3、流動  自然豊かな国、ガリウロル。他のソクトア大陸の国では、いくら自然が豊かだと 言っても、限りがある。大自然が広がる所ですら、その隣には厳しい砂漠が広がる 国もある。増して中央大陸などは、荒地ばかりである。中央大陸に住んでる人の大 半が、自然がまだ残ってる所に住んでいると言った感じだ。ソクトア大陸の自然は、 ただ開拓してないだけで、自然を愛すると言った感じではなかった。唯一、あると すれば、妖精族の住む大自然くらいだろうか?  そんな中でガリウロル島。つまり島国であるガリウロルは、豊かな自然が広がっ ている。しかし、全くの未開拓なだけあって、自然は、人々に対して決して優しく 無い。むしろ、ソクトア大陸よりも厳しい環境の中での自然が多い。だからこそ、 この島に住む人々は、強靭な精神力を持っていると言える。そして、何よりもソク トア大陸と繋がってないと言う利点を活かして、独自の国家を形成していた。  それは格好一つをとっても、全くの異形で、服は独自の文化を反映するが如く、 ゆったりした物を好む。これは動きやすさを重点に置いた結果で、その結果、ソク トア大陸の剣士より、速い動きで対抗する事が出来るのだ。そして、この国に住む 人々は、髪の色は漆黒で艶やかな髪質なので、さらに独自色の濃い物となっている。  そんな中で、エルディス=ローンは、異質の存在だった。名門、榊家に拾われた のは、良いが、元々ルクトリア人であるエルディスは、髪の色は栗色だし、眼も淡 いブルーだ。事ある毎に、虐められたりするのも無理は無い話だ。だが、エルディ スは、そんな虐めに屈しなかった。養父で、榊家の前当主の榊 繊劉(せんりゅう) が、エルディスの事も、我が子と同じように育ててくれたおかげだ。エルディスは、 曲がった事が大嫌いで、真っ直ぐ生きる事の誇りを、この養父から学んだのである。  ガリウロル人より、ガリウロル人らしい生き方をするエルディスに、娘である繊 華も惹かれたのだろう。やがて、恋仲となり、結婚する際には、繊劉も一度は反対 した物の、エルディスの心に打たれて認める事にしたのだった。  そして、このまま榊家は、息子である繊一郎が継ぐ物だと思っていた。しかし、 その繊一郎が、誤算だった。繊一郎は強さを求める余りに、結婚する暇すらを惜し んだため、当主となった今でも、強さを求めて世界中を旅する有様であった。  しかし、榊家は名門である。国の代表の場に出ても、可笑しく無いくらいの、忍 術の名門である。このままでは、榊家の血筋は途絶えてしまう。そこで白羽の矢が 立ったのが、エルディスの息子であり、才能もあろうかと言うレイリーだった。し かし、レイリーは、まだ18歳である。しかも、ついこの間18になったばかりで ある。成人もしてない孫に、当主の座を任せると言う非情な選択を、繊劉は由とし なかった。なので、次期当主の事は、宙ぶらりんのままなのである。好い加減に決 めないと、親族が、色々口を出してきそうな勢いである。  親族が、煩い理由の一つにレイリーは、エルディスの血を受け継いでいると言う 事もある。名前も榊では無い。いくら繊華の息子とは言え、榊家の恥になるのでは 無いか?と言う意見も出ている。しかし一方で、エルディスのガリウロルに齎した 交易を、無視する事は出来ない。戦乱時代の友のおかげで、ガリウロルが発展する 切っ掛けを作ったエルディスは、今やガリウロルの英雄と言ってもおかしくない。 (繊一郎が、子供でも作ってくれれば、文句は無いのじゃがのう・・・。)  繊劉は、そう思わざるを得ない。親類の不満も、ピークになりつつある。決然と した答えを出さなくてはならない時期も迫っている。 「ご隠居様。お館様が、御帰りになりました。」  配下の忍(しのび)が、知らせに来る。 「それは真か!?」  繊劉は、眼を見開く。繊一郎には、言わなくてはならない事が、いっぱいある。 「榊家の印籠を、お持ちになっております。間違い無い物と思われまする。」  忍は、報告を終える。 「すぐに向かう。広間に向かわせよ。」  繊劉はそう言うと、抜け道を利用して、広間に向かう。  すると、繊一郎らしき人物と、5人見知らぬ顔があった。 「父上。お久しゅう御座いまする。」  繊一郎は、胡座をかいて、両手の拳を、畳の上に置いて礼をする。 「うむ。ほんに久しいのう。繊一郎よ。」  繊劉は、わざと聞こえるように話す。 「相変わらず、手厳しい御出迎えで御座るな。」  繊一郎は苦笑した。繊劉が怒っている事など、御見通しのようだ。 「当たり前じゃ。・・・それより、この方達は何者ぞ?」  繊劉は、どうみてもガリウロル人では無い5人に注目する。 「かのライル殿の実子、ジーク殿の。仲間の御一行で御座る。」  繊一郎は、説明する。その瞬間、周りもどよめく。ライルの事は、このガリウロ ルでも、その名は知れ渡っている。エルディスの幼馴染であり、戦乱を鎮めた者と して、やはり英雄として、伝わっているようだ。そして、エルディスからの手紙で、 ジークの事も知れ渡っている。 「そうであったか。これは失礼した。わしは、この榊家の前当主である、榊 繊劉 と申す。繊一郎に代わって、挨拶とさせて下され。」  繊劉は、頭を下げる。 「これはご丁寧に。私はトーリス。このメンバーのリーダーを務めています。」  トーリスは、繊一郎と同じように、礼をした。郷に入ったら郷に従えと言う精神 からか、トーリスは、ガリウロル式で礼をする事にした。それはメンバー全員にも、 徹底する事を、榊家に入る前から決めていたのである。 「私はサイジン=ルーン。修行中の身ですが、宜しくお願いしますぞ。」  サイジンも、礼をする。だが、まだギコちなさが残っていた。 「わたしは、ツィリルです。宜しくお願いします!」  ツィリルは、両手を合わせるようにして礼をする。女性は、こういう風に礼をす ると言う事を、繊一郎から聞いていた。 「私はレルファ=ユード。ご好意、感謝致します。」  レルファも、同じように礼をする。結構自然である。 「僕はドラムです。宜しくお願いします!!」  ドラムは、頭だけで礼をする。どうにも、手をつくと言う所まで、マスターして いないようだ。しかし、繊劉は笑って。それを許した。 「うむうむ。堅苦しい事は抜きに、寛ぐが良い。」  繊劉は、満面の笑みを浮かべていた。繊一郎の事は、まだ収まってないが、かの 有名なライルの息子の仲間が来たとあっては、榊家の歴史に加わる名誉だ。嬉しく ないはずが無い。それに、レイリーの知人であると思えば、孫の友人にも当たる。 それも嬉しい要因の一つであった。 「誰か。この方達を、案内するのじゃ。」  繊劉が手を叩くと、配下の忍が、恭しく登場して、5人を客間へと案内する。  そして、居なくなった後、繊一郎を見つめる。 「繊一郎。お主を残した訳、分かるであろう?」  繊劉は、厳しい目付きで睨む。 「父上には、敵いませぬな。拙者の動向で御座ろう?」  繊一郎は、不敵に笑う。 「そうじゃ。お主は未だに、婚儀をせぬと申すのか?」  繊劉は、ギラリとした眼で繊一郎を睨む。要するに、後継ぎの事を言っているの だ。このままでは、繊一郎の技を継ぐ人間が居なくなってしまう。 「良き話が御座いませぬ。しかし、後継ぎの事は、もう考えて御座る。」  繊一郎は、真剣な目付きで返す。 「・・・レイリーじゃな?」  繊劉は、繊一郎から聞かなくても分かった。繊一郎の眼が、そう言っていた。 「隠し事は、出来のう御座るな。」  繊一郎は、素直に認めた。 「レイリーは、まだ18ぞ?それに周りからの反対も知っておろうに。」  繊劉は、孫の事を考えると、どうしても賛同出来ないでいた。 「黙らせれば良いだけで御座る。レイリーには、それだけの素質が溢れて御座る。」  繊一郎は、きっぱり言い放った。繊一郎は、自分磨き上げた忍術を継げる人間は、 一族の中では、レイリーだけだと思っていた。レイリーは、確かに未熟な所がある。 剣術では、ある程度強い相手には勝てないだろう。しかし、それを補うだけの闘気 を持っている。常に相手を圧倒しようとする闘気。