NOVEL 3-6(First)

ソクトア第2章3巻の6(前半)


 6、英雄
 魔族達の間からは、神々や人間など恐れるに値せず。と言う声が上がっていた。
それもそのはずである。人間の中でも、力の高い者が魔族側に付いたのだ。しかも、
考え方は極めて魔族に近い物だ。更には、本気で魔族との共存を目指しているだけ
あって、人間である体を捨て去る程だ。それによって、得た力で、一部のカリスマ
的存在になっていった。地位も、どんどん昇格して、今では『魔貴族』の位まで、
戴いている。
 その元人間こそ、レイリーであった。優れた者が統治して、人間と共に共存する。
この考えは、絶対に間違っていないと信じている。まして、神々の代行者を盲信す
る『救世主』ことアインの考えは、全く理解出来ない。少し前までは、良きライバ
ルだった。しかし、アインは、どことなくストイックでありながらも、何かを信じ
なければ生きていけない・・そんな節があった。一緒に闘っていた時も、ライルを
盲信している感じがあった。ライルは、確かに強い象徴だった。レイリーの憧れで
もあった。しかし、人間が人間らしく生きるという不確かな物に、付いて行こうと
する軟弱さが、レイリーには耐えられなかった。
 そして、どうしようか迷っていた時に、丁度、神魔教の説得という都合の良い仕
事があった。ついでに魔族の親玉を見てやるくらいのつもりだった。そこで魔族に
出会ったのだ。その魔族こそが、グロバスその人であった。グロバスは、レイリー
が迷っている事を見越して、説得に行ったのである。何せポテルシャンが高い人間
だ。何よりも力こそ正義と言う考え方は、魔族に通じる物がある。
 そこでグロバスは、自分の考えと魔族の虐げられた歴史を語った。そして、全て
を話し終えた時に、レイリーはこちら側の人間だと悟る。そして、力に飢えていた
のも感じ取っていたので、魔性液を与えた。効果は抜群だった。見る見る内に、才
能は開花し、人間を統率出来る力を持った戦士へと変身していったのである。
(思わぬ拾い物だったな。)
 グロバスは不敵に笑う。この頃、自分の思ったより好都合な事が続いて、怖いく
らいだ。自分の力も増して行ってるのを感じる。人間達が、自分を支援してくれる
結果、それが瘴気となって加算されているのだ。それは、相乗効果になって他の者
にも力を与える。思った以上の結束が、見込める結果となった。
(もっとも・・・あの男は、別だろうがな。)
 グロバスは、ワイス遺跡で、未だに苦しんでいるクラーデスの事を思う。まだ生
きていると言う事が驚きだ。あれから、既に2週間は経った。しかし、未だに瘴気
が衰える事は無い。と言って、爆発的な瘴気が感じる訳でも無い。となると、まだ
闘っているのだろう。気の遠くなるような2週間だ。普通の魔族なら、気が狂って
いる所だろう。しかし、クラーデスは耐えているのだ。
(恐ろしい奴よな。だが・・・戦力として数えるのは、酷と言う物だな。)
 グロバスは、計算していた。今のままではクラーデスは、7割助からないだろう。
 戦力といえば、ワイスと健蔵は、着々と力を付けて行っていた。お互いに、認め
合いながら、修練を積んでいる。健蔵は、これからの使命のために。そしてワイス
は、健蔵の成長のためにだ。
 そして、新しく入ったレイリーは、ルドラーやミライタルと修練を積んでいる。
健蔵の出世を見て、自分も負けじと頑張っているのだ。
(しかも、神々と人間の結束が、崩れている。フフフフフ。)
 グロバスは、それが何より嬉しかった。この頃の人間の強さは、目を見張る物が
あった。しかし、それが反対に神々にとって悪い方向に行くとは、思わなかった。
神々とて警戒した程の強さだったのだろう。しかも、この頃の人間は、神を敬う者
が少ない。神としては、由々しき問題に映ったに違いない。
(そこで、鳳凰神ネイガを筆頭に、本気で攻め込んで来た訳か。)
 ミシェーダが、やりそうな事である。自分達の、圧倒的な力を見せ付けて、神の
偉大さを思い知らせる。それが、思い描いていたストーリーだったのだろう。
(だが、ジュダが反発した。そして、あのジークも。)
 ミシェーダの誤算は、人間達が反発した事だ。そして、神の中でも随一の強さを
誇る竜神ジュダが、これを由としなかった。
(人間が、人間らしく生きる・・・か。中々言ってくれるが、そう簡単には行くま
