魘されているミクガードの事を。だからこそ、愛さずには居られないのだ。
(私が、こんな気持ちになるとはね・・・。今になって母さんの気持ちが分かるわ。)
 フラルは、プサグル王妃として、ずっと支えてきた母ディアンヌの事を思い出す。
ディアンヌも他国に嫁いで、ずっと夫に尽くしてきた。その気持ちが理解出来るよ
うになってきたのだ。
 親から子へ。知らぬ間に血は、受け継がれていたのである。


 法治国家として名高いストリウスも、今やすっかり、自治体が管理する国になっ
てしまった。『望』もその内の一つであるが、これは仕方が無い事だった。別に覇
権が欲しい訳では無い。だが、この国を治めるべき法皇は外交だけ請け負っていて、
内政は自治任せになってしまっている。
 仕方が無い事でもある。それほど、ストリウスはギルドの存在が大きくなってし
まったのである。世の中に魔族が、蔓延ってると言うのも、その一因であろう。既
に形だけの法皇の自治など、意味を為さなくなってしまっているのだ。
 つまり、ギルドが中心になって、守らなければ、この街を守るべき存在が無いと
言う事なのだ。なので、覇権云々関係なく、やらなくてはならないと言う使命感が
あるのだろう。『光』では無いが、妙な使命感を覚えてしまう。他のギルドとも連
携しているが、自分達の管轄以外は、中々安心出来ないのも事実だった。
 サルトラリアを中心に『望』も一生懸命、守衛を務めていたが、それだけでは、
ギルドとしての一環である依頼が、お粗末になってしまう。中々難しい問題であっ
た。そんな中でのジーク達の帰還であった。歓迎しないはずが無い。ジーク達は、
今やこの『望』の主戦力である。元々主戦力ではあったが、今程、そう思った事は
無かった。何しろ猫の手も借りたいほどの状況である。人は多く居た方が良い。
 ルイの事も、すぐに了承した。これほどの逸材が、無所属だったって事も意外な
事だったが、何よりその性格に驚いていた。だが、如何にも、ジーク達が仲間にす
るような奴だとサルトラリアは思っていた。反対するはずも無く、『望』の一員と
して迎え入れる事にした。
 これで『望』もさらなる発展を遂げる事だろう。最も、今まで『望』を支えて来
た者達が居るので、表立って喜んでは居ないが、サルトラリアとしては、助かる事
だらけだった。だが、さすがに今まで副ギルドマスターだったジークは解任となっ
た。『望』の中でも一番尽くしてくれている隊長が居たので、その者が副ギルドマ
スターとして就任したからだ。ジークは全く異存は無かったので、これを了承した。
 『望』の一員とは言え、今まで、こなした仕事は一つで、後は、トーリスの事で、
しばらく留守にしていたので当然だと思っている。最も、ルイは最後まで反対して
いたが・・・。しかし、副ギルドマスターは本当に良く尽くしている。端から見て
も、それが分かるくらいなので、ジークは快く受け入れたのだ。
 副ギルドマスターは、ギル=ガイアと言い、言われた事を忠実にこなす、素晴ら
しい隊長だった。サルトラリアの事を尊敬しつつも、部下にはテキパキと指示をこ
なす。その辣腕振りは、舌を巻く程である。それでいて、性格は素直で、正に模範
生と言った雰囲気があった。
(このギルになら、安心して任せられるな。)
 ジークは、自分達が居ない間、盛り立ててくれた副ギルドマスターに感謝した。
 そして、本題に入った。今『望』に必要な事柄は2つあった。それは依頼をこな
す役目と、街を守り抜く役目だ。
「ジーク達には、どちらかをやってもらう。やってくれるか?」
 サルトラリアは、ジーク達8人と1匹を見て問う。
「なるほど。俺達にしか、出来ない事をやりたいが・・・。どちらも大役だな。」
 ジークは、迷っていた。本当は依頼をこなすと言いたい所だが、この世の中であ
る。ストリウスを守り抜く事が、どんなに大役かも分かっていた。
「ほっほっほ。私は依頼を、ちょちょちょいとこなして、街も守り抜くのがベスト
だと思うけど?私達に不可能は無いのよ!」
 ルイは相変わらず、自信タップリで、明後日の方向に指を差す。
「もうちょっと頭使うネ。依頼の行き先を見て、一日二日で終わると思ってるのカ?」