そして、まだ磨いていないが、 魔力の才能を繊一郎は、見出していた。 「レイリーは、今ライル殿の所で剣術を磨いているようで御座る。闘気を高める良 い訓練になっている事に御座ろう。そして、繊華の血を継ぐだけあって、魔力の才 は、飛び抜けて御座る。」  繊一郎は、麗華は、すぐに魔力が育つ事は確信していた。しかし、レイリーも、 この頃になって、少しずつ魔力が伸びて来ている事を感じ取っていたのだ。 「忍術に必要な闘気と魔力のバランスの面でも、レイリーしか考えられ申さん。」  繊一郎は、納得している。繊一郎の言う通り、忍術は、闘気と魔力の両方の力を 兼ね備えてなければならない。この2つをミックスさせる事で、忍術として特殊な 力を発動する事が出来るのだ。その才能をレイリーは、密かに受け継いでいたのだ。 「お主がそこまで言うのだ。本物なのであろう。」  繊劉は、納得する。繊一郎は、誰よりも強さに対する思いが強い。だからこそ、 後継者に太鼓判を押すと言う事は、それだけ信頼している証拠なのである。 「ただ・・・後継者では無いで御座るが、忍術としての最高の才能を秘めている者 が、近くに居るみたいで御座るな。」  繊一郎は確信していた。その者は、間違いなく忍術を始めれば、開花するであろ う能力の持ち主であった。 「ほう・・・。それは、興味をそそるのう。」  繊劉は、繊一郎に、そこまで言わせる程の才能の持ち主を、聞いてみたかった。 「それは、今日の客人。トーリス殿を置いて他、居ないと考えて御座る。」  繊一郎は、きっぱり答えた。そう。トーリスであった。一目見た瞬間、才能に溢 れる人物だという事は、分かった。繊劉ですらも、トーリスは見ただけで、溢れん ばかりの魔力の持ち主だという事は悟っていた。 「魔力が高い御仁である事は、認めるがのう・・・。」  繊劉は首を捻る。もう一つの要素、闘気は、余り感じられない。 「間違いないで御座る。彼は、自分の闘気の才能に気付いてい申さん。」  繊一郎は読み取っていた。トーリスは魔力の才能は、もちろん、体術を父親に仕 込まれた事もあるせいか、闘気の才能も並外れていると、言う事にだ。その闘気の 強さは、レイリーにも匹敵する程だと、繊一郎は見ている。 「ふむ。面白そうじゃな。トーリス殿に尋ねてみるか。他の御仁も、才能溢れる人 物ばかりじゃしのう。」  繊劉は考えていた。榊流の忍術を、世のために尽くしてくれるのなら、他流の者 であっても、大歓迎だと言う繊劉ならではの、考えであった。 「女性陣の方は、闘気の才能は、まちまちで御座る。サイジン殿は、残念ながら魔 力の才能をお持ちでない。よって『空歩』が、辛うじて出来る程度で御座るな。そ して、あの子供は、かなり謎の能力の持ち主。と拙者は見ております。」  繊一郎は、素直に明かした。『空歩』とは、繊一郎が空中を歩いてみせた、あの 忍術である。実は、かなり初歩の技術で、忍ならば大抵の人間は、これが出来るの である。しかし、これが出来ると出来ないでは、大違いである。この空歩だけでも、 習得には1年掛かると言われている。 「ふむ。お主の見立てじゃ。間違いは無かろうのう。」  繊劉は、忍術を役立てる才能の持ち主が、溢れてるなら、それに越した事は無い と思っている。他の流派では、余り聞かない。門外不出の所が、ほとんどである。 「ところで、彼の者達の目的を、知っておるか?」 「はっ。聞き出して御座る。目的は依頼で御座る。」  繊一郎は報告する。その瞬間、繊劉は頷いた。何も言わなくても気付いていた。 「なるほどのう。『羅刹』の事か・・・。」  繊劉は、この辺で依頼と言うと『羅刹』の事ばかり出て来るので、言わなくても 分かるのである。『羅刹』の悪行は、ガリウロルだけではない。他の地域にまで及 んでいる例もある。手が掛かると言うのは、事実である。本気で退治しようと思え ば出来なくも無い。だが、こちらにも甚大な被害が出るだろう。それくらい、しっ かりとした組織が出来上がっているのだ。ただの盗賊団とは訳が違う。 「拙者も、協力するつもりで御座る。」  繊一郎は、トーリス達の手伝いをする旨を伝える。 「それが良かろう。トーリス殿達が、いくら力ある者とは言っても、苦戦は免れん じゃろう。わし等の力を伝え、お主の力を合わせれば、何とかなるじゃろうて。」  繊劉は、喜んで繊一郎を、送り出すつもりである。 「む?そろそろ戻って来る頃で御座るな。切り出してみては?」  繊一郎は、トーリス達の気配が、近づいて来るのを感じていた。 「そうじゃな。」  繊劉は、頭領の席に座る。繊一郎は、素早く横の座布団が並んでる所に、移動す る。やがて、案内の忍が、トーリス達を連れてくる。 「ご苦労様です。」  トーリスが労いの言葉を掛ける。忍は、恭しく礼をすると、そのまま奥へと消え てしまった。 「トーリス殿。ちょいと、お話があるのじゃが?」  繊劉は、トーリスを呼ぶ。 「何でしょう?」  トーリスは、繊劉の前に座る。皆も、それに続いて座った。 「うむ。トーリス殿。『羅刹』は、お主達が思っている以上に手強い。そこで、忍 術を習われては、いかがと思ってのう?」  繊劉は、ズバリ聞き出した。 「忍術・・・ですか?私達にも、習える物なのですか?」  トーリスは、ガリウロルの風習を気にしていた。忍術と言うと、秘術と言うイメ ージが強い。そう簡単に習える物なのか、不思議だった。 「拙者達は、素質ある者には、隠さないのがモットーなので御座る。」  繊一郎は、口添えした。 「その通りじゃ。このままでは駄目なんじゃよ。ガリウロルは、どんどん閉鎖的に なる。それでは、これ以上の発展は、望めぬのじゃ。」  繊劉は本気だった。しかし、これくらい言うとなると、『羅刹』と言うのは、予 想以上に手強いのだろう。 「しかし、私達に才能なんて、あるのですかねぇ?」  サイジンは、訝しげにしていた。 「サイジン殿は、苦戦するで御座るな。」  繊一郎は、はっきり言ってやった。サイジンは、ずっこけてしまう。 「ホッホッホ。しょうがない事じゃよ。忍術は、闘気と魔力の才能が要るのじゃ。」  繊劉が、高笑いしながら教えてやる。 「むむぅぅぅ。私は魔力の事に関しては、いつもこうですなぁ。」  サイジンは残念そうだった。魔力に憧れる事もある。しかし、才能が無いと言わ れれば、諦めざるを得ない。 「しかし、空中を歩行する忍術くらいなら、サイジン殿も身に付くで御座るよ。」  繊一郎はフォローする。 「初歩の初歩ならって感じが、受けるんですが・・・。」  サイジンは、肩を落とす。 「めげないの。いざとなったら、私が魔力の部分を補ってあげるわよ!」  レルファが、余りにもサイジンが、落ち込んでるので励ましてやる。 「おお!そうでありました!私には、レルファと言う心強いパートナーが!」  サイジンは、嬉しそうに声を上げる。全くもって現金な奴である。 「空中なら、僕も歩けるよぉ?」  ドラムが、口出しする。 「何と!?その歳で!」  これには、繊劉もビックリする。 「ただし、姿変えなきゃ駄目だけどね!」  ドラムは、ニッコリして話す。 「ドラムちゃん!それは、話しちゃ駄目って言ったじゃない!」  レルファが注意する。ドラムは怒られてシュンと萎んでしまう。 「どういう事で御座るか?」  繊一郎が、トーリスの方を見る。 「センセー。隠しても、仕方が無いんじゃない?」  ツィリルが、横から口を出す。 「・・・ふう。仕方ありませんねぇ。」  トーリスは、溜め息をつく。どうにも、このパーティーで隠し事と言うのは、長 く続かないようだ。 「繊劉さん。繊一郎さん。この事は、余り公にして欲しくありません。」  トーリスは、ジッと繊劉を見る。 「了解致した。」  繊劉は目を瞑りながら、首を縦に振る。 「なら、ドラム君。君の本当の姿を見せなさい。」  トーリスが言うと、ドラムは、子供の姿から、どんどん肌の色が変わっていく。 そして、翼がある龍の姿へと変わっていった。ただ、まだ小さいようだ。 「・・・これは、驚いた・・・。」  繊劉は、さすがに予想していなかった。龍の子供だったとは思わなかった。 「なる程。