い。奴らは、理想を見過ぎている。)
 グロバスも、レイリーと同じ意見だった。人間は今でさえ、自分達や神につく者
がかなりの数で居るくらいなのだ。纏めようと言っても、そうは行かないだろう。
とは言え、力関係で行けば、魔族が少し有利で、神々と人間達は、どっこいどっこ
いと言った所だろう。このバランスが、大きく魔族に傾けば、グロバスも素直に攻
め込むのだが、実際は、僅かな差だと考えている。ジュダやジーク。更には人間の
主だった強い者達は、ほとんどがジークを支持している。これは、かなりの戦力だ
と考えて良い。そして、神の方は、ネイガと『救世主』とやらが、主戦力のようだ
が、いざとなれば、ミシェーダ率いる神の軍団。更には、精鋭の天使が控えている。
ミシェーダは、戦いに備えて、大天使長ラジェルドを呼んだとの噂がある。ラジェ
ルドは、神々に匹敵する戦闘力を持つ恐るべき天使だと言う事は聞いている。とは
言え今は、まだ本気で構えていない。その分だけ有利だと、グロバスは踏んでいた。
 今日は、ワイス、健蔵にルドラー、ミライタル、レイリーが加わって、修練を積
んでいると言う。この者達が、神々の力に近づけば近づく程、勝機は見えてくる。
ワイスは、神の力を超えているかも知れないが、他の者は、まだ時間が必要だ。
(我等が優勢の内に、力を付けておいて、圧倒しなければな。)
 グロバスは、満足そうだった。
 グロバスは、自分の力を蓄えると共に、神々への対抗策を考え始めていた。
 魔族の準備は、淡々と整っていった・・・。


 一方、神々の代表で来ているネイガは、対策を練らなければならないと思ってい
た。自分だけでも、ジュダに多少劣る程度だと言うのに、力のある人間が『救世主』
一人では、話にならない。最も、『救世主』であるアインは、恐るべき神気を身に
付けていた。自分の考えに同調するので、神気を引き出すために、ミシェーダに会
わせた。そこで、アインは忠誠を誓って、神の代行者『救世主』として、生まれ変
わったのだ。運命神の得意技である。元々自分達に、考えが近かったアインに、強
く念じるように言うと、運命神の力の片鱗である『転生』を受けさせた。そして、
見事に、神の力を得た人間に生まれ変わったのである。その力は、素晴らしい物が
あった。うかうかしていたら、ネイガを追い越しそうな勢いである。
 ミシェーダの得意技の一つ『転生』とは、その名の通り、生き物の魂をより進化
させるために、別の生き物へと昇華させる技で、天界と言えども、この技が使える
のは、運命神であるミシェーダしか居ない。何でも神々まで転生させる力があると
言う話である。ミシェーダの力の一端が窺い知れる事だろう。
 とは言え、ミシェーダは、ソクトアを攻める気は、無いらしい。というのも、他
の星の事も、こなさなければならない。中々暇が無いのだ。何せ、神々のリーダー
である。あらゆる事に対処するためには、神々を、フル動員しなければならない。
ソクトア一つに、構っていられないのだ。
 しかし、ジュダが裏切ったと言うのは、由々しき事態でもあった。なので、大天
使長を遣わす事で、戦力の補強を考え、近く任務が終わり、ジュダの父母であるパ
ムとポニを呼ぶつもりだった。戦力としてではなく、ジュダの説得に使うらしい。
(お優しい御方だ。裏切ったジュダ様を、説得でケリをつけようとは・・・。)
 ミシェーダの懐の深さに、ネイガは感銘するばかりである。
 『救世主』であるアインは、忠実に教えを説いて回っている。それでいて、自ら
の鍛錬を怠らない。ジークの存在が、どうしても気になるのだと言う。
(分からなくもない。人間の中では、特異な存在だろうな。)
 ネイガは、ジークの中に光る何かを見出していた。しかし、敵となれば厄介な事
である。この前はクラーデスと引き分けたと言っていた。確実に、力が上がってい
る証拠だ。それに、魔神の力に打ち勝ったトーリスの存在も気になる所だ。彼には、
別の才能が、開花する可能性がある。
(それに・・・魔族の事もある。)
 ネイガは、やはり一番の敵は、魔族だと考えている。魔族は今、恐るべき勢いで
勢力を伸ばしていると言って良い。次元城には、都市が出来そうな程の人間が、集
まっているのを感じていた。それにアインの知り合いである、愚かなる人間レイリ