 ミリィは、冷たい視線を送る。どうも、この2人は相性が悪いらしい。当然と言
えば、当然の事だが・・・。ジークは苦笑していた。
「ふぅむ。我がレルファと一緒ならば、不可能は無いと思うのだが・・・。」
 サイジンも、久しぶりに、かましていた。
「あのねぇ・・・。頭痛くなるような台詞は止めてね。」
 レルファは頭を抱えた。サイジンは、どうも調子に乗り易い。
「僕、難しい事分からないなー。」
 ドラムは、好き勝手に歩いていた。
「センセーなら、何か良い案、思い付いたんじゃない?」
 ツィリルはトーリスの方を向く。
「いくらトーリスさんでも、同時に、こなすのは無理だと思うけどなぁ・・・。」
 ゲラムは考え込む。トーリスは、ニヤリと笑った。
「これしか手は無いでしょうね。」
 トーリスは、珍しく溜め息をつく。仲間の無責任な台詞を聞き流していたからだ。
「お。やっぱ、何か思い付いたのか?」
 ジークは、トーリスに期待していた。
「単純な話ですよ。2手に分かれて行動するしか無いでしょう?」
 トーリスは、当たり前過ぎる案を出した。皆も納得しているようだ。
「まぁ、考えてみれば、当然なんだけどな・・・。」
 ジークも、それを考えたが、言い出せないでいただけなのである。
「私がさっきから考えていたのは、どう仲間を分けるかなんですよ。」
 トーリスは思案する。トーリスは、先の先まで読んでいたのだ。
「まぁ、リーダーは、私とジーク。それは決まりでしょう。」
 トーリスは、紙にサラサラっと構想を書く。
「妻を置いて行く訳には行きませんので、私の組には、ツィリルが入ってもらいま
す。そして、ジークの組ですが、そこの2人は離れないでしょう?」
 トーリスは、溜め息をつきながら、ルイとミリィを見る。
「愚問よ。私はジークを超えるために、ここに居るのよ?当然でしょう?」
「私も同じ答えネ。ルイは信用できないヨ。見張るためにも居るネ。」
 2人は、すぐ様、返答してきた。予想通りだったので、トーリスは、つい笑いそ
うになってしまう。ジークの組にルイとミリィの名前を書く。
「そうなると、どうしても戦士が必要になります。そこで、サイジンとレルファ。
来てくれますね?」
 トーリスは、2人に尋ねる。
「まぁ、サイジンが必要なのは分かるけど、何で私まで?」
 レルファは意地悪っぽく答える。
「オオォォウ!?それは無いですぞ。レルファ。私は君のためなら、どこまでも!」
 サイジンが、そこまで言いかけた時に、久しぶりにレルファの拳が炸裂した。レ
ルファは顔を真っ赤にしていた。
「レルファにはツィリル、私と一緒に食事係をしてもらいたいのでね。私とツィリ
ルだけじゃ参ってしまいますよ。」
 トーリスは当り障りの無いように答える。しかし、ミリィが居ない以上、仕方の
無い事だった。幸い、この3人は、そんなに料理が下手ではない。十分やっていけ
るだろう。最も料理人の娘であるミリィには及ばないが・・・。
「そして、ドラム。レルファ達と離れたく無いですよね?」
 トーリスは優しく尋ねてあげる。
「レルファ姉ちゃんが行くなら僕も、そこに行く〜♪」
 ドラムは即答した。レルファは、つい可愛くなって、ドラムの頭を撫でてやる。
「・・・トーリスさん。と言う事は・・・。」
 ゲラムが、真っ青な顔をしていた。
「頼みますよ?ゲラム。」
 トーリスは、申し訳無さそうな顔をゲラムに向ける。つまり、ゲラムは、ジーク
組だと言う事だ。と言う事は、ジークと、この2人の監視を頼むと言っているので
ある。ゲラムは肩を落としてしまう。
(フラル姉さんの時だって、大変だったって言うのに・・・。)
 ゲラムは、自分の事など眼中に入れずに、まだケンカをしている2人を見る。1
人だけでも、フラルより手強そうだ。
「と言うわけです。ジーク。くれぐれも、しっかりするように。」
 トーリスは念を押しておいた。ジークは乾いた笑いをしたが、自分が、しっかり
しなければ、ゲラムに負担が掛かる事は明白だったので、力無くも頷いた。
「それで、どっちがどっちに行くんだ?」
 サルトラリアは、ジーク組とトーリス組を見やる。
「私達が依頼をこなしましょう。」
 トーリスは、迷わず答えた。
「トーリスさん。私達は、お留守番って訳!?」