子供にしては、ポテルシャンを感じたのは、このせいで御座ったか。」  繊一郎は、ある程度、人間外だと言う事を予想していたようだ。 「さ。長くその姿で居る物じゃありません。そろそろ変えなさい。」  トーリスが言うと、ドラムは素直に、人間の姿に戻っていく。 「なるほどのう。益々、お主達の事が気に入った!是非習って下され!」  繊劉は興奮したように話す。このように、才能溢れる者達へ、教えられるのなら、 繊劉も本望なのだろう。 「私達の方こそ、お願いします。」  トーリスは、繊劉に向かって礼をする。 「決まりで御座るな。明日から、ビシバシ扱くで御座るぞ。」  繊一郎は、嬉しそうにしていた。こんなに教えるのが面白そうなのは、レイリー の時以来だ。レイリーも、凄まじい特訓を耐え抜いた事があるのだ。 「ふぇー。大変そうだなぁ・・・。」  ツィリルが素直な感想を述べた。実際、大変だという事は、誰の目から見ても明 らかだ。しかし、少しでも強くなれるのなら、その道を拒まない。魔族との戦いの 事もある。自分の力を上げるには、何でもやらなくては・・・と皆、思っていた。  ルクトリアでは、再建がどんどん進んでいった。これも、新王ライルと、側近で あるフジーヤとルースのおかげだろう。この往年の3人が、若者を引っ張る形で、 程よく再建出来ていたのである。  とは言え、若者も負けていなかった。アインやレイリーが中心になって、良く働 いている。そして、その合間を縫って訓練と、休む暇が無い。しかし、充実した日 々を送っていた。それに2人には、頑張らねばならない理由があった。他ならぬ、 ジーク達である。この前、手合わせした時に、明らかに離されているのを感じた。 このままでは、自分達だけ実力に付いて来れなくなってしまう。今までサボったつ もりは無い。しかし、ジーク達の実力アップは、想像以上だった。口には出さない が、2人共かなりショックを受けていたのだ。  そのためには、時間を無駄にする訳には行かない。ライルとの修練の他に、別メ ニューを、それぞれ課して実行していた。大した物である。  そのためか、自然と若者の中のリーダー的存在へと、変わってきつつある。実力 をメキメキ現してきて、奢りも無い。そして、ライルのお膝元で働いているとあれ ば、当然の事かもしれない。若い兵士達の、憧れにすらなっている。しかし、それ に慢心する事も無い。それは当然だった。ジークを知っているからだ。  ジークには、天性の才能と受け継がれた英雄の血がある。どんな時でも、諦めず 向かっていく。そして、何よりもソクトア最強の剣術と謳われる、「不動真剣術」 の免許皆伝者だ。彼には、惹かれる何かがあるのだろう。アインやレイリーですら、 ジークの前では霞んでしまう。しかし、このまま霞みたくないのだろう。アインと レイリーは、必死の形相で、修練に取り組んでいた。  ライルは、その様子を見て、我が子の成長を見て取った。ジークと手合わせをし たと言う事は、聞いていた。ルースからも、ジークの凄まじいまでの成長振りを、 聞かされてはいたが、アインとレイリーが、これほどまでに必死だと言う事は、そ れほど、ジークが成長していたと言う事も見て取れるのだ。特に負けず嫌いのレイ リーを見れば、一目瞭然である。自信いっぱいで語るレイリーが、修練を増やして まで、実力アップを図っているのだ。只事では無い。 (ジーク。成長しているようだな。俺も、負けてられんな。)  ライルは、まだ42歳である。そう簡単に、息子に先を越されるのは、早い年齢 でもある。息子が、自分を超えたのなら、自分は、息子よりも修練して、また壁に なりたいと考えているのだ。  しかし、このアインとレイリーは、ジークの実力を認めている。ジークに負けた のなら悔しいが、ここまで修練はしない。2人にとってショックだったのは、サイ ジンやトーリスにまで、その差を見せ付けられた事だ。特にレイリーは、出発前ま でサイジンとは、実力の差は無かった。だが、今は明らかに、サイジンの方が上で ある。それが、どうしても納得行かなかったのだ。 (あのキザ野郎・・・。口だけじゃねぇ。本当にレベルアップしてやがった・・・。 それに比べて俺は・・・。ちくしょう!!)  レイリーは、悔しくて、たまらなかったのだ。サイジンの実力を、認めざるを得 ない自分の不甲斐無さが、悔しかったのだ。 「精が出てるな。」  フジーヤが、見回りに来た。 「フジーヤか。どうした?」  ライルが、フジーヤの方を見ると、手紙を持っていた。 「手紙ですか。誰からです?」  アインが横目で、その手紙を見る。 「2通ある。一つはジークからだ。そして、もう一つは、トーリスからだな。」  フジーヤが2通を見せる。しかし、別々に送られた来る意図が、分からない。 「どう言う事だ?」  ライルは尋ねる。一緒に居たはずなのに、手紙が2通とは、可笑しな話である。 「どうやら、仕事を受けたらしいな。一方が、ストリウスの街の守護で、もう一方 が、ガリウロルへの遠征の仕事らしいな。」  フジーヤは、ライルやレイリー、アインに手紙を見せる。 「・・・なる程な。ルイさんは、ちゃんとジークの元に、行けたみたいだな。」  ライルは、安心していた。あの方向音痴振りでは、いつ着くかと思っていたが、 意外に早く合流出来たようだ。 「トーリスさんは、ガリウロルに居るのか。」  アインは意外に思った。てっきりジークが、ガリウロルの遠征に行くのかと思っ ていたからだ。しかし、良く考えれば、今の情勢を考えれば、ストリウスの守護の 方が、キツいのかも知れない。それにパーティー分けを見れば、ジーク達のメンバ ーは、余りに剣士が多くて、魔法使いとのバランスが取れてなかった。これでは、 守護の方が、まだ向いているだろう。 「・・・繊一郎伯父さんと、合流したってのか!?」  レイリーは驚いていた。強さを、ひたすら追い求める、自分の伯父である繊一郎 の事は、尊敬していた。その伯父と、一緒に居るとは思わなかったのだ。何せ、か なりの風来坊で、有名な男である。 「しかも、忍術を教わり中だって!?」  レイリーは、更にビックリした。しかし、トーリス程の実力があれば、受けても、 何ら不思議では無かった。サイジンは、忍術としての能力が無いと書いてあったの には、少し安心していたが・・・。しかし、レイリーは負けてられないと言う気持 ちが強くなった。伯父の強さは良く知っている。その伯父が、あのトーリスやサイ ジンに教えるのだ。余程の事が無いと、成立しない事である。 「ちくしょう!やってくれるじゃねぇか!!」  レイリーは、対抗心を燃やしていた。 「ライルさん!!もう一本やろう!!冗談じゃない!負けてたまるかよ!」  レイリーは、ライルに修練を申し出た。 「よぉし。良い心掛けだ!受けて立とう!」  ライルも、面白いと思っていた。皆のレベルアップの様子が、ひしひしと伝わっ てくる。自分も、ジーク達に負けてられないと思っていた。 「俺も、負けてられませんね。」  アインも、同様であった。顔には出さないが、結構負けず嫌いである。これ以上、 離されたのでは、追いつける物も、追いつけなくなる。それだけはゴメンだった。 「あら?精が出るわね。」  そこに、ルイシーやマレル、ルースにアルドが、買出しから帰ってきた。 「この手紙のせいさ。」  フジーヤが、苦笑しながら、4人に手紙を見せる。 「・・・なる程な・・・。必死になる訳だ。」  ルースが納得する。アインの負けず嫌いも、知っている。息子が、あんなに燃え てるのも、珍しい事だ。 「よし。俺もやるか!アイン!俺が相手だ!」  ルースは、上着を脱ぐと木刀を構える。 「父さんか。今度こそ、負けないですよ!!」  アインも木刀を持って、ルースと修練を始めた。 「うちの人は、王になっても、変わらないわね。」  マレルは、溜め息をつく。ライルも王になって、少しは落ち着きが出るかと思っ たが、そうでもなかった。そこが、ライルの良い所だと言う事も、マレルには分か っていたのだが・・・。 「そんな物よ。・・・しっかし、ツィリルは幸せそうね。何よりだわ。」  アルドは、母の目になる。