ーも、侮れない。魔族になった途端に、凄まじき瘴気を放ち始めた。魔族は、底が
知れない感じがするのだ。うかうかしてられない。
 それにしても、アインとの出会いは衝撃的だった。と言うのも昔、トーリスの結
婚式の際に一度会っているが、その時は、垢抜けない戦士と言った感じだった。し
かし、説得に来たと言うアインの眼は、人々を救う決心をした目だった。そして、
ネイガに質問したのだ。
「神々は、人間を見捨てになるのですか?人間を尖兵のように、お考えか?」
 アインは、そう質問してきた。ライルに言われて説得に来たのだが、どうやら神
々に逆らうのは、抵抗があるようだった。
「君は勘違いをしている。我々は、導くために来たのだ。力の無い者を、神々は見
捨てる事が、出来ない。故に我々が、統治して守ってあげなければならない。」
 ネイガは、自分の考えと共に、ミシェーダの考えを代行した。
「しかし、人間の意志は、どうなるのです?」
 アインは、ジークの言葉が気になっていたのだ。
「人間の意志・・・果たして、それが、どこに行くのか君には分かるか?迷走する
のならば、魔族と変わらぬ。必要以上に神が干渉するのは避けていたが、そう言う
時期でもあるまい。神への感謝を忘れぬ人々を犠牲にするのは、避けなければな。」
 ネイガは、真摯にアインに答えた。その答えを聞いて、アインは感動したのだ。
 そして、ミシェーダに会う決心をして、見事に『救世主』となったのだ。資質が
無ければ『救世主』では無く、違う生き物になっていたかも知れない。アインは、
それを、見事にクリアしたのだ。
(思った以上の強さだ。しかし、魔族に対抗するには、もう少し力が要るな。)
 ネイガは、魔族の台頭を悔やむ。自分達の力の無さが生んだ結果でもあった。
 しかし、信念を失わない限り、成功すると信じていた。ネイガは昔、自分が救っ
た星が、人間の意志の迷走のせいで、滅びてしまった現実を見た。人間の意志に任
せていたら、ソクトアも滅ぼしかねない。今の内に、神への感謝を忘れ得ぬ人々と
共に、星を管理するべきなのだ。神の手があってこそ、人間達は輝く。増して魔族
達の言う力こそ正義では、ソクトアを蹂躙して、混沌とした後に自滅する事だろう。
(あの星の、二の舞にはさせぬ。)
 ネイガは、誓う。自分が救った星。そして、滅びさせてしまった星。あの二の舞
だけは、避ける決心をしていた。
(しかし、ラジェルドを呼ぶとは・・・。奴と組むのは、気乗りしないな。)
 ネイガは、顔を曇らせる。大天使長ラジェルドは、確かに神々にとって、使い易
く、仕事をこなす天使だ。しかし、義務的な仕事や強引な遣り口が多く、天界の評
判も良くない。だが、それに目を瞑って、お釣りが来る位の実力の持ち主であった。
「浮かない顔を、してるな。」
 ネイガの後ろから、声がした。
「・・・おお!これは、パム様にポニ様!」
 ネイガは敬礼する。そこに居たのは、天界からの指令を受けた、ジュダの父母で
ある金剛神パムと、蓬莱神ポニの姿があった。
「久しぶりだな。就任の時以来か?」
 パムは、ネイガの就任の時の様子を思い出す。あの時は、垢抜けない感じがした
が、いつの間にか、天界代表でソクトアに来ているのだ。大した物である。
「強くなったみたいね。何よりよ。」
 ポニは、ネイガの成長を労う。
「お二人こそ、前の時より、更に力を感じまする。」
 ネイガは、言葉を返す。別にお世辞では無かった。
「まぁ、挨拶は置いておこう。それよりも、凄い事になったみたいだな。」
 パムは、神妙な顔をする。
「ジュダが、まさか天界を見限るなんて・・・何があったのかしらね?」
 ポニも考え込む。しかし二人共、ジュダを責めるような口調では無い。
「ジュダ様は、人間の立場で仕事をしてらっしゃった。そのせいかも知れませぬ。」
 ネイガも、フォローを入れる。ネイガとて、指令で無ければ、対立したくは無い。
ネイガから見ても、強い神だし、何よりも素晴らしい精神を持った神だ。
「ま、アイツの事だ。何かあったんだろ。」
 パムは、息子を信用していた。訳もなく反発するような、息子ではない。
「赤毘車まで付いていったって言うのが、気になるのよね。」
 ポニも信用していた。赤毘車は、冷静な神だ。その赤毘車まで、同時に裏切ると
言うからには、ただ単にミシェーダのやり口が気に入らないだけでは無いのだろう。