 ルイは真っ先に反対した。
「留守番ではありません。私達は、ただ依頼をこなすだけ。しかし、貴女達には、
このストリウスを守ると言う大役を任せるのです。貴女達で無ければ、出来ない事
だと思って任せるのですよ?」
 トーリスは、ルイに説明する。ルイは珍しく納得顔だった。
「フッ。さすが分かってるわね!トーリスさん。この私が、ストリウスを守護して
るから安心する事ね!」
 ルイは、自信たっぷりに言い放った。
(トーリスさんてば、上手いなぁ・・・。)
 ゲラムは感心していた。トーリスの話術は、見事である。と言うか、ルイも騙さ
れ易い性格なのだろう。
「まぁ、話はついたようだな。確かに、ジークが居てくれると助かる。毎日修行す
るんだろうし、色々と参考になるからな。」
 サルトラリアは安心した。ジークとは、色々手合わせをしたいのだ。そう思って
いるギルドメンバーは、たくさん居る。副ギルドマスターも、表には出さないが、
そう思っていた。やはり、英雄の息子。そして、今では王となったライルの息子で
ある。そして、そのライルからお墨付きの実力が、どんな物か、この目で見たいと
言うギルドメンバーは、たくさん居たのである。
「そう言ってくれると助かります。俺も毎日、全力を尽くし、この街を守りますよ。」
 ジークは、力強く答える。ジークが言うと説得力がある。
 それにジーク達のメンバーは冒険に適していない。魔法使いが一人も居ないから
だ。ジークとミリィは微力ながらだし、ルイは全く使えない。ゲラムが最近覚えた
ようだが、とても実践的ではない。
「まぁ、しばらくの間、別行動ですが、大丈夫ですね?」
 トーリスは最後に釘を刺す。
「この私に任せる事よ!」
「私の生まれ育った街を守るのに、依存は無いヨ。」
 2人は良い目をしていた。案外、意気が合うのかもしれない。
「この街には愛着があるしね。僕だってやれる所、見せるよ。」
 ゲラムは男らしい事を言う。段々成長して来ているのだろう。
「この街には色々世話になった。魔族達に踏み荒らさせはしないさ。」
 ジークは締めた。ストリウスは、すでに第2の故郷である。魔族達に占領させる
など真っ平ゴメンであった。
「私達も、安心して行けると言う物です。」
 トーリスは、お世辞では無く、心強いと思った。仲間を信頼すると言うのが、こ
こまで心強い物だとは思わなかった。
 トーリスは、改めて仲間の大切さを思い知ったのであった。


 ワイス遺跡では着々と実力アップを図っていた。神達の戦力や人間達の戦力が、
分かっている以上、必ず勝てると言う勝算が無い限り、戦いを挑むのは、あまりに
も無謀だからだ。ただし、人間達の戦力を削いで置くのは悪い事ではない。なので、
どうしても、今のように、多少劣る者達でも派遣して、大き目の町や村を破壊させ
ると言ったゲリラのような活動が必要になってくる。
 あまり目立った行動を取ると、こちらの戦力がバレてしまうからだ。幸い、神達
は、こちらの居場所は知っていても、こちらの戦力や、こちらの居城の正確な配置
までは知らない。籠っている分には、攻めて来ないだろうとグロバスは踏んでいた。
 実際にジュダ達は攻めあぐねていた。ジュダだって、やるからには、最小の被害
で抑えたい。例えグロバスを討ち取ったとしても、赤毘車やネイガが、やられたの
では、元も子も無いと思っている。それでもネイガは、攻めたいと言っていたが、
ジーク達が、せっかくレベルアップしているのに、自分達だけで戦いを挑むのは、
間違っていると、ネイガを諭した。
 それでも、まだ実力的には神側の方が、若干上であったが、ほぼ拮抗している状
態なのである。ジュダは、何度も天界にメッセージを送っているが、ミシェーダの
返事は決まって『空いている人材は居ない』との事だった。実際の所は、余ってい
るのかも知れないが、ジュダの両親か、ミシェーダクラスで無ければ、まともな戦
力にはならないので、却ってありがたいと言う面もあった。それでも、人間達より
は強いが、このソクトアを何とかしたいとは、心底思わないであろう。そんな神が
居ても、却って邪魔になるだけなのだ。
 だが、そうなると、この戦力に人間達を含めた戦力で、戦いを挑まなければ、な