ツィリルは、人一倍可愛がっていただけに、幸せなの は、母として嬉しい限りである。 「考えてみれば、うちのトーリスとですもんね。奇妙な縁よね。」  ルイシーも母の目になる。トーリスが、苦労した事も分かっている。それを乗り 越えた上での、幸せだ。母としては、長く続いて欲しいと思っていた。 「こんな時代じゃ無かったらな。俺も、素直に喜べたがな。全く、退屈しない時代 に生まれた物だな。」  フジーヤは、皮肉を言う。魔族が、いつ襲ってくるか分からない時代での、幸せ なので、不安は尽きない。しかし、一生懸命生きてると言う事は、証明したいと思 っていた。希望を胸に、頑張る人間達が、ここには確かに存在していた。  ストリウスでは、毎日とてつもない修練を繰り返していた。ジーク、ゲラム、ミ リィにルイは、疲れ知らずと言った所で、魔族と闘っていたと言うのは、伊達じゃ 無い事を、思い知らされる。ルイは、ライルと、闘った事があると言うのも、納得 出来る話だ。皆、本気モードでの修練を、平気で1日10回はこなす。常人では、 考えられない事だ。サルトラリアでさえ、半分くらい付いて行くのがせいぜいだ。 しかも『望』での訓練を終えた後に、更に『聖亭』で訓練をしているとの話も聞く。  そこまで修練しないと、魔族には付いて行けないのだろうか?とも、思えてしま う。だが、本人達は、至って当たり前のように、こなしてしまう。その辺のタフさ 加減が、今まで生き残ってきた事への、証でもあるのだろう。  今日も厳しい修練をして、『聖亭』に帰っていった。夜食も終えて、ゲラムは、 自分の弓と短剣の手入れをしていた。ゲラムは、剣術だけでは、ルイにも敵わない が、色々な武具を使う事によって、総合的には上回る動きを見せていたのである。 昔から器用に色々こなして行ったのが、実っているのだろう。武具の手入れは、毎 日している。実際に、ジークもゲラムの多彩な攻撃には、結構苦しめられている。 「ふう・・・。手入れも楽じゃないな・・・ん?」  ゲラムは、ふと気配を感じた。 「ほう。気づくとは、中々やるじゃない。」  ルイだった。ルイが、ゲラムに話し掛けてくるなんて、珍しい事だ。 「僕に、何か用?」  ゲラムは、不思議そうな顔をしていた。ルイと言うと、ゲラムは、いつもミリィ と、ケンカしているイメージが強い。少し警戒していた。 「いや・・・あのミリィの事について、聞きたくてね。」  ルイがそう言うと、ゲラムは、ちょっと警戒する顔に変わる。 「そんな顔をしなくても、良いでしょ?」  ルイは、口を尖らす。 「で?何が聞きたいの?って言っても、僕も、そんなに知ってる訳じゃないよ?」  ゲラムは、溜め息をつく。ミリィと知り合ったのだって、つい半年ほど前の事だ。 それなりに、性格は知ってるつもりだが、細かい事情までは、知らない。 「そうか・・・。特別、何か聞きたいと言う訳じゃないの。だけど、私は、女性ら しさと言う点で、ミリィには劣るからな・・・。ジークには、実力で及ばないし。」  ルイは、珍しく弱気だった。 「・・・ルイさんは、ジーク兄ちゃんの事が好きなの?」  ゲラムは、差し出がましい事を聞く物だと、自分でも思ってしまう。 「・・・そうなのかもね。でも今は、尊敬と言う気持ちの方が強いわ。」  ルイは、素直に答える。ジークの前では、虚勢を張ってしまうのだろうか? 「そうかぁ。その気持ちは、何となく分かるなぁ。」  ゲラムは、溜め息をつく。ジークには、いくら頑張っても追いつけない。そう言 う気がするのだ。死ぬほど修練すれば、実力は追いつくかもしれない。しかし、あ の勝負を諦めない目。そして勝負を楽しむ目。これは真似出来ない物があった。 「私は・・・方向音痴だし、素直じゃないし、虚勢張る事が多いし・・・。」  ルイは、そう言ってる内に、つい涙が出てしまう。 「・・・良いんじゃないの?それで。」  ゲラムは、つい応援してしまう。ルイは、何となく自分の姉にそっくりなのだ。 今は嫁いだ、フラルだ。姉も気が強くて、虚勢を張る事が多かった。 「ルイさんの良い所も悪い所も、それなんだからさ。気にしすぎるのは体に毒だよ。」  ゲラムは、そう言うと笑顔を見せる。 「ふっ。ゲラムは、良い奴だね。少しスッキリしたよ。明日も頑張ろうね。」  ルイは、そう言うと照れ臭そうに『聖亭』の方に帰っていく。 (ルイさんも、あんな事を言うんだねぇ。)  ゲラムは、つい見たこと無い一面を見たので、考えてしまう。 (そう言えば、あの妖精の人、元気かなぁ?)  ゲラムは、ついリーアの事を考えてしまう。あの出会いは強烈だった。フェアリ ーの羽根の美しさは、忘れる事が出来ない。 (トーリスさん達は、頑張ってるみたいだしね。)  ゲラムは、こっちにも、送られてきた手紙を思い出す。忍術を習うと言うのは、 結構衝撃的な話だった。 (僕達も、頑張らなきゃ・・・ってあれ?)  ゲラムは、また気配を感じた。またルイだろうか? 「手入れ、ご苦労さんネ。」  この声は、ミリィだった。ゲラムは笑顔で返す。ミリィとは、良く話した事があ るので、話し易いと言う事もあっての、笑顔だった。 「ミリィさんも、レイホウさんのお手伝い、終わったの?」  ゲラムは、ミリィが母の手伝いをしているのを、知っていた。 「もちろんヨ。従業員も居るし、早い物ネ。」  ミリィは、人差し指を立てながら話す。 「・・・ハァ・・・。」  ミリィは、溜め息をつく。どうしたのだろうか? 「元気無いね?どうしたの?」  ゲラムは、素直に聞いてみる。こういう時、自分の性格は得なんだなと思う。 「・・・ジークは、優しすぎるネ。」  ミリィは、俯いてしまう。 「私の事は、無理に合わせてるんじゃないか?って心配なのヨ。」  ミリィは、打ち明ける。ミリィは、ジークのギコちなさは、自分に遠慮している のだと思っているらしい。 (しかし・・・相談する時も、一緒とはねぇ・・・。)  ゲラムは、さっきのルイと、つい姿を重ねてしまう。仲が良いのか悪いのか、分 からない。呼吸はピッタリだ。 「ジーク兄ちゃんが、遠慮するなんて思えないよ。気にし過ぎなんじゃないの?」  ゲラムは、励ましてあげる。人の落ち込んだ姿は、見たく無いのだろう。 「でも・・・ジークは、ルイに見惚れてたヨ・・・。あんな目、見た事無いネ。」  ミリィは、ルイが踊っていた時の事を、思い出す。余りの見事さに、ジークもゲ ラムも見惚れていたのだ。と言うより、あの時は、皆、魅入っていたはずだ。 「ルイさんの時の事?あの時は、皆そうだったじゃない?」  ゲラムは、言葉を選ぶ。 「でも・・・ジークのあんな目。私に向けられた事無いネ。もう半年も居るのニ。」  ミリィは、涙が出てしまう。嫉妬で涙が出るなんて、自分でも初めてである。 (全く。ジーク兄ちゃんは、泣かせ上手だねぇ。)  ゲラムは、ジークの人気振りを思い知ってしまう。 「ミリィさん、気付いてないだけだよ。ジーク兄ちゃんは、ミリィさんの食事を作 る時は、結構ああ言う目してるよ?」  ゲラムは、また励ます。しかし本当の事だった。ジークは、ミリィの食事を、本 当に美味しそうに食べる。あれは、ルイの踊りの時と、そう変わる目では無かった。 「本当?本当なノ?ゲラム。」  ミリィは、食い入るように、ゲラムに突っかかる。 「嘘なんかつかないよ。」  ゲラムは、真剣に言う。嘘をつくのは、得意じゃないし、好きでもない。 「良かったネ。私、焦ってたのかもネ・・・。」  ミリィは、本当に嬉しそうな顔をする。 (罪作りなジーク兄ちゃん・・・。)  ゲラムは、呆れてしまう。ここまで好かれてるのに、ジークは、余り気が付いて る様子が無い。お気楽な人だと、思ってしまう。 「ツィリルは、トーリスと結婚したシ・・・。サイジンとレルファも、目に見えて 雰囲気が、良くなってるネ。私、あの二人と一緒に頑張るって誓ってるのヨ。」  ミリィは、ゲラムに話してしまう。 「そんな約束してたんだ・・・。知らなかったなぁ。」  ゲラムは、あの2人らしいやと思ってしまう。 (しかし男としては、悲しいなぁ・・・。僕は、数の内に入らないのか・・・。)  