「ま、ちょっと行ってくらぁ。」
 パムは、そう言うと、ジュダの居る方向へ飛んでいった。
「私も行くわね。『救世主』さんに、宜しくね。」
 ポニは、そう言うと、パムに付いていく。飄々としてるが、パムは天界の中でも、
ミシェーダに次ぐ発言力を持った男だ。ポニも、その次位の発言力を持っている。
「きっと、ジュダ様の見限った訳が、分かるに違いない。」
 ネイガは、心待ちにする事にした。
 これで、ソクトアには、凄まじいまでの戦力が揃った。パムとポニが来た事で、
天界の主だった実力者も、殆ど顔を見せた事になる。
 ソクトアは、実力者達が集う特異点になりつつあった。
 神と魔族。そして、それを取り巻く勢力が活発化していくのであった。


 ストリウスでは、次第に臨戦ムードになりつつあった。と言うのも、多少ながら
増えていた神魔教の連中が、次第に増えつつあったからだ。ワイス遺跡や、次元城
に近いストリウスは、どうしても、そう言う傾向になるのだろう。
 しかし、ジークが演説しただけあって、ストリウスの大半のギルドは、ジークの
考えに賛成であった。次第に、この考え方は『人道』と呼ばれるようになった。そ
して、ミシェーダが定義した神々に従うべき考えを『法道』、そして魔族達の考え
方は、『覇道』と呼ばれるようになった。
 この考え方から行けば、ジークやジュダ達は『人道』を選択し、運命神共同体や
『救世主』を抱えるルクトリア鳳凰教などは『法道』。そして神魔教や破壊神教会
などは『覇道』と言う事になる。魔族の間からも、この言葉は浸透し、それぞれ違
う『道』を敵視していると、言った状態である。
 ストリウスは『覇道』の人々が、広がりつつある。それを『人道』の人々が、止
めていると言った感じだ。ギルドごと『覇道』に取り込まれたギルドなどもある。
注意しなければ行けない。
 サルトラリアは、ギルドの招集を行った。そして、『人道』に生きる事の大事さ
を、ジークを通じて広めて行っている。その間にも、強さを磨く事を、忘れない。
『覇道』は強者の論理だ。『人道』に靡かせるためには、強くあらねばならない。
 今日も修練を積んでいた。ジークは、いつにも増して厳しい特訓をしている。ク
ラーデスとの戦いで、実感したんだろう。魔族との力の差を。それを埋めるために、
必死なのだ。幸い今は、ジュダや赤毘車が付いている。そのおかげで、ジークだけ
では無く、皆もレベルアップしていっていた。
(ジークは、かなりの勢いで成長してるな・・・。)
 ジュダは、そう感じずには、いられなかった。ジークは、この頃、闘気が目に見
えるようになってきた。他の者達も、かなりの物である。
「よし!ここまで!」
 赤毘車が声を掛ける。皆、ヘトヘトになっていた。しかし、良い意味で、疲れて
いる。明日に残るような、疲れではない。
「お疲れ様ネ!」
 ミリィが、ジークに近寄る。そしてドリンクを渡していた。この頃、目に見えて
仲が良くなっている。ジークも、満更でも無さそうだ。
「全く・・・デレデレし過ぎよね。」
 ルイが、呆れていた。ジークは、確かに魅力ある男性だ。今でも認めている。し
かし、ルイは、もう吹っ切れている。ミリィには敵わない。自らを投げ出せる覚悟
までは、ルイは無い。
(私も、そう思える男性が、出来るのかしらねー。)
 ルイは、溜め息をつく。この頃どうにも、そう言う事が多い。
「ジュダさん。続きを、教えて下さい!」
 向こうで、疲れ知らずの人間が居た。ゲラムだ。この頃のゲラムは、凄く積極的
だ。赤毘車の、スペシャル特訓を受けた後に、ジュダから魔法を教わろうと必死な
のだ。全くもって理解出来ない。凄まじい根性だ。
(あの子は、頑張り屋さんよねー。童顔だけど、責任感も強いし・・・。)
 ルイは、ゲラムを見つめる事が多くなっていた。どうしても気になる。ゲラムは、
人が良い。どんな相談にも、乗ってくれた。しかも、この頃凄い強さを身に付けつ
つある。ジークのように、超人的な剣の冴えがある訳では無い。しかし、全ての武
器の扱いが、達人並で更には、魔法まで身に付けようと頑張っている。
(あの頑張りは、見習うべきよね。)
 ルイは、自分のプライドが高いせいで、中々あのように頼み込めない。それだけ
に、ゲラムの性格が羨ましかった。自然と、ボーっとなってしまう。
(まさか・・・私は・・・ゲラムを?)