らないのである。そうなると、慎重に行きたくなる気持ちも、分かると言う物だ。
 そんな事情で、妙な膠着状態が続いているのだ。魔族の中には、強硬派の意見も
あったが、グロバスが分析して駄目だと言う事を知ると、次第に声も収まっていっ
た。魔族の間では、力こそ全てなのである。その力が一番強いグロバスこそが、絶
対なのである。グロバスが命令すれば、喜んで神に突撃していく。それが、魔族の
気質であった。そんな中で意志を示せるのは、ある程度の力を持った者だけだった。
 その中でも、人間出身のルドラーは、野心でギラ付いていた。あの野心は、魔族
の中を見渡しても、そうは居なかった。忠誠を誓っているようで、いざとなれば、
手柄を立てて出世し、更なる力を求める事で、自分の欲望を満たしていく。何とも、
魔族顔負けの手腕であった。
 ルドラーは、今日も、グロバスの前に直訴しに来た。
「グロバス様。人間共を潰す日は、いつで御座いましょう?」
 ルドラーは、既に魔族になって、1ヶ月余り過ぎていた。人間の時の面影は、全
く無い。あるとすれば、限りない野心だけだろう。
「ルドラーよ。貴様、何回聞けば気が済むと思っているのだ?」
 横に居た健蔵が呆れた顔をする。ルドラーは、暇さえあれば、尋ねてくる。好い
加減、健蔵もウンザリしているのだろう。
「健蔵殿。私は、とにかく手柄が欲しいのだ。この短期間で、レベルアップ出来た
のも、手柄所以だと思っている。最も、貴方の嫌いな戦い方であろうがな。」
 ルドラーは皮肉を言う。ルドラーは魔族になってから、いきなり手柄を上げた。
しかし健蔵は、力を示してこそ魔族だと思っているのに対し、ルドラーは部下にゲ
リラ戦をやらせたのだ。そして結果、圧勝に終わったが、小細工を弄したルドラー
に対して、健蔵は軽蔑の眼差しをしていたのである。
 しかし、結果として、あっという間にデルルツィアを半壊させた。その事実だけ
は、認めなければならない。そして、グロバスは更なる地位として「魔軍師」から
「魔界参謀」の地位を与えたので、ルドラーは大喜びであった。そして、今の所、
その名に恥じないように、魔界剣士クラスの魔族とレベルアップを図っているのだ
った。ルドラーは、その大いなる野心も幸いしてか、メキメキと実力をアップさせ
て来ていた。だからこそ、発言力も、日々高まっているのだろう。
 そのギラギラした野心を、グロバスは高く評価しているのだった。
「余計な一言をほざく物だな。まぁ良い。貴様には、貴様の戦い方がある。邪魔は
せん。ただ、ワイス様に迷惑を掛けるような事は許さんぞ。」
 健蔵は、そう言うと、去っていった。ルドラーは、確かにワイスの所にも、この
話を良く持ちかけているのだ。それが、健蔵には気に入らないらしい。
(去る時まで、ワイスの事とはな。)
 ルドラーは、大した忠誠心だと思った。力こそ全ての魔族の中に於いて、健蔵の
ワイスに対する忠誠心には、驚くばかりだ。
「・・・今のを聞いたであろう?ルドラーよ。」
 グロバスは、ルドラーの方を向く。
「はっ。何とも大した忠誠心で御座いますな。」
 ルドラーは、皮肉を込めて言ってやった。
「人間達の所に攻め込む前に、やって欲しい事がある。」
 グロバスは、突然話題を変えた。
「私で役に立てるのなら・・・。」
 ルドラーは、手柄を立てるには種類を選ばなかった。
「フム。健蔵とワイスの関係を調べよ。」
 グロバスは、健蔵とワイスの関係は、ただの主従じゃないと思っている。
「我を尊敬しないのは、別に構わぬ事。そして、健蔵のワイスに対する忠誠も、魔
族では珍しくない事だが、ワイスの健蔵に対する態度が、我は気になっておる。」
 グロバスは、ワイスが健蔵を見る目は、明らかに、ただの部下を見る目じゃない
事を何度も見ている。それが気になるのだ。
「了解しました・・・。すぐにでも、お調べ致しましょう。」
 ルドラーは、ヒソヒソ声で言った。
「うむ。それと、2人に気づかれぬよう、首尾良く調べるのだ。」
 グロバスは付け加えた。これで調べている事がバレれば、ワイスとの関係が、ギ
クシャクしてしまう事もありえる。それは、グロバスとしては良い状況では無い。
「お任せを・・・。」