ゲラムは、除外されてる自分の状況が、つい悲しくなってしまう。 「ゲラムのおかげで、眠れそうネ。ありがとうネ!」  ミリィは、そう言うと、手を振って『聖亭』に帰ってしまう。ゲラムは、手を振 りながら、苦笑していた。 (うーん・・・。僕って、損な性格なのかもなぁ・・・。)  ゲラムは、あんな事まで相談される自分が、悲しかった。 (とにかく!このままじゃ悔しいし・・・。ジーク兄ちゃんには、言わないとな。)  ゲラムは、心に決めていた。ジークには、ハッキリ態度で示してもらわないと、 自分もスッキリしない。このまま、相談される人に成り下がるのは真っ平なのだ。  ゲラムは、手入れも丁度終わったので、武器を持って、ジークと相部屋の自分の 部屋へと帰る。  すると、ジークは、丁度剣の手入れをしている所だった。 「お?ゲラムか。今日は、随分念入りに手入れしてたなぁ。」  ゲラムの手入れの手際を知っているジークは、今日は、時間が掛かっているのに 気が付いていた。 (呑気な物だね・・・。全く。)  ゲラムは、溜め息をつく。 「おかげ様でね。・・・ジーク兄ちゃんの、おかげだよ。」  ゲラムは、皮肉タップリに言ってやった。 「俺?また、何でよ?また、あの2人のケンカの仲裁か?」  ジークは、苦笑する。全く持ってお気楽な人である。 「違うよ。今日、あの2人に、相談されたんだよ。」  ゲラムは、首を振りながら呆れてしまう。 「ゲラムに相談するとは、珍しいな。」  ジークも、ゲラムと同じ感想を持つ。 「どっちとも相談内容は同じだったよ。ズバリ言うよ。ジーク兄ちゃんが、自分を 好きなのかどうかだったよ。」  ゲラムは、隠さなかった。その瞬間、ジークの動きが止まる。思いも寄らない返 答だったのだろうか?そうでは無い。ジークだって、多少は気が付いているはずだ。 「・・・ゲラムに相談する程か・・・。」  ジークは、自分の事でゲラムが、どれだけ男として、悲しい思いをしたかを悟っ てしまった。つい、罪悪感が顔に出てしまう。 「ゲラム。嫌な思いをさせた。済まない。」  ジークは、つい下を向いてしまう。 「僕は良いよ。でも、ジーク兄ちゃん。半端な態度を取るのは、良くないと思う。」  ゲラムは、正直に言った。 「分かってる。分かってるんだがな・・・。」  ジークは、こういうのに慣れていない。どうしても、どちらかに悲しい思いをさ せるのは、嫌だったのだ。 「・・・今は、決められないのかもね。でも近い内に、答えを出してね。僕も、こ う言う事で、2人に下手な事、言えないんだからね。」  ゲラムは、そう言うとベッドに入る。 「・・・ゲラムは、強いな。」  ジークは、ついそう思う。ゲラムの方が、そう言う点では、しっかりしている。 「こういう点だけでも、ジーク兄ちゃんより強くなかったら、不公平でしょ?」  ゲラムは、悪戯っぽく笑う。 「全くだ。ハハハ。」  ジークは、つい笑いが込み上げる。しかし、目は笑っていなかった。 (・・・俺は、どちらかを決める時に、耐えられるのだろうか?)  ジークは考え込む。トーリスの気持ちが、今になって良く分かる。レイアとツィ リルの想いを知りながらも、ああ言う形を選んだ。今思えば、ベストの形なのかも 知れない。だが、相当悩んだだろう。最後までツィリルとの結婚で悩んでいた。レ イアとの思い出を引きずっている、自分が許せなかったのだろう。ツィリルの想い が、本物だと分かったからこそ、好い加減な返事を、したく無かったのだ。 (俺は、いつか答えを出せるのだろうか?)  ジークは、窓から空を見上げた。しかし、空は何も答えてくれなかった。  英雄の息子ジークと言えど、まだ20歳。悩みの多い青年だった。  半端な答えでは許せない者が居た。自分の強さが、自分の主張だと信じて疑わな い者であった。だからこそ、自分の故郷をも裏切った。故郷は平和だった。しかし、 それは、仮初めの平和だと、その者は思っていた。覇権を人間達に奪われながらも、 自分達の住処さえ、しっかりしていれば文句も言わない者達。そんな者達は、生け る屍と同じだと思う。だからこそ、故郷に恐怖を与える事が出来た。  その者の名は、ミライタル=ファリスと言った。妖精族の長である、エルザード の弟である。やがて、エルザードと共に、エルフの長を補佐する立場に居るはずの エルフだった。しかし、ミライタルは現在の髪と同じく、漆黒に心を染めた。故郷 を阿鼻叫喚の嵐に巻き込んだ。しかし、自分が間違っていたとは思わない。だから こそ、グロバスの招集に応じて、ソクトアに再び立っている。最初に魔界に落とさ れた時は、絶望した。如何にミライタルと言えど、慣れない世界に落ちては、戸惑 う物だ。しかも、封印を受けた時に、力を奪われた事も知ったからだ。魔に落ちた 時の力のほとんどを、失ってしまった。自分も終わりかと思った。だが、朽ち果て るミライタルでは無かった。  このまま朽ち果てたら、何のためにダークエルフになったのかも、分からない。 故郷を滅ぼすためだけでは無い。エルフの力の凄まじさを、世に知らしめたかった のだ。その心故か、例え『妖魔』クラスの魔族と言えど、容赦なく闘った。そして、 本来ある能力故か、成長率は、エルフとは思えぬ速さで成長していった。やがて、 『魔貴族』と呼ばれる地位になった。力も、それなりに戻ってきた。その頃には、 魔界の掟も分かるようになってきた。それは、ミライタルが望む世界の掟だった。 その掟は『力』こそ全て、と言う唯一において、絶対の掟だった。ミライタルは、 自分の居場所を、魔界に見つけたのだ。  そこでミライタルは、魔界の絶対の存在である、グロバスと出会った。そして、 魔界の奥深さと、素晴らしさを知った。そして即座に、忠誠を申し入れた。しかし、 その忠誠は、グロバスに対してではない。絶対の力に対してである。グロバスも、 その事は察していた。そして、ミライタルの目を見て、底知れない野望が気に入っ たのか、このダークエルフに重要なポストを任せていた。ミライタルは、最初こそ 躓いたが、抜群の成長力で次々と、こなしていった。人選に間違いは無かった。  そして、そのグロバスの信用を得て、今回のソクトアへの進軍にも、加える事に したのだ。グロバスに掛かれば、ミライタルに掛かっている封印を解くのも、簡単 な事だった。ミライタルは、ソクトアへと降り立ったのだった。 (我が力も、もう戻ったな・・・。)  グロバスは、地下の奥深くで、自分の力が完全に戻ったのを確認した。  丁度ミライタルを召還し終えて、準備万端だと思った頃、自分の力も、このソク トアで振るえる程にまで、戻っていた。 (しかし如何せん、時を使ってしまった物だな。)  グロバスは、完全に戻るまでの時間が、ここまで掛かるとは、思っていなかった。 そのせいで、ソクトア各地で、人間や人間では無い者まで、力が成長しているのを 感じた。しかし、それは魔族も一緒である。魔族とて、ただ遊んでいた訳では無い。 皆、厳しい修練をこなしながらの毎日だったのだ。 (さて、そろそろ号令を出す時か・・・。)  グロバスは、各地の報告に目を通した。人間達も、中々活発な動きをしている。 確かに、ここ最近は、人間の中にも『神化』に値しそうな人間が増えてきた。グズ グズしてる暇は、無いのかもしれない。そんな中、残念な報せもあった。ミカルド が、完全に魔族を裏切ったとの報告だ。 (奴には期待していたのだがな・・・。言っても始まらぬか。)  グロバスは、そう思うと、横に居た配下に、クラーデスを呼ぶように言った。  すると、少しした後、クラーデスとアルスォーンが、こちらにやってきた。 「俺に用があるってのは?」  クラーデスは、不遜な態度をとっていた。グロバスは、咎めもしなかった。これ が、クラーデスの良い所だと知っていたからだ。下手に封じてしまうと、クラーデ スの力も、半減してしまうだろう。 「ミカルドの事は、知っているな?」  グロバスは、単刀直入に聞いた。 「言われるまでも無いな。アンタの号令が出たら、すぐにでも探して、首を差し出 すつもりだ。」  クラーデスは、冷酷に答える。