 ルイは、ハッとする。しかし、ゲラムを見ると、この頃熱い気持ちになる。純粋
な瞳に、あの性格。そして、この頃は強さにも磨きが掛かっている。
(私って・・・ショタコン?)
 ルイは、思い悩む。ゲラムは、まだ15歳だ。自分とは5年も差が開いている。
「どうしたの?ルイさん?」
 ゲラムが、いつの間にか近くに居た。
「な、な、何でも無いわよ。アンタ、魔法教わってたんじゃないの?」
 ルイは、ついドモってしまう。
「そうだよ。ルイさんも、どうかな?って思ってね。」
 ゲラムは、無邪気な顔で誘ってくる。
「ふふふ。私は、この踊りと剣で十分よ!」
 ルイは、つい思ってもいない事を口に出す。本当は、習ってみたかったのだ。
「そうなの?でも昔、習ってみたいって言った無かったっけ?」
 ゲラムに、ちょくちょく相談している時に、ポロッと口に出した事があった。
「よ・け・い・な、お世話よ。」
 ルイは、プライドが邪魔して、素直に言い出せないでいる。
「そっか。じゃぁ、しょうがないよね。僕は教わってくるから、その気になったら、
来なよ。ジュダさんって結構、面白く教えてくれるよ。」
 ゲラムは、そう言うとジュダの元に向かう。ルイは去っていくゲラムを見て、胸
が痛んだ。自分は、また嘘をついてしまった・・・。
(しかも、ゲラムと・・・私って素直じゃないなぁ・・・。)
 ルイは、顔にこそ出さないが、落ち込み気味だった。
(ゲラムは、良い子よねー・・・。妹を思い出しちゃうわ。)
 ルイは、踊りの家元を継いだ妹の事を思い出す。妹も良い子だった。良い子過ぎ
て、自分がトレジャーハンターになると言った時も、妹が家を継ぐと、自ら言い出
してくれたくらいだ。
(妹と言い、ゲラムと言い、何で、あんなに頑張れるの?)
 ルイは羨ましかった。自分には、出来ない芸当だ。
「悩んでいるな。」
 赤毘車が、声を掛けてきた。
「そ、そんな事、ありませんよ。」
 ルイも、さすがに赤毘車には、強気で居られなかった。神だと言う事もある。し
かし、それ以上に、赤毘車の生き様は、ルイの目標になっていたからでもあった。
女性なのに、剣を極めて、神にまでなった人物だ。ルイの憧れの対象だった。
「神の目は、誤魔化せないぞ。話してみると良い。幸い、周りには誰もおらんぞ。」
 赤毘車は、優しく話し掛けた。
「私、嫌な奴なんです・・・。プライドばっかり高くて、意地張っちゃって・・・。」
 ルイは、赤毘車の前では、普通の女性に戻ってしまう。
「意地を張ると言うのは、悪い事じゃないぞ?」
 赤毘車は慰める。
「でも、それだけじゃない。私は、自分の好き勝手に生きてきて・・・これで良い
のかな?って思う事が多いんですよ。」
 ルイは、遠くを見つめていた。家は妹任せ。いざ、トレジャーハンターで飛び出
したは良いけど、ライルに負けて、ジークに負けて、ソクトア一のトレジャーハン
ターには、まだ程遠い。こんな事で良いのか?と迷ってしまうのだろう。
「素直に言い出せない・・・か。私にも、経験があるな。」
 赤毘車は、昔を思い出して笑う。
「ええ!?赤毘車さんも?」
 ルイは驚いた。赤毘車は、落ち着きを払ってる神だ。神の中でも、冷静な方だと
思っていた。
「ジュダと、初めて会った時の事を思い出すな。私は、ガリウロルの名門の家柄の
跡取息子として、育てられていたからな。気が強かったぞ。」
 赤毘車は、昔の事を話す。赤毘車は、ガリウロル出身の神なのだ。
「跡取息子?なんで・・・。」
 赤毘車は、女性なのだ。それでは話は合わない。
「名門の家に産まれたのは良いが、男が産まれなかったのだ。そのせいで、私は、
女である事を捨てたのさ。」
 赤毘車は、自虐的に笑う。ルイは、自分の境遇に似ていると思った。
「周りの男達は、私の事は男だと思っていたし、私もそう簡単には負けなかった。
なので私も、自分は男として生きていくと決めていた。両親も願ってたしな。」
 赤毘車は、跡取として、専用の風呂と寝室を持っていた。誰も疑う事は無かった。
実際に、赤毘車が女性だと知っていたのは、両親だけだった。
「あれは10歳の時か・・・。私は、体術の名門の家に育てられた養子とやらと会
った。それが・・・あのジュダだ。」