 ルドラーは、そう言うと、早速忍び足で、扉から出て行く。しかも瘴気を抑えな
がらである。中々実力が付いて来ている証拠だろう。
(フフフ・・・。我の計画通りに行き過ぎて、怖いくらいだ。)
 グロバスは、ニヤリと笑った。力も既に、9割方戻って来ている。そして、完全
な形になった後で、ワイスやクラーデスが、グロバスに近い実力まで力を付ければ、
神が3人だけの、あちら側は不利である。残りの人間共は、健蔵やルドラーなどが、
一掃してくれるだろう。こうなれば、ソクトアは晴れて、魔族のための地となる。
 そして、魔族が繁栄すれば、更なる力の倍増が期待できる。そうなれば、一度は
失敗した神々への反逆の意も示せると言う物。そうなれば、恒久的に魔族が栄える
事が出来る。それこそが、グロバスの究極の願いであった。
 そして、そのために外せない人材を、この前呼んだ。それがエルフ族のミライタ
ルであった。ダークエルフになった時、大量のエルフの血を流させた。その度胸が、
グロバスは気に入ったのである。180年前にソクトアから、魔界に来た時は、ち
っぽけな存在だった。しかし、ミライタルも、果てしない欲望を持つエルフだった。
それが故に、恐ろしい修練を積んで、魔界剣士となって現在があるのだ。しかし、
本人に言わせれば、今の状態でソクトアに居た時の状態と、同じなのだと言う。何
でも、魔界に来た時に瘴気を、かなり封印されたのだと言う。それが、この頃にな
ってやっと取り戻して来たと言うのだ。だとすれば、更に伸びる可能性もあると言
う事だ。グロバスは、そちらの方が楽しみでならなかった。
(見ておれよ。神共よ。我が野望は、必ず果たしてみせるぞ・・・。)
 グロバスの大いなる野望が、始まろうとしていた。


 この頃、不穏な動きがある。男は、その動きを感じ取っていた。そして、その動
きは、間違いなく魔族が頭角を現して来ている、その表れだと言うのも、承知して
いた。その動きを鋭敏に察知し、その芽が出る前に穿つ。それが、最良の手段だと
考えているが、この動き全体に対して、自分の力だけでは、そう簡単に覆りはしな
い。そう考えているのも事実だった。
 その鋭敏な目をしている男は、榊 繊一郎だった。今尚、究極の力を求めて、ソ
クトア中を、何と空中を歩きながら、旅していると言う恐ろしい男だった。あのプ
ライドの高いレイリーですら認める、最高の忍術使いである。名門榊家の跡取であ
りながら、力のために家を出て行った男である。だが、その力は、凄まじい物があ
って、ライルですら、一目置く程の人物であった。
 その忍術使いは、祖国のガリウロルに戻っていた。ガリウロルは、島国のため、
海で囲まれている分、自然が豊かで、あらゆる所に、厳しい自然が用意されていた。
そこで、慣れた祖国で身を清めようと、滝に打たれていたのである。
(む?この地に足を踏み入れるとは・・・。誰で御座るか?)
 繊一郎は、滝に打たれながらも、気配には敏感に反応する。
 気配は全部で5つ。しかも、かなりの修練を積んだ者達である事も分かる。
(しかし、魔族では無い・・・。)
 繊一郎は、瘴気を発しない者達だと言う事も感づいていた。
 その気配たちは、どうやら何かを探している風でもあった。声が聞こえてきた。
「センセー。この近くじゃない?」
 素っ頓狂な声が聞こえてきた。少女のようだ。しかし油断しては、いけない。こ
の少女は、魔力を多く感じる。繊一郎は、そう言う所も分かる。
「恐らくそうですね。しかし、気配が微小過ぎて、分かりませんね。」
 魔法使い風の男が周りを警戒する。この男がリーダー格だろう。周りから発する
雰囲気が、並ではない。
「さっき、この辺りで、大きな闘気を感じたので、間違いないと思うんですがな。」
 戦士が周りを見渡す。この戦士も、結構な実力の持ち主だろう。
(拙者を探しているようで、御座るな。)
 繊一郎は気が付いた。
「せっかく、ここまで来て無駄足には、したくないわよ?」
 そう答えている少女も魔力が高い。どうやら魔法中心のパーティーのようだ。
「ここって綺麗な所だなぁ。」
 そう言って、素直に感動している子供ですら、ただの子供では無いように見える。
(拙者に用があるようだが・・・。何用なのか?)