もはや裏切り者には、情を与えない事にしている。 期待の息子だっただけに、その落胆振りも大きかったのだ。 「分かっているなら、それで良い。我が力が戻った暁に、精一杯暴れるが良い。」  グロバスは、ニヤリと笑う。 「やはり戻ったみたいだな。ここからでも、中々の威圧感だぜ。」  クラーデスは、少し冷や汗をかく。グロバスの力が、完全に戻ったと言う言葉に 偽りが無いからだ。離れていても、感じる威圧感。これが、グロバスの本来の力な のか?と思ってしまう。 「父上。差し出がましい事を言うようで、申し訳ありませぬが、ミカルドめを、こ のアルスォーンにお任せください!」  アルスォーンは、クラーデスに申し入れる。 「ふむ・・・。まぁ悪くはないかも知れぬな。やってみよ。アルスォーン。」  グロバスが、アルスォーンに口添えした。 「・・・久しぶりに暴れたかったがな。なら、ミカルドは、お前に任せよう。」  クラーデスも、グロバスの口添えとあれば、従うしか無かった。 「有難き幸せ・・・。必ずや、ご期待に添いまする。」  アルスォーンは嬉しそうに笑う。アルスォーンは、ミカルドが末弟の癖に、一番 目立っているのが、気に食わなかった。しかも、ガグルドを殺した張本人である。 アルスォーンは、ガグルドとは仲が良かっただけに、許せる物では無かった。 「クラーデス。がっかりする物では無い。お前にも、やってもらいたい事がある。」  グロバスは、付け加える事にした。 「と言うと?」  クラーデスは、横目でグロバスを見る。 「人間のジークと言ったか?ライルの息子とやらを、討伐して欲しい。」  グロバスは、命令を下す。 「ミカルドが、やたらと気に入ってたアイツか・・・。悪くないな。」  クラーデスも、ジークの事は、気になっていたのである。あの燃えるような目は、 人間にしておくには、もったいないくらいだと思っていた。 「心して行くと良い。その間、我とワイスとで、次元城を作成する。」  グロバスは、不敵に笑う。グロバスは、いつまでも地下に潜る気は無かった。ソ クトアの上空に聳える、次元城を作成するのが、最大の目的だった。魔界への門を 繋げるつもりだ。神の打倒に相応しい、美しい城を建てる予定だったのだ。 「グロバス様。私に手伝える事は、ありますか?」  ミライタルが口を開いた。いつの間にか、側に居たらしい。 「ミライタルか。お前は健蔵、ルドラーと共に、いつでも攻め込めるよう、魔族達 を指揮しておくと、助かる。」  グロバスは、抜かりが無かった。既に、健蔵やルドラーには、魔族の指揮を任せ てあった。それに、ミライタルが加われば、統率力もアップする事だろう。 「分かりました。」  ミライタルは、力に対しては忠実な部下である。頼もしい限りだった。 (見てろよ。神共よ。貴様らの安穏の時は、もう尽きたのだ!!)  グロバスの野望に燃える瞳は、天まで届く勢いであった。  ガリウロルでは、豊かな自然がある。しかし、それは決して人間達に甘くは無い。 豊かではあるが、厳しい自然が、そこにはあった。その中で神経を研ぎ澄ませば、 自然の摂理が見えてくる。普段感じない息吹、そして生命の営みが、ひしひしと伝 わるようだった。  そんな中で、忍術の修行を行うのが、榊流であった。自然と一体となり、自然を 操り、自然に生命を預けるのが、榊流忍術の基本であった。トーリス達は、その自 然に慣れるのが、まず課題だった。龍の巣の中に居たドラムは、基本である自然と 一緒になるのは、容易い事だったが、他の4人は皆、都会っ子である。トーリスと レルファは、自然の中でも生活してたので、まだ慣れが早かったが、ツィリルとサ イジンは、国の首都育ちである。慣れるのが大変だった。  ツィリルとサイジンは、自然に慣れるために座禅を組んで、雑念を捨てる修行か ら入った。他の3人は、別メニューをこなしていた。トーリスは、より闘気を高め るために、滝に打たれて修行をしているし、レルファは、闘気の基本すら出来てい ないので、闘気とは、どう言う物かを教わっていた。ドラムは、基本的なポテルシ ャンが高く、飲み込みも早かったので、早速忍術その物を教えてもらっていた。  これでも、かなり急ぎ足で教えている。と言うのも、依頼の期限が、4ヶ月程度 だからだ。既に2週間ほど経過しているので、修行自体を、2ヶ月程度で全て終わ らせなければ行けない。幸いにして若いので、一日経つ毎に、成長が見て取れたが、 それでも間に合うか、どうか微妙な所であった。 (忍術って、奥深いのねぇ。)  レルファは、こんな修行をしているレイリーを、改めて凄いと思った。 「レルファ殿。理解したかな?」  繊劉が、尋ねてくる。 「はい。闘気とは、自らを奮い立たせて立ち向かう心。その強さは、戦う意志で決 まる物ですね。」  レルファは繰り返して見せた。 「宜しい。飲み込みが早くて、わしも助かる。」  繊劉は、ニッコリ笑って見せた。厳しいが優しい人だ。レイリーも、尊敬してい るに違いない。 「さ。ドラム殿!忍術の力である源(みなもと)を出してみるので御座る。」  向こうでは、繊一郎がドラムに忍術の基本を教えていた。魔力と闘気を、ミック スさせた源と言う力こそが、忍術に於いて最も大事な力であった。 「・・・難しいなぁ・・・。こうかな!」  ドラムは訝しげな顔で、一生懸命になって、源を出そうとしていた。 「良い線まで行ってるで御座るよ。」  繊一郎は、お世辞では無く言った。良いセンスをしている。 「よぉし!この調子で、頑張るよ!」  ドラムの事を見ていると、負けられないと思った。 「その意気で御座る。」  繊一郎は、満足げに頷く。すると、トーリスが戻ってきた。 「・・・ふう・・・。」  トーリスは、ずぶ濡れであったが、スッキリした顔をしていた。滝に打たれて、 頭の中がスッキリしたのだろうか? 「余計な雑念が消えて、良い表情になったで御座るな。」  繊一郎は、ニヤリと笑う。トーリスは、どうも闘気を出すことに、抵抗があるよ うだった。その原因を探るのも良いが、雑念を捨てさせる事も、大事である。 「ある事が原因で得た力です。不本意で得た力ですが、使わないのは、もったいな い事です。あえて禁を解く。その覚悟が、出来ました。」  トーリスは口に出した。それを横で聞いていたツィリルは、すぐに気がついた。 (センセーは、あの時の事を・・・。)  トーリスは、魔神レイモスと意識を融合させていた時の事を、言っていたのだ。 魔神の器として選ばれた、トーリスの隠された力、それは、他でも無い闘気の力だ った。魔神は瘴気として利用していたが、その強さの元は闘気からだった。 「そこの二人、もっと集中するで御座る。」  繊一郎は、ツィリルとサイジンが、座禅に集中してないのを悟った。トーリスの 事を、考えていたのだろう。二人は、すぐに集中しだした。 「なる程。何となく、おかしいと思っていたので御座る。トーリス殿ならば、間違 い無く、今以上の源を、出せると思っており申さん。」  繊一郎は、トーリスの才能を見切っていた。この才能ならば、間違いなくレイリ ーを、越える器であると思っていたからだ。レイリーも忍として、かなり完成され た域に達していたが、それをも上回る才能を、感じていたのだ。 「どこかで、セーブが掛かっていたのでしょう。私は、人として、魔族に立ち向か うため、敢えて禁を解きます。呪われた力でも、利用するつもりです。」  トーリスのハッキリとした意志が、感じられた。この意志の力こそ、源を出す上 に於いて、最も重要な事でもあった。 「ならば、出してみるで御座る。」  繊一郎は、黙って腕を組んでいた。詳しい事情を聞くつもりは無い。繊一郎が、 一番興味があるのは、トーリスが、どこまで強くなれるかの一点であった。 「・・・ふぉぉぉぉぉ・・・。」  トーリスは、呼吸を整えると源を出し始めた。トーリスは、さすがと言うべきか、 源の概念を教わると、すぐに源を上手く放出する方法を見出していた。 「・・・む。」  繊一郎の表情が、変わる。トーリスは、まだ源を出し続けている。 「・・・す、凄い・・・。」  