 赤毘車は、その様子を忘れた事は無い。ガリウロル人は、全員黒髪なのだが、ジ
ュダは、栗色の髪をしていた。しかも眼は深遠な碧色だ。その瞳には、吸い込まれ
そうになったのを覚えている。
「まぁ、それからは、良いライバルとして育てられた。お互い、闘争心剥き出しだ
ったな。そんな折、私の両親は、何者かに暗殺された。」
 赤毘車は目を瞑る。両親は、自分の弟子に殺されたのだ。
「その時に、私が女だと言う事を、大々的に発表してな。私は、その事実のせいで
家を追われる立場になった。女性の権威を認めない風習があるのだ。ガリウロルは。」
 赤毘車は、そのせいで何度も、殺されそうになった。
「その時、助けたのがジュダさ。アイツは、私がどんなであろうが、関係無く付き
合ってくれた。それが、私には嬉しかった。」
 赤毘車は、その時、ジュダの胸の中で、大泣きしたのを覚えている。
「気が付けば、良いコンビになっていたな。私も、剣には自信があった。それから、
しばらくして、ジュダが、神の息子だと言う事を知った。」
 赤毘車は、ジュダが神の息子だと知った時の、ショックも忘れない。
「だが、私はアイツが、神の息子であろうが関係無く付き合った。それが、礼儀だ
と思ったしな。・・・そんな折だ。神が降りてきた・・・。」
 赤毘車は、神の存在を信じていなかった。それが、今では神になったのだから不
思議な物である。
「両親だった。パムとポニと言う有名な神だったらしいが・・・。ジュダを、取り
戻しに来たと直感した。」
 赤毘車は、パムとポニが、とても心配してたのを悟っていた。
「私は、意を決して、ジュダと結婚したいと言った。だが、ジュダは、神の血を引
いている。行く末は神だ。私は、人間だから無理だと言われた。」
 赤毘車は、ジュダが遠く感じた瞬間でもあった。
「そんな事が・・・。」
 ルイは、つい聞き入ってしまっていた。赤毘車が、元普通の人間だったと言うの
が、驚きだった。今では、ジークを凌ぐ程の強さだと言うのに・・・。
「その時、ジュダが言ってくれたのさ。『俺が、神になる時の試験を、赤毘車にも
受けさせてくれ』とな。」
 ジュダも、赤毘車を愛していた。そして、自分だけが特別と言うのを、ジュダは
嫌った。ジュダは、神の息子なので凄いポテルシャンは持っていたが、最終的に神
になるには、それ相応の試験を受けなくてはならない。それに赤毘車も、参加させ
てくれと頼んだのだ。ジュダも人間だったのだ。神とて、最初から神を産める訳で
は無いのだ。だが、神の子なら、それだけで寿命が長い事などは受け継いでいる。
「私は、その試験を、ジュダと共に合格した。だからこそ、今も、こうして生きて
いるのさ。ジュダと会わなかったら、死ぬまで意地っ張りだったかも知れんな。」
 赤毘車は、自分の話をしてやった。ルイは感動していた。
「それで・・・家は、どうなったんです?」
 ルイは、気になっていた。
「ああ。潰れたよ。私が居ないと言う事で、結局、正当後継者が居なくなって、他
の家に吸収されたようだ。後悔はしてないさ。ジュダと共に居るだけで、私には十
分だったしな。神となってからは、力を磨く事が毎日だったな・・・。今でこそ、
ここまでの力が出せるが、最初は、大変だったんだぞ?」
 赤毘車は、新米の時は、訓練漬けだった。神のレベルまで達するには、訓練しか
無かった。試験に合格したので、細胞レベルで神として、体は進化していたが、力
までは早々変わる物では無い。しかし、ジュダと一緒に強くなったと言う事もあっ
て、成長は早かった。ジュダは天才である。そのレベルに、必死に付いて行った事
は、赤毘車の誇りでもあった。
「そんな事もあったからか・・・。私の特訓は、キツかろう?」
 赤毘車は笑う。赤毘車は、自分の特訓漬けを思い出して、他人にも特訓を強要し
てしまう癖がある。辞めようと思うのだが、中々そうも行かないのだ。
「そんな事無いです!赤毘車さんの話を聞いて、やる気が沸いてきたわ!」
 ルイは、嬉しくなった。神が身近だと言う事がだ。ソクトアは、総じて力が強い
者が出易い土地になっている。特異点と言うべき場所なのだ。なので、このソクト
アで生まれた限り、強くなれるチャンスはあると言う事だ。