 繊一郎は、ジッと、そのパーティーを見る。
「エルディスさんが、私達のギルドに依頼を出してたなんて、知りませんでしたよ。」
(・・・エルディス?ほほう。面白い。)
 繊一郎は、エルディスの名前を聞いて、ニヤリと笑う。すると、気配を殺したま
ま、そのパーティーの前に現れる。
「うわわわ!」
 さすがに、そのパーティーもビックリしたようである。最も、戦士とリーダー風
の男は、既に戦闘態勢に入っている。さすがである。
「・・・拙者に用があるので御座るかな?」
 繊一郎は、正体を隠そうともしなかった。
「・・・なるほど。貴方が、榊 繊一郎さんですね?」
 リーダー風の男は、落ち着いた声で尋ねる。
「如何にも。お主達の名は?」
 繊一郎は、尋ねかける。
「私の名は、トーリス。貴方を探しておりました。」
 そう。ギルドからの依頼の中に、ガリウロルに関する物が2つあり、その内の一
つが、繊一郎の捜索願で、その依頼者が、エルディスだったのだ。
「私はサイジン=ルーンです。会えて嬉しいですぞ!」
 サイジンは、馬鹿でかい声で自己紹介する。
「わたしは、ツィリル!トーリスセンセーの妻です!」
 ツィリルは、少し恥ずかしげに答える。
「僕は、ドラム!宜しく!おじさん!」
 ドラムは、無邪気な笑みを浮かべる。さっきまで警戒していたが、つい解けてし
まう。繊一郎とて人間である。どうしても子供には弱い。
「私はレルファ=ユード。初めまして!」
 レルファも、挨拶をする。
「ほう。もしや、お主達は、ジーク殿のパーティーで御座るか?」
 繊一郎は、ライルから息子の事を聞かされていた。その中の名前と一致していた。
「その通りです。義弟のエルディスさんからの、捜索願がありましたので、探して
おりました。」
 トーリスが、依頼書を見せる。
「む。彼奴に、心配を掛けてしまったようだな。感謝致すぞ。ところで、ジーク殿
は、居られないので御座るか?」
 繊一郎は、ジークの名前が無かったので探す。
「兄さんは、違う仕事があるんですよ。」
 レルファが、説明してやる。ジークには、ストリウスの警護を任せてあると言う
事で、自分達は依頼をこなしに来たと言う事だ。
「そう言う事で御座ったか。ならば、拙者もご同行致そう。その、もう一つの依頼
をお手伝い致そうでは無いか。」
 繊一郎は、ジーク達の仲間と言う事で、気を許したのであった。最も、ライルと
知り合ってなかったら、それすらも危うかったのだが。
「助かります。もう一つの依頼は、『羅刹』の退治と言う事なんですが。」
 トーリスは、依頼書を見ていた。
「『羅刹』・・・で御座るか。厄介な事を頼む物で御座る。」
 繊一郎は顔を顰めた。
「知っているのですかな?」
 サイジンが、尋ねる。
「ガリウロルの南端で暗躍している盗賊団の一味で御座る。しかし、彼奴らは、統
制が取れているから、中々討ち果たせないで居るので御座る。」
 繊一郎も一度、関わった事があるが、中々尻尾が掴めなかったので、追わない事
にしていたのだ。
「なる程ね・・・。私の一番好かないタイプですね。」
 トーリスは、眉間に皺を寄せる。レイアの事を、思い出しているのだろう。あの
『闇』も、盗賊団のような物だった。
「センセー!困ってる人が、居るはずだよ!こらしめなきゃ!」
 ツィリルも賛同する。ツィリルも、レイアを失う切っ掛けになった盗賊団紛いの
ギルドの事は嫌っていた。そのおかげで、自分はトーリスと結ばれたのだとしても、
トーリスを苦しめた事を、許せないでいたのだ。
「何とも頼もしい限りで御座るな。微力ながら助太刀致そう。」
 繊一郎も、燃えるような目をしていた。
 こうして、最強の忍術使い、榊 繊一郎が同行する事になった。



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