レルファも、知り始めたばかりだが、これほど間近に感じると、ビックリする物 がある。トーリスは、それでも、出し続けている。 「・・・私は罪背負う者だ。だが、逃げるつもりは無い!!」  トーリスは、迷いを吹っ切るように叫ぶ。すると、爆発したかのように、源を出 す。そして、ようやく源の奔流が終わった。 「こりゃ・・・魂消たわい。」  繊劉も、驚きを隠せなかった。トーリスの源は、想像を遥かに越えていた。 「・・・フフフ。思った通りで、安心したで御座る!!」  繊一郎は、興奮していた。そして、繊一郎も負けじと、源を出し始める。 「ずっと迷っていたので御座る。これ以上強くなっても、相手が居ないのでは無い かと・・・。しかし、お主が解消してくれ申した。感謝するで御座るよ!!」  繊一郎は、トーリスと同じか、それを凌ぐ程の源を出す。 「貴方も、そこまでの力をお持ちでしたか・・・。」  トーリスも嬉しそうだった。同じレベルの人間は、もうジーク位しか居ないと思 っていたのだ。 「お主になら、託せる。我が忍術を、受け継いで欲しいで御座る。」  繊一郎は、決意の目をトーリスに向ける。 「・・・すぐに返事は、出来ません。レイリーが、居るはずです。」  トーリスは、慎重な答えを出した。 「レイリーにも、託すつもりで御座る。しかし、才能ある者に、もう一人託したか ったので御座る。完全に託すためには、同レベルの者で無いと、意味があり申さん。」  繊一郎は、熱い目をしていた。トーリスに、それほど賭けているのだ。 「・・・出来る限りの事は、しましょう。」  トーリスは、繊一郎の手を握る。熱い手だった。 「繊一郎が認めた者なら、仕方が無いのう。その代わり、半端な受け継ぎ方では、 許さぬぞ。覚悟する事じゃ。」  繊劉は、付け加えた。繊劉とて、肉親であるレイリーに継いでもらいたいと思っ ている。だが、この才能の前では、何とも言えないのであった。 「すごーい!センセー!!」  ツィリルは叫ぶ。つい座禅を解いてしまう。 「トーリスが、羨ましいですよ。」  サイジンも、つい祝福してしまう。トーリスの才能には、呆れるくらいだ。 「お主らは、まだ修行じゃ!サボるで無い!!」  繊劉が一喝すると、二人は慌てて、座禅を組み直した。 「トーリスお兄ちゃん、すごぉい!僕も負けないよぉ!!」  ドラムが、素直に感激を受けていた。  トーリスは、どこと無く照れ臭そうにしていた。  魔神の器に選ばれたトーリスは、やはり只者では無かったのである。  ソクトア全体会議で、人間による協定が結ばれた後、デルルツィアの王として、 ミクガードは、大忙しの毎日だった。一度は、滅びかけただけあって、厳重な体制 の中だが、順調に復興作業は進んでいった。ルウとシンと言う、前王と前皇帝が、 一度に亡くなったのは痛い事だ。しかし自分達には、ミクガードとゼイラーと言う、 新たな王と皇帝が居る。それだけでも、人々の気持ちを癒すには十分だった。  何せ、この王と皇帝は若い。しかも、閉鎖的だった昔を一蹴してくれるような勢 いがある。世代交代の際に、前王の閉鎖的な政治を批判してたのは、記憶に新しい 所だ。これで、魔族の襲来が無ければ、デルルツィアは、もっと栄えていたはずだ。  しかも、王ミクガードには、美しき王妃フラルが居る。しかも、大国プサグルの 姫だったと言うのだから、驚きである。政略結婚では無く、本人達も認め合っての 結婚だと言うのも、周知の事実である。ミクガードの異母兄妹である、ケイト=ツ ィーアは、政略結婚で貴族と結婚させられたので、尚更、幸せそうに見える。  となると、次に話題になるのは、皇帝であるゼイラーの相手と言う事になるだろ う。しかし、そう言う話は全く聞かない。いくら外交の仕事で大忙しとは言え、お かしな話だ。浮いた話の一つや二つあっても、おかしくないはずである。  ミクガードは、ゼイラーの心配が絶えなかった。激務を一人でこなすと言うのも、 体に堪える物だ。ミクガードだって、フラルが居なければ、へこたれていたかも知 れない。しかしゼイラーは、ミクガードが、それとなく結婚を勧めても、仕事が忙 しい事を理由に必ず断っていた。 (見かけによらず頑固なんだよな・・・。)  ミクガードは、ゼイラーの頭の固さに呆れていた。しかし、次の仕事が終わった ら、ゼイラーは、暫く休みのはずなので、その機会にも誘ってみるつもりだった。 「・・・ううーーーむ。」  ミクガードは、王の間で唸っていた。 「気持ち悪い声を出さないでよね。」  横でフラルが、文句を言う。 「そ、そんなに、気持ち悪かったか?」  ミクガードは、少しショックを受けていたようだった。 「まぁた、本気にして。冗談よ。・・・それより、またゼイラーの事、考えてるの?」  フラルは、ミクガードが、この頃、考え込むと言ったら、ゼイラーの事が多かっ たので、悟っていた。 「アイツとは、兄弟だからな。心配なんだよ。」  ミクガードは、腕組しながら頷く。ゼイラーとは、幼い頃からの付き合いだ。互 いに今の地位になる事を、決めていた程、固い仲だ。母親は、同じである。 「でも、ゼイラーは、まだ22歳でしょ?急がなくても、良いんじゃないの?」  フラルは正、論を言う。確かにミクガードだって、今23歳である。急がなくて も良い。だが、ミクガードは、どこかが気になるのだ。ゼイラーは、余り隠し事を しないのだが、今回の件に関しては、頑なに受け流している。 「何か引っ掛かるんだよな・・・。」  ミクガードは、考えてもしょうがないので、皇帝の間へと向かう。フラルも、付 いて行く事にした。 「おーい。ゼイラー。居るか?」  ミクガードは、皇帝の間に着くと、ノックをした。 「開いてますよ。」  ゼイラーの声が聞こえるのと同時に、入っていった。 「お。これはフラルさん。仲睦まじいようで幸い。」  ゼイラーは、軽く礼をする。 「ははは。こんなんでも、頑張ってるから応援してるだけよ。」  フラルは、ミクガードの背中をバンバン叩く。 「こんなんって・・・。」  ミクガードは、首を下に向ける。 「何、落ち込んでるのよ。応援してるんだから、シャッキリしなさいな。」  フラルは、格別な笑いを向ける。すると、ミクガードは親指を立てて返す。何と も、単純な人である。 「ところで、何用です?また、相手の話ですか?」  ゼイラーは、言わなくても分かっていた。兄弟であるこの男が、何が言いたいの かくらい、顔を見れば検討がつく。 「正しく、その通りだ。お前さんも、真剣に考えた方が良いんじゃないの?」  ミクガードは、真剣な顔で話す。 「そう言う話は、苦手なだけですよ。」  ゼイラーは、クスリと笑うと窓の方を見る。 「なぁ。ゼイラー。お前、実は・・・心に決めた相手が、居るんじゃないのか?」  ミクガードは、引っ掛かっていた。どうにも、頑な過ぎるのだ。 「・・・隠せませんね。」  ゼイラーは、素直に答える事にした。兄弟に、いつまでも嘘をつくのも、嫌だっ たのだろう。 「やはりな・・・。」  ミクガードの思った通りだった。ゼイラーは、一見モテそうな外見で、軽そうに 見えるが、意外と身持ちが固いのだ。 「相手は誰か・・・言えないのか?無理に言わなくても、良いけどな。」  ミクガードは納得していた。自分の勧め方が悪いのかと思って、心配していたか らだ。ゼイラーが自分で決めると言うのなら、余計な世話は、しなくて良いだろう。 「・・・いずれ、分かる事です。」  ゼイラーは、含みを持たせていた。しかし、どこか諦めの表情をしていた。 「王!皇帝!!大変です!!」  突然、兵士が走り出して報告に来た。扉の外で大声で報告する。 「どうした!?」  ミクガードが尋ねる。 「魔族が、攻めてまいりました!方角は南東です!!」  兵士は、息絶え絶えになりながらも、報告をする。 「ご苦労!すぐ行く!」  ミクガードは、自分の剣を携帯する。 「私も行くわ。」  フラルは、毅然としていた。フラルも神聖魔法が、多少だが使える。少しでも、 夫の力になりたいと思っているのだろう。 「こんな時に・・・。ゼイラー!後をたの・・・あれ?」  ミクガードは、辺りを見回す。既にゼイラーの姿が無かった。 