「それで良い。迷いは、人を弱くするからな。」
 赤毘車は自分の事のように、喜んでくれていた。最も赤毘車とて、ただの人では
無い。当時では、有名な天才だったのだ。当時のガリウロルでは、ジーク並の評判
があって、やっとの特訓で、神になれたのだ。しかも記録では、赤毘車とジュダは、
死んだ事になっている。ジュダも赤毘車も、神としての勤めがあるので、それで良
いと思っている。現状に来るまでは、何度も死ぬかと言う死線を超えてきている。
 そうこうしてる内に、街の門の辺りが、騒がしくなってきた。
「お?あれは・・・トーリス!」
 ジークが、トーリスを見つけて駆けつける。
「ただ今、戻りましたよ。ジーク。」
 トーリスは、自信に満ち溢れた顔をしていた。
「兄さん。見たわよ?決める時には、決めるじゃない!」
 レルファが、軽口を叩く。
「ははっ。俺は思った事を、言っただけの話だよ。」
 ジークは、照れ臭そうに答える。
「自信を持って良いですよ。私達は、間違ってませんぞ。」
 サイジンが、同調してくれる。サイジンは、いつもよりも、堂々としていた。
「サイジン。お前、少し変わったんじゃない?」
 ジークは、マジマジと見る。
「魔力と忍術を手に入れて来ました。そう簡単には負けませんよ?」
 サイジンは、ニヤリと笑う。新たな力を得て、自信を得たようだ。
「そうか。楽しみだな!俺も、ジュダさんから少しは、魔法を教わってるぜ。」
 ジークも、この頃魔力を習い始めていた。ゲラムほどでは無いが、成長している。
「わたしも、忍術覚えたんだよぉ!」
 ツィリルは、ニカッと笑う。どうやら、忍術の修行をしてきたのだろう。
「僕も使えるようになったんだ!ジーク兄ちゃんも、一緒にやろうよ!」
 ドラムが嬉しそうに言う。どうやら、相当、鍛えられて来たらしい。
「皆、無事で何よりだ。依頼も、こなしてきたんだろ?」
 ジークは依頼の事を聞く。
「抜かりはありません。『羅刹』は、監獄島に送りました。それと、ここに居るの
が、榊 繊一郎さんです。」
 トーリスは説明する。すると、後ろから繊一郎が出てくる。
「拙者、榊 繊一郎で御座る。そなたが、ジーク殿で御座るか?」
 繊一郎は、ジークを見る。
「俺です。貴方が、レイリーの伯父さんでしたか。」
 ジークは納得する。レイリーが以前、伯父の事は褒めていた。あの自信過剰なレ
イリーが、褒めると言う事は、それなりの強さを持っているのだろう。
「如何にも。・・・やはり、ライル殿の息子で御座るな。あの演説と言い、そなた
から感じる闘気と言い、良い物を、お持ちで御座る。」
 繊一郎は、ライルと会っている。そして今は、ジークを見る。ライルの器を越え
る人物だと、繊一郎は見ていた。
「俺は、自分の気持ちに素直なだけですよ。」
 ジークは、正直に答える。ライルが若ければ、きっとこう答えただろう。やはり、
血は争えない物だ。
「ジーク!手紙が来てるネ。」
 レイホウが届けてくれた。『聖亭』も、すっかり慣れ親しんだ家のようだった。
「ありがとうございます。どれどれ。お。父さんからか。」
 ジークは、手紙を開ける。手紙にはこうあった。
『ジークへ
 ストリウスでの演説は、見事だった。俺も全く同じ気持ちだ。
 竜神のジュダさんも居る事だし、心配はしていない。
 しかし、残念な報せがある。アインとレイリーに関してだ。
 アインは、ルクトリア鳳凰教の元に行った。今、奴らの中で支持されている『救
世主』とは、アインの事だ。アインは、人間である事を捨てて、神のために尽くす
らしい。俺では止められなかった・・・。済まない。
 そしてレイリーだ。レイリーは、魔族になった。最初は、俺も目を疑ったが、間
違いない。レイリーは、魔族の言う力こそ正義と言う考えが、正しいと本気で信じ
込んでしまった。レイリーは若い。それだけに、止められなかった俺の責任だ。
 本当に済まないと思っている。そのせいで、ルクトリアは、既に3分割されてい
る。でも、俺は何とかしてみせる。情勢は厳しいが、手伝いが出来ない父を許せ。
 以上だ。
 ライル=ユード=ルクトリア』
 手紙は、衝撃の内容だった。皆、静まり返る。
「お兄ちゃんが・・・そんな・・・。」
 ツィリルは、信じられないと言った顔付きになっていた。実の兄が『法道』に付
くとは、思わなかったのだろう。自分の知人は、皆、『人道』に付くと思ったのだ
ろう。だが、その考えは甘かったのである。
「ツィリル。しっかり。希望は、捨てちゃ行けませんよ。」
 トーリスが、ツィリルを励ましてやる。今度は自分が、力になる番だ。
「ネイガの野郎・・・。とことん、やってくれるつもりらしいな。」
 ジュダは舌打ちする。人間の中から『救世主』を選ぶなどとは、本気で制圧する
つもりなのだろう。
「レイリー・・・。見損ない申したぞ・・・。」
 繊一郎が拳を握る。甥が、そんな事をするとは思えなかった。だからこそ、悔し
いのだ。何より繊一郎は、トーリスと同じくらい、レイリーにも期待していたのだ。
「魔族に走るとは・・・。そんな奴では無いと、思ったのに・・・。」
 サイジンも、険しい顔をする。サイジンは、レイリーと手合わせした事がある。
純粋に、力を求めるのが好きな奴だった。だが、曲がった事は嫌いだったはずだ。
「・・・ジーク。ルクトリアに行け。」
 サルトラリアが、声を掛ける。
「サルトラリアさん・・・。」
 ジークは、自分の気持ちを見透かされたようで、ドキッとした。
「ここで、お前は成長した。自分の求める道も、見つけたはずだ。ならば、今度は、
親父さんを救ってやれ。」
 サルトラリアは、自分の父を失っているだけに、この言葉は重かった。
「ありがとう。サルトラリアさん。」
 ジークは、その好意が嬉しかった。
「皆も、それで良いのか?」
 ジークは周りを見渡す。するとギルドの人々は、力強い瞳でジークを見ていた。
「僕は行くよ!お母さんだって、悪い人は許さないはずだしね!」
 ドラムは、ジークを見つめる。真っ直ぐな瞳だった。
「私は、言わなくても分かるわよね?父さんが困ってる時は助けなきゃさ。」
 レルファは、ジークと同じ気持ちだった。父が困ってる時は、助けたいのだ。
「私も行きますぞ。レルファが行く事ですしね。はっはっは!」
 サイジンは、レルファの肩を掴んで言う。レルファは顔を赤くしていた。
「私達も行きますよ。父さんが居る事ですしね。」
 トーリスは、フジーヤの事が心配になっていた。相当、疲れているはずだ。
「わたし、諦めない!だから行くもん!」
 ツィリルも、行く気満々だった。自分の兄が神に付いて行ったと言うのは、ショ
ックだ。だが、それを確かめずに進めないのだ。
「私も行くヨ。もう、ここで待ってるなんて、出来ないからネ。」
 ミリィは、ハッキリと言った。もうジークと離れる事なんて想像出来ないのだ。
「ライルさんには、借りがあるしね。私も行くわよ。」
 ルイも付いて行く気だった。ルイは、ライルに一回負けているのだ。
「僕は難しい事は分からない。でも、もう待っているなんて嫌だ!」
 ゲラムも、強い口調で言った。ゲラムは、散々待つ役に徹してきた。それだけに、
自分が知らない所で、仲間に何か起きているなんて嫌なのだろう。
「拙者も行くで御座る。レイリーを、止めなければ、なり申さん。」
 繊一郎も行かない訳には行かなかった。甥の暴走は、自分で止めなければ、なら
ない。それでも、止まらない時は、玉砕も覚悟していた。
「あの子も頑固ネ。もう止めないヨ。行ってきナ。」
 レイホウは、呆れていた。ミリィは、もう自分では止められないと思ったのだ。
「俺は、少し用事がある。気になる事があったんでな。まぁ、安心しろ。また何か
あった時は、駆けつけるさ。」
 ジュダは、ジークと握手をする。ジュダの事だ。何かあっての事だろう。
「私もジュダに付いて行く。また会った時、は特訓してやるから覚悟しておけ。」
 赤毘車は、ニヤリと笑うとジークと握手する。
「よし・・・。俺達は明日、ルクトリアに出発する!」
 ジークの号令で皆、解散となった。もう皆、確たる目的を持つようになっていた。
ストリウスに来て1年弱。ジーク達の輪を、人々は忘れる事は無いだろう。
 そして、次なる目的地は父の待つ土地、ルクトリアだった。



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