「アイツ・・・。対応しに行ったのか!?無茶な!!」  ミクガードは、ゼイラーの戦闘力は知っている。弱くは無い。しかし、魔族に立 ち向かう程、強い訳じゃない。少し名のある魔族が来たら、一溜まりも無いはずだ。 「ちぃ!!追い駆けるぞ!」  ミクガードは、見回りの兵士に城の守りを任せると、急いで現場に向かった。  すると、案の定ゼイラーが、遥か先を走っていた。 「ゼイラー!お前らしくも無い!冷静になれ!」  ミクガードは叫ぶが、全く聞こえていないのか、ゼイラーは、とんでもないスピ ードで走る。無我夢中らしい。 「・・・そう言えば、南東と言えば・・・まさかアイツ!!」  ミクガードは、気がつく。ゼイラーが冷静じゃない理由にだ。 「誰か居るの!?」  フラルが尋ねる。 「ああ。居る。」  ミクガードは、気が付いてしまったのだ。ゼイラーが、必死になる相手を。そし て、それは悲しい相手である事にだ。  行き着く先は、デルルツィア南東の強大貴族である、イルル=ツィーアの家だっ た。名前からも分かる通り、王家の分家でもある。そして、ミクガードの妹である ケイトが嫁いだ先でもあった。そういえば、昔からゼイラーと仲が良かった。 「ケイト!!ケイトーーー!!」  ゼイラーが叫ぶ。間違いなかった。ゼイラーの想い人は、他ならぬミクガードの 妹であるケイトだった。双方の血が繋がってるミクガードは、複雑な気分だった。 「嫌ぁ!来ないで!!」  家から、誰かが飛び出してきた。ゼイラーが、忘れる事の出来ない人の姿だった。 「ケイト!!どうしました!」  ゼイラーは、ケイトに近づく。 「ゼイラー!?来てくれたの!?・・・あの人を止めて!!」  ケイトは、指差す方向に強烈な魔族が居た。そこは、瘴気が渦巻いていた。 「・・・何があったのです?」  ゼイラーも、只事では無い事を悟った。 「・・・私が悪いの・・・。」  ケイトは、目を瞑る。 「きゅおおおおおおお!!」  家の中から、奇妙な叫び声が聞こえた。そして魔族らしき者が、出てくる。 「グッグッグ・・・。」  魔族らしき者が、嫌らしい笑いを浮かべる。 「この家を襲ったのは、貴方ですか!!」  ゼイラーは、剣を構える。ゼイラーとて、剣の心得はある。 「違うの・・・。あれが夫よ。」  ケイトが呟く。ゼイラーは、夫と言う言葉に、軽いショックを受けたが、それ以 上に、目の前に居る化け物が、イルルだと思いたくなかった。イルルは、貴族のお 坊ちゃんと言う感じの、イケ好かない奴だったが、こんな化け物では無かった。 「ケェィィィィィイトォォォォォ!!!!」  化け物が、ケイトを睨み付ける。その後、ゼイラーを睨む。 「イルル・・・なのですか?」  ゼイラーは、化け物をイルルだと、認めたくなかった。 「ゼイラァァァァァァ!!ころぉすぅぅぅぅ!!」  イルルは、血の涙を流しながら、ゼイラーに襲い掛かる。ゼイラーは、紙一重の 所で躱す。ケイトの前なので、動きが、いつもより鋭いのだろうか? 「ゼイラー!無理するな!!」  後ろから、ミクガードが来ていた。 「えぇい!!」  フラルが、邪悪を退ける神聖魔法『聖炎』を浴びせ掛ける。すると、イルルらし き者は、目を覆って苦しむ。 「今だ!!デルルツィア剣術、『風の鎌』!!」  ミクガードは、剣でカマイタチを作り出すと、それをイルルらしき者に、ぶつけ る。すると、イルルの体が少し裂ける。それでも、まだゼイラーを睨み付けていた。 「ゼイラー!!何をしてる!!早く攻撃しろ!!」  ミクガードは、動きが止まっているゼイラーに叫ぶ。 「・・・ケイト・・・。イルルに、止めを差して良いのですか?」  ゼイラーは、ケイトに問い掛ける。 「・・・頼むわ・・・。」  ケイトは、迷いながらも頷く。するとゼイラーは、イルルの心臓を目掛けて、剣 を突き刺す。迷いは無かった。 「ぐぁぁぁあああ!!ケイトォォォォ!!何故だ!なぁぜぇだぁぁああ!!」  イルルは、物凄い悲鳴をあげる。魔族の体だったイルルが、恐ろしい勢いで、人 間へと戻って行く。 「・・・本当に・・・イルル・・・。」  ゼイラーは、理解しがたかった。 「・・・ゼイラー・・・か。」  イルルは、体がどんどん溶けていった。どうやら、体を無理し過ぎて、限界を、 とうに超えたらしい。 「ケイトは・・・俺と・・・結婚したのに・・・振り向かなかった・・・。俺が、 皇帝になれる・・・力があれば・・・。振り向くと・・・思った。」  イルルは、苦しそうだが言わない訳には、行かなかった。 「貴様が・・・皇帝だから・・・ケイトは・・・未練があるのかと・・・思った。 俺にだって・・・なる権利は・・・あったはずだ・・・。」  イルルは、分家である。とは言え、先代は皇帝だったのだ。その弟であるシンが、 継いで、イルルの所は、貴族になったのだ。その後イルルの家系は、成功を収め、 強大な貴族になったので、政略結婚の話が出たのだ。 「俺は・・・力をくれると言っていた・・・あのルドラーの・・・言葉を信じた。 ・・・薬で・・・強くなれると・・・。」  イルルは、その薬を飲んだ瞬間に、体が変貌して行くのを知ったのだ。その薬は、 戦乱時代にカールス=ファーンが飲んだ、人間を魔族に変える薬だった。しかし、 不完全版で、意識が保てなくなる欠点があったのだ。 「イルル・・・。私は貴方が、そのコンプレックスを捨てさえすれば・・・。」  ケイトは、涙を流す。 「それは嘘だ!!お前は、いつもゼイラーを見ていた!ずっと持っている懐中時計 に刻まれた、ゼイラーの文字を見て、俺が、どれだけ嫉妬したと思っているんだ!」  イルルは、怒りに任せて叫ぶ。 「・・・思い出に浸ってただけなのに・・・。」  ケイトは、その事に心を痛めた。イルルの怒り様を、知っていたからだ。 「お前は、いつも笑いかけてくれた。でも・・・その奥に隠された、ゼイラーへの 想いが、いつも付き纏っていた!!お前が、俺に心を置かないのに、お前と一緒に 生きられると、思っているのか!?抱けるとでも、思ったのか!?」  イルルは、そう言うと、足が、既に溶けて無くなっているのに、気が付いた。 「イルル・・・。ごめんなさい・・・。でも貴方の事、愛せなかった訳じゃない!」  ケイトは叫ぶ。一時でも結婚したのだ。ケイトはイルルを愛そうと努力していた。 「お前は、何も分かっていない・・・。俺は、そんな偽りの愛が欲しい訳じゃない。 心からの笑顔が、欲しかったのだ・・・。」  イルルは、もう苦しそうだった。 「ゼイラー・・・。俺が望む訳じゃない。だが・・・ケイトに、本当の笑顔を与え てやれ・・・。俺では、無理だった・・・。」  イルルは、ゼイラーを睨む。本当は認めたくない。だが、ケイトが、幸せになっ て欲しいと思っているのだ。 「約束しましょう・・・。」  ゼイラーは、目を瞑る。 「ケイト・・・。幸せにならなければ、俺が恨むと思え・・・。ああ・・・。貴様 が、羨ましい・・・。」  イルルは、ゼイラーを睨んだが、その顔は笑っていた。もう最後の時だと、悟っ ているのだった。 「俺は・・・ケイト・・・お前の・・・笑顔だ・・・け・・・が・・・。」  イルルが、そこまで言うと、もう首が溶け始めていた。そして、少し疲れたよう な表情で、イルルは溶けてなくなった。  壮絶な最後だった。ケイトは、声を殺して泣いている。ゼイラーは、ずっと目を 瞑っていた。こんな形のまま、ケイトを幸せにするなんて、出来ないと思っている のだろう。イルルの家の残骸を、集め始める。 「ゼイラー・・・。」  ミクガードは、ゼイラーの胸中を察すると、それを手伝う。集めて、墓にするつ もりだった。イルルの想いを忘れずに、ケイトが、心からの笑顔を出せるように、 しなければ、イルルは無駄死にに、なってしまう。  この出来事は、デルルツィアの歴史に、残らなくなるだろうと思った。イルルが、 後世に語り継がれるのを、嫌がったと判断したためだ。しかし、ゼイラーとケイト の中では、消す事の出来ない過去になる事は、間違いなかった。  ミクガードの異母兄妹と異父兄弟は、互いに擦れ違いだったが、想いを新たにす るのだった。